表題:幼い日日 4巻1章幼い日日



 まる二年そこに寝ついていた政五郎がふっつりと逝くと、家の中は風穴があいたようだった。病み衰えていても最後まで明るくにぎやかな人であったから、政五郎の死はいっそう淋しさをさそった。 気落ちしてむなしげに坐りこんでいる母を見ると、久はいつまでも傍にいて慰め助けたかったが、逼迫する生活がそれを許さないと知っていた。職のないこの綾部に娘三人、母の細腕にすがりついていては、共倒れにこそなれ家運の向上など望みようがないのだ。 それに久は、自分の年齢が気になった。明治元年生まれだから二十歳、明治の年号がそのまま自分の年(数え年)になる。女が二十歳にもなって親がかりでは、世間の聞こえもわるい。 ――いま母を見捨てて家を去るのは薄情のようでも、きっと末には親孝行になろう。 どんな理屈をつけてみても、本音は、見こみのない貧乏暮らしにほとほと疲れきっていたのだ。 思い立つとすぐ、久は知人に頼み、ひそかに奉公先を探した。南桑田郡西本梅村に女中の口があると知らせがあったのは、三月も末であった。「母さん、堪忍しとくれなはれ」 久は心の中でつぶやくと、四月の初め、家を抜け出した。 屑買いから帰った直は、久の残した紙片を見つけた。たどたどしい平仮名で綴られていたが、直には読めぬ。組頭の四方源之助に読んでもらって、家出を知った。直は歯をかみしめて衝撃に耐えた。 その夜、直は龍と澄にはさまれて寝ながら、深い吐息をした。 ――なんでこうも次々と……。 長女米は大槻鹿蔵と駆け落ちし、今では母を憎んでいるとしか思えぬ。次女琴も家出し、王子で栗山庄三郎と結婚したものの、貧しい出口家を恥じてか、できるだけ接触を避ける気配。自殺未遂の果てに家を出た長男竹蔵もいまだに行方が知れず、どの子とも心が通い合わぬ。そして三女の久まで……今まで懸命につくしてくれた久だけに、直はその理由が納得できなかった。 ――わたしの育て方が間違っていたのじゃろうか。 どの子に対しても、人に後指さされぬようにときびしく正しくしつけてきたつもりであったが、上の子たちは次々と出口家から、直から、離反していく。三男伝吉は早くから大槻家に養子に行ったせいか、他人のように直を見る。それでも次男の清吉は明るく親思いに育ってくれたが、龍や澄は……。 直は眠れぬまま腹這って、月あかりに龍と澄の無心な寝顔をのぞきこみ、小声で話しかけた。「なあ、お龍や、お澄や、お母さんはお前たちをどんなふうに育てたらよいんじゃろ」 ――そう言えば、わたしは上の子ほどきびしくしつけ、下になるほど甘やかして育てたみたいじゃ。成長するにつけ次々と裏切って行く子供たちを見て、自分の子育てに疑問を持ち、心弱くなったせいであろうか。でもこれでいいんじゃろうか。 直は起き上がり、神前に座して久の無事を祈った。親思いの久がどんな気持で出て行ったかと、不憫さがこみ上げてくる。直は心の中で、久に向かって呼びかけた。「お久や、どこへ行こうと、しあわせをつかんでおくれ。不甲斐ない母さんじゃさかい、年頃になったお前に何一つ支度もしてやれぬ。許しておくれ。ただ気になるのはなあ、筋を通さねばすまぬお前の気性。結構なようなが、世間はそれだけではすまされぬこともある。それからもう一つ、二十にもなった娘が親のそばを離れると虫のつきやすいものやで、そのことをよう心得ておくれよ」
 爺婆の葬式は〃孫の祭り〃というが、末子の澄にとって、父政五郎との年齢のへだたりは祖父と孫ほどもある。まして数え年五つのいとけなさでは、父の死にも特別の感情など湧き出ようはずがなく、むしろ単調な生活がひとくぎりついた点、新鮮な出来事でさえあった。 この頃から、きれぎれであった澄の幼児の記憶も、季節の風物にからんでつながってくる。 久姉が家を去ったことを知った澄は、龍姉に秘密めかして言った。「あんなあ、姉さんがよそへ行っちゃったげなで」「ふーん」「もう、だあれも叱ってん人ないさかい、よいなあ」 三つ上の龍もようやくそのことに気がついて、「ほんまやなあ」とにっこりうなずく。 幼い二人は口うるさい姉の束縛から解放されることだけを喜び、その結果まで思い及ばなかった。母が屑買いに出かけた後、幼い二人だけでずっと留守番しなければならないことを……。「お昼に、なんぞお腹のふくれるもの買うて食べるのやで」 直は龍と澄に五文ずつにぎらせ、頭を撫でてやる。幼い姉妹はいつものように梅原おきの家まで母を送って行く。おきの一人娘の梅子は澄とおない年で大の仲よし、母どうしが屑買いに出た留守中は、たいてい三人一組で遊ぶのだ。 いつも声を聞きつけてとび出してくる梅子が、今朝はどうしてか姿を見せず、おき一人出てきて、暗い顔で言った。「よんべ、お梅がひどい熱でなあ、一晩中うなされて泣き通しやった」「お梅さんが……」と直は眉をひそめた。 おきはうなずいて龍と澄に目を移し、「はしかがはやっとるげなで、お梅もうつったかも知れん。あんたらもうつるといかんさかい、当分あそばれへんで」「そんなら今日は休みなさるか」と直は気の毒そうに聞いた。「熱さえ下がれば、はしかぐらい別状ないやろけど、お梅一人寝さしとくんも、いげちない(かわいそう)しなあ」「休んであげなされ。こんな時ぐらいしか、子をかもうてやれんもの。用事があったら帰りにたしてくるさかい、なんなと言うとくれなされや」 直は龍と澄を家に戻し、はしかがうつるといけないから外歩きしないように言いきかせて、仕事に出ていった。しばらく黙って母の去った道を眺めていた澄が、龍に聞いた。「はしかってなんやろうな」「きょとい(恐ろしい)病気やろうで」「それでも、お梅さんは母さんといっしょやさかい……父さんみたいに、寝とって飯くわしてもろとってんやろか」と澄は夢見るような眼になり、「よいなあ、お梅さんは……うちも病気になったら、母さんは一日家におってくれてやろか」 龍は姉らしく考え深げに言う。「仕事があるさかい、また久姉さんを呼び戻してかも知れんでよ」「そんなんかなわん。うちもお梅さんみたいに母さんに食べさしてもらうんじゃ」 澄はゴロンと寝ころび、手足をばたつかせた。が、急にはねおき、うたうように叫んだ。「みそせんべい買うてこ、みそせんべい買うてこ」「お昼まで買うたらあかんのえ」「いやでよう」 澄は言うなり家をとび出す。龍もたまらず後を追う。 田町の坂まで、澄は一気に走った。 駄菓子屋の店先では、婆さんが蠅たたきで蠅を追っている。「五文おっけえ」と澄はまず勢いよくみそせんべいを指さして婆さんに金を渡し、店内に並んだ商品をゆっくり見まわした。ほのかに白く朝の月のように半ばすいてみえるものが、桶の水に幾つかふんわり沈んでいる。澄はしゃがんでそれを眺めるのが好きであった。「さわったらあかん」と婆さんの声がとぶ。はっと澄はのばした指をひっこめる。「洗濯のりやさかい、食べられへんで」と婆さんは笑う。 龍がやっと坂をのぼってくる。澄は姉の意向を無視して、勝手に注文する。「うち、みそせんべい、お龍さんは空豆にしときな」「うん、空豆おくれい」と龍は妹にさからわない。 皿に盛られた塩ゆでの空豆の、うすい緑が美しい。それを紙袋に入れてもらい、龍は引きかえに五文をわたす。 家に帰るや、澄は待ったなしでみそせんべいにかじりつく。小麦粉を水でこねて薄く焼き片面にみそをぬった駄菓子だが、安くてかさのあるのが嬉しい。バリバリ音をたて、みそせんべいはたちまち粉砕され、なくなる。 龍は、ていねいに空豆の皮をむいて、おっとりと口に運んでいる。「皮などむかんと、ポイと口に入れいな」と澄はじれったそうに言うが、つい手をのばして「ほれ、こんなふうに……」と、一つ、皮ごと自分の口にほうりこむ。また一つ、二つ。 龍はやっと気がついて、「あれ、すこい(ずるい)」「もう一つくれい」と澄が手を出す。「いやぺのちゃのこ」と龍はすまして言い、テンポを変えずに皮をむく。「くれなければ拳固かましちゃる」と澄がこぶしを振り上げると、「そんじゃ一つだけやで」と残りの中から小さな粒をえらんで澄にやり、それからまたゆっくり皮をむきはじめる。 豆を食べ終わると、今度は二人で、捨てた空豆の皮を食べる。食べる物がなくなって、姉妹は顔見合わせて吐息する。満ち足りた吐息に、朝のうち昼飯の分を食べてしまった淡い後悔をまじえて――。「川端にスイスイとりに行かんこ」 言いはじめるのは、いつも澄であった。言うなり、澄は先に立って走って行く。でもスイスイもイタドリも大きくなりすぎて、かんでもすかすかと固く味なかった。二人はあきらめて川向こうに広々とひろがる田植えの風景をあかず眺めた。 大きなやかんと風呂敷を下げた女が川岸から叫んだ。「おーい、早うおあがんな、昼やでえ」 川の流れで手を洗い、土手に腰を下ろして、梅干しの入った大きな握り飯をほおばり、歯切れのよい音をたてて沢庵をかじる大人たち……。澄と龍は指をからませ、手をつなぎながら、それから眼をそらすことができない。「母さんは、今日も弁当もって行ってなかったなあ」と、生つばをのみこみながら、澄が囁く。「いつでも米櫃はがらんどじゃし。この頃、なんにも持ってっちゃらへん。腹へるやろなあ」 久姉がいる頃、久が母に持たした弁当を、母は出がけに二人にこっそり食べさしてくれたものだったが……。いまでは、弁当をつくる余裕もなくなっている。 麦わらトンボが、ついと杭にとまった。トンボはまだ出はじめで珍しく、澄が龍を制して、指をくるりと廻し近づける。ふいと杭をはなれたトンボは、向きを変え、羽を虹色にきらめかせ、低く川面をとんでいく。 とんぼを追って、二人は川上にのぼって行った。土手を歩くと、蛙が、おもしろいようにドボンドボンと川にとびこむ。わきの田んぼでは、植えたばかりの苗が、細い葉を風にふるわせて、心細げに並んでいる。 あっと、龍が澄の手をひっぱって、流れを指さした。あまって捨てられたのであろう、稲苗が二つ三つ、ゆっくりと川上から流れてくる。二人はそれを追って、岸を走った。土手の草が丈高く繁った急な流れで、苗は草の白い根にひっかかり、束がほぐれて散った。澄は川にかかった丸木橋の上に腹ばいになり、龍に足を押さえてもらって、一本一本その苗をすくう。顔を真っ赤にしてひと握りほどの苗を拾い集め、姉妹は宝物のように胸に抱いて家へ帰った。 裏の小さな庭の土は、白く乾いて固かった。棒で穴を掘って水を入れ、稲苗を一本ずつ立たせた。底が浅いので、植えたばかりの苗はすぐ傾く。泥まみれの二人の努力で、裏庭にも、横の路地にも、道端にも、どうやらポツンポツンと苗が立った。「母さんが喜んでやろなあ。秋にはえっとお米がとれるさかい……」と澄が息をはずませて言う。「お梅さんもびっくりしてやろう。早う見せたげたいなあ」と龍。 それからまた野に出て、粥に入れるセリ・タンポポ・ナズナ・ノビルなどの野草をつんだ。気がつくと、あたりはもう薄暗い。姉妹にとって一番つらい夕暮れである。並んで門口に坐る。空腹と疲れが一度によみがえってくる。「飯やでえ、早う帰ってきなはれ」 あちこちで母親の呼ぶ声を合図に、遊んでいた子供たちは二人の前を走ってわが家に駆けこむ。やがてどの家も行燈の灯がともり、次々に戸をくる音がする。母の足音が聞こえてくるのはまだまだ後であるのを、二人は知っている。八時、ときには九時を過ぎる日もあるのだ。それでもひっそりと静まった暗い通りを、二人はじっとすかし見るのだ。 澄が井戸端でがぶがぶ水を飲む。龍もまねして水を飲む。二人はまたすることもなく門口に坐って母を待つ。 ウワアアンと、裏の竹藪から、藪蚊の大群がおし寄せてくる。蚊は、二人のおでこにぶつかったり、鼻にけつまずいたりしながら、人気のないまっ暗な家の中を占領する。龍が、妹の頬やすねにとまる蚊を、ぴしゃぴしゃ叩く。 こくりと澄が居眠る。龍の肩に、澄の体重がかかってくる。「寝よか、寝ところしちゃるさかい……」 龍が澄の肩を抱いて、姉らしいいたわりを見せる。姉妹は家に入り、手さぐりでふとんを敷くと、空腹のまま犬ころのように抱き合い、蒲団をかぶっていつか寝入ってしまう。「お龍や、お澄や、母さんやで……おお、かわいそうに……」 夜おそく帰ってきた直は草鞋のまま膝でにじり上がり、二人の寝息をたしかめると、ほっとして土間に戻って草鞋をぬぎ、行燈に灯をつける。群がる蚊から娘たちを守ろうと、榁の生木を小さく切って、火鉢でくすべる。家中を榁の煙いっぱいにして蚊を追い出すと、戸をしめる。 買いおきの米はなかった。休む間もなく直は荷をほどき、仕分けをはじめる。今日と違って、屑物は同じ家からそう度々は出ないので、かなり遠出しなければならなかった。それでも一日足を棒にして得られる稼ぎは、ごく僅かだった。 より分けた屑物を再び風呂敷に包み直し、直はそっと家を出る。広小路の由松の建場で金にかえ、米を二合ほど買って帰る。ひとにぎりの米と野草の粥がたけると、子供たちをゆり起こす。行燈のほのかな火影の中ににっこり笑う母を見ると、二人はむりに瞼をこすりあけて寝床から母の膝にはいよる。「遅うなってこらえておくれよ。さあ、おかゆさんがたけたで」 なかば眠ったまま、二人はかゆをすする。そのあいまあいまに、子らはきれぎれにその日の出来事を報告する。「今日はべんべこ(田植え)したんやでえ。……秋にお米がとれたら……こんな大けいおにぎり、弁当に持ってっちゃったらよいもんなあ」などと――。 食べ終ったと思うや、澄の指から箸がころげ落ち、もうやすらかな寝息が聞こえる。龍も蒲団にもぐり、すぐ眠りの世界に戻っていく。 ある夜、澄が目ざめた時、母がカチカチと火打ち石を打っていた。手に高くかかげられたメイタ(つけ木)が小さな炎をあげ、母は何事かを一心に念じている。メイタを捧げるのは油が買えないためで、燈明のかわりであった。子供心にも、そんな母の後姿は神々しく思えた。「母さん……」 澄はそっと呼び、再び夢の中へ入っていく。
 その日から七日目である。 母を送り出して、二時間ほどたった頃、雨が急に激しく降り出した。「母さんはどこで雨宿りしとってやろう」と龍と澄は話しながら、庭に植えた稲苗を眺めている。ほとんどの苗は茶色くみじめに地にはっているのに、二、三本だけが降る雨に生き返ったように葉先をのばしていた。 部屋のあちこちで雨もりの音がしはじめる。二人は台所の隅からかけた丼や鍋を持ち出し、雨だれの個所に配って歩く。 テン、トン、ポトン、トン…… 雨滴の音はせわしくリズミカルに家中に響き出す。澄は浮かれ出し、音に合わせて手をふり、腰をくねる。目にうつる何もかもが面白くてならない澄は、やっぱり陽気で茶目な政五郎の子であった。 土間の入口近くは屋根の穴からもれる雨にえぐられて長年のうちにくぼみ、雨の日は小池のようになってしまう。几帳面な母が苦にしているその小池も、澄には雨の日の魅力的な遊び場になる。澄は尻からげして、はだしのまま土間にとび降りる。ピチャピチャと小池に足を入れて、「おもちょいなあ、よい気持ちや。お龍さんも入りい」と姉をそそのかす。 午後になって、雨はあがった。家の前の溝は水かさを増してあふれている。澄は、その中に上の田から落ちてくる小魚がいるのを、見逃がさない。龍も手伝って石ころや土で堰をつくり、ざるで小魚をすくい出す。メダカ・モロコ・ドジョウ、時にはフナ子や、ちょっと大きいコイ子もつかんだ。 魚たちは一匹ずつ土間の小池に移された。はね上がったり、ゆうゆうと泳ぎ廻ったりする魚たちを見ていると、澄は心が躍ってじっとしていられない。さっそく近所の子らを集めて御自慢の池を披露し、才覚のこぼれるような眼で宣言する。「この小魚がでいろう(大きゅう)なったら魚屋をするで、買うとくれな。いくら買うても、売り切れにならへん。うちんとこ、雨が降るたんび、魚がとれるさかい……」 近所の子供たちも帰り、土間が暗くなって、魚の泳ぐ姿も見えなくなった。かわって表戸のすき間や壁の破れ目から、また本宮名物の藪蚊の襲来である。 淋しくなると、病気の梅子が恋しくなる。梅子だけは、喜びも悲しみもわかち合える心の友であった。「お梅さんはどないしとってやろ。もうひっさひっさ(だいぶ長いこと)寝とってやが……」「そうや、蛍とって、お梅さんに持っていこ」と、澄は裏庭に走り出て、少しばかり母が作っている畑のねぎを摘んできた。「このねぎのうろに入れていこ」 太く固くなったねぎの葉先に、花が玉になってついている。澄がねぎを、龍が道で手折った笹の小枝を持ち、胸をときめかして川端に走った。 ホタルは青い光を点滅させて、音もなくとびかっている。ホタルかごを下げ、親に連れられた子供たちの姿が影絵のようである。笹の小枝で落としたホタルは次々とねぎ坊主の花軸に押しこまれた。ねぎの中のホタルは、ほかの子の持っているホタルかごのより青く大きくにじんで見える。淡い灯のともったぼんぼりのように、澄はねぎを捧げ持った。「母さんに見せたいなあ」「もう、帰ってん頃や、迎えに行こ」 二人は手をつないで歩き出す。「うちなあ、金持ちになったら、蚊帳を買うでよ」と澄が鼻のあなをふくらませた。「青い蚊帳で寝たら、よい気持ちやろなあ。ふとんかぶらんでも、蚊に刺されへんし……」「うちなあ、その蚊帳の中でホウタロいっぱい飛ばして見たいんじゃな」と澄は興奮したため息をついた。 しとしとと、向こうから聞き覚えのある草鞋の音がする。「母さんや」「母さんが帰ってきちゃった」と叫び合い、きそって駆け寄る。「はい」と母は答えて、ぎゅっと二人を抱き止める。「おう、ホウタロたんとやのう。なんときれいなこと……」「これはお梅さんにお見舞いや」と澄が得意げに言うと、、直はちょっと考えてから、「それなら寄ってみよ。昨日あたりから、熱も下がりなさった様子やさかいなあ」 母をまん中に、龍と澄は母の手をしっかり握り歩き出す。母の手は豆だらけで、ごつごつ荒れてはいたが、あたたかかった。澄はその手を両手に持って、ぴょんぴょんとびはねた。 梅原家の表戸は閉ざされていたが、裏口のすき間から灯がもれていた。「こんばんは、起きとってですか。お梅さんのおかげん、どうですえ」 そっと戸を叩いて声をかける。かんぬきがはずされ、おきが顔を出す。おきはうしろ手で裏口の戸を閉め、「お直はん……」とすがるように言った。 澄が黙ってねぎに入ったホタルをさし出すと、「おおきに、お梅が喜ぶわいな」とおきが受けとった。その時、ギイッと裏戸が開いて、何かの叫び声がした。 行燈のほのかな灯を背にして、梅子が立っていた。嬉しげにそばへ寄ろうとする龍と澄をさえぎって、おきはホタルを梅子に手渡しながらその体をおし戻し、外から戸を閉めた。「どうしなはった。お梅さんはまだ?……」と直がいぶかる。 おきの顔がみるみるゆがんだ。「もうよいんや、達者になってますのや。けえど熱が下がったと思ったら……あの子の声、出えへんのやわな」「声が?……」 おきはうなずき、嗚咽した。ふるえる両手で、直の肩をつかんで揺さぶった。「なんでやろ、なんでわしんとこは……こんなやろ。お梅まで、お梅まで……ゴロ(唖)になってしもた」 獣のうめくような、おきの声であった。裏戸が内側から叩かれて、また奇妙な叫び声がした。「お梅、いま行くでよ」 おきはあわてて涙をぬぐい、おびえて直の両脇にしがみついている龍と澄を暗い眼で見ると、そそくさと家へ入っていった。実際、おきの嘆きのように、梅原家も、不幸続きの一家である。 おきの亭主の与助は、つまらない物を盗んだばかりに宮津の監獄に行っていたが、帰って来て間もなく、わずらって死んだ。一人娘のお梅は、はしかからゴロになり、郵便配達をしている一人息子の徳太郎が、これより四年後、舞鶴近くの山中で雪に遭い、路傍の石にきちんと腰かけたまま凍死する。「おきさんも、わたしのような重い業をしょってなさる」 直は、運命の苛酷さに慄然となった。三人はもつれるようにして暗い家へ帰った。 二日おいた朝早く、おきは仕事着で風呂敷と秤を下げ、「お直はん……」と門口から声をかけた。おきの背にかくれて、梅子がおずおずと顔をのぞかせる。「あっ、お梅さん」 龍が歓声をあげ、澄も目を丸くして走り寄る。 はにかんで腰の辺りにからまる梅子を、おきはひきはがして二人の前に押しやった。ぎこちなく梅子が笑った。澄が梅子の手をひっぱって土間の小池にしゃがみこみ、ちょろちょろ逃げるドジョウをつかんでみせると、もう三人は以前のままの仲間にかえってはしゃぎ出した。 おきは直と顔見合わせて涙ぐみ、「いつまでも仕事を休んでばかりおられんさかい……お梅を一度、医者に見せてやりたいでなあ」「ほんまですなあ。たいそうな費えじゃろうが……」 おきは梅子の手に五文にぎらせ、龍と澄に幾度となく梅子のことを頼み、直と連れ立って出て行った。
 篠山街道に面した、船井郡西本梅村大谷(現園部町南大谷)にある門屋の忠右衛門の屋敷は半国山の麓にあった。なるほど、門屋といわれるだけの見事な門構えである。二間ほどの朱色の大門がでんと足をふんばり、その横に白壁の大きな土蔵がどっしりと建っていた。 しかしこの大きな農家を、久は数日で立ち去っている。理由は、身を守るためである。この家の若い何人かの作男たちや村の若い衆が、色の白い、丸ぽちゃで愛くるしい久をほうってはおかない。男たちは白昼から久にすり寄り、手をにぎったり、尻にさわったり、にきび面で臆面もなく口説きたてる。ぴしりと拒むと今度は金をむりやり懐に入れる。部屋に逃げこめば、障子の破れ穴から金を投げつける。まるで女のいない国にまぎれこんだようだ。 夜は夜で、昼間の仕事に疲れきって寝ていると、異様な気配だ。「誰やいな」と起き上がって、大きな声でどなると「にゃうおん」と猫の鳴き声をして、すごすご引き下がる。こういうさかりのついた雄猫の来訪が一夜に何度も――。おちおち眠ることもできない。ほかの女たちはそれが結構楽しいのか、よるとさわると男女の噂であった。村の気風かも知れないが、久にはただ厭わしいばかりで腹が立つ。 三日、四日と過ぎ、さすがに張りつめた神経もゆるんで、いつか深く眠っていた。体にのしかかる重みにハッと目ざめると、馬のような荒い鼻息が吹きかかった。はじかれたようにとび起き、久は闖入者の顔を思いきりかきむしって叫んだ。「どろぼう、だれかきてえ!……」 あっちにころがり、こっちにぶつかりして、闖入者は廊下をあたふたと逃げていった。 犯人は翌朝知れた。作男たちではなかった。おかみさんのご機嫌がわるいと思ったら、その背後から、この家の主人が頬になまなましい爪あとをつけて、うらめしげに久をにらんだ。久は主人にひまをとる理由を堂々と開陳し、さっさと荷物をまとめた。 次の奉公先は本梅から西に五、六丁、同じ篠山街道にある埴生の米利という大きな宿屋である。下女募集の貼り紙を見たのだ。 人を求めるだけあって、米利では、多い時は一日二、三百人もの旅客が泊まる。たしかに忙しかった。重い膳を頭より高く幾つも重ね持ち、階段を上がり下がりし、長い廊下を往き来すると、腕はしびれ、足はがくがくした。けれど、肉体的な労働なら少しも苦にならなかった。 久は米利に勤めてから、綾部に行く人に頼んで初めて母に居所を言づけた。あれほど家から逃れようとしながら、どうしても逃げられぬ久であった。 しばらく夢中で日を過ごすうち、ある暮れ方、直がとつぜん訪ねてきた。「母さん、どうしちゃったん」 久が驚いて聞くと、直は言いよどみながら訴えた。「お久も知っとるじゃろう。父さんが病気になられてからは、銀行に借りた元金どころか利子もはらえん。それがこの頃、催促がやかましゅうてなあ、利子入れなんだら家を取り上げると……。お前に言うてもどうにもならんと分かっていても、相談する人がほしゅうてなあ……」「お金がいるのやな。ちょっと待っとってよ」 綾部から埴生まで十五里余、この時刻に着いたとすれば、暁発ちして休むまもなく急いだのであろう。思いつめた母のまなざしに、久は胸をつかれた。 久は女中頭にことわり、母を連れて裏庭に出た。とび石伝いに、一度挨拶に来たことのある主人の住まいにまわった。枝折り戸越しにのぞくと、巻煙草をくわえ、放心したさまで庭の盆栽を眺めている主人の横顔が見えた。 奉公して長くもないのに、前借りなどとてもさせてはくれまい。けれど母には金がぜひ必要なのである。あたって砕けろと久は覚悟をきめた。 主人は縁に腰を下ろしたまま、歌舞伎の女形然と色っぽい眼で久を見つめた。久は深く頭を下げ、頬をこわばらせて、金の必要な事情を打ちあけ、一心に前借りを頼んだ。 主人はのび上がって、枝折り戸のそばの直を手招きした。直はおずおずと近寄り、娘が世話になっている礼を述べ、無理なお願いに上がった無礼を幾重にも詫びた。 主人は鷹揚にうなずき、「なるほど零落れていなさっても、ほんとに上品なお母さんじゃのう」 久は母をほめられた嬉しさに頬を赤く染めた。「知っての通り、うちには奉公人がようけおる。その中には親御はんが前借りに来てんことも珍しいこっちゃおまへん。けんどわしはなあ、末に見込みのある者には、いるだけ貸してやる方針なんや」 主人はまた眼に表情をこめて直を見上げた。「わたし、働きます。体も丈夫です。骨惜しみなど絶対にしません」と久は力をこめて言った。「お前が働き者なんは、このわしがちゃんと認めるでのう。さあて、二円もあれば一時しのぎにはなるやろ」 立ち上がって、床の手文庫から主人は金を取り出した。
 母が来てから、二、三日たった頃、尻からげでわき目もふらず廊下を拭いていると、主人から声をかけられた。「お久や、用事があるさけ、ちょっとわしの部屋まで来てんか」「はい」 久はあわてて着物の裾を下ろし、襷をはずして、少し赤くなってうなずいた。 しばらくして久が主人の居間に通ると、主人は長火鉢の前に体をはすにして坐り、手招きした。「わざわざ呼んだんはほかでもない。こないだ用立てた金のこっちゃ」「はい」「二円返すちゅうても、なかなか容易なこっちゃない。けんどお前は女やし若うてぴちぴちしとる。そこで、すぐに返せるぼろい方法があるねん」「へえ、そんなよい方法がございますか」「あらいでかいな」 主人はさりげなく立ち上がり、庭に面した障子を閉めながら、世間話のように言った。「今日は朝から、家内も、およしも、おもんも亀岡へ芝居見物や」 およしとか、おもんとかいうのは、この離れに住んで別にきまった仕事もせず、べたべた白粉をぬりたくっている女のことであろうとは想像できた。だが主人がなぜそんなことを言い出すのか、分からなかった。「そこでや、ただいっとき眼えつぶって、体をやわらこうしとってみい。それだけで二円は帳消しや」 いつの間にか背後にまわって、主人は久を抱きすくめにかかった。瞬間、久は力限りに主人をつきとばしていた。 男はふんぎりがつくとすぐ野獣になれる。どっと尻もちをつきながらも、逃げる久の裾をつかんで引きずり倒す。だが労働できたえた久を手ごめにするのは困難だった。追いつめると、逆に激しい怒りに顔をひきつらせて向かってくる。主人はもてあまし、肩で息をつきながらあきれた。「お前は可愛い顔のくせに、どえらいお転婆やのう」 久はこぶしでくやし涙をぐいとぬぐい、憤然と言った。「わたし、こんな約束でお金を借りたんやござへん。働くことなら人に負けんつもりだす。ちゃんと働いて返しますさかい……」 久から眼をそらし、主人はせせら笑った。「ほう、そうけ。働いて返すてけ。へん、ごついことぬかしよるわい。女は女やからこそ値打ちがあるんじゃ。ほんならお前がどれだけ働けるか試しちゃるさけ、鍬をかついで裏の田へ出い」 裏口から畦道づたいにしばらく行くと、その一帯は米利の所有田である。 主人は懐中時計を出し、半反ほどの田をさし示した。「さあてと、この田を掘りかえしてもらおか。きっかり一時間でのう」 理不尽なことを言われると、久の理屈の虫が承知しない。「旦那さん、この田は、なんぼありますんや」「きだなか(五畝)じゃわい」「そうですなあ、誰がみても、きだなかですなあ」「分かっとったら、よけなこと聞くな」「それでも、きだなか一時間で掘り返せなんて無茶ですわな」「なんでやい」「田掘りは一番大事な仕事やさかい、うんと鍬を入れとかんと、長い夏のあいだ、草取りに難儀せんなりまへん」「ほっとけ」「それに、百姓が朝早うから晩げまでかかって一反きだなか掘り返したら、綾部では働き者の総大将ですわな。女で一日一反掘り返せば立派な百姓女や。それやのに一時間できだなかやなんて……」「ふん、綾部ちゅうとこは、そんなちょろこいことで飯が食えるのかい。この村ではなあ、煙草の葉を朝飯前にきだなかこぎとるし、田掘りは一時間きだなか掘らなんだら、一人前の百姓面できんのじゃい」「へえ、ここの田は、おからででもできとりますのかいな」「つべこべぬかすな。どうじゃ、きだなか一時間で掘り起こすか、それとも……」「掘ります」 久はぷんぷんしながら田へ下りた。歯をくいしばり、全力をしぼって田に取り組んだ。眼に流れ入る汗を拭くひまも惜しんで鍬をふるった。 畦に腰かけて五月のそよ風にいい気持ちそうに吹かれながら、主人は、激しく屈伸する久の若い肉体を眺めている。臀部のはちきれそうな盛り上がりに、吸いついた視線が離れない。 一時間たつと、主人は今にもぶっ倒れそうな久の傍へ寄り、いきなり懐へ手を入れようとする。久はばしっとその手をはじいた。「ちぇ、まだ音を上げんのかい。けんど予定の半分も残しといて、それぐらいの仕事ぶりで、『働いて返す』などとようぬかすのう。明日からは、その分、夜なか起きして田を掘り起こせよ。さあ、ぐずぐずせんと宿へ帰らんけえ。そろそろ団体さんのお着きやぞ」 主人の久に加える酷使はいっかなゆるまない。見かねた朋輩が言った。「あんた、旦那はんに金借りたん違うか」「そうどすがな」「あの旦那はんはあとがうるさいよってなあ。二人の妾がよい見本や」「妾?……」「知っとってなかったん。およしとおもんがそうや。金貸して返せへんと、無理に言うこときかされる。気をつけなあかんで」 ここへ来てから、久はおしゃべりする間も惜しんで働いたので、本妻と妾が同居するという村内周知の事実さえ知らなかったのだ。久は唇をかんだ。ようし、負けるものか。わたしは働いて返してみせる! 朝暗いうちに、久は鍬を持って田へ走るのだった。 しかし生身の肉体にも限度があった。ある夜、しまい湯を上がると、精魂つきて廊下にへたりこみ、虚脱した表情で綾部の方を眺めていた。涙が頬を伝うのも気づかない。その様子をみて、手洗いに起きた五十がらみの客が声をかけてくれた。客は甲州花沢村の田宮源八という宿の上得意で、帷子いっさい、絣物いっさい扱う大きな蚊帳問屋の主人であった。 久が問われるままに事情を話すと、客は大いに憤慨した。「それは無茶じゃ。第一、それだけ働かされたのなら、二円ぐらいの借金など帳消しのはず。よしよし、悪いようにはせぬ。わしにまかしときなさい」 翌朝すぐ、田宮は米利の主人に面談を求めた。そのいきさつがどうであったのか田宮は言わなかったが、借金の証文をとり返してくれた上、久を連れて船井郡八木町の丁字楼という小料理屋に働き口を斡旋してくれたのである。 丁字楼では、久の器量や歌のうまさ、客あしらいのよさを買って、すぐに下女から仲居にとり立てた。客の受けもよかった。そしてこの年の暮、望まれて同じ八木町の桝屋という旅篭に移った。
 梅子が物言えぬ少女になって以来、龍と澄と三人は、三人ともゴロになったように手まねで話しあっていた。結構それで楽しく、心が通じあうのだ。梅子の痩せた頬に生気がよみがえり、時には奇声を発して笑いころげた。お昼には焼きいもを買って、仲よく食べた。 ある日、三人は並んで道端に坐りこみ、棒で地べたに絵をかいて遊んだ。ものいう声帯を失い、字をかくすべも知らぬ梅子は、思うことをたどたどしい絵でかきあらわすことに熱中した。龍も澄も梅子の前にしゃがみ、それを眺めてあてっこした。それは三人だけの楽しいおしゃべりであった。 ふいに龍が悲鳴をあげて、うしろにひっくり返った。桶屋の息子がひょろ長い足で三人の間に割って入り、梅子の絵を踏みにじった。「言うちゃろ、言うちゃろ」とうしろの鼻たれが叫ぶと、桶屋の息子が意地悪く梅子の額をこづき、「おい、何か言うてみい、梅。うたってみいや」 まわりに四、五人、悪童連がとりかこんではやしたてた。「ゴロ、ゴロ、ゴーロ、ゴロ」「なにぬかすんじゃい」と、澄は桶屋の息子にむしゃぶりついたが、手もなく地べたにあおむけに転ばされた。梅子は青くなって家の中へ逃げこんだ。「あかん。行こ」 澄も龍の手を引き家に逃げた。三人はぴたりと戸を閉め、息をころす。悪童連が口笛をふきながら引き揚げて行く足音が聞こえる。その勝ち誇った様子に澄はあと先を忘れ、龍と梅子が止めるのもきかず、さっと表へとび出した。「待てい」 道の小石を拾うや、澄は大声をあげて追いすがった。振り向く桶屋の息子は澄より五つ六つ年上で、ずっと上背があった。そのあごのあたりにいきなりパーンと石をぶっつけておいて、ひるむすきに真正面から組みついた。ヒーッと泣き声をあげたのは、相手の方だった。澄は土佐犬のように腕に食いついている。桶屋の息子は、ふりほどこうと、澄の小さな体をめちゃめちゃにふり廻す。澄はひょろりとした相手のすねに足をからませ、共にドウところがった。ころんだ拍子に澄は砂をつかんで立ち上がり、独楽のように素早く一回転する。あっけにとられて眺めている他の悪童連の上に、パッと砂が舞った。「こらかなん」と逃げる子らのあとから、大将株の桶屋の息子が泣きべそをかいて追っていく。「ばかたれい、阿呆、またやっちゃるでい」 澄は肩で息をつきながらも、拳固をふり上げてまだ力んでいる。 どうなることかと喧嘩のなりゆきを見守っていた豆腐売りの親父が、つくづく澄を眺めて嘆息した。「なんと、これが女子かいな。ちびのくせにどえらい権太じゃ。男に生まれとったら、たいしたもんじゃがのう」
 この頃から誰いうとなく、澄に《新宮の男八兵衛》という綽名がつけられた。 広辞苑によると、八兵衛とは、おてんば、おませな少女の異称とある。またこの地方では、男まさりのことを男ばちという。男八分で女二分の意か。八兵衛の八は、男八分の意味をふくむのであろうか。 澄が綾部の町を歩くと、子供たちはさわぐ。「そら、新宮の男八兵衛がきた」「政五郎はんとこの、喧嘩八兵衛のお澄が通る」 大人たちまで表に出てきて「どれどれ……ふん、なした罪のない可愛い子やいな。お澄はん、せっかくやさかい喧嘩してゆきい。誰ぞと喧嘩して泣かしてやりい」とおもしろがって煽動する。「よしきた」 澄はおだてられているのも知らず、いい気になって、男の子なら相手かまわず組みついていく。「澄さん、がんばれ」と大人たちは応援し、澄は期待にこたえようと、手も足も口まで使って奮闘する。喧嘩はめきめき熟練したが、澄は年齢も体格もかなり違う相手だと、奇襲戦法を用いた。足のすねを蹴ったり、股間をねらったりした。袂の中に小石を入れて歩き、すれ違いざま、ふいにその袂をつかんで横からぶっつけたりした。何されるか分からないので、男の子たちは、うっかり澄の傍へ寄れなかった。 しかし反対に十何人もの男の子に追いまくられ、家の背戸まで逃げてきて中へ入ろうとしたとたん、スッテンドウとひっくり返って、体は半分背戸の中、足は外へ出たまま戸を閉められるという大しくじりをしたこともあった。 ともあれ、澄は龍や梅子と違って、喧嘩やいたずらが大好きであった。昼間、母のいない淋しさをまぎらわすのに、これほどスカッとする妙薬はなかったのだ。 夏の夕暮れ近く、ままごと遊びから抜け出して澄一人で水遊びをしていると、例の悪童一味にみつかった。数人の男の子たちに遠まきにされ、いっせいに石を投げられては、いかに負けん気の澄でもかなわない。さっと逃げ出す背後から、執拗に石ころがとんだ。その石の一つが後頭部にカツンとあたり、一瞬目がくらんだ。 やっと逃げのび、やれやれと思うと、なにやら背筋が冷たい。腰の辺もぬれているようで変だと思い、澄は桑畑の中に入って帯をといてみた。着物の背が真っ赤にそまっている。頭に手をやると、ぬるりと気味わるい感触がした。てのひらをひろげると、べっとりと血である。 さすがに青くなってふらふらしながら家にたどりつく。ままごと遊びを続けていた龍と梅子が悲鳴をあげ、おろおろした。「まがわるうて、石にあたってしもた」 澄は着物をぬぎ、くるくる丸めて押し入れにつっこみ、手拭いで頭をしばった。「母さんには内緒やで。言うたらあかんで」 龍の敷いてくれた蒲団に、澄はすっぽりともぐりこんだ。 龍と梅子は、蒲団のわきにしょんぼり坐った。蛙の声が耳につき出して、障子が夕焼けにあかね色に染まった。それも色あせ、次第に暗くなってくると、たまりかねて梅子がすすり泣いた。 龍は蒲団を持ち上げ、澄をのぞいた。澄は寝たのか、土色の顔で死んだように眼をつむっている。こんなとき、大人がいないことは、子供たちの心を実際以上に不安がらせる。 梅子は涙をふいて表に出た。自分の家をのぞいたが、おきはまだ帰っていなかった。梅子は決心して夜道を走った。こわがりの梅子が、いまは一人で、竹藪のさわぐ暗い道を口をへの字に結んで走った。 ――ほっておけば、お澄さんは死んでしまう。ちっこい体から、あんなぎょうさんの血が流れたのやから。父さんが死に、いままた一番の友だちのお澄さんが死んだら……。 梅子の心は、言葉にならない叫びで渦まいていた。一刻も早く助けを呼ばねばならない。この道を行けば、帰ってくる直か、おきに出会うはずだった。 いつもより早目に仕事をきり上げ、直は道を急いでいた。子供の足音に気がつき松明をかざすと、梅子が走り寄り、とびついてきた。「お梅さんやないか。一人で……どうしなはった?……」 直の声が上ずった。梅子は手で頭をひらひらさせたが、もどかしげに直の手を引き、走り出した。二人が家にとびこむと、龍がワッと泣いた。直はぐったりしている澄を抱き上げ、血の乾いた髪をわけ、傷口を洗った。出血の多いわりに、傷は小さかった。 梅子が押し入れに隠した澄の血だらけの着物を引き出して来る。「こちらも悪いのだから文句も言えないが、それでもひどいことをされたなあ。この着物、相手の親に見せてやりたい」と直は嘆き、日頃になくきっと唇をかんだ。
 そんなことがあっても、澄のお転婆ぶりはいささかも衰えない。 当時、富八という男が、三味線を持って綾部の家々を門づけして歩いていた。富八は目が見えない。 向こうからくる富八の姿をみて、澄は姉を手招きした。「お龍さん、ちょっと来ていな」「なんやいな」 不審そうに表へ出る龍に、澄は手早く説明する。尻ごみする龍にむりに縄の片端を持たせ、自分はもう一方の端を持って道の向こう側に立ち、獲物が網にかかるのを待って息をひそませる。やがて富八は縄にひっかかり、足をとられて倒れる。 澄は手を叩いて笑いこけた。「大方こんなことさらすのは新宮の男八兵衛じゃろ」 富八は白い眼をむいて、大声でわめきながら行ってしまう。澄は嬉しさに身ぶるいしそうになりながら尾行する。 ぼん屋の前では、今日も目の見えぬ婆さんが、縁台の上にチョコンと坐っていた。「婆さん、おってかい」と富八は声をかけながら傍に寄り、婆さんにぼやく。「新宮の男八兵衛のやつがわしを縄でひっくり返しよって、しようがないのや。チビのうちからこれでは、先が思いやられるわい」「政はんの子じゃろ。父親に似て、てんご(冗談)が好きやさかい、ふっふっふ……」 婆さんは何事かを思い出し笑いし、「まあ、おかけいな。おもろい話しちゃるでよ」と縁台の隅に寄った。 かって清吉に縁台ごとひっくり返された一件を語り出そうと、婆さんが見えない眼をむき、あごをしゃくれば、富八は縁台に並んで耳をつき出す。かしげた富八の毛の薄い頭には、古風なちょん髷がさも大切そうにのっている。澄はそれが前々から珍しく、さわってみたくてうずうずしていたのだ。今こそチャンス到来である。そっと背後に忍び寄り、富八のちょん髷をグイとつかんでひっぱった。「きいっ!……」と叫んで富八が腰を浮かすと、ふいに立たれて重心の狂った縁台がはね返り、婆さんが見事にころげ落ちた。さあ、富八の怒ること怒ること、こんどは杖をふり上げて、がむしゃらに追っかけてくるのだった。 その後、富八は澄の家に近づく時はへっぴり腰になり、杖の先で探って大急ぎで通り抜ける。その姿がおかしいと言って、澄は笑いころげた。 こんな手のつけられない悪戯をしていても、「そやけど、あの子の顔みたら、なんや憎めんな」と、澄は町の人気者であった。
 明治二十一(一八八八)年の正月が来た。龍九歳、澄六歳になる。 手に手にお年玉を持った子らが町屋の店先に群れ、あめ玉やおもちゃを買っている。雪のかき分けられた白い通りでは、結いたての髪に赤や水色のかんざしをゆらゆらさせ、赤い鼻緒の下駄をはいた娘たちが赤い裾廻しの晴れ着によそおい、絵のついた羽子板で羽根をついて遊んでいる。くるくるまわる美しい羽根、寒空に冴えた羽子板の音、派手やかな笑い声。 龍は筒袖の中に手を入れ、まぶしいような目つきでさっきからそれに見惚れている。軒先から折った氷柱を舌の感覚がなくなるまでしゃぶると、澄はきりもなく眺めている龍の背をつついた。「去のかいな」「ふん……去の」 素足にそれしかない藁草履をはいた龍は、うつむき歩きながら一人言を言った。「羽根つきしたいなあ、どんな羽子板でもよいさかい……」「お梅さんが羽子板もっとっちゃったでよ」「あ、そうや」 二人は走って梅原家へ行き、梅子を呼び出す。古びて絵の消えた羽子板を、梅子は大切そうに抱えて持ち出して来た。「一つではあかんなあ。何か板きれがないじゃろか」と、澄が言うと、おきが木箱のこわれたのを出してくれた。梅子の羽子板を見ながら、澄は鎌でカンカン板をけずって、なんとかその形に似せた物を作り上げた。「けれど……羽根がないなあ」と、龍が言い、梅子も悲しげに首をふった。「よい考えがある。待っとんなよ」と澄が言った。遊びの知恵なら、すぐにひらめく。 澄は川糸をこえ、青野の北端にある二宮神社まで一気に走る。境内には、まわり一丈もある大桧が空高くそびえている。澄はそれを見上げるのが大好きだが、今日は桧などに用はない。目あては神社のうしろに生えている、葉の落ちたのっぽの無患子である。その下に無患子の実の黒い種が落ちている。それを幾つか拾い、帰り道には農家の鶏小屋の前に散っている羽毛を拾い集めてきた。 家で待っていた龍と梅子に手伝わせ、澄は羽毛を無患子の種にとりつけた。どんな不細工な代物でも自分たちで作り上げたのである。嬉しさに有頂天になり、三人でかわるがわる羽根をついた。悪童連が羽子板のおかしさを笑うと、ふだんなら澄はその羽子板をふり上げてかかって行くだろう。が今は、喧嘩よりは羽根つきで夢中であった。笑う者には笑わしておいて、羽根がみえなくなるまで三人は楽しんで遊んだ。
 梅が散り、桜が咲いて、新学期がはじまった。小学校は、出口家から南へ坂を三町たらず登った上野の旧藩庁跡にある。だから登校する生徒の多くが出口家の前を通った。尋常一年の子らはその姿に新鮮な感激をただよわせていた。 『丹波の話』(磯貝勇著)に記載されている古老の懐古談によると、当時の学童たちの風俗は大部分の者が頭のまん中にケシボンをおき、頭の左右と後にビンツをおく。着物は袖のある和服に前垂れをしていたという。また始業を知らせる鈴はまだなく、槻材で作った厚さ二寸、幅五尺六寸、縦一尺ぐらいの板木を叩いたものだという。 綾部に小学校が創立されたのは明治五年で、学校の建築が間に合わないので田町の元銀札場を仮校舎として発足、まもなく田町の大手坂の東側へ移り、明治八年に現在の上野の旧藩庁跡に移転したのである。 出口家の八人の子供たちのうち、大槻家の養子になった伝吉を除いては、だれも小学校の門をくぐっていない。では当時の児童の就学率はどのくらいであったか。 明治八(一八七五)年の京都府下の児童(八歳~十三歳)は、就学三万七千四百二十七人、不就学四万二千八百六十三人、まだまだ不就学児童の方が多い。明治十五(一八八二)年に至って、男女平均就学率五二%、明治二十五(一八九二)年は六一%、明治三十四(一九〇一)年に九四%、そして明治四十三(一九一〇)年にようやく九八・六六%、出席率九一・五八%となる。 綾部だけについてみると、明治二十二(一八八九)年現在で、学齢児童六百八十余人に対し就学児童二百八十余人、就学率はわずかに四〇%にすぎなかった。出口家の経済状態では、子らを学校へやり、月謝を払うことなど、思いも及ばなかった。 龍は格子窓の間に鼻をつっこみ、くい入るように登校姿を見つめていたが、ほっと吐息して言う。「よいなあ」「何がいな」と澄が問い返すと、「学校ってよいなあ」と涙ぐんでいる。龍は昨年から学齢に達していた。龍と同い年の子らも連なって通っていく。「うち、学校なんかちっとも行きとうない。お梅さんは?」と澄が聞くと、梅子は手で口をさし、ゴロ(唖)では学校に行けないと言うように首をふった。「ちょっと見とりなよ」 澄は表に走り出て通学の子供たちの前に立ちはだかり、ぱっと両手をひろげてきめつけた。「ここ、わしの家の前じゃ。よう通さんぞ」 子供たちが右に廻ろうとすれば右、左に抜けようとすれば左につめよる。新宮の男八兵衛の気迫は年上の子供たちをも辟易させるのに十分だ。子供たちはどうにも困って、すごすごと引き返した。 次の朝、同じように格子からのぞいていると、子供たちはどう申し合わせたものか、家の手前から遠くまわって、西門の方へぞろぞろ行く。「よし、またやっちゃろ」 澄は体いっぱい闘志をみなぎらせ、龍や梅子の制止もきかず、坂をタッタッタッタッとかけ上がって先廻りする。「こらっ」と、赤い下唇をつき出し、りんと眼をみはって通せんぼする。と、子供たちは、情けない顔でトボトボと引き返して行き、今度は親を連れてくる。「お澄さんや、すまんけどよ、学校へ行かんならんさかい、うちの子を通してやってえな」 そう親にやさしくいわれると、澄もさすがに「はい」とうなずき、おとなしく道をあけるのだった。しかし、この悪戯は朝な朝な、しばらく続いた。
表題:澄の初奉公 4巻2章澄の初奉公



 昼間、母のいない淋しさを喧嘩やいたずらでまぎらわせていた澄も、慣れてくるといくらか落ちついて、梅子を加えた三人で山へ枯れ木集めに行くようになった。栗や茸も探した。採ってきたものは仕事から帰った母を喜ばせ、夜の粥に入れられてぐつぐつ煮られた。言いようもなくうまかった。貧乏人の子にも、それなりの楽しみが四季の野山にころがっていた。 ある時、三人は稲山でひとかたまりの大きなしめじ茸を見つけた。眼をまん丸くみはった龍が、信じられぬように言った。「ほんまのしめじじゃろか。毒茸と違うかいな」 形をこわさぬよう家までかわるがわる運んだが、母の帰りを待つうちに、おなかがクーッとすいてくる。 ついに澄が言った。「ちょっと味試ししてみよで。毒やったらぐあい悪いもん……」「そうやなあ」 龍もすぐに賛成し、とってきた枯れ木をくどに入れて火をつけ、鍋でひとつだけ茹でてみた。茹で上がった茸をまず味見する。「どうやい」と龍が聞くと、澄は「うまいでよう」と感に耐えぬ声を出す。「毒茸ちがうやろなあ。まだおなか痛うならんか」と龍が不安げに聞いた。「なんともあらへん」と澄は言い、「もう一つ」と茸を鍋に入れる。龍も梅子も負けずに自分の分を入れる。 次々と茸は煮られ、子供たちの腹中に納まり、母が帰ってきた時はきれいに処分されていた。「こんなにあったんやで」と、澄が両手をいっぱいに開いてみせ、梅子も負けずに両手を開いた。子供たちのあまりの喜びように、直は子供たちだけで火をいじったことをつい叱りそびれた。 次の日、三人は若宮神社の裏山に登って、柴栗を拾った。昨日のしめじで味をしめた三人は、さっそく家に帰って栗を煮はじめた。煮えるまで石けりしようと龍と澄が表へ出た時、火のついた柴がくどからころげ落ち、そばの藁に燃え移った。梅子の異様な叫びでふり返ると、背よりも高く火柱があがっている。「火事やでえ」 澄が叫ぶ。向かいの安藤金助が聞きつけ、とんできて消し止めてくれた。 金助は龍や澄を可愛がっていたが、この出来事には震え上がり、「もう絶対に火遊びなどせんでくれよ」と青い顔で言いきかせた。 小心な金助は子供らを叱っただけで安心できず、組頭の四方源之助の家へ訴えに出かけた。間もなく源之助が金助と連れ立って来て、土間の様子を眺めまわし、ぶすりとつぶやいた。「ほんまにこんな小さい子らに留守番させとくのはどてらい危険なこっちゃし、第一はた迷惑じゃのう」そして、声をやわらげて、「お母はんが戻ったら、用があるさかい、すぐ来てもろうて。忘れんとそう言うのやで」と念を押して引き揚げた。 三人はしゅんとしてひとかたまりに坐ったまま、母を待った。今日ばかりは母の足音を聞くのがつらかった。「もどったでえ」 いつもの声が門口からかかる。三人はびくっと顔見合わせたが、覚悟を決めて、澄が土間に出迎えた。「あのええ、組頭のおっちゃんがなあ、母さんが戻ってきたら、すぐ来てくれって……」「そうかい、なんでじゃろ」 直は首をかしげたが、澄はうつむいたきり、小火を出したことは言えなかった。 その足で出て行き、やがて帰ってきた直は、じっと涙ぐんだ眼で子供たちに向かい、静かな、胸にしみるような声で言った。「昨日のうち叱っとかなんだのは、母さんが悪かった。これで火の怖さはよう分かったやろさかい、もう自分たちで煮たきだけはせんようにな」
 この事件があって、組から出口家に強硬な申し出があった。「こんな小さい子に留守番させとくのん、危のうてかなわん。子供たちを何とかするか、出口家が本宮から立ちのいてほしい」 仕方なく直は、昼のうちだけ子供たちを北西町の大槻家へ預けることにした。直は米の夫である大槻鹿蔵の人柄をきらい、ふだんはあまり往き来しないのだが、幼い子を預けるとなると、やはり綾部では大槻家を頼るしかなかったのだ。 龍と澄は母といっしょに家を出て途中で別れ、大槻家へ向かう。梅子も、昼間だけ金助の家へ預けられた。十二歳の伝吉は前垂れ姿で牛肉屋の店先で立ち働いているが、二人を見ると、嬉しそうにニッと笑って迎えるのだった。 伝吉が二人のすぐ上の兄であることを、姉妹は知らされていた。だから姉妹も、伝吉には特別の親愛感を示した。 伝吉は小学校を四年でやめ、朝間は店を手伝い、午後の一時を西新町の浄光寺住職の夫人楠はるえに学んでいた。だから直の八人の子のうち、曲がりなりにも師について読み書きを学んだのは伝吉だけである。 家に入ると、すぐに鹿蔵につかまる。「おお、ちょうどよいとこへ来たなあ。お澄、肩うってくれい」 鹿蔵は、おとなしい龍よりも権太の澄の方が気やすいのか、肩たたきはいつも澄を指名する。澄が「よっしゃ」と気さくに肩を打つと、鹿蔵は退屈しのぎにからかう。「お澄や、名案があるばい。お前はかわいい顔しとるさかい、町屋へ嫁にやる。お龍はそうでもないさかい、田舎の百姓家へやる。そしてわしは、お澄のとこから金と酒をせびってくる。お龍からは米と野菜をもらってくる。どうや」「いやぜい。うち、おじさんが来ても、なんにもやらんわいな」と澄が言う。 鹿蔵は急におそろしい声を出してみせる。「わしのいうことをきけん奴は摂州へ年季奉公に出しちゃるぞ。摂州へ行くとな、お前らはちんこうて目方が軽いさかい、背中に重い石くくられて、一日米ふみさせられるぞう」 綾部地方では、子供を叱るのに摂州をよく引き合いに出したらしい。たとえば「そんなことしたら、つのこにやるで」という風に。つのことは、津の国、つまり摂州をさすのであろう。摂州は寒天どころ、その出稼ぎはかなりつらかったらしく、おどす大人の言葉にも、迫真味があったことだろう。 龍も澄も本気で怯える。やりかねない鹿蔵だからである。肩肌ぬいだ鹿蔵の背中一面の入墨の弁天がにたっと笑ったようで、いっそう無気味である。鹿蔵はようやく肩たたきから澄を放免し、大きなのびをしながら、まだ憎いことをつけ加えた。「よしよし、よう打った。褒美にはのう、牝牛の金玉や馬の角や蛙のへその雑煮を食わしちゃるでよ。ひとっ走り買うてこいやい」
 米は龍や澄にやさしくしてくれたが、澄は米のまわりにただようどこか崩れた雰囲気になじめなかった。米は「お澄や、よいもん見せたげる」と袂をめくり、むっちりした白い二の腕を突き出す。腕の中に玉ころがあった。澄が指先でさわると、熱くこりこりした感触で、気味悪い。「これはなあ、宮絹という人の霊やでよ。これ宮絹はん……」 米がさもいとしげに玉に口づけし話しかけると、玉は上下にころがり、あちこちと走り廻る。「宮絹はん、ここにおっちゃったら誰にも邪魔されんさかい、遠慮せんといつまでも私の体にいとくれなはれ」 その言葉が理解できるのか、玉は嬉々として跳ね廻り、その度にやわらかい皮膚が伸び縮んだ。 宮絹が米の昔の恋人だったらしいとは、澄にも察せられた。鹿蔵という夫がありながら宮絹を忘れられぬという姉に、澄は不潔なものを感じるのであった。
 ある日、澄は一人で山へ登った。枯れ木を集めて束ね、小さな肩に背負う。手にもった袋は、拾った団栗でふくれていた。枯れ木は大槻家のたき物になるが、団栗は拾いためておいて母に渡す。母はそれを石臼に入れて、てぐという槌で打ち、それを晒して団子にした。団栗団子はうまいとはいえないが、代用食によく食べた。母も屑買いの道すがら、団栗を拾い集めていた。 母は何一つむだにせぬ人で、稲や麦の落ち穂をみつければ、ひとつでも大切にしまっておいて粥にした。「米一粒には神さまが三人いる」という俗諺を本気で信じていると思われるほど一粒の米も大事にした。麦は二、三合もたまると、臼でひいてハッタイ粉を作った。砂糖のない塩味だけだったが、龍も澄もそれが楽しみであった。黍を買ってきて石臼でひき、きび団子を作ったこともある。 澄が母を思い出す時、いつもどこからか、ぐれんぐれんと廻る石臼の響きが聞こえてくるような気がする。石臼と母――この二つは一つにとけあって、いつも懐かしく思い浮かぶのだった。 麓まで一気に下り、澄はとある農家の板塀ぞいの石に腰かけて、重い背中の柴を背負いなおした。ふと見ると、板塀の下から小さな白い花が道ばたまで群れている。この花が澄は大好きであった。名は知らないが、ほんのりと紅のまじった白い花が澄を見上げてのぞいており、そのひっそりと幼げな感じがいとしくて、しばらく立てなかった。 ふいにワンと犬が吠えた。びっくりして顔を上げると、六匹の犬を連れた青年がこちらを見ている。青年は懐しそうに寄ってきた。「なんや、清吉兄さんか」と澄はにっこりした。 清吉は上野の家中の寅吉の所へ紙漉きの見習いに行っている。仕事が忙しいせいか、すぐ近くにいるくせに、なかなか顔を合わせる機会がなかった。 兄妹は急には言葉もなく、じっとみつめ合った。黒目がちの涼しげな目もとや愛嬌のある口元がよく似た二人であった。負けん気の、無鉄砲な気性もそっくりである。「何しとったんや」と清吉は、澄の見つめていた足もとをのぞき、「ひな菊かいな。お澄、この花が好きこ?」「大好きや。花のうち、一番好きや」 澄はそう答えて「ひな菊……」と口の中で言ってみた。 清吉は、すぐには別れがたい気持ちで、澄と並んで腰かけた。犬たちもおとなしく、そのまわりに寝そべった。「兄さんの犬かいな、ぎょうさん連れて」 澄はそっと手を出したが、犬は低くうなって横を向く。「妹やぞ、こら……」 清吉は犬を叱り、やさしく首をたたきながら誇らしく言った。「みんな野良犬やわい。いつやらごろから、こいつらと友だちになってなあ。外へ出ると、餌やりもせんのに、どこかしらん出てきてついてきよる。多いときは、二十匹もじゃ」「ふうん、妙やなあ、兄さんて犬に好かれてんやなあ」と澄はしんから感心した。 澄はまだ知らなかったが、清吉は闘犬が好きで、野良犬をいつもひき連れて歩いていたので、《新宮の犬の庄屋どん》と綽名され、若者たちの人気者になっていた。「兄さん、また喧嘩しちゃったやろ。こないだ、兄さんにどつかれた人が、うちに頬っぺたの傷みせちゃったでよ。兄さんの暴れん坊は、町で有名やさかい……」 清吉はにやりとして澄の頬をこづき、「それは猿のけつ笑いじゃ。お澄の権兵衛はどうやいな。新宮の喧嘩八兵衛はだれぞいな」と、白い歯を出して笑った。 そのよく透る明るい笑い声を、澄は好きだった。思春期に入ったばかりのりりしい眉、清らかな額、まるみのある頬……、男前やなあと澄は見とれた。「ほいで鹿蔵義兄さんとこはどうや。米姉さん大事にしてくれてか」「うん、ときどき義兄さんにないしょで、たらし(おやつ)くれてやで。伝吉兄さんもやさしいなあ」 澄は話題を思い出し、いきいきとしゃべり出した。「あのええ、あそこではなあ、三度三度、鬼歯むくような白いご飯たべとってや。それにおかずにいつも焼き物がつくんや。夕飯は、まだ暗うならんうちに障子あけてなあ、水うった庭の植木みながら食べとってや。ご飯のあとは、玉露ちゅう良いかおりのするお茶のんでやし、まるで殿さまみたいやで」「お澄はお茶が好きか」「お茶はかなわん。苦うてよう飲まんさかい、うち、井戸の水ばかり飲むけどな」「ははは……。わしもいっしょじゃ、お茶はかなわん。ほんなら、お澄もお龍も、まるで夕飯は殿さまなみやな」「ううん、うちらあ食べさせてもらうのん、お昼だけ……。夜は、母さんが帰っちゃってから、家で遅うにかゆ食べるさかい……」「その間、なにしとるのや」「お龍さんと二人、みんなが食べてんあいだ、外で遊んどるのや」 清吉はちょっとむつかしい顔をしたが、気をとり直して言った。「そんならせいだい昼飯に食いだめしとけ、夜まで腹がもつようになあ。お前らがどんのい食っても潰れるような今盛屋ちがう。今は綾部一の金持ちいう評判やさかい。それにお前らの食事代、ちゃんと母さんが銭出してなさる」「へえ、昼飯代払とってんか。ほんまのこと言うたら、ちょっと遠慮しとったんや。よーし、ほんならお龍さんに言うて、気がねなしに二人でうんとお代わりしちゃろ」 澄は母が食事代まで大槻家にはらっていることを知らなかった。その金を捻出するだけでも、どれほど母にとって難儀であるか、澄にもおぼろげに想像できた。すると、急に疑惑がむくむくと湧いてきた。「母さんは弁当もって行けんほど貧乏やのに……姉さんはいっぺんも『ご飯たべていけ』って言うちゃらへんで。米姉さんはなんで母さんを助けてあげてないのん?……」「それはなあ……人の情けにすがりとうない母さんの性分もあるし……。それに鹿蔵義兄さんや米姉さんは……」 清吉が急に口ごもって言葉を切ったのは、澄に説明できるほど大人の心理は単純なものではなさそうだし、紙漉き職人といっても、親に渡せるほどの給金などもらえぬ自分の無力がくやしかったからでもある。 清吉はよいしょとはずみをつけて立ち上がった。「お澄も大きゅうなったらわかるわい。さあて、早う山へ行かな、親方にまたどやされんなん」「山へなにしに行くん?……」「紙の原料にするコウゾやサネカズラとりに行くんじゃ。お澄もあんまり権太せんように元気に暮らすんやぞ。そのうち兄さんが大人になったら、母さんやお前たちにうんと楽させてやるでな。殿さまみたいにな」 山へ走り去る清吉の前後を、野良犬は競い合うように走った。別の犬が一匹、山の中から姿をあらわし、ぴたっと耳を伏せ、清吉の足もとにすり寄り、うずくまった。六匹の犬たちは、低くうなりながら新しい犬を囲んだ。 清吉は新参の犬の顔を手で持ち上げ、目にみいると、「よし」と力強く叫んで首をたたいた。犬はとび上がって尾をふり、他の犬も嬉しそうにワンワン吠えあった。犬は七匹になって、清吉を守るように勇んで消えていった。 ――桃太郎みたいじゃなあ、兄さんは。と、見送っていた澄は、ため息をついた。 ――清吉兄さんは今に大人になったら、犬たちをお供にひき連れて鬼征伐に行ってじゃろう。そしたらわしもついて行こ。うちかて強うなるぞ、わる者に負けんように。強いだけやない。兄さんのように、野良犬にも好かれる人になる。野良犬みたいに、家もない、腹をすかせた人たちの味方になって、兄さんと一緒に戦おう。 澄は頬を赤くして、瞳をもやした。 枯れ木の束を背負った澄の孤影が道に長く尾をひいていた。
 明治二十二年二月十一日。夜来の雪で美しくよそおわれた紀元節の朝、大日本帝国憲法が発布された。その式典を祝う市民のお祭り騒ぎの中で、大礼服姿の文部大臣森有礼がテロに倒れる――。 しかし憲法発布もテロも、丹波の奥深い綾部の貧民、出口直の耳には遥かに遠いことと聞こえた。 小正月すぎて間もないある日、直は綾部の銀行につとめている新町の太平に呼びとめられた。「お直はん、あれ、どうしてくれてん。ほれ、銀行の借金のことじゃがな」 直はぎくりとして振り向いた。太平は直の粗末な姿を軽蔑の目で見下ろし、「初めのうちは、まあまあ利子だけはきちきち入れてくれちゃったけど、その後はようとどこおらしてやがな。はよう返してないと、家とられても知らんで」「はい、申しわけございまへん。せめて利子なりとと思うてますのやが、なんせその日暮しでござりますさかい……」「それはそうじゃろが、七円に利がついて、もう七円五十銭ばかしになっとるでなあ」「え、そんな……それは何かの間違いやござへんか。たしか利子いれても、六円にはならぬはずですが……」「これはまたへんなこというてくれてやな、元金十円のうち返ったのは三円だけやさかい、あとの二円はどこへ消えたのかいや」「二円はあのとき……」と直は蒼ざめた。 問題の十円の借金は、政五郎の生存中、銀行から借りたものだった。辻村藤兵衛から借りた高利の金が払えず、「金がのうても、女子がうじゃうじゃおるやないか、女郎屋にでも売ってみなはれ、左うちわで暮らせるわな。それがいやなら、いよいよ家あけ渡してもらうでよ」と膝詰め談判。 政五郎はのんきな顔だが、直は思案にあまって四方源之助に相談した。そこで源之助が保証人となって家を担保に銀行から十円借りてくれ、その金で辻村の方はかたをつけた。 政五郎が元気で働いているうちはどうにか利子も払えたが、病気になると薬餌代に追われてそれもとどこおりがち。源之助が「銀行がやかましてならん」と言うので、今度は組中から三円借りて銀行の返済にあて、それから――。あれは政五郎の亡くなる前の年だったから、十九年の極月の二十五日。大槻鹿蔵が清吉の奉公先から二円前借りしてきてくれて、こう言った。「あの金は、銀行に返してもらうように、ちゃんと源之助はんまで届けておいたで」 直とすれば、当然二円は銀行に返済されたつもりでいた。だが返っていない。源之助は多忙な人だから、預かったまま忘れているのかも……。 けっきょく二人は連れ立って四方源之助の家まで確かめに行く仕儀となったが、なんとしたことか、鹿蔵の届けたという二円は源之助まで達していなかった。 太平は額に青筋をたててきめつけた。「ともかく銀行に返ってきたんは、聞いての通り三円だけじゃ。あと七円五十銭がとこ残っとるのを忘れんようにな。今盛屋(鹿蔵の屋号)は綾部一の金持ちじゃそうなさかい、そこから工面してもろてなりと早う返しとくんなはれ。一円、二円では話にならんでよ。せめて元金の半分なりと……」 ――七円五十銭。 一人になって、直は呟いた。どんなに血のにじむ思いをしても、子供を抱えた女一人の細腕では払いきれぬ大金であった。子らと離れて糸引きに行き、多少まとまった金を持ち帰り、年に一度利子を納めるのが直の限界であった。 ――源之助さんは嘘をつくようなお人でない。とすると……。 考えたくない想像である。だが親子の最後のねぐらである家を守るために、重い足を引きずるようにして大槻家の裏口に廻った。 直は娘の米をそっと呼び出した。「鹿蔵さんに清吉の給金から借りてもろた二円なあ、あれ、ほんまに源之助さんに渡してくれたんやろか」「なんのことじゃいな。もうだいぶ前の話やないか」と、米は不審そうに眉をひそめた。 直はうなずいて、縋るように言った。「どういう手違いか知らんが、源之助さんまで届いておらんのや。どうぞ鹿蔵さんに聞いてみておくれな」 米が奥へひっこんでしばらくすると、むっと機嫌のわるい面で鹿蔵が現れた。「二円がどうしたというんじゃい。そんな昔のこと、なに覚えとろうやい」「ほれ、お前さんが清吉から持ってきて、源之助さんに届けんなん言うてなさった……」「ああ、あの銭か。うん、たしか四方はんに届けたわい」「それでも届いておらんと……」 直は必死であった。 鹿蔵はふところ手のまま、上を向いてとぼけた。「そうやったかいな。あ、それそれ、あの金は義母さんに渡したやないかい。なんぞに使うて、忘れとってんじゃろう」「からかわんと……なあ、ほんまのこと言うとくれなはれ」 急に鹿蔵は、居丈高にわめいた。「言いがかりも程々にせんかい。第一、わしが預かったという証拠でもあるこ。あったら出してみい」「あ、あんまりや。お米……」 直は助けを求めるように、娘を見た。「わたしは知りまへんで。それよりなんやいな、たった二円ぐらいのことで、ごてごて因縁つけにきて、うちの人やかて気しょくいわな」 米はついと立って、店の方へ行ってしまった。実の娘のつれないそぶりに直は打ちのめされ、わなわなふるえた。すると鹿蔵は声を落として、「義母さんも年やさかい、ぼけてしもて、自分で使うて忘れちゃったんじゃろ。わしもカッとなってついでかい声を出したが、思い違いは誰でもあるさかい、水に流しちゃるわな」「……」「銀行がごちゃごちゃぬかしたら、まだ手はあるでよ。わしがも一度、清吉や久の奉公先にかけ合うて給金を前借りしちゃるわい」「もうそんなこと……やめにしておくれ」 直は逃げるようにして大槻家を出た。人の弱みにつけこんで因縁をつけ、物をまき上げるのがうまい鹿蔵であった。うっかり口車にのれば、清吉や久にどのような迷惑がかかるか知れないのだ。 仕事に行っても、金のことが念頭を離れない。組中から借りた三円は、久の奉公先の広小路の上助から給金を一円だけ前借りして返し、残った二円も再び久の奉公先の埴生の米利から前借りして清算した。だがもう、これ以上の無理は言えない。 ――七円五十銭の借金。どうしよう、どうしよう。 直は不安におののく胸をおさえて、他家の軒先に立った。「なんぞお払い物はございまへんかいな。屑買いましょう」「ないでよ」とすげない声がとんできて、開かれていた戸が内からぴしゃりと閉ざされる。こんなことにようやく慣れてきた直であったが、今日は、ずんと骨にこたえるようであった。 銀行の借金は、保証人の四方源之助の仲介で、月々いくらかでも元金を返済することで話し合いがついた。しかしそれを可能にするためには、今でもぎりぎりの家計をさらに切りつめねばならなかった。それには、口べらししか残されていない。大槻家に払う娘二人の昼食費分だけでも、銀行に返済できれば……。 直はいつもより早く仕事を終わり、大槻家に龍と澄を迎えに行き、大根葉ばかりのような粥をたいて、三人ですすった。 すする、という単純な作業だけの夕食が終わると、直は改まった口調で言った。「お龍は十歳、お澄は七歳になりなはった。いつまでも母さんのそばにおいてやりたいが、知っての通り家には借金がたんとあって、早う返さねばならんのじゃ。母さんはもっともっと働かねばならんし、今までのように、お前たちの昼飯代をつもりすることもむずかしい。かわいそうなけど、母さんを助けると思うて奉公に行っておくれでないか」 それから深い眼で真剣に聞いている二人の娘を交互に見やり、「わたしもお龍の年には奉公に行ってそれなりに重宝がられたものじゃが、お澄ではむりかも知れんなあ、まだ七つではなあ……」 澄は眼を大きくみはって、響くように答えた。「母さんが行け言うちゃったら、どこへでも行く。うち、お龍さんに負けへん」 龍も、頬を紅潮させてうなずいた。「うん、うちも奉公に行くで」「よう言うてくれたのう。借金が返るまでの辛抱じゃ、こらえとくれいよ」 そういいながら、直はせきあげる涙をおさえかねるのだった。
 間もなく龍は綾部の農家へ奉公に行った。そして一週間ばかりして、澄も福知山の農家へ子守りに行くことになった。 明日は澄の門出という前の晩、直は四方家を訪ね、福知山の兄桐村清兵衛への手紙の代筆を頼み、表に兄の住所を書いてもらった。 源之助の女房三津恵が、きちんとたたんだ絣の四つ身を直の前に置いた。「お澄はんが奉公に行くげなが、ちょうどお文に小そうなった着物があるさかい、お古でわるいが着せてやりなはれ」 当時、物持ちの人といえども他人にかき餅一枚与えることもまれな慎ましい時代であり、まして田舎では衣類は貴重品であった。「まあ……すみまへん」 直はにじり寄り、押しいただいて受けとった。嬉しかった。 乳を離れてからの澄が四方家を訪うことは少なくなったが、澄と文は乳姉妹といってよく、三津恵は澄をまるきり他人とは思えなかった。やがて三津恵は次の子を産み、家事に追われるうち、いつとなく澄のことを心に止めることもなくなった。だが、まだねんねで妹と母の愛を競っている文とさして年の違わぬ澄が、貧ゆえに他家へ奉公に行くと聞けば、さすがに不憫でならなかったのだ。
 翌日、直は弁当のにぎり飯を作って、ぐっすり眠っている澄を起こした。眠い眼をこすっていた澄が枕元においてある絣の着物を見つけると、いっぺんにとび起きた。一つ年下の文よりまだ小柄な澄には、着物のゆきも丈もぴったりで、よく映った。澄は嬉しさにじっとしておれず、梅子の家まで見せに走った。 にぎり飯とわずかの着がえをくるんだ風呂敷を斜めに背負わせ、直は澄の左手首に住所を書いた手紙をくくりつけた。そして小さな澄の体を引き寄せ、かき抱いて言い聞かせた。「あのなあ、お澄や、八幡さまの馬場を通って真っすぐトコトコ歩くんやで。福知山の伯父さんの家まで三里半じゃさかい、お前の足でもお昼過ぎに着くはずや。そしたら伯父さんが奉公先まで連れてって下さるでなあ。母さんが送って行ってやりたいのじゃが、仕事があってそれもできぬ。かわいそうなけど、一人で行かねばならんでなあ。この手紙の上に書いてある住所をな、忘れずに人に出会うたびに見せるんじゃで。辛いじゃろうが辛抱しておくれ。母さんがそばにおらいでも、神さまはきっと何事も見てござるでなあ」 梅原おきと梅子が顔を出した。梅子は餞別のつもりか、塩豆の袋をくれた。 門口に立って、母と梅原親子が見えなくなるまで手を振って送ってくれた。 澄はピョンピョン跳びはねながら、心は新しい冒険にはずんでいた。まだ数え年七つ、いまなら小学校に入学する年である。楽天的な澄の性格では、奉公の辛さなど想像さえしなかった。ただちょっぴり無念なのは、先に奉公に出た龍に、勇ましい門出を見せられないことだった。 幾らも行かないうち、誰かに呼び止められた。ふり返ると、向かいの安藤金助であった。「おやおや、旅姿でまた、どこへ行ってんじゃい」と金助はおもしろそうに話しかけてきた。澄は口をぐっとつぐんで、左手首をさし出す。「なんじゃい、これは?……」「うちの行く先が書いたるんやげな。読んでみないな」「う、うん。まあ……なんじゃな、わしは暗がりで字を習うたさかい、昼間はどうもなあ……」と金助は眼を白黒させた。「あのええ、うち、福知山へ奉公に行くんじゃで」と澄は得意げに言った。「奉公!……ふーん……男八兵衛が本宮から消えると、静かにはなるが何じゃら淋しいわい」「辛抱しなよ。お宿下がりには帰ってきたげるさかい……」と反対に澄に慰められ、金助は吹き出しながら、「おおきに、楽しみに待っとるでよ」 金助はごそごそとふところを探り、紙に包んだ黒砂糖のかたまりを取り出した。黒砂糖は汗をかき、ところどころ紙が黒くにじみ、貼りついていたが、それをさも大切そうにはがした。《黒砂糖さん》と蔭でいわれるほど、金助の黒砂糖好きは近所でも知らぬ者はないのだ。 澄は爪先立ちでのぞきこんだ。「お澄はん、これ好きじゃろ」「大好きじゃ」「えっと好きか」「えっとじゃ」 澄が唾をのむと、金助は黒砂糖のひとかけを澄の口に入れ、自分の口にもほうりこんで眼を細めた。とろりとこくのある甘みとかおりが、澄の舌いっぱいに広がった。 せつないような澄の表情の動きを見てとると、金助は虫くいだらけの黒い歯を出して満足そうに笑った。「どうや、うまかろうが……黒砂糖はな、この世で何よりうまいもんじゃ。これさえあれば、わしは天国々々……はなむけに半分やるさかい、淋しゅうなったらねぶんなよ」 金助は道ばたにしゃがんで、石ころで黒砂糖を割った。大小に割れたが、大きいのを少しけずって小さい方へ移し、公平になるように何度かやり直した。金助には律儀な面があり、半分といえば、どうでも半分でなければ気がすまなかった。 秤で計ったようにきっちり半分を紙に包み、澄のふところに入れてやると、「早う帰れ」とも、「元気でやれ」とも、おざなりを言わなかった。ただ「もったいないさかい、ちびちびなめるんやでよ」という言葉を残し、金助は澄に与えた黒砂糖にまだこだわりながら、畑の方へ曲がって行った。 八幡さまから先はまだ行ったことのない道だった。父の郷里の岡を過ぎ、鳥ヶ坪の辺まで来ると、だんだん心細くなってくる。道はときどき交差しながら、どこまでもきりなく続いていた。 履きなれぬ新しい草鞋の緒がすれて、足の小指が痛む。道にしゃがんで片方の草鞋をぬぎ、梅子にもらった塩豆を噛んでいると、目の前を四十がらみの女が通りかかった。澄はあわてて立ち上がり、片足はだしのまま追いついて声をかけた。「おばさん、これ読んでいな」 澄が背のびしながら左の手首をさし上げると、「どれどれ……」と女は眼を近づけて読み、「……わしも福知へ行くさかい、連れどうて行こかいな。おや、足どないしちゃったん」 女はしゃがんで赤くなった澄の小指を見、たもとから紙を出し、くるくると草鞋の鼻緒に巻きつけ、澄の足にはかせてくれた。「これでちっと楽になろう。それで福知へ何しに行ってん?……」「奉公に行くんや」「まーや!……こんな小さな子を一人で奉公にやる親も親じゃが、行く子も行く子じゃ」 あきれたように呟き、女は澄の手を引いて、歩調を合わせてくれた。澄は嬉しくなって、塩豆の袋をさし出した。「おおきに、ご馳走さん……」 ひとにぎり取って袋を澄に戻すと、女は豆を口に入れ、歩きながらポリポリかんだ。「おばさんも、福知へ奉公に行ってん?……」 女は笑って、「わしは仕入れに行くんやでよ。綾部の《まからず屋》という店は、おばさんの店やでなあ」「ああ《まからず屋》なら知っとる」「そうか、大きゅうなったらご贔屓に……。なあ、お澄さん」「うちの名前、なんで知っとってん?……」「手紙に書いたるわな。新宮の男八兵衛やろいな」「へえ、そんなことまで書いたるんかいな」「いや、これは町の評判や。それでもこんな小さな子とは……」 それから赤くなる澄を見ておかしそうに笑いながら、「わたしはおたつ、どうぞ、いじめんといてや」と頭を下げた。 この《まからず屋》は通称で、店名を安達小間物店といった。田町の石橋の手前を東に入る小路、俗称《せんだ町》の入口、西本町側にあった。ついでにいえば、《まからず屋》の前には、綾部で最初のちっぽけな風呂屋があったという。明治三十六年一月一日発行の綾部の商店の広告集には、安達小間物店の名も見える。 二人は塩豆をかじりながら、たあいないおしゃべりに興じて歩いた。澄は足の痛いのも忘れて楽しかった。 高津・観音寺・石原を越え、前田の手前の松並木で早い昼にした。一心に握り飯をほおばる澄に、たつは玉子焼きを二切れ分けてくれた。玉子焼きには砂糖が入っていた。 福知山の入口で、《まからず屋》のたつと別れ、急に淋しくなった澄は道行く人に手紙を示してたずねながら、ようやく漆屋を業とする伯父桐村清兵衛の家にたどり着いた。「お澄かい、よう一人できた、かしこい、かしこい。初めての遠い旅やで疲れたじゃろう。おう、着物の裾まで泥をはね上げて……」 伯父は、母に似たやさしいまなざしで澄を歓迎してくれた。だが濯ぎを出してくれた伯母てつは、どことなくそっけなかった。 伯父は、もう六十に近く、商売は主に長男の初治郎がしているようであった。ずっと年上の従兄妹のふちや源三にも紹介された。 その夜、澄は静かな部屋で伯父といっしょに休んだ。母の生まれた里だと思うと、澄は福知山になじめそうな気がした。
 翌日、朝飯をすますとすぐ、澄は伯父に連れられて近所の農家へ行った。広い庭に鶏が餌をあさって群れている。板の間では野良着の男たちが四、五人、飯をかきこんでいた。伯父が中に入って挨拶している間、澄は足もとに寄ってきた鶏に気をとられ、ぼんやりしていた。「お澄や、ようお頼みしたさかい元気で働くんやで。ときどき様子を見にくるでな」 伯父は澄の頭を撫でて帰って行った。「ま、上がりい」 小鼻の張ったくぼ目の主人が、囲炉裏の前に坐ったまま、澄を手招きした。その横で、はちきれそうな乳房を赤ん坊にふくませながら、女房はつっけんどんにいった。「おむつのあて方ぐらい、知っとるやろな」「知りまへん」 主人の前に窮屈そうに膝を折りながら、澄は答えた。末子に生まれた澄は、今まで赤ちゃんなどに縁がなかった。母や兄姉におぶられた記憶ばかりで、まして赤ちゃんのおむつを代えたことなど一度もなかった。「しゃあないな」と女房は舌うちし、実地に赤ん坊のおむつを代えて見せた。忙しくてあまり代えるひまはないのか、古いおむつはぐっしょり濡れ、前の方は赤くただれていた。赤ん坊は痛がって激しく泣いた。「さ、これでわかったじゃろ。濡れたおむつはな、井戸端ですぐに洗って乾かすのや。ためといたらあかんでよ」 赤ん坊は澄の背にくくりつけられた。ゆったりした母親の膝から小さな背に移された赤ん坊は、居心地わるげに手足をつっぱり、ぐずりはじめる。澄はどうしてよいかわからず、よろよろしながら庭に出た。縁先で日なたぼっこしていた爺さんが、歯のない口でふわっと笑った。 井戸端で汚れたおむつを洗った。しゃがむと、赤ん坊の重みでうしろにひっくり返りそうだった。赤ん坊はむずかって、澄の髪をひっぱって泣く。 澄は裏庭に干してある筵の上に赤ん坊を下ろした。頭と眉毛にじくじくとクサが出ていて、かゆいのか、顔中くしゃくしゃにして泣きわめく。「よしよし、よい物くれちゃるわな」 澄はふところから大事な黒砂糖を取り出した。重い赤ん坊を負うてすっかり汗ばんだ肌で、黒砂糖のまわりは溶けかかっていた。それを指にからませると、泣いている口に運んだ。赤ん坊は泣きやんで、吸いつくようにしゃぶり、なくなると「まんま」とねだった。澄は嬉しくなって欲しがるだけ与え、自分でもなめた。 おむつを代える時、赤ん坊は太った足をばたつかせ、何回やっても蹴とばしてしまう。しまいには泣きたくなったが、どうにか代えた。さて、背負おうとしても、これだけは助けがないとどうにもならぬ。澄は走って、昼飯の支度にかかっている女房を呼びに行った。女房は不機嫌な顔でやってきたが、赤ん坊の黒く汚れた口のまわりを見て、「何やったんじゃ」と血相変えて咎めた。「黒砂糖や。喜んでなめたでえ」「阿呆たれ、勝手なもの食わしたらどもならん。腹でもこわしたら、どうしてくれるんじゃ。ほれ、お前の口もきちゃないわい」 女房はさらに何かを言いかけたが、途中でやめ、荒々しく赤ん坊を澄に背負わせて去った。「あんたのおかげで、おこられたあ」 澄はぺろっと舌を出して笑い、ついでに口のまわりをなめた。すると、ぶるぶると小さな音がして背中がふるえたと思うと、澄の尻のあたりがじわじわとなま暖かくなった。なんやろうと手を廻して探った。赤子の着物の裾が冷たかった。「あかん、また小便たれた」 澄はあわてて女房を追った。 裏庭から台所に戻ってきた女房は背のびして棚の上を覗き、「やっぱり……」と呟いた。「どうもへんやと思うたら、戸棚の黒砂糖が滅っとるわな。なんとはしかい子じゃ」「だれのこっちゃな」と縄をなっていた息子が聞いた。「今度来た子守りじゃ。もう黒砂糖を盗み食いしとる。くせになるさかい、こっぴどく叱っちゃらなあかん」「しゃっちもない(らちもない)。今朝きたばかりじゃし、つまみ食いなどするひまあろまい。それにあのチビ、棚の上まで手え届かんじゃろい」「それでもげんに減っとるわな。踏み台いうもんもあるし……」と女房は口をとがらせた。 そこへ澄が駆けこんできて、大声で訴えた。「赤ん坊にしっこかけられちもた。うちの着物、ずくたんぼ(べたべた)じゃ」 女房は澄の背から赤ん坊を下ろし、また舌うちした。「なんちゅうおむつのあて方やいな。これではみんな素通しになってしまうわな。こんな役にも立たん子を、桐村はんはようまあ世話してくれちゃったもんじゃ」 伯父のことを言われて、澄は濡れた尻をもじもじさせ、小さくなった。 夜は土間の横の小さな板の間に蒲団を敷き、一人で寝た。一日赤ん坊を背にくくりつけられて、体全体がしびれたように感覚がなかった。濡れた着物は澄と赤ん坊の体温で、いつのまにか乾いていた。 いままでは母と龍と三人で抱き合って寝ていた澄であったが、どこまで手を伸ばしてみても冷たい板の間に触れるだけであった。金助のくれた黒砂糖を口に入れ、「母さん……」と声を出して呼んだ。 数日で、澄は綾部へ帰されることになった。迎えに来た伯父清兵衛に、女房は「なんせ小そうてなあ」と言い、澄にも、「もうちいとやあと大きゅうなったら、またおいでや」と心にもない愛想を言った。 間に合わずひまを出される屈辱も忘れ、澄は母に会える喜びだけで、誰にでも、にこにこ顔を見せていた。 愛知県地方の子守り唄にこんなのがある。   行かば行かんせ 行く人とめぬ    あとへ来る人まつばかり どんなに辛くても、出ていけば代わりの子守りが来るだけで、主人はさっぱり困らない。澄より役に立つ、子守りの代わりが決まったのであろう。   守りさえい(よい)なあ出がわり来たで       ここにおる気かおらぬ気か   ここにおる気もおらぬ気もないが       おいてくれりゃおるわいな だが澄はおいてもらえず、綾部へ帰されたのである。 澄がわずか数日で子守り奉公からひまを出されると、直は、「もう子供には、きっと火つかわせしませんで」と言って組内の了解を得、屑買いに行くあいだ、七歳の子を一人で留守番させることにした。大槻家におくと預け賃と食費を払わねばならず、それが重い負担になったからである。
 四月一日、町村制実施により、旧綾部町ほか旧町村が解消し、新しい綾部町が誕生している。初代町長は大槻藤左衛門で年報酬五円。なお町議会土木委員に組頭の四方源之助の名が見える。
 母のもとで思うさまゴンタ(わがまま)のできた日々は短く、梅雨明けの頃、澄は再び福知山へ奉公に行くことになった。役に立たずすぐ帰された前回の苦い経験にこりて、「今度はお龍さんに負けず、しっかり勤めてみせるぞ」と覚悟はできていた。 一度往復した福知山までの道は迷わず歩き、新町の米屋の場所を人に聞いて、間もなくその店にたどり着いた。三軒間口の店先に立つと、細面の眼のつり上がった女房が赤子を背負い、客に米の計り売りをしていた。店の土間には足踏みの米つき機が三台あり、その横で背をまるくかがめた婆さんが米をひろげ、たんねんに小石やごみを拾っていた。 客が帰るのを待ち、澄は代筆の母の手紙をさし出した。「おばさん、これ読んでおくれいな」 女房は米の品質を鑑定する目つきで、痩せた澄を眺めた。「年なんぼやいな」「七つや」と澄は申しわけなさそうに答え、女房がまだ疑わしげな顔でいるので、「細こうみえるけど、ほんまに七つです。うち、おむつの代え方も知っとるでよ」と力んでつけ加えた。 女房はちょっとひっこむと、主人を連れて戻ってきた。「あんた、こんなどんくさそうな(気のきかない)チビやけど、清の守りできるかいな」「ためしに負わしてみい」と主人はぶすっとした表情で言った。 赤ん坊は眠ったまま、女房の背から澄の背に移された。澄は思わずよろめいた。負うた子の足先は澄のふくらはぎのあたりまであって、ずしりと重かった。 女房が主人を見て大げさに嘆息した。「無理やで。どっちがおぶっとるか、わからんわな」「清も三つやさかい、いつまでもおぶらしてばかりはおれん。少しは歩かせて、この子に遊び相手させいや」「そやかてあんた、清にそこいらウロチョロされたら……」と言って、女房は言葉を切った。主人も気まずそうに黙ってしまう。 突然、澄が子守り唄をうたい出した。あどけない澄んだ唄声が店先に流れた。   昔の昔のその昔    まだまだ昔のその昔    鶴さんと亀さんがおったげな    鶴さんが亀さんに言うことにゃ    わたしのお嫁になっとくれ    お首が長いがいやのんか    あんよの長いがいやのんか    お首の長いがいやでない    あんよの長いがいやでない    鶴は千年亀万年    お前が先に死んだなら    あとの九千年がわしゃつらい 素朴な節まわしで懸命にうたう澄を、米をより分けていた老婆が腰を伸ばすようにして眺めた。 主人は女房に言った。「えらい陽気な子や。わざわざ綾部から出て来たのに、じき去なすんもなんやから、まあ、しばらく置いてみちゃるか」「米食い虫をふやしたようなもんやなあ」と女房は不満そうに、澄の背を押して家へ入れた。
 澄は清をおぶって、裏庭に出た。大きな土蔵には、農夫たちによって、収穫された麦が運びこまれていた。その土蔵の軒に燕がとび交うている。藁すべや土を運びこんでは忙しげに巣づくりに熱中する燕を、澄はぼんやり見上げた。 婆さんがひょこひょこついてきて、いっしょに見上げた。「あのつばくろ、なんちゅうて鳴いとるか知っとるかい」「知っとる。百姓米食て、麦食て、わしゃ土食て、口しいぶい……」「ほう、綾部ではそういうのかいの、福知ではな、殿さま米食て、百姓麦食て、わしゃ土食て、口しいぶい……」「へえ、おもろいなあ」「米つくる百姓は米食えん。米売る米屋も、よい米は食われへん。嫁はな、自分らあ握り飯こっそり食いよって、この年寄のわしには、小米の粥煮て食わすのじゃで。つばくろが巣を作る家は長者になるげなが、ふん、嫁はさぞ小金を残すじゃろい。どれ、無駄口はやめじゃ、嫁がうるさいでな」 婆さんの後姿を見送りながら、「なあんだ、嫁さんの悪口か」と澄はおかしかった。 清が足をばたつかせて「あっち、あっち」と外へ出たがる。「よしよし、かどに行こな」 澄は清をあやしながら、裏木戸から町へ出た。「じゃんけんぽん、おっこいしょ。おっこいしゃんしゃん、じゃんけんぽん。あいこでしょ……」 澄より年上の子供たちが町角に集まってじゃんけんをしている。鬼ごっこだろうか、かくれんぼだろうか。仲間に加わりたくて、むずむずしてくる。その誘惑から逃げるように急いで通り抜けた。 かくれんぼに絶好の材木置場や雑木林などがあったが、家にいる時と違って、遊びほうけることは許されない。龍や梅子は今ごろ何しとるやろと思いながら長屋の前を抜けると、井戸端で洗濯していた四、五人の女たちが澄を見て何か囁きあった。「ちょっと……その子、米屋の児やろ」「はい、お清さんですわな」と澄は人なつっこい笑顔を見せて立ち止まった。「あんた、しんまいの子守りやな。ちっちゃいのに大きな子負うて、どうやいな。重いやろ、ちょっと降ろしてみないな」 呼び止めた女が親切そうに清を抱きとった。澄も肩が楽になって、ほうっとした。ほかの女たちも清のまわりに集まってきた。「かなんなあ、暑いのにこんな長いべべ着せられて……」 女は清をそばの材木の上に立たせ、手をさぐった。長い袂にかくされていた清の両手は、この暑さに包帯が指先も見えぬほど厚く巻かれていた。「かわいそうに、火傷じゃろうか」とはじめて包帯に気づいた澄が言い、周囲の女たちの熱っぽい視線にけおされて唾をのんだ。「早う見なはれ」と一人が待ちかねたように囁いた。初めの女が「ちょっと包帯、まき直してやるわな」と澄にことわって、くるくるほどき始めた。「あっ!……」 思わず澄は叫んだ。清の五本の指の股に、家鴨の水かきのような肌色の膜がぴったりはりついているではないか。澄の背筋に冷たいものが走った。「やっぱり噂どおり……」「水かきや、家鴨の生まれ変わりじゃ」「なしたまあ、きしょくい。見なんだらよかった」「親の因果が子にむくい……ちゅうわけやな。おとろしやの」 女たちは好奇心のかなえられた満足を見せまいとして身ぶるいし、顔をそむけた。「何ぬかす、あほたれ」 我に返った澄は、女たちから清を奪いとって抱きかかえ、満身の怒りをこめてどなった。清が両手をひろげてワッと泣き出した。「お清はんはお前らの見世物やないでよ。ようだましくさったな、あっちへ行きさらせ」「えらい威勢のよい子やなあ」と一人が笑うと、ほかの女たちも声をたてて笑った。 かっとなって澄は片手に砂をつかんだが、清がしがみついていて、投げることはできなかった。澄は地に落ちた包帯を拾ってきっと女どもをにらみつけ、清を抱えて引きずるように米屋の裏口へ歩いて行った。木戸の横にある庭石に腰かけて、澄は清の手に包帯を巻こうとしたが、清は手をふり廻して泣きわめき、とても手におえたものではない。 その泣き声を聞きつけてとび出した女房がいきなり清を奪いとり、思うさま澄の頬に平手打ちをかました。澄の小さな体は庭石からころげ落ちた。「わしの子は見世物やないで。なんちゅうドモナラズ(性格のわるい子)じゃ。もう家にはおいとけん、すぐ出て行け」 女房は蒼白な唇をふるわし、激しい瞋恚をこめたこぶしを振り上げ、澄を見すえた。あまり激しく、不意打ちだったので、澄は起き直ったままとっさに口がきけず、ただ首を振るだけだった。 女房が泣き叫ぶ清を邪険に抱えて家に入ろうとすると、主人が出てきて「何したんや」と澄に難詰の眼を向けた。澄は必死になって主人に縋り、包帯を解いたのは自分でなく井戸端にいる女たちだと弁解した。 女房の勢いは急にそがれ、吊り上がった眼が宙をにらんだ。「あいつらが……畜生」 そして憎しみの余勢で澄の肩を突きとばした。「お前がぶらぶらと歩き廻るさかい、清がなぶり者にされるんじゃ。もう二度と屋敷の外を出歩くことならんぞ」 言い捨てて、女房は清を抱いて、足音荒く家に入って行った。泣くまいとして唇をゆがめている澄の片頬に、真っ赤に女房の手形が残っている。主人はそれから視線をそらし、気弱く言った。「あれも気が立っとるでのう。お前は知らなんだんやで、しょうがない。清の指のこと、言うとけばよかったんじゃが、やっぱり言いにくうてなあ……」 そう言って悄然と女房の後を追う主人を、澄はじっと見ていた。主人の言葉は澄の怒りをなだめた。怒りに代わって、いいようのない哀しみが満ちてきた。 初めて見た清の指――障害の子を持つ両親の苦渋――それが幼い澄の胸にもせつなく響く。熱っぽくはれ上がってきた片頬を押え、また歪みそうになる唇をかんだ。
 町中へ出かけることを禁じられた澄は、米屋の庭だけを清をおぶって歩き廻った。しかし夏の日盛りを歩き廻るのは、負う方も負われる方も苦痛であった。いつか澄は木陰に清を坐らせ、うたったり、とび跳ねたり、母から寝物語に聞いた昔話をくり返し話し聞かせるようになった。泣き虫で陰気だった清はすっかり明るくなった。キャッキャッと笑い声をあげ、庭を裸足で走り廻った。しかし両手の包帯だけは女房が厳重に巻きかえて、誰にも触れさせなかった。手のつかえぬ清の口にご飯を運んで食べさせてやるのも、澄の役目になった。清は「チュミ、チュミ」と澄のあと追いをした。 澄は清を背負って米つき機を足で踏み、米を精白することも覚えた。走り使いやら水汲みまでくるくる動いた。清の昼寝のあいまには、土間に坐って米をより分けている婆さんの手伝いをし、婆さんのぐちも根気よく聞いてやった。遊びと同様、働くことも心をこめてやればそれなりにおもしろかった。 数え七歳のわりには重宝なので、初めのうちは「こんな子預って、ちょうちょうするで気がつきるわ」と言っていた女房も次第に心証をよくし、「こましゃくれやけど、わりとまにあうわな」と時に笑顔を向けてくれるようになった。 小さな澄が大きな子をおぶって一生懸命に立ち働く姿を見て、米を買いに来た客がからかい半分、慰め半分に声をかけたものである。「お澄はん、こういう唄があるわなあ」   なんぼ辛てもこの子を連れな       わしのお飯の種じゃもの 客のうたってくれた唄が不思議に心に残り、澄は晩年まで覚えている。
 一月ばかり無事につとめた頃、女房が「よう働いてくれたさかい、今夜は芝居に連れてっちゃるでよ」と言い出した。 それは澄にとって信じられぬ驚きであった。綾部の水無月祭りの日に、町の衆が境内に小屋がけして素人芝居を演じた。澄は龍といっしょに舞台のかぶりつきにもぐりこみ、知っている連中が丁髷を結ったり、顔にくまどりしたり、妙な声を出したりして全く別人に改まるのを、びっくりして眺めた記憶がある。だが金を出して本当の役者衆が演じる芝居を見られるなど、生まれて初めての出来事であった。 澄以上に女房はこの思いつきに満足しており、客が来る度に吹聴した。「この子を芝居に連れてってやりますのや。役に立たん奉公人でも、親元をはなれて来てるかと思うと不憫なさかい、ときどき親がわりにかもうてやりますのじゃ」 婆さんに清を預け、女房と澄は重箱を下げて、夕方、御霊神社のそば、中の町の芝居小屋へ出かけた。「はい、いらはい、お二人さま、ご案内――」と木戸番に景気よく迎えられ、下足で履き物を預けると、澄はなんだか出世したような気分であった。暑い頃なので刺すような便所のにおいが鼻をおそったが、そんなことなどへでもなかった。 客はもう六分の入りで、女房と澄は、花道近くの、前の方の畳に坐った。両側に桟敷があり、一段と立派な身なりの人たちが重箱を幾つもひろげて、うまそうに物を食っていた。女房はお茶番から座蒲団一枚と煙草盆を借り、長煙管をとり出した。それから少しためらって駄菓子を買い、澄にあてがった。 ずいぶん長く待った。やがて拍子木がなり、重そうな緞帳が上がった。初めはもの珍しく役者の所作や衣装に気をとられていた芝居も、澄に内容など分かるわけもなく、次第に退屈になった。舞台より周囲の観客を眺める方がおもしろかった。「あーあ、まあま、あれ、しゃっちもない、……なしたまあ……ふんふん、むごいことじゃのう」と役者の声音や表情につれそれなりの反応を示していちいち呟き相槌を打つ老婆、おいおい泣き出す女、知ったかぶって筋の先々を説明したがる男、いちいち善玉か悪玉かを傍の者に聞かねばわからぬ呑みこみのわるい客……。 澄はきょろきょろ眺め廻しながら、駄菓子をバリバリ音立ててかんだ。女房が澄の股をつねって、「うるさいでえ。こんなよい時に物など食べるやない」と叱ったが、そのくせ自分も手を伸ばして、無意識に菓子を口に運んでいた。 長い幕間に重箱をひろげ、澄は夢中で食べた。おにぎりに玉子焼・こんにゃく・奈良漬であった。奉公に来て初めてのたいへんなご馳走であった。 やがて疲れと満腹感で瞼がたまらなく重くなり、こくりこくりと舟をこぎ出した。キュッと股に痛みを感じてハッと目覚め、不愉快そうな女房の顔が遠くに見えるが、それもつかのま、舞台が夢か、夢が舞台か、区別もつかなくなってしまうのだった。 恐ろしい夢に目覚めてみると、汗がぐっしょり肌を濡らしていた。真っ暗であった。手を伸ばせば、いつもの蒲団も冷たい板の間もなく、ざらざらした畳の感触が続いていた。たしかに異常なので、息をひそめて目が闇に慣れるのを待った。澄の寝場所は屋根裏で、天井板が頭につかえそうに低かったが、いまは気の遠くなるほど高くにあり、周囲もいやに広々としていた。悪夢の続きかも知れないと、澄は目をこすった。 ここが芝居小屋だと呑みこめるまでに、長い恐怖の時間があった。手で探ると、女房が下足から運んでおいたものか、枕元に澄の草履がぽつんと置かれていた。 方向の見当も何も分からなかった。早くこの恐ろしい小屋から逃げ出そうと手探りで出口を探し廻り、あっちへひょろひょろ、こっちへひょろひょろ、柱に頭をぶっつけたり、敷居にけつまずいたり、悲鳴をあげまいと歯をくいしばって、やっとのことで表へ出た。 夜ふけの町は、見知らぬ世界のように、しいんと寝静まっていた。自分の足音にも怯えながらどうにか米屋の戸口まで帰りつき、気がねしながら戸を叩いた。必死になって帰ってはみても、それはよその家なのだ。 やっと戸が開き、女房が寝巻き姿で現れた。「うちを忘れて帰んじゃったん?……」と澄がうらめしそうに聞いた。 女房はけろっとして、「ああ、目が覚めたんかい。よう眠っとったさかい、置いてきたのや。今日はえらい楽さしてやったで、明日からその分うんと働いてとり返すのやで」、そして大きなあくびをし、「戸じまり忘れたらあかんでよ」とつけ加えるのを忘れなかった。 澄は床に入った。幼いながらも、奉公勤めのきびしさが身内にしみ通って、なかなか寝つかれなかった。
 朝食の後片づけをすませて厠に入ろうとした澄は、はっと立ちすくんだ。気のせいか、母の声が――。 店先まで走り出た。主人と話しているのはまぎれもなく母であった。澄はものも言えず、とんで行って、母の腰にしがみついた。「気にかかってならんさかい、様子を見に来たのじゃ。元気そうでよかった」と直は澄の背を撫で、出てきた女房や使用人たちにも深く礼を言った。 女房は得意げに言った。「よう働いてくれちゃったさかい、こないだ芝居見に連れていきましたんやで」 年が幾つか逆もどりしたように、澄は母の袂を握って離さなかった。 主人の許しを得て、澄は清を背に、母といっしょに外に出た。「重かろう、母さんが代わろう」と何べんか直は言ったが、澄は首を振って母の手をしっかり握ったまま、おし黙って歩いた。 由良川の川原の見えるあたりで、澄の手がぶるんと痙攣した。直が驚いて見ると、澄は額に汗の粒をびっしり浮かべ、こわばった表情で変な歩き方をしている。「どうしたんじゃ、腹でも痛いのかい」「……」「お澄、お澄……」 直はうろたえて清を抱きとり、澄の額にさわった。澄は顔を赤らめ、母の手をはらいのけた。「なんでもない、もうよいん……」「よいって何が……」 澄は母の耳に口を寄せ、石にも聞かせまいとする小声でやっといった。「失敗したんや」「え?……」「厠に行きかけてたとこ、母さんが来ちゃったさかい……」「え?……」「こばっ(耐え)とったんやが、ウンチ出た。ああ、ほっこりした」「……何もこばらいでも……草むらですればよかったのに……」と直はあきれて澄の顔をのぞきこんだ。「いやでよう。母さんは、その間に帰んでしもてやもん」 澄は激しく直にしがみついた。直はこみ上げそうになる涙をこらえ、澄の手を引いて川原の草むらに出た。「母さんがよごれた所を川で洗うてあげるさかい、その間に水浴びしとんなよ」「うん、ほんまにどこへも行かんといてよ」 澄は念を押して裸になった。 晩夏の由良川の水は澄みきって、背丈のぐんとのびた鮎の清楚な姿が水底にくっきり影を落としている。昼前のせいか、上流の淀みで泳ぐ子供たちのわずかな姿があるばかりだった。「わあ、冷た、水に入るの、今年初めてじゃ。母さん、冷とうてよい気持ちやで」 白く丸いお尻を水につけながら、澄が手をふって叫んだ。地に降ろされた清が、危っかしい足どりで河原を走った。澄の汚れた着物を片手に、あわてて直が追ってくる。「チュミ、チュミ……」とばちゃばちゃ水辺に入ってくる清を、裸の澄が抱きとめた。 直が笑った。「元気な子やなあ。お澄が負うとるさかい、こんなに足が達者やと思わなんだ」 水に入って、清の両手の包帯がぐっしょり濡れた。直が包帯に手をかけると、澄が叫んだ。「ほどいたらあかん。お清さんの指、見たらあかんのや」「それでも早う洗うて乾かさなんだら、この暑さに蒸れてしまうわな。乾いたらちゃんと母さんが巻いてあげるさかい……」 澄は悲しげな目で母を仰いだ。包帯を解いた直は顔色をかえ、息をつめた。しかしすぐ笑顔に戻ると、やさしく清に話しかけた。「かわいそうに、汗疹だらけで気持ちわるいじゃろ。わしがここで番してあげるさかい、お澄と水遊びしてみなされ」 裸んぼの二人は、きゃっきゃっとはしゃぎ廻り、水にたわむれた。青空の下で裸になって水遊びするのはおそらく初めての清だろう、まさに有頂天の喜びようだった。川下で包帯を洗い、澄の着物の汚れをつまみ洗いしながら、直は流れる涙を袖で拭った。 働きもせず娘と遊ぶ極楽のような一時は、すぐ過ぎていった。夏の終わりとはいえ、河原にはね返る陽ざしはまだ強い。乾いた包帯と着物をとり上げ、直は子供たちを呼んだ。腰の手拭いで二人の体を拭き、すなおにさし出す清の手に包帯を巻いた。 着物を着終わった澄は、すっかり甘えん坊になって母にからみつく。その手をそっと直は押しのけた。「よう聞きなよ。忙しい時が過ぎて、御主人さまのおひまが出るまで、勝手には帰れんで。もう少しの辛抱やさかいな」「かなわん、うち、いっしょに綾部へ帰る」 母の袂をつかむ。その指の力のこもりように、澄の心があった。こんなにまで母を求めている子を他人の手にまかせて、また別れていかねばならない。強くならねばならんと、直は自分に言い聞かせた。 清が二人の間に割って入って澄にしがみつき、「チュミ、チュミ」と叫んだ。「お澄や、お前を慕うとる、この子を見なされ。みんな生まれながらに、業を背負うているのじゃ。どんなに辛くても、それをこらえて生きていくのが行じゃでよ。お前は、うんと強い子のはずじゃった、男八兵衛じゃもの……」 やさしい母のもの言いの中に、それ以上さからえない力があった。澄は聞きわけたのか、うなだれながら、清に背を向けておぶった。いっしょに道まで上がると、直は言った。「ここから見とるさかい、先にお帰り……」 ほこりっぽい石ころ道を行く澄の後姿は、清の身でかくれてわずか足元しか見えぬ。それはいかにも頼りなげに、小さかった。引き戻してかきいだいてやりたい衝動を、直はこらえた。いくらも行かぬうち、曲がり角に消えていった。うなだれて、直は誰も待つ者のいない綾部に向かって歩き出した。 澄は曲がり角まで引き返して、じっと見送っていた。頭髪もめっきり白くなり、老いのかげの深い母のうしろ姿を――。 米屋の多忙な時期も一段落して、澄は帰されることになった。昔は食べさしてもらうだけで給金というものはなく、盆か正月に前掛けか着物をもらうぐらいだった。生まれて初めて、働いて手にしたお仕着せの着物をしっかり抱えて、澄の足は宙を浮くように軽かった。 夏もすっかり過ぎ、秋風がこく身にしみる頃であった。


表題:久の結婚 4巻3章久の結婚



 八木は山陰道の宿場町で、亀岡盆地の北部がややくびれ、その北側につづく小盆地の中心地である。亀岡と園部の中間に位し、文化をその両町に吸収されたいわば不遇な町である。前夜から小ぬか雨が降りつづくある朝のことだ。桝屋の泊まり客の注文で、久は宿の名を大書した番傘をさしながら、本町六丁目、桝屋と同じ町内の車屋帳場(人力車の寄せ場、たんに帳場ともいう)まで使いした。 当時の本町六丁目は商業地で、綿屋・油屋・豆腐屋・こうじ屋、旅館は桝屋と八木屋、下酒屋・あめ屋・松屋菓子舖・石屋・馬車の停留場・人力帳場などがあり、大堰川にかかる大橋のたもとには川崎の宿・餅屋・横田屋という表具師、郡ざかいには休息屋あり、松並木は郡ざかいより馬車屋のあたりまで立ち並んで、とても風流な町なみであったという(八木町誌より)。 八木では全部で人力車が十台ばかり、車夫も車の数だけは抱えられていた。京都・園部間に汽車が走る明治三十二年八月まで、人力車は早くて便利な文化的乗り物として大いに繁盛した。 桝屋の客は常連なので、「車夫は、寅之助はんにしてや」と名指しであった。これまでも客の注文で、久は幾度か車屋帳場まで使い走りしたが、気むずかしげな福島寅之助にあまり好感は持っていなかった。 寅之助は、この帳場では随一の健脚であった。いつもぴかぴか車を磨き立てていて、やたら誰にでも車に乗せんという自負を持っているとか、一本気で喧嘩早いとか……その一風変わったところがまた常連客に人気があるらしいのだが、「つまりひねくれとってんや」と久は思っていた。 久が番傘をすぼめて帳場に入ると、この地方では珍しい洋服姿の先客があった。紳士は並んでいる数台の人力車を見渡し、自分の車に念入りに磨きをかけている寅之助の背に声をかけた。「おう、この車に乗ってやろう。急いで園部まで行けい」 寅之助はふり向いたが、金鎖をかけて胸をそらし、尊大に構えた紳士をじろりと見るなり、ぷいと面をそらし、聞こえなかったように車の手入れをつづけている。「おい、行くのか、行かんのか……返事をせんか」と紳士は威嚇するように洋傘でとんと地を突いた。「よう行かんのう」と寅之助はこの地方のもったりした訛で答える。「それでは先客があるのか」「いんや、見ての通りひまでかなわんが、なんやお前はんを乗せるのん、気がすすまんのじゃ」「ぶ、無礼者。それが客に向かっていう言葉か」「客やてか?……へえ、けったいなこと吐かすのう。乗せてこそ客やが、そやなかったら客もくそもあるけえ。わしの客になりたかったら、『乗せてんか』と言い直したらどやい。ほしたらわしかて、『おおきに、乗っとくれやす』となるのが人情や。それでこそ客と車夫で、この足はほっといても走り出すわい。まあ、ほかの車に乗ったりいな」「しゃ、しゃ、車夫のくせに客のより好みして……ここの親父を呼べ、親父を……」と紳士が朱色になってわめいた。 だが怒ってはみたものの、紳士の頭には、車夫は昔の雲助と変わらぬという固定観念があり、下層民に対する得体の知れぬ恐怖から一刻も早くこの場を逃げ出したいのが本心だった。だから年輩の車夫が寄ってきて、「旦那、こいつはちょっと変人やさけ、言い出したらききまへんねん。どうぞわしの車に乗っとくれやす。きばって走らせてもらいまっさ」と言ったとき、救われたような気持ちになったのもむりはない。紳士は泥をはね上げた薄汚れた車にそそくさと乗ると、わざと寅之助を無視してふんぞり返り、赤銅色の首筋のひび割れた車夫に「早う行け」と体面をかろうじて保ちながら命じた。 紳士とその体面を乗せた車が見えなくなると、久は寅之助の前に進み出た。寅之助の理屈っぽさが、お株をうばわれたようで気にくわなかった。もしこの変人が桝屋の客の名指しをことわったら、堂々と理屈で対抗してギャフンといわせる気構えであった。「桝屋のお客さんが、どうでも寅之助さんに走ってもらいたい言うてなはります。行ってもらえますか」と久は切り口上で言い、意気込んで寅之助を見た。「へい、おおきに……」 寅之助は気軽に立ち上がり、黒光りしている車の梶棒を取った。久は急に誇らしい気持ちになり、なぜか顔がかっとほてった。 風が加わり強くなった雨あしの中を、久は桝屋へ向かった。乱れる裾を押さえ、傘を少しすぼめて前方に傾けねばならなかった。だが幾らも歩かぬうち石につまずいてのめり、下駄の鼻緒を切らした。「おい、乗れや」 下駄を片手にふり返ると、まんじゅう傘と雨がっぱから雨滴をしたたらせた寅之助が久の横に車を止め、手拭いをつき出している。久はどぎまぎして言った。「わたし、はだしで走ります」「どうせ、桝屋へ行く空車や。早う乗んな」「でも足が……車がよごれます」「汚れたら拭いたらええ」 あたり前のことだ。久はかちんときた。「わたしは別に乗りとうございまへん」「けど下駄が……」「かまいまへん。それともなんですか。あんたはんはわたしに、ただで乗ってほしいんですか」「まあ……見かねるさかい……」「そんなら、『乗れ』ということはござへんやろ。『乗っとくれやす』とお頼みになるのが道理やござへんか」「何と理屈っぽい女じゃのう」「どうぞお先に……」と久はつんとして言った。「そう言わんと乗っていな」 寅之助は真っ白い歯を出して笑った。 あんがい親切な男なのだと久は急に恥ずかしくなり、あわてて手拭いを受けとり、泥に汚れた足を拭いた。 生まれて初めて乗る人力車だった。車輪はゴムタイヤにかわる明治末年まで鉄の輪であり、がらがらと大きな音をたて、決して乗り心地のいいものではなかったが、それでも雲上人になったようにうっとりとした。初めて高級外車に乗った人の心境でもあろうか。 この当時の人力車の値段は、京都市で、「――一人乗り一里六銭まで。夜分風雪難路は三銭以下増、二人乗り五割以下増、待合い一時間につき昼三銭、夜五銭以下増」というから、八木辺でもこれに準じたものであろう。 幌の中から見ると、とぼとぼとぬかるみに足をとられている人々がなんと低く、みすぼらしく見えることか。金持はいつもこんな高い所から世の中を見てるのやなと、久は感嘆した。体を前に倒して車をひく寅之助の、笠の下からのぞく襟首が、日に焼けていても清潔であることも発見した。 わずかな道のりがあっけなく終わった時、寅之助が令嬢にでもするように手をさしのべ、車から降ろしてくれた。笠の内側の寅之助の眼がやさしく久を見つめ、力強く握った手は、雨にぬれていながら包むように温かかった。今日まで久を追いまわし、すきさえあれば肌に触れたがった他の男たちとは、どこか違っていた。「働き者の手やのう、良い手やのう」 地上に降り立った久の耳もとで、ふいに寅之助は言った。 久はぬけるように白いうなじにまで紅を散らし、恐いものにでも触れたように手を引っこめた。あかぎれで倍ほどにふくれた手を久は恥じ、人知れず苦にしていたのだ。からかわれたのかと思って見返したが、汚れた蹴込みをしきりに拭く寅之助の眉の濃い、あごの角ばった横顔には、そういう色はみじんも浮かんでいなかった。 この雨の日以来、寅之助は、久の心に住む人になった。こと改めて会うことはなかったが、久は客の使いにはいそいそと帳場に出かけ、指名がなくてもいつでも寅之助の車を探すようになっていた。
 梅雨が明け、蛍のとびかう候になっていた。久は無性に綾部を恋うた。仲に立って縁談をすすめてくれる人も数あったが、どれも久の心をつなぎとめてはくれなかった。「あまり選り好みばっかりしとってやで、いかず(婚かず)になるわな」と陰口をきく者さえあった。 別に選り好みしているわけではない。 ――まじめで堅い人を見つけ、筋の通った結婚をして、母さんに喜んでもらおう。 母が道楽な父を持ったばかりにどれだけ苦難の日々を送らねばならなかったか、子供の時から身にしみて知っている久であった。父のような男だけは夫にすまいと、久は心に誓っていた。久の求める夫の資格は、父と正反対でなければならない。それだけのことなのだ。 久は桝屋の主人に宿下がりを申し出て許しを得、八木の町をあとにした。二十歳の春、父が死んでから故郷を出て二年余、久はわき目もふらず働いた。男たちの誘いを拒み、ただ、かたくまじめに勤めてきた。母のためにと必死で給金も蓄えてきた。わずかではあったが……。それなのに、むなしい思いが久をとらえ、理屈では割りきれぬ淋しさが心を揺さぶる。母に会って、心のやすらぎを得たかった。 土ほこりにまみれた素足を見つめ、綾部に向かって歩き続ける久の背に声がとんだ。声は二度三度、久の背に追い縋った。 ぼんやり顔を上げると、汗をしたたらせ、息をはずませた寅之助であった。彼は腰の手拭いで汗をぬぐい、久の行く手に立ちふさがって、どもりどもり言った。「あんたを追ってきたのや。綾部へ帰るって聞いたさかいなあ。わし、あんたに言うておきたいことがある」 寅之助は自分の言葉に興奮して、思わず久の両肩をつかんでいた。「わしと結婚してくれい。わし、お前が好きじゃ」 街道の真ん中であった。荷馬車が二人をかすめて通った。寅之助は、白昼夢を見ているような久の手をひいて、街道からはずれた土手に坐らせ、一気に自分のことを語った。 寅之助は福島八右衛門・鹿の三男。古来より、八木村では、八木・秋田・福島・波部・小西を五苗と称し、福島姓はその一。寅之助の家は同じ株内で、代々、八木の西町で油屋を業としていたが、父八右衛門の代に米屋に転業した。寅之助の少年の頃に父が病歿。 長兄徳三郎・次兄小三郎が道楽者で、怖い者がないのをいいことに賭博にふけり、負けては母に泣きついた。子に甘い鹿は、いやな顔もよう見せず商品の米を持ち出させたので、たちまち資金ぐりに困り、店をしめねばならなくなる。この始末にあわてて二人の兄は逐電し、三男の寅之助が裸一貫で稼げる人力車夫となって、残された母と五つ下の妹ちかを養っている――。 これが寅之助の口から聞かされた本人の身上話であった。 久もかくさず家の事情を打ち明けた。家が貧乏なこと、嫁入り道具は何一つできないなど、当面久がもっとも心にかかっていることを正直に語った。だが寅之助はひるまず、熱心に求婚した。 寅之助に連れられて久はそのまま八木までとって返し、丸屋という料理旅館に行った。ここは車夫仲間が常時利用している気やすい店だった。お女将のお貞は、彼らの良い相談相手でもあった。世話好きのお貞は大乗り気でさっそく桝屋の主人福島良助を訪れ、仲人を依頼した。働き者の女中と律儀な車夫の人柄に好意を持つ良助は、すぐに快諾してくれた。 寅之助の母鹿は相手が貧民の娘というのでこの結婚を喜ばなかったが、寅之助に食わせてもらっている現状では積極的な反対もできず、しぶしぶ承諾した。使いは綾部に吉報をもたらせ、直を喜ばせた。 明治二十二年八月二十四日、寅之助と久は桝屋の広間で結婚式をあげた。寅之助は二十五歳、久二十二歳。福島家からは母と妹、出口家からは、王子にいる姉栗山琴だけが参列したが、こちこちに緊張し四角ばった寅之助と丸い頬を上気させた久は、誰の眼にも似合いの一対に映った。
 結婚を機に寅之助は分家して一本立ちになり、自分で人力車を持ち、八木町の本町六丁目、石屋の裏手に八畳・六畳に帳場のついた新居を構えた。没落したとはいえ、古い家柄の福島家には、まだこの程度の家を新築し周囲にわずかの畑地を買うぐらいの金は残っていた。 これより少し前、次男の小三郎が帰ってきて家を継ぎ、マンガン鉱を始めたので、寅之助の母と妹ちかは西町の元の家にそのまま住んだ。義理固い寅之助は、落ち着くと久をつれて綾部まで出かけ、義母となる直に挨拶した。娘の晴れの挙式にも行ってやれず、気に病んでいただけに、直は婿殿の突然の来訪に心から恐縮し、一方、思いがけない喜びにおろおろした。「夫婦で力を合わせて働き、うんと金を貯めて、世間からさげすまれぬ人間になりたい」と、若い二人は自分らの夢をこもごも語った。 直はすまなさそうに、「久には六つの年から、あも(あん餅)の臼どりまでさしましてなあ。ちんこい子が、臼によじのぼるようにして餅まぜしとりましたわな。なにしろ貧乏の悲しさを骨身にこびりつけさせましたさかい……」と言い、「それでも、お金だけで人間の値打ちが決まるものではござりません。金持ちになるだけが目あてでは、淋しゅうなる時がきっとござります。いずれわかる時が来ますじゃろうが……」と深いまなざしで新夫婦を見つめるのだった。金持になるだけではという直の心には、大槻夫婦、義母の出口ゆりや親戚などの、金にとりつかれた妄執を思うのであろうか。「お久の上には三人の兄姉がありますのやが、みな早くから外へ出てしもうてなあ。お久がその分、小さい肩に背負うて、饅頭売りから父や兄の看病、幼い妹らの世話と遊ぶ間ものう働いてくれました。奉公に出てからもちょくちょく奉公先まで前借りたのみに行く親ですさかい、お久にすまぬと思わぬ日はござりませなんだ。これからはどうぞ、二人して幸せになっておくれなされや」とも、直はしみじみ言った。 寅之助が中座したとき、直は娘に詫びた。「金だけで人間の値打ちが決まるもんやないなどとえらそうなこと言うてしもたが、甲斐性がないばかりにお前たちに親らしいこと何一つしてやれなんだわたしをどうぞ許しておくれ。さぞ肩身の狭い思いをしておろうなあ」「いんえ、かましまへん。あの人はほんまにやさしゅうしてくれはりますさかい……」と久はにっこり笑ってのろけた。 寅之助は独立した車夫として骨身惜しまず働いたし、久はせっせと畑を耕し、農繁期には他家へ手伝いに出たりして家計を支え、貯蓄という目的に向かって邁進した。衣食を極端に節し、夫婦心を合わせてちびちび貯めた預金がいつか積もって、わずかの月日で銀行にちょっとした信用を得るまでになっていた。 日ごとに増える預金通帳の金額を眺めることは、貧乏にしいたげられた久にとって、愛の睦言以上の喜びであった。久は心から幸福であった。
 二度の奉公も、澄の天真爛漫さをそこねてはいなかった。いな、むしろブレーキをかける姉龍がそばにいないまま、羽目をはずしかけると止まらなくなる。一人留守居の毎日を、澄は底抜けに遊びほうけた。 上町に布袋屋という古道具屋があった。いつもは薄暗い店内にかびくさい古道具類が雑然と積んである。だがこの日だけは一つ一つ埃をはらわれ、白日下に傲然と道を占領し、せり市と書いた赤いのぼりが風にはためいている。そして禿茶瓶を天日に光らせ、出目で赤ら顔の店主が大声をはり上げて客を呼んでいた。 店先にしゃがんで、澄はあかず眺めていた。もったいぶって陳列された骨董品より、金歯をむき出し威勢よくまくしたてる店主を眺めた。無価値に思える品物が、店主の舌端にかかるとたちまち立派に見えるのが不思議であった。澄は店主に畏敬の念すらおぼえた。 家に帰った澄は、台所の鍋・釜・土瓶・膳・ざる・欠け茶碗・掃除道具……手あたり次第に外に運んだ。それでも足らず押し入れの奥までかきまわし、がらくたを探し出しては道に並べた。こまごました暮らしの道具を洗いざらい持ち出すと、貧乏所帯とはいえ、家の前から研屋の前を通して牛田の家の向こうまで、間隔をあけてズラリと並んだ。 ゴロの梅子がとんできて、引っ越しとでも勘違いしたのか、目の色をかえて澄の袖をつかんだ。「これから古道具の市をひらくんじゃ」と澄が説明するが、梅子はきょとんと目を見はったままである。「せり市ごっこや。お梅さんも手伝ってえな。おもろいでよ」 そういううちにも、数人の子が寄ってきて、がらくたの行列を呆れて眺めた。 澄は陳列品にはたきをかけながら、唇にしめりをくれて、近所中にひびき渡るような大声を張り上げた。「市じゃ、市じゃ、せり市じゃ。みんな寄ってこんかあ」 梅子が恥ずかしくなって、澄の背にかくれ、袖をひいて「やめろ」と合図する。が、かえってそれが拍車をかけたようである。「さあ、いらんかな。掘り出しもんがえっとあるでえ。鍋に釜に柄杓にお膳、まだまだあるある、買わにゃ損だよ。安いでよ」「なんや、銭もっとらんのかい、あかんがきやのう。なんじゃったら、そこらの石ころでも草の葉でもだんないで、銭のかわりに持ってこい」 石ころを握った女の子が決断したように澄の前にそっと手をひらくと、「ほい、五厘玉か、五厘ではろくな物はないが、口あけじゃさかい、大まけにまけてこの土瓶ならどうじゃ。さかさにしたら、布袋屋のはげちょ(はげ頭)とそっくりや、おままごとに使いな」 女の子が嬉しげに小さな土瓶をかかえて走り去る。聞きつけて、手に手に木の葉や小石を持った子供たちが寄ってくる。物見高い大人の姿もちらほらまじる。澄はすっかり興奮し、おじけづいてしきりに袖ひく梅子にかまわず、はたきを振り上げた。「いらはい、いらはい、この鍋を見とくれ、ちっと穴はあいとるが、物は使いよう。ほれ、こうかぶってみや、石合戦の時の冑になる。誰ぞ勇気を出して値えつけてみんか」「十銭――」と鼻をすすりながら、男の子が叫ぶ。「五十銭――」と負けずに、その横の子が叫ぶ。「よっしゃ、売った」「お澄さん、茶碗おくれ、箸もおくれ」「これ、なんぼえ」「うわあ、それ、わしにおっけえ」「はい、椿の葉七枚」 てんでに叫び、どの子も頬を燃やして大騒ぎ。仲間になりたげにうろうろしている桶屋の息子にも、澄の声がとぶ。「おい、桶屋、さっきから見とるだけやが、ひやかしか。おしんぼ(しわんぼ)やさかい、よう買わんのじゃろ」「よう買うで」「そんならスパッと値えつけさらせ。ちょっと待て、よいもんがあるで」 梅子にむりやり店番を押しつけ、澄は家の中へ走りこむ。神棚の横に大切に飾ってある縮緬の旗と法螺貝を持ち出すと、すぐに戻って、力一杯、法螺貝を吹いた。ボウーオーと低いしみ入るような音が響くと、子供たちは、歓声を上げて手を出した。「どうじゃ、桶屋、鼻たれ大将が法螺貝ぐらい持たんでどうする。さあ、なんぼや」「五十銭――」「あかん、あかん、もう一声――」「一円――」「よっしゃ、売った」 桶屋の息子が、後手にかくしていた大きな八つ手の葉と引きかえに法螺貝をつかみ、とび上がりとび上がり、走り去って行く。「さ、おあとはどうじゃ」 澄は、近所の官員さん夫婦がにこにこ笑いながら眺めているのに気がついた。この頃、月給とりのことを、おしなべて官員さんと呼んでいた。官員さん夫婦がおもしろそうにしている気配は、いっそう澄を鼓舞した。 ますます調子にのって、片はしから何もかもくれてしまう。品物がなくなると、びんの底に少し残った醤油や味噌のかたまりや梅干しまで持ち出し、日暮れ頃にはほとんど陳列品はなくなった。「ぼつぼつ店じまいするか。これ、いくらたかっとっても、もう売る物はないで。帰った、帰った」と澄は子供たちを追いやり、残ったどうにもならぬ屑物をあつめながら、「よう売れたなあ、たんと儲かったわいな」 梅子が木の葉や石ころの山を指さし、妙な声を上げて笑うと、澄もふき出して、「市ごっこじゃで、ほんまの銭とられへん」 夜、家に帰った直は竈に肥松をたき、そのほの明かりに照らされた台所の様子が淋しいのに首をかしげた。「お澄や、いま帰ったで」と直はうたた寝している澄を揺り起こし、「どうしたんじゃろ、鍋も釜もないが……」 澄は眠りの世界からやっと戻ってきた顔であたりを見廻したが、急にうろたえ、小声で言った。「そうや、せり市ごっこしてなあ、みんな売ってしもうたんじゃった」「売ったって……銭もろうたんかい」と直はどきんとして聞き返す。「うん、石ころや木の葉の銭やけど……あとで返してもらうつもりで、すっかり忘れて寝てしもた。すんまへん」 直は思わず吹き出し、「お澄はへんなとこ、父さんにそっくりじゃなあ。父さんが生きてじゃったら、父娘で家の中が空っぽになるまで持ち出して、市ごっこに夢中になりなさったやろ」 それから、ほっと溜息をつき、「これではご飯もたけんなあ。誰になに渡したか言うてみな」 澄は持ち出した品物の名をあげたが、あまり多いので記憶は混乱していた。神棚の横から引き出した縮緬の旗と法螺貝のことを言うと、直は顔を曇らせて、「これはどもならんなあ。あの縮緬の旗と貝は御先祖さまから伝わった大切なものやのに。なかには人にくれてよい物もあるが、台所の道具とそれだけは今夜のうちに返してもらわんならん。夕飯が遅うなっても、罰やさかい辛抱しなされよ」 母が人の軒先を廻って屑物を買い集めているというのに、わが娘は遊びに景気よく品物をくれてやる。どんなに貧乏しても心まで貧乏すまいという直の日頃の覚悟が娘に反映しているかと思うと、きつい叱りようもできなかったが、現実にはどうにも困った。直は詫びを言い、頭を下げながら、品物を探して歩くのだった。
 山々の紅葉も散り、木枯しの吹く頃になると、龍も奉公先から帰ってきた。梅子をまじえた三人は、毎日連れ立って山へ登った。天王平の奥山や若宮さんの山、また質山へも柴刈りに出かけた。 柴刈りも度重ねて行くうち工夫がついて、ただ下枝を拾い集めるだけではなく、竹の先に鎌をしばりつけ、大きな枯れ枝をみつけては刈ってまわり、手早く柴を集めるようになった。 七、八つの子が、山ほど柴を負って帰るのを見て、「へえ、遊びほうけとってんかと思えば十五、六の子のやるような仕事もしてじゃなあ」と近所の衆が感心した。 日が暮れてあたりが暗くなると、淋しくてたまらなくなる。すると梅子が、表の戸をコツコツたたく。澄はすぐ立って戸をあけ、母が背に荷を負う姿をし、まだ帰ってこないジェスチャーをする。梅子も同じように自分の母の姿をまね、かなわんなあというように泣きまねしてみせる。澄は梅子を中に入れ、三人は山から拾ってきた柴を竈でこっそり焚いてあたる。金助さんにでも見つかれば、また大目玉だからである。 朴葉も拾った。大きな楕円形の木の葉で、軽くて、焚きつけによかった。しかし澄は桧葉が一番好きであった。ぱちぱちと音をたててはぜながら、淡紫にけぶる、ほろ甘い、少し渋味がかった空気の味わい――。 澄の家には梅子の家のような囲炉裏はなかったが、吹雪の夜など、母がよく火鉢に桧葉をたいてフウフウと吹いてくれ、燃え上がる火の色に眼のあたりを赤く染めながら、かたまって手をかざすのだ。冬の日のその団欒を思えば、柴刈りや落ち葉拾いの苦しさなど、なんでもなかった。
 明治二十三(一八九〇)年、第一回帝国議会を召集、続いて教育勅語発布、また府県制・郡制が公布され、明治憲法体制がほぼ完成した。 この春のひと頃、直はよく山家へ向けて仕事に出かけた。山家には麦で作った餡のうまい名物饅頭があり、子煩悩な直は子供たちに食べさしてやりたくてならず、「いっぺん山家饅頭、土産に買うてくるでな」と約束していたのだ。 ある日、直は商いがうまくいったので、大奮発して一つ二文の饅頭十個、二銭がとこも買って、子供らの喜ぶ姿をおもい、胸をわくわくさせながら家路についた。 荷物を上がり框に置き、草鞋をぬぐまがもどかしく、待ちくたびれて眠っている子供の枕辺まで、膝で畳の上を這って進んだ。「お龍や、お澄や、早う起きな。ほれ、約束の山家饅頭じゃ、山家饅頭を十も買うて来たで」 揺り起こされた龍と澄は、竹の皮にのった十個の饅頭を寝ぼけまなこで見定め、歓声を上げて手をのばした。「どうや、おいしいかい?……」と幾度もたずねる母に、二人は答えるまも惜しそうに、「うまい」「おいしいで」とうなずきながらアッというまに平らげ、口もとの餡をぬぐいもせず、ぶっ倒れるように眠りこけた。 翌朝、目ざめた子らに、「ゆうべの山家饅頭うまかったじゃろ」と直がにこにこ顔で聞くと、二人はきょとんとして、「すこい、お龍はん、一人で食うたな」「あれ、わし、もろとれせん。お澄こそ一人で食べたんやろ」と泣きべそをかく。 この時の印象がよほど強かったらしく、直は後々までそのことを思い出しては、「あんなつまらんこと、ございまへなんだ」と、一口話にしたものだが、龍や澄も絵にかいた餅を食わされたようで、「ほんにつまらなんだ」と嘆くのだった。
 茶摘みどきになると、龍はまた子守奉公に出て行って、澄は昼間、上町のひょうじさんという茶の製造元へ臨時働きに出た。子供でもできる茶選りをさせてもらって、日が暮れると、わずかの日当を手に家へ帰った。 直は屑買いから夜遅く帰ってくると、澄に手伝わせて屑物の仕分けをし、それを背負い直して由松の建場へ売りに行く。澄はいつもついて行ったが、それは一日で一番楽しい時間であった。建場で屑物を金に代えたあと、あいた背中を、母はひょいと澄にさし向けるのだ。 貧しい人たちほど子に対して不憫がつのり、情愛が深まるものだろうか。直が子に対して示した愛情は、それはこまやかなものであった。母一人、子一人の二人暮らしのこの間、澄はその愛情を独占して、うんと甘えた。星のまたたく夜道をおぶわれながら、高野屋という米屋へ寄る。 二合ばかりの米や麦を買うと、米屋のおかみは呆れ顔で笑う。「どうやいな、男八兵衛はん、赤ちゃんに逆もどりかいな」 直は恥ずかしげに弁解する。「昼は茶選りにやらせますさかい、かもうてやれるのは夜さりだけですのや。それでもこんなねんねが、昨年は福知で子守りしておりましたんですわな」 母の背や髪は、懐かしいその匂いとぬくみと共に、終生忘れ得ぬ思い出となっていく。
 この夏も、直は栗柄へ糸引きに行き、澄は北西町の大槻家へ預けられた。澄一人の預け賃は一日米三合、別におかず代三銭のわりで支払う約束であった。 朝早く起きて、澄は一人でよく一瀬山に柴刈りに出かけた。ある日、柴を負っての帰り道、のどが乾いてならず、近くに池があったのを思い出した。人気のない山の池の面には菱がいっぱいに葉を広げ、その間から白い小さな花がのぞいている。山の冷たい清水をたたえて、池は青く澄んでいた。 澄はひざまずいて浮いている藻やごみを手で分け、水面に乾いた唇を近づけようとしたが、背にある重い柴が邪魔になる。思わず片足をかたわらの樋にかけたとたん、ゴトンと樋が動いて、ざんぶと池に投げこまれた。 手足にからみつく藻、のしかかり胸をしめつける柴、足を吸いこむ水流……無我夢中でもがいているうち、指は固い物にふれ……はなれ……またつかむ。ゆらめく青い水――。 池の水が激しい音をたて下の田に流れ落ちた。折よく田の草とりをしていた百姓が驚いてかけ上り、慌ててはずれた樋をかけ直し、ずぶ濡れになって土堤にうつぶしている少女を抱き起こした。 ジーンと蝉の声が耳につき、澄はハッと我に返った。 百姓が、澄の背から柴をはずしてやりながら聞いた。「お前、この池から一人で這い上がったんかい」 澄は起き直ってあたりを見廻した。景色は前と同じで、ただ百姓が一人ふえただけだった。「どうやって上がったんか……よう覚えておらんのや」「なんと小さい体して、運の強い子じゃのう」 きかん気な澄の顔をまじまじと覗きこんで、百姓は呆れた声を出した。「この樋がはずれると池の水がどっと下の田に落ちこむのや。二年ほど前にも男が一人はまったが、水に吸いこまれてお陀仏じゃった。こりゃまた誰かやられたわいと思うて走ってきたんやでよ」 澄は今さらぞっとし、深い淵をのぞきこんだ。小さな両手を広げてみると、十本の指の爪の半分どころまで土がささり、どれほど必死に岸に縋りつこうとしたかを物語っていた。 その夜は爪がずきずき疼いて眠ることができなかった。大槻家に預けられて母と会えない淋しさの上に、今日の出来事が重なって、母を恋うる思いは、いやましにつのるのだった。 翌朝、澄はそっと北西町を抜け出し、新宮の家を見に走った。無人の家は雨戸がしまって、入りこむ隙はなかった。それでも家のまわりをぐるぐる廻って、あかず楽しんだ。褪せた紅殻格子にも、ひび割れた壁にも、母や龍の匂いがしみこんでいた。 小さな裏の畑には雑草がはびこっていた。母の丹精こめた南瓜畑である。そっと大きな葉をどけてみると、思いがけない見事な南瓜がごろりとあって、澄は声を上げた。痛い指でまわりの草を引き抜き、深緑色の南瓜の肌を幾度も撫でさすった。母は南瓜やニドイモ(馬鈴薯)を作ることが上手で、いつもよい収穫をあげて近所の人を驚かしていたのだ。 畑のぐるりには、母の植えたナンバ(唐黍)が背高くのびていた。風の吹く度に、ナンバの大きな葉と葉がすれ違ってサヤサヤと鳴り、青い皮のある実が揺れた。 澄はナンバのやわらかい茶色の毛をむしりとって両手にはさみ、「毛が生えた、毛が生えた」と大声で叫びながら、町を走った。道行く人はおもしろがって眺める。その道化にかえって澄の悲しみは鋭くなるのに、何故かそうせねばおれぬのだった。 爪の傷もいえたある雨の日、澄は兄の伝吉から糸つむぎを習った。はじめは神妙に坐っていた澄の膝小僧が次第にくずれ、しまいに太股まで見せて足を投げ出してしまう。でも小さな指は熱心に糸を離さなかった。遠い栗柄で糸ひきしている母に負けぬぐらい、うまくなりたかった。木綿を縒るのはむずかしく根気のいる仕事だったが、母がこれを知ったらどんなに喜ぼうと思うと胸がときめく。暴れん坊の澄が、時にはおとなしく女らしい仕事に打ちこんで、母を待つのであった。
 明治二十三(一八九〇)年七月二十一日、直の身内の出口もとが、二十二歳の若さで狂死した。 その陰鬱な通夜に参列してきた直は、いつまでも寝つけなかった。まさか、まさかと打ち消してはみても、叔母ゆりの怨霊がいまだに地獄の底をさまよいながら、関係者の子孫に次々と乗りうつり、その怨念を果たそうとしているとしか思えぬ。「あいつら、どぶ壺にはめちゃる。黒焦げにしちゃる。思い知らしちゃるわいな」 凄まじいゆりの最後の絶叫が、いまだに直の耳の底に尾を曳いて木霊する。それは直十九歳の秋の出来事であったから、もはや三十六年の時が流れようというのに。 ゆりをいじめて狂気の自殺にまで追いつめた「あいつら」とは、本家の出口儀助・分家の出口佐兵衛・ゆりの兄出口喜兵衛だ。 出口儀助家は「クキ屋」と号する貸金御用達をし、当主は代々小兵衛を襲名した。安政元(一八五四)年のゆり死後、「クキ屋」の家運は急速に傾き、明治六(一八七三)年に儀助、明治十年にその妻が死ぬ。儀助夫婦には三人の子がいたが、二人は子供のうちに死に、小兵衛だけが成長した。だがなかなか嫁の来てがなく、明治七年二十九歳でようやく本宮村の出口ときを女房にもらうが、ときはその時点で四十五歳だから、女の方が十六歳も年上である。二人の間に子がなく、出口喜兵衛の孫政吉を養子にもらったが、今年十四歳になる政吉も病弱と聞く。 出口佐兵衛家も不幸続きで、文久二(一八六二)年には佐兵衛の妻が、明治三(一八七〇)年には佐兵衛が、それぞれ労咳にかかって死ぬ。息子の常七が跡を継ぐがこれも病気勝ちで、まったく逼塞した状態が続いている。 けれどもっとも悲惨を極めているのは、ゆりを虐げた首謀者といえる出口喜兵衛家だ。ゆりの死後まもなく一町をまるごと黒焦げにする大火の火元となり、身一つで逃れはしたものの喜兵衛夫婦は今日でいう胃癌におかされ悶死する。その息子が喜兵衛を襲名して妻常との間に四人の子を生むが、昨年、長男の太吉が十九歳で死に、今日また長女もとの狂死である。 もとの死も、眼には見えぬ幻しい強力な意志が粘っこく操っているかである。 ゆりの死後、一時、直が単身綾部に来て叔母の霊を祀っていた時のこと、叔母の「出口家の大切な宝は研屋の兵平に預けてあるから、万一のことがあれば受け取ってほしい」という言葉を思い出し、研屋を訪ねた。ところが兵平夫婦は「そんなもの預かっていない」と白を切り、しかも生前仲が良く、信頼しきっていた叔母の悪口を並べ立てたものである。その二年後には女房が死に、四方兵平家は次第に没落、後妻は元治二(一八六五)年、兵平は慶応四(一八六八)年に失意のうちに死ぬ。 兵平には松と喜一郎というまだ小さい二人の子が残された。兵平の死によって喜一郎がわずか九歳で相続、二歳年上の松が親代わりに弟の面倒を見た。喜一郎は成長すると博奕と放蕩に身を持ちくずして、かつては小金をためこんでいると言われた四方家を潰してしまう。松は他家に転々と奉公するが、弟一人の住む荒廃した生家には寄りつこうとはせぬ。その喜一郎ともとが熱烈な恋仲になった。 父喜兵衛がそんな恋を許すはずがない。喜一郎は評判の極道息子、しかももとより九歳も上だ。喜兵衛は強引に二人を引き裂こうとするが、もとは「どんなことがあろうと離れぬ」と言い張る。そのうち喜一郎の子を宿し、喜兵衛は怒って娘を勘当する。 喜一郎は身重のもとを連れこんで同棲し、明治二十二年九月十六日に入籍する。その二か月後の十一月十二日、もとは小一郎を出産する。けれど産後の肥立ちが悪く、長患いの床につく。 その後の喜一郎のとった行為は鬼畜にもひとしい。もとの病気が回復の見込みがないと見きわめると、喜一郎は重病のもとを喜兵衛家にかつぎこみ、十一月二十八日にさっさと役場へ離婚届けを出している。熱烈な恋愛の末、もとは勘当されてまで喜一郎と夫婦になり、子までなしながら、病気になると捨てられる。もとはついに狂い、喜一郎を恨み呪いながら死んでいく。もとの戸籍上の妻の座はわずか七十四日――。 娘を死なせた喜兵衛は、憎い喜一郎の血を継ぐ小一郎の引き取りを拒絶した。残された乳飲み子を抱え、喜一郎は当惑する。赤ん坊を火の消えた炬燵に濡れたおしめのまま寝かせ、砂糖湯をこしらえて傍に置き、戸を閉めて遊びに出る。赤ん坊が一人で砂糖湯を飲めるわけはなく、ほんの気休めに過ぎぬのだが……。 ある日、喜一郎は大槻鹿蔵の博奕場に何日も居続けた。さっぱり芽が出ず、質に置く物がなくなるまで負け、さりとて自殺もできずしょんぼり家へ帰ってきた。厄介な小一郎はとっくに死んだものと思いのぞいて見ると、ぱっちり眼をあけ、息だけしていた。強靱な生命力である。 その噂を聞いた出口小兵衛が小一郎を引き取り、こしらえ乳でどうにか育てている。小兵衛の家にはすでに喜兵衛の孫政吉が養子に来ており、喜兵衛の血縁が二人揃ったことになる。 喜一郎の姉の四方松も薄幸の女性だ。本宮町の士族大槻藤内の家に女中奉公していた時、藤内の長男熊吉に思いをかけられ、松も熊吉が好きになる。大槻家では主人の息子と女中の仲を許すわけがなく、明治八年春、二人は手に手をとって駆け落ちした。熊吉十九歳、松十八歳であった。京都で熊吉は時計屋に奉公し、松は別の家に女中奉公して、苦労しながら逢瀬を楽しんでいた。やがて熊吉は博奕に熱中、あることで傷害事件を起こして七、八年の懲役刑をくらった。 その間、松は熊吉を待って一人で歯を食いしばって生きる。 熊吉の刑が終って二人は再会したものの、前途はまっ暗、都会で生きて行く自信が揺らぎ、綾部へ逃げ帰ることにした。ところが二人は無一文、京都から綾部までの二十六里、珍妙な道中となった。熊吉がわけのわからぬことをわめいて煮売り屋にとびこみ、並べてある物を手づかみで食う。見はからって松が走りこみ、「この人は気が狂うてますさかい、許してやっとくれなはれ。それでお代はいかほど……」と詫びながら、財布を出しかける。熊吉が大声でわめいて外へ走り出す。店の者があきれていると、松は狂人をつかまえるふりをして熊吉の後を追う。次に役割を交替し、松が狂女の真似をして饅頭屋にとびこむ。こんなことをくり返しながら、綾部まで辿りついた。 大槻藤内家では、他家へ養子に行っていた熊吉の弟吉蔵が戻ってきて家を継いでいたし、四方家の家屋敷は喜一郎が売り払っていた。二人は通称「裏町」(現・綾部市若竹町)に一間を借りた。松が料理屋の仲居などをして働き、前科のある熊吉は女房の稼ぎにおんぶして定職を持たず、最近では大槻鹿蔵の賭場に入りびたりという。 もとの通夜には、出口喜兵衛、政吉と、がりぼしに痩せた小一郎・小兵衛夫婦・常七夫婦・大槻熊吉と四方松・大槻鹿蔵夫婦と親戚が顔を揃えていた。が、いずれもみすぼらしくて暗い翳りを引きずっており、かつての出口一族の面影はない。「おもとさんが狂うちゃった時、ひどう脅えておゆりさんの名を呼ばわり続けとったげな。近所でもっぱらの噂やでよ」と熊吉が喜兵衛に聞く。喜兵衛は聞こえぬふりで、ぷいと立った。松が膝をつねるのもかまわず、熊吉は言った。「けんど変ななあ。おもとさんはおゆりさんが死んで二十年も後に生まれた子やそうなげなで、知っとってんはずがないのに……」 一同が蒼ざめた顔を見合わせて黙りこくった。出口家一族の中では、ゆりの名は禁句らしい。 因果応報の相関図を目のあたりに、直は居たたまれぬ思いがしたものである。 ――これが叔母さんの祟りじゃとしたら、あまりにむごい。「ゆり叔母さん、どうぞよいころかげんに許したげとくれなはれ」と直は口に出して呟く。 チャボが時を告げた。明日は早くから葬儀の手伝いをせねばならぬというのに、寝苦しい夜を直は転々ともだえる。
表題:錯乱 4巻4章錯乱



 明治二十三年に入って久は妊娠を自覚したが、すぐには夫に切り出せずにいた。結婚してたった一年で口がふえ、子供に働く手を奪われることは不安であった。子沢山の貧乏の苦しみは、幼い時からいやというほど舐めている。金を貯めるという初期の計画に齟齬をきたすことを覚悟せねばならぬのだ。 妻がみごもったと知った時、寅之助は虚をつかれたような、驚いた表情をした。しかしすぐその目が喜びで輝き、「ほうけ、とうとうわしらも人の親になるにゃのう。こら、ぼやぼやしとれんわい」と立ち上がって、そわそわし出した。久はほっとして涙ぐんだ。そしてすぐ、こまごました出産の準備に頭が一杯になるのだった。 産み月が近づくにつれ、漠とした不安はつのり、一点に凝り固まってくる。この地方の風習では、初子が生まれると必ず里から産着を届けることになっている。だが十数里へだたった綾部から、貧しい母がとても産着など持ってこれまい。この夏も、母は澄を預けて遠くへ糸ひきに行ったと聞いている。 ――産着、産着をどうしよう。 久は古い浴衣をといておしめを作りながら、幾度も独り言をくり返した。ぴくりと大きなお腹が動く。胎児への愛しさよりも、恐れの方が強かった。 その時、本家にいる姑の鹿が帳場から覗き、声をかけた。「暑うてたまらんなあ。ここまで歩くのに、汗びっしょりや。ほいで綾部からなんぞ便りあったやろか」 鹿は狭い室内を眺めわたし、うなだれる久に大げさな嘆息を浴びせた。「あーあ、まだやてか。のんきなもんやなあ、お直はんは。……産着が間に合わなんだなら、赤ん坊は裸で寝かさんなん。夏やさけ、ええかも知らんけどな」 産着のことは今も考えていた矢先だけに、姑の言葉は毒針のように久を刺した。ちぢこまって黙っている久にいらついて、鹿はさらに言い足した。「世間さまで何を言おうが、わしはかまへんで。そやけど、寅之助がちっとはかわいそうなが。裸同然の嫁に、赤ん坊まで裸ではあんまりや。まあ、しゃあないさけ、わしが用意させてもらうけどな」 意地悪い姑とは久は思っていない。ただ息子かわいさのあまり我を忘れる子煩悩で単純な姑なのである。 そうは思いながらも、久の神経は細まり、夜も転々として眠れぬようになっていた。 八月に入って間なしのむし暑い夜、月満ちて久は出産した。「女の子や、お久、見い、女の子やぞ」 寅之助の声は喜悦にあふれていた。久の寝ている位置から赤ん坊は蒲団のかげで見えなかったが、初めて聞くわが子の産声に久は胸をつまらせた。 夫に微笑みかけようとして首を持ち上げた久は、産婆が寅之助の腕をぐいと引き、色のない唇に指をあてるのを見た。押し殺した夫の呻き声が耳に入る。久の鼓動が激しくなり、脇の下から冷たい汗が流れ出てくる。母親の鋭い本能は、何かの異常を悟らねばならなかった。 ――何かとんでもない事があったんや。でも落ちつかなあかん。 必死で自分に言いきかせた。 後始末をすませ、「ほんならお大事に……」と言うなり産婆がそっけなく去った。 寅之助は上ずった声で、「そうや、本家におめでたを知らせなあかん、待っとれよ」と言い残し、産室を逃げるように出た。よほど仰天しているのか、帳場で何かにつまずく大きな音がした。 人気のなくなったのを見すまして、久は身を起こした。離れて寝かされている赤子のそばににじり寄り、姑が作ってくれた産着にくるまるわが子を見つめた。髪のうすい皺くちゃな赤子は年寄りじみていて美女とは言いかねたが、ちゃんと眼も、鼻も、口も小ぢんまりと揃っている。その顔を一瞥しただけで、久は産着の袖をまくった。 初産に疲れきって弱まった眼をしばしばさせながら、何度も右手の指を数え直した。自分の掌を開いて、小さな掌と合わせてもみた。小指のわきに、鬼歯のように生えている六本目の指――。 はっきりその事実が頭の中で鮮明になった刹那、久の魂は猛速度でぐるぐる回転し、すべての現象が遥かに遠ざかるのを感じた。そしてその感覚が麻痺すると、心の表面は、さざ波すら立っていないかであった。久はゆっくりと立ち上がった。台所へ行き、俎板と出刃包丁を下げて戻る。「これはいらんのや、指は五本でよいのやさかい……」 久はやさしく赤子に言い聞かせ、微笑んだ。「こんなもの、姑さんが見ちゃったら、笑うてやでなあ」 一番端のぽっちりした指を俎板に乗せ、根元に刃先を押しあて、力をこめた。赤子は見えぬ眼を見開き、体をのけぞらせて叫び、赤いものがあたりに飛び散った。 久はさらしの腹帯をとき、包丁で切り裂くと、血が吹きこぼれる小さな手を幾重にもしばりあげた。「泣いたらあきまへんで。ほれほれ、もうよいで、ちゃんと五本にしたげたさかいな」 弱々しく泣くわが子を抱き上げ、いとしげに頬ずりしながら、久はもう片方の手を広げてみた。何か不足な気がして数えた。四本しかなかった。 ――なーんだ。 と錯乱した頭で思った。 ――左手の指の一本が何かの都合で右に移動しただけなのや。それなら元に戻したらすむことやないか。 切り取った小指を拾って、足りない所に押しあてた。こんな情景は、確かに以前に見たような気がした。 ――六本目の指はちっとも余計者やあらへん。こっちゃの手の指の足らん分を補ってくれる。そうや十本ある。ちゃんと勘定が合うやないか。恐い夢にうなされて目えさめてみたら、どっこも変っとらなかったようなもんや。ああ、よかった。ほんまにびっくりしたで……。 下腹部が熱くなり、ゆっくりとそれが足元に流れ落ちるのがわかった。うつむくと畳が真っ赤であった。 誰かが絶叫し、久を抱き止めた。夫や姑や義妹ちかの顔が叫びながらぐるぐると天井でまわり続けていた。
 一夜が去り、また一夜が明けた。高熱にうなされつつ、久は昼も夜も訳のわからぬことを口走っていた。 出血のために一時はあやうかった赤子の命はとりとめ、ふじと命名された。ふじの指については産婆に固く口止めし、誰も申し合わせたように語らなかった。 鹿の手をいつまでも煩わすわけにいかず、寅之助は、血のぼせで産褥にある久の看病と生まれたばかりのふじを抱え、途方に暮れた。むろん、仕事にも出られなかった。久の熱が下がりやや平静を保ってくると、寅之助はふじを久のわきに連れて行き、半ば無意識な母親の乳房を吸わせ、夜は押しつぶしはせぬかと気にしながら、ふじを抱いて寝た。 ある夜、久は夢ともうつつともつかず高い山頂に立ち、下界を見下ろした。地上の数知れぬ人類が泣き叫びながら上を向き、口々にわめいている。草も木も枯れはて、からからに干からびた地の上に腹だけが肥満し、骨と皮ばかりになった人々がひしめいていた。重箱をがりがりかじる者、畳のへりを破ってわれ勝ちに食う者、黒血を吐く者、赤ん坊を腹からむしゃぶり食う者。まさに餓鬼道地獄さながらであった。しかも血だらけの手をさしのべ久を見上げたのは、わが子ふじではないか。 久は夢中で手をつかみ、ふじを引き上げようとした。「助けて下され」「わしも救うてくれい」 痩せさらばえた老若男女がふじにとりつき、ちぎれんばかり手足をひっぱる。ふじ一人を助けようとすれば、飢えた人すべてを数珠つなぎに引き上げる以外にはない。それはできぬことであった。久はふじにとりつく人たちを蹴落とそうとして、足を伸ばした。すると人々は蛆虫の群れに変じ、ふじの全身にうごめき、久の足から喉首めがけてぞろぞろ這い上がってくる。ウッ、ウーと久は呻き、身もだえた。「どうしたんや、お久、お久……」 寅之助が揺り起こすと、はね起きた久は恐怖に見開いた眼を一点にすえ、「蛆虫め、蛆虫めがー」と狂気のように後ずさるのだった。 この久の見た夢は、母から幾度も聞かされた天保の大飢饉の話か、幼時、寺で見た地獄変相図の影響かも知れない。あるいはまた……娘ふじが正常であってほしいという、どうしようもない願望が、人々もまたふじのような障害があったならという普遍的な願いに転化した、いわば久の悲痛な鬼心の生んだ幻想でもあったろうか。 それはともかく、久は、この世の終末を神からまざまざと見せられたと信じた。思いこんだが最後、この惨状からどうして人々が救われるのかと心配しはじめ、夜もおちおち眠れなくなっていた。 一枚の産着に端を発し、障害の子の出産に怯えた久がどこでどう飛躍してか、今では人類の危機に懊悩する。するとそれがだんだんふくれ上がり、おさえてもおさえても腹の中から大きな声が出てどうにもならなくなる。その度に寅之助はふじをかかえて、おろおろするのだった。 出産より二十日ほどたった八月末の夜半、うつらうつらしていた久は、ふと意識が鮮明によみがえった。横を見ると、寅之助が赤ん坊を抱いて、エビのように縮こまって眠っていた。さしこむ月かげに照らされた夫の頬はげっそりとこけ落ち、無精髭がうす汚くのびていた。 久は起き上がり、手をのばして、赤ん坊のうす絹のような唇にさわった。小さな唇は動いて、久の指を無心に吸った。ふいに乳房がきゅっと張ってくる。「おいで、母さんやで」 可愛さに我を忘れてふじを抱き上げようとした時、小さな両手の真っ白い包帯が久の眼にとびこむように映った。頭がかあっと熱くなり、血がさかさまに上って行くのを感じた。――わたしに幸せを与えてくれた夫に、わたしは何を酬いてあげられたか、障害の子と半狂人の妻、そしていつ果てるともない心労だけやないのか。そうや、いっそ死んでしまおうと、久は乱れた心で思った。 家から大堰川まで一町とは離れていない。そっと裏口から忍び出て、ふらつく足で川端まで歩いた。河原で石を拾っては袂につめ、草履をきちんと揃えておき、ざぶざぶと流れへ足を踏み入れた。水は背筋から脳天へ突き抜けるばかり冷たい。その冷たさが、自分の罪けがれを浄めてくれるようで快い。一足ごとに流れは深まったが、深い所でも乳の辺までしかなく、ついに対岸まで渡り切ってしまった。 久は死に場所を求めて焦っていた。向かい側の土堤に上がり、下流に向かって走った。黒住教の支社の傍まで来た。その辺は深い淵になり、水が黒ずんで見えた。死に急ぐという言葉のように、夫も子も今の久にはなく、誘いかけてくる死ばかりをただ見つめていた。久は未練げもなく、身を躍らした。 耳や鼻から水がおし入り、呼吸が苦しくて、思わず川底をずんと蹴った。跳びこんだ拍子に袂の石が落ちたのか、体が軽く浮き上がって、首がぽっかりと水面に出た。眼をあけると、空中に黒い羽織を着た気高い男が立っていて、久に声をかけてきた。 以下、その男との一問一答である。 ――そなた、ここへ何しに参りたか。「あまり死にとうて、川へはまりに参りました」 ――ここはそなたなど来る所ではござらぬ。早う帰ね。「帰のうにも、今さら近所の人に恥ずかしいので、帰なれませぬ」 ――今すぐ帰なば、そなたの病はなおる。しかし、そなたの病がなおると次に主人が病になり、今日の日が食べられぬまでの長わずらいする。その貧乏の苦しい時、そなたは、もうこんな辛抱はいやじゃと言うて家を出てはならぬぞ。「でも……」 ――もしわしのいうことを聞かずに家を出てみい。そなたはヒポコンデルというたち病にかかり、ついには乞食にまで身を落とし、一度去った主人の家に物乞いに出かけねばならぬ。よくよくわしの申した事を胸の奥にしまいこみ、早く帰ぬのじゃ。 それは久の異常な神経のなせる幻覚であったかも知れないが、水面にぽかっと顔を出した瞬間、かわされたこれだけの長い会話は深く久の心にしみ入った。久は男を神だと信じた。我に帰ると夢中で手足を動かし、橙色の十二夜の月の下で土堤の草にしがみついて震えた。 ぱらぱらと冷たい雫が顔にかかり、寅之助は、びくっと目ざめた。室内に動く気配があった。眼を凝らして見ると、ぐっしょり濡れた長い髪をさかさまにしてうつむいた女が、変に赤い月明りの下で、シュッシュッと水をしぼっている。「だ、だ、だれや」 寅之助は驚き、わななく声でとがめた。 ぱらりとたれ下がった前髪の間からのぞく蒼白い顔は‥‥確かに久であった。頭から、袂から、裾から、ぽとぽとと水がしたたっている。「な、なにをしとる、お久……」「はい、あまり死にとうなって……大川へはまりに行きましたんじゃな」「な、なんやて?……」 寅之助はぞっとして、思わず久の足元を見た。足は、たしかにあった。「早う帰ねって神さまが言うちゃったさかい、しょうことなしに帰って来ましたんや」 この場合、不自然に平静すぎる声が、かえって無気味である。「ええか、動くのやないぞ。頼むさけおとなしゅうしとってくれよ」 寅之助はさっとふじを抱き上げ、幾度も念をおしながら後ずさりし、敷居の外でくるりと尻を向け、戸外へとび出して行った。 夜中だというのに、間もなく寅之助から招集を受けた近所の人たちが集まり、「お久はんがどえらいことやてなあ」「大川へはまったんやて」「とうとう気が狂わはったんかいな」と面白そうにのぞきこむ。助けになるどころか、物見高い野次馬にすぎなかった。そして寅之助が本家の母や妹まで連れ息せききって戻った時、台所の隅にかくれていた久は怒りに逆上し、「この蛆虫めらが……蛆虫めらが帰ねいっ……」とわめいては手あたり次第に物を投げつけていた。
 明治二十三年九月二日(旧七月十八日)、めったにない手紙が届き、直は四方家に持参して読んでもらった。差出人は福島寅之助で、大きな字で短く、「久が大病ゆえ、すぐお越し下され」という意味が書いてあった。 翌三日、直は澄に留守中のことをよくいい含めて暁発ちし、久の病む八木へと急いだ。手紙に病名の書いてないのが、直の不安をいっそうかきたてた。幼い頃、脾疳の虫にかかったほかはこれぞという病気も知らぬ丈夫な久であるから、さぞ人一倍苦しかろう。娘の初めての子に産着も届けてやれなかった腑甲斐ないわが身を責め、産後の病の危険なことに心を痛めつつ、長い道中をたゆまず歩いた。 日も傾き、八木の手前の村、八木の嶋まで来ると、背後から追いついて肩を並べた男があり、気さくに声をかけてきた。「あんた、えろう急いで、どこへ行きなさる?……」 年の頃は四十七、八。質素な旅姿であるが、人品には、どことなく冒しがたい威厳が備わっていた。それでいて旅人の声を聞くとなぜか思いつめていた心がふっと軽くなり、歩調をゆるめて答えた。「八木にいる娘が大病という手紙が来ましてなあ、道を急いどりますんじゃな」「ほう、お気の毒な……そんならあんたは精出してお歩き。わしはそろそろ歩いて、しばらく道連れになろうかい」 いうなり旅人は二、三歩先に出てふり返り、直の顔を真っ正面からのぞきこむ。と、男の瞳が宝石のようにきらきら光り、直の眼とぶつかった。男の口から感嘆の声が上がった。「おう、なんとあんたは不思議な女人でござるのう。眼は男性なり、どこもかしこも男性で、前が分かれておるばかりじゃ。女人の姿こそしておるが本来男性という珍しきお人じゃ。そなたは七人の女でござるのう」と旅人は詠嘆的に言った。 直には、旅人のいう《本来男性》とか《七人の女》の意味がわからなかった。だが聞き返すのもためらわれ、口の中で「七人の女……」と呟くと、「うむ、まさしく七人の女でござるわい」と旅人は直の心を射抜くように断定した。 ――これはまた、妙なお方と道連れになったものじゃ、と直は思い、肩を並べて歩きながら聞いてみた。「あなたは易でも見なさるのですかい」「わしは易などは見ぬ」と旅人は否定し、「だがそなたは嫁の世話にはなれぬ女子じゃ。気の毒ながら、茶一杯、嫁の手から汲んでもらえぬ女人じゃわい」 易者にあらずといいながら、ずばりとした語調には千鈞の重みがあった。直はおそるおそる質問した。「あの……八木の娘の病は癒えますかなあ」「心配ござらぬ、あんたが着いて二日もすれば快方に向かうわい」 直はほっとして歩みをゆるめ、「もう一つ伺いますが……」と男を見上げた。いまの直は藁にも縋りたい思いであった。「わたしの惣領息子が家出して五年になりますのじゃがええ、その行方が未だに分かりませぬ。達者でおりますかいな」「無事でござる。いずれ帰ってくるわい」 明快な即答である。直は胸をはずませて、「帰って来たら、なに商売さしたらようござりますやろか」「その男は、商売など嫌いじゃわい」「あぶくみたいに流されながら生きとらなしょうがない言うとる子ですさかい、またよそへ流されていかんとも限りまへんやろ。そんな時、なんとしてでも抱きとめたい。酒の好きな子ですさかい、四番目の娘が大きゅうなったなら、酒屋でもさして、あの子の好きなだけ飲ましてやりたい……そんな阿呆なこと考えていますのじゃ」 男はうなづいて聞いていたが、「あんたには、まだゆっくり話したいことが山ほどある。じゃが今日は、これだけにしておくわなあ」と言うと、ふいに広々とした道を折れ曲がり、すたすた歩いて、直の視線の先ですうと姿がかき消えた。 狐に化かされたのではないかと直は、思わず眼をしばたたいた。 初秋の田圃道は、やや暮れかかっていた。福島家の門口には、叺の上に広げた大角豆がとりこむのを忘れたままになっており、直の足音に驚いた蟋蟀がその下に逃げこんだ。 案内を乞うべく近づくと、内から大声でわめき叫ぶ声がした。尋常な声音ではなかった。直は立ちすくんだ。――久ではないか……久が……。 帳場にかけこみ、もどかしく草鞋の紐をほどいていると、ふじを抱いた寅之助が出てきて「お義母はん……」と絶句した。 奥の八畳間には荒けずりの木を組んだ座敷牢が作ってあり、中でわめいているのは変わり果てた娘久であった。直は、格子にしがみつき、せき上げる涙に声をつまらせた。 久は叫ぶのをやめ、格子のそばまで来て、食い入るように直を見た。「とうとう産着もってきてくれちゃったんか、母さん。もうじき児ができるさかいなあ」 久が嬉しげに母の手に頬をすり寄せると、気丈なはずの直が腰が抜けたように坐りこんだ。「お久、こらえとくれい。産着は間にあわなんださかい、むつきだけは持ってきたのじゃ。こんな中へ入れられて、なんとしたことじゃいな」「気が狂うたさかい癲狂院に入れちゃる言うて皆が騒いどってんやな。わたしはこんなに正気やし、ただ神さまのお姿が見えて、お声が聞こえるだけやのになあ」「神さまって?……」「神さまやわな。『久子、わしの申すことをよう聞けい』って声が聞こえるやろ。眼をあけてみたら、天井裏一杯に、お冠をかむり、白茶の装束をつけた大きな神さまが、下向いてわたしをにらみつけてんや。三尺もある白いお髭の偉そうな神さまも、ときどき顕れなさるのじゃ」「それで神さまは……どのように申しなさるのかいな」「お髭の神さまはなあ、こう言いなはる。『そなたには赤子があるゆえ、肉体は元に戻してやるが、そなたが癒えると代わりに主人が病にかかって、大変な行をすることになる。今ある金は一厘ものうなって、どしょもこしょもならぬとこまで落ちねばならぬぞ。これは、神がそなたら夫婦の度胸をためすものじゃから、よほど腹帯しめて辛抱せいよ』と言うてんじゃ。もし癒えたら主人が病になってやそうなし、爪に火をとぼして貯えたお金も消えちまうげなし、わたしは癒えたがよいやら、癒えぬがよいやら……なあ、母さん、どうしましょいなあ」 最後は浄瑠璃口調である。久のすがるような眼にどう答えようもなく、直は蒼ざめた顔を寅之助に向けた。寅之助は泣きべそかきながら口をひらいた。「今はおとなしゅうしとるが、夜中に抜けて川へはまりに行くし、ときどき暴れて手えつけられへん。赤ん坊は乳も飲めんで泣きわめくわ、わしは仕事にも出られんわで、ほんまに無茶苦茶どすがな」「どうもすみまへん」と直は消え入りたげにうつむく。「けんど、けったいなことがおますのや。久が川にはまった時、男の神さまが出て来て、『あまり貧乏が苦しゅうなって、お久が福島家を見捨てて家出したら、ヒポコンデルたらいうたち病にかかる』と言わはったそうどすねん。それで医者に、そのへんてこな病気の名前たずねてみましたがな」「ヒポコンデル……聞かん名ですなあ」「そうでっしゃろ。ところが医者にいわすと、たしかにそんな病名はあるそうな。そんなハイカラな言葉、お久が知るわけはなし、ほんまに神さまから聞いたんでっしゃろか」「さあ、なあ……お医者さんは、お久を診てくれなはったんですかい」「あきまへんのや。医者が診察しかけたら、こいつ、『わしはへぼ医者の手におえる病人やないで』とぬかしてなあ、医者の襟首つかんで、そこの高塀からポンと表へ投げとばしくさった。猫の子を投げるみたいに、この女のお久がでっせ。飯もろくに食わん女子がどこからそんな力が出るのやら……」「わたしの力やない。わたしがしとうもないのに勝手に体が動くんやな」と久は、泣くように訴えた。 寅之助は、不安そうに久を見ながら、「こうなると、神頼みしかおまへんがな。車夫仲間の和助が備中玉島の金光教の信者でなあ、その和助が『下の大橋をおりたとこに、中西さだちゅう古着の行商人がいて金光はんの取次ぎしとるさけ、拝んでもらいな』とすすめてくれまっしゃろ。王子の義姉さん(直の次女栗山琴)は義姉さんで、『亀岡の金光はんの教会で一週間のお願いしてみる』言うてきてくれはった。それでまあ、手分けして金光はんの神さまに拝んでもろとるんやが……」 すると突然、久は立ち上がって、眼を吊り上げ、牢格子を揺すって叫び出した。「こら、蛆虫め、何ほざくのじゃ。寅之助、早う心を入れかえて、わしをここから出さぬかやい。主人は主人らしく、結構な女房を大事にいたさんと、神国の教えは成就いたさんわい」 寅之助と直はこわばった顔を見合わせ、狂い立つ久に手のほどこしようもなかった。 その時である。「お久、いま来たでよ」 帳場から勢いこんだ声が聞こえ、話題になったばかりの王子の姉栗山琴が、三十年輩の男を連れて入って来た。琴は久しぶりで会う母とゆっくり言葉を交すゆとりもなく、狂乱する久に叫んだ。「もう大丈夫じゃ。お久……金光教の大橋先生をお連れ申したさかい、心鎮めてお縋りしなはれ」 それから、母と寅之助を見返って、昂った口調でいった。「金光教のお取次ぎはなあ、広前のお結界(取次ぎの場)でするのが本来やが、わしが無理にお願いして亀岡から出張してもろうたのや。今日はお久の一週間の祈願の上がりの日やさかい、大橋先生に拝んでもろちゃったら、立ちどころ回復疑いなしや」 琴の口調はいっぱしの金光教信者のものであった。直と寅之助はすっかり恐縮し、平身低頭して大橋を迎えた。 大橋亀吉は背をこごめるようにして挨拶をかわし、気さくに牢前に坐って、威儀を正し、四拍手のあと何やら熱心に祈願しはじめた。歯をむき、髪をさかだててわめきながら示威運動していた久は、祝詞の声がしだすやキョロキョロ落ちつかなくなり、立ったり、坐ったり、くるくる廻ったりしたかと思うと、急にばったり倒れ伏し、動かなくなった。「お久や、お久……」 寅之助も直も思わず牢格子をつかんで叫んだ。 大橋は祈り終わって寅之助や直の肩をたたき、微笑した。細い眼の目尻に小皺がたくさん寄って、親しみやすい笑顔であった。「信心さえおこたらなんだら、天照皇大神さまや天地金乃神さまのおかげをきっと戴きなはる。この者はもう牢から出してもだんないで」 大橋が太鼓判をおすと、琴は仰々しくひれ伏しながら、「ははっ、どえらいお神徳をいただきまして……」と言い、まだ呆然としている二人をつついた。「これ、二人ともお礼を言いなはれ。大橋先生はな、この春できた亀岡教会で引っぱり凧やのに、わざわざ八木まで出向いてくれちゃったんや。それやさかい、ちゃんと金神さんを信仰せな、罰あたりますで」 その時、むっくり起き直った久が、いま目ざめたようにあたりを見廻した。「ふじ、おいで、おっぱいやでよ……あ、母さんも姉さんも来とっちゃったんか」 二日後、直は正気を取り戻した久に見送られ、八木に心を残しながらも、澄の待つ綾部へと帰途を急いだ。 胸には、乞うていただいた大切な剣先を抱いていた。剣先とは、洗米を料紙に包んだ金光教のご神体である。生まれながらに信仰心が深く、幼時から霊感の強かった直のことだ。今度の久の発病、久や寅之助から聞いた何物とも知れぬ神との対話、目のあたりに拝した金光教の霊験などの一連の不思議は、直の魂を揺さぶらずにはおかなかった。――それにもう一つ。 と直は歩みを止めた。ここは行きに妙な旅人と出会った八木の嶋の辺りである。「あんたが着いて二日したら、快方に向かう」と久について言った旅人の予言は、見事に的中した。「まさしく七人の女じゃわい」と見つめた旅人のきらめく瞳と深い語調を、直は思い出していた。恋しく慕わしい思いが直の胸にふき上がる。――確かにここで消えなさったのに、と直は稲田の中に降り立ってみた。あの折れ曲がった広い道はどこにもなかった。――神さまだったかも知れぬ、と直は思った。 風が出てきて、ふくらみかけた一面の稲穂を分け、青い波のようにうねり返した。
 明治二十四年三月初旬、綾部北西町の大槻家の居間である。 まだ賑わっている表の小料理屋は小女にまかせ、大槻米は、甲のお相手で花札を差しで合わせていた。「アーア、今夜はつかんわ。なんや眠とうなった」 甲は形のいい唇を手でおおい生欠伸をかみしめて、黒地の花札を炬燵の上に伏せた。牡丹の青丹がひらりと絹夜具をすべり落ちる。「ほんなまたにしましょうか。あれ、お茶がぬるうなったなあ」 米は機嫌とりに玉露を入れかえ、栗羊羹を切った。甲は細い指先で黒文字をつまみ、羊羹の厚い一切れをさして口に含むと、挑みかかるようにいった。「わたし、姐さんがけなるい」「何がですのん」「美人で、ひまがあって、金がたんとあって……なんせ綾部一の金持ちじゃさかい」「そうやろか」 米は浮かぬ面持ちで、花札を天狗の絵の桐の小箱にしまいながら、「はたから見るほど幸せなことありませんで。ひまと金ができた頃はもうこんなお婆さんやし」「ほほほ……何言うてなはる。脂ののりきった女盛りやのに……」「と言うとるうちに萎れていくのが、盛りというもんでっしゃろ。一か八かで、悪う言われながら牛肉屋や髪結いはじめた頃の方が、えっと苦労があっても気がしゃんとして、なんぼか生きる張りあいがあったで。この頃は何をしたかて、嬉しやと胸のときめくことなどあらへんもの」「欲求不満やないの?……鹿蔵さんも、もう年寄りやさかい……」「阿呆らしい」「姐さん、いっそ浮気してみちゃったら、世の中がパーッと楽しゅうなるで……」 死んだ宮絹の姿が、ふと米の脳裡をよぎった。「そんな手もあったわなあ。相手があるならの話じゃが……」と米は自嘲した。 甲は眉根を寄せ、爪をかみ、独りごちた。「わたしも浮気してみちゃろかしらん。吉川の奴、いつまで日陰者にしとく気じゃろ。あっちがあっちなら、こっちもこっちや。おとなしゅうしてたら損やさかい……」「無茶言いなはんな。冗談にもそんなことが吉川はんに聞こえたら、どえらいこっちゃで」「かまいますかいな。ちょっとおどしちゃらな。心配ならさっさと嫁はんぼい出して、わたしを迎えに来てくれちゃったらよいのや」と甲は蓮っ葉に言い捨てた。「まあま、あんたはんは、吉川はんからの大切な預かり人やさかい、そう駄々こねんと辛抱しておくなはれ」と米はやわらかくなだめて立ち上がった。「ほんな、奥にお蒲団しいときますで」 奥座敷に蒲団を敷き、水差しと絵草子を二、三冊、ふっくらした夜具の枕元におくと、甲がふらりと入って来て、米に告げた。「裏に誰か来とってですえ、姐さんに用事があるげなで」「まあ、今ごろ誰やろ」 米は行燈の燈心をかき立て、枕元に引き寄せて、「それじゃごゆっくり……」と挨拶した。 裏口には、屑買い姿のままの直が、遠慮そうに待っていた。米は露骨に顔をしかめ、「母さん、こんなに遅くに、なんぞ御用ですかいな。あんまりみっともない恰好で出入りしてくれちゃったら、あたぶさいが悪うてかなわん。うちは客商売ですさかいな」「こらえとくれ。いま仕事の帰りにこの前を通りかかったのじゃが、ふとお前の顔が見とうなって……」「珍しいことがありますなあ、なんでわたしの顔など……」「何ごともなければよいのじゃが……ちょっと気になって……」「ふん、縁起でもない」「さっき出てきなはった女子はん、美しいお人やが、お客人ですかな?……」「お甲はんなら吉川のいろですわな。ちょっとの間だけ預かってますのやが、それがどうかしたんだすか」「あの女子はん、不吉なお人や。気いつけておくれ。胸騒ぎしてならんのじゃ」「ご親切に、わざわざ、わたしの大切なお客はんのけちつけに来てくれちゃったんか」「……吉川はんいうたら、あの……腹切りて死なれた新宮の……」「そうですわな。野壺の肥盗んだ天罰やさかい……」「お米、お前はまあ、やさしい子じゃったのに……」 直は涙をふくんだ眼で娘を睨んだ。 出口家の近くに、元士族で品のよい妻女がいたが、夫の死後、一人で畑を耕し、慎ましく暮らしていた。ところが他人の野壺の肥を少しばかり盗んだ現場を吉川に見つけられた。「武士の妻が盗人だったと世間に触れられるのがいやなら、言うことをきけ」と、吉川に毎日毎晩責めさいなまれたあげく、やっと工面した十両の金子を枕元に、夫の形見の刀で腹かき切って憤死した。 確かに吉川には、女だとて容赦せぬ凶暴さ、残忍さがある。だからこそ、年のせいか覇気を失った鹿蔵は、情婦をかくまうことで、吉川に尻尾をふり、できれば甘い残り汁にありつきたかったのだ。「吉川はんは、むごい人や。頼むさかい、あの女子を預かるのだけは、やめにしておくれい」と直は哀願した。「鹿蔵が頼まれて連れてきたんやさかい、わたしは知らんでよ。今さら母さんの指図は受けまへんで。よけいな口出しはご無用はんにしとくれなはれ。さ、母さんは、朝が早いのじゃろ」「米……」 まだ言いかける母の鼻先で、米はぴしゃりと音高く戸を閉めた。その音ははね返って、米の心を傷つけた。母の去っていく重い草履の音を、米は立ちすくんで聞き入った。自責の念がないではなかった。が、何故か、右といえば左、こうといえばああと反撥し、憎まれ口を叩かねばおれぬ。依怙地なほど真っ直ぐな母の生き方は、自分ら夫婦への面あてのためとさえ思えるほど、母さえ見れば米の神経はささくれ立つ。「勝手に貧乏しちゃったらよいのや。もっと、もっと……」と米は、むしろ快感をもって母の苦闘を眺めるこの頃であった。 廊下を戻って座敷をのぞくと、甲は絵草子に顔を伏せたまま眠っていた。白い頬に睫毛が影をひいていて、思わず見惚れるぐらい、その寝顔は美しかった。 米は行燈を吹き消した。――ふん、ただ若いだけが取り柄の白痴美じゃ。わたしの若い頃など、もっと魅力的やった。小股の切れ上がった立ち姿は浮世絵から抜け出たようなと、騒がれたものや。「ぞっとするほど牽きつけられる」と宮絹はんはわたしに言うちゃった……。 居間に戻って炬燵に入り、一度しまった鮮やかな絵柄の花札をもてあそびながら、米は頬がほてってくるのを感じた。甲の若さへの妬心が、帰らぬ昔へと米の思いをかりたてる。 ふいに、右の二の腕の内側に快い痛みが走った。指頭大の玉が薄い皮膚をもり上げてくるくる動いていた。「宮絹はん、今晩は……いつまでも忘れんと、わたしを愛してくれなはるのは、あんただけやなあ。あん時、あんたといっしょになっていたら……」 二の腕の白い玉を唇で追い、こそばゆい感触を楽しみながら、米はうるんだ瞳を宙に向けた。宮絹を思い出すたびきまって動き出すこの玉が、むしょうにいとおしい。誰にも邪魔されず、誰にも知られぬ宮絹と二人だけの世界に、たちまち米は溺れこむ。 熱気をふくんだ華やかなざわめきが、夜気をふるわす祭り太鼓のリズムが蘇る。宮絹がそこにいた。若く美しい米を抱いて、とろりとした甘美な幸せがせつなく二人を包む――。「おう、何ぼんやり思案しとるんじゃい」 はっと我に返り、米はあわてて二の腕を袖で隠す。いつからか白髪のふえはじめた鹿蔵が、ぬっと立っていた。「お甲はん、もう寝ちゃったか」「ふうん、やっと床に入っちゃったでよ」 米はものうげに花札を集めながら、不機嫌な声で言った。「世話のやける女や。いつまでうちで預からなんのです? お甲はんの機嫌とりも、いいかげん肩が凝りますでえ」「すまん、すまん。そのことでちょっと離れへ来てくれい。相談があるんやな」 母屋と中庭をへだてた離れの座敷には、山家の坂の銀十、位田の儀三郎の二人が待っていた。銀十は若い頃から色事師であった酬いか、悪病におかされ、いまは両眼にどんより雲がかかって半盲も同然。しかし生来の悪知恵は一向に衰えず、いまでも鹿蔵の参謀格である。喧嘩好きの儀三郎はあい変わらず気が荒い。出入りで刺された傷がもとで片足が腐った時、自分で鉈を振るって股から叩き切った。以後、杖をついて、片足で飛び回っている。鹿蔵といえば、年のせいか、この頃めっきり耳が遠くなった。「位田の儀三郎に足があり、丹波鹿に耳が聞こえ、山家の銀十に眼が見えたら、丹波の国はどうなっていたやろ」とは世間の噂である。 米は鹿蔵の横にしどけなく坐り、長煙管をくわえ、横目で男たちを見て、――丹波の三幅対もがたがきて、爺むそうなったものじゃ、と思った。「わしから話そう。鹿蔵は、やたらと声がでかいさかい……」と銀十は白濁した眼を米に向けた。「近頃、わしらの賭場にちょくちょく顔みせる客がおる。そいつは、大阪の大きな絹問屋の若旦那やげなが、ちょうど賭場に遊びに来たお甲はんに一目惚れでなあ、『一晩でよいさかい、お甲はんと枕かわしたい』ちゅうて、どえらいご執心じゃ」 唇をすぼめて白い煙をはき出すと、米は思案の顔で、「そういえば、妙ちくりんやなあ。お甲はんもさっき、『浮気の一つもしてみたい』言うとっちゃったで」「ほんなら、いよいよ脈があるでよ」と銀十が身を乗り出す。 だが米は気乗りしない様子で、「さあ、口では強がり言うてても、いざとなると女子はなあ。それで相談いうのはなんやいな」「このことじゃな。姐さんの力で、お甲はんにウンと言わしてもらいたい。若旦那の言うてんにはじゃの、『世話してくれたら金に糸目つけん。好きなだけくれちゃる』と……」 儀三郎まで膝を乗り出し、「あのぼんぼん、ちょっと良い男やし、金ばなれもよい。会うてみたら、きっとお甲もコロリと参ると思うんじゃが……」「それでも、浮気が本気にでもなったらえらいことですで。なんせ相手は吉川やさかい……」と言いながら、米の頭には、今しがた聞いたばかりの母の警告がかすめた。 銀十は、ここぞと言う。「お甲が承知の上なら吉川に言うわけはなし、男には一晩きりで翌朝大阪へ帰る約束をとりつけたる。姐さん、頼む。いっぺんくどいてみてくれい」 米は母の警告にまだこだわっていた。父の怪我の時もそうだったが、母の予感はいつも正しい。だがそのことが、かえって反撥的に米を決意させた。「やってみるけど、はっきり請け合えまへんで」と言って米は立ち上がった。このところ倦怠しきっている米は、他人の色事にもせよ、身が疼くのを感じた。「これは久しぶりに甘い汁が吸えそうやなあ。うまくいったら、米にもきれいな着物買うちゃるわい」 耳に手をあてて聞いていた鹿蔵が、満足そうにうなずいた。彼らは、若旦那から、周旋料ばかりか、絹問屋の屋台骨が傾くまで恐喝する計画であったが、人の良い米はそこまでは気づかぬ。 あっさりと米の誘いに乗った甲は、翌々晩、大槻家の離れで若旦那と忍びあった。ところが、それまで一度も姿を見せなかった吉川が、この夜突然、七、八人もの子分を引き連れて現われ、アッというまに離れに踏みこんだのだ。「大店をゆする手付け金としても、がいにぼろいこっちゃわい」と若旦那からせしめた大金を前に悦に入り、今後の手段を密謀中の三人組は、不意を襲われて色を失った。ばれるはずのない計画であったのに。 帯もときほぐれ、乱れた姿のまま離れから連れてこられた甲は、吉川の前に泣きくずれて訴えた。「わたしがいやじゃと言うのに、この人たちに無理矢理おどされて……」 若旦那は若旦那で、能弁にまくしたてた。「親分のよい人じゃと聞いたら、誰がこんな大それたことしますかいな。どこかの色好みの後家と聞いたさかい、つい……おまけに腰抜けるような周旋料まき上げられましてん。こいつらに騙されたんどす。こっちゃこそ被害者どっせ」 三人組は色をなして反駁したが、ご丁寧にも周旋料が鹿蔵の前にあっては、どう弁明のしようもなかった。吉川は懐手のまま顔色も変えず聞いていたが、ただ一言、冷ややかにいった。「鹿蔵、腹を切れい」 儀三郎と銀十は蒼い顔してうつむくばかり、だが吉川の目標は、しこたま貯えこんだ鹿蔵にしぼられていた。彼の蛇のような眼は鹿蔵をにらみすえて離さない。鹿蔵は縮み上がり、部屋の隅までいざって逃げ、ろれつの廻らぬ口調で許しを乞うた。「明日の晩にまた来る。丹波鹿の末路を見届けにな」 すっと手をのばして、吉川は三幅対の真ん中に置かれてある大金をつかみ、若旦那の肩をたたいた。「これを持って帰りなはれ。堅気の旦那に迷惑かけぬのが侠客の掟じゃ。さ、物騒なさかい、途中まで送ったげますで」 若旦那はその金をゆっくりと懐中にしまいこみ、立ち上がった。 引き揚げる吉川にぴったり寄りそい米を見返った甲の眼に、嘲笑があった。殊勝らしく若旦那をよそおう男の頬にも、皮肉の影が彫られていた。 彼らの筋書きが今になって読めた。若旦那も、甲も、吉川も、始めからみんなが共謀して仕組んだ芝居だ。その一瞬、母の言葉がはっきりよみがえった。 米は門口までとび出し、暗がりに消えようとする一行に金切り声で叫んだ。「罠や、騙したのやな。畜生、みんなぐるになりよって、そこの女狐みい、尻尾がたれとるわな」 吉川の若い子分がかけ戻って、力にまかせて米をなぐり倒した。かん高い甲の笑い声がはじけるように上がるのを頭のすみに聞きながら、米は意識を失った。いつ逃げたのか、銀十や儀三郎の姿はなく、鹿蔵だけが泥に伏して動かぬ妻にすがった。 無法者は、己を越える無法には、小羊のように従順である。無法の世界のそれが掟なのだ。お甲も若旦那も同じ穴のむじなで、吉川の仕組んだ筋書きにまんまとひっかかったことは歴然としていながら、小悪党の鹿蔵には手も足もでなかった。その昔、腰抜けじゃの、はりぼて大関じゃのと思うさま宮絹をいやしめ、罵って死に追いやった鹿蔵であったが、いまは全く吉川の前に腑抜け同然であった。 呆然自失のうちに鹿蔵の胸に浮かんだのは、命惜しさに、ただ逃げるということであった。吉川なら本気で殺しかねないと思うと、欲も得もなかった。何もかも打ち捨て、鹿蔵はまだふらふらしている米をせきたて、せきたて、夜明けの道を悪夢でも見るように歩いた。米はぼんやりした頭で、鹿蔵にさらわれた夜や宮絹との短い逃避行を思った。そこには、不倫とはいえ、甘美なしびれるような思い出があった。だが今、喘ぎ喘ぎ夫とたどる道は、ただ恐れと絶望と恥辱にまみれた夜逃げではないか。 やっと岡の父政五郎の実家にころげこみ、その倉の中にかくまってもらった二人は、一晩のうちに十年も老けこんでみえた。 間に人を立て、謝罪のしるしに今盛屋の身上の傾くほどの巨額の金をゆすりとられ、ようやく吉川の許しを得て北西町に帰った時は、もう蛙の声のやかましい季節になっていた。その期間、商売もできず戸を閉めたままでいたことは、昇る一方だった家運を反動的に下向ける大きな契機となるのである。なぜならば、独占的営業を続けていた今盛屋牛肉店の閉店中、商売敵の吉川牛肉店が、隙間をねらうように田町に開かれたのである。まだ今日ほど牛肉の需要がのびぬこの時代にあって、狭い綾部の町内に強力な競争者が出現し、顧客をごっそり奪ったことは、まさに泣き面にハチである。そしてその店先には、昔の米のように、お歯黒をつけ、姉さんかぶりをした甲が生き生きと立ち働いていた。
 米の様子はどことなく変わっていった。以前のようにきびきび男たちを追い使うこともなく時には気鬱そうに坐りこみ、二の腕をしゃぶりながら、道行く人を放心して眺めていた。 鹿蔵は、今度の事件で蒙った大きな損失を取り返そうと焦っていた。その頃、清吉は、親方の寅吉が博奕で負けて逐電したので、本宮の家でしばらく紙漉きをし、直がそれを売り歩いていた。紙漉きが儲かるとにらんだ鹿蔵は、自宅の裏に小さな職場を建て、甘言をもって清吉を連れて来て、見習い職人を一人あてがった。「早く給金をためて母さんと二人で紙屋をやろうなあ」と清吉は楽しみにしていたが、鹿蔵には給金を出す腹などなかった。鹿蔵は、出口家の子供たちの中では、腕白で男らしい性格の清吉を一番可愛がっていたが、それとこれとは別であった。
 明けて明治二十五(一八九二)年一月二十三日(旧十二月二十五日)、綾部の町は恵比寿講で賑わっていた。昨年初めから福知山柳町の荒物商荒賀屋へ行商見習いに行っていた大槻伝吉は、恵比寿講をあてこんで小間物を背負い、北西町の養家へ帰ってきた。米は小料理屋の帳場に坐っていたが、伝吉を見るなり、招き猫そっくりの手つきでおいでおいでした。「伝吉や、これまでお前にも苦労かけさせたけど、もう大槻家はお前にゆずるさかい、すぐ嫁をもらっちゃってもだんないで。蚊帳は二流れはあるし、蒲団もよいのがこさえてあるさかいなあ」 まだ肩上げもとれぬ十五歳の伝吉は、きょとんと義母(実姉)を見上げた。「そうや、よいもんやるわなあ」と思いついたように言うと、米は伝吉の頬を両手ではさみ、なめていた氷砂糖を口うつしに食べさせようとする。「――いらん」 伝吉ははにかんで義母の手を払いのけ、小間物の荷物をかついで師走の綾部の町へと飛び出した。そのあと商売で忙しくて、二日間の滞在中、米とゆっくり話し合うひまもなく、多少変だと感じながら福知山の奉公先へ帰っていった。 伝吉が帰って二日後の一月二十六日(旧十二月二十八日)であった。大槻家の広い台所は、鹿蔵の子分たちや店の者、近所の人たちも集まって、旧正月の餅つきで賑わった。吉川にごっそりとられ商売も長く休んでいたので、例年通りの餅つきをするなど無理であったが、子分や世間への手前、弱味を見せまいとして苦しい見栄をはったのである。 土間にすえられた大きな臼で次々につかれる餅は、板の間に運ばれ、女たちの手で丸められる。手伝人たちは、大根おろし、小豆餡など好みの物をまだふわふわの餅にまぶし、この時とばかり頬ばった。四斗五升の餅をつき上げた時、水取りをしていた米は急に板の間に立ちはだかり、いぶかしいことを口走った。「御苦労であった。この餅はみな眷属どもに食わして、お下がりはこの屋根からばらまくことにせい」「なんじゃって?……」 鹿蔵が驚いて妻をみつめた。 米は搗きたての大鏡餅の上にとびのり、それを足で踏まえて立ち、人が変わったように叫んだ。「わしを誰じゃと思うとる。控えよ、控えよ、頭が高い。みなみな頭を下げい」 眼は虚空をにらみ、お歯黒に染まった歯をむき出す。居合わす者はぎょっと顔を見合わせ、狂ったと誰もが直感した。 居丈高になってさらに叫び続ける米。「名を問うなら答えて進ぜるわい。畏れ多くも吾は妙見大菩薩であるぞ。みなみな頭を下げい」 二十人ばかりいた人たちはしかたなく頭を下げ、この場の処置に迷った。 米は鏡餅から跳び下り、妙なしなを作って部屋中を歩き出し、南無妙法蓮華経と声高にお題目を唱え出した。大槻家は稲荷と法華を信じていたのである。 やがて近所の人たちが聞き伝えて、この珍しい光景を見物にぞくぞく集まった。 直は胸騒ぎを感じ、北西町に寄ってみた。今盛屋の前はたいへんな人だかりで、「今盛屋は綾部一の金持ちになったと思うたら、かみさんがのぼせて、気が狂うちゃったげな」などと、弥次馬どもがおもしろ半分に囁き合っている。 人をかきわけて土間に入ると、米は長火鉢の横にあぐらをかいて坐り、あごをしゃくって横柄に母を迎えた。「出口直、参ったか。そちは一人で来たと思うか知らんが、実は眷属の白狐を迎えにやったのであるぞ」「お米、まあ、そんななりをして……」 直はおろおろと板の間に這い上がり、娘の裾の乱れを正そうと手をのばしたが、米は激しくその手を払いのけた。「直・鹿蔵・清吉、三人とも前へ出い。申し聞かすことがあるぞ」 名を呼ばれた三人は、逆らってこれ以上のぼせさせまいとお互いに目くばせし、おとなしく進み出て一列に並んだ。米は気をよくして、ますますふんぞり返る。「大槻鹿蔵、そちはさんざん悪事を重ねたが、もはや運のつきであるぞ。吉川を使うて油をしぼらせたのも、鹿蔵改心のため妙見大菩薩の仕組んだ大芝居なるぞ。これ鹿蔵、改心いたすか、やい」「へい、改心いたします」と鹿蔵は顔をしかめ、業腹そうに答える。 次に米は清吉を見た。「出口清吉、もっと前へ出い」「はい」と答えて、清吉は殊勝げににじり寄る。「はい、ではない。へい、と申せ」「へい」 米は贅肉のついた白い太股をあらわにしてピチャピチャとたたき、気持ちよさそうに眼をそばめ、一段と声を高めた。「清吉、御苦労。出口の跡をしっかり嗣ぐと、ここではっきり約束せい」「へい、確かに……」と言いながら、眼のやり場に困って横を向いた。 直に向き直った米は平素の面影はなく、眉も眼も吊り上がり、ぎらつかせて、今にもかみつきそうな相貌であった。「さて、出口直。そちは因縁あってこの米の肉体の親にしてあるが、なかなかに業が深いぞ。親であれども、娘に頭を下げて改心いたすと申せい」「これはどえらいお稲荷さまでもおかかりになったのじゃろうか」と、直が清吉の耳に心配そうにささやくと、米は立ち上がって、どんと足を踏み鳴らした。「稲荷などではない、正真の妙見じゃ。妙見大菩薩が米の肉体を借りて、そちたちに改心せまろうとここに顕現したのじゃわい」 鹿蔵はたまりかねて立ち上がり、「わかった、わかった、もうみんな改心するさかい、よいかげんに妙見さんにお帰り願わんかい。外はごつい人だかりじゃでよ」「無礼者――」 跳び上がるなり大喝し、米は長火鉢を蹴倒した。鉄瓶の湯は散り、灰神楽がもうもうとあたりに立ちこめる。女たちは悲鳴を上げて逃げ出した。米はいっそう逆上し、餅をちぎっては投げる。襖は蹴倒す、鍋釜はふっとび、料理屋の皿小鉢まで投げ出してはめちゃめちゃにたたき割る。子分たちが数人がかりで押さえつけようと腕にすがり、足にしがみついても、どこからそんな力が出るのか、気合いと共にかるがると投げとばす。まさに阿修羅の荒れ狂いようである。「こいつは始末が悪いわい。白木綿二反、買うてこい」 業をにやした鹿蔵が子分に命じる。やがて白木綿がきて、その長い両端を男たちが持ち、遠まきに狂乱の米を囲んだ。じりじり輪をせばめてぐるぐる巻きにし、やっと大黒柱にがんじがらめに縛りつけた時には、どの男たちも肩で息つくほどに疲れきり畳の上にへたりこむのだった。 直は縛り上げられた娘の足もとにすがり、言葉もなく涙を流した。心ならずの義絶以来、母娘の間にやさしい言葉のやりとり一つできなくなっていた。娘の心の固い扉を開くことなく狂わせてしまった直の胸は、自責の念で潰れんばかりであった。「わしは、気違いをかかあにした覚えはないぞ。正気に戻らなんだら、お直婆さんに引きとってもらおうかい」 どこにもやり場のない忿懣を、鹿蔵は嗚咽する直の背に吐き捨てるのだった。
 明治二十五年一月三十日(旧正月元旦)、伝吉は福知山から綾部の養家に里帰りした。家は大戸が閉ざされ、くぐり戸をあけて中へ入ると、陰気な空気がよどんでいた。 帳場では鹿蔵一人、煙管をくわえ、渋面つくって大福帳を眺めていた。元旦そうそう大福帳でもあるまいにと伝吉はいぶかりながら、「おめでとうございます。義父さん――」と声をかけた。 鹿蔵は白い眼で伝吉を見上げ、「戻ったかい、ま、上がれい」と言って舌打ちし、「しゃっちもないことじゃ。お前にも戻ってくるなと言うてやろうと思うたんじゃが、さっぱりわやになっちもたわな」「一体、どうしちゃったん」「米がまる気違いになっちもうたんじゃな。店も、暮れの二十八日からずっと戸を閉めたままやでよ。この年末のかせぎ時に商売はあがったりやし、この先どうなることか……めでたいどころの騒ぎやないわい」 長火鉢に烈しく打ちつけた煙管の雁首がぽきりと折れとぶ。鹿蔵は顔色を変え、ぶざまになった愛用の銀煙管を土間に投げ捨てた。 伝吉はだまされるものかという風に肩をそびやかし、奥へ入った。ひっそりと静まった廊下を義母の居間まで行くと、中から高鼾が聞こえる。元旦というのに破れたままの襖をそっとあけてみて、伝吉は立ちすくみ、息をのんだ。 裂けた紙や布などの散乱した火の気のない部屋に、二人の男女が折り重なってころがっていた。手も足も胴もぐるぐる縛り上げられ、なりふりかまわず高鼾をかいているのは、まさに義母であった。あの姿のよい、いつも鶯糠でみがきたてている米であった。そしてその上に押しかぶさって死んだように眠っているのは、清吉兄である。清吉の頬に涙の乾いたあとが残っていた。二人とも着物は引き裂け、顔にも手足にも血がにじみ、青あざや蚯蚓張れで無残にも相好は変わっていた。「お米は夜も昼もなしに暴れるんじゃ。清吉かて、気違いの守りはさぞえらいこっちゃろのう。こないだはなあ、清吉のやつ、かっとなって割木でお米の耳たぶまで裂いてしもうたでよ」 鹿蔵が入ってきてさすがに涙声で説明し、そっと姉弟に掻巻きをかけてやるのであった。


表題:霊夢と帰神 4巻5章霊夢と帰神



 旧正月の賑わいに疲れてどの家も戸を閉め出した時刻、龍と澄は梅原おきの家から手をつないで戻ってきた。母はまだ帰っていなかった。四日前に長姉の米が発狂してからは、母は屑買いにも出られず、朝早くから夜ふけまで大槻家へ行ったままである。 米はなぜか母を極度に恐れ、庭の樹陰に直が立つと、「それ、そこに狒々がいる」と悲鳴をあげ、仕方なく台所の炬燵にかくれていても、「あれ、まだ炬燵におる」と怯える。だから直は、母でありながらじかの看病はできず、娘の目をさけて大槻家の下働きを引き受けている。そうまでしても、発狂した娘のそばにおらねばすまぬ気持ちであった。 幼い姉妹は、炬燵に向き合って、しょんぼり顔を見合わせた。お元日といってもそれらしい飾りも食物もなかった。することもなく、澄は炬燵に顔を伏せて、さっきおきの家でよばれた餅の味を思い返していた。龍は黙っていると淋しくてならないので、無理に話題の糸口を見つけ出した。「米姉さんのあんばい、今日はどうじゃったろうなあ」 龍は恐れて北西町へ近寄らないが、澄の方はこわいもの見たさにちょくちょく覗きに出かけている。だから澄に聞けば、米姉に関する情報はおおむねわかる。 澄は顔を上げた。「お龍はんもいっぺん見に行っちゃったらよいのに、おもろいでよう」と急に元気になって立ち上がり、炬燵の上にとび乗った。「あんなあ、姉さんいうたら、座敷の中でから傘さして、高下駄はいて、あっちへひょろり、こっちへひょろり……どんぐり眼むいて、お歯黒の口あけてどなってんじゃな。なむみょうけんだいぼさつ、病気全快なさしめ給え。三十八歳の辰年の女を立ちどころに癒させ給え。五十五の亥年の男、あのどつんぼの鹿蔵もついでに助けてやりて下さりませい。なむみょうけんだいぼさつ、なむみょうほうれんげきょう……」 姉の様子を彷彿させる澄のジェスチャーに、龍は転げ廻って笑った。龍の笑い終わるのを待ち、炬燵から跳び下りて真顔になって声をひそめた。「あのええ、西町で餅つきした日なあ、米姉さんは頭が狂うて、つきたての餅をぎょうさんちぎってばらまいちゃったげな。こんな大きなお鏡に跳び乗ったり、尻もちついたり……もったいないなあ」「ふうん……」 二人はおでこをぶっつけ合うようにして眼を見かわし、ちょっと黙った。米がふわふわの餅をあたりかまわず投げつける光景が、互いの眼の中に映じているようであった。「うちらがおったら、えっと拾うたのになあ」「うん、くやしいなあ」 二人はさも無念そうに肩を落とした。急にくーっと腹がすいてきて、澄はごろんと寝ころんだ。龍はまた、淋しさにたえかねてしゃべりかけた。「気違いいうもんは治らんのやろか。なあ、お澄……」 澄は天井を見たまま、別のことを言った。「大槻の義兄さん(鹿蔵)なあ、『気違い娘を早う引きとれ、商売できんでどもならんわい』って、母さんにどなっとっちゃったでよ」 龍は身ぶるいして、「えらいこっちゃ、米姉さんが来ちゃったら、うち、おとろしゅうて、よう家におられん」「それでも母さんは、引きとる言うちゃったでえ。お龍とお澄の身のふり方を決めてからって……」 龍はぎょっとして、寝ている澄を引き起こした。「何のんきな顔しとるんやいな。母さんは、うちらぁ、また奉公に出してん気やで」「あ、そうか……」「お澄、どうする?……」「うち、いやじゃ」 澄が龍の膝にしがみつき、姉が妹の上に重なると、行燈の明かりに揺れる二つの影法師が一つになり、外には小雪が――。
 その深夜(明治二十五年一月三十日・旧一月一日)、直は行燈の灯を消し、窓に降りかかるほのかな雪明かりに眼を向け、小雪の降り積もる音のない音に聞きいった。老いた年はもう昨夜のうちにのいてしまい、舞い降りる白雪にのって、新しい年が人の世を押し包んでいく。 竹蔵が去ってはや六年、日夜陰膳を忘れぬ母の元に、便り一つ寄こしはせぬ。この小雪降る元日の夜を、どこでどう生き、眠っているのか。 久が狂い、治ったと思うと米まで狂った。なんとした因果であろう、血を分けた娘二人までがふいに狂うとは。しかもことごとに母に反目していた米は、正気を失ってからまで母を憎み、恐れている。 おのれの心を見つめるように、直は闇の中に眼をこらした。 今日もまた鹿蔵は、「気違い娘を引き取れ」と迫った。鹿蔵に言われるまでもなく、すでに幾度か繰り返し考えたことであった。 ――正気を失い、夫の愛を失った不憫な娘を、どうしてほうっておけよう。至らぬ母であったればこそ、その罪ほろぼしに、あるだけの力を出しきり、米を看とろう。そして力尽きれば、米と二人、飢えて死のう。 ――だが幼い子まで餓えさせてはならぬ。道連れにはできぬ。 直はにじり寄り、闇の中にかわいい寝息をたてている龍と澄の暖かい頬にふれ、髪を撫でた。 ――なしたことじゃ、この子らをまた奉公に出さねばならぬ。だが……米とこうまで心が離れてしもたのは、元はといえば親娘が早くから離れて暮らさねばならなんだことにもよろう。次女の琴とも心が通い合っているとはいえぬ。いままた幼い二人をも他人の中に突き放ち、奉公に出せば、やがては姉たちのように、母から心が遠のいて行くかも……。 ――離しとうない、どうしても離しとうない。 青い実を抱えたまま風雪に耐えかねて傾いでいく老いた樫の木のように、直は、心乱れて悶え伏した。どれほどそのままの姿でいたろう。ふっと甘い薫が流れた。 直は身を起こし、涙の膜の乾かぬ眼で闇の中をすかし見た。……と、かすかに白く湧いてくるものがあった。凝り固まったもろもろの苦悩が、直の体内から吹きこぼれ、流れ出ていくように、乳白色の靄は膝元にたゆたい、匂やかに立ちのぼって広がる。 ひきこまれるように、直は、その靄の中を歩いていた。靄が晴れ、次第に色彩を取り戻すと、足元で直の踏む五色の玉砂利が鳴った。いつか心も身も軽くさわやかであった。 虹色に光る御殿が前方に幾層とも知らず重なってあらわれてくる。華麗な正門をためらいもなくくぐり、階段に歩み寄った。そこには、一柱の大兵肥満の神が直を待つように着座していた。八束に余る白鬚を長くたれた白髪、童顔の神は、直の手をとって奥へと導いた。桧の匂う大小の間を幾つも通り抜けると、さらに奥深く神殿があった。神は直を待たせて昇殿し、何事かを奏上した。 畏れ多さにそっと退殿し、艮とおぼしき方角へ廻った。そこにまた巨大な門があり、殿宇の壮大さ、尊厳さは先の宮殿を遥かに凌駕し、黄金・瑠璃・真珠をちりばめた楼閣が建ち並んでいる。吸い寄せられるように、中央の正殿に向かった。そこにましましたのは、純白の衣冠束帯も神剣も白金の光芒を射放つ、眩いばかりの神であった。直はその比類ない気高さと神威に魂を奪われ、ひざまずいた。神は直のそば近くまで歩み寄られ、手をそえて直の面を上げ凝視された。めくるめく光芒は直をもくるみ、一条の光が貫くように直の額に吹きつけられた。 直はうめいた。 光はやがて電流が伝うように体内を下り、腹中に満ちる。燃えるごとき痛苦に耐えて眼を見開くと、神は無言で微笑み、そのお姿は白金の炎の中にとけ入って、次第に細くかき消える――。 直はその場を退き、走り出た。気がつくと、美しい家の前にいた。室内には死んだはずの夫政五郎がいて嬉しそうに直を迎えた。老いぼれた晩年の政五郎ではなく、名人大工とうたわれた三十代の颯爽とした政五郎の姿であった。二人は互いに過ぎた日を懐しみ、行く末を語り、時の移るのを忘れた。 ふと子供のことを思い出した。 ――そうじゃ、龍やお澄に夜飯を食べさせねばならぬ。 愕然として我に返ると、あたりはもとの闇であった。窓のほの明かりには小雪が舞い、二人の娘の寝息も変わらず安らかである。「何とした夢であろう、これは……」 直はメイタに火をつけ、神床ににじり寄った。 それは長い暗いトンネルを手探りでくぐり抜け、はじめて別世界の光に息ずく予感でもあったろうか。神前にぬかずく直から、焼き尽くされたように先ほどの絶望感が消えていた。 翌日も翌々日も、夢の中で神に出会った。同じ霊夢を幾夜か重ねて見るうち、直の内部に次第に湧き起こる異質の変化に、直自身、まだ気づいてはいない。
 それから五日たった二月三日(旧正月五日)節分の夜――龍と澄は梅原家で梅子と遊んでいるうち、いつのまにか三人とも炬燵に足を入れたまま眠ってしまっていた。「末子のお澄殿、起きて下されい」 真っ暗な門口から大声が響き渡った。三人はびっくりしてはね起きる。続いて家鳴りするほどの激しい声で、「ここ開けい」 梅子は脅えて、台所のおきにすがりつく。おきは息をのんで、梅子を抱きしめたまま立ちすくむ。 龍がはだけた寝巻きをかき合わせつつ土間にとび下り、戸を開けた。直は龍に目もくれず家に入るや、威儀を正し、さらに大音声で澄の名を呼び上げた。「末子のお澄殿、すぐ北西町へ行き、三十六お燈明あげてお題目をとなえよと申せい」 いつもは優しく情愛のこもったまろやかな母の声が、この時は凛として威厳にみち、澄の追憶によれば、《お大将のような声》であった。 聞き慣れぬ言葉つき、母とも思えぬ声音、射すくめるように見下ろす眼は、反問を許さぬ厳しさであった。一気に睡気を吹きとばされた澄が、あわてて暗い土間の草履を探していると、「早くせい、はだしで行けい」と笞のような声がとぶ。 澄は手にふれた草履をつかみ、寝巻きのままで寒風の戸外へ走り出た。龍も続いてとび出した。二人は手をつなぎ合って、灯の消えた暗い雪道を追われるように走った。息がきれる。足がゆるむ。 澄は手にした草履に気づいて道ばたではき、胸をあえがせながら姉に言った。「ああ、こわかった」「ほんまやなあ」「お龍さん、北西町へ行って、何言うんじゃったいな。あんまりびっくりして忘れてしもうた」「三十六お燈明を供えて、お題目となえい……」「ふーん、なんでやろ、母さんは、米姉さんみたいに気違いになっちゃったんと違うじゃろうか」「そうかも知らんでよ。ふだんとてんで違う声、出しとっちゃったもん……」「母さんまで気違いになっちゃったら、どないしょ」「どないしょ、うち、かなわん」 龍の声はふるえ、しゃくりあげていた。 熟睡中の炬燵の中からとつぜん夜道に追い出された二人は、寒さと不安と空腹が入りまじって、歯がとめようもなくカタカタと鳴った。澄はこぼれくる涙を龍にけどられまいとして、取ってつけたように咳きこみ、「おう、寒い」とかじかむ指先に白い息を吐きかけた。 今盛屋のくぐり戸を開ける。夜半というのに行燈があかあかとつき、近所の人たちが手伝いにつめかけていた。交替で休んでいるのか、清吉兄の姿はない。二人は、こわごわ奥をのぞきこんだ。米は大黒柱にぐるぐる巻にくくりつけられ、しゃがれ声で、「南無妙法蓮華経……」とくり返し唱えていた。「姉さん――」 澄が走り寄った。 じれてじれてどうしようもない眼を血走らせ、蓬けた髪をふり立てて、米はわめいた。「お澄か、よう来た。走りにある出刃、持って参れい」「よっしゃ、持ってくるで」 台所へ行きかける澄を龍が後ろから抱き止めると、奥から出てきた褞袍姿の鹿蔵が叱った。「阿呆、そんなもの持って行くことならんぞ。それこそ気違いに刃物じゃわい」 澄は鹿蔵に母の言葉を告げ、心細げに訴えた。「義兄さん、見に来てえな。母さんはこわい顔でなあ、ものすごい声でどなってんや」 鹿蔵は「ちぇっ、ちぇっ」といまいましげに二度続けて舌打ちし、「出口の婆あもとうとう気がふれたか。親子そろうて気違いとは、またご念のいったこっちゃのう」「なあ、おっちゃん、一緒に来てえな」 冷えきった小さな手で、龍が鹿蔵にすがった。鹿蔵はうるさそうにその手を振りきり、「知らん、知らん。うちはお米で音を上げとるのに、これ以上、気違い婆あにまでかもうておられるかい」「そんならさいなら。お龍さん、早う帰のう」 澄は怒りに顔を赤くし、泣きじゃくる龍をせかして表に出た。 さすがに気が咎めたのか、鹿蔵は追って出て、「お前たち、帰んだらな、『確かにお燈明あげて題目となえるさかい安心せい』ちゅうて婆さんに伝えとけ。明日にでも様子を見に、清吉をやっちゃるわい」と、寄りそい歩く二人の後姿に声をかけた。
 子供たちが北西町へ使いに出たあと直は家へ戻り、人気のない八畳間で、神床に向かって端座していた。その姿勢は、無意識のうちにやや反身になり、上体がゆるやかに振動をはじめた。あごがぐっと後方へ引きしまり、膝がおのずと交互に上下する。それでいて体が非常に重く安定し、全身に力が充満していることを感じる。 腹の底から玉のような物がこみ上げ、胸を通り、のどのあたりでさらに浮揚し始める。歯をくいしばってこらえると、「ウーム、ウーム」と息が外に洩れる。やがて内から梃子でこじあけられたように唇がひらき、自分とは別の、荘重な威厳のある男の声がふき上がった。「……この方は艮の金神であるぞよ。これより直の肉体をご用に使うぞよ」 直はわが耳を疑った。 たしかにその声は自分の口から出た。だが自分の意志で発したのでないことも確かである。そういえば先程、幼い子を暗い冷たい夜道に追いやったのも、自分の意志ではなかった。引きとめ、抱きしめたいとあせりながら、肉体は意志を無視して勝手に行動する。すると、自分以外の存在がいつからかわが腹中にあり、それが音声となって、「艮の金神である」と言い放ったのだ。 直はおそるおそるわが身に問いかけてみた。「艮の金神じゃと申しなされても、わたしには、どのような神さまかわかりませぬ」「……この方は三千世界を立替え、立直す神であるぞよ」「めっそうもないことを――」と直は言い、はばかるようにあたりを見廻したが、もとより直のほか誰もいない。 これからもしばしば述べる神と直の対話は、直ののどを神と直自身が使いわけ、同じ口から発せられるので、外見上は自問自答のごとく見える。神の言葉は、直の潜在意識にさえ一かけもないことなので、それだけに直の衝撃は大きかった。 かまわず、神は叫んだ。「三千世界一度にひらく梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。この神でなければ、世の立替えはでけぬ。天理・金光・黒住・妙霊先走り、とどめに艮の金神現われて、三千世界の大掃除、大洗濯をいたすぞよ。三千世界を一つに丸めて、万劫末代続く神国の世にいたすぞよ」 直は夢中で抗弁した。「や、やめにしておくれなされ。わたし、信じられませぬ。そんな……世界を立替えなさるようなド偉い神さまが、なぜ屑買いのわたしなどにおかかりなさるのか……」「……直は昔からの神の経綸で、この世の代わり目にお役に立てる身魂であるから、わざと根底に落として苦労ばかりさせてあろうがな。地獄の釜の焦げおこしとはこのことかと、嘆いたこともあろうがな。苦労なしには誠はないぞよ。誠を貫きてくれたらば、結構にいたして、神がおん礼申すぞよ」「わ、わかりました。神さま、のいて下さりませ。どうぞお引き取り下さりませい」 惑乱して直は叫んだ。 神が沈黙しても、直の内部から激しくかり立てるものがあった。立ち上がりざま、粗衣を投げ捨てた。 裏庭の井戸端に走り出、腰巻一枚の姿で、キルキルキルと釣瓶をくった。寒風に吹きさらされた肌が粟立ち、凍った釣瓶の縄は掌に吸いつく。 ――が、直は一瞬のためらいもなく、汲み上げた水を頭から浴びた。井戸水は厳冬の外気に比して暖かく、白い飛沫と湯気をはね上げる。しかし車井戸は深く、独楽をきしませながら次の水を汲み上げるまでに、直の肌は紫色に変わり、晒の腰巻の裾は凍ってガワガワと音をたてた。 ザァーッともう一杯――また一杯――。 井戸端に散った水はもうもうと水蒸気をあげて、たちまち凍てつく。だが内部に灼熱したものは冷えようともせぬ。夢中で十杯もかぶったろうか。「母さん……」 泣くような子供の声にふり向くと、小さな二つの影法師が並んで、凝然と立ちすくんでいた。 龍の手には、脱ぎ捨てておいた直の着物があった。直がそれを受けとると、おずおずと澄が告げた。「北西町へ行って、ちゃんと言うてきたでよ、母さん……」「それはようでけた。寒かったやろ、風邪ひかぬように、早う炬燵へお入り。母さんもすぐ行くさかいのう」 いつもの母の声であるのに安堵して、龍と澄はうなずいて部屋に戻った。 薄いいも粥をすするなり疲れきって倒れるように寝入った二人を見届けると、直は自分の粥には箸もつけず、台所に下げた。 頭が冴えきっていて、眠ることができなかった。直は、心を決めて井戸端に出、再び釣瓶をくった。細い月が雲間からのぞき、風が樹々の梢を揺すっていた。ちぎれるような肌の痛みは、いっそ快かった。おのが身につもる前世からの罪業があれば、火で焼き、氷にひたっても洗い浄めねばやまぬ激しさであった。 その夜のうちに、水行は、七度くり返された。明け方近く、神前に戻って座すと、梅が……ふっとかおった。忘れていた何かが、直の胸をよぎった。九年前、澄の生まれた節分の夜、幻のようにひらいた一輪の白梅がほのかに浮かんでくる。「あ、今日はお澄の十年目の誕生日じゃった」 いとしさとすまなさが、感覚のしびれきった直の体内を熱く走った。「そうじゃ、もういっぺん浴びてこよう」 こみ上げる感傷をふり払うように、衣を脱いで立った。 幾重か盛り上がった氷の層に素足で上がり、釣瓶をきしませた時であった。「直よ、もうよいぞ」と神の静止がかかった。 それでもと直は耳をふさぎ、汲み上げた釣瓶の水を夢中でかけた。だが水は眼に見えぬ被膜につきあたったか頭上で四散し、一滴も身にふりかからない。直は神言の厳しさに慄然となり、思わず空釣瓶を投げ出した。 急にむくむくと腹中から頭をもたげてくるものがあった。 ――いけない、いけない。こんな時刻に叫び出しては子供が怯える。近所にもすまぬ。 歯をくいしばる直。その歯を割ろうとする神。 しかしその抵抗はあえなかった。一瞬ののち、腹の底からつき上げたお大将のような声は、白みかけたあかつきの山々に存分にこだましていく。《大本》では、明治二十五(一八九二)年旧正月元旦の霊夢に引き続き、二月三日節分の日の出口直の帰神をもってその開教とし、艮の金神のもと八百万の神々が綾部の本宮新宮坪の内に神集いして、ここに救世の神業が開かれたとしている。 この時、数えで、直五十七歳、澄十歳。
 この日から直は夜となく昼となく神の意志を叫び続けた。それは堰を切った奔流のように、とどまるすべを知らなかった。「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰をかけ、鬼門の金神まもるぞよ」 この雄大、華麗、荘厳な大宣言が、目に一丁字もない一老婦の口をついて突如ほとばしり出たのである。だが丹波の小さな田舎町では、その大宣言を誰が耳かたむけて聞いたであろう。パリサイ人のように耳はあれども聞こえぬ里人にとって、それは狂人の叫び以外の何物とも受けとれなかった。それでもひるまず、七十五声の言霊は、木霊を返す綾部の山々に向かって激しく宣り上げられていたのである。 この時、「艮の金神」について、直にどの程度の予備知識があったであろう。鬼門の祟り神と恐れ忌む世間の常識からは一歩も出てはいまい。 艮とは、六世紀ごろ中国より日本に入り一時非常に栄えた陰陽道から出ている語で、日の吉凶・方位の吉凶・干支と運命の関係などを説く風習は、宇宙時代といわれる今日でも日本各地に根強く生きている。方位家相の問題中で一般に最も重要視されるのが四門の一をさす鬼門で、丑寅(艮・東北)の方位をいう。東北は陰の気のきわまり集まる所、百鬼出入の門として古来よりはなはだ恐れられた。 金神もまた、方位の神として恐れられるが、その本質については、「金神正説なし」(『仮名暦略注』)として未だに解明されていない。金神は周期的に遊行し、金神のいる方角をけがすと七殺の祟りがある。七殺とは何か。家人七人が殺され、家人の数が七人に足りぬ時は、牛馬などの家畜に及び、それで足りねば隣家に及ぶ苛酷さであるという。 この災い除けにひたすら神経をすり減らしたのは、貧しい庶民よりもむしろ中世以降の皇族・貴族たちであった。彼らは紫宸殿・清涼殿・常御殿などの宮殿群を長方形に囲んだ京都御所の築地塀に奇妙な工作をほどこした。長方形の御所の一角、東北隅を欠いて空地とし、そのためへこました築地の東側の屋根裏に立烏帽子をかぶり御幣をかついだ木彫りの猿を飾った。鬼門の災いを去る(猿)意味だが、それを王城鎮護を願う日吉大社の神使と見て、この一角を〃猿ヶ辻〃と呼んだ。 この一事でも分かるように、宮廷儀式や貴族生活は、古くから深く陰陽に拘束されていたのだ。 艮というも金神というも、いずれも祟りの鬼神――。 直は震え戦いた。自分の腹中に不法侵入し勝手なことを叫ばせる憑霊について、どう判断し処してよいか分らなかった。 幼い頃から霊感があり、結婚後もしばしば予感を体験し、朝夕神仏を拝する信仰深い直であったが、直の概念にある神仏とは、神社仏閣に鎮座ましまし、拝する氏子に現世利益を与え給う、次元の低い存在でしかない。ところが艮の金神を自称する神は、直の生き身を社とし、直ののどを使って高らかに自己の意志を雄叫ぶ。その主張たるや、天地のはじめにさかのぼる神代の因縁から説き起こし、三千世界の大洗濯をもくろみ、この世界を不公平のない神国の世に立替え立直すという。 ――もし、その言が根も葉もない大言壮語であり、狐狸の類のいたずらでもあれば世間さまに対して申しわけないと、人一倍実直な直が強く心を痛めたのは当然であろう。といって、直の周囲にいる誰しもが自分の生きるのに手一杯で、直の苦悩を理解し、指示を与えてくれる者などいない。直はただ一人神前に座して、体内に宿る神に必死に立ち向かい、問いつめるよりなかった。「三千世界の大立替えとは、どういうことでござりますか」「……あとにも先にも末代に一度よりない、みたま(霊魂界)とこの世(現世界)の大洗濯大掃除であるぞよ。さっぱり新つにいたして、水晶の世にいたすぞよ」 いろはのいの字も知らぬ直に、これまで世界という観念はあるまい。せいぜい丹波一円が直の考え得る〃国〃の限界ではなかったか。その直に、艮の金神は、日本はおろか世界をもとび越えて、三千世界という命題を投げかける。 三千世界というのは仏教用語で、こと新しい言葉ではない。広辞苑によれば、《須弥仙山を中心に日・月・四大州・六欲天・梵天などを付属したものを一世界とし、一世界の千倍を小千世界、小千世界の千倍を中千世界、中千世界の千倍を大千世界といい、この広大無辺な世界を仏教界の一範囲とする》とある。その厳密な意味は別として、三千世界という語呂のよい言葉は民衆の間に陳腐なくらい滲透し、芝居や都々逸などにもあらわれてくる。 だが艮の金神は、三千世界を霊魂界および現世界とはっきり規定し、「……直よ、三千年あまりての経綸であるから、大もうなれど御用をいたして下されよ」とせまる。しかも「……神の申したことは、一分一厘違わんぞよ。毛筋の横はばほども間違いはないぞよ。これが違うたら、神はこの世におらんぞよ」とまで断言する。 もとより直は、わが身が神の御用に立てるなどとは思えなかった。考えてもみよ。五十七歳といえば当時としてはかなりの老齢で、孫を相手にその日を過ごし、ただ後生の安楽を願っておればよい年である。しかし直には、この年になってもまだまだ働いて幼な子を養い、借金を返済し、しかも気の狂った長女を守らねばならぬ重責がのしかかっている。 二人の子を手離して狂乱の娘を引き取り、死に身で頑張って力尽きれば不幸な娘と共に餓えて死のうとまで覚悟せねばならぬ直である。貧苦に痛めつけられた直にとって、死はさらに恐ろしい現象ではなかった。苦難に満ちた現世より、後生の方がどれほどしのぎやすいことか。それなのに、艮の金神は、それらの重責の上に、さらに神のとほうもない御用を申しつけるのである。 何故、直ばかりが――。年老い、くたびれきって、楽しみも安らぎもなく、この先まだ果てしなく重荷を負って歩かねばならぬ直に何故……。世界には無数の人がいようのに、若く、美しく、ぴちぴちと明るく賢い多くの人々、新しい世を迎えるにふさわしい人々がいくらもいようのに、選りに選ってこの力ない無学な一寡婦に、白羽の矢を立てなさるとは……。 直には納得ならぬことであった。 だが否も応もなく、艮の金神は、神の生宮たるにふさわしく直の肉体の改革に着手した。その手始めが十三日間の絶食と七十五日間の寝ずの水行であった。 絶食は直が求めたものでなく、神が直の手に箸を持たせなかったのである。直は一粒の米も口にせず、時おり神前に供えた水でのどを湿すだけであった。 澄がそのころ不思議でならなかったのは、夜中にいつ目ざめても母の寝姿を見なかったことである。母には艮の金神だけでなく、いろいろな神霊がかかられるらしく、夜半、聞きなれぬ声音に目をさますと、神前に端座しているのは母一人なのに、にぎにぎしい感じで幾通りかの話し声が聞こえてくる。子供の澄にはむずかしいことばかりで、理解できぬことが多かった。そういう日が続くうち、これまで誰かに聞いた神の名が出ると、子供ながらに聞き耳を立てる。キンカツカネの大神や役の行者などのほかに、マタタビノマサゾウという変わった神名も記憶している。 神前に母がいない時は、ぶるっと身のしまる激しい水音を立てて、水を浴びていた。寒夜、神命のままに浴びる凛冽な水音は、車井戸の独楽のきしりに続いて、寝静まった綾部の町々に夜な夜な実に七十五日の間、波紋のように広がっていくのだ。 神はまず直の肉体の大掃除・大洗濯を命じたのであろうが、五十七歳の老婆にとってこの行がいかに苛酷なものかは、想像を絶する。だが不思議なことに、直はすべての試練に耐えぬき、しかも身にいささかの衰えもみせなかった。そればかりか、肌はすきとおるように清らかになり、半白の髪は次第に光を増して銀色に輝き、神品といえるものさえ加わった。ちょうど蝉が殻を脱ぐように、あるいは水が霧になるように、この行が、直の精神ばかりか、肉体まで微妙に変化させたのであろうか。 むろん、一家の働き手である直がこの状態では、一厘の収入もなかったろう。直の体は水をのんでも、草をしゃぶっても維持できるかも知れないが、育ち盛りの龍と澄がどうして食べていったかは、拠るべき資料がない。小さな畑でとれたさつまいもや南瓜や大根などのたくわえを、子供たちで工夫してどうにか飢えをしのいでいたろうと想像するほかない。
 出口家の向かいの安藤金助の家では、朝早くから仏壇に燈明をあげて、一家でお題目を唱えるのが仕きたりだ。しかしその声を圧する直の大声が、耳にさわってならない。ついお題目に身が入らず、黒砂糖好きの金助、苦い顔してつぶやく。「いくら気違いやからって、よう朝から晩まで、あんだけわめき続けられるもんじゃ。婆さんも婆さんじゃが、娘も娘、同じ屋根の下でよう寝とられるもんやでよう」「どれどれ、今朝は、何言うとってんやいな」 詮索好きの眼の見えぬ婆さんが、腰をかがめながら土間に出て表戸をあけると、直の声がとびこんでくる。「その題目、やかましいぞよ。どれほど大声で拝んでも、心が違うておれば、神がそっぽ向いておるぞよ。その方の拝んでいる神体はここにおる。やかまし言うて拝まいでも、この方は三言で何もかもかなえてやるぞよ。金助殿、お初殿、改心いたされよ」 金助はその小癪な声をかき消そうと、やっきに団扇太鼓をたたき鳴らすし、女房のお初は題目のあいまにぼやき出す。「お直はんはわしの家に恨みでもあるんじゃろうか。改心せい、改心せい言うてじゃさかい、ほんまに人聞きが悪うてかなわんわな」 直が大声で叫びながら綾部の町を彷徨しだすと、「新宮の政はんの後家が発狂したげな」という噂が広がった。 三女久の発狂、長女米の発狂、続いて直の異常―。「出口家は気違い筋じゃ。娘二人ばかりか、とうとう母親まで狂いよった」と町の人々は興味本位に囁き合った。すると「どうもありふれた気違いとは違うようじゃでよ。きっと狐か狸が憑いとるんじゃろう」という説をなす者があった。それはそれで一理あり、話としても面白いので、半分ぐらいはその説を支持した。 こうなると組中でも捨てておけず、組頭の四方源之助は、安藤金助、大島房を連れて出口家をおとずれた。 龍と澄は梅子の所へでも遊びに行っているのか、姿が見えない。 源之助は、神床に向かって祈念している直を背後から探るような眼つきで観察し、「お直はん、金助はんの言うてんことには、あんたは何も食っとってやないげな。それでは体がわややでよ。みんな人ごとながら心配しとるのや。なんぞ食べたいもんないかいな」「油揚げが食べたいんじゃろ。天麩羅ほしないか。隠さんでもわかっとるで」と房はその正体を見きわめようと眼をそばめる。 金助はご機嫌とりの笑顔をつくって、「なんじゃったら、赤飯(あずきめし)たいて来ちゃろか、うまいぞう。このさいやで、遠慮はいらん」 直は訪問者に向き直ると、恥ずかしげにうつむき、いつものおだやかな調子で言った。「わたしは狸や狐ではござりまへん。御心配はありがとうございますが、神床のお水と御洗米を眺めておると、なんやら腹がふくれますんじゃな」「へえ、見ただけで腹がふくれてんか。そらいかめい(うらやましい)こっちゃ。働かいでもよいさかい……」と房が大げさに驚いてみせた。 体の内部で何かが争っているように直は苦しげにおし黙っていたが、上半身がじょじょに反身になり膝が上下に振動すると、鳶のような鋭い眼で三人を見すえた。声も、語調も、がらっと変わる。「大島殿、家売って下されよ。四方殿、神の御用に使うから、家売って下されよ。金助殿、家持って立ちのいて下されよ。この本宮村は因縁ある土地、ここに神の宮を建てるぞよ」 三人はぎょっとしたように顔見合わせ、直の様子をさぐりながらひそひそ話し合った。「ふん、今日が日の飯も食えんで、家売ってくれいじゃと。しゃっちもない。これはまっこと気違いじゃわな」と房があきれれば、金助もがてんし、「油揚げや赤飯より家ほしがるのやさかい、やっぱし気違いかもしれんなあ」 源之助は思案顔で、「お直はんはしゃあないにしても、子たちがどくしょう(非常に)不憫なさかい、なんとかせなならんでよ」「ふんとに近所迷惑じゃ。何さまか知らんが、どてらい声でわめいてじゃさかい、夜もおちおち眠れんわな」と房がいまいましげにいった時、答えるように直が叫んだ。「この直の身上がわかるならば、この世の手柄者にいたしてやるぞよ。村の者よ、改心いたされよ。この村は人民の住まいいたす村ではないぞよ。神の住まいいたす村、宮屋敷であるぞよ。改心いたさねば足もとから鳥が立つぞよ」「こんな気違い相手に怒ってもらちあかん。まず帰って、みんなで相談しようかい」と源之助がもてあまして言った。 三人の出て行く背に、直の声が追う。「燈台もとは真っ暗がり、遠国から判りきて、あふん(呆然)といたすことがでけるぞよ。綾部の本宮村は人に憐みのない村であるぞよ。人が死のうが倒けようが、われさえよけりゃかまわぬ人民ばかりであるから、改心いたさぬと、世が治まりたら、この村は悪党鬼村と名をつけて、万劫末代悪の鏡といたすぞよ」
 神は、綾部を「昔から神が隠しておいたまことの地場である」と言い、特に本宮村は「宮屋敷として神定められており、人民の住まいする場所ではない」と叫んだ。そして、「村民が改心せねば、悪党鬼村と名づけて悪の鏡とする」と警告した。言われてみれば、この本宮村はたしかに異常な村であった。 本宮村が綾部の吹きだまり、貧乏村であることは、明治二十三年現在の綾部町困窮者を見れば、それがよくわかる。この年、綾部町会は町内を十一区に定め、本宮町と本宮村は第二区に所属したが、綾部町全体の困窮者四二戸一六三人に対し第二区の困窮者二五戸一〇一人で、実に綾部町全体の困窮者の六割が本宮町・本宮村に集結していたことになる。 だが、こういう貧乏村というだけなら、とりたてて云々するまでもない。特異なのは、実に不幸な人が多いことだ。三十戸足らずのこの村でまともな家は二、三軒に過ぎず、後は軒なみ不具者・自殺者・事故死・懲役などの悲運をせおっており、宮津の監獄では「綾部からここへ来る人は本宮の人ばかりだ」と不思議がっていたという。実に陰惨な村なのだ。 神は直の口から本宮村の人々に警告するだけではすまず、澄の肉体を使って、長年の間に村にこびりついたであろう罪けがれを浄めようとしたらしい。 毎晩夜中になると、直は「末子のお澄殿、御苦労ながら起きて下されよ」と澄を揺り起こす。なぜか起こすのは妹の澄だけで、姉の龍の方はそっと寝かしておいた。《末子のお澄殿》という呼称は、帰神の直の口から今後もしばしばとび出してくる。 眼をこすり、寒さにふるえる澄に、直は凛と声をはって容赦なく命じる。「この本宮村新宮は神の住まいいたす結構な村であるぞよ。それをすっくり穢してしもうた故、御苦労ながら、塩もちて撒いてきて下され」 時には、「どこそこの屋敷内に水を撒け」、「どこの松の根方に土を撒け」とこまかい指示をする。「昼間こんなことをすると、村の者がまた母さんを気違い扱いするさかい……」と直が出て行く澄に、やさしい母の声になって囁くこともあった。澄はわけがわからぬまま、素直に「はい」と答え、暗い雪道をさぐり歩いて、教えられた通りに塩や土や水などを撒いてくる。 寝入ったと思うと起こされるのが子供心につらくてならず、ある夜、澄は仮病を使った。「母さん、うち、頭が痛い。今夜だけ寝さしておくれいな」「よしよし。それなら、ちょっとここまで起きておいで」 澄は仕方なく半分居眠りしながら、直の前に坐った。直は澄のおでこを平手でいやというほど叩き、「さあ、これで治ったで、もうよいさかい、すぐ休みなされ」とじっと娘を見つめた。子の嘘を見すかし、憐んでいる母の眼だった。 こうして夜半に起こされるのが澄の習慣となったが、使いから帰ると、「よう御用がでけた」と母の嬉しげな言葉が聞けるのを楽しみに、真っ暗な、時には雪のふぶく淋しい夜道を走って行った。 また、直は、しばしば澄を前に坐らせ、その額を揉んで揉んで揉みほぐし、親指をあててウンと気合いをかけたり、口を額の中央につけてフウッと息を吹きかけたりした。澄が無邪気に理由を問うと、「尊い霊を送りこんでおるのじゃ」と神の声で答えた。 これらのことを思い合わせると、この頃から神は、すでに澄を世継として用意していたのであろうか。 こうした変則的な暮らしにもゆがめられず、澄が明るく育っていけたのは、物事をいつまでも悔やんでおれぬ楽天的な天性と、無意識のうちに母を信じ、母とともに神につながる芽を備えていたためであろう。「北西町へ行けい」 神命が下ると、直は時をかまわず大槻家へ向かった。 同じ時刻に、米が「また新宮から来る。そら、こちらに向かっとってじゃ」と騒ぎ出し、仏壇の前に坐って団扇太鼓を打ち鳴らし、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」とけたたましくお題目を唱え出す。かと思うと、きょときょと逃げ場を求め、炬燵の中にもぐりこんで、眼ばかり光らせて震えている。 間もなく外から、滅法な大声を上げて、直が入ってくる。「お米殿、改心いたされよ。その方の世はすんでしもうた。これからは世が変わるぞよ。この神を信仰せい」 米は跳び上がって後ずさり、仏壇にへばりついて必死に叫ぶ。「うるさいわい。艮の金神は、鬼門の悪神、祟り神じゃ」「改心せい、改心せい」 直はすっくと立ちはだかったまま、腹に響く声でつめ寄る。米は苦しげに身をよじり、戸障子をつき破り、仏具を投げ、押さえようとする清吉や若い衆に向かって荒れ狂う。 店先には町の衆が次々とつめかけ、この騒動をぞくぞくする興奮で眺める。野次馬にとって、気違い同士の母娘喧嘩はまたとない見物である。 見られる直は悲しかった。人に後指をさされるのを死ぬほど恥じる直である。大衆の面前で、怯えるわが娘を追いつめて何になろう。しかし理性でわかっていても、腹中の神の発動を止める力は直にはなかった。「これは神霊同士の激しい葛藤であり、神界でどうしてもなさねばならぬ型である」と後になって神から教えられるが、その意味をまだ理解できぬ直の額には、羞恥にたえかねる脂汗がにじみ出るのだった。 肝心の商売が開店休業のうえに、この有様である。大槻鹿蔵は、げっそりした顔でぐちるのだ。「やれやれ、お米を新宮の婆あに預けちゃるつもりが、婆あまでこの始末。うっかりしたら、母娘抱き合わせで、こっちがしょいこまされるわい。桑原々々……」
 二月二十三日(旧一月十五日)朝、鹿蔵からの知らせで、八木の福島夫婦が三つになった娘ふじを連れ、夜通しかけて見舞いに来た。表戸をあける前から母の叫びが道まで洩れていて、久の胸は不安で高鳴った。 台所で何やら煮ていた龍と澄が「あ、久姉さん……」とほっとした声を上げた。 直が奥から立って来て、びりびりと腹の底まで響く声で叫ぶ。「待ちかねたぞよ。この方は艮の金神であるぞ。神が表に現れて神国の世にいたすぞよ。心魂をみがいて改心いたされよ」 直の体が舞うようにひるがえり、気迫に満ちてトントンと音高く四股を踏み鳴らした。燃え立つような白銀の髪、きっと見開かれた金茶色に光る瞳――。 久は怯えてしがみつくふじを抱えたまま、へたへたと土間に坐りこんだ。 寅之助が上ずった声で、「艮の金神さんがかかっとるそうやぞ」と妻に耳うちする。 久は必死の表情で母に対した。「艮の金神さまにお願い申します。なんぼ鬼門の金神さまでも、そないどんどん荒げなさると、おとろしゅうて聞くどころやございまへん。それに人が気違いにしますさかい、どうぞもっとひっそりとして下され」 寅之助も土間にひざまずき、負けないように大声をはり上げた。「福島寅之助がしんにお願い申します。家内が産後のぼせでいろんなことを口走るのを聞いたんどすが、あなたさまのお言葉と照らし合わしたら、正銘の艮の金神さまに間違いござりまへん。わしが請け合います。けんどあまり荒いと誰も恐がって近寄りまへんさけ、もう少しやわらかに、なんぞお諭しいただけまへんやろか」「金神の申すことを聞き分けるならば、その方の言う通り、鎮まってとらすぞよ。そなたにはいずれご用いたさすぞよ」 そう叫ぶと、直の表情や態度からすっと峻厳さが消え去り、なごんだ母の姿にかえって、孫に手をさしのべた。ふじはおとなしく祖母の腕に抱かれる。 神霊の去った直は、疲れをみせてものうげに訴えた。「見ての通りじゃ。旧正月になって金神さまがかかりなされてから、何もかも変わってしもうて……神さまは、わたしの心にもないことばかり言わせなさるので、近所の人にも恥ずかしゅうてかなわんし、仕事にも行かれえせん。なんとかわめくまいとするのじゃが、神さまがどえらい力で口を割って言わせなさる」 久は思いあたって意気ごんだ。「わたしの時もそうでしたわな。気違いいうんは自分が何したか覚えとらんものじゃそうなが、わたしは、一つ一つ覚えてました。母さんかて、自分でしっかり見たり聞いたりしとるくせに、自分と別の力にひきずられとりなさるのじゃろ」 直はうなずいて、悩み深げに言った。「その別の力がなあ、わたしを動かす艮の金神さまいうのが、まこと正しい神さまかどうか、それを見判けて下さるお方がないじゃろうか」「母さんは真っ正直やもんで、もしかしたら憑き物にだまされとってんと違いますか。第一、あんなにわめいとっちゃったら、この先どうなります。龍や澄かてかわいそうですわな」 娘の言葉でうなだれた直に、寅之助が深刻な顔を向けた。「まことの艮の金神さんならよっぽど質の悪い憑き物やで、一筋縄では退散せんのう」「なんとかならんじゃろうか」「……そうや、お久かて金光教のお取次ぎで治ったんやさけ、義母さんもいっぺん祈祷してもらいなされな」「それでも、金光さんの広前(取次ぎの場)は綾部にはないでなあ」 久が身を乗り出してすすめた。「気分のよい時に亀岡まで出かけやしたらよいのに……母さんが知ってなはる大橋さんは、それは偉い先生ですで」 福島夫婦が熱烈な金光教信者になったのは、久の発狂を金光教布教師大橋亀吉の取次ぎで治してもらって以来である。当時、久は死ぬつもりで冷たい川水につかったため、乳の出が止まって途方にくれ、貰い乳に歩かねばならなかった。その上、川で見た男神の予言通り、久が正気に戻ると入れかわりに寅之助が発病し、ちょうど百日間病床に呻吟した。 この二つの不幸が重なって、せっかく夫婦で爪に火をともすようにして貯えた金もつかいはたし、一時は窮乏のどん底に沈んだ。だがこの困窮がかえって福島夫婦を熱狂的に金光教に傾斜させて行ったのだ。 夫婦はこもごも金光教のおかげ話を語り、直も相槌を打ちながら熱心に聞いていた。そういう様子はふだんの直と少しも変わらなかった。やがて久は寅之助とこそこそ相談した後、十銭を懐から取りわけ、母にさし出した。「母さん、少しやけどお見舞いにどうぞ。もっとあげたいんやが、なんせせち辛い世の中やし、わたしらも難儀している最中やさかい、これがせい一杯ですのや」 再び貯蓄に営々といそしんでいた時なので、久は十銭の金でも手離すのは、心が残ってならなかったのだ。直はそっと押し戻そうとして、ふいに腹中が重くなり、力がみなぎってきて、神が戻ったのを感じた。 神はやにわに直の手にある十銭をはじきとばした。顔色かえた福島夫婦に、直は男の声になって言った。「見苦しいぞよ、久殿。その金、持って帰ね。持って帰んで、孫に饅頭でも買うてやれい。金銀では世は治まらぬぞよ」 そしてすっと立ち上がり、久を見返って言った。「わたしも何か土産をやろう。せっかく綾部まで来てくれたのじゃ。ちょっと待って下されよ」 直は裏口へ出て行ったが、間もなく蒲鉾板に黒土をこんもり乗せて持って来た。「さ、これがわたしの土産じゃ、大事に持って帰ねい」「母さん、こんな土みたいなものを……」と久は呆れた。「土みたいなものじゃと?……これは尊いお土じゃ。久殿、心得違いしてはならぬぞよ。お土があるから、こうして皆がその日を暮らせる。人民は、昔の剣より今の菜刀で金さえあれば何もいらぬと申して欲ばかりに迷うて、田畑をもとめ、家倉を立派に建て、わが物と思うてござる。金銀をあまり大切にいたすと世はいつまでも治まらんから、艮の金神のあっぱれ守護になりたら、大地から収穫りたその国々の物で生活るようにいたして天地へお目にかける経綸がしてあるぞよ。金銀は世の滅びの基、お土は世の栄えの基――これが世界の人民にわかりて来たら、この世はみろくの世になるぞよ。この心をよく腹におさめて、土産に持って帰ねい」「母たん、みりょくの世?……」 ふじがたどたどしい言葉で久に問うと、直はやさしい笑顔を向けた。「おふじは良い子じゃ、子供は天地のままじゃから、神に好かれる。みろくの世になれば、世界の人民がこの子のように初の心になり、勇んで暮らすようになる。よい物を見せてやろう。ついて参れ」 直は彼らを連れて裏庭に出た。井戸の傍に万年青と葉蘭が植えてあった。「ここが坪の内で、昔の神屋敷であるぞよ。神屋敷がすっくり元へ戻って、ここへ大地の金神の宮を建てるぞよ。ここが世界の大本となる尊い地場、世界の大本であるから、その実証に万年青を植えたぞよ」 まるで語呂あわせじゃと寅之助と久は顔を見合わせた。それにかまわず、直は次に葉蘭をさして続ける。「世界のばらける(ばらばらになる)型には、葉蘭(波乱)が植えてあるぞよ」 直自身はその意味も知らず、大本のしるしに万年青を植えたと叫ぶ。 この万年青は元禄八(一六九五)年以来いろいろ栽培され、天保年間の「泰平年表」にも一茎二百金の高値がつけられている。明治十五年には、珍種は巨額の金で取り引きされ、米一石六、七円の時代に一株何千円で取り引きされる珍種が出たりして投機の対象となり、そのために破産する者さえあった。みかねた京都府では、告諭まで出して自粛を求め、ために一時暴落したこともあった。(『風雪京都史』) もちろん、明治二十五年の時点においては万年青は下火になっていたし、直の植えたものはそのような高価なものでなく、へんてつもない万年青であったろう。 それはさておき、福島夫婦は深く吐息をついて、直と別れた。
 ついでに大槻家に米を見舞って帰途についた福島夫婦は、三の宮辺りで、向こうから来る王子村の姉、栗山琴に気づき、声をかけた。「姉さんどこへ行ってんどす」「母さんが病気じゃげなで、見舞いに王子を早発ちしたんや」「わたしらは、綾部の帰りじゃが……」と久は寅之助とうなずき合い、「さっぱりしょうのない、まる気違いになっとってやで、母さんいうたら。それにお米姉さんがまた輪をかけた荒れようで……」と持ち前の早口で、母や米姉の様子をこと細かに伝えた。 琴は額にたて皺をきざんで思案していたが、「そんなけったくその悪い説教なんかされに、わざわざ綾部まで行くのも考えもんやなあ。それに土産に土なんかもろうたところで……それであんた、その土、どうしちゃったん?……」「まだ持っとるで」 久は懐から紙にくるんだ土を出してみせた。 琴は笑って、「ばか正直やなあ。そんなもの、どうするんじゃいな」「重うて邪魔でかなわんのや」「そんなもの、ほかしちまいな。それではミミズも飼われへん」「そうやなあ。持って帰んでも、しゃあないなあ」 久はそばの麦畑にポンと捨てた。琴はそれで踏ん切りをつけたように、「わしも綾部行きは止めじゃ。ここから帰ぬことにしょうかいな」 琴を中にして、彼らは綾部に背を向けて歩き出した。ふじは寅之助の背で眠っていた。彼らの話題は、じきに母を離れて、自分たちのみみっちい所帯のあれこれに移っていた。 その頃、直は神前でひそやかに瞑目していた。「おう、琴が来る。ほれ、王子の琴が、三の宮の石垣のそばで、久と出会うて話をきいとる」 澄は母の膝にもたれて、不思議そうに言った。「ふうん、なんでそんなことわかるのや」 だが直はそれに答えず、じっと宙を見つめていたが、やがてアッと叫んで身もだえた。「ああ、お土を捨てたでよ。お久が神さまからいただいた尊いお土を……」「母さん、母さん……」と澄が呼ぶと、直はがっくりと肩を落とした。「ああ、お琴は引き返して、一緒に帰んでしもうた」 実の娘にさえ見捨てられた悲しみは深く、直は力なくかたわらの石臼に面を伏せた。澄はまじまじと母を見て、「母さん、いましゃべっちゃったんは、おなかの中の神さまなの」 直はびっくりして顔を上げ、「いやいや、ちゃんと母さんが言うとるのやで」「そんならなんで三の宮まで見えてんやろ。なあ、母さん……」 直も首をかしげて、目をしばたたいた。「あれ、ほんまじゃなあ。別に見ようとも思わんのに、ぱっと眼の前にうつってくる。それにすぐ近くのように声も聞こえるし、人の心まで見えすける。姉さんたちはなあ、やっぱりわたしを、まる気違いじゃと言うとったでよ」「人の見えんものが見えたり聞こえたり、人のわからん心もわかる……おなかの中には、母さんでない神さんがおってじゃし……それを気違いいうんじゃろうか」 澄の黒い瞳は考える目つきであった。「かなわんじゃろうな。こらえとくれよ」と直はつらそうに言った。「気違いでも、母さんはわしの母さんや。いつまでも母さんのそば、離れへんで」 久しぶりで母の心に立ち返っている直の胸に、澄はぐいぐい頭を押しつけた。
表題:疑惑 4巻6章疑惑



 明治二十五年二月十八日――帰神の始まった日より半月が過ぎていた。 何やら騒がしい気配に直が聞き耳たてた時、勢いよく表戸がひらかれて、上気した金助の顔がのぞいた。続いて金助の女房お初・大島房、その他近所の物見高い人たち数人ががやがや喋りながら入ってきた。「もし祈祷でお直はんのしこぶつ(がんこ)な憑き物がのいたら、ほんまに奇蹟やでえ」「そうや、前代未聞のこっちゃな」 彼らは言い合ったが、内心ではほとんどその奇蹟の実現を疑ってはいなかった。とりわけ安藤金助は法華経の力で直の肉体から妖怪変化がとび出して雲を霞と退散する光景を瞼に浮べ、おのれの信心の一段と深まる期待にぞくぞくするのだった。実際、彼らにそう信じさせるほど、坊主は貫禄があり、自信に満ちあふれていた。「さあ、お直はん、偉い坊さまをお連れしたでよ、それ、御祈祷してもらうのじゃ」 金助は待ち切れぬように言う。だが誰よりも奇蹟の実現を願ったのは、直自身であった。 神命による十三日間の断食が終っても、直の帰神は鎮まらなかった。箸を持てば直の手は口まで動くようにはなったが、収入の絶たれた今、箸にはさむべき肝心の食物の方がなかった。なろうことなら艮の金神にお引き取り願って、生計のための屑買いの仕事に出たかった。否、どうでも正気に返って働かねば、二人の子を食わせて行くあてさえなく、一家は餓え死ぬより道はないのっぴきならぬ所まで来ていた。 直は進み出て、坊主の前に平伏した。 坊主は敬虔な直の態度におうようにうなずき、「法華に心底から帰依せいよ。どんな悪霊も魑魅魍魎のたぐいも立ち所に逃げ出すわい。すぐ楽になるでよ」と諭し、数珠を取り上げて祈祷し出した。 初めは低く呟くように、次第に高くおどすようにお経が熱してくる。直の体は揺れ出し、顔面が紅潮してきて、たんたんと膝が音をたてて鳴った。「さあ、奇蹟は今じゃ」 見物の衆は生唾をのみ、握りこぶしに力をこめ、眼球がとび出るほど眼をみはる。 だが、奇蹟の風は、へんなふうに吹いた。直の体がすっくと立ち上がるなり、すごい力で坊主の巨体を突き転がしたのだ。毛ずねをむき出して這って逃げる坊主の襟首をつかみ、足で踏まえて、金襴の袈裟をキィーッと引きちぎった。とたんに、びりびりと障子の震える大音声が、直の下腹からふき上がった。「こうるさい坊主じゃわい。その方の念力ごときでこの金神は鎮まらぬぞよ。もちっと修行して参れい」 坊主が先か、近所の衆が先か、とにかく我勝ちに一団となって表にとび出した。しかしそのまま逃げ帰るのも恰好がつかぬのか、坊主は金助の家に避難して、そこから犬の遠吠え式に遠隔祈祷をやり直した。 彼らの退散と同時に直は平常に復したが、期待を裏切られた落胆は大きかった。力なく、彼らのあけはなした戸を閉めに土間へ降りた時、龍と澄が遊びから帰ってきた。「母さん、よい物とって来たで」と寒風に頬を赤くし、息をはずませる龍。「ほれ、母さん、よいかおりやで」 澄が篭から蕗の薹を一つつまみ出して、母に渡した。「芹はまだじゃが、雪のとけかけた黒い畦から野蒜が頭出しとったさかい、根元からやっと掘ってきたんや」 明るい娘たちの喜びの声とまだ固く小さな蕗の薹の高い香気が、放心した直をよみがえらせていた。「嬉しや、春がきとる。お土のかおりじゃ。初物やさかい、まず神さまにお供えしましょう」 遠隔祈祷の声はやけくそのようにまだ続いていたが、直の心は大地の贈物になごんで、もう気にはならなかった。
 直は自分の非力を悲しみつつ、源之助のすすめるままに、龍を四方家に子守り奉公に出した。ただありがたいことには、四方家は坂の上の桑畑一枚へだてた斜め裏手で、家から呼べば声の届くほどの近さである。家に置くのと変わりなかった。 四方・出口両家は、親方子方という関係以上に深い因縁でつながっていた。老年に近い出産で直の乳の出がわるいために、澄が源之助の妻、三津恵の乳で育てられたことは前にも述べた。昨年(明治二十四年)十一月、三津恵が産気づいた折、かかりつけの取り上げ婆さんが不在のため、駆けつけた直がかわりに赤子を取り上げている。その時生まれた長男源太郎のへその緒は、直も立ち合いの上、その頃の習慣に従って家門の下に埋められた。直が帰神状態になったのはそれから幾月もたたない。そして今、龍が、母の取り上げた源太郎の子守りをすることになるのである。 四方邸は、高い石垣の上に土塀をめぐらし、門内には広い庭園と本家(八畳六間・機屋・牛舎・物置)、離れ家(六畳二間、作業場)ほかに土蔵二戸に味噌蔵があり、屋敷の西北隅に大榎がそびえていた。この広い屋敷内で、龍は源太郎を背に負い、こまめに動き、骨惜しみせぬ仕事ぶりとやさしく素直な性格で四方家の人々に可愛がられた。 ある日、龍は古びた黒っぽい蒲団地を探し出し、何やらあやしい手つきで縫っていたが、やがて蕎麦殻を詰めはじめた。 源之助の長女文がいぶかしげにたずねた。「お龍、それ何やいな」「よいもんじゃでえ」と龍が楽しげに答える。 できあがった物は奇妙な細長い棒状であった。「そうや、源太郎のおもちゃの刀じゃろう」と文がそれを振り廻すと、龍がすまして言った。「お文さんの枕じゃ。あんた、寝ちゃったら枕はずしてどもならんさかい、それで考えたんやな。この枕なら、蒲団のこっちからあっちまでせいだい転げてもよいでなあ」 またある日、文は机に向かっての勉強にあきて、つい外に気をとられ勝ちになる。縁先の日向では、源太郎を背にした龍が莚をひろげて、莢に入った小豆をパタパタと打っていた。「ほうらほら、お文さん、よそ見せんと勉強に身をいれなあかんで」と龍がたしなめる。 文はあわてて筆をとり上げるが、いつかまた羨ましそうに龍のしぐさを眺める。思わず声になる。「龍は勉強せんでも叱られんさかい、よいなあ」 龍は眼を見はって、まじまじと文を見上げた。かと思うと、急におどけて踊り出し、節をつけてこう唄った。「お文さん、べんきょに身いれな。わーしはまーめを実にせな」 学齢に達して、友だちが学校に通うのを、家の紅殻格子の内から、涙ぐんで食い入るように見つめていた龍である。勉強とは、貧しく育った龍の手には届かぬ、高価なすばらしいものであった。それを……。 だがそんな龍の気持ちを察するには、文はまだ小さく、何不自由なくおいたつ子である。ただおかしがって、転げ廻って笑った。 とまれ、龍の子守り奉公は平穏に過ぎそうである。
 龍が欠けて、直と澄の二人だけの日々が数日続いた。母が正気の時は、澄は母に寄りそうようにして、一刻も離れなかった。別れが近いことを本能的にかぎつけていたのだろう。暮らしがどうなりようもなかったのだ。 ある夜、一回目の水行から戻ってきた直は、まだ寝ずにいる澄を前に切り出さねばならなかった。「お澄や、お前に苦労ばかりかけてかわいそうなけど、いっとき八木の姉さんのとこへ子守りに行っておくれいな。母さんには神さまの大事な御用があるでなあ。けれど神さまは、お澄は末で世界の宝に埋もれて暮らさすと言いなさる。これは、それまでにはどうしてもせねばならん行やで、辛抱して行っておくれよ」 澄はうなずきながら、濡れた母の髪が行燈の灯にきらきら光るのを眺めていた。恐れていた日がついに来た。だがいざとなると、自分の行く先よりも、一人になる母の身が気づかわれてならなかった。それを口には出せず、うつむいてしまった。 別れの前夜、どう工面したのか、直は小豆飯を炊き、干物を焼いて膳にのせ、淋しく笑った。「これでも尾頭つきやでな」 翌日の未明に、田町に住む上下さんの豊助が迎えに来た。京行きの常便(飛脚)を、そのころ上下さんと呼んだ。 六十近い豊助は、背が低く、顔も体も丸まっちい感じの爺さんで、振り分け荷物を肩に「嬢や、八木までおっさんが送っちゃるさかい、心配いらんでよ」とやさしく澄をのぞき見た。 母から四つ身の着物の尻からげしてもらう。着物の裾からあらわれた紅もじの湯巻きが眼にしみた。芝居の阿波の巡礼お鶴のように、杖をにぎり、片手を豊助にひいてもらって、澄は家を出た。 直は追って出て、「豊助さん、小さな子を御面倒ですけど、よろしゅう頼みます。お澄や、つらいじゃろうが行やでな」 今朝は母の神さまが親子の邪魔をせず、ひっそり鎮まっておられるので、澄は嬉しかった。 母とは、町はずれで別れた。だいぶ歩いてふり返ると、母が袂を眼にあてているのが、小さく見えた。「母さん……」 澄が豊助の手を離して駆け戻ろうとしたが、母はそれに気づいたのか、背のびして手を幾度も振ってみせた。澄も大仰に跳び上がって、自分はこんなに元気だというように手をぐるぐる廻した。 綾部街道をくねくね曲がりながら、南に向かった。露に濡れた朽葉の厚くつもる峠道は歩きにくかった。紅木綿のあとがけをしてもらった新しい藁草履も、じくじく沈んで重たくなった。山にはまだ残雪があったし、風が吹く度に、樹々の梢から冷たい雫がこぼれてくる。澄は立ち止まって、見えるはずのない母の姿を求めるように、春霞に沈んだ麓の方を見返る。 質山峠の登り口、妙見さんの滝のあたりにさしかかると、風に乗って何やら女のわめき声が聞こえてきた。その声に聞き覚えがあった。 澄は思わず小道を走り、声をたよりに妙見堂の裏に廻った。 裏山の水を集めた小さな滝が音たてて流れ落ちている。やはり姉の米であった。大槻米が白の肌襦袢一枚で、水にうたれて叫んでいた。「三十七歳の辰年の女、なにとぞ病気全快なさしめ給え。南無妙法蓮華経……」 滝といっても水量は少なかったが、高い崖から落下する激流は笞うつように冷たく、肌に痛いに違いない。一心不乱に願かけする米の姿は悲愴とか厳粛とかいうよりは、いっそみじめで愚かしかった。 二十七と親子ほども年が離れ、生家で共に暮らしたこともない姉である。ふだんは懐しいとも好きだとも思えぬ姉であるのに、やはり肉親の血が騒ぐのか、澄は滝しぶきの中に揺れている姉の冷えきった体を抱きしめ、暖めてやりたい衝動に我を忘れそうになった。「お澄さん……お澄さんよう……」 豊助のおろおろ声が追って来て、後から澄の肩をつかんだ。「姉さん、姉さん――」 澄が小さな肩をふるわせて叫んだ。だが滝の音がその声をかき消し、米の引き攣った蒼白な顔は、中空に向けて貼りついたまま、妹の方を見ようともしない。 豊助はしゃがんで強引に澄を自分の方に向けさせて、「お澄さん、まあ、聞けや。世の中には、どのいもならんことがやっとある。この年寄りが未だに飛脚しとるのも、そうせなどうにもならんさかいやで。それでも辛抱したさかい、あきらめることも上手うなって、この年まで生きられたんやでよ」「……」「お澄はんもなあ、腹の中に大きな我慢袋を作って、この先どんなことがあっても、『あきらめよ、あきらめよ』って念仏みたいに唱えながら、その袋に放りこんでみな。たいていのことはあきらめられるやろ。さ、あきらめて行こやないか」 上下の豊助に強い力でひっぱられ、急斜面の山坂道をよじ登りながら、ぎりりと口を結び肩いからせて、澄は心の中でくり返していた。 ――あきらめへん、あきらめるの大きらいや。うち、あきらめへんで。 峠のてっぺんで、豊助は石に腰の手拭いを敷いて坐り、煙管を出して一服した。澄は豊助に背を向けて立ち、母と姉の姿を網膜からはねのけようと、眼をこすった。これから先は澄の知らない土地である。もう二度と後をふり返るまいと心に決めた。 檜山で日が暮れ、旅篭に宿をとった。街道に面して奥に長い二階屋で、薄暗くひんやりした廊下がどこまでも続いていた。 夕食に、豊助は一本の地酒をなめるようにして飲んだ。澄は白い飯の入ったお櫃の前で、唾をのんだ。母やお龍姉にも食べさしたいと思った。何品かあるお菜も白い飯も胸につかえ、あまりのどを通らなかった。 旅篭に寝るのは初めてである。夜半にふと目ざめると、十二畳の広い部屋に、ジージーと地虫の鳴くような音をさせて、行燈の灯が暗くまたたいていた。油のとぼしくなったせいであろう。 澄はとっさにどこに寝ているやら思い出せず、「母さん、おってない。母さん、おってない……」と心細さにすすり泣いた。「嬢や、ここにおるでよう、嬢や、おっちゃんがおるでよう――」 間のびしたその声にハッと気がつき、澄はあわてて蒲団をかぶった。どんなつらい時にも泣いたことのない澄である。寝とぼけて不覚にも人に涙を見せたことがたまらなく恥ずかしかったのだ。 十余里の山坂を越えて八木に着いたのは、翌日の昼前であった。八木では、久の初子ふじの子守り仕事が、澄を待っていた。
 澄が発って数日後のことである。大槻鹿蔵が米を連れて、直を訪れた。「坂の銀十がなあ、使いの者をよこして、『山家の本経寺に数珠占いの憑き物封じで有名な坊さんがおってやさかい、義母さんとお米に祈祷してもろちゃったら……』と親切に言うてくれてんじゃな。わしはあいにくと用事で山家まで出向けんが、二人で行ってきたらと思うてな」「おおきに行かしてもらいます」 直は嬉しげに承知した。この前の坊さんの祈祷はさんざんの失敗であったが、山家の本経寺なら御霊験は疑いあるまい。 ――わたしが治らいでも、米だけでも正気を取り戻してくれれば……。 その米が今日はおとなしく鹿蔵の後にひかえていた。 直は二人を待たせて、手早く身支度を整えた。一人暮らしの滅入りこむような淋しさを除けば、どこへ出るにも気ままで身軽かった。 鹿蔵はこざっぱり着替えさせた妻の着つけを直し、髪の乱れをごつい指先で直してやってから、「さ、鼻を拭くのやで」と言い、自分の手拭いでチンと鼻までかませてやった。まるで年端もゆかぬ子を旅立たせる母親そのままの気づかいように、直は眼を見はった。 狂気の始まった頃は娘を引きとれと直に迫った鹿蔵であったが、十八も年下の米への憐憫が、いつの間にか情愛を深めていたのであろうか。無法者の鹿蔵が狂った妻に見せる暖かいしぐさに、直は涙ぐみ、手を合わせて拝みたい思いであった。 わけもなく母を恐れて傍へ寄せぬ米が、今日は少しは正気なのか、しおらしく肩を並べて、早春の道をついて来た。人から見れば気違い母娘の道行きはさぞおかしかろうと、直は悲しかった。 山家に着いて坂の銀十の家に寄り、銀十夫婦とその養子を加えた一行五人で本経寺の大門をくぐった。 直は、米と共に祈祷の座につき、ていねいに手をついて坊主に頼んだ。「お願いでございます。わたしを拝んでもらうと、なかなか偉い神さまが荒立ちなされて、自分ではどうしようもございません。どうぞわたしの手を強うくくって、拝んでおくれなされ」「よしよし、心配せいでも、これは霊験あらたかな水晶の数珠じゃで、これで撫でたら、どんな荒神さんがあらわれてもたちまち金縛りじゃ。心安うそのままでお坐り――」 坊主は直の危惧にとり合わず、普門品(法華経第二十五品、観音経ともいう)を声高に誦しつつにじり寄って、片手の数珠を直の面前でゆらりと一振りし、額に触れる――とみるや、稲妻のように白い光が直の額からほとばしった。カッと数珠がなって、一瞬にして断ち切られた水晶の珠が霰のようにとび散る。 立ちはだかった直は、坊主の横っ面を三つ四つ激しく打ち叩くや、「こら坊主、修行のし直しをいたせい」と一喝し、ゆうゆうと引き揚げる。 米は怯えて、銀十にしがみついた。一行は腰が抜けて動けぬ坊主の前にぺこぺこ頭を下げ、あわてて直の後を追うのだった。
 直の体に触れると数珠が切れるという例は、帰神以前にもあった。 明治二十三年頃、直は屑買いの途中、山家西原の西村家に立ち寄った。主人の藤治郎は信心深い男で、いつも大和の行者参りの先達を勤めていた。彼は直をつかまえて信仰談をはじめたが、興にのって、先達の時にきまって用いる家宝の数珠を持ち出してきた。すすめられるままに直がそれに手を触れたか否か、数珠ははじけるように四散して、千々にちぎれた紐が残ったばかりである。直は驚き恐縮して無礼を深く謝したが、主人や座談に加わっていた数人の人たちはなぜそうなったか訳がわからず、呆れて言葉もなかった。 一方、米の回復ははかどらず、荒れ狂う日も多い。鹿蔵は裏の部屋に座敷牢を作って妻を閉じこめ、清吉に世話をさせていた。
 直はまた、近所の人のすすめるままに、由良川の踏み板を並べたほどの仮橋を渡り、対岸の吉美村の北端にある、小呂の鑑定師を訪れている。鑑定師は算盤占いの達人で、憑き物の正体を見極め、それを封じこめることで有名であった。 白衣を着、度の強い眼鏡をかけた中年の鑑定師は、黒檀の机の前に直を坐らせて、まずは長煙管で煙草を一服吸いつける。広い額と高い顴骨、痩せたあごには山羊ひげがたれ、眼鏡の奥の瞳はちかちか光って、悩める者を観察し、その悩みごとに即答を与え慣れている者特有の優越感がみなぎっていた。 鑑定師は煙管をしまうと、身構えるように居ずまいを正し、机上にある小さな算盤をとった。直の姓名・職業・生年月日・家族の姓名などの型通りの質問をし、細長い指先でややしばらくコチコチと珠をはじいていたが、やがて額のあたりが白くなり、俗に長命眉という長い眉根が寄ってきて、緊張にこわばった眼が直の顔をじっとみつめた。「あんた、こらドえらいこっちゃ。また滅法界な神さまが憑いてござる。狸や狐などという、そんなちょろこいものじゃないでえ」「やっぱりなあ。それでは、どうしたらよいのでございますやろ」「とにかくおろそかに扱うたら、こっちの命が危ないわい。と言ってお宮を建てるいうても、こんなド偉い神さまなら生半可なお宮じゃいかず、天朝さまのお力でも借りんことには及ばぬがな。あんた、このいも激しい神さまに使われてわめき廻っとったら、しまいに本気違いにされてしまうでよう」「お願いでございます。養わねばならぬ小さな子供たちを奉公に出し、仕事にも出られいで困っておりますで、なんとかわたしから離れて下さるよう、封じておくれなされ」「ふーむ、……まあ、やってみようかい」 鑑定師は、一枚の和紙に《鬼》の字を幾つか集めたような図を描き、その下にさらさらと和歌を書いて折り畳んだ。次に机の引き出しから小さな白木の箱をとり出してその紙を納め、しきりに呪文を唱え、蓋をして念入りに目張りまでする。憑き物封じには慣れているとみえ、その手順に少しの渋滞もなかった。 医者が難病の患者に診断を下すように、鑑定師は慎重に言った。「さあ、この箱を持っていんで、神棚へ上げておきなされ、わしが封じこんだら、およそどんな憑き物じゃろうとよう出てこんはずじゃが、あんたのは格別じゃさかい、しかとは請け合えんで。また四、五日様子をみるこっちゃな」 直は厚く礼をのべて、鑑定師の家を辞した。 家に帰り、さっそく神棚に憑き物封じの白木の箱を置こうとしたが、ふいに手が痙攣して木箱をはねとばしてしまった。畳に叩きつけられた木箱はまっ二つに割れ、中からとび出した憑き物封じの本体は無力な一枚の紙片に化していた。唖然として紙片をとり上げた直の腹がたちまちぐぐっと重くなり、熱いかたまりがこみ上げふき出る。「……やれやれ、直よ、御苦労じゃったのう。山羊ひげは確かになかなかの鑑定師なれど、封じたぐらいでこたえるこの方ではないぞよ。気の毒ながら、この方を押しこめんとした山羊ひげは、わずらわねばならぬぞよ……」「めっそうもない、艮の金神さまを封じるように頼んだのはわたしでござりますから、罰をあてなさるなら、このわたしを罰して下され。鑑定師さんに何の罪がござりますかい」 むきになって抗議する直に、神は笑って答えた。「……直に罰をあてたら、この神の経綸が成就いたさんぞよ」「なんて勝手な。神さまが自分の都合で人を罰しなさるなど……」と直は憤りを覚えた。重ねて鑑定師の許しを乞うたが、神の返答は得られなかった。 鑑定師の身にどうぞ間違いがないようにと朝夕念じつつ、荒立つ神に悩まされて七日ばかり過ぎた。 暁に水行を終えたこの朝、神の発動のないのを幸いに、直は気にかかるあまり、小呂まで様子を見に出かけた。一里ばかりの道のりを朝露を踏みしめて急ぎ鑑定師の家の前に来ると、門には《忌》と一文字書いた黒枠の紙が貼られていた。文字の読めない直だが、それが何を意味するかは経験が知っている。はっと胸が高鳴って、不安に動転しながらまわりを見ると、ちょうど向かいの家から出て来て、箒で道をはきはじめた女がいた。「あのう……ここのお人は……」と直が口ごもると、女は寄ってきて、「ここのお知り合いの方かいな」「はい、ちょっと……」「お気の毒なが、昨夜死んじゃったんですわな」「え、あの……鑑定師はんが……」「そうですわな」 女が気さくに語ってくれた。それによると――。 一週間前といえば、直が憑き物封じを頼んで帰った晩であったが、ひどいうなり声がするので女がのぞいて見た。一人暮らしの鑑定師がきりきり舞いの腹痛をおこし、転げ廻っている。女はすぐ医者に走り、近所の者も交替で詰めかけて看病したが、一週間も苦しみ通して昨夜の十時頃ついに他界した。身寄りのない人だから、組内の者が集まって今日とにかく葬式を出すところであると。「まあ、そうでしたかい」と言ったなり、直はさしうつむいて悲憤の涙をこらえた。家の中に入って、すぐに棺に納まった遺骸に伏して詫びを言い、冥福を祈ると、神への疑惑で激しく波立つ胸を押え、本宮へ帰った。「やっぱり鬼門の金神さまは恐ろしいお方じゃ、祟り神さまじゃ。わたしが憑き物封じを頼んだばかりに、罪もない鑑定師さんに罰をあてて殺しなさるとは……これ、金神さま、あんまりじゃございませんかい」 神前に坐ってふるえる唇をかみしめ、直は怒りに身もだえ、自分の内側に立ち向かった。 響くように答えが返ってきた。「……直よ、この方は、小さなあやまちをした肉体に一々罰をあてる小さな神ではないぞよ。鑑定師は、太古この方を艮へ押しこめた霊魂であるぞよ。皮相は今日でも変わるが霊魂の性来はなかなか変わらぬぞよ。いまこの方が、天のご三体のご命令をいただいて再び世に出ようとする時、もう一度封じこめようとするのも、やはり霊魂の因縁であるぞよ。鑑定師がわずろうて死ぬのも太古からの宿縁であるから、何もなしにすますことは天地からお許しがないのであるぞよ」 かたくなに心を閉ざそうとした直の頭が次第にたれ、いつかまた素直な気持ちになって、神の言葉をかみしめていた。
 もう直は、迂濶に神を試したり、封じたりなどできなかった。退いてもらうことができぬなら、とる道は一つ。この神と身も心も一体となって、神の意志のままに仕えることであった。 ――神の意志がどんな大望であっても、それが自分の宿業であるなら神と運命を共にしよう。残りの人生を捧げよう。 よんどころなく出たいわば諦めの結果であるのに、そう決めると心がさわやかになった。古いたまり水の一方が破れて流れ出し、代わって清流がそそぎこんできたような、思いがけない澄んだ喜びがわき上がってきた。 ――この神さまを世にお出ししたい。 じっとしてはおれぬ思いにかりたてられて、直は生まれ故郷の福知山へ向かった。四月四日のことである。梅にはおそく、桜はまだ咲ききらぬが肌にふれる風のあたりもしなやかだし、歩く道々、忘れていたいろいろの花のあるかなしかの香にふとめぐり合って、直は久し振りで人生を取り戻したように、足取りも軽かった。 途中、石原の弁天さまへ立ち寄り手を合わせたところ、弁財天がかかられて、「直や、そなたはなしたほど零落れておりたのじゃ」と啼泣されたという。心は晴れやかでも、身形は見るかげもなくみじめであったからだろう。 福知山に着くと、桐村家の氏神である堀の一宮神社にぬかずいた。たちまち森閑とした拝殿の奥がきらめき渡り、祭神の声が響いて、直の耳を打った。「この神はあらたかな神じゃと思うていたのに、こんな氏子があると知らず綾部へやりたのはまことに残念じゃ」 一宮神社は祭主大国主命、福知山城の守護神として歴代城主の信仰が厚かった。幼い直がよく見上げ、樹肌を撫でた大檜が、本殿の裏に変らず天を摩していた。 ――この境内で林助はんと思いがけず出会うて、三軒茶屋で汁粉を御馳走になって、それから……。 林助から求婚された遠い昔の思い出が、いっとき直をとらえた。 懐しい氏神さまの境内を去り、その足で、直は初めて福知山金光教会の布教師青木松之助を訪問した。 通称土堤の町(上柳町)に家屋を借り、四畳半一室を広前(教場)とした教会は、前面に由良川の清流をのぞんでいる。その手前土堤下の通り上柳・呉服の町には、当時、   福知千軒流りょと焼きょと       一町残れよ土堤の町と福知山音頭にうたわれるほど、町の男衆に愛された遊廓街があった。だが昼間は白粉やけした女や遣り手婆の顔がのぞくばかりで、さすがに人通りは少なかった。 直は広前に坐って初対面の青木松之助に帰神の一部始終を語り、その理解を求めた。青木は取次ぎをおこなったが、金光大神を絶対と信じる金光教の布教師には直の神が見判けられぬ。「狸でも憑いておるのじゃろう」と無造作に直の頬を三つ叩いたという。がこの時、艮の金神の発動はなかった。青木松之助とはこの日が機縁で、その後も深く直とのつながりが続くのである。 金光教の取次ぎに失望しながら、その帰り、直は生家の桐村家に立ち寄り、今後のことを相談した。清兵衛は心から妹の身を案じたが、兄嫁てつは直を狂人と視て、その扱いは冷たかった。 あれほど希望を抱いて足を向けた福知山であったが、艮の金神を認めてくれる人はなかった。挫けそうになる心をはげまし、前途の苦難を覚悟しつつ、直は星空の下を綾部へと帰った。
 七十五日の水行を一夜もかかさず勤め上げ、直は神の許しを得て仕事に出るようになった。買い集めた紙屑や反古はきちんとまとめて大槻家の裏の清吉の紙漉き場に運び、そこから新しく漉き直された紙を持って、屑物と代えて歩く。 仕事に出る時は神前に頭を垂れて、「今日はどちらへ参りましょうか」と問えば、どこそこへ行けいと神の指示があった。 二人の子を奉公に出し、自分の一人口を養えばよいせいもあってか、その商いぶりは昔の直とはうって変わって、いたってゆったりしたものであった。戸ごとに神床をのぞいて廻り、「いよいよ艮の金神さまが表へ出なさるから、どうぞ家の隅々まで、埃一つないように清めて下され。神床が汚れておっては、神さまが足を踏みこみなさる場所もござらぬ」と言いながら、勝手に他人の家へ上がって床の間を拭き清め、塩をまき、拝んでくる。皆はあっけにとられ、ますます直を気違い扱いにした。 さすがにある日、「神さまの命令のままにこんなことをしておりましては、気が変じゃと言われるばかりで、ちっとも商いになりません」と直が苦情をもらすと、神が答えた。「……商いぐらいが知ったことかい。今日も大きな経綸がでけておるぞよ。そなたが買い歩くのはただの屑紙ではないぞよ。屑紙のように捨てられた神々を拾い上げて、さらつに漉き直して、国々に新しい神々をまくばる型であるぞよ。直が歩いておれば、大望な世界の経綸の雛型が一つ一つ成就いたすぞよ」 その神が、ある日、珍しく現実的な示しを与えた。「……直よ、御苦労なれど三円こしらえて篠山へ行って下され。たくさんの儲け口が用意してあるぞよ」 真っ正直な直は、苦心のあげくやっと三円の金を工面して、兵庫県多紀郡の篠山に向い、家々を歩き廻って屑物をたずねた。が、二日たち、三日たってもさっぱり商売にならず、支度した三円の金も、いよいよ底をついてきた。 たまりかねた直が、「一向に商いになりませんが、これでよいんでございますかい」と問うと、神は答えた。「……それでよいぞよ。儲とは、金子のことではない。神から大きなお神徳をわたしてやるぞよ」 四日目には所持金を使いはたし、やむを得ず直は、篠山街道の途中、栗柄村の田中伊之助の工場で三岳の峰を仰ぎながら半月糸ひきに傭われ、三円の資本と幾らかの余分の金を稼いで帰綾した。 ずっと後になって、直は、この時のことをこう受け止めて語っている。「神さまのお神徳というのは、三円の元手が倍になることではない。金子を使いはたしどうにもならんようになった時、『神さま、どうぞ頼みます』と、神にすがる初な心になる。これが大きなお神徳、お護符だったのやで。形のあるお護符は忘れることもあるじゃろうが、心にしっかり刻みつけたお護符は、叩き落としてもとれんでなあ。苦労のかたまりで授かった一番よいお護符やでなあ」


表題:王子の里 4巻7章
王子の里



 八木に落ちついた澄は、久姉の長女のふじをおぶって毎日八木の町を歩いた。福知山の米屋の子も久姉の子ふじも、二人とも両手に白い包帯を巻きつけたままだ。なぜうちの守りする子ばかりが……と澄は悲しかった。が、いくばくもなく、ふじがハヤクサという病気にかかり、一夜のうちに急逝した。明治二十五年五月八日のことであった。 長わずらいに痛められぬ急な死のためか、ふじの死顔は生きているようにあどけなかった。まる二年に満たぬはかない命であったが、夫婦の心にその不幸な指はどれだけ深い影を落としていただろう。「何も知らずに幼女のままで逝ったのは、ふじのためには幸せだったかも知れぬ」と夫婦は悲嘆のうちに慰め合わねばならなかった。それだけにいっそう哀れでいとしくて、久は冷たくなったふじの亡骸を抱きしめたまま、朝まで離さなかった。 久はすでに次の子を宿していた。働き者の夫婦は、悲しみを忘れるためにも一段と稼ぎに打ちこんだが、ふじの死で子守の用がなくなった澄にも無駄飯を食わせてはおけなかった。 澄は晴れた日には山へ松落葉かき、雨の日は縄ないなどに小さいながらに精一杯働いたが、一家の食事は粗末になるばかりであった。 次の子の出産をひかえた夫婦の当面の関心はすべて貯蓄で、夜なべ仕事が終わると夫婦で金の算用をし、貯蓄する物と家計で消費する物とに二分して、家の入用は切りつめる上にも切りつめていたからである。 ある夜、ふっと目ざめた澄は、隣室での夫婦の寝物語を聞くともなく聞いた。「のう、お久や、わしらはともかく、育ち盛りのお澄にだけは、しっかり飯を食べさしてやってくれいよ。あの子の眼を見とってみい、頼もしい眼をしとるわい。末にお澄はどんな子になるかのう」 何か姉のあいずちをうつ言葉が続いたが、澄の耳には、義兄の言葉が繰り返し木霊のように響いた。どんな御馳走よりも兄姉の情愛が嬉しく、胸が熱くなるのだった。 やがて澄は久姉が嫁ぐ前に奉公していた桝屋旅館に忙しい一時だけ臨時の子守り奉公に行くことになった。ほんの僅かの間だけだったが――。 麦が黄色くさざ波をうつ五月の末頃であった。 澄は背におうた桝屋の主人の子をあやしながら、町はずれの街道まで出て行った。と、向こうから夫婦連れのお遍路さんがやってくる。菅笠に白の手甲脚絆・白衣に草鞋ばきのお定まりの巡礼姿だが、ただ変わっているのは、紫縮緬の頭巾で顔を隠した女の方が市松人形をおぶっていることであった。その人形には、その頃まだ珍重されている毛糸で編んだきれいな着物が着せてあった。 澄はまじまじと人形を見上げながら、遍路の後をついて歩いた。町にはいると、二人は鈴をふりふり御詠歌をうたい、戸ごとにお地蔵さんの札を配って歩いた。町の子供や女たちまで、珍しがって寄ってくる。澄がそっと手をのばして人形の着物に触れ、ちょっとひっぱって見ると「さわってはいけません」と女がきつく東京弁でたしなめ、連れの男も鋭い眼で振り返った。 女は言葉をやわらげて、澄に聞いた。「お嬢ちゃん、八木に良い宿はありませんか」 叱られたと思ってうつむいた澄が、お嬢ちゃんと呼びかけられて、いっぺんに赤くなった。それに宿の所在を聞かれたことが、何よりも嬉しかった。「宿なら知っとるで。八木では、桝屋が一番やな。うち、そこの奉公人やさかい……」 澄が力をこめて答え、枡屋への道順を念入りに教えた。女遍路は「町をひとわたり廻ったら、夕方には必ず泊めてもらいます」ときれいな声で約束してくれた。 澄はとんで帰って番頭に誇らしげにそれを告げ、二階のわりに上等な部屋に決めてもらって、せっせとそこを掃除した。 夕陽が山の端に傾くと、待ち遠しくて幾度も表まで見に行った。遍路夫婦の姿があらわれたのは、もう行燈のともる頃であった。澄はいそいそと二階の部屋に案内し、「うちにお給仕さしとくれや」と係りの女中に頼み、夕食の膳を運んで行儀良く給仕した。 男の方はむっつりと黙り込んで、愛想がなかった。女は飯に箸をつけ、ふと顔を上げた。「ここに奈良漬はありませんか」「向かいのお店にあるさかい、うち、走って買うてきます」 澄は向かいの店から急いで奈良漬を買ってき、板前さんに小綺麗に皿に盛りつけてもらって運んだ。 男はもう食事をすましたようで、澄と入れ違いに出ていった。厠にでも立ったのだろうと澄は別に気にもとめなかった。女はきらりと光る金歯を見せて、奈良漬を音を立ててかみ切ると、気がついたように白い財布から十銭銀貨を取り出し、手早く紙に包んで澄に渡した。「少ないけどおとり、はなです」 はなの意味がすぐにわからなかったが、心付けとしてくれたものとのみこめた時、澄は驚きのあまり涙ぐんでいた。澄にとっては生まれて始めて手にした大金であった。 ――綾部に帰ったら母さんにあげよう。どんなに喜んでやろうとぎゅっと銀貨を握りしめた。 夕食の膳を下げても、女が、「金さん」と呼んでいた男の方は帰ってこなかった。女遍路は所在なくてか、八木の町のことなど色々と澄に聞いた。澄は知るかぎりのことをはきはきと答え、二階の手摺から暗い山々に囲まれた八木の町を指さして教えた。澄の八木の知識などすぐ種切れになったが、いつまでも並んで立って、やさしい女遍路の相手をしたかった。「お客さんあててみましょうか」「何を……」「なんでお遍路しとってか」「え……」「あのなあ、きっとおばさんは、赤ちゃん死なせちゃったんでっしゃろ。たった一人の可愛い赤ちゃんを……」「……」「そんで人形を負うてお寺を拝み歩いとったんやろ、赤ちゃんの後生のために……うち、ちゃんとわかっとるで……」 女は濃いまつげをしばたたいて少し眇の眼を伏せ、苦しげに吐息をついた。 ――やっぱりそうじゃった、と澄はうなずいて、淋しげな女遍路を慰めるつもりで躍起になった。「久姉さんとこのおふじさんも、ついこないだ死んで、お墓に埋めてきたばっかりや。姉さんは、死んだおふじさんにかかもり(抱き)ついて、一晩泣き明かしちゃったで。それでもなあ、赤ちゃんは何も悪いことするひまがないさかい、死んだら天国へ昇るげなで」 女の美しい顔に狼狽の色が走ったが、身をかわすようにすらりと立って、床の間に置いていた人形を抱いてきた。「あんたはなんて素直な可愛い子でしょう。ごほうびに、あんたにお人形抱かせてあげましょう。とても重たいけど……気をつけてね」 市松人形はほんとに重たかった。でも澄はただ夢中で人形を抱きしめ、頬ずりすると、肌に伝わる毛糸の感触を楽しんだ。 可愛い人形、美しく、やさしく、淋しげな女遍路、もらった十銭銀貨――澄にとって終生忘れ得ぬ、夢のような宵であった。このまま何ごともなく過ぎてしまえば、清らかな子供の日の思い出として、いつまでも暖かく抱いていたであろうのに。
 それから四、五日後のことである。「一つとやあ……」とさびた声で歌いながら、町の辻に新聞売りが立った後であった。帳場では番頭を中にして女中たちが騒いでいたが、澄が通りかかると、番頭が大声で呼び止めた。「お澄や、お前、どえらい客をひっぱりこんで来てくれたぞ。この前のお遍路夫婦はのう、はやり唄にもうたわれとる稲妻お光の世を忍ぶ姿やそうな。お前もまさか大盗人とは知らなんだんやさけ怒っても始まらんけど、この通りの大騒ぎじゃ。宿中しらべ歩いて、さいわい被害がのうてホッとしたとこやわい」「嘘じゃ、盗人なんかじゃないでえ。死んだ赤ちゃんの身代わりにお人形さんおぶって……」 大好きな女遍路のために澄がむきになって弁明すると、みなが笑い出した。 番頭が言った。「は、は、は……あんじょう騙されとるわい。その人形はのう……ほれ、この新聞にちゃんと書いてあるわい」 番頭の読んでくれた新聞には次のような意味のことが書いてあった。――世間をこの頃騒がせている女白浪の稲妻お光は、お遍路夫婦に化けて八木から京都に向かったが、桂にかかった所で待ちかまえていた巡査にはさみ打ちにされた。男はつかまったが、女は桂川にとびこみ、夜陰にまぎれてその名のように素早く遁走してしまった。警察に押収された市松人形の中には、匕首・ピストル・合鍵などの人殺しや泥棒の道具などがつめこんであった――。 澄は蒼ざめ、体をふるわせながら、女中部屋にとびこんだ。着替えをくるんだ風呂敷の中に、お光にもらった十銭銀貨が宝物みたいに大切にしまいこんである。「盗んだ金じゃ」 澄はけがらわしげに銀貨をはねとばし、歯をくいしばった。口惜しかった。みんなの前で恥をかいたことよりも、信じていた大切な人に裏切られた悲しみが、鋭く心を刺していた。が、人形のことは勝手に自分が想像しただけで、お光がだましたわけではなかったと気づいた。そういえば、澄が道で人形にさわったときの金さんという男の鋭い眼、澄の言葉でみせたお光の狼狽の影、お光に抱かしてもらった人形の重く固い手ざわり。 ――あれが人殺しや泥棒の道具入れなんて……。 でも、あんなにやさしくしてくれたお光が根っからの大悪人だとは、どうしても信じられなかった。 ――桂川にとびこんで、どこへ行っちゃったんやろ、冷たい川底に沈んじゃったか、それとも……。 澄は聞き耳を立てた。多勢の巡査に追われ傷つきながら、いま頃、お光は何を考えているだろう。もし、澄を頼って桝屋に逃げ込んできたら……。 それはばかげた想像だった。なのに、澄は一夜転々として眠れなかった。そっと障子を開いて、暗い外をうかがったりした。何故ともなくもう一度会いたかった。 旅館の忙しい間が過ぎてしまうと、澄は久姉の家に戻った。 姉の家の神棚の柱に、お光の配った地蔵の札が貼ってあった。お遍路さんが泥棒だったなどとは知らず、姉はおふじをなくした淋しさに朝夕お札を拝んでいた。澄はのど元まで出かかる声を押さえて黙っていた。自分の口から、お光の正体をあばきたくなかった。が、そのことで、澄は自分が善良な姉をだました大悪人になったようでつらかった。
 京から山陰街道を下るには、まず大枝山(大江山)を越えねばならない。大枝山の峠が老の坂で、昔は大枝の宿駅がもうけられていた。 ここ老の坂を、衆多の人たちが丹波の国府から京の都へと貢の品々をかつぎ持ち、重い足をひきずって歩いたであろう。 丈なす黒髪の才女、小式部内侍が、平安の宮中にあって、   大江山生野の道の遠ければ       まだふみもみず天の橋立と詠じたのをはじめ、大枝山は多くの歌人の心をとらえた地でもあった。 京の治安が乱れるにつれ、いつの頃からか丹波国大枝山一帯に巣くったあらけない盗賊の群れが出没し、老の坂を越さねばならぬ旅人たちを苦しめる。さらにそれが異形の配下を集めて城を作り、夜な夜な都の女子供をさらって酒をのみくらう悪鬼、《大江山の酒呑童子》伝説を生む。 旧峠の国境碑あたりに今も残る首塚は、源頼光によって退治された酒呑童子の首が火を噴きながら京へ向かって空をとび、途中ここへ落ちたという。また一説には、頼光が首ひっさげて京へ帰る途中、ふいに磐石の重みと化した首級に、やむを得ずここに放置したとも伝えられる(大江山を近江国伊吹山とする説と丹波説がある。丹波説は、さらに丹波・山城の境である老の坂説と、丹波・丹後の境である千丈ケ嶽説に分かれる)。 足利尊氏は篠村八幡宮で近国の軍兵をつのり、源氏の白旗を旗立の柳になびかせ、甲冑に身を固めて馳せ参じた軍兵二万を従え、必勝の願文を捧げると、源家に伝わる天下取りの執念を馬上にむき出し、まず老の坂峠を六波羅への花道とする。 さらに時は下る。怨恨から謀叛へといい知れぬ迷いと苦悩を解き放った亀山城主明智光秀が、「ときは今天が下知る五月哉」とすがすがしい決断を初老の面にきざみ、夜の大枝の峠、老の坂を踏み越えて行く。桂川で「敵は本能寺にあり」と桔梗の旗がさし示すのは、それから程なくである。 こうして歴史を変え、その中でともに逆賊の汚名を録さねばならぬ英雄たちの運命の岐路となった地が、ここ老の坂であった。 大枝山の西にひらける村、山城と丹波の国境篠村の、老の坂に接する大字が王子(現在は亀岡市篠町王子)で、その中ほど、山陰道に面して王子天満宮社がある。《くらがりの宮》と呼ばれ、樹木が鬱蒼と重なり合って京への行く手をはばみ、旅人たちは境内にそい、迂回しなければならなかった。後に社地を山陰道が走り、道の崖一面に杉の切株が残って、往時を偲ばせている。 桜並木の続く街道の北は杉木立の崖で、鵜の川の流れる低地に田畑が作られ、正面は大枝山につらなる低い山々がせまり、遠くに丑松山や愛宕の峰が望めた。王子から老の坂に至る道筋には、まだ宿屋・小料理屋・茶店・牛宿(博労の宿で牛舎も備える)などが江戸時代の賑わいを残して立ち並んでいた。 街道の南は小溝が流れ、田畑や農家や商家があったが、この王子天満宮の東、一軒おいて田を一枚へだてた隣に出口直の次女琴の嫁いだ栗山庄三郎の家があった。一抱えほどの大きな南天の木が二本、ちょうど門柱のように立っている間の石段を数段上がると、収穫時には籾干し場になる小庭に続く。くずや(わら)葺きの陋屋がそれで、土間・二畳の板の間・八畳・四畳半の狭い家であった。
 栗山庄三郎は、安政元(一八五四)年、奥村庄左衛門の次男として生まれ、叔父栗山平次郎の死により栗山家に入籍、家督を相続した。養家の栗山家はこの地方の旧家であり、栗山姓は軒並みあった。分家の端くれとはいえ、その跡取りにふさわしく、庄三郎は二十八歳になっても、おっとりした良いとこの坊というふうであった。 琴が庄三郎と恋に落ちた時は、伴という士族の経営する篠村の小料理屋の仲居をしていた。娘盛りの二十歳になった琴は、小麦色の肌に目鼻立ちのくっきりした鄙には稀な器量よしと評判で、しかも勝気な彼女のきりきりした働きぶりは他の朋輩に立ちまさっていた。 栗山庄三郎が、この琴を見初めたとしても不思議はない。琴もまた色白でぼんぼんの庄三郎に幼い頃からの夢を賭けたのであろう、周囲の反対を押し切って庄三郎の胸に飛びこんでいった。明治十四年十月十七日、琴は栗山家に入籍している。 嫁入った琴への風当たりは強かった。第一に、琴はどこからか飄然と流れてきた女である。王子では、他所者を極端にきらう傾向があるのに。第二に、琴は、持参金どころか嫁入り道具一つないのだ。しかも福知山の伯父の家をとび出して以来、まだ実家と音信をたつ家出娘である。第三に、封建的な村の慣習を無視した野合同然の恋愛結婚である。世慣れぬ男を色仕掛けで誘惑したととられても仕方がない。 悪条件が三つ重なったのだ。周囲の目が琴に冷たいのも、自然のなりゆきであった。とりわけ奥村の義兄嫁もんは、仇の片割れのようにことごとに琴に辛くあたった。もんは矢田の旧家から来た女で、気位が高い上に性格が激しく、以前に姑が上まき池で入水自殺した時、「嫁にいじめ殺されたのだ」ともっぱらの噂であった。因縁話めくが、そのもんの孫がずっと後年、同じ上まき池で入水自殺している。 どんなに周囲が茨ばかりでも、女はよりかかる只一つの男の厚い胸があればよい。それにいっとき安らぎ、息づいて、再び茨に耐え、生き抜く活力を得るのだから……。その意味では、琴はおのが一生を託すべき選択をあやまったようである。 庄三郎は酒は一滴も飲めず、賭事もしないが、無類に気がいいばかりの村一番の甲斐性なしであった。しかも物に動じない暢気者で、「家がこけても動くまい」と言われた。こういうカップルにも激しい恋愛が生じ得たというのは、また人生の妙味であろう。 だが庄三郎は、琴と一緒になるために親戚や村の者を説得した気力を、せっかく築いた二人の城を守ることに使おうとしない。琴という美しい獲物を射止めると、つぎの獲物に心を奪われていた。それは、大枝の山なみに巣くう猪・鹿・狐・狸・兎などの四つ足どもである。 庄三郎は山にわずかな畑を持っていたので、朝早くから鍬と猟銃を持って山に出かけたが、鍬を持つ時間より猟銃を握る時間が遥かに多かった。遠く愛宕の山々へ獲物を追って出かけたきり、三月や半年帰ってこないこともざらである。 本人はいっぱしの猟師きどりでいても、鉄砲打ちは下手くそという定評であった。数打った弾丸でたまに獲った猪や鹿も近くの野条で金にかえ、仲間を集めて、足が出るまで椀飯ぶるまいするのだった。 これで生活の立ち行く道理はなかった。琴が結婚した翌年の明治十六年には大旱害があり、篠で七割、王子で六割の被害を受けたが、むろん栗山家とて例外でなかった。しかも、矢つぎばやに三人の子が生まれる。長女は生後間もなく死に、次女いしと長男平太郎が育った。しかし育った代償に、次々と田が人手に渡っていった。五反あった田も、ついには一反も残らなかった。「あの流れもんの厄介者が庄三郎にくっついて、栗山の財産を食いつぶしくさったわい。ようけあった田も、一反残らずなくしてしもて」と、聞こえよがしに義兄嫁もんがふれ歩いている。 自分の目で選んだ夫である。愚痴をこぼせばおのが敗北を認めることになる。勝気な琴は、それを何よりも恐れた。夫には一言の文句も言わず、冷たい世間の風に一人で身をさらし、繰り言いうひまがあれば体を動かして生活に立ち向かった。 やがて琴は三反歩の田を借り、小作をした。篠村は農民の多い割に耕地の少ない土地柄なので、小作人たちは争って地主から土地を借りた。その結果、実に七〇%(大正元年の全国平均五五%)の非常な高率となる。特に米価の低い年の小作人の生活は惨憺たるものであった。 女一人どれほど歯をくいしばって奮闘しても、三反の小作だけでは親子四人、半年すら食えないのだ。あとの半年の食いつなぎを、琴は米姉を真似て髪結いで稼いだ。糸引きで稼いだ。他家に臨時働きにも出た。向かいの山の材木運びも、石灰掘りもした。働き者の気質は出口家の伝統とはいえ、日焼けし節くれ立った手足にひっつめ髪、年よりふけたじみな着物で立ち働く琴の、たすきをはずした姿を見ることは稀であった。 一家の生活を一人で支え、骨のまがるほど働きながら、ささいな落ち度にも親戚たちの悪意の陰口にいたぶられる。慰めてくれる者はおろか愚痴をこぼす相手さえない琴の神経は、内へ内へと食いこみ、血のにじむばかりにささくれ立っていた。 ふとした機縁から、琴は金光教亀岡教会に救いを求め、熱心な信者になっていた。そこへ妹久、続いて姉米の発狂、さらに母まで狂ったとの知らせである。三度のお産にも産着一枚とどかぬほど貧しい実家を深く負い目に感じていたのに、「琴はんとこはどえらい気違い筋やそうなぞ」と、栗山の親戚たちの琴を見る目つきが、いっそう白く冷たくなった。 義姉もんにどんなに皮肉をいわれても、返す言葉のあろうはずがない。琴は一日中だまりこむ日が多くなった。口を開けば叫び出しそうであった。おのれにも流れていよう気違いの血が、今にもふきこぼれてくる予感に怯えた。そしてその血を伝える四人目の子を身ごもったのを、琴は悟った。まだ四つの平太郎に手のかかる今、赤子がふえてはこの先どう暮らせようと、目の前が真っ暗になる思いであった。悪阻も、いつになく激しかった。 八木の久から、「手伝いに末の妹澄を使ってやってくれぬか」と言ってよこしたのは、こんな時であった。束の間、龍を預かった時もそうであったが、引きとるからには何かと物入りであろう。しかし出産をひかえて、どうでも手がほしかった。二十二も年下の、一緒に暮らしたおぼえもない澄であったが、同じ血を分けた妹をそばにひきつけて可愛がってやるだけでも、この荒んだ気持ちはなごむかもしれない。 琴は妹を呼ぶ気になった。
 明治二十五年六月の初旬、寅之助に連れられて澄がはじめて栗山家の敷居をまたいだ時、琴の感情は微妙に屈折した。 久の心配りであろう、可愛く結った素直な髪に粗末ではあるがこざっぱりした着物、久が新調してくれた赤い木綿の裾廻しをつけた澄は、まっすぐ姉をみつめた。黒い瞳は利発さときかん気に輝き、可憐な口元はよごれを知らぬげにういういしい。極貧の中に生まれ、七つで奉公に出て、一時は狂った母と暮らしていたと聞いていた澄に卑屈さの影もなかった。どんな苦労も幸福にすり代えてしまうのか、その小さな体から不思議な明るさをにじませている。 送ってきた寅之助が帰るや、琴は表情をこわばらせて、澄に向き直った。「ええか、お澄。お前は誰も引取り手のない子やさかい、栗山で預かってやるのや。うちはもう栗山家の人やで、姉さんやと思うて甘ったれるやないで。この家の厄介者ちゅう立場を忘れたら承知せんぞ」 澄はこっくり頷いたが、その瞳の中にやはりかげりは浮かばなかった。 手ごたえのなさに、琴は激しくいら立った。「なんや、その眼は。ちびのくせに、うちをなめきっとる眼つきやないか。ええか、厄介者、うちのいうことは嘘やあらへんで。そのずうずうしい根性を、そのうち叩き直してやるさかい……」 ――いけない、何を言うてるのや、この子に罪はあらへん。 蒼ざめてそう思いながらも、琴はぐらぐら揺れ狂うおのれの感情を制しきれなかった。驚いたように眼を伏せ、手をついて頭を下げる澄の、わが娘にはないうなじの清潔な愛らしさを見ると、へし折ってやりたいような憎悪がこみあげる。 琴はなおも言いつのろうとして、急に吐き気をもよおし立ち上がった。悪阻の間いつも部屋の隅に用意してある痰壺の前で身をよじって苦しむ琴の背を、小さな手がさすった。ぴくりとして、邪険にその手をふり払った。はねのける時、かすかに快感があった。 嫁入って以来、我慢に我慢をかさねた鬱憤の吐け口を、ついに琴は見つけたようである。ちょうど澄は、悪阻の時に吐き出す汚物を受け止める痰壺に似ていた。決して悪人ではない琴の妹への仕打ちは、たしかに常軌を逸したものがある。切れんばかりに張りつめた琴の神経が生み出す倫理観からすれば、助けられるはずの者が、助ける者より幸福であってはならなかった。 ――そうだ、痰壺なみでよいのだ。その代わり部屋の隅にだけはおいてやる。
 おそい夜の食事であった。庄三郎が山から手ぶらで帰ってきて、家族の全員が食卓を中にして集まった。 庄三郎はこの時三十九歳、色の白い覇気のない馬面で、温和な眼をしょぼつかせ、澄を見た。休みなく煙管にきざみをつめ、鼻から白い煙を吐き出す。口下手でうまくは言えんが歓迎しているといった態度が、義兄のなんとはなしの素振りでうかがえて、澄は嬉しかった。 娘のいしは七歳、目鼻立ちは母に似て美しいが、性格は父親ゆずりか、おとなしいばかりで生彩がない。年は三つ違いでも澄はいしにとって叔母になるはずだが、そういう関係はまだのみこめないのか、どこかよそよそしい。それでもときどき、上目づかいに澄を見た。 澄の守をする平太郎は四歳(満二歳半)、よく太った丈夫そうな子で、一刻もじっとしてはいなかった。琴は飯をてんこ盛りにして夫につぎ、娘につぎ、それからはたと手を休めて独りごちた。「そうそう、うっかりしてお澄の茶碗を用意せなんだ。今日はこれで間に合わせてもらおか」 琴が手にしたのは、一年も前、平太郎の使いすてた小さな赤絵の茶碗であった。何か言いかける夫に、琴はすかさず言った。「八木のお久の話ではなあ、この子はほんに食の細い子やそうどっせ。『よう働く割にちっとも食わんさけ、重宝な子じゃ』言うて笑うてはりました。それでこんなに痩せとるんですやろ」 それから澄にむかって、「残したらもったいないさけ、軽う盛っときまっせ。お代わり言うてや」 琴はおもちゃのような茶碗の底に軽く飯を盛ってさし出した。庄三郎もいしも空腹のあまり澄を忘れて、がつがつ飯を食っていた。琴は、自分の茶碗から平太郎の口に飯を運んだ。 八木の福島でも食事は質素だったが、ここではそれに輪をかけて粗末だった。めいめい皿にうすく切ったおこうこ(沢庵)三切れが、お菜のすべてだった。飯も麦が大半で、箸ではさんでもぼろぼろこぼれ、茶碗を口にあてて箸でかきこまねば上手に食べられなかった。おこうこ三切れだけという食事は、澄の王子にいる期間、ほとんど変わらなかった。 一杯目の飯をちょぼちょぼ口に運んでもすぐに食べきって、空の茶碗をもてあました。自分でよそおうにも、お櫃は琴のそばにしっかり引きつけられていた。だまされたような二口、三口がかえって空腹をつのらせて、いしや平太郎の頬ばる飯を見まいとしながら、眼はあさましくそちらへ向いてしまう。仕方なく、澄は三切れ目のおこうこをいつまでも口に含んで、間をもたせた。 琴は知っていた。だが最初が大事だ。妹とはいえ、立場は奉公人だ。はじめから腹一杯食わせる癖をつけてはならない。平太郎の口に飯を運ぶことに熱中する風をよそおいながら、澄がどう出るか、想像するだけで快感に疼いた。 ついに澄が小声でいった。「姉さんお代わり……」 琴は聞こえぬ顔で平太郎に何か話しかけようとしたが、庄三郎が聞きとがめ、茶碗から顔を上げた。「おい、お琴。お代わりやそうなぞ」 琴は驚いた表情をよそおって叫んだ。「あれ、よう食べてやこと。『小食のお澄が四杯も食べた』言うたら、八木でもびっくりしてやで。何にしても嬉しいこっちゃ」「……」「うちではなあ、貧乏やさけお客さん扱いはようせんけど、その代わり、奉公人にでも家族と一緒で、公平なもんどっせ」 庄三郎は飯粒を長いあごにつけ、嬉しそうに善良な顔をほころばせた。「そやそや天子さまでも乞食でも、うちに来たらみんな一緒や。お澄かて、今日からおいしや平太郎の姉さんやさけのう、気がねせんと暮らすにゃぞ。王子にいる間にうんと食って、うんと大きゅうなって、綾部や八木の人にびっくりさせちゃれ」 すぐに琴は口をはさむ。「それでも初めての家のご飯はおいしいものやさかい……けど、うちの食事は粗末やし、だんだん食えんようになるかも知れんなあ」 二杯目は、一杯目よりもっと軽くよそわれた。澄は飯の味を急に失った。他人の飯に棘があるなら、なまじ肉親の飯には棘の先に毒を含んでいた。 澄の手がこわばり、箸の運びも重たげなのを横目で確かめながら、琴は加虐の喜びにしびれた。澄のいま受けている痛苦は、琴が夫側の親戚や村人たちから事ある度に受け続けたものなのだ。 久しぶりで胸の晴れる琴であった。
 朝早くから庄三郎は山仕事と猟に出かけ、琴は髪結いに家をあけることが多かった。そういう時は昼間も戸閉めして、澄は子守や家事を言いつかる。いしは勝手に遊びに出て手のかからぬのがまだしもだった。 つらいのは水汲みである。 王子は井戸のない土地で、「くらがりの宮」の裏の井戸まで日に何度となく水を汲みに行かねばならなかった。水を二つの桶になみなみと汲んで左右におき、天秤棒にかけてかつぎ、喘ぎ喘ぎ、休み休み、運ぶのである。雨の日は、蓑をつけて通った。 倹約のため真冬や山仕事以外には草履をはかせてくれなかったので、澄はいつもはだしであった。貧乏人のはだしは珍しくもないが、天秤棒にかかるしたたかな重みのために、真夏の日ざしを吸いこみ焼けた小石が容赦なく足裏の肉に食いこんでくる。その痛みによろめくと、桶の底が地面にぶつかって水しぶきを上げ、平衡を失った小さな体がぐらぐら揺れた。琴は桶の水がこぼれて減ったり、汲んで帰る時間がかかると声を荒げて怒り、もう一度汲みに戻らせるのだった。 この土地では小さいうちから子供を働かせる習慣があったが、それにしても「ああ、これが十やそこらのチビにさせる仕事かいな」と水汲みにくる村人たちをあきれさせた。「可愛らしいさっぱりした子やが、お琴はんの妹いうても腹違いの姉妹と違うけ」と囁き合ったりもした。 水汲みがすむと、休む間もなく山へ柴刈りに追いやられ、夜は藁打ち仕事と琴姉の肩叩きが待っていた。「厄介者、肩打てい」 姉の言葉がとぶと、澄は下士官の命を受けた新兵のように、姉の肩にとりついた。一時間ぐらいで解放してくれることは稀で、たいていはきりなく打たされた。労働に疲れきった姉がぐうぐう眠っても、手を休めることはできない。そばの物指しが待っている。それでも澄は昼間の疲れには勝てず、こぶしがゆるみ、力が抜け、やがて姉の体にのめりこんでゆく。すると琴の鼾がぴたと止まって、寝ぼけまなこの澄を打つために、素早く物指しを取り上げるのだった。 夜中にも平気で、琴はぐっすり眠りこけている澄を物指しをのばし、つつき起こした。ひっつきそうな瞼をやっと押し上げて「は、はい……姉さん」と澄は起き上がる。「厄介者、水もってこい」 のどの乾きに目ざめた琴は、けっして自分では起き上がろうとせず、安眠している澄が憎いように命じるのだ。 むし暑いある夜、澄はたたき起こされてまだ正気に戻らぬまま、土間に降りて水を汲んできた。蚊帳を持ち上げようとしたとたん、蚊帳の端にのっていた痰壺がひっくり返った。ほの暗い蚊帳のすそに痰壺など乗せておいたのは、琴の落ち度であろう。なのに琴はかっと逆上し、激しく澄を打擲した。澄ははれ上がった頬にしみる涙を隠しながら、べとつく汚物を清めるのだった。 澄の食事は、王子に来て以来、幼児用の茶碗に軽く二杯以上食うことを許されなかった。たまに姉が平太郎を添い寝させ、子供たちだけで食卓につく時でも、どなり声はとんだ。「うちはここにおっても、何杯盛っとるかちゃんと知っとるぞ」 三杯目をよそいたい衝動にかられていた澄の手がひっこみ、呑みこんだ飯が胸につかえる思いだった。 時に、琴は飴玉を買って来て、澄の目の前で、わざとのようにいしや平太郎になめさせる。 庄三郎が獲物を追って遠出し久しぶりで帰ってくると、きまって土産は愛宕名物しんこ団子だったが、琴は決してその場で開かせなかった。せがむ子供たちを制し、夫のいない間を狙ってわが子だけにゆっくり食べさせる。澄に与えないためであった。 プスンプスンとはじけとぶ豆を煎っていても、澄はそのかんばしい匂いをかぐまいと、こっそり座を立つようになった。琴はむろん、子供たちもそんな澄を呼びとめてくれることなどなかった。あきらめるといっても、しじゅう腹をすかせた子供にとって、それはどんなにかやるせない思いだったろう。飯は子供なみ以下なのに、たらし(おやつ)は大人なみに無用というのか。 空腹にたえかねると、澄は姉の留守に米櫃の生米をつかんで口に入れ、水と一緒にかみくだくことを覚えた。また秋には、庄三郎の作っていた山畑の薩摩芋を掘り、谷川の水で洗って生のままむしゃぶり食ったこともある。そうでもせぬと体が萎えたようで、水汲みなどの力仕事はできなかった。盗みとは言えないかも知れない。だが澄は、幼いうちから、盗みのうしろめたさを否応なく体験させられたのであった。 後年の澄は、当時を思い出して語ったことがある。「わたしの物を食べる口を見てみなはれ、生米と水を口に含んで慌てて噛み砕いたさかい、それが癖になってなあ、いまでも頬べたが一杯になるまで物を口に入れんと食べた気がせんのじゃで――」
 澄は着たきり雀だった。久姉が糊をきかして敷きのしし小ざっぱりと見えた単衣も、日が経つにつれ平太郎のよだれや汗にまみれ、よれよれになっていた。 栗山家に風呂はない。近所の親戚まで貰い湯に行くが、澄が入るのはしまい湯で、それまで眠くて待っていられない。たいていは近くの鵜の川で体を洗ってすませた。 髪をといてくれる者もなく、自分でとかしつけようにも櫛はなかった。もしゃもしゃにもつれた髪に手を入れても痛いばかり、まるで乞食の子と変わらなかった。だが、澄のその頃のみすぼらしい姿を、すべて琴の責任にするのは、酷かも知れない。 一体にこまやかな女性的な仕事は苦手の澄であった。仕事で一日家をあけている母から家庭的な躾を受ける間もなかったし、七歳から奉公にやられ、子守や下働きに追い使われて育ったのだ。そうでなくても、澄の関心は、もっぱら喧嘩や男の子のするような遊びにあった。きれいな着物を着ればとびはねて喜んだが、といってきたない姿になっても、さして苦にはならなかったのである。 澄が一番悲しかったのは、みじめな姿より、きつい労働より、背と腹とのひっつくような空腹より、姉から「厄介物」とののしられることであった。 家の用事をすますと、澄は重たい平太郎をおぶって、息づまる狭い家を出る。石段をおり、南天の木の間を通り抜けると、もう姉の眼は届かなかった。 家の前の通りは京街道の道筋で、両側には茶店が連なり、赤毛布をしいた床几が置かれていた。紺の着物に赤襷の女たちが「まあ、お入りやす、お入りやす、休んでおいでやす」と通行人を呼びこむ。障子を開け、婆さんがお針をしている店もあった。蒟蒻や慈姑が一皿二銭か三銭。季節によって皿の上に栗や柿や種のある小さな柑子みかんが並ぶ。一皿二銭。食べると竹筒に金を入れる。お茶は一厘五毛、火鉢に土瓶がかけてあり、勝手に飲んで、飲んだ後の湯呑みの中へチャリンと音を立てて小銭を入れる。むろん、澄は指をくわえて眺めるだけだ。 明治十七年にできたという、石造りの王子橋を渡って東へだらだらとのぼれば、老の坂のマンポ(旧トンネル)があった。 このマンポは、明治十九年に完成したもの。長さ百八十メートル、幅員四メートルの煉瓦作り、当時の名トンネルであった。開通の時は知事が馬でかけつけ、松風洞と命名した。 後日談だが、松風洞は交通が馬車から自動車とかわり、それも大型化するにつれ、小さ過ぎて役に立たなくなった。昭和九年、横に平行して新トンネル和風洞が作られ、旧トンネルは廃止された。だが国道九号線の交通量は人の予測を越えて増加し、狭い和風洞だけでは交通の渋滞をきたしてどうにもならぬ。ついに昭和四十年四月、廃止された旧トンネルは改修され、装いも新たに二度目のお勤めに出ることになる。 それはさておき、当時、マンポの入口の峠の木屋という茶店に、外国人がよく遊びに来ていた。店先の赤毛布を敷いた縁台に腰かけた異人さんに、茶屋のかみさんが、慣れた口調でこのあたりの説明をした。老の坂は大枝の坂のなまったもので、大枝山にはむかし恐ろしい鬼が住んでいて女子供をさらったものであるなどと、他の男がぺらぺら通訳すると、異人さんは青い眼をみはり、毛むくじゃらの両手をひろげて大げさに驚いてみせた。 またある日は、「あっち、あっち」と平太郎の言うままに、亀岡の方角へ向かった。旧街道を真っ直ぐ行くと、王子を出て間もなく、右手に少し引っこんで篠村八幡宮がある。荒れた境内で人の気配もなかったが、平太郎が「しっこや」と言うので、澄はあわてて背中から下ろし、枝をはった大きな椎の木の根方にささげた。「おい、こら――」 背後から声がとんだ。「そこはあかん。やるならあっちじゃ」 驚いて五、六歩離れた竹藪へ走った。声の主は追ってきて、自分も横に立って長々と放尿しはじめた。 平太郎の空中に描く勢いのよい透明な直線と、男の黄色味を帯びただらしない抛物線を眺めているうち、澄も尿意を感じ、くるりと裾をまくってしゃがんだ。 男は放尿し終わって、先ほどの椎の木の根方を指さした。「ここは矢塚というてのう、その昔、足利尊氏が八幡宮に祈願をこめ、一矢の鏑矢を捧げたのにならって一統が奉納した、山のような矢を埋めた由緒ある地じゃ。小便などひっかけてみい、罰があたるわい」 そういえば、椎の木のまわりを石垣で囲ったあとらしく、ところどころ崩れた石が露出している。「ふうん、なんでそんな昔のことがわかるのん」「歴史に書いたるのや。ここらはのう、おもろい物語がたんとあるわい」 物語と聞いてたちまち瞳をもやし、澄はせがんだ。「おっちゃん、昔の話、しとくれいな」「よっしゃ、しちゃろ、ついてこい」 お尻を出したままの平太郎の手を引き、澄はおしめをぶら下げて男の後についていった。 三人は、社務所に上がりこんだ。襖は破れ、畳は赤茶けてそそけ立ち、踏むとぼこぼこ沈みそうだった。男は、散乱する反古紙をかき分けて、澄の坐る場所を作った。 澄はあきれて呟いた。「えらい穢ないなあ」「この神社は無資格やさけ、お賽銭だけでは畳も替えられへん」「おっちやんは八幡さまの番人かいな」「そうや、ここの神主やわい。もっとも神様を拝むより、歌を作っとる方が多いがのう。わしは日本一の歌詠みになるつもりやさけ」「ふうん……」 澄は眼を丸くした。 日本一の歌詠みには驚かないが、神主には驚いた。神主さまなら、真っ白い着物に水色の袴の清潔な姿を想像していたのに、澄に劣らぬ蓬髪、のびた無精髭、垢じみたよれよれの浴衣がけに毛ずねまで出している。この男が、のち御歌所参候に補せられ、華族の歌会である京都向陽会の点者でもあった、篠村の歌人栗山直扶であったろうか。 男が文机の上から筆を取り上げ、和紙に見事な線を描き始め、老の坂や保津川の位置を記しながら「むかしむかし、この辺り一帯は大きな湖であって、くらがりの宮から北東へ向かった三軒家の辺りに船着場があった」などとしゃべり出すと、澄はひきこまれて夢中になった。「大枝山に鬼がいた言うのは、ほんまやろか」 澄が膝を進めると、男はうなずいた。「おったかも知れんが、こういう説もある。ロシヤという北の国の王子が、酒乱でどえらいわるさばかりするので、家来をつけて島流しにしたのが丹後の海岸に流れつき、その一党がいまの王子の老の坂の山にこもって、都に出ては悪いことをしたのじゃ。だからこのあたりを王子というのや。あの老の坂の向こうに首塚大明神があるやろ、あれはその王子の首を埋めた所やそうな。赤毛で青い目やさけ、昔の人には鬼にみえたやろの。おまけに大盃に赤ぶどう酒をなみなみついで飲む様は、人の生き血を飲むように見えたやろ。話としては、この方が詩情があっておもろいのう」 史料に想像をまじえてか、男の話は躍動してつきなかった。篠村八幡宮の来歴や源三位頼政・尊氏・そして光秀へと――。 気がつくと陽が傾いていた。夢心地の中に、ふと、琴姉のこわい顔が浮かんだ。夕方の水汲みもまだであった。あっと声を上げると、澄は寝入った平太郎を背にくくりつけ、挨拶もそこそこに、蝉の鳴きしきる境内を走り出て行く。 またある日、この八幡さまから保津の山本浜に通じる通称《異人道》にたたずんで、通行人を見物したこともある。保津川下りの遊船を目ざす人たちにまじって、赤毛の大男が二人引きの人力車に乗りこみ、異人道を走る姿が珍しかった。だがそれらの見物は安易ではなかった。平太郎を連れて歩く道、大人以上に排他的な村童たちは、よそ者の澄を目の敵にしてからかった。その時こそ、澄は歯をむき出して立ち向かう。泣き声を上げて逃げ出すのは、きまって相手側であった。 喧嘩は、鬱陶しい澄の生活を、一時にもせよ、スカッと晴らしてくれたのだ。相手の親にどなりこまれて、琴の折檻をうけたのも度々であるけれど――。
 七十五日の水行が終り、素直に神に仕えようと心きめてから、直の発動は次第におだやかになる。一方、米は激しくなるばかり、座敷牢の中でも暴れ廻っている。 五月三十一日、山家の本経寺に滞在中の上人が大槻家を訪れ、五日間ほど泊りこんで祈祷してくれたが、効果がなかった。その時、上人が「この女にはどえらい金毛九尾の狐が憑いとる。眷属だけでも何万とおる」と言った。大槻鹿蔵は「しめた、そんな偉いお狐さまなら庭に祀ってしこたま御利益をせびったろ」と持ち前の欲が頭をもたげた。 座敷牢の前に行き、にこにこ顔で鹿蔵は米の憑霊に頼んだ。「どうでっしゃろ、お狐さま。物は相談じゃが、米の肉体なんかよりも、いっそのこと庭のお社にお鎮まり願えませんか。何なりと欲しい物はお供えしますで」「わしは庭の前栽の守り神にはならんわい」と憑霊は米の口を借りて、にべもなく撥ねつけた。 それから米の鹿蔵いじめが始まった。飯時になると、米は自分の分を手づかみで格子のすきまから庭に投げてやる。すると眷属の狐どもが集まってきて、それを食べる。霊狐だから現実の肉体を持たないのだが、鹿蔵の眼にもおぼろな狐の霊身がうじゃうじゃ寄ってきてむさぼり食うのが見える。霊が食うのだから御飯はそのまま残り、精気だけが抜けるのだ。眷属の狐どもが食い終るのを見とどけてから、米が自分の食事を要求する。 米にかかる霊は意地悪とみえ、飯がたくさんある時はまだ静かだが、お櫃の底の音が聞こえると、とたんに「鹿蔵、飯や。飯炊いてくれい」とわめく。炊き上がりを庭にポイと投げ出し、また「鹿蔵、飯や飯や」と催促する。鹿蔵がそれを拒むと大騒動だ。二丁も遠くへ響き渡る大声で米はわめく。「おーい、鹿蔵と言う者はこれで三日ぶり飯を食わさんのやで。わしを気違い扱いにして牢へ入れて、おまけに手枷足枷して二重に成敗しているのじゃ。警察きてくれえ、警察ゥー」 外聞は悪いし、憑き物の祟りも恐い。鹿蔵は泣く泣くきりもない飯を炊くのだった。
 米がこの調子では、繁盛していた小料理屋も牛肉店も立ち行くわけはない。もう見栄を張るだけの気力もなく、大槻家の没落は拍車をかけていく。清吉にやらせていた紙漉き場も閉鎖した。 六月四日、心を後に残しながら清吉は若狭の小浜の寅吉親方の所へ紙漉き奉公に出かける。 直は大槻家の窮状を見かねた。米が恐れて直を近づけぬため、看病はあきらめるとしても何とか金で合力してやりたい。 六月十九日、直は夏蚕の糸引きに綾部を発った。途中、八木の福島家へ立ち寄った。そして神棚の柱に貼られたお札を見るなり、顔色かえてきびしい声で叫んだ。「このお札はけがれておるぞよ。拝んではならぬ。久、すぐにめくって川へ流せい」 久は知らないが、そのお札は、この春稲妻お光が遍路に化けて戸ごと配り歩いたものだった。 久の長女ふじの冥福を祈った後、直は久といっしょに金光教の八木教会に立ち寄り、教会長の中西さだに審神を依頼した。 金光教八木教会の設立にあたっては、福島久の貢献が大きい。 明治二十三年の久の神憑りの時、人力車夫の和助のすすめで、古着の行商をしていた金光教の信者中西さだに拝んでもらったことがある。病気が全快すると、久はその日のうちに中西さだの家にお礼参りに行った。さだは古着屋の田井孫右衛門と同棲していた。ここで久は田井とさだからこもごも懺悔話をきかされた。 田井とさだは若い頃はいずれも音に聞こえた悪党であったが、中年になってから知り合っていっしょになった。さだは田井としめし合わせ、高野山に上って、ある寺に泊まった。その寺の坊さんは三十八歳、器量良しで大金を持っていた。さだは坊さんをうまく篭絡し大金をだましとって逃げ出し、その金で田井と二人で家を建てた。ところが二人の子のうち一人は即座に死に、一人は背が曲がる病となる。しかも田井は躄、さだは盲目になって七転八倒の苦しみに合い、ついに金光教にすがって助けられたというのである。 久はこの懺悔話に感動する。それほど罪深い人たちでも許して下さるとは、何と神さまとはありがたいものか。直情的な久は、即座に申し出た。「古着屋などやめて、あなた方は金光教の神さまの教えを説いて人助けしなはれ。その間、わたしが留守番しますさかい……」 田井とさだは「摂州と、そのほかにも古着商いでおなじみの所があるので、お道を広めにあちこち行きます。よろしゅうお願いします」と口を揃えて頼み、夫婦で宣教にでかけて行った。 しかしその後にのしかかる苦難が久を待ち受ける。神の予告通り久の正気と入れ代わりに寅之助が百日病床につき、その看護のあい間に、ふじを抱いて貰い乳に歩く。それだけでもやり切れぬのに、中西さだの家にのこされた病の子の世話に通い、留守をみねばならぬ。ちびちび稼ぎためた金もたちまち使いはたし、一家は窮乏のどん底に落ちる。その困窮がかえって福島夫婦を熱烈な信仰へと傾斜させ、この中西さだを会長として、八木ではじめての広前を設立したのだ。 さだはこころよく直を迎え、神前で祈った後、途方に暮れたように言うのだった。「どうやらドえらいものが憑いとることだけは判るのじゃが、さて正体となるとなあ……」
 八木で一夜をすごした直は、亀岡の紺屋町の「井づ源」へ糸引きに行く。「井づ源」は造酒屋関酒店の屋号で、祖先の井筒屋源兵衛の名を略したもの、当主を関源七といい、糸屋も兼ねていた。 井づ源の糸引きが終わると、直は同じ紺屋町の糸屋金助に移った。金助の家の西隣には当時亀岡一の八百屋と称された「八百常」があった。 紺屋町から澄のいる王子までわずか一里。しかし神は澄を訪ねることを許さなかった。仕事が終わるたび、直は縁台に出て、王子の空をあかず眺める。胸がせつなくなるほど澄に会いたかった。
 それは、七月初めの頃であったろう。琴が、気持ちわるい程やわらかな声で言った。「お澄や、母さんが亀岡へ糸引きに来とってんやて。どうや、顔見に行くかい」 澄は、ふいに、魂を天国へほうり上げられたかと思った。水を浴びては叫んでいた狂人の母が、いま人なみに糸引きで働いており、つい向こうの亀岡にいるとは――。 しかし、湧き立つ喜びは隠さねばならない。いつ姉の機嫌が変わるか知れなかった。澄は遠慮勝ちにうなずき、伏し目になった。 王子から亀岡の西町までは、一里(約四キロ)もない。母を恋うる澄の足取りは、宙を浮いた。 母のいるという糸屋金助はすぐにわかった。店の戸をあけると、帳場で番頭らしい白髪の男が算盤をはじいていた。奥の方から繭を煮る香がただよい、綾部にいるような気になって、鼻の奥がむずがゆくなった。 一心に母に会いたい旨を述べると、番頭はそばの丁稚にあごをしゃくり、また算盤に余念がなかった。奥の仕事場がすかし見える。何十人もの女たちが、暑さにうだった顔で糸を引いている。母は、すぐにわかった。只一人銀髪で、背筋をぴんとのばしているから。端然と糸を引いている母にはあの激しい憑きものの気もなく、昔のままなのが嬉しかった。 丁稚がうろうろ探しているのへ、澄はもどかしげに指を上げて教えた。直は澄を見るや、糸くり台から滑り降りる。母の姿が近づくにつれ、母の笑顔がぼやけてくずれる。澄はあわてて涙を払った。 直は番頭にことわって、澄の手をひき、少し先の空地まで出た。大きな柿の木が緑の蔭をひろげている。「お琴は大事にしてくれてかい」「うん、大事にしてくれてやで。うち、腹いっぱいご飯たべさしてもろうてる」 おうむ返しに答える澄の言葉に直は胸をつかれた。聞きもせぬことをあわてて言うのは、母に心配させたくないせいいっぱいの親孝行であろう。この痩せてみるかげもなくなった末娘の心情に、直の心はふるえる。 七つの年、奉公先の福知山で「一緒に綾部に帰る」とだだをこね母を困らせた時から三年、澄は悲しく成長していたのだ。本当のことを告げて何となろう。いたずらに母を苦しめまいとして、澄は笑顔を作った。だがそれが分からぬ直ではない。栗山家での生活を聞かれたくないため、澄はその後の母や米姉の様子を矢つぎばやに質問した。 直はかいつまんでそれらを語りながら、頭の櫛をとり、澄のもつれた髪を丁寧にときほぐしてやった。絹の真綿にでも包まれたような気持ちで暖かい母の胸によりそい、母の手に髪をくしけずられると、澄の眼はこらえようもなくうるんでくる。 澄は甘えた声ですねてみせる。「こんな近くで働いとってんなら、なんで王子まで会いに来てくれてなかったん」「わたしとて、お澄に会いたい、とんで行きとうなる……。じゃが神さまは、『それはならぬ』とおっしゃる。『澄はいま、大切な行をしている。行の邪魔はならぬ』となあ。お澄が母さんに会いたい時は母さんも同じじゃが、じっと会わんと辛抱しとるのやで」 それから言葉を途切らせ、無念そうにつぶやく。「それにしても、この髪はなあ……お琴は髪結いのくせに、妹の髪一つ結うてやってくれんのかい」 やがて直は、隣の「八百常」で真桑瓜を買い、澄に食べさせると、その手に二銭を握らせた。「辛抱しておくれよ」 直はそう言うと汗ばんだ澄の前髪をかき上げておでこに唇をつけ、振り切るように糸引き場へ戻っていった。 糸屋金助を出ると、澄はふり返って、軒にからまる糸瓜の花ににっこりした。畑の青唐辛子にも手をふった。母に会ったほのぼのとした喜びはまだ身内にあふれていて、それを道ばたの草にまでわかちたかった。その上、手の中には母にもらった二銭があった。いしや平太郎がしゃぶるあめ玉を買うて、一人でなめよう……と思った。 ――いまの苦労が行や、と母さんの神さまが言いなされた。うち一人やない、ちゃんと見ている神さまがあるのや。 そう思うと新宮の男八兵衛らしい勇気が湧き立って、とっとと街道をかけた。どうしたことか道に煎り豆が落ちていて、それを拾って食べたのも忘れ得ぬ思い出となった。 王子にいる間、母に会ったのはこの時きりであった。走って王子へ帰ると、琴がじりじりしながら待っていた。澄のきれいに梳られた髪を見てあらわにいやな顔をしたが、それにはふれず、「えらいゆっくりやなあ。どうせ母さんにあることないこと告げとったんやろ」「そんな……姉さん」「弁解など聞くひまあらへん。早う髪結いに行かんならんのに、平太は泣くし、おいしは遊びに出たまま帰ってこんし、出るに出られなんだわい」 鏡台に向かって手早く花いかだ(粉化粧の一種)を顔にはたきながら、せかせかと琴は聞いた。「それでどうや、母さんは……まだけったいなこと言うとってか」 澄はかぶりをふり、熱っぽく答えた。「ううん、ちっとも。ほんまやで、昔のままのやさしい母さんやでよ」 戸締りして、琴は外出した。平太郎が外へ出たがって泣きわめくので、澄は鵜の川へ連れて行き、汗疹でただれた体を洗ってやった。しばらく河原で遊ばせて戻ってみると、戸締りしたはずの裏の戸が開いていた。 ――もう姉さん帰って来ちゃったんかいな。 さほど不思議に思わず入ると、奥の部屋に見なれぬ男が立ちすくんでいた。「あれ、おっちゃんは誰やいな。そこで何しとってんじゃ」 無邪気に眼をみはった澄をさして、しょぼしょぼ髭の小男は後ずさり震え出した。近寄ってよくみると、男の着ている物は庄三郎が寄り合いなどに着て行く一張羅だった。男の足もとには、ぼろの衣類が脱ぎすててある。「この着物、義兄さんのよそ行きや。黙って着てもろたら、姉さんが帰って来ちゃって、うち、えろう叱られるさかい、かなわんがよう」 澄は袂をぎゅっとつかむ。 男はぺたんと坐りこんで、震える手を合わせ、金魚のように大きな唇をぱくぱくした。「お、お前は神さんじゃ、お前は神さんじゃ、許してくれい。こらえてくれい」 男は十歳の小娘に何を見たろう。澄以外の何かを見たとしか思えないほど、その怯えようは異常だった。 男が泥棒だと気づくと、澄は敵意や恐怖はわかず、ただ姉の叱責だけが心配だった。「謝らんでよいさかい早うおっちゃんの着物ととりかえてえな」「よっしゃ」 男が震える手つきで着がえている間に、澄は庄三郎の着物を不器用に畳んで、元の場所にしまった。着がえがすむと、男は胴巻きから十銭銀貨を取り出し辞退する澄の手にむりに握らせ、溜息とともに言った。「生まれてこの方、こんなこわい思いしたん初めてじゃわい」「なんでうちがこわいんやいな」「わからん。なんじゃか知らんが、お前の姿を見たとたん、恐ろしゅうてならんのじゃ」 去りかける男の手にある風呂敷包みに気がついて、澄は呼び止めた。「それ、ここの家の物と違うか。ここのやったら返してくれんと、うち、姉さんに叱られんなんさかい……」「これか、これはわしの持って来た物ばかりや」 男の言葉に澄は安心して「おおきに、またおいで……」と銀貨を握った手を振った。 男は泣いたような顔でうなずき一目散にかけ出した。 澄はふと、八木で出会った稲妻お光にも十銭銀貨を握らされたのを思い出した。よほど泥棒に金をもらうふうにできとるんやろかと、我ながらおかしかった。「平太ちゃん、ほれ、おっちゃんが物を盗らんと、金をくれて行っちもたで。へんな泥棒じゃ」「ヘンナドロボー」 平太郎が口まねしたので、澄はふき出した。畳についた男の土足の跡を拭いている途中、琴が帰って来て見とがめた。「ヘンナドロボー」と平太郎がまた言った。 澄が銀貨をさし出し、ちょっぴり誇らしげに事情を説明した。姉はあわてて家の中を調べ出す。調べるといっても、たいして家財道具があるわけじゃない。すぐ姉は甲高い声を上げて叫んだ。「ない、ない。うちの銘仙がないぞ」「ええ、そんな……あの風呂敷にまざっとったんやろか」 澄が呟くと、やにわに姉のこぶしがとんできた。「この役に立たんド阿呆め」 琴は燃えさかる怒りに我を忘れて澄を突きとばし、打つ、蹴る。 姉の剣幕の恐ろしさに怯えて、土間まで逃げた。追いすがった姉は、澄の髪をつかんで土間をひきずる。凄まじい罵声と悲鳴に近所の人がとびこんできて、たけり狂う琴を抱き止めた。 まなじりをつり上げて、琴はわめいた。「う、うちの大事な銘仙、こいつが十銭ほしさに持って行かした」「うち、知らなんだんや。あのおっちゃんかて、風呂敷に入れたん、うっかり忘れちゃったんじゃ」「だまされたのやないか、阿呆たれが……」「だまされたんやないってえな。それやったら、なんで泥棒が十銭もくれたんやいな」 負けん気を出して、初めて姉に言い返した。「十銭でわしの銘仙が買えるかい、この嘘つきめが――」 またつかみかかる琴をなだめて、近所の人が言った。「そうかてお琴はん、こんな小さな子が逃げもせんと居てくれたからこそ、着物一枚の損ですんだんやないか。大難が小難ですんだんやさけ、反対にお澄はんにお礼言わんなんところじゃ。ほんまにこんなしっかりした子をむごい目にあわせて――」 琴は唇をかんで黙った。だが澄を許して黙ったのではなく、それだけ憎しみがもっと深く沈滞したであろうことは、その白く光る目つきが物語っていた。 近所の人が帰ったあとでも、晩の食卓でも、琴は無気味に黙していた。庄三郎が猟に出たまま帰ってこぬので、緩衝地帯がなく、澄はいっそう息苦しかった。 寝苦しい晩だった。姉に打たれたあちこちが青あざになり、ずきずき痛んで、澄は転々とした。 ――あのおっちゃん、嘘ついてる顔やなかった。風呂敷にほんまに入れたんなら、きっと返してくれたはずや。そうや、盗っといて、びっくりして忘れてしもたんや。 眠れぬので、一から百までの数字を頭の中で何度も繰り返しているうち、急に愕然となってはね起きた。 ――姉さんは、ほんまに銘仙の着物など持っとっちゃったんやろか。うち、見たこともない。 澄はあわてて蒲団をひっかぶり、自分に言い聞かせた。 ――いやいや、姉さんを疑うては悪い。姉さんはそんな人やない。 澄は思いがけぬ妄想を浅ましいと恥じるのだった。
 翌朝早く、澄は水汲みを終えて、いつもと違う山へ登ってみた。山の中腹に、ちょうど柴に手頃な枯れ枝がとり切れぬほどみつかった。 闊達な澄の性格は、王子での何か月かの生活の間にいじけだしていた。昨日の今日である。姉の機嫌のよい顔を一目見たいばかりに勇み立ち、枯れ枝を折って手早く柴にし、しょえるだけしょいこんで転げるように山を下りた。 この頃目立ってきた腹のせいか大儀そうに長火鉢にもたれて煙草を吸う姉に、澄の声は思わずはずんで、汗ばんだ顔をほころばせるのだった。「姉さん、今日は東の奥の山へ行ったらよい柴が見つかったさかい、ほれ、たんと取れたで」「……そうか、こっちへ上がって、手を出しな」 澄は急いで柴を下ろし、土間に片寄せ、いそいそと姉の前に小さな手を揃えた。と、その手に赤く燃える煙管の火が、じゅっと押しつけられた。「あ、あっ!……」 澄がとび上がると、琴は煙管をふり上げ荒い息を吐いて叫んだ。「この厄介者が……こ、これぐらいの柴がとれたぐらいで、ええ気になるな。ひ、人の顔みて笑いくさって」 澄の笑顔が姉の癇にさわったのであろう。それに気がつくと、とんでくる煙管をさけながら「姉さん、かんにん」と澄は両手をつき、畳に額をすりつけたまま後ずさって逃げた。
 亀岡に落ち着いてから、直はしばしば近くの金光教亀岡教会に参拝した。また金光教の京都島原教会長杉田政次郎や大阪なにわ教会長近藤藤守と出会い直の憑霊の審神を依頼したが、ここでも徒労であった。ただ杉田は直の神懸りを動物霊の憑衣と嘲笑し、近藤は非常に称賛したと伝えられる。 近藤藤守は安政二(一八五五)年、大阪に生まれる。家は、「天満屋」と号し、代々城代番出入頭・江戸三度飛脚を業とした。金光教の大阪布教は、白神新一郎が明治八年十二月、難波村で取次ぎを始めたのを創始とする。近藤は悪病につかれて白神の広前に行き天恩・地恩の大切なことを教えられ、さらに「おかげは和賀心にある」という言葉に感ずる所あって入信、明治十五年一月から難波に広前をもうけて布教活動をする。これが難波教会の始めであるが、大正六年六十三歳で歿するまで金光教の教団組織にも参画し、また全国布教の礎となった人である。 島原教会の杉田政次郎は近藤の教え子の一人。安政五(一八五八)年の生まれ。明治十六年入信、山城寺田村で布教に従事。明治十八年に島原で布教を始め島原教会の創始者となり、明治十六年、下京吉水町に広前をもうけた中野米次郎と両々相まって、京都布教に力をつくした。 近藤と杉田はともにすぐれた布教力を示したが、同じ師弟の間でも、直の審神には全く反対の結論を出しているのもおもしろい。


表題:白藤 4巻8章白藤



 八月初めの夜、直の糸ひき先の金助のところへ、綾部の人が大槻鹿蔵からの言づけを持って立ち寄ってくれた。 大槻家は二進も三進も行かなくなり、鹿蔵が丹後池の内の知人に借金に行くことになったが、米を看る人がいないので大きな酒樽に伏せて出発したというのである。座敷牢に入れて頑丈に鍵をかけても、米はどういうものかすぐ抜け出してしまうので、困りはてての処置であろう。昨日のことである。 直は蒼くなった。鹿蔵の旅が何日かかるか知らぬが、この暑い最中、酒樽に入れたまま放置されては、米の身はどうなろう――。 すぐにひまをとり、稼いだ金を肌身に、夜っぴて山陰街道を歩き続けた。昼過ぎ綾部にたどりつき大槻家に駈けこむと、奥の座敷牢の前に、何人がかりで運び上げたのか、でんと異様な大酒樽が伏せてある。「お米や、お米や」 力まかせに酒樽を叩いたが返事はなく、中で動く気配すらない。直一人では、酒樽はびくりとも動かぬ。血相変えてとび出し、向かいのお蚕の種つけ屋に助けを求めに走ると、そこの内儀さんが出てきて、のんびりと言った。「お米はんならなあ、今朝がた一人で酒樽を抜け出して、池下のどことかへ行っちゃったげなで」 直は信じられなかった。あの大酒樽をどうして?……しかし、池下の知り合いの家でおとなしく坐っている米の顔を見て、直は力が抜け、土間にべったりとしゃがみこむのだった。「あんな嬉しいことはござりませなんだ」と後年、直は追憶している。 その頃であろう、直は米の容態について神に不平をもらすと、答えがはね返ってきた。「人民に、改心せいと日夜そなたに叫ばせているが、まずそなたの娘からいましめねばならぬ。九月(旧)になれば少しはおだやかになるぞよ」 事実、旧九月七日に米は座敷牢を出たが、以後八年、すっきり回復はしないのである。
 十月も末になると、産み月に入った琴の腹は満月のようになった。重い労働はできなかった。 早めにとり入れた畑の大根を鵜の川まで運んで洗い、それをまた担って戻ると、今度は藁で束ねて干さねばならぬ。この二、三日、澄は一人で山のような大根にとり組んでいた。一年間ほとんど唯一といっていい副食の沢庵である。早く早くと琴はせきたてる。重たい大根は澄の手にあまり、気が遠くなりそうである。だが澄は顔を真っ赤にしながら、手の届く範囲で軒下に縄を張って、大根をぶら下げた。白い大根が宙に見事に並んだ横には、山茶花が淡紅の花をつけはじめていた。 土間に坐っていしが藁を打っていたし、縁側では平太郎が普請場で拾ってきた木切れを積んだり毀したりしていた。琴は古い浴衣をほどいて、生まれてくる子のおむつを作っていた。平太郎のおむつはいしのお古だったからもうぼろぼろだし、今度生まれる子のために幾らか補充せねばならぬのだ。いま時の子なら、満三つにもなればおむつはとうにはずしていようが、母親が忙しくて躾もできぬ当時の農村なら、平太郎のようにまだおむつのままでも不思議はなかった。おむつを作りながら、琴は明日からの稲刈りに気があせってならなかった。 大きな腹をせり出し、かがんで鎌をふり続けるのは苦しい。が、どんなに苦しくとも、実った米は刈りとらねばならぬ。赤子は母親の焦燥には頓着なく、稲刈りなかばの田の畦に生まれ落ちるかも知れない。それでもどうでも稲は刈り終え、小作料だけでも納めてしまわねば、三反の田すらとり上げられてしまう。 猟に出たまま、夫はもう半月帰らない。いくら暢気な夫でも、黄ばみ穂をたれる稲田をどこかで見れば、さし迫った取り入れや出産にも気づいて戻ってくれよう。だがもし帰らねば……。 琴はその不安をふり捨てようと、首をぐるぐる廻した。首から肩にかけての筋が、きりりと締めつけられるように痛かった。「きゃっ」と悲鳴が上がった。木切れをつかんだまま、平太郎が縁からころげ落ちたのだ。琴が縁に走り寄ると、すでに澄が助け起こしていた。膝小僧から血がにじみ出ている。「澄、早う流しにある切り縄を持ってこい」 泣きわめく平太郎を縁に抱き上げながら、琴は命じた。澄は土間に飛んで行き、流しの横にひたしてある切り縄を手にしたが、水がしたたり落ちるので急いで絞って奥の間に走った。 が、琴はその切り縄を手にとるや、いきなりピシリと澄の手を打った。「この厄介者、わしをばかにするか」 澄がわけもわからず立ちすくむと、かみつくように琴はどなった。「切り縄の水、水、水がいるのやわい。この厄介者の役立たずめが――」 姉が切り縄の水を傷口につけようとしていることが、やっとのみこめた。傷口に切り縄の水が効くと民間で信じられていたのだろう。 澄はあわてて流しに引き返し、切り縄に水を含ませ、今度は畳に水がしたたるのもかまわず運んだ。 傷の手当てが終わると、琴は険しい形相で澄に開き直った。「わざと切り縄の水を絞ったな、この根性わるが……」「知らなんだんやもん……」と小さな声で弁解すると、琴は畳の上の水あとをさした。「それならこの水はなんじゃ。わざとあてつけにこぼして歩いたやないか」「そんな……水を持ってこい言うちゃったさかい……」「まだ口答えさらすか。あてつけやなかったら、なんで丼で受けてでも、庭から廻ってでも持ってこんのや」 澄は、黙った。言われてみればその通りである。姉の叱責に動転して考えが足りなかった。だが素直に「こらえとくれ」と手をつけなかったのは、故意にしたという姉の邪推が不当だと思ったからだ。あの瞬間は、姉におとらず、本気で平太郎の傷を心配していた。それを言いたくて、澄は額に青筋を立てている姉の顔を直視したが、感情が昂ぶってうまく言葉にならなかった。 琴は胸の中が煮えくり返るのを感じた。「そのふてくされた面はどうじゃ。なんとか言うたらどうや。この厄介者――」 パーンと火花が散るほど澄の頬が鳴った。てのひらにやわらかい澄の肉のぬくみを感じると、琴はもう自制を失い、澄の小さな体を縁先にひきずって思うさま蹴りとばした。澄は毬のように庭にころがり落ちた。それを追って琴ははだしでとび下りざま、大きな腹で豹のように襲いかかった。 ――踏み殺す気や。 とっさに眼をつむった。澄の鼻から血がとび散り、怯えたいしや平太郎が火のついたように泣きわめいた。 その夜、琴はいつまでもぐづついて寝ない平太郎に癇を立て、澄に負わせると、頭が痛いといって、早く床に伏した。澄は泣きやまぬ平太郎をもてあまし、背に負って外へ出た。 澄が家の中にいなくなると、琴はなぜかほっと楽になる。ちびのくせにどこか無視できぬ圧迫感があって、それが琴を苛立たせ、逆上させるのだ。どんなにいじめ、蹴り、叩いても、それをはねのけてなお滲み出てくる圧迫感――。 しかしこの胸のしこりをぶっつける相手がいなければ、琴は自滅しそうであった。澄がいないと気が抜けたように虚しくなり、一時の解放感ののち、きまって激しい後悔にさいなまれる。これぞといって責めるべき理由もない澄なのに、何故憎いのか、いや、憎いのは澄でなく、澄の眼に投影するおのれ自身ではなかったか。澄の肉体に加えた痛みがそのままはね返って、琴の魂を打ちすえる。 琴は枕に顔を伏せ、目尻にあふれる苦い涙をおしつけた。
 ほうけた薄にまつわりながら、夜霧がゆるく流れていく。澄の子守唄がとぎれ、背中の平太郎がおとなしくなった。疲れた肩に、寝入った子の重みは耐えがたい。 気がつくと、上まき池が冷たく光っていた。池の面にも低く霧がはって、細い、月影を沈めていた。いつか誰からか、ここに身を投げて死んだという平太郎の祖母のことを聞いた。澄も死のうと思った。家を出た時から、そのことばかりうつろに願っていたので、足が自然に上まき池に向かったのか。 ――背中の平太郎をどこへおいて死のう。 せき立てられるように露のおりた草むらを分け、ねんねこにくるまる平太郎を寝かせた。軽い寝息を立てていた。 ――あかん、もし目ざめて、うちを探して泣きながら走り廻ったら……池に落ちるやないか。 そして澄は愕然とした。 ――あかんあかん、黙って死んだら、あとで姉さんにどんなに叱られるやわからん。 死んだ後の姉の叱責を恐れるなど、澄はまだ子供であった。 澄は平太郎を抱え直し、街道に近い柳の木の根方にまで戻った。風邪ひかせたらどうしようと今度は思った。平太郎を膝に、澄も坐った。霜焼けにふくれた手が冷たい川水での大根洗いにひび割れて、その上を姉に踏みにじられ、はじけるように傷口を開いていた。 うずく赤い傷口をなめながら、ぽろぽろと涙がこぼれた。澄が泣くのは誰も見る人のいない時だけである。とぎれた虫の声が、澄の存在を忘れたように、また集き出すのさえ、悲しかった。「あきらめよ、あきらめよ……この世はあきらめねば生きられぬ」 ――どこかで聞いた言葉やなあ。……そうや、〃上下〃の豊助はんが八木への旅の途中、言うてくれちゃった言葉やった。あの時は、『あきらめて下ばかり見てる意気地ない人生はかなわん』と、心で反対したものじゃが、辛抱もようせんで死ぬるのはもっと卑怯や。 ――それでも明日からどないして生きたらよいんやいな。精一杯勤めても、姉さんの気に入られそうにない。どこにも引取り手のない厄介者なら、やっぱりこの世におらん方がましやないか。 寝ても覚めても、姉の眼は澄を射すくめる。ひび割れた手の傷口の痛みよりも、心に食い入った棘の方が抜きがたく深く澄を刺していた。 夜霧の底に黒くよどんで山々があった。恋しい綾部の村までは幾層の山や谷が重なり合って、母と澄をへだてている。その山坂を越えて逃げ帰りたかった。 澄を突き刺した毒ある棘を引き抜き、血ぬれる傷をなめ癒してくれる者が、母のほかにあろうか。母を恋い、母を呼んで、澄はすすり泣いた。すると嫋嫋としたすすり泣きが、地の面から、山のはざまから、霧の池から湧き起こった。 八幡さまで聞いた昔の物語が、澄の中に甦っていた。したたか酒にくらい酔って、髪も顔も燃えるが如き鬼面の王子が、海の彼方の、二度と帰れぬ故郷を恋うて慟哭している。抱き合ってしのび泣くのは都から攫われてきた女子供であろう。谷々には、名も知れぬ枯れはてた屍たちがうつろな眼窩をひらいている。攫った王子も悲しいし、攫われた都の女たちも悲しい。 大枝の地も草も血に染み、涙にぬれて、怨恨の霧深く閉ざされていく。と、一閃の光にはねとんだ生首が、ひゅるひゅると火を吹き、空を切って飛翔し、澄の足もとにどさりと転がると、それは眼を裂き、髪ふり乱した姉の顔であった。 ハッと我に返った。平太郎が、澄の胸に顔を埋めて泣き出していた。平太郎を抱え直すと「行やでな、辛抱しておくれよ」と母の囁きが暖かく澄の胸にしみ入ってきた。 ――そうじゃ、あれはほんまの姉さんと違う。ほんまの姉さんはきっとやさしい人じゃ。母さんに神さまが入られる時のように、この王子の地で苦しみ死んだたんとの人々の恨みが姉さんにうつっているのやろ。姉さんにもどうにもならん憎しみを受けて、それをこらえていくのがうちの行や。「大切な行やで」と母さんが言うちゃたんが、このことじゃろ。 そう思いこむと、澄の体から死神が離れたようであった。「つらくない行など、あるわけがない」と自分を叱ると、澄は平太郎をおぶりなおし、重たい足をはげまして、霧の夜道を姉の家へと歩き出していた。
 畦道を踏むとカサッと音たてて、イナゴが稲掛にとびかう。晩秋の午後であった。稲刈りの終わった広々した一面の田の向こうに、刈り残された黄金に揺れる稲田があった。農婦が一人這うようにしてその稲を刈っている。動作が緩慢でいかにも苦しげであった。若者が田を横切って近づき、畦の鎌を取り上げると農婦と並び、だまって稲を刈りはじめた。 ぎょっとして、福島久は腰を上げ、若者を見返った。その久の腹が今にもずり落ちそうにせり出ている。「なんや、清吉かいな。びっくりするでよ」 清吉はちらっと面を上げ、にっと白い歯で笑うと、「姉さん、腹ひきずりながらでは日が暮れてしまうがな。挨拶はあと廻しじゃ」 久はむしょうに嬉しくなって、汗を拭き拭き、久しぶりに見る弟の逞しくなった肩や腕を眺めた。……が、ふと眉をひそめ、「あんた、小浜へ紙漉きに行っとちゃったげなが、また喧嘩でもして……」「しゃっちもない。もう子供やないで」 そう言えばわたしとは四つ違いじゃさかい、清吉も二十一になったはず……と久は思った。 ザクッザクッ……小気味よく鎌を使いながら、清吉はどなった。「児、いつ生まれるのや」「予定は来月の中頃やげな」「むりでけんなあ。義兄さんはどこや」「稲刈りもせくのじゃが、断りきれんお客があって、俥ひいとってや。日暮れまでには、稲掛けに戻ってきてじゃろ」 稲穂のふくらみを手でたしかめながら、清吉は言った。「刈り入れはどべ(どんじり)じゃが実入りは上等やで。姉さん、にわか百姓にしては、ようがんばった」 久は胸がつまった。弟のいたわりの言葉が久の感傷をさそう。思えば、はてしなく悪夢の中をもがく思いの日々であった。 初産に続く発狂――恐ろしい衝撃から回復するのと入れかえに、今度は夫寅之助の百日にもわたる臥床――。 不思議な神のお告げ通り、とはいえ、よくぞ堪え、生きてこられたと思うばかりであった。しっかりせねばと己に鞭うちつつ僅かな田を借りて土にとりくんだのは、一昨年秋のこと。なけなしの着物を売り、家財を手ばなし、夫の寝ている蒲団以外は着のみ着のまま売りつくし、それで農具を買いそろえた。見よう見まねで裏作からはじめ、麦がとれるまでの半期、乳のみ児のふじをかかえ、病み上がりの夫をいたわりながら藁を買うては縄をない、草鞋をつくり、夜は莚にふじとくるまって寝た。そしてその娘の死――。 今もなお生活は苦しいけれど、あの頃を思えば夢のようである。夫は元気に働いているし、苦闘の結晶である稲も、こんなにたわわに実った。働きさえすれば、大地から収穫る恵みで生きて行けるめどはついた。 ――ふじは逝ったが、代わって次の子が宿った。金光さまの御守護を受け、今度こそ五体満足な児が生まれよう。ふじを失ったやるせなさ、淋しさを癒してくれよう。 ――生まれるまでのあと一月、働けるだけ働くのじゃ、と久は鎌を握りしめた。
 その夜、久は心をこめた御馳走を、といっても、桜ご飯に大根と里いもの煮しめという素朴な物であったが、久しぶりに会った弟のために支度した。寅之助も上機嫌であった。彼は、その名のように清らかで、しかも腕白なこの若者が好きであった。 清吉は卓袱台の前に改まって坐り直した。「今日はお別れに来たんやで。わし、徴兵されたんじゃな」「え!……」「徴兵!……」 夫婦は同時に声を上げ、まじまじと清吉を見つめた。「それで小浜からひまもろうて綾部へ帰ったんやが……行くまでにちょっと日があるさかい、八木と王子へ挨拶にと思うて……」「そんな大事なこと、なんでもっと早う言うてくれんのや。尾頭の一つもつけてあげたのに……」と久が姉らしく悔む。「それで、どこへ入隊するのや」と寅之助。 清吉は、はにかんだ表情で、「東京の近衛師団じゃげな」「ほう、近衛兵か!……」と寅之助は、感動した声を上げ、「近衛師団いうたら何ちゅうても天子さまの親兵やさけ、うむ、こりゃ出口家としても名誉なこっちゃ」「それでも、兵隊になって、えらい物騒なことないじゃろか」 久の不安を打ち消すように寅之助は笑いとばし、「外国との戦があるにゃったらともかく、天子さまのお身を守るのが近衛兵の勤めやろうで、命に別条あるもんけえ。赤い帽子かぶって二年も勤めてみいな、それこそごつい箔つけて帰ってきよるわい」「戦争ごっこなら、がきの時分から誰にも負けん。それで三度の飯をきちんと食わしてもろうて、お給金までもらえるのやさかい、わしにはもってこいやが……」と言いさして口ごもり、清吉は真剣なまなざしで姉を見た。「あとのことが気になるのじゃ。わしがおってもろくすっぽ力になれなんだが、それだけよけい胸が痛い。母さんや米姉さんはあんなじゃし、竹兄さんはおらんし、それに小さい龍や澄……」 夫婦はうなずき、言葉もない。やがて久が聞いた。「それで母さんの様子どうえ?……しばらく会わんのやが……」「うん、九月に十日ばかり、また水をかぶっては大声でわめいとっちゃったげなが、わしが帰った時はだいぶ静まっとっちゃったでよ。それでも、神さまの命令で百日の水行するげな。これから冬に向かうのに……」 久はほっと嘆息した。「母さんが正気にならなんだら、ちりぢりになった妹たちがかわいそうじゃ。義兄さんも姉さんも、母さんのことよろしゅう頼みます」 清吉が涙ぐんで頭を下げると、寅之助は重々しくうなずいた。「よっしゃ、わしが引き受けたさけ、留守のことは気にせんでのう。お国のためじゃ、元気で行ってこいよ」 翌日も一日、清吉は身重の姉を助けて稲刈りに精出したが、「綾部を二十四日に発たんなんさかい、ゆっくりもできんのや。王子はまた今度にする。琴姉さんや澄に会うたら、よろしゅう言うとくれよ。戦争に行くわけじゃなし、いとま乞いなど大げさやでなあ」と言って、八木に二泊しただけで綾部に帰って行くのだった。
 綾部並松一本木の熊野新宮神社は俗に水無月さんという。祭神は熊野権現で、本宮山の麓に熊野三山を遷して祀られたが、《新宮権現勧進並に本宮権現勧進の事》の記録によると、寛文十二年秋、新宮を今の地に遷し、藩主の援助を受けて社殿を新築、本宮の御神体をともに遷した模様である。六月末日の夜ふけ、由良川の上流に月が出て、田野川のそそぎ落ちるかさねの滝に月影が映じる。その時を合図にはじまる祭典、水無月祭りは綾部ばかりか、遠近の親類縁者を招いて華やかにくりひろげられる。 産土であるこの熊野新宮の境内に、直はかねてから梅と桜を植えていたが、今度も入隊直前の清吉とともに不可解な行動をとっている。「神さまの命じなされる大事なご用があるのじゃ」 直は八木から戻った清吉に鍬を持たせ、自分もかついで那知山に登った。 本宮山の南につらなる那知の峰に分け入る。二株の白藤がひっそりと枝をはっていた。「おう、これじゃ。この二本の白藤を氏神さまのお庭におうつし申せい」「はいっ」と響くように答えて、清吉が鍬をふるった。一本を掘り起こして見ると、直はすでに他の一本を掘り起こし、片手にひっ下げていた。「清吉、ついて参れよ」 叫ぶなり直は、飛鳥のように山を駈け下りて行く。それは五十七才の老母の姿ではなかった。清吉もふるい立ち、一気に山を駈けくだる。足が自分のものでないように、宙を飛んだ。 氏神さまの境内に馳せ上がると、直と清吉は神前に目礼し、パッと双方に別れた。一、二、三と息を合わせ、鍬をおろし、土をうがった。那知の白藤は、こうして熊野新宮の社の左右に、神示のまま、直と清吉の手をもって植えられたのである。息の乱れもみせず、続いて直は叫んでいる。「氏神さまの庭の白藤、梅と桜は、出口直のお礼の庭木に植えさしたのであるぞよ。白藤が栄えば、綾部よくなりて、末で都といたすぞよ。福知山、舞鶴は外がこい、十里四方は宮のうち、綾部はまん中になりて結構なところ、昔から神がかくしておいた、まことの地場であるぞよ」 清吉は白藤の根方にひざまずき、つき上げてくる感動にふるえながら、母を仰ぎ見ていた。 ――この輝くように気品高い老女が、わしを産み、育て、ぼろを買い歩く貧しいあの母と同じ人であろうか。 ――清らかに、力強く、深い内側からほとばしり出るこの雄たけびは、ほんとうに母のものなのであろうか。 ――母さんは変わった。それは確かじゃ。けど気違いとは違う。こんな気違いがあるもんか。「この白藤が栄えて、両方から枝をまじえると、世界に大騒動がおこると神さまが言うておいでなさる。そうなると、お前もちっとは天子さまのお役に立とうなあ」 直は清吉にほほえみかけ、おだやかな声でいうのだった。
 明治二十五年十一月二十三日、この日招かれた何鹿郡よりの近衛兵入隊者は出口清吉、荻野富吉の二名であった。何鹿郡役所の日誌には「……近衛入営者を郡役所に招き、町村長列席の上、郡長より諭示をなし、奨武義会より酒肴料を贈る」とある。入隊者に対する役所や一般人の反響には幾多の変遷があったが、右の記録によると、郡役所側の鄭重な待遇を推測できる。 直がともにこの席に招かれたかどうかは明らかでないが、次男の清吉を兵隊にやるのは、出口家が国家に尽くす一端として、素朴に祝福したことであろう。 その夕、「清吉や、何か食べたいものがあったら言うておくれ」と直が言った。 幼い時から満足に食べさせてもやれなかった子に、せめて別れの思い出に、欲するものを腹一杯食べさせてやりたい、たとえ唐天竺まで探してでもと言いたげな思いつめたまなざしであった。「ようし、こうなったら、今生の名残りに、とびきり上等舶来の物ねだるでなあ。母さん、目え廻さんときなよ」 清吉はいたずらっぽく舌なめずりして、腕をこまねいた。「ふうむ、さてとなったら、やっぱり食いつけんもの食うて腹こわすのもかなわんしなあ。……そうじゃ、掘りたてのさつま藷、あのホカホカのふかしたて、たらふく食っちゃろか」 その慎ましい要求が清吉のやさしい思いやりであることは、直には悲しいほどよくわかった。 帰神してから、発動が激しくて、畑にさつま藷を植える余裕はなかった。直は、ふだんは狂人視して相手にしてくれぬ近所に事情を話し、幾つかの藷を掘らしてもらうと、土のついたまま両手にかかえていそいそと戻ってきた。 ふかし上がるのを待ちかねたように、男盛りの清吉がフウフウ吹きながら、「うまい、うまい」とかじりつくのを、直はさもいとしげに見つめ続けた。「兵隊から帰ったら、今度は、母さんの作っちゃった南瓜くわしてなあ。母さんは南瓜作りの名人やさかい……」 直は幾度もうなずいた。
 翌二十四日、名だたる丹波霧の立ちこめる中を、組内の人々が氏神さまの熊野新宮境内に集い寄った。 清吉は、自分の分身にも思える白藤の下に直立不動の姿勢であった。四方源之助・龍がその脇に立ち、直は少し離れてわが子を見守っている。 昂奮して清吉の世話をやくのは大槻鹿蔵であった。出口家に冷酷な鹿蔵も、どういうわけか、清吉だけはとりわけ可愛がっていた。それに、座敷牢の妻に清吉の勇姿を見せてやりたいという未練を忘れようとして、一層はしゃいでいた。「本宮から近衛兵を出したのは綾部町の誉れじゃ」と会う人ごとに吹聴した。何しろ近衛兵の資格は、各師団から合格した壮丁中の、甲種で、品行方正の者というのであるから、近衛兵となれば鼻が高かった。しかも、何鹿郡全体で近衛の現役は、今度入隊する清吉と荻野富吉の二人を加えてもたった三人なのだから……。 鹿蔵に強いられるまでもなく、清吉の入隊は村人たちの感銘をあおり、誰もが競って祝福の言葉を投げかけていた。初陣にふるい立つ若武者のように清吉はりりしく眉を上げ、入営の決意をのべた。未知の世界への夢と、功名心と、冒険へのあこがれが、別離の悲しみにもまして若い心を躍らせているのであろう。「万歳!……」と鹿蔵が頓狂な声で叫んだ。手製の小旗をふり上げて、一同がそれに和した。 儀礼としての万歳三唱は明治二十二年二月十一日、大日本帝国憲法が発布され、その祝賀行進に集まった帝国大学生、一高生らが宮城前で天皇の出御を仰ぎ、万歳を唱えたのが始まりという。この年、万歳は流行語となった。明治二十三年には教育勅語が公布され、《忠孝》の道徳を基礎に《忠君愛国》を強調し、教育と国民思想の統一がはかられた。二十四年には、内村鑑三が勅語に敬礼を欠いたとして第一高等学校を追放され、明治憲法下における自由の限界を示す最初の事件となった。丹波の山奥、本宮の村人たちが、仲間の若者一人が天皇のおそば近くへ召されることに感動する素地はすでにできているのだ。さらに翌二十六年、小学校では、《御真影》拝礼・教育勅語奉読・万歳三唱・祝歌合唱など儀式の規定が定められている。 行列は出発し、井倉八幡宮前で止まって、去り行く清吉を見送った。「母さん、達者でなあ。お澄に会うちゃったら……よろしゅう」「わしらのことはどうでもよい。清吉、神さまだけは忘れるのやないで」 短く低く、人々の間を縫って交した母子の最後の言葉であった。 それまで深い霧の流れる熊笹のあいまを行列にそって見えがくれしていた野犬たちがいっせいにとび出して、清吉の後を追った。清吉の前後をおし包んで、どこまでも慕い、ついて行こうとする野犬の群れにも、人々は小旗をうちふって「万歳」と叫んだ。これが永別とは露知らぬ直であるのに、遠ざかる清吉の姿を見つめる直の頬が幾度もゆがんだ。 梅原おきが直を抱くように支えた。「竹はんは行方が知れん。伝吉はんは大槻家の人やし、一人残った清吉はんまでお国にとられて、これで男の子は誰もいんのやなあ。たんと産んで、人には言えん苦労して大きゅうしてみても、母親なんてはかないもんや」 去年の冬、郵便配達に出た一人息子を吹雪で凍死させたばかりのおきの、悲痛な実感がこもっている。 ――そうかも知れん。いや、そうじゃろう、母親ははかない、と直は思った。 ――けれど、わたしが子を苦労して育てたのは、後に子の世話になろうためやなかった。子のたとえようもない愛らしさで、そうせずにはおれなんだのや。そしてその時、苦労はいつも幸せをつれてきた。わたしは子を育てることで、十分幸せを受けとった。母親でなければわからぬ幸せを。それ以上望むのは欲なのじゃ。 ――清吉はいっぱし大人になって、いま巣立って行く。悲しむべきやない。喜んであげよう。存分に、存分に、この天地を飛び廻りなはれ、母親のことなど忘れて。
   出口清吉近衛歩兵入営に関する通達 十一月二十四日兵庫県氷上郡柏原町旅篭業播磨屋方に集合、二十五日柏原町出発、三田を経て翌二十六日神戸着、二十七日近衛兵受領委員に引渡し、二十八日神戸出発、横浜まで海路、それより汽車で東京に至る。 東京近衛師団入隊は、十二月一日であった。
 十二月初めに初雪が降った。春には見事な桜花のトンネルにはなやぐ老の坂の並木街道も、いまは、寒々としている。冷たい愛宕颪に襟巻をかき合わせる人力車上の婦人も、天秤棒をかついだ魚売りの行商人も、ガラガラと荷車をひく印半纏の若い衆も、みな一様にうつむいて先を急いでいる。 着ぶくれた平太郎の手をひく澄は、単衣一枚の上にやっと首の坐りはじめた赤ん坊いわを負い、汚れたねんねこをまとっている。霜焼けの素足にすり切れ草履、くしゃくしゃの髪は艶を失っていっそう赤茶け、体は枯れ木のように痩せ細っていた。栄養失調であろう、目がかすんで、膝の関節が妙に力なく、息切れがしてならなかった。 三軒家の茶店の前に、関東煮の鍋が暖かそうな湯気を立てている。人通りの少ないせいか、店番の爺さんの姿もなかった。澄の視線は、鍋の中の竹輪やがんもどきや蒟蒻に釘づけになり、何度も生唾をのみこんだ。うまそうな匂いが、誘うように澄の胃の腑にしみ渡る。食べたかった。麦飯や沢庵の味しか知らぬのどに、ぷりぷりした蒟蒻や、たっぷり汁を含んだがんもどきを落としてみたかった。 一月ほど前、この茶店の前で上下の豊助に会い、澄は「おっちゃん三銭貸してんか」と恥ずかしさを忘れてせがんだ。気前よく豊助がくれた三銭で小芋の煮っころがしを買ってむさぼり食った時のあのうまさ。もういっぺん食いたい。 目のくらむような願望が、澄の手を、おずおずと熱い鍋のふちに近づけていた。「おう、お澄やないか」 肩をたたかれてぼんやり振り返ると、車夫が客を乗せた人力車の梶棒を握って立っていた。「おっちゃんを忘れたんかい、お澄……」 車夫は澄の眼をのぞきこみ、小さな体を揺さぶった。 ――あ、福島の義兄さんがこんなとこにおってや。なんでやろ?……。 澄はおぼろげに思うのだった。 寅之助は客にことわって梶棒を地におき、澄を茶店のわきに引っぱってしゃがみこんだ。「お澄、どうしたんや。あんまり元気がないさけ、見間違うとこやったわい。どこぞ悪いのやないけ」 澄は首を横にふった。だが寅之助は、不思議そうに横に立つまるまる太った平太郎と見較べて、すべてを察知したようだった。彼はいきなり澄を抱きしめた。あのはずむばかりに生き生きしていた娘が、いまは力をこめればへし折れそうに頼りなかった。 寅之助の厚い胸板に頬を寄せ、その汗くさい匂いをかぎながら、澄は放心して他のことを思っていた。 ――この匂いは、いつかどこかで知っている。……そうや、父さんの匂いや。 五つの時に死んだという、ほとんど記憶にない父の体臭を、なぜかふっと思い浮かべていた。「お澄、よう聞くにゃぞ。お客さんを届けたらのう、今夜のうちにでも引き返して、お前を迎えに来ちゃる。待っとれよ」 あまり突然で、悲しいとも嬉しいとも思わないのか、澄の顔に何の反応もなかった。だが寅之助は、半纏の端をぎっちりつかんでいる澄の細い指を引き離すのに、手間どらねばならなかった。
 その夜、寅之助が突然、理由も言わずに「今からすぐに澄を引き取る」と言って栗山家にあらわれた時、琴は憤然と寅之助に食ってかかった。寅之助と琴が大声で言い争うのを、澄は土間の隅にかくれ、ちぢこまって聞いていた。わめき声はやがて収まった。「澄に決めさせよう」と寅之助が言いはったからである。 二人は並んで、土間の澄を見下ろした。琴は呪縛するように澄の視線をとらえ、こわばった笑顔を作り、猫撫で声で問いかけた。「八木ではあない言うてやけど、お澄は行くのんかなわんなあ。うちの人かて、もうじきしんこ団子をお土産に猟から帰って来てやでよ。王子の方がよいなあ」 澄は蒼ざめた顔を上げ、思いつめた声音で言った。「うち、福島の義兄さんと八木へ行く」 琴は狼狽した。手ひどく裏切られた気がした。 ――あれほど可愛がってやったのに……それはしつけやさかい、多少は酷しくしたか知らんけど……。 くやしさに絶句し、思わずかきむしってやりたい衝動を、琴はかろうじて自制するのだった。 手をふってくれる人はなかったが、澄の王子での明け暮れを見つめていた星が、山が、樹々が、西に走る俥を見送った。 寅之助が迎えに来てくれた時、澄の幼い神経は、おそらく王子の生活に耐えうる限度であったろう。琴が澄を折檻する様をみて、近所の妊婦があまりのむごさに失神したと伝えられる。どんな折檻をしたのか、澄は「あんまり恥ずかしいで」と、姉の鬼のような行為を恥じて、多くを語らなかった。また、「もう少し王子におったら、わたしは盗みをおぼえておったか知れん」とも、澄は述懐している。 王子にいるあいだ中ほぐれることのなかった緊張が、澄の体から抜けていった。暖かい毛布に頭までくるまって、大きな鉄輪の音を立てて揺れる人力車の中で、澄は深く眠った。
 多難だった明治二十五年も過ぎ、翌二十六年、直五十八歳、澄十一歳。 三月、直に三回目の発動があった。直の発動に慣れっこになった村人たちは、またかと言うばかりで誰も相手にならなかった。昼は変わりなく商いに出て宵のうちにとろとろとまどろむと、井戸端で頭から水をあび、身も魂も清らかにひき締めて神前に坐る。待ちかまえたように神がすっと降臨される。誰に気がねもなく、神は直と一体となり、時には相対となって問答をかわす。 清浄な白紙となった直は神意のままに心をゆだねた。 神は告げる。「……直よ。能を舞うてくれい」 直は少女のようにはにかみ、赤くなり、首をふる。「わたしが能などなに知りましょう」「……そなたが舞うのではない。神がそなたの身を借りるのじゃ」 と、ふわっと体が軽くなり、少女のころ、祭礼の度に胸ときめかせて見入った一宮神社の能舞台が見えてくる。 つややかな床にすべるくっきりと白い足袋は、直のものであった。低く涼やかな謡曲が聞こえ、まわりから湧き出る如く笛がひびき、冴えた鼓が鳴る。なにを謡い、なにを舞ったのかは、直自身知らぬ。ただ幻の扇をかざし、足拍子を踏み、東の空の白みはじめるまで忘我のうちに舞い続ける。 こうしていろいろと珍しいことのわかる嬉しさに、直は眠らずとも少しも苦にならなかった。宵のうちごくわずか仮眠するだけで、実に七十五日間の寝ずの行が続くのである。 その一夜、直は不思議な光景を目撃している。 櫛の歯入れぬ赤茶けた髪のまま、純白の衣に緋の袴をはき日輪を背に天空に立つ、眩しい澄の姿だ。 直は驚きのあまり思わず叫んだ。「お澄大明神、出世するのもあんまりじゃ」 澄はにっこり笑って、「母さん、わたしは、姉さんのもとで大切にされております」とはっきり答えて、消えた。
 明治二十六年三月十五日の午後、栗山家にとって、終生忘れることのできぬ悲惨な出来事が起こった。 琴は昨年秋の稲刈り最中に生まれた次女いわを背負い、掘炬燵で昼寝している平太郎をおいてしっかり戸締まりし、篠まで髪結いに出かけていった。長女のいしは、母に言いつかった通り、おとなしく留守をしていた。だが平太郎は寝ているし、表では子供たちのはしゃぎ遊ぶ声が聞こえるし、つい裏口をあけて遊びに出たとしても八歳の娘としては無理からぬ。 禍いはその直後であった。寝返りをうった平太郎の着物の裾に掘炬燵の火がつき、じょじょに燃え広がり、いぶり出したのである。えぐるような熱さに平太郎が目ざめた時、火はむつきに燃え移っていた。 狂い泣き、ころげ廻った。焼け焦げた裾はちぎり捨てることができたが、動転している幼児に、むつきの紐の固い結び目はとけぬ。戸口までころげていって小さなこぶしで叩いて叫んでも、施錠した戸は開かない。声を限りの泣き声さえ、聞きつける人はなかった。「たちゅけて、ちゅみ……」 平太郎は、紫色に変わった唇を痙攣させ、目を吊り上げて悶絶した。そのまわりに煙が立ちこめ、異臭が家の中をはい廻った。 黄昏が山々を暗くにじませていた。 琴は急ぎ足で帰路についた。天神さんの鳥居の下で遊んでいたいしが、母をみつけて走り寄った。「平太は?……」「まだ寝とるやろ」 無邪気にいしが答えた。 母娘は並んで歩き、南天の木の間を抜けて石段を上がると、表戸のすきまから異臭がにおった。 あわてて鍵をあけた。平太郎は土間に倒れ伏していた。琴は夢中で部屋へ抱え上げ、焼け焦げたむつきに手をふれた。失禁したせいであろう、焼け残り湿ったむつきをひっぺがしたとたん、琴は眼をおおって呻いた。双の股の皮膚がぺろりと赤くむけ落ち、その間の睾丸が炭団のように黒く焼け焦げている。 狂乱のあまり、自分でも何をどう叫んだかわからなかった。「切り縄の水、水……厄介者、水を持ってこい」 おろおろするいしを突きとばし、いざって土間に降り、切り縄の水をぽたぽた畳にこぼしながら運んで患部にたらした。わが子はかすかな声を上げた。 日が落ちて、庄三郎が帰ってきた。奥村の兄も兄嫁も呼ばれた。兄嫁のもんは、この時とばかりちくりちくりと皮肉の毒針を刺した。が、虚脱した琴は聞いていなかった。小さな体の内部で生と死の苦闘を続けるさまを、金光の神に祈りつつ見守り続けた。庄三郎が、ときどき、だらしない泣き声をもらした。 兄夫婦も帰り、子供たちも寝て、夜はふけた。夫婦は無言で平太郎の枕元に坐り続けた。苦悶のうめきのあいまに、平太郎は譫言に澄を呼んだ。母を呼ばずに、澄を求めた。 琴のたぎりたつ感情は澄への憎悪に凝縮した。 ――すべての禍いのおこりは、平太郎をおいて八木へ去った薄情なあの小娘のせいだ。おのれ、恩を仇で返しおって……。 殺してもあきたりない呪詛の言葉が、琴の唇をついて出ようとした。突如、耳をつんざく山鳴りが王子の峰々を揺るがした。「今のは何じゃったろう。どえらい笑い声がしたようやがのう」 眠りをさまされた村人たちは驚いてとび出し、怯えた顔を見合わせた。 琴の愛した一人息子が末期の息を引きとったのは、ちょうどその時であった。 綾部にいながら、直は孫の死を知った。床の上に端坐し、苦悩の眼を閉じて、王子の山々に木霊する異様な山鳴りを聞いた。
 天空に立つ澄の幻を見、ほどなく王子の孫の死を知るや、直はじっとしておれず、神の許しを得て四月十四日早暁、まず八木へ向かった。昨年暮れに久の産んだ次女いとの顔も見たかったし、王子に行って哀れな平太郎の墓に詣で、まだ見ぬ孫のいわも抱きたかった。 この旅は、はじめから三日間の心づもりであった。「そなたは隣の本田彦吉の嫁とりに招ばれる。能の一つも舞うてやらねばならぬから、八木と王子で三日しかおれぬぞよ」と、神の指示があったからである。 綾部から八木まで約十三里、早発ちしても、よほど急がねば日暮れまでには着けぬ。八木まであと一息の鳥羽に至ると、もう陽は山の端にかかっていた。 と、後から追いついた探偵が直の風体を見て、うさんくさそうに不審尋問をした。 この時の直の風体は、《出口が神さまのいいなされたのを背かずと、粗末な風をいたして、着物ぞろりと着、袂へ八木へやる菓子を入れて、鳥羽を通りよったら……》(自筆の経歴)とある。どんなにおちぶれても身だしなみを崩さぬ直にしてはひどくだらしない姿だが、実は、「……直よ、ちょっとの間のところを、乞食に化けておりて下され」との神命に素直に従ったのである。「おい、こら、きさま、どこへ行くのじゃ、その懐の物を出してみせい」 探偵が、横柄にあごをしゃくる。「わたしは、八木の娘の所へ行きますのじゃが、物騒に思いなはるなら、どうぞ一緒について来なされ」 直が懐から土産の菓子を出してみせると、探偵は白けた顔で、ぷいと先へ行ってしまった。「……直よ、ちっと弄ってやったぞよ」と神が笑った。 神が直にとらせる行動はしばしば暗示的で、そのままでは意味のわからぬことがある。この挿話にしても、神がなんの必要あって直に乞食の真似をさせ探偵をからかったりするのか、その真意がよくわからぬ。当時の探偵は、維新前の目明かしがそのままこの職につくことが多く、階級は巡査の下だが、間諜として明治の裏面で活躍し、やがて社会運動の内偵などに重大な役目を果たす。何を示唆しているのであろうか。 福島家に着いた時はもう薄墨色の夕靄が立ちこめていて、行燈に灯がともっていた。直のおとなう声に澄がはだしでとび出し、母に抱きついた。「おう、よい子じゃった。よい子じゃったのう」と直は万感こめて、いたいたしく痩せた娘を抱き止めた。 久しぶりに母娘三人、水入らずで顔をそろえたのに、久は浮かぬ顔で、表にばかり気をとられている。「寅之助はん、今夜は遠出してなさるのかい?……」と母に聞かれて、久は急に涙声になって訴えた。「うちの人、昨夜も帰りまへんのや。昨日の朝、園部まで客乗せて出たきり、かいもく音沙汰あらへん。行く先は、必ず言うて出る人やのに……」「まあ、寅之助はんのことやさかい、心配ござへん」「母さんは人のことじゃと思うて暢気なこと言うてやけど、もしものことがあったら、わたし……」と、久は身ぶるいした。 結婚してわずかの間に遭遇した苦難の日々を思えば、今のこの平安がいつまた危機にさらされるかと心乱れるのも仕方なかった。「どこぞで怪我でもして動けんのやないやろか。それともあの人、茶屋女にでもだまされて……」 いとがむずかり泣きしなければ、久の暗い想像ははてしなく広がりそうであった。赤ん坊に添え乳しながら、久はあきらめて言った。「さ、母さんも歩き通して疲れちゃったやろ。とにかくお澄と一緒にお休みなはれ」「そうじゃなあ……けれどお久や、迷惑じゃろうが、わたしはほんの一眠りするとすぐ起き出して、近所に聞こえるような大声でどなり出すかも知れんのや。神さまがもう一月余も寝かしては下さらんのやさかい……」 久は不安だった。よりによって夫の留守に母が暴れ狂うたら、澄と二人だけで母の発動を見守る勇気はなかった。とっさに思案をきめて、久は赤ん坊を背負い表にとび出した。本家にいる姑の鹿を呼びに行ったのである。 その晩、やはり神は荒立った。隣室で寝ていた久と鹿は震えながら囁きあった。「ああ、夜の明けるのが待ち遠しい」 気楽に眠っているのは澄ばかりであった。いとは火がついたように泣くし、久と鹿は生きた心地がしなかった。 障子がうっすらと明るくなりかけると、夜嵐が過ぎた後のように神は鎮まり、直はそっと戸をくって表に出て行った。 久と鹿はやれやれと顔を見合わせ、大きく溜息をついた。恐怖は去った。すると代わりに、久の胸は、これで二夜も帰らぬ寅之助の行方を思って、不安と腹立たしさに激しく波立った。思いは鹿も同じであろう。「お直はんに憑いとるのがほんまに神さんなら、あれだけ一晩わめくうち、一言ぐらい寅之助の安否を告げてくれてもよさそうなものや。役に立たん神さんじゃわい」 すると久の血走った眼が輝いた。「そうや、それがよいわ。母さんの神さまに、うちの人の安否を伺うてもらいまひょ。もしわかったら結構なことじゃし、わからなんでも、自分の神さまが偽物じゃと知って、母さんもちっとは目がさめてくれますやろ」「ほんに、それは良い思案じゃ。さ、すぐ言うてみな」 久ははずんで、残りの戸をくった。不眠の眼に朝の光は痛くしみる。直はさわやかな顔で丹念に表の掃除をしており、その傍で澄がいそいそと雑草を抜いていた。 久は縁側から呼びかけた。「母さん、掃除はよいさかい、ちょっと神さまに伺うてほしいんやな。うちの人、二晩もどこで何しとるのか、艮の金神さんならお見通しでっしゃろ」 澄が手品でも見るように興味をそそられた顔をして、「わあ、おもろいなあ。母さん、うまく当てて姉さんをびっくりさせてやんなよ」 直は一瞬厳しい表情になったが、思い直して、「そんな私事を神さまにお願いしてよいかどうかわからぬが、こんな場合じゃさかい、一つ伺うてみようかなあ」 直が井戸端で水を浴びるのを見るうち、久は自分でも思いがけない行動に出た。やにわに着物を脱ぐと、母に習って水垢離したのである。春とはいえ、水はまだ冷たい。その冷たさも意にせず、夫の安否を願うことも忘れて、ひたすら母の神の実証を念じた。 座敷に戻った直は神前に坐って瞑目した。澄は固唾をのんで見つめていたが、姑の鹿は小馬鹿にしたように長火鉢によりかかり、まずそうに煙草を吸っていた。 久がそっと直の背後に坐ると、直は振り返って淡々とした口調で語った。「今日のお昼過ぎには間違いなく帰って来なさる。心配せんと待っておいで」「へえ、ほんまですかいな。それで、どこへ行っとっちゃったんです?……」「園部へ行くというて出たのじゃが、客の都合で、福知山の先まで足をのばしておる」「福知山?……」 鹿も久も同時に叫んだ。福知山なら、幾峠を越えた二十里近い彼方であった。 鹿が「そんならまあ、昼過ぎにまた来てみるわなあ。やれやれ、もういっぺん寝直しじゃ」と言い残して帰った。 久は心身が消耗して動くのも大儀であった。座布団を折って枕にし、そのまま横になるや、柱時計の音を祈る思いで聞いた。 神経が高ぶっているせいか、久は何時間たっても眠れなかった。昼飯の支度もおっくうで、母と澄とにあり合わせで勝手に食べてもらい、横になった姿勢を動かそうとしなかった。いつも体を動かしておらねばすまぬ働き者の久には、これまでにないことであった。 柱時計が二時を打つ。まるで心臓を打たれたようにどきんとした。ちょうど畑の向こうから、鹿の姿も見えてきた。母を試すような馬鹿な真似をしたことを、久は悔いた。夫は帰らず、その上、まる気違いじゃと娘が母を証明する破目になるなど……。 久は姑に気がねして、けだるい身を起こした。入って来た鹿は白い眼で室内を見まわし、面を伏せる久に言った。「昼は過ぎてしもうたけど、まだ寅之助は帰らんようやな。お直はんは自分の言うたこと、けろっと忘れとってんやないか。気楽そうに畑耕しとってやで」 じりじりした眼で、久が時計を見上げた。針は二時からほとんど進んでいない。 ……と、澄がとびこんで来た。「義兄さんが帰って来ちゃったでよ」 鹿は下駄をつっかけるのももどかしげに出て行ったが、久はいとを膝に抱いたまま、虚脱したように動けなかった。 帳場に俥を入れる懐かしい車輪の音が聞こえる。たった二日間その音を耳にしなかっただけなのに、もう長いあいだ聞かないような気がした。 寅之助は帳場から首をのばし、迎えにも立たぬ久の険しい形相に勘違いしてか、あわてて弁解した。「すまん、すまん。三日も家をあける気はなかったんや。園部まで行くつもりやったけど、お客さんが、『どうでも宮津まで行ってくれ』と頼むのや。刻限を切られたよほど急ぎの用らしい。そんなら他の俥夫ではあかん、このおれの足やないと……そんで柄にもなく侠気を出してのう、福知の先までつっ走った。ここからなら間に合うと見きわめをつけて、よその俥に乗り継いでもろうたんじゃ。客が喜んで酒手をはずんでくれたのはええが、お前がさぞ心配しとるやろと、ほんまに気が気じゃなかったでよ」 一息に言うと、寅之助は無心に笑ういとをひょいと抱き上げ、のびた髭面もかまわず頬ずりした。鹿が唾をのみこむようにして見守っている。 久は涙で顔をくしゃくしゃにしながら、わざと大声をはり上げた。「なに心配しますかいな。わたしも俥夫の女房でっせ。俥夫が客に頼まれたら、東京でも北海道でもつっ走らんなんぐらい知ってます。それぐらいの覚悟はとっくにできてますわな。御苦労さんでした。疲れちゃったやろ、さあ、ここに腰かけて……」 久は甲斐々々しく盥にすすぎの水を汲んで出し、埃まみれの夫の足をいとしげに洗ってやりながら、「それであんた、どこまで行っちゃったんやいな」「あれ、いま言うたとこやないけえ」「ふん、なんべんでも聞きたいのや」「けったいなやっちゃのう。福知の先やがな」「そうですか、福知の先ですか。それでいま、何時ですやろ?……」「昼飯を鳥羽ですましたさかい、かれこれ二時かいな」「二時はもう過ぎたけど、今なら昼過ぎやなあ」「夕方やなけりゃ、昼過ぎじゃろいや」「そういうことになりますなあ。それで福知山の先まで行っちゃったんかいな」 鹿が気まずそうに口をはさんだ。「いつまで同じことくり返すのや。それより、早う寅之助を休ませてやりいな。そうそう、お茶を入れるさかい、お澄や、お直はんを呼んどいで」「わあ、やっぱり神さまの言うちゃった通りや」と澄が小躍りして畑の方へとんでいった。「なんのこっちゃい」 寅之助が呆れて澄を見た。久が早口になって、母の透視の的中をことこまかに告げた。それを聞くなり、寅之助はいま洗った足に草履をつっかけ、立ち上がった。 久は驚いて、「あれ、あんた、どこへ行ってんや?……」「きまったこっちゃい。近所中に触れて歩くのじゃ。『義母さんに憑いとるのはド偉い神さまや』と教えてやらんなん。ほんまにどいつもこいつも気違いやぬかしくさって」 走り去る寅之助の背を見ながら、久は新しい涙をこぼした。ふだんは何もいわぬ夫が、久、米に続く母の神懸りを内心いかに苦にしていたかがわかる思いで、手を合わせたかった。すると久もじっとしておれなくなり、いとを抱いて、夫とは反対の方向に触れ廻りに走り出た。 福島夫婦の宣伝がよほど行き届いたとみえ、夕方頃から近所ばかりか隣村の人たちまで集まって来て、狭い福島家はたちまち居こぼれるばかりになった。今まで母のため肩身の狭い思いをしていただけに、久は母の霊力を知って得意の絶頂であった。丸顔にこぼれるような笑みをたたえ、誰をも愛想よく迎えた。「母さんに憑いてなさる神さまは、ほんまの神さまでっせ。なんでも伺うてみなはれ」と久が言う傍から、寅之助は「あらたかなもんや、遠慮のう聞いてや」と口をそえるのだった。澄は母の横にちょこんと坐り、珍しそうに人々を見廻していた。 急に多くの人に見世物のように取り巻かれ、困惑しているのは直であった。もともと羞恥心が強く、晴れがましいことの嫌いな人柄である。できれば逃げ出したかったが、こうなっては娘夫婦の顔もつぶせぬとあきらめ、「どうか今夜だけ、この人たちの伺いに答えさせて下さいませ」と神に祈念した。 みなが争って伺いを立て、直はいちいち明快に答えた。心あたりがあるのか、その度に感嘆のどよめきが起こった。たいていは失せ物・尋ね人の類で、なかには昨年紛失した入れ歯のありかを伺う者まであり、いつ果てるとも知れなかった。 ついに直の神はしびれを切らしたらしい。直の口を借りて、神の声で叫んだ。「この金神は易者ではござらぬ。直に気の毒であるぞよ」 一座はしんとなり、どこからあの不思議な声が降って湧いたのかと、あたりを見廻した。だが昨年綾部で直の帰神を経験している寅之助は、大番頭よろしく「ハハッ」と平伏し、畏れ入って申し立てた。「本日は店開きのため、つい調子に乗り過ぎました。早速に追っ払いますによって、どうぞお引き取り下さいませ」 それから客の方に向かって、鶏を追うような手つきをした。「さあ、金神さんがお疲れじゃ。ご勘気をこうむらんうち、帰った、帰った。お伺いのすまぬ者は、またこの次にしておくれ」 にわかに人気のなくなった座敷を見ながら、直はひきこまれるように淋しかった。これだけ多くの人たちも直の透視に驚いただけで、そこらの霊媒や易者に対するのと変わりなかった。艮の金神のまことの意向を汲もうとする者など、一人もあらわれはしないのだ。娘夫婦にしてからが、直の神を高級な狗賓さま(天狗の異称)ぐらいにしか思ってはいまい。 ――三千世界の立替え立直しを使命とされる艮の金神さまを早く人々に理解させ、この世にお出しせねば……。 と心にはやりながら、直にはその方法がわからなかった。日暮れて道遠しの思いだった。
 翌四月十五日早朝、福島夫婦や澄の止めるのも振りきって、直は王子に向かった。昨夜の二の舞を踏むことを恐れたし、神から三日に日限を切られてもいた。くらがり神社の手前から老の坂にかけて一面にかすむ桜並木の街道は、舞いしきる花吹雪にいっそう花やいでいた。 石段を上がって栗山家の庭にたたずんだ直は、と胸をつかれ、思わず手を合わせて涙ぐんだ。戸口の軒に、血のにじんだ狸と兎の死体がだらりとぶら下がっていたのだ。庄三郎が猟から帰っているのであろう。小庭で遊んでいたいしが、祖母を見忘れたのか不審げに傍らに寄って来て見上げた。直はしゃがんで抱き寄せた。 実家から人が来るといつも夫にも親類にも肩身の狭い思いをする琴だったが、平太郎の死がよほど気を滅入らせていたのであろう、蒼ざめた頬にほっと嬉しげな笑みを浮かべて、母を出迎えた。 直は神棚に向い長く伏し拝んでいたが、やがて庄三郎に向き直って平太郎の悔やみと澄の世話になった礼を述べ、初めて会う孫のいわをいとしげにのぞきこむのだった。 母娘の会話はしめやかに続いた。なんの屈託もなげにそれを聞いていた庄三郎が、思い出したように突然しゃべりかけた。「ところでどうやいな、お澄は八木で飯をたんと食っとるけ。福島ではあの子は食の細い子やと思うとってか知らんがのう。なんのなんの、王子の米がうまいのんか、うちでは飯を五杯もお代わりしよるんやで、ははは……王子を懐かしがってまっしゃろ」 ついと琴は座をはずし、手洗いに立った。直も琴の感情を意識してか、澄の話題を避けていたのに……。 夕食のあと、直は言いしぶりながら夫婦にことわった。「わたしはなあ、宵のうち一寝入りすると神さまが降りなはって、途方もないことを叫ばせなさるのじゃ。寝苦しいじゃろうが、どうぞこらえておくれよ」「いややわ、母さん、まだ治っとってやないのん」 琴が顔色を変えてなじるような言い方をしたが、庄三郎が鼻の穴から煙をふき出し、のんびりと口を開いた。「ええやんか。さいわい両隣は空地やさけのう、夜さり騒いでも近所に迷惑はかからへん。わしも生まれてこの方、神さんがどんなこと言うてんか、聞いたことないさけのう、今夜は楽しみにゆっくり聞かせてもらうわい」 庄三郎は村一番の暢気者であるが、また怖れるという神経を持ち合わせていないように、物に動じぬ男であった。 王子の村からかなり離れた山奥に汁沢の池がある。大亀が住み、人を水に引きずりこんで食うという伝説があった。村人たちは恐ろしがって池番のなり手がなかったが、庄三郎だけは平気で引き受けている。豪雨の夜半など、蓑笠をつけ、提燈にずいきの葉をかぶせて火を守りながら、古池の見廻りに一人出て行くのだった。村人たちは、その剛胆さというか無神経さに舌をまいたという。庄三郎にしてみれば、義母の神がかりなど、無料の見世物ぐらいにしか思わない。 はたして夜ふけ、腹の底から揺さぶるような大音声が上がった。家が倒けても動くまいといわれた庄三郎もいっぺんにはね起き、すがり寄る琴やいしを抱きしめた。別に恐ろしい情景があるわけではない。銀髪の老母が、行燈の揺れる灯にうつし出されて仁王立ちになり、四股を踏むようにして、庄三郎には理解できぬ言葉をほとばしり叫ぶだけである。なのに、激しい胴ぶるいが庄三郎を襲った。逃げも隠れもできず、ぺたんと腰を落としたまま、眼だけが吸われるように直から離れない。 突如、直の眼光が射すくめるように庄三郎にあてられ、のしかからんばかりにその体が大きく迫ってくる。「栗山庄三郎、よっく聞けい。この金神の道は蟻一匹殺すことはできぬ教えであるが、そなただけは許してつかわす」「へ、へい……」「どうじゃ、嬉しいか」「へ、へい、嬉しゅうございます」 庄三郎がふるえ声で答えると、家鳴りせんばかりの猛烈な声が落下した。「それでは改心ならぬぞよ。そなたは、跡継ぎの子を火傷で失うて悲しいか」「へ、へい……」「なぜ失うたか、考えてみよ。獣にも親子の情はあるぞよ。獣なら、生命とられても悲しゅうはないと思うのか」 庄三郎は畳に頭をすりつけてひれ伏し、今にも恐怖で失心せんばかり。琴が庄三郎にかぶさりながら、上ずった声で叫んだ。「これ、あんた、早う神さまにお詫びせい。もう今後は絶対に獣の生命はとらんとお誓いしなはれ」「ひえーっ」 庄三郎は歯の根をガチガチ鳴らして泣いたが、言葉にはならなかった。 夜が明けると、直は「八木と王子で三日しかおれぬ」という神の言葉を思い出し、静かに身支度をはじめた。恐怖の一夜で憔悴しきった栗山夫婦も、一応は引きとめねばとおずおずと言った。「久しぶりで王子に来なはったんやで、もう一晩泊まって帰っちゃったら……」「それはせっかくここまで来たのじゃから、孫ともゆっくり遊びたいのはやまやまやが、神さまのお指図通りせねばならん。まず神さまにお伺いしてみましょうかい。お湿りさまもあるしなあ」 いつから降り出したのであろうか、外は春雨がけむるように落ちていた。直は瞑目して神に伺いを立てる風であった。「やはり帰らねばならぬ」「それでは、雨の止むまで……」「お湿りは風を出して吹き上げてしまうからどうでも綾部へ帰れと、神さまがせかしなさるでなあ」 直はすまなそうに言って栗山夫婦に頭を下げ、いしといわに笑顔を向けると雨の中を去っていく。栗山夫婦がまだ見送るうち、急に激しい風が起こって雲を吹き散らし、嘘のように雨の上がった雲間から、きれいな青空が広がっていく。「かわいそうに、この風では、桜ももうおしまいじゃなあ」 直は呟きながら、花びらの白く散り敷く道を歩いた。 八木の福島家に立ち寄って一休みしていると、また激しく雨が降り出した。「園部まで来ると雨がやむと神さまが言いなさるさかい、どうでも帰る」と直は言いはる。「それじゃ、俥で園部まで送ってあげますわ」と寅之助が申し出たが、直はかたくなにこれを辞した。「わたしはなあ、まだ修行中じゃさかい、俥には乗られんのじゃ。この足でまだまだお土さんを踏みしめんとなあ」 澄が雨の中もいとわず、しばらく送って来たが、「神さまのお許しがあったら、じき迎えに来るでな」との母の言葉に素直にうなずいて、いじらしく手をふった。 園部まで来ると雨がぴたりと上がった。直は神言の重さを今さらに感じ、機嫌よく綾部に帰るのだった。 翌日、直は東向かいの本田彦吉の家の嫁とりの宴に招ばれた。末席に慎み深く坐っていた直が、披露の宴のなかばで立ち上がり、中央に進んで静かに舞いはじめた。気品の匂うその舞いも孤高に過ぎて、村人たちの酒宴の座興にはそぐわなかった。むなしい思いにうちのめされながらも、直の帰神はいよいよ深まっていった。


表題:座敷牢 4巻9章座敷牢



 明治二十六年四月十九日夜半、せんだ町の材木商・森守蔵家から火の手が上がった。原因不明の不審火であった。せんだ町という町名、正式には存在しない。田町と西本町の境界の小溝に石橋があり、その手前、田町を東に入る小路を俗にそう呼んだ。 この年は正月からしばしば火事があった。いずれも不審火であり、放火の嫌疑が濃厚であったが、何人の仕業かわからない。無気味な火の跋扈は町民を恐怖にまきこみ、神経をとがらせずにはおかなかった。寄るとさわると火事の噂。森家の火事はさいわい類焼をまぬがれたが、警察の無能ぶりが不信感を招き、また消火施設の不備が町民の不安と不満をつのらせていった。 明治二十六年時点における綾部町の消火設備はまことにお粗末。たとえば防火用水池にしても、西福院前に二ヵ所、本宮に一ヵ所あるほかは、上町・南西町・広小路角の水だまり、そして田町の清水井を引いたものがあるだけだった。組織的な民間消防はまだなかったから、一度火災を出せば人々はただ右往左往するばかり。てんでに桶水を抱えて走り、燃えさかる炎のまわりにジャッとぶちまけてはまた釣瓶をくる――。少し風でもあれば、藁ぶきの屋根に散る火の紛はわけなく炎と化す。十軒や二十軒焼けることも当然という、なんとも情けない原始的消火法であった。 翌二十七年になってようやく本町に初めての消防組が組織されたが、それとて江戸時代さながらの姿であった。器具はポンプ一・纏一・高張提燈二・はしご二・鎖鉤つき麻縄一・鳶二〇・水汲桶一〇・水肩担桶二・ただしポンプ調整までは当分のうち応竜水(古風な和製ポンプ、竜吐水のことか)をもって代用す――といった具合なのである。 さて、警察は、犯人探索に躍起であった。というのはほかでもない。これまでの庁舎は広小路の民家(百九十七坪)を借りていたのだが、ようやく本宮二番地に新庁舎を建設中であったからだ。落成式は五月、もう目前に迫っている。二百十六坪、七棟という威容を誇る新庁舎の威信にかけても、どうでも犯人をお縄にして面目を保たねばならない。 森家が全焼した翌夜、安藤金助の家でも、ご多分にもれず同じ話題がくり返されていた。「それでもかなわんでよう。なんでこんなに火事が続くのやろ。つけ火やげなが警察は何しとるんかいな。いばっとるのもよいけど、まず犯人を召し捕ってからにしてほしいわな」 機を織る手を止めて、お初が義憤の口をとがらせる。女房の言葉にいつも同感の意を惜しまぬのは金助である。「ふんとやでよう、物騒なこっちゃ」「向かいの婆さんかて、何しでかすかわからへん。何とかしてもらわな、かなんこっちゃない」「そうや。なんちゅうても気違いじゃでなあ」 金助が夜なべの草履作りの手を中断してひょいと黒砂糖を口にほうりこんだ時、こたえるように向いから直の叫び声がはね返ってきた。 囲炉裏に肥松をちびちびくべて明かりをとっていた眼の見えぬ婆さんが、歯のない口であくびしながら、やおら腰をおこした。「やれやれ、もうお直はんがわめき出してん時刻かいな。こりゃだいぶ遅いで。あまり根つめんと、もう休ましてもらおいな」 機をしまいかけながら、お初が言う。「わしとこでも気いつけな、狐つきやら狸つきはようつけ火して喜ぶいうこっちゃで」 直の大声が、表戸を通してはっきり聞こえた。「世界に大きなことや変わりたことが出てくるのは、みな金神の渡る橋であるから、世界の出来事を考えたら、神の仕組がわかりて、誠の改心がでけるぞよ。善き目ざましもあるぞよ、また悪しき目ざましもあるから、世界のことをみて改心いたさねば、どこへ飛び火がいたそうも知れんぞよ」 飛び火ときいて、婆さんが「しっ」と口を押える。金助もお初も後片づけの手をとめて、一言も聞きもらすまいと息を殺した。 直の声が続いた。「改心、改心と神が一点ばりに知らすなれど、まだ敵とうてくる者はかわいそうなぞよ。せんだ町の森どのがよいみせしめであるぞよ」 ぎょっとして、三人は顔を見合わせた。お初は金助とうなずきあい、裏口から抜け出て、夜道を組頭の四方源之助の家へと走った。
 四月二十一日朝、国谷刑事は、まだ外装の終わらぬ新庁舎の刑事部屋で新米巡査の入れてくれたぬるい番茶を一口すすると、コツコツと皮靴のかかとを響かせ、木の香の匂う署内を胸をはって見廻った。そろそろ移転が始まっていて、署員たちも張りきって書類などを運びこんでいる。庁舎の真正面上方には菊の御紋章がいかめしくはめこまれている。実に満足であった。 部屋に戻って煙草をくゆらした。建物が立派になれば、中に住まう自分まで急に立派に感じるのは人情というものである。そろそろ髭でもたくわえねばならんわいと思ったが、髭の薄い署長の松井深造警部がいつもむきたての玉子のようにつるつるそっているので、ちょっと不都合であった。 新米巡査が顔を出して面会者の来訪を告げた。国谷はゆったり椅子にかけたまま鷹揚にうなずく。だが入って来たのが四方源之助と見るや慌てて飛び上がり、この町の名士に恐縮して椅子をすすめた。 話が終わって源之助を鄭重に送り出してから、国谷は勇んで新庁舎を出た。南へ二筋目の道を西ヘ向かって初めての四つ角。同じ本宮村である。距離にしていくらもない。格子や板壁にぬった紅殻がまだらにはげて、夜鷹の起き抜け面のような家である。 そのすべりの悪い表戸をあけると、予期していたように出口直が板の間に端座していた。 国谷は神妙に頭を下げ、「お直さん、つかぬことを聞くが、あんたは金神さんを信仰しとるげななあ」「はい、しとります。艮の金神さまはまことの神さまでござりますさかい……」「そんな偉い神様さまなら、どんなことでもできてじゃなあ」「わたしは、そう信じとります」「そこでじゃ、どえらい大病人ができたさかい、ちょこっと来て、その金神さまに伺うてほしいんじゃな」「いやでござります。わたし、気がすすみまへん」「人を助けるのが神さまの勤めやないかいな。そんな薄情なこと言わんと、ちょっと来とくれ」「よう行きません。この敷居から一歩も出まへんさかい、ほんまに伺うてほしいんじゃったら、ここまで連れて来なされ。世界のことなら、すぐ伺うてあげます」「それでは連れて来るでなあ、どこへも行かんと待っとるんじゃでよ」 一人では無理と見きわめると、国谷刑事はさっそく警察ヘとって返し、応援の巡査二名を連れてきた。面倒とみたのか、今度は無造作に直の手首をつかみ「さあ、婆さん、警察へ行こう」と引っぱるが、骨皮ばかりの小躯が、なんとしたことか板の間に根を張ったようにびくとも動かぬ。「こら、立たんか、強情な婆ぁめ」と国谷があきれて言うのへ、凛とした声がはね返る。「警察へは、わたしが行きたがっておるのか、お前さまたちが来てほしいのか、どっちですいな」「それはまあ、取調べの筋があるによって、警察が来てほしいのじゃわい。素直に立たんかい」「それならそうと、始めから正直に言いなさればよい。それでも、わたしの用事で行くならわたしの足で歩いても行きましょうが、どうでも来いと言うのなら、警察の力で連れて行くのが道理じゃ。わたしは誰にも逆らいはしませぬ。行った先がわが家でござる」「お上が連れて行くなら、おとなしくついて来ると申すのかい」「はい。……じゃが、わたしの体は神さまと二人分でござるさかい、ちょっと重いかも知れませぬぞや」「よし、神妙にしろ」 国谷は巡査に手伝わせ直をかつぎ上げようとしたが、どういうものか重くて持ち上がらない。「痩せているのに、なんとも重い婆さんじゃわい。誰か畚を借りてこいや」 巡査の一人が近所から畚を借りて来て、ようやく三人がかりで直をそれに移した。直はされるがままに楽しげな面持ちで眺めている。 前後に廻った巡査が、担い棒を肩にかけ、茹で蛸みたいに顔を真っ赤にしてかつぎ上げるが、まるで鉛のかたまりを持ち上げたよう。足がもつれて、酔いどれみたいに千鳥足である。これでは警察の威信もぐらぐらだと、あわてて国谷が横から支える。ひょろひょろと、遅々と、畚のお駕篭が前へ進む。足が畚の外へ出てぴんと上がると、直は叫ぶ。「お足が上がるぞよ。用意をなされよ。足元から鳥が立つぞよ。この世はおあし(銭)では治まらぬぞよ」 集まって来た近所の衆が、あきれてこの珍妙な道中を見送った。 広小路の旧庁舎まで運びこむのは無理とみて、ともかくすぐそこの新庁舎へと、三人は畚を引きずるようにして歩いた。警察の屋根の見える所まで来ると、国谷はたまりかねて叫んだ。「おうい、誰か加勢に来てくれいや」 が、聞こえぬのか、誰も出てこない。 三人の汗で地を湿らせるほどに体内の水分をしぼりきり、ようやく署内に運びこみ、縁にかつぎ上げた。 直は肩で息をする彼らを涼しげに笑ってねぎらった。「やれやれ、御苦労でござった」 巡査が署長を呼びに行く。やがて松井警部があらわれ、大きな机を前にどっかと腰を下ろした。直は立ち上がって、みずからその横の椅子に腰かける。署長は直をじろりと見やった。たいていそれで容疑者は縮み上がるのだ。「出口直というのはお前か」「はい。話が遠い、もっとお前さんの傍まで行きましょう」 直は腰かけたまま、椅子を署長の前までずり寄せた。その瞬間、何か強い力が向かってくるようで署長は思わず身をそらしたが、かろうじて威厳をつくろい、訊問にかかった。「せんだ町の森守蔵の家を焼いたのはお前じゃな」「この金神さまは、よその家を焼くような悪戯する神ではござりませぬ」「ちゃんと訴人があるから、しらを切ってもあかんわい。かねてから森殿に意趣でもあるのじゃろう」「何も意趣などござりません。金神さまが焼かいでも、神の中には悪神もござります。どんな悪戯しとるやらわかりません故、よく吟味しておきますわいな」「黙れ、本官をなめちょるのか」 署長は机を叩いて威嚇してみたが、直は平気な顔で、物珍しそうに署内を眺めまわしている。あとは何を聞いても答えない。ついに手をやいて、国谷に命じた。「しぶとい婆さんじゃ。明日ゆっくり泥をはかしてやるぞ。とにかく今夜は留置場へ拘留しとけ」 直はまだ一人として入ったことのない青畳の留置場へ入れられて、すこぶる機嫌がよかった。「これは有難いことでござりますなあ。ここは牢というけれど、なかなか結構なお神床でござる」とにこにこ笑いながら、留置場の壁にもたれて目をつむった。安息した気分になっていた。
 何時問たったろう。のどの乾きをおぼえて格子の間からのぞくと、ちょうど三男の大槻伝吉が、こわごわ様子を見にあらわれた所であった。「伝吉や、すまぬが水おくれ」「へい、すぐ持ってくるでなあ」 伝吉は警察で借りた青い土瓶に素焼きの茶碗を持ってきたが、直は首を横に振って拒絶した。「わたしの体は神さまのお社じゃ。そんな穢れた茶碗では飲まれませぬ」「母さん、ここは警察やで……」 伝吉が困ってなだめかけると、巡査は聞きとがめてからかった。「それはそれは御大層な御身分で……そんなら雪のような白い茶碗を持って参じますかな」「おう、穢れのない、雪のような白い茶碗を持って参れ」 特別に借りてきた白い茶碗で、直はさもうまそうに水を飲みほすのだった。 その夜の食事は四方源之助が差し入れた。運んだのは、四方家へ奉公中の直の四女龍である。「お龍、うちも連れて行って」 源之助の長女文が裏に廻って、龍の後からそっとついて行った。 晩年、文はこう語っていた。「何しろ八十年も昔のことですさかい、あらかた忘れてしまいましたがええ、食事を運んだお皿の絵柄だけは、どういうものか今でもはっきり目に浮かびます。安物の瀬戸皿に、青い色で菊の花模様がありましたわな。その皿の上に三角おにぎりが三つ、そして胡麻がふりかけてあったのを覚えております」 薄い蒲団にくるまって小半時、直はぐっすり眠り、目をさました。同じ署内の宿直室では宿直の署員が二人、いつものように素焼きの茶碗に満たした冷酒を飲みながら、世間話に興じていた。 ふいに大声がおこった。 動転した署員の手からその茶碗が滑り落ち、床に砕け散った。「な、なんじゃろう、あの声は……」 その声が、まるで耳元に口を寄せて叫ぶかのようにがんがん響く。「人民の番人が茶碗酒のみくろうていて、番人の役が勤まると思うのか。穢れた茶碗と申しておいたであろうがな。今日稼いで親や子を養わねばならぬ者から税をとり、税がおくれたというて三銭の罰金を取り立てて、それで酒を飲んでうまいのか。この世は上に立つ者ほど乱れておるぞよ」「あの婆あじゃ。ちえっ、見えもせんのに、困ったことをぬかしよるわい」「あんなこと叫ぶ気違いは早う釈放せんと、署長の耳に入ったら大事やでよ」 二人の囁きに呼応するごとく、頭の芯がしびれるばかりの声がとどろき渡る。「改心せぬと、早う出てくれいと頼まれても、三年たとうがここ動かぬぞよ」 二人は首をすくめ、「なんとけったいな婆あじゃ。わしらの声が聞こえるのかなあ、まるでどちらが監視しとるかわからんわや」 直は叫ぶ。「千里先でも聞こえるぞよ、千里先でも見えるぞよ」 宿直員は酔いもさめはて、しらけきった顔で酒をかくし、ちらばった茶碗の破片をかたづけるのだった。 明方、神が去ると、直は一昨年の出来事を思い出した。 ある日、町役場の上納係で、ひらわさんという爺さんが税金の督促にやって来た。当時の綾部町役場の吏員は誰も洋服を着ていず、みな着物に袴という姿だった。 今日の米にも困っている時に税金のはらえるはずがない。直は奥に行き、押し入れの中をかき廻してみたが、どう思案しても金にかえる物はなかった。税金が町やお国のために役立つのだと聞いていればこそ、何としても払わねばすまぬ思いであったのに――。 消え入りたそうに、直はひらわさんの前に手をついて頼んだ。「いまはできません。できたらすぐにお届けしますさかい、今日のところは堪忍しておくれなされ」 ひらわさんはさんざん毒づいて帰ったが、澄が小さな体で母をかばうように立ちはだかり、上納係をにらみつけていた光景も忘れられない。 明治二十二年の町制実施当時、綾部町会で町費条例が定められたが、その中の徴収督促条例によると、 ――納期後五日以内に督促し、督促後五日を過ぎてまだ納税しない時は、再督足する。再督促を受けても完納しない時は、滞納処分法により徴収する。督促一回受けた者は金一銭、再督促受けた者はさらに二銭、計三銭の督促料を払わねばならない。「税がおくれたというて三銭の罰金云々……」と叫んだのは、このことを指すのであろう。 当時の直は役場の人たちが飲んだくれて町を通るのを再三見かけても、税金さえ満足に払えぬ身を恥じ、いつも面を伏せてすれ違ったものである。それから二年後の今、直の心は、かかる社会のひずみに湧き上がる怒りを知るようになった。なんたる変化であろう。神の叫びにあらがいつつ、いつからか染み入り同化していく我に驚く思いであった。 署員の姿がちらほら見えだすと、また直は発動して、牢の中から叫び出した。「あまりこの世に運否があるので、神が見ておれぬから改心いたして、よき世といたすぞよ。世が変わりて、下が上になるぞよ。いまの人民、見えず聞こえぬ者ばかり、神が見ておれば、井戸のふちに茶碗をおいたように、あぶのうて見ておれんぞよ。神がくどう気をつけるぞよ」 正常な人間なら打ち叩いても黙らせることもできようが、相手が気違いでは手のほどこしようがない。折から登庁した署長と国谷は顔を見合わせ、「なんじゃい、あの婆さんは。えらい者をひきずりこんだわい」と溜息つくばかり。 疲れも知らず、直は叫び続ける。「これだけ呼ばりても、目がさめぬか。そなたらがこの世に食い倒しに来ておるから、この世は行けんようになるぞよ。用意をなされよ、足元から鳥が立つぞよ」
 昼近く、あわただしく国谷刑事が帰って来て、松井署長に耳うちした。「うーむ、そりゃ間違いないな。するとあの牢の婆さんは……」 国谷はてれた顔になり、「は、無罪放免というわけで……」 真の放火犯人は田町の大工の幸七で、今朝がた大工小屋に放火している現場で逮捕され、旧庁舎で調べた結果ついに自白したという報告であった。 警祭という所は、罪ある者には興味を示すが、そうでない者にはまるで関心がない。ましてうるさい直に手こずっていた矢先だけに、やれやれと署長は釈放の手続きを命じた。だがこの荒れようでは、保護者なしでつき放すわけにはいかない。それで親戚代表として、北西町の大槻鹿蔵が呼び出された。「お前、この婆さんを連れ帰って、なんとか守りしてやれいや」 署長の命令に鹿蔵は上目づかいになり、「いん鹿」の本領を発揮して居直った。「へんちくりんなこと言うてやなあ。あんたらが罪のない婆さんの手とり足とり三人がかりで畚で運んじゃったげなが、一言でもわしにことわり言うてくれたかい」「何をいうか、容疑者つれてくるのに、いちいちお前にことわるかい」「そうですかい。そんならよろしいがな。わしにことわりなしに、どうぞ放したっておくれなはれ。ただしこの婆さん……どえらい者が憑いとるで、暴れ出して騒ぎおこしても、わしの知ったこっちゃないでよ」「そうごねんと、頼むで連れていんでくれ」「ほんなら手かせ足かせ貸してくれなはるか」「罪のない者に、まさか手錠ははめられんわい」「そんなら、どないせいと言うんじゃいな」「しゃあないわな。座敷牢でも作って入れとかな」「へえ、座敷牢……ほなもちろん、警察で作ってくれてやろなあ」 署長はつるんとしたあごをなで、「無茶いいないな。公費でそういうことはでけるかい。それでも治安維持のために必要とあらば、ま、四方はんにでも相談してみるかのう」 鹿蔵はにやっと笑った。「もともと婆さんを入れたんは組の訴人ちゅうことじゃで、組でもそれぐらいの面倒みる責任はあるわな。座敷牢できたら呼んどくれ。その時はまた迎えに来ますで」 これで座敷牢作る銭は儲けたと鹿蔵はほくそ笑み、ゲタを組に頂けて北西町へ帰って行った。 警察からの依頼で、四方源之助はすぐ町内の主だった者を集め、相談にかかった。しかしこの頃になって直の金神の力は町内の者たちに恐れられ出したと見え、どの大工もいやがって座敷牢作りの引受け手がない。それを聞いた本宮の桶屋が仕事を買って出た。組内の者も手伝い、出口家の屋敷の艮の隅にばたばたと一坪ほどの座敷牢を作り上げた。 その夕、直を迎えに来たのは、大槻鹿蔵、山田善太夫の二人である。山田は元足軽で同じ組内、三代続いた四方家の子方であった。 直はおとなしく警察を出て、二人についていった。夕靄せまる出口家の前には人だかりがしていて、梅原おきが梅子の手をひき、蒼ざめて直を見ていた。 露地を通って裏にまわると急造の堀立小屋の一面に荒格子が組んである。入口に冷たく光る南京錠。夜具のほかはぽつんとそれだけ置かれた便器が、直の胸をついた。「さあ、母さん、ここに入んな」と鹿蔵はあごで牢の入口をさす。 発動の去った直は恥ずかしさに身を固くして、「あんまりやで、鹿蔵。わしはこんな中に入るのはいやじゃで」「なあに、四、五日でよいんじゃ。そういう条件で警察から出してもろたんやさかい、真似事にでも入ってもらわんならん」「そうや、鹿蔵はんの言うちゃった通りやでよ。おとなしゅうせなんだら、また警察ヘ逆戻りせんなんわい」と善太夫も口をそえるので、直は観念して自分から座敷牢に入った。錠のかかる金属音が響く。 ゴロの梅子が奇声を上げて牢格子にすがったが、鹿蔵につきのけられて後ずさった。鹿蔵は近所の子供たちにおどすようにいった。「ここに近寄ることはならんぞ。そばへ寄って怖い憑き物がお前らの背中にのりうつっても、わしゃ知らんでよ。よう言うとくぞ」
 こうして直の幽閉生活が始まった。食事は大槻家から毎朝、木の椀の底に半杯ほどのうすい粥が運ばれた。大槻伝吉がその粥を運んだ。それきりで、昼食も夜食もなかった。 ――狂った米のほかに、このわたしまで抱えては大槻家の所帯はどんなにか苦しかろう。一椀の粥とて露命をつなぐことはできる、と直は押しいただいて食べた。しかし日頃から食の細い直でも、さすがに空腹にたまりかねる夜があった。すると神の声がある。「……直よ、掌をねぶれ。掌をねぶっておれば、力がつくぞよ」 ふっとおのが掌に唇をつけると、かすかに甘く香気があった。思わずねぶった。不思議にひもじさが遠のき、気力が湧いてくるのだった。 伝吉のほかに毎朝きまって訪れる男は、森下岩之助という直の屑買い仲間である。もと川合の大地主だったが、無類の酒好きのため一代で家屋敷をのみつぶし、いまは飲み代稼ぎに屑買いしている変人であった。 訪れるといっても、岩之助のやり方は独特であった。仕事に出る前に、きまって牢のわきの道を行ったり来たりする。小窓の下に立って腕組みして空をあおぎ、「へえーっと……」と大きな声を出して思案のふりをする。すると姿は見えぬが、直の声だけ返ってくる。「岩さんかい。今日は北の方へ行きな、たんと商いがあるで」 岩之助は、間違ったら承知せんぞというように念を押す。「きっとか」「きっとあるで」 にやっとして岩之助は右肩をそびやかし、北の方ヘ曲がって行く。時にはためしに反対の方角へ行った日もあったが、さんざんな目にあった。彼にとって、直の指示は商売繁盛の秘訣であった。 義務のようにときどき見廻りにくるのが四方源之助である。直は源之助の顔さえ見れば叫び出す。「四方殿、この本宮に大地の金神の社を建てるぞよ。もとの神屋敷にかえすぞよ。そなたの家売りて下されよ。家持って立ちのいて下されよ」「やれ、まだ狂うとってじゃわい」 源之助は苦い顔になって戻って行く。 しかし、孤独な直にも楽しみが一つあった。帰神が去ると、耳をすまして表を行きかう足音を聞く。その中から、露地を曲がってしのんでくる小さな龍の足音を待つのである。 龍の身柄は、母が座敷牢に入ってからは、四方家から大槻家に移っていた。伝吉は牛肉の行商で忙しいし、米と直の看病に鹿蔵一人では手がまわりかねるという、もっともな理由からである。そのくせ鹿蔵は、決して龍を直の所へ近づけなかった。鹿蔵の目を盗んでくるので、せいぜい二日に一度ぐらいではあるが。「母さん、義兄さんがちょっと出ちゃったすきに走ってきたんや。おなかがすいとってやろ。おにぎり一つ作ってきたで」「おおきに……」 牢格子の間からさし出す竹の皮包みの下の、小さな龍の手を握って、直は涙声になる。「母さん、塩きいとるかい」 龍は格子に顔をおしつけて、自分の作ったおにぎりを頬ばる母をみつめる。「おいしいかい」「ああ、おいしいで」「梅干しがあるとよいんじゃが棚が高うて手が届かんのや。それから、何かしてほしいことあったら、うち、なんでもしたげる。不自由なことばかりじゃろうけど……そうや、お梅はんの家で、お湯もろてきたげよ、顔やら衿やら拭いちゃったらよいなあ」 龍ははずんだ足どりで去って行く。
 出してくれるという約束の四、五日も過ぎて、はや六日目であった。今か今かと解放してくれる者の足音を待ったが、その日も暮れてしまった。 ――鹿蔵は一度も顔すら見せぬ。わたしをここへ入れたまま、忘れてしもうたんではなかろうか、と直は心細かった。帰神が去ってふと人間心にかえると、この世にたった一人取り残されたような寂莫感にとらわれる。 火打ち石も行燈も取り上げられていたから、夕焼けの淡い照り返しも消え去ると、牢の中は闇黒であった。直は淋しさに堪えかねて、神に問いかけた。「神さま、いつ牢から出していただけますのでござりますか」 すると優しく神の声が返ってくる。「直よ、満月の夜まで待てい」 満月といえばあと二日――直は歓喜にもえて、格子の間から夜空を見上げた。月は隣家の屋根にさえぎられてか、まだ見えぬ。 と、ぱたぱたと息せききって駆けこんでくる足音。「母さん、これ……」 龍が暗闇の中から手を突き出した。直が受けとると、紙に包んだ一握りほどの豆煎りである。「こっそりおにぎり作っとったら、義兄さんに見つかって……」「叱られたのかい」「ふん、叱られたで。豆ぐらいではお腹ふくれんじゃろが……」「この豆煎りは、どうしたんや」「うち、買うたのじゃ」 恥ずかしそうに、龍は口ごもり説明する。少しのひまを見つけて近所の竹薮から竹の皮を拾い集める。きれいに洗って、蔭干しにして束ねる。それをためておいて、商店で小銭とかえてもらう。「山ほど拾っても、なんぼにもならんのじゃがええ、これで辛抱しておくれな」 直の頬を涙がすべり下りる。親らしいことを何一つしてやれぬのに、この子はこんなにも母のために心を砕いてくれる。思いきり抱きしめたいと願っても、太い格子にはばまれてどうにもならない。「母さんはなんでこんな苦しい目ばかりおうてんじゃろ」「よほど罪障が深いんじゃなあ」「義兄さんはいつ牢から出してくれてんつもりやろか」「満月の晩には出してやると、さっき神さまが教えてくれなさった。まだお月さまは昇られぬかい」 龍は格子を離れ、後ずさりして東の空を仰いだ。「母さん、あれ、屋根の向こうの柳の木の上に……だいぶ丸いなあ。もうじき母さんとこからも見えるで」「いま出ているのが、十三夜の月じゃさかい……」「嬉しい、明後日じゃ。母さん、うち、もう帰ぬわなあ。義兄さんに見つかったらまた叱られんならん」「おおきに、気をつけて帰になよ」 あと二日したら娘を抱ける。その期待に、直は胸が高鳴る思いだった。
 待ちかねた四月三十日(旧三月十五日)の晩、中天にかかった満月が青白い光を牢格子から投げかける。直は居ずまいを正し、耳をすまして足音を待つ。誰かは知らぬが、牢から出してくれる者の足音を――。 だが、たまさか近づく足音も、みなすげなく遠ざかって行く。向かいの安藤家からもれ聞こえるお初の機の音もやんで、夜露が、直の衿元にまでまつわってくる。やがて小さな下駄の音。龍が息をはずませ、声をかけた。「母さん、まだ出られへんの」「こんなによいお月さまじゃから、今夜中には出られると思うのじゃがなあ」「うち、それまでここで、待っとるわ」「やめなされ、風邪ひいてはならぬ」「いやや、おる」 龍は珍らしく言うことを聞かず、格子を握って地べたに坐りこむ。四月も末とはいえ、夜半を過ぎるとかなり寒い。「お龍、もうお帰り」 格子にすり寄って直は何度も繰り返すが、衿をかき合わせて月光の中に坐る龍は、思いつめたように動かない。このいじらしい娘のためにも一刻も早くと、直は焦って神に念じたが、どうしたことかひそとも応じてくれない。 いつか龍は、うとうとと居眠った。格子にかかった手がゆるみ、体が斜めに落ちこんでいく。倒れそうになりハッと目ざめると、母が格子越しに龍の袖をしっかり握り、支えてくれていた。「母さん」「お龍、もう夜が明けるで」「神さん、嘘ついちゃったなあ」  直の顔は、道に迷った子のように歪んでいた。なんとも答えず、「さ、眠たかろう。義兄さんに見つからんように早くお帰り……」 うなずく娘の感覚のしびれた冷たい指を、直はそっと離した。 北西町の近くまで来ると、もう東の空が白みかけていた。一晩中、夜霧にぬれた着物の裾が、冷たくはぎにまといつく。突然、近所の犬がけたたましく吠えたてた。「あ、義兄さんが起きてや」と思うと、龍はとびかかっていって、犬の口を押さえたい気持ちだった。 きしむ裏戸を、そっとあける。ぎくっと龍の体はこわばった。寝巻きのまま、鹿蔵がぬっと立っていたのだ。「に、にいさん……」 無意識のうちに、両手は防禦の構えになっていた。鹿蔵はその細い手首をぐっと引き寄せ、「こいつ、また婆さんのとこへ行っとったな」 言うより早く、龍の頬をばしっと平手でなぐった。よろめく龍の反対の頬を、今度は挙固でなぐりとばし、蹴りつけた。「あのぐらい抜け出すことはならぬと言うておいたのに、このしぶといあまめ」 龍は地べたにころがりながら、声をあげて泣いた。 ――米姉さんは気違いやし、今日こそ出られると信じていた母さんはまだ牢の中。母さんもうちもだまされたんや。あの神さんにだまされたのや。この上何を信じ、頼って、二言目には打つ蹴るの鬼のような義兄さんに監視されつつ生きて行かんなんのやろか。 ――いっそ死のう。 龍は身をひるがえして井戸に走った。が、井桁に足をかけた瞬間、強い力が衿首をつかんで引き戻し、突きとばした。 鹿蔵は井戸を背にして、激しい声でがなりたてた。「死にたかったら死ね、もう止めはせぬ。じゃがお前が死んだら、母さんの病気はさぞひどうなろう。もっと狂うて、死ぬまで牢から出られまいのう。ちぇっ、どいつもこいつも勝手に狂うて死にくされ、お前んとこみたいな気違い筋は、絶えてしもうたが世のためじゃ」 言い捨てると、鹿蔵はもう龍など見向きもせず、家に入って強く戸を閉めた。龍の心を引き裂くような音がした。 裏の葡萄棚のそばに立って、龍はおいおいと泣いた。母を思えば、もう死ぬことはできなかった。 ――どんなにつらかろうと母さんのために生きよう。 自分に言い聞かせながら、あとからあとから涙がこぼれ出てくる。葡萄棚の下一杯に小さく垂れている薄緑の花穂を見上げて、龍はしゃくり上げながら数えた。ただ意味もなく、葡萄の花を幾度も数えた。「お龍や」 暖かい手が肩にふれた。米姉であった。今日は調子がよくて、座敷牢から出してもらっているらしい。正気だと思いたくなるほど、静かな、心にしみる声であった。「義兄さんを恨むんやないでよ。わしかってこんなに長い病気じゃし、母さんかって気違いじゃし、その上、お前まで義兄さんの世話になっとるのや。義兄さんもかわいそうなで。商売はうまいこといかん、厄介なことばかり次々おこる。気が立っとってんや。お前が牢に会いに行っちゃったらなあ、母さんはいっそう牢から出とうなるやろ。それで牢を破って出てみないな。また義兄さんにどえらい迷惑かけんなんじゃろ。わたしさえ早う正気に戻れば、お龍にもこんなつらい思いをさせんのに……」 姉の頬も涙で濡れていた。暁の光の中にまぶしいぐらい美しかった。龍は姉にしがみつき、ワーッと泣くと、胸のしこりがとけたようで次第に気が鎮まっていった。
 また二日たち、三日たった。あれきり龍の訪れは絶えていた。粥を運ぶ伝吉に聞いても、「ふうん、元気や」と言うばかりで、話を避けてそそくさと帰ってしまう。「満月の夜を待て」という神の言葉を素直に信じ、夜っぴて待ってだまされたのだ。娘が、神も母も信じられなくなったとしても誰が咎められよう。否、龍よりも、より打ちひしがれているのは直自身であった。しかも不安に波立つ心を押えて瞑目し、神に呼びかけ続けてもなんの手応えすら返ってこない。一時はあれほど憑依物の退散を願った直なのに、神がかからぬとなると、こうも淋しいものか。 格子にもたれてうずくまった。何もかもものうく虚しかった。 昼近く、忍び足に近寄る者がある。梅原おきであった。「お直さん」と呼ぶなり、おきはまじまじと直を見つめた。気弱くなっていた直は、思わずその視線をさけて目を伏せた。 おきは格子に顔を近づけ、ためらい勝ちに囁いた。「本宮の桶屋の息子がなあ、昨日死んだげなで。お直はん、ほんまにおぼえがあるのかい?……」「え、あの子が死んだ?……田町の大内屋はんに奉公しとってじゃと聞いたが……」 この界隈のガキ大将で、幼い頃の澄がよく渡りあっていた相手と直が思った時、おきの声がなじるように強まった。「ぶいこ(ぶらんこ)から落ちて、睾丸打って死んじゃったそうな。うしろからどえらい足音がするさかい、びっくりして飛び降りたんじゃげな。桶屋が祈祷師に拝んでもろちゃったら、艮の金神さんの祟りじゃというお告げがあったそうなで。この牢を作ったのもあの桶屋じゃさかいと、みな噂しとってやわな」「……」「まだあるで。隣のお初さん、昨夜からひどう腹がやめて死にそうなと騒いどってや。あんたを火つけ犯人で訴人した罰じゃげな」 直は蒼白になって、おきににじり寄った。「艮の金神さまはそんな祟り神さまと違います。いちいち罰をあてなさるような、そんなちっぽけな神さまではございまヘん。艮は鬼門やの祟り神やのと日頃思いこんでいなさるさかい、何か禍いがあると、みんな金神さまのせいになってしまうのじゃ」 直の真剣なまなざしに、おきは気圧されたようにうなずいた。「そうやろと思ったんや。お直さんは他人をうらむようなそんな人やない。友だちのわしが一番よう知っとるわな。それでも、わしとお梅は……お直さんに何も悪いことしとらんさかい、うっかり間違えて罰あてんといてよ」と念を押し、おきはまた忍び足で去って行った。 一人になると、直は宙を見すえた。お互い気心知りあった長年の友のおきまでが、直を疑い、恐れている。だがそれを咎めることがどうしてできよう。直自身の心の中すらが、いまは恐ろしい疑惑で騒いでいた。 小呂の鑑定師、琴の息子平太郎、そして桶屋の息子と、直にからまる一連の不思議な死、その上、向かいのお初までが……。 後日談だが、お初は腸満をわずらって床についたまま三年後に死ぬ。戸籍によると、明治二十九年十一月十六日歿、享年五十歳。 苦悩にもだえながら、直は思い続けた。 ――三千世界の立替え立直しなど、まことあるものだろうか。満月の晩に出られるという予告さえ当たらぬ神に、どうして三千世界を動かす力などあろう。 ――やっぱり、わしの腹中にあった憑き物は、途方もないホラでわしを欺き、気に入らぬ存在は祟り殺す、性悪な狐狸の類ではなかったか。 ――わが代になって由緒ある出口家を傷つけ、泥をぬってしまった。世間さまにも顔向けならぬ。この上、生き恥をさらすことは耐えられない。 ――子供たちにだって、わたしの存在がどんなにか重荷となろう。この先はただ子供たちの足手まといにしかならぬのだ。わたしが死ねば、最初は悲しもうが、やがては「母さんは、そうするしかなかったのだ」とあきらめてくれよう。 何日も死ぬことばかり思い続けた。 近所の子らが息を殺してやってきて、好奇と恐れにぎらぎらする目でのぞきこみ、直と視線が合うなりワッと叫びを上げ、一目散に逃げ出す。それにも、もう心は騒がなくなった。
 五月二十二、三日のことだといわれる。 雨の降り続く夜であった。ゆるぎない覚悟ができたのを確かめ、直は単衣物の襟をほどいて梁に向かって投げ上げ、ひざまずいて天に別れを告げた。心は平静であった。 その時、あの手応えが戻ってきたのだ。ぐっと下腹が熱く重くなり、力が全身にみなぎり渡った。「直よ、いま死んでも、やはりこの牢の中におるのと変わらぬぞよ。罪障のあるだけのことはあってしまわねば、死んでも同じこと。霊魂はなお苦しむぞよ。今は地獄の釜の焦げおこし、そのかわり勤めあげたら十二単衣に緋の袴、天より高く咲く花じゃ。耐らぬと良い花咲かぬ梅の花、この経綸成就いたしたら、夫の名も出る、先祖の名も出る」「信じられませぬ。もう騙すのはやめにして下され」と直は叫んだ。「直よ、疑うのはもっともなれど、神の言うことは少しも違わぬ。この神にまかせておけば、それでよいぞよ」「それでも、満月の夜を待ていと言いなさったのは、あれは嘘でこざいましたわな」 すると、神は笑って、「神は偽りは申さぬぞよ。満月の夜に出られると申したのはまことのこと、あと半月余の行であるぞよ。有明の月を持ちかねるぞよ」「有明の月を?……わかりませぬ。どうせよと……」 神の言葉はとぎれ、直の手がすがるように宙を泳いだ。 と、水たまりを渡る小さな足音に直はハッと胸を躍らせ、格子に寄った。「お龍?……」「母さん――」 ぬれた手が母をさぐった。 月も星もない暗夜、見交す顔もさだかではなかった。「母さん、これで牢を破って逃げて」 短く激しく言って、龍は、母の手に固いものを押しつけた。直は息をのんだ。手渡された木の柄の先を探ると、三日月形の刃をきりきりと荒縄で巻きつけた鎌ではないか。 直の瞳が輝いた。この鎌こそ、神の示し給う具体的な回答に相違なかった。「お龍、おおきに……満月や、今度の満月の晩にこそ、きっと……」 龍は大きくうなずくと、さっと雨の中を走り去って行った。 その夜から、人目を盗んで直の破牢の作業が始まった。入口の蝶番の打ちつけられた太い木を、内部から目立たぬように鎌で切り続けた。作業ははかどらぬが、直はもう焦らなかった。どんなに急いでも次の満月の夜まで出られないと観念していたからである。 暗雲は去った。神が直を見捨て給わず、龍の心が母と共にあると知って、明るく晴れ渡る思いであった。夜もすがら、直は内なる神と語りあかした。
 上弦の月が、中空に光を増していた。いっときの眠りからさめて、その皎い光を仰ぎみた。破牢の日も迫り、鎌でつけた傷もかなり深まっていた。 が、しばらく前から、心にかかってならぬことがあった。直は意を決して、神にひたむきに訴えた。「神さま、せっかく牢を出していただいても、今までのように、わたしの口を通して世人をいましめなさっては、気違い扱いにされて、また牢へ引き戻されてしまいましょう。それでは御用もできませんし、子供たちもあまり不憫でござります。ほかのことなら何でもいたしますが、大声でわめくことだけは、どうぞこらえて下さりませ」「直、それでは筆を持てい」「筆?……あの……字を書くので……」 直は、小さくなって、頬を染めた。「それはなりませぬ。恥ずかしながら、わたしは、いろはの『い』の字も存じません」「そなたが書くのではない。神が手をとって書かすのだ」「筆も、紙も、ここにはござりません」「そこらあたりをみよ」 半月が、直の膝元まで、ほの白い光を投げてはいたが、見まわすあたりは暗い。直は手さぐりで床を撫でた。と、指にさわる物があった。月光にさらしてみると、一本の古釘であった。あるべきはずもない釘が、どうしてかここにあるのだ。 直は鳥が舞い上がるように立ち、古釘を持つ右手が牢の柱に向かったと思うや勝手に動いて、何やら文字のようなものを彫りつける。それがはたして文字であるかどうか、直自身にわかるべくもなかったが、手は別の生き物のようにいつまでも動き続けるのであった。 十二夜の月を直は見上げる。あと三夜満つれば……こんな思いで月の満ちるのを待ち望んだことはなかった。と、急にたまらぬ眠気に襲われ、魂が月に吸いこまれそうになる。 朦朧とした影が次第にくっきりとした形をとり、威風厳然とした神の姿を現わした。「……昔の剣より今の菜刀と申すなれど、今に日本刀の必要な時が参る。この剣をもって世界を洗え、荒ぶる神を薙ぎ払えよ」 はっと眼ざめると、夢の裡に授かった神剣が直の膝下にあった。鞘なし、刃先七寸五分。直は押しいただき、胸をはだけて懐の中に納めた。
 五月三十日(旧四月十五日)の深夜、切り続けていた格子がついに折れ、かたりとくぐり戸がはずれた。警察の牢に留置されてより数えて四十日――。 大地、この大地――。素足で夜気に湿った大地を踏みしめ、跪いて両手で撫で、土をすくった。指にふれる小石も、草も、こよなくいとしかった。見上げると薫るような満月であった。喜悦が涙と共にふき上がった。「母さん――」 いつの間に来たのか、龍が、大地にうずくまり嗚姻する白髪の老母にむしゃぶりついてきた。「満月じゃで、お龍――」 二人はしっかり抱き合った。 この時、安藤金助がこの光景を目撃し、あわてて四方家へ注進に及んだのを二人は知らない。「はよう逃げよいな。うちも連れてって。母さんの傍もう離れん」「逃げるというても、八木か王子しかないが……」「八木へ行こ、お澄に会える」 だが直は首をふった――。「八木まで歩くのは無理であろう。四十日も牢から出なんだので、とんと足に力がのうなって、立っておるのも大儀なぐらいじゃ」「うちが手を引いてあげるで、見つからんうち逃げれるだけ逃げよいな」 もつれるように二人が表まで出た時、金助の注進を受けた四方源之助が駆けつけてくるのにばったり出くわした。源之助は寝巻きの上に羽織をひっかけている。金助はその足で大槻家へ走ったはずであった。 立ちすくんだ二人に笑顔をみせて、源之助はおだやかに話しかけた。「今朝からえろう鎮まっとってじゃと思うとったが、そうか、もう出ちゃったんか」「はい、おかげさまで、すっかり鎮まりましたさかい……」「それは結構なことじゃ」「座敷牢に入っとりますうち、えらいお世話さまになりました。せっかく見舞いに来て下さったけれど、神さまが荒立ちなされて、家売れじゃの立ちのけじゃのと勝手なことを申しまして、ほんまにすまんことでございました」「なに、それだけわかっとるんなら、正気なものじゃ。ちっとも気にしとらへんでよ。それでこんな夜ふけに、二人でどこへ行ってじゃいな」「はい、八木の娘のとこまで、行こうと思うとります」「けれど牢ヘ入っとって体がやにこうなっとってじゃし、それにそのなりで道中はできんなあ。もう程のう夜も明けようさかい、それからにしたらよかろう。これからのことも、じっくり相談に乗らしてもらうでなあ」 源之助は大槻鹿蔵が来るまで時間を稼ぐつもりだった。それとなく話をのばしているうち、堤燈の灯がみるみる近づく。鹿蔵が金助と共におっとり刀で駆けつけてきたのである。 提燈を金助に渡すと、鹿蔵はまるで猛獣使いが獣を追い立てる恰好で直をねめつけ、縄を持った右手を振り上げた。「さあ、牢へ戻れ。痛い目にあいとうなかったら、さっさと牢へ入れ」 龍が母をかばって前に立ちふさがる。鹿蔵は無造作に龍の髪をつかみ、直から引きもぐと、「お前、ようもまあ家から抜け出して……こないだ、あれ程いうといたのに、おれをなめきっとるのじゃな。牢破って婆さんを助け出すからには、それだけの覚悟ができとろうが……え」 薄い唇をねじ曲げて、仰向かした龍の頬をなぶるようにはじいた。「それで何を使うたい。何を使うて牢を破ったい?……おい」「……」 ふだんおとなしい龍の逆らいの目つきに、鹿蔵のこめかみが青くひきつれた。鹿蔵が腕に力を入れると、小さな体が、音のないきしみを上げてのけぞった。「やめておくれ、鹿蔵――」 血を吐く思いで、直は叫んだ。「お龍はちっとも知らんことじゃ。わしが勝手に牢を破った――牢に戻るさかい、お龍を放しとくれ」 鹿蔵がつかんでいた龍の髪をゆっくりとつきはなすと、龍はよろめいて母の足元にくずれ、泣き声をかみ殺した。「ふん、どうせ一つ穴のむじなじゃ。婆さん、牢を破ってどこかへ逃げられるとでも思うのかい。大声でわめいて近所には迷惑かけるし、さんざ人に世話かけさらして、この上また……」 濁った三白眼をすえ、抑制のきかなくなった怒りに震えながら、鹿蔵は直に立ち向かった。直はじりじり後退して、今はずしたばかりのくぐり戸に背から入った。 鹿蔵は持っていた縄でめちゃくちゃにくぐり戸を格子に結びつける。そのすきに、龍が縁の下にかくしていた鎌をすっと抜き取り、鹿蔵の背にすり寄ろうとした。 殺気を感じた鹿蔵はふりかえり、「こいつ、わしを殺す気か」 躍り上がって鎌をもぎとろうとする。提燈の光に照らし出された鹿蔵の形相は怒りで醜くふくれ上がり、凸面鏡の中の顔のよう。龍は必死に鎌をかざして向かう。 横から源之助の手がのび鎌をもぎとると、背に龍をかばい、なだめるように言った。「お直さんは気がのぼせて狂うちゃったんじゃ。せっかく鎮まっとってやのに、母親の目の前であんまりむごいことをしては治るものまでワヤになるわい。それよりなあ、あまり長いこと閉じこめておくのも気の毒じゃ。このさい、牢から出してやることを考えたらどうやな」 鹿蔵もまた、源之助の子方であった。貫禄も違う。源之助からやわらかく説得されると、むっと横を向いたが、むげにも突っぱりかねて不承々々言った。「それならまあ、四方はんの顔も立てんなんさかい……まあ、出さんこともない」 一息いれると、鹿蔵は思索をめぐらすふうに煙った眼の色になった。「……ただしじゃ、その前に一つだけ、条件がある」とじっと牢の中をすかしみる。「おう、おう、出してくれるのなら……」 直はこわばった口元をほぐすように、もう一度、「お前が出してさえくれるのなら……なんなりと」と力をこめて言った。 鹿蔵はちらと源之助と金助を見、この場で言い出す損得をはかった。彼らは横槍を入れてくるかも知れぬが、反面、証人でもある。問題は直を陥落させればいい。 ねっちりと口説きにかかった。「よしよし、返答次第では考えてみちゃるわい。とにかくわしとこは、いつ治るとも知らぬお前ら母娘気違いをかかえて、この先どうやって食いつなげばよいやら皆目見当もとれんのじゃ。商売はさっぱりワヤやし、入る銭がのうて出る一方、どれだけお前ら母娘のために銭ほかしたか知れん。そこでこの出口のぼろ家でも売って一時しのぎをつけたいのじゃが、まさか文句はあるまいのう」「……」「何も面倒くさいことではないで。ただ、家売るという書類にぽんと判子だけ押してくれちゃったらよい。あとのややこしい段取りは、全部わしが面倒みちゃるさかいのう」「……」 鹿蔵の意図はようやくのみこめてきた。だが直とて容易に即答できる事柄ではなかった。この家は、亡き夫政五郎と二人で山から木を伐り出し、川原から石を運んで建てた家である。伝吉・龍・澄が生まれ、政五郎の死んだ家である。柱一本、傷一筋にも家族の歴史と愛着がしみこんでいる。 恐れを忘れたように龍が格子にとびつき、揺さぶって泣き叫んだ。「この家がのうなっては、うちら帰るとこがない。うちも、お澄も。……母さん、だまされたらあかんで。清吉兄さんかって、竹兄さんかって、せっかく帰っちゃっても、どこに寝ちゃったらよいんや。この家は誰にも渡したらあかん――」 源之助は金助と顔見合わせて腕組みし、むずかしい顔になる。「大槻はん、そりゃ無茶じゃ。それではまるで出口家を根絶やししてしまうやり方やないか」「ほう!……」と鹿蔵はわざとらしい声を上げ、得意の筆法で源之助に鉾先を向けた。「それなら四方はん、どうせい言うてくれてんじゃいな。わしが手えひいたら、米やこの婆さん、澄や龍もみんなまとめて、組内ででも面倒みてくれるつもりですかい」 そのやりとりを聞きながら、不思議に直の心は澄んできた。この家だけは最後の砦と長年思いつめていた執着すら、さらりと抜け落ちていくのを感じた。 直は静かに源之助に頭を下げて告げた。「御心配は嬉しゅうござりますけれど、もう心は決まりました。鹿蔵の好きなようにさせてやって下され。わたしはここから出してもらいさえすれば、それでよいのですさかい……」 急に鹿蔵の声がやわらぎ、浮き立った。「そうか、そうか、きっとか。義母さんには、面倒みるわしも娘もいるのじゃさかい、余計な家などいらんわなあ。そうと話がきまったら、もう牢などすぐ毀さんならん。おう、寒い。もう夜が明けてきたわい。風邪ひいたら大事やさかい、義母さんもまずこんな鬱陶しいとこ出て、わしの家まで行こかいな」 鹿蔵は先ほどの剣幕をケロリと忘れたように猫なで声になり、くくりつけた牢格子の縄を鎌でたち切って、直の手を引っぱった。 一番鶏が鳴き、金助が釈然としない顔で提燈を吹き消した。満月がうっすらと山の端に残っていた。有明の月であった。
 翌日、鹿蔵は警察に出牢の届けを出し、次の日には多勢の古物商を集めて、早くも出口家の入札を行なった。このとき手ばなした屋敷を今後は元屋敷と呼ぶ。 土地建物は、四十八円で四方角造の手に落ちた。鹿蔵は不動産ばかりか、家財道具一切まで、直に無断で売り払った。わずかに残ったのは、直が夜ごと四升の米をひき、その響きで子らが眠った石臼と、結婚式に使った高台の三つ組の盃だけであったという。 元屋敷を売り払った金の一部を、源之助が仲介して鹿蔵からとってくれ、その金で、政五郎生存中より直の重い負担となっていた銀行の借金を返済した。 最後の家も道具も売りはらい、全くの無一物になったかわり、すべての負債から解放された直は、身によろうた重荷をとりはずし、生まれ赤子にかえったようなさばさばした心境であった。この時をこそ、神が待っていたのかも知れない。警察に留置されたのも、座敷牢生活も、すべて神の摂理ではなかったか。体はすっかり衰弱していたが、すがすがしいものがこんこんと身内からあふれ、こぼれ落ちるかに感じた。「鹿蔵のおかげで、わたしの罪障も少しはとっていただけたかのう」と直は呟くのだった。 大槻家に三日いて、直は庭掃きをしたり、茶をわかしたりの雑用をした。だが米は直の姿を見るなり荒立つし、鹿蔵は「家を売り払えばもう用はない」と言わんばかりの邪魔物扱いである。 八木へ行こうと直は思った。 それを言い出すと、鹿蔵は機嫌よく、「ええとも、ええとも、お龍も連れて早う行きな。戻って来てもお前の家はないさかい、綾部に帰るという里心をおこすやないで」と念を入れるのだった。 六月二日早朝、世話になった四方源之助宅に寄って別れの挨拶をすると、「母子三人、八木ヘ厄介かけるのは気の毒じゃ。お龍はわしの家に置いときな。子守りもほしいとこじゃさかい……」 三津恵も出て来て共にすすめてくれるので、直はその好意に従うことにした。文が歓迎の笑顔を見せ、よちよち歩きの源太郎は龍にからみついた。 四方家を出たところで、旅姿の伝吉が追ってきた。「義父さんに頼んで、八木までついて行くことにしたでよ。お龍が行かぬなら、ちょうどよかった。母さんの足、まだよう歩けまいでなあ」 伝吉は、母との道中を楽しむように言った。涙ぐむ龍に見送られ、直は新しい旅路に踏み出すのであった。