第二四章 応対盗〔一三六〇〕
 十五六人の精霊は忽ち高姫の周囲に集まり来つて、ワイワイと喚いてゐる。高姫は漸くにして立上り、道端の方形の石に腰打ち掛け、十数人の人を前におきながら、脱線だらけの宣伝を始めかけた。『コレコレ皆さま、高姫が大道演説を致しますから、よつくお聞きなされ。この世の中は素盞嗚尊の悪神のために、天の岩戸はピツタリとしまつて、悪魔は天下に横行し、魑魅魍魎充満する暗黒世界ではありませぬか。この世をこのままにしておいたならば、結構なこのお土の上は、忽ち餓鬼道、畜生道、修羅道、地獄道に陥りますぞや。お前さま等は、営々兀々として、私利私欲のために日夜奔走し、欲にからまれ、疲れ切つて顔色憔悴し、殆ど餓鬼のやうでございますぞ。この世からなる地獄道の苦しみを致しながら、こんな結構な世はないと申して喜んでござるその憐れさ。至仁至愛の大神様はこの惨状をみるに忍びず、時節参りて、永らく艮の隅に押し込められてござつた艮の金神大国常立尊様が稚姫君命の霊の憑りた変性男子の肉宮をかつて、三千世界の立替立直しを遊ばすやうになりましたぞや。それに就いては、世に落ちてござつた八百万の神様を世にあげて、それぞれお名をつけ、祭つて上げねば神国にはなりませぬ。今度のお役にお立ち遊ばすのは、永らく竜宮の海の底にお住ひなされた乙姫殿が第一番に改心を遊ばして、義理天上の日の出神と引添うて、外国での御用を遊ばすなり、金勝要神は大地の金神様で、余り我が強うて、汚い所へ押し込まれ、雪隠の神とまで成り下り、今度世に上げて貰うても、ヤツパリ我が強いので、御大望の邪魔になるばかりで、どうにもかうにも仕方がないので、系統の霊を世に落して義理天上の生宮となし、大将軍様の憑つた肉体を夫と遊ばして、三千世界の御用にお使ひなされたなれど、この大将軍様の肉宮はチツとも間に合はぬによつて、三五教の三羽烏と聞えたる時置師神様を、この肉宮の夫と致し、立替立直しの御用を遊ばす仕組でござるぞや。それに就いては大広木正宗殿の霊も御用に使うて、結構な五六七の世をお立て遊ばすのだから、この高姫は三千世界の救主、皆さま耳をさらへて、よつく聞きなされ。八岐大蛇も金毛九尾の悪神も、グツと肚へ締め込んで改心をさせるのが、日の出神の生宮だ。世界の人民は皆盲だから、この結構な肉宮の申すことが耳には入らうまいがな。改心するなら、今の中ぢやぞえ。後の改心は間に合はぬぞや。この中で誠の分りた人民があるなれば、手を挙げてごらんなさい。喜んでこの方の眷属と致して結構な御用に使ふぞや』 群集の中よりヌツと顔を出したのは、お年であつた。お年は高姫の前に進み寄り、その手をグツと握り、『モシ高姫様、父が生前に御世話になりまして有難うござります』『お前は誰だか知らぬが、これだけ沢山居る中に、この生宮の言ふことが分らぬ盲ばかりだとみえて、手を挙げと言うても、一人も手を挙げる餓鬼やありませぬワイ。それにまたお前は奇篤なことだ。一体誰の娘だい』『ハイ、文助の娘でございます』『ナニ、文助の娘に……そんな大きな女があるものか、此奴ア不思議だなア……ハハア、分つた、あの爺、素知らぬ顔をして居つて、秘密で女を拵へ、こんな子を生んどきよつたのだな。何とマア油断のならぬ男だわい、オホホホホ』『イエイエ、私は三つの年に現界を離れて、此処へ来た者でございます。お蔭でこのやうに立派に成人致しました』『ハハア、妙な事を云ふ女だな。お前キ印ぢやないかい。どこともなしに文助によく似てゐるやうだが、おとし子なれば、こんな子があるだらうが、三つの時に死んだものが、この世に生きてる筈がない……ハテナア』『高姫様、此処は冥土の八衢でございますよ。決して現界ぢやございませぬ。かうして沢山の人が此処に集まつてゐるのも、皆現界と幽界の精霊ばかりですワ』『一寸待つておくれ、一つ考へ直さねばなるまい。さう聞くと何だか、そこらの様子が違ふやうだ。お前が三つの年に霊界へ来て、こんなに成人したとは、テモ偖も不思議なことだ、ウーン』と舌をかみ、首を傾けて思案にくれてゐる。白い色の守衛は、大勢の者を一々手招きした。先づ第一に招かれて近寄つたのは、八十ばかりの杖をついた老爺である。『その方は何と云ふ名だ』『ハイ私は敬助と申します』『どつか具合が悪いか、チツと顔色が悪いぢやないか』『何だか、停車場のやうな所へ行つて居つたと思へば、私の胸に行当つたものがある。その際に、ハツと思つたと思へば、いつの間にか斯様な所へやつて来ました』『年齢は幾つだ』『ハイ六十歳でございます』『余り頭が白いので、八十ばかりに見えた。お前は余程ハラの悪い男だなア、ヱルサレムの宮を部下の奴に命じて叩き潰したのはその方だらう』『イエ滅相な、決して私ぢやありませぬ。片山君が命令を致しましたので、その命令を聞かねば、到底、泥棒会社の社長が勤まりませぬので、止むを得ず部下に命令を致しました。決して主犯ではございませぬ』『さうするとお前は従犯だな。ヨシヨシ、此奴ア容易に俺の手には合はぬ。伊吹戸主神様に、厳格なる審判を御願ひするであらう、サ、この門を通れ』と白の守衛は門内へつき入れてしまつた。白髪の爺はヒヨロ ヒヨロしながら、屠所の羊のやうに歩み行く。後には細長い六十位な男が白に審判を受けてゐる。『その方は何者だ、ネームを名乗れ』『ハイ私は片山狂介と申します』『成程、随分軍閥でバリついたものだな。お前のために幾万の精霊を幽界へ送つたか分らぬ、幽界にては大変に名高い男だ。これも此処で審判く訳には行かぬ。サア、奥へ行けツ』とまたもや門内へ押込んだ。次にやつて来た爺は鉄の杖をついてゐる。『その方は高田悪次郎ではないか』『ハイ、私は表善裏悪の張本人、世界一の富豪にならうと思うて、随分活動致しました。しかしながら不慮の災難によつて、かやうな所へ迷ひ込み、誠に面目次第もございませぬ』『その杖は鉄ぢやないか、左様な物を、なぜこんな所まで持つて来るか』『これは鬼に鉄棒と申しまして、現界に居る時から、鬼の役を勤めて居りました。この鉄棒を以て、凡ての銀行会社を叩き壊し、皆一つに集めて巨万の富を積んだ唯一の武器でございますから、こればかりはどこまでも放すことは出来ませぬ』『この鉄棒はこちらに預かる。サア、キリキリ渡して行け』『滅相もない、命より大切な鉄棒、どうしてこれが渡されませうかい』『お前がこれを持つてゐると、伊吹戸主の審判に会うた時は、キツと地獄の底へ堕ちるぞよ。それで此処で渡して行けと云ふのだ。さうすると八衢の世界へおいて貰ふやうになるかも知れぬから』『滅相もないことおつしやいませ。そんな甘いことを云つて、泥棒しようと思うてもその手には乗りませぬぞ。この鉄棒はかうみえても二億円の価値があるのです。この鉄の棒から生み出した二億円、言はばこの棒は二億円の手形のやうなものだ。何時地獄へやられても、これさへあれば大丈夫だ。地獄の沙汰も金次第、如何なる鬼も閻魔もこれにて忽ちやつつけてしまひ、地獄界の王者となる重宝な宝だ。何と云つてもこればかりは渡しませぬから諦めて下さい』 かかる所へ、赤面の守衛がやつて来た。『ヤア、お前は高田悪次郎ぢやな。よい所へ出てうせた。サア、奥へ来い、その鉄棒は門内へ一歩も持込むことは罷りならぬぞ』『ハハハハハ、冥土の八衢か何か知らぬが、体のよい泥棒が徘徊するとこだワイ。これは高田が唯一の武器だ。誰が何と申しても放しは致さぬ、放せるなら放してみい。如何なる権力も神力も金の前には屈服致さねばなるまいぞ』『馬鹿者だなア。霊界において、物質上の宝がいるものか。金が覇を利かすのは、暗黒なる現界においてのみだ』『それでも、地獄の沙汰も金次第といふぢやありませぬか』『金を以て左右致すのは、所謂地獄のやり方だ』『それ御覧、何れ私のやうな者は天国へ行ける気遣ひはない。生前より地獄行と覚悟はしてゐたのだ。それだから、地獄へ行けば金の必要がある、何と云つてもこれは放しませぬワイ』『さうすると、貴様は天国よりも地獄がいいのだな』『さうですとも、地獄の方が人間も沢山居るだらうし、金さへあれば覇が利くのだから、どうか地獄へやつて貰ひたいものです。何程地獄だつて、二億円の金さへあれば何でも出来ますからな』『さう云ふ不心得な奴に、金を持たして地獄へやる事は罷り成らぬ。ここにおいて行け』『何と云つても、此奴ばかりは放しませぬよ』『しからば、この方の力で放してみせう』 「ウン」と一声霊縛をかけるや否や、高田の手は痺れて、鉄の棒はガラリと地上に落ちた。忽ち高田の手を後へ廻し、『この応対盗人奴』と言ひながら、サル括りにし、ポンと尻をけつて門内へ投げ込んだ。高姫は群衆の中から伸び上つて、ニコニコしながらこの光景を眺めてゐた。
(大正一二・二・一〇 旧一一・一二・二五 松村真澄録)