表題:呪い釘 7巻1章呪い釘



 明治三十三(一九〇〇)年八月二十五日の夜半、行燈の灯を囲って秘かに執筆中の上田鬼三郎(後の出口王仁三郎)は、「電報」の声に驚いて立ち上がった。「モトキチキトクスクカエレ ハハ」 穴太の郷里からである。胸さわぎがした。起きて直に告げる。「西田元吉が危篤です。元吉いうたら、わしの上の妹お雪の婿、つまり義弟です」 少し目を閉じたなり、直は眉を寄せた。「よほど悪いようや。早う行って助けてあげなはれ」 未明、鬼三郎は木下慶太郎を連れて十四里余の山路を急ぐ。その日の黄昏時、穴太に着いたが、連夜の徹宵執筆に重なる長旅で、口もきけぬぐらい疲れていた。「元吉……元吉」 苦悶する義弟の手を握ったまでは覚えているが、そのまま前後も知らず眠り込んでしまった。「兄さん、起きてえさ」「喜三や、しっかりしなはれ」 妹雪と母世祢が揺り動かすが、正体がない。「へーえ、やっぱりよう。役にもたたんもんやさけ、狸寝入りさらしてけつかる……」 のぞきに来た株内の上田治郎松が相変わらずの憎まれ口。元吉も鬼三郎の姿を認めて安心したのか、うつらうつら眠りに入る。
 西田元吉が鬼三郎の妹雪と結婚したのは、一昨年の明治三十一年夏のことである。彼は田野村奥条(現亀岡市田野町奥条)で野鍛冶をし、懸命に働いた。 元吉の打つ鍬や鎌の評価は高まっていた。同じ鋼を使っても、名工の手になるものは切れ味が鮮やかで持ちがよく、刃こぼれしない。鍬は軽くて刃が固く、減らぬ上に土切れがよい。つまりさくっと切り離れて、刃先に土が団子のようにくっついてこないのだ。 その年の秋の獲り入れ時、手間借り(労力の交換)に行った先で、世祢の持つ鎌が話題となった。切れ味を比べても、誰の鎌も世祢のものに遠く及ばぬ。「お雪さんの婿はんが作らはった鎌や、奥条の西田の元はんや」 噂は広がり、村人たちは争って農具を注文しだした。 山あいの奥条では、家数も少なくて不便であった。穴太に移りたいと夫婦で相談した。園部に手紙をやって、長兄鬼三郎に意見を求めた。折り返し返事があった。「母が寂しいだろうから、お雪夫婦が来たら喜ぶだろう。家を建てるなら、大工は勝さんにさせると安うてうまい」 翌三十二年春、久兵衛池の脇に二間に二間半のこじんまりした家を建て、移転した。鍛冶屋は繁盛した。「元はんの鍬や鎌持ったら、ほかのは使えんわい」と村人たちは言いはやす。 田野村佐伯の郵便局に勤めてお礼奉公を終えた幸吉が、元吉に仕込まれて鍛冶の打ち手をつとめた。それでも殺到する注文はこなし切れぬ。やはり紀州生まれ、女房持ちの鍛冶職人幸之助を傭った。彼は小幡橋のたもとの「鍛冶市」(仮名)にしばらく働いていた男。鍛冶市では西田元吉出現以来、村人からの注文どころか、鎌のさきがけ(研ぐこと)すらぱったり絶えて商売は行きづまり、仕方なく職人幸之助を手放したのだ。「おのれ元吉」 鍛冶市の恨みは深かった。 明治三十三年八月に入って、暑さと過労のためか元吉の顔は蒼ざめ、手は震え、息苦しさを訴え出した。仕事は義弟幸吉と傭人幸之助に代わらせて寝つき勝ち。夜半になると熱が上がる。脂汗をたらしてもだえる。譫言に「胸が痛い、うう……畜生……苦しい」とあちこちかきむしって叫ぶ。おかゆも喉に通らず、日に日に衰弱するばかりだ。「これは普通の病気やないぜ」 由松と幸吉の兄弟は顔を見合わせた。「誰かに呪われとるのやないか」 心あたりはあった。 二人は幸之助に元吉の看病を頼み、その夜の丑満刻、棍棒を握りしめて外に出た。家のまわりを一巡して小幡橋に出、鍛冶市の家のあたりを見張った。小幡神社の化け燈篭の影がいやに長くて、気味がわるい。四、五日続けたが、何のこともなかった。やはりほんまの病気なのだろう。元吉の衰えようは痛ましく、医者すら原因不明の熱病として見放してしまった。「義兄さん……義兄さん、義兄さん」 元吉が譫言に鬼三郎を呼ぶ。たまりかねた幸吉が、電報を打ちに佐伯の郵便局へ走った。
 翌早朝、鬼三郎はとび起きた。手もつけられぬ熱と痛みに苦吟する元吉。直ちに身を清めて神前に向かい、元吉の病気平癒を祈った。鬼三郎の霊眼には、元吉の体にのしかかり呪いの鬼となって苦しめている男の生霊のいくつかが映った。「母さん、雪、すぐ餅を搗いてくれ。幸之助にも手伝わせるのや」 祈り終わるなり、鬼三郎が命ずる。「兄さん、こんな時に餅やなんて」 雪が恨めしげににらみつける。「早うせい、元はんの命にかかわるんや。幸吉、慶太郎」 矢つぎ早に名を呼んで、鬼三郎は言った。「お前らは、餅のできしだい、それを持って産土さんへ参拝してくれ。そして社殿の裏の大杉二本の幹をよく調べろ。墨で元吉の人形を書き、その上に八本ずつ五寸釘が打ち込んだるはずや。一本ずつ釘抜きで引き抜いては、釘穴へ餅を詰めろ。一本ずつやぞ。餅はこよりみたいに細くねじてな。ぐずぐず手間どっては杉の脂が出てきて、餅は詰まらんようになるぞ」 さすがの治郎松や見舞いの村人たちも、意外な言葉にぽかんとしている。ともかく早いところ餅を搗き上げると、鬼三郎の声がとんだ。「よし、幸之助、お前が杉の木へ案内せい」 幸之助はびくっと身を縮めた。その背を木下慶太郎が押す。搗きたての餅をかかえ、連なって一同が出て行った。 鬼三郎は、骨ばかりになった元吉の胸に手をかざして、鎮魂に不乱となる。 村の衛生係が、岡本巡査と吉岡医師を連れて入ってきた。「何じゃい、餅など搗きおって……」 庭に出しっぱなしの臼をみて、衛生係が真赤になってどなった。「この餅、食うことはならんぞ。みんな、この家を出るなよ。元はんは猖紅熱や。伝染の恐れがあるさけ消毒せんなん」 折も折、村内に猖紅熱が流行っていたのだ。 鬼三郎は園部での獣医学修業時代に医学書を精読していたから、病理学上一々例証を上げて反論した。結論として「生霊の祟り」と告げると、彼らはふき出して笑った。しかし鬼三郎の霊力を知る岡本巡査だけは、思いあたるふうに小幡神社へ走った。 社務所内には女子供が、境内奥には男たちが群れていた。五、六本の老杉が枝を茂らせて立つあたりは昼なお小暗い。サーベルの音に、人々はふり向いて道をあけた。 岡本巡査は、大人の手で一かかえ半もある大杉二本の幹に、よくよく目を近づけて見た。確かに人の形が書いてある。今そこから四、五本の釘を抜き取ったところであった。釘は根元まで深く刺さっていて、杉の生肌に締めつけられ、抜きにくい。餅もうまく入っていかない。思ったより手間どって、幸吉たちは焦っていた。 ようやく抜きとった釘を、岡本巡査は手にしてみた。長さは四、五寸、太さは巻煙草半分ぐらいの四角い耳釘だ。「こりゃあどこで造った釘か、鍛冶屋を当ってみたらすぐ分るやろ」 岡本巡査の問いに答えはない。調べんでも分っとるわい……と誰もが言っている目であった。 抜き取り作業は男たちにまかせて、釘を手に巡査は戻ってきた。吉岡医師と衛生係は、半信半疑の面持で呪い釘を眺める。 元吉の苦悶はやや治まって、「体の中に涼しい風が吹きこむようや」と弱々しくつぶやいた。「元吉、誰がこの釘を杉の木に打ち込んだか、心当たりはあるやろ」 巡査が病人の枕元に坐り込む。釘を手にして、元吉はすぐうなずいた。 鬼三郎が口をはさむ。「岡本はん、犯人は分っとる。けど咎めたりしなはんな。呪われるには、こっちにもそれだけの理由がありまっしゃろ」「いや、刑法上の罪になるかどうか調べてみんとちょっと分らん。呪い釘打てば必ず相手に響くという科学的な証明がないさけのう。けど元はんの場合、相手が呪い殺そうとした動かしがたい証拠がある。わしが今この目で見てきたばっかりや。ともかく犯人を挙げてから、その処置を考えるわい」 岡本巡査の八字髭が震えている。鬼三郎はなだめた。「昔からいいまっしゃろ。『人を呪わば穴二つ』……あれはほんまでっせ。わざわざ人を罰せんでも、呪う者にはいずれ三分がた自分に戻ってくるはず。生きた木に害意をもって釘を打ち込むこと自体、その木からも呪われる。木は生きてます。動物と同じ生産霊やないが、足産霊と名付ける霊を持っているさけ、木だって痛いのや」 慶太郎たちが引き上げてきた。「先生、全部で十六本すっかり引き抜いて来ましたで。元吉はん、どうです」 みんなが元吉をとり囲んだ。「ああ、涼しうてよい気持になってきた。おっきに、もうこれで大丈夫……」 元吉が泣き笑いして、半身を起こした。医者たちは首を傾げつつ帰っていく。 夜になって、幸之助夫婦が見えぬのに気がついた。「放っとけ」と鬼三郎がいった。その時になって、由松と幸吉は悟った。「そうか、あれは鍛冶市の釘や。わしらが見張ってた時に奴が姿を見せなんだのは、幸之助が一枚加わっとったせいやな。畜生、こちらの様子が筒抜けのはずや」 鬼三郎が笑いながら種明かしする。「杉は二本、打ったのは二人。幸之助は銭を貰うて手伝うたんや。けど恨んどるのはあいつら二人だけやない。いく人もの商売仇の生霊がついて来とったわい。奴らを恨んではお前らも同じ穴のムジナや。許したれや。こんな目におうたんも神さまの思し召しやで。全快したら、お前も我を折って、神さまに手を合わせる心になってくれ」 二、三日、元吉の回復を待ち、鬼三郎、慶太郎は綾部に向った。よろめきながら門口まで送って出た元吉を凝視し、鬼三郎は予言する。「呪い釘を抜いたあとはまだ完全やない。も一度苦しむやろ。けど命に別条ないさけ安心せい。二月ばかりで元の体になる。では大切にな……」 その通りとなった。元吉の体のそこら中がうずき出して身動きならぬまでに腫れ上ったが、六十日目に腰の腫れ物から二、三升もの膿み汁がはじけ出し、それきりすっきりとなった。好きな博奕もふっつりやめた。産土神社にお礼参りをした。朝夕神前にも拝礼する。 婚礼の夜の鬼三郎の言葉が、新しい意味をもって元吉を揺さぶった。「元吉、わしは顕幽神三界の出来事を神さんから見せてもろた。神の手足としてえらい御用を命ぜられとる。……わしはお前に神さまの綱がかかるのを待っとったんじゃ。元吉、力を貸してくれい。……霊界であったことは現界に移ってくる。その順序や時期はわしにも分らん。けどいつか必ずその時はくるのや。……わしは穴太には住めん。……すべて神のみ心のままやさけ……」
 綾部へ帰り着いてみると、夕闇せまる門口に、荒縄でくくりつけた鞄や風呂敷包みが放り出してあった。「あれ、これは先生のやありまへんかい」 木下慶太郎が不思議そうに鞄をひっくり返して言う。確かに鬼三郎のもの、それも全財産だ。いや、あれがない、あれが……。 鬼三郎は血走った目で見まわした。嘲笑悪罵も笑って受け流し、夜ごとの睡眠時間をけずりとって、命をこめ書き続けた高熊山での霊的体験実録記。 鬼三郎は庭の隅に走った。そこに荒縄でくくった古新聞包みがころがっている。震える手で解いてみて、鬼三郎はあえいだ。 ――あった、ああ……。 同時に憤怒が、重苦しいばかりにこみ上げてきた。「澄、お澄、出てこい」 門口に立って怒鳴りつける。四方春蔵がこそこそ奥の間にかくれるのが見える。「変やなあ、どないしちゃったんやろ」 濯ぎ水を汲んできた木下が首をひねる。鬼三郎がすり減った泥草鞋を解いていると、「ニャーン」とお長が甘ったれ声で出迎え、いつものように先曲りのしっぽを立てて足にすり寄ってきた。三毛の雌猫である。野良猫に餌をやるうち、いつのまにか上りこんで、公然と鬼三郎にはべるようになっていた。 四方祐助が出て来て、とぼけた顔で言った。「あ、先生、今帰っちゃったんですかい。お疲れさんで」「澄はどうした」「へぇ、お澄はんは昼から北西町のお米はんとこに遊びに行ったなりですわな。夕食の支度もせんならんさけ、さっき迎えに行ったら、あんた……」と祐助は急に声をひそめて、「お米さんに花札習うて、無我夢中で勝負しとってや。役員さんらにばれたら、またうるさいこっちゃろ」「帰ってこんのか」「どうでっしゃろ。帰ってきまっしゃろか」「馬鹿っ」 落雷のような怒声だった。お長がすっとんで腰を抜かしたのか、おたおたいざっている。「これはどうしたんや祐助。わしの荷物、何で外へ放り出したる」「さあ、何でやろ、ほんまに放り出したるなあ」 また怒鳴られると思ってか、祐助は逃げ腰になった。裏口から、二、三人の走り出す足音が聞えた。鬼三郎の眼は祐助を捉えて離さぬ。観念して、祐助はしゃべり出した。「惜しいことじゃったでよ。先生がこんなに早う帰ってきてやとは、誰も思っとってやないさかい……。もう一日ゆっくりしてきちゃったら、役員さんらの思惑が立っとったとこですわな」「何や、思惑いうのは……」 祐助はしゃがみこんで、鬼三郎の手にある古新聞包みを指した。「これですがな。先生が穴太に発ちなはった日、中村はんが広前の大掃除するいうて、先生の部屋まで掃き出しなさった。机の下から仰山出てきたこの紙見たら、中村はん蒼うなっちゃった。何と角文字がぎっしり並んどるやござへんか。それから春蔵はんを呼んでくる、村上はん、黒田はん、塩見じゅんさんもとんでくる。『会長はんが外国み魂に占領されちゃった。夜半にかくれてこんなもん書いとるのが何よりの証拠や。朝寝はする、人前で屁はこく、水行はいや、おまけにいろは四十八文字の筆先にまで反抗さらす。何書いたるやらさっぱり読めん。読めんから、わしらの無学は尊い。学は神には勝てんぞよ。さあ、いよいよ神と学との大たたかいじゃ』とマアこういうわけで、全員意見一致したんですわな。さっきまで皆で寄ってこって(たかって)、お澄はんの留守をさいわい、会長はんの荷物くくって放り出したんじゃな」「放り出してどないする気や」「もともとは春蔵はんが言い出しちゃった。『天眼通も天耳通もなにもかも、先生の知っとることはみな覚えたさかい、あんな外国身魂は追い返してもたらよいんや。今、故郷に帰っとるのは神さまのおぼしめしじゃさかい、早う先生の荷物を穴太へ送り返せ。そうすれば広前の汚れも清められる。高天原がすっきりしたら、世界にもそれが映って、立替え立直しのどえらい御用になる』ちゅうて……」「曲津どもめ、よいころなことぬかしやがって……。教祖さまはご承知かい」「知っとってやござへんやろ。今夜のうちに荷物を送り返して、明日は平蔵はんに、役員総代で穴太へ断わりに行ってもらうつもりでした。その上で教祖さまには申し上げる。先に知られて、止められてはどもならん。善は急げ……」「何が善じゃい」 また鬼三郎の声が爆発しかける。ひどく疲れ切っていたし、空腹だった。木下慶太郎と二人で荷をほどいて、元の場所におさめた。 ……誰が何と言うてきたかて、奴ら、許しちゃるけい。けどわしが、なんでこんな思いをせんならんのや。 うずくまったなりのお長を抱いて頬ずりすると、不覚にも口惜し涙がこぼれてきた。                                                                                                                                                                                              
表題:鞍馬山出修 7巻2章鞍馬山出修



 冠島、沓島と老齢の直の激しい出修が続いたが、近くまたどこかへ出修せねばならぬ予告の筆先が現われる。 ――ここまで世に落ちておりて、今度世の変わるについて、もう一度出口にご苦労にならねばならぬぞよ。……三人。も一人つれて行きたいなれど、まず評議の上にいたさなならんぞよ。誰でも行くということはできんぞよ。来春と思えども、それでは神が現われるのがおそくなるから、今年のうちにご苦労になろまいかも知れんぞよ。(旧八月二十五日・新九月十八日) 行先は不明。供は三人、もしくは評議の上もう一人という。その供の一人に自分を擬する役員も少なくなかった。 ――艮の金神国武彦命と現われて、出口直の手で書きおくぞよ。昔から今度の御用さすために、出口の身魂は苦労さしてあるから、何いたせと申したとて、いやと申したことはないぞよ。まだこれからどこへ連れ行くやらわからいでも、いやとは申さん。出口ご苦労なれど、また三人はこういえば気にさわるなれど、出口の小指の苦労もできておらんから、今度の所へは連れて行かんなれど、何を申しても世界の大望せけるから、一度正真の神が誠の所へ連れ参らんと、誠のことができんぞよ。この四人の中に、心得違いがありたならば、艮の金神が万劫末代のことをきわめに参るのであるから、心得なされよ。(旧八月三十日・新九月二十三日) その四人が誰か依然として不明だが、改心せぬと、どうやら神の戒めがあるらしい。 ――今度、実地の神が連れ参るのは、陸の龍宮であるぞよ。四人の身魂は因縁の所へ行ってもらわんと、わからんことがあるぞよ……逆さまになりて、お詫に来んならん人ができるぞよ(閏八月一日・新九月二十四日) 海の龍宮の冠島、沓島に続いて、今度は陸の龍宮であることが示された。それはどこ?……そして誰かが油をしぼられて、神に詫びることになるらしい。 艮の金神のプログラムは進行する。 ――今度、実地の所へ連れ参るから、みな行ないを変えて下されよ。留守番は木下慶太郎、今では粗末にあれども、これも因縁のある身魂。村上房太郎、改心のため留守番。慶太郎はお給仕、結界はいっさい構うて下されよ。房太郎、書き物いたすと申して、えらそうにいたすでないぞよ。(閏八月四日・新九月二十七日) これで留守番役は決まった。有無をいわせぬ神定だ。 ――この世をこのままにしておいては、もう共食いいたさないけんようになるぞよ。このみぐるしき世の中を立替えいたすについては、今度の四人の旅立ちの旅姿も、ちと因縁のあることじゃ。四方藤太郎殿は、このことをつけ止めておいて下されよ。(閏八月五日・新九月二十八日) この日、鬼三郎は、澄の仕立ててくれた新しい着物を着て、自室で執筆していた。和綴じの帳面の表紙には『多満の礎』。筆の動きは瞬間のよどみもない。「天は高きものとのみ思うことなかれ。誠のある所、正しき神の坐ますところはみな天なり。龍宮館の下津岩根もまた天なり」「二個の眼を失いたる人は、この世の光明を見ることあたわず。心の眼を失いたる者は、その暗きことひとしおなるべし。心の眼なき者は、神に見ゆることあたわざるべし。高天原を見ることあたわざるべし」「東の君主に仕え、同時に西の君主に仕えがたきと同じく、人はもし財宝に仕えんとする時は、同時に神に仕うることあたわざるべし。金銭を使ひて国のために尽すは良し。金銭に使わるるものは、神の光を知らざるに至るべし」「今日畑に在りて、明日は釜に煮らるるものなりとて、神はその刹那まで守護を与え給う。神の教を守る人の身の、なんぞ神の守護なかるべき。これに反して信仰なき者の心は、あたかも薄氷を踏むが如く、とうてい安息のいとまなかるべし」 役員信者たちにとって、直の手になる筆先は絶対だ。だからこそ、表面的な字句に拘泥し、真意を理解できぬための弊害は随所に現われる。漢字をまじえて執筆することさえ、はばからねばならぬ現状なのだ。筆先の意味をやさしくかみくだき、正しく理解させることこそ、鬼三郎の大きな使命であらねばならぬ。 現に筆先は示す。 ――艮の金神は、出口に筆先で世界のことを書かすぞよ。上田はこれから筆先を説いて聞かせる御用。筆先ばかりでも細かいことがわからんぞよ。上田には霊学が授けてある。筆先と霊学とで世界のことを説いて聞かせば、みな改心がでけるぞよ。この筆先と霊学がわかりて、世界は一度に見えすくようになるのざぞよ。(旧八月十三日・新九月六日) ことわりもなく襖が開いて、中村竹吉が立っていた。「また角文字を書いとるんじゃあろまいなあ、とにかく教祖さまがお呼びじゃさかい、すぐ広前へ行きなはれ」 広前には四方春蔵がいた。鬼三郎を見るや、ぷいと外を向く。不愉快であった。 直はつと立ち、神前の三方に置かれた筆先をとって中村竹吉に渡す。竹吉は押しいただき、くり返し音読する。 ――こんどの実地の神の仕組てある所は、変性男子と女子より行かれんぞよ。澄子と春蔵と二人は修行のためじゃ。皆々のために神が連れまいるのじゃ。それを見て改心をなされよ。世界のかがみの出る元であるから、みなかがみに出さすのざぞよ。(明治三十三年閏八月五日) 直は肉体こそ女だが、霊は男であり、(男霊女体)、鬼三郎は肉体こそ男だが、霊は女である(女霊男体)と、これまでしばしば筆先に示されてきた。従って筆先では、男子(変性)といえば出口直、女子(変性)といえば上田鬼三郎となる。 直はいう。「今度は、普通の人間では行かれぬ所やげな。実地の神の住まいなさる、結構な所の怖い所やそうですで」 中村竹吉が、お筆先の続きを読むような調子で口を出す。「あたもったいない、教祖さまはこのご老体でどこの国とも知れず、ご修行に行かれなはる。このお筆先はそのご神勅ですわな。それもこれも、ひとえに会長はんの改心がでけぬためですぞ。神さまやお国のために身命を投げ出さんならんお役の人が、病人がでけたぐらいで、ほいほい穴太に帰ることがあるかいな。人の一人や二人死んだからいうて、この大切な御用に代えられるもんやござへんで。ちっとはつつしんでお筆先を拝読きなはれよ」「……」「さ、さ、教祖さまの前で改心を誓いなはれ」「改心て、何じゃいな」「それ、それが改心できとらん証拠や。改心できぬ者は、役員として、命に代えても今回のお供はさせまへんで。その代わり、及ばずながら、わしがお供しますわな。会長はん、いかがでござる」「代わったるで、行きたかったら。子供でもあるまいし、けったくその悪い、行先もわからん所へ、へいこら嬉しそうについて行けるかい」 鬼三郎は立ち上がった。「なんやて」 中村が眼をぱちくりさせる。お世継たるものが不遜の言辞をはくなど、思いも及ばぬことなのだ。 直はやわらかに諭す。「中村さん、改心は先生だけではございまへんで。役員の皆さんも同じことですわな。先日からの皆さんの行ないも省みてくだされ」「へい……」 両手をついたまま中村は動かぬ。誰よりも熱心に筆先を拝読し、誰よりも多く水行をつとめる中村は、暗に自分もまた改心を求められたことが実に心外であった。これだけお道のために尽くし、真面目に、真剣に、誠心こめて努力している者がわしのほかにあろうか。それを……これ以上どう心を改めよというのや。教祖はんもあんまりじゃ。 恨めしかった。白い眼を上げ、荒々しく畳をすって広前を下がる。井戸の方からこれ見よがしの激しい水音。「先生、八日立ちですさかい、そのつもりでな」「わし、今度はこらえてもらいます」 鬼三郎は直に言葉を返した。「なんでです」「同行者が気に入りまへん」 あごをしゃくって、鬼三郎は四方春蔵を示した。春蔵は、先ほどから、神妙に直の背後にうつむいていた。しかし鬼三郎には、直の庇護に甘ったれているとしか思えない。 穴太から帰って間もなくの旧八月十一日、鬼三郎に対して筆先が出た。「綾部の化物、狂人を見てきてやろうと、なぶり心で来る者もあるぞよ。また誠を聞きに来る者もあるぞよ。その仕組みじゃぞよ。上田は阿呆になりておざれよ」 そして同じ日、春蔵に対しては戒めの筆先が出た。「春蔵どの、行状をかえなされ、今の精神の持ち方では、気の毒があるぞよ」 しかしながら、直自身の口から叱責した気配はない。あいかわらず春蔵は、こつこつと会長排斥運動を続けているらしい。鬼三郎の頭を「阿呆になれよ。辛抱しなはれ」と撫でておいて、春蔵の跳梁は「行状を変えなされ」の一言で見て見ぬふり。なぜ教祖はもっときびしく善悪を立てわけぬ。 積もり積もった怒りがこみ上げて来た。「春蔵は、わしをさんざ妨害しとる張本人でっせ。今度穴太へ帰った時も、会長排斥運動の原動力になりくさった。それを神直日大直日に見直し、聞き直し、宣り直して、赦してやったのや。本来なら恥ずかしゅうて広前へ顔など出せん男のはず……」 それを許す直への怒りもこもっていた。だが直のおだやかな表情は変わらない。「筆先は私の自由にはなりまへんのやで。神さまのご命令ですさかい……」「そやさけ合点がいきまへん。三千世界の善悪正邪を一目にお見すかしの艮の金神さんが、よりもよってなんで春蔵ばらをお供に加えはるのや」 春蔵から直へ、直から艮の金神へと、鬼三郎の怒りはふり向けられる。「春蔵なんかと道づれになるのは、送り狼と同行するようなもんや。いつ寝首かかれるか知れたもんやない。それを知って春蔵をといわはるのは、表面だけつくろうて、要するにわしに行くなということでっしゃろ。わしは気をきかしてやめときますわ」 直は鬼三郎の眼をじっと見た。その眼から金色の霊光がほとばしり出て、鬼三郎を射すくめた。直の表情も声音も少しも変わらぬのに。「先生、あなたは広い心で春蔵さんの罪を何度も許してくれなさったなあ。それでも『許す』ということは、どういうことですやろ。朝夕の神言で唱えるように、神さまは人々の罪を聞き入れなさって、祓い清め、忘れてくださる。無学でよう分りまへんが、神直日大直日に見直し聞き直すというのは、相手の罪をさらりと忘れてあげる心ではござりまへんか。それとも、先生は口先だけで許されて、心の中では春蔵さんの罪を数え立てていなさったんですかい」 溶けてしまいたいほど、恥ずかしかった。筆先の解釈をするつもりで、えらそうに執筆までしながら、朝夕となえる祝詞の言葉一つ身につかぬとは……。 直はほほえんだ。「先生、裏口の柿の木の下を見てくだされ。『恐ろしいことが起こる。みな、戒めのためじゃ』と神さまがいうてなさるさかい」 何がなし不気味な気がして、春蔵を誘った。「後学のためや。一緒に見に行こ」 柿の木の下にしゃがみ、四方祐助が草をむしっていた。ほかにはなんの変哲もない風景だ。「ここが裏口の柿の木の下やけど……祐助、なんぞそこで変わったことないけ」「別にござへんで。そういえば、ミミズが立替えでびっくりしとるぐらいのことやな」 けげんそうに、祐助は首を横に振った。念のために二人がのぞいて見た。なるほど、草の根と共に土がほじくり返されて、一匹のミミズがもがいている。と、殿さま蛙が跳びついて、ミミズを呑みこむ。あっと三人がみつめる前で、ミミズは蛙の口中に消え、のどのあたりでぴくついている。「きゃっ」と、春蔵がとび上がった。彼の足下から、いつ現れたのか太い黒蛇がしのび寄る。「しっ、しっ、」 祐助が蛙を追い立てても、魅いられたように蛙は動けない。ゆうゆうと蛇は蛙を呑む。 ミミズは蛙に、蛙は蛇に……何をいまさら驚くことがあろう、世の常の習いではないか。思いは同じか、春蔵はつまらなそうに帰りかける。「あ、お長、お長……」 祐助の悲鳴の先に、三毛が蛇の頭をくわえて振り回している。「こら、こいつ、離せ」 お長を叱りつけながら、何となし背筋が寒くなった。と、黒い塊が弾のように飛び込んできた。「ぎゃあっ」 お長はかまれたのか悲鳴を上げ、大黒猫と組み合って、玉ところがる。「畜生、ばか、やめろ」 お長がとび離れて、柿の木にかけのぼる。黒猫も追って柿の木へ。枝の上で毛を逆立ててうなりつつにらみ合う二匹。かなわぬとみて必死に逃げ回ったお長はついに追いつめられ、高い枝から落ちてふんのびた。 突然怒りがこみ上げ、獣と化したように、鬼三郎は柿の木によじ登った。力まかせにぐらぐら揺する。黒猫は太枝にしがみつき、ぶらぶらするのは色づきはじめた柿の実ばかり……。「先生、おりなはれ、みっともない。せっかくの着物がわやや」 祐助の言葉に冷静に返って木から降り、新調の着物を眺めた。袂にべったり猫の糞がついている。よく見ると、柿の太枝は猫の糞まみれ。 祐助は嘆息した。「なんと先生、上には上があるもんじゃなあ」「阿呆、そんなどこかい」 木の上の黒猫を憎さげににらみつけて、鬼三郎はぐったりしているお長を抱いた。「お前の仇はきっと討っちゃる。今に見とれよ」 静かな足音に、三人が振り向いた。「分りましたかい、春蔵さん」 直がにっこりした。何故か春蔵の顔は土気色になり、毛穴がひらいて、びっしょり冷汗がふき出ていた。
 明治三十三年十月一日(閏八月八日)午前一時、広前の門前には、前夜から駆けつけた数十人の役員信者たちが群れていた。今度の出修はいかにも謎めいていた。どこへ、何故、いつまでなのか、直でさえ知らぬ。これが永遠の別れになるやも……。一途に教祖を慕う者ばかりだ。「どうぞ途中なりと送らせてほしい」と、泣いて頼む者にも、直は神命を楯に頑として許さなかった。 礼拝を終えて門口を出る時、ちょっとした悶着があった。用意された四本の杖を持って立つ春蔵の手から、直は梅の杖を受けとった。春蔵は澄に雌松の杖を渡し、自分は雄松の杖を握って「どうぞ……」と、鬼三郎に青竹の杖を差し出した。叱咤がとぶ。「ばか、青竹はお前が持て」「いやじゃ。わしはこれ……」 青竹を投げ出して雄松の杖を抱きしめたまま、春蔵は鬼火を灯したような目を裂いて、鬼三郎を睨んだ。思わぬ確執に一同はしんとなった。「春蔵、お前らの精魂こめて作った竹杖やろ。それはお前にくれたる。雄松をよこせ」 鬼三郎が手を突き出す。ややあって、春蔵は目を落とし、雄松を渡して、青竹を拾った。 ほっとして一行が動き出したのは午前一時半。「八木の福島をさして行け、つぎに指図をいたす」との神示であったから、ともかく茣蓙蓑を肩にかけ、菅の小笠を傾けて須知山峠にかかった。狐が啼き、山兎が足下をかけぬける。夜をかけての旅、せっかくの満山の紅葉も黒一色に沈んで見えない。鬼三郎と澄が先に立ち、少し後に直、春蔵。四人の持つ提燈は、樹間にちらちら動いている。「かわいそうに、春蔵はん、しょんぼりしとってや」 澄がささやいた。鬼三郎はむっつりしている。「何で竹の杖はいやなんやろ。あんなにこっちの杖欲しがっとるなら、先生、代えてあげちゃったらよかったのに」と澄はこだわる。「……」 まるで子供の喧嘩やと、不機嫌にだまりこむ夫の顔を、澄はのぞき込んだ。「竹やろと松やろと、杖でさえあれば、どっちゃでもかまへんのや。わしはかまへん」「そうなら何も……」「ところが、そうはいかんから、しんどい」 鬼三郎は説明する。「どうでもよいことやが、春蔵にとってはそうやない。あいつは命がけなんや。あの青竹には、あいつの怨念がこびりついとる。あんな杖を頼りに旅を続けてみい、毒がしみこむようにわしの体がまいるわい。あの杖はのう、わしを害するために、春蔵らがわざわざ執念こめてつくったものや。それくらいのことが分らんわしかい」「……」「『うめでひらいてまつでおさめる。たけはがいこくの守護』いうお筆先が出とったやろ。澄はどう思う」「へえ、何のことやいな」「あいつらは、それをそのまま鵜のみしとるのや。梅はこの世を開く役やから教祖さま、松はお世継となって世を治めるから澄と春蔵、わざわざ雄松と雌松で杖をつくった。あとは分るやろ。わしの分は竹。がいこく身魂やから」「なんや、解っとらんのはうちだけでしたなあ」 鬼三郎は軽く笑った。「お筆先の意味を、わしは言霊で解してこう思う。梅は教え、松は政治、竹は武や。竹ががいこくの守護いうのは、神の教えを開いてまつりごと(政治)し平和に治めていくべき国を、軍備で押えようとするのはがいこく、つまり国を害するやり方というわけだ」「むずかして分らんなあ……」 澄が自分の頭をこづいた。「たけいうのは武器の武のこと。人や獣を殺す道具のことや。昔は竹が武器やった。竹槍、弓、矢、みな竹からつくったもんやさけのう」「そんなら春蔵はんらは、あの竹で先生を……」「ははは……まさか突くとか叩くつもりやないわい。子供だましみたいやけど、奴らは本気で思い込んどる。筆先に『今度の四人の旅立ちの旅装もちと因縁のあることじゃ』と出とるやろ。奴らはそれを十分意識しとった。もし奴らの思惑通りになってみい。『会長は竹の杖とった。やっぱりがいこくみ魂やった』……それより恐ろしいのは、首尾よく雄松の杖を握った春蔵の心や。神に許されてわしこそお澄のみ魂の夫、正真の世継やと信じて有頂天になる。その慢心を狙われて、またどんな妖魅に襲われんとも限らん。今度の出修は何やら知らんが、修行のため、改心のためやとお示しが出とる。出発に当ってぴしり思惑をはずしてやったら、春蔵もこれ以上の心得違いをせんやろと思うたんじゃ。これがわしの愛情や」 澄はやっと夫の心に触れた。嬉しくなって夜を幸い、提燈を持つ鬼三郎の手を求めてくる。二人の間で提燈のあかりがゆらゆら揺れた。 須知山峠の峻坂を下り、枯木峠を踏み越え、榎木峠の頂上にさしかかると、前方に火光が見えた。夜半、山中に火を見れば、鬼三郎は反射的に山賊を連想する。きゅっと胆が冷えた。「お澄、気をつけろよ。山賊かも知れんぞ」「おもしろ。どんな顔の人やろ」 澄が足を早める。鬼三郎は慌てて澄の手を引き戻し、「お前は母さんと後から来い」とささやいた。妻といると、神経がどうもおかしくなる。 弱味を見せまいと、鬼三郎は胸を張り、大股になって進む。焚き火をしていた男が気づいて、道に立ちふさがって待つ。 一行が近づくと、男はいきなり大地にひれ伏した。「お願いでございます。どうぞお願いでございます」「誰やいな」 澄が提燈のあかりを近づけ、意外そうに叫んだ。「あ、安之助はんか。なあーんや」 福林安之助だ。彼は熱心な信者で、以久田野の奥から二里の野路を通って、広前へ三日にあげず参拝していた。「どうぞ今度の出修のお供につれて行っとくれなはれ。わしは猿田彦となって、ここにお待ち申しておりました。猿田彦いうても、どこへ御案内すればよいやら道は分りまへん。けど何杯も水かぶって、神さまにお願いしてきました」「神さまのご命令は、わたしの一存では動かせませんでなあ」と直が当惑した声を出す。「猿田彦があかんのでしたら、せめて人足の端くれになと加えとくれなはれ」 福林はすり寄って直の足下にひれ伏し、「この寒空に、教祖さまがどこでどうしておられるか思うたら、居ても立ってもおられんのですわな。わしは死んでもお傍をはなれん覚悟で出てきました。今さら家へは帰れしまへん」 福林の横には、ちゃんと茣蓙蓑、梅の杖まで用意してある。 鬼三郎は気の毒になった。思えば、沓島出修の際にも、一行九人の中に入れていた村上清次郎が春蔵らの言に迷い出し、急に同行を断わってきたことがある。その場にいた福林が即座に代わりの同行を願い出たので、神の許しを得て参加させた事情を思い出した。よく補欠になりたがる男だ。「教祖さま、お供とはいわず、荷物持ちの人足としてなら……」 鬼三郎の取りなしで、直はようやく許した。あふれる涙を袖で拭うのももどかしげに、福林は茣蓙蓑を背にくくりつけた。「三人……も一人連れて行きたいなれど、まず評議の上にいたさなならんぞよ」 ……そうか、福林はんのことやったなと、鬼三郎は、前に拝読した筆先の一節に思いあたった。 三の宮あたりで日が昇ったが、深霧が白くたちこめていて、その姿を拝ませぬ。春蔵のあまりの遅れようが気になった。直も時々振り向いては、霧の奥をすかし見る。一行の荷物を棒にくくってずんぐりした体にかついでいる福林は、あと戻りして様子を見に行った。 春蔵は道のかたわらの岩に腰かけ、青竹の杖にあごを支えて動こうともせぬ。「教祖さまが御心配しとってやで。早う立ちなはれや」 福林にうながされてしぶしぶ道を歩み出しながら、春蔵はつぶやいた。「雄松の杖はわしのもんや。それを会長が横奪りしくさった。会長を綾部に帰なして、わしが雄松の杖を突いて雌松の杖と並んで歩かんと、今度の出修の目的が成就せん。大本のお仕組みがわやになる」 無念げに唇をかんだ春蔵の面には、十九歳の少年と思えぬ悽愴の気が漂っていた。 桧山の会員、坂原巳之助方で小憩。観音峠を越え、園部の町に入る。たまたま教祖の出修を知り、急ぎ出迎えにくる上仲儀太郎と出会った。「ぜひわが家で一泊して旅のお疲れを」という上仲のすすめで、桐の庄村木崎の上仲の自宅に行く。 鬼三郎は澄を連れて、かつて自分が指導した上仲の牧場を見学、懐かしみつつ、若い頃の思い出を語る。澄もまた私市の奉公時代、万右衛門牛に困らされた話を披露する。しばし明るい高笑いがはじけとんで、直たちの休む座敷の方まで聞こえてくる。 鬼三郎と澄が座敷に戻ってくるまで、春蔵はいらいらして落ちつかない素振りを示した。 上仲家の座敷は障子が明け放たれていて、庭の紅葉が美しい。四匹の野良犬が出てきて、おとなしく坐っている。直の目は、いつくしむように犬たちの上から離れない。 この地方の会員の田中仙吉夫婦と辻村某が、直を訪ねてきた。ろくに挨拶もせず、二人は席につくなり、上仲の平生の処置を批判しだした。田中も辻村も金光教会の元布教師だ。鬼三郎の数少ない支持者の一人である上仲が、彼らの組織した信者を奪うことへの不満である。四方春蔵もまた上仲攻撃の支援に加わる。田中、辻村と春蔵が気脈を通じ、会長派の上仲追い落としにかかっていることは明らかであった。 上仲は激昂し、彼らが四方春蔵らとはかり霊学会の瓦解をはかっていると暴露した。 原因を突きつめれば、自派への信者の争奪。同じ霊学会に属しながら、綾部における鬼三郎と金光教信者の対立が、そのまま末端にまで波及しているのだ。 六十五歳の教祖が梅一杖に身を託し、身も心も清めて神命のままあてもない出修に出ようとする今この時だ。心あらば、みぐるしい恥をさらしてくれるな。非を鳴らし合い、たけり立つ四人の間で、鬼三郎は気をもむ。 直が前の菓子盆につと手をのばし、一握りの菓子をつかみ取った。唐突な、直にはふさわしくない行動に、一同はっと沈黙した。直は縁に出て、仲よく遊んでいる犬の群に菓子を投じた。その菓子を奪い合って、四匹の犬が猛り狂う。犬の騒ぎに気をのまれている四人を、直はかえりみる。上仲は気がついてうなだれた。田中と辻村は憤然として席を立つ。四方春蔵が二人の後を追って出ていった。 夕暮れ、直は上仲に丁寧に謝辞を述べ、桐の庄を辞す。 園部駅に着くと、春蔵が待っていた。「教祖さま、夜の旅は危険じゃし、旅費もあまりござへんさかい、今夜は田中さんで泊めてもろたらどうでっしゃろ。田中さんでも待っとってんですわな」「たとえ野宿しても、あの者の家には泊まりまへんで」と、直のにべもない返答であった。 不服げな春蔵を加えて一行五人、園部駅から乗車して次の八木駅に下車、霊学会八木会合所である福島寅之助の家に向う。 福島家は小北山の山裾をけずって、新築していた。寅天堰の茶店を売却した金で建てたものであろう。 玄関をあけると、何やらにぎにぎしい。家はさして大きくないが、十畳と六畳の間の襖をはずして、多くの信者たちが集まっていた。おりしも神床新設の遷座祭を執行中であった。突然の教祖一行の来訪を、彼らは歓喜して迎えた。 祭典が終って直と鬼三郎の講話があり、深更になって散会した。 翌二日早朝、鬼三郎は前に流れる小川で口をそそぎ、手を洗い、神前に祈願をこらす。たちまち神がかりして、歌を詠んだ。   世の中の人の心のくらま山       神の霊光に開くこの道「行く先は鞍馬山でしたなあ」と誰にいうとなくつぶやく直の頬は、きびしく引き締まった。 午後一時、一行は蓑笠つけて八木駅から列車に乗る。亀岡を過ぎた頃、鬼三郎はちらちら視線を投げてくる車中の男に気づいた。初恋の人、穴太の斎藤蘭の養子婿与四郎だ。「やあ、しばらく……」といいかけて、鬼三郎はだまった。彼はあわてて車窓をのぞき、気づかぬ風につとめている。なるほどと、鬼三郎は自分の茣蓙蓑を背にした風体と与四郎のしゃれた洋服姿を見くらべた。「喜三やんはとうとう養家まで食いつぶしたとみえる。乞食巡礼に落ちぶれとったぞ。年寄りや嫁はん連れて、浮き雲流水の旅に出かけよったわい」と、与四郎が穴太に帰って触れまわった。それからの穴太での喜三郎の評価は決定した。 花園駅で下車、気乗りしない面持ちの春蔵をしきりに福林がなだめつつ、禅宗の本山妙心寺を横に眺め、やがて北野神社の鳥居に立つ。一般には北野天神、あるいは北野天満宮と呼ばれ、菅原道真公を祀る。全国各地にある「天神さん」の本家だ。千年の老松梅林、楓、雑木の苔むす下を、参拝者は引きも切らぬ。 拍手参拝の後、澄は無邪気に訊く。「天神さんは天の神さまで、艮の金神さまは地の神さまですかいな」 それなら天神さまの方が偉いといった口ぶり。学を軽蔑する澄に、鬼三郎はせめて耳学問なりとさせようとする。「そうやない。天神さんは元は人間じゃ。菅原道真公いうて、平安時代初期の政治家、文人、学者や。右大臣にまでなりながら、左大臣藤原時平におとしいれられ、醍醐天皇のお怒りにふれて大宰府に流された。『天の下乾けるほどのなければや着てし濡衣ひる由もなき』の歌は、道真公の嘆きや。配所にあってもかつての天皇の厚恩を慕い続けて、翌々年に死んだ。けど真心はついに天に通じ、鳴神とまでなり、時至りてこうして天神として祀られることになった。書にかけては空海、小野道風と並んで三筆の一人で、そやさけ手習いの神さんとして祀られとる」 澄がびっくりした声を上げた。「あれ、母さん、なんで泣いてんですいな。道真いう人は、こんなに立派に祀られとってやござへんかいな」 直がしみじみという。「道真公でさえ、無実の罪を晴らされて、これだけ後の世までもお国から手厚く祀られておいでや。わたしにいわせれば、たかが人間が、じゃで」「……」「わたしはのう、艮の金神さまのお気持が察しられてならぬ。くらげなす漂える国土を長い長い年月をかけて固められ、大地の世界をひらかれた国祖の大神さまが、八百万の神々の罪を一身に千座の置戸をおうて、艮に押しこめられなされた。それからの今まで、誰一人お供え一つする者はなし、そればかりか悪鬼邪神とののしられ、祟り神やの、鬼門やのとただ恐れられるばかり。煎豆にも花が咲く時節が参って、ようやくこの身におかかりなされても、もったいない……わたしに力と誠が足らぬばかりに……道真公の立派なお社を見ていると、艮の金神さまがおいたわしい……」 福林が声を上げてもらい泣きした。鬼三郎は、得意になって澄に道真の講釈などしていた自分の軽薄さが恥じられた。「一日も早く、わしらの手で金神さまの立派なお宮を」と、かみしめるように鬼三郎がいう。「なんの、お宮など」と鬼三郎の感傷をはじき返し、直はきっとなる。「わたしは、立派なお宮が羨ましゅうて泣きごとをいうたのではありません。『どんな豪華な普請や宮を建ててもらおうとも、教会などに祀られるちっぽけな神とはちがう。教会は建ててくれるな。建てれば何遍でも叩きこわして潰すぞよ』といわれます。世の中の立替え立直しがすみてから、世界中の者が寄って建てるまでは、お宮は一人一人の心の中に清らかに建ててくだされ」 五人は、だまりこくって天満宮の社前を離れた。 船岡山の建勲神社の下道をたどると、ちょうど社碑を建てている所であった。紫野の大徳寺を左に見、賀茂の清流を渡って道を北に折れると、次第に山が深くなる。市原から鞍馬街道を北上、二の瀬の里からさらに七、八丁で貴船口。鞍馬街道に面して貴船一の宮の大鳥居がある。街道は二つに分れ、右が鞍馬寺、鳥居をくぐって左を行けば貴船神社。つまり鞍馬川と貴船川の合流点でもある。 天魚や山女が影を走らす清流に、ほっと足を休めて、鬼三郎が口ずさむ。「物思えば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる玉かとぞ見る」「それ、なんですいな」と澄。「和泉式部の歌や。このあたりで詠んだんやないかな」 まだ聞きたげな澄の背を押し、狭い山あいを降りてくる鞍馬石の掘り出し人夫に道をあけた。貴船口から数町、左に由岐神社(祭神大己貴尊、少彦名尊)。鞍馬の火祭りで有名な鞍馬の総氏神である。牛若丸が六歳の年より十年間修業した東光坊址を見て、蜿蜒八丁の急坂をあえぎあえぎたどる。「近くて遠きもの……鞍馬のつづら折りという道」と鬼三郎。「それは何」と澄。「清少納言の枕草子に出てくる。この道のことやろ」「ふーん、うちかて知っとるでよ。遠くて近きは男女の仲やろ」 負けずに学を披露する澄に、鬼三郎は疲れも忘れてふき出した。笑われて心外そうに澄は夫をにらむ。 坂を登りつめると本堂に達する。東への展望に澄が歓声を上げた。前方が比叡山、北端の麓が暮れゆく大原の里。 直にうながされて、鞍馬寺本堂前に坐した。夕風が立ちさわいで、御堂は背の山ごと揺らいでいた。参詣を終わり、春蔵は本堂前の御籤を引く。「おう、しまった」と低く口走った春蔵は、御籤を引き裂き唇を引き攣らせた。続いて直、鬼三郎、澄、福林、それぞれ大吉。 福林は、春蔵の捨てた御籤をそっと拾って、裂け目を合わせる。「大凶。命危うし」 ぞっとして投げ捨てた。鞍馬寺の御籤の種類は現在十二番まで。吉と大吉しかない。が、当時の鞍馬山では百番まで、凶、大凶の御籤も混じっていた。 鞍馬寺をあとに、奥の院に向かう。光明心院と本坊金剛寿命院とをつなぐ渡り廊下の中門をくぐると、爪先あがりの曲折した参道が続く。「お澄、この道をその昔、牛若丸が夜ごと通うたんじゃ。奥の僧正ヶ谷へのう」「それぐらいならうちかて知ってますわな。鞍馬山の大天狗に剣術習うたとこやろ」 参道を登りつめた御神木のそばに牛若丸背比べの石。左に行けば、巨木の根が豪雨に洗われ、蛇の室の如く無数の地を這う木の根参道。「えっ、やぁーっ」 澄が振りむきざま、雌松の杖を打ちこんだ。「おっ、とう」と、危うく受けた鬼三郎。杖ががっと鳴る。 春蔵が血相を変えてとんできて、青竹の杖をふりかぶった。「こらかなわん。無茶や、こいつ」 春蔵の面に走る殺気に慄然として、鬼三郎は杖を引く。「ははは……弱虫、それでも鞍馬山の大天狗さまかあ。牛若丸が一本お見舞い申すぞ」 まだ剣術ごっこをしたがる澄をもてあまして、鬼三郎は逃げ出した。 野鳥が鋭く鳴き叫ぶそのあたりは老樹欝蒼、足元もおぼつかないほど暗い。巨杉の亭々たる中に不動堂、やがて奥の院の魔王殿の甍が樹間に見えてくる。おとなしくなった牛若丸が、大天狗の腕にぶら下がって闇路を歩いていた。 魔王殿の前に茣蓙蓑を敷き、一行天津祝詞を奏上。その脇で白衣をつけた修験者が、数珠つまぐって読経に懸命だ。どこからか、急調子の太鼓の音がおどろに響き渡ってくる。 魔王殿の裏にまわり、縁の下で野宿をした。真夏でも夜半ともなれば袷のほしい山中、まして全山紅葉する十月の夜寒だ。鞍馬山の猪、鹿、りす、いたち、兎、狐、狸ですら、すでに冬支度のやわらかい毛皮にぬくぬくとくるまって眠っていよう。 福林は茣蓙一枚敷いたなりの直の身を案じて眠れなかった。寝返っては重苦しく吐息する春蔵も、思いは同じなのだろうか。鬼三郎、澄の健康な寝息ばかりが耳につく。欝蒼たる老杉が並び立ち、不気味な夜空が口をあけていた。まさしく魔の山。 悪夢にうなされて、福林ははっと目ざめた。いつかとろとろ眠ったようだった。何かの気配でとび起きた。耳を凝らすと、「起きとくれ……起きとくれなはれ……」と、どこからか押し殺したような泣き声がする。 修行者の夜行のためにたかれた道の曲がり角の燈火が、ほの揺れている。見ると、横に寝ていた春蔵の姿がない。 魔王殿の前に飛び出た福林は、凍てつく恐怖に我を忘れた。地底から湧き上がる夜霧の中を、音もなく大きな火の玉が行きつ戻りつしている。その火の玉の尾に巻きつかれた男が一人、息絶え絶えにうめいている。「春蔵……」 福林は声も出ず立ちすくんだ。火の玉は左右に大きく揺れつつ、杉林の中に消えていく。抜けた腰を引きずるようにして、福林は後を追う。杉林のはずれに火が燃えていて、春蔵が一人ぽつねんと焚き火にあたっていた。「春蔵はん……どうしたのや、今のは」 福林が震え声をかけた。春蔵は笑おうとして、醜く歪んだ顔を上げる。「見たかい、あれを……見たんやったら、何もいわんといとくれいな」 幽鬼のように、春蔵は笑った。泣いていたのかもしれない。「春蔵、教祖さまのところへ行こう」 福林は満身の力をこめ、勇気をしぼって春蔵を抱き上げ、魔王殿の前を抜けた。氷のように冷たく、石のように重かった。直の傍に戻ってから夜明けまでのしばらくの間、眠ったかどうか自分でも分からない。 明け方、起き直った一同は、湧き水に身を清めて朗らかに祝詞を宣る。 福林は改めて春蔵の顔色を見た。げっそりやつれ血の気もないが、昨夜のことはただ「何も知らん」と答えるだけ。この山中にはむささびが群棲していて、夜間飛び交う姿が火の玉に見えるという。あれは夢だったのか。それにしてもいやな夢を見たもの。 気になるあまり、福林は一人、春蔵が焚き火をしていた杉林に行ってみた。確かに火を焚いた形跡はない。が、福林はも一度ぞっとした。そこに落ちていたのは一本の杖、青竹の杖ではないか。しばらく考えた末、福林は、誰にもだまって青竹の杖を春蔵の荷のそばにそっと置いた。 帰途は八木に一泊したが、夜のうちに春蔵がいなくなった。八木から夜道をかけて園部へ走り、田中仙吉宅へ行って、「今度は死ぬやも知れぬ」と暇乞いをしてきたという。 翌日、直はそれを聞き、春蔵を呼んで秘かに叱った。「春蔵さん、何があったかは知らんが、今があんたの命の瀬戸際です。こういう時こそ何もかも捨てて、神さまに祈りなされ。あんたの生きる道は、何もかも捨てる、ただそれだけしかないのやで」 無事綾部へ帰り着いて二、三日後の夜、にわかに突風が巻き起こり、広前の杉がごうごうと鳴った。直は鬼三郎にいった。「いま、鞍馬山の大僧正がきて、本宮山に鎮まりなさった。眷属は馬場の大杉に。先生、いつか行って見なされ。蜂の巣づくりみたいに、たくさんの眷属がさわいでいるのが見えますでなあ」 四方春蔵が発熱、病床に伏したとの噂が流れた。鞍馬山出修より帰宅して数日が過ぎていた。 会長排斥運動を画策して上谷に集まっていた者たちも、一人、二人と春蔵の元から散っていった。                                   

表題:春蔵の亡霊 7巻3章春蔵の亡霊



 明治三十三(一九〇〇)年十一月一日(旧九月十日)、東四辻元金光教広前から、艮の金神は元大島家に遷座した。元大島家を購入したのが昨年の十二月一日、ところがこの家屋を借りていた洗濯屋が感情的なもつれから居座りを宣言、一年近くももめ続けたのだ。ついに鬼三郎が交渉に行き、彼一流のやわらかい言霊で包んだ。洗濯屋は三日のうちに明け渡すことを約した。喜んだ鬼三郎、家賃二ヶ月分を免じた。「借家人でもやっぱり感情の動物ですさかいな。鬼三郎はんには負けますわい」と苦笑しつつ、洗濯屋は約束通り並松へ移転した。 この家屋は、直の夫、大工の政五郎が生前建てたもの。澄の生まれた元屋敷の南隣である。西北隣には内田家、西南には四方源之助の大きな家。 藁ぶきの屋根が並ぶ綾部町では、珍しい二階建ての瓦ぶきであった。北側の一間間口の土間から入ると東側に三畳、四畳半、三畳、床の間つき七畳半の四室。さらに渡り廊下をへだてて別荘と呼ぶ六畳の裏座敷。土間の西側には四畳半、外側の車井戸。一間半ほど置いて薪置場、風呂、厠とならぶ。二階は板廊下をへだてて八畳、六畳の二間。西側の八畳に神床があり、二間の襖を引き払うと、神前にはかなりの人数がつめこめた。この家は、筆先によって「龍門館」と名づけられた。 遷座祭の時、始めて大本式の宮三体を作り、八足台の上に祀った。「天地揃うた飾りのない宮を作るように」との直の指示通り、京都の信者で当時宮大工をしていた近松政吉が作った。初め桧で作ったものを、「桧ではもったいないから松で作ってほしい」と注文し直し、苦心の末、樹脂の比較的少ない白地の松板をもとめて完成。(現在の大本の宮は桧。寸法に変遷があるが、形はこの時のままを継承している) この日より、大広間と修行場が立て分けられることになる。龍門館の二階八畳の間を大広間とし、東四辻の家を修行場とした。 直は龍門館の六畳の別荘(裏座敷)にこもって、筆先を書き続けた。四方平蔵、中村竹吉、竹原房太郎ら役員十四名がかわるがわる龍門館につめかけ、神務に従事する。また東四辻の修行場では南部孫三郎、谷口熊吉、野崎篤三郎、土田雄弘、上仲儀太郎、内藤半吾らが幽斎の研究をする。 ようやく金明霊学会は、完全に自分の所有になる大広間を持ったのである。役員の勇みようは一方ではなかった。
 十一月に入ったある日、鬼三郎の内命を受けて、福林安之助が上谷へ見舞いに行った。「みんなひどう心配しとってやで……」 福林のやさしい言葉にも、春蔵はかたくなに背を向けて黙している。「それでは春蔵はん、お大事に……」 仕方なく、福林は座を立った。敷居のところで振り返った時、病床からこちらをみつめている春蔵の眼とぶつかった。福林は胸がつまった。これがあの春蔵だろうか。数日見ぬまに美しい頬はこけ、眼窩はくぼんで見るかげもなく老け、衰え果てている。 力ない視線を福林の顔に当てながら、春蔵は涙をこぼした。「すまんかった。わしはもうあかん。教祖さま……先生にも……そう伝えとくれなはれ」 枕元に戻って、福林は震え続ける春蔵の細い手を握りしめた。「何いうとるんや。これからが花のあんたや。まだ十九歳の小僧っ子やないかいな。なした年寄りみたいなことを……」「恐かった、恐かった……年とってしもうた、一遍に……」 囁く春蔵のしゃがれ声。「鞍馬で何があったんや。あの火の玉は……」「ああ、言わんでくれい」 のどをひくつかせて、春蔵はむせび泣く。「鞍馬に行く前、教祖さまに見せられたものがあった。あの時……ああ、あの時、心の底から改心できとったら、わしはまだ生きとれたかもしれなんだ」 春蔵は、裏庭の柿の木の下で起こった出来事を、言葉少なに語った。「わしにはよう分からん。それにどんな意味があるんじゃいな」と、福林は問いかける。「一寸の虫にも五分の魂というやろ。わしの目には、それがはっきり映ったんや。蛙に呑まれたちっぽけなみみずの魂が黒蛇にかかって蛙を呑み、蛙の霊はお長にかかって黒蛇を噛み殺し、黒蛇の死霊は黒猫にかかってお長を殺そうとする。お長の霊は主人の先生を動かして、黒猫に仇を討とうと夢中や。急にわしは足元の石を拾った。先生が憎い。いきなり石をぶつけてやりたい衝動にかられた」「お前が……」 あきれたように、福林がいった。「その時、『春蔵はん』と不意に教祖さまのお声がした。『分かりましたか』……」「……」「はっと目がさめたようやった。黒猫の生霊がわしにもかかっていた、信じられんことやが……わしは恐なって、そっと石を捨てた。あんな動物の生霊ですら、凄まじい恨み、呪いの執念を人にかける。ましてや人間の精霊の怨念が……」 春蔵は独白する。「あれは、自然に起こった現象やない。わしの改心のために、わざわざ神さんがして見せちゃったんや。何でいうたら……神さまは、わしの心の恨みを、その心につけ入ってかかった邪霊のねらいを知ってござった」「お前は、わしらと違うて霊眼がきく。霊学の力はたいしたもんや。若うて頭がようて、人にうらやまれる環境に育った男や。それだけ悟る力も、省みる心もあるくせに、何で素直になれんのじゃろ。あんなにも先生に逆らう気持ちが、わしには分からん」 春蔵は寝返って、うつろに天井をみつめた。「わしはお澄はんが好きやった。ずっと前から……まだあの人が花月にいた頃から……。父さんに連れられて広前に行くのは、神さん拝みにやない、お澄さんに会いたいと思う一心からやった。こんな話し打ち明けるのは、福林さんにだけや。あんたやさかい言うのや」「……」「たまたまお澄さんと出会うても、特別の話したことはない。けれど教祖さまはわしを可愛がってくれちゃったし、教祖さまと父さんの間で、わしを澄さんの婿にする話も出とったみたいじゃ。まわりの人達も、わしと澄さんを結びつけて噂しとったわな。わしかて、いずれはそうなると信じとったでよ、あの先生が出てきてんまではな。平蔵はんが先生を連れてきちゃってから、大本は変わってしもた。霊学が入ってきて、上谷のわしの家が修行場になる。先生はどえらい霊力もっとってや。『お澄が世継であるぞよ。上田どのが大将になるぞよ』……どんどん筆先は出る。上田先生にお澄さんを奪られそうな気がした。わしは上谷で幽斎修行に夢中になった。負けたくない、誰にも。必死で覚えた。あいつに追いつき、追いこせ」「……」「何やっても、あいつはできる。歯が立たん。それが口惜してなあ」「年が違うわな、十一も……」「そんなこと言うとられんわいな。わしは知恵をしぼって邪魔した。憎い。呪い殺したいほど憎い。実際になんべんか呪い釘も打った。殺そうと計画をたて実行にもうつしたけど、そのたびあいつには守護がつく。盤古大神の霊がわしにかかってきた時は嬉しかったでよ。『邪神でも何でもよい、わしに力を貸してくれい』と祈ったんや」「お前は、阿呆な奴や。春蔵」 怒った声で叫び、福林が春蔵を揺さぶる。「後悔なんかせんわいな。お澄さんを奪ったのはあいつや。あいつさえいなんだら……」「やめてくれい、春蔵。お前はいったい、何を信じとったんや。先生とお澄さんが結婚しちゃったんは、艮の金神さまの御命令やからや。お筆先にある通り、まちごうてへん。お前は艮の金神さまを信じていたんやないのか、え」「さあ、今となっては、わしにも分からん。大本の世継になりたい、お澄さんの婿になりたい。なれさえすれば、どんな神さんでもよかった。力が欲しい、あいつを殺す力を、魔王さんにそう祈った」「春蔵、今からでも改心してくれ。お詫びはわしがしてやる」「先生に許してほしい。詫びられたら、どんなに楽やろ。けど、わしの心に食いついとる何かが、今はもうわしを離さんのや」「お前は若いのやさかい、神さまは必ず許してくださるわな」 皺の寄った額ごしに、春蔵は福林を見つめた。「もうおそいでよ。鞍馬の魔王さんがわしの魂を引き抜いて、連れて去んでしもたのや」「しっかりしてくれ、春蔵。わしが抱いて連れ戻したのを忘れたのか。お前は生きとる。ここにほれ、ちゃんと生きとるんや」 春蔵はかすかに首を振った。死人のように冷たい顔になった。 あくる朝、福林は疲れきった様子で広前に現われた。鬼三郎が待っていた。一目で察したようであった。「御苦労やったな。報告せんでもよい、分かっとる」「先生、お願い申します。許してやっておくれなはれ」 福林は両手をついた。両眼は涙でいっぱいだ。「許してやりたい。春蔵はどんなにか苦しかろう、淋しかろう。しかし今となっては、春蔵の罪を許すだけの力はわしにはない。福林はん、教祖さまに御祈願お頼み申してくれ。わしは上谷に行ってくる」 澄が綿入れを夫に着せかけた。急いで土間に立ち草鞋をはこうとすると、表戸が開いて、枯れ葉が広前にまで吹き込んできた。「先生、兄さんが……」 寒風にさらされて、頬も耳も真っ赤にした兄妹が立っていた。春蔵の弟敬蔵(十七歳)と妹たき(十五歳)であった。「春蔵はんに何かあったか」と、鬼三郎が緊迫した声で聞いた。 澄がいたわって、兄妹を土間の中へ招じ入れる。 敬蔵は風呂敷をあけて、中から一尺ほどの細長い木箱を取り出した。「これ、兄さんからわし、預かったんや。『誰にも見せるんやないで』といわれたさかい、ずうっと隠してましたんやけど、昨日とうとう父さんに言うてしもたんですわな」 木箱は封で閉じられている。箱の蓋には、走り書きでこうあった。 ――これをあけしもの、めをつぶすべし「家の人たちは恐がってよう開けんのや。広前の先生に持って行けと父さんがいうちゃったさかい」とたきがいう。「何が入っとるのやろ」 澄が無造作に封をはがしかける。その手を福林が払いのけ、箱を奪った。「やめとくれなはれ、眼がつぶれると書いたりまっしゃないか」「よし、わしが開けたる。中味は書き置き一枚や」 透視したのだろう。怖れ気もなく鬼三郎が蓋をとって、その紙を取り出した。じっと書き置きをにらんでいたが、「福林はん、今日は何日やったい。いま何時や」「へえ、今日は……十三日」といいながら柱時計を見上げて、「八時四十分ですわな」「しまった。間にあわんかも知れん。おい、先に走るで」 鬼三郎は外にとび出した。 福林は書き置きを読み上げた。「死亡。明治三十三年十一月十三日。午前九時。四方春蔵十九歳」 上谷の春蔵の病床に鬼三郎が駆けつけた時は、十時に近かった。春蔵は予告通りの九時にこときれていた。自分の死期を悟り、それを書き置くことによって、自分の霊学の才を鬼三郎にのみ誇示し、死を飾りたかったのであろう。 ――それが十九歳の命をかけたわしへの最後の挑戦、お前の探究した霊学の到達点だといいたいのか。お前はそれで満足か、幸せか。安らかに目をつぶれたのか。 ものいわぬ骸の氷のような両手をとって胸に組み合わせてやりながら、鬼三郎は激しくなじった。 ――何のための霊学やったのや。お前のためには霊学は命とりの凶器。慢心取違いの末、我が魂を我が手で邪神どもに売り渡すとは。「許してやる、春蔵……その代わり、わしのことも許してくれ」 声に出して、鬼三郎はいった。 ――この男に霊学を与えたのはわし。この男を心ならずも依怙地にさせ、邪道の泥沼に堕ち入らせたのもわし。常に傍に引きつけて、ことあるごとにいましめようと努めながらも、ついに守りきれずに、青く未熟なままを散らせてしまった。よし肉体は我が手で滅ぼし得ようとも、魂までは殺すことはできぬ。春蔵よ、知っとるのか。日に背けば暗く、日に向けば明るいことを。愛と信真に満たされた光と熱の国はそこにあるのに。お前は、神にそむいてまで、なぜ地底の世界を選んで逝くのだ。 これからの春蔵の永劫の魂の苦しみを思えば、暗然と嘆いてばかりはおれなかった。鬼三郎は心をはげまして、天の数歌を宣り上げ続けた。 村人や信者たちが集まってきて、若い春蔵の死を悲しみつつ、手厚い野辺の送りをすませた。しかし彼らは、春蔵の肉体の死を悼むばかりで、血みどろの魂の遍歴の苦しみには思い及びようもない。
 何鹿の野は深雪におおわれて、月も風も凍る。淙々たる水音を響かせる堂山の滝壷のまわりも氷雪が厚く閉ざしていた。鬼三郎は夜の滝の辺にたたずんで、水の音に心を放った。滝水の轟きは、頭上から鬼三郎の身も心も打ち砕けとばかり落下してくる。さっと吹き降ろす風に、梢の白雪の大きな塊が落ちて滝壷に吸われる。 我に返ると、いやらしい笑い声が背で起こった。ぞっと総身がすくんだ。「誰やい」 雪の野に人影が黒くよどんでいる。笑いつつ、ゆらゆらと近づいてくる。「春蔵か」 鬼三郎は一歩下がって、ひきつった声で叫んだ。「先生、迎えにきたでよ。さあ、お供しますで」 月光にすかし見ると、西原の野崎篤三郎(十九歳)。上谷の修行にも参加して、春蔵の仲間となっていた男だ。「どこへ連れて行く」「先生が行くとこや、春蔵のいるとこや。ひっひっひ……」「笑うな、いやらし奴」「ひっひ……けど、あんまり嬉して……」 野崎は躍るように先に立った。 鬼三郎は、春蔵の墓に詣ろうと思い立って、一人この夜半を抜けて来たのだ。恩讐を越えて、心ゆくまで春蔵の霊と語らねばすまぬ気であった。いや、初めから春蔵に招かれたのかも知れぬ。春蔵が野崎篤三郎に憑って迎えに来たのだから……。 杖を頼りに、堂山を下った。上谷の里に近づく。野狐がぎゃあと怪しく叫んだ。 四方春蔵の新墓は、上谷の村を越えて、杉木立の下道を曲がりくねり、熊笹をわけ入って上がった小山の中腹にあった。上谷の共同墓地であろう。十坪ほど開けた中に立ち並ぶ数戸の墓石。雑木林がその上に枝を張り、暗く陰を落としている。 野崎は後になり先になりしてついて来たが、急に立ちどまってふるえる手で墓を指す。「ほれ先生、こわい……青い火や……春蔵が出た」「阿呆ぬかせ。春蔵の幽霊がこわいわしなら、何でわざわざ夜更けに来るもんか」 強がりをいいながら、鬼三郎の五体もわなわな震え出してくる。春蔵の新墓にはボーッと提燈がともっていた。 持ち前の臆病神を払いのけるべく、鬼三郎は雪の上に正座鎮魂。やがて、高らかに神言を唱え出した。滅入ってくる魂をふるい立たせ、ふるい立たせ、鬼と変じた春蔵の亡霊を根底の国から浮き上がらせんと、心をこめて言霊を宣る。月が消えて、粉雪が舞い始めていた。春蔵の新墓に重たげに積っていた雪が、風もないのに崩れ落ちる。 ようやく祈り終り、立ち上がろうと杖を握り持つ。凍えた足に感覚はなかった。後からぐいと杖を引く者がいた。「やめえ、ほたえるな、野崎」 苦もなく転倒しながら、鬼三郎が叫ぶ。「この杖をくれ。これが欲しい。雄松はわしのもの……」 恐ろしい執着をむき出した春蔵の震え声であった。鬼三郎は負けぬ気になって杖にすがる。「やるけい。これをお前に渡したら、お前はもう救われんのじゃ。放せ、馬鹿たれ」 鬼三郎は、春蔵の憑霊した野崎を蹴りとばす。雪まみれになって起き上がった野崎が、やにわに春蔵の墓脇に突っ立っていた棒を引き抜く。「あっ」 鬼三郎は蒼ざめた。それはあの青竹の杖ではなかったか。 野崎は青竹の杖を振りかぶって近づいてくる。「やめんかい、野崎、いや春蔵。その杖を使たらあかん。竹(武)は害国の守護や。お筆先を忘れたか、杖を放せ」 鬼三郎は、自分の雄松の杖を雪中に投げ捨てて叱咤する。野崎ののどがひくひく動いた。激しい慟哭が野崎の背をふるわせ、やがて青竹の杖が雪中にころがり落ちる。「春蔵……」 鬼三郎が野崎にしがみつく。二人は抱き合いつつ、雪中を激しくもみ合った。愛と憎しみが火花を散らした。ふりほどき、とびすさって、鬼三郎は叫ぶ。「お前は人を愛したことがあるのか、春蔵」「……」「雄松の杖はな、愛を知らぬ奴にはやれんのや」「わしは愛しとる、今も、お澄はんを……」「阿呆、お前が愛しとるのはお澄やない。よう考えてみんかい。生まれてからこの方、お前は人を愛したことはない。愛したのは自分の影……自分が可愛いばかりに、お澄が欲しい。自分の欲望のために、お澄を自分のもんにしたいだけじゃ」「……」「そやさけ。お前は子供なんや。まだ子供から抜けてない。自分しか愛せぬ奴はのう」「畜生、畜生……」と、野崎はがちがち歯がみする。「松の世待たるると、お筆先にあるやろ。松は政事。神と人、天と地、上と下、右と左、すべてを調和、真釣り合わせる心や。大切な松の世を、愛のない者の手にゆだねられるけい」 鬼三郎はたたみかけて言いつのる。「お前は、子供みたいに、自分のことのほかは何も見えん。そやからお前にふさわしい霊がかかったのや。盤古大神を名乗るお前の憑霊は今の世をつくり上げた側の神、自己愛の権化じゃい。愛する者の本当の幸せを祈ってやる大人の心がお前に分かるけい」 毒気を抜かれて突っ立つ野崎の顔が醜くべそをかいている。鬼三郎はさっと杖を拾って逃げ出した。「待ってくれい」 野崎が追ってきた。鬼三郎が雪に足をとられて、どうと転がる。野崎がおさえこんで袂を握りしめた。「行かんといてくれ、おれとここにいてくれい」 春蔵の亡霊は、子供のように泣きながら鬼三郎にかじりついた。「春蔵、お前が頼るのはおれやない。日の向く方を見ろ。神さまを思い出せ。何のために大本で修行したんや」「こわい、こわい」「放せ、おい。お前にとり憑かれとるわしの方が、よっぽどこわいわい」 恐怖が、ほんとうに鬼三郎の魂を凍りつかせていた。このまま春蔵の亡魂にひきずられ、夜中雪野を引きまわされていたのでは、野崎も鬼三郎も共に凍え死んでしまうだろう。 袂を夢中でふり払い、裾はしょりして、いっさんに村をめがけて駆けおりる。「ほうい……ほうい……」 カマキリのような手つきで招きながら、どこまでも野崎は追ってくる。 西原の断崖道にかかった。かつて春蔵一味らに襲われかかった地獄谷。細い雪の崖道は、一歩踏みはずせば命がない。 組み合った時にはずれたのか、鬼三郎の六尺の褌がほどけて尾を引く。あわてて端を握って走る。追いすがる野崎の荒い鼻息が遠のいた。一息ついて振りむくと、一、二間後で野崎は提燈をくわえ、崖道を這っている。「やあ、どうした」と鬼三郎は立ちどまり、心配になって声をかける。「どうしたもこうしたも……お前の褌がじゃまで歩けんわい」 なるほど、長々とのびた褌の端が、崖道いっぱいにはためいているのだ。うっかり踏んづけようものなら、つるつる凍った足元はひとたまりもない。野崎は這いながら褌の先を握ろうと手をのばす。そうはさせじとまた逃げる。 ようやく崖道を抜けきって、雪野原の一軒家にとび込んだ。「あけてくれい、友蔵、わしや」 がたがた戸を揺さぶる。「やあ、先生か」 信者西村友蔵の家であった。閂をはずしてくれる間にも、野崎が追いせまる足音。戸を開けて鬼三郎を入れるなり、友蔵は顔色を変えて表戸を締め切る。「こらあ、友蔵、上田を返せい」と、外から野崎がわめく。「先生、野崎やろ。あいつ……」と、友蔵はまだ事態が呑み込めぬ。「野崎の奴、春蔵の死霊がついて、わしを襲って来やがった」 鬼三郎が急につんのめった。戸の外にはみ出た褌の先を執念ぶかくも野崎が引張っているのだ。気づいて、鬼三郎は手を放した。「杖の代わりや、褌くれちゃる」 ずるずると褌をたぐり寄せ、尻もちをついた野崎が泣き笑った。節穴から外をのぞいていた友蔵が溜息をつく。「かわいそうに、春蔵はんの霊も浮かばれんと見えますなあ」「恐かったでよ。睾玉縮み上がりよる」 友蔵がまじまじと眺め、あきれた声を出した。「先生、よう見なはれや。縮んどるどころか、だらんと垂れとるわな」「ほんまやのう」 鬼三郎はへたり込んだ。「ともかく、夜明けまでここに泊まりなはれ」 親切な友蔵の言葉に甘えて、鬼三郎は置炬燵にもぐり込んだ。寒さと疲れがゆるんできて、すぐ高鼾となる。「ぎゃあっ」 すごい悲鳴で目がさめた。「どうした、友蔵……」 寝ぼけまなこを見開くと、野崎が提燈をくわえて、友蔵の枕元に立っている。「やっ、どこから入りおった……」 にやりと野崎が笑った。「先生、どないしよう、どないしよう」 度を失った友蔵の目に、部屋の隅の棕櫚箒が映った。つかむなり、友蔵は思いきり野崎をなぐりつける。提燈がふっ飛ぶ。ゆらりと野崎の体が傾いて、大の字に倒れた。「口惜しい」と倒れたまま野崎は歯ぎしりし、凄まじい恨みをこめて狂気の目を釣り上げる。 人間の怨霊ほど恐ろしいものはないと、鬼三郎は改めて総毛立ち、震える。 夜明けを告げる家鶏の声。東雲の空は、ほのぼのとした明るさを天窓ににじませた。その薄い光の中に、友蔵の家の神床が浮いて見えた。鬼三郎は神前にすがり寄る。懸命に天津祝詞を奏上。友蔵ははね起きんとする野崎を全力で押えこんでいる。「おい、しっかりせんかい、野崎はん。先生、なんとかしとくれなはれ」 友蔵の呼び声で振り返った。野崎はぐったりと気を失っている。鬼三郎は野崎を抱き起こし、背を叩いて、「えっ」と活を入れる。野崎がようやく正気に復して泣き出した。「先生、どないしたらよいんや。ときどき、春蔵の霊がうつってわしを苦しめます。なんとかしとくれなはれ」 震え泣く野崎の顔は傷だらけ、無惨にも狂気の名残りをとどめている。「この提燈……ひぇー、春蔵の墓場のや」 友蔵が、野崎のくわえこんだ提燈を外に放り出した。「もう、こうなったら、大神さまに祈って祈って祈りたおそう。ともかく、綾部の広前へこい」 野崎と友蔵をうながし、鬼三郎は暁の雪道に出た。綾部まではまだ一里の道のりである。「春蔵の亡霊の奴、あきらめたかな」 友蔵がつぶやいた時だった。西原の村はずれから、ふらりと女が現われた。「あ、西村のお松はんやでよ。春頃から時々おかしいんや」と友蔵。 野崎が急に走り出した。女も走り寄って、道の真ん中でさもうれしげに野崎に抱きつく。「おう、会いたかった……春蔵はん」と松。「おう、春蔵、待っていたぞ」と野崎。 鬼三郎はぶるっと胴震いして、二人を見比べた。全く顔形の違う男女でありながら、どことなく共通する影。春蔵の遺恨が二つに分かれて、二人の肉体に貼りついているのだ。 ――あかん、春蔵の奴、二人に憑依しやがった。器用なことさらすわい。「今のうちや、友はん、逃げよ」 鬼三郎は、友蔵の手を引いてこわごわすり抜けた。「あ、あいつが逃げおる」 二人が気づいて追いかける。狙いは鬼三郎一人か、よたよた走る友蔵には目もくれず、追い抜いて執拗に迫る。野崎と松の形相の凄まじさ、まるで二匹の鬼だ。 鬼三郎は逃げながら後ろ手に褌をはずした。友蔵に借りて締め直していたもの、昨夜の褌の効用を思い出したのだ。 松は六尺を踏んづけて幾度かころがったが、しかし崖道と野道とでは事情が違った。追いついた野崎は六尺の端をつかみとり、後から鬼三郎の首にひっかけようと投げる。首をすくめてかわしかわし、綾部大橋にさしかかった。 橋のたもとまで四方祐助が迎えに来ている。「地獄に仏」と、鬼三郎は悲鳴を上げた。「助けてくれーい」 祐助は拳骨をふり上げて仁王立ちとなった。泣き虫のくせに、時には思いもかけぬ蛮勇をふるう爺だ。どうかしたきっかけで荒魂が発動するや、他の三魂を押えて猛然となる。 祐助が二匹の鬼をせき止めている間に、鬼三郎はだだだっと龍門館に駆け入った。澄が鬼三郎の下半身を見て、あきれ声を放つ。「わっ、先生。夜中に抜けてったと思たら……夜這いに行ったな」「違うでよう、阿呆」と、六尺を持った手を、もどかしくひらひらさせた。「ばれて追われてきたんやろ……なした男やいな」 弁解したくても、うまい言葉が浮かばぬ。そこへ友蔵が辿りついて、土間のあがりがまちにぶっ倒れた。 澄に胸ぐらをとられながら、鬼三郎はほうっと安らいでいた。悪夢にうなされて母親にゆり起こされた子供みたいに、臆病風は手足のすみずみからも溶け失せていた。 二階の神前からは、直のさわやかな祝詞の声。ああ、ここは天国やと、その時、心底から思った。急いで六尺を締め直して二階に上がり、直の後ろに座して声高らかに祝詞奏上。階下では、元気をとり戻した友蔵が澄をつかまえて恐怖のさまを物語っている。澄のはじけるような笑い声。祐助、野崎、松の三人がわめき合いつつ入ってくる。直と共に鬼三郎は階下に降りた。「こいつら、わしが審神しちゃるいうのが気に入らぬとぬかすんですわな。先生に審神させるとききまへんのや」 祐助が不満げに訴えた。直の目が背後の二人を射すくめ、低く叫ぶ。「その方らにかかった霊は何者……」 二人は縮み上がって平伏する。直の一声で、西村松はふっつり正気に返った。野崎はすきを見て、きりきり舞いしてとんで逃げた。松は再び狂うことはなかったが、野崎はその後も春蔵の亡霊に時々襲われては、堂山の滝に打たれさまよった。 ――出口の神の因縁を知らずに、もう一つ世を盗みて世を持とうと思うて春蔵に生まれ、大将になろうと仕組みておるから、鞍馬へご苦労になりたのは、なかなか大もうな事でありたのざぞよ。(明治三十六年旧十月十日)
 この年(明治三十三年)、冠島、沓島、鞍馬山と熱情的に出修が続いた。その前後、教線はのびて夏から冬へと京都、伏見の入信者が相次ぎ、綾部を慕って参ってくる。団扇屋の本田作次郎、瓦屋の請負師安田荘太郎、御簾屋の御牧治三郎、元刑事の杉浦万吉、扇屋の小島寅吉……ほとんどが元金光教信者であった。 彼らはいちように鬼三郎の霊学によって眼を開かれながら、反会長派の役員の示唆によって、小松林のかかる鬼三郎を批判する。中村竹吉の筆先一途の信仰や四方春蔵の若くして秀でた霊力などに傾倒、鬼三郎排斥の動きに同調しだすのだ。 こうして四方春蔵の死後も、会長批判は下火にならなかった。

表題:神代餅 7巻4章神代餅



 明治三十四(一九〇一)年、かぞえで直六十六歳、鬼三郎三十一歳、澄十九歳である。 新正月の三ヶ日を過ぎて早々、鬼三郎は祖母宇能危篤の急電に接した。直のすすめに従い、四方平蔵、木下慶太郎をともない、五日夜半立ちして雪の丹波路を穴太へと急ぐ。須知山峠、枯木峠、榎木峠の深雪に悩まされたが、観音峠の頂上に立って園部の方を見渡せば雪は消え、山野は青い。園部町の内藤半吾の家で茶菓の饗応を受け小憩、八木の小北山麓の福島家に立ち寄り、事情を告げる。 寅之助が「わしもお見舞いさしとくれやす」と誠心を面に頼む。 八木からは一行四人、穴太の生家に着いた時には、日は暮れていた。 弟由松が鬼三郎の顔を見るなり、「こ、こ、こ、こら兄貴、ば、ば、ばあさんが死ぬのに、今頃帰って何になるか」とどもりながらかみつく。 つめかけている人たちに日夜の介抱の礼を述べて、病床に進む。祖母の耳もとに口寄せてよべば、宇能は眼を開いて微笑み「喜三や、よう帰った」と、鬼三郎の右手を握ったまま息絶えた。 一月六日午後六時、亨年八十七歳。宇能の顔には、微笑が浮かんだなりであった。 父吉松の死にも増して、鬼三郎は悲しかった。永別の覚悟はとうにできていたはずであったが、祖母との断ちがたい愛着の絆の深さに打ちのめされた。 思えばこの世に、真に鬼三郎を知ってくれる者があったろうか。宇能だけだ。祖母だけが、鬼三郎を理解してくれた。言わず語らずも、祖母は鬼三郎の心の動き、心の中の大波も小波も暖かく見守ってくれていた。 幼い時から注ぎこみ育んでくれた言霊学、学問への憧憬、神に対する激しい思慕の情。すべての源は祖母に発したといっていい。有栖川宮の血の流れを鬼三郎に見て「変化て行け」と教えた祖母、孫の未来の大成を見とおし信じて安らいでいた祖母。あまりにも多い敵の中を、傷つき、汚れながらも、己を高く持し一つの道を踏みわけてこれたのも、祖母があったればこそ。 だらしなく鳴咽する鬼三郎。綾部から従ってきた平蔵、木下、八木から見舞いに来てくれた福島寅之助までもらい泣きする。 悲愁慟哭果てのない鬼三郎を、もう一つ打ちのめしたのは葬儀であった。 神代相伝の神式をわが手でと鬼三郎は主張したが、家族、親戚が寄ってたかってその希望をぶちこわした。彼等にとって、葬儀は仏式以外に考えられなかった。上田家の長男とはいえ、家を捨て勝手に他家へ入った鬼三郎に押し切るだけの力はなかった。金剛寺の住職を頼んで、淋しく野辺の送りをすませる。 夜半、鬼三郎は忍んで祖母の新墓に立った。声を押えて天津祝詞奏上。その背後でふいに力強く声を合せる者たちがいた。振り向くまでもない。平蔵、木下、福島らの友情の声の他に弟幸吉、義弟西田元吉の声も加わっている。 ――お祖母さん、見てくれ。故郷を出た時はただ独りやったが、わしは今、これだけの人々のまごころを得たんや、わしらの祈りを聞いたか、お祖母さん。 祖母の死で傷ついた心に、暖かい涙がしみ入った。
 新春には、各宗の寺院の住職が町々村々をめぐり、年玉を配る慣例がある。 一月二十日、雪道を踏み分け、正暦寺と西福院の住職が金襴の衣をまとって龍門館にあいついで訪ねてきた。年玉は杉箸十対、硫黄一把で、それに対して米一升を返す。卍巴と降る雪もいとわず、僧侶は米の収穫につとめる。 二つ寺院が出口家にくるには理由があった。 出口家の菩提寺は昔から臨済宗妙心寺派の西福院(現綾部市東神宮寺町)であった。ところが明治十八年に無住寺となったため、西福院の檀家はそれぞれの寺に移って行き、出口家は高野山真言宗の那智山正暦寺で先祖の供養をしていた。 明治二十九年、渡辺祖璞が西福院住職として入山、荒れ寺の掃除や手入れが終ると、寺の経済維持のために、十余年間離れていた壇家を再び集めることが緊急課題となった。まず困ったことには、西福院は二度の火災で過去帳がなかった。元の位牌を借り受け、過去帳に記入する作業から始めねばならぬ。離れていた壇家を呼び戻すことも困難であった。かなり強引な説得が行われたであろう。死者の所管をめぐって、寺と寺との軋轢がおこる。 正暦寺の住職が帰ってまもなく西福院の住職渡辺祖璞が来た。応待に出た澄は住職を広間に待たせ、位牌を持ち出して鬼三郎に相談した。「先生、西福院の和尚さんが来ちゃってええ、過去帳作るのに位牌を写させてほしいげな」「そうか、わしもまだ見たことなかったのう。どれどれ……」 位牌には、次のように書かれていた。 弘化二年  漢祐明壮信士 三月六日   出口直・政五郎事 嘉永三年  櫓山智績信士 八月十四日  政平伜 安政元年  宗岳妙青信女 八月二十九日 出口政平子 明治二十年        三月三日   出口竹造父 明治二十八年       八月十七日  出口竹造弟近衛兵卒「そうか、宗岳は教祖はんの義母のおゆりはん、漢祐がその夫、櫓山が養子の菊蔵はんか。明治二十年没が政五郎はん、二十八年没が清吉はん、この二人には戒名がないのう」「その頃は西福院に和尚さんがおってなかったさかいなあ。そうや、この際、和尚さんに戒名つけてもろたらどうやろ」「坊主に頼むことあるけい、わしがつけたろ」 鬼三郎は清吉の欄に「守岳良忠信士」と書き、ちょっと考えて政五郎の欄には「説法明教信士」と書きこんだ。「さあ、これでよい。坊さんにこの通り写してもらえ」 字の読めぬ澄には、戒名につけられた文字の意味が分らぬ。が、鬼三郎は、政五郎につけた戒名に満足していた。 説法明教……法を説き教えを明らかにする。どえらい名や。坊主もびっくりしよるやろ。 政五郎の楽天的な人柄と無責任な行動が直をいかに苦しめたか、鬼三郎は伝え聞いている。そのために直は、「地獄の釜の焦げ起こし」と嘆くほどの行を否応なしに積まされ、同時に直の人格も磨かれていった。直を名刀とすれば政五郎は砥石。政五郎という砥石によって、直は艮の金神のかかる台にふさわしい人格を形成した。そして政五郎没後五年にして大本は開教の産声を上げるが、政五郎なしに大本の出現はあり得なかった。まさに政五郎は、身を持って法を説き教えを明らかにする素地を作ったといえる。 ――そうや、天界の政五郎はんに捧げるにぴったりの戒名やと、鬼三郎はにんまりした。 間もなく、出口家の所管をめぐって正暦寺と西福院の対立がいっそう激しくなったため、鬼三郎は直と相談し、寺院の所属をことわって神道式に復祭した。
 二月三日の節分の夜が来た。この日は旧の十二月十五日で、旧正月以前の立春だ。「古今集」の「年の内に春はきにけりひととせをこぞとやいはんことしとやいはん」というのは、こんな時であろう。 神前に四方祐助が煎り豆を供えたのを見て、中村竹吉が激怒した。「艮の金神さまを封じこめた時、『煎り豆に花が咲くまで出てくるな』と呪詛したんを、祐助はんも知っとるやろ。あんたはまた艮の金神さまを封じこめるつもりか。金神さまに御無礼いたすな」 やにわに神前の煎り豆をつかんで祐助にぶつけ、庭に投げ捨てた。「わ、わしが鬼か。ようも煎り豆ぶっつけてくれちゃったな。せっかくのわしの誠心反古にしてん気か」と祐助がまっ赤になって食ってかかる。中村は冷笑するなり、ぷいと広間を飛び出した。その後を祐助が「逃げるか、無礼な奴」と追って走る。 ようやく広間は静かになる。直は手作りの大豆を清めて神前に捧げ、十数人の信徒たちによって節分祭が執行される。この年より、大本の節分祭には生の大豆が供えられた。
 いかにも春の魁らしく、蕗の薹が三つ四つ庭土を割って春の陽ざしに萌え出でる。「蕗の薹は咳の薬じゃ」と鬼三郎は、火にあぶり味噌をつけて食った。それを知った中村竹吉が大騒ぎする。「蕗の薹は富貴の塔や。よくも食えたもんじゃ。あんたやっぱり曲津やでよ。会長はんは養子やのうて、悪しや」「よしあしは神さまが知らはる。お前らの頭で何が分かるけい。いつまでも迷信くさいことぬかしとると、天下の笑い者になるぞ」「笑うなら笑うたらよろし。笑う方が間違うてる。わしはまこと生粋の大和魂や。今に見なはれ、この大和魂で大本を立替えて見せちゃるさかいな」 鬼三郎の言動にことごとく横槍入れて喜ぶのが、中村の趣味らしい。
 二月十九日は旧一月一日、龍門館の新しい広間に移って最初の元旦である。早や水行を終えたのだろう、二階の神前から、直の唱える神言がすがすがしい夜明けを告げている。「お澄、元旦や。産土さまへ詣ろ」という鬼三郎の誘いに、澄はすぐ乗ってきた。外は一面新の雪。暁を告げる家鶏の声。並松一本木の水無月神社(熊野新宮神社)に夫婦仲よく並んで詣る。「今日は何の日か覚えとるか、澄」「まあ、いくらうちが阿呆やいうたかて……お元日ですわな」と、ぷんと怒った。「ほうら、阿呆めが……」「何が阿呆じゃ」「そうむきになるな。この一年間、どうやら追い出されずに過ぎましたいうて、産土さまに今、感謝してきたばかりじゃ」「あっ、忘れとった。阿呆やなあ、うち。昨年の今日……」「早いもんや。結婚して一年、……つい昨日のようやけど……」「ほんまですなあ」 まぶしげに二人は微笑む。 神社の境内の二本の白藤は、明治二十五年、直と清吉が植えたもの。こんもりと丸く雪が積もった今、白藤の花が咲き満ちたよう。松や梅の梢から、風花が舞いかかる。 並松の河畔を歩くと、粉雪がちらつき始めた。味方富士の肩をうす紅色に染めて朝日が昇る。由良川の水面に照り映える初日の出の荘厳さ。「いつまでもこの幸せを……」 澄が手を合わせて祈った。長いこと合掌して動かぬ夫の祈りの内側までは分からない。 広間近くまで戻ると、重々しい祝詞の声が雪野を越えて流れてきた。二階の神前には、直を先達に、四方平蔵、中村竹吉、村上房之助、竹原房太郎、四方祐助、塩見じゅん、その他熱心な信者たちが礼拝中である。澄は炊事場へ、鬼三郎は信者たちの背後につく。一同打ち揃って、教祖に年賀の挨拶をする。 直が隣りの間に下がる。中村竹吉は鬼三郎に面と向った。「会長はん、朝早うから、夫婦でどこへ行っとっちゃったんや」「産土さまじゃ」と、鬼三郎はいばって答える。何も悪いことはしとらんわいと、つけ加えたかった。 中村はぐっとあごを突き出した。「おう、情けない。金明霊学会の会長さまが、元日早々艮の金神さまを二の次にして、産土はんを先に拝んじゃったとは……」 言われてみれば、そうかも知れぬ。しかし、大勢の役員信者の目前で、元日早々こう頭ごなしに怒鳴りつけられては、引っ込みがつかぬ。「けど産土さまも大事じゃい」「へーえ。三千世界一度にひらく艮の金神さまと産土はんと、どちらが大事じゃいな」 鬼三郎は黙った。言い出したら金輪際譲らぬ男である。癪にさわるが、一日中、中村とやり合う暇はない。逆らわぬとみると中村は胸をそらし、筆先を読み上げるいつもの態勢となった。「『世界へ善と悪とのかがみを出す大本であるぞよ。いままでは日本だけのことでありたが、これからは三千世界のかがみになる大本といたすぞよ』……会長はん、この大本は、世界の鏡を出す所。つまりは善悪ともに大本にあることは世界にうつっていくのやで。会長がそういう心がけやさかい、世界が乱れる。艮の金神さまを馬鹿にしとるお前は、大方、小松林じゃろう。白状せい。小松林がのさばって、瑞の身魂を曇らしとるんじゃ。こら小松林、改心せい。改心せぬと、この大本に置いてやらんぞ」「……」 嵩にかかって、中村は言いつのる。「いよいよ立替え立直しの時機は迫って来た。一年の計を決めるのは元旦や。今日からは四つ足魂の小松林を追い出して、大本の立替えをいたすぞよ」 四方平蔵がとりなした。「まあまあ、中村はん、今日はおめでたい日じゃ。小言は後でゆっくりしなはれ」 手応えのない鬼三郎から、中村の鉾先は平蔵に転じた。「平蔵さん、あんたも改心してもらわなならんでよ」「なんでや」「まさか忘れとらんやろ。小松林を連れて来た張本人はあんたや」「教祖さまの命令じゃさかい……」「教祖さんは、上田喜三郎を連れてこいと言うちゃったんやで。それとも、『会長に憑いてる小松林まで連れてこい』と、いいなさってかい」 平蔵は、頭をかいた。「へえ、悪神を連れ帰りましてすんまへん」 中村はうなずいて、一段と声を高めた。「さあ、四方はん、すまんと思う気があるなら、会長の身はここに置いて、すぐ悪神を送って行きなはれ。小松林の引き取り手ならある。霊学好きの園部の内藤半吾が両手をひろげて待っとるわい」「小松林だけ送れ言うたかて、どうやって肉体から抜き出したらよいんや。わしは霊眼はきくかしらんが、小松林なぞ、よう霊縛せんわな……」「できなんだら肉体ごと連れて行け。園部にしばらく置いといて、小松林がそこらうろついとるすきに、さっと肉体だけ連れて帰ったらよかろう」 平蔵は眼を吊り上げ、声高に言い返した。「そんなうまいこといくかい。気がついて小松林が追ってきたら、どうなるんじゃい。そんな器用なこと、わしはようせんわい」「何ぬかす。悪神を大本に引き入れて広間を乱し、おまけに世界に悪の型を映させた張本人はお前やで。責任を感じとらんのか。白梅の花咲く大本に茨を咲かした咎人のくせして……」 さっきからおろおろして聞いていた四方祐助爺さんが、たまりかねて泣き出した。「なした情けないことだっしゃいな。お正月やで、今日はめでたい元旦やでよ」「うるさい爺め、元旦やさかい、なおのことわしは言うとるんじゃ。黙っとれい」「そらまあ、いろいろ気に入らぬこともあるじゃろうけど、中村はん、その話は後からこのわしが聞くで……」と、平蔵が下手に出た。 静かに間の襖を開いて、直が現われた。「お鎮まりなされ。みなさん、神さまにうかがいましたらなあ、先生のしなさることも小松林の守護神も、みな神さまのお仕組みじゃそうですで。さあ、何もござへんけど、お餅だけはたんとあります。広間でいただく餅は神代餅ですさかい、みなさんで快く祝うておくれなされ」「神代餅……なしたありがたい、もったいない」 直の一言で座はたちまち浮き立った。 半間の階段をぞろぞろ降りた。澄が階下の食堂に大鍋を持ち出して、雑煮を盛り分けている。いそいそと祐助が椀に盛られた湯気のたつ雑煮を配る。鼻水をすすりながら、誰もがしばらくは食うことに専念する。 皆が箸を置いても、まだ脇目もふらずに食っている男がいた。中村竹吉である。雑談もしんと止んで、みんなが中村を注視した。次々と餅が入っていって、最後の一つがまだ口中に入り切らず、眼を白黒している。しばらく餅を出したり入れたりしていたが、やがて右手の人さし指で強引にのどの奥へ押しこむ。ふうっと太い息をつき、一同の顔を眺め回した。悲痛な苦行に耐えた行者のように、中村は誇らしげに瞳を輝かせた。「教祖さま、皆さん、見ておくれなさったですかい。わしはありがたい神代餅を確かに三十六、見事この腹中に納めさせてもらいましたで」「三十六……」 一同、不審そうに中村の顔を眺めた。「お分りになりまへんか。三十六はつまり三六、この元旦から中村竹吉は弥勒さまの型を出して、世界を神代の昔に立替える因縁ですわな」 あっけにとられて、誰も何とも言わなかった。四方祐助が立ち上がった。先程からのいきさつもあって、本気で腹を立てた。「こら中村、阿呆なことぬかすな」 いうなり、激しく箱膳を振り下ろした。中村の額が切れ、みるみる真っ赤な血が吹き出す。「さあ、どうじゃ。このわしが、会長にたてつく悪魔退治をしてやったわい」 祐助は興奮に蒼ざめている。「年甲斐もない乱暴さらすな」 平蔵が祐助を怒った。祐助につかみかかろうとした中村はあきらめて腰を落とし、後ろにのけぞる。腹が重くて動けないのだ。「この方は全身大和魂じゃ。このでこちんの赤い血を見てみや。打たれたくらいではびくともせんぞよ」 見かねて傍に寄り額の傷口を拭おうとする鬼三郎の手を、中村は肘ではらいのけた。「ほっといてくれ。小松林の悪神の世話になど誰がなろうかい。去にさらせ」「きいたことぬかすな」と祐助はまた憤然となり、中村の尻を叩いた。中村は怒り狂い、よろよろと立ち上がると、箱膳を祐助の禿げ頭に叩きつける。「うーむ」 紫色にふくれ上がった額から血が滲むが、祐助は口をへの字に結んでいばる。「年寄りのわしをなめるなよ。わしの血かて赤いわい。この体の中には日本魂がぽんぽんじゃ。ちっとも痛いことないわいな」「何ちゅう、わからず屋やいな。正月早々に喧嘩して、いいかげんにしとくれなはれ」と、澄が双方を怒鳴りつけた。直はすでに不機嫌に立ち去っていた。 四方平蔵が直に詫びるために急いで出ていく。座は白け切っていた。平蔵が一同を代表して教祖の前で平身低頭詫び入り説諭されていると思えば、さすがに中村もしゅんとしている。 まもなく帰ってきた平蔵が重々しく一同の前に正座して、ちょっと目をつむった。「皆さん、どえらいことですで。静かに聞いとくれなはれ」 大きなのど仏が上下に動いたのは、生唾をのみこんだせいであろう。「教祖さまの前に両手ついて、お詫びしたんじゃな。『わしがいたらぬため、元旦早朝からこの新つの広間で血を見る不祥事を起して、まことに申しわけございまへん。どうぞ許しとくれなはれ』とな。ところが皆さん、教祖さまは何と言うちゃったと思うてや。やさしいお声でしみじみとこうや。『平蔵さん、世の中の乱れる型やさかい、しょうがござへんなあ』……」 中村がうめいた。平蔵がものものしい口調で言う。「さあ、皆さん、この言葉をどう思われる。これこそ、今年は世界に喧嘩があるという謎や。とうから教祖さまが予言してなさるように、日本とロシアの大戦さがあるという、お気付けやありまへんやろか」 一座はざわめき立った。「うかうかしておれん。お立替えが始まるか知れん。皆さんも一段と身魂磨きに精出しとくれなはれや」 平蔵の言葉は真にせまっていた。誰もが真剣にうなづく。中村竹吉が叫んだ。「見や。わしが日本の型を見せたぞよ。祐助はロシア」 祐助が負けずにどなり返した。「わしが日本で、中村がロシア」 再び険悪になりそうなので、四方平蔵があわてて割って入る。 ――この迷信家どもめ。阿呆らして見とれんわい。 傍観していた鬼三郎は、三方の上の昆布を引きちぎって口にくわえ、さっさと逃げ出した。
 日露戦争近し。平蔵たちの勝手な憶測で、信徒たちは奮い立った。一月二日の早朝から、中村は広間の井戸で水行。日本魂の行きがかり上、四方祐助も老いの身に鞭うって水行に加わる。四方平蔵、村上房之助、竹原房太郎も負けじと続く。水をかぶり終って、中村は訊く。「会長はんはどうした。まだ寝とるのか」 言いにくそうに、祐助が答える。「お澄はんに湯をわかさして、初風呂や」「な、なんじゃて」 中村は頓狂な声を上げた。「小松林はまだ改心でけとらん。困ったことや」 ぐるっと回って、風呂場の外へ出る。あろうことか、朝っぱらから歯の浮くような浄瑠璃。中村はガラッと戸を開け、湯気をすかしてのぞきこむ。「会長はん、教祖さまはあのお年で雪の中で水行してなさるのに、あんたは湯にぬくぬくと温まっとってや。会長はんは外国人や」「はて、風呂に入ったら外国人やという理由が分らん。冷たい水浴びるよりぬくい湯の方が、体の垢がようとれるわい」「ウワー、なんちゅう情けないこと。苦労して誠の花の咲く大本でござる。よく胸に手をあてて考えてみよ」 ――どれ、お言葉に甘えるかと、鬼三郎は首までつかって、胸に手をあてる。「どんなに考えてみても、やっぱり冷たい水より暖かい朝湯につかる方がしあわせじゃわい」 中村は魂が穢れた気がして再び井戸で水行、次第に精神の昂揚を感じる。裸のまま広間へ上がると、お神徳話を語っている役員信者たちに高らかに宣言した。「水行好きの我こそ瑞の身魂、風呂好きの会長は湯の身魂であるぞよ」 中村の逞しい肉体から、湯気がぽっぽと立っていた。
 正月三日。誰も彼もが、立替え立直しを狂熱的に願って身魂磨きに懸命。水を浴びて身を潔めねば神前に出られぬ厳しいきまりが、いつとなくできていた。水行の音がひっきりなしに聞えるが鬼三郎は床の中。しかし心中、それほどのんびり悟っていたわけではなかった。水行にこだわっていた。 高熊山入山後、鎮魂帰神の手がかりを求めて、一時は夢中で水行したものである。長沢雄楯に師事したり、自分でも霊学について研究を続けるうち、次第に水行を含めた世に言う荒行を否定するようになっていた。はたしてわしの考えが間違いか、水行に憑かれた役員信者が間違いか、自分の心の中でも、はっきり決着をつけねば収まらぬ時機が来ていた。 朝食の支度を終えた澄が、襷をはずしながら入ってきた。「先生、御飯ができましたで。夜が遅いさかい眠いやろけど、もう起きなさらんか。役員さんたちがうるさいさかい……」「お澄、あれ、どう思う。あいつらの水行や」「なんや度を越すと阿呆らしなあ。それでも、先生みたいに顔洗うのも億劫がるより、よっぽど男らしてよろしわな」 あんたは男らしくないと暗に言われたようで、面白くなかった。妻も内心では批判していたのだ。自分でも思いがけないほど、鬼三郎は心が波立つのを覚えた。むっくり起き上がり、「おい、お澄」と改めて妻を呼ぶ。万人を敵としようとも妻一人の心だけは欲しいと、その時思った。「ちょっと坐ってくれ。聞いてほしいのや」「なんやいな。お汁がさめますで」 それでも澄は素直に坐って、じっと夫を見る。「教祖さんの水行を真似する奴らを、わしはいつか『蛙の水浴び』いうて嗤ったことがあった。けど教祖さんを嗤うたつもりはないのや」「……」「教祖はんは別や。教祖はんの場合、水行は筆先を書くため、つまり神の台になるためのごく自然な行動や。行を行と思わず、すでに日常の行動の一部にとけきっとる」 澄はうなずく。「世間ではのう、深山幽谷に入って難行苦行するのを、えらい行やと思うてる人が多い。素足や裸になって山に立てこもり、断食、断湯したりして神仏に祈願し、人間ばなれした妙な動作や行為をさらして、自分は特別徹底的に修行ができたと誇ってけつかる。たいていは、野天狗の容れものにされとるのや。あいつらの水行かてうっかりすればその部類じゃ。水をなんべんかぶるかで身魂みがきがでけたと慢心しよるのが、第一、罪や。肉体の上っ面をなんぼみがき立てたかて、魂がどうなるもんでもない。そのためにうぬぼれる方が、よっぽど恐ろしいとは思わんか」「中村はんみたいに……」「そうや」と、鬼三郎は力をこめた。「すべての行は行いである以上、この乱れた地上で正しい生き方を不断にすることこそ、第一の行や。実社会で力を発揮するよりは、何杯水かぶったからといって人にも自分にも偉い者にみられる方がなんぼか楽や。あいつらを見い。何事も『惟神々々』で、自分らの心を省みようともせん。一霊四魂を磨いて、真実の愛、親和力、知恵、勇気を身につけるのが、ほんまの修行やで。ただ水浴びて筆先読んで、自分だけは救われようとする。神界の邪魔ばかりさらしとるのも気づかんと、『さっぱり立替え立直しが来ん』と不平ばかりぬかしてけつかる。こんなのを黄泉醜人というのや」「それでも先生かて、一週間も高熊山にこもって断食の荒行しちゃったんですやろ」「あれは別や」「なんで別です」「わしは、自分の意志でやったんやない。神さんに連れて行かれて否応なしじゃ。教祖さんと同じじゃ。高熊山で行をするまで二十七年間、この娑婆であらゆる困難をなめて来たわしじゃ。いうたら娑婆の卒業式みたいなもんや。死んだ四方春蔵が、こう言うたことがある。『お釈迦さまでさえ、数年の荒行苦行して仏教をひらいたのに、わずか一週間やそこらの行で先生が顕、幽、神三界を達観するなど大法螺やないか』とな。けどそれは違う。釈迦は印度国浄飯王の太子に生まれ、社会の荒い波風に会うたことのない坊さんやから、それだけ行が必要やったんじゃろ。わしは高熊山に登るまでにすでに社会の修行を終り、幾らか幽界の消息にも通じていたさけのう」 思わず饒舌になっていた。 澄は中腰になった。「先生、もう行ってよろしか。みんな、お腹すかしてますやろ。うち、忙しいのや」 半分も聞いていないのだ。ひどく空しいことをしゃべった気がした。 去りがけに澄が笑った。「ほんまは先生、冬は水が冷たいさかい、かなわんのでっしゃろ。夏の日中なら喜んで浴びてやろけど……」 ずきんと痛みが走った。なんのかのと理屈をつけて水行を否定してみても、本心は己れの真剣さの欠如、怠惰心の発露に過ぎぬのではないのか。 ――よし、澄よ、見ていろ。わしも今日から水行するぞ。 蒲団をはねのけ、寝巻きを投げすて、鬼三郎は裸で外に出た。大江颪に送られてくる冷たい雪は、針のように裸身につきささる。筧の水は凍り、太い氷柱がぶら下がっている。 井戸端へ出た。中村竹吉、四方平蔵、四方祐助、村上房之助、竹原房太郎の勇者たちがびっくりして見つめる。鬼三郎はあたりになり響く大音声で宣言した。「わしかて日本魂のかたまりや。水行ならお前らに負けへんぞ。外国身魂やない証拠見せたろ」 四方祐助が皺だらけの裸でむしゃぶりついて、嬉し泣きに泣き出した。「ありがたや。やっと小松林が退いて瑞の身魂さま、坤の金神の御守護になっちゃったでよ。これで三千世界の立替え立直しの本願成就じゃ」 中村竹吉が怒ったように四尾山の白雪を睨みつけた。鼻をむずむずさせているのは、彼もまた泣きたいほどの喜びを押さえているのだ。他の面々も、この寒空の中で顔を紅潮させている。 まるで茶番だと思いつつも、鬼三郎は彼らの誠心に感激、親愛の情の高まるままについ持ち前のサービス精神を発揮。毛をむしられた鶏よろしく全身に寒いぼをだし、歯の根をがたがたさせながら、立てつづけに車井戸の水を汲み上げた。頭の芯から足の爪先までジンジンしびれて感覚がない。みしみしと耳元で音がして髪の毛が逆さに引っ張り上げられたと思えば、髪は霜柱みたいに凍っている。死物狂いであった。何杯かぶったかは知らぬ。 ふらふらする足元を踏みしめて自室へ戻った。役員たちが、好意あふれるまなざしで送ってくれた。いったん上げた蒲団にもぐりこむ。ともかく寒い。芯から冷えきっているのだ。澄に押入れからあるだけの蒲団をかき出させてかぶる。胴ぶるいが止まらぬ。立て続けにくしゃみ。頭ばかりかっかと熱い。「どうしちゃったんやろ、この人」と、澄が不思議がる。 後悔していた。水行して病気になるなど、どう考えても間尺に合わぬ。「お澄、わしは肺炎にでもなって死んでしまいそうや」と、情けない声で澄に訴えた。 ……神から課せられた救世の神業はどうなるやろ。わしはおっちょこちょいや。ほんまに阿呆や。もう蛙の水行など絶対にやらぬわい。 高熱にうなされつつ眠ったらしい。目をあけると、天井がいやに遠く見えた。「澄、お澄、どこやーい」「へーい。わしはここで……」 枕元にぺたんと四方祐助が坐っていた。「お前やないわい。わしの妻を呼んでくれい」「お澄はんなら、内緒で北西町へ行っちゃったで」「なんやて?……病気のわしを置いてか」「弱い男や言うて笑うてでしたで」「……くそう」「お正月もあとちょっとで終わりやさかい遊んでくる、言うちゃってなあ」「何を遊んでくるんや」「そこが内緒ですがな。お米はんのお仕込みや」 いいながら、祐助は、自分の乾いた鼻をちょんちょんつつく。「くそったれ、花札と亭主とどっちゃが大事や思てけつかる」「さあて、どっちゃやろ……」と、祐助がそっぽを向いた。 どかどかと村上、竹原が入って来た。二人は両手をついて頭を下げ、声を振りしぼる。「先生、いっぺん水浴びたぐらいで風邪ひいたんは、小松林が退いとらん証拠や。もう、ええかげんに改心しとくれなはれ。この通り、お願いです。さあ、改心の証拠にモウ一度水を浴びて、水行ぎらいな小松林を追い出しとくれなはれ」「無茶いうなやい。わしは病人やで、熱が高いんやで。お前らわしを殺す気か」 蒲団をがっしり握ってわめいた。さっきの親愛の情など、吹っとんでいた。 中村竹吉が入ってきて、枕元に突っ立つ。「会長はん、あんたの宿をしとった本町の西村庄兵衛はんが、母親連れて来とってやで。『指が疽で痛んでかなわんさかい救けてくれ』いうてお母さん泣いとってや。平蔵はんがさっきから鎮魂しとってんじゃが、さっぱり効かん。そこであんたに頼もうかと思ってきたけど、自分の風邪一つ治せんようでは、やっぱり頼りにならんわなあ」「そんなことあるかい。待たしとけ、すぐ治しちゃる」 思わずいった。中村竹吉の言に反発したからではない。鬼三郎は人の痛みに敏感である。疽の痛さには覚えがあった。 祐助の手を借りて白衣に着がえ、二階に這いのぼった。神前に祝詞奏上、激痛にふくれ上がった病人の指先を掌中に包んで、祈願をこらす。一時ののち脈打っていた指は鎮まり、熱と痛みは去った。涙を流して感謝する母親と庄兵衛に「早う去んでくれ」と手で示し、鬼三郎は自室にやっと戻って白衣のまま蒲団にもぐりこむ。頭ががんがん鳴っていた。 綾部に来た頃、鬼三郎に宿を提供した西村家は、本町から裏町へかけての大きな自家醸造の醤油屋。一家が大本に入信したのは、これがきっかけであった。 中村らはさすがに驚いた。鬼三郎の治病能力は十分に知っているが、それにしても、自分の病気も治せぬ病人が病人を治したからである。「うーん、艮の金神さまも、ご苦労なこっちゃなあ」と、中村がうなる。「なんでやいな」と祐助が訊く。「水行もできんで寝込まはった会長はんに、御神徳など立つはずはない。あの婆さんが気の毒なさかい、艮の金神さまが会長に臨時憑霊しちゃったに決っとるでよ」 中村は、もぐっている鬼三郎の蒲団をはねのけた。「これ、会長はん。あんな病気ちょこっと治したぐらいで慢心してもろたら、どもならんでよ。慢心は大怪我の元。そもそも『水行ぐらい自分でもやれる』という慢心が、今度の病気を招いたのや。これから気を引きしめて、毎朝水行かかしたらあきまへんで」「こりごりじゃわい。わしの身魂は欲望もない、穢れも曇りもないのや。小山田の蛙やイモリの霊を持つお前らこそ、好きなだけ水行して清めたらよいやんか」 中村はかっと腹を立てた。「おのれ、数年間はらい潔めたわしの身魂を、ようもくさしおった。わしが蛙、イモリなら、お前は、そうや……雪隠虫の御霊やろ」「雪隠虫けっこう。羽化して蝿になったら、人の頭にも止まるわい。糞虫のわしは今日から出世して、お前らのド頭に糞かけたろか」 村上房之助が横から口をとがらす。「雪隠虫御魂の会長はん、今日から肥料かつぎでもしなはれや」「百姓の伜のおれが肥料ぐらいで驚くかい」 中村は鼻で嗤う。「会長はんはもの臭い人じゃと思えば、糞かつぎか。それでよう神さんに仕えられるなあ」「ふーん、だ。お前らの相手になど誰がなったるけい」 鬼三郎は再び蒲団にもぐりこむ。激しく咳が出てきた。 中村は嬉しげな声を上げた。「さあさ、野狐の正体あらわしたぞ。聞いたかみんな、こんこんと鳴きくさったわい」 竹原房太郎がさすがにあきれて、中村の袖を引く。「阿呆なこと言いなはんな、中村はん。風邪にかかったら、お前かて、こんこん咳ぐらい出るやろ」 迷信家どものくだらぬ饒舌は枕元に果てしない。熱にうかされつつ、鬼三郎は妻を恋う。 ――こんな迷信家どもさえ、頼みもせんのに枕元に居くさる。お前はどうやい、女房のくせして、わしが生きるか死ぬかのこの瀬戸際に花札やと……。「弱い男や、と笑うてでしたで」と言った祐助の言葉が手痛くよみがえる。澄の嘲笑が耳元で聞えるようだ。 ――笑うたな。よし、わしが弱虫やない証拠を、いまに見せたる。澄、びっくりすなよ。

表題:元伊勢水の御用 7巻5章元伊勢水の御用



 鬼三郎は胸騒ぎがしてならなかった。穴太の生家がなぜか気になる。二、三年前から、火事で生家が全焼する夢を幾度となく見ていた。奥条から移って来た西田元吉夫妻が火を扱う鍛冶屋を始めてからはいっそうのこと。元吉には手紙を書く度に火の元の注意をうながし、百姓から預っている修繕のための農具だけは別の小屋へしまっておくように、念をおしている。 このほど見た明け方の夢は、現実に変らぬなまなましい火色だった。ちょうど王子から直の次女栗山琴が参拝してきたので、厳しい注意を書いた手紙を託した。琴はその手紙を王子への途中、亀岡西堅に住む鬼三郎の伯母岩崎房に依託した。房は二、三日ぐずぐずしていた。 西田元吉は幸吉に誘われて、一度綾部に参拝しようと決意した。と、夢を見た。黒木綿の紋付羽織を着た鬼三郎が「火の用心が悪いさけ、しばらくどこへも出てくれるな」とこわい顔で命じる。また世祢は、「火事があるから気をつけよ、家をあけるなという声が、しきりに耳に聞こえてくるのや」と気味悪げにいった。 四月十五日、不安のうちに宇能の百日祭を迎えた。夜半、異様な物音に世祢はとび起きた。「火や!」 おそれていた赤い炎が、めらめらと仏壇の背をなめているではないか。さんざん予告があって現実となると、なおさらに恐怖が四肢を硬直させた。火はすぐ押入れに移っていた。 世祢は寝ている幸吉の足を音もなく引っ張る。幸吉が眼をさました時、初めてひきつった声がでた。「火事や、火事やで」 男たちは戸板をはずして火を防ぐ。燃え落ちる押入れから引き出してきた長持ちを、世祢が外へ運んだ。もう一つの長持ちは、半ばまで運んできたところで火を吹き出す。投げ捨てて危うく外へ逃げた。低い藁屋根は火のまわりが早い。絵の燃えかすが無数の火の粉となって散る。「おう応挙はんの絵が燃える。幾百枚もの絵や。一枚も売らんと置いといた長持ちの絵が……」 放心して、幸吉がつぶやいた。 君は十歳になっていた。いつのまにか隣に寝ていた母がいない。煙たさに目ざめたのだ。ぱちぱちと火がはぜていた。獣のようにうめきながら、母が長持ちにとりついていた。「神さまと仏さま、出してくれ」と、誰かが叫んでいる。「そうや、うちも運ばんなん。何がよいやろ」と、君は子供心に考えた。天井からまっ赤な火の玉が降ってきた。あわてて、寝る時も枕元に置いていた、買ってもらったばかりの赤い鼻緒の下駄を胸に外に出た。「お君……お君……」 母が君を抱きすくめてとびのいた。ドドドッと藁屋根が崩れ落ち、火柱が中天を焦がして真直ぐに立ちのぼった。 村の消防団が竜吐水を運んで駆けつける。周囲に池や小川があるため、水の便はよい。男が四人、竜吐水をとりつけて、ぎこぎこポンプをこぐ。村人たちが久兵衛池から桶水を運んで火にかけた。 榧の大木が隣家小島家の類焼を防いだ。幸い風がなかった。小さいぼろ家が全焼するのに、時間はかからなかった。
 翌日、綾部では鬼三郎が直と世間話に興じていた。澄が電報を持って入ってきた。生家全焼の報である。覚悟していたとはいえ、呆然としているであろう母たちを思えば、とんで行ってやりたい思いが身を焦がした。「そうですか。上田家は焼けましたかい。残らずきれいになりましたなあ。これも御神意ですさかい、まずお祝いせねばなりませんで」と、直が静かに言った。 鬼三郎はむっとする。「御都合か、御神意か知りまへんで。けど、わしの生まれた家が焼けたと聞かされたら、おもろいことありまっかいな」 さすがに澄が、夫の肩を持つように脇に坐った。直はほっと嘆息する。「まっさきに上田家の立替えを、神さまがしてくれなさりました。先祖代々のめぐりを火で浄めなさった。上田家にかかる大難は、家一つの小難にまつり代えていただいたんですで。第二に、穴太のお母さんたちを綾部に引き寄せなさるお仕組みでございましょうなあ」「母たちをここへ……」 鬼三郎の面に動揺が走る。「三千世界立替え立直しの神業に仕える人の母親が、神さまを知らぬではすまされませんさかい。さあ、神さまにお礼申しましょう」 直はすっと立って神前に歩を運んだ。澄が立ち、立たぬ鬼三郎の手を引っぱった。 帰郷して間もない鬼三郎は、心弱く再度の帰郷をためらった。焼け出されて寄る辺ない家族を抱き寄せる覚悟のできぬまま……。 代わりに四方平蔵、木下慶太郎の二人が火事見舞いに走った。三日後に帰ってきた彼らは、鬼三郎に穴太の模様を伝えた。 不審火らしい。放火の疑いが濃いが犯人はまだ分からぬこと。誰一人怪我はなかったこと、箪笥長持ち各一つが残ったこと、他に類焼がなく、西田元吉の預かっていた修理用の農具も、鬼三郎の指示通り小屋に移していたので損傷がなかったこと。一家は取りあえず株内のお政後家の家に寄宿していること。 火事から数日後に、たまりかねて鬼三郎は焼跡に立っていた。母が、憔悴しきった体を鬼三郎に投げて泣いた。鬼三郎は母を慰めようとして、いつの間にか直の言葉の請け売りをしているのに気がつき、苦笑した。怪我人も類焼もなかった幸せを、ここに立ってみて改めてしみじみ感じる鬼三郎だった。 世祢がおずおずと打ちあけた。「応挙はんの絵と上田家の系図はすっかり灰にしてしもたけど、あれ残りましたで。ほれ、うちの生命の……」 まぶしげに世祢は笑んで、焼け残った長持ちの底を開けてみせた。あっと鬼三郎は息をのむ思いで母をみつめた。今が今まで思い出しもしなかった品々、親王下賜の守刀と小袖と短冊を……。 鬼三郎の血を証明するそれが、火急の時に生命かけて守るほど、母には大切だったのだろうか。女心の不思議さに胸つかれて、鬼三郎は面をそむけた。 鬼三郎は、庭の周囲のなじみ深い樹木を見回した。「家を建てるには二、三ケ月もあれば十分やが、これだけの樹に育つには何百年もかかる。樹が残って、こんな結構なことはない」 北東の隅の榧と北西の隅の椋の大木が、黒焦げになっていた。特に椋の木は中が空洞で煙突状になり、火が走った。「大丈夫、根方から二、三尺は青いやろ。やがて芽をふく」 まさかと誰もが思った。しかし椋も榧も奇跡的に助かった。今も焼けあとをその肌に残しつつ、青い葉を空高く茂らせている。「母さん、わしといっしょに綾部で暮らそけい。わしは養子の身やし、ぐるりには分からず屋の、石頭の迷信家がようけおる。辛いことかてあるやろ。けどわしがおる。女房のお澄もおる。教祖はんかてようでけたお人やさけ、綾部へ行ってくれ。住めば都というやんか」 母の気を引き立てようと明るく説得につとめる鬼三郎。が、世祢はたちまち涙声になる。「長男のお前を奪られた先へ、頭下げて居候になど……ああ、死んでもいや。なんでうちがお直はん拝まんならんのや」「お直はん拝むのやないがな。わしらが拝んどるのは、艮の金神はんちゅう……」「おう情けなやの。綾部の山奥までのこのこ行って、祟り神はん拝まんならんて。喜三や、ここへ帰ってえさ。母さんと掘立小屋建てて、穴太で百姓しておくれ」「母さん……」と言いながら、言葉が続かなかった。行けば波瀾は見えている。が、この母に神を分からせたいという直の言葉は、真実に違いなかった。
 鬼三郎が帰ってしばらくして、世祢は綾部移住を決意した。世祢にそうさせたのは、いざとなると冷たい親戚たちの仕打ちであった。十日ほど世話になったお政後家の家にも、これ以上厄介はかけられぬ。「そら長男が面倒みるのはあたり前やど。喜三の山子があたって賽銭ごつう集まったら、穴太にどでかい御殿でも建ててもらうこっちゃ。その時はこの治郎松さまも信者になって、お尻花立てにして拝ましてもらうわい」と治郎松が舌出して嗤った。 斎藤一兵衛の家で奉公中の由松を残して、一家は綾部に移住することになった。当時、上田家では七、八反の田を小作していたが、それは由松が引き継いだ。綾部を夜中立ちして、木下慶太郎と村上房之助が二台の手押車を引いて迎えに来た。 焼け残った僅かな家財道具を積みこんで旅立った。上田世祢、幸吉、君、西田元吉、妻雪。幼い足に歩き悩んだ君は、疲れると長持ちの横に乗せてもらった。初めての長い旅であった。その夜は鷹栖の四方平蔵宅に一泊、翌朝、綾部着。 世祢は君と共に龍門館の階下に住む。 西田元吉夫妻は、鬼三郎の口ききで大槻鹿蔵と相談の上、北西町の大槻家の近くに一軒家を借りて、鍛冶屋を始めた。幸吉はそこに同居し、鍛冶の相棒をつとめた。 直や澄は上田家の家族を心から喜んで迎えたが、鬼三郎は焼け出された一家が大本の世話になることに、人知れず苦慮していた。澄を連れて山蕗を刈りに行き、朝夕の飯にまぜて米の節約をはかった。 中村竹吉が臆面もなく言ってのける。「親弟妹がこの大本を食い減らしとるのや。会長はんも今までみたいに好き放題せんと、少しは遠慮しなはれよ」 鬼三郎はその言葉をはじき返す。「親は親、弟や妹が世話になってるからいうて、わしがなんではばからんなんのや」 そうはいっても、野放図に見せている鬼三郎の中の繊細な感情は、微妙にゆれさわぐのだった。
 花に誘われ、鬼三郎は本宮山に登る。持主の改森六左衛門は喜んで迎え、渋茶でもてなしてくれた。欲ばかりの爺さんでも、時には人恋しくなるらしい。「厚桜が満開やいうのに、不粋な綾部の奴らは見にも来んわな。お前さんはさすがに風流がわかる」と、御機嫌だ。鬼三郎が一枝所望すると、喜んで手折ってくれた。 肩に桜の枝をかざして広間に帰ると、中村竹吉が眼をむいた。「会長はん、竹と桜は神さまが嫌うてじゃ。心得とくれなはれ」「ああ、さよか。それでお前の名は竹吉か」 激怒した竹吉は、桜の枝をつかんで鬼三郎を打ち、庭に投げ捨てる。「落花狼藉花まみれじゃ」と、鬼三郎は溜息をつく。
 本宮山の桜も散り初める頃から、広間は熱っぽい空気に包まれ出していた。中村竹吉が朝夕誦える筆先の中に、また出修の予告がまじってきたからだ。今度は、早くから行先が明示された。置いていかれまいとする信徒たちが、出立の日も決まらぬうちからつめかけてくる。話題はそのことで持ちきりであった。 ――絶命の世の立替えになりたから、丹後の元伊勢へ参拝をいたしてくれねばならんぞよ(明治三十四年旧二月六日・新三月二十五日) ――役員みなそろって、いままでの見苦しき心をすてて和合いたして、世界の掃除の元の威勢(元伊勢)を出してくだされよ。これは実地の元の神が守護いたすところであるから、見苦しいものは、御用させぬように厳しくなるぞよ(旧二月二十四日・新四月十二日) 元伊勢といっても、信徒の中で誰も詣ったものはない。中村竹吉をはじめ一同は、それぞれ集めてきた知識を得意になって披露し合った。 元伊勢は京都府加佐郡大江町にあり、内宮の皇大神社(大江町字内宮)と外宮の豊受大神社(大江町天田内東平)の総称である。内宮は内宮集落の北方、宮山に鎮座、祭神は天照大神。正面に本殿、両側に脇宮二社(左は天手力男命、右は栲幡千々姫命)が祀られ、境内の周囲に七十九の小祠が並ぶ。 外宮は五十鈴川(宮川)の東岸に鎮座、神社の森は南北の舟形に延びる小山の舟岡山だ。祭神は豊受大神。正面に本殿、左右に脇宮、周りに七十三の末社が並び、内宮とほぼ同じ配置である。 第十代崇神天皇三十九年三月、天照大御神が皇女豊鋤入姫命に神がかられて、「別に大宮地を覓めて鎮め祀れ」との御神勅を降された。同年三月三日、大御神の御霊鏡を奉戴し、大和国笠縫村の神城神籬を出御、同年八月十八日丹波の国に遷幸(当時この地は丹波。元明天皇の和銅七年に丹波五郡を割き丹後の一国とする)。この地を大宮地とし、行宮を建て吉佐の宮(内宮)と尊称、境内を比沼の真奈井原と称す。同時に豊受大神(外宮)も合祀した。 天照大御神は四年間斎き祀られたが、さらに宮地を求めて各地に遷幸、第十一代垂仁天皇二十五年に現在の伊勢の五十鈴川上に鎮座、笠縫村を出て五十四年である。 豊受大神はひとり真奈井原にとどまり奉祭されていたが、雄略天皇二十二年、天照大御神が天皇の夢枕にあらわれ給いて、「われ五十鈴川上大宮に鎮座すといえども、一人にては楽しからず、神饌をも安く聞食すこと能わず。丹波の真奈井にます豊受大神を呼び寄せよ」と宣する。 天皇は大いに驚き、伊勢の国渡会に外宮を建立、遷座した。従って、元伊勢外宮に豊受大神の奉祭された期間は五百三十六年間という。 由緒書きによれば、元伊勢は伊勢神宮の元宮であり、我が国神社神道の発祥の地であるとされる。これほど由緒深い宮でありながら無資格社。幕末の頃、当時の神主が宮津の小森神社に資料を売り渡したためとも、また一説には、政府から別格官幣社にされるとご神体を調べられるので穢れるといって、村民が反対したためともいわれる。「昔は、男は一生に一度は詣らねば一人前の男でない、女は元伊勢詣りがすまねば嫁入りできぬと、いわれとったげなで」「元伊勢には、産湯の釜、産盥の岩があるそうなのう」「汲み取り禁制の水やげなでよ」「天照大御神さまが岩戸を出られた時、禊しなはった霊地やさかい、うっかりお水を汲んだりしたら神罰たちどころや。必ず大風大洪水がまきおこる。そうやさかい七五三縄を張って、一日中神主さんが見張っとってんやと」
 四月十九日、木下慶太郎は、ひそかに鬼三郎の一室に招じ入れられた。他に人気はなかった。「今度のことやがのう、ごく内密にお前に頼みがある」 木下は鬼三郎の傍ににじり寄った。「いや、これはわしの頼みやない。お前は教祖さまの特別のお名ざしを受けたんや。というより艮の金神さまの……」 鬼三郎は一枚の筆先を木下に押しやった。「世界広けれど、生粋の水晶のお水というのは、元伊勢の天の岩戸の産盥、産釜の水より外にはない。その水晶の水を汲んで参れ」 くりかえし筆先に目を走らせるうち、木下の手は、細かく震えてきた。「禁制のお水をわしに……盗めと……」「そうや、たとえ大洪水になろうともや。できるか」 木下の若々しい栗色の大きな瞳がかげり、額には脂汗がにじみ出てきた。 ――いくら艮の金神さまでも、あんまり無茶やないか。何のために神罰を覚悟してまで。 鬼三郎は、苦しむ木下に目を当てながら、静かにくどき出した。「お前が驚くのも無理やない。わしかて、今度のこの筆先には迷うたのや。しかし人間心で神心を推しはかってみても、分かるもんやない。筆先はすべて命令や。それも仮借ない、断定や。信じて従うか、疑うてそむくか、道は二つに一つ。ならば従うより他あらへん。従う以上は、断固やりとげねばならぬのや。たとえ水でも、禁じられとるのを黙っていただいてくるのやさかい、盗みになる。教祖はんがお前に泥棒の指示しやはるのも、神のため、世のため、後にも先にもこれ一度きりやろ。お前にそれだけのことをさせてんからには、今度の御用はよほど重大な意味があるとわしは信ずる。どうや、やってくれるか」「やります」 木下は決然と眉をあげた。冠島、沓島開きに続いて、数ある者の中から自分が選ばれたのだ。御信頼を得たのだ。よし、教祖さまの命ならば、たとえ人殺しであろうと辞さぬ。 若い頬が紅く燃えていた。「おおきに、今度のことは、失敗は許されん。今日のうちに丹後の内宮へとんで、下調べしといてくれ。誰にも知られんようにな。教祖はんの出発はいつも旧八日立ち、新なら四月二十六日(旧三月八日)やで。あと一週間……」 二人の眼は、熱くからみ合った。 翌日の夜半、ほとほと鬼三郎の部屋の雨戸を叩く者がある。書きものをしていた鬼三郎は、すぐ雨戸を開けて、旅姿の木下慶太郎を入れた。旅の疲れも見せずに、彼はくわしく元伊勢の状況を語り出した。 内宮の西北にある日室山の山裾を洗う五十鈴川の上流、奇岩怪石の立ち並ぶほとりの大きな一枚岩に、二つの岩穴が巨人の目玉のように清水をたたえてある。これが産釜、産盥で見張りの厳重なことは想像以上だった。一目に見下ろせる崖の上に立つ社務所には、神主が二六時中詰めている。 それより心配なのは、二つの岩穴に達するには、どうでも五十鈴川の急流を越さねばならぬこと。川幅は小さいようだが、流れは深く、速く、岩石に打ちつけて飛沫を上げる。岸辺はかなりの絶壁であり、二間余りの橋でもかけぬことには、無事に渡り切れるかどうか。「先生……先生……」 木下は、鬼三郎をゆさぶった。話しなかばから鬼三郎は眼を閉じ、聞いているのか、眠っているのか、頼りなく上半身がゆらめいているのだ。 こんなに苦労して来たのにと、木下は少なからず腹立たしかった。「あの川、どないして渡ったらええやろ。夜中に泳いで渡るほか、方法はござへんかなあ。聞いとるんですかい、先生」「ああ、冷とうて、底まで澄んどって、清らかなお水やった。……なに、川を渡る心配しとるんかい?……大丈夫、神さまがうまいぐあいにしてくれはるわい。惟神にまかしとけ」「……」「わしは産釜、産盥まで行って、どぶんとつかって禊してきたで。ついでに水筒に霊水を汲んで来たが、それでは足らんさけ、あんたに実地のご苦労になるのや」「そんな……いつのまに行っちゃったんですいな」「さあて、今のようでもあるし、もっと後のようでもある。なにしろ霊界のことやさけ……すまん、すまん、慶太郎はん御苦労やった」 出立の前日、旅仕度も整えて沸き立つ信者たちを避けて、三たび鬼三郎は慶太郎を呼んだ。「筆先が出た。まだみんなには見せられん。しかし、お前の腹には入れといてくれ」「はい……」 木下は押しいただき、むさぼるように読む。 ――元伊勢の産盥と産釜の水は、昔からそばへも行かれん尊い清きうぶ水でありたなれど、こんどの世の立替えについて、綾部の大本から因縁ある霊魂に、大もうな御用さして、世界を立直すのに、むかしの水晶の変わらん水を汲りにやらしてあるぞよ。艮の金神の指図でないと、この水はめったに汲りに行けんのであるぞよ。この神が許したら、どこからも指一本触る者もないぞよ。こんどの元伊勢の御用は、世界を一つにいたす経綸の御用であるぞよ。もういちど出雲へ行きてくだされたら、出雲の御用を出来さして、天も地も世界を均すぞよ。この御用をすましてくださらんと、こんどの大もうな御用は分かりかけがいたさんぞよ。世の立替は、水の守護と火の守護とでいたすぞよ。(明治三十四年旧三月七日) 木下は読みおろすなり、両手で目をおおった。おさえてもおさえても涙があふれおちる。「よいか、今度の参拝は水の御用、予告の中の出雲は火の御用や。二つ合わせて天下を動かす。世界を一つにする神の大もうは、お前の肩にかかっているのやで」 四月二十六日(旧三月八日)。木綿の着物、袴に菅笠、茣蓙蓑、草鞋の揃いの出立、直が常に先頭に立ち、鬼三郎、澄ら一行三十六人は一路丹後へと向う。以久田村、志賀郷、市原谷、三河と新緑を眺めつつ六里の道を歩き通して、黄昏れる頃、内宮に着く。 松代屋という古い宿屋にどやどやと草鞋を脱いだ。この宿は、木下慶太郎が六日前下検分に来た時、予約しておいたもの。 森津由松(四十七歳)が木下慶太郎に目まぜしてそっと脱け出したのを、信者たちは知らない。森津は直の命を受け、木下を助けるための見張り役を仰せつかっていた。彼は西八田村の古い信者であり、背の低いいかにも朴納な男。天の岩戸への道をぶらぶら歩いても、近所の百姓の散策としか受け取れまい。 木下は草鞋も脱がず、松代屋の玄関に腰かけて、番頭相手に雑談にふけった。森津と二人一緒に出ては、一行に怪しまれる恐れがある。宿賃の交渉でもしているように見せかけた。懐には、青竹の筒二本をのんでいる。直の命により、信者の後野市太郎(十九歳、舞鶴市真倉出身)に理由も告げずに禊させ、清めに清めて作らせたものだ。 さりげなく番頭と語りながら、木下は気が気でなかった。夕闇が、もうそこにせまっているのだ。呑気そうに中村竹吉相手に冗談をとばしている鬼三郎が面憎くさえなる。 ――先生は霊で行っちゃったさかい、川も崖もひととびやろ。けど、こちらは現実の肉体が、現実の神水を汲みに行くのや。 薄明りのうちに行きたかった。 ――盗みに提燈を下げて行けるかい。早う、早う、もう限界や。 焦燥のあまりに、口中が乾ききって唾も出ぬ。番頭も話題が尽きて立ち上がった。と、森津由松が表を横ぎった。今度は戻ってきながら、戸口のところでせき払いする。木下はさりげなく立って、森津の後を追った。「今や。見張りはひっこんだ。これから夜飯らしいでよ。急げ」 皆まで聞かず、木下は夕闇の中を走り出す。わずかでも視界のきく間に。すでに目的地に着くまでの道程は、何度も頭の中で反復していた。 参道を走って石段を四十五段、駆け上った所に石燈篭。すでに灯が入っていた。鳥居をくぐってまた四十五段、この途中西側に三本杉がある。「上古、麿古親王凶賊征討の時奉納せるお手植杉なり」との碑文は暗唱していた。登り切ると山を開いた広い境内、一段高く奥まった所に内宮の社。大杉の下、茅葺きの千木勝男木の簡明直截な神さびた社殿である。「お許しください。そして助けてください。お仕組み成就のために」 手を合わすのももどかしく心で叫ぶ。 神楽堂を左に折れ、後は急な下り道。椎、樫、榊、杉、桧の古木が全山をおおい、空を仰ぐことすらこばむ。小径にさし出す枝をはらいはらい、一気に駆け下り、五十鈴川を眼下に見下ろす崖上に立つ。乱れさわぐ息を整えようと心を鎮めるうち、森津がよろばいながら追いついてきた。あたりを警戒しつつ、二人は左に折れ、天の岩戸神社に向う道を降りる。左側眼下に社務所の灯がもれる。 森津を見張りに立たせておき、五十鈴川に通じる狭い急勾配を、ためらいもなくすべり下りた。日は沈んで視界はきかぬ。ただ一つの頼りは「この神が許したら、どこからも指一本触る者はないぞよ」の筆先だけである。 五十鈴川の泡立つ激流の畔に立つ。とび込む地点を探っていて、木下は眼を疑った。薄暗くて判然とはせぬが、長々と黒ずんだ橋が、向う岸までのびているではないか。そんなはずはない。手でさわってみた。下調べの時にはなかったのだ。しかし現に大きな朽木が、どうして流れ寄ったのか、ちゃんと川をまたいでいる。「神さま……」 木下は心で叫んだ。そろりそろりと朽木の上を這う。川瀬の轟きは身も魂も震わせる。必死で渡りきって、七五三縄をくぐり抜け、産釜、産盥に駆け寄った。いずれも二抱えほどの岩穴である。用意した竹筒に水を汲み入れようと焦るが、穴が小さくて容易に水はたまらぬ。「惟神霊幸倍坐世」 心で念じ、竹筒をそのまま水中につっこんだ。水はしびれるほど冷たかった。ごぼごぼごぼごぼ、空気の抜ける音。 松代屋では、一行は風呂に入り、旅路の汗を流した。二階の広間に三十六の膳を並べ夕食。鬼三郎は澄と四方平蔵にだけは水汲みの神事を打ちあけていた。万一、中村らが知ったなら、抜けがけの功名にあせって、どんな失態を演じるやも知れぬ。神主に気づかれる前に、味方をあざむく必要があった。 木下、森津の不在を不審がらせまいとして、澄は澄なりに気を使っていた。陽気にしゃべってさわいだ。中村は用心深く鬼三郎にひっついていた。今度の出修で鬼三郎がどんな役を買って出るか、目を皿にして見張っている。彼らの注意が完全に鬼三郎に集中しているのを、直は静かに眺めていた。 木下慶太郎がそっと座敷に滑りこんできた。木下は泣いていて、まともに直を見上げることもできぬ。森津が直のそばに寄り、「無事御用果してまいりました」と囁いた。「どこで遊んでけつかった。阿呆めが、腰をもめ」と、鬼三郎が行儀悪く寝そべって、木下を手招きした。「先生……朽木が……」 いいかけるのをさえぎって、鬼三郎は頓狂に叫んだ。「祝い酒でも一杯やりたいのう」 翌朝、後から参加した六人を加えて四十二名は内宮にお礼参拝する。宮山の原生林には松は一本も見あたらず、雑木が密生し、昼なお暗い。樹木の太い幹に苔と羊歯類がからみ合い、年輪の深さをしのばせる。鳥居は黒木で、京都嵯峨野の野々宮神社以外に例がない。本殿と脇宮との間の天をも摩する巨木は龍灯の杉と呼ばれる。 直の先達で祝詞奏上の後、神官の案内で断崖の上の小径を伝って岩戸神社に向う。岩戸神社は小さな祠で、巨岩怪石に埋まった谷川の不安定な岩上に立つ。鉄柵を伝って社前に進む。その昔この一帯は天照大神が修行した聖所だと伝えられる。祠の後の川幅いっぱいにふさぐ千畳岩は御座石と呼ばれ、神代の昔、剣先山の頂上にあり、天照大神の御座所であったが、この谷川に落ちたという。ここでも直の先達で祝詞奏上。中村が「ウーウー」とうなり発動しそうになるのを、鬼三郎は必死で押えた。 鉄柵をたどって社務所に行き、それぞれ守り札を求める。神官が社務所から見下ろせる産盥、産釜の水を指し、「あの水をとればたちまち暴風雨がおこり、田畑が荒れる」と得意気に説明するのを聞き、木下と森津は顔見合わせてにやりと笑った。 一行は内宮参拝をすませ、次に一里離れた外宮に参拝して帰路につく。 途中、館の福林安之助の懇望で福林宅に寄り昼食、鬼三郎が医者に見離されて苦しみ泣く信者の子供村上吉之助の腹膜炎を神に取次ぐ。村人たちの目前で、痛みは去った。 驚喜する村人たちに送られて以久田村の川辺にかかったのは夕方、道につながれた牛が川に落ち、手綱が巻きついてもだえ狂っていた。鬼三郎は川にとび込み、手綱を切って牛を救う。一日に二つの生命を救ったことで、一行の気持は明るくはずむのだった。 龍門館に着いて一同うち揃って感謝の祝詞を奏上し終るや、広間のランプが倒れてパアッと障子に燃え移る。ようやく消し止め、水を呑もうと鬼三郎が台所へ行く。風呂の焚き口から転げ落ちた火が、そばの薪に勢いよく燃え移っている。大声で人を呼び、これも消し止めた。 二度続けて火事騒ぎとは不思議なことと皆で話し合っていると、広間で異様な叫び声。鬼三郎がまっ先にかけつけた。中村竹吉の着物に火がつき、走り廻っている。ランプに背を打ちつけて着物に石油がこぼれ、燃え移ったのだ。鬼三郎はとっさに夜具を持ち出し、中村を押し倒して消し止めた。 わずかな時間に三つの火の不思議、これが何の予告か、はたして吉か凶か。 蒼ざめた中村が焼け焦げの髪から悪臭をただよわせ、息はずませていう。「ふだんの信仰のおかげで、どーらいお蔭をいただいたでよ。水行をかかさぬわしが今度は火の洗礼で清めてもろたんじゃさかい、これで一点曇りない水晶身魂じゃ」と、助けてくれた鬼三郎の方を見向きもせぬ。直が静かにさとす。「中村はん、先生にもお礼を申しなはれ」 中村は頑固に首を横にふる。「なんのなんの、外国身魂にお礼いうわけには参りまへん。神さまが小松林を使うて助けてくれちゃったんじゃさかい、やっぱり神さまのおかげですわな。それよりも、会長はんこそ結構に使うてもろたんじゃさかい、神さまにお礼いいなはれ」 一同はあきれて顔見合わせる。「どこまでも我慢の強い(強情な)お人じゃ」と直は苦笑して席を立った。
 帰綾して初めて、直より筆先と神水の御用が一同に知らされた。汲んできた生粋の水晶のお水がまず神前に供えられた。一本の竹筒はそのまま保存、もう一本の竹筒は半分とりわけて皆で少しずつ回し飲みし、あと半分を三分して、龍門館の井戸(金明水)、元屋敷の角助の井戸(銀明水)、四方源之助の井戸に差された。 角助の井戸も源之助のも、後に大本の手に帰したが、当時は他人のものである。木下慶太郎が「うちの釣瓶縄が切れたさかい、水をわけておくれなはれ」と頼んで、そっと元伊勢の水を注いできた。「いずれこの水晶のお水を、京大阪からもらいに来ますで」と直はうれしそうに告げていた。 五月二十七日(旧四月十日)、神示により、直は一本の竹筒の産水と龍門館の真清水を胸に、沓島に旅立った。供は三十五名。 沓島の目もくらむ釣鐘岩の絶頂に立ち、直みずからの手で、激浪逆巻く龍宮海上めがけて神水を投じた。 ……この水晶の産水よ。海洋をめぐって雲となり、雨となり、雪となり、霧となって、天下のけがれをはらい清め、新つのみ国となさしめ給え 直は天に祈り、海に祈った。 頭上から直の全身をつらぬく天雷の声。「この水、三年で世界へ回るぞよ。世界が動きだすぞよ」                                        

表題:取付け騒動 7巻6章取付け騒動



 明治三十四年初夏であった。「立替え切迫」「大望近し」 鬼三郎の否定にもかかわらず、中村竹吉ら役員の口から囁かれる言葉は、綾部から園部、八木、京都、伏見へと、野火のように信徒の胸を焦がして広がる。遠近の信徒たちは、出口直の膝元を恋うて続々と集まってきた。 春には、莫大な借財のある野崎宗長一家が、京都島原の屋敷を売って綾部へ移住。六月、田中善吉が京都蛸薬師角の青物店をたたみ、父捨吉、母たか、妻つね、養子新造を連れて綾部本宮村字上野に移転。田中善吉は、北西町で鍛冶屋を始めた西田元吉、上田幸吉の鍛冶の手伝いに加わった。京都大宮通五条下ル東側の漬物商の時田金太郎一家も、家業をなげうって綾部へ。位田の四方与平もまた、大家族をかかえて移ってくる。火災の結果とはいえ、鬼三郎の生母上田世祢、弟幸吉、妹君、義弟西田元吉夫妻も移動したばかりのところである。狭い綾部の田舎町に、一種異様な大本人種が目立ってきた。 こうなると中村竹吉はますます昂奮し、脱線し始める。「社会奉仕」と称して道路の草を引いてまわり、「醜草を根こそぎ引くこそ、乱れたる三千世界の立替えの、これぞ手本や」と誇る。片足に草履を、片足に下駄をうがち、ぼろぼろの着物をわざと身にまとい、「これほどの誠を綾部の者は知らんとおるのか」とどなる。 麦畑に屁をひって廻りながら、中村は「わしの屁を麦にかがしたさかい、喜べ、今年は大収穫やでよ」と宣伝する。あまりの放言に鬼三郎が問い詰めると、無学な彼が嗅覚を収穫と感違いした結果と分った。 元伊勢の岩戸神社に参ってからは、いっそうだった。「岩戸開きの御用を終えた今、わしは天手力男命でござる」と称し、直の部屋の次の間に机を置いて筆先を写し、「わしの許しがないと神さまへ参拝させぬ」といばる。あきれた役員たちが相談会を開き注意したが、中村は大声で筆先を読んでごまかすのだった。 この頃はとにかく、神霊現象の激しい時であった。特に上田幸吉には、いろいろな神霊がかかってきて話題をふりまいた。鬼三郎となじみ深い小松林命や松岡天狗がかかり、西田の鍛冶場で短刀を鍛えたこともあった。 中でも幸吉の肉体を常宿にしたのは、河原林と名乗る気楽で面白い天狗さんだ。讃岐の金比羅さんに住むというこの天狗がかかると、幸吉に夜昼なく目をつむらせっぱなし。つまり幸吉の肉眼に用はない。もっぱら霊眼のみで何ひとつ不自由は感ぜぬらしい。だから誰もが河原林の神がかりとすぐわかる。 河原林天狗、まだ若いのか、愛矯者の遊び好き。幸吉の肉体を使って、仕事はそっちのけ、長い棒を小脇にかかえて、独りで剣術ごっこする。その身のこなしの敏捷さはまさに天狗業だ。目をつぶったなりで、「えいっ、やあ」とばかり派手に宙に躍り上がる。ふわーっと屋上まで飛び上がって見事に片手逆立ち。屋根から杉の梢へ、太枝へととび移り、棒を振るってひょいととんぼ返り、得意気に見得をきる。 一週間にもなるのに、幸吉には酒も煙草も飲ませず、御飯も食べさせず、呑気に遊び呆けている。西田や雪はもちろん、わざわざ見物に集る信者、町の衆も初めは冷汗かいて見守っていたが、しまいには慣れてしまった。「ああ、見てみなん。また、河原林さんがおもろいことして遊んでござるでよ」といった調子だ。 澄は、持ち前の好奇心で悪戯したくてうずうずする。「河原林の天狗はーん、降りてきなはれーい。なんぼなんでもお腹すきまっしゃろーい」 道の真ん中に大盥を持ち出して、澄は水をなみなみ張っておいた。「おう行くで」と幸吉は朗らかに答え、両手をひろげて空中滑走、杉の太枝から一気に地に降り立つや、トイ、トイッと同じ歩幅で駆けてきた。目蓋は貼りついたように閉じっぱなし。さあ、盥につまずくぞと、澄は期待に胸を踊らせる。だが幸吉は、「やっ、危ないわ」とポイッと大盥をとび越えた。「やっぱり見えるのかな」と、澄は小首を傾げる。どうにも納得いかぬ。 幸吉がお膳の前にかしこまる。澄はお菜をそっとあちこち移動させてみた。それでも上手に皿を追って箸をのばし、きれいに平げる。鏡を持ってきて黙って正面に立てたら、「おう、髪が乱れとるわい」とのぞきこみ、眼をつむったまま、すまして髪を撫でつけた。 ある日のこと、黒田清が家出、親兄弟が心配して、行方を伺いにきた。 澄が庭の木に登って遊んでいた幸吉に呼びかける。「お清はんがどこ行っちゃったか、天狗さん、そこから見ておくれいな」「さあてなあ……」 じっと閉じた眼を宙に据えていたが、やがて河原林はどなった。「いた、いた。やあ、多勢の人と糸を引っ張っとるわいや。心配いらん」 五、六日して、京都の糸屋で働いていると、清から便りがあった。 山坂こえた桧山の信者、坂原巳之助宅まで急ぎの用があった。鬼三郎が「足の達者な奴を誰か使いにやれ」と澄に命じた。「そうや、遊んでばかりの天狗はんに頼んでみますわ」と、澄が気軽に幸吉に用事を言いつけた。天狗を使うのは澄ばかりだし、天狗もまた、澄の命令には逆らわぬ。 その使いに、田中善吉が幸吉と同行した。初めは連れ立って歩いていたが、だんだん幸吉の歩幅が広くなり、息苦しくてとてもついていけぬ。須知山峠の麓では、狭い山道いっぱいに大きなコットイ牛(黒い牡牛)が草を食べていた。幸吉は、いきなり牛の鼻輪をにぎって、ばっと横にはねとばした。そこまでで、田中はへばりこんだ。「先に行くわえ」と幸吉は叫ぶなり、駿馬のごとく駆け出した。足が土につくか、つかぬか、たちまち見えなくなった。 幸吉は二時間ほどで綾部に帰ってきた。桧山までは往復十里、どう考えても早すぎる。しかし、用はきちんと足してあった。 以後、澄は重宝がって、遠方へ急ぎの用はたびたび天狗さんに走ってもらった。 人妻となっても茶目っ気の失せぬ澄は、ある時、片手を出してねだった。「河原林さん、何かおくれい」「よし、待っとれよ」と樹にとび上がった幸吉はあちこち見渡して、やがて降りてきた。「これでええけ」 頭をなでて手を開くと、十銭銀貨が光っている。「ま、どないしちゃったん」と、思わず澄は詰問する。「拾た」と、幸吉は、けろんと答えた。「あんな高いとこから、落ちとる銭が見えるんじゃろうか」「よう見える。もっと捜してやろうか」と幸吉は屋根に上がって逆立ちする。四方八方見渡してひょいととび降りる。今度は、頭の髪の中から五十銭玉をとり出した。念のため畳の上に銀貨を置いて、離れたところから取らしてみると、銀貨はすっと宙をとんで幸吉の頭上にもぐりこむ。重たい品物でも、その気になれば自在に引き寄せた。信者たちはありがたがって集まってくる。物品引き寄せの術は、欲もからんで人を夢中にさせる。 鬼三郎は、そうした曲芸を喜ばなかった。邪気のない河原林ではあっても、対する人間の物欲は限りないのだ。穴太では多田琴や石田小末らとさんざん体験ずみであった。現界の物理的規則を犯して見せるやり方は幽斎修行の脱線であって、往々にして兇党界に通ずるのを知っている。 気のいい天狗河原林は、鬼三郎の審神で一月余りの長逗留を打ち切って幸吉の肉体を去った。幸吉はぱちっと眼を開いて、昨日の続きのように真面目に鍛冶仕事に精出す。 天狗の宿となったこの期間のことは、本人にはまるで記憶が残らなかった。おのれを失わずに憑神と対話する直や鬼三郎と異なり、自我をなくしてまったく全身全霊をゆだねる幸吉だからこそ、天狗は自在にあやつれる。高い樹上に登っている時など、もし途中で吾に返り肉眼を開いてみたら、恐怖にこわばり、バランスを失って落ちてしまうかもしれぬ。「幸はん、あの屋根で片手逆立ちやら、空中を飛んだ気分はどうやった」と、よく人に聞かれたが、幸吉は途方に暮れて答えるばかり。「眠っとったんかのう。わし、なんにも知らん」
 中村竹吉は、初心の田中善吉を神前に招いて、こんこんとこう諭した。「このお筆先をよう見なはれや。大本の教えは筆先で開くのやさかい、ただ読んだくらいではあかんでよ。いつも腹の中へ入れとかな、いざいう時のお役には立たへんで。筆先一枚をば前において五、六人で眺め、めんめに思惑をたてて考える。筆先の深い心は、一日や二日や三日くらいでわかるもんやない。いつも頭をならべて、首が曲がるほど思案をして、いつ誰が門の前を通っても首が傾いているぐらいに心がけるのが役員はんや。表を通りよる人が見て、『あれ、大本の役員さんは何をいつも思案してござるやら』と言われるくらいに考えているのが、神の教えでござりますで」「いかにも……」と田中善吉はかしこまって答え、書かれたばかりの筆先を一枚押しいただき、いわれたとおりに小首を傾げた。まったく首が片方の肩に埋まるくらい、それは読みにくい字であった。かたわらの中村は、高らかにすらすらと筆先を拝読。一冊読み上げては、階下へ降りて水を浴びている。日の暮近くなって、どうやら字面だけは読み解いた。 ――いままで苦労もせずに、金はぬしがでに(自然に)でけるように思うて、金をそまつにいたした者には、ものがあらくらに変わるぞよ。(明治三十四年旧四月二十七日・新六月十三日) 方言は多いし、まして、その密意までは容易にわからぬ。田中は、仕事のひまひまに、数日考えあぐねた。 この筆先が出た五日後の六月十八日、町なかは騒然となった。人々が眼の色を変えて走っていく。口々にののしっている。「えらいこっちゃで。銀行があかん。銭がのうなっとるわな。なんちゅうこっちゃ。ようよう貯めた虎の子がわややでよ」
 綾部銀行、明瞭銀行、綾部貯蓄銀行の三行が急に取付けの大騒ぎ、たちまち閉鎖となった。 綾部に初めて銀行ができたのは明治十六年である。綾部の財閥といえば、藩政時代から羽室、大槻の両家としたもの。大槻藤左衛門と吉美の猪間一夫等が旧藩士と結んで設立したのが綾部銀行で、羽室嘉右衛門、羽室九左衛門等を中心に設立したのが明瞭銀行である。 日清戦争後、戦争景気で経済界は急激に活況を呈した。明治二十八年暮から二十九年にかけて綾部町では少額紙幣が不足し、年末の決済もできぬ特異現象が生じた。綾部、明瞭両銀行は、十銭、二十銭の少額切手を発行して人々の要求に応じた。この小切手は、綾部町ばかりか、何鹿郡内にまで通用した。更に自家用切手を発行して正貨の代用をさせる者、にわか作りの金融会社を興し、重役の資産をあてに切手を発行する者が現われた。郡是製糸も、切手によって従業員の給料を支払った。釣銭に困る豆腐屋まで、五厘、一銭の小切手を出した。 支払い命令書である小切手が、本来の性格を逸脱し、紙幣同様に扱われ、商取引はもちろん、借金の返済にも芸者の玉代にも使用された。また、流通期間も無制限に長期に渡り、振り出し年月日などにも無頓着であった。こうして各種さまざまな小切手が町内外にあふれ、不健全な空景気が現出した。 日清戦争後の全国的な好景気のほかに、特に綾部の事情として、明治二十九年の水害復旧工事のための多額の金の流入、鉄道敷地買い上げによる臨時収入、蚕糸の一時的盛運があった。持ちつけぬ金に酔った町民の生活は奢侈に流れ、田舎には不釣合に多い料亭が絃歌にさんざめき、賭博なども公然と行われた。『綾部町史』によると、明治二十九年の年始回礼に袴をつけたのは羽室藤左衛門級の上流階級四、五人で、それも縞ぐらいであったが、同三十二年に袴をつけないのは日雇者ぐらい。一般町民ですら、羽二重紋つきに仙台平の袴となった。こんな環境のなかで、贅沢を極度にいましめ、木綿の着物に藁草履、立替え立直しを叫んで町中を闊歩する大本人種は、確かに異常であったろう。 不換紙幣の乱発は地方通貨の増加を意味し、一種の局部的インフレ状態となる。見せかけの金回りの良さは非生産的消費を増大させ、物価を上げるのだ。しかも納税や郡外の支払いには正貨を要するから、次第に正貨が影をひそめ、何鹿郡内の通貨は紙屑同様に価値を失する。 明治三十三年頃から戦勝景気は下り坂になり、翌三十四年頃には、金融がいちじるしく膠着しはじめた。同六月の大阪市難波銀行の破綻が口火となり、京阪地方に小恐慌を現出し、何鹿地方でもデマと憶測が乱れとんだ。 たまたま六月初旬、綾部、明瞭の両銀行の合併問題について大株主協議が行われ、つづいて株主総会でその問題が協議されることになっていた。明治三十三年下半期の「綾部銀行第三十六回営業報告書」(『丹波の話』より)を見ると、株主七百六十人、株数四千九百株、一株額面二十円、払込資本金九万八千円、未払込株金三万六千円。 一株所有の株式も多い。そして預金総額十万五千円に対し、貸出総額十九万七千四百六十円という不健全な経営状態であった。この大株主協議が、「綾部銀行が重役会議で解散決議」のデマとなり、六月十八日の取付け騒動の直接的原因となったのである。 取付けは、十八日、十九日の両日にわたったが、この結果、羽室、大槻一族などの資産家、門閥、顔役等が銀行の負債整理のため多くの私財を投げ出し、一夜にして没落する者が続出した。
「やっぱりのう、金はぬしがでにでけん。お筆先はほんまやった」 中村、田中善吉をはじめとして、金明霊学会の広前でも、当然この騒ぎが問題となる。信者は貧乏人が多かったから、直接の被害者は少なかった。ただ、発足当初の役員であった四方源之助は、かなり痛手を受けていた。源之助は、役員達の狂態にあきれて、次第に信仰から遠ざかっている頃であった。 地元財閥の没落を、役員信者達は「ものがあらくらにかわる」さまとして、確かにその眼で見た。まさに地位も、金も、名誉もはかないものに映じていた。「いよいよ型が出たでよ。大本は鏡じゃさかい、大本のある綾部であったことは、きっと世界にうつる。とうとう立替え立直しが来るわいな」 中村が力説すれば、誰もしんとした眼で頷いた。 ――世界へ善と悪とのかがみを出す大本であるぞよ。いままでは日本だけのことでありたが、これからは三千世界のかがみになる大本といたすぞよ。(明治三十三年旧九月十九日) 善悪ともに大本にあることは世界にうつり、世界にあることは大本にうつる。つまり大本は世界の雛型、世界の鏡である。そう筆先は繰返し説く。だからこそ、箸の転けたことから冠島、沓島、鞍馬山、元伊勢と度重なる出修にまで役員信者達は大きな意義を感じ、一喜一憂する。 四方平蔵も加わって、ものものしく一座を見回した。「みな、よう聞きなはれや。銀行の騒ぎは他人のことじゃと思うとったらあきまへんで。戦死した清吉さんの一時賜金が百五十円と百二十円、天朝さまから教祖さまのお手元に二回に分けて下賜されとった。それに年金が毎年三十円。『清吉の命と引きかえの金じゃさかい、家屋敷のはじまりの金にする』と言うて、大事に貯めといちゃった。その金の二百五十円が、この広間の購入代金三百八十円也の基金になったし、四方春蔵はんらが神憑りした『三人世の元』騒ぎの時は集まる信者達に米やら油を買うてくれちゃったわな。それでもまだ二百円だけ、銀行に入れてあったのじゃ。出雲出修の旅費にあててくださるつもりの金やでよ」 座は凍りついた。 ――元伊勢水の御用に続く出雲参拝、火の御用という大神業を目前に控えて、これはえらいことや。 蒼ざめた顔が、いっせいに平蔵に集まった。それを意識しつつ、さらにいかめしく肩肘はろうとしても取りつくろいようもない喜びが、平蔵の頬をゆるめる。「さて、一月ほど前のことじゃ。教祖さまがわしをお呼びになって、今日にも全額二百円を銀行から引き出してきてくれと頼んでんじゃな。わしは御無礼ながら言葉を返したでよ。『まだ出雲へ行くには一月近くござります。銀行の金というものは、一日でも寝かしておいた方が利子がついて得なし、それに二百円もの大金を手元に置いといたら危のうござす』と。それでも教祖さまはがんばっちゃったわな。『損も得もわたしにはわかりません。けれど、神さまのご命令じゃさかい、銀行から出して平蔵はんに預けますで……』わしは不満じゃったが、神さまの言うてんことや。その日に銀行から出して、誰にも言わんとかくしとった」 歓声があがった。「神さまはお見とおしや」「平蔵はん、よう出しといてくれちゃった」 中村竹吉は感激のあまり、筆先の一節を暗唱した。「いままでの世は、先の見えん世でありたなれど、世がかわりて金神の世になると、世界は一度に見えすくなり、先のこと、どうなる、こうなるということが見えるぞよ」
「天地がひっくり返るぞよ。上下へかえるぞよ。世は持ちきりにはいたさせんぞよ。明治三十四年で、さっぱり世の立替えになるぞよ。絶命ざ」 階段を踏み鳴らして、中村竹吉が降りてくる。声高に筆先を誦しつつ、「御免……」と世祢の部屋の襖を引きあけた。中村の大きな目玉が、熱っぽく無人の室内を眺め渡す。「小松林の悪神、早く往生いたさねばみせしめあるぞよ。小松林の上田の母親どの、筆先をいただいて一日も早く改心いたされよ」 言い放つなり、びしっと襖をしめて行ってしまった。 中村の大声は、隣室の居間で蒲団に入っていた鬼三郎の耳にも、井戸端で蕗の皮をむいていた世祢と君の耳にも筒抜けだった。「母さん、天地がひっくり返ったら、うち、どないなんのんええ……」十歳の君がこわごわ問いかける。「そんな阿呆なこと……あるかいさ」と、低く、怒りをこめて、世祢が返した。「そうやなあ。天地がひっくり返っても、そんな阿呆なことないなあ」 君の矛盾した言葉にも、世祢は笑わぬ。「けど、改心って、何のことやいさ、母さん」とまだおびえの残る目で、君が聞く。「お前は心配せんでも……」 言いかけて、世祢は蕗の灰汁に染まった指で、おくれ毛をかき上げた。 二人がむいているのは、昼前に澄と鬼三郎が須知山の谷間から刈りとって背負ってきた細い山蕗である。この頃の朝夕は、米の節約に山蕗をたくさん炊きこんだ粥であった。 穴太にいた時、「喜三やんは、養家を食いつぶして乞食になった」と、もっぱらの評判であった。今年に入って、宇能の死、火事と不幸続きの上田家に、その鬼三郎が従者を連れて帰ってきた。気が弱っていた世祢は、口ではさからいながらも鬼三郎にすがって故郷を捨て、夢中でここまでやってきた。 見ると聞くのとでは、ひどく違っていた。鬼三郎は乞食どころか、大きな屋敷に住み、大勢の人たちにとりまかれて先生と敬称されていた。しかしもっと意外であったのは、屑買いの気違い婆と穴太で蔑まれている出口直の不可解な力であった。 日ならずして、世祢は知らされた。ここは直の家、決して息子の家ではない。直が絶対の生神であり、筆先という直の書きものがすべてを律する別天地であった。会長、先生などはうわべの呼び名、息子は、義母直にも嫁の澄にも頭が上がらぬ婿養子だ。 この頃になって、世祢は、それ以上に奇妙な立場に追い込まれている鬼三郎に気づいていた。筆先を信じる役員信者の大半が、鬼三郎を悪神呼ばわりし、箸の上げ下ろしにまで不足を言いたてる。学問を馬鹿にして、鬼三郎の飯より好きな本はとり上げる。しかも、口を開けば改心、改心……。世祢には我慢がならなかった。 釣瓶の水で手を洗って、世祢は鬼三郎の寝ている部屋へ行った。夫婦で山ほど蕗を背負って来てから、鬼三郎は腰が痛むと蒲団にもぐりこんでいるのだ。 澄はいない。夫が病気の時、こまごまと世話をやくような嫁ではないと、世祢は見抜いていた。柔弱な辛気くさい男は嫌いとばかりに、澄は病床には寄りつかない。「うーん、うーん」と、鬼三郎はわざとらしく唸っていた。「喜三や……」 世祢が蒲団をまくった。「何や、母さんか」と、照れたように鬼三郎が起き直った。あわてて隠したつもりなのだろう、本が蒲団の下からはみ出している。 鬼三郎は折れた表紙をさも無念げに丁寧にのばし、「役員がうるさいんや」と、小声で弁解した。 少年時代から、俥引きや牛乳配達の道ですら本を手離さなかった鬼三郎を、世祢は知っている。百姓仕事や車力より学問に引かれる息子に、夫吉松の叱責は絶えなかった。貧しかったからだ。宇能も、世祢も、どれだけそのことを辛く思ってきたか知れぬ。三十歳にもなった今、向学の志の激しい鬼三郎が、しかも先生と呼ばれ、大本の世継の夫でありながら、なんで泥棒猫のように人目を盗んで本を読まねばならぬのか。「役員さんらが言うてやが、お前の親やさけ、うちは改心せんなんそうな。そんなに改心を迫られんならんほどの、どんな悪いことをお前はしたんやいな」 鬼三郎は笑って首を左右に振る。「喜三や、隠さんと言うていさ。お前には父さんもお祖母さんもおっちゃらへん、もう肉親で甘えられるのん、この母さんしかおらへんのえ」 涙ぐむ母をなだめる側に、鬼三郎はまわった。「改心とは、『己を省みよ』いうこっちゃ。あいつらは、わしが行いを省みて、筆先に逆らわず行儀ようしとったら世界の立替え立直しはたちまちできると思うてけつかる。この大本は世界の雛型、世界を映す鏡やさけ、わしについとるお筆先嫌いの小松林の悪神さえ往生させたら、悪は滅びて善一筋の世が来るちゅうわけや。三千世界の立替え立直しなど、途方ものうて、何してよいやらわからんけど、あいつらの手に合う雛型の立替えなら、目の前にぶら下がっとる。つまりわしをいじめることや。わしの肉体には御用があるさけ、ここに据え置いといて、小松林の霊魂だけは追い出せちゅうわけや。阿呆らしい話やけど、あいつらかて、わしが憎うてやるんやない。根が純で一本気やさけ、筆先の取り違えに気がつかんだけや。三千世界の立替え立直しには、矛盾するようなが、その情熱がいる」「そんな……これだけ悪や悪やと阿呆にされて、お前はまだあの人らを……喜三」 世祢の目が、強く光った。「うちは、人質やそうえ。お前がよそへ逃げて行かへんように神さんが人質にとらはったと、あの人らが言うてはったえ。うちらがここに来たために、お前の足手まといになって、それでお前が耐えているなら……」「母さんのためやないわい、わしのためじゃ」 腹立たしげに鬼三郎は言いきり、声を落とした。「わしは、あいつらみたいに、ねっから筆先を信じ切ることがでけんのや。筆先が教祖さんの頭の産物やないことだけは、確かやと思うとる。けど、書かせなはる神さんが、正か邪か……」 苦しげに仰向く鬼三郎の額には、じっとり脂汗が浮かんでいた。心の苦悩がそのまま体ににじみ出るのか、無性に腰がうずく。痛みは芝居ばかりではなかった。思えば少年期、青年期にかけて、さんざ痛めつけた難物の腰であった。 世祢がさすってやりながら、口惜しげにつぶやく。「お前はあの人らとは違うのやで。こんな無学もんの寄り合いのなかで、迷わんならんようなお前やないはずや。情けない、お前がどういうお方の子か」「母さん」と、鋭く鬼三郎がさえぎった。今、それを持ち出す母が、うとましかった。恥辱に似た思いに、背筋が寒くなった。過去の束の間の夢が、年と共に世祢の誇りを高ぶらせているのか。世祢の無意識に叫ぶ『あの人』らの中に、もし直が入っているなら……それは違う。 世祢と直。同じ母ながら、何という開きであろう。筆先への疑惑はのけて、鬼三郎は、はるかに高く直を仰いでいる。己れを捨て、欲を捨て去って、神の手足となりきる直を。一身一家、ひいては一族の利欲の他に思いを及ぼすことも知らぬ世祢とは比較にならない。神業に仕うる者の母が神を知らねば困るから、火事は世祢を綾部に引き寄せるための神の仕組みといってのけた直の心が、今さら身にしみる思いであった。 それでいて、鬼三郎には、母の胸のうちが手にとるように分っていた。何といっても家付き娘の母。宇能は実母であったし、気短かで癇癪持ちの夫吉松ですら、妻には手荒い言葉一つ浴びせずに死んだ。 直がどんなにやさしくかばってくれようとも、ここは世祢が気がねなしに寸刻も住める家ではないのだ。出口家の養子の鬼三郎でさえ、育ち盛りの妹君が健啖に食うのを役員たちに気がねして、ひそかに身の縮む思いで眺める。母はいっそう辛かろう。母の天下であった住み慣れた家はもうないのだ。年老いて初めて知る気苦労に、目のあたりをくぼませた母が、妹が、哀れでならなかった。それが母たちの修行とはいえ、養子の辛さを、この時になって鬼三郎は思い知った。「母さん、今度の出雲参拝は、わし、止めとくわ」と、思いもかけず口走っていた。「そうしていさ。どうせ、この腰では無理やわいさ。遠い遠い旅やそうなし」 ほうっと、暗雲が晴れたような世祢の顔色だった。いつ帰れるやらもわからぬ神示のままの旅に立たれたあとの心細さを、世祢は憂えていたのだろう。それに今度の出修では、中村竹吉と四方与平が神さまのお給仕役に残される。中村が鬼三郎の留守を幸い、母に改心をせまるのは目に見えていた。鬼三郎も心が重かったのだ。 ……そうや、出雲参拝を断わる理由はある。神経痛をたてに、不参加を申し出たれ。 元伊勢の時には参加することに情熱をすら覚えた鬼三郎が、役員信者たちに「立替え近し」と錯覚させる一連の筆先に引っ掛かっていた。一つ引っ掛かれば、迷いは次々雲のように広がってくる。 この旅さえ終わればすぐにも立替えが来ると熱にうかされている狂信者どもと一緒に、痛む足腰を引きずっての長旅は億劫であった。その時間と精力があれば、留守の間に学びたいことが山ほどあるのだ。まず筆先にじっくりとり組んで、その真偽を確かめたい。自分に納得のいく決着をつけねば、苦しくてやりきれぬ。「まだ若いのに、いけませんなあ。大事な体やで、養生しとくれなはれ。それでも出雲参拝だけは、『一家揃って行け』という神さまのお示しですさかい、腰の痛みなど心配はいりませんで」 鬼三郎の不参加申し出に、あっさりと直はいった。神命である以上、どんな理由であれ、行かぬはずはないと気にもとめぬ風であった。 鬼三郎は意地になった。 ……神さまのお示しであろうが、なかろうが、行くのはこの鬼三郎の肉体じゃ。行かぬというたら、わしは金輪際行かぬわい。 鬼三郎は寝たきりになった。「やれやれ、会長はんの我が折れんさかい、この大切な立替えの時に神経痛やと……」「この出修が無事すめば何もかも神界の因縁がわかるげなが、今から落伍しとっちゃっては、あとが思いやられるわいな」 役員たちは、ここぞと説教にくる。「神さんが何とかしてくれてやろ。心配いらんげなでよ」 直の言うことを鵜呑みに、澄は平然たるものであった。
表題:朝陽の夢 7巻7章朝陽の夢



 田植えも上がって、若い稲苗が一面風になびいていた。山つつじが新緑の間を紅色にぬい、由良川べりにはあやめが紫紺を匂わしている。 明治三十四年七月一日(旧五月一六日)、いよいよ出雲出発の当日は早朝から小雨が降りこめていた。人々が忙しく出入りして、興奮が龍門館を押し包んでいる。とり残された鬼三郎は、床の中でいら立っていた。旅立ちの支度を整えたらしい澄が、隣室で談笑している。腹立たしかった。 ――あいつ、のぼせ上がって、病気の亭主の存在も忘れていやがる。「うーん、えらいわーい、苦しいわーい」 いやがらせに大声で唸ってみても、手応えはない。見送りの人々も集まってきたらしく、表はざわめき立っていた。 襖が開いて、旅姿の木下慶太郎と村上房之助が入ってきた。「会長はん、なに呑気にしとってんじゃいな。もう出発やでよ」「知っとるわい。道中無事にのう。綾部の空から祈っとるぞ。教祖さんのことを頼んだで。けどお澄は挨拶にも来よらんのかいな」「お澄さんは表で待っとってですわな。支度は上々、あとは先生の体だけあればよいわな」 木下と村上が、両側から鬼三郎をぐいと抱き起こす。虚をつかれて、鬼三郎ははっとした。「い、痛いわい。無茶すない。まさかわしを出雲へ連れて行くつもりやないやろ。この通りや、一歩も歩けるけい」 留守隊長の中村竹吉が出てきて、にやりと笑った。「心配ないない。そのためにちゃんと用意してあるのや。ほれ、見てくだはれ」 屈強な若者たちが鬼三郎をかつぎ上げて、表に走り出た。「喜三……」と、世祢が叫びながら追ってくる。 表は直をはじめ、旅ごしらえも万全な面々、さらにそれを見送る家族や信者たちでいっぱいだ。そして門前に置かれたガタガタの古い人力車に、鬼三郎の体は放り込まれた。人力車は鉄輪が歪んで分解寸前。「なんじゃい、このぼろ俥は……」 出走前の競走馬みたいにいきり立っている義兄福島寅之助が、梶棒を握って答えた。「長年古物商しとる中村はんが、苦労して人力車の古物捜してくれはったんや。だいぶガタはきとるけど、十分磨いといたで。わしの俥夫の足なら本職やさけ、信用して乗ったりいな」「お前の足はどうでも、わしは平蔵の二の舞いしとうはないわい」 ――このぼろ俥で山坂道を走られたら、殺されてしまう。よくいって駿河帰りの平蔵の時みたいに、道路に足腰叩きつけられるのは必定や。こいつら、わしが行かぬといえば、首に縄をつけてでも引きずって行くやろ。なんちゅう強引な鬼門の祟り神さんや。 澄が、後から浅黄の裃を着せかける。木下が晒の脚絆に紙巻き草履を、福林が茣蓙蓑と笠を。たちまち鬼三郎の旅装束が出来上った。 観念して、鬼三郎は人力車からとび降りた。「あ、治った。どうやいな、ぴたりと痛みが止まったわいな。畜生、わしは歩いて行くぞ」 わっと歓声と拍手がわき起こった。彼らの目には、まさに瑞祥とうつった。人の気も知らず、澄が涼しい顔で、「ほんまに神さまの言うちゃった通りや。心配いらなんだなあ」という。 覚悟が決まるや、鬼三郎はしゃんとなった。痛みが止まったのも事実だった。「母さん、すまんが、わしの結婚式の時の首飾り、とってきていな」 大声で世祢にどなった。親子水入らずの留守番を楽しみにしていたであろう、実母を裏切るうしろめたさがあった。 勾玉と鏡のついた首飾りを、鬼三郎は弟幸吉の頚にかけた。勾玉は、タマ即ち霊魂しろである。自分の守護神小松林命の眷属である松岡天狗を、道中時に応じて呼び寄せるためである。それと共に、呑気ものの河原林天狗に幸吉を占領されまいとの、鬼三郎の配慮だった。「道案内には松岡はんについてきてもらうで。お前は一行の先頭を歩けよ」と幸吉に言い、それから、妹君の頭をなでる。「お土産買うてくるさけ、母さんと、おとなしゅう待っとんな。行ってくるで」
 一行十五名。出口直、上田鬼三郎、澄、四方平蔵、福島寅之助、木下慶太郎、上田幸吉、四方藤太郎、野崎宗長、福林安之助、杉浦万吉、内藤半吾、四方甚之丞、輸送係村上房之助、会計係竹原房太郎。例によって茣蓙蓑、笠、晒の脚絆、紙巻草履の旅支度に、今回は特に揃いの十曜の神紋つき浅黄の裃を着用した。 いよいよ百里の旅の出発だ。先頭は終始六十六歳の直と勾玉をつけた二十三歳の幸吉が並んで歩いた。 福知山蛇ヶ端の料亭にて昼食、信徒多数の出迎えを受け、その夜は福知山市竜原の大勝旅館で一泊。宿泊料一人三十五銭計五円二十五銭也を会計の竹原が支払い、記録する。 二日、上川口を過ぎ、夜久野で昼食。これからの長い道中の昼食は、決まって前夜の宿で作らせた弁当だ。梅干しと紫蘇入りの胡麻ふり三角にぎり三つ、沢庵三切れ。茶店で、直を中心に竹の皮包みを開く。床几からあふれた者は、谷川のほとりや木蔭で景色を眺めつつ食べた。 梁瀬、和田山を越え、兵庫県養父郡堀畑で宿泊。宿泊料一人二十四銭計三円六十銭。 三日、八鹿に出て但馬街道に進み、高柳大字八木にて昼食。関宮を経た頃、二十歳前後の美しい旅の女が一行の脇に寄りそってきた。女は裃が珍しいのか、鬼三郎に話しかけてきた。「私は親も兄弟もなくして一人ぼっちの身、身内の菩提をとむらいに三十三間堂へ参ります。独り旅は心細うてなりまへんのや、連れになっとくれやすな」「三十三間堂なら京都やろ。わしらは出雲へ行くのや。残念ながら東と西で、あべこべやで」 女はそれでも離れず、しんがりに少しおくれてついて来た。縞の粋な着物の裾を高くからげ、赤い湯巻きをのぞかせて、旅慣れた姿である。 きっと「三十三間堂へ参ってきた」という聞き違えやろうと、男たちは善意に解釈した。気になってちらちら振り返ったが、悪い気はしなかった。女に甘い四方甚之丞と村上房之助は、歩調も乱れておくれ勝ち、頭は女のことでいっぱいなのであろう。 直は鬼三郎を呼んで伝えた。「あれはただの女やありませんで。みなに用心するよう伝えとくれなはれ」「へえー、あの女の人が……」と澄が珍しそうに振り返り、直にたしなめられた。 その夜は但馬の村岡町に宿泊した。女も当然のように同じ宿に入る。鬼三郎は宿の女中に頼んで、女の部屋を離れた所にとらせた。男たちがこっそりのぞきに行き、「あの女、二本も晩酌しとるでよ」、「けど、悪い女とは思えんで」などと、噂でもちきり。 寝る時は、直の言いつけで八畳の部屋に十畳の大きな蚊帳を吊り、十五人が重なり合うように寝た。翌朝、女の姿はなかった。「今度の旅は大事な神さまの御用です。その旅を荒らされてあの女にとり返しのつかぬ罪を作らしたらかわいそうなさかい、狭くても一つの蚊帳で寝てもらいましたのですわな」と、直がいった。 天狗のついた上田幸吉が怒鳴った。「そうや、掏摸、掏摸」 村上と四方甚之丞がうつむいた。「お前ら、あの女の部屋へ抜けてったな」と、あとで鬼三郎が問いつめた。 二人の告白によると、「淋しいから、夜、遊びに来て」と女に誘われ、一同が熟睡するのを待って部屋へ行った。女はいなかった。風呂かと思い、足音を忍ばせて脱衣室に向かった。この宿の風呂と脱衣場は少し離れていて、着物を脱ぐと、下駄をつっかけ、土間の向こうの浴室まで下帯一つで行かねばならぬ。 折しも湯殿を開けて、白い人影がゆっくりと夜気を楽しむように現われた。脱衣室前の洋燈が桜色に火照る女の裸身を浮き上がらせる。女は凝視する二人の若い男に気づいてとっさに脇を組み、つやっぽく睨んだ。前も胸も生まれたままの姿でいながら、腕だけを手拭いで隠す。その手拭いでも隠しきれず、朱と青の龍らしい刺青がはみ出している。唇は誘うように微笑んだ。二人はぞっとして部屋へ戻り、蚊帳へもぐりこんだ。「もし女の部屋へ行っとってみい。今頃は天罰覿面、何もかもすっからかんの赤裸にされとったのう」 宿料一人二十五銭計三円七十五銭也。 四日、春来峠を越え、三方郡湯村にて昼食、蒲生峠を喘ぎ喘ぎ上がり下りし、因幡国岩井村の岩井温泉駒屋旅館にて宿泊。直、澄、鬼三郎、幸吉、そして一行の多くが温泉地は初めてであった。 一休みして鬼三郎は浴場に降りて行く。すでに四方平蔵、福島寅之助、野崎宗長、竹原房太郎らが湯につかってご機嫌である。板の流しにあぐらをかいた湯治客たちが、小さな柄杓で湯を叩き叩き拍子をとって湯かむり唄をうたっては、時々、柄杓で頭から湯を浴びている。 幸吉が入ってきて、ざんぶり湯につかった。しばらく湯かむり唄に聞き惚れていたが、やがて調子を合わせて唄い出した。湯治客の一人が、歌詞を直ちにのみ込んで歌い出す幸吉に感心して、傍の竹原房太郎に囁いた。「何と記憶力はよし、声はよし、まだお若いのに気の毒なお方ですなあ」「へえ?」「あれで眼さえあいとったら、男前でっしゃろに……」 なるほど、幸吉は入ってきた時から眼はつぶりっぱなしなのだ。 ――ははあ、河原林さんもついて来ちゃった。どおりで陽気な声張り上げとってじゃわい。 竹原は気がついて、説明した。「あの男なら眼が見えんのと違います。ちゃんと見えてますで。けど眼をつぶったなりでも不自由ありまへんのや。千里先でも見えますわな」「そんなよいかげんなこと、あんたはん……へへへ」 冗談ととったのか、客は笑ってまた唄い出した。やれやれ始まる始まる始めた所は/因州因幡の岩井の温泉湯かむり唄だよ/おぼえてごろうじ退屈知らずに入浴ができます/三つに四つは五つでも六つ七つな八つは初めのおとよだ/やれやれ初めのおとよだ/恩志高山まわれば岩井だ/お湯の効能は四百四つの病はもとより恋の病によう効きますぞえ 幸吉につられて、平蔵も寅之助も野崎も唄った。田舎者ばかりのなかで、都会人らしい洗練された容姿と知識の持主の野崎宗長が、ひとしなみの裸で湯を叩いている。 鬼三郎は舌打ちした――幸吉が勾玉をはずし裸になった隙に、河原林が入りこみやがった。しゃない奴ちゃ。 河原林は、鬼三郎に陽気に話しかける。「やあ、お邪魔します。わしは湯が好き、唄が好き、旅が好き……」「結構、結構……けど、道中はあんまり遊ばんといてくだされや」と幸吉の肩を叩きながら、鬼三郎は念を押した。 長湯して床についてみて驚いた。ここ何年うっとうしかった腰が、嘘のように軽い。湯かむり唄ではないが、温泉の効能を初めて体験、喜びのあまり鬼三郎は夜更けの宿の外に出た。跳んだりはねたりしたかった。できればもう一日滞在して根治させたいが、わがままは許されぬ。 星のまたたく空を見上げると、ふと動く影を見た。影は宿の屋根の上にすいと立つ。いや、目を凝らして見れば、影は逆さまだ。「お、おい、幸吉。いや、河原林はん、冗談やない、降りるんや」 声を忍ばせて必死に呼ぶ。黒い鳥のように地に舞い降りた幸吉を、鬼三郎は叱りつけた。「忍者かねずみ小僧にでも間違えられたら、宿中大騒ぎになるわい。旅は辛いんや。河原林はん、夜は幸吉の体を休ましたっとくれやす」「いや、すまん。明日の天気ぐあいをちょっと。やれやれ、雨やのう」 河原林は、幸吉の肉体をあやつって、あっさり宿に帰る。宿料一人三十銭計四円五十銭也。 五日、雨。出発が遅かったので、旅程は短い。鳥取県米村字平方で昼食。雨足が激しく、その夜はそこに一泊。宿料一人三十五銭計五円二十五銭也。 六日、鳥取市川端二丁目の大社分院に参拝。茶町、鋳物町をへて、千代川を泥船で下った。泥船は、当事、千代川を利用して泥を運搬した底の広い船で、むしろを敷くと十五名から二十名は乗れた。 ほどなく、当時山陰一の漁港賀露に着き、舟問屋雲津屋で昼食。賀露から帆前船で出帆する明日の便を待って、泊まることにした。美保関まで海路をとるつもりだ。 雲津屋は北海道との貿易を主とする大きな舟問屋で、賀露神社のある丘を背に、狭い道に添った細長い二階家であった。賀露でこれだけの人数の泊まれる宿は、ここしかなかった。 午後三時頃、幸吉の先導で賀露神社(祭神・木の花咲耶姫)に参拝。潮風にさらされた、枝ぶりのおもしろい松林の境内を逍遥した。一行は砂丘の上に立ち、海猫の舞い遊ぶ海の眺めに見惚れる。この旅で初めて海を見る幸吉は、自分の肉眼を開いて、息ぐるしいほどの海への憧れを満たしていた。 八字髭をはやした、恰幅のよい軍人が、二人の従者を残して近づき、一行の中の鬼三郎に気さくに語りかけてきた。「あのお婆さん、どことなく変わったお方じゃが、どこん人ごわすか」 鬼三郎はこの軍人に激しい霊光を見て取り、只者でないと看破した。「あなたは、どなたはんです?」 鬼三郎が聞き返す。「これは失敬。わしは海軍の伊東祐亨でごわす」「ああ、伊東大将……」 鬼三郎は自己紹介し、出口直について説明した。伊東(五十九歳)は意外そうな顔になった。「そういえば、舞鶴辺で聞いたことがごわす。綾部に変わった神憑りの婆さんがおいやったとか。狸婆さんというちょった人もおいやしたが……」 鬼三郎は苦笑した。「狸つきに見えますかい」「見えもさん。実は、あまり品のよかお婆さんで、ちょっと声をかけてみたかったとごわす。なるほど、あのお年で日本海の荒海を越え、冠島、沓島へお渡りなされた気概もよく分かります」「そんなことまで聞えてましたかいな」 鬼三郎は直を引き合わせた。直は臆せぬ眼で伊東を見上げた。「お国のために、あんたはん、まだまだご苦労にならねばなりませんなあ」 伊東は、男らしい顔を引き締めた。「日本とロシアは、ほんとうに戦をしもすか」「神さまがそういうとってですわな。世界は今が三番叟(物事のはじめ)、世界の大もうは、これから初段が開けていきますげな。露国との戦いは日本の勝ち。清国から始まりてもう一戦、あとは世界の大たたかい、どうなりますか。とことん大峠を越えねばなりませんで」 直の予言がかなり衝撃であったらしい。鋭い瞳を海にそそいで、八字髭を潮風にそらした。 直はまた言った。「明日からしばらく海が荒れます。船は出んかも知れませんなあ」 伊東が一礼して広い背を見せ立ち去ると、澄が待ちかねて鬼三郎に訊いた。「あの人、誰じゃいな、偉そうな軍人さんですなあ」「伊東祐亨海軍大将。薩摩の人や。日本海軍ができた頃の中心人物じゃ。日清戦争の時はまだ中将でのう、連合艦隊司令長官になって黄海海戦から威海衛攻撃までの全戦闘を指揮して偉功を立てはった。特に威海衛攻撃では、終始義をもって敵将丁汝昌に対し、世界の心ある人たちに『これこそ日本武士道や』と叫ばせたもんや。伊東中将が丁汝昌に与えた勧降書など、実に条理を尽くしたものやった。日清戦争の戦功で海軍大将にならはったけど、いずれは元帥にまでなるお人やろ」「なんでそんな偉い人が、こんなとこを散歩しとってんでっしゃろ」「日本海の沿岸視察やろ。伊東大将の頭には、露国の艦隊が日本海に攻め寄せて来た時の戦略が渦巻いとったこっちゃろ」「清吉兄さんが生きとっちゃったら……」 澄の嘆声に実感がこもる。福島寅之助が横から引き取っていった。「ああ、清吉なら、きっとお国のために、伊東大将に負けん立派な働きをしとったにきまっとるわい」 直の白い頬がかすかに動揺して、海に向いた。生きているのか、死んだのか……清吉を恋うる思いが、激しく直の胸を吹き上げているのだろう。 悲しみは鬼三郎の心をもつかんでいた。連合艦隊司令長官としての伊東中将に命を下し、艦隊を動かしていた者は誰だ。大本営陸海参謀総長宮としての、もうこの世にはいない鬼三郎の実の父ではなかったか。鬼三郎の見知らぬ父を、あの人は見たのだ。声を聞き、心にも触れたにちがいない。 追って行って問い糺したい衝動に耐えながら、鬼三郎は青い波のうねりに見入った。 宿の夕食が終った頃、番頭が入ってきた。「お客さん、うちに海軍の伊東閣下がお泊まりですわいなあ。知っとんなさるや」「ほう、伊東大将もこの宿か」 鬼三郎は、思わず声をはずませた。「閣下が、ここのお婆さんにお話を聞かせてもらいたい言いよられましたで」 番頭はどうにも解せぬのか、眼を丸くしていい足した。「出口直さんですなあ、あのお人は……」「伊東大将には、わしももう一度会いたかったんや。教祖はん、どうでっしゃろ」 鬼三郎が意向を問うと、直は口元をほころばせた。「神さまのお引き合わせですなあ」 やがて番頭に案内され、宿の浴衣に着替えた伊東が入ってきて、直と対座した。直は静かに大本について語り、神の経綸を説いた。伊東は余計な質問をさしはさまず、膝に手を置いたまま、瞑目して聞いた。 語り終って、直は伊東に一枚の筆先を与えた。伊東は筆先を手にして、じっと考えこんでいた。直の話を理解したのか、筆先をどう感じとったのか、伊東の胸中はわからぬ。静かに時が流れ、潮騒だけが耳に響く。やがて、伊東は顔を上げた。「どうか、み国のために御活動を願いもす。お邪魔しもした」 目礼すると、軍人らしいきびきびした態度で立ち上がった。 鬼三郎は、廊下のはずれまで従って出た。「黄海大海戦の時の参謀総長宮が戦い半ばで薨ぜられたのは、いかにも御無念でございましたなあ」 さりげない鬼三郎の言葉に、伊東は足を止めた。「二十八年三月、私が軍艦松島で宇品に帰りもした時は、参謀総長宮熾仁親王殿下はもうおられもさんじゃった。威海衛の勝利もとうとうお聞きになりもさんじゃったが……しかし、御英霊はこれからも見守り給うと信じとりもす」「宮は……熾仁親王殿下は、どんなお方でした」 思わぬ立ち入った質問に、伊東は光る眼を返した。「武人としても、文人としても、どちらにもすぐれたお方じゃったと思いもす」 簡潔な一言。それ以上押して聞くすべもなかった。 伊東を見送った後、潮風の中にしばしたたずんで、鬼三郎は一人感傷を洗い落とした。部屋に戻った時、直は先ほどの座を動かず、行燈の灯に見入っていた。「いずれ海軍の軍人さん方が、大本の教えを乞いにたくさん参られる日もござりますで」と、直は、遠い目をした。 七日、西北の風が強く、海は荒れて船は出なかった。いや、船が出ても出発は無理だった。前夜に食べた烏賊の中毒で何名かが激しく嘔吐し、苦しんだ。烏賊は、丹波の山奥しか知らぬ若い者には珍味であった。食い慣れぬ物には弱かったのか。鬼三郎の鎮魂でかなり楽になったが、衰弱はひどかった。 伊東大将は早朝に陸路どこともなく旅立っていたし、この日一日は病人のために過ごした。食事ごとの烏賊と鰯に、腹の丈夫な者さえ苦しんだ。 夏の短夜は寝つきにくい。   海鳥の声かしましく加露ヶ浜       あしたをなきて波の音高し 次々と湧いてくる歌を誦しながら、鬼三郎はうとうとした。 七月八日の明け方である。鬼三郎と澄は無辺の原野に立っていた。と、東の空から大きな太陽、あるいはその光芒の白く穏やかなので満月かも知れぬが、それが昇りつつ二人の方へ近づき、ふいに角度を下げて澄の腹中へ吸い込まれる。はっと目覚めると、障子に朝の光がほのぼのと映えている。「けったいな夢を見ましたで……」 賀露神社への朝拝の道すがら、鬼三郎は直にその夢を語った。「神夢ですなあ。お前もいよいよ……」 直は晴れやかに澄を見返る。「いよいよって何ですいな。お母さん」 直は笑って答えぬ。神前での直の祈願はいつもより長かった。 依然として海は荒れ狂い、出航できぬ。中毒を起こした者も、まだ徒歩での旅は無理であった。 幸吉の体に松岡、河原林の両天狗が連れでかかってきて、言い争いを始めた。松岡は陸路を、讃岐の金比羅さんの守護を頼む河原林は海路を、それぞれ主張して譲らぬ。直は笑って、「これもお仕組みでしょう。お二人に任せてください」と、鬼三郎にいった。争論は明朝の天候を見るまでお預け。 九日、余波は高くてやはり船は出ぬとのこと。陸路に決した。直は旅ごしらえも凛々しく、真っ先に宿を発つ。雲津屋での三泊四日の宿料一人二十五銭計十一円二十五銭也。「さあ、お土を踏んで行きましょう」 直のかけ声にこたえて、一行は急ぎ足となった。磯辺の松原続きの道を西へ西へ。因幡の白兎の伝説を残す漁村を過ぎ、鳥取県気高郡浜村で昼食、橋津字梅原にて宿泊。ここでも烏賊と鰯。しきりに野菜が恋われる。宿料一人二十八銭計四円二十銭。 十日、橋津から小舟を傭い乗り込む。海はようやく凪模様、追い風に帆をはらんで、船足は早い。船中で昼食。凪とはいえども、洋々たる日本海の荒波に小舟はもまれる。船酔いに伏す者が続出した。黄昏れる頃、美保関に着く。船賃一人五十銭計七円五十銭也。 美保関港には帆柱が林立し、船人達の憩いの港らしく管弦の音しきりである。一同、美保関神社(祭神、言代主神)に参拝、今度は小蒸気船に乗った。境港を左に見て中の海に入り、宍道湖に通ずる大橋川をさかのぼって、松江大橋東桟橋に到着。船賃一人二十銭計三円也。対岸の大橋旅館で宿泊、宿泊料二十八銭計四円二十銭也。

表題:出雲火の御用 7巻8章出雲火の御用



 七月十一日、松江大橋西桟橋より小蒸気船松島丸にて出航。橋畔の柳の枝が潮風に揺れ、燕がとびかう。松江千鳥城や嫁ヶ島の風景をめでる。 船上から、直は梅の杖で宍道湖の北岸あたりを指した。「このまわりは、神さまがお仕組みされていますで」 北岸に沿い、秋鹿・小境と停泊して、宍道湖を抜け、堀川を上がる。このあたり、築地松をめぐらした家が点在する。平田で下船した。船賃計二円六十二銭五厘也。「お客さん、平田名物生姜糖を買ってごしない」 勤倹な直がお支度所の女に呼びかけられて、雲州平田名物来間屋の生姜糖一枚を珍しく買い入れる。寛永十一(一六三四)年、来間屋文左衛門の発明せし物という。 鬼三郎も母と君、雪を思い出して、なけなしの銭をはたいた。「お姐さん、大社まで何里あるやろ」「はあ、大社まで四里ほどですけん、そろそろ行かしゃっても夕方小早に着かれますわな。それではお大事に、だんだん、だんだん」 どうやら「だんだん」はお礼の言葉らしいと気づくまでに、ちょっと間があった。他国へ来たの感が深い。しかし土地訛は好もしく、旅情をそそった。 斐伊川の堤を通り、鳶巣に来る。堤に面して三軒の茶屋があった。端の藁葺きの一番粗末な茶屋を選んで昼食をした。これらの茶店は、だんご(売春)宿もかねているらしい。茶店の主人は中島熊八、自分の店が一番古いと誇る。 鬼三郎が茶屋脇にある古いお堂に手を合わせ、三尺ほどの地蔵の珍しい座像に見入った。「ほう、よう知っとらんさらーやー。お客さん、この板箕堂のわけを……」「いや、由来があったら聞かせてください」 鬼三郎の言葉に、話し好きらしい主人が乗り出してきた。 この斐伊川(延長八十八キロ)の本流は、昔は出雲市の武志から西北に日本海にそそいでいたもの。ところが、寛永十六(一六三九)年五月の大洪水で本流が流れを変え、宍道湖にそそぎ始めた。以後、河道を変えること五回、大雨の降るごとに、湖畔は恐ろしい氾濫に悩まされた。数多く分かれた河口を、ある時は大社湾に、ある時は宍道湖にと、東西に振り向ける。一度怒れば鎌首をもたげ、鉄分を含む赤褐色の砂水を血潮のごとく奔流させつつ、人も家も稲田をも呑み尽す。「まるで出雲神話に出てくる八岐の大蛇そのままですわ。川が宍道湖へ流れるようになってからまんだ間がございませんだけん、めじ(水)が出ると、えつもこの辺の土堤が切れましてね。それで殿さんが人柱を立てにゃあいけんと命令した」「へえー、人柱いうたら、生きながら人埋めることだっしゃろ」と、村上が口を出す。「だけえ、何月何日辰の上刻にここを一番に通った者を人身御供にするときめられました。そげしちょるところへ、西から板箕売りがひょこひょこやって来てつかまえられて、かわいそうに人柱に埋められたてえ話でございますがね。その板箕売りが祀られてこの川守っちょるので、板箕堂というわけですわ。『一杯茶はげんが悪い』と昔から出雲では言いますが、この板箕売りが、朝とう(早く)ね平田へ出んならんで、茶を一杯そこそこに飲んでこの災難に会った。もちとおちらと(ゆっくり)して二杯も三杯も飲んでから出かけりゃ、人柱にされでもよかったらね。と、こういうわけでござりますけん、ここでは一杯茶でなしに何杯でもようございますけん、そろそろ上がってごしなさいませよ」 時代も治政者もわからぬはなはだ漠然とした伝説なのだが、川一つの氾濫さえ、いまだに県政の深刻な悩みになっているという。 ――三千世界の立替え立直しの大望がただ一人の人柱で成ることくらいなら……直を始め、勇んで艮の金神のために命を投げ出す面々はいよう。が、人柱ではすまぬむずかしさ、命のかぎりを生き、この世を見きわめ、わしは正と邪とを立てわけてゆかねばならぬ。 息苦しい思いに地蔵堂を出た。高浜、遥堪と松林の丘を縫って歩く。青い稲田には海猫がドジョウやタニシを求めて群をなし、白鷺が舞い立つ出雲路は、のどかな田園風景であった。いつか小雨になっていた。 一行は、夕方、杵築(大社の古名)の宇迦橋のたもと、出雲大社の大鳥居を眼をみはってくぐる。高さ二十五メートル、日本一だ。鳥居に掲げられた神額だけでも畳六畳分あるという。 砂丘の町を登りつめ、長い松原の参道を行くこと数町、出雲大社境内の正面に入ると拝殿。向拝にかかる米俵よりはるかに太い注連縄の威容。拝し終わって、一行は八足門を通り、楼門に達する。その奥に雲にもわけ入る千木の聳え立つ豪壮な本殿。本殿を抱く禁足地の八重山、左右に鶴山、亀山。憧憬の国、出雲であった。 緑深い八重山を拝して、鬼三郎は素盞嗚尊の出雲神歌を奏上。   八雲立つ出雲八重垣妻ごみに       八重垣つくるその八重垣を 詠いつつ、八年前の園部で岡田惟平翁と交わした約束を、再び熱く心に誓う思いであった。 宿の客引きが泊まりをすすめる。客引きに連れられて、素鵞川にかかる小橋を渡り、千家宮司の門前横の宿「宮亀」に着く。「はい、お客さん、十五人さまだぁ。足の湯を頼んますよ」「はーい」 威勢の良い客引きの声に、女たちが走り出てきて、宿はひとしきり騒然となった。二階の部屋に落ち着いた時、山河を越えてようやく辿り着いた感慨は深かった。
 七月十二日、「宮亀」主人の佐藤亀之助(二十七歳)を介して、大社教本院に参拝手続きをとった。拝殿で神楽を見、禰宜に導かれて八足門内で拝礼。直の真剣な長い祈願の間、一同はひたすら平伏する。 神官の案内で社殿、境内を回り、大社の由来、鎮火殿の消えずの火などの説明を聞く。出雲 国造 代替りの火継式には、熊野神社鎮火殿で新しい火燧臼、火燧杵によって神火を鑽り出す。この火は国造館内の斎火殿にてきびしく守られ、国造は終生、その神火で煮たきした物を食する。残りは家族にすら口にさせず、捨て去る習慣という。 宿に帰って、直は佐藤亀之助に、神火と御饌井の水と瑞垣内社殿下の土を下附してもらえるよう、交渉を依頼した。義父が今年の春帰幽して家督を継いだばかりの亀之助は、若年ながら大社の役職を持っていたのだ。しかし交渉は難航した。「無理でございますなあ。なんといいましても神代の昔、天穂日命さまから引き継がれた代々消えずの火でございますけん、いまだよそさんにお渡ししたためしはまったくございません」 弱りきっている亀之助に、直は厳として言った。「神界からお許しをいただいて参っております。御苦労でございますけど、もう一度お取次ぎ願いますで」 結局、かなりのお玉串料を捧げて、ようやく下附の許可を得た。しかし鬼三郎は、手にするまでは信じられぬ思いであった。 この夜も「宮亀」で宿泊。宿料二日分で九円七十四銭。 十三日、期待に胸はずませて早朝より出雲大社に参拝、ついに主たる目的の消えずの火を得た。桧皮製の火縄三本に点火された火は、静かにくすぶっている。鬼三郎が一本を捧持、他の二本を役員がこわごわ受け持った。御饌井の清水は竹筒に入れ、瑞垣内の土は晒の袋に入れて神官から渡された。御饌井は大神の御饌(神に供進する食物)を炊く用水であるため、特に古伝新嘗祭の前後、つまり十一月十七日と十二月二十五日の両度、国造親祭の御饌井祭が執行されるという。 火、水、土の三種の神宝を捧げて、心もすがすがしく一行は稲佐浜に立った。 この杵築の稲佐浜を、鬼三郎は古事記の世界で知っている。ここは国譲り神話の生きている地、力によって国譲りさせられた国津神系の神々の悲哀が胸にしみる。渚に寄せては返す波頭は白く砕けて、いにしえの神代のさまを語っている。 沖には、大阪商船の松江丸が煙を吐いて碇泊していた。渡舟で松江丸に乗り移る。 鋭い汽笛。遥かに望む三瓶山の峰が遠のいていく。海猫の舞い遊ぶ日御碕海岸の奇勝、東洋一高いという日御碕の白い灯台を右手に、この航路四十浬は島根半島に沿ってめぐる。遠くかすかに隠岐島。松江丸には、美保関に渡る多くの兵士たちが同船していた。 三本の火縄の神火は船中に天井からつるし、交替で見守った。鬼三郎と澄は甲板に並び立って、やわらかに霞む島根半島に名残りを惜しんだ。「国来、国来……」と、鬼三郎は海に向って叫ぶ。 汐風と波のしぶきにさからって、澄が顔を振り向けた。ほつれ毛が激しく耳のはたで躍った。「先生、くにこくにこ……ってそれ、何のことやいな」 すぐに聞きたがる澄。好奇心は人一倍旺盛なくせに、何一つ知らずにてんとしている妻が可愛い。「大国主神の祖神、八束水臣津野命ちゅうて舌をかみそうな名前の神さん、つまりは素盞嗚神の血筋の神さんが『国来い、国来い』と八十綱かけて引っぱったんじゃい」「誰をやいな」「国をやがな。つまり海の向うの国土のあちこち出っぱなをちぎってのう、もそろもそろと手繰り寄せて、まだ小さかった出雲国に縫いつけはった」「何とえらいことしてんじゃなあ」「お澄、見てみい、杵築の岬を引いた綱がその長浜、つなぎとめた杭が佐比売山(三瓶山)。さらに狭田の国、闇見の国、三穂碕と引いてきた。その綱は夜見ヶ浜、つなぎとめた杭が伯耆の国の火神岳と大山やで」 鬼三郎の指さす先には、荒海打ち寄せる浜が岬が、果てには屹立する山々が雄大なる気宇をもってせまってくる。「どえらい力の神さんどすなあ」 ふりかかるしぶきに頬をぬらしつつ、澄が嘆息する。「国引きを終わって、杖を意宇の森に立て、神さんは雄叫ぶ。『おうえ』……そやさけ、ここらを意宇と呼んだ」「そんならうちかて……」 真面目に綱を繰る手つきで、澄がとなえる。「もそろ、もそろ……国来、国来……」「お澄、何に綱かけよった」「化物や。筆先に出とる三千世界の大化物、先生のことじゃな」「わしがお前の好き勝手に……なるかい」 足を踏んばった鬼三郎、わざと手繰られるふりして、よろよろと澄の肩先によろめきかかる。その鬼三郎の胸倉つかんで、得意そうに澄が叫んだ。「おうえい」「ちぇっ、お前にはかなわん。うまいこと綱かけくさる」「つなぎとめる杭は何にしよ」「そら嬰児や」 冗談からとび出した思わぬ言霊に、鬼三郎は自分で照れた。 嬰児――一瞬染まった澄の桜貝のような耳たぼ……しかし、実感としてこの時、まだ澄はおのが胎内の子を受けとめてはいない。 海猫に目を移しながら、澄が問いかけた。「先生、大勢ではるばる出雲まで出て来て消えずの火をもらうことに、どんな意味がありまっしゃろ」「なんや、無頓着なお澄でも、考えることがあるのか」「疑うわけやござへんけど、大騒ぎして、なけなしのお金ひっさらえて、火や水や土など……」「ほんまやのう。ばからしいこっちゃと、わしも思とった。けど実際に出雲の土を踏んでみて、わしは出修の意味を考え直してみる気になった。冠島、沓島に神代の昔から隠れ住んでおられた国祖、元の地上神界の主宰たる国常立尊、艮の鬼門の金神と忌み恐れられる落ちた神たちをまず世にお出しした。次に鞍馬での霊魂改めがあった。次に元伊勢の水の御用や。元伊勢は、天津神の天照大御神の霊魂を初めて祀った地や。そして出雲の火の御用。出雲は、天津神たちに高天原を追われ、根の国出雲におちていかれた素盞嗚尊の鎮まるところ。それに元の葦原中国を造らした国津神大国主神が、天孫に国土を奉還されて幽れたる地……」「ややこしいですなあ……」「つまりや、国祖のみ心をわしはこう考える。天津神と国津神、征服者と被征服者、世に現れたる神と世に落としめられた神、その天系地系の両者の霊魂の象徴である水と火を地の高天原に迎えてとけ合わせ、まず天地和合の型を示す。それが立替え、立直しの初めの型や」「ほんまじゃろうか、たいそうな……」「浄らかな水と火はもっとも強い霊威、つまり清浄化の力を持っているというのが、日本の伝統的な宗教観念や。昔から変わらん元伊勢の産水と昔から消えたことのない出雲の神火は、この世でもっとも清らかなものやろ。筆先によると、世界の水は総体に泥水。その泥水の中に住みよる人間は、無自覚のうちに泥にそまって、強い者がちのけがれきった世の中を作っとる。この世を元の水晶に洗い浄めるためには、神の水、神の火の霊威が必要なわけや」「役員さんたちは、出雲の火の御用がすんだらいよいよ立替えやと、張り切っとってですで」「確かに筆先には、明治三十四年で立替えをすると出とる。けど世界の情勢を眺めると、今年のうちに立替えが始まるなど、わしには信じられん」「先生、もし始まらなんだら……」「けっこうなことやんか。遅ければ遅いほどけっこう……」「そんな呑気な。役員さんらは本気になって家移りまでしとってじゃ」「だからこそ、もし立替えが成らなんだ時の奴らの反動がこわい」「ほんなら、筆先は嘘。うちらは騙されとるんですかい」 澄の語調が高ぶっていた。鬼三郎の顔に迷いが浮かんだ。それをふっ切るように、冷やかに言う。「少なくとも、三十四年立替え説に関してはのう」「……」 ぷいと横を向く澄。「考えてもみい。今この世に立替えがあったら、誰が助かるつもりや。艮の金神さんの宣言を知っとるのは、わしらほんのひとにぎりの人間だけやないかい。少なくとも日本中、いや世界中に神の心を宣り伝えてからやないと……」「先生は、筆先を理屈や頭で読んでやさかい、すぐ神さまに逆らいなさる」「そんなら、お前まで今年の立替えを信じるのか」「信じんといて、何でこんな阿呆な真似ができますのや」 激しくぶつかり合った二双の瞳。睨み負けるのはいつも鬼三郎だ。「止めとこけえ、わしら夫婦で争いの型を出してはどもならん。大本にあることは世界にうつるさけ、世界にあることは先ず大本に出んならんはず……あっ」 凍りついたように、鬼三郎の目が宙に止まった。「三十四年の立替えというのは神界でのこと。そしてそれは手始めに大本にうつってくる。お澄、火と水の霊威で、まずこの金明霊学会内部の立替えが始まるのや。どんなことになろうやら知らんが、立替えられるのは他人のことやない。これからわしらの周りは激しうなる。日本から世界へうつってゆくのは三年先……龍宮海の産水が世界へ回ってからや」 船は地蔵鼻を巡って美保港に寄港。行きに参拝した美保神社大国主神の御子事代主神の御霊に船上より黙祷、やがて境港に到着。船賃一人七十五銭計十一円二十五銭也。境港に宿泊。宿料四円九十二銭也。 十四日、夜見ヶ浜五里の道を歩き、米子で昼食。茶店の軒先に注意深く三本の火縄をつるし、一行が一服していた時であった。一緒に休んでいた中年の客が、きせるに刻みたばこを詰め、脇の四方藤太郎に声をかけた。「すんまへんなあ、ちょっとお借りしますで」 会釈して立ち、ふっと火縄の火を吸いつけた。止めるひまもなかった。 動転した藤太郎は、血相を変えて客の胸倉をつかみ寄せる。「こ、こいつ、よくも火を……火を……」 その剣幕に客の方が驚いた。当時、劇場などでは煙草用の火縄を売っていたから、火を借りるぐらいごく自然な行為であった。火縄はかすかに揺れただけで変わらぬ炎を上げている。 一行はしーんとなった。直が立って、客に頭を下げる。「私らの注意が足りませんでした。気にせんといておくれなはれ」 それから厳しい声で藤太郎に命じた。「汚れた火は、ここで消さななりません。無事、館に入るのは一本きりでしょうなあ」 米子より道を左にとり、逢坂村字下市に宿泊。宿料一人二十五銭計三円七十五銭也。 十五日、赤碕まで徒歩。赤碕より船に乗り、その夜は船中にて明かす。 長旅の疲れで、ぐっすり寝入っていた。船は伯耆の海をひた走っている。「先生……先生……」 揺り起こされて重い瞼を開くと、木下慶太郎が蒼白になっている。「どうしたんや」「火が……火縄の一本……」 はっと天井の隅を見上げる。さっきまで二本、闇の中に赤く小さな炎を点じていたのが、一本消えて白煙を上げている。寝ずの番をしていた木下は、涙声であった。「波のしぶきが、こんなとこまで飛んできよりましたんや。まさかと思とったのが……」 真夏の暑さに船室は窓を開いていた。波はかなり高かった。直が起きてきて、慰めるようにいった。「持って帰るのは一本あれば足ります。どうでも龍門館まで、あとの御神火はお守りしていかななりませんで」 十六日朝、浦富海岸に上陸した。船賃計九円五銭。瀬山峠で昼食。再び岩井温泉で一泊。宿料一人三十銭計四円五十銭。 十七日朝、いつも健康な澄が起きられなかった。「お澄さん、湯にぬくもり過ぎなはったんやろう。湯あたりいうこともあるさかい……」と皆がひやかしたが、澄は長湯はきらいであった。 鬼三郎は妻の足をさすってやった。心なしか足は浮腫んでいた。「無理もない。屈強な男らでさえ、足が腫れ上がるくらいしんどい旅路や。母さんに頼んでもう一日養生させてやろう」 やさしくいたわる夫の手を背に感じた時、澄は不意にその手を振り払った。身をよじって、幾度も吐き気をこらえた。朝食もとらぬ体に、吐くべきものはなかった。「空嘔ですなあ。お澄、しんどかろうが、元気を出して歩くのやで」 そういう直は嬉しげに笑んでいる。 一本の火縄を捧げて、予定通り宿を発つ。冷たい母親やと、鬼三郎は腹が立つ。 澄を介抱しつつ一行の後尾を行く鬼三郎を、直が招いた。「先生、おめでとうございます」「え、何が……」「お澄のことですわな」「お澄は病気ですで」「ほほほ……病気やございまへん。悪阻ですわな。ほんまに阿呆な娘で、まだ気がついておりまへん。どうぞ先生から知らせてやっておくれなはれ」「嬰児が……」 鬼三郎はあえいだ。「生まれる児は大本の三代のお世継ですで。悪阻では、何日逗留してもらちがあくものではござりません。道中ゆっくり歩くことにしますわな」 後の言葉など聞いてはいなかった。鬼三郎は胸がかっと熱くなり、のど元まで焼けつきそうであった。「先生は、賀露の宿でお天道さまがお澄のお腹に入る霊夢をごらんになりましたなあ。その時から神さまに知らされていると、気づいてやなかったですかい」 愕然となった。 ――そうか、あの夢がお澄の懐妊の知らせだったのか。阿呆なんはお澄だけやない。わしもじゃい。 激しい感動に腹の底までかき回されながら、鬼三郎は思った。 ――これはいったい、どういうことやろ。結婚し、むつみ合えば、愛の結晶が生ずる。古今東西、至極当然、何のへんてつもないこと。何を今更、驚くにあたろう。 しかし、押えきれぬ驚喜が爆発していた。 ――上田鬼三郎と出口澄の子。いや、直と世祢、宇能の血も、澄の父政五郎、鬼三郎の父……有栖川宮家の血筋も、すべて混然と一体に集中和合した新しい生命がいま妻の胎にある、刻々と息づき、形を整え、細胞を分裂させつつ。太古の昔から連綿と受け継がれてきた血は、今みずみずしい神授の魂をくるんでいよう。 これだけの大創造を自分の体におっ始めながら知らぬ顔の澄。女というものの不可思議さが、どうにも理解できぬ。 子と母のための幸を祈って、鬼三郎は天を仰ぎ、地に伏したかった。「出雲の火の御用の最中に霊魂の降った子や。それにあの霊夢といい、きっと元気な男の子でっしゃろなあ」 干乾びたのどからようやくそれだけ押し出して、鬼三郎は喜びを直に語りかけた。「男の子ではございまへん。生まれる子は女の子ですで」 直は歩調をゆるめず、真正面を睨みながら言い放った。「何でですねん。わしはどうしても男の子やと思いますがなあ」「神さまは、大本の世継は代々女じゃと言いなさる。男の子の生まれる道理はござらん」 決めつけるような調子に、鬼三郎はむかっとした。「生まれる子は男じゃ。間違いないぞよ」と、神がかり口調で叫ぶ。 と、直が間髪を入れず、大声で応じた。「女でござる。神の経綸であるぞよ」 何事か仲良く語り合っていた親子が、にわかに野道に立ちはだかっていがみ合い出したので、一同は驚いて見つめた。「こら、男か女か、松岡、どっちじゃい」 鬼三郎は幸吉に一喝した。幸吉にかかった松岡は目をむいて言う。「それは、やはり男でござるよ」 同じく幸吉の口から河原林が反対する。「それは松岡さん、違うよ。生まれる子は女や」 松岡が言い返す。「何をいう。槍じゃ」「刀創じゃ」 それから二つの声は自信を無くして、「槍やろのう……」「刀創とも見えるがのう……」「男と思えば女やし」「女と思えば男やし」 見れば幸吉は、激しく目をむいたり、つぶったりだ。「馬鹿もん。出て失せーい」 鬼三郎の底抜けの怒声に、幸吉の体がとび上がった。二天狗が逃げ去ったあとの幸吉は、きょとんとしている。「男やの女やのって、いったい誰の話ですいな」と澄。平蔵や寅之助らもものものしく顔を寄せてくる。直も鬼三郎も苦笑した。「どうやら変わりもんが出来そうですなあ」「ほんまに……」「わたしと先生の神さんは、よほど気が合わんような」「ほんまですなあ」「その和合ができたらみろくの世の型が成ると、神さまがおっしゃる。先生もご苦労さんでございます。どうぞお澄をいたわってやって下され」 いつもの声の静かな直であった。鬼三郎は澄の傍に戻り、力強く耳元に囁く。「お澄、太陽がお前の腹に入ったのはほんまやったで。ちゃんと杭は打ちこんだる」「へえ、うちが……あの……」「そうや。わしがおやじで、お前はおふくろになる」 そしてよろこびに震える声で皆に発表する。「みんな、聞いてくれ。お澄が妊娠した」 声のない驚喜が一同の魂をゆさぶった。 一段と声を低めて、鬼三郎は妻にいう。「お澄、男を産めよ」 瀬山峠で昼食。澄の歩行に合わせてゆっくり歩き、村岡に宿泊。宿料計三円七十銭。 十八日、湯村で昼食、八鹿の宮田で宿泊。宿泊料一人二十五銭、計三円七十五銭。 十九日、和田山へ出て夜久野で昼食。福知山の手前、荒河の小高い山道に一息ついている時である。背に大きな荷を負った五十がらみの男が通りかかり、足を止めた。 男は、真夏の日に焼けて汗みどろになっているくたびれ切った一行を見渡し、神火を捧げている鬼三郎に声をかけた。「あんたさん、ちょっと見とくれやす。この壷、気に入ったら買うてくれはらしまへんか」 背の荷は、一かかえに余る瀬戸の変わった火鉢であった。一体の白龍が火を吐き爪をむいて、ぐるりと火鉢に巻きついている。平板なただの模様とちがって、龍体だけが大きく浮き出て盛り上っていた。「ほう、これは見事やないか」と、鬼三郎が掌で白い蛇腹の鱗をなでた。「うーん、生きとるようやなあ。こんなん背負ってどこへ行くつもりやいな……」と平蔵が聞く。「金持ちのとこを回ってきましたんやが、誰も気味悪がってよう買うてくれまへんのや。仕方ないさかい、持って帰ぬところですわな。安うしときますで」「何ぼやい」「三円五十銭にまけときますわ」 鬼三郎は直を見た。直は閉じていた目を開いた。「買うて下され。消えずの火をこれに入れいとのことですで」 直の一言で、会計の竹原房太郎は巾着の口を開く。「わしがおぶうて行きます」 福林安之助が背を向けた。道中、進んで荷物持ちを引き受けていた福林であった。「いや、龍神さんはわしにおわしていな。お神徳がもらえるやろ」 巾着を胴に巻きつけながら、竹原がいった。木挽き職の竹原は骨太で太り気味、ずっしりと肩に喰い込む壷にまん丸い顔を赤黒く力ませて、のっしのっしと歩き出した。その後に一本残った火縄を守りながら鬼三郎。 青葉もゆだる炎天下、澄はかなり弱っていた。旅の無理が出たのか、悪阻は激しかった。ほとんど食物がのどを通らない。さすがに勝気な澄も、福島寅之助の背に負われて死んだようにぐったりしている。よく気のつく四方藤太郎が、何かと澄の世話をやいていた。「もうひとがんばりやぞ。電報打っといたさけ、福知山まで行ったら誰ぞ出迎えとるはずや」 鬼三郎が一行を励ます。夕焼け雲に烏が舞い立つ福知山の里が見えてきた。夕闇の中に提燈の灯が二つ三つ、こちらに向かって動いてくる。「お迎えにきましたでー。教祖さまでござりますかーい」「おう、誰じゃーい。中村はんかーい」と鬼三郎が叫ぶ。「へーえ、御無事でしたかーい」「無事やわーい。留守はどうやったーい」「無事でしたわーい」 日頃、右といえば左、ことごとに鬼三郎に逆らうことをもって神業と心得ている中村竹吉の声も、この時ばかりは喜びに沸き立っている。 福知山の街に入ると、手に手に小旗を振り提燈を灯した信者たち百人が出迎えていた。一行の荷は彼等が助け持ち、澄を抱えて、用意していた宿田丸屋へ入る。宿料一人三十五銭計五円二十五銭也。 七月二十日、十五名の一行の前後は出迎え、見送りの信者たちでいっぱいだった。上田君も、母世祢と共に途中まで出迎えに行った。君の思い出によると、男たちに抱えられてくる弱りはてた澄の姿が、少女の眼に異様に映ったという。「つわりやて。三代のお世継さまがでけたげな」 口から口へ、喜びの囁きが波立ち広がっていた。一行が綾部の土を踏んだのは二十日ぶりであった。 龍門館へ入った御神火は清めた種油の灯心に移され、龍神の抱く火鉢におさめて神前に献じられた。火、水、土を供えた祭典が、誠こめた多数の信徒によって執行される。火番が決められ、百日間絶やさず守り続けることにした。
 七月二十三日(旧六月八日)、出雲のお土を三分、神示のままに宮屋敷とりをする。その一つは木下慶太郎、中村竹吉が持ち、大本をでて和知川にそって下流位田の渡し場まで撒き、中筋をへて帰ってきた。もう一つは四方平蔵、村上房太郎。和知川をさかのぼり本宮山南の田野川に沿って安場から四尾山を一周、中筋を通って土を撒き終わる。最後の三分の一は八月二十一日(旧七月八日)、田中善吉、杉浦万吉が神命を受け、指示のままに京都の二条城の周囲、鞍馬山表坂から裏坂へ出て貴船神社まで撒布してきた。 出雲のお水は金明水の井戸に差し入れ、残りは金明水を合して七月二十五日(旧六月十日)、直、鬼三郎、澄他六十八名が従って沓島に渡り、再び龍宮海上に投入した。老齢の直を始め、胎内の生命を抱いた澄まで荒海を渡ったのだ。出雲路の旅の疲れも癒えぬ間の激しい行であった。 百日間、神前に灯し続けた出雲の火は、「天に預けることにせよ」との神示を受けて十五本の蝋燭にうつし、灯しきって天にかえした。

表題:撫子の花 7巻9章 撫子の花



 どすん、どっしーん。……突如起こった二階の地響き。「素盞嗚尊が地の高天原を奪りに参りた」と、二階から、神がかりした直の大音声が、筒抜けに墜下する。「吾弟の命、何故に参り来れるか、おう……」 つん裂くほどの雄叫びが障子を震わし、四股を踏むさま凄まじく家を揺する。 呼応して、階下の鬼三郎がうめいた。「わしに邪なき心なし、何を今さら……」 髪が、ざんぎり髪が、ギイッと針山みたいに逆立つ。鬼三郎に素盞嗚尊の降霊。おのが手足が丸太の如く見え、そばの家財が豆粒ほどに小さくなる。「そなたの霊魂には、この世は持たせられんものを、この方に敵対うてあまりのやり方。堪忍袋の緒が切れるぞよ」と、直の声が矢弾のごとくふりかかる。「わしの清き心は、天の安河で誓約して明かしてあるぞよ。疑うにも程があろうが……」 ぱっと舞い上がった鬼三郎の頭が凄い勢いで天井を突き破り、落下するや、畳に足を踏みこむ。障子が倒れとんだ。「嘘でつくねて、だまして、この方を力で出したであろうがな。神に誠がないばかりに、人民は悪うなるばかり。二度目の天の岩戸は、誠なしではもう開けんぞよ」と叫ぶ直。 家鳴り震動させ、同時に二神はとび去る。龍門館の住民は残らず外にとび出し、呆然として顔を見合わせた。 何が起こったのか、初めは誰にもわけが分らなかった。直に天照大神、鬼三郎に素盞嗚尊が神がかりして、言論戦を展開し始めたのだ。元伊勢水の御用で天照大神の霊魂を、出雲火の御用で素盞嗚尊の霊魂を龍門館に迎え入れてしまったのか。それにしても神代の昔の争いを、なぜ再び繰り返し演じねばならぬのか。 倒れた障子を起こし、乱れた髪をなおして直はほっと一息、階下から上ってきた鬼三郎に話しかける。「どえらいお仕組みやげなが、もったいない、天照皇大神宮さまがなぜわたしなどに……」「あの勢いでは体がたまりまへん。しんどおっしゃろ」 いたわる鬼三郎に、直は首をふって微笑む。 それが手始めであった。直と鬼三郎の肉体を宿に、天照大神がかかれば素盞嗚尊、艮の金神がかかれば小松林命が降霊して、時を選ばず戦いが勃発する。きまって二階と階下に分かれて。
「改心せい、小松林命」と、直の肉体に艮の金神がかかって責める。二階が揺らぐ。すかさず小松林命が鬼三郎にかかる。鬼三郎の手から書物が転げ落ち、ダッと床を蹴って体が舞い上がる。「おう、来おったか、艮の祟り神が……」「目をさませい、小松林は害国のやり方。この高天原は、艮の金神の筆先で世をひらくぞよ。筆先七分、霊学三分にせよと申してあるぞよ」 負けずに鬼三郎。「筆先など糞くらえ。気に入らぬことばかりじゃわい」「小松林、そなたの改心ができぬ故、この世の難渋。早く改心なされよ。往生いたされよ」「曲津の神は霊学の光を恐れるわい。この神界の審神者の眼力を避けるのか」 直が怒り雄叫び、四股を踏む。「変性女子は霊学でひらきたいのが病であるから、一番にこの病を治してやるぞよ。狐、狸、天狗などにもてあそばれて、それで神国の御用ができるのか。畜生の容器にしられて、それで結構と思うのか。神界の大罪人になりても満足なのか。わけが分らんと申しても、あんまりであるぞよ」 鬼三郎も天井に箒を突き上げ、たけり立つ。「筆先の説くところ、一つとして国家社会に害毒を流さぬものなし。『世の立替えが三十四年じゃ』と人を迷わし、世を偽る邪神はその方。『財産家は天の罪人、漢字は国害、学校は害物、害国人を排斥せよ、洋服は神意に反す、商工業は小にせよ……』、生成化育の神意を知らざる馬鹿神じゃ。世の退歩、破滅を好む妖魅にたぶらかされておるのじゃ。その方こそ目をさませい、改心せい」「小松林のやり方は、たとえて言えば新道じゃ。新道と旧道の二筋道。旧道は昔に戻る誠の道、えらい峠もあるし山道を越えて行かねばならんから今はつらいなれど、先の広きおん道じゃ。新道は、楽なうまいことだと思うて行きよると、行きあたりてあと戻りいたすぞよ。つらい方は誠の道、楽な方は今の時勢の道であるから、楽な方が結構なげにあれど、尻すぼまりであるぞよ」 はじき返して、鬼三郎はどなる。「苦労して歩くばかりが誠の道かい。早く遠くへ歩ける平らな新道をつけるために、よく学び、向進発展完成の域に至るのが、人の正しき務めやないか。その方の言う旧道こそ、進化を忘れた楽な道……」 直の声は、鬼三郎の脳天に錐をもみこむようにきりきりと刺さる。「見ておざれよ。新道へみな行くなれど、もとのむかしに戻す経綸がしてあるから、旧道へあと戻りいたさねば、この先へ行く道はどこにもほかにはないぞよ」 ずしんと二階が揺れ、あとはしんと静まる。同じく体を切り、鬼三郎の神も昇霊。 この間、別室では、君が怯えて世祢にすがりつき、中村竹吉、四方平蔵ら役員信者が四肢をこわばらせていた。 庭で草むしりしていた澄は、屋内が静まるとほっと溜息をつき、霊縛から解かれたように立ち上る。「神さん同士、仲が悪いちゅうのは、どもなりまへんなあ」「わしらが夫婦喧嘩するのも、あたり前のことやでよ」 無責任な会話に、澄は首をすくめた。裏にも表にも、近所の衆が集まってのぞきこんでいるのだ。いや、あふれた十人もの人たちが隣の柿の木に登って、この争いを見物している。金神さんの喧嘩はもう有名で、町の人々の好奇心をそそっていた。「けど、何のことでっしゃろ。外国じゃ日本じゃ、新や旧や、改心せいばかりで、さっぱり面白味ござへんなあ」「ほんまに……それでも凄みがあるわいな。わめいとるだけじゃのに、腹の中までぶるぶるするでよ」「明日もまた見せてくれてやろか、母ちゃん」「そら毎日やってやで……」 勝手なことをいいながら、ぞろぞろ帰り出す。 この頃では毎日、多い時は日に二、三度。役員信者の中には、「家内和合の道こそ大本の教えやのに、これはどういうことやいな」と信仰を落とす者さえできる始末だ。 母と夫の中に立って、澄も身の細る思いがする。正しい神さん同士が争うなど、澄の頭では考えられぬことだから、一方は悪神であろう。どちらが悪神でも、それは悲しい。ただ一つの救いは、神がかりの去った後の母と夫が、実の親子以上に仲の良いことである。 とんとんと二階から直が降りてくる。「先生、たいへんな神さまの勢いでしたなあ」「ごつい荒れようで、かないまへんなあ」「これは戦いの型をさせられとるんですげなで」「へえ、いつまで続くのやろ。恰好わるてかなわん」「神さまはなあ、御苦労ながらもうしばらくで後はちゃんとなるわい、この厭な悪役の御用をさせる者も、してくれる者も外にはござらん、してくれねばならぬのじゃわい……と言うてなさります」「のどがからからでっしゃろ。白湯なとくみまひょか」「おおきに……御神水をよばれますわいな」 こんな仲の良い親子を喧嘩させるなんて、なした意地悪の神さまやろと、澄は思ってしまう。 直が二階へ上がると、鬼三郎はごろんと仰臥し、天井を見つめた。澄は、鬼三郎の脇に坐りこむ。「先生、天照大神さまに楯ついてん素盞嗚尊って、そんなに悪い神さんでっしゃろか」「御苦労な悪のお役目と教祖はんは言わはる」「悪神じゃと分っとるのなら、なんで先生は審神して追い出してないんやいな」「素盞嗚尊は強い神さんやけど、邪神違うぞ。いや、本来なら、この地上を主宰すべき天津神の貴のみ子なんや。その御分霊が小松林命……ほいでも小松林はんも思い切ったこと言わはるのう、あれでは教祖はんの神さんが怒らはるのも、しゃあないわい」「お筆先など糞くらえ言うちゃったもん、まさか先生の本心と違いますやろ」 澄の瞳が、心をのぞきこむように、まっすぐ鬼三郎に向けられた。鬼三郎は思い返して、逃げようとした眼を澄の目にぶつけた。「もしかしたら……いや、たぶん……わしの心の奥底に潜む思いが吹き出したんやろ。神人合一する時、小松林命はわしの心と一つや。そやさけ、あの言葉にわし自身驚きながら、膿をしぼり出したみたいなええ気分やった」「……」「教祖はんは小松林命を悪やと決めつけはるが、贔屓目か知らんが、わしにはそう思えん」 悲しみと惑いの色が、激しく澄の顔を曇らせた。膝の上で握った拳に、木の葉の脈のような青い筋が浮き出ている。鬼三郎の苦悩の表情にも、同じ悲しみがにじんでいた。「分からんのや。どっちが善やら悪やら、正直わしには分からんのや。分からんうちは、戦いも続くこっちゃろ。どっちか一方の改心ができるまではのう」「小松林命さんに退いてほしい、と思ちゃらへんのどすか」「退かれたら、わしはすがりつきたいほど淋しゅうなる。あまりかかってないと、懐かしゅうてたまらんのや。小松林命はんと一緒におられるなら、このわずらわしい現界より、いっそ肉体を捨てて、神霊の世界へ行きたいと思うぐらいや」「なしたことだっしゃろ」と、澄は涙ぐんだ。
 直と鬼三郎にかかる神霊同士の争いを、役員信者たちは「火水の戦い」と呼んだ。火と水、いずれも天地を浄化する強い霊威を持ちながら、まさに龍虎あいうつ。今にして思えばその兆しはすでに今年(明治三十四年)になって始まっていた。 一月六日、祖母宇能が死に、鬼三郎に深い悲しみを与えた。その直後から、鬼三郎はしきりに生家の火事の夢を見て、胸騒ぎがしてならなかった。 宇能の百日祭の夜半、上田家全焼。火水の戦いを神の演出する神劇に例えれば、舞台は綾部、主役は直と鬼三郎。上田家の火事は開幕を告げる柝の音がチョーンと入ったというところか。 住む家を失った上田一族が、出口一族の住む綾部に移住する。前後して、立替え近しと信ずる者たちが続々と綾部に移転、たしかに端役に至るまで役者は勢揃いしたかだ。「世の立替えは、水の守護と火の守護とでいたすぞよ」の神示の通り、四月二十六日(旧三月八日)には天照大神を祀った元伊勢水の御用。水晶の産水を得ての帰り、お礼参拝した直後の三つの火の不思議。 五月二十七日(旧四月十日)、沓島の釣鐘岩の絶頂から産水と龍門館の真清水を龍宮海に投じ、「この水、三年で世界へ回るぞよ。世界が動き出すぞよ」と直は叫んだが、何を意味するのか。 七月一日(旧五月十六日)からは素盞嗚尊の因縁の地の出雲へ火の御用。その帰途、澄の腹の子が男か女かで、直と鬼三郎が神がかって言い争った。龍門館に帰り着いて間もなく、日(火)の大神のアマテラスが直に、大海原(水)を支配すべきスサノオが鬼三郎にかかって神霊同士の大戦い。 霊界では確かに何かが動き始めたらしい。アマテラスとスサノオ、どちらが善でどちらが悪か。筆先は一方的に素盞嗚尊を岩戸閉めの張本人ときめつけるが、鬼三郎は高熊山での霊界探検で、素盞嗚尊の御剣から生まれた瑞霊三女神の美しく崇高いお姿を拝している。悪神であろうはずがない。 火水の戦いが熾烈になるほど、直を生神と信じる役員信者たちは一段と会長批判を強めた。この戦いが雛型となってやがて世界に大立替えが起こると、彼らは勝手に妄想した。が、現実にそのけぶりも見えぬとなるとしょげかえり、はては責任を鬼三郎に転嫁する。「出雲の御用に小松林が供をしたから立替えが遅れた」、「会長の妨害がなければ立替えはもっと容易になるだろう」と話し合い、鬼三郎憎しのあまり「金光教の教師足立先生は偉かった」と追い出した足立を慕う。 最近では、鬼三郎の醜聞が会員間にものすごい勢いで伝播されていた。まわりまわって鬼三郎の耳に入った時、あまりのたあいなさにあきれ果てた。噂の出所は中村竹吉、火のない所に煙は立たぬというけれど、あれは火の粉とでも言えるだろうか。 迷信にこり固った役員との対応に疲れ果てた鬼三郎が、ある夜、龍門館を抜け出して、綾部大橋の上で晩夏の月を眺めた。袂をひるがえして吹く風は涼しく、月は冴え、鮎狩りであろうか漁火のかげが遠くまたたく。 無心の月に心洗われ龍門館に帰ると、戸がしっかり閉ざされている。大声で叫び続けて、ようやくふくれ面の中村竹吉に戸を開けさせた。「会長はん、神さまに仕える身分で夜遊びとは何じゃいな。気をつけなはれ」と彼はきびしくなじった。つい鬼三郎はからかいたくなる。「すまん、すまん、橋の上で愛人と会うてて、知らず知らずに夜が更けた」「愛人とは誰じゃいな。白状しなはれ」「ほれ、まだ外におるわい。松ヶ枝に照る夏の月、水の面に流るる天の月船、昔からのわしの恋人や」 中村に風流など通じぬのは百も承知のくせに、ブレーキをかけそこねたのが悪かった。「何を寝言ほざいてごまかしなはる。ちゃんと名前を言いなはれ」「きれいなきれいなお月さま……おい、冗談やで」 寝室へ行きかける鬼三郎の袖を中村は引き戻し、「きれいなきれいなおつきさま、お、つ、き……ふーむ」と深刻な顔で考えこむ。ややあって、「冗談ですむか、すまぬか。とにかく教祖さまに報告しなされ」と先に立つ。 二階の直の居間の外から、中村は両手をついて声をかける。「教祖さま、重大事件が勃発しました。起きてなはりますかい」「どうぞ入っとくれなはれ」と直の澄んだ声が返ってくる。 襖を開けた。直が衣紋を会わせながら床に起きなおり、不審そうな顔で迎える。 中村は進み出て、直訴する。「こんな夜更けに、会長はんは橋の上で恋人と逢い引きしとっちゃったんですで。本人が自白したことやさかい、嘘やござへん。こんな人は一時も早う去なせて、まず大本の立替えを始めておくれなはれ」「先生、ほんまですかい」と、直は意外そう。「さあ、どうでっしゃろ。どうせわしが弁解しても信じてもらえんやろさけ、御自分で神さまに問うてみなはれ」と向っ腹立てて不貞腐れる。この際、直をためしてみたい気もあった。 直は水を浴びて着物を着換え、神前にぬかずく。しばらく何か伺っていたが、朗らかに笑い出す。向きなおって、直は微笑みながら中村に語りかける。「中村さん、先生の恋人というのはなあ、それはそれはきれいなお月さま。地の上のきれいなものも汚いものもにこやかに照らして下さるお月さまはみろくの大神さまやでなあ、それならわたしにとっても恋人ですわな」 釈然とせぬ顔で、中村は小首を傾け傾け引き下る。 鬼三郎は直の一言で、一度に心が晴れる思いであった。 それきりお笑い草として忘れていたものを、中村は「きれいなおつきさま」にこだわって、考え続けていた。「おつき」、「おーつき」、「大槻」……そして「きれいな大槻」で、上谷修行に参加した娘大槻とうを連想したらしい。いったんそうではないかとひっかかるや、そうに違いないと確たる信念に達するのに時間はいらぬ。それが中村の偏執的な性格であった。 大槻とうは一昨年の秋、巡査と結婚しどこかで幸福に暮らしているという噂を聞いたぐらいで、その後、鬼三郎は会ったこともない。 ばからしさに弁解する気にもならぬが、それが火種になって吹き立てられ、飛び火は広がっていった。
「誰か来とってやでよ。大事な相談があるさかい、そっと産土さんまで顔貸してほしいげな」 奥の林の椋鳥の群に投げていた視線を、鬼三郎は返した。 知らせに来たのは、入信して日の浅い信者のひとりだ。「どんな男や」「何やら目つきのこわい、大きな旅の男ですわな」「誰やろな。よし、すぐ行くわい」「あの……役員はんに言わんでも、大事ござへんかい」 気になるらしく、追いすがって囁く。「呼び出す以上は、人に知られたない話やろ。黙っといてやれ」 鬼三郎は澄にも告げず表へ出た。 何気ない散歩の足取りで熊野神社の境内に入った。背後の森に待ち受けていたのは杉浦万吉。京都から出雲出修にも参加した熱心な信者であるが、寡黙な性格で、何を考えているか分からぬ所があった。彼が只一度、感情をあらわにしたのは、冠島参りで海難に会った後、泣いて鬼三郎に陰謀を告白した時だけである。 散り敷く木の葉を踏んで、二人は向い会った。杉浦は紙巻き煙草を草鞋でもみ消し、低い押しのきく声で口を切った。「会長はん、迎えに来たんどっせ。このままわしと京都まで行っとくれやす」「こんな迎え方があるけい」「失礼は承知の上どすわ。わしの勝手やおへん。京都、伏見の信者一同を代表して来たんどす」 元刑事という経歴に四十近い年輪の重みも加わって、恰幅のいい杉浦の体には、どことなし威圧する力があった。「なんのために行くのや」 蜘蛛の巣にからまった秋蝉の死骸をみながら、鬼三郎が聞く。杉浦は唇の端に嘲笑を乗せた。「そんなことぐらい、会長はん、あんたの霊眼で見とくれやす」「そうはいかんのや。一々霊眼の世話になっとった日にゃ、どいつもこいつも狐や狸に見えてきて、たまったもんやないわい」 杉浦は底光りする鋭い目を細めた。「元伊勢水の御用は終った。出雲火の御用も終った。野崎はん、田中はん、時田はんなど、京都から家業を擲って綾部に来たんは何のためどす。わしかて警官を辞め、一筋にこの道にとびこんで夢中で宣伝して来た。みな、立替え立直しが目前やと思えばこそどすで。さあ、それはいつ来るのどす。おまけにあんたは、この大事の時にお澄はんという立派な世継の奥さんがありながら、人妻の大槻何とかに夢中やそうな。どんな料簡どすねん。京都、伏見の連中が騒いどる。もうわしらでは押えられまへん。会長はんの口から納得のいくように説明したっとくれやす」 やはりその要件かと、鬼三郎は暗然となった。この地元、綾部の役員信者たちも、火の御用のあとに立替えが来ると妄信していた。「世界には、火と水とで不思議があるぞよ」 が、一向にその気配があらわれぬばかりか、教祖と会長の神霊同士の激しい戦いが始まった。立替え切迫を吹聴していた役員たちは次第に焦燥の色が濃くなり、信者間に失望が広がる。それが会長排斥運動を再燃させ地方に波及していく。四面楚歌であった。ひとりでも真実の信仰の友がほしかった。「杉浦はん、あんたらはそんなに立替えが待ち遠しいのか」「そらそうや。役員さんらの言葉を信じて『今に天地がひっくり返る』とふれ廻ったんや。世間から法螺吹きやの気違いやのと笑われながら……立替えが来なんだら、わしらの立場はどうなるのどす」「心を鎮めてよう考えてみい。『一度に立替えいたせば、世界に大変な人減りいたすぞよ。世界の人民三分になるから早う改心して下され』とくどう神さまが気をつけたはる。大戦いが起こるか、世界が火の海、泥の海になるか、立替えの形は分からん。しかしわしに言えることは、それが世界に起こる前に必ずこの大本の中に型となってあらわれるという、神界の約束や」「その立替えをさせまいとして、小松林が艮の金神さまに敵対うて、広前は毎日えらい騒ぎやそうどすな。会長さんさえ改心してくれはったら、とっくに立替え立直しはできたはずどす」「立直しは結構じゃ。けど杉浦はん、その前にあるべき立替えが今起こったとして、あんたらは生き残れる三分の側に入れるとでも思うのか」 杉浦は笑った。哀れむふうに鬼三郎を眺めた。「そんな心配してくれたはるのか、会長はんは。艮の金神さんを信じ、その示さはる筆先を信じるわしらが、なんで立替えられる側に入らななりまへん」「教祖はんを見てみい。立替えの恐ろしい有様を神様に見せられとってやさけ、それを思うと心配で食事も喉を通らんというてはる。世界の大難を小難に、小難を無難にと必死に日夜祈ったはる。それが誠一筋の神心や。神様にしても、一人でも多く人民が改心するよう、立替えの時を一刻でも引きのばしたいお気持や。世の立替えが避けられん神業ならば、そのことをひとりでも多くに知らせ、神心に立ち返るように叫ばねばならん。それが神から課せられた大本信徒の使命やぞ。その努力もせんうちに、いま世界の大立替えが起こるなら、艮の金神は鬼神、悪魔神、鬼門の沓島に閉じこめておくべき祟り神やったと思わんならんわい」「……」「自分たちさえ助かる限り、悪人は滅びるがよい。己れの痛まぬ立替えの早かれと望む心こそ、本来、艮の金神が立替えなはる眼目、利己心なのや。もしあんたらの願い通り即座に立替えが起こってみい。真先に滅びるのは、立替えを知らされながら手をこまねいとったあんたらやで。まず大本信者が三分になる。三分どころか、うかうかしよると全滅じゃろ。大本信者になったから救いの船の予約席におさまれると勘違いすなよ。自分が水にとび込んでも人を救いの船に乗せてやる誠心こそ、大本信者の資格やぞ。わしは、できれば立替えという大きな犠牲をはらわずに、このまま末代続く松の世、神国の世に進んでいくことを祈りたい」「うまいこと言わはる、その口にころっとだまされるとこどしたで」 杉浦の褐色の顔面が、も一度にやりとゆるんだ。「とうとう悪神の正体、あらわしくさった。会長はんは筆先がこわいのやろ。立替えがこわいのやろ。そのはずやな。艮の金神に楯つく小松林やさかい、立替えには真先に血祭りじゃろい。その小松林を改心させたれと、京都、伏見の熱心な信者たちが、手ぐすねひいて待っとるのどす。腹ん中の芥は、みんなの前で吐いとくれやす。さあ、東に向かって歩きなはれ」「これだけいうてもまだ分からんのか。お前らみたいな分からず屋のいる京都へなど、行く気がせんわい」「歩かなんだら、その減らず口もたたけまへんで」 ぴたりと鬼三郎の横腹に吸いついたのは短刀だった。威しではない殺気が走る。鬼三郎は観念した。 そのまま歩き始めて、須知山峠を越え、綾部から二里八丁。早くも陽が落ちて、川合村大原の「あたらし屋」という旅篭で草鞋をぬいだ。街道に面した山村の、名に似ぬ汚い古宿である。 気まずく夕飯をかきこんでから、杉浦は落ちつかぬふうで黙って部屋を出ていった。することもなく鬼三郎は蒲団にもぐりこんだが、何か胸騒ぎしてならぬ。心気を澄ますと、家全体を包むただならぬ殺気。 足音をしのばせて、暗い廊下に出た。廊下の突きあたりは便所。生理的要求のままに戸をあけた。 便所の外に四、五人寄って何やら相談している気配。思わず鬼三郎は耳をそば立てた。「ほんな分かったな。ぐっすり寝込んどらなんだら、奴の霊縛喰らうさかいな。わしの合図を見落とすなよ」「あとのことは杉浦さん、うまいことしとくれやっしゃ」「わしらには艮の金神さんがついとるわい。わしにまかせて逃げたらええ」 誰かがあわただしく走ってきた。「たいへんや、蒲団はもぬけのからでっせ。いつのまに隠れたんどっしゃろ」「ちぇっ、頼りない見張りや。あいつ、勘づきよったんかいな」 とどめを刺すように、杉浦がいい放つ。「こうなったら見つけしだい殺ろかい。何事も神さまのためや。まだ遠くへは逃げとらんやろ」 京都、伏見の血気にはやる若者たちが杉浦とここで落ち合い、鬼三郎を暗殺する手はずなのだ。 小松林命は邪魔だが鬼三郎の肉体は必要と信じている輩も困りものだが、まだしも危険性はない。しかし、彼等は、鬼三郎の肉体ぐるみ小松林を抹殺しようとしている。 ――阿呆やなあ、こいつら。わしの肉体がのうなったかて、わしの魂まで殺せるけえ。まして肉体を持たぬ小松林の神さんを、刃物や鉄砲で追い払えるとでも思ってけつかるのか。霊魂に代わりはのうても、肉体ぐらいなんぼでも代わりはあるわい。 雪隠にしゃがみながら、鬼三郎はあきれた。淋しく悲しかった。 排泄をすますと、急に恐怖がのさばり出した。 ――けど、こんな気違いどもにかかったらたまらん。命が惜しいわいや。 豪胆なのか臆病なのか自分自身でも見当のとれぬ鬼三郎、今は子兎にも負けぬくらいびくついていた。「お前らは裏門から二つに別れて追うのや。わしは宿の中を捜す。東か西か、逃げ道は二つに一つや。ああ、天眼通が使えたらええのに」 刺客らの走り去るのを待ち、鬼三郎は雪隠の草履をつっかけたまま、手洗鉢の脇から庭に降りた。この際、荷物のないのが幸いだ。裏門のあたりにはまだ人の気配があった。生垣をくぐり、崖下に流れる谷川に滑り落ちる。裾をまくって月明かりに急な流れの川を渡ると竹薮。孟宗竹に寄りかかって、寒さと恐怖に震えつつ一夜を過ごした。 明け方の光とともに、恐怖がとけ去った。雀どもに一夜の宿の礼を言い、薮を出た。朝霧の這う中に波の瀬がしらじらと光るのを眺めていると、昨夜の人間世界の出来事がまるで絵空事のように思えてくる。 のこのこと宿の玄関に入った。女中たちが驚いた顔で見た。杉浦たちは立ち去った後で、宿の払いもすましてあった。宿の寝巻きと草履をかえ、帰途につく。 並松の土堤の片方に咲き遅れた河原撫子が一株、ひっそりと淡紅の花びらをひらいていた。目に止めて行き過ぎながら、鬼三郎は引き返した。撫子の横に寝そべって、花弁に鼻を触れる。可憐な優しさが鬼三郎の体の隅々にまで滲みとおってゆく。離れがたい思いで、土ごと撫子を掘り採った。「どこへ行っとっちゃったんです。昨日からみんな大騒ぎで捜し回っとったんじゃでよ」 平蔵や祐助や与平たちがとび出してきてなじった。 こわばった顔の澄に、鬼三郎は笑いかけた。「すまんすまん、勘忍やぞ。ついうっかり、この花と一晩寝過ごしてもたんや」
「お澄、撫子知らんけ。鉢に植えて霜に当たらんよう、縁先に置いといたのに、一夜で花だけ消えちもた」「へえ、妙ですなあ。うち、知りまへんで……」 井戸端で洗濯していた澄が腰を上げた。五ヶ月目に入って、澄の腹が少し目立ってきた。 朝寝の鬼三郎がいつもより早く起き出してきたのは、撫子の花の御機嫌うかがいであろう。 昨日はまるで子供でも拾ってきたように、「鉢はどこじゃ。土や。いや、ここらの土ではあかん。こいつが生まれ育った並松の土堤土や。河原の砂が慣れとってええやろ」などと、ひとりではしゃいで植え、水を与え、とみこうみ楽しんでいたのだ。 澄はひやひやしていた。鮮やかな花の色は母の嫌うところ、またいつそれが種になって、直と鬼三郎の神の大喧嘩に発展するやら知れぬ。母の目に触れぬよう祈る思いで今朝、庭の片隅に鉢をまわしておいた。「おう、いやらし……一晩、うっかり色花と寝たやて……」 中村竹吉が鉢の前にかがんでぶつぶついっていたが、澄は知らぬ振りをしていたのだ。主のない鉢を抱いて、鬼三郎が二階へ上がってゆく。思わず澄は聞き耳を立てた。 二階で筆先を音読していた中村の大声が止まった。「中村はん、わしの撫子がのうなった。知らんけ」「ああ、あの色花か。いやらしいさかい、神さまに代わってわしが退治したでよ」「退治した?……どこに……どうやって?」「はて、松の木の下やったかのう。引っこ抜いて、へし折って、踏んで踏んで踏みちゃくって埋めてやったわな」「なんやて、お前……なんでそんな無茶さらすにゃ」 わざとらしい中村の嘆息が、階下の澄の耳にも響く。「あーあ、金明霊学会の会長はんが、そんなことまでわしに聞かんと分からんのかいな。こうも立替えが遅れる道理じゃ。会長はん、まずここへお坐り。なんでわしが色花を退治んならんか、納得ゆくように教えて進ぜる」「おう、ちゃんとした理由があるならぬかしてみい」 中庭をへだてた離れで筆先を書いている母に聞こえはせぬかと、澄は気をもむ。 鬼三郎の怒号にもひるまず、中村が説教しだした。「そもそも、もったいなくも、天照皇大神宮さまのお妹ごの御精霊である稚姫君命さまが世を持っておいでの時、自ら夫婦の道をあやまられて地におちなされた。生きかわり、死にかわり、その罪のために苦しみなされて、天より高く咲く花も地獄の釜のこげおこし、今度許されて二度目の世の立替えの御用をなさる。お筆先にも、色花はいかんと書いてござるわけや。ましてこの世界の鑑のうつる神屋敷、教祖さまのお膝元に色花など、もってのほかですわいな」「色というても色々あるわい。稚姫君命の間違いは色情、道ならぬ男女の恋やろ。お筆先でいう色花とはな、物の譬で、とわに変わらん松葉色に比べて花のようにうつろいやすい浮き心をいましめてはるのや」「どっちゃにしろ花はあかん。花一つ植えるお土があれば、野菜を植えんならん。筆先の合い間には、教祖さまはせっせと畑作りしとってや。ちょっとはあんたも見習いなはれよ」「そやさけわしは鉢に植えてる。つつましく咲く一本の撫子に何の罪があるんや。教祖はんはな、雑草一本引き抜くにもいちいち言い聞かせ、『御免やで』とあやまりながら抜いてなさる。草花にもこの世に生きる権利がある、生命があり、感情があるさかいや」「ほう、草花に感情が……こら聞き初めやで」 馬鹿にしたような中村の高声。が、鬼三郎の声は激しい感情が静まって、むしろ訴えるように響く。「田の稲は主人の足音を喜ぶと昔から言われるやろ。主人が朝晩見回ってやれば、稲田の不備にも気がついて補修する。世話が行きとどくさけ、収穫もようなる……確かにそうや。今の人たちは、そういう解釈だけを合理的やと思っとる。ところが、ほんまに稲は主人の足音を聞きつけて、葉を震わせて喜びよる。ちゃんと足魂にも喜怒哀楽の感情があるのや。人間でも、理屈抜きに気分の良い時は食欲も進む。五穀かて野菜や果物かて、肥やしは人間の注ぐ愛情なんや。咲きおくれて、きつい霜に打たれれば一夜にも死ぬ撫子の花を、どんな気持でお前は土足で踏みにじれたのや。それを退治したやと……阿呆めが……」 鬼三郎の声は弱々しく、涙を含んでいる。 澄は階段に腰をおろし、顔をおおった。母の心も、夫の心も共に切なく滲みてきて、やはりどちらを取ってよいやら分からない。「一本の花が、何ですいな。何ちゅう女々しいお人や。きれいなきれいなおーつきさま、色花抱いてひと晩寝たやと。ウー気味わる。千騎一騎のこの立替えがせまっとる時に情なや。浮わついとる外国身魂の証拠やで。梅で開いて松で治める、これが艮の金神の大本のお仕組みでござる。生粋の日本魂のこの中村の目ん玉の黒いうち、小松林に色花などなに植えさそうやい」「こいつ……」「わしの心なら、会長はんに見せたいぐらいや。お道のためならば、たとえわが子を眼の前で殺されても、びくともいたさん覚悟ができとる」「このドテ頭め……我が子を生んでからぬかせやい」と、鬼三郎の癇癪玉が爆発する。
 ある日、牛田源次郎巡査(三十五歳)が訪ねてきた。牛田は元屋敷の一軒おいて南隣、龍門館の空地をへだてた斜め裏に住み、温厚で世話好きな警察官として町民から親しまれていた。鬼三郎とも近所づき合いの仲である。けれど、要件は聞かずとも分かるだけに、澄は一層暗い気持ちになった。「御苦労はん、まあ、おかけなはれ」 階下に降りて、鬼三郎は上がり框に座蒲団をすすめた。「こんなことであんまり来とうないんやが……」 牛田は、人の良さそうな目を天井に向け、困ったように八字髭の尻尾を撫でた。 大本が金明霊学会の名で稲荷講社に所属して以来、一時、警察の干渉はなかった。元伊勢水の御用のあと、各地から綾部への移住が目立った。立替え立直しも公然と叫ぶ。世間も注目し出した。 警察で内偵すると、稲荷講社とは拝んでいる神もその主張もどうやらまるで違う。一身一家の吉凶を判じたり、気の病を祈って治すぐらいのことなら黙認もしよう。が、世を立替える、上と下がひっくり返る、鬼門の金神が表に現れて世界を一つに丸めるなどと、途方もないことを言い出したのでは、放ってもおけない。綾部警察ではその責任を恐れた。宗教として府の認可を受けねば布教は許さぬと、当然ながら神経を立て始めたのだ。連日のように警察はうろつき廻るし、鬼三郎も呼び出しを受けていた。 澄が運んだ砂糖水でのどをしめして、牛田が聞いた。「どうや、ちゃんと公認の手続きしちゃったかい」「へえ、進めとるけど、なんせ田舎者でこういうややこしい手続きは慣れんもんやさかい、なかなか……」 鬼三郎は言葉尻をにごしたが、実際にはまだ手もつけていなかった。府に認可手続きすることを、直が頑として許さぬからである。 鬼三郎の煮え切らぬ返事で牛田は事情を察し、声をひそめた。「あまり埓があかんさかい、警察では毎日眼え光らせて、出入りする信者たちをつけとめとるんや。お参りに来にくいようになるやろ。そこがつけ目らしいでよ。この頃は当局もうるさいでなあ。禁止、禁止で、思想上の問題はことに苛立ってきとる。上田はん、気ィつけなはれや」 牛田巡査が帰ってから、鬼三郎は真剣に考えこんだ。穴太で幽斎修行していた頃も警察の干渉があったが、警察の態度は今度の方が本腰だ。よほど腹を据えてかからねばならぬ。実際、思案にあまる問題であった。 ――大日本帝国憲法第二十八条に曰く。「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限リニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」 同じく第二十九条に曰く。「日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス」 ――空文もよいとこやな。事実はどうやい。信仰の自由も信仰団体創設(結社)の自由もまるきりないやないけ。政府は表向き信仰の自由を標榜しながら、国家神道(伊勢神道)以外の宗教はさまざまな法規でがんじがらめや。もっとも、そうせなならん理由があるさけ……。 明治維新後、日本は、天皇を中心とする絶対主義的国家への道を急速に進んだ。天皇家の祖先の天照大神を祀る伊勢神宮の崇拝を、まず国民に押しつけてきた。天皇は主権の主体であり、同時に現人神として神格化されているから、国家神道は事実上、国教の地位に立つ。この国情下で別の神を立てて認可を得ようなど、どだい無理なのだ。それぞれの宗教は、信仰的権威の一点に集中しようとする体質がある。その教義が国家神道的流れに沿う場合はまだしも、それから逸脱したり反発する場合、認可が下りる筈がない。 教派神道の中で、教祖の天啓によって創められた黒住、金光、天理の三教団の公認までの経緯を、鬼三郎は学んでいた。 黒住教は備前岡山の黒住宗忠(一七八〇~一八五〇)を教祖とし、一八一四(文化十一)年開教。伊勢神道と同じく天照大神(太陽神)を信仰する。その故か、造化三神を祀り「忠孝」中心を説く神道修成派と共に他の教団にさきがけて七二(明治五)年、黒住講社として公許を得、七六年、教派として独立、八二年より黒住教と称するようになった。 金光教は、川手文治郎(一八一四~一八八三)を教祖とし、一八五九(安政六)年開教。天地金乃神を主神とし、忠君愛国、死生安心を大旨とする。国家権力には柔順であったが、公認されたのはようやく一九〇〇(明治三十三)年、開教より四十一年後であった。 この二者は国家の宗教政策に対してさほど苦悩せずにすんだが、天理教の場合は事情が違う。 天理教は出口直の生まれた二年後の一八三八(天保九)年、中山みき(一七九八~一八八七)が神がかりして、「自分は神の社である」と宣言したのに創まる。天理王命(男女五組十柱の神の総称)を信じ、独特の人類創世神話を持つ。天皇、官憲を「高山」、信者を「谷底」と称し、天変地異による世の終末に高山は滅び、神の支配する世が到来するという教祖中山みきの予言を奉ずる。だから、天理教の場合、国家の宗教政策との矛盾は切実であった。幾度も警察の弾圧に合いつつ、みきを先頭に抵抗を続け、世直しの待望と民族主義的傾向を強めた。 みきの死後は大工の伊降伊蔵が教団を指導、一八八八(明治二十一)年には神道本局付属天理教会として公認された。国家の宗教利用政策にうまく対応して大発展、みきの昇天当時三万の信徒が、十年祭の一八九七年には二百万といわれる大教団にまでふくれ上がった。それでも独立した教団として公認されてはいない。公認の請願をくりかえし、教典に手を加え、時勢に迎合しつつもいまだに……。 ――魂を売ることで形骸の安全を得る、そんな国との取引きはわしにはできぬ。いまの世にある神に押し込められた艮の金神を信奉し、三千世界の立替え立直し、つまり現体制の根本的変革を叫ぶからには、国家の公認など不可能であろう。変革すべき対象の国家から公認を得ようなど、考える方がどうかしとるわい。たとえくれてやろうといわれても、世にある神に尻尾を振って認められたのでは、艮の金神を押し出す意義がない。 世界の鑑である大本をあるべき形で存続させ、否、発展させるためには結局、公認宗教の看板を借り、しかも本質を変更することなく、どうかして変化れに変化れ、化け抜いて時節を待つ以外にはない。そこに組織者としての鬼三郎の悩みがあった。 初期の頃、直は金光教の廂を借りたが、「この方は金光の下につく神ではないぞよ」とついにはねのけた。鬼三郎の大本入りによって稲荷講社に所属、金明霊学会を設立したが、「駿河の本部でよい」と受け入れていた筆先も、出修が進み神霊の活動が激しくなるにつれ、たびたび不満を示し出す。 鬼三郎は独り愚痴った。 ――人間界には人間界の法則があるのや。艮の神様もちっとは察してほしいわい。我が強すぎてしくじった神さまやそうなが、あまり聞きわけがなさすぎる。 突如、別荘(離れ)から大声がはじけた。「大本は神の開きし神の道であるぞよ。人間どもの許しを得て開こうとは、えらい間違いであるぞよ」 ――あ、来はった、艮の……。 と思う間もなく、雷が落ちたように全身がびりびりしびれる。ずっしーんとのしかかってくる重み。炎の走る感覚があって、体は天井にはね上がる。凝塊が鬼三郎ののど元をふさいで突き上がった。
 上田世祢の次女君は十歳。尋常小学校三年生。一家の移転によって曽我部尋常小学校から綾部尋常小学校へ転校。八番目の末っ子のせいか泣き虫で甘えん坊、穴太にいた間中は母の乳を飲んでいた。泣くと日頃やさしい鬼三郎兄が「灸すえるぞ」と目を怒らした。 兄さんは綾部へ来てからは恐くなったと、君は思った。お筆先を書かれる教祖さまや、みんなへの迷惑を考えたら泣けないと、やがてわがままは押えられるようになった。 朝早く、教祖さまと母世祢と君と、よく畑の石拾いや草むしりをした。神がかりでない時の教祖さまはやさしくて、手水鉢の水をつけては丹念に君の髪を梳いて下さった。 ある日、学校から帰ってくると、鬼三郎兄が門前に立って、秋空を見上げていた。また兄さんのぼんやり癖やと君は思い、おどかそうとして足音をしのばせ背後へ回った。兄は奇妙な節をつけて同じことをつぶやいていた。「さっぱり来んの、さっぱり来んの、さっぱりさっぱりさっぱり来んの……」「何が来んのやいさ」 おどかすのも忘れて、君が見上げる。「うーん、さっぱり来んのじゃわい」「なあ、何が来うへんのやいさ。手紙でも待ったはるのん」 鬼三郎は顎をなでる。「参拝者や」「なーんや、参拝者か。来やはらへん方が、静かでええやんか」 君が兄の腕にぶら下がる。鬼三郎は苦笑した。「その代わり、のど仏さんが乾上がるわい。あーあ、起きて半畳、寝て一畳、どんなに食っても腹いっぱいしか食わりゃせん。出てったろか、出てったろか」 兄の心痛を理解できる年ではなかったが、この時の情景はくっきりと君の脳裡に残った。
 元伊勢、出雲出修の前後、われ勝ちに参拝を競って広前にあふれていた信者の足が急に遠のいた。 考えられる理由は三つ。期待した立替えの来そうにもない失望。教祖と会長が神がかりして連日争うことへの批判。そして警官が見張に立ち参拝者を訊問することへの不安。 金明霊学会は会費制であるが、会員には会費を払う自覚が乏しい。役員といっても名称ばかりで、別に決まった役割があるわけではない。だから責任の所在は役員にあってないようなもの。結局、会の維持費は会長の才覚にかかってくる。会費があてにならねば、参拝者が捧げるいくばくかの玉串料にかかる比重は大きい。 玉串は祭神の標木として地上に刺し立てたのが由来らしいが、後世、榊に木綿または紙垂(紙片)をつけて神に捧げることになった。祭典の本義は、感謝から祈願に移る。神饌物で食を、玉串で衣、住を(紙垂は衣、松は住)型どり、衣食住を与えたまう神への感謝をこめる。 開教当初、信者は、金銭よりも自家製の野菜や五穀等を感謝の意味で神前に供えるものが多かった。直はそれを誠心として喜び、神に供えた後は参拝者に分け与えたものである。しかし時代が下るにつれ、それを購う料としての金銭(玉串料)に代わることが多くなった。重い農作物を運んで歩くより金銭を供える方が手軽であったし、教団側の体制が整うにつれ、維持費として農作物より金銭が必要であった。 玉串料は、その人分相応の無理ない金額を清浄な紙に包んで自発的に供えるものであり、その金銭にいささかでも執着があっては本来の意味をなさない。 玉串料と賽銭は本質的に違う。神に捧げる点は同じでも、玉串が神への感謝であるのに対し、賽銭には、個人の罪穢を祓い浄める科料の意味がある。 鶴岡八幡宮に賽銭箱が置かれたのは天文年間(一五三二~五五)、銭が民間に流通してからで、そう古いことではない。賽銭箱のない社寺には、拝殿の中へ銭を投げ入れる習慣ができてしまった。人と人の間で金銭を贈る時でさえ、紙に包む。まして神へ供えるのに、むき出しの端銭を犬猫に物をくれるように投げこんでやるのは、どうにも心ないわざに思える。 ともあれ、神道系の宗教団体にとって、賽銭や玉串料は有力な財源であった。信者が集まらねば玉串が上がらぬ。神さまは食わずともよいが、専任で仕えるものは最小限でも食わねば身が持たぬ。肉体を持つ身の悲しい現実なのだ。 鬼三郎の母や弟妹まで綾部に来て扶養家族が増えた。澄は大きな腹を抱えて、青野の麦藁帽子の小工場から帽子の頭の飾りの部分を作る内職をもらって、深夜まで励んでいた。世祢は材料をとりよせて網すきの手内職。鬼三郎もまた昼夜縄ないをせねば、目玉のうつるような粥さえすすれぬ状態になっていた。「食べるものがなければお土をいただいても命は保てますで」と、直はひとり、平然と筆先を書き続ける。 ――教祖はんは土を食っとれば良いかも知らん。けれどあんたの孫をいま腹の中で育てとる娘に、せめて固めの粥など食わしたいと思わんのか。 鬼三郎はあせってきた。
 十月十五日、鬼三郎は、木下慶太郎を供に、ひそかに綾部を発って駿河へ向かった。公認手続きのために、長沢雄楯の助言を得ようとしたのである。金明霊学会は名目上は稲荷講社の下部組織である、駿河の月見里神社には因縁ある素盞嗚命と鈿女命とが祀ってある。鬼三郎がまず長沢を頼ろうとしたのは、ごく自然であった。 一夜、胸襟をひらいて、長沢と語り合った。大本が雄飛するにはまず公認を得て堂々と布教すべしと、長沢は鬼三郎を鼓舞した。我が意を得た思いであった。相談の結果、皇道会という法人組織にすることとし、帰途、京都府庁に寄って出願の手続きをした。しかしそのために必要な印鑑が一つ足りない。鬼三郎は木下に言い含めて綾部に印鑑を取りに帰らせ、自分は京都支部で待つことにした。 鬼三郎に別れて京都から汽車、園部で下りて夜霧をかきわけ幾峠、薄明の頃綾部入りした木下慶太郎は、人かげのない龍門館の裏口に忍んだ。「お澄さん、お澄さん……」 小声で呼びかけた。朝食の支度にかかっていた澄がすぐ気づき、土間から顔を出す。「お帰り。先生はどうしちゃった」 とっさに木下は指で自分の唇をふさいでみせる。澄は耳を寄せた。「先生は京都ですわな。府庁で法人の出願手続きしよう思たら、判子がひとつ足りまへん。わし、それ持って、すぐ引き返さななりまへんのや」「えらいことやなあ」「役員さんたち、どないしとってです」「先生と木下さんがおってないさかい、大騒ぎしとっちゃったわな」 濃いまつげを伏せて、木下は口ごもった。「教祖さま……気づいて怒っとってですやろ」「教祖さんに心配させまいとして、誰も言うとってないで。けど激しい筆先が出とるげな。機嫌ようしとってんようで、腹の中は……なあ」「……」 澄は気を変えて、手早く炊き上った粥を茶碗によそった。「腹ごしらえだけはして行ってや。判子を捜してくるさかい」「お澄さん……」 木下が苦悩に蒼ざめて、澄を引きとめた。「待っとくなはれ。判子……その判ひとつで大本の運命が決まりますやろ。判ひとつあれば、昨日のうちに大本は『皇道会』と名を変えて、お国に公認の手続きがでけたはずや。その判が足らなんだ。つまり、大本の運命は、わしが今判ひとつ持って帰るか帰らぬかで決まる。神さまは一日のばして、その決定をわしに負わせちゃったのや」「……」「道々、わしは迷うた。会長はんはこういいなさる。『法人にすることは大本のためや。今は怒ってやけど、きっと後には教祖さまにも分かって喜んでもらえる。この判ひとつで変化れとらな、後に大本は国からつぶされてしまうのじゃわい』。わしはその言葉を信じたいのや。信じれたら、京都の往復くらい、足が棒になっても、くさってもかまわん。這ってでも戻りますで。けどどんなに立派なことを言うちゃっても、先生は小松林の身魂やさかい……お澄さん、言うとくなはれ、わしにどうせいと」 土間の上り框にがっくり腰を下ろして、木下は顔をおおった。激しく肩が波打っている。澄が突き放すように言った。「分からんのは、うちも木下はんといっしょや。どっちゃにせいというてあげる力が、うちなどないわいな」 木下が顔を上げた。「もしや、小松林が大本を盗むのやったら……」「先生のしとってんことが正しいかどうか、『スサノオが高天原を奪りにくる』いうてん、母さんの神さんがほんまなのか、うちかて知りたいのや、木下はん」「分からんではすまんのですわ。わしが先生を裏切って判子を今持っていかなんだら、先生は……ああ」 六畳の別荘から渡り廊下づたいに、いつもの忍びやかな直の足音。足音は廊下のはずれに止まって、きれいな声だけが響いた。「お澄、木下さんに来てもろておくれ」「はい、母さん」 足音は御神前への階段を上がっていく。 澄と木下は無言で目を交した。姿も見ぬのに、木下の帰郷を直は知っている。すべてを見透している。絶望にも似た思いが、木下を決意させていた。 怯える足を励まして二階へ行く木下。澄が唇を噛みしめて見送る。 神前に端座した直を、木下は正視できなかった。「教祖さま、すみまへん」 あとの言葉が途切れる。直は反り身になって目を閉じたままだ。 思い切って木下は進み出た。「わし、どうしたらよいんでっしゃろ。教祖さま、先生が京都で待ってなはります。『皇道会』の手続きに判子がひとつ……」 直はやわらかくさえぎる。「心配せんでもよい、ゆっくり休みなされ。京都へ行かいでも大事ござへん」「けどわしが戻らず、このまま放かしといたんでは、先生が……先生が……」 突如、直の形相が変じた。水行でぬれた白銀の髪一本一本が光の炎のようにゆらめき立ち、坐ったままの膝頭が交互に激しく畳を踏み轟かす。 木下はとびすさって目を瞠った。あのやさしい、ほっそりした直が、まさに怒れる巨大な男神と化し、雄叫ぶ。 木下は恐ろしさに身がすくみ、魂も宙に吹きとばされんばかり。「上田には好きにやらしてみよ。出口捨ておいて、女子(鬼三郎)が一力でやれるものなら、やりてみよれ。出口の御用継ぐなら、筆先を腹へしみ込めて、まことの心になりたらしぐみを申してやろと言うてあろうが。道が違うと後戻りばかり、肝心のこと、放かいておいて、先へ行こうも行くえわからず。大橋越えてたずねに行くとこ、他には無いぞよ。この経綸問いに行くとこ、どこにも他にはないぞよ。これではものが遅くなりて、ものごとがのびるばかり。今から派手にやりたら行きも戻りもならんことができるから筆先で気をつければ、えらいお気に障りて……。艮の金神は苦労のかたまりで貫くのであるから、知恵学ででけることなればこんな苦労はしもさせもせんぞよ。あまり女子がはばるから、やむを得ず出口を岩戸へ連れまいる。木下慶太郎、今すぐ真倉の後野市太郎を呼びに行けい。後野に御用きかすぞよ」「はっ、今すぐ……」 それも声になったかどうか分からない。木下は転げるように階段を下り、夢中で外へとび出した。木下が去ると同時に、直の神霊も鎮まる。澄が階下から白湯を入れて上がってきた。「お母さん、お疲れでっしゃろ」「おおきに」 一息に飲み干して、ほうっと肩で息をつく。「神さま、どえろう怒ってどしたなあ」「お澄や、しばらくわたしは一人になるようや。神さまが弥仙山の岩戸へこもれといいなさる」「先生は、どうしちゃったらよいんです」 直は強いて笑ってみせる。「先生には先生の神さまがついてなさる。先生の神さまがご指図なさるじゃろ。今は艮の金神さまに敵対う御苦労なお役やが、改心でけたら誰も足下にも寄れん身魂やそうな。金の草鞋で捜して見ても、御用をさせる力のある者は他に一人もない代えのないお方、女子は化物じゃわいというてなさる。けどなあ、先生が胴を据えて筆先をいただいてさえくれなさったら……」 筆先は澄も好きになれぬ。そのことで澄もちょくちょく艮の金神に叱られていた。「澄子も行ない変えてもらわなならんぞよ。早く改心して下されよ」 改心をせまられると、いっそう反撥したくなる。だから筆先で責められる夫の立場に同情もできる。澄は早々に二階から退散した。 金明霊学会内部は騒然となった。鬼三郎が駿河の稲荷講社にもたれて、無断で法人出願手続きをしかけたことで教祖が激しく立腹、老いの身を弥仙山へこもると言い出したのだ。会長駿河行きの三日前にはすでにそれらしい筆先が出ていて、役員たちの間で憶測が乱れとんでいた。「今度岩戸が閉まるから、人間界ではできん御用で……しばらく弥仙山へ出口を連れ参るぞよ」 鬼三郎の駿河行きが動機で早くも決行されようとは、思いも及ばなかった。 後野市太郎(十七歳)が神がかりした教祖に呼ばれ、何事か御用を仰せつかって国元の加佐郡中筋村字真倉(現舞鶴市真倉)にとんで帰った。夜になって十二里の道を駆け戻ってきた後野市太郎をつかまえ、役員たちが囁きかける。「市さん……どうやった。教祖さまに何を命じられなはったんや」「ちょっとでよいさかい教えとくれ……市さん」 心持ち蒼ざめた頬をこわばらせ、市太郎は振り切る。きっと唇を結んだまま、真直ぐに二階の教祖の元へ。やがて中村竹吉が呼ばれ、役員一同に直の意志が伝達された。「今度の岩戸ごもりは、誰もついていくことはできぬ。弥仙山までの御案内に、わしと後野市太郎が供するだけや」 一同はしんとなった。鬼三郎の勝手な行跡が、教祖さまを単身、岩戸へ押し込めるのだ。悲しみと怒りが、ふつふつと彼らの胸をたぎらせる。しかしこの場にその悪神鬼三郎がおらぬのは、妙に心細かった。鷹栖に使いを走らせたが、折りあしく四方平蔵も留守。 後野市太郎は宿舎の元の東四辻教会に戻るなり、ぶっ倒れるようにして眠りに入った。この麦藁葺きの大きな宿舎には、教祖と会長の戦いが始まってから、上田世祢と君が移っていた。それ以前から上田幸吉と木下慶太郎、春頃には後野市太郎も加わって共同生活をしていた。 後野市太郎は、祖母ナカと母こう(戸籍名キク)が一時に病に冒され医師からも見放されたために、御神徳にすがって助けたい一心で綾部に来た。十七歳の純な魂の祈りが通じてか、母も祖母も快癒。のち祖母は九十四歳の長命を保ったほどだ。感動した市太郎は、直を慕ってそのまま綾部に住みつき神業に参加。元伊勢水の御用の時は、直のひそかな命に応じて御神水を入れる青竹の筒を二本つくっている。 思いもかけず今日、弥仙山へお出ましの下調べと、父滝三郎を通じて神主から中の宮おこもりの内諾を得ることを直に頼まれたのだ。年端もゆかぬ自分を名指しで。神命の重さと御信頼の厚さに胸ふるえる思いであった。弥仙山は女人禁制なのだ。交渉は難航したが、山を野路を駆けずり回って使命の一半を果し終えた。若い市太郎の眠りは安らかであった。
表題:弥仙山篭もり 7巻10章弥仙山篭り



 弥仙山は綾部より東北二十四キロ、京都府何鹿郡東八田村字於与岐(現綾部市八田)にある霊山。標高六百七十四メートル。頂上は尖った三角錐で周囲の群山を抜き、裾野は広くぐんと踏んばる。山容の秀麗さを表現して美仙山とも書き、また霊峰丹波富士、釈迦ヶ嶽、金峰山ともいわれる。先祖代々弥仙山と共に生きてきた地元民は「姿かくして弥仙(見せん)山、姿見せても弥仙山」と、得意げに愛情こめて伝える。 山頂と山腹に各六坪ほどの社があり、山頂の金峰神社、通称頂上の宮は木花咲耶姫命を祀り、中腹の於成神社、通称中の宮には彦火火出見命を祀り、また山麓の水分神社、通称三十八社には伊邪那岐尊、伊邪那美尊とその御子三十八柱が祀られ、子授けの神として崇敬されている。 口碑によると、弥仙山は両部山とも呼ばれ、奈良朝時代の大宝年間(七〇一~四)に修験道の祖役小角や同時代の高僧行基らが入山したという古文書があったところから、両部神道(真言宗の金剛、胎蔵両部の教理をもつ神道)の霊山として開かれたと伝える。その後も、冬季を除いて修験者の参詣が絶えず、ために弥仙山を中心に各地に社寺が栄える。 現在の綾部市上杉に登山道入口らしき仁王門もあったが、戦国時代、織田信長、土岐光秀らの戦乱によって社寺はことごとく焼失、衰微した。神殿の再建は宝永五年。女人禁制の掟は厳しく守られ通して、今日でも地元大股村の女性は登山せぬという。 十月十九日(旧九月八日)、出口直、中村竹吉、後野市太郎の三人は、茣蓙蓑と笠、晒の脚絆に紙巻き草履の慣例の旅姿で綾部大橋を越え、重く黄ばみ穂のたれた稲田道を一路北へ。梅迫を過ぎると間なしに日吉神社、大石の木下慶太郎の家が近い。 やがて上杉の木造の陸橋を越え、道は東に折れる。右側に上杉駐在所。綾部から上杉まで三里、上杉から弥仙山まで同じく三里という日暮れの道を急いだ。 於与岐の村社八幡宮に着いた頃は、半月が冴えていた。「教祖さま、ちょっと挨拶してきます」 後野市太郎が社務所に走っていく。直と中村は社前に額づいた。 八幡宮の神主は相根久兵衛。八幡宮のほかに水分神社、於成神社、金峰神社四社の神主も兼ねていた。久兵衛の息子久左衛門(三十六歳)の妻くにと後野市太郎の父滝三郎は従兄妹であり、後野家と相根家は往来があった。 市太郎は直の命によって前日交渉してきたとおり、神主久兵衛に中の宮ごもりの許しをひそかに確かめる。 八幡宮より約半里、伊佐津川の流れに離れずつかず、ゆるい坂をのぼって登山道の入口に着く。道は二又。古びた地蔵尊脇の文字が「右上林、左みせん」。左道に入るなり、うっそうたる大樹が夜空を押し包んでしまった。登り口左に水分神社。 献灯に映える総けやきの神殿の前にほの浮かぶ赤い色に、直は目を止めた。「人形の着物ですわな。赤子の着物やら襦袢やらに似せて縫うてあります」 市太郎の話に直は微笑んで、小さな一枚を手にのせた。来年の春には誕生するであろう澄の子を思うのか。市太郎が静かに話し続ける。「伊邪那岐尊、伊邪那美尊さまの生んじゃった三十八柱の神さまが祀ってござすさかい、子授けの神さまとしてみな慕うています。子のない人、安産を願う人、子供の健康を祈る人がお参りに来なさる。五月八日のお祭りには、神さまに願うて神前の人形の着物をいただいて帰ります。子のない夫婦は、その人形の着物を肌身につけて、お守りにしてんじゃげな。子供が生まれると、お礼参りに新しい人形の着物二枚こしらえて、ここに奉納します。こんなに人形の着物が積まれているのやさかい、きっと神さまに授かったお子も多いにちがいござへんなあ」 子に恵まれぬ中村がまぶしげな目で可憐な衣装を見つめている。 伊佐津川のせせらぎの音にうながされて、水分神社を後に、急勾配の山道にかかった。ここからは女人を禁ず。神主として公然と許可できぬ厳しい不文律がある。人に逢うてはならない。 六十六歳の直が先頭。呼吸の乱れもみせず歩き続ける。けやき、桧、杉などの大樹を重ねて月影も洩らさぬ細道を、提燈の明かりひとつ手元に、逡巡なく歩を進める。息子と孫の年ほどの二人は、おくれじとつき従うだけで精一杯。 自然石の石段を五十段ほど登りつめた。中腹に平担地がひらけ、中の宮の於成神社が闇に沈んでいた。「市太郎、鍵を」と、直の凛とした声。「はい」 市太郎は、昨日下調べしていた通りに社の右側面に回る。そこに小さなくぐり戸があった。中村のさし出す明かりに覚悟して南京錠に両手をかけ、力をこめて引きちぎる。神主は女人禁制を守るべき神職の立場上、鍵を渡してくれなかったのだ。「よし」 市太郎が低く叫んだ。ぎいっときしんで、くぐり戸が開く。 提燈に照らされた社殿の内部は三間と一間の神床、その前はやはり三間に一間の冷ややかな板の間。文机が一つ。ろうそくに灯をともした。 中村が大きく見震いした。恐ろしかった。教祖さまはこの深山の奥にただひとり、神と向き合うてん気か。 直は板の間に座すと、二人にやさしく声をかけた。「御苦労はんでございました。これであなた方の御用はすみましたさかい、どうぞ途中に気をつけて帰っておくれなはれ」 出発前からの約束ごとではあったけれど、中村も市太郎も動けなかった。かすれた声で中村が哀願する。「教祖さま、それは殺生ですわな。こんな淋しげな所へ教祖さまおひとりなど、とても置いていかれるものですかい。何かあったらどうなさります。せめてひとりでも、夜だけなとこの隅に代わりばんこでおらしとくれなはれ」 木枯らしが板戸に吹きつけ、がたがたと揺する。荒れた板戸のすき間から洩る風に灯がゆらめく。姥捨山に老母を捨てる気がして、とても立ち去れぬ。「教祖さま、お願いでございます」 市太郎も泣き声になって板の間に手をつく。厳しく引きしまった直の顔。急に直の体が大きくひろがって、自分たちが小人のように卑小にみえる。「御神業の邪魔ですさかい、去んでおくれなされ」 神気が二人の肌を刺し貫く。「はい」「お、お大事に」 逃げるように戸口へいざった。いつもの優しい直の声が追った。「これ、提燈を忘れたらあきまへんで」 二人は外へ出て、震える顔を見合わせた。寒気ばかりではなかった。 彼らの足音が消えていくと、直は改めて神前に祈願をこめ、いそいそと文机に向かう。墨をすり、筆にたっぷりひたす。それを白紙の上に真っすぐに立てた。走るように筆が動く。神気が溢れんばかりに中の宮を浸した。 何に怯えたのか、つんざくような野猿の叫びが真近におきる。 ――大本の仕組みは機の仕組みであるから、縦横が揃わんと、にしきの機であるから手間がいるぞよ。縦横の心揃うたなれば、機はよう織れるなれど、昔からまだこの世に無きこといたすのであるから、骨が折れるのざぞよ。出口岩戸へ入りたる時のしるし、出口の神と現われる。明治三十四年九月の八日に立て籠りたのざぞよ。 無我のうちに、さらさらと筆は走り続ける。 その真夜中、戸を叩く音。「教祖さま、教祖さま」「お入り」 壁にもたれ、五分板の上に座してしばしまどろんでいた直は、涼やかな声をかけた。 おそるおそるくぐり戸から入って来たのは、木下慶太郎の父亀吉と森津由松。森津は口ごもりながら、訥々と言い出した。「ほんまにほんまにすまんこってございます。けどなあ、この亀吉はんが、わしの家に来て、泣きながら言うてんですわな。慶太郎が教祖さまに黙って会長はんと駿河に行った。ほんまに何とお詫びしてよいやら。教祖さまが中の宮にお篭りなさったと聞いて……中の宮は板の間じゃさかい、この季節で夜さりはさぞお寒かろう。気がついた時には、夢中で薦を二枚編み上げとったげな。そいでも薦を持って行ったら、教祖さまの神さまにどえろう叱られるじゃろうなあと心配してやさかい、わしが言うたんですわな。『叱られてもよい。教祖さまのお体が冷えんよう、この薦はとどけんならん』……」 亀吉が進み出て言った。「森津はんが『叱られるなら、わしも一緒に叱られよ。罰を受けるなら半分半分じゃ」いうてくれちゃったさかい、わしはつろうてよう来られんとこを、一緒に登ってきたんですわな。息子の罪は堪忍しとくれなはれ。わしがどんな罰を受けてもよいさかい、どうぞ、どうぞ、この薦は敷いとくれなされ」 木下亀吉は頭を板にすりつけた。 直は合掌し、「それはおおきに。これは神さまから授かったものとして、喜んであてさせてもらいます。どんな絹の蒲団より人さまの誠心が一番暖かでございますでなあ」 木下亀吉は、そっと紙包みを取り出した。「何もござへんけど、はったい粉を持って来ましたさかい……」「これは御馳走を……」 直は押しいただいた。 木下亀吉と森津由松が晴れやかな顔になって下山すると、直は薦の上にそっと横になり、目をつむる。何枚重ね着しようと夜中の深山の寒気は防げぬのに、直には感じぬのか、すやすやと寝息をたてる。 夜のしらじら明け、直は起き上がり、神社の外へ出た。石段を降りてわき道に入ると一丈有余の不動の滝があり、滝壷の傍に不動尊が祀られている。この滝が上杉、黒谷、真倉を経て舞鶴湾に注ぐ伊佐津川の源流である。直は肌襦袢一枚になって禊する。 終わって山頂を目ざす。細く険しい山道を梅の杖を突きつつ約八丁。木花咲耶姫命を奉斎する金峰神社は、山頂の苔むした石垣の上に建つ。 長い祈願を捧げ終わって下界を見はるかす。北西の山波の向こうに朝日を浴びた舞鶴湾が金波銀波に輝き、さらに遠く日本海が空に溶け合っている。南西は紅葉しきった山道、その山裾から舞鶴街道が白く一筋、綾部に向かって延び、はるか先に四尾山、本宮山のそれらしい姿。北東に目を転ずれば青葉山、西に由良岳がくっきり見える。 直は後野市太郎から聞いた話を思い出した。 青葉山、由良岳は弥仙山とほぼ同じ高さ。弥仙山の神が「青葉山、由良岳より高くしたいものじゃ」と言われたので、参拝者は登山口から石を一つずつ運んでくるしきたりができたとか。その石が神社の周囲に石垣を作っている。 中の宮に戻ると、不動の滝水でごく少量のはったい粉をといた。弥仙山ごもりの間、食事のことなど念頭になかった。絶食は当り前と思いこんでいたのだ。 ――神さまが許してくださった。 こうばしく、おいしかった。後は文机に向かって、ただ筆先。 三日目の朝、四方与平は、境内の桧の大樹に隠れて中の宮の様子を伺っていた。近寄ることは恐ろしくてできなかった。筆先の御用をしている時の直は、人間とは思えぬ知覚をもっている。それでも心配で、とうとうここまで来てしまった。帰るにも帰れず、ただ息を詰めて時を過ごした。 昼過ぎの頃、左わきのくぐり戸があき、直の姿があらわれる。 ――ああ、まだお元気や。教祖さま……。 三日前に出発を見送っていながら、もう長く会わなかったような懐しさ。と、直が確かに四方与平の隠れる方を向いて手招く。見えるはずがない。身を固くしていると、またも手招く。木蔭から出て、おずおずと直の傍に歩み寄った。 直は嬉しげに笑っていた。「与平さん、すみませんが、お澄に伝えとくれなされや。神さまがこういいなさるのじゃ。『この世がすっかり暗雲になって、水晶の種がなくなってしまったから、このままでは、この世は泥海になるばかり。それで、今度水晶の種を地の高天原に授ける』。地の高天原というのは、綾部の大本……」 与平は、興奮に赤らんだ顔でふり仰いだ。「すると……今、お澄さんのお腹にいなはる子が水晶のお種……」「はい、五ヵ月ですわな。水晶の種は木花咲耶姫命の御霊。そして、『大本は代々女のお世継、末代、女のお世継とする。男を世継にしておくと、目的を立てる者が現れて仕組みの邪魔をするから、七柱の大神が代わる代わる女と生まれて世を持つぞよ』と言いなさるんじゃで」「やっぱり、生まれるお子は女の子や」「女の子、それもだいぶ変わり者が生まれますで。お澄に『この度の帯の祝いは機嫌よう祝うてくだされ』と、伝えておくれなされ」「ありがたいことでございますなあ」「この山の上に木花咲耶姫命の祀ってある神社がありますさかい、お参りしてお帰りなされ。それから役員さんたちには、『誰も来ることならぬ』と、もう一度厳しく伝えておくれ」 与平は恐縮した。そして直から筆先をあずかり、心をふくらませて躍る足どりで山頂さして登っていった。 四日目の十月二十二日午後、四方平蔵は早昼をすませて、稲刈りの始まった秋空の下を北へと怒った顔で歩いていた。商用でしばらく綾部を離れていた。久しぶりで帰ってきて、鬼三郎、木下の駿河行きと教祖の弥仙山篭りを知ったのである。 鬼三郎の気ままさにも腹が立ったが、夜具の用意も、食事の配慮もなく、かろうじて木下亀吉の誠心で受けとられた新薦とはったい粉で篭っていられると聞いて、頭がくらくらした。 温厚な平蔵が、中村竹吉に食ってかかったものである。「あんたがいながら、なんでこんな無茶なことを止めなんだんや」 中村はむっとした。「誰が何といおうと、教祖さまがいったん言いだしちゃったら、止められるもんやないでよ。冠島開き、沓島開き、鞍馬山……どれも無茶やが、誰も止めることはできなんだ。あの時も平蔵はんは留守じゃったかのう」 皮肉を言われて、平蔵は平静に戻った。確かに中村のいうとおりだ。しかし未練らしく、「それなら、せめて一緒にお篭りするなりと……」「それが許されるものなら……平蔵はん、今から行ってみたらどうや」「おう、行ってこいでかい」ととび出そうとする平蔵を、あわてて中村が止める。「えらい山や。昼でも暗いのに、その眼ではなあ」「ほっといてくれ」 この日はことに夕霧が深かった。山裾で聞いた百舌や目白のさえずりも絶え、やがて視線は鈍色に閉ざされる。熊笹や野茨やどくだみの茂る山道を踏みわけて、手探りで歩んだ。歩むというよりは這っていた。 石の階段に突き当たった時、思わず手を合わせて感謝した。この上に、中の宮があるにちがいない。 ようやく登りつめて、中の宮の拝殿にたどりつく。「教祖さま……教祖さま」 殺したはずの声が、思わず押えきれぬ叫びになる。 くぐり戸を明けて、直は不興げに言った。「誰も来ることならぬと申しつけておきましたやろ。まあ、この暗いのに平蔵さん……」 平蔵は、必死で一夜だけでも一緒に篭ることを願った。止めどもなく涙が溢れる。まるで、母親に物ねだりをしている聞きわけのない子供であった。 直はもてあました。「平蔵さんのその眼では、今から帰れという方が無理ですわなあ。仕方がござへん。神さまにお許しを願うてみます。けれど、ここは荒神さまの御集合場ですさかい、ゆっくりと休んでもらえんかも知れませんで」 腰の手拭いで丁寧に土足をぬぐい、平蔵は御神前に平伏、直が祈願をこめる。「一夜だけのお許しがでましたで」 平蔵が感謝の祝詞奏上。 新薦の上で、ようやく直と対座することを得た。水で溶いたはったい粉をかいて、二人の夕飯にした。 おそい夕拝の後、神霊に感合して、直は帰神状態になった。平蔵は社の片隅に平身低頭して拝み続けた。 十一時、十二時……深山の夜気は深々として迫ってくる。が、直の状態は変わらぬ。夜半の二時頃になって、ウー、ウーッと二声、三声叫ぶと、神霊は鎮まった。 まだ頭も上げ得ぬ平蔵に、直が言った。「平蔵さん、今夜はもうだいぶ遅いようですさかい、早く休ませてもらいましょ」 緊張がゆるむと、尿意を感じた、平蔵は提燈を持って外へ出た。神社の近くでは恐れ多かった。一町余りも離れた所へ下り、用を足した。 すっかり冷え切って帰ってくると、直は薦を一枚ずつ並べて敷いて、寝る用意をしていた。平蔵は、羽織を着たまま、そっと薦の上に横になってとろとろ眠った。 日の出前に起床。「さあ、これからお滝さんへ行って、お水を頂いてきましょう」 くぐり戸を明けると、まだ薄暗がり。直は平蔵の手をひき、提燈もつけず、慣れた足どりで歩き出した。 ――これでは、わざわざご迷惑をかけに来たようなものや。 平蔵は苦笑した。労働で鍛えぬいた大きな直の掌は平蔵の掌を温め、それは魂から全身へと伝わっていた。いつまでも歩いていたいと願った。不動の滝の氷のような山水で禊しても、その温みは消えなかった。 竹筒に水を汲んで中の宮に戻り、朝拝。平蔵がはったい粉をかいていると、谷間の方角に、めらめらずずーんと地の裂けんばかりの怪音、続いて四辺の山々がぐらぐらと鳴動。向こうの山まで地響きさせて、山彦が寄せていく。 気を失わんばかりになって、平蔵は直を見る。直は微笑した。「御守護神がたんとやさかい、賑やかでよろしなあ」 ――なした豪胆な人じゃいな。 平蔵は心底から敬服した。自分は、この人を普通の媼に対する風にしか案じていなかったのではないかと、恥じられてならなかった。 三口ほどのはったい粉を食べ終わると、直がいう。「わたしは今から神さまの御用がありますさかい、すぐお帰りなされ。決して誰も来ぬように役員さんにもう一度念をおしとくのやで」 平蔵は、しっかりうなずいた。「教祖さまは神々さまが御守護なさるさかい、絶対に大丈夫、安心して山を下りますわな」 帰り支度をして外へ出た。夜は今明け放たれるところであった。霧の底に沈んだ下界の向こうに、綾部の山々の頂が藤色に浮かび出ていた。
 五日、六日と、直は心ゆくまで神と語り、またわが手によって書きしるされる筆先を読んだ。わからぬ所は、幾度も押して神に問い詰めた。 艮の金神の仕組んだ三千世界大改造の神業。言いおきにも書きおきにもない大芝居の型、あげくのはてに用意されたどんでん返し。その筋書きのあらましを知れば知るほど、直は気の遠くなる思いがする。 この大望な御用を果すためにこそ、神代の昔から地に落とされ、生きかわり死にかわりして苦業を重ねてきた稚姫君命、つまり、直の身魂なのだと神はいう。しかし、直ひとりで何ができよう。すべてこの世が天地の根本から分れ出る陽と陰、霊と体、火と水の二つからなり、二つが結び合ってさまざまな力や生命を生ずるように、直がぶつかり、火花を散らし卍となって戦って、やがては結び合い、共にみろくの世を生み出すべき身魂がいるのだ。受けて立つ同等の役者が。「初めの岩戸にこもられたのは天照大神、敵対役が弟の素盞嗚命。二度目の地の高天原の岩戸に入るのは妹稚姫君命の直で、岩戸を閉めたのも、同じ分け身魂の小松林命が神がかる上田鬼三郎であるぞよ」 ――とすると、この弥仙山の麓に祀られる那岐、那美二尊の三十八柱の御子たち、そのうちから姉と弟、妹が岩戸の御用に使われる。 自問自答の形で直が食い下がる。「悪のお役とは何でござりますい。なぜ戦わねばなりません」「直よ、霊も体も、神からのものなれば、もとより善悪、軽重の差はないのじゃ。しかし結び合って力を生む時、一方を主として他方が従わねば、宇宙いっさいの統一調和はできぬ。まず心が思い、体が従って動くが神律。人の魂は神より受けし直霊であり、省みる性をそなえつつ、神に代わって天地を経綸していく使命を与えられておる。人が地上で生きるためには、赤子が成人していくように、まず体を、さらに魂を育てねばならない。そのために必要な手だてとして、人に自由なる意志を与えた。しかし体を育てるあまりに、人の心は物質界に片よって神律にそむき、次第に神を押し込め、神をないものとし、体主霊従の世界に開けてきた。今にして心を改め、人類が神律によって目ざめねば、この世は自らつくり出した学によって泥海となるばかりじゃ。この世をここまで持ち荒らし、ついには岩戸を閉めた責任をその一身に負い、自ら泥海に入って人類の罪をあがなうのが変性女子の役。その一厘の仕組みは今、直にも言えぬ。この大本はその世界の雛型じゃ。善と悪とをこしらえて力比べをいたすのであるから、一日も早くこの世を乱した悪(体主霊従)のやり方を改めさせ、水晶の世に立て直さねばならぬ」 風で散る木の葉の行方を目で追いながら、我に返った直はつぶやく。「先生の御用も辛いお役。これも神のため人のため……」
 十月二十五日早朝、直は頂上の宮に参詣し「下山せよ」との神示を得たが、社前からなかなか去りがたかった。中の宮に帰って最後の筆先を書き終えると、外で物音がした。直が戸口からひょいと顔を出した。当番で宮掃除に来ていた二、三人の村人が遠目に直を見るなり、やにわに竹箒を投げ出して駆け去った。 ――驚かして気の毒なことをした。 直は心でわびながら、去るにあたって、塵ひとつ残すまいと社殿内の掃除をする。 於与岐村はどよめき立った。「中の宮に白い毛をかぶったもんが動きよった」「いや、あれは女や、年寄りじゃろ」「狒狒かも知れん」「狒狒でも、女でも、どっちゃにしてもえらいことや。この霊山に……」 騒動が伝わって、ついに狒狒退治となる。村人たちは、手に手に竹槍やら銃をとって、中の宮に押しかける。一方、巡査や神主、麓の四つの村々にも知らせがとんでいた。 この朝、胸騒ぎがして、後野市太郎は真倉を発って山を登ってきていた。山腹の途中で、ものものしい村人の一隊とぶつかる。 話を聞いて、市太郎は一行の前に立ちふさがった。「中の宮に篭っておられるのは教祖さまや。狒狒なんぞではないわい」「教祖ちゅうのは誰やい。女やろ」「ここは女人禁制の霊山ちゅうことは知った上か」 口々につめ寄る村人。「肉体は女でも、霊魂は男……変性男子でござるわい」「けったいやのう。男かいな、女かいな」「ともかく行ってみなんだらわからんわな」「そこどけい」 市太郎をはねのけて、殺気立った一同が山路を駆ける。「待ってくれい。乱暴は許さん。あの人は神さんや。無礼をすなや」 必死で叫びつつ、市太郎が追いすがる。 中の宮の前で市太郎は一同を押しとどめ、ひとりで社殿に近づいた。「教祖さま、市太郎でございます」 呼ぶ間もなく、くぐり戸が開いて直が全身を現わした。わっと一同が直、市太郎をとり囲む。「こんな所で何しとっちゃったんや」 村人の一人が詰問、直はすまして答えた。「世の中が暗がりやさかい、神さまの御命令で篭ったのでござるわいな」「錠をこわしとるやないかい。なんちゅう肝の太い女や。女の身でこのお山へ登るさえ、どえらい神罰受けるのに、社の内に入りこむなど……神さまが怒りなされて、こ、この村の衆にどんな難儀がかかろうやら知れん」「心配はござらぬ。今日から女人禁制を解くと中の宮の神さまが言うてござる」 その時、息せき切って神主相根久兵衛とその子久左衛門、上杉駐在所の今井巡査が登ってきた。後を追って村の代表者たちがやってくる。大又村の鍋師菊蔵、身内村の滝花丑太郎、ほかに中川原、下村二村からそれぞれ一人ずつ。「待て、そのお方はただのお人ではないのや」と、久兵衛が声をあげた。「わけがあって、そのお方を存じておる。この弥仙山に深い因縁のあるお方と判断したさかい、わしが内々でお篭りを認めたのじゃ。掟を破った責任はわしにある」 後野滝三郎や市太郎から話に聞いて綾部の金神出口直についてはひそかな好意を抱いてはいたものの、見るのは初めての相根久兵衛である。神主として迷惑な立場におち入った久兵衛が、微笑を含んで衆人の中に立っている直を見た瞬間、職をなげうってでもかばおうと腹を据えていた。「すまぬことでござりました。今日でお篭りさしてもろてから一週間目、神さまの御用は終わりましたさかい、頂上の神さまのお許しを得て帰るところでござります」 直は、相根久兵衛に感謝をこめて挨拶した。 今井巡査は職務上、型通りの訊問をした。錠をこわして立ち入った以上、住居不法侵入だ。しかし、物が盗まれたわけではない。そればかりか、社殿内は見違えるように美しくなっている。どう扱ってよいかわからず、ともかく綾部警察署に報告することにした。「上杉までお送りいたしますわな」「それはおおきに、そうしておくれなされ」 鄭重な久兵衛の言葉に、一同は直、市太郎に従って弥仙山を下りて行った。 その夜、直は木下慶太郎宅で一泊、夕空に溶け入っていく弥仙の山に名残りを惜しむ。

表題:伏見の難 7巻11章伏見の難



 印鑑を取りに綾部へ行く木下と別れてから、鬼三郎は、塩小路にある金明霊学会支部へ足を向けた。 杉浦万吉ら京都、伏見の連中に命を狙われ、だらしなく大原の宿を逃げ出してからまだ日は浅い。今度は、鬼三郎暗殺計画の策源地へこちらから乗り込んで行く。会員を恐れて会長が逃げ廻っていては、三千世界の立替え立直しでもあるまい。彼らの誤解は解いてやらねばならぬ。 小兎のように臆病かと思えば、死中に活を求める大胆さがあった。木下が帰ってくるまでの宿料を浮かしたいという計算もあった。のんびり宿屋で待つほど、財布の中身にゆとりはない。「ごめんやっしゃ。上田鬼三郎や。上がらしてもらいまっせ」と玄関で声をかけておいて、勝手知った二階の神前へつかつかと上がる。四、五人の男が語り合っていた。杉浦万吉、瓦請負師の安田荘次郎、漬物屋の時田金太郎、山本、小島という信者たちである。 時田金太郎が顔色を変えた。彼は、立替え切迫を信じた綾部移住組のひとりである。商用にかこつけてしばしば上洛していたが、おそらく綾部の情報は彼をパイプにして、地方支部へ筒抜けであろう。鬼三郎暗殺未遂事件に、彼もまた一枚かんでいるかも知れぬ。今も今、鬼三郎排撃について語っていたことは、この場の空気で判じられる。 杉浦が言いかける前に、鬼三郎は機先を制した。「やあ、この前は大原の宿で失礼したのう。誰かさんに悪神がついてわしを殺そうとしとるいうて小松林はんが教えてくれたさけのう、せっかくの出迎えやったが、あんたらに人殺しの罪を作らせるのも気の毒や思うて京都行きはやめといた。どれどれ、顔見せてみ。おう、悪霊が退いたわい。これは結構……」 手をのばして菓子盆の塩せんべいをつまみ、ぱりっと良い音をさせて噛んだ。「今頃、何しに来なはったんどす」と杉浦が、ぶすっと訊いた。「霊学の勉強や。綾部にいて井の中の蛙になったらあかん。稲荷下げでも審神して回るつもりじゃ。これから武者修業に出かける」「先生、わし、お供させてもらいますわ」と、時田がすかさず言った。「お前ひとりが供じゃ頼りない。わしも行ったる」 他の連中も争って同行を申し出た。鬼三郎を非難はしても、彼らにとって霊学の魅力は捨て難かった。鬼三郎は、自分に代わる餌を投げ与えたのである。 彼らを連れて京都市中を徘徊し、片っ端から稲荷下げを調べて歩いた。それが望みの、秀れた交霊術者には会えなかった。が、霊縛されて目だけ白黒させる悪徳稲荷下げを眺めるのも面白かったし、神鏡にかけたように正邪をきっぱり審神する痛快さもたまらなかった。 同行者は、改めて鬼三郎の霊力の偉大さに驚き、見直した。 木下慶太郎は梨のつぶてで帰って来ぬ。鬼三郎の行動を怒って教祖が弥仙山篭りし、役員たちが「小松林の悪霊が教祖さまを弥仙山に押しこめた。第二の天の岩戸がくれじゃ」と騒いでいようなど、楽天的な鬼三郎は夢にも思わなかった。肝心の時に見通せぬなど、天眼通も決して万能ではないようだ。むろん支部の連中も、綾部の事情を知らない。 二、三日京都にいて、伏見町上坂橋の御牧治三郎を訪ねた。まだ生まれて半年の御牧の長男霊男は、鬼三郎が名づけ親であった。鬼三郎の命名第一号だけに、特に可愛がった。細君の手から霊男を奪ってあやしているうち、聞きつけた信者たちが集まってきた。京都から松井元利、杉浦万吉、時田金太郎までが後を追ってくる。 京都での霊学修行を話題に、話がはずんだ。伏見の一人が言った。「横大路村に青柴つゆという稲荷下げの婆さんがいて、それはもう霊験あらたかやそうどすで。たいした評判や」 一座の浮き立った気分で、「早速、その婆さんを試してみよう」ということになった。調子に乗った鬼三郎も、すぐに同意する。正面から行っては断わられるに決まっているから、例によって百姓に化ける。鬼三郎の同行者は松井、杉浦、時田、御牧の四人の他、田中とくという四十そこそこの女が参加した。いずれも、百姓らしく見せる借り着である。 横大路村は伏見の東に隣接、中心を鳥羽街道がつき抜け、街道筋に家が並んでいるだけの小さな村であった。青柴家も鳥羽街道に面し、家のすぐ裏は高瀬川の土手で、草津の浜という船着場である。 横大路は、慶応元年、幕府の命により魚市場を公設、殷賑を極め、三十石船が草津の浜に接岸して魚類やその他の貨物を荷上げした。明治十(一八七七)年、大阪、京都間の鉄道敷設を境に次第にさびれ、今は時おり砂利採取の小船を利用して大阪方面へ行く人が乗り降りする程度である。 青柴つゆの家の門には「敬神教会鳥羽支部」の大看板がかかげられていた。玄関には多くの履物が並んでいて、青柴の人気の高さを示す。すり切れた草履から高価と一目で分る桐下駄まで、信者層の幅の広さを思わせる。玄関脇の部屋には、若い衆が数人ごろごろしていた。 後で知ったが、この十月二十一日は横大路村にある田中神社(八坂神社の分霊社で祭神は素盞嗚命、櫛名田姫)と飛香田神社(祭神は賀茂別雷神、市杵島姫命)の祭礼の翌日であった。祭礼には神輿の渡御を村中総出で祝い、その翌日はくたびれ休みというわけで、若い衆がここで油を売っていたのだ。出口直が弥仙山篭りして三日目である。 案内を乞わなくてよいらしく、貼紙の矢印に従って廊下を通り、十二畳ばかりの控え室に入る。七、八人の先客がいた。隣室から洩れる魅力的な錆声は、青柴つゆのものであろう。断定的な物いいをする。手にした白い茶碗も、主観によっては「黒」と言い張る型の女らしい。迷える人たちが欲するのは思慮深い忠告ではなく、自分に代わってしてくれる断定なのだ。 青柴つゆの人気の秘密の一端を、鬼三郎は伺い知った。 順番が来る。鬼三郎ら一行六人は、田舎者をよそおって、祈祷の間へ通る。 祭壇を前にして、白衣、緋の袴の青柴つゆが座し、離れて中年の世話係がいた。鬼三郎は、うつむいて青柴つゆを見なかった。が、霊眼に映ずる彼女は小柄だが骨組は太く、浅黒い。眉毛はへの字型。眼と眼の間隙が狭い。眼はかなり不自由で、ようやく物の形を判別できる程度。喋る時、唇を尖らせる癖。霊線はかなり鋭い。守護神は……とひそかに内部を探る。 青柴つゆはこの時五十八歳。京都府船井郡和知村の船越家の生まれ。船井郡桐の庄村木崎某に嫁ぎ、夫の死後、横大路村へ移り住んだ。能勢の妙見で修行して霊力を得たといわれる。 一行の中で一番百姓を地でいけるのは時田金太郎。赤ら顔で肌も造作も荒く、太づくり。右眉の上の小指大の瘤が愛矯である。 時田は前に出て、ぼそぼそと喋った。「わしらは丹波の穴太の百姓や。わしらの親戚の上田喜三郎ちゅうのが家出して、永く行方がわかりまへん。横大路のお台さんはよう当るいう評判やさかい、皆で参らせてもらいましたんどすわ。一つ、喜三郎の行方を伺うてもらえまへんやろか」 青柴は、不自由な目を細めて一行を見廻す。鈍い膜を張って、鬼三郎は自分の霊性をその蔭にひそめる。鬼三郎にぶつかった青柴つゆの視線は、そこで長く止まった。ばれたかと、誰もがひやっとした。だが何事もなく青柴の目は正面に戻り、瞑目。口の中でしきりに何か念ずる。やがて咳ばらいひとつ、おごそかに託宣した。「上田喜三郎は百両の金を持って逐電した。方角は巽……」「畜生、持ち逃げした銭とり戻さんなりまへん。ほしたらあいつを金縛りして、動けんようにしてもらえまへんか」 青柴は神慮を問い、他人事のように取り次いだ。「金縛りするには、別に七両いると神さまは言うとってやで」 世話役が金を受け取る姿勢になる。「へえ、七両……どないしょ」と、時田は一同を振り返った。 鬼三郎が初めて面を上げた。「それは後で相談しよけえ。なんせ大金やさけ。……話は別やが、お台さん、わしは子供の時から病気で困っとります。なんの病気か神さんに伺うてもらえまへんか」 青柴は、とんと短い御幣を振り、鬼三郎を再び凝視する。霊線が鬼三郎の体に吹きつけられ、膜に突き当ってゆるく滑る。つゆの面に迷いが浮かぶがすぐにはねのけ、重々しくいった。「ふんふん、大蛇や。あんたの腹の中に大蛇が見える。ほれ、あんたの家の乾にある蔵なあ、あそこに住んどった大蛇が腹の中に入って祟っとる。病気はそのせいやで」「わしんとこには池はあるけど、なんせ貧乏やさけ蔵いうもんはありまへんのや」 腹立たしげに、青柴はいう。「神さまは乾の蔵といわはるのえ。形の蔵はのうても、霊的にはちゃんと建っとんのえ」「そんな阿呆な。そんなら初めから目には見えん蔵やと断わってもらわな……」 青柴はたかぶった声で叫んだ。「神さんがあるいうたらあるんや。のうてもあるんや。この不信心者め」 時田の鬼瓦のような顔が、青柴つゆの前にぐいっと寄った。「おい、おばはん、人をおちょくるのもええかげんにしいや。高い銭とりやがって、詐欺師め。分からんなら分からんと、正直にカブトぬいだらどうやい。教えたろか。この人がわしらの捜しとる上田喜三郎の本人やで。百両持ち逃げやて、よう口から出まかせぬかしやがった」 黙って控えていた杉浦万吉が、凄みのきく調子で口を切った。「さあ、上田喜三郎先生を持ち逃げ犯人にしよってからに、名誉毀損で訴えたろか。それとも霊術くらべで、この上田先生を金縛りにしてもらおかい。お前はんにでけたら七両くれたるわい」「その代わりできなんだら……今日の出来事を書面にして、ちゃんと判子押してもらうで。わしら新聞種をとりに来たんやさかいな」と、時田が後を受ける。 言い過ぎや時田の奴と鬼三郎は驚いたが、今さら押えはきかぬ。 異常な気配にとんで逃げた世話役が、別室で酒を飲んでいた坊主上がりのごろつき岡田良仙の部屋にころげこむ。良仙は、知り合いの紹介で、旅の途中に一宿を求めた渡り者である。「お台さんがえらいこっちゃ。助けとくれ。他国者が六人も因縁つけに来よったで」「よし、わしにまかせとけ。お前はそこらの若いもん、かき集めて来い」 腕におぼえのある良仙は、ここぞとばかり片肌ぬぎになった。知らせを受けて、玄関脇の部屋の若い衆がそれっと立った。「喧嘩や喧嘩や、他国者が六人や。袋叩きにしてくれい」と、それでも足りぬとみた世話役は、外へ出てわめく。祭り休みで無聊をかこっていた連中だ。一団となってなだれ込んできた。「他国者はどこや、どいつや」 青柴つゆが金切声で命ずる。「こいつや。上田喜三郎や。悪党どもを叩き出すんや……」 青柴の指さす先に群衆の殺気が集中。そこには睨み合う岡田良仙と鬼三郎がいた。「悪いのは上田やぞ」「そうや、悪いのはおれやない、上田や。助けてくれい」 恐くなった杉浦たちは、鬼三郎の側から離れて、とっさに良仙についた。群衆の目は、肩肌ぬぎのいかにも悪党然とした見なれぬ坊主と、ひっついている五人の男たちを捕えた。「袋叩きや」「引きずり回して高瀬川にぶち込め」「水飲ましちゃれい」 まっ黒になって襲いかかる。妙な風であった。鬼三郎はまっ先にはじきとばされ、群衆は良仙と五人の他国者めがけて折り重なっていく。鬼三郎は人の輪の外にはみだしてとまどった。「人違いや。上田喜三郎はこっちや」と教えてやりたい。といって、今から殺されに輪の中へもぐりこむ気にはなれぬ。それよりも、まず五人の仲間たちを助けねばならぬ。 近くの駐在所に駆けこんだ。巡査はどこかに出かけて不在。表通りを興奮した女子供たちまでが走っていく。無人の駐在所で考えた。 ――五人の同行者が敵方についたおかげで奇跡的に人違いしてくれたが、すぐ真相はばれる。おさまらんのはあの坊主や。わしが間違えてくれと頼んだわけやないが、こういう結果になってみれば、恨みをかぶらんなんのはわし。あとの五人かて、わしにだまされた、そそのかされたとかんかんになって訴える。そういうわけになる。 と、先頭に血まみれの坊主、その後にあの五人、前後左右にまっ黒な群衆が鬼三郎ひとり目がけて、うわっと襲いかかるのが見えた。いや、見えたのは現実ではなかった。人の想念、ことに怨念を、霊に感じやすい鬼三郎の体がいっぱいに受けとめたらしい。 駐在所を飛び出すなり、闇雲に逃げた、走った、息の続く限りは。気づいてみると、そこは京都西洞院の信者、西村栄次郎の家の近く。とび込んでかくまってもらった。群衆に取り囲まれた時の気分は、ここでもずっと尾を引いて、いやらしくぴくぴくと痙攣した。 三日ほど篭りきりで隠れていた。主人の西村が薄あばたの頬に苦笑を浮かべた。「先生、ちょっとは散歩して外を見まわしなはれ。誰も追ってきやしまへんで。良い天気で、嵐山の紅葉も見頃やそうどっせ」「いやいや、まだ剣呑や。君子危うきに近寄らずいうやろ」「それでも京都は広おっせ。めったに見つかるもんやおへんけどなあ」「あんたは知らんのや。ああいう奴らは動物的嗅覚が発達しとる。ああ、恐い。今の間にここで寝だめしたろ」 その臆病ぶりは滑稽だった。風が戸を叩くのさえ、びくびくした。会長ともあろう者が情けない。これでは信者たちがついていけんやろ。けど何か憎めん。臆病をむき出しにするとこなんか真似でけんと、西村栄次郎はあきれたり、感心したり。しかしいい加減甘やかしとけば癖になる。支部に相談してみようと思った。 栄次郎の留守中、ごろ寝している鬼三郎の口を破って突如、聞き覚えのある声がとび出した。「どうや、だいぶこたえたであろう」 鬼三郎は、はね起きた。「あ、小松林はん……今頃どうやとは、なんちゅう神さんやい。わしが伏見で危難に会うとる肝心かなめの時に助けてくれんなんて、あんまり薄情やんか」「お前のすることなすこと、阿呆らしゅうて見とれんわい」「わしかて好きこのんでしとるんやないわい。けど、あいつらの目を開かそ思たら、霊学の実地でも見せたらんことには……理屈で分かるような奴らやない」「それそれ、早う坤の金神さまの守護と代わってやりとうても、お前は頼りのうて、これではわしとの腐れ縁もまだまだ切れそうにないのう」「あんたが憑いとるおかげで、わしは役員信者らにいじめられる」「やっぱり、あのごろつき坊主に殴らしといた方が、お前の身のためやったかのう」「へえ、まるでわしが逃げ出せたんは、あんたのおかげみたいな言いぶりや。小松林はん……おい小松林……」 呼んでも、後はうんともすんとも言わぬ。 ――馬鹿にしとる。けどあいつらが坊主と間違えたんは、小松林はんの仕業かも知れん。 鬼三郎は、また大の字に天井を向いた。綾部に残した妻澄が恋しかった。お澄の笑顔ひとつでこの気鬱は吹きとぶやろに……腹にいる息子は順調に育っとるやろか。ちんぽこの形、ちゃんとついたか知らん。澄に似て太っ腹な子に生まれてくるとええが……。 翌日、杉浦万吉と時田金太郎が押しかけて来た。西村栄次郎の支部への通報で、鬼三郎の所在を知ったのだ。 彼らの目のまわりがいい合わせたように黒ずみ、頬がふくれ上がっているのは、袋叩きにあった名残りであろう。彼らはどたん場になって鬼三郎を裏切ったことを棚に上げ、さんざん恨みごとを述べた。それでもまだ腹が癒えぬ時田は、にくにくしげに鼻を鳴らす。「へん、霊学の武者修業やて、よういわしてもらわんわ。お前はん、霊力があるなら、なんであいつらの暴行を止めなんだんどす。自分だけうまいこと逃げよって、反対にわしらを殴らせたんは、小松林の差し金どっしゃろ。小松林の奴はやっぱり悪の守護神や。さあ、早う化けの皮をあらわせ。すまなんだと手ついてあやまって、どつかれた痛いとこ治せ」「わしは思いちがいしとった。なるほど、やっぱり小松林の神さんは、わしらを見捨ててやなかった。ちゃんとお前らまで守ってくれはった。見い、手一つ足一つ折られても文句いえんところをや。痛いぐらい辛抱せい」「それが治せん弁解かい。治せなんだら切腹さらせ」「天下国家のためなら、いつでも切腹ぐらいして見せちゃるけど、こんなことぐらいで腹切るような安い生命は持たんわい」「ふん、腰抜けめ」と、杉浦は苦々しげに吐き出し、「まあ、伏見でのことはわしらだけですむことやさかい、我慢したる。我慢できんのは、あんたのおかげで教祖さまが天の岩戸隠れしなはったことや。これはどえらいこと、天下国家の問題やぞ。さあ、切腹してみせろ」「なんやて、それどういう意味や」「そんなことぐらい、ちゃんと霊眼で分からんかいな。綾部から報告があって、支部ではいま大騒ぎしてるんやで」「頼む、杉浦。教えてくれ」「わしが聞いたのは、会長が勝手に駿河に行って、艮の金神を稲荷講社の下にする仕組みをしてきたさかい、えらいこと神さまが怒らはった。教祖さまは、於与岐の弥仙山の社の中にひとりきりで篭っとられるいうことじゃ」 鬼三郎は暗然とした。木下がいくら待っても帰らぬはずだ。直に対して、無性に腹が立ってきた。確かにわしにも反省せんならんことはあった。神がかりで叱りつけられるのも我慢できる。しかし、弥仙山に隠れてその責任をわしに帰し、役員信者の反感をわし一身に集中させ、ますます悪神扱いさせる。陰険で卑劣なやり方や。何が天の岩戸隠れじゃ。 口惜し涙が滲んでくる。「教祖を天の岩戸へ押しこめるような小松林の悪神は、大本にいらん。切腹がこわいのなら、今すぐどこなと行っとくれやす」と、杉浦が激しく責める。「よっしゃ。それなら好きにさせてもらうわ。大体、わしは綾部みたいな狭っくるしいところが気にいらん」「待て。どこなと行けというたら、すぐどこなと行くという、その精神がなっとらん。艮の金神さんが綱かけはった因縁の身魂のくせして、綾部の聖地を気に入らんとは何たる言いぐさじゃ」「そんならどうしたらええのや」「謝りなはれ。改心すると誓いなはれ」「膏薬代はこらえたげます。頭を畳にすりつけて謝ってもらおかいな」と、時田も尻馬に乗る。 鬼三郎は韓信股くぐりの故事を思い出していた。ついでに神崎与五郎の詫び証文。相手が理の通らん犬畜生やと思えば腹も立たんやろ。「すまなんだのう。堪忍してくれ」 畳に頭をすりつけた。屈辱感がぐっとこみ上げた。涙がこぼれてきて顔を上げられない。 杉浦が大喝した。「どや、小松林、改心するか」「改心する……」「きっとやな」「きっとや」 卑屈な憐れっぽい声を絞った。が、その時には、そのみじめな己れをもう一つの眼で見つめる鬼三郎があった。 ――よう似合うぞ、鬼三郎。これも変化れの手のうちや。 肩そびやかして杉浦と時田が帰った後、鬼三郎は西村に、宮川町のいろは幸太郎を呼びにやらした。長谷川幸吉大親分の次男坊いろは幸太郎とは、近松家の揉め事を解決して以来の知り合いであった。幸太郎は鬼三郎の人柄によほど好意を持ったらしく、何か面倒なことがあればいつでもお役に立つといってくれていた。 夕方になって、幸太郎は子分の、これも顔見知りの祇園の侠客山田重太郎を連れて来た。幸太郎は当時二十四、五歳、引き締まった浅黒い顔立ちのいい男。鬼三郎は、伏見の危難をあけすけに彼に打ち明けた。「そこであんたに頼みがあるんや。事情があって、わしは今、一刻も早く綾部に帰りたい。けれど、いつ岡田良仙に見つかるかと思たら、恐うて外へ出られんのや。綾部の近くまで、誰か強い子分に送らせてもらえんやろか」 幸太郎があきれて鬼三郎の顔を見つめた。「上田はん、いくらやくざでも、相手は旅の男どっしゃろ。喧嘩出入りはあいつらにはつきもんや。何日もあんたをつけ狙うほど、暇やありまへんで」「幸太ぼん、あんたは天下国家のためにお役に立つ人間になりたいと思たことないか」「そら、ありますが……」と、幸太郎はぽかんとした。「お役に立つ人間になれるという自信もあるやろ」「へえ……」「わしかてや。天下国家どころやない、三千世界の立替え立直しのために、わしはなくてはならん人間や……」 水鳥の羽音にも驚きそうな鬼三郎がどでかいことを言い出したので、幸太郎はまた驚いた。「いうならば、わしの肉体はわしのものであって、同時に神のもの、世界万民のもの、いや、わしは三千世界の宝……その宝を預かっとる管理人でもある。いざの時に投げ出す命はさらに惜しくもなし恐くもないけど、岡田良仙ばらに殺されたんではそれこそ犬死や。わしはそれが恐い。わしの不注意からわしが預かっとる三千世界の宝を失うては、神罰のほどが恐ろしい。今頃、岡田良仙はわしのことなど忘れとるやろ。しかし万に一つの可能性があれば、それを避けたい」「へーえ、そうどすか。けど、それほど自分を大切に扱うてなはる上田はんが、なんで稲荷下げをからこうて廻らはるのどす。今度みたいな危険は当然覚悟せんなんどっしゃろ」 鬼三郎が笑い出した。「それや、それや。いつもはわしが大事な体やいうこと、ころっと忘れとるのや。ところが妙なところで思い出す。と、恐うて動きがとれん」 幸太郎も笑い出す。と、山田重太郎が、生真面目な顔になって申し出た。「幸太ぼん、わしでよかったらこの役、やらせてもらいまっせ」「行ってくれるか。三千世界の宝やそうな。責任は重いで」と幸太郎。山田は喜んで頭を下げた。「先生、綾部までお供させておくれやす」
 わずか十日ばかりのうちに、丹波路の山野の木々はすっかり紅を増した。並松の松並木の間に和知川の流れを染めて耀う紅葉。山田重太郎は別れ惜しげに足を止めた。「それではここまでで……」「おおきに。ゆっくり遊んでいってもらいたいとこやが、綾部の事情がそれを許さん」「分かっとります。また、改めて来させておくれやす」「なんかの時には綾部に向かって手を合わすんやで。肩意地張って男度胸を売り込むよりは、できれば堅気になった方が良いが、義理もあるやろ、すぐというわけにもいくまい。だが、どんな時でも、惟神霊幸倍坐世を忘れたらあかんで。惟神霊幸倍坐世と念じる心はやな、神さまのみ心のままに神霊の幸福をたまわりませという意味や。大事なのは惟神、つまり神のみ心のままにということ。人としての最善をつくした上で、あとはどうなろうとも神にお任せするという安らかな態度が、神に向かう人としての〈まこと〉や。己れを無にすることも知らず、がむしゃらに利欲を願うても無駄。神さんはその者の召使いやない」「……」「心だにまことの道にかないなば祈らずとても神や守らん、という古歌があるやろ。それを引き合いに出して、己れの無信仰を弁護する奴がおる。一面の真理やが、他面では大変な思い上がりや。心がまことの道にかなうようになるために、まず人は祈る。神に心をふり向ける。『おれは自力で立派にやる。祈る必要はさらになし』……なるほど強くて頼もし気に見えるが、神に日々生かされていることを知らぬ奴らのいうこと。神床に向かって正座し、型通りの祝詞を奏上する。そこまでいかんでも、嬉しい時に手を合わせてみい。悲しい時にもや。道歩きながら、転びながらでもよいのや。惟神霊幸倍坐世という余裕がなかったら、惟神でも、神霊でも、神でもええ。その一念さえ通ったら、神さまは守ってくれはる。ほな幸太ぼんによろしく……」「先生、こうっと……空の色がきれいや、草も木もすばらしい。なんやわし、別の世界を見ているようですで……」 手を振りはずんだ足取りで帰る山田重太郎が並松の端を曲って消えるまで、鬼三郎は見送った。臆病を何より恥とし恐れていたやくざの世界で、鬼三郎の人間らしい臆病さを見せられ、逆に山田の心が鬼三郎に向かった。そこへ神の話を注入し、充たして、体主霊従の世界の泥をすすいでくれたのだ。用心棒は、京都から綾部への道中半ばで、すでに入信を誓っていた。
 龍門館の土間には、またしてもこれ見よがしに鬼三郎の荷物がくくって放り投げてあった。「お澄、今帰ったぞ」との鬼三郎のどなり声に、澄がとんで出た。「先生、お帰りやす」「この荷物はなんや。誰がやった」「へい、役員さんたちと……」 二階から荒々しく下りてくる中村竹吉と四方平蔵を無視して、鬼三郎は澄を問いつめる。「どういう意味や」「小松林さんがなかなか改心せんさかい、世の中は暗闇になってしもた。それでしばらく先生に穴太に去んどってもろて、小松林さんがのいたら、また綾部へ帰ってきてもらう。そんな風に相談が決まったんや」「お前がいながら……」「止めても止まりまへんわな。一度は荷物にくくらんと気がすまんやろさかい、うちが手伝うて……」「ばか……」「なんでです。先生の身の回りなら、うちが一番勝手知っとるさかい……押入れ引っかきまわされたらかないまへんわな」 けろんとして澄は答えた。理屈はその通りだが、自分の女房が主人を放り出すための荷物を率先して作っていたかと思うと、腹が立つ。けれど澄相手ではどうにも気勢が上がらぬ。 中村と四方を睨みつけた。「教祖はんはどこや」「どこやと思うとる。教祖さまは一週間、ただお一人で弥仙山へ岩戸隠れなさったんですで」 中村が青筋を浮かせて睨み返した。「そんなことぐらい、知らんわしかい。弥仙山から帰ったか、まだかと聞いとるのや」 平蔵が、しょぼつく眼を怒らせ、それでも言葉を押えていった。「昨日、お山を出なさって、木下はんで一泊して、朝のうちに無事帰って来ちゃったでよ。今、別荘(裏座敷)でお休みじゃ」 ほっとした。が、まだ胸はむしゃくしゃする。草鞋の紐を解きかけると、二人は立ちはだかって押し止めた。「草鞋解いてどうする気や」と、中村が四角く張った顎を突き出す。「わしの家に上がるのや。文句あるけい」「気の毒やが、この龍門館へ小松林は入れん」「そうか、納得いく理由なら、いつでも出ちゃるぞ。言うてみい」「教祖さまが天の岩戸篭りしちゃったんは、小松林のせいやぞ。その昔、素盞嗚命は天照大神の天の岩戸篭りの責任を負わされ、髭を切られ、手足の爪を抜かれて神退いに退われたのやでよ。小松林が綾の高天原を追われるのは、あたり前のことだっしゃないか」と、中村が胸をそらす。「神話の天の岩戸篭りと教祖はんの弥仙山篭りが一緒になるかい。教祖はんは、養子が自分の思い通りにならんさけ雲がくれしてみた。つまりあれや、年寄りのわがままや」「なんやて……」 四方平蔵が頓狂な声を詰まらせ、中村は蒼くなった。少し胸のむかつきがすっとする。「天の岩戸隠れなら、せめてここらの天地ぐらい真っ暗になるはずや。綾部は知らんが、京都、伏見の一週間の天候を念のために教えたる。まず最初の十九日は曇、続いて曇、快晴、快晴、快晴、時雨、それから昨日二十五日は快晴。変わりやすい秋空にしては、まず順調な天候やわい」 澄の汲んできた濯ぎ水に片足入れて、鬼三郎はゆっくり洗い出した。「まあ、そうとんがるなや。それよりわしを追放するのは、教祖はんが御承知か」「……」「せっかく荷物をまとめてくれたんやさかい、東四辻のおふくろやお君を連れて帰ってやってもよいで。まさかその後で『やっぱり上田の肉体は必要や。連れ戻してこい』などと教祖はんは言わはらんやろのう。いったん穴太に帰ったら、役員全部が坊主になって迎えに来ても、二度と綾部に足は向けん。わしにも意地がある」「……」 洗い終わった足を拭って、鬼三郎はどなった。「女房、上がるぞ」「遠慮せんと……」と、澄がにこっと笑う。「おう、主人が遠慮すっかい」 中村と平蔵の間を肩で押し割って、鬼三郎は威張って別荘への廊下を渡る。 折しも門口から馴染みの牛田巡査が顔を出し、中村と平蔵に「今日の用件は、公認問題とは別や。上杉の駐在所から報告があったさかい、お直さんと責任者ひとり、警察まで来てもらいたい」とそれだけ告げて、すぐに帰った。 中村は古物商で、時々偽物を客に売りつけているので、警察は大の苦手である。四方平蔵も、ややこしい交渉となると弱い。二人は困った顔を見合わせた。「責任者いうたら……どないしょ」「うーむ」 負けず嫌いの中村が腕を組んだ。「わしらが出て行けいうたんは小松林の方で……会長の肉体はやっぱり綾部におってもらわんと……」 澄が横から口を出す。「けど小松林さんは、先生の肉体から離れとない言うとってやし、先生も長いなじみやさかい離しともないやろし……」「しょうがない。まだ時期が来んのだっしゃろ。嬰児も生まれることやし、小松林はんにもしばらくおってもらいますかい」と、四方平蔵がため息をついた。「ほな先生に警察のこと頼んできますわ。中村はん、あんた、その代わり、先生の荷物をほどいてや」 澄は小走りに別荘へ向かった。「教祖はん、帰りました。どうも……」 頭をかいて、鬼三郎はにやっとした。直は微笑を返す。それだけであった。人間同士に返った時、義理の親子の間になんのわだかまりもなく、暖かい情が流れあった。 外から澄の声。「警察から母さんと先生に呼び出しが来とりますで」「そうか。教祖はんはお疲れでっしゃろ。なんならわし一人で行って来ますけど、どないさせてもらいまひょ」「わたしも行きます」 直と鬼三郎は、連れ立って綾部警察へ行った。「ここの牢は、わたしが一番最初に入らせてもらいましたんですわな。まだ畳が青うて良い匂いでござった」 直は明治二十六年の留置場入りを思い出して、懐かしげに語った。 取調べ室で係官の訊問を受けた。上杉の駐在所は、調査を綾部警察署へ委ねたのである。中の宮に篭った理由を問われて、「世の中が暗がりだから篭った」と、直は恬淡とした口調で答える。係官は直では相手にならぬと見て、訊門の矛先をもっぱら鬼三郎に向けた。女人禁制の山に女が入ったこと、他人が管理している建造物の錠をこわして無断侵入したことを。 鬼三郎は第一点について、「明治五年の布告によって結界は解けているのに、今頃女人禁制とは何事か」と逆ねじを食わせた。鬼三郎の言う布告は次の如きである。「神社・仏閣の女人結界の地廃止、登山参詣自由たるの件(明治五年三月二十七日太政官布告第九十八号)神社仏閣ノ地ニテ女人結界ノ場所有之候処 自今被廃止候条 登山参詣等可為勝手事」 係官はその布告を知らなかったらしく、驚いた顔をした。第二点については、後野市太郎が神主相根久兵衛から内諾を得ている事情を直が語った。係官は事件にならぬと見て、帰宅の許可を与えた。 十月二十八日から、出口直は別荘にこもりきりになった。雨戸を一尺あけて明かり取りとし、後はしめきって真暗。昼間は一尺の隙間からさしこむ光を頼りに筆先を書いた。厳寒の最中に手あぶり一つ入れることも拒み、誰の訪れも許さぬ。澄だけが日に三度、弁当を差し入れた。 この別荘と龍門館とは低い竹の欄干つきの縁でつながり、間には十坪ほどの中庭があった。別荘は六畳一間、一間の神床と一間の押入れがあり、上便所がついている。 直の別荘ごもりはこの状態のまま、明治三十五年二月四日まで、ちょうど百日間続いた。
 直が別荘ごもりの間中、鬼三郎は、役員たちの手で二階の一室に監禁されていた。いつも交替で役員たちの誰かが監視していた。 やむを得ぬ用で鬼三郎の傍へ来る時は、自分の体に塩を振りまき、けがらわしげに近寄る。「やあ、感心、感心、お前たちの身魂の穢れに気づいたらしいのう。塩を振って清めてからやってくるとは殊勝な心がけや……」と中村をからかうと、「小松林、よくも生粋の身魂をなぶったな」と、真っ赤になって怒る。 今度の事件を心配して、八木から福島久が駆けつけてきた。鬼三郎は義姉久が苦手であった。久は一点の私心もない代わりに妥協がない。理屈が通らねば頑としてゆずらぬ。人間を善と悪とにはっきり分類できるものなら、どう間違っても善側である。けれど鬼三郎、どちらかといえば反対側の人間の方がつき合い易い。 久が四角ばって面詰する。「先生、どうしても改心できませぬか。先生が一日改心できねば、世界の改心が一日遅れる。小松林が神界のお仕組みに敵対うさかい、その責めを負うて、教祖さまが岩戸隠れなさるのやで。さ、さ、早う改心して下され」 真正面から有無をいわせず迫ってくる。初めは何かといい逃れていたが、あしらいかねて「腹が痛い」と仮病を使った。久は勝ち誇る。「それ見ない。小松林が苦しみ出した。改心せぬさかい、腹が痛む」 もう一息やと久が睨みつける。たまりかねて鬼三郎は起き上がり、うんと気合いを入れた。「腹が痛むのは改心せぬ証拠というたな。そんならあんたはどうやい。腹は痛まぬか」 久の額から脂汗がしたたり出る。が、歯を喰いしばって、強情にも痛いといわぬ。鬼三郎を睨みつけたまま引き下がり、久は別室でころげ回って呻吟した。 弁当を運んだ澄の口からそれを聞いて、直は言った。「お久にいうて、先生にあやまらせなされ。すぐ治る」 四方平蔵が代わって謝罪に来たが、鬼三郎は意地を張った。「代人では無効や。本人に来させい」 とうとう我を折った久が、蒲団から這い出て謝罪に来たのは五日目。即座に治った。すると役員連が固まって、塩をふりふりねじこみに来る。「先生は、なした悪いことをしなはるのやいな。これはどうしても悪魔の仕業や。術の仕掛けを見せなはれ。さ、裸になって懐を見せろ」「うるさい、下がれい」と鬼三郎がまた睨むと、今度は中村が腹をかかえてころげ出した。「会長は悪魔や。祟り神の鬼三郎や。会長のいうことを聞くな」 役員連中は、地方へまで会長祟り神説をとばす。一挙一動を見張られれば、昼間はまったくなすこともなかった。活動家の鬼三郎にとって、それは拷問にも劣らぬ苦痛であった。 夜は寝ずの番が、時間をおいて見廻りに来る。鬼三郎は澄を見張りに、蒲団の中へ小さなランプを持ちこんで読書や執筆に打ち込んだ。 囚われの形のまま、鬼三郎の三十一歳は暮れていく。

表題:西田初宣教 7巻12章西田初宣教



 明治三十五年新正月の二日。西田元吉(三十一歳)は、古鍬五丁を肩にして北西町の家を出た。「しばらく兄貴んとこへ行って鍛冶をしてくら……」と、見送る妻お雪にはそう告げた。正月休みで義弟幸吉も田中善吉もいない。肩の古鍬は妻や近所の人目をごまかすためだ。 須知山峠の頂で、元吉は振り返った。 ――教祖はんにそむいて、嘘いうて出てきたからには、もう綾部には戻れんか知れん。 粉雪まじりの木枯しに逆らって妻のいる里に別れを告げつつ、元吉はぐいと唇をへしまげた。 出雲出修以来、龍門館では直と鬼三郎の神がかりのぶつかり合いが熾烈になる一方であった。「大本のおん世継が、今から外に出てうろつくようなことでは、この大本、ごたつくはずじゃ。筆先を腹につめ込みて、ちっと胴をすえてくだされよ」と、直がいう。「大本の教えを世にひろめ、一人でも多く人民を救うのが神の道であるぞ。座して立替えを待つような真似は、わしにはできんわい」と、鬼三郎がさからう。「誠の者が三人寄れば大望は成就するのじゃ。宣伝はならぬ。いま人を寄せることはならぬぞ。みたまをみがいて改心するが一等であるぞよ」と、さらに直が押しかぶせる。 争いのあげく、鬼三郎は駿河へ。それを怒って教祖は弥仙山へ篭った。その後も、別荘へ篭りきりでいまだに姿を現わさぬ。鬼三郎は幽閉同様の身。神霊同士の戦いとはいいながら、役員のすべては無条件に教祖に服していた。 小松林の悪神の容器として毛嫌いされ、四つ足身魂とさげすまれ、することなすこと頭打ちに妨害されながら身動きもできぬ鬼三郎を見るにつけ、元吉の血は騒ぐ。 鬼三郎は妻雪の兄。しかし身内意識だけではなかった。「元吉、お前は因縁ある身魂やと神さんから聞いとる。わしに力を貸してくれい」 いきなり胸倉をつかまれてそう迫られた四年前の雪との婚礼の夜を、元吉は忘れ得ぬ。そして思うても怖気立つ一昨年の夏、まさに呪い殺されんとした我が身を、鬼三郎に救われた。火事のためとはいえ、親子夫婦、綾部へ引き寄せられた今、あの時の鬼三郎の叫びが芽をふいて、重苦しいまでに育っている。 ――孤立無縁の義兄、鬼三郎の力となるのはわししかいない。一度死んで助けられたこの体や。よっしゃ、たとえ艮の金神の怒りに触れて果てようとも、ここは一番、義兄に代わって小松林の神さんの意志を貫き、どっちが真実の神さんであるか試してみたる。 その決意を胸に秘め、今日を待って綾部を抜けてきた元吉であった。教祖も鬼三郎も、妻ですら知らぬこと。 行くあては、船井郡胡麻郷村字胡麻(現船井郡日吉町胡麻)に住む三つ年上の実兄、森太郎吉(戸籍名勘吉、三十四歳)の鍛冶屋である。 胡麻は、綾部と亀岡の中間に位する山あいの村落であった。奥条の西田家に入る以前、元吉は胡麻の太郎吉兄の鍛冶屋に一年近く世話になっていた。太郎吉は十四歳で故郷の紀州を離れ、丹波の保井谷(現船井郡瑞穂町字保井谷)の野鍛冶大野熊七(やはり紀州、今の和歌山県日高郡南部川村出身)に奉公した。 親方熊七は情け容赦なく奉公人をこき使うので、当時この地方では、辛いことのたとえによく引き合いに出されたもの。「冬の流れ川を裸で渡るか、柚の木(青い棘だらけの木)を裸で登るか、鍛冶屋の熊はんにかかるか」と。その熊はんにかかって、太郎吉は辛抱を重ね二十歳で独立、仕事場を持った。 東胡麻に入って一番とっつきの荒壁の家である。街道から坂を下って門口に立つなり、元吉は勢いよく叫んだ。「兄貴、わしはどてらい神さんとこへ入ったんや。今日は頼みがあって来たのや」 驚いた太郎吉が、黒くよごれた顔をそのままに仕事場からとび出してきた。五丁の鍬を片隅に押しやって、元吉は思いつめた顔で言う。「兄貴、ここらに病気で困っとる人ないかあ。どこぞで捜してきてくれ。首のはずれたんと手足の離れたのは治らんけど、その他やったらどんな病人でもよい。必ず治したるさかい」「お前、気がおかしいんとちがうか。病人病人いうけど、どうして救けるんやね」と、太郎吉がいぶかし気に聞く。「おう、神さま拝んで助けてやんね」「元吉、まあ、じっくりせえ、じっくりせえ。根が(元から)『神も仏もあるかい』いうとった人間が、どうしてそがいに神さんのこといい出したんや」 久しぶりで会うと、互いに紀州なまりがむき出しになる兄弟であった。「ほんまやなあ、兄貴、おまいの疑うのもあたり前や。そやけどまあ聞いてくれ、吾は小さい時に閉谷橋の下に溺れて死んでいたんや。それが検死の後から生き返ったんや。ほいでまた、穴太では呪い釘打たれて九分九厘死んでいた身や。それが神さんのおかげで助けてもろたんや。そやさかい、吾も神さんの力でなんとか病人を治してやりたいんや。兄貴、おまいには迷惑はかけへん。頼むさかい、病人捜して来てくれ」 こうと言い出したら後には引かぬ弟である。太郎吉は負けて、「ほんじゃ、そこらへ行って聞いてくら」と出て行った。 玄関を入った左手が鍛冶の仕事場である。元吉は、さし込み窓の下の木椅子に腰を下ろす。火袋には火が燃えていた。兄の打った利鎌の刃が足下に光っている。が、利鎌打ちの名人と言われた元吉の心は、まったく鍛冶を離れて、すすけて黒光りしている梁や棟木を見上げるばかり。 間なしに、太郎吉が帰ってきた。「お宮はんの裏に、田中重吉という、六年足腰立てんのがいるというこっちゃ。そういや、昔はここの手伝いもしておった。百姓やが力の強い働き者でなあ、足腰立たんようになってからは生きとんのも嫌いになったと言うとるこっちゃ。そこへ行ったら、おまいにでも命を任してくれるやろと思うさかい、今夜はここで休んで、明日になってから行けよ」「そりゃ、ええこと聞いた。わしが治す相手にもてこいや。おおきに」 元吉はその一夜が待てず、勇んで出た。 日吉神社は、村道に折れて四丁ほどの先だ。石段を上がり鳥居をくぐって、こんもりと常緑樹の茂り合う境内に入った。「神さま、ここの氏子の病を治して、御神力に目ざめさせて、どうぞ神さんの道を広めさせてくだされ。この西田元吉、命にかけてお願い申します」 拝殿に伏してしばし祈った。 神社の裏手に、中二階の田中重吉の百姓家があった。「足の立てん人がいるそうやけども、わしはえらい神さんの使いで来たのや。病気を治さいてくれんか」 びっくりして返答もできん家族の向こうから、「まあ、上がっとくれ」と力ない声がかかった。囲炉裏の端に、髭だらけの男田中重吉(四十六歳)がうずくまっている。なるほど、痩せて痩せて骨に皮が張りついているばかり。 話することに慣れてはいない、何の学問もない元吉であった。どうしてたすけてやろかしらん。思えば祝詞もうろ覚え、こういう時に称えるべき御神名も作法もわからない。「水や、きれいなお水汲んで来てくれんかい」 呪い釘打たれてのたうっていた時、鬼三郎が元吉にしてくれたのをふっと思い出して言ったのだ。綾部の方を向いて、それだけは知っている天津祝詞を心こめて唱えた。 重吉の女房げんが、朝顔型の茶碗に水を汲んでくる。重吉の衣類をはだけさせ、寒いぼ出して震えているのへ、口に含んだ水をぷーっと吹いた。「えやあーっ」と腹中から気合いがとび出る。「よっしゃ、一週間で立てるわい」と、ごぼうのような重吉の両足を撫でさすって、一気に宣言した。 重吉は、あきれて元吉を見つめた。「あんたはん、一週間で立てるなんて、人をなぶり者にしなはんな。六年足腰立たんとって、こちらの医者、あちらの医者、拝み屋もずいぶんと回った体やで」 我に帰った元吉は、急に冷や汗がふき出すのを覚えた。えらいこと言うてしもた。日を切るなんて。ややあって、呻くようにいった。「おまはん、六年間もいざりの身や。こんなに痩せて痩せて、今はなあ骨と皮が邪魔になって、これ以上痩せられんやないかい。そんなおまはんが……やっぱり無理やろなあ」「それでもあんた、いま『一週間で立つ』と……」「そら、わしが言うたんと違うのや。ふいっと腹の中から出て来たんや。それやからもし治らなくても仕方ないぜ」 重吉はすがる目になった。「そんな殺生な……あきらめとった病人に希望を持たしといて、今さら突き離すなんて。どうぞそう言わんと、一週間ここに泊まって救けとくれ。足が立つまで帰なんとおくれ」 重吉は必死でいざり寄って、元吉の着物の裾を握りしめる。「いたし方ない。そんなら一週間おりますわい」 翌日も朝昼晩、水を吹きかけては拝んだ。病人も真剣に拝み出した。 三日目、重吉は髭だらけの顔をほころばし、この六年間見せたこともない、はずんだ調子で言った。「痛うない。腰も足も痛うない」 病人の喜びは家族中に伝播して、元吉を「先生、先生」とあがめ出した。雪が降り積もる中を走りまわって御馳走をつくる、自家製のこんにゃくまで煮てくれた。ひょっとしたら治るかも知れん、重吉も家族もみんな希望を持ち出したのだ。元吉自身も、腹の中では「もしや治るのではないか」と思い、頭の中では「まさかこんな重病人が……」と否定してみるのだった。 三日、四日と、生神さん扱いであった。五日目の晩、重吉は不安げにいった。「もう拝まんといていな。今朝からよけ痛うなった。お前が来るまではこうも疼かなんだのに。疼いて疼いてかなわんわいな」 とっさに元吉が、こう言い返した。「田中はん、救けてくれと言うたのは嘘ですかい。あんたが丈夫な頃は、その足で雪道歩いたことあるやろ。最初の歩きかけは、足が冷こうて痛いもんや。そのうち痛みも何もわからんようになる。そやけど家へ帰って、湯で足洗うてみい。また、じんじん痛むやろ。それと一緒や。今は治りかけで病めるんや。あんたの足はようなりやんね」「理屈はそうでも、この痛み方は普通やないわいな」と、重吉は醜く顔をゆがめ、歯ぎしりかむのだった。 六日目、重吉は朝から唸っていた。元吉を見るなり、「神さんも何も用事ない、去にくされ」と叫んだ。不自由な体でのたうった。家族は息をのんで、重吉の苦悶を眺めるばかり。 元吉への扱いが急に冷淡になった。食べるものもろくに与えてくれず、夜の蒲団すら敷いてくれぬ。 雪が降り続いていて、ひどく冷え込む夜であった。心配のあまり、元吉は空腹も忘れ、寝るのも忘れて、綾部に向かって手を合わせた。「教祖さま、許して下さいませ。艮の金神はん、悪いこといたしました。私の思惑で神さんを試そうとして、田中重吉に手をかけました。まことにすまぬことをいたしましたが、悪いのはわしです。こんなことばっかり願うのは嫌いやね。けど最後に一つだけ。明日は満願やさかい、わしは去にます。こうなったのもわしの罪やさかい、わしがこの家を一歩外に出たら足腰立たんでもかまわんさかい、その代わり、どうぞ重吉の足のうずくのだけは止めてやってくだはれ」 七日目が明けた。重吉は、身も世もなくもだえ苦しんでいた。家族の冷たい目に耐えて、元吉はただ祈った。神さんに頼んだ以上、日の暮れまでは待ってみて、治らんもんなら出て行こう。夕暮れになっても雪は降りやまなかった。 元吉は苦しむ病人の枕元に寄った。「田中はん、わしのいう神さんはこの世を造り、人民をこしらえた誠の神さんやで。神代の昔から鬼門の隅に押しこめられてはった神さんが、時節がきて、この世に現われなさった。神あっての人、人あっての神さんや。わしが去んでも、この神さんの名だけは忘れんと、艮の金神はんを頼みなはれ、きっと救けてくださります」「百も知っとらい、鬼門の金神は祟り神、厄病神やわい。去ねったら去にさらせ」 白眼ばかり大きくなった重吉を悲しげに見、元吉は追われるように田中家を出た。 一歩外に出ると、急に膝ががくがくした。道もわからぬまでに、音もなく綿ぼうし雪が降りこめていた。這うようにして日吉神社の大杉のあたりまで来ると、もう深雪にはばまれて動けない。日頃の元吉なら、深雪を体でかいてでもがむしゃらに進んだであろう。しかし今は激しく体力を失っていた。この一週間の心労が、知らぬうちに元吉の体力を消耗させていたのか。いや、気力までも。 日は落ちたのであろう。野山も川もみぞも、灰色一色に埋まって、慣れぬ元吉には方角の見当さえとれぬ。これでは、四丁ほど先の太郎吉兄の家までたどりつくこともおぼつかない。それに兄貴に会わす顔もない。 元吉は、大杉の根方にうずくまった。手足も腰も感覚のないまでに冷えていた。 ――そうや、わしが田中の家を一歩外に出たら足立たんでもかまわんさかい、重吉はんの足の疼きを止めてくれいうて、艮の金神はんに頼んだのやった。今のわしは、重吉はんと同じや、重吉はんはこれで楽になったかも知れん。それにしても、罰当たりなことしてしもた。艮の金神さんの体面を汚して、もう綾部に帰ぬことはできん。金神さんに見離されては、ここで生命も放らんならん。……お雪、こらえてくれよ。 睡魔に引き寄せられたようであった。「先生……先生……」 泣き叫ぶ声に、ふうっと目ざめた。「先生、来とくれいな。お父さんの足が……」 田中重吉の長男多四郎(二十一歳)が、提燈を片手に元吉を抱き起こした。「お父さんの足が……どないした……」と、元吉が息を詰まらせる。「立ったんですわな。見てやっておくれなはれ、先生……」 嘘や、だまして連れていって殺しよるか知れんと、弱りきった心で思った。たとえ殺されるにしても、どうせ今夜はここで凍え死なんならん身や。 多四郎に抱えられるようにして田中家に引き返した。玄関の間にお家箒を逆さについて、重吉が仁王立ちになっている。「すまんことどした。先生、このとおり……」 重吉の髭面に涙がしたたっている。元吉はぐっと感動を噛み殺し、心にもないことを叫んでしまった。「おい多四郎、ここの相続人がお前なら、わしの足にくくりつけた草鞋の紐をほどけい。わしはほどかんでえ」 子供っぽくふんぞり返り、足を突き出す元吉。多四郎が湯桶を片手にとんできて、土間にひざまずき、草鞋を解く。娘が泣きながら、「許しとくれやす。こらえとくれやす」と足を洗う。新の手拭いをさし出す重吉の妻も、喜びと慙愧の涙にむせんでいた。「病人が立てた。田中のおっさんが六年ぶりに立ちよった。えらい神さんが来とるげな」 たちまち評判となった。翌日から村人たちが詰めかけてきた。田中家や村人たちの頼みに引きずられて、元吉はとうとう四十日もの間滞在してしまった。その間に幾十人、病人のために祈り、癒したか知れぬ。ただ水を吹きつけ、背を撫でて、艮の金神さまを祈るだけ。しかも口からとび出すままに三日とか五日、あるいは五分、十分などと時間を切れば、不思議や、みな全快。兄の森太郎吉一家を始め、次々と入信を誓う者ばかりである。 さすがに元吉も疲れてきて、綾部が恋しくてならなくなった。朝夕綾部に向かって手を合わせながら、帰るべきか否か悩んでいた。「先生、わしらも綾部へ連れていっておくれい。けっこうな大本の生神さんを、一辺でよい拝ましてお礼いわせてくだされい」 帰綾を覚悟した時、人々がせがんだ。 元吉はあわてて手をふった。「とんでもないことや。わしは嘘いうて綾部を抜けてきとる身やで。艮の金神さんは、人を寄せることならんというとる。わし一人でさえ、帰ぬにも帰ねん心でおるところに、お前ら連れてってみい、殺されんならんわい」「何で神さん拝ましてくれへんのです」「そんなこと知らん。わざわざ寄せに行かいでも、因縁の身魂は集まってくるというわけやろ。艮の金神さんは安売りが嫌いやね」「そんならよけ行きたいわい。医者に匙投げられて生命のないところ、神さんに救けてもろて、こんなに楽になったんや。殺されてもだんないわいな」 大勢の希望者から仕方なしに三人だけ選び出し、心を決めて綾部へ連れ帰った。「西田の元はんが人を連れて戻ってきた……」 龍門館は大騒ぎになった。 すでに別荘の百日篭りを終わっていた直は神がかりし、「おのれ西田、『宣伝することならん、人を連れてくることならん』と申し聞かしてあろうがな。知った上で天の規則を破るからには、ここには置かぬ。その者らを連れて、どこなと行けい」と、荒々しく叫んだ。 二階から、鬼三郎がとぶように降りてきた。「こら、元吉、お前は『仕事に出る』と嘘ぬかして、ようも今まで手紙一本、葉書一枚寄こさんと、勝手なことをしくさりおった。今すぐ消えさらせい」 顔は真っ赤、直に負けぬ恐ろしい勢いで詰め寄る。胡麻郷村の三人は、震え上がって、元吉の後にひれ伏した。 役員らに追い払われ、神前にぬかずくことも許されず、元吉は三人を連れて龍門館を出た。 面目なくて妻の待つ家へも帰れぬ。ともかくも今夜の雨露をしのごうと、四人は綾部大橋をとぼとぼ渡って、元黒住教会の空家を幸い入り込む。「西田先生の言うてんことは、ほんまどしたなあ」「今夜にも、艮の金神はんに祟り殺されるか知れんのう」「先生、わしらは殺されてもいっしょや。別れの水杯しましょ」 井戸端から汲んできた水を、かわるがわる真剣に飲み合った。「元はん、ここかい」 戸を開けてずかずか上がってくる男がいた。四人ははっと身構えた。鬼三郎だった。「おう、腹へったやろ。夜飯四人分、飯屋に注文してきてやったぞ。まあ、ゆっくり飯食うて、今夜は寒いやろが、ここで寝とってくれやい」「義兄さん……」と、元吉が恐る恐るにじり寄る。 鬼三郎はその元吉の視線をはずして、つぶやいた。「よいか、お前ら、今夜役員がどんなに謝りにきても、決して許すとは言うなよ」「へえ、何のことだす」「これから、役員が次々あやまりに来よるやろ。そしたら役員の言うことは聞かんと、夜じゅう突っぱねて追い返せよ、わかったのう」 返事も待たずに、ぽいと鬼三郎は出て行った。 飯屋から丼物が四つ届けられる。腹は背にひっつくほどすいていたが、四人とものどに通っていかぬ。「先生、あの鬼三郎いう先生は、わしらを怒っとってんやろなあ」「わからん」「謝りにきたからいうて、うっかり出て行ったら、騙されて殺されるんと違うやろか」「わしにはわからん。さっぱりわからんね」と、元吉は頭をかかえ込んだ。 夜更けて人の足音が近づき、戸を叩く。眠れぬ四人は四肢をこわばらせた。「西田さん、どうぞここ開けとくなはれ」 四方平蔵のしわがれ声だ。固く戸を閉ざしたまま黙していると、平蔵は外から哀願する。「元はん、すまんことでした。堪忍しておくれ。一言でよいさかい、どうぞ許すというとくれないな」 薄気味悪くなって、四人は顔を見合わせ、耳をおおった。 平蔵が去ると、次には木下慶太郎、次に四方祐助、それから四方藤太郎。夜中ひき続いて戸を叩く。言うことは、みな一様に「許すといってくれ」なのだ。 夜が白々あけてから、田中善吉がやってきて、同じせりふをくり返した。たまりかねて、元吉は戸を引きあけた。「田中はん、わしは天の規則破りをした天の賊やろ。あんたらは教祖はんには逆ろうたこともない真実の神の子たちや。それが何で賊のわしらに頭下げんなんのじゃい」「あやまる。悪かったさかい、堪忍しておくれやす」「阿呆かい。何人かわってきても『許してくれ』の一点ばり。どういう都合になっとんのや。田中はん、わけをいうてみい」 寝不足で赤くはれた目をしょぼつかせて、田中善吉が語る。「それがわしらにもどうもわからんのどすで。会長はんが命じてんじゃな。『西田は癇癪持ちやさけ、いろいろいうて気に障ったらテコでも動かん男や。弁解はせんと、ただ堪忍してくれとだけ言うてこい。西田が堪忍すると言うたら、わしも堪忍する』……」「え、いよいよわからん。順序立って話してくれ」 四人は田中善吉をとり囲んだ。「実はなあ、あんたらが追い出されちゃってから、えらい騒動どしてなあ。教祖さまと先生と大戦いが始まったんどす。先生が『わしはもう去ぬわい。西田が人を連れて来たのは、わしが悪いさかいや。お道を宣伝したのもわしのためやさけ、西田が出て行くなら、わしも穴太へ去ぬ』。教祖さまは、『先生は去なされん。小松林は去んでもろたらよいが、坤の金神のかかりなさる身魂は先生をおいて他にはない。去んだらあかーん』と止めなさる。しまいにはとっ組合いの大喧嘩どす。そこへ平蔵はんがとび込んで、泣いてお詫びしたんどすわ。『こんなになるのも、日頃役員信者の罪が深いため。どうかお許しを願います』……すると、お二人はぴたっと鎮まりなさった。それで先生が『西田のとこへ行って詫びてこい。あいつが許すというたら、穴太へ去ぬのやめたる』……」「あっ……」 西田元吉の疲れ果てた全身に、熱い血潮がよみがえった。 ――兄貴の芝居。そうか。わしのために打ってくれた芝居だったのか。 元吉は涙をおさえていった。「夜が明けましたさかい、神さまのお礼に出とうござります。わたしら四人、朝のお礼に入れさせてもろてもよろしいでっしゃろか、こう先生に伝えとくれ」 田中善吉は喜んで走り去った。折り返し迎えがきた。 直、鬼三郎、澄、上田世祢、幸吉、君、西田元吉と妻雪、胡麻郷村の新信者三人、それに役員信者一同が広前いっぱいに加わった。龍門館の二階の御神前から、一夜荒れ狂った暴風が吹き過ぎたように、清らかな明るい祝詞の和声が流れてきた。 直はにこやかに元吉をさし招いた。「西田はん、『われに罪のくるのも恐れず、神のため、人のために体を投げ出す役員たちの度胸を見たかったのや』と神さまが言うてなさります。明け方ごろに、こんなお筆先が出ましたさかい、読んでおくれなされ」 手渡された筆先の文字は、元吉の眼に太く踊って、こう綴られていた。「牛でも、小突きにくるような牛でないと間に合わんぞよ。みにくきふくがえるの頭にも、ダイヤモンドをそなえつけてあるなり。西田どのには鋼のみ鏡を打たす役目を申しつけてあるぞよ」
「元吉、今度はわしが行ってくるわい」「どこへ……」「宣教や。どかっと信者をひっぱってきたる。」 北西町の鍛冶屋をのぞいて、旅支度の鬼三郎が耳打ちした。ふいごで火をおこしていた西田元吉が驚いた。「そら兄貴、ちょっと考えもんやで。吾でさえ、あの騒ぎやったさかい」「ここにいたら息もでけんわい。何もせんと行儀よう坐っとらなあかんのや。けったくそわるい。奴らは角を矯めて鬼を殺す気でいやがる」 どうせ止めても止まらん。悪戯を思い立った悪童みたいなもんやと、元吉は思った。「けど、お澄さんは知っとってか」「ああ、あいつにだけは言うてきた」「臨月やろ。明日にも生まれるやらわからんのに……」「女房、子のために、半時たりと神さんの御用を放っとけるかい。お澄は覚悟しとる。生まれる息子の名は十ばかり考えてきてやった」「息子?……」「おう、跡とり息子や。初めてのお産やさけ、わしも気にはかかるが、しゃあないやんけ……元はん、あとを頼むで……」 二月二十二日(旧一月十五日)、霜柱がまっ白い明け方の道を、少し背をまるめて、鬼三郎は去って行った。 園部上本町の雑貨商奥村徳次郎、さい夫妻が待ち受けていた。鬼三郎が綾部入りする前、ここを拠点として霊学の神威をふるったところだ。園部公園内に鬼三郎の定住する霊学会本部をつくろうとの動きの最中に、肝心の鬼三郎を綾部に持っていかれてしまったのだ。 園部の人々は鬼三郎を忘れていなかった。燈明の炎を背に吹きつけられて以来、難病が治って子宝まで授かった奥村夫人さいは、遠くに離れていた息子が帰ってきたように喜んだ。「綾部で苦労しなはったんでっしゃろ。ほんまに大人らしゅうならはって」「もう三十二やで。これから三千世界を背負って立たんならん男ざかりの男や」「それにしては、どっかまだ子供くさい」 からかいながら、衣食万端こまごまと世話してくれる。離れの六畳も無料で開放、次々に人が集まってくる。相当の地位、名望のある奥村や、鬼三郎牛飼い時代からの馴染みの菓子製造業内藤半吾、向かいの薬局の藤坂惣三郎などが先に立っての宣伝に、園部は活気立った。 園部に落ち着いてから十二日目の夜、澄出産の夢を見た。生まれたとだけ分かって、その内容は知らされぬ。鬼三郎はあわてて鎮魂の姿勢をとった。霊覚をとぎ澄まそうとすると、水鏡の表がさざ波立つように揺れる。初めての我が子なのだ。騒ぐ心が邪魔になる。「こうしてはおられんわい。奥村はん、ちょこっと去んで子供の顔見てきまっさ」「すぐ帰っとくれやっしゃ。綾部なんぞに閉じ込められて気違い相手にしとったら、生命まで取られてしまいますで」 留守中の神前のお給仕は、浅井はなという信心一筋の老夫人に命じた。 すぐ引き返す約束をして園部を離れ、桧山(現船井郡瑞穂町桧山)の坂原巳之助宅へ寄る。巳之助は、中村竹吉一派の狂信的なやり方に反撥していたから、鬼三郎のために昼食を振舞い、その話に心を傾けて聞き入った。と、門口に大声で人の訪う声がした。「坂原はん、ここに会長、来てござらんかい」 巳之助が出ていった。「やあ珍しや、祐助はんだすか。あんた、いつから天眼通がきくようになった」「やっぱりじゃ、ここやろと思うて来たんやわな」 息せき切って峠を登って来たのだろう、四方祐助は庭に踏み込むなり、黒い黒い顔を流れる汗も拭わず、居丈高にわめき出した。「おい会長、出てこい。何をぐずぐず尻落ちつけとるんじゃ、大変や、大変や」 鬼三郎は縁先にとび出し、少し蒼ざめて聞く。「まあ祐助、落ち着け、何がどうした。お澄は無事に嬰児生んでくれたのやろう」 祐助爺は立ちはだかったまま、首を左右に振って叫ぶ。「何が無事かい、綾部は大騒動や。それはそうだっしゃろ。女房がはちきれそうな腹かかえとる時に、亭主がそこら中、教祖さまに隠れてうろつき廻っとるのや。薄情もんの四つ足身魂のどだい頼りにもならんこんな亭主、放り出してやった方が、お澄さんもどんだけ幸せか知らん。それやさかい、教祖さまが『大橋越えてどこへも行くでない』と言うちゃったやござへんか。天罰覿面じゃでよ」 ひとり興奮してどなり散らすばかり。鬼三郎の不安の念はつのる一方。「おいおい、祐助はん、頼む、教えてくれ。お澄はどうなった。安産か、どうやい」「安産もくそもござるかい。天眼通や、天耳通やと日頃えらそうに霊学ふりまわしとるくせして、これぐらいの大騒ぎが見抜けん小松林なら、とっとと去んどくれなはれ。神がかりじゃの先生やの、よういうてや。あきれたもんや。おかげでこの爺など、頭が禿げ上がるだけ心配さしてもろたわな。今さら帰れた顔でもないやろ。帰らんなら帰らんでもよろし。嫌なら嫌と……」「ええ、じれったい。生まれてへんのか、生まれたんか。男か女か、澄は無事か。吉か凶か、どっちじゃい」「どっちゃなと、わしの知ったこっちゃござへん。小松林に用はないわい。さいなら」「祐助はん、これ爺さん、頼む、教えてくれ。待ってくれやい」 悲鳴に近い鬼三郎の声を背に、駆け出して行く祐助。「よっぽど大変なことがおこったらしい。去んできますわ、ほな、さいなら」と、挨拶もそこそこに飛び出そうとする鬼三郎。「えらいことや。こうしちゃおれん。先生、わしも綾部までお供しますで」 坂原巳之助の旅支度を待って、二人はあわただしく桧山を下る。三の宮の茶店に腰掛けて汗を拭っていた祐助は、二人が追ってくるのを認めると、ぷいっととび出る。「くそ、意地悪爺めが……」 喧嘩しいしい綾部に入って、三人は龍門館の玄関に着いた。 鬼三郎は立ちすくんだ。赤児が泣いている……泣いている……あれは我が子だ……じいんとこみ上げてくる切なさに胸がしびれる。ああ、お澄はどうだろう。あの細こい体で。 祐助が後から背を押した。「ええ、しんきくさい。早う教祖さまとお澄さんに手ついてあやまって、親子の対面しなはらんかい」 階下中の間の三畳に母子が寝ていた。澄はやつれた色もなく、半身を起してにっこりした。「お澄、無事やったかい」「あんた、女の子ですわな。見ておくれなはれ」 澄の脇に寄ると、甘ずっぱい乳の香がした。ふところには無心に乳房に吸いついている嬰児。こわごわ指を伸ばしてやわらかいうぶ毛を撫で、頬に触れ、しっかりと握った小さな指を探る。「女の子の名前、考えてはらしまへんやろ」「うーん、女の子とはのう」 誕生は、鬼三郎の夢みたとおりの三月七日(旧一月二十八日)朝。安産であった。 四方祐助が、その報せを持って鬼三郎を連れ戻しに行く役目を仰せつかった。役員たちが相談して、こう結論を下した。生れたのが女の子と聞いたら、「ああそうか」で、会長は帰って来んかも知れぬ。ともかく真相を明かさず、心配させたることや。 作戦は効を奏して、ともかく会長を連れ込んだ祐助は大得意だ。直に報告して鬼三郎にこってり叱言をいってもらった。鬼三郎は謝り入って、三十日間、宮詣りのすむまでは赤児にはべって、子守唄をうたう覚悟をした。
 朝野――それが鬼三郎のつけた長女の名。賀露の浜で見た霊夢と、在朝在野、つまり世にある神と世に落とされた神々との和合済度の悲願をこめた名であった。 産褥中の妻澄に代わって、鬼三郎は飯焚きから水汲みまで用はつきない。ちょこちょこのぞきに来ては手伝ってくれる祐助も、むしろ鬼三郎のそんな姿をおもしろがって眺めている。世祢は現金収入を得るために内職に懸命だし、直は超然として畑と筆先。「そんなことまでせんでもよいよい……」 腹の中から声が出て、水汲みに行きかけていた足がぐっと止まる。「けど汲まなしゃあない。嫁はんが……」 が、鬼三郎の意志に反して、くるりと体が向きを変える。「三日、四日は何もせんで坐っとっても死にはせん……」「殺生な。小松林さん、ちょっとは現界の事情も察してんか」 ひとりでに家に向かう足に、鬼三郎が意志で逆らう。けれども所詮は無駄な抵抗である。帰るや水桶を投げ出して目を塞ぐ。上下の瞼が熱烈に恋い慕うように密着し、あけていられない。 小松林命の導きのままに、霊は抜け出て八衢に行く。そこからまた高熊山での続きの霊界見聞だ。霊のかかり方に濃淡の差はあれ、このごろはほとんど小松林命がのべつ鬼三郎にかかりっぱなし。というより、初めはかかった時とかからぬ時が判然と区別できたが、いまは腹中に住みついていて、時を限らず発動する。外からかかるのではなく、内から熱してつき上ってくるのだ。霊が全くかからなかったころの感覚すら、今は思い出せぬ。 園部の奥村徳次郎から、毎日のように手紙がきた。「信者がたくさん待っていて、先生が帰らぬので失望している。一日も早く帰ってほしい」 どの手紙にもそう訴えてあった。 四月三日、体調も回復してきた澄が抱き、鬼三郎が守って、朝野の宮詣りを果たした。「お父ちゃん、お父ちゃん」と鬼三郎は呟いてみて、思わず口辺がほほえむのだった。
 四月六日(旧二月二十八日)の朝八時頃、別荘へ行くと、直はいつものように懸命に筆を走らせていた。暗い一間に篭りきりの母の身を案じて、澄は思い切って声をかけた。「母さん、神さまに御免こうむりて、ちょいと休ませてもらいなはれ」 おりよく神霊の去る時であったのか、筆がとまり、直は筆先を三方に置き手を膝に揃えて祈念すると、「それでは一服さしてもらおうか」 澄は縁の戸を一枚繰って明るい春の日差しを入れた。ふと気がつくと、押入と神床の上から水がぽとぽと滴り落ちている。押入の襖にはツウと幾筋も水玉が尾を引いて、澄の目前で滲んだ。「あれ、母さん、これ何でっしゃろ」と、驚いて、直に問いかける。「いま、龍神さまがお見えになっとるのやで。無礼のないように拝ましてもらいなされ」 そういえば、潮の香りが部屋に満ちていた。澄は自分の目には見えぬ龍神に手を合わせた。塩水を吸ったこの時の襖紙を張り替える金がなかった。長くそのままにしてあった。 四月二十二日(旧三月十五日)、早い夕食後、直、鬼三郎、澄等百余名、元伊勢お水のお礼参拝に出発、その夜は内宮に泊まり、翌日参拝をすませて夕方、無事帰着する。 数日後、鬼三郎の姿は綾部から消えていた。
表題:三度目の高熊山修行 7巻13章三度目の高熊山修行



 綾部を抜け出した鬼三郎は、園部上本町の奥村徳次郎の離れ座敷を拠点に道を説いた。鬼三郎がおれば訪ねてくる人は絶えず、ついでに店の雑貨も面白いように売れる。 奥村は商売繁盛を願って店に伊勢神宮と稲荷を祀りながら、大本の神を祀ろうとはせぬ。彼にとっての信仰は蓄財のためで、もう一つ純粋に教えにまではとびこめない。招き猫とでも思っているのか、鬼三郎が他出するのを嫌うので、時折りは内藤半吾の菓子店に抜けて行き、奥村とそりの合わぬ人たちに宣教する。 新緑萌ゆる五月の夕方、園部城祉の小向山に登る。山頂に筵を敷き、幽斎修行に入った。無我のうちに次第に夜が更ける。ふと異様な気配に眼をあけると、目前を青い火の玉が地を這うように低く飛びながら山腹に向う。鬼三郎はその後を追う。 山腹で、火の玉が音もなく消えた。ふいに首筋が寒くなる。山裾を伝わって大堰川の深い淵まできた。淵に浮ぶ月の清しさに見惚れていると、先の火の玉がポッと現われ、半丁ばかり上の淵にすうっと消え入る。 奥村の家に帰ったが寝つかれず、また起きだして園部大橋の欄干にもたれ月を眺める。遠く火の玉の消えた淵のあたりに提燈の灯が五つ六つ揺らぎ出した。やはり何かあったなと思い急ぎ行く。人々が高声で呼び交いつつ舟で、川中を探っている。岸辺で見守る人に事情を聞いた。 三百代言の森亨が病気を苦にして淵に身を投げたという。彼ならば園部時代の知友である。貧しい暮らしに甘んじており、心清い人であった。発病して百余日、一人の親戚もないため近所の人たちが交互に看病していたが、占星術に妙を得ていたがために、かえって自分の前途を悲観したのか。あの火の玉は鬼三郎に何かを訴えたかったのであろう。 夜あけになって、溺死体が浮び上った。他人事に思えず、鬼三郎は葬式いっさいを取りしきり、手厚く葬ってやった。一人娘の七歳の京子が父の死骸にすがりついて泣く。思わずもらい泣きした。 鬼三郎は京子を連れて叔父の佐野清六を訪ね、事情を話して養育を依頼した。佐野は快く引き受けてくれる。 森の百日祭にも鬼三郎は斎主をつとめた。その祭典中、ただ一人の遺族である京子が、神前に伏したまま頭を上げない。「罪もない。寝てしもたで」と、佐野清六が膝に抱き上げると、あどけない顔のまま息絶えている。まことに不思議な死にざまであった。 京子の葬儀をすまして数日後の夜半、鬼三郎の枕元に森の亡霊が現われた。「どういう御縁でか何もかもお世話になり、ほんまに嬉しゅうございます。わしは一人残った京子の行く末を案じて百日の間、八衢にさまよっていましたが、京子が後を追ってきたので娑婆への未練がふっきれました。父娘揃って今日第三天国の門にまで行きついたから、今後再びお目にかかることはないやろと思います。ではこれで……」 幸福そうな森の笑顔であった。亡霊が去ると鬼三郎も幸せな気分になり、蒲団の中で思いきり四肢をのばし、心安らかに瞼を閉じた。 小松林命の命ずるまま、鬼三郎は西に東に飛び廻った。鬼三郎の至るところ、霊験が立ち、波紋が起こる。 世木村の殿田(現京都府船井郡日吉村殿田)で山口定吉の病気を治したのがきっかけとなり、殿田に金明霊学会支部ができる。胡麻の田中重吉の難病の再発を治して、近隣の人に道を説く。西田元吉初宣教の地であった白土(現船井郡丹波町下山)の山田はるの家にも、支部を設ける。 重たく閉じこめてくる八重垣を解き放った鬼三郎の心は、丹波を越えて京、大阪への宣教にはやっていた。鬼三郎の意を帯びて、まず西田元吉が綾部を抜け、大阪の谷町九丁目に住む叔父松本留吉を頼って行った。鬼三郎上阪のための布石である。
 初夏の萌える若葉、紅つつじ、五月雨に背伸びしている若い稲、溢れる生命の律動は苦しいまでにこみ上げてくる。 鬼三郎は一人旅に出た。綾部、園部、曽我部と生れ育った地元を離れて、知らぬ他郷で力試しをしたかった。井戸の外の大海には、まだまだ鬼三郎の見知らぬ不思議があるにちがいない。勉学向上の心とともに、思うさま束縛を蹴って暴れてみたい青春の血がうずく。 途中、八木の福島家に立ち寄った。主人の寅之助が、「何しにきたか」というように頬ふくらます。久も不思議な顔で迎える。「これから大阪へ宣教に行くつもりや。大本の役員信者には愛想が尽きた」と言うと、久は口角泡をとばして鬼三郎の不心得を責め、「ともかく今夜は泊まれ」と離さぬ。 夜ふけまで福島夫婦の説諭を聞かされた後、うつらうつらとまどろんでいれば、外で祈り声にまじって水を浴びる音。窓からそっとのぞく。福島夫婦が井戸端で水行の最中である。 水行を終って、夫婦は首つき合わせ、「鬼三郎の大阪行きを止めねば教祖さんに合わす顔がない。明日は何が何でも綾部まで引っ張って行こう」と相談している。彼らの心中を哀れと思うが、決心は鈍らぬ。 暁を告げる鶏の声と共に鬼三郎は裏戸を開け、高石垣をすべりおり、尻からげして逃げ出した。もし気がついて寅之助に追っかけてこられては、人力車夫で鍛えた彼の足にはかなわない。道をはずれて、拝田村(現亀岡市千代川町拝田)の八木清之助の家に向かう。 八木清之助は、冠句の宗匠度変屈烏峰、かつての恋人弁の父でもある。弁は四年前(明治三一年)の三月、亀岡町字紺屋町の山内松之助に嫁いでいる。朝明けの雨戸を叩けば、烏峰が起き出してくれた. 久し振りで烏峰と冠句や川柳の話に打ち興じ、心の皺をのばして一日を過ごす。庭の松の梢にからまる大石斛(デンドロビウム)は有名で、植木屋に千円で売ってほしいというのをことわったと、蘭気違いの自慢話に夜も更ける。すすめられるまま、一泊。翌朝出発しようとすると、烏峰の弟の村上信太郎が訪ねてきた。穴太精乳館上田牧牛場の共同経営者の一人である。引きとめられて、また半日を風流の話で過ごす。 昼下がり、村上と共に穴太の精乳館に立ち寄り、牧牛が肥えているのを見て、わがことのように嬉しかった。古い友の上田長吉、続いて斎藤久太郎がきて話の花が咲く。彼らはいい合わせたように「穴太へ帰って百姓せよ」とすすめる。 生家に帰ると、由松が焼けあとに小さな家を建てていた。由松は兄の顔を見るなり、かみついてくる。「たった一人の母親を綾部に残してうろつく奴は、犬か猫にも劣るわい。待っとれよ、いま松やんを呼んでくる」 由松と共に、息せき切って次郎松が駆けつけてきた。「喜三公、ちょっとは金儲けたけ」と、顔を見るなり、次郎松は鬼三郎の懐のあたりに眼を注ぐ。相変わらずの二人の罵倒のつぶてをじっと耐える。「さっさと出て行ってくれ。兄やんに食わせる飯はないわい」と追い出されたのを幸い、鬼三郎は小幡神社の社前にぬかずき前途を祈る。 その背に次郎松と由松の声がかかった。「やっぱりここや。おい、兄やん、冷や飯があまっとる。飯ぐらい食て行け」と由松。「ほんまやど、喜三。久し振りで帰ってきて、一晩も泊まらんと出て行く奴があるけい。せめて雪隠に糞たれて行け」と次郎松。 嬉しかった。何のかんのといいながら、やはり穴太に顔を見せたことを喜んでくれているのだ。だが彼らが毒舌で迎えるのと同様に、鬼三郎も素直に「おおきに」とは言えなかった。「突つかれた巣には小鳥も帰らんもんや」と一言残すなり、鬼三郎は夕暮れの道を駆け出した。 亀山城址を懐かしみ登った後、一夜の宿を求めて西竪町に住む叔母岩崎ふさを訪ねる。ここでも聞きあきた説教を浴びせかけられた。 翌朝、岩崎家を出て、千歳村出雲(現亀岡市千歳町出雲)の出雲大神宮を目ざす。大堰川の渡しの向こうは保津村(現亀岡市保津町)だ。毘沙門村の高地に立つと南桑の野辺は麦畑が明るい。毘沙門から少し先に国分寺跡がある。門柱の礎石と伝えられる大石は約八畳。見るかげもない古寺の傍に只一つ、銀杏の大木が淋しく立つ。三抱えにあまる幹は亀山城址の銀杏の三倍もあり、幾本となく乳枝をたらしている。 古寺の門をくぐると、草むす庭に老僧が立っていた。「おや、喜楽はんやないか」と、老僧が声をかける。「あれ、禅祥和尚、これは奇遇……」と、鬼三郎も驚く。「わしがここにおるのを知らんと、ここへ来やはったんか」「出雲さんにお詣りの途中、ちょっと見物に来たんやが……」「まあ、久しぶりや。上がれ上がれ」 禅祥は手を取るようにして、庫裏に引き入れる。変色した畳もあちこちが破れ、気をつけぬと足をひっかけそうだ。煎餅蒲団の上で向かい合う。 禅祥和尚は穴太の金剛寺の前住職だ。子供の頃、鬼三郎に学問を教えてくれた栗山禅味和尚は大黒(僧の妻)も子もなく、明治二十九年九月十五日、七十二歳で没した。その後に入り込んだのが禅祥和尚で、金剛寺の全財産を売りはたき、檀家から傘一本で放り出された。それ以来、消息を聞かなかったが、いつの間にかこの古寺へ住みついたらしい。 痩せこけた六十ばかりの尼法師がつんけんしながら出がらしの茶をくむ。この尼は若い頃は祇園の芸者だったが、禅祥に請け出された。金剛寺にいたころは昔の名残りの色香を多少はとどめていたものの、今は老醜だけをさらけ出している。「ひさびさや、ぜひ今夜は泊まってんか」とよほど人恋しいのか、禅祥は泣くようにしてすすめる。「せっかくやけど、すぐお暇しますわ」「そんな水くさいこと言わんかて……」「大黒はんが迷惑そうにしてはる」「ああ、あれか。この老衲は客があると酒飲む癖があるさけ、また酒代がいると思てふくれてけつかるのや」と禅祥は苦笑し、手を叩いて尼を呼ぶ。「喜楽はんはのう、酒がきらいや。心配せんでもええど」 酒ぎらいと聞いて尼は急に表情をやわらげ、「ほんならどうぞ泊まっておいきやす」 それから、鬼三郎に訴える。「和尚はんは酒癖が悪うて、じき管まいてうちを困らしてんどすわ。酒のために結構な金剛寺はん追い出されて、言うに言えん苦労しとるんどすでなあ」 鬼三郎が懐をしぼり出して三十銭を与えると、尼は満面に愛想笑いを浮かべた。「へえ、おおきに、これで夜飯は気楽にいただけますわいな。お昼をあげんなんのやけど、あいにく米櫃が空どすで我慢しとくれやす。今から米と醤油買うて来て、夕飯を早うにしますで」 禅祥とあれこれ喋っているうちにはや夕暮れ、野菜を炊いただけの貧乏寺の夕食だが、昼飯抜きで無性に腹がすく。椀を重ねてたらふく食い、たちまち米櫃が底を見せる。 初夏の夜を、老僧夫婦と三人で語り合った。禅祥が「若気の過ちで女の色香に迷うたばかりにこのざまや」とこぼせば、「何を今さら。お互い死ぬまで苦労を共にと誓うた仲やおへんか」と尼は流し目に禅祥を見る。「それはそうやが、檀家一人あるわけやなし、この年で貧乏寺を世話する苦しみは生きながらの地獄やで」と禅祥が同情を買いたげに嘆くと、尼は「愚痴なこといわんときやす、恥ずかしい」と鼻をすする。 話が湿っぽくなり出したのをしおに、鬼三郎はかけ蒲団一枚借りて雑魚寝する。老僧夫婦はすぐ鼾をかき始めたが、鬼三郎は頭がさえて寝つかれぬ。 日本全国の坊主の数は五万三千ばかりあるそうやが、わしの見た限り、ろくな坊主は雨気の空の星ほどよりない。肉食妻帯して仏の顔に泥を塗り、手かけと般若湯に酔いどれて、須弥壇の横でみぐるしい狂言をやって日を送る生ぐさ坊主ばかりや。 日の暮れに鐘を撞くのと葬式の供よりほかに能のない穀潰し。こんな奴らは日本の中で安閑と遊ばしておくより、廃物利用にいっそ支那、朝鮮などへ布教にやったらよいのや。同文国やから、新日本の先走りにはちっとは役に立つやろ。五万の丸頭を外国へ放り出すだけでも、毎年米が七、八万石は助かる。門徒坊主は一万五千余りそこらにごろごろしているが、その大将の東本願寺法主大谷光演や西本願寺宗主大谷光尊が伯爵などとはちゃんちゃらおかしい。 けれど腐敗しているのは仏教界だけやない。今の日本の各宗各教は、みな羊頭を掲げて狗肉を売るようなもの、綺麗にぬった雪隠か、蒔絵の重箱に馬糞をつめこんだたぐいや。上っ面だけはごく立派やが、肝腎のお性念は臭気フンプン、ウジが湧いて鼻持ちならん。そこへ臭いものには蓋や。 いや、何も宗教界には限らん。政府のお歴々から町役場の役人までおおかたその通りじゃ。それでは、その下について行く小役人まで清くなろうとしたかて、清まるべき道があらへん。腐りきった極悪世界、上も下も泥棒ばかり、悪魔と狐や狸のはびこる世界や。 だからこそ艮の金神はこの世を立替え立直そうとなさる。それはわしには痛いほど分る。けどわしにかかる小松林命は艮の金神と対立し、わしもまた役員信者から悪霊呼ばわりされる。けれどどう考えても筆先を信奉する役員たちの考えが正しいとは思えぬ。どこかが狂うてけつかる。つまり筆先の解釈が間違うとるのやないか。 翌朝、名残りを惜しむ禅祥夫婦と別れて、出雲大神宮に参拝する。出雲大神宮は御影山の麓に鎮座する丹波国一の宮(社伝によれば、和銅二年の草創)。祭神は大国主命とその妻美穂津姫命である。出雲大社の分霊を勧請したと伝承される。本殿背後の御影山は神体山として古くから崇められ、境内山麓には横穴式石室を持つ後期古墳があり、奈良時代以前より御影山を中心とした祭祀信仰のあったことが推測される。 社前の一対の獅子と狛犬像については、『徒然草』に戯れ話(第二三六段)が紹介されている。 三間社 流造、桧皮葺きの社前で祈願を終えると、藤木宮司が現れて鬼三郎を社務所に招く。藤木宮司とは歌席を共にしたことのある旧知の仲だ。社務所からは、松の梢にからみつく白藤の花が美しい。龍にも似たり、白滝の落つるにも似たり、大幣をかけたようにも見える。足下には霧島の花があかあかと匂う。筧の水の落ちる神池に、真鯉緋鯉が鰭ふれ合って舞う。初夏のさわやかな景色に見惚れながら、藤木宮司と歌の話、国体の話に時を忘れた。 午後、出雲大神宮を辞して愛宕山(京都市右京区嵯峨愛宕町)を目ざす。愛宕山は海抜九二四メートル、丹波国との境をなし、王城鎮護の聖地とされる。 山時鳥の鳴く保津山の渓道は老木が茂り合って昼なお暗く、谷川を落ちる滝津瀬の音は左右に響く。山池の堤に腰を下ろして、山路の疲れをしばし休める。堤のあちこちに生えた紅躑躅が影を落として水底を紅く染めている。かいつぶりが円を描いて池の面に浮きつ沈みつ遊ぶ。さっと吹く初夏の山風が池の面に鱗波を刻む。 山路を左にとれば若い日に腰を痛めて通った越畑への道、右すれば愛宕山道である。 愛宕山道の急坂をよじ登る折しも横ざまに降りしぶく雨風、大蛇の住むという尾根の笹原がざわめき揺れる。笹原十町の峻険を登りつめるうち、雨は上がって、夕陽が半国山の肩先に赫っと光を投げていた。青畳を敷きつめたような丹波平野の広がりの中に、亀山城址がけむっている。夏の夜を愛宕の宿に伏せば、尾根の老松に吹きすさぶ風の音が身にしみて寂しかった。 愛宕神社は愛宕山の最高峰朝日峰の山頂近くに鎮座。神仏習合の社で、全国に分布する愛宕神社の総本社だ。『京都市の地名』(一九八一・平凡社)には、「神仏習合の進展に伴い、愛宕山の修験者の修行場ともされ、祭神も天狗の姿をした愛宕権現太郎坊とも考えられ、火神ともされた。この愛宕山中で宗教生活を送る修験者は、愛宕聖(『源氏物語』)とか清滝川聖(『宇治拾遺物語』)とかよばれたが、愛宕信仰は彼らの手によって全国に流布されていく。この愛宕聖の一団には、神仙呪術習得を目的とする者もおり、本尊とされた天狗のイメージともダブって特異な信仰を生んだ」とある。 愛宕神社に参拝のあと、早朝の表参道を下る。赤い前垂れの茶店女に、名物しんこ団子をかしましくすすめられる。 清滝の紅葉の茶屋の主人に教えられ、十八町ばかり奥の空也の滝に足をのばした。その昔空也上人の打たれしという滝は、滔々と虹を含んで落下している。滝の右手に石碑が立ち並ぶ。大明神の名を連ねてはいるが、いずれも狐の神号に過ぎぬ。 滝壷のふちに体を拭う三十歳ばかりの大男がいた。鬼三郎は半眼になった。驚いた風に、男は大きな眼玉をむく。「何者や」と、鬼三郎は問いかけた。「御嶽教の杉本慧でござる」と、男は髭もじゃの顔を上げて慇懃に名乗った。 杉本は鬼三郎の霊力を鋭く察知したらしい。「わしの篭る岩窟に来なはれ」と言って、茂みの中を先に立つ。鬼三郎はその後に従い、木の根、岩の根ふみさくみ、岩窟に入る。 杉本は問わず語りにしゃべり出した。大阪の船場に御嶽教会を持つ彼は、信徒の相場師や病人の祈願を頼まれて、空也の滝の奥のこの岩窟に、そば粉と塩だけで百日篭り、修行の上がりを今日迎えたという。 谷間を登る人声にぎやかに、稲荷大明神の旗をかざした一行が滝に近づいてきた。杉本の姿を見るなり、ひれ伏して般若心経を唱え出す。「出迎え、ご苦労……」と誇らしげに叫ぶと、杉本は信徒たちの前に出て、託宣を始めた。「吾こそは鞍馬山の大僧正なり。汝、団熊、その方が侠客の道で名を上げたるも、この方の修行のおかげであるぞ」 ――またしても鞍馬山の大僧正かいと、鬼三郎は、吹き出したかった。大阪の侠客を牛耳る親分という団熊とその子分たちは、審神の法も知らぬまま、杉本の神がかりを信じ込み、落涙しながら合掌している。「杉本は大僧正が守護する。夢ゆめ疑うことなかれ」と告げる杉本にかかるのは、実は野天狗に過ぎぬ。 杉本は駕篭にかつがれ、一行に守られて意気揚々下山した。 あれが大阪の一流地で通る神術なのか……。 鬼三郎は迷う心になった。広い京、大阪へ行けば、霊力をぶつけ合い研讚し得る相手、真実の帰神者に巡り合えるのではないか。そう思って出て来たのに、都への憧れも急に色あせてくる。嵯峨野に出、川べりを伝って、山本村に戻った。山本(現亀岡市篠町山本)は保津川の南岸にあり、北西上流対岸の保津村と共に保津峡の入り口にあたる。筏流しの中継地として発展してきた。川沿いの稚児大神の御社にぬかずいて神言を捧げる。南桑の野を吹きわたる風に、坊主ヶ淵の水面はさざ波立っていた。 保津の里、産土の請田神社の杜に入って下阪の神示を乞うた。 ――一月待て。 有無をいわせぬ小松林命の言に大阪行きを思い止まり、保津の渡しを越えて上矢田の鍬山神社の鳥居をくぐる。神社の横から細い谷川を登って矢田の山奥の白糸の滝に行く。四年前、穴太から通い慣れた道である。 白糸の滝には先客があった。滝に打たれている女をよく見れば、太元教会教師、稲荷下ろしの高島ふみである。滝の傍に近寄って両手を組み合わせ鎮魂すると、ふみはとび上がり、衣類を抱えて逃げ出すはずみに、石につまづいて谷川に落ちる。 ふみは腰まで谷水につかりながら、呪いの言葉をすさまじくわめきちらす。「神さまの御命令の修行の邪魔する上田喜楽は鬼じゃ、悪魔じゃ。神さま、十日間の修行の終わりをさまたげる喜楽の鬼を、なにとぞ征伐して下されーい」 鬼三郎は谷まで下り、なだめすかしてふみの手を引き道に戻る。濡れた服をしぼり身につけると、ようやく心なごんだふみは、正直に告白する。「いきなり霊をかけられた時は、ほんまにびっくりしたえ。あんた、いつの間にあんな力つけはったん?」 高熊山修行以来のことを鬼三郎が語ると、「ともかく太元教会まで来てほしい」とふみが頼む。鬼三郎は承知した。 太元教会は、明治二九年の春季大祭の時、ふみの偽神術が露見して人気を落とし、余部(現亀岡市余部町)から京町(現亀岡市京町)の天満宮境内に移転していた。小さな建物の玄関に「太元教会」の看板がかかげられている。教会監督杉山藤三郎も懐かしげに神官扇をかざして迎えてくれた。杉山とふみはいまだに夫婦関係を続けているらしい。 太元教会は御嶽教に所属しており、杉山は「わしは御嶽教を根本的に改革し、まことの道を開く覚悟や。喜楽はんもぜひ御嶽教の教師になりなはれ」とすすめる。そこへ本部長の山川教正が出張してきた。杉山は倉皇として迎える。ふみも別室で素早く狩衣を身にまとい、白髭生やした教正の前にひざまずく。 教正の出張の目的は、本部へ納入義務のある教務義金一年分約百円の督促であった。しきりに弁解している杉山とふみを残し、鬼三郎はそっと太元教会を出て、ちょっと思案してから足を穴太へ向ける。高熊山が招いていた。
 高熊山の岩窟に筵を敷き、鬼三郎は通算三度目の修行に入る。初夏の風は尾上を走り、小鳥の声のすがしき朝だ。 いつとはなし鬼三郎の霊魂は霊界に入る。草花の茂る野道を抜け、蛙の鳴く田の中の白い小道を行けば、小松の立ち並ぶ丘に出る。登りつめて卯の花の匂う山頂に達した。嚠喨たる調べに乗って、七色光の輪をおい、貴の女神が微笑んで立つ。懐かしく恋しきままにおそるおそる白魚の手を握れば、魂も溶け入る心地。と、女神の姿がかき消える。 おのが頭上より「瑞の御魂」という声が聞こえる。わが身をよく見れば、涼風が黄金色の錦の衣を吹き抜ける。時鳥の声に見渡すと、遥かへだてて、再び女神の姿が現われる。「御神名を?」と口ごもりつつ、鬼三郎が問う。「われこそは瑞の御魂の和魂。今より天へ昇ります」「ちょ、ちょっと待っとくれやす」とあわてて言うが、女神は無言で遠ざかる。鬼三郎は夢中で後を追う。あまりにも女神の足が早く、森林に分け入って姿を見失う。 百丈もの巨岩が道をふさぎ、どうにも進み得ぬ。待てよと道に坐り込み、声をかぎりに天津祝詞を奏上する。次第に巨岩が沈んで行って消え、目前には老松の梢が低く地に垂れている。嬉しさに松に寄ると、樹肌は鱗、梢と見たのは大蛇の頭となって火炎の舌はき、動き出す。振り返るや後ろは断崖、どうやら沈んだはずの巨岩の上に立っているのだ。 そうか、祝詞を奏上しながら自分が浮上したのかと、今頃気がつく鬼三郎。恐る恐る谷底をのぞけば靄が立ちこめ、怪しい叫び声がかすかに聞こえる。生臭い大蛇の吐く息が耳元に迫り、心おののき、身がちぢこまる。一心不乱に神言を宣れば、千仭の谷間も大蛇も淡々となり、ふっとかき消える。 百千花が所狭きまで咲き乱れる花園であった。消えたのは大蛇にあらず、自分や。誰が連れて来てくれはったんやろと、鬼三郎は見廻す。 金色の光が眼を射て、以前の女神が鬼三郎の前に降る。「我こそはそなたの霊魂」 はっと膝まずく鬼三郎の額が熱し、七色の光と化した女神が体内に溶け入る。歓喜が熱くつき上がり体の隅々にまで行き渡る。天が下を一手に握った心地になった。 蘭麝のかおり、太陽ほどにも輝く月の光。ここは霊国、月照山だと気がついた。第二回高熊山修行の時、鬼三郎の幸魂という言霊別神から霊界について教えを受けたのも、懐かしいこの名山だった。 いつまでも醒めずにあれと祈る心に、さっと吹きつける山風。人の呼び声。我に返ると、身は高熊山の岩窟にある。 呼び声は近づいて、西田元吉がのぞきこむ。「せっかくの修行をなんでさまたげるんや」と、思わず不機嫌にいった。 元吉はひれ伏し、涙をこぼしてにじり寄った。「すんまへん。神さまがここやと教えてくれたさかい、迷惑承知で来たんやがね。大阪から人が来とるんや。園部の支部に待たしとる。逢うてやっておくれんかい」「誰やい」「吾の大阪の叔父、松本留吉なんや。大本の教えを聞かせたら、夢中になりよって、どうでも兄貴に逢いたい、大阪に来て欲しいと、山坂越えて頼みに来たんやね」 鬼三郎が神示を乞うと、「一時も早く園部へ帰れよ」と空中に聞こえる姫神の声。 元吉と連れ立ち、心勇んで高熊山を降りた。道々、大阪の事情を元吉は語った。 園部で松本留吉に面談、大阪行きに心が動く。けれど支部の神前で伺えば、やはり下阪は一月後と決められていて動けぬ。 止むを得ず後日を約し、元吉は叔父と共に三等汽車に乗って、大阪に帰った。
 西田元吉は、大阪谷町九丁目、鍛冶商の松本の館に金明霊学会支部をつくり、独自の宣教、惟神的に回復の日を断言する強引な病気治しの神徳をもって、次々信者を増やしていった。 元吉の教線に触れて、はるばる大阪から茨木を経、山越えに園部まで鬼三郎を訪ねてやってきた男があった。薩摩隼人の溝口中佐、そのあとを追って内藤正照(本名七郎)。二人は西田元吉の理屈抜きの神力に驚かされて入信し、今また園部で鬼三郎のことわけた神観、人生観及び霊学理論に心服。宣教に力を惜しまぬと誓い、鬼三郎を大阪へ迎える準備に帰阪した。
 鬼三郎が園部を発った時は、すでに盛夏であった。 寺村(現亀岡市曽我部町寺)の南端、余能神社のみ前にぬかずき、旅の幸を祈る。余能神社の高庭に立ち、たどってきた曽我部の野を眺め、故郷の山々に名残りを惜しむ。 神社の階段を降り、とろとろ坂にかかる。右には能勢街道、左に行けば茨木に通う山道。道を左にとる。古は山賊が出没、旅人の生首が絶えなかったという小暗い生首峠を越え、東掛にかかる。ここには心学道話を創設し、庶民を導いた丹波聖人、石田梅厳翁の生家があった。梅厳翁遺愛の梅が千引岩の上に苔むしてあり、太書きの記念碑が建っている。感激家の鬼三郎はその高徳に襟を正し、涙を流した。 茨木で安宿を見つけて一泊。隣室の中年の女客を垣間見ると、はだけた浴衣の襟元から刺青が見えた。女中にかける言葉つきも、男のように荒っぽい。 机に向かって筆先を音読、鬼三郎の声は知らず知らずに高潮する。 襖が開き、隣室からどなられた。「じゃかましいわい、黙って寝さらせ、田舎者」「はい」と答えて夜具をかぶるが、なかなか寝つけぬ。そのうちつぎつぎと隣室に男たちが集まってきて、賭場の開帳だ。丁よ半よと傍若無人の高声、賽の響き。刺青女は男たちから「姐御」と呼ばれている。「どちらがやかましい」と文句もつけたいところだが、さわらぬ神に祟りなし、息を殺して朝を待つ。この宿の朝は遅く、飯が出たのがようやく九時過ぎ。 寝不足のまま茨木から三等汽車に身を託し、梅田駅下車。駅前で声をかけてきた人力車夫をよく見ると、思いもかけず故郷の幼なじみ、東穴太の帯亀こと、帯屋の亀吉ではないか。知らぬ土地で知人に会うほど嬉しいことはない。「わしんとこへ泊まらへんこ」とすすめられたのを幸い、帯亀の曳く人力車に揺られて、町はずれのあばら屋の二階を訪問する。「おう、お糸、珍しいお客連れてきたぞ。穴太の喜三やんや」と声をかける。 顔紅らめて迎えたのは、女房松本糸だ。糸は帯亀と恋仲であったが、河内屋勘吉にさらわれて八幡町(現京都府八幡市)に囲われていた。鬼三郎が安閑坊喜楽として侠客修業に熱中していた五年ほど前のことである。 帯亀は喜楽に泣きつき、八幡の橋まで糸を呼び出してもらった。帯亀と糸は手に手をとって駆け落ちする。だから二人の今日は、鬼三郎にとってかかわりなしとはせぬ。以来消息を絶っていた二人との、異郷での再会である。大阪まで逃げのびたものの金はなし、帯亀が人力車夫をし、糸が内職の縫い物などをしてかつかつ食っているという。 蚊帳どころか夜具もないむし暑い六畳一間に、三人は雑魚寝する。「じっとしてこの世で食われる商売は蚊帳吊らずして眠ることなり」と、鬼三郎は蚊や蚤群の猛攻に耐えつつ、一首ひねる。翌朝、食器さえろくにない貧乏所帯を憐れみ、鬼三郎は夫婦に二円を渡す。帯亀は顔をくしゃくしゃにして喜んだが、やがてぽんと手を打った。「おう、ええことに気がついた。喜楽はんがせっかく泊まってくれたのに何の愛想ものうて、気ずつのうてかなんかった。この金はないもんとして、大阪見物に連れてったろ。二人でぱーっと散財しよけい」 とたんに糸は血相変えて帯亀につめよる。「なんやて、もういっぺん言うてみよし。なんのかんのと言うては呑んだくれて、節季の支払いどうするつもりや」 雲行き危うしと見た鬼三郎が腰を浮かす。「とにかくわしは行かんなん所があるし、これで失礼するわ」「阿呆なこと。お糸がしょうもないこというさけ、喜楽はん、気悪うしたんやろ。こら、お糸、ごてごてぬかすな」と帯亀が糸の横面をぶんなぐった。糸はきんきん声を振りしぼって帯亀の腕にかぶりつく。ようやく引き離す鬼三郎。糸は涙まみれの顔で叫んだ。「なんやさ、ド甲斐性なし。女一人も養えんくせに、なに偉そうにいうのや。惚れてもいないうちをむりやり引っぱり出しといて、知らぬ他国で苦労させてからに」「よう言うてくれるわ。帯亀さんやなきゃ夜も日も明けん暮れんちゅうて口説いたくせに。おれはのう、俥引きこそしとれ裸一貫で世界を通る日本男子やど」「へん、日本男子いうたら女を干乾しにさせることかいさ。河内屋はんについとったら、今ごろは栄燿栄華に暮らしてるわさ。あーあ、とんだ貧乏籤引いたもんや」「なんかしてけつかるねん。河内屋がこわいさけ助けてくれと、両手合わして頼んだんはどいつじぇい」「呆れた、呆れた、あー呆れた。どこ押えたら、そんなでたらめ出てくるのえ。喜楽はん使うてうちを八幡橋まで呼び出して、涙ながらにかき口説いたんは誰やいさ。だいたいうちはなあ、腐れ鰯に火がついたみたいな亀やんなんか、嫌いやったんや。つい情にほだされたんが間違いや」「こら、お糸、口に番所がないからいうて、へらず口叩くな」「へん、叩きます、ほざきますよ。喜楽はんにとっくり聞いといてもらいます」 帯亀は片肌ぬぎ、握りこぶしを糸の前に突き出した。「もういうな、黙れ。これ以上ほざいてみい、この腕には骨があるど」「ふん、骨はあるやろ。線香か、やいと箸みたいな骨ならなあ。あんたのその腕でできることは、女房なぐるだけかいな」「く、くそう」 振り上げた腕を、鬼三郎は押し止どめる。「おい、亀やん、遠来の客の前で安くない喧嘩見せんとけ。まあ、この場はわしの顔立ててくれや」 ようやく二人の興奮を鎮める。「夫婦喧嘩仲直りの酒や」といって、帯亀が酒と寿司を買ってくる。酒が入ると、夫婦は人目もかまわずいちゃつき始め、酒の飲めぬ鬼三郎はあてられ通し。「わしらがここにおることは誰にも言わんといてくれよ」と拝む二人を残し、午後二時頃に退散した。