霊界物語2巻 第三〇章 十曜の神旗〔八〇〕  高白山を中心とするアラスカ国はふたたび平和に治まつた。常世姫はいかにもしてこれを占領せむと、多くの探女醜女を放つて、種々の計画を立ててゐるので、少しの油断もできぬ有様であつた。  天使として下り来れる絹子姫は言霊別命の身辺を衛り、かつ不測の出来事を排除せむために、ここに侍女と身を変じ名を照妙姫と改称し、命の側近く奉仕した。  常世姫の部将駒山彦はこのことをうかがひ知り、ただちにこれを常世姫に通告した。常世姫は好機逸すべからずとなし、みづから竜宮城にいたつて、稚桜姫命に謁し、 『言霊別命は高白山に城塞を構へ、ローマ、モスコーの神軍と相呼応して常世城を屠り、ついで竜宮城を占領せむとし、照妙姫といふ怪しき女性を妻となし、神政を怠り、国土は乱れ、昼夜間断なく酒色に耽り、荒淫いたらざるなし。かつ言霊姫を極力誹謗し、かつ天地に容れざるの大叛逆を企てをれり』 と誣奏した。  稚桜姫命は常世姫の言を信じ、たちまち顔色を変じて、天使大八洲彦命、真澄姫、言霊姫、神国別命その他の諸神将を集めて言霊別命の非行を伝へ、かつ神軍をもつてこれを討亡ぼさむことを厳命された。  ここに小島別、竹島彦は大いに喜び、雙手をあげて賛成をとなへた。城内の諸神将は常世姫の言を疑ひ、大広間に諸神司をあつめて、高白山攻撃に関する協議を開いた。  そのとき末席よりあらはれたる神山彦、村雲彦、真倉彦、武晴彦は一斉に立ち、大八洲彦命に向つて発言をもとめ、言葉も穏やかに、 『高白山討伐の儀は、しばらく吾らに委したまはずや』 といつた。小島別、竹島彦はたちまち立つて、 『汝がごとき微力なる神司の、いかでかこの大任を果し得べきぞ。冀はくは吾に少しの神軍を与へたまはば、吾は神変不可思議の妙策をもつて、言霊別命以下を捕虜とし面縛して、彼らを諸神司の眼前に連れ帰らむ』 と述べ立てた。神山彦は憤然色をなし、 『常世の国に使ひして、言霊別命以下をとり失ひ、失敗の恥を晒したる汝ら諸神司、いかなる妙策あるとも散々に討ち悩まされ、ふたたび恥辱を重ぬるは火をみるよりも瞭かなり。いらざる言挙げして失敗をとるなかれ』 と睨めつけた。  大八洲彦命は、相互の争論のいつ果つるべきやうもなきを見、この場をはづして直ちに稚桜姫命に拝謁し、 『いづれの神司を遣はさむや』 と教を請はれた。稚桜姫命はこれを聞きて頭をかたむけ、やや思案の体であつた。このとき真澄姫、言霊姫、竜世姫は異口同音に、 『神山彦を遣はしたまふべし。彼は忠勇無比の神将にして、かつ至誠至実の神司なり』 と奏上した。かくしてつひに神山彦の進言は容れられた。  ここに神山彦は、村雲彦、真倉彦、武晴彦を伴なひ、従臣を引連れ、天之磐樟船に打乗りて天空高く高白山にむかふた。  時しも言霊別命は、高白山城塞に安居し、照妙姫を侍臣とし、荒熊彦、荒熊姫、元照彦らの勇将とともに高台にのぼり、月を賞してゐた。空は一点の雲もなく、星はほとんどその姿を隠し、えもいはれぬ光景であつた。  折から東南の蒼空より一点の黒影があらはれ、おひおひ近づいてくる。一同は何者ならむと一心にこれを眺めてゐた。たちまち音響が聞えだした。見れば天之磐樟船である。この船には白地に赤の十曜を染めだしたる神旗が立つてゐた。ややあつてその船は城内に下つてきた。これは神山彦一行の乗れる船であつた。  このとき照妙姫は何思ひけむ、にはかに白雲と化し、細く長く虹のごとく身を変じて月界に帰つた。  荒熊彦は神山彦の一行を出迎へ、慇懃に遠来の労を謝し、かつ使節の趣旨をたづねた。神山彦は威儀を正して、 『吾は稚桜姫命の直使なり。言霊別命に面会ををはるまでは、何事も口外することあたはず』 と意味ありげに答へ、 『ただちに命の前へ吾らを導くべし』 といつた。荒熊彦は何思ひけむ、得意気に微笑を洩らしつつ、この由を命に伝へた。  命はただちに応諾して、神山彦一行を居間に導き、まづ来意を尋ねた。神山彦は、 『一大事あり、冀はくは隣神司を遠ざけたまへ』 と申込んだ。ここに言霊別命は隣神司を遠ざけ、 『一大事とは何ぞ』 とあわただしく尋ねた。 (大正一〇・一一・三 旧一〇・四 谷口正治録)