物語76巻13章
阿弗利加神話
   怠惰カメレオン
 世界の初めに、ウンクルンクルといふ神様が、一匹のカメレオンを呼び出して、『御苦労だが、大地に降つて行つて、人間どもに、「お前たちはいつまでも死ななくてよい」と、さういつておくれ』と言ひました。 カメレオンはすぐに天界から大地をさして出かけてゆきました。しかしちつとも道を急がないで、木の実を摘んで食べたり、樹の枝に登つて虫を探したりしてゐました。その中にお腹が一ぱいになつて、睡気がさして来たので、日なたぼつこをしながら、こくりこくりと眠り出しました。 そのうちにウンクルンクルの気が変つて来ました。ウンクルンクルは一匹の蜥蜴を呼び出して、『御苦労だが、大地に降りて行つて、人間どもに「お前たちは何時かは死ななくてはならぬ」と、さういつておくれ』と言ひました。 蜥蜴はすぐに天界から出かけました。そして、ひたすら路を急ぎましたので、途中でカメレオンを追ひ越して、真先に大地に着きました。そして人間たちに対つて、『お前たちは、何時かは死ななくてはならぬ、とウンクルンクルさまがさうおつしやつたよ』といつて、すぐさま天界をさして引き返しました。 それからしばらくたつて、カメレオンがやつと大地に着きました。そして人間たちに対つて、『お前たちは、何時までも死ななくてよいと、ウンクルンクルさまが、さうおつしやつたよ』と伝へました。人間たちはそれを聞くと、気色ばんで、『わたし達は、たつた今蜥蜴の言葉を聞いたところだよ。わたし達はいつか死ななくてはならぬと、蜥蜴がさういつたよ。お前のいふことなんか当にならぬ』と叫びました。 かうして人間は死ななくてはならぬやうになりました。(ズル族)
註同一の神話が、ベチユアナ族、バロンガ族、バスト族等の間に語られてゐます。今日でもバロンガ族は、カメレオンの怠惰が死を齎したとして、これを憎んでゐます。子供などは、カメレオンを見つけると、その口に煙草をつめ込んで、苦しさに青くなり黒くなりするのを眺めて喜んでゐます。
   兎の粗忽
 あるとき天界にゐる月が、一匹の兎を呼び出して、『お前、これから大地に降つて行つて、人間たちに「お月様が死んでまた生き返るやうに人間も死んでまた生き返るやうにしてやる」と伝へておくれ』といひつけました。 兎はすぐに天界から大地へ降つて行きました。そして人間たちに対つて、『お月さまが死んで再び生き返ることがないやうに、お前たちも一旦死んだら、生きかへることは出来ないよ』といひました。兎は月がいつた言葉を忘れて、まるで反対のことを人間に伝へたのでした。 しかし兎は、大切な役目を無事に済ましたと思つて、得々として天界に帰つて来ました。月は兎の姿を見ると、すぐに、『どうだね、わしのいつた通りに人間に伝へて来たかね』と尋ねました。『ええ、全くお言葉の通りに伝へてまゐりました』と兎が答へました。『では、お前のいつた通りを、ここで繰り返して見るがいい』と月がいひました。『はい、お月さまが死んで再び生き返ることがないやうに、お前たちも一旦死んだら生き返ることは出来ないと、かう申し伝へました』と兎が答へました。これを聞くと月は大変怒つて、いきなり棒を取り上げて、兎を目がけて投げつけました。棒は兎の唇に当つて、そこを傷つけました。兎はあまりの痛さに、夢中になつて月に飛びかかるなり、その顔をさんざんひつ掻きました。 かうして兎の言伝の間違から、人間は死ななくてはならぬやうになり、かうして兎の唇は今日まで裂けて居り、またかうして月の顔は今でも傷だらけであります。(ホッテントット族)
註これに類似した神話が、東部亜弗利加のマサイ族の間にも存してゐます。ナイテル・コプといふ神がレ・エヨといふ男に「子供が死んだら空に投げ上げて、月のやうに死んでまた生き返れ」といへと教へましたが、死んだのが自分の子でなかつたので、神に教へられた言葉に反対を唱へました。かうして人間は死ぬやうになつたといふのであります。
   月は何故虧けるか
 ある時太陽が月に対して大変腹を立てました。太陽は、『憎い奴、ひどい目に遭せてやるぞ』といつて、小刀をもつて月のところに行きました。そして月を捕へて、体から少しばかり肉を切り落しました。 太陽は毎日、月のところにやつて来ては、小刀で少しづつ肉をそぎとります。月の体はだんだんと小さくなつて行きました。月は、『これはどうもこまつたことになつた。毎日肉を切りとられては、今に死んでしまふだらう。自分が死んだら、子供を養つてやるものがなくなる。どうにかして生きてゐたいものだ』と考へ悩みました。で、ある日太陽に対つて、『どうか、今しばらく肉を切り落すことを止しておくれ』と頼みました。『なぜかね』と太陽が尋ねました。『だつて、わしの体はもうこんなに小さくなつたらう。この上肉を切りとられると、死んでしまふよ』と月が悲しさうに言ひました。『死んだつて、おれはかまはないよ』と太陽がいひました。『わしが死ぬと、子供を養うてくれるものがゐなくなる。それでは余り可哀さうだから、肉がついて体が肥るまで待つておくれ』と月が熱心に頼みました。『なるほど、それは可哀さうだ。それなら、お前が肥るまで待つてやらう。だが、肉が沢山ついたら、また切り落すんだよ』 太陽はかういつて帰つてゆきました。 かうして太陽は月の体が大きくなるのを待つてはその肉を削ぎとるのでした。だから月はあんなに大きくなつたり細くなつたりするのです。
   太陽の出現
 昔あるところに一人の男が住んでゐました。その男が腕を挙げると、脇の下から光がさしてあたりが眩しいほど明るくなるのでした。人々はそれを大変不思議に思つてゐました。 と、ある日一人の年をとつた女が、他の人たちに対つて、『本当にあの男は不思議な男だね。体から光が出るなんて、今まで聞いたこともないよ。あの男を空に投げようではないか。さうしたらどこもかしこも明るくなつて、米の出来ばえもきつとよくなるに違ひないから』といひました。 人々は、すぐに年をとつた女の話に同意しました。で、男が眠つてゐるときを見すまして、足音をしのばせてその側に歩みよりました。そしていきなり男を抱き上げて、みんな力を合せて、大空目がけて投げ出しました。 男は、「あつ」と叫んで目を覚ましましたが、もう遅い。自分の体は空をきつて、どんどん上へ飛んでゆくのでした。そしてたうとう天上界に着いてしまひました。仕方がないので、男はそのまま天上界に住むやうになりました。 と、だんだん時がたつにつれ、男の体の形が変つて来て、おしまひには真円くなりました。それが太陽であります。 かうして人間の住む世界は、太陽のお蔭でいつも明るいやうになりました。
   死の起原
 あるとき、月が人間たちに対つて、『わしを見るがいい。わしはときどき体が段々と痩せ衰へて行つて死にさうになるが、やがてまた肥つて来るだらう。その通りにお前たち人間も、何時までも生きてゐるのぢや。死んだやうに見えるのは眠つてゐるのぢや。決して本当に命がなくなつたのではない。人間には死ぬといふことは無いものぢや』といつた。人間たちはこれを聞くと、月の言葉を信じて、心から喜んだ。が、そこに居合せた一匹の兎がはたから口を出して、『お月さま、あなたのおつしやることは間違つてゐます』といつた。月は驚いて、『どうしてわしの言ふことが間違つてゐるのかね』と尋ねた。『だつて、わたしのお母さんは本当に死んでしまつたんですもの』と兎が答へた。月は頭をふつて、『そんなことはない。死んでゐるのではない。ただ眠つてゐるのぢや。今に目が覚めるよ』といひました。『いいえ、本当に死んでしまつたんですよ。眠つてゐるのではありませんよ』と、兎はどこまでもいひ張つた。月はたうとう怒り出して、『わしがこれほど本当のことをいつて聞かせてゐるのに、お前はそれを信じないんだな。よし、そんなに死にたけりや、今後はみんな死ぬやうにしてやらう』といつて、兎の口をひどく擲りつけました。それで兎は今日まで唇が欠けてゐます。また人間やその他の生物もみんな死なねばならぬやうになりました。