表題:呪い釘 7巻1章呪い釘



 明治三十三(一九〇〇)年八月二十五日の夜半、行燈の灯を囲って秘かに執筆中の上田鬼三郎(後の出口王仁三郎)は、「電報」の声に驚いて立ち上がった。「モトキチキトクスクカエレ ハハ」 穴太の郷里からである。胸さわぎがした。起きて直に告げる。「西田元吉が危篤です。元吉いうたら、わしの上の妹お雪の婿、つまり義弟です」 少し目を閉じたなり、直は眉を寄せた。「よほど悪いようや。早う行って助けてあげなはれ」 未明、鬼三郎は木下慶太郎を連れて十四里余の山路を急ぐ。その日の黄昏時、穴太に着いたが、連夜の徹宵執筆に重なる長旅で、口もきけぬぐらい疲れていた。「元吉……元吉」 苦悶する義弟の手を握ったまでは覚えているが、そのまま前後も知らず眠り込んでしまった。「兄さん、起きてえさ」「喜三や、しっかりしなはれ」 妹雪と母世祢が揺り動かすが、正体がない。「へーえ、やっぱりよう。役にもたたんもんやさけ、狸寝入りさらしてけつかる……」 のぞきに来た株内の上田治郎松が相変わらずの憎まれ口。元吉も鬼三郎の姿を認めて安心したのか、うつらうつら眠りに入る。
 西田元吉が鬼三郎の妹雪と結婚したのは、一昨年の明治三十一年夏のことである。彼は田野村奥条(現亀岡市田野町奥条)で野鍛冶をし、懸命に働いた。 元吉の打つ鍬や鎌の評価は高まっていた。同じ鋼を使っても、名工の手になるものは切れ味が鮮やかで持ちがよく、刃こぼれしない。鍬は軽くて刃が固く、減らぬ上に土切れがよい。つまりさくっと切り離れて、刃先に土が団子のようにくっついてこないのだ。 その年の秋の獲り入れ時、手間借り(労力の交換)に行った先で、世祢の持つ鎌が話題となった。切れ味を比べても、誰の鎌も世祢のものに遠く及ばぬ。「お雪さんの婿はんが作らはった鎌や、奥条の西田の元はんや」 噂は広がり、村人たちは争って農具を注文しだした。 山あいの奥条では、家数も少なくて不便であった。穴太に移りたいと夫婦で相談した。園部に手紙をやって、長兄鬼三郎に意見を求めた。折り返し返事があった。「母が寂しいだろうから、お雪夫婦が来たら喜ぶだろう。家を建てるなら、大工は勝さんにさせると安うてうまい」 翌三十二年春、久兵衛池の脇に二間に二間半のこじんまりした家を建て、移転した。鍛冶屋は繁盛した。「元はんの鍬や鎌持ったら、ほかのは使えんわい」と村人たちは言いはやす。 田野村佐伯の郵便局に勤めてお礼奉公を終えた幸吉が、元吉に仕込まれて鍛冶の打ち手をつとめた。それでも殺到する注文はこなし切れぬ。やはり紀州生まれ、女房持ちの鍛冶職人幸之助を傭った。彼は小幡橋のたもとの「鍛冶市」(仮名)にしばらく働いていた男。鍛冶市では西田元吉出現以来、村人からの注文どころか、鎌のさきがけ(研ぐこと)すらぱったり絶えて商売は行きづまり、仕方なく職人幸之助を手放したのだ。「おのれ元吉」 鍛冶市の恨みは深かった。 明治三十三年八月に入って、暑さと過労のためか元吉の顔は蒼ざめ、手は震え、息苦しさを訴え出した。仕事は義弟幸吉と傭人幸之助に代わらせて寝つき勝ち。夜半になると熱が上がる。脂汗をたらしてもだえる。譫言に「胸が痛い、うう……畜生……苦しい」とあちこちかきむしって叫ぶ。おかゆも喉に通らず、日に日に衰弱するばかりだ。「これは普通の病気やないぜ」 由松と幸吉の兄弟は顔を見合わせた。「誰かに呪われとるのやないか」 心あたりはあった。 二人は幸之助に元吉の看病を頼み、その夜の丑満刻、棍棒を握りしめて外に出た。家のまわりを一巡して小幡橋に出、鍛冶市の家のあたりを見張った。小幡神社の化け燈篭の影がいやに長くて、気味がわるい。四、五日続けたが、何のこともなかった。やはりほんまの病気なのだろう。元吉の衰えようは痛ましく、医者すら原因不明の熱病として見放してしまった。「義兄さん……義兄さん、義兄さん」 元吉が譫言に鬼三郎を呼ぶ。たまりかねた幸吉が、電報を打ちに佐伯の郵便局へ走った。
 翌早朝、鬼三郎はとび起きた。手もつけられぬ熱と痛みに苦吟する元吉。直ちに身を清めて神前に向かい、元吉の病気平癒を祈った。鬼三郎の霊眼には、元吉の体にのしかかり呪いの鬼となって苦しめている男の生霊のいくつかが映った。「母さん、雪、すぐ餅を搗いてくれ。幸之助にも手伝わせるのや」 祈り終わるなり、鬼三郎が命ずる。「兄さん、こんな時に餅やなんて」 雪が恨めしげににらみつける。「早うせい、元はんの命にかかわるんや。幸吉、慶太郎」 矢つぎ早に名を呼んで、鬼三郎は言った。「お前らは、餅のできしだい、それを持って産土さんへ参拝してくれ。そして社殿の裏の大杉二本の幹をよく調べろ。墨で元吉の人形を書き、その上に八本ずつ五寸釘が打ち込んだるはずや。一本ずつ釘抜きで引き抜いては、釘穴へ餅を詰めろ。一本ずつやぞ。餅はこよりみたいに細くねじてな。ぐずぐず手間どっては杉の脂が出てきて、餅は詰まらんようになるぞ」 さすがの治郎松や見舞いの村人たちも、意外な言葉にぽかんとしている。ともかく早いところ餅を搗き上げると、鬼三郎の声がとんだ。「よし、幸之助、お前が杉の木へ案内せい」 幸之助はびくっと身を縮めた。その背を木下慶太郎が押す。搗きたての餅をかかえ、連なって一同が出て行った。 鬼三郎は、骨ばかりになった元吉の胸に手をかざして、鎮魂に不乱となる。 村の衛生係が、岡本巡査と吉岡医師を連れて入ってきた。「何じゃい、餅など搗きおって……」 庭に出しっぱなしの臼をみて、衛生係が真赤になってどなった。「この餅、食うことはならんぞ。みんな、この家を出るなよ。元はんは猖紅熱や。伝染の恐れがあるさけ消毒せんなん」 折も折、村内に猖紅熱が流行っていたのだ。 鬼三郎は園部での獣医学修業時代に医学書を精読していたから、病理学上一々例証を上げて反論した。結論として「生霊の祟り」と告げると、彼らはふき出して笑った。しかし鬼三郎の霊力を知る岡本巡査だけは、思いあたるふうに小幡神社へ走った。 社務所内には女子供が、境内奥には男たちが群れていた。五、六本の老杉が枝を茂らせて立つあたりは昼なお小暗い。サーベルの音に、人々はふり向いて道をあけた。 岡本巡査は、大人の手で一かかえ半もある大杉二本の幹に、よくよく目を近づけて見た。確かに人の形が書いてある。今そこから四、五本の釘を抜き取ったところであった。釘は根元まで深く刺さっていて、杉の生肌に締めつけられ、抜きにくい。餅もうまく入っていかない。思ったより手間どって、幸吉たちは焦っていた。 ようやく抜きとった釘を、岡本巡査は手にしてみた。長さは四、五寸、太さは巻煙草半分ぐらいの四角い耳釘だ。「こりゃあどこで造った釘か、鍛冶屋を当ってみたらすぐ分るやろ」 岡本巡査の問いに答えはない。調べんでも分っとるわい……と誰もが言っている目であった。 抜き取り作業は男たちにまかせて、釘を手に巡査は戻ってきた。吉岡医師と衛生係は、半信半疑の面持で呪い釘を眺める。 元吉の苦悶はやや治まって、「体の中に涼しい風が吹きこむようや」と弱々しくつぶやいた。「元吉、誰がこの釘を杉の木に打ち込んだか、心当たりはあるやろ」 巡査が病人の枕元に坐り込む。釘を手にして、元吉はすぐうなずいた。 鬼三郎が口をはさむ。「岡本はん、犯人は分っとる。けど咎めたりしなはんな。呪われるには、こっちにもそれだけの理由がありまっしゃろ」「いや、刑法上の罪になるかどうか調べてみんとちょっと分らん。呪い釘打てば必ず相手に響くという科学的な証明がないさけのう。けど元はんの場合、相手が呪い殺そうとした動かしがたい証拠がある。わしが今この目で見てきたばっかりや。ともかく犯人を挙げてから、その処置を考えるわい」 岡本巡査の八字髭が震えている。鬼三郎はなだめた。「昔からいいまっしゃろ。『人を呪わば穴二つ』……あれはほんまでっせ。わざわざ人を罰せんでも、呪う者にはいずれ三分がた自分に戻ってくるはず。生きた木に害意をもって釘を打ち込むこと自体、その木からも呪われる。木は生きてます。動物と同じ生産霊やないが、足産霊と名付ける霊を持っているさけ、木だって痛いのや」 慶太郎たちが引き上げてきた。「先生、全部で十六本すっかり引き抜いて来ましたで。元吉はん、どうです」 みんなが元吉をとり囲んだ。「ああ、涼しうてよい気持になってきた。おっきに、もうこれで大丈夫……」 元吉が泣き笑いして、半身を起こした。医者たちは首を傾げつつ帰っていく。 夜になって、幸之助夫婦が見えぬのに気がついた。「放っとけ」と鬼三郎がいった。その時になって、由松と幸吉は悟った。「そうか、あれは鍛冶市の釘や。わしらが見張ってた時に奴が姿を見せなんだのは、幸之助が一枚加わっとったせいやな。畜生、こちらの様子が筒抜けのはずや」 鬼三郎が笑いながら種明かしする。「杉は二本、打ったのは二人。幸之助は銭を貰うて手伝うたんや。けど恨んどるのはあいつら二人だけやない。いく人もの商売仇の生霊がついて来とったわい。奴らを恨んではお前らも同じ穴のムジナや。許したれや。こんな目におうたんも神さまの思し召しやで。全快したら、お前も我を折って、神さまに手を合わせる心になってくれ」 二、三日、元吉の回復を待ち、鬼三郎、慶太郎は綾部に向った。よろめきながら門口まで送って出た元吉を凝視し、鬼三郎は予言する。「呪い釘を抜いたあとはまだ完全やない。も一度苦しむやろ。けど命に別条ないさけ安心せい。二月ばかりで元の体になる。では大切にな……」 その通りとなった。元吉の体のそこら中がうずき出して身動きならぬまでに腫れ上ったが、六十日目に腰の腫れ物から二、三升もの膿み汁がはじけ出し、それきりすっきりとなった。好きな博奕もふっつりやめた。産土神社にお礼参りをした。朝夕神前にも拝礼する。 婚礼の夜の鬼三郎の言葉が、新しい意味をもって元吉を揺さぶった。「元吉、わしは顕幽神三界の出来事を神さんから見せてもろた。神の手足としてえらい御用を命ぜられとる。……わしはお前に神さまの綱がかかるのを待っとったんじゃ。元吉、力を貸してくれい。……霊界であったことは現界に移ってくる。その順序や時期はわしにも分らん。けどいつか必ずその時はくるのや。……わしは穴太には住めん。……すべて神のみ心のままやさけ……」
 綾部へ帰り着いてみると、夕闇せまる門口に、荒縄でくくりつけた鞄や風呂敷包みが放り出してあった。「あれ、これは先生のやありまへんかい」 木下慶太郎が不思議そうに鞄をひっくり返して言う。確かに鬼三郎のもの、それも全財産だ。いや、あれがない、あれが……。 鬼三郎は血走った目で見まわした。嘲笑悪罵も笑って受け流し、夜ごとの睡眠時間をけずりとって、命をこめ書き続けた高熊山での霊的体験実録記。 鬼三郎は庭の隅に走った。そこに荒縄でくくった古新聞包みがころがっている。震える手で解いてみて、鬼三郎はあえいだ。 ――あった、ああ……。 同時に憤怒が、重苦しいばかりにこみ上げてきた。「澄、お澄、出てこい」 門口に立って怒鳴りつける。四方春蔵がこそこそ奥の間にかくれるのが見える。「変やなあ、どないしちゃったんやろ」 濯ぎ水を汲んできた木下が首をひねる。鬼三郎がすり減った泥草鞋を解いていると、「ニャーン」とお長が甘ったれ声で出迎え、いつものように先曲りのしっぽを立てて足にすり寄ってきた。三毛の雌猫である。野良猫に餌をやるうち、いつのまにか上りこんで、公然と鬼三郎にはべるようになっていた。 四方祐助が出て来て、とぼけた顔で言った。「あ、先生、今帰っちゃったんですかい。お疲れさんで」「澄はどうした」「へぇ、お澄はんは昼から北西町のお米はんとこに遊びに行ったなりですわな。夕食の支度もせんならんさけ、さっき迎えに行ったら、あんた……」と祐助は急に声をひそめて、「お米さんに花札習うて、無我夢中で勝負しとってや。役員さんらにばれたら、またうるさいこっちゃろ」「帰ってこんのか」「どうでっしゃろ。帰ってきまっしゃろか」「馬鹿っ」 落雷のような怒声だった。お長がすっとんで腰を抜かしたのか、おたおたいざっている。「これはどうしたんや祐助。わしの荷物、何で外へ放り出したる」「さあ、何でやろ、ほんまに放り出したるなあ」 また怒鳴られると思ってか、祐助は逃げ腰になった。裏口から、二、三人の走り出す足音が聞えた。鬼三郎の眼は祐助を捉えて離さぬ。観念して、祐助はしゃべり出した。「惜しいことじゃったでよ。先生がこんなに早う帰ってきてやとは、誰も思っとってやないさかい……。もう一日ゆっくりしてきちゃったら、役員さんらの思惑が立っとったとこですわな」「何や、思惑いうのは……」 祐助はしゃがみこんで、鬼三郎の手にある古新聞包みを指した。「これですがな。先生が穴太に発ちなはった日、中村はんが広前の大掃除するいうて、先生の部屋まで掃き出しなさった。机の下から仰山出てきたこの紙見たら、中村はん蒼うなっちゃった。何と角文字がぎっしり並んどるやござへんか。それから春蔵はんを呼んでくる、村上はん、黒田はん、塩見じゅんさんもとんでくる。『会長はんが外国み魂に占領されちゃった。夜半にかくれてこんなもん書いとるのが何よりの証拠や。朝寝はする、人前で屁はこく、水行はいや、おまけにいろは四十八文字の筆先にまで反抗さらす。何書いたるやらさっぱり読めん。読めんから、わしらの無学は尊い。学は神には勝てんぞよ。さあ、いよいよ神と学との大たたかいじゃ』とマアこういうわけで、全員意見一致したんですわな。さっきまで皆で寄ってこって(たかって)、お澄はんの留守をさいわい、会長はんの荷物くくって放り出したんじゃな」「放り出してどないする気や」「もともとは春蔵はんが言い出しちゃった。『天眼通も天耳通もなにもかも、先生の知っとることはみな覚えたさかい、あんな外国身魂は追い返してもたらよいんや。今、故郷に帰っとるのは神さまのおぼしめしじゃさかい、早う先生の荷物を穴太へ送り返せ。そうすれば広前の汚れも清められる。高天原がすっきりしたら、世界にもそれが映って、立替え立直しのどえらい御用になる』ちゅうて……」「曲津どもめ、よいころなことぬかしやがって……。教祖さまはご承知かい」「知っとってやござへんやろ。今夜のうちに荷物を送り返して、明日は平蔵はんに、役員総代で穴太へ断わりに行ってもらうつもりでした。その上で教祖さまには申し上げる。先に知られて、止められてはどもならん。善は急げ……」「何が善じゃい」 また鬼三郎の声が爆発しかける。ひどく疲れ切っていたし、空腹だった。木下慶太郎と二人で荷をほどいて、元の場所におさめた。 ……誰が何と言うてきたかて、奴ら、許しちゃるけい。けどわしが、なんでこんな思いをせんならんのや。 うずくまったなりのお長を抱いて頬ずりすると、不覚にも口惜し涙がこぼれてきた。                                                                                                                                                                                              
表題:鞍馬山出修 7巻2章鞍馬山出修



 冠島、沓島と老齢の直の激しい出修が続いたが、近くまたどこかへ出修せねばならぬ予告の筆先が現われる。 ――ここまで世に落ちておりて、今度世の変わるについて、もう一度出口にご苦労にならねばならぬぞよ。……三人。も一人つれて行きたいなれど、まず評議の上にいたさなならんぞよ。誰でも行くということはできんぞよ。来春と思えども、それでは神が現われるのがおそくなるから、今年のうちにご苦労になろまいかも知れんぞよ。(旧八月二十五日・新九月十八日) 行先は不明。供は三人、もしくは評議の上もう一人という。その供の一人に自分を擬する役員も少なくなかった。 ――艮の金神国武彦命と現われて、出口直の手で書きおくぞよ。昔から今度の御用さすために、出口の身魂は苦労さしてあるから、何いたせと申したとて、いやと申したことはないぞよ。まだこれからどこへ連れ行くやらわからいでも、いやとは申さん。出口ご苦労なれど、また三人はこういえば気にさわるなれど、出口の小指の苦労もできておらんから、今度の所へは連れて行かんなれど、何を申しても世界の大望せけるから、一度正真の神が誠の所へ連れ参らんと、誠のことができんぞよ。この四人の中に、心得違いがありたならば、艮の金神が万劫末代のことをきわめに参るのであるから、心得なされよ。(旧八月三十日・新九月二十三日) その四人が誰か依然として不明だが、改心せぬと、どうやら神の戒めがあるらしい。 ――今度、実地の神が連れ参るのは、陸の龍宮であるぞよ。四人の身魂は因縁の所へ行ってもらわんと、わからんことがあるぞよ……逆さまになりて、お詫に来んならん人ができるぞよ(閏八月一日・新九月二十四日) 海の龍宮の冠島、沓島に続いて、今度は陸の龍宮であることが示された。それはどこ?……そして誰かが油をしぼられて、神に詫びることになるらしい。 艮の金神のプログラムは進行する。 ――今度、実地の所へ連れ参るから、みな行ないを変えて下されよ。留守番は木下慶太郎、今では粗末にあれども、これも因縁のある身魂。村上房太郎、改心のため留守番。慶太郎はお給仕、結界はいっさい構うて下されよ。房太郎、書き物いたすと申して、えらそうにいたすでないぞよ。(閏八月四日・新九月二十七日) これで留守番役は決まった。有無をいわせぬ神定だ。 ――この世をこのままにしておいては、もう共食いいたさないけんようになるぞよ。このみぐるしき世の中を立替えいたすについては、今度の四人の旅立ちの旅姿も、ちと因縁のあることじゃ。四方藤太郎殿は、このことをつけ止めておいて下されよ。(閏八月五日・新九月二十八日) この日、鬼三郎は、澄の仕立ててくれた新しい着物を着て、自室で執筆していた。和綴じの帳面の表紙には『多満の礎』。筆の動きは瞬間のよどみもない。「天は高きものとのみ思うことなかれ。誠のある所、正しき神の坐ますところはみな天なり。龍宮館の下津岩根もまた天なり」「二個の眼を失いたる人は、この世の光明を見ることあたわず。心の眼を失いたる者は、その暗きことひとしおなるべし。心の眼なき者は、神に見ゆることあたわざるべし。高天原を見ることあたわざるべし」「東の君主に仕え、同時に西の君主に仕えがたきと同じく、人はもし財宝に仕えんとする時は、同時に神に仕うることあたわざるべし。金銭を使ひて国のために尽すは良し。金銭に使わるるものは、神の光を知らざるに至るべし」「今日畑に在りて、明日は釜に煮らるるものなりとて、神はその刹那まで守護を与え給う。神の教を守る人の身の、なんぞ神の守護なかるべき。これに反して信仰なき者の心は、あたかも薄氷を踏むが如く、とうてい安息のいとまなかるべし」 役員信者たちにとって、直の手になる筆先は絶対だ。だからこそ、表面的な字句に拘泥し、真意を理解できぬための弊害は随所に現われる。漢字をまじえて執筆することさえ、はばからねばならぬ現状なのだ。筆先の意味をやさしくかみくだき、正しく理解させることこそ、鬼三郎の大きな使命であらねばならぬ。 現に筆先は示す。 ――艮の金神は、出口に筆先で世界のことを書かすぞよ。上田はこれから筆先を説いて聞かせる御用。筆先ばかりでも細かいことがわからんぞよ。上田には霊学が授けてある。筆先と霊学とで世界のことを説いて聞かせば、みな改心がでけるぞよ。この筆先と霊学がわかりて、世界は一度に見えすくようになるのざぞよ。(旧八月十三日・新九月六日) ことわりもなく襖が開いて、中村竹吉が立っていた。「また角文字を書いとるんじゃあろまいなあ、とにかく教祖さまがお呼びじゃさかい、すぐ広前へ行きなはれ」 広前には四方春蔵がいた。鬼三郎を見るや、ぷいと外を向く。不愉快であった。 直はつと立ち、神前の三方に置かれた筆先をとって中村竹吉に渡す。竹吉は押しいただき、くり返し音読する。 ――こんどの実地の神の仕組てある所は、変性男子と女子より行かれんぞよ。澄子と春蔵と二人は修行のためじゃ。皆々のために神が連れまいるのじゃ。それを見て改心をなされよ。世界のかがみの出る元であるから、みなかがみに出さすのざぞよ。(明治三十三年閏八月五日) 直は肉体こそ女だが、霊は男であり、(男霊女体)、鬼三郎は肉体こそ男だが、霊は女である(女霊男体)と、これまでしばしば筆先に示されてきた。従って筆先では、男子(変性)といえば出口直、女子(変性)といえば上田鬼三郎となる。 直はいう。「今度は、普通の人間では行かれぬ所やげな。実地の神の住まいなさる、結構な所の怖い所やそうですで」 中村竹吉が、お筆先の続きを読むような調子で口を出す。「あたもったいない、教祖さまはこのご老体でどこの国とも知れず、ご修行に行かれなはる。このお筆先はそのご神勅ですわな。それもこれも、ひとえに会長はんの改心がでけぬためですぞ。神さまやお国のために身命を投げ出さんならんお役の人が、病人がでけたぐらいで、ほいほい穴太に帰ることがあるかいな。人の一人や二人死んだからいうて、この大切な御用に代えられるもんやござへんで。ちっとはつつしんでお筆先を拝読きなはれよ」「……」「さ、さ、教祖さまの前で改心を誓いなはれ」「改心て、何じゃいな」「それ、それが改心できとらん証拠や。改心できぬ者は、役員として、命に代えても今回のお供はさせまへんで。その代わり、及ばずながら、わしがお供しますわな。会長はん、いかがでござる」「代わったるで、行きたかったら。子供でもあるまいし、けったくその悪い、行先もわからん所へ、へいこら嬉しそうについて行けるかい」 鬼三郎は立ち上がった。「なんやて」 中村が眼をぱちくりさせる。お世継たるものが不遜の言辞をはくなど、思いも及ばぬことなのだ。 直はやわらかに諭す。「中村さん、改心は先生だけではございまへんで。役員の皆さんも同じことですわな。先日からの皆さんの行ないも省みてくだされ」「へい……」 両手をついたまま中村は動かぬ。誰よりも熱心に筆先を拝読し、誰よりも多く水行をつとめる中村は、暗に自分もまた改心を求められたことが実に心外であった。これだけお道のために尽くし、真面目に、真剣に、誠心こめて努力している者がわしのほかにあろうか。それを……これ以上どう心を改めよというのや。教祖はんもあんまりじゃ。 恨めしかった。白い眼を上げ、荒々しく畳をすって広前を下がる。井戸の方からこれ見よがしの激しい水音。「先生、八日立ちですさかい、そのつもりでな」「わし、今度はこらえてもらいます」 鬼三郎は直に言葉を返した。「なんでです」「同行者が気に入りまへん」 あごをしゃくって、鬼三郎は四方春蔵を示した。春蔵は、先ほどから、神妙に直の背後にうつむいていた。しかし鬼三郎には、直の庇護に甘ったれているとしか思えない。 穴太から帰って間もなくの旧八月十一日、鬼三郎に対して筆先が出た。「綾部の化物、狂人を見てきてやろうと、なぶり心で来る者もあるぞよ。また誠を聞きに来る者もあるぞよ。その仕組みじゃぞよ。上田は阿呆になりておざれよ」 そして同じ日、春蔵に対しては戒めの筆先が出た。「春蔵どの、行状をかえなされ、今の精神の持ち方では、気の毒があるぞよ」 しかしながら、直自身の口から叱責した気配はない。あいかわらず春蔵は、こつこつと会長排斥運動を続けているらしい。鬼三郎の頭を「阿呆になれよ。辛抱しなはれ」と撫でておいて、春蔵の跳梁は「行状を変えなされ」の一言で見て見ぬふり。なぜ教祖はもっときびしく善悪を立てわけぬ。 積もり積もった怒りがこみ上げて来た。「春蔵は、わしをさんざ妨害しとる張本人でっせ。今度穴太へ帰った時も、会長排斥運動の原動力になりくさった。それを神直日大直日に見直し、聞き直し、宣り直して、赦してやったのや。本来なら恥ずかしゅうて広前へ顔など出せん男のはず……」 それを許す直への怒りもこもっていた。だが直のおだやかな表情は変わらない。「筆先は私の自由にはなりまへんのやで。神さまのご命令ですさかい……」「そやさけ合点がいきまへん。三千世界の善悪正邪を一目にお見すかしの艮の金神さんが、よりもよってなんで春蔵ばらをお供に加えはるのや」 春蔵から直へ、直から艮の金神へと、鬼三郎の怒りはふり向けられる。「春蔵なんかと道づれになるのは、送り狼と同行するようなもんや。いつ寝首かかれるか知れたもんやない。それを知って春蔵をといわはるのは、表面だけつくろうて、要するにわしに行くなということでっしゃろ。わしは気をきかしてやめときますわ」 直は鬼三郎の眼をじっと見た。その眼から金色の霊光がほとばしり出て、鬼三郎を射すくめた。直の表情も声音も少しも変わらぬのに。「先生、あなたは広い心で春蔵さんの罪を何度も許してくれなさったなあ。それでも『許す』ということは、どういうことですやろ。朝夕の神言で唱えるように、神さまは人々の罪を聞き入れなさって、祓い清め、忘れてくださる。無学でよう分りまへんが、神直日大直日に見直し聞き直すというのは、相手の罪をさらりと忘れてあげる心ではござりまへんか。それとも、先生は口先だけで許されて、心の中では春蔵さんの罪を数え立てていなさったんですかい」 溶けてしまいたいほど、恥ずかしかった。筆先の解釈をするつもりで、えらそうに執筆までしながら、朝夕となえる祝詞の言葉一つ身につかぬとは……。 直はほほえんだ。「先生、裏口の柿の木の下を見てくだされ。『恐ろしいことが起こる。みな、戒めのためじゃ』と神さまがいうてなさるさかい」 何がなし不気味な気がして、春蔵を誘った。「後学のためや。一緒に見に行こ」 柿の木の下にしゃがみ、四方祐助が草をむしっていた。ほかにはなんの変哲もない風景だ。「ここが裏口の柿の木の下やけど……祐助、なんぞそこで変わったことないけ」「別にござへんで。そういえば、ミミズが立替えでびっくりしとるぐらいのことやな」 けげんそうに、祐助は首を横に振った。念のために二人がのぞいて見た。なるほど、草の根と共に土がほじくり返されて、一匹のミミズがもがいている。と、殿さま蛙が跳びついて、ミミズを呑みこむ。あっと三人がみつめる前で、ミミズは蛙の口中に消え、のどのあたりでぴくついている。「きゃっ」と、春蔵がとび上がった。彼の足下から、いつ現れたのか太い黒蛇がしのび寄る。「しっ、しっ、」 祐助が蛙を追い立てても、魅いられたように蛙は動けない。ゆうゆうと蛇は蛙を呑む。 ミミズは蛙に、蛙は蛇に……何をいまさら驚くことがあろう、世の常の習いではないか。思いは同じか、春蔵はつまらなそうに帰りかける。「あ、お長、お長……」 祐助の悲鳴の先に、三毛が蛇の頭をくわえて振り回している。「こら、こいつ、離せ」 お長を叱りつけながら、何となし背筋が寒くなった。と、黒い塊が弾のように飛び込んできた。「ぎゃあっ」 お長はかまれたのか悲鳴を上げ、大黒猫と組み合って、玉ところがる。「畜生、ばか、やめろ」 お長がとび離れて、柿の木にかけのぼる。黒猫も追って柿の木へ。枝の上で毛を逆立ててうなりつつにらみ合う二匹。かなわぬとみて必死に逃げ回ったお長はついに追いつめられ、高い枝から落ちてふんのびた。 突然怒りがこみ上げ、獣と化したように、鬼三郎は柿の木によじ登った。力まかせにぐらぐら揺する。黒猫は太枝にしがみつき、ぶらぶらするのは色づきはじめた柿の実ばかり……。「先生、おりなはれ、みっともない。せっかくの着物がわやや」 祐助の言葉に冷静に返って木から降り、新調の着物を眺めた。袂にべったり猫の糞がついている。よく見ると、柿の太枝は猫の糞まみれ。 祐助は嘆息した。「なんと先生、上には上があるもんじゃなあ」「阿呆、そんなどこかい」 木の上の黒猫を憎さげににらみつけて、鬼三郎はぐったりしているお長を抱いた。「お前の仇はきっと討っちゃる。今に見とれよ」 静かな足音に、三人が振り向いた。「分りましたかい、春蔵さん」 直がにっこりした。何故か春蔵の顔は土気色になり、毛穴がひらいて、びっしょり冷汗がふき出ていた。
 明治三十三年十月一日(閏八月八日)午前一時、広前の門前には、前夜から駆けつけた数十人の役員信者たちが群れていた。今度の出修はいかにも謎めいていた。どこへ、何故、いつまでなのか、直でさえ知らぬ。これが永遠の別れになるやも……。一途に教祖を慕う者ばかりだ。「どうぞ途中なりと送らせてほしい」と、泣いて頼む者にも、直は神命を楯に頑として許さなかった。 礼拝を終えて門口を出る時、ちょっとした悶着があった。用意された四本の杖を持って立つ春蔵の手から、直は梅の杖を受けとった。春蔵は澄に雌松の杖を渡し、自分は雄松の杖を握って「どうぞ……」と、鬼三郎に青竹の杖を差し出した。叱咤がとぶ。「ばか、青竹はお前が持て」「いやじゃ。わしはこれ……」 青竹を投げ出して雄松の杖を抱きしめたまま、春蔵は鬼火を灯したような目を裂いて、鬼三郎を睨んだ。思わぬ確執に一同はしんとなった。「春蔵、お前らの精魂こめて作った竹杖やろ。それはお前にくれたる。雄松をよこせ」 鬼三郎が手を突き出す。ややあって、春蔵は目を落とし、雄松を渡して、青竹を拾った。 ほっとして一行が動き出したのは午前一時半。「八木の福島をさして行け、つぎに指図をいたす」との神示であったから、ともかく茣蓙蓑を肩にかけ、菅の小笠を傾けて須知山峠にかかった。狐が啼き、山兎が足下をかけぬける。夜をかけての旅、せっかくの満山の紅葉も黒一色に沈んで見えない。鬼三郎と澄が先に立ち、少し後に直、春蔵。四人の持つ提燈は、樹間にちらちら動いている。「かわいそうに、春蔵はん、しょんぼりしとってや」 澄がささやいた。鬼三郎はむっつりしている。「何で竹の杖はいやなんやろ。あんなにこっちの杖欲しがっとるなら、先生、代えてあげちゃったらよかったのに」と澄はこだわる。「……」 まるで子供の喧嘩やと、不機嫌にだまりこむ夫の顔を、澄はのぞき込んだ。「竹やろと松やろと、杖でさえあれば、どっちゃでもかまへんのや。わしはかまへん」「そうなら何も……」「ところが、そうはいかんから、しんどい」 鬼三郎は説明する。「どうでもよいことやが、春蔵にとってはそうやない。あいつは命がけなんや。あの青竹には、あいつの怨念がこびりついとる。あんな杖を頼りに旅を続けてみい、毒がしみこむようにわしの体がまいるわい。あの杖はのう、わしを害するために、春蔵らがわざわざ執念こめてつくったものや。それくらいのことが分らんわしかい」「……」「『うめでひらいてまつでおさめる。たけはがいこくの守護』いうお筆先が出とったやろ。澄はどう思う」「へえ、何のことやいな」「あいつらは、それをそのまま鵜のみしとるのや。梅はこの世を開く役やから教祖さま、松はお世継となって世を治めるから澄と春蔵、わざわざ雄松と雌松で杖をつくった。あとは分るやろ。わしの分は竹。がいこく身魂やから」「なんや、解っとらんのはうちだけでしたなあ」 鬼三郎は軽く笑った。「お筆先の意味を、わしは言霊で解してこう思う。梅は教え、松は政治、竹は武や。竹ががいこくの守護いうのは、神の教えを開いてまつりごと(政治)し平和に治めていくべき国を、軍備で押えようとするのはがいこく、つまり国を害するやり方というわけだ」「むずかして分らんなあ……」 澄が自分の頭をこづいた。「たけいうのは武器の武のこと。人や獣を殺す道具のことや。昔は竹が武器やった。竹槍、弓、矢、みな竹からつくったもんやさけのう」「そんなら春蔵はんらは、あの竹で先生を……」「ははは……まさか突くとか叩くつもりやないわい。子供だましみたいやけど、奴らは本気で思い込んどる。筆先に『今度の四人の旅立ちの旅装もちと因縁のあることじゃ』と出とるやろ。奴らはそれを十分意識しとった。もし奴らの思惑通りになってみい。『会長は竹の杖とった。やっぱりがいこくみ魂やった』……それより恐ろしいのは、首尾よく雄松の杖を握った春蔵の心や。神に許されてわしこそお澄のみ魂の夫、正真の世継やと信じて有頂天になる。その慢心を狙われて、またどんな妖魅に襲われんとも限らん。今度の出修は何やら知らんが、修行のため、改心のためやとお示しが出とる。出発に当ってぴしり思惑をはずしてやったら、春蔵もこれ以上の心得違いをせんやろと思うたんじゃ。これがわしの愛情や」 澄はやっと夫の心に触れた。嬉しくなって夜を幸い、提燈を持つ鬼三郎の手を求めてくる。二人の間で提燈のあかりがゆらゆら揺れた。 須知山峠の峻坂を下り、枯木峠を踏み越え、榎木峠の頂上にさしかかると、前方に火光が見えた。夜半、山中に火を見れば、鬼三郎は反射的に山賊を連想する。きゅっと胆が冷えた。「お澄、気をつけろよ。山賊かも知れんぞ」「おもしろ。どんな顔の人やろ」 澄が足を早める。鬼三郎は慌てて澄の手を引き戻し、「お前は母さんと後から来い」とささやいた。妻といると、神経がどうもおかしくなる。 弱味を見せまいと、鬼三郎は胸を張り、大股になって進む。焚き火をしていた男が気づいて、道に立ちふさがって待つ。 一行が近づくと、男はいきなり大地にひれ伏した。「お願いでございます。どうぞお願いでございます」「誰やいな」 澄が提燈のあかりを近づけ、意外そうに叫んだ。「あ、安之助はんか。なあーんや」 福林安之助だ。彼は熱心な信者で、以久田野の奥から二里の野路を通って、広前へ三日にあげず参拝していた。「どうぞ今度の出修のお供につれて行っとくれなはれ。わしは猿田彦となって、ここにお待ち申しておりました。猿田彦いうても、どこへ御案内すればよいやら道は分りまへん。けど何杯も水かぶって、神さまにお願いしてきました」「神さまのご命令は、わたしの一存では動かせませんでなあ」と直が当惑した声を出す。「猿田彦があかんのでしたら、せめて人足の端くれになと加えとくれなはれ」 福林はすり寄って直の足下にひれ伏し、「この寒空に、教祖さまがどこでどうしておられるか思うたら、居ても立ってもおられんのですわな。わしは死んでもお傍をはなれん覚悟で出てきました。今さら家へは帰れしまへん」 福林の横には、ちゃんと茣蓙蓑、梅の杖まで用意してある。 鬼三郎は気の毒になった。思えば、沓島出修の際にも、一行九人の中に入れていた村上清次郎が春蔵らの言に迷い出し、急に同行を断わってきたことがある。その場にいた福林が即座に代わりの同行を願い出たので、神の許しを得て参加させた事情を思い出した。よく補欠になりたがる男だ。「教祖さま、お供とはいわず、荷物持ちの人足としてなら……」 鬼三郎の取りなしで、直はようやく許した。あふれる涙を袖で拭うのももどかしげに、福林は茣蓙蓑を背にくくりつけた。「三人……も一人連れて行きたいなれど、まず評議の上にいたさなならんぞよ」 ……そうか、福林はんのことやったなと、鬼三郎は、前に拝読した筆先の一節に思いあたった。 三の宮あたりで日が昇ったが、深霧が白くたちこめていて、その姿を拝ませぬ。春蔵のあまりの遅れようが気になった。直も時々振り向いては、霧の奥をすかし見る。一行の荷物を棒にくくってずんぐりした体にかついでいる福林は、あと戻りして様子を見に行った。 春蔵は道のかたわらの岩に腰かけ、青竹の杖にあごを支えて動こうともせぬ。「教祖さまが御心配しとってやで。早う立ちなはれや」 福林にうながされてしぶしぶ道を歩み出しながら、春蔵はつぶやいた。「雄松の杖はわしのもんや。それを会長が横奪りしくさった。会長を綾部に帰なして、わしが雄松の杖を突いて雌松の杖と並んで歩かんと、今度の出修の目的が成就せん。大本のお仕組みがわやになる」 無念げに唇をかんだ春蔵の面には、十九歳の少年と思えぬ悽愴の気が漂っていた。 桧山の会員、坂原巳之助方で小憩。観音峠を越え、園部の町に入る。たまたま教祖の出修を知り、急ぎ出迎えにくる上仲儀太郎と出会った。「ぜひわが家で一泊して旅のお疲れを」という上仲のすすめで、桐の庄村木崎の上仲の自宅に行く。 鬼三郎は澄を連れて、かつて自分が指導した上仲の牧場を見学、懐かしみつつ、若い頃の思い出を語る。澄もまた私市の奉公時代、万右衛門牛に困らされた話を披露する。しばし明るい高笑いがはじけとんで、直たちの休む座敷の方まで聞こえてくる。 鬼三郎と澄が座敷に戻ってくるまで、春蔵はいらいらして落ちつかない素振りを示した。 上仲家の座敷は障子が明け放たれていて、庭の紅葉が美しい。四匹の野良犬が出てきて、おとなしく坐っている。直の目は、いつくしむように犬たちの上から離れない。 この地方の会員の田中仙吉夫婦と辻村某が、直を訪ねてきた。ろくに挨拶もせず、二人は席につくなり、上仲の平生の処置を批判しだした。田中も辻村も金光教会の元布教師だ。鬼三郎の数少ない支持者の一人である上仲が、彼らの組織した信者を奪うことへの不満である。四方春蔵もまた上仲攻撃の支援に加わる。田中、辻村と春蔵が気脈を通じ、会長派の上仲追い落としにかかっていることは明らかであった。 上仲は激昂し、彼らが四方春蔵らとはかり霊学会の瓦解をはかっていると暴露した。 原因を突きつめれば、自派への信者の争奪。同じ霊学会に属しながら、綾部における鬼三郎と金光教信者の対立が、そのまま末端にまで波及しているのだ。 六十五歳の教祖が梅一杖に身を託し、身も心も清めて神命のままあてもない出修に出ようとする今この時だ。心あらば、みぐるしい恥をさらしてくれるな。非を鳴らし合い、たけり立つ四人の間で、鬼三郎は気をもむ。 直が前の菓子盆につと手をのばし、一握りの菓子をつかみ取った。唐突な、直にはふさわしくない行動に、一同はっと沈黙した。直は縁に出て、仲よく遊んでいる犬の群に菓子を投じた。その菓子を奪い合って、四匹の犬が猛り狂う。犬の騒ぎに気をのまれている四人を、直はかえりみる。上仲は気がついてうなだれた。田中と辻村は憤然として席を立つ。四方春蔵が二人の後を追って出ていった。 夕暮れ、直は上仲に丁寧に謝辞を述べ、桐の庄を辞す。 園部駅に着くと、春蔵が待っていた。「教祖さま、夜の旅は危険じゃし、旅費もあまりござへんさかい、今夜は田中さんで泊めてもろたらどうでっしゃろ。田中さんでも待っとってんですわな」「たとえ野宿しても、あの者の家には泊まりまへんで」と、直のにべもない返答であった。 不服げな春蔵を加えて一行五人、園部駅から乗車して次の八木駅に下車、霊学会八木会合所である福島寅之助の家に向う。 福島家は小北山の山裾をけずって、新築していた。寅天堰の茶店を売却した金で建てたものであろう。 玄関をあけると、何やらにぎにぎしい。家はさして大きくないが、十畳と六畳の間の襖をはずして、多くの信者たちが集まっていた。おりしも神床新設の遷座祭を執行中であった。突然の教祖一行の来訪を、彼らは歓喜して迎えた。 祭典が終って直と鬼三郎の講話があり、深更になって散会した。 翌二日早朝、鬼三郎は前に流れる小川で口をそそぎ、手を洗い、神前に祈願をこらす。たちまち神がかりして、歌を詠んだ。   世の中の人の心のくらま山       神の霊光に開くこの道「行く先は鞍馬山でしたなあ」と誰にいうとなくつぶやく直の頬は、きびしく引き締まった。 午後一時、一行は蓑笠つけて八木駅から列車に乗る。亀岡を過ぎた頃、鬼三郎はちらちら視線を投げてくる車中の男に気づいた。初恋の人、穴太の斎藤蘭の養子婿与四郎だ。「やあ、しばらく……」といいかけて、鬼三郎はだまった。彼はあわてて車窓をのぞき、気づかぬ風につとめている。なるほどと、鬼三郎は自分の茣蓙蓑を背にした風体と与四郎のしゃれた洋服姿を見くらべた。「喜三やんはとうとう養家まで食いつぶしたとみえる。乞食巡礼に落ちぶれとったぞ。年寄りや嫁はん連れて、浮き雲流水の旅に出かけよったわい」と、与四郎が穴太に帰って触れまわった。それからの穴太での喜三郎の評価は決定した。 花園駅で下車、気乗りしない面持ちの春蔵をしきりに福林がなだめつつ、禅宗の本山妙心寺を横に眺め、やがて北野神社の鳥居に立つ。一般には北野天神、あるいは北野天満宮と呼ばれ、菅原道真公を祀る。全国各地にある「天神さん」の本家だ。千年の老松梅林、楓、雑木の苔むす下を、参拝者は引きも切らぬ。 拍手参拝の後、澄は無邪気に訊く。「天神さんは天の神さまで、艮の金神さまは地の神さまですかいな」 それなら天神さまの方が偉いといった口ぶり。学を軽蔑する澄に、鬼三郎はせめて耳学問なりとさせようとする。「そうやない。天神さんは元は人間じゃ。菅原道真公いうて、平安時代初期の政治家、文人、学者や。右大臣にまでなりながら、左大臣藤原時平におとしいれられ、醍醐天皇のお怒りにふれて大宰府に流された。『天の下乾けるほどのなければや着てし濡衣ひる由もなき』の歌は、道真公の嘆きや。配所にあってもかつての天皇の厚恩を慕い続けて、翌々年に死んだ。けど真心はついに天に通じ、鳴神とまでなり、時至りてこうして天神として祀られることになった。書にかけては空海、小野道風と並んで三筆の一人で、そやさけ手習いの神さんとして祀られとる」 澄がびっくりした声を上げた。「あれ、母さん、なんで泣いてんですいな。道真いう人は、こんなに立派に祀られとってやござへんかいな」 直がしみじみという。「道真公でさえ、無実の罪を晴らされて、これだけ後の世までもお国から手厚く祀られておいでや。わたしにいわせれば、たかが人間が、じゃで」「……」「わたしはのう、艮の金神さまのお気持が察しられてならぬ。くらげなす漂える国土を長い長い年月をかけて固められ、大地の世界をひらかれた国祖の大神さまが、八百万の神々の罪を一身に千座の置戸をおうて、艮に押しこめられなされた。それからの今まで、誰一人お供え一つする者はなし、そればかりか悪鬼邪神とののしられ、祟り神やの、鬼門やのとただ恐れられるばかり。煎豆にも花が咲く時節が参って、ようやくこの身におかかりなされても、もったいない……わたしに力と誠が足らぬばかりに……道真公の立派なお社を見ていると、艮の金神さまがおいたわしい……」 福林が声を上げてもらい泣きした。鬼三郎は、得意になって澄に道真の講釈などしていた自分の軽薄さが恥じられた。「一日も早く、わしらの手で金神さまの立派なお宮を」と、かみしめるように鬼三郎がいう。「なんの、お宮など」と鬼三郎の感傷をはじき返し、直はきっとなる。「わたしは、立派なお宮が羨ましゅうて泣きごとをいうたのではありません。『どんな豪華な普請や宮を建ててもらおうとも、教会などに祀られるちっぽけな神とはちがう。教会は建ててくれるな。建てれば何遍でも叩きこわして潰すぞよ』といわれます。世の中の立替え立直しがすみてから、世界中の者が寄って建てるまでは、お宮は一人一人の心の中に清らかに建ててくだされ」 五人は、だまりこくって天満宮の社前を離れた。 船岡山の建勲神社の下道をたどると、ちょうど社碑を建てている所であった。紫野の大徳寺を左に見、賀茂の清流を渡って道を北に折れると、次第に山が深くなる。市原から鞍馬街道を北上、二の瀬の里からさらに七、八丁で貴船口。鞍馬街道に面して貴船一の宮の大鳥居がある。街道は二つに分れ、右が鞍馬寺、鳥居をくぐって左を行けば貴船神社。つまり鞍馬川と貴船川の合流点でもある。 天魚や山女が影を走らす清流に、ほっと足を休めて、鬼三郎が口ずさむ。「物思えば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる玉かとぞ見る」「それ、なんですいな」と澄。「和泉式部の歌や。このあたりで詠んだんやないかな」 まだ聞きたげな澄の背を押し、狭い山あいを降りてくる鞍馬石の掘り出し人夫に道をあけた。貴船口から数町、左に由岐神社(祭神大己貴尊、少彦名尊)。鞍馬の火祭りで有名な鞍馬の総氏神である。牛若丸が六歳の年より十年間修業した東光坊址を見て、蜿蜒八丁の急坂をあえぎあえぎたどる。「近くて遠きもの……鞍馬のつづら折りという道」と鬼三郎。「それは何」と澄。「清少納言の枕草子に出てくる。この道のことやろ」「ふーん、うちかて知っとるでよ。遠くて近きは男女の仲やろ」 負けずに学を披露する澄に、鬼三郎は疲れも忘れてふき出した。笑われて心外そうに澄は夫をにらむ。 坂を登りつめると本堂に達する。東への展望に澄が歓声を上げた。前方が比叡山、北端の麓が暮れゆく大原の里。 直にうながされて、鞍馬寺本堂前に坐した。夕風が立ちさわいで、御堂は背の山ごと揺らいでいた。参詣を終わり、春蔵は本堂前の御籤を引く。「おう、しまった」と低く口走った春蔵は、御籤を引き裂き唇を引き攣らせた。続いて直、鬼三郎、澄、福林、それぞれ大吉。 福林は、春蔵の捨てた御籤をそっと拾って、裂け目を合わせる。「大凶。命危うし」 ぞっとして投げ捨てた。鞍馬寺の御籤の種類は現在十二番まで。吉と大吉しかない。が、当時の鞍馬山では百番まで、凶、大凶の御籤も混じっていた。 鞍馬寺をあとに、奥の院に向かう。光明心院と本坊金剛寿命院とをつなぐ渡り廊下の中門をくぐると、爪先あがりの曲折した参道が続く。「お澄、この道をその昔、牛若丸が夜ごと通うたんじゃ。奥の僧正ヶ谷へのう」「それぐらいならうちかて知ってますわな。鞍馬山の大天狗に剣術習うたとこやろ」 参道を登りつめた御神木のそばに牛若丸背比べの石。左に行けば、巨木の根が豪雨に洗われ、蛇の室の如く無数の地を這う木の根参道。「えっ、やぁーっ」 澄が振りむきざま、雌松の杖を打ちこんだ。「おっ、とう」と、危うく受けた鬼三郎。杖ががっと鳴る。 春蔵が血相を変えてとんできて、青竹の杖をふりかぶった。「こらかなわん。無茶や、こいつ」 春蔵の面に走る殺気に慄然として、鬼三郎は杖を引く。「ははは……弱虫、それでも鞍馬山の大天狗さまかあ。牛若丸が一本お見舞い申すぞ」 まだ剣術ごっこをしたがる澄をもてあまして、鬼三郎は逃げ出した。 野鳥が鋭く鳴き叫ぶそのあたりは老樹欝蒼、足元もおぼつかないほど暗い。巨杉の亭々たる中に不動堂、やがて奥の院の魔王殿の甍が樹間に見えてくる。おとなしくなった牛若丸が、大天狗の腕にぶら下がって闇路を歩いていた。 魔王殿の前に茣蓙蓑を敷き、一行天津祝詞を奏上。その脇で白衣をつけた修験者が、数珠つまぐって読経に懸命だ。どこからか、急調子の太鼓の音がおどろに響き渡ってくる。 魔王殿の裏にまわり、縁の下で野宿をした。真夏でも夜半ともなれば袷のほしい山中、まして全山紅葉する十月の夜寒だ。鞍馬山の猪、鹿、りす、いたち、兎、狐、狸ですら、すでに冬支度のやわらかい毛皮にぬくぬくとくるまって眠っていよう。 福林は茣蓙一枚敷いたなりの直の身を案じて眠れなかった。寝返っては重苦しく吐息する春蔵も、思いは同じなのだろうか。鬼三郎、澄の健康な寝息ばかりが耳につく。欝蒼たる老杉が並び立ち、不気味な夜空が口をあけていた。まさしく魔の山。 悪夢にうなされて、福林ははっと目ざめた。いつかとろとろ眠ったようだった。何かの気配でとび起きた。耳を凝らすと、「起きとくれ……起きとくれなはれ……」と、どこからか押し殺したような泣き声がする。 修行者の夜行のためにたかれた道の曲がり角の燈火が、ほの揺れている。見ると、横に寝ていた春蔵の姿がない。 魔王殿の前に飛び出た福林は、凍てつく恐怖に我を忘れた。地底から湧き上がる夜霧の中を、音もなく大きな火の玉が行きつ戻りつしている。その火の玉の尾に巻きつかれた男が一人、息絶え絶えにうめいている。「春蔵……」 福林は声も出ず立ちすくんだ。火の玉は左右に大きく揺れつつ、杉林の中に消えていく。抜けた腰を引きずるようにして、福林は後を追う。杉林のはずれに火が燃えていて、春蔵が一人ぽつねんと焚き火にあたっていた。「春蔵はん……どうしたのや、今のは」 福林が震え声をかけた。春蔵は笑おうとして、醜く歪んだ顔を上げる。「見たかい、あれを……見たんやったら、何もいわんといとくれいな」 幽鬼のように、春蔵は笑った。泣いていたのかもしれない。「春蔵、教祖さまのところへ行こう」 福林は満身の力をこめ、勇気をしぼって春蔵を抱き上げ、魔王殿の前を抜けた。氷のように冷たく、石のように重かった。直の傍に戻ってから夜明けまでのしばらくの間、眠ったかどうか自分でも分からない。 明け方、起き直った一同は、湧き水に身を清めて朗らかに祝詞を宣る。 福林は改めて春蔵の顔色を見た。げっそりやつれ血の気もないが、昨夜のことはただ「何も知らん」と答えるだけ。この山中にはむささびが群棲していて、夜間飛び交う姿が火の玉に見えるという。あれは夢だったのか。それにしてもいやな夢を見たもの。 気になるあまり、福林は一人、春蔵が焚き火をしていた杉林に行ってみた。確かに火を焚いた形跡はない。が、福林はも一度ぞっとした。そこに落ちていたのは一本の杖、青竹の杖ではないか。しばらく考えた末、福林は、誰にもだまって青竹の杖を春蔵の荷のそばにそっと置いた。 帰途は八木に一泊したが、夜のうちに春蔵がいなくなった。八木から夜道をかけて園部へ走り、田中仙吉宅へ行って、「今度は死ぬやも知れぬ」と暇乞いをしてきたという。 翌日、直はそれを聞き、春蔵を呼んで秘かに叱った。「春蔵さん、何があったかは知らんが、今があんたの命の瀬戸際です。こういう時こそ何もかも捨てて、神さまに祈りなされ。あんたの生きる道は、何もかも捨てる、ただそれだけしかないのやで」 無事綾部へ帰り着いて二、三日後の夜、にわかに突風が巻き起こり、広前の杉がごうごうと鳴った。直は鬼三郎にいった。「いま、鞍馬山の大僧正がきて、本宮山に鎮まりなさった。眷属は馬場の大杉に。先生、いつか行って見なされ。蜂の巣づくりみたいに、たくさんの眷属がさわいでいるのが見えますでなあ」 四方春蔵が発熱、病床に伏したとの噂が流れた。鞍馬山出修より帰宅して数日が過ぎていた。 会長排斥運動を画策して上谷に集まっていた者たちも、一人、二人と春蔵の元から散っていった。                                   

表題:春蔵の亡霊 7巻3章春蔵の亡霊



 明治三十三(一九〇〇)年十一月一日(旧九月十日)、東四辻元金光教広前から、艮の金神は元大島家に遷座した。元大島家を購入したのが昨年の十二月一日、ところがこの家屋を借りていた洗濯屋が感情的なもつれから居座りを宣言、一年近くももめ続けたのだ。ついに鬼三郎が交渉に行き、彼一流のやわらかい言霊で包んだ。洗濯屋は三日のうちに明け渡すことを約した。喜んだ鬼三郎、家賃二ヶ月分を免じた。「借家人でもやっぱり感情の動物ですさかいな。鬼三郎はんには負けますわい」と苦笑しつつ、洗濯屋は約束通り並松へ移転した。 この家屋は、直の夫、大工の政五郎が生前建てたもの。澄の生まれた元屋敷の南隣である。西北隣には内田家、西南には四方源之助の大きな家。 藁ぶきの屋根が並ぶ綾部町では、珍しい二階建ての瓦ぶきであった。北側の一間間口の土間から入ると東側に三畳、四畳半、三畳、床の間つき七畳半の四室。さらに渡り廊下をへだてて別荘と呼ぶ六畳の裏座敷。土間の西側には四畳半、外側の車井戸。一間半ほど置いて薪置場、風呂、厠とならぶ。二階は板廊下をへだてて八畳、六畳の二間。西側の八畳に神床があり、二間の襖を引き払うと、神前にはかなりの人数がつめこめた。この家は、筆先によって「龍門館」と名づけられた。 遷座祭の時、始めて大本式の宮三体を作り、八足台の上に祀った。「天地揃うた飾りのない宮を作るように」との直の指示通り、京都の信者で当時宮大工をしていた近松政吉が作った。初め桧で作ったものを、「桧ではもったいないから松で作ってほしい」と注文し直し、苦心の末、樹脂の比較的少ない白地の松板をもとめて完成。(現在の大本の宮は桧。寸法に変遷があるが、形はこの時のままを継承している) この日より、大広間と修行場が立て分けられることになる。龍門館の二階八畳の間を大広間とし、東四辻の家を修行場とした。 直は龍門館の六畳の別荘(裏座敷)にこもって、筆先を書き続けた。四方平蔵、中村竹吉、竹原房太郎ら役員十四名がかわるがわる龍門館につめかけ、神務に従事する。また東四辻の修行場では南部孫三郎、谷口熊吉、野崎篤三郎、土田雄弘、上仲儀太郎、内藤半吾らが幽斎の研究をする。 ようやく金明霊学会は、完全に自分の所有になる大広間を持ったのである。役員の勇みようは一方ではなかった。
 十一月に入ったある日、鬼三郎の内命を受けて、福林安之助が上谷へ見舞いに行った。「みんなひどう心配しとってやで……」 福林のやさしい言葉にも、春蔵はかたくなに背を向けて黙している。「それでは春蔵はん、お大事に……」 仕方なく、福林は座を立った。敷居のところで振り返った時、病床からこちらをみつめている春蔵の眼とぶつかった。福林は胸がつまった。これがあの春蔵だろうか。数日見ぬまに美しい頬はこけ、眼窩はくぼんで見るかげもなく老け、衰え果てている。 力ない視線を福林の顔に当てながら、春蔵は涙をこぼした。「すまんかった。わしはもうあかん。教祖さま……先生にも……そう伝えとくれなはれ」 枕元に戻って、福林は震え続ける春蔵の細い手を握りしめた。「何いうとるんや。これからが花のあんたや。まだ十九歳の小僧っ子やないかいな。なした年寄りみたいなことを……」「恐かった、恐かった……年とってしもうた、一遍に……」 囁く春蔵のしゃがれ声。「鞍馬で何があったんや。あの火の玉は……」「ああ、言わんでくれい」 のどをひくつかせて、春蔵はむせび泣く。「鞍馬に行く前、教祖さまに見せられたものがあった。あの時……ああ、あの時、心の底から改心できとったら、わしはまだ生きとれたかもしれなんだ」 春蔵は、裏庭の柿の木の下で起こった出来事を、言葉少なに語った。「わしにはよう分からん。それにどんな意味があるんじゃいな」と、福林は問いかける。「一寸の虫にも五分の魂というやろ。わしの目には、それがはっきり映ったんや。蛙に呑まれたちっぽけなみみずの魂が黒蛇にかかって蛙を呑み、蛙の霊はお長にかかって黒蛇を噛み殺し、黒蛇の死霊は黒猫にかかってお長を殺そうとする。お長の霊は主人の先生を動かして、黒猫に仇を討とうと夢中や。急にわしは足元の石を拾った。先生が憎い。いきなり石をぶつけてやりたい衝動にかられた」「お前が……」 あきれたように、福林がいった。「その時、『春蔵はん』と不意に教祖さまのお声がした。『分かりましたか』……」「……」「はっと目がさめたようやった。黒猫の生霊がわしにもかかっていた、信じられんことやが……わしは恐なって、そっと石を捨てた。あんな動物の生霊ですら、凄まじい恨み、呪いの執念を人にかける。ましてや人間の精霊の怨念が……」 春蔵は独白する。「あれは、自然に起こった現象やない。わしの改心のために、わざわざ神さんがして見せちゃったんや。何でいうたら……神さまは、わしの心の恨みを、その心につけ入ってかかった邪霊のねらいを知ってござった」「お前は、わしらと違うて霊眼がきく。霊学の力はたいしたもんや。若うて頭がようて、人にうらやまれる環境に育った男や。それだけ悟る力も、省みる心もあるくせに、何で素直になれんのじゃろ。あんなにも先生に逆らう気持ちが、わしには分からん」 春蔵は寝返って、うつろに天井をみつめた。「わしはお澄はんが好きやった。ずっと前から……まだあの人が花月にいた頃から……。父さんに連れられて広前に行くのは、神さん拝みにやない、お澄さんに会いたいと思う一心からやった。こんな話し打ち明けるのは、福林さんにだけや。あんたやさかい言うのや」「……」「たまたまお澄さんと出会うても、特別の話したことはない。けれど教祖さまはわしを可愛がってくれちゃったし、教祖さまと父さんの間で、わしを澄さんの婿にする話も出とったみたいじゃ。まわりの人達も、わしと澄さんを結びつけて噂しとったわな。わしかて、いずれはそうなると信じとったでよ、あの先生が出てきてんまではな。平蔵はんが先生を連れてきちゃってから、大本は変わってしもた。霊学が入ってきて、上谷のわしの家が修行場になる。先生はどえらい霊力もっとってや。『お澄が世継であるぞよ。上田どのが大将になるぞよ』……どんどん筆先は出る。上田先生にお澄さんを奪られそうな気がした。わしは上谷で幽斎修行に夢中になった。負けたくない、誰にも。必死で覚えた。あいつに追いつき、追いこせ」「……」「何やっても、あいつはできる。歯が立たん。それが口惜してなあ」「年が違うわな、十一も……」「そんなこと言うとられんわいな。わしは知恵をしぼって邪魔した。憎い。呪い殺したいほど憎い。実際になんべんか呪い釘も打った。殺そうと計画をたて実行にもうつしたけど、そのたびあいつには守護がつく。盤古大神の霊がわしにかかってきた時は嬉しかったでよ。『邪神でも何でもよい、わしに力を貸してくれい』と祈ったんや」「お前は、阿呆な奴や。春蔵」 怒った声で叫び、福林が春蔵を揺さぶる。「後悔なんかせんわいな。お澄さんを奪ったのはあいつや。あいつさえいなんだら……」「やめてくれい、春蔵。お前はいったい、何を信じとったんや。先生とお澄さんが結婚しちゃったんは、艮の金神さまの御命令やからや。お筆先にある通り、まちごうてへん。お前は艮の金神さまを信じていたんやないのか、え」「さあ、今となっては、わしにも分からん。大本の世継になりたい、お澄さんの婿になりたい。なれさえすれば、どんな神さんでもよかった。力が欲しい、あいつを殺す力を、魔王さんにそう祈った」「春蔵、今からでも改心してくれ。お詫びはわしがしてやる」「先生に許してほしい。詫びられたら、どんなに楽やろ。けど、わしの心に食いついとる何かが、今はもうわしを離さんのや」「お前は若いのやさかい、神さまは必ず許してくださるわな」 皺の寄った額ごしに、春蔵は福林を見つめた。「もうおそいでよ。鞍馬の魔王さんがわしの魂を引き抜いて、連れて去んでしもたのや」「しっかりしてくれ、春蔵。わしが抱いて連れ戻したのを忘れたのか。お前は生きとる。ここにほれ、ちゃんと生きとるんや」 春蔵はかすかに首を振った。死人のように冷たい顔になった。 あくる朝、福林は疲れきった様子で広前に現われた。鬼三郎が待っていた。一目で察したようであった。「御苦労やったな。報告せんでもよい、分かっとる」「先生、お願い申します。許してやっておくれなはれ」 福林は両手をついた。両眼は涙でいっぱいだ。「許してやりたい。春蔵はどんなにか苦しかろう、淋しかろう。しかし今となっては、春蔵の罪を許すだけの力はわしにはない。福林はん、教祖さまに御祈願お頼み申してくれ。わしは上谷に行ってくる」 澄が綿入れを夫に着せかけた。急いで土間に立ち草鞋をはこうとすると、表戸が開いて、枯れ葉が広前にまで吹き込んできた。「先生、兄さんが……」 寒風にさらされて、頬も耳も真っ赤にした兄妹が立っていた。春蔵の弟敬蔵(十七歳)と妹たき(十五歳)であった。「春蔵はんに何かあったか」と、鬼三郎が緊迫した声で聞いた。 澄がいたわって、兄妹を土間の中へ招じ入れる。 敬蔵は風呂敷をあけて、中から一尺ほどの細長い木箱を取り出した。「これ、兄さんからわし、預かったんや。『誰にも見せるんやないで』といわれたさかい、ずうっと隠してましたんやけど、昨日とうとう父さんに言うてしもたんですわな」 木箱は封で閉じられている。箱の蓋には、走り書きでこうあった。 ――これをあけしもの、めをつぶすべし「家の人たちは恐がってよう開けんのや。広前の先生に持って行けと父さんがいうちゃったさかい」とたきがいう。「何が入っとるのやろ」 澄が無造作に封をはがしかける。その手を福林が払いのけ、箱を奪った。「やめとくれなはれ、眼がつぶれると書いたりまっしゃないか」「よし、わしが開けたる。中味は書き置き一枚や」 透視したのだろう。怖れ気もなく鬼三郎が蓋をとって、その紙を取り出した。じっと書き置きをにらんでいたが、「福林はん、今日は何日やったい。いま何時や」「へえ、今日は……十三日」といいながら柱時計を見上げて、「八時四十分ですわな」「しまった。間にあわんかも知れん。おい、先に走るで」 鬼三郎は外にとび出した。 福林は書き置きを読み上げた。「死亡。明治三十三年十一月十三日。午前九時。四方春蔵十九歳」 上谷の春蔵の病床に鬼三郎が駆けつけた時は、十時に近かった。春蔵は予告通りの九時にこときれていた。自分の死期を悟り、それを書き置くことによって、自分の霊学の才を鬼三郎にのみ誇示し、死を飾りたかったのであろう。 ――それが十九歳の命をかけたわしへの最後の挑戦、お前の探究した霊学の到達点だといいたいのか。お前はそれで満足か、幸せか。安らかに目をつぶれたのか。 ものいわぬ骸の氷のような両手をとって胸に組み合わせてやりながら、鬼三郎は激しくなじった。 ――何のための霊学やったのや。お前のためには霊学は命とりの凶器。慢心取違いの末、我が魂を我が手で邪神どもに売り渡すとは。「許してやる、春蔵……その代わり、わしのことも許してくれ」 声に出して、鬼三郎はいった。 ――この男に霊学を与えたのはわし。この男を心ならずも依怙地にさせ、邪道の泥沼に堕ち入らせたのもわし。常に傍に引きつけて、ことあるごとにいましめようと努めながらも、ついに守りきれずに、青く未熟なままを散らせてしまった。よし肉体は我が手で滅ぼし得ようとも、魂までは殺すことはできぬ。春蔵よ、知っとるのか。日に背けば暗く、日に向けば明るいことを。愛と信真に満たされた光と熱の国はそこにあるのに。お前は、神にそむいてまで、なぜ地底の世界を選んで逝くのだ。 これからの春蔵の永劫の魂の苦しみを思えば、暗然と嘆いてばかりはおれなかった。鬼三郎は心をはげまして、天の数歌を宣り上げ続けた。 村人や信者たちが集まってきて、若い春蔵の死を悲しみつつ、手厚い野辺の送りをすませた。しかし彼らは、春蔵の肉体の死を悼むばかりで、血みどろの魂の遍歴の苦しみには思い及びようもない。
 何鹿の野は深雪におおわれて、月も風も凍る。淙々たる水音を響かせる堂山の滝壷のまわりも氷雪が厚く閉ざしていた。鬼三郎は夜の滝の辺にたたずんで、水の音に心を放った。滝水の轟きは、頭上から鬼三郎の身も心も打ち砕けとばかり落下してくる。さっと吹き降ろす風に、梢の白雪の大きな塊が落ちて滝壷に吸われる。 我に返ると、いやらしい笑い声が背で起こった。ぞっと総身がすくんだ。「誰やい」 雪の野に人影が黒くよどんでいる。笑いつつ、ゆらゆらと近づいてくる。「春蔵か」 鬼三郎は一歩下がって、ひきつった声で叫んだ。「先生、迎えにきたでよ。さあ、お供しますで」 月光にすかし見ると、西原の野崎篤三郎(十九歳)。上谷の修行にも参加して、春蔵の仲間となっていた男だ。「どこへ連れて行く」「先生が行くとこや、春蔵のいるとこや。ひっひっひ……」「笑うな、いやらし奴」「ひっひ……けど、あんまり嬉して……」 野崎は躍るように先に立った。 鬼三郎は、春蔵の墓に詣ろうと思い立って、一人この夜半を抜けて来たのだ。恩讐を越えて、心ゆくまで春蔵の霊と語らねばすまぬ気であった。いや、初めから春蔵に招かれたのかも知れぬ。春蔵が野崎篤三郎に憑って迎えに来たのだから……。 杖を頼りに、堂山を下った。上谷の里に近づく。野狐がぎゃあと怪しく叫んだ。 四方春蔵の新墓は、上谷の村を越えて、杉木立の下道を曲がりくねり、熊笹をわけ入って上がった小山の中腹にあった。上谷の共同墓地であろう。十坪ほど開けた中に立ち並ぶ数戸の墓石。雑木林がその上に枝を張り、暗く陰を落としている。 野崎は後になり先になりしてついて来たが、急に立ちどまってふるえる手で墓を指す。「ほれ先生、こわい……青い火や……春蔵が出た」「阿呆ぬかせ。春蔵の幽霊がこわいわしなら、何でわざわざ夜更けに来るもんか」 強がりをいいながら、鬼三郎の五体もわなわな震え出してくる。春蔵の新墓にはボーッと提燈がともっていた。 持ち前の臆病神を払いのけるべく、鬼三郎は雪の上に正座鎮魂。やがて、高らかに神言を唱え出した。滅入ってくる魂をふるい立たせ、ふるい立たせ、鬼と変じた春蔵の亡霊を根底の国から浮き上がらせんと、心をこめて言霊を宣る。月が消えて、粉雪が舞い始めていた。春蔵の新墓に重たげに積っていた雪が、風もないのに崩れ落ちる。 ようやく祈り終り、立ち上がろうと杖を握り持つ。凍えた足に感覚はなかった。後からぐいと杖を引く者がいた。「やめえ、ほたえるな、野崎」 苦もなく転倒しながら、鬼三郎が叫ぶ。「この杖をくれ。これが欲しい。雄松はわしのもの……」 恐ろしい執着をむき出した春蔵の震え声であった。鬼三郎は負けぬ気になって杖にすがる。「やるけい。これをお前に渡したら、お前はもう救われんのじゃ。放せ、馬鹿たれ」 鬼三郎は、春蔵の憑霊した野崎を蹴りとばす。雪まみれになって起き上がった野崎が、やにわに春蔵の墓脇に突っ立っていた棒を引き抜く。「あっ」 鬼三郎は蒼ざめた。それはあの青竹の杖ではなかったか。 野崎は青竹の杖を振りかぶって近づいてくる。「やめんかい、野崎、いや春蔵。その杖を使たらあかん。竹(武)は害国の守護や。お筆先を忘れたか、杖を放せ」 鬼三郎は、自分の雄松の杖を雪中に投げ捨てて叱咤する。野崎ののどがひくひく動いた。激しい慟哭が野崎の背をふるわせ、やがて青竹の杖が雪中にころがり落ちる。「春蔵……」 鬼三郎が野崎にしがみつく。二人は抱き合いつつ、雪中を激しくもみ合った。愛と憎しみが火花を散らした。ふりほどき、とびすさって、鬼三郎は叫ぶ。「お前は人を愛したことがあるのか、春蔵」「……」「雄松の杖はな、愛を知らぬ奴にはやれんのや」「わしは愛しとる、今も、お澄はんを……」「阿呆、お前が愛しとるのはお澄やない。よう考えてみんかい。生まれてからこの方、お前は人を愛したことはない。愛したのは自分の影……自分が可愛いばかりに、お澄が欲しい。自分の欲望のために、お澄を自分のもんにしたいだけじゃ」「……」「そやさけ。お前は子供なんや。まだ子供から抜けてない。自分しか愛せぬ奴はのう」「畜生、畜生……」と、野崎はがちがち歯がみする。「松の世待たるると、お筆先にあるやろ。松は政事。神と人、天と地、上と下、右と左、すべてを調和、真釣り合わせる心や。大切な松の世を、愛のない者の手にゆだねられるけい」 鬼三郎はたたみかけて言いつのる。「お前は、子供みたいに、自分のことのほかは何も見えん。そやからお前にふさわしい霊がかかったのや。盤古大神を名乗るお前の憑霊は今の世をつくり上げた側の神、自己愛の権化じゃい。愛する者の本当の幸せを祈ってやる大人の心がお前に分かるけい」 毒気を抜かれて突っ立つ野崎の顔が醜くべそをかいている。鬼三郎はさっと杖を拾って逃げ出した。「待ってくれい」 野崎が追ってきた。鬼三郎が雪に足をとられて、どうと転がる。野崎がおさえこんで袂を握りしめた。「行かんといてくれ、おれとここにいてくれい」 春蔵の亡霊は、子供のように泣きながら鬼三郎にかじりついた。「春蔵、お前が頼るのはおれやない。日の向く方を見ろ。神さまを思い出せ。何のために大本で修行したんや」「こわい、こわい」「放せ、おい。お前にとり憑かれとるわしの方が、よっぽどこわいわい」 恐怖が、ほんとうに鬼三郎の魂を凍りつかせていた。このまま春蔵の亡魂にひきずられ、夜中雪野を引きまわされていたのでは、野崎も鬼三郎も共に凍え死んでしまうだろう。 袂を夢中でふり払い、裾はしょりして、いっさんに村をめがけて駆けおりる。「ほうい……ほうい……」 カマキリのような手つきで招きながら、どこまでも野崎は追ってくる。 西原の断崖道にかかった。かつて春蔵一味らに襲われかかった地獄谷。細い雪の崖道は、一歩踏みはずせば命がない。 組み合った時にはずれたのか、鬼三郎の六尺の褌がほどけて尾を引く。あわてて端を握って走る。追いすがる野崎の荒い鼻息が遠のいた。一息ついて振りむくと、一、二間後で野崎は提燈をくわえ、崖道を這っている。「やあ、どうした」と鬼三郎は立ちどまり、心配になって声をかける。「どうしたもこうしたも……お前の褌がじゃまで歩けんわい」 なるほど、長々とのびた褌の端が、崖道いっぱいにはためいているのだ。うっかり踏んづけようものなら、つるつる凍った足元はひとたまりもない。野崎は這いながら褌の先を握ろうと手をのばす。そうはさせじとまた逃げる。 ようやく崖道を抜けきって、雪野原の一軒家にとび込んだ。「あけてくれい、友蔵、わしや」 がたがた戸を揺さぶる。「やあ、先生か」 信者西村友蔵の家であった。閂をはずしてくれる間にも、野崎が追いせまる足音。戸を開けて鬼三郎を入れるなり、友蔵は顔色を変えて表戸を締め切る。「こらあ、友蔵、上田を返せい」と、外から野崎がわめく。「先生、野崎やろ。あいつ……」と、友蔵はまだ事態が呑み込めぬ。「野崎の奴、春蔵の死霊がついて、わしを襲って来やがった」 鬼三郎が急につんのめった。戸の外にはみ出た褌の先を執念ぶかくも野崎が引張っているのだ。気づいて、鬼三郎は手を放した。「杖の代わりや、褌くれちゃる」 ずるずると褌をたぐり寄せ、尻もちをついた野崎が泣き笑った。節穴から外をのぞいていた友蔵が溜息をつく。「かわいそうに、春蔵はんの霊も浮かばれんと見えますなあ」「恐かったでよ。睾玉縮み上がりよる」 友蔵がまじまじと眺め、あきれた声を出した。「先生、よう見なはれや。縮んどるどころか、だらんと垂れとるわな」「ほんまやのう」 鬼三郎はへたり込んだ。「ともかく、夜明けまでここに泊まりなはれ」 親切な友蔵の言葉に甘えて、鬼三郎は置炬燵にもぐり込んだ。寒さと疲れがゆるんできて、すぐ高鼾となる。「ぎゃあっ」 すごい悲鳴で目がさめた。「どうした、友蔵……」 寝ぼけまなこを見開くと、野崎が提燈をくわえて、友蔵の枕元に立っている。「やっ、どこから入りおった……」 にやりと野崎が笑った。「先生、どないしよう、どないしよう」 度を失った友蔵の目に、部屋の隅の棕櫚箒が映った。つかむなり、友蔵は思いきり野崎をなぐりつける。提燈がふっ飛ぶ。ゆらりと野崎の体が傾いて、大の字に倒れた。「口惜しい」と倒れたまま野崎は歯ぎしりし、凄まじい恨みをこめて狂気の目を釣り上げる。 人間の怨霊ほど恐ろしいものはないと、鬼三郎は改めて総毛立ち、震える。 夜明けを告げる家鶏の声。東雲の空は、ほのぼのとした明るさを天窓ににじませた。その薄い光の中に、友蔵の家の神床が浮いて見えた。鬼三郎は神前にすがり寄る。懸命に天津祝詞を奏上。友蔵ははね起きんとする野崎を全力で押えこんでいる。「おい、しっかりせんかい、野崎はん。先生、なんとかしとくれなはれ」 友蔵の呼び声で振り返った。野崎はぐったりと気を失っている。鬼三郎は野崎を抱き起こし、背を叩いて、「えっ」と活を入れる。野崎がようやく正気に復して泣き出した。「先生、どないしたらよいんや。ときどき、春蔵の霊がうつってわしを苦しめます。なんとかしとくれなはれ」 震え泣く野崎の顔は傷だらけ、無惨にも狂気の名残りをとどめている。「この提燈……ひぇー、春蔵の墓場のや」 友蔵が、野崎のくわえこんだ提燈を外に放り出した。「もう、こうなったら、大神さまに祈って祈って祈りたおそう。ともかく、綾部の広前へこい」 野崎と友蔵をうながし、鬼三郎は暁の雪道に出た。綾部まではまだ一里の道のりである。「春蔵の亡霊の奴、あきらめたかな」 友蔵がつぶやいた時だった。西原の村はずれから、ふらりと女が現われた。「あ、西村のお松はんやでよ。春頃から時々おかしいんや」と友蔵。 野崎が急に走り出した。女も走り寄って、道の真ん中でさもうれしげに野崎に抱きつく。「おう、会いたかった……春蔵はん」と松。「おう、春蔵、待っていたぞ」と野崎。 鬼三郎はぶるっと胴震いして、二人を見比べた。全く顔形の違う男女でありながら、どことなく共通する影。春蔵の遺恨が二つに分かれて、二人の肉体に貼りついているのだ。 ――あかん、春蔵の奴、二人に憑依しやがった。器用なことさらすわい。「今のうちや、友はん、逃げよ」 鬼三郎は、友蔵の手を引いてこわごわすり抜けた。「あ、あいつが逃げおる」 二人が気づいて追いかける。狙いは鬼三郎一人か、よたよた走る友蔵には目もくれず、追い抜いて執拗に迫る。野崎と松の形相の凄まじさ、まるで二匹の鬼だ。 鬼三郎は逃げながら後ろ手に褌をはずした。友蔵に借りて締め直していたもの、昨夜の褌の効用を思い出したのだ。 松は六尺を踏んづけて幾度かころがったが、しかし崖道と野道とでは事情が違った。追いついた野崎は六尺の端をつかみとり、後から鬼三郎の首にひっかけようと投げる。首をすくめてかわしかわし、綾部大橋にさしかかった。 橋のたもとまで四方祐助が迎えに来ている。「地獄に仏」と、鬼三郎は悲鳴を上げた。「助けてくれーい」 祐助は拳骨をふり上げて仁王立ちとなった。泣き虫のくせに、時には思いもかけぬ蛮勇をふるう爺だ。どうかしたきっかけで荒魂が発動するや、他の三魂を押えて猛然となる。 祐助が二匹の鬼をせき止めている間に、鬼三郎はだだだっと龍門館に駆け入った。澄が鬼三郎の下半身を見て、あきれ声を放つ。「わっ、先生。夜中に抜けてったと思たら……夜這いに行ったな」「違うでよう、阿呆」と、六尺を持った手を、もどかしくひらひらさせた。「ばれて追われてきたんやろ……なした男やいな」 弁解したくても、うまい言葉が浮かばぬ。そこへ友蔵が辿りついて、土間のあがりがまちにぶっ倒れた。 澄に胸ぐらをとられながら、鬼三郎はほうっと安らいでいた。悪夢にうなされて母親にゆり起こされた子供みたいに、臆病風は手足のすみずみからも溶け失せていた。 二階の神前からは、直のさわやかな祝詞の声。ああ、ここは天国やと、その時、心底から思った。急いで六尺を締め直して二階に上がり、直の後ろに座して声高らかに祝詞奏上。階下では、元気をとり戻した友蔵が澄をつかまえて恐怖のさまを物語っている。澄のはじけるような笑い声。祐助、野崎、松の三人がわめき合いつつ入ってくる。直と共に鬼三郎は階下に降りた。「こいつら、わしが審神しちゃるいうのが気に入らぬとぬかすんですわな。先生に審神させるとききまへんのや」 祐助が不満げに訴えた。直の目が背後の二人を射すくめ、低く叫ぶ。「その方らにかかった霊は何者……」 二人は縮み上がって平伏する。直の一声で、西村松はふっつり正気に返った。野崎はすきを見て、きりきり舞いしてとんで逃げた。松は再び狂うことはなかったが、野崎はその後も春蔵の亡霊に時々襲われては、堂山の滝に打たれさまよった。 ――出口の神の因縁を知らずに、もう一つ世を盗みて世を持とうと思うて春蔵に生まれ、大将になろうと仕組みておるから、鞍馬へご苦労になりたのは、なかなか大もうな事でありたのざぞよ。(明治三十六年旧十月十日)
 この年(明治三十三年)、冠島、沓島、鞍馬山と熱情的に出修が続いた。その前後、教線はのびて夏から冬へと京都、伏見の入信者が相次ぎ、綾部を慕って参ってくる。団扇屋の本田作次郎、瓦屋の請負師安田荘太郎、御簾屋の御牧治三郎、元刑事の杉浦万吉、扇屋の小島寅吉……ほとんどが元金光教信者であった。 彼らはいちように鬼三郎の霊学によって眼を開かれながら、反会長派の役員の示唆によって、小松林のかかる鬼三郎を批判する。中村竹吉の筆先一途の信仰や四方春蔵の若くして秀でた霊力などに傾倒、鬼三郎排斥の動きに同調しだすのだ。 こうして四方春蔵の死後も、会長批判は下火にならなかった。

表題:神代餅 7巻4章神代餅



 明治三十四(一九〇一)年、かぞえで直六十六歳、鬼三郎三十一歳、澄十九歳である。 新正月の三ヶ日を過ぎて早々、鬼三郎は祖母宇能危篤の急電に接した。直のすすめに従い、四方平蔵、木下慶太郎をともない、五日夜半立ちして雪の丹波路を穴太へと急ぐ。須知山峠、枯木峠、榎木峠の深雪に悩まされたが、観音峠の頂上に立って園部の方を見渡せば雪は消え、山野は青い。園部町の内藤半吾の家で茶菓の饗応を受け小憩、八木の小北山麓の福島家に立ち寄り、事情を告げる。 寅之助が「わしもお見舞いさしとくれやす」と誠心を面に頼む。 八木からは一行四人、穴太の生家に着いた時には、日は暮れていた。 弟由松が鬼三郎の顔を見るなり、「こ、こ、こ、こら兄貴、ば、ば、ばあさんが死ぬのに、今頃帰って何になるか」とどもりながらかみつく。 つめかけている人たちに日夜の介抱の礼を述べて、病床に進む。祖母の耳もとに口寄せてよべば、宇能は眼を開いて微笑み「喜三や、よう帰った」と、鬼三郎の右手を握ったまま息絶えた。 一月六日午後六時、亨年八十七歳。宇能の顔には、微笑が浮かんだなりであった。 父吉松の死にも増して、鬼三郎は悲しかった。永別の覚悟はとうにできていたはずであったが、祖母との断ちがたい愛着の絆の深さに打ちのめされた。 思えばこの世に、真に鬼三郎を知ってくれる者があったろうか。宇能だけだ。祖母だけが、鬼三郎を理解してくれた。言わず語らずも、祖母は鬼三郎の心の動き、心の中の大波も小波も暖かく見守ってくれていた。 幼い時から注ぎこみ育んでくれた言霊学、学問への憧憬、神に対する激しい思慕の情。すべての源は祖母に発したといっていい。有栖川宮の血の流れを鬼三郎に見て「変化て行け」と教えた祖母、孫の未来の大成を見とおし信じて安らいでいた祖母。あまりにも多い敵の中を、傷つき、汚れながらも、己を高く持し一つの道を踏みわけてこれたのも、祖母があったればこそ。 だらしなく鳴咽する鬼三郎。綾部から従ってきた平蔵、木下、八木から見舞いに来てくれた福島寅之助までもらい泣きする。 悲愁慟哭果てのない鬼三郎を、もう一つ打ちのめしたのは葬儀であった。 神代相伝の神式をわが手でと鬼三郎は主張したが、家族、親戚が寄ってたかってその希望をぶちこわした。彼等にとって、葬儀は仏式以外に考えられなかった。上田家の長男とはいえ、家を捨て勝手に他家へ入った鬼三郎に押し切るだけの力はなかった。金剛寺の住職を頼んで、淋しく野辺の送りをすませる。 夜半、鬼三郎は忍んで祖母の新墓に立った。声を押えて天津祝詞奏上。その背後でふいに力強く声を合せる者たちがいた。振り向くまでもない。平蔵、木下、福島らの友情の声の他に弟幸吉、義弟西田元吉の声も加わっている。 ――お祖母さん、見てくれ。故郷を出た時はただ独りやったが、わしは今、これだけの人々のまごころを得たんや、わしらの祈りを聞いたか、お祖母さん。 祖母の死で傷ついた心に、暖かい涙がしみ入った。
 新春には、各宗の寺院の住職が町々村々をめぐり、年玉を配る慣例がある。 一月二十日、雪道を踏み分け、正暦寺と西福院の住職が金襴の衣をまとって龍門館にあいついで訪ねてきた。年玉は杉箸十対、硫黄一把で、それに対して米一升を返す。卍巴と降る雪もいとわず、僧侶は米の収穫につとめる。 二つ寺院が出口家にくるには理由があった。 出口家の菩提寺は昔から臨済宗妙心寺派の西福院(現綾部市東神宮寺町)であった。ところが明治十八年に無住寺となったため、西福院の檀家はそれぞれの寺に移って行き、出口家は高野山真言宗の那智山正暦寺で先祖の供養をしていた。 明治二十九年、渡辺祖璞が西福院住職として入山、荒れ寺の掃除や手入れが終ると、寺の経済維持のために、十余年間離れていた壇家を再び集めることが緊急課題となった。まず困ったことには、西福院は二度の火災で過去帳がなかった。元の位牌を借り受け、過去帳に記入する作業から始め