表題:豚小屋の住人 8巻1章
豚小屋の住人



 明治三十五(一九〇二)年夏、まずは浪花路の宣教の幸を祈ろうと、鬼三郎は大阪の総産土である生国魂神社を訪ねた。裏参道のなだらかな石畳を登りつめ、大鳥居をくぐり、大前に神言を宣る。生魂の杜吹く風も冷えて、夏の日ははや西空に傾いている。 拝殿の右横手に入ると、水煙の都は一望の下であった。多田琴を追って初めて浪花の地に来たのは四年前、その間にずいぶんいろいろのことがあった。綾部の人となり、出口直の末娘出口澄と結婚し、一女の父ともなった。大阪にいるはずの琴も小末も、そしていのも変わっていよう。この地のどこかで幸せに生きているだろうか。 十年の修行を積んで出直せと言った天満宮境内の老易者の言葉がよみがえってくる。 ――十年の半分にも満たぬ今、修行不足は自覚の上や。そやさけ、求めて出て、広い世間にもまれてみたいのや。 そう自分に納得させ、足を返そうとして、拝殿に跪き熱心に祈願している十五、六歳の娘に気がつく。祈り終わるのを待って、娘に問いかけた。「谷町九丁目はどっちの方でっしゃろ」「あれ、うちんとこも谷町です。よかったら御一緒に……」「そらありがたい。ところで何を熱心に祈ってはったんや」「父さんが病気ですねん」とこぼれそうな涙を押えて、娘が答えた。「そいつは生魂の神さんのお引き合わせや。よし、神さんに頼んで治してもろたる」と、人の悲しみを無視できぬ鬼三郎が申し出る。 娘は喜んで人力車をやとい、谷町九丁目の角のブラシ屋に案内した。門口まで漂う、暗く、熱っぽく、鼻をつく独特の臭い。「何か憑いとるのう」と、鬼三郎は直感を口にした。「母さん、生魂さまで出会うた神さん拝むお人え。父さんの病気、治してくれはるねんて」と、娘が遠慮っぽく母親に告げる。どうやらなさぬ仲の母娘らしい。 地肌のすけて見えるほど髪の薄い母親は、うさんくさそうに鬼三郎の風体を眺め、仕方なし娘の顔を立ててやるという風に、ぞんざいに言った。「家は真宗だすさかい、神さんはいりまへんねん。けど、せっかくやさかい、お上りやす」 鬼三郎が病床に通っただけで、痩せこけて髭ぼうぼうの病人が驚いてはね起きる。「父さん、まあ……」 母娘が茫然としている。もう何日も動かれぬ重病人なのだ。 鬼三郎は熱臭い主人を蒲団の上に坐らせ、鎮魂の姿勢をとる。神言を奏上している間に、主人は男泣きに泣き出した。憑霊の発動である。「その方は何物」「狐、きつね」「お前のほかにもう一人憑いとる。名は」「……桑名の弟……弟」「何ゆえ憑いた」 泣いていた主人は突然うなり出し、「佐吉、佐吉」と叫ぶ。そして同じ口からまるで別の声音がふき出した。「おう、わしは佐吉よ。五年前この家をとび出して桑名で失敗した時……死に病にかかって電報打ったけど……とうとう来てくれなんだ。わしを見殺しにしたやろうが」「佐吉、あんまりえ。お前さんに金を使われたばっかりに、この家がおちぶれて貧乏したん、忘れてへんやろ。恨めしいのはこっちゃやで」と妻女がいきり立つ。「後妻の身分で、お前は黙れ」「後妻でもこの家の女房だす。かまわんといて」「この恨み……家内中残らずとり憑いて殺したるわい」 まなじり決して病人をにらみつける気の強い妻女をなだめて、鬼三郎は天の数歌を唱えた。ややあって佐吉の霊は言葉和らぎ、「茶臼山の一心寺の境内に祀ってくれい。鎮まりたい」と言い出した。「貧乏になるまで金を使うたあげく、まだ祀れやと……」と、かっとして妻女が病人につかみかかる。佐吉の霊は、からかい調子になる。「かもうとひっかこうと痛むのは兄貴の肉体、わしにはこたえんで。いやなら祀ってもらわぬわい。この家を断絶させてやる」 娘がたまりかねて泣き出せば、「あんまりや……何の因果でお前は……」と妻女もすすり泣く。鬼三郎は双方を納得させ、菩提寺の一心寺に祀る約束をさせて、佐吉の霊を納めた。「まだ一つ、野狐め、ここを出い」 佐吉の死霊が納得して去ったのを見きわめて、鬼三郎は気力をこめ病人に向き合う。組んだ両手の人さし指からほとばしり出る霊線が、野狐の死霊を追う。苦悶する主人の体内を、ぶくぶく音をたてて玉ころが転がり逃げる。とうとう右手に追い込んで「えやっ」と気合をかけると……すぽん……親指の爪の下から落ちた。それは、ういろうのように黄色くやわらかく、みるみる卵大に固まって、門口めがけてころげ出す。 つかもうとする鬼三郎の手をかいくぐり、玉ころはとんで、おりあしく開け放った門前を通りかかる青年の懐に逃げこんだ。「待たんけい、その狐……」 裸足でとび出した鬼三郎が青年の袂をつかむ。青年はまっ蒼になった顔を振り向け、狂気のように鬼三郎の手をふり切って、夕闇の中に駆け去った。すると真宗の僧が二人、憤怒の形相で現われ、鬼三郎につめ寄る。神言を奏上すれば、次第次第に消え失せる。 ――真宗の霊が営業妨害やとだいぶ怒っとるらしいわい。それにしてもあの青年こそ、とんだとばっちりや。気の毒なことをした。 青年の身を案じつつブラシ屋に戻る。親族の者が二人、目を怒らせて病人の枕元に坐していたが、鬼三郎に向かって食ってかかる。「ここは真宗のみ仏の守る家や。けったいな神さんの助けなどいらんわい」「死霊や狐やと病人を惑わして、どないするつもりや。早う去んどくれやす」 病人も妻女も横を向いている。娘は小さくなって、うつむいたきりだ。 死霊と野狐にかかわり合って、力を尽くし、ようよう病人を助けたと思えば冷たく追い出される。 黙ってブラシ屋を出て、鬼三郎はあてもなく来た道を戻った。同じ町内に目的の松本留吉の家があるはずだが、夜中に訪ねるわけにはいかぬ。気がつけば腹ぺこだった。夜飯も食わぬまま、すでに夏の短い夜は明けかかっている。 再び生国魂神社に詣でた。大前に祝詞を宣るうち、憑霊どもにけがされた身魂も清まってくる。明け方の杜のしげみに鳴き交わす小鳥たち、しずしずと階段を上がって奥殿深く進み入る禰宜の足袋の白さ。すがしさを心ゆくまで吸い込んで、大鳥居をくぐり出た。 谷町通りを南に、松本留吉の家を訪ね歩いた。法被を来た男衆の出入りする家の前を通る時、ふとあの臭いをかいだ。暗く熱っぽい刺すような憑霊の臭気だ。 鬼三郎の足はためらいもない。案内も乞わずに上がりこんだ。この家は金光教信仰らしく、奥の間の新しい神床には天地金之神が祀られている。「あんた、どなたはんで……」と、主人らしき男が、驚いて鬼三郎をとがめた。「わしは綾部の大本の神の使いです。どうもこの家が気になって、無断で上がりこみました。病人がいやはるのと違いますか」 主人の棟梁坂井卯之助は、すがるように言った。「よう分かりまんなあ。実は家内の筆子が寝ついたなりで、弱っとりまんねん。薬も注射も効かへんし、しょうないさかい金光教会の神さん祀って日参しとるんやが、神徳は金で買えよと金とられるばかりで、御利益はてんとおへんのや」 愚痴をこぼしつつ、離れ座敷へ案内する。においのこもる離れ家の閉め切った雨戸を明けさせた。ぱっと飛び出す影がある。枕頭に端座して祝詞を奏上。 病婦は起き上がって、乱れた髪を恥ずかしそうにつくろった。「何や今、お腹にごろごろしとったもんが飛び出してしもて、体が軽うなりましてん」 棟梁は改めて、鬼三郎にしばらくの滞在を願い出た。二、三日のうちに筆子は全快し、床を上げた。 夫妻は喜んで大本大神の祭祀を鬼三郎に頼んだ。十数人の大工弟子たちもそろって神床に向い、礼拝を始める。家の中が清々しく、明るい空気に包まれ出した。「丹波より生神さまが来阪したそうや」 一日増しに、噂を伝え聞いた人々が訪れる。近所の松本留吉もそれを知り、喜んで挨拶に顔を出した。西田元吉は布教に足をのばして不在という。これも神のはからいかと、鬼三郎は病を取次ぎつつ、神の道を説くことに力を注いだ。 金光教布教師が肩臂怒らせてやってきて、坂井卯之助を激しくなじる。「神徳は心でもらえるのや。お前さん、気違い婆さんの開いた大本なんか祀って、おかげ落とさんようにしなはれや」 卯之助は負けてはいない。「落とすようなおかげをお前さんとこからいつもろたい。無いものは落とせるかい。阿呆なこと言うてもろたら困りまっせ」「神罰が当たっても知りまへんで。後悔せんときや」「金光は金の神だとうまいこと言われて、さんざ金しぼられたんや。だました上に罰当てるような神さんの出入りは、こっちからお断わりしまっせ」 憤然と布教師が出て行った後、入れちがいにしょんぼり門口にたたずむ娘がある。「父さんが危篤です。どうぞ先生、もう一度助けておくれやす」 親を思う娘の真心に、鬼三郎は、一度追い出されたブラシ屋に行った。主人は意識もなく氷のうをあてた頭を力なく振って、うわ言をつぶやいていた。さすが強気の妻女も、鬼三郎を見るなり、先日の無礼を詫び入った。病人は、鬼三郎の取次ぎで生色をよみがえらせた。夫妻とも、鬼三郎に神の話を乞う。 そこへ卯之助棟梁が入ってきて、門前から大声でどなった。「先生、わしが神さんの話ぶちまくっとるねんが、やっぱりわしでは頼りのうてあかんそうやねん。十六、七人帰なんと待っとりまっせ。家が狭いさかい暑うてどもなりまへん。すぐ帰ってきてや」 どなるだけどなると、返事も待たず走り去る。卯之助は大本の教えを知ってから、詣って来る人々に神徳話をぶつのに熱中していた。「先生、わしの家で神さまの教え説いてもろたらいけまへんかい。もうしばらくでもどうぞここにいとくれやす」 ブラシ屋の主人が、病みほうけた細い手を合わせて、心細げに頼む。しかし門前には、手まわしよく卯之助が連れてきた人力車夫が俥を置いて待っている。「近くやさけ、またちょくちょく様子見にきますわ」
 鬼三郎は、綾部を抜け出したまま、音沙汰知れぬ。いつまでたっても立替えは来ぬ。ここに奇妙な一団が生じた。綾部の人たちは、彼らを『豚小屋の住人』と呼んだ。 ――立替え迫る。 それを信じて田中善吉、時田金太郎、野崎宗長らが高波に乗るように郷里を捨て、綾部に移住した。それは一年前の初夏。 彼らだけではない。東四辻の元金光教会の大きな麦藁葺きの家には、四方与平、森津由松、本田作次郎、木下友吉、小島寅吉、安田荘次郎がそれぞれ家族連れで住みこみ、さらに独身者では六部の小沢宗徳、木下慶太郎、妻菊子に逃げられた中村竹吉が同居した。鬼三郎の母世祢や妹君も一緒だった。後野市太郎は、庭に総建築費五円也の掘立小屋を立て、寝起きしていた。 彼らの東四辻にいた時期はまちまちで、ずっとこれだけの人たちが常住したわけではない。正確な人数は分からぬが、ともかく多数の妻帯者、独身者が一つの屋根の下にひしめいて最低生活を営むのだから、『豚小屋の住人』と言われてもいたし方ないこと。鷹栖の自宅から通っている四方平蔵にしてもその部類に属そう。 彼らと世間との間は次第に隔絶、取り残された連帯意識は大本独自の慣習を作っていった。マッチを一切使用せず、頑固に昔のままの火打石を使用した。マッチには穢れたものが入っていると信じた。火打石、火打金、火口、つけ木を収納した火打箱を持ち歩いた。 火打箱はすでに求める人も稀だが、まだ荒物屋で売っていた。左手に火打石を持ち、火口(菖蒲の花を乾燥させてよくもみ、焼酎、焔硝を加えて煮てまた乾した黒いもぐさ状のもの)を親指で火打石にあてて軽く押え、右手の火打金を火口の近くで切り火すると、火口に点火する。ぱちぱちと音をたてて燃える火口を箱の中に落とし、つけ木に火を移す。切り火は清浄なもの、穢れを清めると信じる彼らは、水で清めた神への供え物すべてにさらに切り火して、邪気をはらうのだ。 しかしマッチも硫黄なら、つけ木の先にも硫黄がついている。いかに切り火が清くとも、燃え出す点では同じようなものだが、彼らは煙草の火にすらマッチを避ける。感覚が許さぬのか。 直の住む別荘の裏に竹薮があった。竹は一年で延びて、大雪が降れば一夜で折れる。辛抱のないものは外国、竹も外国と、直は嫌う。だから箸でさえ竹を使わぬ。石鹸も外国なら、こうもり傘も外国。絹物は着ぬ物、贅沢は許されぬから、木綿一点ばりである。 筆先の文句をうのみに無批判に受け入れ実行する役員たちが、他人にその感覚で説いてみても嗤われるばかり。 世間は目も見えず耳も聞えぬ奴らばかりだ。さらば、人間を相手にせず、神さまに聞いていただこう。 汽車の走る世の中に、蓑笠つけ、晒の脚絆に草鞋ばき、筆先を背に人々は旅に出る。弥仙山、元伊勢、大江山、野に寝、山に伏して十里四方の峰々をめぐる。小さな祠一つにもひざまずき、大声で筆先を拝読して神霊に聞かせる。宮がなければ大空へ、雲へ、山へ、小川へ、狂気のように絶叫し、また野草にもささやく。不乱に祈る。「あなたさまの氏子が日本魂の生粋のまざりけなしの水晶の身魂に立てかえりまして、この立替え立直しを不調法なく貫きまして、世界の鏡となりますよう、一心もってお願い申します」 髪はぼうぼう、髭はのびる。美男の木下慶太郎も、まだ伸びるべき髭すらない後野市太郎も、一見して乞食。食うや食わずなのだ。ただ瞳だけ異様に澄んできらめく。 こういう手合いに、鬼三郎の合理主義が受け入れられるはずはなかった。それでいながら、鬼三郎には人を魅き寄せる徳があるらしい。鬼三郎が綾部にいると、ともかく龍門館には活気があふれ、信者は参拝したがる。鬼三郎がいなくなると、とたんに火が消えたようにさびしくなる。 一団となって鬼三郎を排斥した連中も、妙に元気がなくなった。小松林や素盞嗚尊という共同の敵があるうちは、目的も張りもあって、彼らの連帯意識を支えてくれたのに。 立替えまでの一時しのぎという気分であるから、食うための気のきいた職業などあるわけがなく、男は土方に出て一日三十五銭をもらい、女は縄ないなどの手内職をした。大槻鹿蔵に頼めば、いろんな仕事を紹介してくれた。大槻は内職斡旋業をしていた。粥腹なので力が出ず、人夫賃も値切られがち。 これらの連中が、食事時になると、ぞろぞろ龍門館に集まってくる。今でいう集団給食。只一人別荘で食べる教祖出口直も、彼らと同じ食事である。 米の節約のため、粥に野菜や野草を入れた。菜を箸でつまみ上げると、悲しげな米粒がぱらぱらとついてきた。早く食卓についた者が、米の部分を多くすくえた。早飯の者は断然有利である。ちゃちゃちゃと炊きたての熱いのを流しこんで三杯目のお代わりをする田中を、幸吉はうらめしげに睨む。幸吉はまだ一杯目の半ばなのに。猫舌はげに哀れであった。 空になった大鍋をのぞいて、森津由松の長男助右衛門(八歳)が、時田金太郎の右眉のこぶをとり、掌にのせて丸め、口に放りこんで食べる真似をした。だが、誰も笑えぬ。 この時代は下肥が売れた。五荷五銭が相場だが、「金神さんのは効き目が薄い」と言って、買い手はしぶった。 早朝の庭に、団栗をいっぱいひろげて乾かす。丸いのや先細りのや大小まちまち、下半身をきっちり椀に包んで並んでいる。カシやクヌギやナラの実だ。椎の実と違って、渋くてえぐくて、とても食えたものではない。「団栗を食べたらどもりになるでよ」 大人は間違って食わぬよう、子供にこう教えた。遊びのために拾う子らはあっても、食用のために拾うのは大本人種のみであろう。 何日も天日にさらしてよく乾いた団栗を、澄は土間に埋めた唐臼に投げ入れる。横木にのせた杵の端を踏み、離すと、杵は団栗の表皮をくだく。 朝野を背に負うたまま何度となく踏んで皮をとった実を石臼でひいて粉にし、木綿の袋に入れて由良川の水にさらす。四日前にさらした袋は、口をきっちりくくられ、紐で立木に結びつけ、流れに浸したままである。こうして三、四日さらし続けねば、あく抜きは出来ぬ。 澄は河原に坐って朝野に乳を与えながら、質山峠の頂に浮かぶ白い雲をぼんやり眺めた。あの空の東の向こう、澄の見知らぬ地のどこかで、鬼三郎は生きているはずであった。 母にも役員信者にも、もうついていけないと澄は思った。気がついてみると、いつからか心が離れていた。どこがどうと、はっきりした理論的根拠をもって批判はできぬ。やはり幼い時から母の帰神を見、神の実在を心と体で受け止めて育ち、大本の信仰はすでに血肉になっていたから、すべてを否定しきれはしない。けれど、何かしら間違っている。夫鬼三郎の影響かも知れなかった。 母を疑うなど、少なくも夫を知るまでは澄の心の隅にだに無かったこと。だからこそ、明るくのびやかに育ってもこれた。鬼三郎の理屈が、妻の心を毒したのか。 が、鬼三郎に対しても、母や役員に対してと同じくらい、澄は信じきれなかった。言うことはいっかどそうだが、なすことに疑惑があった。直の日常の張りつめた厳しさを見なれている澄は、無意識に較べてしまう。どちらをも信じきれぬ所に、澄の深い悲しみがあった。 結婚式をひかえた夕暮れ、雪の本宮山で鬼三郎の言ったことは忘れていない。「澄、わしは自分でも分からんのやが……世界一の大阿呆かも知れんぞ。地の底まで行かんならんと神さまが言うてんじゃ。可哀そうなが、ついて来てくれるこ……」 澄は、こっくりした。 あの時は、鬼三郎が大本にとってかけがえのない人と思っていた。その夫が、たとえ神さま同志の争いにしろ、母にたてついて譲らぬのだ。執拗な役員信者の総反撃が続いた。板ばさみの澄は辛かった。笑顔を向けつつ、母にも夫にも見せぬ涙を、どれだけ流したことか。 澄は夫を自由の野に逃がしてやった。押えつけ、縛られたからといって降参し、しんから改心するような人ではない。夫を大事と思えばこそ、親も弟妹も妻も子も捨てて行く鬼三郎を、笑顔で見送った。それから半年近くになる。 噂では、大阪あたりで、また得意の霊学を振り回し信者を集めているらしい。夫と母の争いにも、そして生活の苦しみ自体にも、澄は疲れていた。もうどうでもよかった。 水気を含んでずっしり重い団栗袋をさげ、龍門館へ帰った。一畝ほどの小さな畑で、直と世祢が草むしりしていた。母と義母が仲むつまじいのが、せめてもの慰めであった。最近の直は朝のうち畑をし、午後から筆先を書くのが、ほとんどの日課になっていた。 台所へ入ると、団栗袋に小麦粉を混ぜ、少量の塩を入れて、いくつもいくつも丸い団子にした。長方形の格好のもできた。この団栗団子は、幼い頃母の考案でよく食べさせられた代用食だ。お世辞にもうまいとは言えぬが、これでも腹の足しにせねばならぬ。大勢の腹をすかせた仲間たちに、ともかく昼の支度をすませておく。 朝野のおむつを替え、また乳をのませておぶい直すと、坂を上がった尋常小学校の門をくぐる。四年生の教室の窓をとんとん叩くと、上田君がそっと外へ出てきた。小柄で同年輩の子より二つほど小さく見えた。君の背中に朝野をくくりつける。 この頃、子守りしながら授業を受ける子は珍しくなかった。子守り学級が設けられることもあった。 赤ん坊が泣くと、廊下であやしながら、君は授業を受けた。時には朝野が泣き止まずに、校庭に出ることもある。砂の上に指で字を書いて学んだ。子供の頃から小学校の門などくぐったこともない澄が、今頃になって、毎朝、赤ん坊をあずけに通った。 その足で綾部町内の青野の麦藁帽子の工場へ行く。工場とは名ばかり、小屋のような民家で、いつも数人の女たちが働いていた。澄の仕事は、帽子のてっぺんの飾り作りである。出来上がりの数で賃金に差がつくから、無駄口叩く暇もなく、指を走らせ続ける。内職のない時は、澄は家にいて、別荘の中庭で縄ないをした。 十二時になると、龍門館へとんで帰る。間もなく、君が、朝野をおぶって小学校から昼食に帰ってくる。「只今帰りました」 迎えに出た澄に声だけかけ、君はそのまま別荘にかかる縁まで急ぐ。直は待ちかねたように別荘から出てきて、背の朝野に相好をくずして頬寄せる。「あー、よう帰ってきたな、よう帰ってきたな」 長く会わなかったような懐かしみようである。直は君の背から朝野を降ろし、壊れものを扱うように抱いて、母屋へ行く。「澄や、わたしは神さまの御用をしとるでな、早うおむつを替えてやっておくれ」 まるで赤児の身になって催促する。朝替えたきりのおむつだから、ぐしょ濡れだ。「おーお、しょうずやの、しょうずやの」 おむつを替える澄の手元をのぞきこんで、直はいとおしげにつぶやく。しょうずとは山水が自然に湧き出ている所、いつも濡れているからだ。その間に、君は旺盛な食欲の役員信者にまじって、四方与平の妻とみの焼いてくれた団栗団子をむさぼる。 乳を飲み終わった朝野がむずかり出す。直がおぶい紐をひろげて「これ進上……」と見せると、朝野はにっこり笑い、手足をばたばたさせる。その顔見たさに、直はおぶい紐を見せたり隠したり、その横でまた祐助が黒い顔の鼻の下をたらんとのばし、嬰児の表情につられて泣き笑いする。君は学校におくれぬかと気が気ではない。「祐助はん、団子がのうなりまっせ」 誰かが尻をつつく。「ほい、ほい」 あわてて祐助が手をのばす。東四辻の住民ではない彼も、居合わせた者は一様に食卓の仲間であった。 澄はまた青野の工場へ。三時、学校を終えた君が朝野を負うて乳を飲ませに工場へ来る。澄は麦藁くずの中に朝野を抱えて、白い大きな乳房をもの憂げに与える。澄の頭の中は、今夜の食事をどう工面するかで一杯なのだ。

表題:砲兵工厰 8巻2章砲兵工廠



 坂井家に帰った鬼三郎は、待ちあぐねている人々に一わたり道を説き、一人ずつ鎮魂を始めた。おりしも、剣の音を響かせて、溝口清俊陸軍砲兵中佐が入ってきた。園部で対面ずみの溝口は、嬉しそうに握手を求めて切り出す。「やあ、丹波の生神さんが来とるという噂を聞いて、とんで来たんです。やっぱり先生でしたな。わしの官舎はすぐそこです。上田先生、ぜひ御足労願いたい」 顔はにこにこしていながら、軍人の習い性か、その体躯から、声音から、威圧的な体臭をまき散らす。つめかけている人々への鎮魂が終わってから、鬼三郎は溝口と連れ立って坂井家を辞した。 道々、溝口中佐は、入信の経緯について語る。園部で初対面の時には出なかった話である。 細君が病気で困っていた時、溝口はある人から西田元吉の噂を聞いた。迎えの使いを出すと、すぐ来てくれた。食事時なので近くの料亭から料理を取り寄せ、女中に給仕を命じた。食事後、ゆっくり挨拶に出るつもりであった。 西田は不快な顔で女中に言ったという。「飯食うために神さまの取次ぎしとるのやない、あがは神さまのお道を伝える尊いお使いじゃ。主人が出んと女中に給仕させるような心がけやさかい、嫁さんの病気が治らん。衣服を改めて出て来て、主人が給仕をせいと伝えんかいや」 女中はそのままを溝口に伝えた。「なにい」と、溝口の顔色が変わった。治るかどうか、たいして当てにもならん祈祷師に料理屋から取り寄せた馳走をするさえ分にすぎる。むしろ恩恵をほどこしたつもりの溝口だった。飛ぶ鳥落とす勢いの砲兵中佐に、「給仕に出よ」……思ってみたこともないその言葉に、突然、鼻柱をがしんと殴られた気がした。 しかし、すぐ溝口は省みた。よほど権威のある神さまに違いない。中佐という人間の階級など、眼中にないらしい。 急いで衣服を改めて西田に会い、また感服した。洗いざらした木綿の着物と袴。どう見ても田舎の風采の上がらぬ青年だ。が、妻のために祈る真剣な姿を見ているうちに、激しい気迫に圧倒される。西田を通して大本の神を知りたい気になっていた。 ――なかなかやるぞ、元吉、それが本当や。 鬼三郎は元吉をほめられて、わがこと以上に嬉しかった。今ごろ、どの地を宣教に歩いているのかと、懐かしくしのぶ。 生国魂神社の東側、上本町三丁目に溝口中佐の広い官舎があった。真向かいはキリスト教会で、オルガンに合わせて讃美歌が流れてくる。「息子らが耶蘇にかぶれてしもうて、情なや、朝夕アーメンと称えくさる。大和魂の帝国軍人の家庭に、外国の腰抜け神の祈りなど……聞くに耐えんのですわい」 溝口の率直な嘆きは、鬼三郎にも通じる。「信仰は自由やさけ、ただ頭から息子さんをとがめるわけにはいきまへんやろ。それより、どんなこと教えとるか、調べたらどうです」「耶蘇を学ぶのか」「まあ、話を聞こうやありまへんか。独善はあきまへん。わしも知りたい思うとったとこや」 不承不承の中佐を伴い、鬼三郎はメソジスト教会の門をくぐった。黒衣の教会牧師が、演壇に立って説教していた。堂内はしんと静まり返っている。二人は信徒らの後の席に坐って、教会の高い天井やガラス張りの窓や祭壇を一わたりもの珍しく眺めた。 説教がキリストの十字架にかけられるくだりに来て、牧師の涙まじりの声に、信徒たちはすすり上げる。思わず話に引きこまれて、鬼三郎も泣いていた。喜劇が好き、悲劇は大嫌い、その実、誰よりも涙もろい。鬼三郎は、だから自分がいまいましい。 ――キリストのいう博愛・平等・真理には従うが、霊の弱るような陰気さはかなわん。第一、人間は神の子や。罪の子とはどだい身魂が違うわい。 かたわらに目をやると、鬼面の溝口中佐の髭まで震えている。中佐はつと立って、演壇に黙礼するなり、大股に出ていった。鬼三郎は同調しなかった。牧師の哀調を帯びた説教が終わると代わって信徒の一人が登壇、弁舌さわやかに十字架の救いを讃美しだした。耳を傾けている鬼三郎に、演説者の視線が注がれる。やがて讃美歌となり、ものがなしく柔らかいオルガンで合唱、信徒たちは散っていった。 教会を出がけに、見知らぬ男に呼び止められた。「どこから来られました」「丹波の綾部からです。向かいの溝口はんのとこに厄介になってます」「何宗の方どす」「丹波の大本」「大本教……聞かん宗教やなあ」と男は首を傾け、「さっき御一緒だったところを見ると、溝口さんが……まさかその……」「いや、最近あの方は、大本に入信されましたですで」 男は憤然とした口調になった。「それはいかん。わたしは溝口さんの友人で、黒葛原兼豪という者です。一言忠告せねばならん。溝口邸までお供させてもらいますで」 溝口は先に帰宅していた。応接間で黒葛原を見るや、嫌な顔をした。黒葛原は即座に言う。「溝口さん、お子たちはキリスト教の洗礼まで受けておられるのに、何故あなたは他教に入られるんです。わけを聞かせて下さい」「信教は自由じゃ。わしは子供まで束縛しようと思わぬ。だから息子は息子、親は親、わしが何しようとかまわんでくれ」 すげなくはねつけて、溝口は応接間を出て行った。黒葛原は向きを変え、鬼三郎に詰問する。「その大本とかいうのはどんな教会です。分かるように、わたしにも教理を教えて下され」 鬼三郎は、黒葛原の目をみつめて語る。「わたしは日本人やから、日本の地に下し給うた神の言葉を信じるのです」「わしが外国人だと言うのか」「そうは言わへん。しかし神はその時代、その場所、その環境、つまりは時所位に応じて適切な救いの神柱を立て、教えを示して、人類を導き給うのや。二千年の昔、ユダヤで生まれ十字架にかかって万民の罪をあがなわれた救世主一人が、神の子ではありまへんで」「へえ、他にも神の子がいるのかいな」「おります、ここに。あんたの目の前や……」「あんたのことか。……馬鹿にしなはんな……」 鬼三郎が笑った。「わしだけやない。そういうあんたかて立派な神の子、神の宮や。人は霊止、本来内側に神性を宿して生まれてきたんや。生まれながらの罪の子など、この神の国日本、いや世界中にかて一人もおりまへん」「あんたは知らんじゃろうが、人には原罪というもんがある。洗礼と信仰による以外、それをまぬがれることはできんのじゃ」「アダムとイヴが犯した罪のことなら、わしも聞いてます。始祖の犯したあやまちのため、人類の末の末にまで呪いをかける。それがまことの愛の神のすることやろか。善悪をみわける木になっていた知恵の木の実とは、つまり体主霊従の実。魂を育てることを忘れて体欲にとらわれ、本来神に向かうべき性を失ったことを罪というとるんや。そういう意味では、確かに原罪の芽は人類すべての内に育って、今や手のつけられんまでにはびこっておる。放っておけば、人類は破滅しまっしゃろ」「それを救うのは、やはりキリストをおいて他にはおまへんやろ。上田はん、あんた、聖書を読んでなはるか」「いや、恥ずかしながら、ざっと目を通した程度や」「惜しい。ぜひ読まなあきまへん。あんたは外国の神や言わはったが、神はこの世にただ一人、エホバがあるだけですねん」「造物主は一柱、異存はありまへん。ただその千変万化のお働きの一つ一つに神格を生ずる。それに名をつけたのが、日本の八百万の神々。エホバといい、ゴットといい、アラーというのも、阿弥陀というのも、さらに天之御中主大神とわしらが讃えるのも元は一つ、無始無終、唯一絶対、即ち全大宇宙にみちみち統べ給う大元霊のことです」 溝口が入ってきて仲間に加わり、議論は延々と続いた。溝口が使いを走らせたのだろう、内藤正照他二名が訪ねてきて、いっそう座がにぎわって一夜がふける。 昼は坂井家やブラシ屋を根城にとび歩き、夜は溝口家に集まって、前夜持ち越しの議論に花が咲いた。聖書を奉じながらその奇跡を信じきれずにいた黒葛原も、奇跡を当然と信じ日常に行う綾部の教祖出口直、また神と合一するという鬼三郎の霊学の話に驚かされ、実地に目撃して更に傾倒した。 二名の客、池田大蔵と高谷理太郎も深く鬼三郎に共鳴した。彼らはそれぞれに大阪市東区の砲兵工廠につながりを持っている。ここに忠勤を励む溝口中佐、役員を辞職して今はブリキ店を開いている池田大蔵、大林区署の役員で土地払い下げ係をしている高谷理太郎、それに砲兵工廠や軍関係の輸送の請負業を主としてボス的存在である内藤正照。黒葛原兼豪を加えたこの五人男は鬼三郎を囲んで意気白熱し、まず砲兵工廠三千職工を動かして神兵たらせんとした。 さすが実力派の溝口は、即実行。翌朝鬼三郎らを伴って、砲兵工廠に乗り込んだ。大坂城の東一帯に莫大な土地を占めて、赤いレンガ造りの高塀が長々と続いていた。(現在、弁天町・松山町・森町他を含む。大阪中央公園、大阪府警察学校、市民病院などが建っている) 砲兵工廠は、陸軍直営の小銃、火砲、弾薬類の製造修理工場。明治以後、政府は幕府や諸藩から多くの軍需工場を接収したが、明治十二(一八七九)年の砲兵工廠条例によって、それらのうち東京と大阪の工廠がそれぞれ東京・大阪砲兵工廠となった。この二つの陸軍工廠と横須賀海軍工廠、海軍造兵工廠と共に、官営四大工廠として日本の軍国主義推進に貢献した。 大正十二(一九二三)年、砲兵工廠は廃され、陸軍造兵廠と称する。「へーえ、軍いうもんは、どでかいことさらしおるのう」と、鬼三郎は規模の破格さに目を円くする。溝口は少々心細くなった。 ――何いうても田舎青年や。三千の聴衆を前にして立ち往生でもしてくれたら、わしまで赤恥かかんなん。 鬼三郎は頓着なく高声で驚きを表明する。「溝口はん、このずらーっと並んどる工場は何やろ。何造ったはるのや」「しいっ、大きな声では言えんのや。迫撃砲に弾丸、銃器、小銃の弾、サーベル……ざっとそこいらどすわ。後は機密で言えまへん」「つまり人殺しの道具を造っとるわけや。地主や資本家を肥やし保護するために、国家が国民の血と汗からしぼり取った税金を使うて……」「上田はん、ここで言うてよいことと悪いことがありまっせ」「そやさけ、わし小さい声で独り言つぶやいとるんや」「……」 心細いのを通りこして、溝口は後悔しはじめた。 ――ひどい男を連れ込んでしもた。何しゃべり出すやら分からんわい。どうしよう。 同行の内藤を見たが、知らん顔だ。砲兵工廠の広々とした講堂には、すでに若手の工員や年輩の職員たちがぎっしり詰めていた。 溝口が、吠えるような破れ声を張り上げて、皇道の真髄について前席をぶった。砲兵中佐の貫録は十分。 のこのこと中佐に入れ代わって演壇に上がった見慣れぬ若者に、三千の聴衆の好奇心に満ちた視線が集中する。「砲兵工廠の諸君よ、肉体の衣の中に魂を育てるところの満堂の諸君よ、天運はめぐり来た。わしは、あなたらの魂に向かって知らせねばならぬことがある……」 溝口と内藤は、掌にじっとり汗を握った。しかし聴衆は、鬼三郎の大胆で風変わりな話に魅き込まれていった。神について、人について、神と人との関係、霊界の実在、艮の金神の出現と、話は果てしなく高揚する。時間までに、思いの半分も話しきれはしなかった。聴衆は腰を据えたまま立とうともしない。 溝口が進み出た。「来週日曜に、この話の続きを聞かせてもらえるよう、上田鬼三郎先生に交渉したいと思う。諸君、御期待を乞う」 わっと、場内は歓声と拍手が渦巻いた。
「和服ではどうも垢抜けせんのう」と洒落者の内藤が言い出したのがきっかけで、鬼三郎は急據洋服をあつらえることにした。出来上がったのは最上等の燕尾服。ぴかぴかの靴も添えて、内藤、高谷、池田らの友情のプレゼントであった。 生まれて初めて洋服を着て、靴をはいた。蝶ネクタイもしめた。鏡に映る鬼三郎は、自分とも思えぬ。 ――とうとう洋服を着やがったな。これで外国身魂の四つ足の小松林は完璧や。ざまあみい。 燕尾服の記念撮影に内藤、高谷、池田とわざわざ写真館にも行った。初めは何とも窮屈だったが、慣れてくると動き安い。下駄に比べて靴の歩きよさ。胸を張り、ぎしぎし皮靴鳴らして、砲兵工廠へ出向いた。その日曜は、また次の日曜を約し、次々と四、五週間鬼三郎は通った。 砲兵工廠の全職員は、上田鬼三郎先生の説教に服した。金明霊学会大阪本部を設置する猛運動が盛り上がっていた。溝口、内藤、黒葛原、高谷、池田の面々が発起人となって、天王寺付近の土地一万坪を買収し、大阪本部建設案具体化のため、あちこちに調査の人が走った。「やあ、忘れとった。大阪本部言うとるが、肝心の綾部の大本本部にわしらはまだ足も踏み入れてないんや。上田先生、こら真っ先に教祖さまのお許しを得に行かんなりまへんやろなあ」 溝口が潔癖な軍人らしく言い出した。鬼三郎は、複雑な表情を思わず伏せる。「溝口さんの言いなさる通りや。教祖さまの神さま、つまり艮の金神さまの許可なしには……」と言いながら、ほうっと吐息する。 ……何もかも砂上の楼閣や。 この瞬間、鬼三郎はあきらめきっていた。ぐらぐらと崩れ落ちる大阪本部の夢の殿堂を、わが心にみつめていた。結末は分かっていながら、夢を追わずにいられぬ小松林の阿呆たれめ……。 しかし、のたうつばかりの苦しみは、一刻の後に去っていた。 鬼三郎の心中を知らぬ男たちは、人選の上、第一に綾部の様子を見るため、高谷理太郎を派遣した。高谷は三日目の夕方戻ってきた。様子いかにと溝口邸につめかけていた五人の前に、冷笑を浮かべて高谷が立つ。「綾部、綾部と憧れて行ったところが、どうだす。本部いうても、小さなあばら家に田舎の婆さんが一人拝んどっただけでっせ。おまけに気違いみたいな役員が、二、三人、わけのわからんこと言うとった。ただはっきり分かったのは、上田はん、あんたの正体だっせ」 高谷は興奮した口調で半ばを鬼三郎にぶつけ、あとの半ばを仲間たちに訴えた。「あんたは、われわれをだまして、ここまで引き回してきたんや。神や霊学やと口でうまいこと言うて……溝口さん、上田鬼三郎はあの本部の教祖や役員たちにさえ愛想つかされて、放り出されてきたんやそうだす。本部の者に上田の信用はまるきり零ですわ。外国身魂の四つ足魂、傍へ寄っても悪が染まるさかい、本部では塩をまかな誰も近づかん。上田は悪の御用やさかい、世界の悪の鏡がうつらんよう一室に閉じ込めたのを、いつの間にか抜け出して逃げたんやそうな。『あんなものをかもとったら神罰覿面、えらいことになりますで。わしら綾部では責任はよう負いまへん』と口を揃えてこうぬかしくさった。報告はこれだけや。弁明があれば上田はん、聞こうやないか」 事の意外さにあきれて、一同はただ鬼三郎の面を眺めるばかり。 じょじょに鬼三郎の顔に薄笑いがひろがった。苦痛は、高谷が綾部に立つまでに、すでに味わい尽くしていた。今さら弁解したとて何になろう。人為を尽くして、あとは惟神にまかすのが人の道ではないか。 黙して答えぬ鬼三郎に、溝口中佐の憤怒は爆発した。「おのれ、この溝口をおちょくりやがるとは。外国身魂の四つ足など、今日以後、帝国軍人のこの家の敷居を一歩もまたがさんぞ。出て行ってくれ」 ――やれやれ、大阪宣教の結果はこの燕尾服一着か。 飄然として、鬼三郎が戸口に向かう。その腕をぐっと握って、溝口に負けぬ大声を張り上げたのは内藤だった。「何ぬかす。たわけもんめが……」 怒声は、鬼三郎へではなく、溝口に向けて飛んでいた。「わしも二度とこんな敷居はまたがんわい。分からずやめ」 それから鬼三郎の腕を引っ張った。「分からん奴は放って行こ、上田はん。うちへ行きまひょ。わし一人でもお道はひらきますわい」 内藤と鬼三郎が出て行ったあと、溝口が頭をかかえこんでうめく。白けきった空気の中から、黒葛原が立ち上がり、ていねいに溝口に頭を下げて出て行った。がたんと椅子を鳴らせて池田がとび上がり、あたふたと後を追う。 大阪晩夏の宵は風もなかった。
 内藤正照(四十七歳)の家は、溝口中佐の官舎から四、五丁先であった。天王寺に隣接する愛染坂のゆるい勾配をのぼりつめたところに面してこぢんまりと立つ平家である。茶の間の障子を開けると、天王寺の大きな池が見えた。 正照は名古屋の藩士内藤浅右衛門の三男坊。東京へ養子に行ったが、養家と気風が合わなかったのか、ほどなく名古屋へ舞い戻り、輜重輸送の人夫頭をしていた。 上役が人夫賃金をさらえて雲がくれしたため、支払い責任が内藤の肩にふりかかってきて、止むなく大阪へ逃げた。 日清戦争当時のことで、軍需輸送の人夫が不足、寸足らずの若者の徴用も盛んで、「輜重輸送が兵隊ならば、とんぼ蝶々も鳥のうち」と歌われた。こうした中にまぎれ込み、もまれつつ、やがてボス的存在になっていく。 その頃、谷町九丁目あたりから一帯にかけて、利権屋、喧嘩仲裁屋など侠客連が多く住みついていた。遊び人気質の内藤の元へも、その類の出入りや食客が絶えなかった。 妻いち(四十歳)は、静岡市八幡本町の西野太郎兵衛長女。伝法肌で、言いたいことを言わぬとすまぬたち。婚家に容れられず出戻って大阪へ渡り、内藤といっしょになった。「うちは大政・小政に子守りしてもろて大きゅうなったんや」と、いちはよく人に自慢していたが、いちの育った界隈は清水次郎長一家の縄張りで、資産のある西野家へは子分衆が常時遊びに来ていた。幼い時からそうした環境にあって男伊達の世界に馴染んだのだろう、いちは夫の収入はあてにせず、針仕事の内職をして、不足分はいつも静岡の実家からせびってきた。自由気ままの内藤も、妻にだけは頭が上がらない。 内藤が鬼三郎を連れて愛染坂の家へ帰ってくると、いちは一目で鬼三郎が気に入った。食事、洗濯、衣類の世話から小遣いに至るまで、夫正照をさしおいても面倒を見、可愛がったくらいだ。夫妻の間に子供がなかったからでもあろう。 余分の収入があると、亭主が傍にいるにかかわらず、いちはそっと鬼三郎の右手に金包みを渡す。亭主に内証で渡される金はどうも心地わるい。鬼三郎、内ふところに収めるふりして左手に持ちかえ、ふところは素通りして横の内藤の手へ。内藤は知らぬ顔で受けとると、喜び勇んで早速芸者買いに走るといった按配である。 鬼三郎が加わってから、内藤家には、黒葛原、池田らもよく集まった。けれど二人の腰は定まらず、離れずつかずの状態。内藤だけは仕事もそっちのけで、十五歳も年下の鬼三郎についてまわった。 鬼三郎は、大阪市中の交霊術者や稲荷下げを見つけ次第訪れた。伏見での苦い経験から、つい頭をもたげる悪戯気分は捨てて、営業妨害はせぬよう心をくばった。大都会の紳士淑女を相手にする彼ら祈祷師の間を泳ぎまわるうちにも、正しい帰神者の一人にでも出会いたい思いは捨てずにあった。が、どこへ行っても馬鹿らしい御託宣を大真面目でありがたがっている信徒ばかり。気の毒で、そっと帰る方が多い。 大阪北区紅梅町の山口ふじの教会は面白かった。憑いているのは大狸なのだが、感心に伺いごとは百発百中である。山口ふじは鬼三郎の霊力を見抜いて、「どうぞ泊まって教えとくれやす」とせがむ。山口家にもしばし滞在して、教線をひろめた。 大阪島の内諏訪町の隅本某家に霊学会仮本部を設けた。次々と入信するのは、土地柄か、侠客連ばかり。島の内の夷重兵衛、山田嘉兵衛も数十人の子分を連れて入信。山田の紹介で、この初夏、空也の滝でかいま見た御嶽教杉本慧の信者団熊親分も訪れ、たちまち入信。続いて竹島竹五郎、小林佐兵衛。あらくれ男たちは、新生の意気に燃えた。 けれどせっかく大阪の一角に燃え上がった信仰の火も、間もなく冷水をぶっかけられて消えた。例によって、鬼三郎の所在を知った中村らの指令で、野崎宗長、御牧治三郎が大阪入りし、存分に鬼三郎の悪口をふりまいたのだ。「大本の教祖さまにそむいて綾部をとび出した曲津の教えなど聞いて、だまされるな。上田の悪の御用につかわれるな」 常に鬼三郎は綾部を語り、筆先を語り、教祖出口直を語ってきた。その綾部が、筆先が、出口直が、鬼三郎を否定しているとなると、新しい信者が動揺するのも無理はない。質朴な侠客連が一人去り、二人去りしてさびれていくのを、鬼三郎は黙って見送った。

表題:人造精乳 8巻3章人造精乳



 隅本の家を出て、内藤家に悄然として戻ってきた鬼三郎を、暖かくいちが迎えた。二、三日、むなしい気分で、ごろごろと寝て過ごした。 訪客があった。内藤は鬼三郎を引き合わせた。客は山田武寅、六十前後の、黒い髭を八の字にはやした紳士だ。信州で教師をしていたが、定年退職して、家族四人で京都に移住してきた。山田は人造精乳について独自に研究、内務省衛生試験所に申請して試験済の許可も得た。技師としての腕をふるって会社を興したいと夢を語る。 内藤には関心のない話であろうが、牛乳には苦労もし、勉強もしてきた鬼三郎には、すぐ共鳴できる。欧米人に比べて日本人の体格・体質・体力の劣性を自覚もし、栄養価の高いものを求める社会的風潮もある。牛乳の需要が年々高まるにつれ供給が不足して、急には応じきれぬ現状だ。 ――よし、社会に精乳を与え、わしは宣教の資金を得よう。 鬼三郎の頭はめまぐるしく動いた。新時代の要求には人一倍敏感であり、思いついた時、すでに実行の第一歩を踏み出す鬼三郎でもあった。
 内藤と相談の上、鬼三郎は山田武寅を伴って園部へ帰り、奥村徳次郎方で人造精乳を試作した。見たところ、牛乳と変わらぬくらいだ。試飲すると、人造精乳は日本風になじんだ舌にはちょっと異国風でうまかった。牛乳は臭うて飲めんといっていた奥村さえ、これならいけると喜んだ。 製造にあたって、山田は「極秘」と称して室に鍵をかけ、ものものしい。が、製造技術さえのみ込んでしまえば何のことはない。大豆を臼でひいてつぶし、炊いて汁をとる。鶏骨と牛の脂身を煮つめてスープをとる。大きなブリキ釜に両者を合わせ、麦芽、澱粉の溶き水を撹拌しながら加えていき、百二十度まで熱を上げる。 撹拌という言葉はまだ耳新しかった。「植物性・動物性の油脂と水とを撹拌によって親和させる。そこにコツがあるんや」と山田は誇るが、なるほど彼が作ると、とろりとなめらかに乳色に仕上がる。それに薬品(?)を少々おとし、調味して冷やしたところを一合瓶につめる。 鬼三郎は綾部からひそかに弟幸吉を呼び寄せた。人造精乳会社創設の準備を山田、奥村、幸吉らにまかせて鬼三郎は京都にとび、出資者の心あたりを説いてまわる。一方、京都の小竹家へ養子に行った末弟政一(十九歳)を園部へ送り、製造技術を学ばせた。 やがて園部上本町、奥村徳次郎の離れに販売所を設ける。出資者は船岡字高尾の松井久三郎。小竹政一が番頭格で、人造精乳社は順調にすべり出した。園部の町中に評判が高まり、申し込む者が次々とふえる。一合三銭、強気にも牛乳と同じ値段だ。 しばらく調子を見て、鬼三郎は山田と幸吉を京都に引き上げさせる。京都を舞台に、すぐ次の手を打っていた。七年前に乳牛研究に行っていて知りあった京都牧場の松原栄太郎の出資をとりつける。教員上がりの文具店主若林を仲間に引き入れ、蛸薬師富小路の文具店と若林の持家二戸分を一つにして「人造精乳修生社」の看板を上げた。畳一枚位もある大きな看板だった。修生社社長は上田鬼三郎、技師山田武寅、販売主任が教員上がりの若林。 三十二歳の青年社長上田鬼三郎。資力ゼロ、学歴ゼロの田舎育ち百姓上がりの若造のくせして、倍も年上の都会人をたちまち心服させて使うなど、考えてみれば不思議である。 鬼三郎に引きまわされつつ、山田も若林も松原も、時には首をひねって不審がる。逆らってはみても、結局、ついて行かされる自分に気づく。どうもしゃくではあった。 何とか四、五十軒の得意をとって、朝夕の配達も順調になる。こちこちと算盤をはじいている山田に、どこからか帰ってきた鬼三郎が告げた。「山田はん、お得意が思うように延びんのは宣伝不足のせいや、来月の中頃には、おもろいチンドン屋雇うて、ぱあっと派手に宣伝しますわ。けど、宣伝文句に偽りがあってはどもならんさけ、精乳の分析を頼んできましたで」「分析を……へえ、誰にどす」「京都やさけ、あそこが一番よいやろ思てなあ。京都帝大の医科大学長坪井博士。ついでに軍医の黒坂はんにも頼んできた。あ、坪井博士は薬剤士連れて、近日中に来るそうやで」 山田は言葉につまった。今を時めく坪井博士が、そんなに気安うこんなとこまで来るかいなと嗤いたかった。が、ただ目をむいただけ。「そや、どうも気にかかる。一つ専売特許とりまひょ。製法でも盗まれたら痛手やでなあ。山田はん、出願方、骨折ってみて下さらんか」 返事をためらっていると、鬼三郎はせっかちに言った。「めんどうなようなら、わしがしますさけ……うーん、一日に平均一斗一升、開業早々とはいえ、三円三十銭位の売り上げでは心細いのう。家賃が一日五十銭、人件費が一日二人で一円や。炭、薪、雑費がざっと三十銭、原料費が……山田はん、一日一斗で約七十銭とみんなりまへんか」「いやいや、売り上げが少のうおすさかい、割高について八十銭ほど……」「骨折り損のくたびれもうけ。このままでは、出資者や社長の給料の出どころがないのう。設備投資もせんなんし……」「この上まだ投資どすかい」「そらそうや、配達車を四、五台、一回に二斗分は運べるやつを考案しとる」「……」「悲観することはありまへんで。わしは一日売り上げ平均一石を目ざしてます。今の得意を十倍に増やす。まあ、見とくれやす。坪井さんの分析証明書さえ入れば……」「うまくいきますかいな」 意地のわるい眼になって山田が見上げる。鬼三郎はにっこりした。「はて、宣伝文句をひねらんなん。宣伝服いうのも欲しおすなあ」 山田は聞かぬ振りをして、茶をいれに立つ。元の席に戻った時、もうどこへ消えたか、青年社長の姿はない。
 半月ほどして、坪井博士が薬剤士と助手を連れてやって来た。「三人の中で、どの人が坪井博士やろ」と、目前に偉い人を見るのが珍しい幸吉が囁く。若林が言った。「背のすっと高い、真白な白衣着た人やろ」 けれどどうやら人違いらしいことが、態度や言葉づかいで分かってきた。博士は一番背の低い、見ばえのせん服を来た、古いおんぼろ靴の男。「けど、博士はんにしては着とるもんがお粗末すぎるやんか。ほんまもんの博士やろか」 幸吉の思わず洩らした言葉が博士に聞こえたらしい。ひょいと首を上げて、真面目な顔が答えた。「これでも坪井は坪井やからな」
 待ちに待った分析表がとどいた。
  報告書 第一〇三号 一、精乳一瓶、右定量分析、当方へ差し出たる品は乳様の臭気と微に甘味を有する乳様の流動液にして、比重は摂氏の一五度に於て一・〇二二五。反応は弱酸性なり。之れが分析を遂ぐにその毎百分中に検出する主要成分左の如し。 一、水分 九〇・三四六 一、乾燥残渣 九・二八五四 一、含窒素物 四・一二五 一、含水炭素 一・六四六 一、脂肪 三・二九五 一、灰分 〇・五八八              京都帝国医科大学大学病院検査主任薬剤士 岩塚治郎
  証明書 一、人造精乳、右、京都帝国医科大学岩塚治郎氏の分析表に徴し衛生上好良なる滋養飲料と認め候也。                             医学博士 坪井次郎
  証明書 一、人造精乳、右精乳を細査し之を実験するに、多量の滋養分を含有し、衛生上牛乳に優るの好飲料たる事を証す。                第四師団陸軍一等軍医従七位勲六等 黒坂芳七郎
 鬼三郎は頭の中に練っていた文案をもとに、精乳製造販売広告のビラを刷った。例の証明書を大きく刷り込むことを忘れない。「中味さえ確かなら、それでよい。けど、世間の奴らは阿呆やさけ、箔をつけてやらんことには万事ついてきよらん。この証明のあるなしで、実際同じもん飲んどっても効き目まで違うてくる。信ずるか信ぜんかの差は恐いもんや」
 秋空冴え渡る日、早朝から賑やかな一行が繰り込んできた。 大阪・京都・伏見から侠客連らも交えた雑多な男女四、五十人。鬼三郎の動員だ。ほんもののおひろめ屋のほか、即席の大応援団ができ上がった。「人造精乳」と大書した一人では持てぬ大きな赤旗・白旗。 上田幸吉は役者になったように気恥ずかしく、自分の姿を眺め渡す。胸がわくわくした。兄貴得意の工夫デザインなのだが、何とも派手な宣伝服だ。黄色地に太い白の縦縞の膝下までの短ズボン、紺の靴下、青緑色の法被にゴムの帯、襟の左右に人造精乳と白ぬきで染め出し、背にも白の精乳の二文字。細い袖口には白の折り返し。上下とも木綿で安上がりだが、町を歩いてもぱっと目立つ。和洋混合……綾部の役員たちが見たら何というやろ。だが身も心も軽く浮き立つような着心地は悪くなかった。 太鼓、三味線、鈴など鳴り響かせて、派手な一行が街頭をねっていく。富小路西入ルの事務所から大宮通りを北へ。列の中央にはひろめ屋の御大将栗楽が上手に踊り歩いた。縮緬の華やかな着物に袴をはいて、踊りながら鬼三郎作文の口上を浄瑠璃口調でまくしたてる。「昔、もろこしにて親に乳を与えし例あり。恐れおおくも応神天皇は乳なくして成長あそばせし例あり。人造の精乳なれば、衛生清きはもとより、動物質と植物質の脂肪及び全蛋白質、その他の人体必須の滋養分を抱合融化させるものにして、牛乳・鶏卵に優る上品なり。おのおの方には是非ともお申しこみあれ」 幸吉たちも、ひろめ屋と一緒に、一週間この口上を稽古していた。前触れ男は、「京都帝国大学病院長坪井博士の証明これありィ……」と、声を嗄らして叫んでいる。何事ならんと見物人がたかってくる。ぞろぞろついて宣伝文句に耳を澄ます。子供連れや赤児を負うたおかみさんには、宣伝用の精乳を飲ましてやった。口上はすっかりそらで言えたし、鬼三郎にいわれた通り、こうもつけ足した。「はがきをもって御申込み下されし御方には、配達の節、はがき代一銭五厘御返し申しまする」 美しい声だと我ながら思った。行列の先を、栗楽に負けぬ手ぶりで鬼三郎が踊っている。行列は丸太町通りへ来て烏丸通りへ。河原町通り三条、四条から祇園の東山・伏見方面にまで足をのばす。チンチン電車の窓々から客が首をつき出して手を振った。 得意客は増え、売り上げはぐんとのぼった。精乳配達車五台も届いた。「うん、注文通りに出来たわい」と、鬼三郎は満足げに言った。 人力車を改造して、人の乗る所に大型の箱を据えつけ、二段の引き出し二つに約二百本、二斗は入った。が、空瓶回収を考えて、百本積み込む。雇いの配達夫にもみな例の宣伝服を着せ、配達車で市内を走らせる。まだ自動車はなく、ちらほらと自転車を見かけるほどの時代である。苦学生が小遣いかせぎに来ていた。二、三十本ずつ、自分の得意をつくって配っていた。 出資者松原栄太郎は京都一の牛乳屋といわれ、相当数の牛を持ちながら乳が足らぬ。常時、大口の精乳を松原牧場に卸させた。 鬼三郎は、穴太の弟由松を呼んで、まず精乳配達から仕込んだ。田舎出の由松が配達先を憶え、真面目に事務の仕事に慣れるまでには、かなり辛抱がいった。
 夕刻、青野の帽子工場から帰途を急ぐ澄の目に、真先に火の色が見える。中村竹吉、村上房之助、田中善吉らが館の庭で書を燃やしているのだ。上田幸吉が綾部を抜け出して間もなくから、この焚書は始まった。小松林の魂を追い、外国文字を焼き払って立替えの型を示す、日々の大切な儀式となった。 炎を上げているのは、鬼三郎が綾部に来てから寝る間も惜しんで書き貯めた膨大な原稿、信者たちに書き与えた短冊や半截類。神という字を燃やすのだけは畏れ多いと誰かが言い出して、役員たちが夜なべの合い間に丹念に神の字を切りとる。だから、一日に燃やす分量は、幾らでもない。それでも、切り抜いた神の字が、もうみかん箱三杯に貯まった。 鬼三郎の部屋の天上裏から発見したり、役員たちがあちこちの信者の家を回って集めて来たものだが、よくまあこれだけ書いたものとあきれるぐらい。寝る間もなかったはずだ。 澄が部屋の外に立って見張り、人が来ると廊下を踏んで合図して、夫は豆ランプを蒲団でおおい、苦労の末に書き上げた思い出のにじむ本もある。無学で読めぬとは言っても、それが夫にとってどんな大事なものか、妻の澄に分らぬはずはなかった。 中村や四方平蔵らが役員を代表して夫の原稿の引き渡しをせまった時、澄は迷った。必死に拒めば守り切れたか知れぬ。けれど澄はそれをしなかった。夫の書きものが正か邪か知る由もない。しかしすべては小松林の心なのだ。小松林の書を焼くことで、夫と小松林を切り離せるなら……艮の金神の意のままに、立替えの型が成就するなら……。 澄は、自分の手から炎の中に夫の書を投じた。火色の中に、鬼三郎の魂がもだえ尽きていく。それは同時に、澄の中の何ものかをもつき崩していく。 背にささる痛い視線に、澄は振り向く。怒りをこめ、炎を宿した、姑世祢の眼だ。ぐっとにらみつけて、澄ははじいた。 縄ないをして家計を助けるべき夜を、澄は抜けて北西町へ急ぐ。大槻家の離れでは、いつも賭場がひらかれていた。そこから上がるテラ銭は、鹿蔵夫妻の大きな収入源であった。 澄の訪れを米は歓迎する。あしかけ九年間も狂い続け、母によって癒されながら、母へのわだかまりを捨て切れぬ米。世継の澄が大槻家の悪に染まることを嫌い、恐れる母を知っていて、いっそう澄を引き寄せたがる。姉妹の中を裂こうとする母が憎い。その分、妹の来訪は嬉しくてならないのだ。 大槻鹿蔵もまじえて、茶の間で花札が始まる。 ここにいると、まるで別世界であった。神も立替えも、筆先も、すべてが遠く、かかわりもなく、とるに足らぬ瑣末な事に思えてくる。わずかの銭のために体をこき使い、果ては団栗団子に飢えをしのがずとも、ここでは花札やサイコロの一夜の遊びで、大金が右から左へ転がってくる。鬼と蛇の身魂の夫婦とさげすまれる姉と同じ悪の血が、自分の体をも確かにめぐっているのかと思う。 背中の朝野の泣き声にも気づかぬほど勝負に熱中する澄。澄が今、心の昂揚を感じるのは、小さく美しい花の図柄の戦いだけであった。 ――澄よ、改心いたされよ。行いを改めて下されよ。直の子ではないか。 筆先の執拗な叱責。澄に聞かせようとして、中村がわざとくりかえし音読する。澄は耳をふさいだ。まだおまけに、蒲団を頭からかぶった。
「会長はんいうたら、今度は人間から牛乳しぼる会社おこして、金儲けに乗り出さはったそうどすで」 京都へ行った田中善吉が、義兄近松政吉から仕入れてきた怪情報である。「はて、会長はんは昔、乳屋か牛飼いしとっちゃったげなが、人間から牛乳しぼるって……何じゃいな」と、四方平蔵がいぶかった。「牛より人間から牛乳しぼる方が、安上がりやさかいどっしゃろ」「いくら会長かて、男やさかい乳出さへんやろ。女子ども飼うて、牛の代わりに乳しぼるんじゃろか……」 中村竹吉が顔色変えた。「くそ、四つ足身魂め。小松林がとうとう獣の正体あらわしくさったわい。人間に牛の乳出させるなど、なんちゅうこっちゃいな。この調子では、人間に牛の仔を生ますぐらいやりかねんでよ」 三人は額を寄せた。が、どう頭をひねってみても、人間から牛乳をしぼるなど考えがたい。けれど、どんな不思議でもやりこなす会長の霊術の力は認めねばならんのだ。「どえらい悪の型を出すことになる」と、平蔵はうなった。彼らは口々にしゃべり出す。「どのいしても、やめさせねばならん。わしらが手をこまねいて見とったんでは、天地の神々さまに申し訳もたたんわな」「よし、ちょうど外国文字もすっかり平らげたとこやさかい、すぐ京都へ行って会長はんを連れ戻してこよう。かついでも連れて帰らんなんさかい、若い者も連れて行こかい」「教祖さまに御心配おかけしてはならんさかい、乳のことは内緒やでよ。わし、ちょこっと京都へ行くお許しもろてくるわな」 平蔵は別荘に、中村、田中は東四辻に急ぐ。ちょうど居合わせた木下慶太郎、竹原房太郎、村上房之助が即座に同行を申し出た。 村上が思案深げに言う。「その前に、会長はんを産んだお世祢はんから、まず改心してもらわねばなりまへんなあ。大本の神さん除けといて、この頃は稲荷の札を拝んどりなはる」 中村が大きくうなづいた。「ほんまや、よう言うちゃった。まずお世祢はんに改心してもろて、それから会長や。みんな、ついて来なはれ」 中村、田中に続いて若い者が従った。 世祢は、奥の間で木綿の厚い地の足袋をつくろっていた。直の手づくりの足袋であった。「綾部の冬は寒いから」と、去年の秋にくれたものである。一冬はいて、今年もまたこの足袋で冬を過ごさねばならぬ。網すきの手内職で、指先は荒れていた。 貧乏はこらえもしよう。だがこらえきれぬのは、絶え間ない息子鬼三郎への圧迫であった。留守の間に、澄までが一緒になって、息子の夜な夜な心血注いだ書き物を焼ききった。口惜しさが、世祢の心をじりじりとあぶる。 嫁の澄、孫の朝野への愛すら干乾びていく。四面が敵。訴える者も、慰める者もない。人間としての直には敬慕を覚えながら、教祖直にはそっぽを向いた。気違いの元凶にちがいなかった。神前には義理で手を合わし、自室の柱に張った稲荷講社のお札ばかり熱心に拝んだ。金明霊学会は稲荷講社の付属教会なのだから、親元のお札を拝んで何が悪かろう。これ見よがしの、せめてもの世祢の抵抗であった。 大勢の荒い足音がして、世祢の部屋の襖があいた。誰かがいきなり柱に貼っておいた稲荷講社のお札を破り捨てる。「四つ足身魂の母親は、やっぱり四つ足や。改心して下され。稲荷を拝むような身魂はこの大本には置けんわい」 世祢は逆上して我を忘れた。「四つ足、四つ足とあんまりや。あの子を、誰のみ子やと思うてや。お前たちに馬鹿にされてよいような子やあらへん。無礼やないかいさ。出て行っとくれ」「出て行くのはお前や。稲荷講社の駿河の狐や。この肉体から出て行けい」 腹部に激痛。あたりがまっ暗になった。男たちの叫びが遠くかすかになっていく。「どうや、狐はのいたか。お世祢はん……お世祢はん……」 平蔵の知らせで、澄は東四辻にかけつけた。世祢は西田元吉と雪の介抱を受け、気をとり戻していた。「どうしても足が綾部へ向きよるで、吾が急いで帰って来ら、このざまや。あいつら、横腹蹴って気絶させといて、義母さん見捨てて逃げおった。兄貴がいたら口惜して……泣きよるで……」と言う元吉の目から、ぽたぽた涙がしたたる。「こらえとくれやす」 澄が両手をついた。知らずに筆先を書いているであろう母直に代わって、詫びた。 世祢は白い目を脇にそらす。決して許すまいとしている。澄の責任でないのは知れたことだが、大本の世継として、息子鬼三郎をないがしろにする嫁として、二重に憎いのだ。「このまま義母さんをここに置いといたら、気違いどもに殺されちまうでよ、お澄さん。どうしたらよいじゃろ」と、元吉が心配しきった眼の色で相談をもちかけた。「……やっぱり龍門館に帰ってきておくれなはれ。ここよりはきっと……」 駄目と分っていながら、澄が口にした。東四辻の雑居生活は世祢の望んだことだった。やはり世祢は白い面を強く横に振った。 元吉が言い足す。「どっちゃにしても、綾部ではあかん。あいつらが兄貴を連れて帰りよったら、もっとややこしいことになる。いっそ小竹のおる園部へでも移ったらどないやろ。義母さんが動けるようになったら、とりあえず吾の家へ来な。お雪と一緒に暮らしたらよいわい」 澄は深くうなだれた。
 東四辻を出、龍門館への道の曲り角まできて、澄は思った。 ――うちも出て行きたい。このままどこか遠くへ消えて行きたい。母も夫もいない世界へ……。 平蔵たちが鬼三郎を連れて戻ったらと思うと、澄は身震いする。五百六十余冊と中村竹吉が数え上げていた、あの煙と化したどえらい書き物、書きつけ、衣類やら持ち物……。その上、母世祢への虐待が知れる。怒髪天をつく鬼三郎の神がかり、決して負けぬ母との激烈なぶつかり合い……。今の澄はそれに耐えられそうにない。 細い体を折り曲げて、澄は道脇の桑畑へわけ入った。下枝の張った桑の木の太い幹にすがりつく。くっくっとのど笛が破れるように鳴る。大きな桑の葉が重なり合い、澄の体を包んでくれる。 母の霊視と、夫の天眼通と、それから艮の金神の手のとどかぬ地が、どこにあるだろうか。澄は知っているかぎりの地を思い出す。 七つの時、右手首に所書をくくりつけてもらって、とことこと歩いていった最初の奉公先福知山。姉たちのいる八木、王子。それから万右衛門牛のいる私市。全部でそれだけ。どこへ行っても、澄を鬼門の神の眼からかくまってはくれまい。 澄は足下の土くれを握りしめた。ちかっと指を刺す痛み。掌を広げると、土に混じって太く長い針が……。澄は陽にすかして見た。耳のところがわずかに折れてはいるが、四寸五分はある畳屋の使う差針だ。 ……何でこんな所に落ちとるんやろ。 泥をぬぐって畳針をみつめた時、澄の荒立つ胸がすっと冷えて、はっきりと一筋の光が差し込んできた。澄は、その光に向けて落ちついて言った。「もしほんまに神さまがうちを必要なら、生かしてくれるはずや。神さんのお仕組いうのが嘘っぱちで、どうでもよいことなら、今すぐうちを死なしておくれなはれ。さあ」 澄は出来る限りのどをそらせる。桑の葉を洩れる陽ざしが、まぶしい光の玉を散らす。息をつめ、畳針の頭のほうからそろそろとのどへ押し込んだ。吐き気がした。針を抜いて吐く。固形の物はほとんどなかった。 もう一度やり直す。こみ上げる吐き気。やたらに唾液が出るようだ。 力をこめねば、はじき返してくる肉の弾力に負ける。白いのどが、ぴくぴく動く。ふくれた部分が通っていくと、あとは吸い込まれるように入っていった。 もう引き戻したくても、指はとどかぬ。のどから胸へと落ちていく針のしびれるような感覚に心を研ぎすます。 ――これでうちのまる十九年の人生は終わった。あとは必要なら、神さまが何とかしてくれてやろ。 ふっと笑いがこみ上げてくる。桑畑を出て空を仰いだ。もうどうなってもよい。神にまかせきった身に、こわいものは何一つなかった。早く帰って朝野におっぱいをやらねばと思う。けれど急がず、ゆっくりと死への感覚を楽しみながら、龍門館への乾いた道を歩いた。「お澄や、畑のさつまいもが食べ頃になっとるさかい、少しふかしておくれ」 東四辻の桑畑から帰ってくると、表に立っていた直が待ちかねたように言った。「はい、母さん」 つとめて明るく澄が答える。一昨年の秋おそく、ここに移った時は、別荘の渡り廊下と薪置場の間は、石ころだらけの荒れた空地であった。「お土を荒れさせてはもったいない」と、筆先の合間に直が掘り起こして、今では石ころ一つ、雑草一本ないきれいな畑地。さつまいもの蔓を上げると、ころころと太った芋がついてくる。 畳針を呑み下し、死と向き合った今、澄の心は、風のそよぎにすら感じやすくなっていた。 陽と水をいっぱいに受け、土が育んでくれた一つの芋。生命の不思議、お土の恩につき動かされ、涙が落ちて止まらない。 神前にお初のさつまいもを供え、残りを火にかけていると、朝野が君におぶわれて帰ってきた。その機嫌よい笑い声を聞いただけで、きゅっと乳房が張りつめてくる。死にたいと願っている心とはうらはらに、この体は針を入れられてもなお我が子を育てようとしているのか。 朝野をかき抱いて、激しく頬に口づけし、乳房を含ませる。 直が台所へ来て芋のふかし加減をみ、塩をふって抱えてきた。目を輝かす君に一つ握らせ、一つを澄に渡してそこに坐った。「食べておくれ、お初の芋やで」 めったにないことであった、三度の食事以外、間食に母が芋をすすめるなど。大勢の食費の他、筆先の紙や墨、神に捧げる燈油や饌米などのために土方までして働いている東四辻の人々にすまない。喜びも苦しみも分かち合う共同生活の中なのだ。夢中で食べている幼い君。 直は昔を偲ぶやわらかい眼になった。「清吉が出征する時なあ、ふかしたての新しいさつまいもを腹いっぱい食べたい言うて……。熱いのをふうふう吹きながら頬ばってくれた。あれが、あの子との最後の別れじゃったが……」 どきんとした。母の視線を受け止めかねて、澄は熱い芋をのどに押し込んだ。食欲はなかったが、母を喜ばそうとして「おいしい、おいしい」と幾度もくりかえした。 その夜はたっぷりと芋粥。喜んで一同、腹いっぱい食べた。人々の満ち足りた笑顔が何よりも澄にはうれしかった。やさしいやさしい心になっていた。 一夜、二夜が過ぎた。三日目の明け方、くどに火を起こしている時、澄は右横腹に激痛を感じた。最後が来た。火吹竹を握りしめ、歯をくいしばる。二階の神前から、母の奏上する神言が流れていた。苦悶の余り土間を転げていって、澄は気を失った。 くどには火が燃えている。母の神言が続いている。火吹竹が、掌で、くだけている。あっと気づいて起きた。どうなったのだろう、ここはもう死んだ世界だろうか。 異臭が鼻をつく。失禁していたのだ。 汚物の中から澄は見覚えのある長い針をつまみとる。血と粘液にまみれた畳針の先に細い糸がからみついている。いや、糸ではない。さつまいもの繊維であった。頼りなく細いすじが幾重にもからみ合って、鋭い針の先をおおったのだ。この長さで、どこをどう差し貫いても仕方ないものを、狭苦しくまがりくねった腸の角々で向きをかえ、いたわり、いたわり、三日がかりで体内をくぐり抜けた……。針が、芋が、体が、澄の知覚せぬところで協調し合い、澄の体から直面する死を追いのけてくれたのだ。それは「生きよ」と命ずる厳然たる神の意志ではないか。 土間を清め、汚れた衣服を着がえて外に出る。朝霧の奥に陽が昇るところであった。
 ようやく、鬼三郎の思惑通り、一日一石製造の線に行きついた頃、思わぬ商売仇が出現して、衝撃を受ける羽目となった。同じ町に、栄乳と称する人造精乳販売元が出来たのだ。信じられぬことだったが、精乳の製造秘術は、岩塚薬剤士から洩れたものと分かった。まったく同じ味、見分けはつかぬぐらいである。修生社の客ののびは止まり、逆に減りをみせてきた。「おもろい。戦いをいどんできおったのう。心配するな。こちらも対抗策を考えたらよいのや」 山田を初め若林、由松らの憤激を、やわらかく鬼三郎がなだめた。 その朝、鬼三郎が帳面を調べていると、表で犬が激しく吠えつく。見ると、店の前を肩で風切って通り過ぎる蓑笠隊の一行がある。この町中を……。大本人種以外の誰であろう。 思わず表にとび出した。蓑笠の後姿いっぱいに、丹波の秋が匂っている。涙が出るほど懐かしかった。一行の後尾を、たどたどしい足運びで行く平蔵の後から、抱きつくように鬼三郎は声をかけた。「おい、どこへ行くんや」 四方平蔵、中村竹吉、竹原房太郎、村上房之助、木下慶太郎。後姿だけでもそれと分る五人男はいっせいに振り返って、びっくりした目で鬼三郎を見た。「ここにいちゃったんか。何しとってんです、先生」 木下の声にも、正直に歓びがあふれる。「お前ら見かけたさけ、懐かして追ってきたんやんけ」 左右から、四方平蔵と中村竹吉がぐいと手をにぎる。平蔵は捜しあぐねた仇に出会った面つきになった。「やれ、艮の金神さまのお引き合わせや。つかまえたからには、もう離さんでよ」「何がお引き合わせや。わしが声かけてやらなんだら、お前ら、どこまで行く気やったんや」「それが、田中はんから住所は聞いたんやが、その書きつけを落として……蛸薬師まではみな覚えとるんですわ。けど、何やら小路か誰も思い出せん。朝から歩き廻っとるが、何しろ人間から牛乳しぼる商売ちゅうだけで、大本の上田鬼三郎と言うても誰も知らん。ひと先ず近松政吉はんの家へ行って、近松はんに先生の居所まで案内してもらおちゅうことになったんですわな」「近松はんの家なら反対やんけ。こっちやない、向こうの通りや」「そら好都合や。先生、知っとってんですかい」と、村上が嬉しそうに言った。「お前ら知らんと行く気なんか。あきれた田舎者め、わしが連れてったろ」「おおきに。やれ、ほっこりした」 中村が村上の額を小突いた。「阿呆、会長つかまえたら、近松はんへ行く用はないわい。さあ、先生のおってんとこへ案内しとくなはれ」「気がすすまんなあ。連れてったら、どないするんや」「きまってますわな。すぐ荷物をまとめて、綾部へ引き上げですわな。小松林にこんなとこうろうろしてもろとっては、ろくなことありまへんやろ」「無茶ぬかすない。いま産んだばかりの事業が危機に瀕する瀬戸際なんや。生きるか死ぬかや。いま京都を離れられるけい」「事業やて……産んだばかりで乳を出す事業やて……なんちゅう情けないこと言うてんじゃいな」と、平蔵。「そうや。わしら大和魂の男子の事業は、三千世界の立替え立直し以外にはござへんで」と、中村が、得たりと大声を出す。 ――えらい奴らに懲りもせず声かけてしもた。わしは阿呆や。 すでに奇妙な姿の一行に、人だかりがしている。ともかくこの場はごまかす一手だ。「よう分かった。ともかく近松はんの家まで行こけい」「いや、行くのは会長はんの乳しぼる会社や」と、強引にねばる中村。「わしの会社は遠いのや。またの日にしよ。近松はんの家はすぐ近くやさけ、まずそこで草鞋をぬいて、ゆっくり話をしよやないか」 なだめなだめ、先に立った。 近松家に草鞋をぬぐなり、四方平蔵が改まって告げた。「おかげで先生、今までかかって、きれいに綾部の立替えもすみましたでよ。どうぞ喜んどくなはれ」「外国文字と駿河の狐は、ちゃんと追い出して来ましたで」と、中村が真面目くさった顔をする。「そら、何のこっちゃい」と、不安になって、鬼三郎が聞く。「綾部へ帰ってみちゃったら何もかも分ることや。それよりも小松林を改心させて、わしらと一緒に綾部へ帰りなはれ」 彼らは口を揃えて小松林を誹謗する。人造精乳への珍妙なる誤解はどうにか解いたが、近松政吉や妻の自由まで、いつの間にやら彼らの側だ。久し振りの対面で抱いたなつかしの情も、いっぺんに吹きとんだ。 ふくれ返って帰綾を拒む鬼三郎を、平蔵がなだめる。「そんならこうしまひょ。わしらは九十九まで教祖さんの言うことを聞く。あとの一つだけ先生のことを聞く」「いや、万に一つも嫌じゃ。小松林の言うことなど誰が聞くけい」と、中村がむくれた。「お前らがそんな頑固はるなら、なに綾部など帰ってやるけい」 捨台詞を残して、鬼三郎は近松家をとび出した。
 翌朝、鬼三郎は、技師の山田武寅や販売主任の若林と新計画を打ち合わせていた。朝の配達を終わった連中が帰って来て、店は活気にあふれる。そこへ近松の案内で、蓑笠隊の一行が乗りこんできた。 中村がやおら筆先をとり出し、独特の節まわしで読み上げる。「この綾部の大本は、めぐりの金やら、うそ追従できげんとりに来てくれても、お相手にはようならんぞよ。いまの世界はめぐりの金ばかり、めぐりの金では、まことの道の用にはたてられんぞよ。まことのものは、金に難渋をいたすのざぞよ。これからよくわかるぞよ。悪の身魂は金に不自由はしておらんなれど、悪は長うは続かんぞよ」 一節読んでは演説をぶつ。「なんぼ嘘で固めた世の中と言うても、偽物の乳を作って売るなんて、あんまりではござらんか。ぼろい儲けのつもりか知らんが、それは罪障の金。三千世界の立替えには、なんの護符にもなり申さぬ。改心いたされよ」 竹原が続ける。「お前らの大将には、小松林の悪神が憑いてござる。知らずとはいえ使われとるお前らは、その眷属として悪のしぐみの型を出しとる。けものの骨や肉のソップやて。犬に食わすならまだしも、けがらわしや、大和男子は飲まんぞよ。改心なされよ。小松林の上田会長を追い出して下されよ」 四方平蔵も若い者に負けてはいられない。「わしらは綾の聖地から、上田会長の肉体を連れ戻しに参った者でござる。帰なぬというなら、帰ぬまでここに寝かせてもらいますわい。言い出したら成し遂げる生粋の日本魂でござるぞよ」 近松政吉が禿頭をふり立てながら、くどき出した。「皆さん御迷惑さんどす。けど役員さんたちの言うてん通りどっせ。上田会長は、今は情けなや小松林の巣になって悪の御用をしてなはるが、いずれは坤の金神のかかる大事な身魂どす。こんな偽乳屋の大将で治まっとる安っぽい身魂やおへん。ここは皆さんで上田会長に綾部へ帰ぬよう、勧めたげとくれやすな」 配達員や苦学生らは、あっけにとられて眺めている。 折しも配達から戻った幸吉が、ぎょっとして立ちすくんだ。「幸はん、や、や……何ちゅうかっこうやいな、情けない」と、村上が、幸吉のハイカラな宣伝服を見て、悲鳴を上げた。 山田と若林は顔見合わせてにやっとした。鬼三郎は気が気でない。店の前には人だかりがしてきた。癇癪持ちの由松が配達から帰らぬのが不幸中の幸いだ。ごまかしではもう効かなかった。「帰る、帰る、綾部へ帰るさかい、おとなしゅう表で待っとってくれ」「社長はん、心配せんとお帰りやす。あとはわしらに任しといてもろたら、あんばいようしときますわ」 むしろ嬉しそうに、山田と若林がすすめた。若い社長を押しのけて、色気を出したい二人の気持ちは見え見えだ。そんならそれでもよいと、鬼三郎は思った。あわただしく旅支度をしながら、心は次の手にとんでいた。