表題:海老坂峠 6巻1章海老坂峠



 春がやってきて、四方平蔵は再び繭の買い付けに綾部へ出てきた。伊助の倉に詣でると、直は待ちかねたように切り出した。「平蔵さん、金神さまが急きなはってなりまへんのじゃがええ。どうぞ表にお出しする方法、考えてみておくれなはれ」「それですがな、わしの悩みも。どうしたら艮の金神さんに表へ出てもらえまっしゃろなあ。なんせ金光さんの看板借りんことには、どうにもなりまへんさかい……」 考えこむ四方平蔵に、直は笑顔を向けた。「昨年の秋頃、東の方から変わったお方が来なはってなあ、艮の金神さんを見判けてやると言うてくれなさったんですわ。まだ若い、二十歳か、せいぜい二十二、三ぐらいの子供みたいな人でしたで。足立さんや中村さんらがえろう反対しなはるさかい、帰んでもろうたんやが……神さまは、その上田はんがお経綸の人やと言うてんですわな」 平蔵は、直の差し出す筆先を一心に読み取り、身をのり出していた。「こんなことが出とるのに、放っておかれまへんわな。何とかせななりまへん」 平蔵は鷹栖にいて、喜三郎が綾部に来た当時の騒ぎを聞いていなかったのだ。直からかいつまんだ事情を聞いて、腕ぐみした。「それで、その人はどこの人ですい」「敦賀から来たとか言うてなさったが……何分、稲荷さんではなあ――」「くわしい所書きはござへんかい」「この前に手紙が来とりましたで。竹吉さんに読んでもらいましたし、返事には筆先を送っておきましたわな。そうや、手紙は竹吉さんが持って去んだなりですわ」 平蔵はすぐに本町の中村竹吉の宅へ行き、手紙を持ってとってかえしてきた。「あれは敦賀とちがいますで。稲荷講社いうのは、富士山のある駿河ですがな。月見里神社……艮の金神さまとも因縁があるかも知れまへんなあ。もしよかったら、田植えの上がりにでも、今おってん園部の黒田まで迎えに行かしてもらえまへんやろか。その前に、わしの方から手紙出しときますさかい……」「おおきに、ご苦労はんなこってすけど……」 言いながら、時節がきたのだと、直の心にも喜びが湧き上がっていた。
 桜にひかれて、喜三郎は生身天満宮に参る。生身天満宮(現園部町美園町宮ノ下)は天神山麓にある。もとは西方の小向山にあったが、小出氏の園部城築城ののち、承応二(一六五三)年、現在地に再建した。 菅原道真(八四五~九〇三)の臣武部源蔵は、道真の大宰府(現福岡県筑紫郡太宰府町)配流の際、道真の子慶能の養育を託された。父を慕う慶能のために、武部は道真の木像を刻み小祠に安置したが、道真が九州で客死した後、改めて社とした。道真の生前から祀っていたので生身天満宮と呼ばれ、最古の天満宮を誇っている。 社前で太祝詞を宣る喜三郎の肩に、のどかな風に散らされた花が降りかかる。祈り終わると、宮司武部左衛門(七十二歳)に声をかけられた。「上田さん、お頼み申したいことがある。ちょっとお時間をいただけますか」 武部翁は千年のむかし、菅公に仕えた武部源蔵の末裔だ。かつて園部藩の剣術指南番であり、お家流の能筆家でもあった。岡田惟平の弟子だから喜三郎と同門、年こそ四十三も違うが雅の友である。社殿横の社務所に導かれ、茶菓を供される。武部翁は膝を正して言う。「お願いというのは他でもない。わしは長いあいだ神職をしてきたけれど、神霊界なぞ、別の世界のこととして学ぼうとはせなんだ。この年になって省みると、その常識のなさが悔やまれてなりません。ひとつ御教授いただきたい」「わたしの知る限りのことは、喜んでお伝えしますで」「それはかたじけない」 武部翁は耳が遠くなりかけており、喜三郎は声を張り上げねばならなかった。翁は耳に手をかざして、喜三郎の教えを一言も聞きもらすまいとする。神霊の働きの偉大さ、ありがたさに、翁は顔を輝かせ、時には涙さえ浮かべ、うなずきながら聞き入る。昼下がりの充実の時が過ぎる。 折も折、社前で高声で祝詞を上げる濁った言霊が聞こえ、澄んだ空気を破った。眺めれば、酒に酔った下司熊次郎と藤田泰平が祈っている。熊次郎は幣を左右左と振り、またしても偽神がかりを始める。泰平はその前に犬つくばい、懲りずに偽神の宣示を待ち受ける。 熊次郎は二、三度跳び上がるや、眼をむいて叫ぶ。「この方は菅原天満天神なり。依頼の筋を述べてみよ」 神がかりを見慣れぬ武部翁はまことの天神と思いこみ、「不思議や、不思議や」と襟を正す。その真面目な顔を見て、喜三郎はふき出した。 藤田は恨みがましく言う。「これはこれは天神さま、よくぞおかかり下さいました。今までこの熊はんの神がかりの言葉を信じて相場に手を出したら皆はずれ、女房子供まで餓え死しかかってます。どうぞどうぞ、この窮地を哀れと思し召してお助け下はりませ」 熊次郎は声を荒げる。「お前はすぐに神を疑うさけ、神が気を引いたのである。下司熊次郎を恨んではならんど」「そう言わはったかて、一から十までてれんこてれんこでは、疑うなちゅう方が無理ですわ。天神さまなら学問の神さまで生真面目やさけ、名誉にかけても、今度はほんまでっしゃろ」「それならば示す。もう一度、相場をいたせ。神が守ってやる」「また相場ですか。けど元手がない。家倉失い、おまけに商売道具のミシンまで売っちもて素っ裸、親戚中の笑い者ですわ。だーれも貸してくれる者もおへん」「女房を女郎に叩き売ってでも、ともかく百円作れ」「うちのお徳でも、売れまっしゃろか」「うーむ、やっぱりあの顔では無理やのう」「はっきり言わはりますなあ。さすがに天神さんは正直や。なんとか百円つもりしたら絶対に相場に勝たしたると、どうぞ約束しとくれやす。学問の神さんと相場では、なんやなじまんように思いますけど……」「心配はない。必ず勝たせる。ただし儲かった暁には、下司熊次郎に半分与えよ」「そんなら、もしはずれた時、元手の百円は熊はんが弁償するちゅう証明を書いとくれやす」「そんなものを書かせるのは、神を信じておらん証拠じゃ。もし損しても、お前の信仰が足らなんだせいやさけ、この熊次郎には一片の責任もない」「無茶な。人の褌で相撲とるみたいなこと……」 さすがに藤田も疑いはじめ、眉に睡をつける。「天神さんなら、何も博奕ばかり打つ熊はんに憑らんでも、もうちょいましな男に……」 熊次郎は青筋立てて怒り出した。「ばかもん、博奕がなぜいかん。お前の相場も博奕やないか」「あれ、米相場は天下御免の商売だっせ。そんじょそこらの博奕とは違います」「空相場が博奕やないのか」 藤田の女房お徳がやつれはてた姿で石の階段を登ってきて、両人の言い争いを見守る。彼らは夢中で、お徳の存在に気がつかぬ。峰吹く風に散る山桜は、三人の上に舞い落ちる。その花びらを眼で追いながら、熊次郎はうそぶいた。「桜でも散る時は散る。相場でも時節が来なんだら勝てるけい」「な、な、なんやて。お前のすかたんな託宣のおかげで、おれは裸になった。金を返してくれ」と藤田がつかみかかる。「な、なにを、もう勘忍できぬ。こん畜生――」 言いざま、熊次郎が挙固を固めてなぐりつけた。 激しいなぐり合いになる。中に分け入ったお徳まで、彼らは見さかいなく蹴りとばす。両人のすさまじい咆哮怒号にまじって、裂くようなお徳の金切り声。 社前で血を流させたくないと、喜三郎と武部翁は急いで現場へ駆けつける。「待った待った、この喧嘩、わしが買った」 喜三郎は大手を広げる。病気治しの謝礼をためた五円が懐中にある。それがちらと頭をかすめた。「これ、神さまの前じゃ、喧嘩はやめなされ」 翁が叱咤する。老いたるとはいえ、さすがは元剣術指南番、凛とした態度だ。 熊次郎は喜三郎を見て、ふんと鼻で嗤う。 藤田が凄みをきかした声で、喜三郎にからんだ。「喜楽はん、侠客の喧嘩に割って入ったんやさけ、ちゃんとおさめる自信があるねんな」「まあ、そう言うな」と熊次郎は藤田を押え、「せっかくやさけ、喧嘩は喜楽はんに任そけい。その代わり酒おごれやい」 お徳は喜三郎にすがりつき、涙ながらに訴えた。「どうぞ喜楽はん、うちの人に、これからは下司とつき合わんように言うとくれやすな。一家を路頭に迷わせた下司が憎い、憎い。何回でも懲りんと下司にだまされる馬鹿親父を、うんと叱ってえさ」「ふん、欲がなければだまされるけい。お前かて、初めはわしの託宣をありがたがっとったやんか」 熊次郎が憎々しげにあごをしゃくる。一時鎮まりかけていた雲行きがまたぞろ怪しくなってきた。 武部翁が喜三郎の肩を叩く。「こんな連中の仲裁しても始まらん。好きなようにさせとくこっちゃ。今日は立派な御教示で眼を開かしてもらいましたわい。ありがとう」 背を伸ばして社務所に入る武部翁を見ながら、喜三郎も思い返した。 ――ほんまに武部はんの言う通りや。酒になればまた二人に因縁つけられるのが落ちやろ。人の良いのもええかげんにしとこ。「気が変わったさけ、仲裁はやめや。ここは広庭、気がすむまで喧嘩しなはれ」 ぽかんとしている三人を残して、喜三郎は階段をかけ下りる。「こら待たんか、卑怯者。酒代を置いとけ」 熊次郎がどなりながら、喜三郎の後を追う。突然、背後で異様な音と悲鳴――ふり返ると、熊次郎が階段を踏みはずし足に負傷、藤田夫婦が呆然と見下ろしている。うっかり戻れば、それを種に因縁つけられよう。喜三郎は知らぬ顔で走った。 天満橋の前の道を北に向かって五分も歩くと南陽寺だ。彼らをまこうと南陽寺の衆寮をのぞき、思いもかけぬ人に出会った。国学の師の岡田惟平翁である。五年前に別れて以来の対面だ。旅の途中に立ち寄ったという。懐かしさに、喜三郎は涙ぐむ。 惟平は喜三郎の顔をつくづくと見つめて長嘆息した。「変わられた、ずいぶん変わられた。良くか悪くか分らぬが、とにかく蛹から蝶になったような変貌でござる。さしつかえなければ、話していただけませぬか」 ほとんど耳の聞こえぬ師に語るには、筆談をまじえねばならぬ。喜三郎は、高熊山入山以来のありのままを師に伝えようと懸命になる。 南陽寺の真下の野路を、足を傷つけた熊次郎が片足ひきひき通り、藤田夫婦もきょろきょろとあたりを見廻しながら過ぎる。おそらく喜三郎を探しているのだろう。しかしそのことも念頭から消え去るほど、喜三郎は師との対面に熱中していた。 惟平は真摯な態度で聞き終り、しみじみ忠告する。「神の道の門を叩くには霊学も必要でしょう。けれども現界には現界なりの法則がありましょう。それを破ってはみ出してゆけば、邪神どものつけ狙う的になる。彼らは利用できる肉体がほしいのです。あまりに熱中すると、彼らに魅入られて兇党界に堕つる恐れがあります。どうぞ深みにはまらぬように正神の御守護を仰ぎ、大鵬のように天空に羽ばたきなされ」 師の教えを、喜三郎は心の奥深くで受け止めた。 南陽寺を辞して小夜更けを月光あびつつ歩く。久しぶりに船岡の叔父佐野清六を訪ねようと若松町から常磐橋を渡ると、下司熊次郎が家のかげにたたずみ、執念深く待ち伏せていた。「さあ、見つけたど。喧嘩買うたぬかして良え恰好したくせに、どこヘ隠れてけつかった」 さらにどこかで一杯ひっかけたとみえ、熊次郎は足元おぼつかぬずぶ六だ。酔眼で下からにらみ上げる。「酔っぱらいの仲裁しても始まらんでのう」「何を。酔っぱらいやて。もういっぺん言うてみい、よう。わしのどこが酔うとるんじぇい。ともかく酒代を出せ」 片手の五本指をひらひらさせる。喜三郎が五十銭銀貨をさし出すと、「ばかにするな」と地に投げつけた。これ以上からまれて貴重な時間をむだに使いたくはない。「酒代ならやらん。お徳はんが気の毒なさけ、暮らしの足しに半分だけでも分けてやれ」と虎の子の五円をくれてやる。とたんに熊次郎は「ありがたや、喜楽大明神」と拝み出す。ばからしくなって歩き出しふり返った。熊次郎は地に這いつくばって投げ捨てた五十銭を探している。 おぼろ夜の野路を辿りつつ、船岡の手前、曽我谷村(現園部町曽我谷)にさしかかる。この村はほとんどが山地で、北から南へ深い谷が切れこみを見せ、谷の中央部に集落が点在している。 その中のぽつんと孤立した一軒家から女のうめき声が聞こえる。この家の主人は横井という独身者で、伏見系統の稲荷下げをしている四十男だ。ただごととは思えず戸をあけて踏みこむと、色の黒い横井がにらみつけた。「邪魔すんな。この女に憑いとる狸、追い出しとるとこや」 背後に手足をしばられた中年女が上半身はだかにされ、背中に大きな灸を乗せている。横井が狐や狸憑きを落とすのに、「大師の御夢想」と称して灸をすえているという噂だが、はからずもその現場を目撃したわけだ。「へんな声が聞こえるさけ、何事かと思うたで。あんまり無茶しよると、臭い飯食わんなんど」と忠告して、喜三郎はその家を出た。 何日か後、横井は警官に踏みこまれ、三週間拘留されたという。
 八木に鶴山富という稲荷下ろしの婆さんがいると聞いて、喜三郎は訪問する。喜三郎の研究心は衰えない。 富は嘉永二(一八四九)年生まれ、五十一歳になるはずだ。十三歳の時に神がかりし、以来、鶴星大明神のお台さんをしている。御嶽教会の看板を借り、信者も二百名ぐらいいるという。訪ねるにあたって、喜三郎は、それだけの知識を得ていた。 鶴山富の教会は山桜の咲きにおう鶴首山の麓にあった。教会の門をくぐると、祭壇の前で、富と中年の男が険しい空気の中で対座している。邪魔しては悪いと、喜三郎はそっと部屋の隅にひかえて見守る。 富は年より遥かに老けて皺だらけ、双の眼が狐のように吊り上がり、口がとがって、正視し得ぬほど醜い。男の詰問に弱り抜いている様子だ。 両者のやりとりを聞いていて、およその事情がのみこめた。男の息子が大金を持って所在不明となったので、富の託宣を伺うと、「大阪に逃げた」という。男は人を頼んで大阪へ探しにやったが、事実は全く違った。息子は八木の芸者にうつつを抜かし、教会から遠くもない青楼に流連けていたのだ。「なぜだました」と男が狐憑きのお台さんを困らしているところである。 男は教養もありそうで、風貌からみてもなかなかの紳士だ。このような紳士まで狐憑きに迷うのかと、喜三郎は情けなくなる。喜三郎は進みでて、富に向って鎮魂する。 富は絶叫してとび上がり、座敷の中を狂い廻った。 喜三郎が誰何する。「その方は何者――」「鶴星大明神、鶴星大明神……」「その鶴星大明神の正体は何じゃ」 富が泣きわめく。「古狐、古狐……たまらぬ、商売の邪魔するこんな人に来られちゃたまらぬ。早う出て行ってくれ」「お前こそ出て行け」 喜三郎が大喝するや、富はくるくると廻って座敷の隅にすとんと腰を落とした。狐の落ちた顔である。 男は日置村(現八木町字日置)の明田貫五郎と名乗り、慇懃に喜三郎の名を問う。喜三郎が名を明かすと、明田は「ぜひ家まで来てほしい」としきりに頼む。喜三郎は承諾した。 まだ唇をわなわな震わせている富を一瞥し、明田は苦笑する。「僕は十年来この狐にだまされて教会まで建ててやりましたが、おかげですっかり目がさめました。これきり世話方はことわることにします」 富はいざり寄り、頭を畳にすりつけて頼む。「そんなつれないこと言わんと、どうぞ世話方を続けてえな。玉ころが腹ん中で荒れ廻って勝手なことを言わせるんで、うちは嘘つく気などありまへん。もう二度とだまさんようにお狐さんに言いきかせますさけ……」 そんな富に眼もくれず、明田は喜三郎を、うながして外へ出た。 後学のため、富の祀る鶴星稲荷社を見学することにした。教会の裏手は一面の田んぼだ。細い畦道を西南に少し歩けば、鶴首山に突き当る。山裾の細道を半丁ほどの西端に、鶴首稲荷社の入口がある。七つ八つ赤い鳥居をくぐると、白と赤の幟が立ち並ぶ。二十段ほど石段を上がり切った左側に手洗い石。「嘉永三年戌八月吉日 大狩作兵衛」と彫られているところをみると、すでに江戸末期には祀られていたらしい。手洗い石の地点から、今度は石段を数段下りて低まった三坪ほどの地に稲荷の祠がある。うっそうとした樹木にさえぎられて光の届かぬ格子の奥に瀬戸焼きの狐が大小五、六匹左右に並んで、湿っぽく陰にこもった感じだ。 祠の前で女中を従え、熱心に願いごとしている老女の姿に見覚えがあった。十四年前、喜三郎が初めて奉公した穴太の豪農斎藤源治の隠居直子である。当時五十六歳だから、今年は古希を迎えたはずだ。直子の孫蘭に激しい初恋を覚えていた頃、直子は妙霊教にこって毎晩一万回の「妙々」を唱えていたが、現世利益があると聞けば、三キロの道のりもいとわず詣りにくる。しっかりした女性にもこういう側面があるのかと、妙な気になる。 祈り終って振り向いた直子と顔が合い、思わずにやっと笑んだ。それが気位の高い直子の癇にさわったらしく、挨拶する間も与えず言いつのる。直子にとって、喜三郎はいつまでも元奉公人に過ぎぬ。「これ喜三やん、今、確かに笑いなはったな。お狐はん拝むのがそんなにおかしおすか。だいたい、村の者がお前のことを何ちゅうとるか知ってはるか。狸憑きじゃと言うてるのえ。どうせ狸というても豆狸やろうがな。お狐さまより狸の方が偉いのかい。お狐さまは正一位稲荷大明神でっせ。狸は一升徳利下げて酒屋の前で金玉拡げとればよろし。それにあんたは何え、年寄りのお宇能はんやら後家のお世祢はんほったらかして、まだこんなとこにうろちょろしてはるのか。あんた、幾つにならはった。もう良いかげん嫁はんもろうて、穴太に落ち着いたらどうやいな」 際限なく続く説教を、神妙に頭を下げて聞いている喜三郎。あっけにとられて、明田は見守る。そこへまた狐の舞い戻った鶴山富が大幣を打ち振り打ち振り跳んだりはねたり登ってくる。明田がその前に立ちふさがり、喜三郎を真似て大声でどなりつける。「こら、野狐。まだ懲りんのか」 富はくるりと廻れ右をすると、大幣を肩にかつぎ、裾を乱して一目散に逃げ出した。明田は胸を張って、さも溜飲の下がった面持ちで笑い出した。 直子が喜三郎の袖を引いて訊く。「お狐さまをどなりつけたあの罰あたりはどこの誰やいさ」 それには答えず、喜三郎は早々に直子に別れを告げ、明田をせかして祠を後にする。 二人は神がかり談に話をはずませつつ、本町通りの質屋と壷屋の前にきた。明田はいたずらっぽく提案する。「この質屋と壷屋の主人は秋田兵右衛門という男ですが、その女房のかなはんが稲荷下げで、ぎょうさん信者を集めとるそうですわ。ちょっとのぞいて見まへんか」 店の横の通り土間を抜けると裏庭で、赤い鳥居と稲荷の祠があった。祠の前には数えきれぬほどの陶器の狐が並び、揚げ豆腐や小豆飯などが供えてある。離れ間が教会に利用され信者が詰めている。六年前、出口直が「稲荷どん、下がらっしゃれ」と一喝して秋田かなの度胆を抜いたことなど、喜三郎は知らぬ。 教会の中では、神がかりのかなが声高に託宣している最中であった。かなと喜三郎の視線がからみ合う。とっさにかなは意表をつく行動に移った。 手にしていた大幣をぱっと投げ捨て、信者を置きざりに縁から庭先にとび下りる。はだしのまま走って少し離れた土蔵にとびこみ、内から厚い戸をぴたりと閉めた。あっという間の離れ業で、二人は言葉もない。 土蔵の明り窓をあけて首だけ出したかなは、憎さげに唇を歪め、「こりゃ喜楽、うちは三日でも四日でも篭城するさけ、気がすむまでそこに立ちんぼしとれやい」「そんなひまはないけど、ちょっと教えてくれ。なんでわしのこと知っとるのや」「さっきお富婆さんから知らせがあった。上田喜楽ちゅう道場破りのド倒し者がくるかもしれんちゅうてな」 互いに商売仇のはずだが、かげでは持ちつ持たれつ連絡を取り合っているのか。それにしても、何とこの種の神さん商売の多いこと。どんな町々村々にも入りこみ、信者を抱えてけっこう繁盛しているのだ。おかしさをこらえながら、喜三郎と明田は教会を立ち去る。 八木の大橋を渡って日置村に向う。日置村は南北に細長い村で、北部は山地だ。明田の家はどっしりした二階建て、東と北に気持ちよく田園が広がっている。 明田家で夕餉を馳走になっているうち、触れが廻ったのだろう、体の不自由な人たちや病人がつぎつぎ訪ねてきて、喜三郎の鎮魂で、それぞれ奇蹟的なおかげを受ける。彼らの懇願を容れて一週間ほど滞在、ここにもまた霊学会の点が記された。
 黒田会合所は確実に教勢が拡大した。信者たちは協議してここに瑞穂道会を設立、会長に喜三郎を推した。入会する者ひきもきらず、会長としての喜三郎はあちこちの宣伝に多忙をきわめる。 黒田村の中西栄次という暴れ者が新しく入会してきた。中西は横田村(現園部町横田)にある稲荷の熱心な信者で、瑞穂道会に反感を持っていた。にもかかわらず彼が入会したのは、内部から会を撹乱する意図であった。会合所に来ては、参拝者に横田稲荷の宣伝をする。厚顔な男で、会員たちに顰蹙を買っても意に介しない。退会を求めても応じぬ。いわば獅子身中の虫である。 ある日、喜三郎が十数名の会員相手に神の道を説いていると、泥酔した中西が現われ、「まことの神は横田稲荷や。瑞穂道会の神は偽神やど。みんな、その証拠を見せたろ」と言うなり、祭壇をひっくり返した。 煮えたぎる腹立ちを押えて喜三郎が黙していれば、中西はますます図に乗る。「おい、会長。この神さんがほんまもんなら、なんで俺に罰をようあてんのじぇい」「祭壇を倒すお前のような男を、世間では罰あたりというのや。これ以上に罰はあてられん」「へん、逃げ口上ぬかすな。これ以上罰があたらんちゅうなら、安心して暴れさしてもらおけい」 中西は手あたり次第に神具を壊し始めた。穴太の二の舞いだ。由松や治郎松で修行ずみなのにと、喜三郎は涙を呑む。 西田卯之助が歯ぎしりして怒り、喜三郎に食ってかかる。「会長はん、こんな奴に荒れ放題にさせとくような権威のない神さんなら、今日限りこの家を出て行ってもらいますで」「しょうがない。鎮めるか」 やむなく喜三郎は鎮魂の姿勢をとり、うんと一声、言霊を発射する。中西の体は二、三度回転し、縁先から庭石の上に見事に落下する。 中西はしばらく身動きできなかったが、ようやく顔を上げ、悲痛な声をしぼり出した。「痛い、痛い、腕が折れた。傷害罪で告訴したる。覚えとけよ」「見たか、大神さまの神罰を。目のあたりじゃろうが」 西田がさも小気味よげにせせら笑った。苦しそうに中西はうめく。見かねた喜三郎が縁側から下りて抱き起こす刹那、中西は腕にがぶりとかみついた。血がほとばしり出て、左の袂を真紅に染めつつしたたり落ちる。 会員の森政太郎が喜三郎の腕に包帯してくれる。 中西は血まじりの睡を吐き捨て、舌もつらして管を巻く。「神に仕えながら人を突き落として腕を折るような奴は悪魔じゃ、外道じゃ。社会正義のために、絶対に警察に訴えるど」「罰あててみいぬかしたんはお前やんけい」と西田がわめく。「何が神罰や。上田が折りくさった。上田が神やない証拠に、かみついたら血ぃ出したやないか。さあ、この腕どうしてくれる」 やむなく薬料としてあるだけさらえて十円渡すと、中西は急に笑顔をこぼし、とっとと立ち去った。 甘いとみくびったか、翌日もまた中西が酔っぱらって、庭から入りこむ。「こら、上田、おのれ、うまうまかかったのう。お前の腕の傷はどやねん。わしのこの腕見てみい。へん、どこが折れとる。折れてへんやろ。神なら嘘が分からにゃならん」 片肌脱いで太い腕を出し、何度も折り曲げ、最後に隆々とした力こぶを作り、「どや、俺の腕っ節はそんなに簡単に折れるようなちょろこいもんやないど」と自慢する。「そうか、腕が折れとらんなら幸いや。何も文句言う筋合いやないやろ」と、喜三郎はとり合わぬ。「この腕をよい証拠に、『瑞穂道会の神は偽神や。俺の嘘も見抜けんと、ころっと詫び料十円出しよった』ちゅうて、触れ廻ってやるさけのう」 怒った西田卯之助は、ものも言わずに中西の頭を力まかせになぐりつけた。酔って足元の定まらぬ中西は、尖った石の上に尻餅をつく。臀肉が破れて血がにじむ。「やりやがったな、今日こそは許さん。警察ヘ訴えてやる」「おう、訴えるなら訴えてみい。あれは正当防衛や。お前こそ詐欺罪で訴えたるわい」 西田はどなり返し、鼓を出して高砂を謡う。「この野郎、人の怪我を見ながら、何が『四海波静か』じゃ」 怒り狂った中西は、立ち上がれぬままに砂利をつかんで、神前に投げつけた。神前の花瓶はもろくも割れて、畳の上に水がとび散る。 この時は村の有力者が仲裁に入って、中西は不承不承に引き下がったが、それ以後も陰に陽に瑞穂道会の妨害をやめぬのだった。
 新緑のころ、喜三郎は北桑田郡方面の宣教を思い立った。早朝に会合所を発ち、上河内村(現園部町船岡)から若狭街道を山坂越えて北上し、殿田を過ぎ、五箇庄村四つ谷(現日吉町四つ谷)の近くまで来た。はや黄昏時である。四つ谷は若狭街道と殿田街道の交わる交通の要衝だ。懐中には二十銭しかない。いざとなれば野宿を覚悟、疲れた足をひきずって行くうち、粗朶をかついで山から下りて来た村人と道連れになり、世間話しながら歩く。 朱塗りの柵で囲まれた神社のあたりで道が二股に分れる。右へ行くという男に、喜三郎は聞いた。「この村には、難病人で困っている家はないやろか」「あんた、病気治ししやはるのか」「まあ、そういうことや」「へんな憑き物つきならおるがのう」「そいつはありがたい」「けど頑固な憑き物やさけ、どうかな。これまでも誓願寺の祈祷坊主やら稲荷下げがきたけど、手におえなんだそうや」「ともかく行ってみるわ。どこの家です」 村人は左側の道の行手に見える大きな古い一棟を指さし、「小林貞蔵ちゅう男やねん。十五、六年前からへんなもんが憑いてのう。昔は結構な財産家やったが、今では駄菓子の小売りをしたり、ぼろ材木屋をして何とか食ってるようや」 喜三郎は心中、今夜の俺さまの御宿坊はここやと決める。村人と別れて小林家の前に行き、それとなく内部の様子をうかがう。店先の菓子箱に一文菓子が少しばかり並べてあり、そのそばに額口のばかに光った鼻の高い五十がらみの男が、所在なげに坐っている。「おっさん、菓子もらうで」 声をかけて店内に入る。男が媚びた作り笑顔で迎える。喜三郎は駄菓子をつまんで口にほりこむ。一文、二文……一銭……五銭……十銭……十五銭。あと一、二銭食うと貧弱な菓子箱は空になる。男は喜三郎の健啖ぶりにあきれて、顔を見つめている。「もうないのけ。せめてあと一円がとこ食いたいもんやが……」 男はますます呆れて、丸い眼をむいた。「あんたまあ、何ちゅう菓子の好きな人やろ。腹も身の内、あんまリ無茶食いしやはったら、体こわしますで」「いや、わしが食うのと違うねん。わしはもともと甘い物はあかんのやが、わしに憑いとる霊が食うのや。さあ、これとっといて」 なけなしの二十銭、気前よくぽんと渡す。「ちょっとあんた、やっぱり憑きもんがいますのか。えらいお困りでっしゃろなあ」「何の何の、憑き物封じなら一発や。まあ、わしのお飯の種やがな」「そら結構ですなあ。わしは小林貞蔵ちゅう者ですが、どてらい憑きもんがおって困ってます。何とか退けてもらえまへんやろか」 小林のすすめるままに家に上がりこみ、夕飯を馳走になる。 不景気な面つきで、ぼそぼそと小林は述懐した。 十五、六年前、腹中から大きな声の出る病気になり、本人の知らぬことまでどんどん喋り立てる。最初のうちは警戒していたが、憑霊は「この方は鞍馬山の大僧正だ」と名乗り、米相場を命じた。米が非常に下がるから売れというので、売方になると上がる。米が上がるから買えというので買方になると大下がりをくらう。何回となく大損害を重ね、山林田畑まで売り払って今日の有様だという。 またしても米相場だ。斎藤元市といい、藤田泰平といい、下司熊のような偽神がかりの言を信じて大失敗をくり返す。大霜天狗はじめ憑霊らはよほど相場が好きなのか、あるいは相場に象徴される人間の欲望を憑霊が利用するのか。 奥座敷で、喜三郎が審神者、小林が神主になり、主客相対座し有形の感合法を実施する。小林は手を組んで神妙に瞑目、ヒューヒューと喜三郎の吹く石笛が鳴る。天の数歌を二回唱え、「ふるべゆらー、ふるべゆらゆらー」と神をことほぎ、浮揚してくる霊に向け、指先を組んで「うん」と一声、言霊を発射する。もともと浮いている霊だから、わけもなく発動を始めた。 小林貞蔵の発動状態は奇抜であった。青い鼻汁がきりなく膝の上に垂れ落ちる。それを気にして小林は組んだ手を離し、懐から紙を出して拭き、急いで手を組み直す。ずるずるとまた鼻汁。「ちょっと先生、失礼」と言って鼻をかむ。またまたずるずるずる……鼻をかみ、大きな声で「うえーっ」とうなり、その拍子に口が細く長く「へ」の字になる。何回もくり返す。 黙って見ていた喜三郎、頃合いをはかって「こらっ」と大喝。小林は手を組み座したまま一尺ばかり飛び上がった。「もう鼻汁を拭くことは許さん。何者か名を名乗れ」 拭くことを禁じられたため、したたる鼻汁は連続して、鼻孔から膝まで氷柱のように垂れ下がる。委細かまわず喜三郎は「早く名乗れ、早く、早く」とせき立てる。小林は肘をはり、口をへの字に曲げたまま、しかつめらしく、「おーお、おれは、おれは……のう」 腹の底から噴き出すとてつもなく高い声だ。「おれがどうした」と畳みかければ、またも「おれは、おーれはのう、おれはのう」「えーい、辛気くさい。その先を言え」「おれはのう、うっふん、あっははは……」「同じことばかり何べんもぬかすな。お前がどうしたんじゃ」「おおおおれはのう……くく鞍馬山の、だだ大僧坊でござるわい」と芝居がかりの大音声。「ふん、なんかしてけつかる。鞍馬山には大僧正ならいるが、大僧坊などおらんわい。白状せんか」「おおおれは……やっぱり……鞍馬山の……」「お前が鞍馬山の天狗なら、地理ぐらいは知っとるやろ。鞍馬山はどこの国にある」「あっはっはっは、ばかばかばか、ばか者め、鞍馬山のありかも知らず審神者など、片腹痛い。教えてやろう。山城国乙訓郡じゃぞえ」「違うのう。愛宕郡じゃ。自分のおる所さえ知らず、鞍馬山の大僧坊などと駄法螺吹くな。こら、鼻たれ野天狗め!」「けーっ、見破られたか。残念やな、くく口惜しやなあ」と鼻汁天狗はあくまで芝居気取り。「とうとう白状したな」「おおおう、おれは、おれはやっぱり、野天狗であったわぇ」 言いも果てず、小林の体はふわりと宙に浮き、静座する喜三郎の頭上を前後左右、自在に羽ばたきだした。超自然現象だ。隙あらば喜三郎の眼を足蹴にしようと狙ってくる。寒気が全身を襲った。が、ここで脅えては審神者の役はつとまらぬ。 組んだ手をとっさにほどき、霊をこめた右の人差指を頭上の小林に向けて一回転させる。小林の体は宙に浮かんだまま、鼻汁までが円を描いてくるりと一回転、指先を左に廻せば左に逆回転だ。くるくる廻せば、両手足を広げた体は大きな風車のように唸りを生じて廻り出す。 この荒療治にはさすがの野天狗も眼を廻して往生したか、悲鳴を上げて落下したまま畳にへたばり、気息奄奄である。 喜三郎も冷汗を拭い、はずむ息を整えつつ宣言する。「御苦労はん、あんたの宇宙遊泳の芸はなかなかおもろかったで。けどどうやら正体が分った。小林はんに憑いとる霊は人間の死霊にたかる野天狗やな。つまり亡霊と野天狗の複合体や」「へえ、お見通しの通りです。お許し下さい」 小林は頭を畳にすりつけ縮こまる。「けど何でこの男に長年憑いて苦しめんなんのや。どんな恨みがあるのか、わけを言うてみい」 喜三郎の問うままに、小林の憑霊は逐一自白する。「十四、五年前のこと、甥の小林貞蔵はおれを悪辣な手段で欺き、全財産を横領しやがった。忿怒と煩悶で精霊に虚隙のできた瞬間、おれは野天狗にとり憑かれ、山奥にさまよい出て首をくくった。二、三年後、死骸は誰のものとも知れぬ白骨と化して発見されたが、おれは浮かばれぬ。この男が道端で酔いつぶれている間に野天狗と共に憑依して、鞍馬山の大僧坊と称して相場に損を重ねさせ、おれから奪り上げた山林田畑を残らず手放させた。それでもまだ腹がいえぬから、こいつの命も近いうち奪ってやるつもりだ。こいつに憑いた時に鼻汁が出るのは、おれが首をくくった際、鼻を垂らした無念の再現である」 自分の口から吐き出される言葉を聞き、小林は罪の恐ろしさに震えおののいている。「どうや、小林はん、この憑きもんの言うことに間違いないけ」「ございまへん、何ちゅうことしたんかと、今さらながらに……」 次に憑霊に向かって、喜三郎は指を組みながら、鋭く問いかける。「小林はんは罪を認めて悔いておる。お前はまだこの肉体に居候して命までとる気か。それではお前も天狗も永遠に地獄から救うてやることはでけんぞ。出て行くというなら、小林はんに白骨の主を手厚く葬ることを約束させるが、どっちや」「叔父さん、すんまへん。こらえて下さい。立派に祀らせてもらいますさかい」 小林が涙ながらに誓えば、同じ口を使い分けて憑霊が言う。「しかと約束せいよ。それではわしはこの肉体を去る」「ぎゃっ」 怪声を放って転がると、小林の面貌はにわかに柔和になって起き直るのだった。
 小林の乞いを入れ四、五日滞在するうち、噂を聞きつけた村中の老若男女が集まってくる。鎮魂をし、神霊界の話を説くと、素直に全員が入信した。「せめてあと一か月」と小林が頼むのを振り切り、喜三郎は北桑田を目ざして日暮れ前に出発した。神命に従ったのである。 四つ谷から若狭街道を北にしばらく行くと、海老谷の集落だ。四、五軒ずつの農家が街道の右に、左に、間隙置いて細長く現われる。海老谷川にそって端から端まで十町はあろう。村はずれから杉の林道を一町も行くと道が細まり、傾斜も増してくる。海老坂峠にさしかかった頃は、もう日はとっぷりと暮れていた。海老坂峠(四八〇メートル)は大堰川と由良川の分水嶺を越す峠であり、船井郡と北桑田郡の郡境尾根でもある。細い険阻な坂道で、いかに夜目のきく喜三郎でも歩行は難渋をきわめる。 わざわざ日暮れ前を選んで四つ谷を発たせる小松林命が恨めしい。神さんは肉体も持たず時空を超越できるからよかろうが、ちっとは肉体をもつ人間の側に立って思いやってほしいもんだ。懐中には三円ばかりの金があっても泊まる宿はなく、峠には野宿するような場所すらない。ぼやきつつ手探りでよちよち登る。 木の間から洩れる淡い月光が、坂の右手にどっしりした石垣を写し出す。その上は古い寺らしい。御堂に近づいてよくみると、玉岩地蔵堂とある。なかなかどうして、小さな寺の本堂ぐらいはある立派なものだ。由緒ある地蔵堂であろう。 これ幸いと喜三郎は無断で上がりこみ、仏壇の前でごろりと横になったまま手を合わせ、「ああ、だからお地蔵さんはありがたや」と思うも夢うつつ、たちまち高鼾――。 深夜、目ざめた。堂の入口で、提灯の灯に揺らぐ大男の人影が大声で心経を唱えている。「誰や、こんな夜中に騒々しい。うさんな奴」「お前こそ誰や、ことわりもなく入りこんで。けしからん奴め」 どうやら大男はここの坊主と気がついた。確かに客観的には喜三郎の方が咎められる側だ。喜三郎は下手に出る。「これは和尚はん、どうもすんまへん。夜道にゆきくれて、ちょっと失札さしてもらいました」「旅人か」「わしは霊学の修行者で、神道を開きに歩いとる者です」「神道の修行者が仏の御堂で泊まるとは何事や。どうせいかさま神道家か、売僧坊主やろ」 自分が坊主であることを忘れ、声に角立ててどなる。「神さまも仏さまも元は一株やさけ、ここのお地蔵はんかて気持よう寝かしてくれはったんや。今夜一晩だけ泊めとくれやす」「うん、なるほど、神も仏も元は一株か。その言い種が気に入った。どうせわし一人や。ここでは何やから、庫裏の方で泊まんなはれ」 急に機嫌を直して、坊主は奥へ案内する。渡り廊下をみしみし踏んで庫裏へ入る。参篭者のための宿舎であろう、二階建てで、間数もある。大きな竃を据えた台所に続く、囲炉裏端の六畳間に床を敷いてくれた。 残り火をかき立てて茶をすすりつつ、二人は語り合った。「この山奥に床しい御堂ですなあ、御本尊はどこから?……」「そう、古い由緒書きによるとな……」 坊主は玉岩地蔵堂にまつわる伝説を語った。本尊は八百比丘尼の持念仏。八百比丘尼は奈良時代、白鳳のころ若狭で生まれ、人魚の肉を食べて八百年の長寿を保ち、江戸時代に若狭の空印寺で入滅したという。比丘尼は持念仏を背負って諸国を巡歴し、最後に京都から若狭に帰る途中、この海老坂峠にさしかかって一服した。さて出発しようとすると、今まで軽かった地蔵が急に重くなり、「もう動きたくない。ここはよい場所だから、わしはこの地にとどまって衆生を済度する」と宣言した。比丘尼はしかたなく地蔵を岩上に安置し、ひとり若狭に帰って長い生を終える。 坊主がまじまじ喜三郎を見つめ、ためらうように言い出した。「違うたらかんにんやけど……上田はん……喜三やんやないけ」「あれ、何で知ったはるにゃろ。わし、そんなに有名やろか」「ほれ、わし人見与三郎やがな。忘れたんけ、お前のいとこやろ」「あ、あの極道息子の……」「そうやがな。けど言いにくいこと、はっきり言うてくれるのう」 人見はふくれ、苦笑する。 喜三郎の叔母賀るの夫、南桑田郡千代川村字今津の人見弥吉の兄、松吉の息子が与三郎である。子供のころに四、五回遊んだことがある。放蕩の結果、親の財産を残らずなくし、園部監獄の看守となり、巡査も勤めたが、これも酒のために免職になったという。「巡査をやめてから行方知らずやとは、治郎松はんの噂で聞いとったさけ、どないしてるか気にはしてたんやが……」「あれから易者になり、真言秘密の法も覚えて、この寺が無住をさいわい留守坊主に雇われていたんや。それにしても喜三やんとこんなとこで出会うとはのう」「わしの来歴かて、あんたと変わらんで。何やってもてれんこてれんこで、故郷に容れられずとび出してさまよう身や。違うとこ言えば、わしは今、神さんに引きずり廻されてどうにもならん。今日かて、日暮れに神さんから尻どつかれて四つ谷をとび出してこなんだら、夜中の海老坂であんたとめぐり会うこともなかったやろ」 この奇遇に両人は打ちとけ、こもごも身の上を語り合う。引き止められるままに四、五日逗留、人見に鎮魂帰神の法を伝授する。 朝に百鳥のさえずりの中、古寺を出発する。峠まで人見が送ってきて、再会を約した。山桜は青葉となったが、山つつじが紫、赤、桃色と咲き誇る。 峠を下って道の辺に休んでいた一人の女が、驚いたふうに立ち上がる。その前を通り過ぎると、女が後ろから声をかけた。「喜楽さんでっしゃろ。待っとくれやす。うち、あんたを訪ねて園部まで行くとこでした。よいとこで会うたわあ」「わしを知ったはるのか」「いややわあ。老けましたやろ、うち……」 女は涙ぐんでうつむく。 どこかで見覚えがある。けどまさか、あの娘が……五年前、あの娘は十六だったから、確か二十一のはず。だがこの人妻風な女は頬もこけ、所帯じみて三十をいくつか過ぎて見える。「もしかしたらあんたは、木崎(現船井郡園部町木崎町)の矢野お鈴はん……」「覚えてくれてはりましたん」 井上猶吉の牧場にいた頃、仮病まで使って喜三郎を家へ招き入れたあの奔放な鈴が、こうまで変わるとは……。「今、どこにおるのや」「三年前に安掛村(現北桑田郡美山町大字安掛)の山本要助に嫁入ったんえ」「恋人ができたとは聞いとった。幸せな結婚やないのけ?」「そうですねん」 言うなり、にじみ出る涙を隠そうとしてか無理に笑顔を作り、「嫁入って間もなく要助が病気になって、医者もあかん、何ぼ拝んでもろても効かずでいまだに寝たっきり。うちが働きに出て、どうにか二人食べるのがやっとです」「そうか、昔のぴちぴちしてはったあんたには、世の中の不幸などかかわりないように思えたが……それでわしに用事ちゅうのは?」「喜楽はんに神さまがかからはってどんな病人かて助けてくれはるちゅう評判を聞きました。それで昔のよしみに、主人の病気を治してもらいたい思うて。恥ずかしいあばら家ですけど、御祈祷してくれはらへんやろか」 五年前とはうって変わったしおらしさに、喜三郎の胸は痛む。「よっしゃ、この足であんたの家、行かせてもらお」 峠下から安掛村まで三里半の田舎道、喜三郎はふさぎ勝ちな鈴の気を引き立てたくて、冗談をまじえて話す。ようやく鈴の口元もほころび、笑い声が洩れ出る。喜三郎はその笑い声に救われる気がする。 安掛村は由良川上流の西岸に位置し、若狭街道に沿った山間の小集落だ。山裾をめぐり、橋を越し、野路を踏み、荒れ果てた山本要助の家の前に立つ。 病人の苦悶のうめきが破れた雨戸から洩れる。きしむ戸を開けるや、熱臭い薄いぼろ蒲団の裾から、いたちに似た怪しい動物の幽体が二つ三つとび出し、戸外ヘ駆け去る。 ――小悪魔どもめ、わしを恐れて逃げ出したな。 鎮魂するまでもなく、要助の病気がそれで快方に向うことを、喜三郎は確信した。枕頭に坐って感謝の祝詞を上げれば、要助の熱はたちまち引き、かすんだ眼に生色を取り戻すのが分る。「もう大丈夫、あとは日にち薬や」 要助は鈴の助けで起き上がり、感激に慟哭しながら手を合わせた。その全身に、地獄から這い出たような喜びがにじんでいる。鈴はあっけにとられて夫と喜三郎の顔を眺めている。 要助夫婦の懇請で、山里のあばら家に喜三郎はとどまった。噂を聞きつけた人たちがいち早く山を越え谷を渡って押しかけ、病気の取次ぎに寝る間もない忙しさだ。 三日目、山本要助は三年ぶりに風呂に入り、髭を剃った。四日目に鈴に手を引かれて家の廻りを散歩した。「腹がへったでえ」と粥の催促に鈴は泣き笑い。骸骨のように痩せ細った体も肉がつき始めよう。そして五日目、「どうしても産土さまへお礼参りがしたい」と言い出す。 安掛村の村域に神社はなく、村民たちは宮脇村(現美山町大字宮脇)の道祖神社を産土としている。安掛から宮脇まで小一里あり、鈴は夫の病み上がりの体を心配したが、喜三郎は太鼓判を押す。三人は晩春の野路をゆっくりと社に向った。 道祖神社は北流する原川の東方山麓にある。祭神は木梨軽皇子・神武天皇・五瀬命。社伝によると、允恭天皇の皇子木梨軽皇子が故あって十余年間河内谷(現美山町大字河内谷)に潜居、その後、軽野(現大字大内)を経て宮脇に移り、ここを永住の地と定める。武烈天皇即位の二年、一社を創建して軽野神社と名づけ、神武天皇と五瀬命を祀った。のち郷氏が皇子の遺徳を慕い、合祀して道祖神社と改名したという。むろん、弟の穴穂皇子(のちの安康天皇)と皇位継承争いで敗れた木梨軽皇子が伊予の湯(現愛緩県松山市)に流刑されて歿したという古事記の伝承とは食い違う。 桂木の森を封じて太い桧と松がそそり立ち、昼なお暗い。このあたり、冬になれば一丈余も雪が積もって軒をうずめると鈴が語る。社殿の裏のくぼみにはまだ残りの雪が黒ずんでいた。祈り終った要助は、じっとしておれぬように一人先立ち階段を下りる。鈴がいつまでも神前にぬかずき、願ぎつつ泣きじゃくっているので、喜三郎は気をもむ。「お鈴はん、もう要助はんは先に降りて行かはったど」 涙にぬれた顔を上げた鈴は、喜三郎にすり寄って袖をとった。「喜楽はん、かんにんやで」「何がや」「知ってはるくせに。あんなに固い約束しながら裏切ったうちが悪いんです。うちが不幸になるのも、皆あの時の酬いなんやし」 たしかに行きがかり上、結婚の約束らしいものはしたが、鈴の母親に仲をさかれて逢引きもならぬうちに、鈴が新しい恋人を作ったという噂。正直なところ内心ほっとしたものだ。あの口約束を鈴はいまだに忘れずにいたのかと思うと、自分の薄情さが恥ずかしい。「そんなに自分を責めんかてええがな。約束を裏切られたさけ、わしもこうして神の道に仕える身になれたんや」「けど……うちのこと忘れんと、いまだに独身を通してはるのがもったいのうて……」と鈴は声をつまらせる。「そんなことあらへん。独身なんは、つまり神さんが……」 相手の感違いように、喜三郎は眼を白黒させる。鈴に妙な気を起こさせては始末が悪い。ここで時間をとって、要助から痛くもない腹を探られたくはない。「そんなことより、要助はんの身が心配や。わし、追っかけるで」 鈴を残して、喜三郎は石段を駆け下る。石段下で、要助が杖にすがって待っていた。「まだ、うちの奴、来まヘんか」「末社にもお詣りしたいそうや。ぼつぼつ歩きまひょ」 要助と二人、後を気にしつつ歩調を合わせて家ヘ帰ったが、鈴の戻ったのはかなりあとであった。 翌日、参詣者を相手に神の道を説いていると、遠くから警鐘が響き、太鼓が鳴る。村人は蔦口や水桶などを手に手に、野添村の方へ駆け出した。喜三郎も後を追う。 野添村は安掛村の対岸にある小村だ。眺め渡したところ煙も見えず、火事の気配はない。にもかかわらず、野添村の鐘や太鼓は乱打され鳴りやまぬ。橋を渡った所で、向うから走ってきた人に事情を聞く。妙霊教会の布教師口中留吉の庭で深い井戸を掘っていたところ、にわかに崩れ出し、井戸掘り人足が生き埋めになった。助け出すための人手を集めているという。 遭難現場にはたくさんの人たちが群がり、鶴嘴や鍬で井戸脇を掘っていた。ぐずぐずすると土砂や水のために窒息する。殺気立ったどなり声がとびかい、埋まった者の家族らが泣き叫ぶ。 喜三郎を見るや、泣きながら坐りこむ男がいる。口中留吉だ。「あんた、上田はんでっしゃろ。助けたっとくれやす、神さん拝んだっとくれやす」 言われるまでもなく喜三郎は大地に端座、瞑目して神勅を乞う。腹中より「小松林だ」と声が出て指示あり。「種油を五、六升、井戸の中にまけ。油がなければ酢を一斗ばかりかき集めてそそげ。油や酢は、土壌をすかして、空気を通わす効能がある」 口中に告げると、それっと人が走り、酒屋から五升樽二つの酢が届けられた。だぶだぶと酢をくずれた井戸の真上にそそぎこむ。大勢の必死の協力で二時間ほど掘り進み、土中からようやく引き出した。失心していた人足は喜三郎の鎮魂で息を吹き返し、嬉し泣きに物語る。 にわかにウラがきて、どどっと土が落ちてきた時、横の方から出ていた大石の下にとっさに身をよけた。腰から下は水にひたり、体中は砂に埋まったが、突き出た石のおかげで首だけはどうにか動かすことができる。おいおい息が苦しくなりもうあかんと覚悟した時、酢の匂いがしみとおってきて息が楽になった。そのとき耳元で「小松林だ。お前の命を助けるからがんばれ」と声がし、必死に耐えた。後は気が遠くなったが、苦しみはなかったという。 村人たちは喜三郎を取りまき、感謝する。彼らの中にはすでに山本要助の家まで行って病気を治してもらった者もあり、喜三郎の霊力はこの村にも轟いていた。村人たちの頼みで喜三郎は口中留吉の家に滞在し、乞われるままに霊学の話や鎮魂をした。 口中留吉は妙霊教会の教師である。五十七歳。晩婚で、四十五歳の時に連れ子のある二十四歳のモンと結婚、二人の間に一男二女が生まれる。 喜三郎を訪ねて、遠近から人々は口中の家に群れる。二、三日滞在するうち、口中は露骨にいやな顔を見せるようになり、ついには退去を求めた。野添村の村民の大半が妙霊教会の信者であり、喜三郎の声望が上がれば信者を奪られはしまいかという、狭い縄張り根性である。口中の立場も察し、村人が止めるのを振り切って安掛村の山本要助の家に移る。 要助の小さな藁屋は連日、参詣者で満ちあふれる。 数日後、サーベルの音を響かせて巡査がやってきた。型通り喜三郎の住所姓名を聞いて手帳に記し、いかめしげに「許可なく人を集めることはならん。すぐ解散せよ」と命じる。「信教を宣伝するのは憲法で許されてる自由や」と抗弁すれば、「生意気なこと言うな。医者でもないお前が医師類似行為をしとるちう訴えが、妙霊教会教師の口中先生からあった。わしかて妙霊さまの信者やど」といばる。「わしは病気治しを目的にしとるのやない。神さまにお取次ぎをすると、誠があれば勝手に治る。つまり神さまが治さはるので、わしは橋渡しするだけや」「だまれ、うまいことつべこべぬかすな」 巡査は怒り立ち、今度は山本要助をにらみつけた。「おい、官憲の許可もなく、なぜ多数の人間を集めたか。お前が集めんでも、承知で家を貸したとしたら同罪やぞ」 小心な要助は震え上がり、「もう絶対に人を集めまへんし、神さまも祀りまヘん」と誓う。 園部へ帰る潮時が来た。喜三郎は明朝、安掛村を去ることを巡査に約した。 基盤ができかかったかと思うと崩される。多くの人たちの難病を救えたのだから全くの無駄ではなかったと、自分を慰めてみる。しかし神から与えられた三千世界救済の使命とは、こんなことではなかったはずだ。何のために北桑田宣教に来たのかと、むなしさが胸をかむ。
 海老坂峠の青葉かおる山頂の石に腰掛け、激しい息を休めていると、昨日の巡査が登ってきた。いやらしい薄笑いを浮かべ、横目で見ながら喜三郎の傍らを通り過ぎる。意識した靴音、肩肘はったその後姿を、喜三郎はにやにやして見送る。 この山頂を境に、船井郡と北桑田郡の風景はがらりと変わる。山容は、船井側はほっこりした田園風で、北桑田側は山が峻烈に迫った感じ。空気にしても船井側はやわらかく暖かく、北桑田側はきびしく澄みきる。去りがたいまま、心ゆくまで双方の景色を見比べた。 雨がぽつりと降り始めた。小石をぬらして落ちた一雫は瞬時とまどって、南ヘ滑る。腰を浮かしかけた喜三郎は、雨滴の行方を眺めて思う。 同じ山の頂きに降る雨も、半雫の重みの違いで即、東に向い、西に向い、南に北に別れて無心に流れ落ちる。鵜の毛ほどの初発の違いが末には果てしない距離を広げて行くのに、善悪正邪の分水嶺に立つ人は、何をもってその向きを決めるのか。己れの意志――その原点に蠢くもの。 昨夜、北桑田宣教の結果をむなしく感じたのは、己れの意志や力によって恵みの雨を降らせた結果の酬いを、我が身に求めていたからや。思い上がっていた!……。 半滴のにごり、慢心をも見抜かれ、退去を命ぜられたのは、神からではなかったか。広大無辺の天然力、神の御威光によらずして、地上一切のことは何一つままならぬ。 恵みの雨は天から降るものと知りながら、その一雫となって無心に淡々と何故に流れてゆけぬ。身欲を捨て、我を折ってこそ、初めて宇宙の神と向き合い、その一雫が激流ともなって、末には洋々、大海に合することもできよう。神ながらと人ながらの違いはここや。 雨が激しくなった。天から降った恵みの雨でも、ずぶ濡れは困る。走って人見与三郎の住まう玉岩地蔵に転げこむ。庫裏には先客があった。人見と対座していたのは先ほどの巡査、ぎょっと顔色を変えて見返る。「喜三やん、ようこそ御入来」 人見は嬉しげに迎え、巡査を指さした。「紹介するわ。この巡査はわしのいとこの小山安太郎、つまりお前も辿り辿ればいとこになる」「なんやて」 喜三郎と小山は同時に声を上げ、顔を見合わせる。そういえば、まだ会ったことはなかったが、母方の関係に小山という男がいると聞いていた。「昨日は失礼した」と小山が虚心に喜三郎の手を握る。「何や、知り合いやったんか」と今度は人見が驚く。 制服を脱げば、小山も善良な人間だ。三人のいとこ同士が一堂に会した奇遇に感激も高まり、話がはずむ。四方山の話のうち、口中留吉が喜三郎の叔父佐野清六の部下の教師と聞き、「世の中は広くて狭いのう」とまた驚きを新たにする。 夕方になって勤務のある小山はあわてて帰り、後は人見と時を忘れる。晩春の夜は明けやすい。古寺の老松に鵲が高く鳴いて黎明を告げる。朝粥をすすり、徹夜の疲れをいやそうと枕を並ベて一眠り、眼ざめれば昼だ。 口中留吉が訪ねてきて平身低頭、喜三郎に詫びる。「小山はんから聞きました。あんたは佐野先生の甥御はんやそうで、弟子のわしがえらい御無礼しました」 わだかまりがとれればいずれも神仏に仕える身、今日もまた三人が長い春日を語り暮らす。 夜は古寺の庭に立ち、朧夜の月を眺めて価い千金の春宵を楽しむ。天心に動かぬおぼろの月――世に処するの法はおぼろに限るべしと、しみじみ悟る。「ほろろ、ほろろ」「そうだ、おぼろ」と言わんばかりに、山鳩が鳴いた。小夜更けを三人は寝床に寝転びながら、尽きず語り明かす。 思わずも平穏な二日を過ごした。もう辞さねばならぬ。 去りがたく遅咲きの庭のつつじを眺めていると、山本要助夫婦が訪ねてきた。喜三郎の姿を見るなり、「お詫びに来た」と合掌し、しゃくり上げる。巡査の小山から委細を聞いたと言い、要助は真剣な面持で「お詫びのしるしにお鈴に園部まで送らせてほしい」と頼む。 喜三郎はあわてた。善良な夫をあざむく鈴の差し金であろう。昔の恋がよみがえったらしい鈴との二人旅は気が重く、何とかして避けたい。しかし幾度ことわっても、遠慮ととるのか、要助は聞かぬ。鈴も涙をためて頼む。ついにことわりかねて承知した。 彼らに送られて古寺を旅立つ。そのむかし親しかった女性との道行きは照れくさくて困るが、憎いとは思わぬ。鈴は眼にも肌にも生気が戻り、二十一歳の若さを取り戻していた。道の辺の芝生に腰下ろし、五年前の園部時代の思い出を誰に気がねなく語り、笑い合う。 四つ谷村の大きな古寺にたくさんの人が集まっていた。何事かと立ち寄ると、穴太寺の院主穴穂行円和尚が二人引きの腕車に乗って御到着だ。参詣者が生神を迎えるように随喜する。穴太寺の法会の度に店を出す畳屋の竹さんが、得意げに随行している。 幼少のころから喜三郎が慣れ親しんだ行仁和尚は明治二十八年に隠居し、今は養子の行円和尚が跡を継いでいる。明治五年生まれだから、喜三郎より一つ年下だ。 どんな説教をするのか、興味をもって参詣者の中にまぎれこむ。懸河の弁はよいのだが、内容はたわいない因縁話、老人で占める参詣者は涙を流して有難がる。日本の既成宗教は爺婆を対象に、そのふところで食っているのかとつくづく情けなくなる。 聴衆の中に喜三郎を見つけた行円は、急にしどろもどろになり、龍頭蛇尾にそそくさと話をしめくくると、一室にこもってしまう。 寺の境内で竹さんにつかまった。「喜楽はん、何してるねん。あんたは神さんの方やさけ、お寺荒らしに来てもろたら困るやんけ」「和尚はんはお冠け」「そうやんか、早う去んどくれやす」「わしには神道も仏教もあらへん。世界を救うために、色んな宗教を見て歩いとんのや」「ヘん、女連れてけい。うまいことぬかしてもあかん、あかん。穴太寺のお得意とりにきたんやろ」 信者も得意としか見ぬこの男に何を話しても無駄と、喜三郎は笑顔で答える。「商売の邪魔になるなら帰るわい。和尚はんによろしゅう言うてくれ」 寺を出て、鈴に「おおきに。もうよいさけ帰んでくれ」と頭を下げるが、鈴は承知しない。危険な細道を辿る思いで四つ谷村まで来て、小林貞蔵の家に立ち寄る。「待ちかねてましたんや。またちょっこと野天狗がかかって来よりました」「長年住み慣れた里が恋しいて舞い戻りよったんやろ。よう言い聞かしてやりますわ」 喜三郎の背ごしに、鈴が声を上げる。「叔父さん、今日はうち、喜楽はんのお供で来たんえ」「おお、鈴か。要助の病気はどないや」 不思議にも、山本要助は小林貞蔵の甥にあたるという。因縁の糸をつむいで廻った旅やったと、喜三郎は思った。 小林のすすめるままに、鈴と一夜を泊まる。 翌朝、野天狗を言向け追い払って、まだついてくる鈴と共に街道を行く。園部の黒田まで喜三郎を送った鈴は、会合所で一泊した。 安掛村ヘ帰る鈴に、喜三郎はしみじみとした声をかけた。「けどお鈴はん、ようがんばったのう。あんたがあの重い病人を捨てんと三年も……」「うち、帰ぬとこなかったもん。母さん死んで、ほかに家もあらへんし……」 鈴もきらきらした瞳で明るく笑った。「喜楽はんとの道行き、うち忘れまへん。その代わりうちの人を大事にしたげる。けど辛うなったら、また押しかけるかも知らんえ」 満たされぬ思いを呑んで戻る鈴の背に、喜三郎はそっと手を合わせ、心でわびる。 喜三郎が帰った黒田会合所は一段と活気づく。近隣の人たちばかりではなく、思いがけぬ遠方からも喜三郎を慕って訪ねてくる。安掛の村人たちは、船岡の妙霊教会へ参拝の途次、立ち寄る。小林貞蔵も、たくさんの信者たちを連れて幾度となく詣る。黒田の会合所ではいかにも手ぜまとなった。 園部の有力者たちは、信仰は二の次においても、土地繁栄の一策として、園部公園内に霊学会の本拠地を置こうと相談、布教所建設の具体的な計画を進めていた。彼らは喜三郎の永住を願ったのだ。 第二の故郷ともいうベき園部が、郷里の穴太を追われた喜三郎を大きく抱きとった。今こそ神と人との理想郷は、この地に根を下ろし、花開こうとしている。
 五月の末、桐の庄村上木崎(現園部町木崎町)の森田民という中婆さんに最近になって稲荷がかかり、えらいお蔭が立つという評判を聞いた。喜三郎はわざと羽織袴をつけず、百姓の身なりをして、何げなさそうに出向いて行く。 上木崎村の産土・城崎神社の一町ばかり西北にある葛屋葺きの小さな家が、目的の森田家だ。その横の空地に六畳一間の紅殻染めの新築の家と赤く塗った祠がある。焼物の狐を四つばかり祀った祠には、小さな鈴をつけた赤・白・黄まんだらの緒が五、六筋、一尺五寸ばかり垂れ下がり、何歳の男とか女とか書かれている。 空地は多くの参詣者で埋まっていた。祠の前で、五十余りの小肥りの婆さんがしゃがんで伺いを立てている。彼女が森田民であろう。 鈴をからからと振っては「ああ、さようか、ヘー、さようですか、おほほほほう」と独り言を言い、また「只今、何村何某何歳の男が病気して難儀してなさるが、どうしたら治りますいな」と問い、返答が聞こえるのか手をうってうなずき、「ああ、さようか、ヘい、分かりました」、また次の伺いをしては「ああ、さよか、ほんなら大葉子を煎じて呑ませればよろしのか。ヘー、黒豆と柳の葉とまぜてですかいな。ヘい、そない言うてやります」 参詣人は辛抱強く並んで待っている。 よほど記憶のよい婆さんだ。五、六人まとめて伺うとちゃんと覚えていて、一人一人に病気の診断から薬の指図までする。また数人の人の訴えを聞いて、まとめて伺いを立て、てきぱきと片付けて行く。自信にあふれていた。 ようやく老婆と喜三郎だけが残った。老婆が心配そうに民に聞く。「うちの息子に何べん嫁もろても、すぐ帰んでしまいます。嫁が長続きせんのは御先祖さまの祟りやろか、それとも家相が悪いんでっしゃろか」 民は祠の前で「義経大明神さま、桂大明神さま、玉房大明神さま、王芳大明神さま」と神名を上げ、老婆の願いを伺う。「ほほほ……」 さもおかしげに笑いつつ伺い終って、民は老婆に告げる。「お前さんの息子はんはなあ、五人も嫁はん代えたやろ」「へえ、よう分りますなあ」「どの女の人も続かなんだのは、かんじんのお道具が蓑虫になっているせいやそうな。こいつはちょっとむつかしいなあ。毛抜きで抜いてもまた生えるしなあ」「何と、そうですかいな。息子も恥ずかしもんで、親のうちにもよう言わなんだんですなあ、かわいそうに。お稲荷さんのお力で、何とかなりまヘんやろか」「まあ、信心してみることや。信心さえ通ったら、神さまのこっちゃさけ、何とかしてくれはるかも知らん。さあうちはこの人に話があるで、もう帰んどくれやす」 老婆を帰し、民は喜三郎に向って丁寧な言葉つきになった。「先生は黒田の方でっしゃろ。信者に化けてうちを調べに来やはったんですなあ」「ほんま、お見通しや。あんたはそこらのお台さんと違うて、たいしたもんや。けど、あんな焼物の稲荷はんが物を言うのけ」「へいへい、言わはりますとも。さっきのお婆さんの息子のことでもなあ、うちがじっと焼物の稲荷さんを見つめてたら、稲荷さんの股から突然ポコンとあれがとび出しましたわいな。なんとあんた、先までいっぱい長い毛が生えてまっしゃろ。それでお稲荷さんにおたずねしたら、『おお、そうじゃ』と答えなはった。おほほほ……先生もいっぺん、お稲荷さんに問うてみなはれ」 民のすすめに従って、喜三郎は稲荷の前にしゃがみ、問答しかけるが、焼物の狐はコンとも答えない。苦笑して、あきらめた。「どうやら嫌われたかのう。そっぽ向かれてしもたわい」「それどころか、お狐さんは先生のお越しをお待ちしてはりました。警察がうるそうてしょうがないさけ、教導職を受けるように黒田の先生に頼んでもらえと言わはります。どうぞ世話しとくれやす」「よっしゃ、御嶽教の教師に推薦して上げる」 民は喜び、喜三郎を新築の家に招いて身の上を語る。 森田民は嘉永二(一八四九)年兵庫県氷上郡河草村の永井家に生まれ、今年五十一歳。明治三(一八七〇)年、二十二歳の年に八歳年上の森田多吉に嫁ぐ。 夫婦で百姓をしていたが、毎年、薩摩芋を荒らして食う奴がある。雪隠の落とし藁を引っぱり出し、肥にする糞まで食う。疑いは裏山に棲む狐にかかった。この春、たまりかねて多吉と民と次男の留吉(二十二歳)の三人で狐狩りをした。狐穴の一方を松葉でくすべ、一方から掘っていたところ、夫婦の狐が二匹の仔を生んでいた。「おのれ、糞ぐらい狐めが」 三人が備中鍬を振り上げ、四匹の狐を叩き殺した。皮は売り、肉は食った。三日目、民の体が水ぶくれになり、苦しくて苦しくて耐えられない。お櫃をあけると狐がいる。雪隠に行っても狐がいる。しまいには見る物すべてが狐の顔と化し、うらめしげににらみつける。何日も民は苦しみ抜き、命も細まってくる。 民は必死になって狐に交渉した。「これ、お前さんたち、恨むのは筋違いやないか。うちらが大事にしていた芋やら糞まで食うてしもうたくせに、なんで仇んせんなんのやいな」 すると、四匹の狐が口惜しそうに叫び出す。「芋を食うたのも、雪隠の糞を食うたのも、みな木崎の丸ちゅう犬のせいや。それを無実のわしらの命を奪り、皮は売り、肉まで食うとはあんまりやないか。こうなったら、お前ら親子三人の命では足らんさけ、ついでに弟の定次郎の命も奪るつもりや」「そうか、悪さしたのは犬かいな、そら悪いことしたなあ。かんにんやで。けどすんでしもうたことは今さらどうしようもない。あきらめてんか。うちらの命を奪ってみたって、お前さんらの命が助かるわけやないがな。どうやろ、物は相談やが、これからお前さんらを神さんに祀って供養するさけ、それでこらえてくれヘんか」 物分りのよいあっさりした狐たちで、しばらく親子四人額を集めて相談していたが、すぐに民の提案にのってきた。「言われてみりゃその通りや。お前ら四人の命を奪ってみたかて何の得もないし、わしらを祀るちゅうなら許したる。その代わり今日から仕事なんかしてはならん。お前はわしらの容れ物になって、病気治しや相談ごとにのってやって人助けせい。お前の体を借りるお礼に、毎日七銭ずつくれてやる」 民はさっそくここに赤い祠を建てて、四匹の狐を祀った。彼らはそれぞれ義経・桂・玉房・玉芳と名のる。 お蔭が立ち、参詣人が集まる。一文供える人、五厘包んでくれる人、中には二十銭もはりこむ人もあり、一月分を集計すると毎月きまって二円十銭、一日七銭の割になる。食うだけなら不自由せぬ。 喜三郎は興味深く聞き、ふと思いついて切り出した。「何と妙なお狐さんやのう。一つ、わしのことも伺って見ていな」「それはもう、伺ってあります」と民が言下に答える。「今、園部の人がたんと寄って、公園の中に教会を建てて、先生にずっとおってもらおうと騒いではる。そして先生もその気になってはりますなあ」「その通りや。で、あんたはどう思う?……」「先生の納まってんとこは園部やないですで。これから七里ほど西北にちゃんと決まってます。もう一月ほどしたら迎えがある。先生のお嫁さんも待ったはりますで」「まさか……」「おすみさんという名前ですわ」 喜三郎はとっさに出口直と綾部を思い浮かべた。出口直に龍という娘のあることは聞いていたが、すみという名の娘がいるとは聞かぬ。もしかすると、四方純のことか。しかし綾部まで十里はある。七里というなら和知のあたりかなあと考えこむ。「教導職の推薦の方はくれぐれもよろしゅう」 重ねて念を押す民にさっそく手続きとることを約し、喜三郎は辞去した。 黒田に帰ると、一通の封書が来ていた。差出人は山家村鷹栖の四方平蔵とある。知らぬ名であった。いぶかりつつ封を切る。「田の植え付けがすみ次第、出口直さんの御命令で御相談に参りますから、どうぞどこにも行かずに待っていて下さい」との要旨。 民からの託宣を聞いた直後だけに、不思譲な思いにとらわれた。 灯明のほの揺れる伊助の倉。銀の鈴をころばすような直の声。「時節が来たら迎えにやりますさかい……」 そうか、来たか。こみ上げてくる感慨を、しかし喜三郎はせき止めていた。行くまい。去年のようなことなら行かぬがましや。 封書を捨て置いて、喜三郎は立ち上がった。

表題:変わった人 6巻2章変わった人



 明治三十二(一八九九)年の前半は、園部の黒田を基点にして、憑霊現象の探究や瑞穂道会の基礎造りにあわただしく過ぎた。 黒田の村落は純農家ばかりであった。西田卯之助の家は大きな造り酒屋として栄えていたが、いまは傾いて夫妻とも田に出ている。田植えの時期、訪う者も少ないまま、喜三郎は卯之助の当歳の子を背にくくりつけ、五つの女の子の相手をする。霊学の先生さまも、この時ばかりはただの子守りであった。 七月一日、農繁期も過ぎて、久しぶりにほっとなごんだ空の青さだった。鎮魂帰神の実修・質疑応答・病気のお取次等、次々と集まる人々はいっかな喜三郎を放してはくれぬ。やっと自分の時間を取り戻したのは夕方に近かった。 梅雨の晴れ間をみては心がうずく。餓鬼の昔にかえって、褌一つでざぶざぶと園部川に入っていった。園部大橋の下流で瓶づけをした。瓶の中に蛹粉を入れて川底に沈め、魚をおびき寄せる。警戒して瓶の口をうろうろする魚たちも、勇敢な一匹が中に入ると、我がちに続いて、瓶が真黒になるほど獲れる。 魚が瓶に入るのを待つ間、喜三郎は川下の淀みで泳いでいた。水はまだ冷たいが、身も心も解放されてさわやかであった。「ちょっとものをお尋ねしますがええ……」 声をかけられて、水面に顔を上げた。河原には、旅姿の中年男がまぶしい眼で眺めていた。「上田先生という人、知っとっちゃらしまヘんか」「どこの先生やら知らんが、上田喜三郎いうならわしや、わしや」 鼻の頭をさした右手には、大きな鮒が、銀鱗を夕陽にはじかせている。男は嬉しげに手招いた。「やれ、よかった。黒田まで行ったら、川へ雑魚取りに行った言うちゃったさかい、日は暮れかかるし、心細うおしたで。川っぷちを探し探し、やっとこせここまで来ましたんや。早う上がって来とくれなはれ」 そっちの名前だけ聞いて自分の名乗りを忘れていたことに気づいた男は、大声でつけ加える。「わしは先日お手紙した四方ですわな。鷹栖の四方平蔵……」 鮒を魚篭にほりこみながら岸辺まで歩み寄り、「手紙は読みましたで。けど綾部はもうこりごりしたさけ、行く気はないで」「そうはいきまヘんで。大神さまの御神託やさかい」 平蔵は眼が悪いらしくすれすれに近寄ってきて、喜三郎の上から下まで確かめた。「あんた……いい体してはる。お若いのう。けど、先生が裸になって殺生してもろたら、どもならん。ほれ褌からはみ出してますがな」「ほんまに水にうつってますわ」「暢気なこというとらんと、早うしまいなはれ」 喜三郎は水しぶきを上げて川の中ヘ歩き出し、手を振った。「いま、面白い最中ですねん。後で行きます。宿はどこです」「扇屋ですわな。金神さまはドえろうおせきやさかい、早う来とくれなはれよ」 四方平蔵は不自由な眼で振りむき振りむき、土堤道を戻って行く。 夜は更けてくる。今か今かと待つ平蔵の耳に、ようやく喜三郎の訪う声が聞こえた。扇屋の二階から階段をかけおり、平蔵は玄関の間まで出迎えた。喜三郎と四方平蔵は、扇屋の二階で対座した。「四方はんのお使いはお直はんの一存であって、世話役の方たちは知ったはらしまへんのやろ。情勢はたいして去年と変わらずですなあ」「それが……実はそうですんやな。お直さんとわしだけの極秘の相談で……他の世話役に知られたら、あんた、迎えになど来られますかいな」 正直に言ってしまってから狼狽した。「なんどこじゃない、あんた、大神さまの御因縁の綱がかけられたんでっせ。お直さんは、せいてせいて待っとられる。どうのこうの言うとるどこですかい」 地団太踏まんばかりの高声になる。それからあわてて、平蔵は、子供をすかす声に変わった。「とにかくなあ、あんたはん、和知川のうまい鮎でも食うちゃる思うて……」「鮎なら、園部でも食えますで」 軽く言って、喜三郎は頭を下げた。「わざわざ遠いところを御苦労はんでした。とにかくせっかく迎えに来てくれはったんやさけ、お直はんに会いにだけは行きます。今夜はゆっくり休んで、旅の疲れをいやしとくれやす。ほな、お休みなさい」
 まだ新しい藁草履であった。大丈夫、穴太まではもつと足元を確かめ、喜三郎はそのまま早足になった。やっと神教の根も固まりかけた園部を捨ててまで、敵中にも等しい綾部に行くべきか。客観視すれば否であった。明らかに損であった。にもかかわらず、喜三郎の心は綾部にとんでいく。打算をこえて、伊助の倉に吸い寄せられていく。誰に相談するまでもなく、喜三郎の足は水の低きに流れるように東へ向かっていた。わが生涯の行く先を決するのは、我ではなく神だ。幼い時から喜三郎を見守り続け給う産土の神でなければならぬ。往復八里の夜道を厭うことではなかった。 小幡橋を渡り、化け灯篭の脇をすりぬけ、幾多の思い出をきざむ小幡神社の拝殿にひれ伏した。神の声が霊耳にひびく。 ――迷わず地の高天原へ上がってくれ。いかなる艱難辛苦があろうとも、神が守る。世界を救う御用のためじゃ。 神界では綾部が高天原にあたるのか――その高天原に世界救済の神教を樹立する。武者震いを禁じ得なかった。 久しぶりに帰る上田家は、深夜の闇の中に静まりかえっていた。 喜三郎は戸口にうなだれた。長男でありながら扶養すべきすべてを捨てて出て行った我が身に、戸は固く、重く、敷居は胸を突くばかりに高い。うろうろ家のまわりを回った。戸を叩いて由松にでも起きられたら一騒動は知れている。雨戸の隙間から暗い室内をのぞきこんだ。 ――母さん、お祖母さん、わしは神さまの御用で綾部ヘ行く。今度はちょっと帰れんかも知らんのや。達者でなあ、さいなら。 声のない叫びを上げて、窓わくにしがみついた。と、手燭に灯がともった。灯はゆらゆらと炉端を通って戸口の方ヘ行く。「お祖母さんだ」 喜三郎は夢中で表へまわった。閂のはずれる音がして、ぎいっと戸口が内側から開かれた。「喜三郎かい。よう帰ったのう。はようお上がり」 やさしく嬉しげな宇能の声に、喜三郎は涙をこらえた。まったくと言っていいほど聞こえぬはずの宇能の耳は、喜三郎の心の声を受けとめたのだろうか。「お前がくるやろうと思うて、ちゃんと用意していたものがあるのやで。そこにお坐り」 この祖母に向かう時、喜三郎は言葉を忘れた。長たらしいどんな言葉も、祖母の前には力を失う。それでいて、こちらの心を吸いとってくれる安らぎがあった。家族の誰とも争わず、淡々として独りの世界にいながら、透徹した眼で喜三郎を見る。 宇能は、嫁入り道具の一つであったかなり古びた手箱と、耳だらい・水指し・茶碗を持ち出してきた。灯りを引き寄せて手箱から小さな鉄漿壷をとり出すと、喜三郎に眼で笑いかけた。「なんや、おばあさん、こんな夜中に鉄漿つけるのんけ……」 喜三郎はぽかんとした。新しい柳の小枝の端を噛みしだき、それを清めて鉄漿付け楊枝とし、壷の中の鉄汁と五倍子粉を合わせ終わり、宇能は居ずまいを正した。「お前は、もう二十九歳にならはった。お前のお父上さまは、その年頃でどんなお悲しみに耐えられ、御自分の御心を殺されて、なお天皇さまのため、国民のために一身を捧げつくされたことかのう」 和宮との悲恋をこえて明治維新の偉業をなすまでの紆余曲折。肝胆砕くるばかりの宮の御心労、御事蹟を喜三郎は学びもし、察してもいた。しかしそれは、雲の上のとらえどころすらない幻の父上であった。 その幻を我が胸にしかと抱きとめたい。幾度呼びかけ、夢にまでみたことか。けれど幻にみる宮はいつも朧、慕い寄る喜三郎の手はとどかぬ。我が身に流れるという宮の血潮を、時には疑い、時には熱涙を流して信じてきた。「わたしが鉄漿親になりましょう。真似ごとやと笑うたらあきまへん。おそまきながらお前の成人式やと思いなはれ」「あ、鉄漿をつけるのはわしで……無茶な」 喜三郎は赤くなって尻込みする。「今夜せなんだら、もうお前がわたしの手元に帰る時はありまへんやろ。文明開化の御代になって鉄漿付けの習俗など忘れられ、廃れてきたけれど、遠い昔から鉄奨は堂上公卿の身嗜みの一つでしたんやで。祐宮さま(明治天皇)は御年十七歳の明治元年一月十五日元服のお式の日に鉄漿を。お前の父上、熾仁親王さまはもっと早く、和宮さまとの御婚約の時には、元服も鉄漿始めの儀も済んでおられたはず。一度だけそのしるしをつけて、お前のお母さんに見せてやりなはれ。門出のはなむけやでなあ」 憑かれたような宇能の言葉に負けて、喜三郎は進み出、眼をつぶった。鉄漿は独特の匂いがあった。祖母の手にまかせてぬり終わると、口をすすぎ、耳だらいに吐く。「色が白いさけ、よう似合うなあ。お前に渡すもの、まだあるのやで」 宇能は奥の間に立っていく。 手鏡を眺めやって、喜三郎は顔をしかめた。何とも異様に感じながら、黒い歯はつややかで美しかった。 宇能が持ち出してきたのは、いかにも古めかしい羽織であった。腰くらいの短かさで背縫いを止めて裾を二つに割った武士の乗馬、旅行用の打裂羽織だ。喜三郎が言いなりに着おわると、宇能は隣室の世祢を起こしてきた。 何事かと現われた世祢は、振り仰いでてれたように笑った喜三郎に声をあげ、立ちすくんだ。血の気を引いた世祢の顔は笑おうとしてひきつり、たちまちその目が涙でいっぱいになっていく。何のいたずらか。それにしても三十余年前の夢のように過ぎた昔を、一時に目前に見るおもいであった。 母の驚きは、喜三郎の胸をも激しく打っていた。喜三郎は、確かめずにはいられない。「母さん、わし似とるか。そんなに……父さんと……」 世祢は膝をつき、顔をおおった。「ちょうど年の頃が似合うてきたさけ……。うちは忘れてしもうたつもりやったけど、今になって、そんな風しておどかすやなんて……」 弱々しくすすり泣く世祢に、宇能がさとすように言った。「喜三郎は、仮に上田家に産まれた子や。喜三は孫であって孫ならぬ、仮の縁やと思うてます。お前は母親の愚痴で喜三郎にすがっていきたいやろけど、今日限りその心を捨てるのや。喜三は成人して、もうわたしらの手には届かぬ所へ飛び立っていく。神さまに喜三をあずけて、その門出を喜んで祝うてやっておくれ……」「母さん、すんまヘん……いまから神さまの御用で綾部に行きます。おばあさんには、わし、何にも言うてへんのやけど……おばあさんの言うたはる通りや。もう帰ってこれんかも知れん。由松らによろしゅう言うて……」 ぎこちなく頭を下げて、喜三郎は表に出た。背戸の椋や榧の樹々が黒々と枝を張り、夜空にざわめいていた。宇能が喜三郎の袖を引く。「お前の鉄漿をみれば、人は嗤うやろう。それでよいのやで。変化てゆきなはれや」 その声を深いところで喜三郎は受けとめていた。打裂羽織の裾をひるがえし、踊るように遠ざかる影は、すぐ闇にとけて見えなくなった。
 園部・穴太の四里の道を一夜のうちに往復、夜明け前には黒田の瑞穂道会に帰っていた。 手早く綾部行きの支度をし、駿河の長沢雄楯にあることを依頼する電報を打つ。その足で扇屋に四方平蔵を迎えに行き、瑞穂道会に案内する。 この日は半夏生、田植え上がりを祝って村中で飲み食いし、騒ぎまわる日だ。喜三郎は奥村宅に招待され、平蔵と共にとろろ汁を御馳走になる。昨日から一睡もしていないので、さすがに眠い。黒田に戻ったわずかな時間を一眠り。午後は役員と留守中の打合せ。 七月二日午後五時、喜三郎と平蔵は黒田を出発する。観音峠の急坂を昇りきり、頂上から見渡せば、園部の城下町が眼下に横たわる。眼慣れた天神山や小向山がコバルト色に映え、家々の甍が西陽に輝く。平蔵にこの夕景を見せてやりたくても、しょぼしょぼと眼をしばたくだけで、ほとんど見えてはいまい。 観音峠を西に下って四里、とっぷりと暮れた桧山町の樽屋旅館に宿泊する。信仰談に時のたつのも忘れるうち、夜半頃に豪雨となる。「困りましたなあ。この雨では明日の朝発つのは無理かも知れまへんなあ」と四方平蔵が心配する。「なあに、明朝九時きっかりに雨はやむ」 喜三郎が事もなげに言えば、平蔵は疑わしげに首を傾げる。 平蔵の祝詞の声で夢を破られた。外はまだ土砂ぶりの雨。夜明けを告げる鶏の声。平蔵は白みはじめたばかりの窓に額をすりつけて雨足を眺め、うらめしげに呟く。「やっぱり朝発ちはあかんやろなあ」「疑い深い人や。九時には間違いなく晴れるさけ、さあ、それまで寝たり寝たり」 柱時計が九時を打ち始め、打ち終わる。雨空をにらんでいた平蔵が外にとび出し、両手を広げて頓狂な声で叫ぶ。「あらやあ、やんじもたでよ。なしたこっちゃろ、一分と違わんでよ」 保井谷、三の宮を過ぎ、榎峠の急坂にかかる。雨上がりの涼しさはつかのまで、やけにむし暑い日だ。頂上の芝生で一服する。綾部にとびこむ限り、まず実直そのもののこの男を味方にする必要がある。その不自由な眼に肉眼を越えた天眼を開いてやりたい。 喜三郎は芝生に座して、透視した鷹栖の四方家の状をくわしく語る。平蔵は驚いて坐り直し、「先生は生神さまでござる」と合掌する。 枯木峠で休んだ時には、平蔵は喜三郎の指導のまま、上田家の生家の模様を見事に透視した。平蔵は涙を流して喜び勇む。 大原村(現三和町)の大原神社わきの「あたらし屋」で昼食。台頭の山を越え質山峠を下る途中、妙見堂の茶店で休む。この前も老僧が茶を運んでくれたが、今度も同じだ。「どこへ行ってんですい」と老僧が耳に手をあて返事を訊くかまえを見せて問う。喜三郎が出口直の名を告げた。顔の前で手をひらひらさせながら、老僧は言った。「やめときなはれ、あれは気違い婆さんじゃでよう。あんな者に迷信したらあきまヘん。悪いこと言わん、この妙見はんの方がよっぽど御利益がありますわな」 茶碗を倒して立ち上がった平蔵の顔はまっ赤。手をぶるぶる震わせ、極度の昂奮状態でわめいた。「な、な、なんちゅうこと……くそ坊主、たこ坊主、乞食坊主、味噌すり坊主、賽銭泥棒、お直はんは生神さまやでよ、それをこの罰あたりが……」 その剣幕に恐れをなし、老僧は口をあふあふさせたまま。喜三郎はあわてて茶代を置き、平蔵を連れ出した。 平蔵は細い山道を喜三郎に引っぱられながら、まだぶつぶつ言っている。直を取巻く連中の中でも比較的常識のありそうな平蔵すらがこの調子だから、今後の事が思いやられる。 山麓から眺める綾部の里はみずみずしくまぶしい。まだ青い稲田の間を和知川の清流が縫い、味方富士が水に影を落とし、彼方に綾部大橋が虹の如くにえんえんとかかる。川のあちこちで太公望が糸をたれ、子供たちが泳ぐ。向う岸のこんもりした森は、笠原神社の境内だ。「わしにはよう見えんけど、並松の川のほとりにずれっと松が並んでまっしゃろ。そのあたりの川のことを、特に小雲川ちゅうんですわな」と平蔵が説明した。 こののどかな風景の中で、平蔵から聞いたようなおどろおどろしい人間関係が渦巻いていようなど、信じられぬ思いだ。神のいう地の高天原で何が待つのか。喜三郎は敵地に乗り込む思いで、大きく息を吸いこんだ。 谷間の狭い急坂を下り、老松が天を封じて立つ熊野新宮神社まで来た。その茶店に喜三郎を待たせ、平蔵は偵察のために一人で裏町の梅原伊助の倉に行く。神社に参拝をすませて待つほどもなく、平蔵が息せききって帰ってきて、「都合はよろしで。誰も来とってないですわ。お直はんが喜んで待っとってじゃ」と手をひく。 喜三郎が再び伊助の倉の前に立ったのは、明治三十二年七月三日午後三時である。迎えてくれる直のほほえみを見て、探し求めていた心の故郷にようやくたどりついた思いがする。平蔵の出してくれたすすぎで足を洗い、部屋で汗をぬぐうと、直が冷たい砂糖水を作って運んでくる。舌がとろけ、胃の腑にしみるほどうまかった。
 七月三日夕、大原での茶よりの出稼ぎを終え、一月ぶりに帰途を急ぐ出口澄であった。質山峠を越えた時、茜色の夕焼け空をかすめて、ゆったりと烏の群れが舞い下りてきた。麓の松林の奥のあたりにねぐらがあるのだろう。ひとしきりさび割れたのどで鳴き交うている。並松の和知川べりを抜け、熊野神社の手前から桑畑に沿った道に折れ曲がる。 澄と母直の住む裏町の伊助の古い倉は、その頃改造ができて、表戸の脇に明りとりの障子をはめ、粗末な庇と縁をつけている。その縁に、見知らぬ若い男が寝そベって、片頬杖をつき、暮れ残る空を仰いでいた。澄が近づくのも気づかぬのか、男の眼は依然として空の一角から動かない。 土間に入る。直がくどに火をおこしていた。「母さん、あの人誰じゃいな」 久しぶりの帰宅の挨拶もぬいて、澄が問いかけた。「お帰り、お澄や……」 直は娘の袖をひき、いかにも嬉しげに小声で告げた。「神さまが用意してなさった大切なお方やで。上田喜三郎いうて、まだ若いけれど霊学の先生やげな。平蔵さんがわざわざ園部まで迎えに行きなはって、今しがた着かれたとこやでよ」「ほんなら、神さんが言うとっちゃった母さんの力になるお方って、あの人やろか」 澄は神前の間に上がった。 喜三郎がやっと身を起こす。倉の中はうす闇がたまっていて、縁先から振りむいた顔は陰になった。「うち、ここの娘のお澄です。よろしゅう」 ぺこんと頭を下げ、行燈に灯を入れる。「ほう、この前来た時は、お龍はんいう娘さんに会うたけど……」「うち、八番目の末女です。お龍はんはうちのすぐ上の姉さんや。田植え前まで、うち、月見町の花月に奉公してましたんやで」「なんで辞めたんや」「早う神さまの御用の見習いせんとお仕組みがおくれる言うて、母さんが迎えにござったさかい。けど、御用いうても朝夕の御神前のお給仕ぐらいで、退屈でかなんこっちゃない。今はあちこちのお茶よりの手伝いに出とりますんじゃな」 屈託なくしゃべりながら、澄は、行燈の灯を受けた喜三郎の面に奇異の目をみはっていた。さっきから、どこかで一度見たような、と思えて仕方がなかった。「あ、なんや……」 澄がくすんと笑った。「なんやって、何じゃい」 間のびした口調で、喜三郎が聞いた。 母に内緒で澄は馬場の常小屋へ芝居を見に行ったことがあった。その時の「安達ケ原」の登場人物、白くぬった顔にお歯黒をつけた播磨役者演ずる安倍貞任の公卿姿に生き写しと気がついた。だがそのことは言わず、「先生、男のくせして、何でお歯黒なんかつけとってんですいな」「これか。わしは男前やさけのう、わしの行くところ、女たちがついてきて放しよらんのや。神さまの御用せんならん身にそれが困る。しゃあないさけ、女難除けにつけとんにゃ」 喜三郎は真顔で答え、にっと黒光りする歯をむき出して見せた。「わ、きしょく悪い」 澄は土間にとんで逃げた。「母さん、おかしな人やなあ。阿呆みたい……」 直は目を笑ませて、「そうかい」と言っただけだった。 初対面と互いに思いこんでいた。が、澄がこの時、喜三郎の鉄漿に眩惑されていなければ、貞任の仮面の下に別の人を見たかも知れぬ。七年前の王子での雪どけの小溝……その中に入って落とした一銭玉を共に捜してくれた、心やさしい荷車引きの若者を。 喜三郎もまた、赤くそそけた髪、抱き上げた時のあまりの軽さに胸つまったあの時の小さな貧しい少女を、澄の中に見出し得なかった。花月での町家暮らしの一年半が澄を変え、その天禀に磨きをかけていたのだ。 厳冬をしのいで香る白梅のすがしさを、喜三郎は十七歳の澄に感じとっていた。そしてまた、森田民の言った「おすみさん」の名にこだわる。
 その夜、四方平蔵の注進を受けて、伊助の倉にはひそかに人が集まってきた。御本人の喜三郎は、高鼾をかいて寝込んでいた。 平蔵は知らなかったが、一昨夜(七月一日)、喜三郎は一睡もせず、往復八里の夜道をかけて郷里穴太に帰り、産土神社の神勅を乞うて、明け方までに園部へ引き返していた。翌二日もほんの一時眠っただけで、夜道をかけて綾部へ向った。途中で泊まった桧山の旅館樽屋でも、寝入った時間は短かかった。 平蔵は集まった七、八人を前に、熱情をこめて喜三郎との道中を語っていた。「半夏生のご馳走によばれたんはええが、出てくる話は阿呆げたおどけ話ばっかりやな。この分なら今日も出立はでけまいなあと思った時や。『夏は夜道が涼してええわい、往ってくるで。綾部のお人、その鞄もって来てくれ』言うなり、ぽいと先生、縁側からとび下りて、草履つっかけ、すたすた歩き出しちゃった。あわてた、あわてた……」「そらそやろ。何せ平蔵はんなら夜盲、鳥目やさかい」と、四方与平が合の手を入れる。「襦袢一枚にぱっちのまんま、着物ひっからげて先生のドでかい鞄もって、とちめんぼうふって(泡をくって)、後おいかけたんじゃな。船坂峠でもうヘい暗うなりかけて、須知ではすっかり闇や。菰野から先生に手引いてもろうて、やっとこせ桧山で宿をとった。樽屋という旅篭に草鞋ぬいどったら、えんばとひどい大雨ですわな」「そうや。昨夜は綾部でもざざ降りじゃった。雷が鳴って、どーらいことやったで」と黒田清が言うと、一同は、うなずき合った。「わしは何やら、気が勇んで勇んで寝られんわな。朝の四時頃には、綾部の方むいて大声で祝詞を上げたもんやさかい、隣で寝とっちゃった上田先生まで起こしてしもた。まだ雨がぶちゃけたように降り続けや。『この分では今日のうちに綾部に着けまへんなあ』言うと、『大丈夫、着けるでい。雨は九時きっかりに晴れるさけ、出立はそれからや』と言いさんす」「やっぱり気いつけな。あの先生、山子はっちゃったんやで」 四方純が考え深げに言った。「わしかてそう思たでよ。なに当たろうやいと、腹ん中でわろとったんじゃな。ところがあんたら、びっくりしたらあかんでよ。一眠りしてからまた起き出して霊学の話など聞いとると、帳場の方からボーンボーンと時計が鳴る。数えて九つ。九時やと障子を開けたら、ぱっとあたりが明るうなり、日が照ってくるわな。軒からはまだぽたぽた滴が垂っとるが、あの大雨がぴたっとやんだのや」「世の中には、そんな偶然かてあるわいな」 四方純が吐き捨てるように言った。「まあ最後まで聞きなはれ。九時過ぎに宿を発って、榎峠で一服した時や、またけったいなことを言うてんですわな。『あんたの家は、町屋かと思たら、どてらい山家やのう。家の裏手に綺麗な水が湧いた溜池があるのう。家の前には、枝ぶりのおもろい松の木がある。右前方に街道に沿うて倉か……小屋みたいなのがある。あ、ちょっとした店や、六十ばかりの婆さんが店番してはる』……ほんまにびっくりしたでよ」「なしてまた……ぴったりやなあ。けったくその悪い。狐でも使うとるんじゃろかいやあ」と、与平が声を低めて言った。「それがあんたはん、霊学の一部、天眼通を使うて見たと言うてんやで。その次に枯木峠で一服したわな。わしは心配でしょうがないさけ、思いきって忠告したんや。『霊学かなんか知らんが、綾部でさっきみたいなことしちゃったら、さっぱり狐使いにされて、ぽい帰されてしまうさかい、その魔法だけはやめとくれなはれ』ちゅうて。そしたらあんた、『誰でも真心にさえなれば、天眼通ぐらいすぐ開けるのや』と先生が言うてんばい。『わしみたいな素人でも』と訊ねたら『まあ、そこに坐って目をふさぎ、両手を組んでみな』とこうや」 平蔵は言葉を切って瞑目し、教えられた形に手を組んでみせた。「さあこれから天眼通を授ける。わしが『見い』ちゅうたら、何かの姿がうつるさけなと、先生が言うてんや。そんな阿呆げたと思うとるうち、なんや体が熱うなってきて、組んだ両手がぴりぴり震えてくる。息がはずんできて、瞼の裏が明るうなってくる。『それ、見い』ちゅう先生の声がかかると、にわかにぼんやり物の形がうつってくるやないかい」「だまされたらあかんで。しゃっちもない。目をつぶったつもりで、ほんまはほやっと薄目あけて見ちゃったんやろいな」 四方純が腹立たしげにさえぎる。 かまわずに、平蔵は話し続けた。「小さい古い藁葺きの家が一軒、だんだんはっきり大きゅう見えてくる。前横の方にもう一つ汚ない小屋があって、きれいな水の湧く池も見える。わしが歩いて見てまわっとるように、ずれっと裏手の榧や椋の大木まで見えてくる。細い綺麗な川が道の下を流れとった……そのまま口に出したら、それがあんた、上田先生の生まれた穴太の家やげな。桧山から穴太まで七、八里はあるはずや。それをこのわしが眼ぇつむったなりで見た。たった一度で天眼通を開けさしてもろたんじゃでよ」「……」 四方平蔵が嘘を言うような男かどうか、座にいる一同はよく知っている。平蔵は鼻をうごめかして、「雨がやんだぐらいなら、偶然に山子があたったと思うやろ。わしの家を透視しちゃったんかて、前から知っとっちゃったと疑えんこともござへん。けどわしまで天眼通が開けたんやでよ。驚いたのなんの……こんな霊力のある先生なら、三千世界一度に見え透くとおっしゃる神さまの御用は、十分勤まるというもんじゃでよ。それに大勢の役員はんの反対押しきってまで、わしに上田先生を迎えにやらしちゃったお直はんも、神さまに違いござヘん」 にこやかに聞いている直と大鼾の喜三郎を、人々は交互に見較べた。「電報や雷報や。お直はんとこに上田喜三郎いう人おってかい」 けたたましい声が表で上がった。「はーい」 澄が立っていった。ぎょっと顔を見合わせながら、平蔵たちは黙りこんだ。電報がくるなど、この時代の人にとってはよほどの変事であって、どうしても不吉なことを連想し勝ちだ。 鼾が止み、むっくりと喜三郎が起き上がった。「やあ、きたか、きたか。駿河の月見里神社の長沢総理からじゃ。待っとったんや」 大あくびに続いて、猫のようなのびをした。澄から手渡された電報用紙をひろげ、喜三郎はゆっくりと読み上げた。「ええと……『キキトドケタ、アトヨリジレイオクル』……、さあて、手続きはこれで済んだ。昨日園部を発つ前に電報打っといたその返電や。手紙でくわしゅう前から知らしとったさけのう。明日にもお直さんと平蔵はんに正式の辞令が届きまっしゃろ。これからは堂々と艮の金神さまを表に出して、人を寄せてもええで。警察の干渉はいっさいわしが引き受けたる。信仰は自由や」 力強い喜三郎の言葉に、人々はどよめきたった。「いよいよ時節が来たでよ。艮の金神さまが世にお出ましになる時が……」「平蔵はん、なした結構なお神徳をいただいちゃったんじゃいな。ほんまによい先生を迎えてきてくれちゃって」 電報は手から手へ一巡した。読めぬ者も涙ぐみ、押しいただいた。 平蔵の使者の御用に対して、間もなく筆先がおりている。 ――鷹栖の四方平蔵どの、四十一歳のおり、旧五月二十四日にお迎えにまいりたが、万劫末代名の残るまことに結構なお世話をいたしてくださりたぞよ。これからは艮の金神が表になりて、三千世界の守護いたして、新つの世にいたすぞよ。表になりたなれば、どんな力も出る神であるぞよ。平蔵どのお手柄。旧六月十八日(七月二十五日)
 喜三郎の来綾は停滞しきった金光教会内部に激しい一石を投じ、波紋はたちまち広がった。 翌早朝、足立正信が血相かえて伊助の倉へ乗りこみ、直に詰め寄る。「お直さん、わしを出し抜いて、なしたことしてくれちゃった。時節を待ちなはいと、あれほど言うたやおヘんか」 直は微笑をふくみつつ、静かになだめる。「わたしが呼んだのではございまへん、神さまが呼ばせなさったのです。今日から上田先生と一緒になって、神さまのお道を広めますさかい……」「そういうと何ですかいな、今までさんざ世話になった金光教を離れて、こんな素性も知らぬ男を信じなはるのかい」「わたしは神さまの言いなさることだけ信じます。艮の金神さまは金光さまの下になる神ではござへん。足立さんが神さまの言いなさることをきけんなら、もう一緒にやっていくことはできまへん」 毅然として直ははねつける。切迫した二人のやり取りを、喜三郎は縁側に腰かけ、空を眺めながら他人事のように聞いた。 午後、四方平蔵が憤然とした足どりで現われた。彼の報告によると、倉から戻った足立は、さっそく東四辻の金光教会に役員や有力信者を集め、いま喜三郎排斥のための協議中である。集まる者は四方源之助・四方与平・四方伊佐衛門・西岡弥吉・西村文右衛門、西村庄太郎・村上清吉・中村竹吉ら十数人。席上、平蔵は、ひそかに喜三郎を迎えた張本人として、足立ら金光教側から激しく糾弾された。私情ではなく神の御意志のまま動いたと主張しても、足立は口ぎたなくののしるばかり。耐えきれずに、平蔵は席をけって出てきたという。 東四辻に集まった役員たちは、平蔵を追うようにして、次々と伊助の倉に流れてきた。彼らは、直の翻意をうながし喜三郎の退綾を迫る目的で来ながら、直の一言で崩れていった。「皆さまはもともと金光教のお世話方ですさかい、どうぞ足立さんについて金光教を広めなされ。わたしは、たとえ一人でも艮の金神さまのお道を立てますさかい……」 即座に、平蔵が手をつかえて言った。「わしはお直はんと上田先生についていきます」「わしも、金光教やめますばい。艮の金神さんを信仰させておくれなはれ。上田先生、頼んますわな」と四方与平が続く。「わしも……」「わしも入れとくなはれ」 誰もが遅れじとそれに習った。 喜三郎はただちに彼らと諮り、艮の金神の金の字をとり、日の大神、月の大神の日月を横に合わせた金明会の名のもとに結社した。出口直を教祖と仰ぎ、喜三郎を会長に、少人数ながら艮の金神を表に立てた一教団としての、新たな出発であった。 当初の世話役は十七人であったが、伊助の倉では狭くて、その集会さえ困難であった。早くも七月五日には本町の中村竹吉の家を借りて広前とし、伊助の倉から移転する。直と澄は広前に起居し、喜三郎は向い側の西村庄兵衛の家の離れを借りた。 七月十日に遷座祭を執行することを決め、提灯屋に祭典用の高張提灯を注文した。ところが届けられた提灯の神紋が、指定の九曜と違い十曜になっている。役員が当惑して伺うと、直は微笑して答えた。「心配することはございまヘん。これは御都合のことで、先生が綾部に来なさった故、神さまが神紋を改めなさったのでしょう」 そしてさっそく筆先が出る。 ――上田喜三郎どの、大もうなお世話ようできたぞよ。そなたが綾部へまいりたのは、神の仕組がいたしてあること。九曜の紋を一つふやしたのは都合のあることざぞよ。今は言われぬ。このこと成就いたしたら、お礼に結構いたさすぞよ。この人が誠の世話をいたして下さるのざぞよ。 この時から大本の神紋は十曜の紋と定まり、のちに裏紋はと定められた。
 七月十日、遷座祭のあと、喜三郎は霊学について平易に語った。覚えたばかりの天眼通をふり回し、神占や病気平癒祈願に熱中する四方平蔵は、得意の絶頂であった。評判は高まり、広前に参拝する者、引きも切らぬ。 それに反して、金光教東四辻の広前は、まったく参拝者が絶える羽目となった。足立は旧信者たちの家々を訪問し、その心をとりもどそうと必死になるが、足立側に立つ者はわずかに愛人の四方純、本宮村の塩見じゅん(四十八歳)、それに中村竹吉の三人。 中村竹吉は金明会にわが家を貸しておきながら足立に加担して、ぶちこわしにあせっていた。難病を助けてもらってから、誰よりもひとしお熱烈に直を信奉し、伊助の倉に通いつめた中村が何故と、不審がる人々も多い。が、彼は女房もちのくせして、直の末娘澄にひそかな思慕を寄せていたのだ。 いきおい、自分より優れた若者を澄のそばにはおきたくない。猛然とライバル意識が彼をかりたてていた。筆先の予言のままに現われて、たちまちに直をはじめ信者たちの心をつかんだ男。同年のくせに美男で、頭脳明晰、しかも得体の知れぬ霊力をもつ喜三郎への、本能的な警戒でもあった。 しかし足立や中村が悪意の宣伝につとめればつとめるほど、金光教の広前はさびれ果て、その日の湖口にも窮していった。直は老母と二人の子供を抱えた足立の生活を思いやり、澄を使いに、そっと金品を届けさせるのだった。 いかに誇り高き布教師であれ、まず食うことが先決だ。足立は孤立した身を屈して、降伏を申し出てきた。金明会では役員会を開いて、足立の加入を認めるべきか否かの対策を協議した。 足立正信の人格には疑問がある。彼が豹変し尾を振ってきたのは、金明会に心服したためではなく、一時の生活の方便であり、いずれは上田会長を放り出して金明会をくつがえす野心であることは明白だ。将来のためにもこの機会に足立と絶縁し、禍根を絶つことこそ上分別だ――協議は一致して、その方向にまとまりかけていた。 今まで無言でいた喜三郎が突如として口をはさんだ。「今日は人の身、明日はわが身ということがある。今まで導きを受けてきた足立はん親子を、わしのために路頭に迷わすようなことではすまん。わしはやはり園部へ帰りますさけ、足立はんと仲良う神さまの御用をしとくれやす」 役員信者の人情の浮薄さが悲しかったのだ。彼らは意外な会長の発言に狼狽して、再び協議の結果、足立の処遇を喜三郎に一任した。来るものは拒まぬ主義の喜三郎は、あっさりと足立を金明会の会統に、四方平蔵を会監に任命した。中村竹吉・四方純・塩見じゅんもやむを得ず、喜三郎会長の下に従う。 足立はとまどい、喜三郎の心情を計りかねていた。が、昨日までの敵に腹蔵なく会則の原案を相談し、役員選挙の意見まで求めてくる喜三郎に、足立のささくれ立った神経も次第にとけてくる。足立親子の立場を案じ胸を痛めていた直は、若い喜三郎の度量の広さに、ほっと安堵した。 金光教の世話方の四方源之助、四方藤太郎、西村文右衛門、村上清次郎も新たに金明会に加わってきた。
 筆先は、喜三郎をめぐって次々と現われてきた。 ――上田喜三郎どの、よう大もうな御用をしてくださりたぞよ。そなたが綾部ヘまいりたのは、神の仕組がいたしてあること、なにごとがでけるのも、みな天であらためがいたしてあることであるぞよ。出口・上田と二人に世のあらためをいたさすぞよ。艮の金神、よろずの天使が、出口・上田に懸りてまいるぞよ。(旧六月) 続いて重大な教主の世継について、顧慮するいとまもなしの神定が天降った。 ――お世継は、末子のお澄どのであるぞよ。因縁ありて上田喜三郎どのは、大もうな御用いたさすぞよ。さる代わりには、御大将にいたすぞよ。このおん方を直の力にいたすぞよ。このおん方ありたならば、直が大丈夫であるぞよ。このことは艮の金神が仕組いたしてあるのざぞよ。(旧六月十日) ――これからは、出口直に取次はもうさせんから、上田どのに御用きかして、さきでお世継といたすぞよ。取次は多数いるぞよ。(旧六月二十三日) 澄は、信者たちの眼が姉龍をこえて自分に集中するのを意識した。原因は澄を世継にするという筆先にあるらしい。迷惑であった。筆先などのぞいてみようとも思わないし、思ってみたところで小学校にも行ったことのない澄に、字が読めるわけはなかった。 けれども、無学な母がぴたりと机に向って自分でも読めぬ文字を烈しく書きつらねていくさまを、幼い頃から日常のうちに見てきたのだ。筆先を絶対と信ずる母を、また澄も誰よりも信じ、敬慕している。母と神は一体化し、すでに切り離せぬ現実であった。 そのことは、澄にとって格別ありがたくはなかった。ましてや世継として、神の意のままに自分まで母のように厳しい生き方を強いられるのは困る。十七歳の娘として、澄は澄なりに夢をみたかった。 ――うちみたいな権太に母さんの真似でけへん。お龍姉さんがなっちゃったらよいんや。お龍姉さんは、おとなしゅうてやさしい。信仰かて熱心やし、艮の金神さまや母さんの言うてんことなら、何でも聞いてや。筆先書く紙かて、裏薮の竹の皮拾い集めて売った銭で買うて、母さんにあげとってんぐらいやもの。 直の八人の子のうち、長女米は北西町の大槻家、次女琴は王子の栗山家、三女久は八木の福島家へそれぞれ嫁ぎ、次男清吉は台湾で戦死、三男伝吉は大槻家の養子となった。出口家の跡を継ぐべき長男竹蔵は十四年も昔に家出したまま、その生死すら不明であった。順序からいえば、確かに世継は、二十歳になった四女龍であるのが自然なのだ。 信者の一人が、澄をからかった。「お世継はお澄はんじゃげなが、霊学の先生にも『先でお世継にするぞよ』という筆先が出たげなでよ。それならいっそのこと、その霊学の先生と結婚しちゃったらよいのに……」 また……澄は眉をしかめた。先へ先へと、思ってもいない自分の未来を勝手に想像する役員信者たち、また有無をいわせぬ筆先も恨めしかった。 澄は喜三郎を嫌いではなかった。が、好きとも言えぬ。澄の理想の男性像からは、喜三郎はあまりにも遠かった。 澄とても、もの思う年頃になっていた。陰に陽に澄に言い寄る男たちが、信者の中にも少なくはない。が、澄の心を動かしたのは、花月にいた頃の客の一人で、北海道から土産を買ってきてやろうと言ってくれた、若い旅の行商人であった。微妙にゆれさわぐ女心を初めて澄は知った。旅人を待つうちに母の迎えで花月をやめねばならなくなった時、きりっと胸が痛んだ。初恋というにはあまりにも淡い、ただそれだけの思い出なのだが、甘く悲しく澄の心に残っている。 今になって思うのだが、澄があの旅人の姿かたちにみたものは、清吉兄の面影ではなかったろうか。日焼けした浅黒い肌にまっ白い歯、旅で鍛えた細いが精悍な体つき、男らしいさっぱりしたもの言いなど、少女の澄の印象に焼きついた兄そのままではなかったか。近衛兵として出征したと聞くだけで、別れも言わずに消えてしまった清吉兄こそ、澄の中に住む男の理想像にちがいなかった。 ずっと昔、幼い澄を背負った清吉兄は、六、七人の悪童連相手に派手に喧嘩し、裏町の柿の木に澄もろとも縛りつけられた。「あやまらな、ほどいたらんぞ」とすごむ悪童連に、兄は縛られたなり胸をはって、「なにあやまろうやい」と力んでいた。澄も一緒になって、夕闇迫る中を泣きもせずに睨みつけた。背中の小さい妹が気になって思うさま暴れもせずに縛られた口惜しさが、兄の背を通して、澄の血の中にもひびいていた。 無類に腕白でいて、やさしかった。茶目で明るくて、さっぱりしていて……無意識のうちに澄は清吉兄と喜三郎を較べていたのだ。 澄の眼にうつる喜三郎は、あまりにも変わっていた。生っ白い肌にまっ黒く染めた歯、でれんとした着こなし、何を考えているのやらさっぱり分からぬにぶい表情。 顔を洗うことが好きでないらしいのは、伊助の倉にいる頃から気がついていた。朝、洗面器に水を汲んでやると、お義理で洗いますと言わんばかりに、水をつけた片手でつるんと鼻の先を撫でる。あとは濡れた部分を朝日で乾かす気か、ぼうっと空を向いて立っている。 喜三郎は、他の人の眼にも変わって見えるらしく、友達が遊びに来て言う。「お澄はん、あの先生、えらい変わった人じゃなあ。どこの人や」「穴太の方から来ちゃったんや。見とんなよ、もうじき天のぞくでよ」 言うてる先から喜三郎は、お歯黒の口をぽかんとあけて、空を見上げる。二人はこらえきれずにふき出して逃げていく。 朝拝の先達の直の背後に、喜三郎と澄が並んで神言を奏上する。前半の「……天津祝詞の太祝詞言を宣れ。かく宣らば……」と唱える所で一同が頭を下げ、再び後半の祝詞「天津神は天の磐戸を推披きて……」に続く。 が、横の喜三郎は、伏したなりだ。祝詞に代わって、大きな鼾が聞こえてくる。直と澄の長い祈念が終って四拍手の音にようやく身を起こし、「ほい、もうすんだのかいな」と、けろんとしている。それが毎朝――。 神さまのこととなると峻烈なまでに厳格な直が、何故か黙っている。 澄は、腹が立って詰問した。喜三郎はすまして答える。「へえ、わし寝とったけ。ちっとも気がつかなんだ。神言あげてるとあまり気持ちがええさけ、きっと魂が天国へ昇っとるのやろ」 長い礼拝時を利用して少しでも睡眠をとる気らしいと、澄は思った。澄にしてからが、母の念入りな礼拝から一刻も早く解放されたいと足のしびれをもて余しているくらいだから、喜三郎の不謹慎な態度ばかりを責められぬ。それにしても、日夜水垢離して潔められた上にも潔めて神に向う母とは、なんとした違いであろう。 ――こんな横着い人がほんまに神さまの用意しちゃった人かいな。 そう思えば、心細くなってくる。 花月をやめてから、新町の友スモさんとひそかに話し合っていたのだけれど、いっそ母に黙って京か大阪ヘでもとび出して行きたかった。恋しいとも思えぬ夫に従ってしんきくさい神に一生仕えるよりは、人並みに華やかな都会に働いて、自分の運命をわが手で開いてみたい憧れにとらわれていた。 そんなある時、街で向こうから来る喜三郎を見かけた。かんかん照りに高下駄をはき、黒い蝙蝠傘を頭すれすれにさして、一軒一軒表札をのぞきこんで歩いてくる。夏というのに古くさい打裂羽織を着て、帯を胸高くしめ、ほどけた羽織の紐をぶらんと長く垂らしたままだ。 ――何をしとるんじゃろ。この人やっぱし阿呆かしらん。きっと、うちのいるのも気がつかヘんやろ。 黙って通り過ぎようとすると、もったりした声で呼びかけられた。「ああ、お澄はんですかあ。どこへ行きなはるう」 澄は身がすくんだ。返事を待つ気もないのか、喜三郎は行き過ぎてしまったけれど、どこヘ行くかと問われて、とっさに答えられなかったのだ。今が今、澄は家出の夢をみていたのだから。「変わってはいるが、霊学についてはたいしたものや」と皆が喜三郎の噂をしていた。目をつぶると百里先は見え透くという。 ――あかん。こっそり抜け出しても、すぐ見つかってしまうやろ。 あきらめることにした。あきらめて見直すと、好きとはいえぬまでも、穏やかな、どことなしに温い感じの人やと、澄は思うのだっだ。

表題:上谷修行場 6巻3章上谷修行場



 福島寅之助は、金光教八木支部長の船井郡刑部村(現八木町字刑部)の土田雄弘(三十歳)を綾部まで案内しながら、複雑な心境であった。足立正信変節の噂に、土田は上級教会である京都島原教会長・杉田政治郎と協議の上、足立説得の使命を帯びて来たのだ。 金光教によって産後の妻久の狂乱を治されて以来、熱心な信者となった寅之助は、自分たち夫婦が介在して上田喜三郎を綾部へやったばかりに、義母直を擁して金光教に弓を引く結果となったことを憂えていた。 東から来る人が筆先通りに直にかかる艮の金神を世に出すのは、長年にわたる寅之助夫妻の念願であった。しかしそれが信ずる金光教を根こそぎくつがえすことになろうなど、思っても見なかったのだ。誠実で正直一途の寅之助は困惑した。ともあれ、信者の立場から、金光教会を立て直すべく土田と同行した。 東四辻の金光教会は障子が開け放たれ、恰幅の良い足立が、文机に向かって熱心に読書していた。これまで見たこともない真剣な姿であった。 土田が声をかけた。「足立はん、なに読んどるのや」 足立は顔を上げて訪問者を見た。訪問の意図はすぐ察したろうに、動ぜぬ目の色であった。机上に直の直筆の筆先が置かれているのを見て、寅之助は胸が熱くなった。ここにも筆先を読み解こうとする人がいる。 広前で三人は鼎座になった。土田雄弘は磊落げにあぐらをかく。「金光教を辞めて、全員が金明会たらいう怪しげな宗教に寝返ったそうやんか。綾部の広前を預かる大事な責任者が情けない、何ちゅうこっちゃいな。杉田先生がごっつう怒っとっちゃったで。わしとしてもだまってはおれんさけ、ともかく様子を見にきたんじゃ。せっかく今まで金光教で苦労しながら、この場に及んで敵に兜を脱ぐなんて、足立さん、どうかしとってやないかい」「この頃、改めてお直さんの筆先を拝読しておる。三十年頃の筆先には『金光教は元金神であるぞよ。手を引き合うて行かねばならぬ広間であるぞよ』と出とるのや。しかしわしらは、お直さんの霊力を利用するばかりで、艮の金神を表に出そうという気はさらさらなかった。艮の金神が何者かを理解しようとさえせんかった。だから福知山の青木さんや前任の奥村さん、そしてわしに対しても、厳しい戒飭の筆先がしばしば出とる。おもろないさけ反発するばかりで、わしらは筆先なぞ、てんから軽蔑しとったんや」「あたり前やないか。わしらは金光教の信者であってお直はんの信者やない。なに寝ぼけたこと言うたはる」と土田が語調を強める。「まあ聞いてくれ。近頃の筆先には『金光殿の教えは結構なれど、布教師が慢心いたして、金光殿の教え守りておる者はないゆえ、金光殿は気の毒ざ』とある。『天理・金光・黒住・妙霊、皆この大望があるゆえに神から先に出したのであれども、後の布教師は神の心がわからんからみな教会に致してしもうて、神の思惑は一つも立たず、口糊の種に神を致して……』というお叱りさえ出とる。実際、どの教団にしても、立教当時の感激も情熱もなく、布教師たちは神を松魚節にして安逸な生活をむさぼっとるのが実情やないか。わしはもう、金光教には教祖の御精神は生きとらんと思う」 金明会の趣旨とその教えの深遠霊妙さを説き、出口直と上田喜三郎の人柄について率直に足立は語った。 寅之助はつねづね足立の人柄に信頼できぬ感を抱いていたが、彼の告白はどうやら本物らしいと思った。傲岸な足立を旬日にして変えさせた上田喜三郎は、やはり直の力になる選ばれた人であろうか。「わしが言うても分からんやろ。ともかく土田さんも福島さんも、せっかくここまで来てくれはったんや。いっぺんじかに上田先生にぶつかってみないな。それから改めて、あんたらの忠告を聞かしてもらおやないか」 足立は誠意を面に現わしてすすめた。 三人は、金明会の神前の次の間で、上田喜三郎と対面した。喜三郎は虚心に迎え、問われるままに霊界の消息や幽斎の方法などについて語った。金光教では聞いたこともない話ばかりで、寅之助には新鮮な驚きであった。 話半ばに駕篭がかつぎこまれ、つきそいに助けられて病人が下りる。十数年間胃腸病に悩む大原の人。喜三郎は神前に祈願をこめ、病人に向って、「悪神、立ち去れ」 ただ一喝した。と、たちまち鉛色した病人の顔色が明るみ、「何年ぶりかで爽快な気分や」と、つきそい人たちの危惧をよそに歩いて帰った。 続いてまた駕篭が着き、少年が抱きかかえられてきた。天田郡川合村字台頭の片山卯之助の長男長右衛門(十五歳)で、急に足腰立たぬ病魔に冒されたという。彼もまた、喜三郎の祈願によって目前で立ち上がった。病人やその家族は感嘆のあまり涙を流したが、喜三郎はじめ見守る信者たちは、そうした霊験は当然といった表情だ。 少年が家族に手を引かれて、うれしげに歩み去るのを茫然と眺めていた寅之助は、急にのけぞって唸り出した。土田はとみると、半眼に伏せたまなざしを空に放って、恍惚の状態ではないか。「おい、しっかりせんかい、どうしちゃったんや……おい」 足立は、あきれて双方をゆさぶった。 鎮魂の姿勢になった喜三郎が、それぞれに気合をかける。寅之助が、かっと上気した顔で、不思議そうにあたりをみまわした。「一体、わしはどうなったんやろ。誰かにつかまれて、宙に釣り上げられた気がしたが……」「わしもじゃ。目の前が暗うなったと思とったら、きらっきらっと光の玉が見え出した。それも一つ、二つ、三つ、ぐるぐるまわって、しまいに一つにぶつかる。気合の声が聞こえたとたん、光は飛んでいってしもうた。夢でもないし、あんたらがそこにいるのもちゃんと知っとるんやで。あれは一体、どんな現象やろなあ」 土田まで、名残り惜しげに言う。 喜三郎は笑った。「どうも、この広前は霊気がきつすぎるのう。福島さんは、神憑りの初期の発動です。審神者をおいてそういう状態に導くのは有形の感合法やが、あなたの場合は、霊に感じて無形の感合法に入ろうとしたのや。土田さんは天眼通の一端を修得しなはった。お二人とも、霊感者としては、かなりの素質を持ったはるわい」 寅之助は、この瞬間に霊学の虜になった。喜三郎について鎮魂帰神の法を習得したいと熱望した。 土田もまた、霊魂の実在をはっきり証明し得る金明会こそ生きた宗教だとの確信から、「八木に帰ったら、金光教の信者たちを説得して金明会の運動を展開したい。御指導を乞う」と申し出た。 ミイラ取りが嬉々としてミイラになった。しかし足立は、逆に浮かぬ顔をするのだった。 金明会の信者たちは、喜三郎によって霊学の目を開かれた。現に福島寅之助にしてからが、神霊界ヘの憧憬のあまり、八木で待つ妻久のことも忘れ、そのまま綾部に住みついてしまった。 喜三郎がこれまで園部を中心に組織していた霊学会の存在が改めて認識され、金明会とは別に、霊学を研究するための霊学会が設立された。
 修行場は転々として移っている。中村竹吉の家から東四辻の金光教の広前に。が、ここは綾部の警察署に隣接し、撃剣の稽古の音が鎮魂のさまたげとなる。 喜三郎は神界に伺い、神がかりして詠む。   大稜威高千穂山の鷹栖へ       導く神は猿田彦神 この歌を得て、直ちに鷹栖の四方平蔵方へ。二、三日後、さらに同地の信者四方祐助方ヘ移転した。修行者二十余人が一時に発動すると、たちまち床の根太が歪み出す始末。祐助(六十歳)の長男勇市(二十七歳)がどうなることかと心痛のあまり、ひそかに綾部警察署へ退去方を訴え出た。 喜三郎は小松林命によってこれを前知し、   神がかり雲の上谷輝きて       動かぬ君の御代を照らさむの神歌のままに、上谷(現綾部市下八田町)の四方菊右衛門方に修行者を連れて移動した。八月十九日である。 上谷は、本宮の金明会から約一里半東北の山峡にある寒村だ。上谷一の資産家、四方菊右衛門の広大な邸が、食事と宿泊に当てがわれた。 四方菊右衛門の家から更に三丁ほど細い急坂を登った谷間に、不動尊を祀った不動の滝があった。大きな一枚岩から落下する水しぶきは、さながら瀑布となって轟き、深山幽谷に身を置く心地がする。滝壼のまわりは十五坪ほどの湿地帯で、小さな篭堂があり(現存せず)、傍に「弘化三年七月」と刻んだ御神灯、多羅葉の大木が篭堂をおおっている。 修行者は福島寅之助・四方平蔵・四方祐助・四方熊蔵・四方春蔵・四方甚之丞・四方純・大槻とう・塩見せい・中村きく・田中つや・四方ひさ・野崎篤三郎・西村まき子・西村こまつ・黒田清・四方安蔵・四方藤太郎・中村竹吉ら二十余人。この絶好の地不動の滝の禊場を得て奮い立った。 滝から二百メートル上方の厄神神社(祭神・武内宿禰命)の御堂が鎮魂帰神の修行場となった。御堂の土間に荒菰を敷き、一日八回の荒修行である。白衣に緋の袴をはき、黒髪を背に流した女たち。滝しぶきを全身に浴びて、一心不乱に祈る若い裸像の群れ。まさに神話の世界がこの上谷に現出した。 短時日に予想外の成果をみた修行者たちは、今までの金光教にはない神霊との交流に、この世の中を驚異の目をみはって見直す思いであった。ここまで指導した喜三郎の霊力にも心服していた。 初期の頃の喜三郎は、催眠術風な手法も用いたようだ。たとえば白飯を茶碗に盛って、「それ、松茸飯や」と暗示を与えてやる。「うまい、うまい」とさもうまそうに喜んで食う者も、「実は唐辛飯やぞ」と言い直すと、とたんに頼ばった飯を吐き出し、身震いして口をそそぎに川へ走る。また畳に線を引き「みな、ここまで来てみい」と手招く。何気なくその線に達すると、物に突き当たったようにひっくりかえり、何故かそれ以上は進めない。 金光教信者の中へ乗りこんできて、金明会を新たに組織し、引きずっていくためには、強く霊学を打ち出すこともやむを得なかった。しかし霊学に熱中するあまりにひき起こす弊害も覚悟せねばならぬ。その兆しは早かった。
 福島寅之助は、金明会広前の車井戸に手をかけた。藍色の空には星が残り、明け方の露は夢幻の静寂の底から湧き立ってくる。目ざめの小鳥が水音に驚いて羽ばたいた。 鍛えぬいたたくましい筋肉が寒気をはねのけ、水を砕き散らす。好きで好きでたまらぬ筆先の一句が、寅之助の口をついて出た。二度、三度、浴びる水音に負けぬ大声で、腹の底から叫んだ。 ――だんごにいたそうと、四角にいたそうと、三角にいたそうと、世界を自由にいたす神であるぞよ。 艮の金神のこの雄々しくも力強い雄叫びが寝静まる山々を踏み轟かして、全大宇宙に広がっていく気がする。その轟きの只中に立って、寅之助は目を宙にすえた。艮……うしとら……うし、とら……何かが、寅之助の喉にひっかかった。 慶応元年、寅之助生まる。わしは丑年生まれの寅之助。つまりは丑・寅、艮やんけ。はて、教祖はんは何年生まれか。天保七年の申年、上田喜三郎は明治四年の未年、なんじぇい、二人合わせてやっと坤。 胸のつかえをぐっと飲みこむと、胸から腹へ焼きつくような痛みが走った。中村竹吉が口ぐせにとなえている筆先の一節が、耳元で大きく鳴った。 ――昔には、この身魂は夫婦でありたぞよ。今は親子となりて、夫婦の御用いたさすぞよ。 艮の金神と坤の金神の身魂が夫婦、今は親子。それはそのはずや。みい、出口直の三女久の夫はわしや。現実にわしは直と親子。ぶるると寅之助は激しく身震いした。全身を襲ってくる寒気に歯をくいしばる。大きくでんぐり返った。と耐えていた痛みが腹からのどヘ逆流し、噴き上がる。逆立ちのまま天をにらんで、寅之助は叫んだ。「変わる、変わる、世が変わる。上が下になり下が上になるぞよ。恐ろしや、天地がひっくり返るぞよ」 水行でぬれた裸をそのままに広前に上がりこみ、提灯を口にくわえてのし歩き、そっくり返る。「この世はまっ暗闇であるぞよ。一寸先も見えん暗がりの世であるぞよ」
 位田(現綾部市位田町)の村上房之助(二十歳)はかねてから艮の金神嫌いで悪口を言い廻っていたが、幽斎修行の噂を聞きつけ、上谷の様子を探りにきた。とたんに寅之助が発動、げんこを固めてなぐりつけ、吹っとびかける村上の腰帯つかんで軽々と持ち上げる。「この方は丑寅の金神じゃぞよ。村上は神を悪しざまにそしった大悪人ゆえ、金神が成敗してくれん」 村上は震え上がった。地に投げとばされるや、一回転して庭に這いつくばり、頭を泥にすりつけ、涙を流してわびた。 その衝撃がよほど強かったか、村上は半狂乱になり、「わしは金神さんに背いた罰でなぐられたんや。どつかれたんや。ほり投げられたんや。そやさかいいよいよ改心して、お詫びのために歩いてます。どうぞあんたはん、金明会にお詣りしなはれ」 あちこちに伝えて廻る。それが逆効果になり、「金神さんは愚夫愚婦をおどして金を巻き上げるために村上を廻らしている」と悪評を買う。 その村上が妹を連れて上谷に来た。上谷の異様な霊気が作用してか、妹はたちまち猫の霊に感応する。猫そのままの素振りをしながら、兄房之助が猫を殺して由良川に投げたと訴えた。村上は蒼ざめがくがく震えながら、事実を認めて妹の前にひれ伏す。喜三郎の一喝で妹はたちまち平常に復した。 霊威を畏れた村上は、仕事も投げ出して、いっそう金明会について触れ廻る。それを聞いて興味を持った以久田村館(現綾部市豊里町)の村社の神官福林安之助(三十六歳)が村上と訪ねてきて、共に幽斎修行に加わった。福林は温厚篤実な男で、妻初野との間に三男一女がある。
 京都島原教会長の杉田政次郎は金鉱山に手を出して失敗、詐欺罪で三年の刑を受け、教職を罷免された。この事件は、杉田に師事していただけに、金光教八木支部長の土田雄弘にはショックだった。金光教信仰の基盤が崩壊する思いだ。かてて加えて綾部で得た霊的体験が忘れられず、再綾を決意する。 綾部へ行くと、喜三郎は上谷だと聞かされ、足立正信を誘って上谷修行場を訪れた。土田と足立は、上谷で、今まで想像もしていなかった憑霊現象を実地に目撃した。 福島寅之助のように「天と地がひっくり返る」と素裸のままでんぐり返ったり、自分の蝙蝠傘を一間の中央に飾り「丑寅の金神のお荷物じゃぞよ」と威張ってみせる狂態もあったが、多くの修行者が神人感合の域に達し始めていた。筆紙を持って世界、日本の将来を予告したり、天眼通・天耳通・宿命通などの神術に上達する者もいた。中でも不思議なのは、西村まき子の場合であった。 西村まき子は山家村西原(現綾部市西原町)の西村善太郎次女。明治十五(一八八二)年生まれの十八歳。俗にいう白痴だが、神がかりになると平素の言動が一変し、神代における大気津姫の如く、耳から粟粒、鼻から小豆、秀処から麦種などを次々と取り出した。 まき子は大正六(一九一七)年に三十六歳で志賀郷(現綾部市志賀郷町)の田中某家に入籍して一児をもうけ、昭和四十二(一九六五)年に八十四歳で没した。 金光教では知り得なかった霊学の実地を見聞した土田はいっそう金明会に傾斜したが、足立はかえって正邪真偽の判別に苦しむ模様であった。 二人が立ち去った後、喜三郎に無形の神感法で猿田彦神がかかり、力強く一同に神歌をもってさとす。   神がかり雲の上谷かがやかせ       動かぬ君が御代を守らむ   われこそは猿田彦の神地の上に       天国樹つる導きなさん   来るべき世を救わんと大神の       命かしこみわれは下れり   曲神の伊猛り狂ふ今の世は       この修行場の如しとさとれ   今の世の人の心は悉く       邪神の器となりているなり   人間の形はすれど魂は       鬼と大蛇の容れものと知れ   福島にかかりし霊は曲津神       世を乱さんとたくらみいるなり   世の泥をあらひ清むる瑞魂       上田の体を宿とし現はる   この後は百の荒神よりて来む       乱れたる世のさま示さむと   正信は神の教えを疑へり       改めざれば身をほろぼさむ   雄弘は必ず中途に変はるべし       自己愛強き身魂なりせば   正神と邪神の区別を明らめて       三千年の経綸に仕えよ   いざさらばわれは高天に帰るべし       審神者なるもの心ゆるすな
 上谷の修行場の根城である四方菊右衛門の長男春蔵は数え年十八。怜悧な上に眉目秀れた美少年として瞠目されていた。 喜三郎に弟子入りし上谷の修行に加わるや、春蔵の精進はめざましく、弟子の中でも群を抜いて目立った。的確な予言と筆紙による筆先風の予告をし、神術もめきめき熟達した。 喜三郎は彼の才能を愛して特に言霊学を伝授、春蔵はわずかの間に鳥の音声まで解するようになった。枝にさえずる雀の夫婦、親子らの会話を聞き判けて、数時間のちの天候の異変など知らせたりした。 いきおい信者たちの間では、四方春蔵の人気が高くなった。その筆先をありがたがり、すぐれた霊能力をもてはやした。坊ちゃん育ちの若い春蔵の心が次第に高ぶり、自己陶酔におちいるのも無理なかった。 喜三郎は固く戒める。「よいか春蔵、修行者にとって何が恐ろしいというて、慢心ぐらいこわいものはないのや。味のよい果実ほど虫が好く。美しい大輪の花には害虫が寄りやすいものやろ。妖魅というのは食えぬ奴で、悪人や世間から信用のない者にはめったに憑らん。正直者・善良な者ほど、邪神が選って憑りたがるのじゃ。一分の隙でもあれば入りこもうとつけ狙っている。今のお前がそれやぞ。自分の心を省み、審神して、慢心させようとする邪神の働きを見破らなあかんぞ」 初めのうちは素直に頷いて聞き入る春蔵だったが、それもいつかうるさがり、喜三郎を避けるようになった。「弟子のわしの方がうもうなったさかい、先生がいかめがっ(ねたむ)とってじゃわい」と、春蔵は放言しているとか。 気のいいばかりの四方祐助は、せっせと喜三郎に頼まれもせぬ情報を運んでくる。「先生、知っとってですかい。春蔵はんがなんでも弟の敬蔵はんに跡目を譲りたい言うて、がいに(非常に)がんばっとるげな」「欲のない男やのう」 祐助老人は、ぐっと声をおとした。「はいな、そのことやで。それにはわけがござるわな。親父の菊右衛門は次男やったがええ、兄の伊左衛門に子がないさかい、早うに隠居しちゃって、弟に四方家の跡を相続させたんじゃそうな。春蔵はその長男じゃさかい、黙ってても上谷一の財産がころがり込む。ところがその宝よりか、まだぐんと値打ちのある娘はんに御執心ですんや。長男では、なんせ婿入りでけんさかい」「はあ、なるほど」 不得要領の顔でいる喜三郎に、老人はもう一膝すすめた。「しっかりしとくれなはれや、先生。春蔵はんのお目当ては、お澄さんですわな。相当の財産をもって出口家の婿養子になりたいいうて、教祖はんに申し込んどってんやげな。春蔵はんとなら年頃もぴったりじゃ。お澄はんと並べたら、まるで内裏雛やとみんな騒いどってやで」「なるほど」 同じことばをくり返す喜三郎の面に、変化はない。「春蔵はんばかりやおヘんで。足立先生も、教祖はんの後継ぎを狙っとる。中村竹吉はんも、出口家の娘婿になりたがっとるげな」「中村はんには、嫁のお菊はんがあるやないか」「一度、ちゃんと正式に離婚したのに、また戻ってきとるんやな。戻ってくると便利なさかいずるずる同棲してござるが、籍には入っとりまへん。この三人が邪魔になるのは、上田先生、あんたやで」 高熊山以来、二度目の内妻琴とも別れて女を断ち、神のみ心のままにわが身をゆだねる喜三郎であった。今さら色と欲に呆けて争う気などない。「ふーん、そうけ」と鼻毛を抜いては吹きとばす。手応えのない喜三郎をもてあまして、老人は話題を転じた。「まあ、それはそうとして、足立先生は霊学について大いに疑問を持っとってじゃと。土田はんや福島はんは先生の霊術を見てころっと参っちゃったが、足立先生は反対に、狐狸の仕業か魔法の一種やろ言うとってですで。『正法に不思議なしというが、金明会の教理は誠の神の御心から出とらんもんや』と言いふらしとってやでよ。中村竹吉はんも足立はんの説には賛成しとる。のんびりしとらんと、ちっとは気をつけなあきまへんで」 祐助老人の心痛は、とうから喜三郎の見抜くところであった。 澄をめぐる足立・春蔵・中村らの野心家ばかりでなく、審神者の喜三郎をてこずらせるのは、頑固一徹無類の正直者の福島寅之助である。寅之助にかかってくるのは暴れものの荒神ばかりで、彼はむしろそれを得意に思っていた。 神がかりはいわば第二人格の現出である。善神がかかれば秀れた第二人格をつくり、その人本来の第一人格をも培って向上させる。それが鎮魂帰神の効用であるが、逆に邪霊がかかれば第一人格を悪い方へ陥れる。憑霊の正邪を見判け、邪を退け叱咤善導、正神の器とするためには、審神者たるもの一刻の油断も許されなかった。
 九月二日、喜三郎は所用があって上谷を下り、金明会に立ち寄った。四方平蔵が一人広前で参拝者の相手をしていた。久しぶりに直に会い、修行の様子などを語っていた折から、喜三郎あての電報が届いた。「ソボキトク、スグカエレ」 喜三郎は、電報をにぎりしめたまま、うなだれた。家族のうちでただ一人、喜三郎を知る祖母宇能。宇能がいなかったなら、今日の喜三郎はあり得まい。その深い恩恵に報いる法もなく、祖母を逝かしては……。 しかし上谷の修行場は、何日も放置できる状態ではなかった。もし審神者の留守を幸い邪霊に襲来されては、誰が抵抗できよう。今までの苦心が仇となる。穴太での苦い覚えもあった。心乱れる喜三郎に代わって、直は瞑目し、神に伺う様子だった。「お祖母さんは、どうやら命に別条はござへん。それでも上田家の長男じゃさかい、帰らいではすまんでなあ」「八十六歳やさけ、病みついては立ち直るのもしんどおっしゃろ。他人さんの病気はだいぶおかげもろうたが、いざ肉親となるとどうも自信がありまヘんわい」 直の頬が厳しく引き締まり、峻烈なまなざしが喜三郎に向った。「病は病人の誠心が治すものですで。病魔がそこら一面にはびこって、隙をねろうては人を苦しめよる。神を知らぬ者は、毒にはなっても薬にもならぬ物にたんと金を使うて、長生きできる体をわやにしてござる。わたしは、病人が誠心になって神にすがるように、お祈りするだけです。病人の誠心が神さまに通じるように、ただそれだけ取次がせてもらうのやで」 喜三郎は羞じて顔も上げ得なかった。直に言われるまでもなく、理念では分かっていながら、初めて岩森八重の歯痛を治した時のあの初心、それをいつの間にか忘れていた。自信がないなど、知らず知らず己れの力で病を治すような錯覚におちいっていた。 己れの慢心を棚に上げ、春蔵たちを責めてどうなろう。修行者たちに邪霊が憑依し出したのも、己れの心に弛緩があったからではないか。直は面をやわらげて、静かに言った。「留守中、上谷はごたつくようじゃが、四、五日で帰ってきなはったら、どうにか鎮まりますそうな。すぐに行ってあげなはれ。目に見える病ぐらいは治れども、世の人々の心の底まで治すには、艮の金神さまでも骨が折れますでなあ」 最後の言葉には、深く苦悩する直の実感がこもっていた。 喜三郎は立ち上がった。「ほな、行ってきますで。祖母のお取次ぎさしてもろたら、すぐ帰って来ますさけ」 外に出ると、「こんにちわー」と若々しい声がはねとんできた。背中いっぱい柴を負うて、今、山から戻った澄だ。額の汗をはねのけた手を、男の子のように振っている。その赤だすきからこぼれる二の腕の清らかな白さ。「おう」と手を振りかえしただけで、喜三郎の足はそっけなく歩み去る。四方春蔵や中村竹吉が出口家入婿に血道をあげるのも、もとは信仰からとはいえ、この澄の天心な美しさ、生地のまま弾む魅力あってのこと。無理もないわいと喜三郎は思った。 上谷の修行場に寄り、しばらくの不在を告げ、その間の審神者を四方藤太郎に依頼した。沈着で信頼おける人物とみたのだ。「ええか、わしのおらん間に綾部から誰が迎えにきても、絶対に行かすことはならんで。未熟な修行者が行場を離れて気がゆるんだ時を狙って、悪霊がつく」「四方平蔵はんが呼びに来ちゃってもですかいな」「たとえ教祖さんの命令でもや。特に四方春蔵、塩見せい、黒田清の三人は霊が浮いとるさけ、綾部に行かすことは許さん」 喜三郎の厳命に驚いて、藤太郎はその旨を誓った。
 翌九月三日、深い朝霧に没した上谷を発ち、十四里の山野を歩き続けて、昼下がりには曽我部村穴太の郷里に入る。産土神社に祈願をこらし、わが家の軒下にたたずむと、悲哀の情が胸を押しつぶしてくる。縁先にそっとまわった。縫物をしている母にまつわり、末の妹君(八歳)が何やらだだをこねている様子。「あ、お兄ちゃん、かえってきた」 飛びついてくる小さい妹を抱き上げ、髪を撫でた。「後で角の店で飴玉でも買うちゃるさけのう、ちょっとの間、表で遊んでこいや」 君は目を丸くし、わーいと歓声を上げてとび出していった。 奥の間をのぞいた。涼しい風の入る座敷に敷かれたうすい夜具から、寝ている祖母の白髪頭が見えている。「お祖母さん、どうや」 小声で訊く喜三郎へ、母は縫物を脇へ押しやり、嬉しげに言った。「今日は涼しいせいか、いつになく元気でなあ、さっきも庭の若松の枝ぶりをほめてなはったくらいえ」「そうか、そら具合ええ。起こさんといてや。自然に目がさめるまで待っとろ」 ほっとして喜三郎は草鞋を脱ぎ、井戸端で疲れた足を洗う。祖母の枕元をさけて、母は喜三郎を引き寄せ、祖母の病状から家庭内のこまごました出来ごとまで堰を切ったように話し出した。 由松が相変わらず博奕をやめぬこと。夏の頃、出稼ぎに行くと出ていったまま、どこにいるやら音沙汰もないこと。年季が明けて帰ってきた幸吉が野良ヘ出ているが、自分は祖母の看病に手をとられて百姓仕事もできず、心細いこと。奥条の鍛冶屋西田元吉に嫁入った雪(十八歳)も、病身の姑をかかえて暮らしが楽でない事情まで、喜三郎に聞かしても仕方のないことをかきくどく。 耳の遠い祖母の看病や博奕狂いの由松に痛めつけられた後家暮らしが、母をこんなにやつれさせ、ぐちっぽく変えてしまったのか。 安らかな寝息を立てていた祖母が、ふいにもがき、うめきを上げた。うなされているらしい。 母と喜三郎が左右の手をとって静かに起こし、背中を撫でさする。宇能はようやく気づき、ぜいぜいと息をついた。額も手足も冷汗に濡れ、痛々しくも痩せ衰え果てたその姿には、お歯黒を塗った姿を世祢に見せ、嫡男であるべき喜三郎を綾部へ発たせてくれた、あの毅然とした面影はない。 喜三郎の瞳に涙があふれた。「喜三ですで、お母さん」 耳元に口をつけ、世祢が叫んだ。「ああ、喜三、なんで帰ってきたのや」「電報が来たんや。お祖母さんの容態が悪いいうて」「情けない、わしの病ぐらいで」 切れ切れの息の下から、咎めるように宇能が言う。「ほんまに思ったより元気そうや……」 言いつつ、喜三郎は涙を押えた。 宇能はしわがれ声をふるわせて語る。「いま、不思議な夢を見てなあ。お世祢もよう聞きなはれ。上田家の御先祖さまが長い刀をひき抜いて、喜三を切り殺そうとなさる。喜三は必死に逃げ廻っとるのや。わたしは、御先祖さまに泣いて許しを乞うた。すると御先祖さまが言わはるには、『喜三郎は仮に上田家に生まれたもの。この者の重い使命は汝も知っとるはずや。神の使として一身を世のため人のために捧げるべく、わしらも喜三郎を昼夜に守護いたしておる。それをもかえりみず、祖母の病気ごときに心を乱し、神界の御用を捨ててのめのめ帰るとは何事。その程度の覚悟なら、選ばれし者のつとめを果たしきれまい。神界ヘ対して申しわけが立たぬから、いっそわしの手で切り捨てたがましじゃ』と……」「殺生な。たまに故郷に帰ったぐらいで切り殺されたらわやや」「それでわたしが刀を押えて、喜三に代わって必死でお詫びしとったら、不意に揺り起こされてしもうたのや」「また、母さん、阿呆らし夢や」 世祢は、相手にもならずに宇能を寝かそうとする。その腕を、激しく宇能がはじいた。「たとえ夢じゃというても、御先祖さまのお言葉を聞いた上はなおざりにできぬ。喜三が帰ってきたのが第一気に入らぬわな。わたしはもう老先短い身の上、今死んだとて悔いはない。喜三はまだ血気盛り、片刻も無益な時を過ごすやない。わたしが死のうと生きようと、かまわずにいさぎようお道のために尽くしなされ。それが何よりの御先祖さまヘの孝養じゃ。さあ、邪魔が入らぬうちに綾部に行きな」「おおきに、お祖母さん。ほな、湯漬けを一杯よばれて行くさけ」 喜三郎は台所で勝手に湯漬けをかきこみ座敷に戻ると、母の姿はなかった。うつらうつら眠っている祖母に一心こめて鎮魂し、心で別れを告げて門口に出かかる。世祢が治郎松と本家のお政後家を連れて走ってきた。已んぬるかな。せめて二、三分早く立ち去ればうまくこの場をぬけだせたものをと、唇を噛みしめる。「やい、喜三公、とうとうつかまえたぞ。お前、綾部へ行っとったんやてのう」 頬を赤くし、とびはねんばかりの足どりで駆け寄るなり、治郎松は胸ぐらつかんで押しもどす。「留守中、家の者がお世話になりまして……」 仕方なく、喜三郎は言った。「そらぞらしい。そんな挨拶、聞きともないわい。お前が消えてしもてからだいぶんになるけど、便り一ぺんするでなし、へえ、生きていたんかいな。こんな年寄りや母親を見捨てて、なんぼ百姓がしんどいかて、勝手気ままに蝗みたいにそこらを跳び歩くなんて、あまり物が分からなすぎるやないか」 母が治郎松などと謀って綾部から引き戻すためにキトクの偽電報をうったのだと、喜三郎は悟った。とすると厄介なことになる。からみつく鳥黐から羽を逃れようと、喜三郎も躍起になった。「好きで家を出とるのやない。お道のため、お国のために……」「ほい、二言目にはそれそれ、小癪にさわることぬかすのう。極道息子という奴は、三文の獅子舞いみたいに口ばかりごついわい。お国のために家を出るのなら、なぜお上から日給もらわぬ。お国のためになるような、へん、言うてすまんが偉い人間ならやで、あた恥ずかしい乞食の真似して、そこらあたりをうろつくけい」「乞食の真似などしとらんわい。出口直いう教祖はんの元で、金明会ちゅう……」「へん、知らんと思て、でたらめぬかすな。悪事千里いうてなあ、綾部のことなら、ちゃーんと治郎松さまの耳まで聞こえとるわい。お直婆さんいうたら、晩げになると『こんこんやちきちの空豆ホーイホイ』いうて、チンチン鉦叩きながらうろつき廻っとる気違い婆やないけ。へえ」 お政後家もまくしたてる。「おまけに屑買い婆やてなあ。紙屑買いばかりしてたさけ、教祖になったら紙屑を作る側にならなあかんいうて、筆先たらいう紙屑仰山作っとるそうやんかいさ。ほんまに情けない。昔、神童たらいわれた喜三公のなれの果てが、空豆ホイホイやなんて、阿呆らしゅて涙も出んわいさ。この在所には百三十も家があるが、みな仏教信者や。それが何をとぼけてお前だけが神信心せんなんのえ。もったいなくも花山天皇さまが御信心遊ばした西国二十一番の札所、穴太寺の聖観音菩薩の膝元に生まれて、ありがたい結構な観音さんを拝まんと、流行神に呆けてどうえ。おかげで株内のわしらまで肩身の狭い思いせんなんのも、みんな喜三公、お前のためやんか」 自分の言葉に興奮し、ぶるぶる震えて、涙鼻をすすり上げるお政後家。 それにしても直に対する噂が幾峠を越えて穴太にとどくまで、どこでどう屈折してか、なんと珍妙にも変わるものよ。帰神当時、直が全霊を傾けて世の立替え立直しを叫んだのも、縁なき衆生には所詮「こんこんやちきちの空豆ホーイホイ」に過ぎぬのだ。 喜三郎は苦笑し、やわらかく言った。「わしのことはなんと笑おうとかまわんが、教祖はんはそんなお人やない。わしの知る限りでは、あれ以上神さまに全身全霊捧げてはる人はおらんのや。一点の私心もない清らかなお人やで。どない言わはったかて、わしは神さまの道を捨てることはでけん。どうぞ十年、いや、せめて二、三年の間、ひまをおっけ。綾部で幽斎修行場を開いとるさけ、一日も手抜きがでけんとこを帰ってきたんや、今度だけは見逃してんか。母さん、頼むわ」 治郎松は煤けた天井を仰ぎ、鼻の先で嗤った。「なんと、うまいことぬかすのう。こう申すとすまんが、わいらに修行さしてもらうの、教えてもらうのちゅう餓鬼が、この世界にあるのけ。ははーん」 お政後家は治郎松の言葉について何度も合点し、「ええか、喜三公。自分の食うだけなら狸や犬でもするえ。猫や犬なら、飼うてくれた家の恩はよう覚えとるで。お前は何やいさ。二十八年も飼うてもろた大切な親の家を忘れて、気違い婆にくっつきたいなら、もううちらは知らんえさ。けどお前はこの家の惣領やさけ、なんぼなんでも家を守らんならんやろ。出ていくなら、せめて金だけでも送ってきな」「わし、金儲けに綾部に行っとるんやない。すまんが、金は送れんわい」 治郎松がわめいた。「よう言わしてもらわんわ。そんな台詞が世間に通用すると思うのけ。お宇能はんかて、いつ死ぬやら知れん身やど。その時の用意をせんならん。なんぼ金がないいうても、金なんとか会の会長いうとるぐらいや、十円や二十円ぐらいは巾着に入っとるやろ。すっくりここに置いていきさらせ」「それが……なんぼもないのや」 お政後家が、両手をつき出した。「ええから出してみよし」 言われるままに巾着を逆さに振ると、一銭銅貨が畳の上にパラパラ。うつむいて聞いていた世祢が、たまりかねてしゃくり上げた。「喜三郎、頼むさかい、もうどこヘも行かんといて。惣領のお前が家におらんと、心淋しゅうて夜も眠れんのやで。知らぬ所で苦労するなら、なぜここでしてくれん。お前と一緒なら、どんな苦労もするさかい……」 母の涙に気がくじけそうになる。国学者の家に生まれ、維新の動乱も志士たちの思潮も若いうちに身につけてきた祖母と違って、即物的な考え方しかできぬ母が哀れでならぬ。 世のため人のために心を砕く息子より、傍にいてやさしい言葉の一つもかけてくれ、一家の口すぎのために鍬を振るう息子であってさえくれればと願う母。 親の雪隠に糞をたれる――それがきびしい家族制度に縛りつけられた当時の農家の長男の掟であった。 弟の幸吉が野良から帰ってきた。由松とちがって、幸吉は自分から望んで兄に幽斎修行の参加を乞うたぐらいで、神信心は好きであった。幸吉は、訥々と兄のために弁護してくれた。その夜は結論が出ぬままに暮れた。 翌朝早くから株内や親戚の者が集まって、また同じことをむしかえし、喜三郎の綾部行きをはばんだ。こうして三日間、むなしく穴太に引きとめられる。 ようやく許しが出たのは、病床にある祖母宇能が「今度だけは老人の頼みじゃ。喜三の言うことを聞いてやっとくれ」とがんばり通したのと、弟幸吉の「わしが百姓仕事に精出して兄さんの分も働くさけ、兄さんに神さんの道、進ましたげとくれやす」という誠意が通ったためである。 その代わり、幸吉が綾部まで同行し、喜三郎の綾部生活を調べて報告するという、条件付きであった。彼らは着のみ着のまま無一文に近い喜三郎を見て、乞食でもしているのではないかと、まだ疑っていた。 四日目の朝、幸吉を連れて家を出ると、治郎松が息せき切って追って来た。「肝腎のことを忘れとった。お前は人の病気を治すそうなが、肉親の祖母さんの病気はよう治せんのけ。へん、人間には寿命があると言い逃れたいやろ。ほんなら、葬式の用意もせんなんさけ、いつ頃死ぬかぐらいはわかるやろ。これぐらいのことわからいで、天眼通やの、人を助けるやの、教えるのと大法螺ふいても、この治郎松さまが承知せんわい。さあ、綾部へ行くなら、ちゃっと答えてから行ってもらおけい」 とっさに喜三郎は答えた。「お祖母さんの病気は三日後に全快や。そして命は八十八まで大丈夫」 苦しまぎれに、出まかせに言い逃れた予言であった。むろん治郎松はこけて笑った。「この年寄りの死病が三日ののちに全快やて。フフーン、おまけにあと二年も生きのびてかいな。へえー」 しかし現に三日後、宇能は床払いし、八十八まで天寿を全うする。   這うて出て       はねるみみずや雲の峰 虎口を逃れ出て空を仰いだ喜三郎の心は、大きくはねていた。ついでに一休禅師や穴太寺の観音が化身となって読んだという狂歌など、兄弟で朗らかに歌い合った。   穴を出て穴に出るまで穴の世話       穴恐ろしい穴の世の中   故郷は穴太の少し上小口       ただ茫々と生えしくさむら
 九月六日夕、上田喜三郎・幸吉兄弟を迎えた上谷の空気は冷えていた。 審神者代理を命じておいた四方藤太郎が、こわばった表情でうつむいている。「四方春蔵・黒田清・塩見せいの三人の姿が見えんが、どうしたんや」 異変を感じて、喜三郎が訊いた。「へい、一昨日の夕方、教祖さまがじきじきお一人でござって、神さまの御命令ゆえ、春蔵・清・せいの三人を綾部へ連れ帰ると言うちゃったんですわな」「それでどうした……」 喜三郎の鋭い眼光に押されまいとして、藤太郎は肩を怒らせる。「どうしたって……どうもできやしまへんがな。なんせ教祖さまの……神さまの御命令ですさかい、会長はんの言葉、忘れとったわけやござへんけれど……」 藤太郎は身震いした。「たとえ教祖が来てもや」と念を押し、三人を名ざして気付けておいた喜三郎の慧眼が、今更ながら恐ろしかった。「頼みがいのない男や」 喜三郎は破裂しそうな癇癪玉を押えて言った。 四方平蔵が口を出す。「会長はんのお留守中、三人にどーらい神憑りがおましたんや。お筆先で『御三体の大神さまが地へ降る』とありましたやろ。それですがな。春蔵さんにはバンコ大神、お清はんには素盞嗚尊さま、せいはんには……大自在天やったかいな、何でも天地創造からのとてつもない神々さまがかかっちゃったいうことですで」「審神者は何しておった」 藤太郎は抗うように面を上げた。「憑っちゃったんは天の大神さまじゃでよ。なに、審神など……わし如きが……」 一瞬閉じた喜三郎の瞼の裏に、高熊山で見せられた神界での厳しい葛藤の幾場面が閃いた。諾冊二尊御降臨以前の神代のありさまであった。 喜三郎の霊眼には、過去・現在・未来が一度に鏡にかけた如く、並列的に映じていた。「霊界で目撃したことは、時間空間を超越して、おそかれ早かれ、必ず現界に移ってくる」との神示が、あまりにも確かに喜三郎の身に迫って来る。 否応なくその神劇の渦中にのめりこんで行く自分を自覚しつつ、喜三郎は言った。「誰か綾部まで行ってこい。三人を今夜中に連れもどして来てくれ……甚之丞」 四方甚之丞は、あとずさりして首を振った。誰もが、疑惑の眼で喜三郎を見つめている。ややあって、四方平蔵がなだめるように言った。「会長はんがどない言うちゃったかて、教祖さまのお言葉もあることやし、御三体の大神さまのかかってなはるお三人さまを今夜中に呼び寄せるなんて、そんな途方もないことができますかいな」「何がお三人さまじゃ。正神なら審神者を愛しなさる。審神者の留守を狙うて入りこむ真似なぞ、何でなさろうやい。あいつらには妖魔がかかっとるのや。明日の朝まで綾部に置いといてみい。荒れ狂うて手がつけられんようになる。町人を巻きぞえにして、警察沙汰にもなりかねん。お前らがいやなら、わしが行ってくるわい」 穴太より帰りついたばかりの泥まみれの草鞋を、喜三郎は憤然と履き直していた。世間から隔離された上谷に置く限り、邪神の感染は修行者だけにとどまろうし、それならば審神者として、鎮定する自信がある。三人を連れ去った直に、何の思惑があるのか。 七、八人の修行者が追いせまって、喜三郎と幸吉を取り囲んだ。誰もが青ざめて、真剣な目ばかりぎらつかせている。「あきまヘん。小松林命はんに綾部へ行ってもろたら、神さんのお仕組みの邪魔になるげな。教祖さまからのお許しがあるまで、絶対にここ動かさしまへんで」 平蔵は、体ごとぶつかるようにして喜三郎の胸ぐらをとらえた。暮色になずむあたりは、もはや平蔵の視力を奪っているのだろう。にぎりしめる指先に、一途な力がこもっていた。 喜三郎は、照れたように幸吉に笑いかけた。「幸やん、こらどうにもならん。邪神どもがうようよおるわい。しばらくここにいて、審神者の勉強でもせいや」

表題:三人世の元 6巻4章三人世の元



 提灯が一つ、ひそかに上谷の宿舎を離れて、危なげに山を下る。もつれる足をせかし、夜はまったく見えぬ瞳をみはって、必死に闇を泳いで行く四方平蔵であった。 ――三体の大神が地ヘ降りてご守護あそばすと、世界は一度に夜が明けるから、三人のみたまを神が使うて、三人世の元といたして、めずらしきことをいたさすぞよ。いろは四十八文字で世を新つにいたすぞよ――。 一月ほど前(旧七月一日)に出て、信者たちの血をわかした筆先であった。 一度に夜が明けるという待ちこがれた筆先の実地が、上谷の修行者から優秀なる三人の肉体を選び出しいよいよ天降ったのだと、一同は狂喜した。審神者代理の四方藤太郎はじめ平蔵にしてからが、疑うてみるゆとりはなかった。 しかし御三体の大神は、春蔵の口を通して、先ず上田喜三郎を仕組みの邪魔ときめつけられた。平蔵は動転した。その上教祖さまさえ、お三人をじきじき上谷まで出迎えられ、喜三郎の審神から引きはなされたのだ。平蔵にとってたいへんな衝撃であった。 喜三郎を迎えに行った己れの行動をどう解釈すればいいのか。筆先を曲解し、出過ぎた真似をして、大神に敵対う罪を犯したことにはならぬか。平蔵の使者に対するおほめの筆先さえ、今となっては心もとなかった。 御三体の大神さまへ帰順の誠を示すためにも、喜三郎上谷ヘ帰るの報はどうでも今夜中に自分の口から告げねばならぬと、平蔵は思いつめていた。 一里半の山野の夜道は限りなく遠い。濃い闇をぬけ、本町の中村竹吉の離れ家、金明会の広前に辿りつくなり、平蔵は思わず大声を上げた。 強烈な光が両眼を射抜かんばかり、真昼のように輝き渡っている。いつもの種油の燈明にほのゆれる静寂幽玄な広前は、そこになかった。数を増した燈明の他、百目ろうそくが二、三十本、異様な明るさと熱気をはらんで燃えたっているのだ。 両手に百目ろうそくの灯を捧げた四方祐助が走ってきた。禿頭にろうそくの光が映えている。「どうしたこっちゃいな、これは……」 平蔵が上ずった声で問いかけた。「おう、よいとこに来てくれちゃった、平蔵はん……」 祐助は、すすけた黒い細い顔を半泣きにゆがめた。「お三人さまが言うてんですわな。『邪神界が暗いから、どんどん灯をとぼせ』と……けどあんたはん、考えとくれやす、たいへんな物いりじゃ。種油だけでも一日に五、六升や。ろうそくかて、こんなにやっと灯したら、えらいこっとすわな」 祐助の泣きごとを吹きとばすように、広前から野太い叫びが聞こえる。「神なき国は暗黒であるぞよ。祐助どうした。暗い、暗い――」「暗い、暗い、邪神界はまっ暗がりじゃ。もっと明るう、もっともっと――」 うろうろする祐助を置いて、平蔵は草鞋をぬぎ捨て、広前へいざり寄った。「御三体の大神さまに四方平蔵が申し上げまする。上田喜三郎と弟幸吉が、今夜上谷まで帰ってござりまする」「なに会長が……それはえらいことや。綾部まで来んさきに、仕組みをせんならん。平蔵どの、御苦労」 煌々たる炎のゆらめきの中に凛々しくも浮き立つ春蔵。その両脇に塩見せい(十八歳)、黒田清(二十三歳)が白い頬を上気させ、夢見るような瞳をして、豊かな黒髪を緋色の袴にすべらせている。 ――ああ、美しい男神さま、女神さま。 思わず手を合わせ、うっとり見上げる平蔵の鼻先で、ぴしり、広前の襖が閉まった。襖の内側に聞き耳をたてるまでもなく、三人の神がかりの声はつつ抜けだ。「時が惜しい。上田の曲津に襲われぬ間に、神々を世におあげ申そうぞ」 春蔵の言葉に応じて、甲高い叫びが上がった。「皆の者、しっかりいたされよ。小松林は大神の仕組みを奪りにまいるぞ」「上田喜三郎には小松林の悪霊かかりて、綾部の高天原を乗っとる横の仕組みをいたしておるぞ。上田を綾部へ近づけてはならぬ」「世の元の三人あれば結構じゃ。上田の悪神を入れてはならぬ」「三人世の元、結構、結構」「三人世の元、けっこう、けっこう……」 こだまを返すように、しばらくはその唱和が続いた。 あたふたと通りかかる祐助老人をつかまえて、平蔵は訊いた。「御挨拶がおくれたが、教祖さまはおってですかい」「あかんあかん、広前はこんな大騒ぎしとってじゃのに、教祖さまはそ知らぬ顔でお筆先の御用ですわな」 平蔵を押しとどめて、祐助が言った。「お筆先なら、次々竹吉さんが持って行ってや。ほれ、朝から晩まで、晩げから夜半まで、浮かれ節みたいに読んどってじゃわい」 なるほど、広前の神がかりの声を縫って、奥の居間から中村竹吉のしゃがれ声が響いている。「竹吉はん、おってかい」 一またぎの渡り廊下を越えて、この家の主中村竹吉の部屋に入った。行燈と机一つの四畳半はいかにも男臭い。いかつい肩の張った厚い胸板の上に、四角ばった顔があった。目が血走り、まばらに無精髭がのびている。「平蔵はん、ありがたいお筆先が下りましたで。聞いとくれいな」 繰りかえし読み上げたので、空でいえる文句に独特の節まわしがついていた。 平蔵は、頭を下げて謹聴した。 ――上谷は結構であるぞよ。修行場はちと激しくなるぞよ。世に落ちておいでます神さまの世にお上がりなさるのであるから、ちと様子もちがうぞよ……みな落ち神が出てくるから、綾部と上谷の修行場はたいヘん騒がしゅうなるのざぞよ。 ――神に届けをいたしてお願い申せば、神界の許しが出るのを知って、諸国の落ちぶれ精霊が、この綾部の大本ヘ出てくるぞよ。出てくる精霊のなかには、手にあわぬ精霊もあれど、なにほどよき精霊でも落人となれば神の品位もなくなりて、そまつにあるなれど、役員は親切に世話いたしてやりてくだされよ。神縁をおとさして、神の威勢に傷がつくようなことがありてはならんぞよ。 ――大地の金神を金勝要の神と申すぞよ。こんど艮の金神が表になるについて、この神を表面へお上げ申して結構にお祀り申さな、この世はおさまらんぞよ。むかしから結構なみたまの高い神ほど、世に落ちてござるぞよ。 広前がひとしお騒がしくなった。神がかりの雄叫びに続いて、戸障子を手荒くあけたてし、数人が外へとび出していく気配である。平蔵は腰を浮かした。竹吉がぎろりと目玉を動かし、粘っこい口調で引きとめた。「どこ行きなす?……落ち着いてお筆先を腹へ入れたらよろし。この世はただ教祖さまの筆先を通して神のお示しがあるだけじゃでよ。迷うたらあかん。筆先をよう読んどるもんが御養子となって、このありがたい御教を継がせてもらうのやさかい……」「お世継はお澄はんと、筆先に出てまっしゃないかい」「そやさかい、お澄はんを立派にもりたてていく婿はんがいるやないか。春蔵はんや足立はんでは、も一つ筆先が分からんであかん。まして昨日今日のぞいたぐらいの上田会長など……」 不意に渡り廊下のあたりから、よく透る女の声が叫んだ。「平蔵はん、中村はん、ちょっと来てえな」 竹吉がかっと赤くなり、平蔵を押しのけるや廊下にとび出した。「春蔵はんらが、新宮の安藤金助はんとこの庭掘りに出かけちゃったでよ。あの勢いやさかい、止める間ものうて……」 澄の声だった。 平蔵が中村の大きな体の脇をくぐって広前に出ると、神前はただ炎の波、人っこ一人いない。「祐助じいさん、どこや」「提燈と鍬持って、あわてて三人の後追うて行っちゃったでよ。金助はんの庭に、大地の金神さまが埋まっとるいうて……」 この切迫した際だというのに、澄がころころと笑った。「大地の金神、大地の、いうたら金勝要の神さまですなあ」と竹吉が言う。「ひとかかえもある金の神さま、金の御幣持ったまばゆい神じゃげな」 平蔵が眼をしばしばさせると、竹吉はあわてた。「えらいこっちゃで。春蔵なんかが大地の金神を掘り出しよったら……お澄はん、わしちょっと見てきますで」 走り出そうとする竹吉に提燈を渡しながら、澄が言った。「お母さんは『何ごともみな神さまの御都合やで心配いらぬ』と言うとってじゃが、この時刻や、あの人たち何してんこっちゃら分らへん。中村はん、大騒ぎにならんように頼みますで」「よっしゃ、わしがついてますさかい……」 澄の信任の一言に、全身不動像の如くかちかちにさせて、中村竹吉が答えた。
 翌日の昼前、上谷に残った修行者と弟幸吉を連れ、上谷の厄神神社で鎮魂を修している喜三郎の前に、四方祐助老人が現われた。「やあ、じいさん。綾部はどうした。ろくなこっちゃあるまい」 喜三郎が笑顔を向けると、祐助はへたへたと坐りこみ、地べたに両手をついた。「はい、たいヘんでござりまする。あたぶさいが悪い(みっともない)。お三人さまはさっき、警察ヘ引かれていかれましたわな。というのも、昨夜一晩かかって『大地の金神さまを掘り出して、世におあげ申すのじゃ』と、新宮の安藤金助さんのとこ……」「教祖はんの元の屋敷の向かい側やな」「へぇ、奥さんのお初はんが眼えつぶり(死ぬ)なはってから、金助はんは法華信仰やめて、熱心な信者はんになっとってです」「一晩掘り続けて、金助はんとこから何が出たんや」 祐助は泣き笑いの顔をくるりと撫で、「そこがわしにはちょっとも分からしまヘんのや。金助はんも夢中になってお三人さまといっしょに水をかぶり、白衣をつけて、家の大黒柱の根元三、四尺も掘っちゃった。けど、何一つ出えしまへん。中村竹吉はんまで手え豆だらけにして、次の柱の下をどんどん掘り出しよった。『もっともっと、まだまだ誠心が足らんのじゃ』と言いなして、いっかな掘り止めなさらん。夜が明けると、人だかりがして来ますわな。すると警察の人が来ちゃって、『お前ら、何しとるんじゃ。尋ねたいことがあるさかい、ちよっと来い』言うて、お三人さまを連れて行きなした。足立先生は前から警祭の人には信用されてへんし、平蔵はんにかけ合うてもろてもさっぱりらちあかん。わしはもう心配で心配で、教祖さまにお伺いしたんですわな。あんたはん、教祖さまは平気なお顔や。『土の中から形のあるご神体が出るのではござヘん。大地の金神さまの霊気が地の上へお出ましになるのやで』と言うてすましてござる」 喜三郎は目をつむった。直の心にあるもの、直の背後にあって直をつき動かしているものを見抜こうとするふうに。 祐助は喜三郎に頓着なく、修行中の一同に行き渡るような泣き声で続けた。「この頃の広前の様子を見とると、居ても立ってもおられんもんやさかい。もし会長はん、よう聞いとくなはれ。あんた方も知っとってやろ。教祖さまは日清戦争で台湾で死んじゃった清吉さんの恩給とか年給とかを『これは清吉の命とひき換えの大切な金じゃから』言うて、一文も使わずに貯めといちゃった。それをあんた、広前に人の出入りがようけになって、この頃は無一文で寝泊まりする者もえっとできたさかい、銀行から引っぱり出して、もったいない、白米を二石も買うてくれちゃったんですわな」「なしたまた……」と誰かが嘆息した。「それをよいことにして、近頃の信者いうたら金の一銭も上げようとせず、神さま神さまいうばかりで会計に心くばり気くばりするどころか、教祖さまの手足かじっててんとしてござる。二石の米もじきのうなって、また教祖さまはお澄はんを使うて、白米やら種油まで……この頃では種油だけやござヘん、お三人さまのお言いつけで、百目ろうそくをいっときに二、三十本立てねばならず……おっとろしや、湯水のように清吉はんの銭がのうなる」「……」「それに較べて、教祖さまのつつましいお食事いうたらどうやな。小さなお椀に盃一ぱいほどのご飯、おかずは青唐辛子二本や。それもへたの皮はむいて食べ、芯は陰干しにしておいて集めて焚き付け、灰は畑の肥やし。大根は面をむかれても中身は信者たち、むかれた皮は御自分がおあがりになる。ただ一言の苦情も言われず……」 しんとなった中で、祐助爺さんが涙鼻をすすり上げた。「平蔵はんが広前におってやろ。何しとるんじゃい」と喜三郎が尋ねる。「なんの、平蔵はんはお三人さまに夢中で会計どころですかいな。今朝も金助はんの庭で『平蔵殿、あれ見やいのう』と春蔵はんが望遠鏡でものぞくような恰好しちゃったら、平蔵はんは目をふさいで『はい、拝めました、拝めました。大きな龍神さんが拝めますわな』などと天眼通に一心不乱じゃ。中村竹吉はんは居問にすっこんで、お筆先を大きな声で読んで読んで読み倒して、『教祖さまの後継ぎ婿はこのわしや』というとってじゃ。お澄はんに聞いたら『へえそうですかい』とけろんとしたもんや。春蔵はんは春蔵はんで、『出口家の養子にならねば、盤古大神一人でお道を立てちゃる』とがんばってんですで。一体どうなっとるのやらあまり心配じゃさかい、元からやっと(たくさん)ない髪がますます禿げて、おまけにあたぶさいが悪い、竈の煙でこの通りの黒光り……それを所帯のやりくり一人でしとってんお澄はんいうたら、他人ごとみたいにわしをからこうてや。『御苦労の黒うの祐助はん』……」 祐助はしゃくり上げ、黒い手で涙と鼻を拭きとった。「阿呆くさ。神さまや教祖さまのことやなかったら、楽隠居の身で誰がこんな気苦労しますかいな」「よしよし、これを持って綾部へお帰り」 喜三郎は、机上の半紙に筆を走らせる。   禿頭鳥居(取柄)もかみ(神)もなきままに       クロウクロウと愚痴を祐助 むずかしい顔でその狂歌を読み上げ、祐助はにやりとした。「ははは、これはありがたい。お澄はんに見せたろ」 心配症も吹きとんだのか、祐助は歌を懐に、いそいそと上谷を降りていく。
 二、三日後、修行者の一人、村上房之助が無断で上谷をおり、綾部ヘ走った。入れ違いに足立正信の代理として、新宮の四方源之助と西原の西村文右衛門が羽織袴姿で上がってくる。 四方菊右衛門の宿舎で、喜三郎は両人に対した。直の夫政五郎在世中より組頭として陰に陽に直をかばい、ついに信者となった四方源之助のことは、喜三郎も聞き知っていた。貧乏で無知な信者の多い中で、地位も学識も最右翼である。「御心配おかけしましたが、教祖さまの御神徳で綾部の騒動もひとまずおさまりました。一昨日は春蔵はんら三人が警察から帰って来る。続いて署長はんが二人も巡査を連れて、広前に来ちゃったんですわな。金明会が何やら怪しいものを祀って善男善女をだまし金儲けを企んどるのやないかと疑うて、隅から隅まで調べました。その時、教祖はんが発動しちゃって、頭から署長はんをどなりつけなはった。『明治二十五年から出口直は神の因縁ありて、うわベは気違いのようにいたして、警察のそばにおりて、世界のことを言わして気をつけてありたぞよ。この神の誠が分らぬか』と……」 文右衛門が感動的に言った。「考えても見ないな。わしらじゃったら、官吏侮辱罪でたちまち引っぱられるところやで。それが署長はんら、教祖はんの御威光に震えあがって、手も足も出せん。すごすご帰ったなり、文句一つ言うてこんのですわな」「それが御神徳ですかい」 喜三郎がつまらん顔をして横をむいた。「お神徳はそればかりやござへん。その日の午後、わしらが相談に広前に参りましたら……」 両人が力をこめてこもごも語る目撃談によると、明治二十四年以来発狂してほとんど座敷牢に閉じこめられている直の長女大槻米(四十四歳)が、髪ふり乱し、わめきつつ広前ヘ現われた。追ってきた大槻鹿蔵にも、激しくつかみかかる。神前に向って祈願していた直はたちまち発動し、娘夫婦に激しい調子で言い放った。「大槻鹿蔵は大江山の酒呑童子の霊魂、米は大蛇の霊魂。この世を乱し、世界の人民を苦しめた極悪の神であるから、世の見せしめに九年のあいだ戒めいたしたなれど、改心のため、今日限り許してつかわす」 荒れ狂っていた米は絶叫と共に倒れ伏し、意識を失った。直は、何事もなかったように自室に戻った。源之助はじめ、居合せた信者たちは「水じゃ、お神酒じゃ」と介抱につとめたが、米の息は止まる、体はどんどん冷たくなってくる。「許すいうのは、昇天させるいうこっちゃろか」 半時間もたつと、首をかしげる信者も出て来る。 大槻鹿蔵は怒り出した。それがくせの両肌脱ぎになり、くたびれた弁財天の入墨をすごませて、直の部屋に乗りこんだ。「わしらの悪口言いたてて、おまけにようもお米を殺してしもうたな。それでも母親か。元のように治して返さなんだら殺人や。訴え出ちゃるで、覚悟せいよ」 直は筆先の筆をおくと、ほほえんだ。内心の喜びを包みきれぬ、はずんだ声であった。「案じることはございまヘん。神さまがお許し下されたのじゃ。神さまの御都合次第に、元気なお米にかえしてくれますで」 神言を信じて疑わぬ直の様子であったが、狂乱の米を長年みてきている源之助たちには、信じきれなかった。かれこれ一時間たって、筆先を終えた直が広前に出ると、米の冷たい頬に血の色がよみがえり、やがて瞳が開いた。「お米」 母親の声になって抱き起こす直。「米、米」 鹿蔵が直を押しのけて、米を揺すぶった。「それがどうや、あんたはん。あの丸気違いのお米はんがころっと起き直り、恥ずかしげにうつむいて衣紋つくろうとる。普通の人間とちいーとも変わらんやござへんか。見ていた者は思わず、『出口の神さま――』と、一せいに唱えましたわな。九分九厘まで死んだ者が生き返った。それも足かけ九年の気違いを一度で治すやなんて」 西村文右衛門が熱心のあまり、高揚した口調で言いきった。「これは、並の神力でできることやおへん。一度でもお米はんの回復を疑うたわしも、心からお詫びしましたわな。お直はんは生神さまや。誠の艮の金神さまですで」「はあ、はあ」 気のない返事をして冷えた茶をすする喜三郎に、両人は顔を見合わせた。 源之助が、厳しく膝をすすめた。「ともかく、教祖はんは御神力をあらわしてじゃし、広前ではお三人さまがかかりなはって結構な御神示が下ります。その御神示は、上田先生、あんたはんにも聞いてもらわななりまへん。『艮の金神さまがこのたび表ヘ立たれるについて、この際、今まで落ちていた神々をこの世へ上げて霊魂を救うてやらねば、もう万劫末代あがることはできぬ。いよいよその仕組みにかかるが、いま上田の審神者が綾部に帰ってきたら、邪神界の神じゃというて片っ端から封じこめたり、追っ払ったり、霊縛かけたり、つまりは神界の邪魔をする。上田が我を折らぬ限り、綾部に寄せてはならぬ』と、まあ、こういうわけですんや」「はあ、つまり足立はんの指図で、あんたはんらがそれを言いに来たのですな」「足立先生ばかりやありまへんで。お三人さんはじめ中村竹吉はん、四方平蔵はん、それにわしら役員、いやいや教祖はんだって何も言うてやないが、同じお考えにきまってますわい」「上田先生にかかっとる小松林は、お仕組みの邪魔をする御用やげな。小松林が改心するまで、先生は上谷でおとなしくして、綾部ヘ来んようにしとくれなはれ。それが綾部の役員一統の意見ですさかい……」 喜三郎は、少々向っ腹が立ってきた。「あんたら、ええ年をして、審神者を恐がっとるあの三人を、ほんまに正しい神がついてると思うてはるのか。おまけに、警察の署長があきれて帰ったり、長女の気違いを治したぐらいで生神やなんて」 嘲笑を含んだ喜三郎の言い方に、二人はむっとした。重苦しい沈黙ののち、吐き出すように源之助が言った。「お三人さまのことはともかく、艮の金神さまを信じない上田先生を、我々の指導者におくことも金明会におってもらうこともできまヘんわいな」「さよか、そうやろなあ。ほんなすぐ園部ヘ帰なしてもらうわ」 喜三郎は立ち上がって白衣を脱ぎ、よれよれの着物に着がえはじめた。幸吉が入ってきて、事情を察したのか、黙々と兄に習って手荷物をまとめだす。 文右衛門は喜三郎の手をつかんだ。「上田先生、あんた、本気で帰るつもりかいな」「あたりきじゃ。役員一統の意見でわしを封じこめたいなら、こっちゃからおん出てやるわい」「あんたは、艮の金神さまが綱をかけちゃった人や。それを出口の神さんの許しも受けずに……」 四方源之助が続ける。「わしらは、上田先生を大事に思うさかい、忠告しとるのや。先生の肉体は必要なが、先生にかかっとる小松林は去んでもらわなならん」「そんなわけにいくけい。邪神どもが、正神の小松林命を煙たがるのはあたりまえや。審神がいやなら、わしの用はあるまい。ろくな奴の一人もおらん綾部になど、ようおらんわい」「良うても悪うても、こうなったんはお前さんが持ちこんだ霊学のせいやないかい。とにかくしばらくは敵たわんと、上谷にじっとしておることや。頼んましたで」 喜三郎は力なく坐り直した。祖母の誠心こもる説得により、ようやく穴太を脱けてきてこのざまである。腹立ちにまかせて帰れるものではなかった。怒りを鎮めようとして眼を外へやった。初秋の晴れ渡った青い空であった。 両人はなお意見を重ね、おとなしくなった喜三郎に、小松林がこれで少しは改心できたろうと喜んで帰っていった。 長滞在を許された幸吉も、あとに心を残しつつ、穴太に去って行く。
「やっぱり、天のぞいとってや」 光が躍りこむように、明るい笑声がとびこんできた。澄が縁側に坐って、上半身をこちらにねじむけている。「なんや、お澄はんかいな。珍しのう、何しに来たのや」 天性の花が咲きこぼれたような笑顔を引いて、澄はちょっと黙った。それからまじめな口調で、「先生に話があります。よいお天気やし、散歩しながら……」 人に聞かせたくない話だろうと察し、喜三郎は、気軽に連れだって上谷を下る裏道に出た。 特別の感情を抱いているつもりはないのに、澄に対すると心がほぐれ、なごむ。祐助爺さんの言うように、常識では律しられぬ神がかりやら、信者たちの食事のめんどう、所帯の切り盛りいっさいを若い身に負うて、明るく健気なこの娘がいじらしい。 修行者たちの禊する不動の滝の裏手、堂山の裾の森は蝉しぐれであった。「広前の世話はめんどうやろ。よう抜けてこられたのう」「お昼出しといて、えいっととび出してきましたんやで。今頃、祐助はんら、捜しまわっとるか知れん。それより先生、一度綾部へ帰ってきとくれんさい。病気でもしとってやないかと、うち、ちょっとは心配で見にきたんですわな」「あいにくやったな。わし、何で病気せんならんのや」「あれ、ほんまに……」 あきれたように喜三郎を見上げ、崩れかけた口もとを、澄はあわててひきしめた。「神がかりらが何か言うとるか」「何を呑気そうに……言うとるどころか、先生、またい(にぶい)なあ」「そうかのう。さっきもお三人さまやら役員一統の伝言を持って、人が来よったけど……」「神がかりは四人ですわな、牛人の金神のかかっちゃった村上はんもまじって。伝言いうたら、『神界の大敵役の小松林が改心するまで上谷を出るな。綾部には近づいてくれるな』でっしゃろ。それだけやござヘん。ゆうべなど、鬼退治やいうて、角生やした先生の似顔絵を広前に張りつけて……」「ひどい奴っちゃのう」「へえ、その鬼の絵に睡を吐きつけたり、ひっかいたり、しまいに五寸釘打ちつけて『悪神退散、祈り殺せ』ですわな」「う、痛っ。腹が病める。けったくそのわるい、あちこちちくちくしてきよった」「あほらし、冗談やありません」 思わずたじろぐほど、にらんだ澄の瞳には強い力があった。「先生は、ほんまにそんな悪い人ですかいな」「お澄はん、どない思うねん」「ぼけーっとしとってんみたいなが、みんなが言うてんほど悪い人とは思われしまヘん」「おっきに。そう言うてくれはる人は、お澄はん一人かも知れん」 心から喜三郎は言った。八方ふさがりの今、喜三郎を公平に、冷静に見ようとしてくれている澄の善意は救いであった。「うちには、何が何やらわからんもの。けど、あの四人の神がかりは正しいものやと思われしまヘん。騒ぎを大きゅうして、また警察沙汰にでもならんうち、一度綾部ヘ帰って、あの人たちを鎮めてくだんヘ。先生が間違っとってんやなかったら、誰に何と言われても、がんばっておくれなはれ」 言うだけ言うと、澄は山を駈けおりていった。一陣の薫風が吹き去った思いであった。
 残りの修行者の根を固め、四方藤太郎に審神者の訓練を続けるうち、数日がたった。早朝の滝壷から上がって冷えた裸身を拭いている喜三郎の背に、赤とんぼが吸いついては離れる。 白衣をまとい終わるのを待って、四方祐助がせき払いした。「なんや、じいさん、また事件かい」「いやいや……」 祐助じいさんは喜三郎の前に一礼し、風呂敷包みから巻紙を取り出して、うやうやしく差し出した。「これは牛人の金神村上房之助さまから上田喜三郎先生に対するお気付けのお筆先ですさかい、つつしんで拝読しとくれなはれ。返事を持って、急いで帰らんなりまへん。わしはおかげで牛人の金神さまのお覚えがめでとて……」 白扇に書かれた文字らしきものを開いてみせて、祐助は押しいただいた。「先生、読めますかい。これは現界の文字とちがいますで。天狗界の文字やげな。特別に牛人さまがわしに下されましたんやな」 ――牛人の金神が、上田にちょっと気をつけるぞよ。神の都合があるによって、修行者一統引きつれて帰るべし。牛人の金神の命令に背いたら、怖いぞよ……。 しまりのない仮名文字で、巻紙に際限もなく威しことばを綴っている。喜三郎は皆まで読まずいきなり引き裂いた。そうでもして、祐助の迷妄を醒ましたかった。「先生、なしたことを、あ、あ、おとろしや、神罰たちどころやでよ」「何がたちどころじゃ。現に破ったわしは、この通り、気分がすかっとしたやんけ。お前もためしにその扇子、破ってみい」「この天狗文字を、なんちゅうもったいない……家宝にせんならん扇子やのに……」「天狗文字か牛のよだれ繰り文字か見抜けぬわしかい。阿呆めが」「そう言われたら、そんな気もするわなあ。ほんまに扇子破っても大事ござヘんか」「わしが責任をもつ」「ほんま、だんないやろなあ」 祐助は、震える指先で扇をぴっと裂いた。緊張で体をこわばらせ、少し破れ目の入った扇子を陽にすかしてみる。手も足も歪まず、眼もつぶれそうになかった。かざした破れ白扇にも、すいと赤とんぼが止まって羽を休める。「え、えーい、くそったれ」 扇の骨がバラバラになるまで引き裂いた。大地に叩きつけ、踏み、跳び上がって蹴りつける。「この頭の禿げた爺が、まだ二十やそこらの小僧っこにだまされるとは。えー、残念じゃ」「祐助はん、着いたばかりで気の毒やが、わしはすぐ綾部へ行く。一緒に来てんか」 気力は充実して、何者かが自分の腹にどっしりとあることを、喜三郎は意識した。四方藤太郎に厳重に留守を命じ、手早く足ごしらえして、ぷりぷり怒っている祐助をうながし、上谷を下る。 ――お澄はんだけは待っとってくれる。 頭の隅をかすめるその喜びに気づいて、喜三郎は人知れず頬を染めた。 金明会の門前は信者と見物人であふれていた。半裸の村上房之助がざんぎり頭に鉢巻きをしめ、ひっくりかえらんばかりにふんぞり返っている。村上を生神と信じ畏怖している信者たちは、村上から霊験あらたかな白扇を授けてもらおうとひしめいている。 喜三郎が広前へ上がると、村上は筆を持った手で招き寄せた。「おう、小松林の上田か。よくぞ帰った。その方は、牛人の金神の命令を早速にきいた感心な奴や。褒美をやろう。家宝として大切に保存せいよ」 机の上に山と積んだ扇の中から特に大きな白扇を選びとり、文字とも符号ともつかぬものを書き、もったいぶって喜三郎に差し出す。「牛人の金神さま、これは結構な文字みたいやが、何と書いたります」 喜三郎のからかいにも、村上は悠然と答える。「読めまいがな。天狗界の文字であるぞよ。霊魂を磨けば、おのずと読めてまいるぞ。小松林の上田は修行不足であるぞよ」「修行……こうか」 大きな白扇が村上の頭上に激しくおどった。四つ、五つ、派手な音があたりに響き渡った。「どうや、牛公。目がさめたかい」 広前は凍りついた。怒りも痛みも感覚の埓外なのか、村上房之助はただぽかんと口をあけて立っている。「お帰りなさい。先生、春蔵はんらは奥の間やで」 台所から走り出てきて、しんとなった広前を見るや、澄は勢いよい声を投げかけてきた。「よっしゃ。挨拶に行てくるわ」 房之助一人を置きざりにして、腑に落ちぬ顔のまま、役員、信者たちが喜三郎に従った。「上田の鬼めが攻めてきよる。大神さま、早く神罰をあててくだされ――」 か細い女の悲鳴が、しめきった奥の間の内側から上がった。境の襖を、澄が引き開ける。喜三郎と春蔵の眼は、火花を散らしてぶつかった。「今戻ったで……」 一歩室内に踏み入って、喜三郎はにんまりした。三人の背の向こうに、角をはやした喜三郎の似顔絵が、釘ざしのまま張りついている。「おのれ、小松林、御三体の大神の許しも得んと……」 春蔵はまなじりをはねあげた。「鬼退治はあいにくやったのう。こそばゆうてかなんかったで」「く、くそっ」 瞳も、頬も、炎のように燃えたたせて、春蔵がつかみかかる。とびすさる喜三郎。金切り声をあげ崩れ去った人垣は、二人を押し包んで広前まで移動した。 喜三郎は踏みとどまり、しんとした目で三人を見すえる。「春蔵、清、せい、お前らにかかっとる霊は正神やないぞ。審神者のわしを恐れるのがそのしるしや。恐ろしゅうなかったら、神前に坐ってみい」 自ら神床を背に正座して、喜三郎は三人をうながす。人々は、波の引くように神前に坐った。とり践された三人も不承不承に膝を折る。 胸元に組んだ審神者の指先は、剣のごとく春蔵に向いた。「四方春蔵にかかられし神のみ名を伺います」 静かな声音が響き渡った。ややあって、春蔵のくいしばった唇が動く。「盤古大神なるぞ……」「何神の御子なるや伺います」「われこそは日の大神の直系にして、天地ひらけし時、現在の支那北方の地に降りたる祖神なり」「さらば天地の律法はいかに」「……」「この肉体にかかられし目的は」「天地の邪気凝りかたまりて発生したる悪霊どもが、律法にそむきて、この世をわがもの顔にはばりておるぞよ。このままでは天地が滅びるゆえ、この肉体を使うて、三千世界の立替え立直しをいたすぞよ」 喜三郎は鋭く向きを転じて、塩見せいに迫る。「神名を伺います」 せいは身震いし、白いのど首を昂然とそらした。「われは天王星より地上に降り来たる大自在天神であるぞ」 野太い男の声であった。「何故にかかられしや」「豪勇無双のわれに対して、小松林ごとき審神者が何を申すか。八千矛のわが威力を揮うて、再び天下を治めんために現われたわ」 審神者の指が黒田清にふり向けられるや否や、憑霊はとび上がって甲高く叫び出した。「す、す、素盞嗚尊はわれなるぞ。わが言向け和せし八頭八尾の大蛇が、八王八頭の身魂を冒し、神界を汚しおった。時到りて黒田清の肉体を宮とし、天叢雲剣を以てなぎ払うぞよ」「御三体、共に降りしゆえんをお伺い申す」 喜三郎の視線は、ゆっくりと春蔵の面に戻った。「われら三柱の大神あらば、三人世の元、三千世界は手のうちのごとく自由にいたすぞよ。因縁ある三人の肉体を選びし上は、小松林ごとき、いかに敵たおうとも、高天原はぴくりともいたさんぞよ」「その方ども、この審神者を明き盲と思うか。この広前を国祖国常立尊の地上神界に再現あそばされる尊い仕組みの地場と知って、再びかき乱しにきおったな。春蔵、よう聞け。お前らの名乗る盤古大神も、大自在天神も、三千年の昔国祖の定め給うた天地の律法の厳正さに論争うて、八百万の神々を動かし、ついには国祖国常立尊に御退隠をせまり、尊を艮の果てに、妻神豊雲野尊を坤の果てに押しこめて、『艮の金神、坤の金神は鬼門、裏鬼門の祟り神』とまでののしった神や。それより地上は神をないものとして、霊主体従の神律は地に堕ち、悪鬼羅刹の跳梁を許し、体主霊従、力主体霊の世界に世を持ち荒らした。すでにお前らの世は終わった。このままでは、地上界は泥海となるばかりや。天の大神は、この行き詰まった世の立替え立直しを再び国祖に命じなされたのや」「……」「三千世界の立替え立直しとは、国祖艮の金神を表に出し、霊主体従の神律世界に立ち返らせ、みろくの世を実現させることや。一度は国祖を押し込めた側の身魂が、再び同じ過ちを繰り返す気か」「だまされるなよ。上田の悪霊の舌の先に乗せられるなよ」 黒田清が狼狽した声を上げる。喜三郎の言霊は、並み居る人の胸に笞打つごとく響く。「聞け。真正の盤古大神ならば、すでに時節の来たるを知って、神政を大神に奉還なされたはず。お前らは盤古大神の系統に属する妖魅であろう。三人世の元とは何ごとや。盤古大神一派と大自在天一派は、激しく対立して覇権を争った仲やで。その上、地上現界(大海原)の主宰として国祖の御隠退に準じ、神退いに退われてさすらい給う素盞嗚尊が、何でお前らの一味に加わらんならんのや」「……」 喜三郎の言葉は、なだめるようにやわらかく続く「心を鎮めて省みてくれ。わしらは、因縁あって地の高天原に引き寄せられて、三千年来の神のしぐみの端くれになりと加わるべき使命を有する身や。この時をおいていずれの代にか改心し、天地のまことの神業に奉仕する機会があるかい。修行半ばの未熟な心で妖魅に惑わされ、千載の悔いを残すやないぞ。分かってくれ春蔵、せい、清……」「黙れ、黙れ、黙れ、小松林……」 悲鳴に近い叫びと共に、春蔵、せいがうちかかる。「悪神、立ち去れい」 気力をこめて、喜三郎は一喝した。高く体を切って、憑霊は去った。三人は、広前に無様に転がった。 針の落ちる音も聞こえる静寂の中から、喜三郎は立ち上がった。誠意をつくしても、なお言向け和しきれぬ焦燥感が、苦く心を噛んでいた。
 おとなしくなった三人を引き連れて上谷に帰った喜三郎は、彼らにその不心得をくれぐれもさとし、再び幽斎修行に加える。 九月上旬のある日、四方春蔵が修行中、何者かの霊に感合して、折れ釘流の筆先をさらさらと書いた。「この世いっさいの神界のことを綾部の大本ヘ引き継がねばならぬから、上田殿、足立殿、四方春蔵殿、至急来て下されよ――九十九仙人」 喜三郎は修行者を見廻して問う。「何や、この九十九仙人ちゅうのは。誰か知らんか」 村上房之助ら二、三人の者が聞き知っていた。 自称九十九仙人、本名は吉崎兼吉、弥仙山の麓の丹波国何鹿郡東八田村字於与岐(現綾部市於与岐町)に生まれた。七歳の時に山中で白髪異様の老人に出会い、種々の神秘を伝授され、以来その言行が一変し、木片や竹の端などで金釘流の神勅を書き始めた。彼は高言する。「わしは天のお宮の一の馬場の大神さまの命を受けて、天地の神々に大神の神勅を宣伝するのが一生の天職や。わしの書く神勅が、現代のわからず屋どもに分かる道理もなし、分からせる必要もない」 親族、兄弟、村人らからは気違いと見られ、誰も相手にせぬ。二十五、六歳のころ郷里の於与岐を捨て、口上林村(現綾部市の東北部)の山奥に小さな庵を建てて居住する。平素は樵夫を業とし、自分一人食うだけの米塩を貯えると、後はひねもす神勅だ。竹の先を叩きつぶして作った筆で引き割った板に書き記し、日当りの良い場所を選んで斜めに立て、大空にさらしているという。 興味を持った喜三郎は、翌日訪ねるつもりのところ、急用で綾部に帰り二泊した。三日目の正午過ぎ、四方祐助が上谷の修行場からあたふたと飛んできて、喜三郎に報告する。「先生、えらいこっちゃでよ。今の先、足立はんと春蔵はんが謀し合わせて、上谷を出て行っちゃったで」「へえ、どこ行ったんや」「九十九仙人のとこですわな。上田先生を出し抜いて仙人に会い、神界の秘術をこっそり伝授してもろて、あふんとさせちゃろちゅう魂胆や。十分の神力がなかったら、先生を追い出せヘんさけや。ほっといたらどもこもならん。わしが山の口まで案内しますで、早う早う……」 喜三郎はせきたてる祐助を待たして直に面会し、報告する。直は神にうかがって命じた。「先生、御苦労はんでござすが、すぐに二人の後を追うとくれなはれ」 喜三郎は祐助を案内に立てて、口上林村に向う。ここは上林川の下流に位置し、大半が養蚕を業としている。仙人のおるという杉山の一里ほど手前で、祐助を帰した。後は雑草の生い茂る羊腸の小路を一人で登る。祐助の書いたそそっかしい一枚の地図がたよりだ。 草深い峻坂を中腹近く登ると、路のかたわらの林の中に小さな小屋があり、入口に奇妙な張札が見える。「私は妻子眷属もない哀れな孤独者で年は六十七歳、この奥山へ通う人々のために一年中ここを住居として山路を直し、往来のお方の便利をはかっている者です。どうぞ御同情あるお方は、乞食にやると思うて、一銭でも半銭でもお心持を投げてやって下さい。世界の慈善者さま……矮屋主人」 その主人らしい声が外にもれてくる。小屋の入口にたたずみ、聞くともなく耳を傾ける。「お前たちが神さまの御用をする人間なら、なんで世間の義理や人情が分からん。そんなことで衆生済度どころか、自分一人の済度もできはせんわな。口先ばかりの誠で、心と行いは正反対や。わずか一銭二銭の金が惜しいのか。この老人の労苦に酬ゆることもでけんのか。たとえこの山奥で餓え死んだかて、神商売のお前らの汚ない金など受け取るかい。とっとと出て行け」 それに揶揄的な語調で答えるのは、聞き覚えのある足立正信の声である。「おい、爺さん、勝手なこと言うない。山道の修繕料よこせというても、どこに修繕してある。道草一本刈った跡も石一つ動かした気配もないやないか。今先も道端の芒で足を切るわ、石につまずいて生爪はがすわ、これだけ難儀させられて何が修繕費じゃい。淵川へ捨てる金はあっても、お前みたいないかさま爺さんに、阿呆くそてやれるかい」 続いて四方春蔵の若い声。「ほんまやでよ。世間はそんなに甘ないで。後生を考えてよいかげんに改心しなはれ。よい年して、乞食の真似などするやない」 事情がどうやら呑みこめた。よい所で足立や春蔵に追いついたものと、喜三郎は声をかけて小屋に入る。 二人は喜三郎の姿を見て腰を浮かし、足立がとってつけたように言う。「やあ、会長はん、この山路を一人でどこへ行きなさる」「お前らこそどこ行くねん」「ちょっと急用ができて、上林の知り合いを訪ねます。まあ、ゆっくりと休ましてもろて、爺さんから結構な話でも聞かせてもらいなはれ。年寄りの言うことは為になりますぞ。さあ、春蔵はん、道草を食っとれん。早う行こかいな」 足立は春蔵をせかして、入れ違いに出て行った。二人を見送って喜三郎は懐から十銭銀貨を取り出し、「御苦労でございます」と老人に差し出す。老人は嬉しそうでもなく受け取り、喜三郎の顔を凝視して「うんうん」と一人うなずく。 足立らの後を追って出ようとすると、喜三郎の袖を引き、「待ちなはれ、わしが近道を教えるさかい、慌てんでもよい」 うまそうに煙草を二、三服吸い、老人とは思えぬ軽い足取りで先に立った。杉山の麓の谷川で老人は立ち止まり、指をさして教える。「この川の向うへ渡ってとことこ歩いたら、仙人の庵につく。後は一人で行きなはれ」 老人と別れ、谷川の急流を渡って杣道を登る。五、六丁も進んだ頃、道をふさいで蓬髪弊衣、髭もじゃの逞しい男が立っていた。年は五十余りか。眼光が異様に鋭い。一目で九十九仙人と知れた。 仙人は顔色をやわらげ、愉快げに喜三郎に話しかけた。「ああ先生、こんな山奥までよう来てくれました。この日を待ちかねてましたわい」 仙人は庵に喜三郎を案内する。白湯をずず黒い土瓶から汲んですすめながら、仙人の書いた神勅なるものを見せる。その大要は出口直の筆先と対照するまでもなく、非常に類似している。「今日までの世界はわれわれ大自在天派の邪神らが自由自在に跳梁していたが、天運循環して艮の金神が再現した以上は、これからは綾部の大本へ世を渡し、神界の一切の権利を国祖に手渡さねばならぬ」 二人は神界の秘事について打ちとけて語り合う。喜三郎にとって、仙人から聞いた話は、今後の霊学研究上裨益すること大であった。 深更になっても先を越したはずの足立と春蔵が現われないので、遭難でもしたのかと心配になり始めた。その懸念を察して、仙人は笑って教える。「あの両人は先生を出し抜いて神界の神秘の鍵を握ろうとした腹黒い奴らやさかい、神界から戒められているとこです。天のお宮の一の馬場のお父さまも、天のお宮の二の馬場のお父さまも、天のお宮の三の馬場の国族武蔵吉崎兼吉も、みなあなたの体を守り、この神秘を伝えるために、二人をわざと遅らせている。明朝になれば訪ねてきますから、御心配いりません」 あかず一夜を語り明かした。喜三郎は高熊山での二度の神界修行の見聞と符節を合わせる話ばかりに驚きつつ、改めて信念の熱く固まるのを覚えた。 顔を洗いに暁の谷川に出る。峯吹く風に深霧の幕は尾上に散りゆく。百鳥の啼く音すがしく、潺々と流れる川の面に赤蜻蛉が舞う。深山の霊気に洗われて不眠を忘れるほど、気分はさわやかだ。 仙人の作ってくれた朝粥をすすり終わった頃、足立と春蔵が訪ねてきた。彼らは先を急ぐあまりに山路に踏み迷い、さらに濃霧のため方向を誤って深い谷底へ転落、あちこちに傷をおう。夜道を迷い迷ってようやく辿りついたのが元の中腹の破れ小屋、例の老人から眼玉がむけるほどどなられる。さんざん陳謝したあげく、ようやく杉山の麓の宿屋に案内してもらって一泊し、早朝に登山してきたのだ。 負け惜しみの強い春蔵は、平静をよそおって喜三郎に言う。「先生は、わしらがあまり心得違いしたから神界からお気付けされたと思うとってんじゃろうが、これも何かの神さまのお仕組みでっしゃろ」 足立と春蔵は、仙人に「神界の神秘をお伝え下さい」とこもごも頼む。しかし仙人の返答はつれない。「ああ、そのことならもう上田先生にすっかり伝えてあるさかい、先生から、発表の許される範囲で聞きなはれ。それよりも、二人をここへ呼んだのは警告しておきたいことがあるからや」 急に態度を改めて、足立に向う。「よほど心中不穏とみえて、お前の面部には殺気が現われておる。一時も早く惟神の道に立ち返り、及ばぬ野心は捨てなされ。いま改心せんと、身の破滅を招きますぞ」 次に四方春蔵に対して、言葉強く言い放つ。「お前には盤古大神の霊が憑依しとる。お前の大望は、ちょうど猿猴が水の月を捉えんとするようなもの。早う改心せんと身を滅ぼすことになる。今より一心に真心もって神界に仕えたら、昔からの霊魂の深い罪科を許されてあっぱれ神界の御用に使うてもらえるが、さもないと、災禍たちまちその身に至る凶徴がありありと出とる」 二人は真青な顔をして一言もなく震えている。仙人は立ち上がって、喜三郎に笑顔を見せた。「いよいよ時節が来た。わしの神界から与えられた役目も今日で終わりや。明日からは人界へ下って、人並みの仕事について余生を送ることになる。再び訪ねてきてもらっても、もうここにはいません」 言うなり、大鋸を肩にかけ、山奥深くヘ姿を没した。三人は思い思いの感慨に黙して庵を後にした。
 九月十九日、金明会広前は中村竹吉宅から再び金光教東四辻教会ヘと移転、艮の金神を遷座した。金光教とはっきり手を切った足立正信が大広前を明け渡し、近所の貸家に移り住んだためである。上谷に幽斎修行場をもうけてちょうど一月目。 警察へは「金光教会は河守(現大江町河守)へ移転」の届け出を出す。翌日、警官が来て移転の理由を問う。喜三郎が「神さまの御命令」と答えればそれ以上詮索せず、「足立は問題の多い人物やさかい、帰した方がよいで」と忠告した。 喜三郎の厳格なる審神に服して以来、春蔵たちは、鳴りをひそめていた。上谷も東四辻の大広前も小康を得て、泣きごと言いの祐助爺ですら、澄を相手に嬉々として竈の煙を吹き上げている。 ――筆先、霊学肚へ入れておいたら、世界一目に見えすくぞよ。その仕組みであるぞよ。 ――金明会、霊学会をこしらえて、綾部世の元にいたすのであるから、みな心得てくだされよ。今、大事のとこざぞよ。悪きことは互いに気をつけ合うて、一つ肚にならんと、はだはだになるようなことでは、みな兄弟であるから、仲よくいたして神の世話いたしてくだされよ。みな了簡がちがうぞよ。昔の始まりからのことから分かる世になりたぞよ。将来のことも分かるぞよ。 ――金神が、艮と坤ヘと立ち分けられて押し込まれ、長らくの苦労いたしたぞよ。これから鬼門の金神、裏鬼門の金神と夫婦が表に現われて、出口の神におん礼申すのざぞよ。昔には、この身魂は夫婦でありたぞよ。今は親子となりて、夫婦の御用いたさすぞよ。「今は親子となりて……親子となりて夫婦の御用を……」 中村竹吉の声がゆるんで、そこで止まった。お筆先の写しを置いて頬杖つき、思案にくれる。 ――親いうたら、艮の金神出口教祖さまのみ魂やし、子いうたら筆先でお世継と出たお澄はんの婿養子。婿の最有力候補は四方春蔵やが、何せ若い。才走りすぎて心配や。今度は、会長に審神されて味噌をつけた。副会長の足立も婿になりとて画策しとるが、あの年でしかも二人の子持ち。四方純とも醜関係がある。おまけに近頃、四方純の腹がせり出してきよった。足立の子やというのは誰の目にも明らかや。まず失格やろ。問題は筆先にも出とる上田会長。確かに霊学はたいしたものやが、こんな男が艮の金神の御用どもしたら、さっぱりこの大本をわやにしちまうでよ。 竹吉は、目の端をかたわらの男に投げた。もう昼近くというのに、喜三郎はこの広前の片隅であたりかまわぬ高鼾、口を半開きにして寝こけている。 ――わしらは教祖さまに神なろうて夜明けと共に起き、頭から水をかぶって清浄無垢、汚れはみじんも残さず洗い清め祝詞を奏上、畑仕事、草むしり、庭掃き、洗濯、それからぴりっとも膝をくずさず、腹いっぱいの声はり上げてお筆先をいただいとるいうのに、何と情けない、この会長ときたら。 ――朝の拝礼に起こしてやったら、「み魂で拝んどるわい」とぬけぬけとぬかしおって、教祖さまや信者の祝詞に鼾で合わしくさる。「朝飯どないするんや」ちゅうて親切に気いつけたのに、「ここで食うわ」と枕元を叩く。放っときゃええのに、お澄はんが膳運んでやるさかい、ますます図にのる。蒲団から首と手だけぬっとつき出し、いきなり食うさかい、みかねて、「おい手水だけでも使わんかい」言うたら、「手水つかうほど汚れとらん。お前代わって洗といてくれや」、ぐうっ、なんちゅう……。 ――教祖はんもお澄はんも我慢して、表は文句こそ言うちゃらへんが、あんなだらしないことでは、叩き出されるのも時間の問題やろ。どう考えても、艮の金神の御用ができるのは、信仰に命を張っとるわししかない。そや、いったんは籍をぬいた女房の菊やが、いいかげん追い出してしまわなあかん。 竹吉は、も一度水をかぶるために立っていった。神の選び給うわが身と思えば、たくましい五尺五寸のこの体がいとしい。「他のことは構わいでもよいから、だいいちばんに筆先を十分のみこみて、われの身魂を水晶にみがくが一等であるぞよ」 冷水をかぶるたびに水晶になっていくわが身、わが魂が分かる。風呂に入っても顔も洗わん会長とはどえらいちがいや。 竹吉は法悦の中で、好きな筆先の一節を高らかに誦した。「来いで来いでと待つ世は来いで、待たん世が来て門に立ちたが、待ちた世がまいりたぞよ」
 修行者の審神者は、四方平蔵、四方藤太郎にどうやらまかせられる状態になってはいた。喜三郎がついていなければ修行にならぬ段階から早く脱皮して、もっと自由になりたかった。審神者の養成に力を傾けて、一応目ばなしが出来るとなるや、次になさねばならぬ仕事が、急いて急いて待っていた。否、待ちかねて、喜三郎の夜を占めていた。 人々が寝しずまるのを待って、喜三郎は起きる。窓よりのぞく月に祈りを捧げて筆を持つと、ぐぐっと下腹が熱してきて、重くなる。豆ランプの光に身をかがめて、一気に筆が走った。ほとんど明け方まで、筆は休みなく走り続ける。墨をする間も、和紙をひろげる間も、実に惜しかった。二番鶏が鳴いて夜が白み始めると、筆は止まる。起きてくる修行者と入れ違いに、蒲団にもぐりこむ。喜三郎の朝寝は続いた。 綾部に来て間もなくからその仕事は始まっていたが、審神者の仕事の大部分を弟子に任してからの喜三郎は、夜半の執筆に心魂をうちこんでいた。高熊山での様々なる霊的修行の記録を、どうあっても書き残して後世に伝えねばならぬ使命感があった。が、旧金光教の信者であり、直の筆先一つに生きている役員信者らには知られてはならなかった。 喜三郎の神界での見聞と、直の筆先はぴたりと一致する個所が多かったが、疑問とするところなきにしもあらず。正直いって、喜三郎は、筆先は無論のこと、出口直の身魂の審神がまだすっきりとできぬ悩みにとらわれていた。その人柄には無条件の尊敬をおぼえつつ、一方ゆえ知らぬいらだちと反発に苦しめられた。 直の命、信者たちの帰依のよりどころである筆先が正か邪か、その判断すらつきかねて、どうして彼らの会長として涼しくおさまっておれようか。 筆先に心酔しきっている中村竹吉や足立正信の所信を聞き正してみても、喜三郎には納得できぬ。むしろ軽侮の念を押えきれないのだ。しかも、次から次ヘと筆先を丸のみにして、無智な信者たちは喜三郎をも律してくる。 早晩起きるに違いない筆先との対決、そのためにも喜三郎は、高熊山での神示のかずかずを復習し、自分の精神を整えておく必要にせまられていた。
 仮題『三界通覧』の和綴冊数もかなりかさんできた十月十日、喜三郎は、四方平蔵をともない、駿河に発った。 役員信者の迷妄をさまし、正しい霊学を発展させるためには、やはり、歴史をふまえた長沢雄楯翁の重厚なる背景に触れて認識を改め、少なくとも平蔵だけでも喜三郎の片腕となってほしかった。いずれにしても、金明会は稲荷講社付属の建前であるから、その結成について報告し、今後の指示を仰ぐ義務があった。 夜半発ちし、園部まで徒歩、園部から京都行きの夜汽車に乗った。 京都~園部間の鉄道は、鉄道国有の世論をよそに、京都鉄道会社によって開通。明治三十(一八九七)年二月に二条~嵯峨間、四月大宮~二条間、十一月京都~大宮間、そして、嵯峨~亀岡~園部間が開通したのは明治三十二(一八九九)年八月十一日であった。 八月十三日京都鉄道始業式、十四日午前中、嵯峨~園部間の無賃サ―ビス。翌十五日午前七時京都始発、八時四十六分園部着。盛大に花火が打ち上げられ、連日、火の車見物に弁当持参の見物客が押し合った。七条~園部間は十二往復、二条~嵯峨間は二十一往復の時刻表が残っている。 喜三郎の二度目の綾部行き(七月三日)当時は開通以前であったし、祖母危篤の報で穴太へ戻った時(九月三日)は、心はやれども汽車に乗る金などなかった。園部から汽車に乗るのは、二人とも初めてであった。次の駅八木までのわずかな距離であったが、目の不自由な平蔵をいたわるつもりだった。 京都での夜おそくの乗り継ぎの不便を避けて、八木の福島寅之助の留守宅に一泊を乞うた。主人寅之助は足立説得のため、土田雄弘と共に綾部に乗りこんだままであった。それから三ケ月近い。帰郷をすすめても、幽斎修行に熱中する寅之助は頑として受けつけぬ。 喜三郎は、寅之助の神がかりに危惧を感じていた。今のところ、実直に審神者に服していて、妖魅のかかった兆候はない。しかし、荒い神がかりを好む傾向と頑固一徹過ぎる性情は、いったん慢心を伴うと制御がきかなくなろう。その恐れを予測して注意を重ねてはきた。が、できれば、寅之助には幽斎修行を断念させたい。彼の里心を呼びさますためにも、留守宅を見ておきたかった。 鉄道敷設で茶店を畳み、少し奥まった鉄路脇に福島家は立ち退いていた。小さな家であった。見違えるほど面やつれした妻久が、喜三郎を見るなり畳みかけるように綾部での夫の様子を問い糺す。次女いと(八歳)、三女みずえ(五歳)、四女しず(四歳)、五女みつ(三ケ月)と、手のかかる四人の幼女を産後の身に抱えこみ、いつ戻るとも知れぬ夫の不在に心労を重ねる。かつてはぴかぴかに磨き上げ、それが誇りでもあった人力車が、まっ白く埃をかぶったなり忘れられていた。 綾部に帰ったら叩き出してでも帰郷させねばならぬ。自責の念に、喜三郎は久を正視できなかった。 翌朝、一番汽車で八木を発つ。 駿河に滞在すること三昼夜、四方平蔵は、長沢雄楯に接して、正しい帰神と俗間に行なわれている稲荷下げとの雲泥の差異に目を開かれていた。 往きはよいよい、帰りはこわい。十月十三日、まさにこの日は、四方平蔵にとって忘れることの出来ぬ大厄日であった。 下清水から江尻まで二十町、午前一時発の急行に乗る予定でうす暗い夜のホームに立つ。平蔵はいっぱいの荷物を肩に、喜三郎は両手に持っていた。汽車はボギー式で、田舎の汽車とちがって入口が少ない。その上、あとで知ったが、停車時間は僅か二分。両手の荷物が邪魔になるので、喜三郎は手早く先に乗りこんだ。 通路に荷物を下すや、目の悪い平蔵に手をさしのべて叫ぶ。「ここや、早うこい。気いつけや」 平蔵がようやく昇降台にとっついて片手をかけた時、はや汽車は動き出していた。肩一杯の荷がつっかえて足が乗らぬ。喜三郎は、とっさに平蔵の片腕をつかんだ。「危い、危い」 駅員の怒号が流れる。速度を増して七、八間、振りもぐように汽車は引きずる。平蔵は死力をこめて、喜三郎の片手にぶら下がった。瞬時、平蔵をつかんだ片腕にまっ黒い悪魔がかぶりつくのを、喜三郎は見た。 どうしてあんな金剛力が出たのか、凄じい風圧に逆らって荷物もろとも平蔵を昇降口まで釣り上げた時、二人は口もきけずに震えつつ、車中の通路に抱き合った。 ――これは単なる事故やろか。平蔵だけでも正しい審神者に育て上げわしの片腕にと、ここまで連れてきた。それを奴らは、平蔵もろとも本物のわしの片腕までもぎとろうとしやがった。邪魔な審神者に歯をむき出す邪霊群の必死の妨害や。 まだ震えの止まらぬ平蔵の薄い背を抱きながら、喜三郎は神の加護を祈る。 京都駅着午後一時。二人は東本願寺前の茶店に入り、昼食をすます。七条通りを西行、西七条に至る。ここから亀岡行きの乗合馬車が出ていた。 切符を買い発車時刻を待つうち、平蔵が苦悶しはじめた。「どないした、平蔵」「蛸、蛸や……」 茶店で食った昼飯の蛸が悪かったのだ。嘔吐し、下痢すること十数回、ついに土間に倒れたまま、死人の顔色となった。馬車屋の主人があわてた。「あんた、切符の金返すさかい、さっさと去んどくれ。警祭へ知られては何も彼も焼かれる。営業停止や、どもならんで」 コレラと判断したのだろう。どんなに急き立てられても、二人分の荷物は山とあるし、しかも平蔵をかついで山坂は越えられぬ。喜三郎は、直から授かった肌守りの中のおひねり二体(筆先の書かれた紙の極小断片)をとり出して口に含ませ、鎮魂する。ほどなく平蔵の顔色に赤味がさし、「大丈夫、大丈夫」と言いながら起き上がった。 二人の荷物を肩に手に、ようやくあいた片方の腕で平蔵を抱きかかえて歩き始めると、二台の空俥が通りかかった。「おう、救けてくれ、乗せたってくれや」 地獄に仏であった。平蔵を先の俥に押し上げ、喜三郎は後の俥に乗る。桂大橋辺までさしかかると平蔵は元気を取り戻し、大声で喜三郎に話しかけた。「何ちゅうこっちゃろ。二度までも死に目におうて、ようよう命とりとめましたわな」「二度あることは三度いうさけ、気許したらあかんでよ」 思い出多き老の坂を越え、王子、篠村と喜三郎の里心をそそる山々が見えてくる。 篠村八幡宮の少し手前であった。目の前を軽々と走っていた平蔵の俥の鉄輪が、がらりとはずれてふっとんだ。平蔵は街道に真逆様、今度こそ蛙のようにのびている。「平蔵……」 喜三郎は覚悟して近づいた。むっくりと平蔵が起き上がった。恐怖の目で車輪のもげた人力車を眺め、蒼ざめた二人の俥夫ヘと目を移して、喜三郎に弱々しく笑いかけた。笑いはたちまち涙となった。かすり傷一つなく、平蔵は無事であった。 日に三度、汽車、馬車、人力俥と乗物をめぐる災厄が降って湧いた。まるで平蔵の命を狙う刺客が待ち伏せ、罠をしかけたように。三度ともその難を切り抜け得たのは、平蔵自身の力だったろうか。否、否。肉体というものは何ともろく、ちょっとしたつまずき一つで果てるものか。無防備素手のこの肉体をどうして自力で守り切れよう。 ――お前を死なすわけにはいかん。生きて御用をせいという神さまの御心やでと、喜三郎は平蔵の魂に呼びかける。 平蔵は涙でいっそう見えぬ眼をみひらき、砂塵にまみれた足を運んだ。 篠村から徒歩で八木まで行って福島家に立ち寄り、次いで八木の大橋越えて新庄村の土田雄弘を訪ねた。 綾部で喜三郎の霊力にふれ心酔した土田は歓迎する。四方平蔵のほやほやの神徳談に花を咲かせていると、電報が届いた。その電文を見て、土田は困惑した様子である。「さしつかえなければ」と喜三郎が事情を訊く。 従弟の南部孫三郎が危篤との知らせだが、病床へ駈けつけてやりたくても、このところ手元不如意で、京都までの旅費もないという。先々月に妻とらが長男をお産したばかりであった。「一つ、先生の御祈願で、南部を助けてもらうわけにはいきまヘんやろか」と土田が頼む。 南部孫三郎は慶応二(一八六六)年に京都に生まれ、明治三十二(一八九九)年現在、三十四歳。土田の叔母ゆかが南部の母になる。 南部は金光教の教師になり、京都、備州、遠州、駿州に十七ケ所もの教会を開いたが、女性関係にだらしなくて幾度もあやまちをくり返し、ついに破門されて今では妹の家に居候している。二年前から肺結核をわずらっていたが、病状はかなり悪化していた。 喜三郎は神意を問い、むずかしい顔になった。「今日から七日目が大峠や。九分九厘助かる見込みはないのう」「それでも一厘の望みはおまっしゃろ。もし南部の命を救うてくれはったら、わしがあいつを説いて先生の弟子にして、お道のために働かせますさかい、そこを何とか神さまに無理いうとくれやすな」 喜三郎は笑いながら、「治ってから、また金光教の布教師時代のやり方されたら、わやくちゃやさけのう」「そんなこと、わしがさせますかいな。いくらなんでも、南部も女には懲りてるはずや……」「神さまが聞いてくれはるかどや、知らんが、三年間だけ命を延ばしてもらうように頼んでみる。神さまは、三年間の行状を見届けた上で、また判断してくれはるやろ」 喜三郎と平蔵を見送りながら、土田は南部のため万一の奇跡を祈った。

表題:妖魅襲来 6巻5章妖魅襲来



 夕暮れの並松で、喜三郎は澄と出会った。駆け寄って喜三郎の荷物を一つむしり取り、息をはずませ、留守中の出来事を告げる。「先生がおってない間に、広前またえらいことですで」「あいつら、また、鬼退治始めよったけ?……」「あの人らもあの人らやけど、それより福島の義兄さんや」「寅之助はんが……またかいな」と平蔵が嘆いた。 道々、手振りで、澄は喋り出した。「帰っちゃったら、床の間見てみなん。八木から持って来た義兄さんの蝙蝠傘、てんとひろげて飾っとってや。『丑年生まれの寅之助は三千世界にただ一人、この方が誠の艮の金神じゃ。みなのもの、これは艮の金神のお荷物であるぞ』と言うて、一人で奥の間占領してふんぞり返っとってやで。春蔵さん、せいはん、清はんらも上谷から出てきちゃった。義兄さんと一緒になって、あたぶさいが悪い、声色つこうてなあ、『お父さま、お久しうございまする』、『やあ、わが子であったか。会いたかった。そなたはわが妻……』、『艮の金神さまが世にお落ちあそばした時、わらわも一緒に落とされて、親子兄妹ちりぢりばらばら。時節参りて、艮の金神さまのお陰で、夫婦親子兄弟の対面……あら、うれしや、なつかしや。あん、あん、あん……』えらい愁嘆場ですわな。広前に詰めかけた信者さんたちまで、わけわからずに一生懸命もらい泣きしてなはる。牛人の金神はんがまた村上はんにかかってきて、食べても食べても『もっと食わせ』言うてじゃさかい、なんぼ粥炊いても足りまへん。早う神さまに退いてもらわなんだら、かなんこっちゃない」 恐れていた事態が容赦なく現実となっていた。しかも、苦心の末に退散させた妖魅らが、わずかの隙にまたも春蔵らを襲っている。眼の悪い平蔵をかばい続けての長い道中で疲れ果て、ようやくたどり着いたらこの始末である。 ――築いた先から崩れ落ちる砂の城や。 喜三郎は、膝頭からげっそりと力が抜けていく思いであった。「ああ、帰りなはったか。お疲れはんでした」 奥の間から現われた福島寅之助は、いつに変わらぬ律儀な態度で喜三郎を出迎えた。 ほっと緊張をゆるめて、喜三郎は問いかける。「あんた、神がかりになって、艮の金神じゃというとるそうやな」 寅之助は、押さえようもない喜びに火照った顔を撫でた。「そうや、確かにわしは、今さっきまで艮の金神ちゅうて叫んどったわい。腹の中の神さんが、どうしようもなくわしにそう叫ばせなさるのや」「そこで福島はんはどう思う。ほんまに自分が艮の金神やと思うのか」「腹の中からふき上がってくる声はわしそのものとは違うさけ、神さんに違いなかろ。神さんがわしに嘘つかせなはるはずはない」「そこがつけ目なのや。いつも言うとるように、神さまには正神も邪神もある。邪神は実に巧みに嘘で固めて世を乱すのが商売や。乱れた世の方が、奴らにはおもしろくて住みやすい。一律神さまの光に照らされた、公正な世がくるのを恐れとる。奴らの妨害も必死なわけじゃ」「妙な言い方さらすな。ほんな何け、わしの神さんが、その邪神やと……」「おう、間違いない邪神じゃわい」 寅之助の顔に、怒りが赤い血になってこみ上がった。「阿呆なことぬかしよる。わしはすまんけど、生まれてこの方、口が裂けても嘘をついたことはない。曲ったことにはどだい承服でけん男やど。このわしに、何が悲して、嘘で固めた邪神がかからんなんのやい」「福島はん、確かにあんたは珍しい正直一途、誠一筋のよい男や。そやからこそ、妖魅はあんたに惚れこんでしもた。そういう男が隙を見せるのを、今までしつこう狙とったんや。世間から悪人とか不正直とか言われる信用のない人物に、奴らはめったにかからへん。善神の仮面をかぶって、いばって世に出たがっとるさけのう」 不安の影が、寅之助の面を掠めた。「福島はん、人間はあくまで人間や。人間以外の何物でもない。教祖はんに艮の金神がかかって筆先を書かせはるが、それは、その肉体にその一時宿りなはるだけ。艮の金神そのものやない。たとえば、加賀の前田侯の定宿があって、参勤交代の途中に必ず泊まるとしょうけえ。けれど、その宿はやっぱりただの宿であって、前田侯やあらへん。前田侯以外の客も泊まるやろ。そういう理屈や。あんたが、自分自身を艮の金神と言いはるのは、それを言わせる憑霊が悪い。現にあの傘……」 喜三郎は、まっ直ぐ床の間を指さした。「あれは何や。艮の金神の荷物やのうて、福島はんの傘やろ。傘は傘、置くべきところもわきまえず、傘を飾って拝ませる。それが、あんたの憑霊の正体や。邪神の証拠じゃ」 寅之助は深刻な顔で腕組みし、床の間の傘を睨みつけている。これなら大丈夫と、喜三郎は寅之助の迷妄の醒めるのを祈る思いで待った。 翌早朝、申し合わせたように、福島寅之助を中心にぞくぞく修行者が広前に集まってきた。上谷から四方藤太郎も出ばってきて、喜三郎は、平蔵と共に必死に審神に当った。悪い結果が出たからといって、逃げ出すことも、断ち切ることもできなかった。憑依した邪神は正しい審神によって追い払わねば、やがては彼らに住みつき、本来の人格まで変えてしまう怖れがあった。 昨夜、喜三郎の意見によって省みる心をとり戻していた寅之助も、彼らの集団神がかりの中にあっては元の木阿弥。「誠の丑寅の金神が気をつけるぞよ。今までの取り違いを改めて、この方にお詫びいたせば、罪は許すぞよ。出口と上田は、二人合わせてようよう坤の金神じゃ。福島寅之助は正直一途、日本男子の生粋のみ魂であるぞよ。寅之助、綾部に治まれば、戦いもなし、天下泰平にいたすぞよ」 他の修行者も、てんでに寅之助に従って審神者をさまたげ、気炎を上げる。 その時の模様を、のちに、喜三郎は次のように述べている。「一生懸命に鎮圧に力を尽くしても、二十有余人の神がかりの大部分に、不在の間に妖魅が憑ったのであるから、なかなか容易に鎮まらない。こちらを押さえれば、あちらが上がる。ちょうど城の馬場で合羽屋が合羽を干していたところへにわかに天狗風が吹き、合羽が舞い上がり、一度に押えることができなくなって、爺があわてて堀へはまったような具合になってきた」 冷やしても手遅れの腫瘍は化膿を待つ以外にないように、喜三郎は、あきらめて彼らの狂乱を眺めた。 ふいに広前の空気が一変し、修行者は一斉に鎮まった。喜三郎の背後に、棕櫚箒を握った直が立っていた。我慢に我慢を重ねての果てであろう、思わず震え上がるほどの厳しさが、静かな立姿にこもっている。「その方は、この広前をかき乱すために、福島の肉体を借りている邪霊であろう。もう許せぬ。一時も早く退散せい」 寅之助は、風にあおられた凧のようにふわりと跳び逃げるや、太い眉をつり上げ、目玉をむいてどなった。「もったいなくも誠の丑寅の金神の生き宮を箒で掃き出すとは、分らぬ言うても程があるぞよ。丑の年生まれの寅之助の神力が強いか、出口と上田の二つで一つの神力が強いか、白い黒いを判けてみせようぞ。今宵こそ目ざましのため、神はこの広前を灰にする。気の毒じゃが、町中も火の海となるぞよ。これも出口直の我が強く、小松林の上田の改心ができぬゆえ。見てござれよ。さあ、命の惜しいものは、寅之助に従って上谷へ参れよ」 悲鳴、泣き声が上がった。今にも尻に火がつきそうにあわてて、役員信者たちは、寅之助について広前をとび出した。行列は韋駄天走りに上谷へと向かう。 とり残されたのは、直と喜三郎の二人。「教祖はん、すんまへん」 喜三郎は、歯をくいしばって手をついた。未熟な幽斎修行を始めたばかりに金明会を混乱状態に陥れ、信者たちをして高齢の直にまでそむかせる……直はにこやかに笑い返した。「大本の土台を踏み固めるには筆先と霊学が必要と、神さまが言われます。今の人間には、霊学で神さまを実地に見せねばわからぬのでしょうなあ。霊学なしでお道がひらける時節がくるまで、ごたごたするのも仕方ござへん」 達観した口ぶりであった。それは、やわらかく喜三郎の傷心をも包んでくれた。「火の海になるんやげなな。どうやろ、祐助はんまで行ってしもたで、母さん」と澄が入ってきて、広前を見渡した。「よいなあ、やっとわしら三人だけになれて、ああ、ほっこりしたわな」 気楽そうに、大きく澄は伸びをした。 三人――せめて四人であってほしかった。つい昨日、駿河からの帰途、三度の奇厄を救われて神恩に感涙していたばかりの平蔵がいない。三人ともその思いは口にせず、ささやかな昼の茶漬けをかきこんだ。 午後、中村竹吉の妻菊子が顔を出した。戸籍上は明治三十年一月に離婚とあるが、その後、縒を戻して同棲。初めの頃、上谷の修行仲間に加わっていたが、今は実業の古物商にかえって暮らしのために働いている。竹吉は最近とみに冷たくなり、実家へ帰れと追いたてる。思い余って菊子は、直に悩みを訴えにきたのだ。「教祖はん、うちはどないしたらよろしやろ。中村はなあ、『子なきは去れと言うやろ。わしは出口家の血筋を後の世に伝える大切な御用の身や。お前がおっては邪魔になる』、こう言うてきかんのですわな。お筆先にあることならうちかて諦めがつきますけど、あた阿呆くさい、夢のお告げやげな、ほんまでっしゃろか」 菊子はおそるおそる直をうかがった。「出口家の血筋を残すというと、お龍はんかお澄はんと結婚するちゅうわけか」 喜三郎が念を押す。「へえ、そういうことになりまっしゃろかいな。一徹な人じゃさかい、思いこんだらどうにもなりまへん。どうぞ、教祖はんのお口から、はっきり言い聞かしてやっておくれなはれ」 つと澄が台所へ立った。直はその後姿を見やりながら、「あの子の婿は、神が定められております。お龍の方は本人の好きなようにさせます。どっちにしても、神さまが奥さんを追い出してまで……」 直はほっと溜息をついた。「先生、お菊はんを連れて上谷まで行っておくなはれ。この上、迷惑をうける人がふえてはなりまへん」「わしの説教ぐらいで、中村はんが聞きますかいな」 逡巡する喜三郎に、直は重ねて言った。「神さまがついてなはりますで」 喜三郎は苦笑して立ち上がった。直には逆らえぬ力があった。
 上谷に着く。昼下がりの村はひっそりと人気もない。四方菊右衛門方では、黒田清が神床を背にしてまくし立て、西原村の野崎篤三郎(二十八歳)が両手をつき、高麗狗然と畏まっている。 清は喜三郎の出現に驚いて腰を浮かしかけ、虚勢を張って居直った。「上田、よう来た。そなたの改心ができぬため、この方が呼び寄せたのじゃ。気の毒ながら今夜、金明会は灰になるぞよ。ぐずぐずせずに戻らんかい。千騎一騎のこの場合やないか」「何ぬかしてけつかる。四つ堂の古狐奴、さあ、正体あらわせ」 手をくんで「うむ」と霊を送る。くるくると四つ這いになって悲鳴をあげ、清はとび出していった。野崎は、間が悪そうにうなだれている。「里はえらいひっそりしとるのう。修行者の姿もない。野崎はん、皆はどこへいったのや」「へえ、福島大先生の御命令で、役員さんらも神がかりさんらも村の人たち連れてみな堂山へ登っちゃったさかい、わしと清はんが留守番で残されたんですわな」「何しに堂山へなど……」「それが……お広前の火事見物で……」「阿呆めが」 落雷まがいの大声に、野崎も顔色を変えた。「しゃない餓鬼どもが」 舌打ちしつつ、山畑の向こうにそびえる全山松林の堂山の峰を仰いだ。彼らの無知蒙昧さは救いがたい。ごろんと横になり暗然と天井を見やっているところへ、息せき切って駆けつけてくる男。「祐助はんですで、先生」 菊子の声に、喜三郎は起き直った。「うちの人どないしてます。祐助はん」 女房らしく、心配におびえた菊子がとりすがる。その菊子を押しのけて、祐助は流れる汗と涙の顔を喜三郎にふり向ける。「なしたことしなはった。先生、神がかりはんを野狐いうて叱りつけちゃったげななあ。いま山へ登ってきた黒田清はんに素盞嗚尊はんがかかっちゃって、どくしょう(ひどく)怒っとってやでよ。お広前が神罰で焼けるのも、つまりは先生の改心がでけんさかいや。わしらは一生懸命、『大難を小難にまつり代えて救けてくだはい』言うてせんどお詫びしとるのに、先生いうたらあんまりやないかいな」「よしよし、泣くな、祐助……」 なだめかかる喜三郎の手を振り払い、祐助老人は畳に両手をついた。「先生、四方祐助の一生の頼みでございます。どうぞ黒田の神さんに、今すぐお詫びしとくれんさい。神さん怒らして、これ以上綾部のお広前や町中の大難になってはたまりまへんさかい……」「わかった、わかった、わしが悪い。ちゃんとお詫びするわい。それよかお澄はんが淋しがっとったで、祐助さんは菊子はんを連れて広前へ帰っとって」「そや、お澄はんを忘れとった。教祖さまとお澄はんは、わしが守らんなん。先生はどうしてんやいな」「堂山へ登ってみる」「無茶な。福島大先生もかっかと怒っとってじゃし、ほかの者もみな福島大先生の家来じゃさかい、一人で行ったら踏み殺されてしまうわな」「あやまりに行くのに、命までは奪らんやろ。お菊さん、竹吉さんは無事に連れ戻すさけ、安心して帰っとりな」 山畑をぬけ、すっかり穂を垂れた稲田の畦道をわけ入って、喜三郎は単身堂山に向かった。松林の裾に生い茂る雑木には茨がからみつき、道らしき道もない。山頂近くまで這い登って行くと、何十人かの興奮しきった人々のひしめくのが感じとれた。 踏み殺される――祐助の言葉も、あながちあり得んことやない。 喜三郎は、背後の松の木陰に隠れ伏して、神がかりの動きに耳を凝らした。幽斎修行に何かと批判的な副会長の足立正信が、福島寅之助の脇にかしこまっているのは意外だった。 落ちかかる夕陽に下帯一つの裸形を染めて、岩の上に突っ立つ寅之助は仁王さながら。人々はそのまわりに群れている。「福島大先生、丑寅の大金神さま、一時も早く教祖さまの我が折れまして上田が往生いたしますよう、お導きくださいませ。そして、綾部の戒めをお許しくださいませ。たとえそのためにわしの命を奪られても本望ですさかい、どうぞ教祖さまだけは助けて上げとくれなはれ」 かきくどき訴えるその声は、なんと喜三郎の片腕にもと駿河に連れて行った四方平蔵ではないか。寅之助は居丈高に言う。「こら、平蔵、よっく聞け。出口直は金光大神の反対役であるぞ。上田のような悪者を引っぱりこんで、金光教会を潰してしもた。あの広前が元金光教会の広前であったのは、その方もようく知っておろう。わしらは金光教で導かれ神の道に入ったのじゃ。平蔵とて忘れてはおるまい。それを出口と上田がわやにしたぞよ。誠の丑寅の金神も堪忍袋の緒が切れた故、上田の審神者を放り出さねば、なんべんでも汚れた広前は焼いてしまうのじゃ」 四方春蔵が前に踊り出た。「平蔵の罪も重いぞよ。われらに隠れて、出口直と陰謀を企み、上田を迎えに行きよったのはこの男。出口と上田と平蔵の三人が心を合わして尊い金光の広前を潰したのじゃ。平蔵が改心して上田を穴太へ追い返せばよし、さもなくばこの神は許さぬぞよ」 四方平蔵は地に頭をすりつけ声も出ず、震えおののいている。「まだ罪人はおる、おる」 黒田清が甲高い声で叫び始めた。黒髪を風になびかせ、清は素足のまま岩にとび乗って、妖しく腰をくねらせる。「臭いぞ、臭い、臭い、罪の匂いがするぞよ。隠れても一目に見え透くぞよ。今のうちに罪を詫びねば、火の谷底に放るぞよ」 いっせいに一同がひれ伏して泣き声を上げ、口々に許しを乞い始めた。 ――女狐め、感づきおったかと、喜三郎も頭を伏せ、身を固くする。が、黒田清の指さす先に、足立がひれ伏していた。「足立正信殿、そなたは金光教会の取次ぎであり、今まで教祖のそばについていながら、上田ごときがらくた審神者に広前を乗っ取られて、金光殿へ何と申し訳いたすぞ。上田の日々の行状を見やれ。毎日朝寝はする、昼前に起きてきて手水もつかわぬ、猫よりあさましき奴であるぞよ。寝床の中から首だけだして御膳を食い、茶を飲み、風呂へ入っても顔洗うわけやない。あんな道楽者を『因縁の身魂じゃから大事にしてやれ』と教祖が申すのは、ちと物がわからぬぞよ。教祖の目をさますには、まず上田を放り出すに限るぞよ。あとは福島大金神さまが御用いたせば、立派に教えが立つぞよ」 神がかりの攻撃は、次第に喜三郎一人にしぼられてきた。彼らは争って喜三郎を誹謗した。悪口の種は、次から次へと出てくる。 ――考えてみれば、わしが綾部に現れてからわずか三月余。その間にこれだけの金光教信者を根本からくつがえしたわけやさけ、金光教の守護神どもが怒るのも無理ないわい。 喜三郎はふっと同情的にさえなった。急速に光を失った空の下、霧もなく影絵のように人々が躍っている。喜三郎は聞きあきて、すだき始めた虫の音に心を澄ました。突然、悲鳴が上がった。「おう火じゃ、大神さまの怒りの火じゃ」 人々は清の指さす方にかたまって、岩や木の根にしがみつき、綾部の方角をのぞきこむ。「あれあれ、あれ見やれ、今、綾部の金明会の広前が焼けるぞよ。いよいよ神がみせしめいたすぞよ。皆の者、あれを見て改心いたせよ」 寅之助の上ずった叫び。平蔵の泣き声。清が跳びはね跳びはね、わめいている。「さあ、大変じゃ。出口の神さんはお気の毒。今頃は、上田が火消しに泡ふいておるわいな。ひどい火傷をいたしておるから、今度こそは神罰で命をとられるぞよ。出口の神が必死に祈っておいでる。じゃと申して、この火はなかなか消えぬぞよ。綾部の大火事となるぞ。これが違うたら、神はこの世におらぬぞよ。慢心は大怪我の元、慢心いたすと足もとへ火が燃えてきて……熱うなるまで気がつかぬぞよ。行けば行くほど茨むろ、行きも戻りもならぬ道。それそれ、あの火を見やいのう」 信者たちはいっせいに手を合わせ、丑寅大金神を拝み出した。喜三郎も、夕闇を幸いにのこのこ木陰を脱け出して、彼らといっしょにのぞきこむ。四尾山の黒々とした稜線の下あたりに、綾部の街の灯がかすかに散っている。それから少し離れて、確かにちょろちょろ赤い火が動く。 はて? 喜三郎は考えこみ、思いあたってふき出しそうになった。 ――あのあたりには上野に一軒瓦屋がある。そうや、竈に火をいれる時分や。 読者は、しばしばあらわれる珍無類の神がかりの描写の阿呆らしさにあきれるであろう。著者の懸念を喜三郎もまた抱くらしく、『我が半生の記』の中で、次のようにことわっている。「今日(著者注・大正十三年)の大本へ修行に来る人間は、大部分中等や高等の教育を受けた人が多いから、あまり脱線的低級な霊はかかってこない。が大本の最初、即ち明治三十二年頃の神がかりといったら実に乱雑きわまったもので、まるで癲狂院そのままの状態であった。その上邪神の奸計で、審神者たる者はしばしば危険の地位に陥ることがあって、とうてい筆や口で尽くせるようなことではなかった。幽界の事情を少しも知らない人々がこの物語を読んでも信じられないようなことばかりであるが、それでも事実は事実として著わしておかねば、今後の斯道研究者の参考にならぬから、有りしままを包まず隠さず、何人にも遠慮会釈なく述ぶることにしました」 すでに完全の闇。ちろちろしていた瓦屋の火も消えた。誰かがつぶやく。「火事にしては火が小さすぎるようじゃし、ちょっと早う消えすぎたようじゃな」 福島寅之助がおおいかぶせるように重々しく言う。「見い、丑寅の大金神の念力で大難を小難にまつり代えてやったぞよ。綾部の大火はこの方の力でおさめたぞ。広前一軒だけ犠牲に焼いたのじゃ。皆の者、綾部へ帰らば、出口の我を折らせ、上田を放り出してしまえよ。その後へ誠生粋の丑寅の大金神が福島寅之助大明神と現われて、三千世界の立替えをいたすぞよ。何ほど人民が偉いと申しても、神には勝てぬぞよ。改心いたさぬと、足もとから鳥が立ちて、びっくりいたすぞよ」 闇は人の心を臆病にする。一寸先の見えぬこの暗さに今更気がついて、人々はざわめきたった。上谷の八軒しかない村中総出で、家を空にして出てきたのだ。提灯の用意すらない。帰るに帰れず、途方にくれて、誰からともなく「惟神霊幸倍坐世」の大合唱が起こる。 手さぐりで傍らの松の樹に登り、枝にまたがって、喜三郎はここぞと大音声でどなった。「こら馬鹿者ども、目をさませ。お前らの阿呆さかげんは、さっきからここでとっくり見せてもろたわい」 驚愕が静寂を招いた。「わしが誰かは言わんでも分るやろ。わしの言を用いず、闇雲に反対さらしくさった結果はどうや。今ぬかしやがったみたいに、足もとから鳥が立ちてアフンとさらすな。お前らが信じきっとる神がかりは、さっきからわしが聞いとるのも知らんうつけ神じゃ。何が火傷や、神罰や。この通り、わしはぴんぴんしとるわい。綾部の広前が焼けたやて?……何かしてけつかんねん。あれは火事やない。上野の瓦屋が竈に火を入れただけや。情けない、ちっとは自分の頭で考えてみい。わしの声を、闇夜に提灯と慎んで受け止めいよ」 一同の頭上で、ばさばさと松の大枝をゆすった。一呼吸してまた叫ぶ。「よう聞けい。お前らが邪神の言に騙されて、広前が焼けると信じたまでは許せる。それならなんで、大神さまのみ霊の鎮座されとる広前に詰めて守ろうとさらさん。高みから弁当持ちで火事見物さらしておもろいか。それでも信仰者の行為か。胸に手をあてて考えてみい。ここで反省せなんだら、神罰立ち所にあたるさけ、そう思えよ。ええか」 急に誰かが「ワッ」と絶叫した。それが誘い水になって、争って逃げ出し始める。逃げると、恐怖は倍加した。背中から大天狗が舞いおりてくる気配に気も転倒しかける。「救けてくれ、大金神さま」「許してくだはれ、天狗さま」 あちこちでつまずいたり茨に引っかかって、泣き叫ぶ声がする。「あわてるな、わしは天狗やない。小松林の上田や。会長や。足元に気いつけい。すべって谷へころげるなよ」 喜三郎は、人より倍も夜目がきく。あわてふためく彼らの中に目標の人影を認めて、ぱっと松の枝からとび降りた。 さっきから地面に坐りこんで、人に踏まれ蹴りとばされても動かぬ男、その男の手をとって引き起こし抱きかかえる。この暗闇では一寸先も見えぬ四方平蔵を。純情で誠実で、それだけに誰よりも信じて騙されやすい彼だけは、無事に里まで送り届けてやりたい。この男を抱きかかえるのは何度目やろ。駿河よりの帰途を思い出したのか、平蔵も黙って喜三郎にすがっている。 誰よりも早く、四方菊右衛門の家にたどり着いた。二人ともかすり傷一つなかった。後から来る奴らは、傷せぬ者もあるまい。その痛みを、それぞれおのが招いた不明の罰と悟ってほしい。邪神の予言が虚言であったことに気づいたら、彼らも目ざめてくれよう。 平蔵をそこに残して、喜三郎は上谷から消えた。今、彼らの中に身を置く危険を知っていた。
 翌日、寝起きの顔を広前に出したところを、四方春蔵につかまった。春蔵はものかげに喜三郎を引っぱり込み、そそくさと言う。「上田先生、ちょっとお話がありますのや。外まで出てもらえまへんか」「ここではあかんのかい」 澄が不審そうに寄ってくる。「こみ入った話ですさかい、ちょっと表まで……」 出るなと眼で知らせる澄を無視し、喜三郎は春蔵について出た。足立正信・中村竹吉が寄って来て両脇に並ぶ。やはりと喜三郎は思った。いずれは対決せねばならぬのだ。覚悟を決めて見返すと、どの顔も昨夜の名残りのかき傷だらけである。 足立が無理に笑顔を作った。「会長はん、ここでは人目がありますさかい、本宮山までつき合うてもらえまへんか」「神を信じとる者が、なんで人目が恐いんや。どうせ、いやとは言わせまい」 喜三郎を中にして、四人は本宮山の杣道を登る。山頂にみすぼらしい山小屋がある。その小道を避けて、杉の丸太の倒れたあたりに立ち止まった。 四方春蔵が口を切る。「昨夜、堂山から帰ってから、役員たちが集まって会議をひらいたんですわな」「会長のわしがおらん役員会議か」「あんな悪さする男を会長とは認められん……これは、みんなの意見ですで。とにかく、役員会議の結果を先に言わしてもらいます。今すぐに綾部を立ち退いてもらいたい。わしら三人が代表に選ばれて勧告に来たんですさかい、役員の総意じゃと思うて聞いてくれんさい。もちろん、霊学を教えてもろた先生に対して、弟子の分際で言いにくいんじゃがええ、お道のためじゃと思うから、勇気を出して言います。理由は、先生が綾部にござると役員信者の心がはだはだになって一致しません。それでは教えの邪魔になり、お仕組みも成就せんわけですわな。それで一年ほど穴太に帰っとってもろて、その上でまたご縁がござしたら、皆が相談してお迎えに上がります」 喜三郎は春蔵の顔をじっと見つめた。むしろ哀れむ風な無言の視線に、春蔵は次第に蒼ざめ、うつむいていく。 足立が信者に説教する時の構えとなった。「そもそも、綾部には、天地の金神さまのお道をひらく結構な金光教の広前があったのや。お直はんが、勝手に派の違う霊学の先生を呼び寄せて潰してしまいなさったんは、あんたもよう御存知でっしゃろ。金光教は立派な公認の神道本局の直轄教会で、天下にはばからず布教伝道に従事しているお道です。言うちゃ悪いが、金明会はその筋の認可も受けず、お稲荷はんまがいの講社の軒下借りとる非公認の結社や」「なんでそれを今さら言うのや。初めから艮の金神を表に出すために立てた金明会やないけ。その副会長さんが足立さん、あんたや。あの時の初心をもう忘れてもたんか」「しかしでんなあ、これだけ役員信者の心が会長から離反してしもては、どないもならん」「離れさそう、背かせようと躍起になったあんたも、その甲斐があったようやな」 中村竹吉が椰揄した口調で加勢する。「足立先生、言うてもあきまへんで。お玉杓子は蛙の子。なんぼ鯰の子に似とっても、ちっと大きゅうなりかけると手が生えたり、足が生えたり、いつのまにやら尻尾が切れて、やっぱり先祖がえりの糞蛙よりなれんわ。なんぼ綾部が山家だとて、ここには眼のあいた者もおりますでな」「先祖がえりか、わしが。……そうや、味わいのあるよい言葉やのう」「まあ、そういうことになりまっしゃろかいな。たかだか出世して、蛙切りの土百姓から牛の乳しぼり。わしにしてからや、五、六年もの長い間、艮の金神さまのお筆先を朝から晩まで拝読しとっても、まだ満足に布教できんと悟って慎んどる。それを一年やそこらの経験で、審神者になるやの、これ以上、また神がかりを人に教えるやのというのは、どだい慢心もええとこやで。綾部には、四方春蔵という日本一素質のすぐれた神がかりができとる。福島寅之助大先生のような生神さんも、時節の力で現われちゃった。もう、上田はんの御用は終わったのや。お前さんがあっさり穴太へ帰ったら、天地の大神さまへもお詫びがかない、大勢の役員や神がかりさんも大喜び。第一、穴太のお母さんにも百姓の手伝いなっとして孝行しなはれ」 足立正信が後を続ける。「聞きなはったとおりや。立つ鳥は後をにごさず、武士は退き際が肝心じゃ。あんたの日常生活云々はこの際まず置いても、あんたが居りなはったら、しまいに教祖はんかて迷惑しますやろ。お道の妨害にこそなれ、決して為にはならん。今でこそ、教祖や会長やと威張っとってやが、元をただせば紙屑買いの婆さんに牛乳屋、金光教で拾わなんだらどうなるものでもない。それでもお直さんのことは、今までの因縁やさかい、金光教会の方で大切に世話したげる。あんたもまだ若いのや。横から出てきて、人の褌で相撲とるようなこすい考え起こさんと、大都会へでも出て、これ見たかで教会の一つも立ててごらん」「いや、見かけによらん卑怯未練なお方やさかい、これだけ嫌われとってもてんと気いつかへんのでっしゃろ」 竹吉がわざとらしい高声で、足立の耳に口を寄せた。口を極めて侮辱し立腹させて穴太へ帰らせようとする魂胆であることは、見えすいている。わかっていながら、若い血が逆上する。焼けこげそうな憤怒を思うさま破裂させて、こんな嫌味な奴らの見えんところへとんで行こう。 大きく息をのんだ刹那、郡是製糸会社の昼のサイレンが耳をつんざくばかりに鳴り始めた。長く、太く、尾をひいてこだまを返す山々。「先生、お昼やで」 明るい声がして、澄が登ってきた。澄を迎える三人の表情に複雑な影が走るのを、喜三郎は見た。「さっきから、先生がおっちゃらへんいうて、教祖はんや平蔵はんたちが心配して捜しとってやで。わたし、てっきりここやろと思たさかい……」「おおきに、サイレン聞いとったら、腹までくうっと鳴りよったとこや」「ほな、降りましょか。みなさん、お先に」 澄がこだわりない笑顔で言って、喜三郎と連れ立ち、さっさと歩き出した。「よう御両人」 背後で、とってつけたような野卑な笑いが起こった。 広前に坐して、真剣に綾部退去を思案した。もし自分が身を引くことで、金明会が平和になるならそれもいい。しかし、今でこそ喜三郎という共同の敵のために彼らは団結しているようだが、自分がいなくなれば、今度は澄の婿の座を狙って三つ巴の争いを演じよう。 目に見えぬ存在を信ずる信仰団体の中でさえ、醜い葛藤の根の断ちがたい現実。身欲・野望・嫉妬・陰謀の最中にあって、後に残った教祖や澄はどうなろう。邪霊のついた福島や黒田清の神がかりを、このまま放置することもしのびない。いかに辱しめられようと、忍耐を重ねて今はとどまるべきだ。進退を決するのは、もっと基礎が固まってから、審神者としての責務も果たし得た時点でなければ。 奥の襖が開いて、直が四方平蔵を連れ、静かに喜三郎の前に坐した。「先生、あなたは穴太へ帰る思案をしてござるなあ」「いや、たった今、残ろうと腹を決めたところですわい」 直は穏やかな顔をはんなりと笑ませて言った。「人間、心で決心したことは、また時に崩れることもありますやろ。けれどわたしは安心してますのやで。上田先生は神さまのご都合で引き寄せられたお方じゃさかい、去にたいと思うても去ぬことはできません。役員信者が反対して一人もここに寄りつかぬようになっても、わたしと先生の二人さえ誠を合わせておれば、仕組みは成就すると、艮の金神さまが言うてですさかい」 直は、姿勢をそのまま、後ろの四方平蔵に呼びかけた。「平蔵さん、ちとしっかりしておくれなはれ。艮の金神さまが綱をかけ、あなたが迎えに行きなさった先生ですで。そのあなたが、ほかの神がかりや役員の言葉に迷うては困りますわな。金光さんの教えをひらきたい人は、勝手にひらきなさったらよい。わたしら三人だけは、どこまでも動かぬよう、先生も平蔵さんもくれぐれもお願い申しますで」 直は立って居間へ引き取る。うなだれて聞いていた平蔵は、喜三郎の前に進み出て、唇を震わせた。半ば盲いたその目には、深い決意と誠心がにじんでいた。
「教祖はんに会わしとくれやす」 横柄な態度で玄関に立つ男がいた。応対に出た祐助に傲然とあごをしゃくる。「この谷口が教祖はんと二人だけの話があんのや。あとの者は邪魔やさかい、来ささんといてや」 朝のおそい喜三郎はまだ宿から顔を出していない。祐助は、以久田野へ昼の菜の茸とりに行くと張り切っている澄の袖を、心細げにひいた。「どえらい勢いやでよ。つい二十日ほど前に上谷に来ちゃったばかりの谷口はんが、まるきり人が変わっとってや。教祖はん一人でだんないやろか」「なに、母さんが負けますかいな。ほっときなはれ。御苦労のクロウの祐助はん」 相手にもならず出ていく澄を、祐助は恨めしげに見送った。 奥の間の襖を閉め切って直と対座するや、谷口熊吉(三十歳)は分厚い唇をまくり上げた。「わしに神示がくだったさかい、ご報告に上がりました。教祖はん、喜んどくれやす。ごく近いうち、大本の世継としてお澄はんと結ばれるべき因縁の身魂が現れましたで」「それは結構なことじゃが、どなたはんのことですいな」 谷口は真面目くさって一膝すすめる。「京都の男でんがな。元金光教布教師の土田雄弘先生は、綾部へおいでやして霊学に悟りを開きなはった。それから、京都の同志を集めて、塩小路の谷口房次郎はんとこに金明会支部をつくらはりましたなあ。その支部代表と選ばれて、幽斎修行に派遣されてきた人物がおりまっしゃろ。その男こそ、因縁の身魂どすがな」 得意の弁舌に泡をとばして、谷口はもう一膝、直に詰めよった。「まあ、聞いとくれやす。四方春蔵はんは上谷始まって以来の霊学の達人やの、雀と話ができるのやのといばっとってやが、ははは……その男は、なかなかそんなちょろこいものやおへん。ともかく、たったの二、三週間の修行だけで上田会長はむろんのこと、みなが兜をぬぐだけ霊術が上達したんどっせ。天眼通なら平蔵はんもはだしで逃げ出すぐらいじゃ。これは、昔からの深い因縁とお仕組みの然らしむるところや。神が世に落として隠してござった身魂やと、悟らしてもらいましてなあ」「つまり、どなたはんかと聞いとります」「わしでんがな。この谷口熊吉以外におりますかいな。今日以後、わしがお澄はんの婿として、天晴れ艮の金神さまを表へ現わし、教主のつとめも怠りなくさせてもらいますさかい、大船に乗った気持ちでいとくれやす」 物に動ぜぬ直も、谷口の臆面もない言種には返す言葉がなかった。谷口はいら立つ。「教祖はんは、世継に上田会長のことでも考えとってんどっしゃろ。やめときなはれ。言うときまっけど、上田はんみたいに役員信者一般に受けの悪い人がおったら、たちまち金明会は潰れてしまいまっせ。天眼通・宿命通自在のわしの見る目は確かなもんどす。そらまあ、今まで只働きさせたのやさかい、御用の終った上田はんには相当の銭なとくれてやって、穴太へ帰なしたらよろしやおまへんか」「……」「教祖はん、迷っておいやす時ではおまへん。谷口熊吉が金明会をかもて見なはれ、一年もたたぬうちに、艮の金神はんの教えはぱあっと日本国中に広まりまっせ。こない言うと慢心に聞こえまっしゃろけど、金明会の行く末と教祖はんのお身の上を思う余り、何もかもぶっちゃけて申し上げるんどっせ。神はせけるぞよと、お筆先にも言うたります。教祖はん、どちらにしやはります」 直はやわらかい響きのある声を落とし、ゆっくりと言う。「あなたがお道のことを考えておくれなさるお気持は分ります。それでも、誠というものは、そんなものですかいな。たとえ三日でも手ほどきしてもろたら、先生に違いござりません。わずか二十日ばかりの間に、その先生を追い出して自分が後に坐るというような心を起こす人に、誠の教えが広められるものとは思いません。誠というものは、そんな易いものではござりませんで。わたしはどこまでも上田先生と手をひいて、神さまの御用を続けるつもりですさかい、それが気に入らねば、どうぞ綾部から去んどくれなされ」 やさしい声の中に、犯しがたい厳しさがあった。谷口は慌てて態勢を立直そうといらだつが、どうしたことか舌がもつれて一言も出てこぬ。「祐助はん、あちらでお茶なっと谷口はんにあげておくれなされ」「へえ」 すぐそこにいたように、襖をあけて祐助が頭を出した。いきなりとび上がった谷口は、祐助をつき倒し、上谷さして逃げ帰った。
「先生、まだ寝とってんですかい。もうすぐ昼やのに、なんぼなんでも……」 祐助は、世にも情けない声で嘆いた。喜三郎の宿、西村庄兵衛宅の一間である。「あんたがも少ししゃっとしちゃったら、大本もこんなにごたつきはせんじゃろ。気の毒な教祖さまや。こんな先生かてかばわんならんさかい、えらい御苦労せんならん」 枕元にしゃがみ込んだ祐助の愚痴は、果てしなく続きそうだ。「なんや、用事があるなら早う言え。わしは眠い」 頭から蒲団をかぶる喜三郎。そうはさせじと、祐助が引っぱる。「いったい、あんた、どう思っとってんやいな」「なにをじゃい」「お澄はんのこと」「どうも思とらんわい。寝かせてくれ」「好きか、嫌いか」「好きも嫌いもあるけい、まだ小娘やんか」「それでよいんやな。お澄はんを他の男に奪られても……」「奪られるもくそも、初めからわしのもんみたいな言い方するな」 祐助は握った蒲団を離した。「ああ、なんでわしが、こんなに気い揉まなあかんのやろ」「ますます頭が禿げるぞ。ほっといてくれ」「ほっとけますかい。お澄はんに聞いたかて、同じこと言うてとぼけとってや。『会長はんなら好きでも嫌いでもない』やて。あの子は十七、この大本のお世継いう大切な身魂やで。おまけにあの器量や。足立はんや中村はん、春蔵や新米の谷口熊吉まで血迷うのも無理はない。この年寄かて、誰ぞつまらん男にでも奪られたらと思うだけで、泣けてきますわな。一番けろんとしとるのは、本人のお澄はんと会長はんや。今朝も谷口はんが、堂々と教祖はんに結婚申し込みにきちゃったでよ。やっと追い返しちゃった思たら、今度は春蔵はんや」「何しに来たんや」「決まってるわな。お澄はんを慕うてや」 喜三郎は寝返った。勢いを得て祐助はまくしたてる。「新の着物に新の足袋すきっとつけて、匂い袋をしのばせて、いつもの春蔵はんよか一段と男前でしたで。『お澄はんいますか』と聞いたさかい、『以久田野に茸とりや』言うたら、『わしも行ってくる』言うて……」「初茸でもとれたかい」「へえ、お昼のご馳走ですわな。初茸の塩焼きを飯にのせて、湯をぶっかけたらうまいでよ。茸の篭、春蔵はんが抱えて連れそうて帰るとこなんか、ほんまにお似あいやった。……これだけ言うても、気がもめんのかいな」 行きかけてまだ言い足りぬのか、祐助は振り向いた。「朝寝して自分の松茸にぎっとらんと、先生もたまには早起きして、お澄はんと茸狩りでも行きなはれ」
 上谷に逃げ帰った谷口熊吉は、反喜三郎派に加わって気勢を上げた。足立正信まで上谷にこもって中村や春蔵らと気脈を通じ、喜三郎失脚の案をねる。正直者の福島寅之助は、自分を真正の艮の金神と信じこみ、その発動は荒々しさを増していた。足立らは、寅之助をたてまつって教祖となし、直を隠退させ、喜三郎を放逐して自分らの思う教団をつくり上げる策謀に熱中する。 審神者の喜三郎を寄せつけぬ上谷では、寅之助にあおられて、いっせいに修行者が発動し、制止のつかぬ状態になっていた。 ついに淵垣(現綾部市淵垣町)の駐在所から、巡査が取締りに出張した。 その報を受けて、神がかり鎮定のために喜三郎が立つことになる。直は神前に祈願をこめて、喜三郎に言った。「先生一人で邪神の群れにとびこむことはあぶのうござすさかい、お澄を連れていっておくれなされ」 喜三郎は苦笑した。この前、直は「神さまがついている」と言って喜三郎の逡巡を咎めたくせに、今度は「澄を連れて行け」と言う。茸狩りやあるまいし、たかが十七やそこらの小娘がなんの力になろう。凶暴な憑霊群の前ではかえって足手まといや。 澄を見ると、まるで山遊びにでも行くように篭を持ち出して、直に話しかけている。「上谷なら、帰りに山栗でも拾ってくるわなあ、母さん」 しょせん神がかり共に罵倒され、追い返される羽目になるだろう。喜三郎は重い心を曳きずるように歩いた。ひどく徒労なことをしに上谷まで行く気分であった。 上谷の修行場では、福島寅之助が村中に響き渡る大声で叫び続けていた。「大の字逆さまの世になりたぞよ。この福島寅之助は、世の変わり目に神の御用に立てるため、三千年の昔から世に落として隠してありた身魂でありたぞよ。けれども、神が世に落として化かしてありたから、いまの人民は侮りておるぞよ。牛の糞が天下をとると申すのは、今度の譬えであるぞよ。神が表に現われて、善と悪とを立て分けるぞよ」 そっくり直の筆先の真似である。平素から筆先の聞きかじりを覚えている役員や修行者たちは、奇妙な現象だが、「寅之助が筆先と同じことを叫ぶ以上、正しく艮の金神の神がかりや」と固く信じ、畏怖した。 寅之助を持ち上げすぎた足立・中村・谷口・春蔵らは、手におえなくなって部屋の隅にちぢこまり、震えている。狂乱の寅之助を審神しようと思いあがった村上房之助が、首筋つかんで宙に投げられ、二、三間先にへたばっている。取締りに来た巡査すら恐れて手を出しかね、遠く離れて眺めるばかり。 にわかに寅之助は髪をさか立て、目を血走らせて、四股を踏み出した。「さ、いよいよ小松林の上田がやって来るぞよ。眷属ども、小松林を調伏し、改心させねばならぬぞよ。今に神が懲戒いたして、小松林を行きも戻りもならぬようにして見せるぞよ。皆の者、丑寅の金神の神力を見よ」 鎮魂の姿勢をとる寅之助の左右に、修行者たちが陣を布いて待ち受けた。喜三郎・澄・祐助が土間に足をふみ入れるのを合図に、一同は顔面をまっ赤にしていっせいに霊を放射する。祐助がとんで逃げ、外から澄の袖を引っ張った。喜三郎一人、土間に立ちはだかって、霊の集中射撃を身に受ける。 寅之助初め、春蔵・藤太郎・谷口らは、日頃霊縛の術を誇っていた。意に従わぬ憑霊など、苦もなく縛った。しかし喜三郎にだけは彼らの霊術が通用せぬのは、体験ずみである。癪でならぬ。しかし、いかな喜三郎でも、多くの念力を集中すれば七転八倒のはずであった。 喜三郎は正座に移って、手を腕前に組んだ。うーむ。目には見えぬ無数の霊線が、双方に絡みあい乱れとぶ。五分、十分、人々の顔面は赤から白、青に変じて脂汗がしたたりおちる。喜三郎とて同断。邪神の吹き出す毒気が骨を刺す寒気をともなって、意識が次第に遠のいていく。上体が頼りなく前後にゆれ始めた。 と何物かが喜三郎の背後に立った。はっと自分をとり戻すと、喜三郎の腹中に熱い力量がみなぎってくる。冴えた気合が背後からとんで、びりっと空気が震えた。寅之助の体が、ゆっくりと傾いた。転倒した手足は強ばって口もきけぬ。次々と身体硬直する者、苦悶する者、救けを求める者、放心する者。 喜三郎は立ち上がって、高々と彼らに宣言した。「今日以後、上谷の修行場を閉鎖する。邪神よ去れ」「許してください」 泣き声があちこちから上がったが、彼らの霊縛は解けぬ。ふり返ってみて、喜三郎は唖然とした。澄が頬をふくらし、目を据えて、まっ赤になっていきんでいるではないか。明らかに神がかり状態だ。背後からの気合いは、澄のものだった。「許す、許すと言うたれ」 喜三郎のささやきにうなずいて、澄は一言。「改心すれば許す」 彼らは、たちまち正気に戻る。 何ちゅうざまや、このわしは。もし澄の援助がなかったら……。 それにしても、修行したこともない澄に自然に備わる霊力の強烈さ。直が「澄を連れて行け」と言った理由も氷解した。「なんでやろ。あまり阿呆らしさかい、うんと睨みつけてやったら、みんな倒けてしもたでえ」 澄だけがおもしろそうにくっくっ笑って、祐助に語る。喜三郎は照れて頭をかいた。
表題:合縁奇縁 6巻6章
合縁奇縁



 人々の心は落ち着いた。気がついて周囲を見廻すと、もう秋の農繁期はすぐそこであった。役員信者はそれぞれ現実に戻り、野良着をつけて黄金色に揺れる田に出て行く。福島寅之助も八木に残した妻子を思い出し、綾部に心を残しながら立ち去った。「こんな筆先が出ましたのやで。先生、読んでおくれなはれ」 珍しく直自身、喜三郎を奥の間に招じ入れて、一枚の和紙を押しやった。日付は旧九月十六日(新十月二十日)。何日か直の手元にあったことになる。読みとりにくい平仮名をたどりたどり声を上げて読む。 ――出口の神と日の出の神とが、三千世界の元になるのざぞよ。出口澄と上田どのが、かわりをいたすのざぞよ。お世継と相定まりたぞよ。「先生、この筆先をどう思いなさる」「はあて……」 直は一人うなずき、言葉を続ける。「艮の金神さまが先生とお澄を結婚させるように命じてなさる。違いますやろか」「何ともわしには分かりまへん。それでも勝手な話やなあ」 喜三郎は筆先を押し返し、複雑な表情で考えこんだ。「前にもときどき、それらしい筆先が出たことがあります。神さまにうかがうと『澄の婿は定まっておる、上田どのである』と言いなさる。神さまのお決めなさることですさかい、人間心で逆らえるものやござりまへん。それでも今まで迷っていました。先生とお澄が……」 絶句した。出口直とおよそ対照的な上田喜三郎。今まで喜三郎の人もなげな行動にいやな顔一つ見せなかったのは、因縁ある身魂という神の言を信じてであろう。しかし最愛の娘の婿、それも世継とあれば、改めて心さわぐ思いがするのであろう。 直は言葉を継いだ。「お澄には、昨日わたしから言いました。神さまの言いなさることやさかい、お前は上田先生の嫁になるのやで、と。そうしたら『ふーん』と別に驚いたふうでもなく、うれしそうでも悲しそうでもなく……」 直は寂しげな微笑を口元に刻んだ。「女の結婚いうたら、そんなものでしょうな。お澄は何事にも無頓着な娘ですさかい……先生、どうぞよう考えてみておくれなされ」 広前は、急に静かになった。喜三郎は、神の経綸の地綾部の山野を眺めて考えたかった。自分の一生を託し、ここに骨をうずめるべきか、否か。 木枯しが冷たく打裂羽織の裾を吹き抜けていく。熊野神社に詣でた足は、転じて本宮山(九十一メートル)への杣道にかかっていた。 戦国時代の綾部城の位置については、定説がないという。東は山家・八田、南は京街道へ通ずる須知山峠・長宮峠を押え、氷上、多紀を背に若狭・舞鶴への街道を制圧し得るこの山は、絶好の築城地といえよう。昔、山上には底知れぬ井戸があり、土塁と思われる遺跡や、麓には抜け穴などもあったと聞く。 喜三郎は中腹の松原に折れ入って、ふと枯松葉と笹に覆われた一点に近寄り、とんと踏んだ。地底からかすかに冴えた響きが返った。まるで伏せた桶の底を叩いたように。全山に潜む神霊の強い息吹きが、地の底をゆり動かして立ちのぼるのを、喜三郎は感じた。 山頂の槌の音に誘われて、松林を後にさらに登る。足立らに退綾をせまられた山小屋の傍で、痩せた老人が一人、よれよれの単衣をはだけ、肋骨を風にさらして家造りの最中であった。「おっさん、何してるねん」 老人は手を休め、不機嫌な目を向けた。「見た通りやろ。こっちの小屋が潰れそうなさかい、新築しとる」「山の持ち主、知っとるこ」「知らいでかいな。この本宮山は改森六左衛門(五十七歳)の持ち山や。裾から頂上まで丸ごとや」「おっさんはなんぼで地所借りとるのや」「阿呆、わしの山やでよ。改森六左衛門はこのわしじゃさかい」「へーえ、改森はん、この山、水が出るけ」「井戸さえ掘ったら、なんぼでも水が出るでよ。あんた、この山のどこなっと貸したげるさかい、家造りなはれ」「家造る金なんかあるかいな」「そんなことはないない。あんた、金神さんとこにおってん先生じゃろ。あんたみたいに汚ない恰好しとったら、お賽銭上がっても出て行き場がないさかい、金はたまる一方じゃろかいや」 なるほど、そんな考え方もあるのか。喜三郎は、山持ち長者のこの老人と自分の姿を見較べて感心した。どっちもどっちである。 改森は手槌を投げ出し、熱心に言い始めた。「家造る金を持たぬと言うてんなら、わしが金貸してあげるで。お直婆さんもこの山はお気に入りや。貸してくれ言うて、さいさい来ちゃったわな」「おっさん、金も貸すんかいな」「おう、本職はそれじゃい」 欲深げな改森爺さんに調子を合わせて、茶目の虫が動く。「一山全部の借り賃はいくらや」「一年で大まけにまけて千円――」「そら高い。無茶や。いっそ売らんかい」「よっしゃ、一万円、金神さんの因縁ある山やそうなが、一万円では安い、安い」「おっさんがこの山手に入れた時は、何ぼやった」「そうやな。わしが九鬼の殿さまから買うた時は、一万八千二百十二坪で六百円……」 口すべらして、あわててごまかす。「いや、六千円……なんせ昔のことやさかい。山の樹いうたらほとんど桧ばかり……買物やでよ」「よし、買うか」 改森は目の色を変え、「一万円なら、なんぼも買手があるのや。どうしても欲しかったら、やっぱり二万円出してもらわな……」「しゃあない、二万円出すか」「いやいや、置いといたらまだ値の出る山や。四万円からびた一文かけても売れんでよ」 急いで真黒な土瓶の茶を汲み、盆に湿った煎餅を出してきて、改森は真剣にせまった。「とにかく、手つけ千円出しなはれ」「今はこの通り、千円どころか一円もない。さっぱりしたもんや」 喜三郎は、内懐をひろげてばたばたさせた。「二十年後には千円の手つけ出したろ。それまで売らんと待っとれや」 改森は目をしょぼつかせた。「二十年も寿命が持たん」「爺さんは死んでも、本宮山は残るわい。息子はんが喜ぶやろ」 出された煎餅を全部食い、土瓶の茶をすっかり空にして、喜三郎は立ち上がった。「明日また遊びに来てくれや」 親父は、未練たっぷりに背後から叫んだ。 広前に帰って、本宮山の改森爺さんの話をすると、直は微笑んだ。「二十年は、わたしも生きられまへんなあ。けど本宮山は、御三体の神さまの鎮まります聖場ですさかい、いずれ大本のものとなりますで」 大本――この言葉は耳新しくはない。いつからかお筆先にも出、直が言い、信者たちが口にしていた。たしかに団体名は金光教の広前から金明会へと変わったが、依然として大本。「ここが世界の大本であるから、そのあかしに万年青を植えたぞよ」と明治二十五年に神が宣して以来かも知れぬ。 喜三郎は本宮山の西方、町の南を壁のように区切って立つ四尾山(二百八十七・六メートル)に足をのばした。朝霧が湧き上がる裾野から四つの頭を寄せ合った頂の稜線。綾部の象徴でもあった。 尾上に立って国見した。金峰山・御岳・大江の山なみが錦をまとうてめぐる底に、ひっそりと綾部があった。由良川の上流和知川がゆったりと白銀の帯を流すあたりに点在する集落も、ちまちまとごく僅か。野の果てに郡是製糸の煙突の煙が一筋細くなびいている。 金明会の所在を捜したが、目に入らぬ。「末で都にいたすぞよ」と筆先のいう綾部は、山と川の清らかな里、あまりにも鄙びた町であった。末にもせよ、この田舎が都となるなぞ、まともに思いみるさえ笑止である。 帝のおわす都東京は雲居はるか、喜三郎のまだ踏みもみぬ彼方である。 いま人気もない山頂にあって、喜三郎は、己れの出生の秘密を思う。古い新聞を丹念にめくって、喜三郎は名のみを知る父の実像を探ったことがあった。 十年前の明治二十二(一八八九)年二月二十一日、大日本帝国憲法発布の日、皇族列次が定められている。 ――皇族列次ハ実系ノ遠近ニ従ヒ、皇位継承ノ順序ニ依ル。但シ親王叙品宣下アリシ者ニ限リ特殊ノ席次ヲ以テシ一般ノ列次左ノ通リ定ム。 熾仁親王・晃親王・彰仁親王・貞愛親王・朝彦親王・能久親王・威仁親王……名を連ねる二十二名の皇族中、筆頭に位する有栖川宮の御名に、喜三郎は息をのんだ。 御病弱な第三皇子明宮嘉仁親王はこの時わずかに十一歳で、他に皇子はいない。いかに重大かつ微妙なるお立場であったろうか。しかもいったん皇統が移れば、子から孫へ、曽孫へと一筋につながる。 有栖川宮の御子は男なら殺される――母世祢を怯えさせ、故郷に逃げ帰らせた巷の噂を笑ってよいだろうか。よしんば宮がわが子の出生を悟っていたとしても、その幸せを願えばこそ、やはり野に捨てておかれたのではあるまいか。 とすれば、宮の血を享けた喜三郎の異母兄弟が、まだどこぞに人知れず育っているかも……孤独のうちに逝かれた父宮……一人の実子をも抱くことなく……。 手さぐりの想像は果て知れず広がる。想いは胸をこがし、圧しつぶしつつ、一方、空しさにのたうった。 ――嘘だ、何でわしなどが……途方もない夢を見とるのや……母さんの一人合点や。止めてくれい。わしはわし、百姓の伜でたくさんやわい。 信じ、疑い、いつもの結論に落ちると、喜三郎は四つの尾根を端から走った。四尾山は世継王山ともいうらしい。 ――世継王か、ははは……皇統の世継を恐れ捨てられた子が、今、神から三千世界の世継を強いられる。妙なこっちゃで。 峰吹く木枯しに、紅葉が舞い散る。 出生の謎だけではなかった。いま喜三郎を惑乱させるもの。出口直と筆先、その筆先で決めつけられる世継、澄との結婚、艮の金神と小松林命……正か邪か、嘘か真実か、何もかも何故にこうも迷い、からみ合い、入り組み、わが行手に立ちふさがってくるのか。卑小非力なる己れの姿、貧しい生い立ち。 そのくせ、故郷の穴太の山に立って神への憧れをこめ、鳴り鳴りて鳴り止まざる天地の五大父音に言霊を合わせた少年の日。その夢は今も失せず、血潮となってたぎっている。 卑小と己れを観ずるのも真実。一転して神と共にある自分を観る時、天地を動かす力の内在を信ずるのも、いつわりない喜三郎の心であった。 峰続きに藤山(俗称寺山、二百メートル)へ渡った。立木のない山頂に一つ、扇松と名のある巨松がそびえ立っている。芝居の触れ太鼓打ちの爺さんが、扇松の根方に坐って、渋茶を飲んでいた。「たたかせてくれへんこ」「おう、やってみな」 爺さんは気さくに茶をすすめ、打ち方まで教える。「トコトントン、トコトントン……」 浮かれ調子は野山を越え、稲田を渡って、青空遠くこだましていく。両腕に力をこめ、次第に熱っぽく、果ては乱調子に、喜三郎は心をこめて打ち続けた。 ――見ていてくれい。綾部は末で都にしたる。神の聖都に。この触れ太鼓の音の届く限りは……。 藤山の南稜を下って若宮神社に詣でた。苔むした老杉の立ち並ぶ小暗い森に、仁徳天皇の霊が鎮まっている。 数知れぬ烏の群が夕空に立ち舞った。百の石段を下り、旧士族の家がまばらな上野を通り、広前に着くと、直が庭先に立っていた。銀色の髪が夕陽に映えてまぶしい。「四尾山から国見していました……」 帰着の挨拶をする。「それは結構でした。一度は登ってもらいたいと思っておりました」 直の瞳がなごんで、藤山の尾上を遠く見た。「懐かしい音がしてましたなあ。国替え(死去)しましたわたしの夫は、芝居が好きで、あの触れ太鼓の音さえ聞いたら、どこにいても、とんで出ましたのや……」 珍しい思い出話のあと、直の目は喜三郎に戻った。「けど、あの調子は、打つ人が違うようや。先生のいたずらですなあ」 喜三郎は、赤くなってうなずいた。やがて祐助が、続いて澄が、四方平蔵の手を引いて帰ってきた。「先生、どこ行ってなはった。無断で姿かくしてもろたら、どもならん」 祐助が目に角を立てて言った。額から汗がこぼれている。「また足立はんやらにつかまって迷惑かけられとってやないかとお澄はんが心配してじゃさかい、位田の方を捜してましたんやで」 平蔵がいうと、澄が笑った。「母さんの言うちゃった通り、心配なかったなあ。薄暗うなったら、先生捜しに行ったのやら、平蔵はんの手を引いて散歩に出たのやら分からへん」「先生は、神さまの御用を継ぎなさる大切なお体ですさかい、どうぞ一人歩きはせんように……」と、直が静かに言いそえた。「すみまへん。これから気いつけます」 子供のように頭を下げる喜三郎。 この平和な人里で、一人歩きもできぬ境遇が悲しかった。
 杞憂は現実となる日がきた。 農繁期も過ぎて、上谷はまた春蔵らを中心に修行者のたまりとなっていた。 足立正信らのすすめで、喜三郎は上谷まで修行者の様子を見に出かけた。春蔵が愛想よく出迎えて、修行場を案内する。福島寅之助がいないせいか、比較的秩序立っており、愁眉を開く。夕暮れ近く四方家を辞そうとすると、「綾部に用事があるさかい送らしてほしい」と春蔵が申し出た。 寒かった。初雪の白を見るのも近かろう。喜三郎が先に立って、懸崖の細い渓道を伝い歩く。俗にいう地獄谷にさしかかった。何故か羽織の紐が解けてすっと肩から落ちる。異様な気配が、夕霧にまじって立ちのぼった。喜三郎は羽織を拾うふりして、ひそかに心を整える。 千仭の谷間をひかえる近くの茂みに、殺気をこめて伏した人影を霊視する。いる、いる、それも十人。喜三郎を谷間に投げ捨てる魂胆まで見え透いた。 羽織を拾いつつ、傍の太い割木をつかんで崖を背に体を開く。「春蔵、わしはうしろに目がない。先を歩け」「先生、何してんです」 立ちすくむ春蔵の面には、血の気もない。「百姓と車力で鍛えたこの腕っ節が恐かったら、言うことを聞け」 春蔵は震え出し、喜三郎の面前をようやく渡って綾部の方へ逃げ出した。喜三郎は素早くねじり鉢巻し、腕をまくって夕闇に叫ぶ。「出てこい、暗殺隊。命限りの勝負や。お前らに殺されるような、安い命やないわい」 がさごそと逃げ出す何人かの足音。まだ二、三人、松の木陰に息をひそませる男たちの姿が映る。「こら、まだ隠れてけつかる奴、出てこなんだら、こっちから行くぞ」「先生、夜道は危ないさかい、お迎えに来ました」 機先を制せられて、ふてぶてしく現われたのは谷口熊吉。その後から竹原房太郎(二十三歳)・四方藤太郎・村上房之助が立ち上がった。「ど阿呆、そんな出迎えがあるけい。わしが見えんと思うか藤太郎、お前まで審神でけんのか」 思わず悲痛な叫びになった。 四方藤太郎が大地に手をついて泣き声を上げた。「先生、こらえとくれなはれ。悪神につかれて、途方もない考えを起こしました」 竹原も村上も跪いた。熊吉一人、腕組みして横をむく。「ともかく先に行け。谷口、お前が先頭や」 熊吉がしぶしぶ先に立ち、夕闇せまる谷道に出る。 根は善良で、純真な可愛い男たちなのだ。それでも喜三郎抹殺の企てに乗って出る、ただお道のために。宗教の毒性を痛感しなければならなかった。目の見えぬ者が、目の見えぬ者の手を引いて堕ちて行くのだ。血みどろの地獄界に苦悶する人の多くが、意外にも宗教家・教育家・思想家・政治家・軍人・医者などであるように。 金明会の門前にすえられた龍神岩に、赤い真綿と白い真綿を重ねかけ、縮緬の紐で縛ってあった。 四方祐助が待ちかねて迎えた。「先生ご無事でしたかい。教祖さまが大変にご心配で、『先生の命が危いさかい、お呪いする』言うちゃって、龍神岩にあんな飾りをつけちゃったんですわな。赤白の真綿を重ねたのは、艮の金神と坤の金神さま。結んだ赤い紐は龍宮さまじゃげな。春蔵はんが蒼い顔して先に帰ってきて黙って考えこんどってやが、途中、何かござしたかい」「いや、別に」「へえ、教祖さまのお力はなした大したものじゃいな。大難を小難どころか、無難にすまさせちゃったんやなあ。ともかく教祖はんがお呼びじゃで」 同行の四人を従えて直の部屋に入る。足立正信・中村竹吉・四方春蔵がかしこまっていた。「あなた方が何ほど狙うても、天地の神さまが先生を守ってござる。及ばぬ望みを捨てて、今日から先生の教えに従っておくれなされ」 娘のように澄んだ直の声がびりびりと響き渡って、聞く者は恐怖に震える。 谷口熊吉が狂ったように訴えた。「足立はんが悪いのや。わしらは、足立はんの命令に従っただけどす。わしかて初めはいろいろ意見したんどすけど、足立はんに言い負かされてしもて、上田先生を殺すことが神さまのお考えじゃと信じたんどす」 足立の巨体が動いて、谷口の頭をなぐりつけた。「なにぬかす。お前と春蔵と中村が発頭人やないか。わしは相談こそ受けたが、まさかそんな……本気でするなど……」 中村竹吉は泰然としていた。「わしは、先生の日頃の行動を、お筆先に照らして審神しとる。お道の妨害ばかりしてん先生なら、去んでん方がましじゃ……今度の計画を、わしは知らんとは言わん。それでもこんな腑抜けばかりで成功するとも思うとらんわな。今度のことは神さまの深いお気づけじゃさかい、かぼうて下さる教祖さまに甘えとらんと、先生もよい加減改心しなはれ。どうしても改心でけん人やと分かったら、わしは一人でも先生のお命をいただきますわいな」 昂然と宣言する中村には、罪の暗さどころか、狂信的な情熱の輝きすらあった。 四方春蔵が呟いた。「谷口はんが言うちゃったことはみんな嘘や。一番悪いのは谷口はんや。わしらはみんな躍らされて……」 小声であったが、誰の耳にもはっきり聞こえた。 村上房之助が春蔵を押しのけ、蒼ざめきった声で言った。「白状します。首謀者は谷口はん。地獄谷に突き落として先生を殺したら、自首して懲役に行く役はわしでした。『中ではお前が一番若いさけ、お前がせい』と谷口さんが言うちゃった。大本がよくなることならそれでもかまへんと思うていたのや……」 谷口が立ち上がり、室外に飛び出した。誰も後を追わなかった。 直が厳しい目を向けて、きっぱりと言う。「どのような理由であれ、人の命を狙うなど、神さまの目から許されることではございまへん。そのような恐ろしい企みをする人は、只今限りこの広前に出入りすることは許しませぬ」 六人の男たちは首うなだれて動かぬ。彼らにとって、直から絶縁を申し渡されることは死ぬ程つらかろう。喜三郎は、すでに彼らを心で許していた。笑ってとりなした。「命に別条なかったのやさけ、もうよいがな。教祖はん、わしに免じて許したっとくれやす」 直の頬にほっとした色が浮かんだ。喜三郎への義理から、心にもなく言ったのであろう。 信者たちと直の心の交流に、ふと羨望を感じた。直は喜三郎をかばい、喜三郎もまた直を尊敬している。しかしどことなく双方、他人行儀の気の使いようを感ずる。他の信者たちのように、直のすべて、筆先のすべてに浸りきって無心になれぬ己れのせいであることを、喜三郎は知っている。審神の心を捨てきれない自分が寂しくもあった。 谷口熊吉はさすがに綾部にいたたまれず、京都へ逃げ帰った。噂によると、綾部からはいて帰った泥草鞋を金明会京都支部に集まる信者に示し、「綾の聖地の土を踏んだこの草鞋や。これをいただいてみい、万病が治るのやで」 迷信家たちの頭にのせ、悦に入っているという。 後日談になるが、一年後に谷口は一つ年上の妻を教祖とし、「綾部の出口直より偉い」と宣言、京都に艮教会を開き、大成教の管下に入って一時、泡のような信者たちを寄せ集めた。しかし金明会を離れたとたん、習い覚えた霊術がさっぱり効かなくなり、日向に氷と融けてしまった。
 役員信者たちの関心は、出口澄と上田喜三郎の結婚を暗示する筆先に集まった。「お澄はんと上田が世継という筆先は確かに出とる。が、お澄はんと結婚せいとはどこにも出とらんやないか」 十八歳という若年にも似ず、霊能力において一派を成す勢いの四方春蔵は、役員たちを集めて力説した。「上田の行状を見てみや。今でさえ好き放題やのに、お澄はんを手に入れでもしたら、のぼせ上がって何しでかすか分からん。この大本を稲荷講社に横奪りされちまうわな」 筆先一本槍、教祖一筋の中村竹吉も、この件に関しては春蔵と同調した。「ほんまにあいつ、何しでかすか分らん気味悪いとこあるでよ。教祖さまは上田に騙されとってじゃ。お澄はんが気の毒なさかい、二人の結婚は命かけても防がんなん」 足立正信が中心となり、同じ志を持つ役員間で謀議を重ねた。
 十二月一日、元屋敷の隣、元何鹿郡長大島景僕の土地家屋が大本の所有になった。宅地五畝二十八坪、木造瓦葺き二階建て本家一棟十九坪、附属建物一棟五坪で百円。戦死したとされる直の次男清吉の一時賜金二百五十円の中から購入した。 大島は士族であり銀行に関係していたが、ある芸者に金をつぎこんで破産、家を売る羽目になったのである。 明治二十五(一八九二)年の開教当時、帰神の直は、「この村は人民の住まいいたす村ではないぞよ。神の住まいいたす村、宮屋敷であるぞよ」と叫び続けた。赤貧の直が「大島殿、家売りて下されよ。四方殿、家持って立ち退いて下されよ」などと近所の家々に迫って失笑を買ったが、その実現の第一歩を踏み出したのだ。 購入当時、この家屋は洗濯屋が借り受けて住んでいたが、家明け渡しについてはかなり紛糾した。交渉に行った世話役の横柄な言い種に怒って意地になった洗濯屋が居坐りを宣言し、実行したのだ。最後に喜三郎が乗り出して解決するまで、一年近くかかる。
 山姫の織り成す錦も散り果て、綾部の里に冬が早足で訪れた。 田中新助の家に足立正信・四方春蔵らが集まって何か謀議しているとの福林安之助の内報で、喜三郎は黄昏の雪道を行く。田中新助の家は位田橋を渡った所、四方与平・四方純・黒田清などの家の近所にある。 田中家の軒下に佇み、窓から洩れる彼らの密談を盗み聞く。察する通り、出口直と喜三郎を退隠させる相談だ。 肩に積もった粉雪をはたき、喜三郎は玄関の戸を開ける。足立正信・四方春蔵・田中新助・塩見じゅん・四方純・黒田清の六人が、ぎょっとした顔で、土間に立つ喜三郎を見た。「御苦労はん、話の筋は先程から聞かせてもろたで」 喜三郎はのこのこ上がって、彼らの座に加わる。 首謀者の足立正信が、開き直って口辺に嘲笑を浮かべる。「金明会の会長はんともあろうお人が、他人の話を立ち聞きしやはるのどすか。こうなりゃはっきり申しましょ。お直さんと先生には、この際、すっぱりと隠退してほしいんどすわ」「わしが邪魔なら、いつでも出て行ったる」「口先だけではあかんのや。執着の強い先生やさかい、いざとなったら実行できまへんやろ」「正直言うて、つくづくお前たちには愛想が尽きた。綾部に未練はあらへん」「そらよかった。会長はんさえその気になってくれはったら、この悶着はすぐに治まる」「お前らのわしを追い出したい気持ちは分かる。けど教祖はんの隠退まで、なんで望むのや」「お直はんが先生をすぐかばいなさるさかい、お仕組みが成就せん。だいたい、お直はんは教祖じゃとお高く止まっとってやが、元はと言えば金光教が支持したお陰や。それでも先生が去んでんなら話は別でっせ。お直はんかて頼る者がないさかい、わしらの言うこともちっとは聞いてじゃろ。こうなれば、この足立正信がお直さんを立てて、立派に神さまにお仕えする」「それで安心じゃ。そうと決まったら、綾部へ寄らずにこのまま園部へ行く。荷物は後で送ってくれ」 激しく抵抗すると思った喜三郎の、案に相違した態度に彼らはとまどい、しばし沈黙が続く。 足立正信の子を胎内に宿した四方純が、大きな腹を押えて、ためらい勝ちに口をはさむ。「ちょっと待っとくれなはれ。いくら何でもこのまま去んじゃったら、信者として教祖はんに合わす顔がござへんでなあ」「ほんまやなあ。一度綾部に寄って、教祖はんに得心してもろてから去んでくれちゃったらよいんじゃが。けどなあ、うちらが追ん出したちゅうことは、口が裂けても言うたらあかんでよ。教祖はんにいらぬ御心配かけることになるさかい……」 塩見じゅんが虫の良い提案をする。喜三郎への不信から謀議に加わっているが、じゅんにとって、やはり出口直は絶対の存在なのだ。「短気は損気、立つ鳥は跡を濁さずという譬えもあるさかい、教祖さんに承知させるのは、会長さんの責任ですわな。後で知れたら、うちらが叱られんなりまへん」と黒田清が調子を合わせる。 成り行きを見守っていた春蔵が、笑み崩れそうな表情を押さえ、「いざ綾部から去んでやとなると、ほんまにお気の毒な。会長はんが悪いんやない、憑いている小松林が悪いのやさかい、同情しますわな。まあ何事も大神さまのためやと思うて、ぐっと辛抱しとくれなはれ。送別会ぐらいは盛大にさせてもらいます。よかったよかった、後は若輩ながら四方春蔵が世継となって、あっぱれ神さまをお出しするわな」 足立が憤然と春蔵に抗議する。「ちょっと待たんかい。上田はんが去んだかて、この金明会はお前の自由にはさせへんで」 春蔵がさげすむように足立を見返し、四方純の腹に視線を這わした。「品行の悪い足立はんで、信者がついて行きますかな。わしは神さまから聞かされてますが、あんたはわしの弟子になってまだまだ下座の行をしてないと、人の上に立つことは許されんでよ」「何を猪口才な、青二才のくせして。お前より数段上の神がかりの福島大先生を仰いで、わしが金明会をかまうのや」「神さまのお道に年齢はござへん。寅之助はんに憑いとる神は、綾部の仕組みを邪魔する曲津神やでよ。そんなことさえ審神でけんのやから、足立はんにも困ったもんや」「とにかく一切万事、わしが取りしきる。金明会を解散して元の金光教会で開きます。艮の金神さんは金光教やなけら開けまへん」「そうなったら安心やなあ」と女性たちが賛成する。 いきり立った春蔵が反駁しかけるのを、喜三郎が押さえる。「口論なら、わしが綾部を発ってからにしてくれ。ほなお大事に」「ちょっと待ちなはれ」 足立は止め、台所にいる田中新助の長女つや子に声をかけた。「つや子はん、すまんがなあ、上田はんといっしょに大広間まで行って、ほんまに教祖はんに『綾部をやめる』と言うてかどうか、ちゃんと確かめてきていな」 喜三郎は田中家を辞し、東四辻へ向う。つや子がついてくる。二十歳の美しい娘だ。 すっかり夜が更けた。粉雪から牡丹雪に変わっていた。 つや子がすがり寄り、思いつめた声で訴える。「先生、みんな、あんまりやと思います。うち、台所で聞いてて、腹が立って腹が立って……こらえとくれなはれ、うちの父さんまで仲間やと思うと……」「田中はんは部屋を貸しただけやろ」「父さんいうたら何もわけがわからんのやさかい……先生、どんなことあっても、綾部にいとくれなはれ。あんな人たちの言うこと、ほっといたらよいのや」「始めから出て行く気、あるけい」と喜三郎はけろんと答える。「なんですと?……さっき、園部へ帰る言うちゃったのに……」 愉快そうに、喜三郎が笑った。「あない言うたらこないなることが、初めからお見通しや。わしにはまだ綾部で大事な御神業がある。おめおめ追い出されてたまるか」「それでも、教祖さまが『去ね』言うちゃったら……」「言わはるはずがない。かりに教祖はんがそう思ても、神さまがそうはさせなさらん。そこで一件落着、筋書き通りじゃ」 やがて四つ堂に近づく。四つ堂は今の綾部市綾中町のあたりを指し、当時は見渡す限り畑と桑畑の淋しい地帯。四つ堂地蔵だけがぽつんと一つ建っていた。地蔵堂は二間角で、善光寺菩薩と粟島明神を祀っている。まわりに遮蔽する物のないせいか、ほかの建物より庇がずっと深くとってあり、雨宿りには恰好だ。「先生、ちょっと休みましょかいな」 つや子に誘われ、しばらく軒下にたたずむ。身を寄せて囁くつや子の声が、妙に色っぽい。「先生が綾部から出て行く言うちゃった時、うち、どんな気がしたと思うてじゃ」「さあ……」「うちの気も知らんとあんまりやと……だってうちは……」 喜三郎は、参拝に来るつど、つや子が熱い視線を注ぎかけるのを知らぬではなかった。単なる憧れと思っていたが、どうもそれだけではないらしい。気づかぬ振りをして、「えらい心配かけたのう。けどわしは、地の高天原の綾部に腰落ちつけて御神業をやりとげるつもりや。園部へは行かん」「それより助けてくれてんお嫁さんがいりますなあ。先生、いつまで独身続けてんつもりです」 つや子が喜三郎の手を握り、しなだれかかる。「そんな話はまた後や。この雪はちょっともやみそうもない。はよ行こけい」 その時、四つ堂の中から不快な笑い声が響いた。二、三歩行きかけた二人が振り向く。戸があいて、蓑笠つけた無精髭の中村竹吉がぬっと現われた。「上田はん、たいしたもんや。この雪の中を、こんな田舎まで女たらしに来てんとはなあ」「あほぬかせ。雪に濡れて冷めとうてたまらんとこへ、これ以上濡れ衣着せられてたまるけい」「なんぼ弁解したかて、この眼であんたが娘かきくどいとってん現場を、はっきり目撃したんや。天網恢恢疎にして漏らさず、こんな危険な先生に綾部にいてもらうわけには参らん。さあ、つや子さん、わしが送ったげるさかい、位田に帰んなはれ」「よけいなお世話です。うちは足立さんから、先生を大広間に送るよう言われて来たんですさかい。下衆の勘繰りはやめとくれなはれ」 つや子は、眦を決して烈しく言い切った。「そやろそやろ、上田はんといっしょなら、ほかほか温めてもらえるさかいのう」と、中村が嘲笑する。 喜三郎はつや子の手を引いて雪の中を走り出した。どうせ今夜のことは、口さがない連中によって針小棒大に広められるだろう。自分はどう浮名を流されようとかまわぬが、嫁入り前のつや子だけは傷つけてはならぬと思いながら。 西町、本町と雪踏みしだいて、広前に帰る。 広前の玄関の戸を開けるや、四方祐助が告げた。「教祖はんが待ちかねとってやでよ」 神前に、直が端座していた。つや子の挨拶を受けた直は、喜三郎の瞳をのぞきこむようにして訊く。「福林さんのお話しでは、田中さんの家で秘密の寄り合いがあったそうですなあ。どんな具合いでした?……」 喜三郎は足立らの密議の模様をこまごまと語り、つや子が真剣な面持ちでそれを裏付けた。直は静かに聞き終わり、淡々と言う。「悪神が尊い綾部のお仕組みを奪ろうとして、躍起になっているようじゃなあ。足立さんらがどのいに先生を追い出そうと企んでも、神さまが守ってなさるさかい、帰なされはしまへんで。御苦労ですけど、神さまの御用をしっかりと勤めとくれなされ」 予期していた言葉ではあったが、喜三郎は胸が熱くなった。つや子も嬉しげにうなずいている。 中村竹吉がずかずかと入ってきて、神床に向って音高く拍手し、大声で祝詞を奏上し終え、直に向かって深々と頭を下げた。「教祖さま、わしは今さっき見てはならぬものを見てしまいましたんじゃな。蔭口はいやですさかい、このお二人のいる前ではっきり言わしてもらいます。わしが四つ堂の中で休んどりましたらな、会長はんがつや子はんを四つ堂の軒下に連れこんで、怪しげなことに及ぼうとしちゃった。わしが止めに入ったさかい、大事には及びまへなんだ。けどもしわしが四つ堂におらなんだら、純白の雪の上で、花も羞じろうつや子はんも哀れや落花狼藉……ううう……」と中村は泣きむせび、「わしが四つ堂に居合わせたんは、つや子はんの身を守れという、神さまのお導きに違いござへん。教祖さま、こんな先生が綾部におっちゃったら、役員信者の心がはだはだになって誠のお仕組みが成就しまへん。どうぞ会長はんに去んでもろとくれなはれ」 ほんものの涙を流して訴える中村の顔から撫然とした表情の喜三郎へと視線を移して、直は問いただす。「先生、中村はんの言いなはったこと、ほんまですかいな」「わしが純粋潔白じゃと言うても、中村はんが生き証人やと主張する以上、水かけ論になるだけや。けどもしつや子はんに怪しげなことする気なら、吹きっさらしの軒下やのうて、はじめから堂の中へ連れこんだでっしゃろ」と喜三郎は苦笑する。 思いつめたように、つや子は言った。「足立さんの言いつけで、御迷惑承知で、うちがむりについてきたんですわな。軒下で休んだのも、うちが『一息入れて』と頼んださかい……それより、こんなことは言いとうござへんけど、中村はんは人のおらんところで、うちにへんなこと言うたり、いやらしい素振りをしてんじゃがええ……中村はん、こないだのこと言うてもだんないか」 意外そうな顔で直は狼狽する中村を見ていたが、やがて吐き捨てるように言う。「中村さん、自分の尺度で先生を判じたら間違いますで。わが顔の墨を洗うた後で、他人さんのことを言いなはれや」「それはその……つや子さんの誤解ですわな。わしにはちゃんと女房もおりますし、何も小娘になど……けどまあ、そう思われたんならわしの不徳のいたすとこじゃさかい、今から水行してお筆先を拝読させてもらいますわな」 蒼惶として中村は引き下がり、足音荒く外へ出ていく。「人は見かけによらぬものですなあ」と直は呟いた。中村の狂熱的信仰態度を信頼していただけに、裏切られた気持ちであろう。 足立正信を先頭に、田中家に集まった連中が押しかけてきた。田中新助が朴訥な調子で述べる。「教祖さま、娘を迎えに来ましたんじゃがええ、ちょこっとだけ御挨拶させてもらおうと思いましてなあ」「それは御苦労はんなことでございます。この雪では難儀なさかい、広間で泊まって行きなはれ」と直がやさしくいたわる。 足立が進み出て、切り口上で言った。「教祖はん、上田はんからお聞き及びでしょうが、今夜、わしらが集まって相談の結果をご報告に来ました。上田はんが来て霊学を始めなはってから、綾部はごたごたが続いてどうにもなりまへん。それでこの際、時節がくるまで上田はんには去んでもろて、後は福島先生にお願いしたらということに決まりました。上田はんもこころよう承知してくれはったさかい、そのようにはからわせてもらいますで」「そうですか、どのように御相談になろうとかまいまへん。どうぞ金光教の看板でお好きにおやりなはれ。艮の金神さまは、わたしと先生と澄の三人だけでも、表にお出ししますさかい」と直はぴしっと言い渡す。 突然、奥の一間から、どなり声が聞こえた。筆先を拝読していた福島寅之助が発動し始めたのだ。「この福島寅之助は生神大金神であるぞよ。足立正信殿、でかした、でかした」 同室でいっしょに筆先を拝読していた村上房之助が、寅之助に誘発されて発動し、どなりながら広間に現われる。「丑寅の大金神さまのお成りー。牛人の金神が先触れでござる」 六方踏みつつ寅之助も現れ、神前に立ちはだかった。「足立正信は霊魂の因縁悪い故、いやな御用をさせられたなれど、お手柄であるぞよ。何事も霊魂の因縁性来のことよりできぬ仕組みであるぞよ。上田を一時も早く追い出せよ。後は福島がこの大広間をかまうぞよ」 直がつと立って、居間へ引きこむ。その背に、太い眉を上下させて、寅之助は大声を浴びせかけた。「この方が世に出るまでの先走り、お直と上田を出しておいた。直よ、それも知らずに偉そうになさるなよ。その方は福島の末の眷属じゃぞよ」 神がかり慣れした澄が台所から現われて、笑いをかみ殺して呼びかける。「義兄さん、よう分かったさかい、ちょっと静かにしとくれなはれ」「ちっとも分かっておらんぞよ。この方が雪を降らして、地を浄め、銀の世界にしたのであるぞよ。この方は生神、その証拠には雪の上に寝ようと転ぼうと、裸で風邪一つひいたことのない、まことの金神であるぞよ。実地を見て下されや」 寅之助は澄を押しのけて、はだしで庭にとび出した。いつの間にか提灯を口にくわえ、左右左と打ち振りながら四股を踏む。「上田と直が改心いたさぬから、世界はまことの闇。提灯を下げねば、一寸先も見えぬぞよ。世界の悪魔と相撲取るぞよ。生神のこの腕を見よ。骨がござる。いかなる敵も張り飛ばすぞよ」 村上が雪の上に頭をすりつけて平伏。信者たちも首を並べて見物している。寅之助はふんぞり返った。「出口直は先ばしり。今日からは丑寅の金神が福島大将軍さまと現われて、表に立ちて働くぞよ。俥引きこそしていたれ、この方が大和魂の生粋の元の種、世界中かねの草鞋で捜してもござらぬ。直も上田もすっこめ、すっこめ」 手を振り、足を振って、どすんどすんと飛び上がる。やにわに逆立ちして、太い両腕の間から頭をもたげ、「大の字逆さまの世であるぞよ。天地がひっくり返る、西から日が出る、月が出るぞよ」 くるりとでんぐり返って見得を切る。雪まみれの大奮闘に畏怖した信者たちは、手を合わせて拝み出した。 立ち出でようとする喜三郎の袖を、祐助老人が押さえている。「教祖さまさえ奥に入ってござるのや。先生、また福島大将軍さまに御無礼なさったらどもならん。じっとしてなはれ」「会長はんの改心が足らんさかい、また大金神さまが福島先生におかかりなして、わざわざお気付け下されてるんやで。先生、早うお詫びしなはれ、さあ早う」 黒田清と四方純が走ってきて、喜三郎を引き立てた。 雪庭に出ると、あの実直律儀な寅之助が凄まじい形相で襲いかかった。大きな拳骨が、喜三郎の胸に乱れとぶ。ようやく引きはずして一声、言霊を放つ。寅之助は雪の上を転がった。 村上房之助が立ちふさがる。「おのれ、生神さまに手向う気か」「目をさませ、小北山の野天狗ども」と喜三郎がにらむ。 寅之助はでんぐり返った。「上になり、下になるぞよ。めまいがくるぞよ」 それでもまだ強がりが口をついて出る。四方純が素足でとび出してきた。「謝るのや。『改心する』と手をついてお詫びしなはれ、先生」 純は喜三郎の胸ぐらを掴んだ。身重の純の体に、精一杯の闘志がみなぎっている。審神を断念して、純の言いなりに室内に入った。 直は奥の間にこもったまま。その窓下に立って、寅之助は雨戸を揺さぶる。「教祖だとて、偉そうになさるなよ。福島大将軍の御神格は、眷属身魂には分かるまいがな。分からな分かるようにして見せるぞよ。ぐらぐら降りこむ雪を、言霊で晴らしてみせるぞよ。うーむ」 村上もいっしょに天を仰いで睨みつける。「うーむ」 鵞毛の雪は、音もなく霏々として降り落ちる。際限もなかった。一人去り、二人去り、やがて広前の灯も消える。 澄は夜半の雪庭にそっと出た。寅之助は誰もいない白雪の只中で、まだ空を向いてうなっていた。いつの間にか、村上房之助の姿もなかった。「義兄さん、これ」 澄の差し出したのは、暖かい毛布であった。王子から八木まで、この義兄の人力車に運ばれた夜を、澄は忘れていない。寅之助の父に似た匂い、背の丸みも――。 寅之助は恐れるように後退った。ひとひねりでつぶれそうな繊細な澄の体の底に無意識に在る力を、寅之助の憑霊は知っている。上谷で一度は見たのだ。「毛布持ってきたんやないの、兄さん」 脛まで沈む雪を踏んで、澄は近寄った。「来るな、来るな」 叫びつつ、寅之助は激しく跳ね上がっていた。 明け方、毛布を抱えて軒下に眠る寅之助を、澄は見た。 寅之助はぷいと八木へ帰った。
 寒風吹き荒ぶ黎明、肌襦袢一枚の直は、いつものように井戸端に跪き、まず手桶の水を押しいただいた。 この朝、厳粛な面持ちで井戸端にひかえていた四方平蔵と四方祐助は、ちらと目まぜする。祐助が半開きの雨戸を庭から手繰り、内障子を左右いっぱいに引きあける。暁の冷気は、激しい水音と共に室内に流れこんだ。 高鼾がやんで蒲団が波打ち、頭が中にもぐった。前夜から広間に泊まりこんでいた喜三郎である。 平蔵は、縁先から身を乗り出して、蒲団をはがした。「先生、起きとくなはれ。眼えあけて、教祖さまの水行をごらんなはれ」 喜三郎は、薄目をあけた。「なんじゃい。まだ暗いやんか」「先生、あの水音が聞こえますかい」「わしの耳は地獄耳じゃ。うるそてかなんわ」「平蔵がお頼み申します。還暦を過ぎちゃった教祖はんが、もったいない、朝晩欠かさず水行してはるのや。先生も今日から改心して、どうぞ水行しとくなはれ」 祐助も枕元にすり寄った。「足立先生の寒がりが、この頃水行しとってんやて。この爺かて改心しました。平蔵はんと一緒に、今日から教祖さまに習うて水行しますで。ちょっと起きて見とくれなはれ」「寒い、閉めてくれ」 平蔵が、きっとなった。「お筆先が真実なら、先生はお世継のお体でっしゃろ。毎朝浄めてくれなはったら、うるさい役員たちかて納得しますわな。寒いぐらい、お澄はんのためや思うたら……」「じゃかまし。水浴びは嫌いや。蛙の生まれ代わりやないわい」 言葉を失って、平蔵は黙った。「蛙の生まれ代わりやて……蛙の生まれ代わりやて」 手ばなしで祐助が泣き出した。ぬけぬけと喜三郎が続けた。「今頃は蛙は土の中で温もっとるやろ。蛙の真似ぐらい、わしかて夏になったらしてやるわい」 背骨がきしむばかりの怒りに、平蔵は我を忘れた。憎悪をこめて、喜三郎の首を締め上げる。「もう一度言うてみい。蛙やと、教祖さまが……。おのれよくも……この罰当りめ」 はね起きて、喜三郎は平然と言い放つ。「お前らの自由になるわしとちゃうど。わしはまだ、冷水かぶらんなんほどの罪穢れは持たんわい」 いつの間にか直がきちんと着物をつけていて、血相の変わった平蔵と祐助の袖を引いた。「先生はそれでよろしいのや。好きなようにさせてあげなされ」「教祖さま……」 平蔵が口惜し涙をすすり上げる。「罪穢れの多いわたしらが朝夕に水垢離とるのは当然です。わたしはまだまだ前世からの罪が深いさかい、水行で身魂を潔めなんだら、神さまのお許しがないのですで」「ほな、先生は罪がござへんのかいな」 祐助が頓狂な声を上げる。「お筆先にも、『水浴びるばかりが行でないぞよ。いろいろの苦労が、まことの行であるぞよ』とあることじゃさかい、先生には水行よりもっと苦しい行があるかも分かりまへん」 直は、すっと縁を離れていった。「平蔵はん、教祖さんでも穢れとってんじゃったら、わしらはどうなるのやいな」「……」 平蔵は答えず、荒々しく着物を脱ぎ捨てた。祐助が胴震いして、痩せて骨ばかりの鳥肌をさらす。 中村竹吉がやってきて、にやにやしながら二人の水行を眺める。青紫に変わった唇をひんまげて、祐助ががくがく歯をかみ鳴らす。「代わった、代わった。見ちゃおれん。わしの水行見せたるわい」 竹吉が逞しい体をむき出し、ものすごい勢いで水を浴び始めた。四、五人水行希望者がつめかけてきて、高らかに数をとなえる。さすが豪快。二十五……二十六……竹吉の赤黒い全身から、湯気がたちのぼる。賞賛の声が井戸端に上がった。 誇らしげな竹吉の高笑い。「教祖はんは釣瓶に十杯の水を浴びてやが、わしは三十五杯や。わしこそ日本男子の典型やでよ」 障子が開いて、冬の朝陽のさし始める縁先に喜三郎が立った。「雨蛙さん、お早う」 大あくびが続いた。「先生、お取次ぎしとくなはれ。お参りに来ちゃった人が、腹を病んで苦しがっとってじゃ」 澄の声に導かれ、喜三郎は神前に向かう。直は筆先に没頭し、病気治しのための神への取次ぎは、神示のままに喜三郎の役となっている。おかげは面白いように立っていた。
 雪が降りつもったせいか、訪う人も少ない朝であった。喜三郎は、借りてきた新聞に読みふけっていた。広前から中村竹吉のくりかえし読む筆先が流れてくる。 ――神徳と学との力くらべであるぞよ。神の国には、あまり学があり過ぎると、かえってまことの神力を失うて、なにごとも、真実の道理が分らんようになるぞよ。神力がつよいか、学力がえらいか、こんどは解けてみせるぞよ。こんど綾部の大本でなにかのことを解けて、邪神の道をあらためさせるぞよ。 いきなり新聞がひったくられた。中村が突っ立っている。「会長はん、外国身魂やなかったら、角文字止めて、これを拝読しとくなはれ」 中村は目の前に筆先を押しつけた。「あとで読むわい。新聞返せ」「返しますかいな。『いろは四十八文字で世を新つにいたすぞよ』とけっこうなお筆先が出てますがな。新聞読む暇あったら、自分の眼でよう確かめてみなはれ」「筆先はけっこう。みみずのぬたくったような字見ただけで、わしは頭が痛うなる」 それ見たことかと、中村がせせら笑った。「なんと神さんはお見透しやなあ。わしらは大和魂やさかい、四角い支那文字みただけで頭が痛うなるのに、金明会の会長はんはさかさまや。とうとう外国身魂の曲津の正体、現わしおった」 どんと胸を突いてきた。尻もちをついた喜三郎の懐に、中村の片手がさし込まれる。「平蔵はん、祐助はん、ちょっと来ておくれい。先生が……」 中村の大声に、直を除いて居合わせた全員がかけつけた。「見てみや。これが先生の魂や。いつも懐ふくらましとったやろが。何が入っとるか、一度確かめて見んなんと思とったんや。この本、角文字ばっかりやで。いろはのいの字もないで」 中村の手にあるのは、分厚い無点の漢書であった。子供の頃から、喜三郎は厠へ行くにも本を手放したがらぬ癖があった。用心して執筆は人々の寝静まった夜半に限っていたが、まさか読書まで非難されるとは――。 手から手へと気味悪げに本が一巡する。最後に竹吉がばりばりと引き裂き、踏みつけた。「何さらすんや、ど阿呆」「神と学との力くらべや。神には勝てんぞよ」 中村が平然と言う。 喜三郎は竹吉にむしゃぶりつく。その隙に、平蔵が裂けとんだ漢書をさらって雪庭に走った。「燃やせ、外国身魂を征伐せい」 口々に叫ぶ信者たち。火打石の音高く、たちまち書物は炎となった。喜んだ人々が手を打ってはねまわる。組み合ったまま縁先までころげていった喜三郎は、竹吉を雪庭に突き落として、灰となりゆく愛書をみつめた。 怒りが炎をあげて喜三郎の胸をも焦がしていた。 こんな奴らの仲間に入って、どうするのだ。こんなところで、むざむざ一生を捨てる気か。やりきれぬ頑迷さ・無学・無知、くそいまいましい、かちんかちんの信仰め。 怒るそばから、まっ正直、生真面目な奴らばかりなのだと、喜三郎はすぐ思い返していた。まともに腹を立てる方が間違っとる。ならば……喜三郎はにやっとした。 広前の片隅に置き忘れられている客用の木根火鉢にとび乗った。「おい、ありがたいお話聞かしたるで。みなこっちゃ来いや」 信者たちは、遠まきに警戒している。「何しとんじゃい。外国身魂燃やされちもたさけ、あとわしに残っとんのは生粋の大和魂ばかりやないけ」 平蔵が、目に角たててつめ寄った。「いや、まだまだ。先生、この様は――あんまりやござへんかい。教祖さまは、あのお年で、もったいない言うて火鉢があってもよう手もあぶりなさらん。世の中の行く末を思うたら、我一人ぬくぬくはしておれん言うちゃってな。寒水かぶりなさっても、火には寄らんお覚悟ですで。それを股火鉢やなんて」「ええ気持ちやで。ぬくとて、全身がほかほかしよる。火鉢があるのにあたらん方こそ、天地の冥加を知らん罰あたりのするこっちゃ。もったいない、火があるなら充分あたって、ぬくもるのが冥加やないけ。手あぶるよりは、茶袋ぬくめる方が一段とけっこう、けっこう」「会長はん、教祖さまに逆ろう気かい」「いやいや、ただ物の道理を言うたまでじゃ。雪は降る。赤穂浪士討入りの夜が近づきおるのう。奴らがめざす仇の首を上げながら、何故最後になって全員切腹か。哀れにも明日を生きれなんだそのわけを言うたろかい。それはのう、四十七士では、も一つ不足やった。いろは四十八番目の尻むすび『ん』の言霊の活用を知らんかった。『運』がなかった。円満清朗いろは四十八文字の言霊がすっかり揃わなんだら、何ごとも成就せんわい、新つの世は迎えられんわけや」 喜三郎は信者たちを手招いた。いろは四十八文字の講釈ならばと、彼らは気を許して火鉢のまわりに近寄った。「おぼえとけよ。いろは四十八番目、尻むすびの言霊を活用して見せちゃる」 高らかに「うん」と力む。俄然、大砲一発。灰神楽が舞い散った。あたりはもうもう。のぞいていた澄がふき出し、笑いころげて逃げていく。 平蔵・中村の両人は憤然として立ち上がった。奥の間を開けて、平蔵は進み出る。「教祖さま、わしは神さまのご意見じゃと思うて、今まで上田会長とお澄はんの結婚に賛成してきましたが、なんぼなんでもあんな行儀の悪い先生は、見たことも聞いたこともござりまへん。わしは、あんなものを婿にせいいう艮の金神さんのお言葉まで、信じられんようになりましたわいな」 中村竹吉もにじり寄った。「教祖さまは、広前のことは御存じありまへんやろ。あの上田会長は朝寝が好き。水行は冷たいさけ嫌い。火鉢にまたがり、尻あぶって屁をひる。おまけに筆先は大嫌いで、支那文字ばかりの本を一日抱いとってですで。わしらの手にはおえまへん。あんな外国身魂に、世継のお澄はんをやりなさるんですかい」 中村の目にも涙が光っていた。 平蔵や中村の危ぶむ気持ちは、素直に直に響く。筆先を絶対と信じながら、肉体の母親の心で喜三郎を見る目は、直とて彼らと変わらなかった。「神さまにうかごうてみます」 直は二人を従えて広間に出、神前に坐した。銀鈴を振るような直の神言が始まった。 喜三郎は彼らの前に出て、神前に供えてある蜜柑をつかんだ。蜜柑は当時、この地方では珍しい高価な果物であった。指を突き立てると、甘ずっぱい香がひろがる。 むいた皮は、直の頭ごしに拝礼中の平蔵めがけて投げつけた。頭にひっかかる。次は中村竹吉。まともに鼻の先にぶつかった。手頃な的であった。まいったか、高慢ちきな鼻め。くっくっと含み笑う喜三郎。真赤な顔をよけもせず、二人は一層祝詞に力をこめる。 蜜柑を食い終わり、ぶつける皮もなくなると、ごろんと横になった。 ――これでよいのだと、喜三郎は思った。 ――これで愛想をつかして追い出す直なら、こちらから出て行くまでや。艮の金神がいったんかけた綱を、引きちぎっても出てみせよう。世継や、結婚やと勝手に一人ぎめする神につき合うて、一生わけもわからんことに無茶苦茶に引きまわされてたまるかい。とっておきの四十八手、わしの最後の審神の仕方や。見とれい。「うん」と思いきりぶっぱなして、運を天にまかせ、大の字になった。空鼾をかいて、狸寝入りをした。 直は祝詞のあとの祈念に入っていた。「ほほほ……」と声を上げて笑った。 平蔵と中村は、ぎょっとして、平伏していた頭を上げる。 直の傍近く仕えながら、二人とも、直がこんなに軽やかな声を上げて笑うのを初めて見たのだ、しかもこんな場合に。二人は直の両脇にすり寄った。 やがて直は眼を開き、拍手して拝礼を終え、喜三郎の寝顔に深く見入る。その頬には微笑が浮かび、目には可愛くてたまらぬやんちゃ坊主をいとおしむ、慈母の光がある。「お澄、先生が風邪引かれたら悪いで、おふとん掛けてあげなされ」「はーい」 澄の返事を聞きながら、直は次の間に入った。ついてくる二人は、世にも不服げにふくれ返っている。直は楽しそうに茶を入れてやりながら、「やはりお筆先は違うてはおりまへんで。『この者じゃぞ。この者でないと大本の経綸はできんのじゃ。この者は化物じゃ。神が使うて化かしてあるぞ』と神さまは言いなさる……」「それでも、あんまりやござへんか」 投げつけられた蜜柑の皮をもみくちゃにしながら、憤然と中村が言った。「御神前ですで。わしらはともかく、大神さまや教祖さままで馬鹿にしくさって」「艮の金神さまは細かいことがお嫌いじゃさかい、かれこれ言わんとおくれなはれ。何事も神さまにお任せするより、しょうがござへんでなあ」「へーん、ともかく、これが証拠や。蜜柑の皮は大切にもろときますで」 中村は皮を紙にくるみ、懐にしまいこむ。 平蔵が面を上げた。「神さまの仰せですけいど、わしに一つお願いがあります。わしが会長はんを初めに綾部に引き出してきたのですさかい、責任がありますわな。足立先生とも相談して、穴太に上田喜三郎の身元調査に行きとうございます。うかつにも、どこの馬の骨やらも確かめなんだのでは、いくら神さんまかせいうても、お澄はんに済まんさかい……。家柄・血筋・経歴・素性にまちがいござらぬと納得できれば、わしも潔う御神示に服します」「好きなようにして下され。と言うても、こちらこそ出口家の素性いうて、誇れるものは何一つありませんで……」 二人は気負い立って、足立の下宿先へと出て行った。 喜三郎は、耳をすまして彼らの会話を聞いていた。直の言葉を反復するうち、いつの間にか涙が滲んでいた。一人で意地をはって反抗している自分が、ひどく卑小な存在に思えた。 喜三郎はのびをした。気がついてみれば、ごろ寝の神前なのに、ちゃんと掛蒲団がかかっている。頭の下には枕まである。そうか、お澄はんやな。寝心地の良いまま、つい深く寝入ったらしい。広前には人気もなく、障子の外は雪明かりにほの白い。「お目ざめですかい。先生、夜は何しとってんやら知らんけど、よっぽど寝不足しとってやなあ。あれでは、寝首かかれても分からしまへんわな」 澄が笑顔で言った。「すまん、すまん。御神前やさけ、良い気持ちやった。……教祖はん、これやないけ」 喜三郎は、頭に指二本立ててみせる。「さあ、どうでっしゃろ。母さんは奥の間や」 首をすくめてみせて、澄は行ってしまった。ふっと刻んだ澄の両頬のえくぼが、何ともいえぬ可愛さで喜三郎の胸にやきつく。 足立らが身元調査に行けば、いかな直でも愛想をつかそう。内縁とはいえ、二度までも妻を持った。何をしても失敗ばかり、しかも女でいり、侠客との喧嘩沙汰。郷里には悪評がいっぱいである。 ――それでええのや。琴と別れたのも、一生を神に捧げ、結婚すまいと誓ったからや。だからこそ、澄のことは意識におくまいと、つとめて気をそらしてもきた。が、いざ出て行くとなると、あとのことがひっかかる。足立正信・中村竹吉・四方春蔵、その誰にも、無垢な澄を渡したくない。いやだ、あいつらになぞ。 唐突に激しくふき上げてくるその感情に、喜三郎はよろめく思いであった。
 喜三郎は澄を誘い、ひそかに昼下がりの本宮山に登った。 山頂の古い山小屋は雪をかぶり、木枯しが潰れかけた戸をあおり立てる。その横の新築の小屋は完成まぢかだから、いずれ取り壊される運命にあろう。小屋の主、改森老人の姿はない。「おう寒む。このぼろ小屋を借りよけい」「けど黙って入ったら、改森はん叱ってないやろか」「かまわん。いずれこの山ごと、大本の物になるんや」「ほんまに!……」と澄が眼を丸くする。「ただしいつのことやら知らん。今はこの山小屋跡に立派な神殿の建つ姿が見えるだけや。小屋の中かて隙間風は入るけど、吹きっさらしよりはましやろ。まあ遠慮なしに入ってくれ」 狭い土間の中央に囲炉裏が掘られている。隅に積んである藁を敷いて席を作った。「何も愛想はないけど、薯なと食おけい」 にやっと笑って、懐から数箇の薩摩薯を取り出す。台所から失敬してきた奴だ。喜三郎は薯を灰に埋め、手早く柴を積んで火をおこす。「お澄はん、この薯がほっこり焼けるまで、ゆっくりせいや」「大事な話がある言うてやさかい、忙しいのに祐助はんの目盗んで抜け出してきたんですで」「そう言うな。実は誰にも邪魔されんと、二人だけで話がしたかった。知ってるやろ。お澄はんとわしが大本の世継になるちゅう、筆先が出てるのは……」「そうですてなあ。なんせ神さんのしやはることやさかい、うちらには見当とれしまへん」 澄が他人ごとのような返事をした。さし迫る運命にも神にまかせて自若としている十七歳の少女の面を、喜三郎は不思議な思いで眺めた。 綾部に腰落ち着けてからの半年――めまぐるしい修行、役員たちとの確執、疑惑、反撥、そして邪神憑きどもとの切羽つまった対決、夜は他人の目を忍んでの執筆の明け暮れ、澄と心を割って語り合うひまはなかった。 喜三郎の生い立ち、苦渋に満ち放埒に過ぎた青年期、喜三郎を生まれ代わらせた霊的な高熊山での体験、人には打ち明けられぬ出生の秘密など、澄は何も知らぬ。また澄の十七年間の時の流れを、喜三郎は知らない。五歳の時に父に死別し、七歳から転々と歩いた苦しい子守奉公、狂った姉を持ち神がかりの母と暮らした幼時、母と離れ死をも考えた少女期、語るには過去はあまりにも苦い。 お互いに過去は知らなくとも、その積み重ねの果てに今、二人はここにいる。それで十分ではないかと、喜三郎は思う。 未熟な少女に過去を告白し、なまじ恐れさせて常識はずれた狂信の男どもに澄を渡す結果になることは、絶対にしたくない。が、神示が下ったのを幸い、このまま無心の澄を妻にしてよいものかどうか。あれほど尽くしてくれた多田琴にさえ、「神の道に妻は不要」といっぱしのことを言った。 その上、二重に喜三郎が迷うのは、筆先の神示がはたして誠の神の言葉か否か――。 迷いを振り切るように、喜三郎は澄に向う。「お澄はん、わしの過去を知りたないか。この年まで人間やっとると、恥ずかしいようなことがようけあるのや」「そんなにようけ聞いてたら、日が暮れますわな」と涼しい顔の澄。「そらそやのう。そんなら過去はともかくとして、かりにわしが結婚しようというたら、いっしょになる気はあるのけ」「はあ、かましまへんで」 けろりと答えながら、消えそうになる火をかき立てる方に熱中している。ちろちろと炎が澄の頬に反射して、とても可愛い。もう少し次の言葉を期待して待つが、ただ唇をとがらしてふうふう吹くだけである。はたして先ほどの返事も、喜三郎の質問を訊いての上かどうか、疑わしくなる。「お澄はん」 もう一度呼びかけると同時に、澄は喜三郎を見上げて言った。「先生、こんな火で、お薯さん焼けるじゃろか」「薯のことはええ、ほっとけ」「けどわざわざお薯はん、持ってきちゃったのに。はよ焼いて食べなんだら、祐助はんがうちらを探してやで」 ぜひなく喜三郎は柴をつぎ足して、火を燃やす。澄は囲炉裏に手をかざし、薄い煙に眼を細めながら、懐かしそうに言った。「うち、囲炉裏であたってると、おさよ婆さんを思い出すのや」「おさよ婆さん……」「向かいの安藤金助はんとこの……三年前に七十九で死んじゃったけど、眼が見えんお婆さんで、よう可愛がってもろた。いつでも囲炉裏のそばにぺたんと坐って、糸つむぎしとっちゃったんですわな。それは上手でしたで。まだうちがちっこい頃、遊びに行くじゃろ。ほったらお婆さんが『お澄はん、もう何時ごろかいな。もう八つ(午後二時)ごろか知らん。まだ下の方からお初が戻りよりませんかいな。どれどれ、お茶をわかしておこうかな』言いながら、腰をかがめてひょこひょこしとっちゃった。何かお三時をやろうという心づもりですわな。ほいで囲炉裏で豆煎りしてもろて……」 澄が身ぶりでしゃべり出すと、その情景が目の前に浮かぶようだ。だが喜三郎、今はそれどころではない。「おいおい、大事な話や言うとるやろ。もういっぺん聞くけど、お澄はんはわしと結婚しても、ほんまに『かましまへん……』でええのか」「はあ、結婚してもよいで」「あっさりぬかしよる。つまりわしが好きなんや」 澄はびっくりして喜三郎の顔を眺めたが、急にくっくっと笑い出した。喜三郎はむっとして訊く。「なんで笑うねん」「それでも……好きやなんて。先生みたいな変な人――」「変な人でわるかったのう」「ほんまやもん。友達かて言うとってじゃ」「ほんなら何でわしみたいな変な男と結婚してええのや」「神さんが結婚せい言うてやさかいですわな。神さんが『お澄や、行やでな』言うちゃったら、どんな辛抱かてさせてんやでよ。うち、今まで神さんの言いなりに生きてきたさかい……」 あまりに無邪気で神に対して純一無雑なその言葉にぐっと胸つまり、喜三郎は黙した。 ――行……そうか、この子にとっては、結婚ですらもただ神の命ずる行に過ぎんのか。 心外であった。 愛のためにこそ、どんな辛抱でもするのが結婚やぞ。それを神のため、行やなぞ……。 そんな喜三郎の思いにとんちゃくなく、澄は話し続ける。「金助さんには子供がのうて、それでかねさんいう子を貰い子しちゃったんですわな。かねさんはいつも良い着物きせてもろて、大事にされとっちゃった。それが子供心にうらやましかったんやろなあ。うち自分で唄つくって歌うてましたんやで」 澄は坐り直して、澄みきった声で歌う。   向いのかねさんはうまいもんや    紅いべべ着て紅じょじょ(草履)はいて    下のていさんとのの(神)さん参り「へえ、よい声やのう。何かもう一つ聞かしてくれ」「むかし、うちに泊まった旅のお婆さんが教えてくれちゃったはやり唄、あれ歌いましょか」「おう、それ頼む」「うちが十で八木に子守に行ってた頃、みんなから『お澄さん、あの唄うとうてんか』いうて、おもしろがって歌わしてんじゃな。そしてなんでや知らんが、後で笑うてんですわな」   蜜柑金柑こちゃ好かん    子供に沢山やりゃ毒じゃ    鶏はだしで土つかん    相撲取りは裸でかぜ引かん    橋の欄干屋根ふかん    犬がボボしてマラ拭かん 喜三郎は涙を流して笑った。澄とこうしていると、胸につまったもろもろの苦悩が、何のこだわりもなく溶けていきそうな気がする。この十七年、澄がどんな辛い行を積んで生きてきたかは知らぬ。しかし苦労の翳をみじんもとどめぬその天心さ、すべてを神にまかせて動じぬ清らかさ。 澄の取り止めもない話に楽しく耳を傾けながら、わしはいま世界一の女性を相手にしてるのやないかと、喜三郎は思うのだった。 薯が焼けて、二人はふうふういいながらかじりつく。夢中で食べるうち、喜三郎は高らかに放屁した。それがなぜか今日はむしょうに恥ずかしい。照れ隠しに一句ひねる。「いも(妹・薯)といて一間にこもる屁のにおい」 笑い終った澄がまじめな顔をして、「先生、口のまわりが焼けこげの炭でまっ黒ですで」「ほんなら澄(炭)拭いてくれやい」と喜三郎は洒落て見せ、ぬっと唇をつき出した。ぷっとふき出した澄は、手拭いを持った白い腕をのばしてくる。ほとんど本能的に、喜三郎は澄の手を引き、小柄な体を抱きすくめていた。「わ、先生、そんなんすこい(ずるい)……」 悲鳴を上げてちょっとあらがった澄は、やがて体の力を抜く。何か暖く、柔らかく、そのくせ限りなく力強いうねりに攫われて眼を閉じた。 肉体を刺し貫ぬく痛みに耐えた時、喜三郎の囁きが夢うつつに響いた。「これは行やないぞ、お澄はん。愛や、愛やで。わしがお前を愛しとるさけや」 眼をひらく澄の前に、見たことのない喜三郎の厳粛な顔があった。 へんに気怠い身を起こし、澄は身形を整えた。誰にも気取られたくはなかった。母の霊魂は稚姫君命という神さまで、昔、天の規則にそむいた因縁で、死にかわり生きかわりして責め苦にあい、今度ようやく許されて立替えの御用をなさる。その稚姫君命の破った天の規則が色の道だったと、澄は聞かされている。それだけ男女間のことに母は厳しかった。また役員信者に知れては、自分はともかく、喜三郎は半殺しにされかねない。 丹念に火の始末をして小屋を出た。雪が降りしきっている。「お澄はん、わしは決めた。誰を押しのけても、わしはあんたと結婚するぞ」 不意に澄を抱き上げた。驚いて足をばたつかせる澄。その澄の細い手足が哀れや、凍えている。 何かが……忘れていた何かが……。 記憶の堆積の底から浮かび上がってくる。 喜三郎は手を離し、雪明かりに澄の面を上げて見た。底知れぬ野性の力を秘めた清らかな瞳。「もしかしたら、王子で会うたあの子やないか。お澄はん、わしを覚えてへんけ」 澄は眉をしかめた。お歯黒の消えてしまった喜三郎の皓い歯と今抱き上げられた力強い肌の感触が、何かを呼び醒そうとしている。「その子は、赤茶けた髪の、がりがりの、十ぐらいの女の子やったで。王子の坂を越えた道端の溝っこに四つん這いになって震えとったのう。『何しとるんじぇい』ちゅうてわしが訊いても、振り向いただけで返事もさらさん。あかぎれのひどい手足で……氷のような水の中……思わず抱き上げた」「あっ」と澄が息をのみ、「思い出した。一銭玉、落とした時のことですわな。お琴姉さんに預かったお使いの銭やった。いっしょに溝っこに入って捜してくれちゃった……あの車力の……」「そうや、その車力はわしや」 見交わす二人の眼に涙が滲む。一瞬にして、双方の魂は寄り添った。 筆先がどうあろうと、周囲の思惑がどうあろうと、それを越えて喜三郎は澄と共に生きたかった。けれど虹の夢を抱かすことはできぬ。「お澄はん、わしは自分でも分からんのやが……世界一の大阿呆かも知れんぞ。地の底まで行かんならんと、神さまが言うてんじゃ。可哀そうなが、ついてきてくれるこ」 澄はこっくりした。阿呆かも知らんと澄は思った。けど温といこの人について行く――。 山頂に並び立って、夕暮れの雪の里に次々ともる街の灯を眺めた。雪風から守るように、喜三郎は澄の小さな両肩をうしろから抱く。無意識にその指に指をからませながら、うっとりと澄は呟いた。「螢みたいや、あの灯。葱に入れた螢の光って、あんなにぼうっと滲んでますなあ」 それから慌てて、喜三郎の腕をふりもいだ。「阿呆や、うち、何しとったんやろ。晩げの仕度、忘れてしもたわな」 ばたばたと後をも見ずに、澄は駆け出していく。「気いつけよう、滑るぞう」 木の間隠れに降りて行く澄の姿を、喜三郎は眼で追った。 ――母直と父政五郎、姉米と大槻鹿蔵、王子の栗山夫婦、久と寅之助、どの組合せを見ても、澄の眼には、しょせん結婚はつらい行としか映らぬであろう。その通りかも知れぬ、わしと澄も……。「これでわしもがんじがらめや。艮の金神のしかけた罠の擒やな。けど見とれよ、お澄……」 喜三郎は昂然と天を仰ぐ。「これからは二人の愛の行脚じゃ。惚れてしまえば行やない。今にお前も、わしに惚れさせてみたるわい」
 はっきりと直に、末子澄と上田喜三郎の結婚の神示が降ったのは、それから数日たった朝であった。直は喜三郎を招いて、嬉しげにそれを伝えた。「お式は(旧)正月元日と、神さまが決めておられます」 黙したままの喜三郎に、直はしみじみと語りかけてきた。「平蔵はんと足立はんが、先生の身元調べに穴太まで行ってこられました。素行調べなど、人間心を出すのを私は好きまへん。『天でさっぱり身魂のあらためがいたしてある』とまで言われる神さまにおまかせするのが、本当ですやろ。けれど、調べていただいてよかったと思います。平蔵はんは上田家の系図をみてきて、血筋・家柄のよさに喜んで帰ってきなさった。でも足立さんはちと違います。穴太での評判の悪い方ばかり集めて来とってです。それを足立さんは、澄に聞かせなさったらしい。『先生は穴太でもてちゃったらしいで、母さん。二度も嫁さん持って、別れとってんやげな』とさも不思議そうに言うのです。『お澄とは十二も年が違いますで。先生は、ずっと早うから大人になっとってやさかい……』と言いましたら、『あ、そうや、足立先生もそれを忘れとってや』……それきり、その問題は片づけたつもりですやろなあ」 直と喜三郎は同時に笑い出した。こだわらぬ澄の性格、邪気の無い明るさが、涙の出るほどいとしかった。喜三郎の過去へのこだわり、重荷まで、澄の一言は消しとばしてくれる。こんなふうに打ちとけて話す直も珍しかった。 直は改めて喜三郎に向った。「わたしが何より気になりますのは、先生が上田家の御長男、跡取りということ。養子婿にと神さまが頭から決めてですさかい、私も気がつかず、平蔵はんに言われてはっとしました。世継の澄を嫁にはやれず、どうでも上田家に頭を下げて、先生を出口家にいただかねばなりまへん。わたしも今こそ教祖だのとおさまっておりますが、ついこの間までは、その日の米にも困った襤褸買いですわいな。わたしも、米も、久も、一時は世間からみれば気違い。出口家は気違い筋じゃという噂も立っとります。澄は七つの時からよそさまに奉公に出して苦労ばかりはさせとりますが、なんの躾もできとりまへん。見なさる通りの男八分(お転婆)ですわな。そんな所へ跡取りを婿になど……」 直は苦しげに息をついだ。「勝手じゃと怒ってでしょうが、先生、お願いですさかい、お澄と結婚して、大本の世継となっとくれなされ」 直は銀の頭を下げた。「御神示には、そむきませぬ」 喜三郎は言った。じいんと身内が熱くしびれた。 その夕、集まった役員たちに、直はにこやかに結婚の日取りを発表した。どよめきたつ顔、顔……しかし神命とあれば、誰も表立った反対はできなかった。

表題:金明霊学会 6巻7章金明霊学会



 明治三十三(一九〇〇)年、二十世紀の幕開けだ。 一月三十一日は旧正月元旦、丹波には珍しい晴天である。塩見長聴は不機嫌であった。元旦早々起こった妻じゅん(四十八歳)との諍いが、ざらざらと心を荒らした。 確かに重箱には煮物が並び、家族そろって形ばかりの屠蘇も祝った。じゅんは念入りに身づくろっていた。木綿の袷ではあったが、一張羅である。日頃になく浮き立っている。「おい、どこか行くんかい」「へえ、ちょこっとやらしてもらいます。今日は上田先生と、教祖さまのところのお澄さんの結婚式ですわな。わたしは仲人役をさせてもらいますで」「元旦早々か」 長聴の声には不満がこもっている。それはそうだろう、じゅんが仲人ならば、当然、夫である自分の出番もあるべきだ。「お日どりは、神さまがお決めなさったこと。ありがたいこってすわな」 夫を無視していることすら、じゅんの念頭にはないらしい。 じゅんは羽織を着た。見なれぬ黒紋付である。「その羽織、どうしたのや」「へえ、借りましたわな、平蔵はんとこから――家には、もうとうから紋付なんてありまへんさかいなあ」 長聴は、自分の生活力を批判されたようでむっとした。残った屠蘇をぐっとあけて、眼を怒らせる。「しかし、妙やないか。仲人は女だけではつとまらん。男の方はどうするのやいな」「ほんまは鷹栖の四方平蔵はんが仲人じゃがええ、奥さんが具合わるうて、急にわたしが教祖さまに頼まれましたんや。平蔵はんと仮夫婦ということやげなで」「わしに断わりもなく仮夫婦やて。武士の女房が……他の男の紋どころなど平気で着おって……」 吐き出すように長聴が言った。酔いも手伝っている。「阿呆なこと言わんときなはれ。他のことならともかく、艮の金神さまのお世継が決まる、めでたいお式ですで」 決めつけるじゅんの眼に、夫を立ち入らせぬ強い光があった。「ほな、行かしてもらいます。せいや、あとのこと頼みましたで」 娘せいは妻とうなずき合った。 長聴は、若くして綾部藩の剣術指南役をつとめていた。明治三(一八七〇)年に田辺藩(現舞鶴市)の祐筆役森市郎の長女じゅんと結婚。禄を離れ剣を捨てては、生きていく術も思いつかぬ。とまどう間もなく子供は生まれる。小さな山畑を耕し、夏は和知川で鮎をとって料亭に売り、秋は持ち山の松茸や柿を売って僅かな現金収入に代えた。 定職を持たぬ夫につかえ、妻は健気にも貧苦と闘いぬいてきた。三男五女の八人の子を育て得たのは、ひとえにじゅんの働きといってよい。 本宮新町の屑買い、大工出口政五郎の未亡人が気がおかしくなり、妙な予言や病気治しを始め出してから、妻の様子が変わってきた。子供の病気・けが・心配ごと、何であれ夫に相談する前に、直のもとへとんで行った。もっとも、幾度もその効験はあったようだ。 ともかく子供らは一人も欠けずに無事に大きくなったが、かと言って、それがすべて妻の夢中になる艮の金神の御神徳やらどうやら知れたもんじゃない。否、むしろ被害の方がはるかに大きいと、長聴は思っている。 日中は子供の世話や家事、手内職仕事にくるくると立ち働く妻も、子供らが寝入ってほっと一息つく夜にはいなくなる。夜ごとの参拝が唯一の楽しみらしい。 妻は出口直の絶対の信奉者であったが、また説教は金光教会教師の足立正信に心酔していて、家に戻ってからも夫に口真似の話を説いて聞かせる。 廃藩置県後も九鬼の殿さまの恩義を思って、一途にその菩提寺隆光寺の世話を続ける長聴にとっては、妻の神さん話など小癪なこと限りない。口論が昂ぶって離縁話が持ち上がった時、じゅんは毅然としてこう言った。「一旦嫁した以上は、夫以外の所にわたしの家はござりまへん」 士族の妻女の紋切り型のせりふだったが、どうやらそれも直の感化と思える。働きのある妻に子を置いて去られると一大事であったから、長聴もそれを汐に黙認のかたちとなった。 直の日常は想像以上につましいとみえ、「教祖さまより贅沢してはすまぬ」と、質素な上にも生活を切りつめていった。 糠に塩湯をまぜた糠汁が、朝の味噌汁代わりとなった。手内職で得る僅かな賃金の中からやりくりして、何かと神前に供えているらしい。畑の上がりものの大根やなすびなども、いつの間にか運んで行く。 三女せいが年頃になってきて、母に染まり、上谷に通って神がかり修行を始めだす。家に帰っては普通の娘と変わりないが、近所の噂では、ひところ幽斎修行とやらで、とんだりはねたり、妙な託宣をやったりして人気を得ていたとか。 じゅんは、下駄の歯音をぎしぎしきしらせ、斑雪を踏みくだいて出て行った。 長聴は苦々しかった。しかし厳寒にもかかさず暁の水行を続け真剣に祈る妻の姿を見れば、なまなかな叱責など何の役にも立たぬと知るのだった。
 広前では、祐助と平蔵が喜三郎の指図のままに、てんてこ舞いで式場をつくっていた。台所のあれこれを終えた直と澄は、塩見じゅんの手をかりて、奥の間で式の着付けにかかる。 銀髪を美しく梳いて、後で小さく丸めた直は、白衣の上に紫と白の染分け紐のある薄茶の格衣。木綿の白衣に緋の袴、長い黒髪を背にすべらしただけの花嫁は、何の飾りもない簡素な中に、天然の美しさを清々しく香らせている。 平蔵の合図があって、じゅんは澄の手をとり広前へと導いた。花婿はと見るじゅんの眼は、一瞬とまどった。装にかまわぬ、ずぼらなばかりの喜三郎とは打ってかわった端麗さ、高雅な気品。「お澄はん、あれ、見なはれ」 じゅんは思わず花嫁に囁いた。澄は眼を上げた。きらりと光が射た。喜三郎の胸に輝く勾玉と小さな方円の鏡だった。 喜三郎は岩冠(烏帽子)、玉虫色の狩衣に切袴。烏帽子の紐は紙紐で、あごに掛けるだけの慣習を破って、烏帽子の上部にまで二重にまわした飾り紐をあごに大きく結んで垂らしていた。喜三郎の好みであろう(後でこの烏帽子結びは、大本独自のものとなった)。 狩衣の上にかけた二連の勾玉の首飾りに鏡をつけ、紫の房を合わせたのは、喜三郎がかつて高熊山で霊視した神素盞嗚尊の御頚珠……尊は自らそれを喜三郎に給わんとして、玉の緒をもゆらに取りゆらかして響かせ給うた……。 その忘れ得ぬ霊妙な音色を恋うて、後に喜三郎が求めたもの。結婚に当たって、これを首に飾った。ひそかなる尊貴への憧れと世を救う神業への自覚、自負のためであった。 四方平蔵よりお祓いを受け、御簾の奥、拝殿に進んで、直が結婚の由を言霊で奏上。大・中・小の雲かわらけを三方に乗せて平蔵が運び、直の注いだ神酒を受ける新郎・新婦の盃ごと。一同天津祝詞奏上と、式は簡潔にして力強く、雅やかに進んだ。 終って、朽木模様の戸張をおろした神床を背に、中央の台上に直、その左に喜三郎が笏を構えて座し、右には澄が中啓を手に記念写真を写した。直にとって、おそらく初めての写真であったろう。 写したのは西本町の玉田写真館の主人玉田霞城で、のちに信者になっている。 平蔵・じゅんの仮夫婦は、額の汗をふき、緊張を解いた。花嫁にも増して、じゅんはかちかちになっていた。だが直に命じられた仲人の役を無事に勤め上げた今、嬉しさにとび立つ思いで、直会の準備にかかる。 御簾の外には、陪席した足立正信ほか数名の信者が、大方つまらぬ顔で並んでいた。親類の一人も参加はなかった。 夕暮れ、喜三郎は澄を誘って本宮山に登った。人生の新しい旅の門出のこの日、あの時のように新妻の肩を抱き寄せ、雪の里にともる灯を眺めつつ、綾部の人となった思いをかみしめたかった。 翌二月一日(旧正月二日)、土田雄弘は結婚の報を受けて新庄から参綾、前後して、八木の福島夫婦もとんできた。直と新郎新婦に祝いを述べた後、広前で足立正信や四方平蔵の接待を受けた。「何がめでたいんやな。土田はん。あんたは知らんやろが、これで金明会もいよいよ終わりやで。まあ見とってみ、あの会長はんについていく阿呆があるかどうか……」 こんな晴れの席であるのに、口を開くや足立は、日頃の喜三郎の行状を数えたて出した。四方平蔵の取りなしも眼中になく、正月酒の酔いも手伝って、ついには穴太での悪評判までさらけ出す。 喜三郎の霊学に感じて金光教布教師から転向した土田雄弘は、いとこの南部孫三郎の命を助けられた恩もあり、師への悪口を聞くに耐えかね反論する。「会長はんは、確かにアクの強いお方や。わしらには見当のとれんところがおます。けどわしらは、神示のお筆先のままに従う信者どっしゃろ。『上田を神の御用に使うぞよ』とあれば、素直に聞くのがわしらの誠や」「ほんな、上田会長がどんな無茶をしても黙っとれと、あんたは言うんか。新庄にすっこんどるあんたはそれでよいやろけど、日常傍におるわしらの身にもなってみい。何のための役員やい。目に余るところは改心してもらわな、信者は増えるどころか減る一方じゃ」「だいたい足立はんは、口が過ぎるというもんじゃ。昨日結婚したばかりの花嫁かていることやし……」「おう、だからこそ、わしはお澄はんに聞かしたい」「馬鹿」 土田がなぐりかかる。足立も負けずにつかみ合った。 澄が出てきて二人を引き分け、にっこりする。「足立先生、心配はいりまへんで。うちも阿呆ですさかい、阿呆の婿はんでよい取り合わせや」 足立はむうっと黙りこんだ。酒が出て、銘々が思いに沈みつつ、飲み始める。神がかりの鎮まった福島寅之助は、久の横におとなしく膝をそろえ、無言で飲んでいる。 喧嘩の成行きをじっと見ていた久が、切り口上で喜三郎に向った。「上田はん、あんたの日常のだらしない暮らしぶりは、八木にまで聞こえてますのやで。足立先生の今のお話聞いて、少しは反省してござるか。金明会の会長はんとしてなら、一信者のわたしも眼えつぶるかも知れまへん。けれど澄の婿になっちゃった以上、わたしは今日から義姉です。義姉として言わしてもらうさかい、聞いとくれなはれや」 理屈っぽい性格をむき出して頭ごなしに言いたてる妻に、寅之助が弱った顔になった。久は両手をきっちり膝に置き、畳をすって近寄る。「あんたは何になりなはったつもりや。三千世界を立替え立直す大本のお世継の婿じゃでよ。あんたに神さまがわかりますか」 喜三郎は、だらしなく鼻の下をのばした。「わしはお澄に惚れたさかい、亭主になっただけや」 久は顔色を変えた。「そんなええころかげんなことで、この大本がかまえますか」「さあなあ、できるもできんも、神さまのお心次第やろ」「なんちゅう情ない男やいな、この男は。できなんだら、とっとと去んどくれ」「わしかて去にたいのは山々やが、神さまに縛られて、てこでも動かれへん」 久は大きく溜息を吐き、「平蔵はん、あんたが仲人じゃげなが、困った人を婿に世話してくれちゃったなあ」「へい……」 平蔵は苦笑する。「話にもならん。金光教の先生方とは天地の相違や」 足立が天井を向いてうそぶいた。
 喜三郎と澄には、二人だけの新婚生活などあるわけもなかった。 翌二日の夕方、大槻鹿蔵が広前に上がりこんできた。「出てこい。澄の男というのはどいつや」 ぞろりと着流しの腰に日本刀を一本、これ見よがしにさしている。酒をひっかけた勢いで来たのか、眼が気味わるくすわっている。「鬼が来た。因鹿や……」 祐助老人や参拝の信者たちは震え上がって、喜三郎の居間に逃げこんだ。喜三郎が大槻鹿蔵を見るのは初めてだ。「わしが澄の亭主の上田喜三郎。あんたは誰じゃい」「お前、大槻鹿蔵の面も知らねえとは、どこからもぐりこんだ馬の骨じゃい」「ああ、あんたは牛の骨……やなかった、牛の肉を扱う牛肉屋はん。聞いとる、聞いとる。大槻米はんの旦那やろ」「気やすうぬかすな。この綾部はわしの縄張りのうちじゃ。誰知らん者もない丹波の侠客鹿蔵たあ、おれのことや」「お米はん、機嫌ようしとってか」「じゃかましわ。姉婿のこの大槻鹿蔵の顔をようつぶしてくれた。澄の結婚式になぜ招待せなんだ。さあ納得いくまで聞かしてもらおう」 刀のつかに手をかけて、思わせぶりに赤錆だらけの刀身を抜いたり差したり。「招待するせんは神さまの都合次第や。何でや知らんが、出口も上田も親戚は一人も来とらん。と言うても、納得するお前やないやろ。納得のいく返答ならこれか」 侠客に理屈は禁物、意気と度胸だ。喜三郎はぱっと両肌脱いで、四股をふんだ。「やるか」 鹿蔵は身構えて錆刀を抜きかけたが、照れたようにパチンとさし直した。米をさらった頃の丹波三幅対の一人、往年の因鹿の勢いも体力もない。年寄りの子供じみたおどかしとしか、喜三郎には見えぬ。「どうした。やらんのか。その赤鰯では牛肉は切れても、人の骨は無理やろなあ」 鹿蔵は頬をひきつらせて笑った。「おもろい、お前は足立と違うて手応えがあるわい。気に入ったぞ。今日はこれで帰んでやるが、明日はまた恐しい土産を持ってきたるでよ」「せっかくなら赤鰯はやめて、土産は鉄砲(ふぐの異称)か大砲にでもしとくれや」「しゃれたことを……。よし、お前はほんまの兄弟分じゃ。たまには遊びに来い。血のしたたる牛肉でも食わせちゃるで」「義姉さんによろしゅう」 喜三郎は戸口まで鹿蔵を見送った。肩を怒らせ、刀のつかに手をかけて虚勢を張らずには歩けぬ老侠客の姿が、ふと哀れだった。
 四方春蔵は、上谷にこもって、広前に姿を見せなくなった。「上谷こそ、経綸の地場。この方が因縁の身魂であるぞ。綾部は汚れたゆえに、新つに聖地を移して三千世界を立替えるぞよ」 白衣に笏を持って、集まる信者たちに崇められているという。 澄を喜三郎にとられて意気消沈した中村竹吉も、音沙汰がない。 足立正信は、福島寅之助の神がかりを利用しての喜三郎追放の執念を捨て切れず、陰に陽に策動した。
 朝日が白梅の枝にしろじろとおく霜を融かして登る。 直と喜三郎は縁先に並び立ち、大広間の庭に咲き匂う白梅の花を眺めていた。そこへ久しぶりで中村竹吉が参拝してきて、いっしょに眺める。 直は白梅の見事な一枝をさし、しみじみと語る。「お筆先に、『梅は寒中が花盛りであるぞよ。梅は苦労が長きぞよ。桜は花の(旧)三月時分で、よきおり、人も勇むおりの花であれども、梅は結構な実りがいたして、ながらく調法がりてもらう実りをいたすぞよ。桜は花はけっこうに申せども、実になれば、だれも調法がらぬ実であるぞよ。何ごとも苦労なしには、まことがでてこぬぞよ。つらぬかねば、名の残るようなことはないぞよ』とありますが、人は誰でもあの梅の花のようなものでありとうございますなあ」 その直後、直の示した梅の梢がなくなった。そして、二、三日後、中村竹吉が裃姿で大広間に四角張って現われ、四方祐助に居間にいる喜三郎を呼びにやらせた。 喜三郎が大広間に行くと、中村竹吉が神床を背に厳然と坐り、喜三郎に下座を示した。言われた通り、喜三郎は対座する。「上田はん、これからおれが申し渡すこと、心して拝聴するのやで。教祖さまが『あの梅の花のようなものでありたい』と指された梅の一本、おれが切り取ってわが家へ持って帰ったんじゃな」「そうか、花盗人はあんたか。それでどうした」「花瓶にさして一晩、花の薫りをおれの五体に吸いこませたんや。翌朝から、花は湯にひたして一片残らず食った。花をひたした湯も一滴残さず飲んだ。枝は焼いて灰にし、これもぜーんぶ食った。そこであの梅はすっかりおれの体内に納まったわけやが、この尊い意味が分かるやろか、会長はん」「さっぱり分からんのう」「ああ、情けない。会長はんとおれの二人の時に、教祖さまが神示しちゃったんやで。それをあんたは悟れなんだ。それだけでも金明会の会長は失格や。梅の花を食ったちゅうことは、教祖さまの御神徳をこの中村がみないただいたことやでよ。これからおれは三千世界の教祖であるぞよ」 あまりのばからしさに黙っていると、中村はますます肩肱をいからす。「朝夕に寒水浴びた御神徳で、この結構な御用をうけたまわってござる。水行もせんようなずぼらな会長は、今日から御用はさし止めるぞよ。この中村の許しがなかったら、なんぼ会長はんかて筆先の拝読はさせまへんで。異存があったらあると言うてみな。この神柱が耳をかしたる」 喋っているうちにますます逆上した中村は、庭に下りて左手に水桶、右手に杓を持って、水をまき散らす。空になった桶を置き、杓を片手に踊りながら、筆先の言葉を真似てわめき散らした。「大本はひかえがこしらえてあるほどに、人民は改心いたして下されよ。吾こそは瑞の御霊、三千世界の神柱と明白になりたぞよ。あとの烏が先に立つと申してあろうがな。天と地がかえると申す筆先は今日のことであるぞよ。足元から鳥が立つまで知らなんだ上田殿はお気の毒、この上は上田を早く去なさねば、神の仕組みの邪魔になるぞよ」 以来、中村は「汚い人民の霊魂に白梅の花の化身の神柱が洗礼ほどこす」と称し、あたりの村々に杓と水桶を持って水をまいて廻る。その中村の狂態を見て村上房之助は誠の生神と信じ、役員信者に中村熱をあおる。 四方平蔵は喜三郎と中村との善悪正邪の判断に迷い、鷹栖のわが家に引きこもって出てこなくなった。 一方、四方春蔵は上谷に陣取って、神がかりを続ける。「上田が霊学を持ちこんで綾部を汚しちゃったさかい、大神さまは綾部から上谷に移られた。中村竹吉や福島寅之助などの神がかりにまことの仕組みなど分からんがな。お蔭ほしくば上谷のわが家にござれ。盤古大神のおかかりなされた四方春蔵が、根本のまことのまことを説いて聞かせる」 ほとんどの信者たちが綾部を捨てて、上谷の四方春蔵館に参拝するようになった。 澄が喜三郎と結婚したことによって、役員信者たちの心はおのが向き向きになっていく。この時とばかり足立正信は、中村竹吉、四方春蔵、そして時々八木からやってくる福島寅之助の神がかりを利用して喜三郎追放に暗躍する。東四辻の広間は、急激に参拝者が減っていた。 ついに直は、足立に綾部退去を命じた。うろたえた足立は喜三郎への服従を誓ったが、神示として直は許さなかった。四方純は一月二日に足立の子を産み、重次と名付けている。純にも重次にも後髪をひかれながら、足立は遠州浜松在の金光教信者久保某を頼って引き揚げて行く。 四面楚歌の時、喜三郎は常に思い切った手を打って局面の打開をはかる。 四月二日(旧三月三日)、金明会と霊学会を合体させて金明霊学会と改称し、新役員を任命した。 金明霊学会の会則は九章四十一条からなるが、その趣旨。一、本会は、金甌無欠の皇室を仰ぎ、朝旨を遵守し、皇典を講究して国体を弁明し、  古今の成蹟を推考して国家の実益を謀り、天神地祇八百万の神を崇敬し、以て報  恩謝徳の道を拡充し惟神の徳性を宇内に宣揚するを主要とす。二、皇室の聖教を発揮し、国武彦命の大教を遵奉し、出口開祖の幽玄聖美なる神訓を  顕彰し、聖教本義を講究して、神理を闡明するを以て目的とす。三、本会は宗教上の主義より結集するものに非ざれば、何教何宗の信徒の入会するも  不都合なきものとす。 当時の国家主義的な国民教化の線にそった作文である。新しい思想が育っていくためには情勢に応じた衣が必要であり、そこに組織者としての喜三郎の苦心があった。第二条では「出口開祖の幽玄聖美なる神訓(筆先)を顕彰し」と明治二十六年から書き続けた筆先に光を当てながら、その筆先の本質が三千世界の立替え立直し、現状破壊であることには触れられていない。 金明霊学会の特異な体質として、希望者は「修行」することができる。会則によれば、修行は学術・顕斎・幽斎の三科に分けられ、学術は神典を読踊してその意義を研究し、顕斎は祝詞の文例や祭典方式を学んで実習し、幽斎は最高の研究として各自の霊魂が幽冥へ感合することを修行した。もちろん信者の関心は、神霊の実在を認識し得る幽斎研究に集中したことはいうまでもない。
 京都の蛸薬師角で八百屋を営む田中善吉(三十三歳)は、北野天神にお参りし、境内の白梅の下に立つ若い芸妓のあで姿に見惚れていた。「花よりおなご……か」と背後から声がかかった。 田中善吉は、びくりと振り向いた。「なんや、南部はんか……あんまり梅がきれいどすで……」 とっさに弁解口調が先に立った。「あんたも好きやさかい……花が。ふっふっ……」 南部孫三郎(三十五歳)は、濃い髭面を崩して、意味ありげに笑う。善吉は、田螺のような眼をぐりっとさせた。 さらに押しかぶせるように、南部は言う。「女はあかんで、女は……隠しても、あんたの心のうちは見えるのや」 善吉は腹が立った。断わりもなく人の心に立ち入らせてよいほど、この男と親しくした覚えはなかった。「あんたはんこそどないです。この頃は派手な噂も聞こえしまへんが」 しっぺ返しのつもりだった。 南部孫三郎は金光教の京都島原教会長・杉田政治郎の弟子で、学識もある有能な布教師であった。ずっと以前、善吉も金光教一信徒としての彼の教話を聞いたことがある。弁は立つし、説得力もあった。京都から尾州・遠州・駿州あたりまで自力で十七ケ所も広前をひらきながら、その度ごとに女関係で失敗、杉田に破門追放されたと聞く。「わしかい。あいにくと女どころではなかったで……」 まだ肌寒いのに薄汚れた単衣一枚の南部の姿を見て、善吉はうなずいた。 ――ずっと宗教で飯を食っていた者が、その飯の種を奪われては、まったく女どころやない。水掻きを失った家鴨やろ。自業自得や。 その善吉の心中をまたも言いあてるように、南部は続けた。「ほんまに自業自得や。二度も死病にとりつかれて、二度生き返った。わしはどえらい神さんに寿命をのばしてもろたんや」 いまいましいと思いつつ、つい善吉は問いかえす。「金光大神さんにどすか」「いやいや、そんなどこやおへん……」 南部の目が妖しく光った。「鬼門の祟り神、艮の金神さんや。丹波の綾部というところには、奇妙な人たちがおってやで。節分の豆まきには、『鬼は内、福も内』と称えるんや」「へっ、わざわざ鬼を呼びこむ阿呆がおりまんのかいな」「わしらが鬼やいうて炒り豆をぶつけとるのは、ほんまは元の親神、艮の金神さまやと彼らは信じとる。ともかく変わっとるで。その金神さん祀る金明会には、鎮魂帰神いう神術がおます。病気なんぞは、立ちどころに治さはる。千里先も見通す者など、ざらにいやはる。こう言うわしかて、綾部に行って、その霊術をみっちり習うてきたとこどす。二ケ月の修行で、たいていは会得してしもた。腕前は折り紙付きどっせ。けど、こんな道端で立ち話もなんやなあ」 言いながら、南部は小料理屋の看板に眼を止めた。 ――なるほど、うまいこと言うて昼食をたかりたいのか。女を征服するのもこの手やな。 警戒しつつも、田中善吉はその先を聞きたくて、南部の背を押し小料理屋の暖簾を分けた。結局は二階の座敷で銚子を頼み、湯豆腐をつつく。「杉田先生に破門されてから行くとこはなし、妹の家に居候してたんやが、悪い時には悪いことが重なるもんで、ここをやられてなあ……」 南部は痩せた胸を叩いた。「二、三年ぶらぶらしとったが、とうとう枕も上がらんようになってしもた……『あかん、こんなことで死んでしもたら、地獄に堕ちるほか道あらへん。も一度浮き上がりたい。人生をやり直したい』、わしは天地金之神さんに必死に祈った。が、広前を破門された者にまで、神さんは手が回らんわなあ。意識ものうなって、あちこちに危篤の電報が打たれたそうや。それが昨年の十月十三日。一週間後には、母や妹の話では実際に一度は息絶えたそうな。ところがどうしたわけか、わしは三途の川から突き戻されてきた。ふっと気づいたらまだ確かにこの世なんや。ずんずん体も回復してきよる……」「そら、けっこうなお神徳をいただかはったなあ」 月並みに相槌打ちながら、善吉は馴染の女の顔を思い浮かべた。 ――なんや、お神徳話か、くそおもろない……ここまで引っ張りこまれたのを悔いてもいた。 南部は手酌でついで口に運ぶと、「いや、話はこれからどすで。わしの従兄に土田雄弘という男がいます。前に八木で金光教の布教師をしてたが、善さん、知ってはらへんか」 善吉は、首を横に振った。「その頃、土田は、丹波の綾部にでけた金明会ちゅう宗教に転宗したばかりや。その土田が、危篤の電報に折り返し速達を寄こしおった」 南部は箸を動かすことも忘れて、熱をこめて語り出した。 明治三十三(一九〇〇)年十月十三日、京都府船井郡新庄村村橋の土田雄弘の自宅に、上田喜三郎・四方平蔵が立ち寄った。駿河の稲荷講社を訪ねての帰途だという。土田が喜んで喜三郎から霊学の話などを聞いているところへ、南部危篤の電報が届いた。土田が祈願を頼むと、喜三郎は「今から七日目が大峠、三年間、命を延ばしてもらうよう神さまに頼んでやる。後は行状を見届けた上」と言った。 南部は一息ついて、盃を呑みほした。「土田の速達には、その事情がこまごま書いたる。手紙を書いた日付けは、電報を打った十月十三日。その七日目の二十日が、わしにとっては確かに大峠どした。床に起き上がれるようになった頃、土田が見舞いに来て、『お前の病気が治ったんは艮の金神さんと上田先生のお神徳や』と言うんですわな。『それは偶然の一致やろ。かりに上田先生の祈願で治ったにしても、それは、天地金之神さまが艮の金神さんや上田先生を使うて治してくれはったんで、そんならやっぱり……大方は金光教のご恩どっしゃろ。げんにわしの母も妹も島原の広前にご祈願に通うてくれたし、わしかて床の中から金光大神を拝んどった。本人が頼みもせんのに横から治してくれはる、お節介やきの神さんなどおへん』と、こう言い返したんどすわ」「そらそうや。理屈に合うとる。やっぱり金光教のおかげやで」「そう信じたさかい、わしも床上げしてから、恥をしのんで破門された島原へお礼参りにも行ったし、母や妹にも行かせたんどすわ。それが善さん、一月ほどしたらにわかにものすごい腹痛や。わしは転げまわった。かわいそうに、またぞろ母と妹がかわりばんこに島原通いや。けど、さっぱり効き目があらへん。こらいよいよ神さんにも見放された、もうあかんとなってから、大学病院へかつぎこまれた。その時は手遅れどすわ。重症の盲腸炎で切開手術以外に方法はないが、衰弱がひどいんで命はうけ合えん……こういう診断や」「ちっとも知らなんだわ」「死ぬとわかって腹切られるのんかなんさかい、家へ連れ戻してもろうて、また親戚知人に危篤の電報や。ほったら善さん、折り返し土田の奴から返電どすわ。『アヤベニムカッテテヲアワセ』……どきんとなった。かなわん時の神頼みやが、後にも先にもあんなに真剣に拝み倒したことないで。と、どうな、寒中というに、一寸ばかりの大きな虻が、ほんまに見たこともない大虻がどこからや知らんが飛んできて、わしの上を二、三回まわったと思うたら、急に岩でも砕けるような音がして、穢い話やけど肛門からバケツ一杯ほどの血膿が噴き出しよってな、それで嘘みたいに腹痛は治まった。そのことを土田が上田先生に報告すると、『ああ、あの時、わしが虻に化けて助けてやったんじゃ』とけろっと答えはった」「そんな阿呆な……」と善吉がげんなりした声を出す。「誰かてそう思いまっしゃろ。土田もそない言うたら、上田先生が『よし、そんなに疑うなら、帰りに三の宮(綾部より東へ三里)で一服しとれ。虻になって飛んで行って、お前の蝙蝠傘の廻りを三辺廻ったる』と言わはった。まさかと思いながらも三の宮の道ばたで休んどったら、大きな虻が飛んできて、傘の廻りを三辺廻って、どこかへ行ってしもた」「なんと……ほんまに……」「土田はびっくりしてもてすぐ綾部へ引き返し、畏れ入って疑うたお詫びをした。すると上田先生は、『あんたらは知らんやろが、肉体だけではとても間に合わんさけ、わしは虻になってあちこち支部を飛び廻っとるんじゃ』と笑わはるさかい、二度びっくり」「とても信じられん」「余談になったが、わしはそれ以来すきっと回復して、一月後には土田の導きで油小路八条の谷口房次郎宅にある霊学会支部にお礼参りどすわ」 谷口房次郎は前述の谷口熊吉の父であり、高利貸を廃業して霊学会支部を開設、みずから支部長となり、土田雄弘が幹部となって信者を集めていた。しかし谷口は野心ある人物で、営業気分で神を祀っていたのである。 それから南部は、人力車をとばし綾部に初参拝して修行したこと、出口直と筆先、上田喜三郎の霊力・霊学など、酒も忘れて真剣に語った。 善吉は、どこまで信じてよいかわからなかった。南部の人柄は女ぐせの悪いのが難であるが、根は正直なよい男と聞いている。 善吉のいとなむ青物問屋は、順調に伸びていた。男の甲斐性としての女遊びに心を迷わすのが、唯一の楽しみである。善事といえば、たまさかの罪ほろぼしに、金光教会へ顔を出すくらいだ。思えば、人生にはいつどんな落とし穴があるか知れぬ。そんな時、南部みたいに救いの虻が飛んできてくれるあてはなかった。急に心細くなってきた。 南部に別れた足で、河原町姉小路の宮大工近松政吉(四十四歳)の家にまわった。政吉の妻自由(四十歳)は、善吉の実姉である。自由は長火鉢に寄りかかり、煙管で煙草を吸っている。その背に回って、若禿でつるつる頭の政吉が肩をもんでやっていた。自由のこめかみには、十年来見つけている四角い頭痛膏。「義兄さん、大変どすなあ」 大工仕事は重労働にちがいない。疲れて帰った政吉が遊んでいる妻の肩を揉むのを、見かねて言った。姉への皮肉もこめていた。「なに、女房の肩もみくらい……」 政吉は人の良さそうな眼をしばしばさせ、長い顔で笑った。「ほんまやで。頭痛も、肩こりも、皆うちの人が甲斐性なしやさかいえ」 平然と自由は言い放つ。それから猫撫で声になって、「おまき、叔父さんにお茶を入れておあげ」「はい、母さん」 まきは、隣室から縫いものを置いて立ってきた。 十三歳になるまきは、身のこなしの美しい姪である。この家に来るたび、改めて善吉は姉の横暴さに胸つまり、義兄政吉や娘たちを哀れまずにおれぬ。 政吉の母やすは京都の御殿医近松謌之助の長女。伊丹で暖簾を誇った造酒屋飯塚藤兵衛と結婚したが、夫の死後、上京区社家長屋町の村山作蔵との間に政吉を産んだ。 政吉は子供の頃から十年の年期奉公で宮大工に出され、長じて善吉の姉である東九条の青物商、田中捨吉の三女自由を嫁にもらった。 明治二十二年、政吉は脚気で腰が抜け、寝たり起きたりの状態になった。生活は、たちまち窮した。自由は島原の金光教会へ日参したが、甲斐はなかった。 ついに京都に住みかね、遠縁をたよりに、一家は三十石船で大阪へ流れていった。当時、生まれて間なしの長男光次郎と安子(九歳)・まき(四歳)の娘たちがいた。 貧乏は身震いするほど嫌い、働くのが一層嫌いの自由は、この年、幼いまきを大阪の遊廓新町の置屋森田キクの養女に売り、安子が足袋を縫って内職。「持病の血の道はその時からどす。原因は腰抜けの亭主のせいどすえ」 これが、のちのちまで自由の口癖となった。姉はそのつもりでないかも知れぬが、聞きようでは、欲求不満を天下に広言しているようで見苦しいと、善吉は思う。 明治二十四年、村山政吉は母の実家近松謌之助の養子となり、近松性を継ぐ。病床についた謌之助は、政吉の長女安子を京都衣笠村等持院の自宅へ呼び寄せ、看病させた。 養子にはしたものの、政吉の嫁自由を嫌った謌之助は、明治二十五年、安子を養女にして、「財産は皆お前のもの、好きなようにせいよ」と遺言、明治二十九年に没した。 莫大な近松家の資産を継いだ安子の元へ、大阪の政吉夫婦が乗りこんで来た。近松家には老いた謌之助未亡人が生存していたが、十六歳の安子に財産を守る力はなかった。 自由は、意のままに次々家財を売り放しては費消。今までの貧苦の屈辱をあながうつもりか、底抜けに豪遊した。芝居にうつつを抜かし、役者に夢中になった。京都の建仁寺の茶席もかつては近松家のもので、有名な京の鳩居堂にも、かなりの家宝が渡ったと聞く。 適当に茶屋遊びに励んでいる弟の身では、善吉も大きなことは言えぬが、しかし、姉は度が過ぎている。政吉はようやく体も回復、腕の良い宮大工として珍重されている。少し慎ましくさえすれば暮らしに不自由せぬのに、さしもの近松家の家財も売りつくしたあげく、今の貧乏暮らしに落ちた。政吉の働きが自由の濫費に追いつかないからで、責任の大半は姉にある。夫を責めるなら、自分こそ省みるべきではないか。 それより哀れなのは、姉の犠牲になった二人の娘であった。四歳のまきを置屋に売っておき、近松家の遺産を勝手にできた頃は忘れていながら、売り尽くして貧乏になってから急にまきを恋しがる。 あろうことか一昨年、近所の薮医者の世話で十八歳になった美しい安子を先斗町の村政に売り、その金で十三歳のまきを買い戻した。幼い時からそうしつけられたものか、安子は母に逆らいもせず売られていったという。 まきは、なじまぬ実母の元に急に引き取られ、かわいそうに、実母の顔色を見ながら暮らしている。 姉の心を矯めるのは、もはや夫政吉や弟善吉の手にあまる。金光教では効きめがなかったが、鬼門の金神という、名前からして強そうな神さんならあるいは……そうだ、霊学を修得したと誇る南部孫三郎を試すのはこの時。 茶を注ぐまきの繊細な手指に見とれながら、善吉は切り出した。「姉さん、今おもろい話聞いてきたんや。本物の生神さんが、丹波の綾部にあらわれはったそうどっせ」「へえ、願いごとなら何でもよう当てはるか」「いやいや、そんな稲荷さげやこっくりさんみたいのとは違うで。艮の鬼門の金神、生神さんや。病気治しなど、そらあらたかなもんやそうどっせ」「鬼門いうたら、祟り神さん……」 怯えと好奇の色が、自由の面に走った。善吉はしめたと思った。「わしの受け売りより、南部いう先生の口から、じかに綾部のことなど聞いてみはったらどうや。聞くだけなら損にはならへんし……」 南部孫三郎が田中善吉に案内されて近松家を訪れたのは、それから二、三日後であった。即座に、南部は自由の頭痛を鎮めた。南部は毎日通ってきた。 自由は南部の霊力と弁舌に魅きこまれ、南部なくては夜も日も明けぬ熱の入れようであった。夢中になれば我を忘れるのが、昔からの自由の癖だ。十年来の頭痛・いらいら・冷え症・やっかいな血の道の病が晴れ渡り、小娘みたいに若やいでいた。 こんなに機嫌のよい妻を見たこともないくらいだと政吉は思った。喜びのあまり、夫妻して、近松家に長くとどまってくれるよう南部に懇望した。妹のえ(三十三歳)の家に居候したなりの南部は、渡りに舟と承知し、近松家に移ってきた。 南部の学識・弁舌に加える病気治しの力・天眼通・天耳通など、近所から集まる人々を魅了した。お神徳も恐ろしく立った。 前述のように、谷口房次郎が京都市油小路八条に開いた金明会支部は、参拝者でにぎわった。が、慢心した房次郎は息子の熊吉と相談して金明会を脱会、大成教の看板を借りて女房を教主に艮教会を開設した。 谷口の変節を怒った土田雄弘と南部は谷口と絶縁、それを機会に、南部は近松家に霊学会支部を設置した。金光教信者たちまで噂を聞いて詰めかけてきて、実地の霊力を見せられ、たちまち転向。信者はどんどん増える。それらは大本につながる信者というより、南部個人の崇拝者たち、やがて南部を生神と崇める一群に育っていった。
 六月十九日、田中善吉は、南部孫三郎に連れられて初参綾した。まだ綾部までの山陰線は開通していなかった。京都から大阪まわり福知山までは、去年(明治三十二年)七月に開通して間なしの汽車に乗り、福知山からは人力車に乗って綾部へ入った。「大本の飯はまずうて食われんさかい、まず腹ごしらえせんなん」という南部の提案に従って、亀甲屋の隣のうどん屋で夕食にした。 当時の広間は東四辻にあった。喜三郎は地方宣教に出ていたし、澄はおらず、直だけに会った。「教祖はんのしなはること、言わはることを観察して、ようお神徳をもらうのどっせ」 南部に言われていたので、田中は、直の一挙一動に注意を怠らなかった。「遠いところから来なはりましたけれど、あいにくと先生は留守でございますが……」と、直は気の毒がる。 挨拶をすましてぐずぐずしていると、直はつと立って、間もなく箱膳に夕食を運んできた。「京都のお方、何もござりませんが、御膳をお上がりなされ」 さあ、しまったと思ったが、追いつかぬ。「うどん食べたから言うて断わってくれ」 善吉は小声で南部に哀願。「せっかく仕度してもろうたんやさかい、善さん、まあ、よばれよいな」と南部が箸をとる。 飯と沢庵二切れ。飯は大根が大半混じったべちゃべちゃ。粥とまではいかぬが、おごった口にはとても食われたものではない。涙がこぼれるほどの思いで、ようやく一杯を平らげた。「お代りを上げたいが、もうこれきりしかございまへんでなあ」 直が気の毒そうに言う。「いや、けっこうどした。おおきに……」 やれ助かったと、安堵の胸を撫で下ろした。 夜、南部は綾部在住の知り合いの信者の家に泊まりに行った。一人になって、善吉は心細かった。 直は行燈の灯を片頬に受けて、しずかに語り出した。「わたしは筆をただ持つだけでござります。筆先を書かせてくださるのは、私にかかりなさる神さまですわな。艮の金神さまが世にお出ましになるとおっしゃるさかい、誰よりもそれを信じておるだけでございます。もしや艮の金神さまのおっしゃることを聞こうと思いなさるなら、よその教会とはまるで違いますで。先生のありがたいお話のようなものはございまへんし、神さまの言われたとおりをどんなことでもするという覚悟がいりますのやで」 理屈ぬきに、ただ神命をなしとげる。善吉はとまどった。それにはよほどの信仰がなければとび込めぬ。たじろぐ思いで直を仰ぐと、髪も目も頬も銀の炎が燃えたつみたいに眩しかった。 都会の歓楽の巷にこそ喜びを求めてきた善吉には、今宵の直との対座くらい、場ちがいな奇妙な感じはなかった。ここに在る自分すら、信じられぬ思いだ。 帰りの予定を聞かれて、善吉は言った。「明朝七時に出発させてもろて、途中で人力車拾いますわ。福知山を十時に出る汽車に乗るつもりどす」「それでも明日は俥には乗られませんのやで。お土を踏んでお帰りなされ」 妙なことを言わはる。銭さえ出せば俥には乗れるものを。銭はまだかなりあった。銭さえあれば安心だった。「それでは、京都のお方、お休みなされ」 敷いてくれた床に入った。直は丁寧に掛け布団の四隅をぽんぽんと叩いてまわった。「風邪をひかぬように用心してお休みなされや」 やさしく言い、隣の部屋に去る。 ――やれやれ、肩が凝った。わしには、とても辛抱できそうにないわい。 善吉は寝返ろうとしたが、びくとも動かぬ。手も足も、頭から爪の先まで……。 ――とんでもないとこに来てしもた。やさしげなあの婆さんが、あの時、蒲団の四隅を叩いたふりして、わしを縛ったんやろか。いや、そうやない。見物かたがた参綾したので、神さまから叱られたのや。 そう感じると、必死に神に祈った。一時間ほどですうっと楽になった。うとうとまどろんだと思えば、水音で目ざめた。外は闇。も一度目ざめた時、寝ている部屋から、土間に動く直の影が見えた。一番鶏が鳴いていた。 目ざめている善吉に気づいて、直は微笑んだ。「まだ早うござりますで、ゆっくり休んでおいでなされや」 眠られぬままに、床の中から直の炊事の仕度を眺める。直は井戸から水を汲んできて、二度芋(じゃが芋)を洗う。米をとぎ、行平鍋に入れ、その上に二度芋を乗せて竈にかけ、松葉を燃やす。火あかりが土間を浮き上がらせた。 直は井戸端に出て洗い物をしたり、庭の草を引いたり、こまめに体を動かし続けている。 飯が炊き上がると、行平を走り元へ置き、笊に二度芋だけを取り上げる。ご飯をお櫃に移す。二度芋の皮を一つずつ丁寧にむき、また行平の中へ戻して、醤油と砂糖で味をつけて煮る。取りのけた芋の皮は、手で丸めてすっと口へ入れた。善吉は目を疑った。後から塩をごくわずかつまんで口へ。 うーん、芋の皮を……教祖ともあろうお方が……。 直と共に朝拝して、やがて朝ご飯。白飯であった。昨夜、大根飯で眼を白黒させたのを見て哀れまれたのかと、冷汗が出た。直は、茶碗の底の一口ほどの飯を口にしただけで箸を置いた。おかずはさっきの芋の皮ですませたつもりらしい。後で知ったが、白飯も砂糖入りの芋の煮つけも、大本では大変なご馳走であった。 帰りに半紙二十枚ばかりを綴じた筆先一冊と「うしとらのこんじん、ひつじさるのこんじん、りゅう(ぐ)うのおとひめ、ひのでのかみ、あらわれるぞよ」と書いた守札二十枚をもらった。それから、三角の握り飯四つの昼の弁当。 気がつくと、七時を回っていた。福知山まで三里半、よほど急がぬと間に合わぬ。南部はまだ二、三日滞在の予定だった。 直は、田んぼ道まで送って出ながら言った。「田中さん、俥に乗らいでもようよう間に合うよう、神さまが御守護くださります。この筆先をお持ちじゃと妙に雨がふりますが、濡れるほどではありません。心配ござりませんで」 ともかく善吉は道を急いだ。春風が耳のはたで鳴った。八幡さまのあたりで、雨がぱらぱら降り出した。見上げた空には雲もない。この天気に……狐の嫁入りじゃわい。が、ただの天気雨とも違っていた。道行く人は平気なのだ。雨は、自分の頭上にだけ、追うように降っていた。妙やなあと思いつつ、雨から逃げるように二町ばかり行くと、雨が晴れた。 綾部から一里半、観音寺のあたりで空俥に出会った。福知山までの賃銭三十銭という。往きに福知山・綾部三十五銭だったので、半分の行程とみて二十五銭に値切ってみた。と、俥夫は「エーエー」と聞き返すばかり。幾度かくり返して言ったが、通じぬ風にぽかんとしている。ばかにしていると善吉は腹を立て、行き過ぎた。 前田でまた空俥をつかまえた。「福知山まで二十五銭でどうだす」と俥夫が言う。「半分以上も来てしもたんや。二十銭に負けとき」と言ったが、やはり先方へ通じぬのか、「なんぼ、なんぼ?」と俥夫はくり返す。 癪にさわってならぬから、行き過ぎる。石原でまた空俥を呼び止めた。二十銭というので十五銭につけたが、俥夫は首をひねって耳に手を当てる。「十五銭でどうやい」と相手の耳元でどなる。「へえ、なんぼです」「こいつ、阿呆ちゃうか」 言い捨てて、善吉は歩き出した。この辺の俥夫は人の悪い耳なしばかりや。 かっかと怒りながら、そばの茶店で一杯一銭の飴湯二杯を飲んだ。 ――どうせ十時の汽車には間に合わん。ゆっくり行くとしよう。 あきらめて茶店を出た。 福知山駅に着いて懐中時計を見た。八時半、おや、止まったかな。善吉は針の音を確かめた。確かに動いている。途中、茶店で一服したのだ。三里半の道のりを一時間余でくるわけはない。駅夫に時間を訊くと、「八時半やで」「確かどすかい」「駅の時計が狂うてどうなるんや」「けど、わしは七時十五分に綾部を出たんや」「あんたの時計が間違うとるのやろ」「いや、時計は駅のとちゃんと合うとりまっせ」「俥でよほど飛ばしなすったんじゃろ」「いや、いや、歩いてどっせ」 善吉はむきになった。駅夫は足元をのぞきこみ、「ええころかげんなこと、言わんときなはれ。ほれ、あんたの履き物も裾も、ちっとも埃がかかっとらんわな。俥で来ちゃったんに違いはない、ない」 駅夫は一人合点して行ってしまった。駅夫の言うとおりであった。土の上を踏んだとは思えぬほど、下駄はきれいであった。 予定より一時間早い九時の汽車に乗りながら、重なる不思議に、善吉は考えるすべも失っていた。
 霊学に触れて日の浅い南部孫三郎は、自分の霊力に酔っていた。破門され、信者たちにも見捨てられ、食うことにすら卑しくなっていた彼が、突如生神になったのだ。自分の身魂にかかり、願いのままに信じがたいばかりの霊威を発揮するのは、明らかに巨大な意志をもって天降る自分以外の神霊であった。その神を畏怖し、その神と合して手足となった初心の敬虔さを、南部孫三郎はもう失いかけていた。 金明霊学会会長の上田喜三郎より受けた霊主体従の教えをきびしく信奉して、直霊である省みる力の統率のもと、勇親愛智の四魂まったき働きを祈る日々も短く過ぎた。人々の驚嘆・憧憬のまなざしは南部自身に向って注がれ、称賛の囁きは快く身内をくすぐる。奇跡を行うのは即ち自力であるとの自惚れが、いつとはなし直霊を曇らせる。 その得意の絶頂で、封じ込めたつもりの体欲の虫が蠢き始めていた。女だ……甘い女の味……。 南部孫三郎の熱い視線が、支部に集う信者たちの頭上を流れて、一隅の女性に留まった。地味によそおって目立つまいと無意識につとめる風ながら、見目形のよさは人目を集めずにはおかぬ。特別の願いごともせず、教話だけ聞くと、ひっそりと帰る。 それがこの家の姉娘、近松安子と知って、南部の興味は一層つのった。「芸者あがり」「囲い者」などの噂も耳に入った。それとなく母親の自由に聞くと、あっさりとこう言う。「あの子どしたら、この春、室町押小路にあるお召問屋の老舗梅田のぼんぼんに落籍されましてん。調べてもろたら、梅田はんは放蕩が過ぎて二年前に勘当、廃嫡の身やそうどすえ。なんぼ老舗のぼんでも、財産ももらえん男ではしょうがありまへんなあ。梅田のぼんも、どこが良うてあんな娘を。妙に固い、可愛げのない娘どっせ」「ふーむ」 南部は目をつぶった。「なんぞ見えるのどすか、先生」と自由が乗り出す。「どうも気になりますなあ。その梅田という男……早う別れなんだら、安子はんの身にえらい不幸がふりかかってきますでなあ」「やっぱりうちの思うたとおりや……。お安はうちに何一つ打ち明けてくれまへんけど、近所の話では、梅田はんはお安を身請けしても、おとなしゅうしてはったん、ほんのちょっとの間どすで。すぐあきて、近頃は毎晩また茶屋通いで、家においやらへんそうな」 自由は流し目に南部を見上げた。南部は、何かとらえるように半開きの目を宙に凝らしている。やがて、はじけるような破れ声が、南部の腹中からとび出した。「われこそは正真の金光大神の霊魂であるぞ。この南部孫三郎の肉の宮と安子とは、昔からの因縁の霊魂の夫婦でありたぞよ。神界の仕組み成就のため、時来りて元の夫婦に戻すぞよ。そうなれば、近松の家は末長う栄えるぞよ」 自由はとびすさって平伏。批判の余地もなかった。 早速、その夜のうちに夫政吉と連れ立って、安子の囲われている瀟酒なたたずまいの家に出かける。安子は独りぽつねんと留守をしていた。「もったいないことやで。南部の生神さまが、お安とは因縁の夫婦じゃとお告げにならはったえ。梅田はんとは直ぐに手をお切りやす。お受けせなんだら、どんな神罰に触れても、もうかもうてはやらぬ。親子の縁もこれまでどすえ」 自由は頭から決めつけた。安子は、救いを求めるように父親を見る。政吉は、信ずる者の目で、自由と共に安子の決意をうながすばかり。「あては梅田の妻どす。お母さん……」 小声でようやく安子は言った。自由はいら立って叫びだした。「ようまあ、そんなきれいな口がきけたもんや。芸者あがりの身も忘れて。世間には、親のために死ぬ娘もあるのにどすで。今まで育ててもろた親の恩を忘れて……なんちゅう情け知らずの親不幸もんやろ、この娘は……」 激昂のあまり前後もかまわず罵る妻をなだめながら、政吉は帰っていった。 茫然と安子は坐り続けた。 ――自分は、いったい、何なのだろう。なぜここに、こうして在るのだろう……傷だらけになりながらも、親のため妹のために生きてきたというたった一つのひそかな自負が、自分をここまで支えてきたのだ。その一つすら、みじんに打ち砕いた母……。あの人は、ほんまにあてを産んでくれはったお母さんやろか。 もの心ついてから、幾度となく考え続けてきた恐ろしい疑惑であった。母は、妹まきを、気まぐれにせよ可愛がっていた。安子には決してかけぬ甘いとろけるような声で、まきを呼ぶ。幼心にも、安子はそれがねたましかった。 自分もあんな声で呼ばれてみたかった。やさしい、母の愛のぬくみがこもる声で――。たて続けに、尻上がりに安子を呼びつける癇走った母の声。だから決まって返事は竦む。「好かん娘や、ほんまに……」 いらいらと用事を言いつけながら、母はつけ加える。「お前はなあ、薮の中に捨てられて泣いとった子え。それをあてが拾うてきてやったんえ」 安子は、ひょろ長くのびた手足をぎゅっと縮める。初めて聞かされた時の衝撃の覚えはない。きっと意味も解けぬ幼いうちから、くり返し耳にしてきた言葉なのだろう。 安子が九つの時、なぜか母は、可愛いはずのまきを他人手に渡した。「可愛そうなまきや……」 母は慟哭し、憎さげに安子を睨んだ。 実の娘を売って、薮の中から拾った子を手元に置くわけが、安子にはわからなかった。母が泣くと、病床の父も忍び泣く。安子は二重に辛かった。父の看病のあい間に、行燈の灯影で必死に内職の足袋を縫った。 曽祖父である近松謌之助の傍に引き取られたのは十二歳の暮れ。老いた夫妻に仕えての平穏な日々も四年間で終った。謌之助が死に、父母が移ってきて、近松家はまたたくうちに変貌した。安子に譲られた遺産は、母自由が目の仇のようにして蕩尽した。 謌之助が死んだ頃、何かの機会で安子は戸籍を見た。戸主近松政吉・妻自由・長女まき・長男光次郎・明治二十五年に双子で生まれた次男房次郎・三男房吉まで、すべて父母の欄には政吉・自由の名がきちんと入っている。一番最後に妹安子。父不詳・母不詳・続柄不詳……。 墨壺が倒けたように、頭の中がまっ暗になった。父と思いこんでいた政吉が、実は二十四も年齢の違う兄なのか。政吉が近松家に入籍する前の、つまり政吉の父作蔵が戸主である頃の古い戸籍をたぐってみた。戸主村山作蔵・長男政吉、そして長女安子……。 安子は、作蔵五十二歳の時の子。母は不詳。祖父と思いこんでいた作蔵がはたして実父なのか。それともやはり祖父で、何かの事情から……。 いろいろの場合がめまぐるしく想定され、打ち消され、最後に、あっと安子は思いあたった。政吉と自由がいつ事実上結婚したかは知らぬが、しかし自由の入籍は明治十七年、安子の生まれた三年後である。政吉は、どこかの女に産ませた安子を父作蔵の子として籍に入れ、自由と結婚したのではないか。そのため、安子のために、政吉が自由に頭の上がらぬ夫になったのでは……。 その想像が安子を苦しめる。自分の出生は政吉の重荷であり、生さぬ仲の自由には憎い邪魔者でしかないのだ。安子を置いてまきを売ったのは、当時まだ生存していた近松謌之助や村山作蔵への遠慮からではなかったか。 あてが幸せであってはあかんのや。まきが不幸なうちは……と安子は悟った。 ある日、安子は自由に願った。「あてを芸者に売って、そのお金でまきを身請けしとくれやすな」「そうやなあ」 自由は目を輝かせた。近松家から消え失せたたくさんの遺産の最後に、十八歳の安子が売られていった。八十円であった。 先斗町の村政から、半玉として安子は客席に出た。男の機嫌をそこねぬよう、うまく座をとりもつことは、安子の性分では苦痛であった。若い客には、「親御はんが心配しておいやすやろ……」と思い、派手な客には、「お店の金、使い込んではらへんやろか」と気をもむ。嫌われると知りつつ。 飲めぬ酒を夜ごと飲んだ。酔わねば過ごせぬ夜々であった。 安子は、二年間の苦界から法外な金を払って自分を救い出してくれた、梅田常次郎を愛している。日陰の身ではあっても、うちは梅田の妻。その自覚だけが、今では安子の生き甲斐であった。安子の身も心も梅田のもの。母の意のままには、もう自分を捨てまい。他のどんな男のおもちゃにもなるまい……。 そう思うそばから、安子は、淋しさ、やるせなさ、生への不安にのめり込んでいく。頼りと思う夫は三日前、「お安、ちょっと行ってくるで」と家を出たまま。銭がなくなるまでは流連て、孤閨を守る妻のことなど思い出しもすまい。夫常次郎をとりまいて、昼夜、芸妓たちのさんざめく煌々たる座敷が、なまじ茶屋の裏表を知っているだけに、より現実的に安子の目前に浮かんでくる――。 常次郎の父梅田常七は、一代で西陣お召の大問屋「梅常」を築きあげた男であった。反物の両端を赤糸で織った「赤耳お召」は梅常の暖簾を誇る登録商品であり、他店に真似はできなかった。三越百貨店以外には納品しない矜持を保っていた。中京区烏丸三条上ルの店は二階建ての奥行きの深い家で、真夏でもひんやりするくらい。 生まれて三つで、常次郎は母を失った。夜中には、決って紫の雲にのった生母の霊がやってくる。幼心にも母を恋い、癇を高ぶらせて夜泣きした。 祖父母はこの哀れな孫を溺愛した。梅常を継ぐべき一人息子でもあったから、大番頭から丁稚、下女まで二十人近い奉公人は、「ぼんよ、ぼんよ」と機嫌をとる。ただ甘やかされ、気ずい気ままに育っていった。 父常七が後妻テルを迎えたのは、常次郎十一歳の時。わけもなく癇をつのらせて、常次郎は逆らった。テルはきつい義母でもあった。 反発が昂じて十代のうちから茶屋遊びの味をおぼえ、病みつきとなって入りびたる。二十代には廃嫡。それでも親にせびれば、遊ぶ金には不自由しなかった。 すらっとした長身の男前に加えて、育ちのよさからくる鷹揚さ、仕舞・謡・長唄、何をさせても粋にこなして、惚れ惚れするほど男らしい。気風はよいし、遊び方はきれい。女たちには好きなだけ飲ませ振舞いながら、自分は杯一つ傾けずに酔い心地を楽しむ。「梅田はんいうたら、お酒も飲まんとお饅頭食べて散財おしやすのえ」と女たちは笑った。「雁治郎はんによう似てはりますえ」、「いんえ、幸四郎はんにそっくりどす」など、当代の人気役者になぞらえて、芸者たちは騒ぐ。 だから、ひかえ目な安子が梅田の目にとまり贔屓になった時、ずいぶんたくさんの芸者たちにそねまれ、意地悪もされた。梅田は、攫うようにして、安子を強引に落籍せた。安子の救いは、梅田に妻のないことであった。「孝行に売られ不幸に請け出され……川柳はうまいこと言うたもんや」常次郎は笑った。 安子は常次郎に連れられておずおずと烏丸の梅田家に行ったが、敷居さえまたがせてもらえなかった。義母テルが、ひややかに常次郎に告げた。「金で買うた女どすやろ。わての息のある間は、梅田の家へは入れんといとくれやす」 常次郎は安子を連れてとび出すと、小さな家を借り、二人で住んだ。二十二歳と二十歳の、世間知らずの夫婦であった。 家も財産も正式の妻の名もいらぬ、ただ愛だけがほしいと安子は願った。しかし、その愛も、独り占めできた間は短い……。 自由はあきらめず、説得と脅迫をくりかえして通ってきた。夫が帰ってきて、それを知ったらどうなるだろう。思うだけでも恥ずかしく、恐ろしい。 悶々と泣きあかして一週間目、夢とも現ともなく、神々しいばかりの白髪の老女を見た。それは安子の心の底まで見透かすような、いたわりをこめた目であった。「もしや、綾部の教祖はんと違いますやろか」 自分の叫びに驚いて、安子は我にかえった。 翌日、自由が来た時、安子はきびしく拒絶した。自分の内に潜む勇気に、安子自身驚く思いであった。
「姉さん、ちょっと家に来てみておくれやす。母さんが……」 まきであった。「母さんがどないしやはったんえ」 十五歳のまきは、涙ぐんだ目をそらせて口ごもる。 久しぶりで近松の家へ帰った。神前には見違えるばかり血色もよく、貫禄を加えた南部が尊大に構えていて、その脇に吸い付くように、白衣姿の母が侍っている。どきんとして、下座の父を見た。 政吉は嬉しげに言う。「ああ、お安、神さんが母さんを御入用といわはるさかい、喜んで差し上げたんや。変性男子さまと、変性女子さまお二方そろうて、これで近松家も安泰になる……ありがたいこっちゃ。さあ、お前も御挨拶してきな」「お父さん……」 居たたまれずに、安子は外へ走り出た。自分が犠牲を拒んだばかりに、父が……母が……取り返しのつかぬ親不幸の罪を犯してしまった。これから近松家はどうなるのだろう。思えば思うほど頭が混乱し、狂いたってくる。 安子は、幻にみた綾部の教祖はんにすがって、手を合わせ続けた。 瓢然と常次郎が戻ってきた夜、ねだりごとをせぬ安子が、初めて夫にせがんだ。「お願いがおす。一度どうぞあてを綾部へ参らせておくれやす」「綾部……ああ、妙な金神はんのいるいうとこやろ。阿呆らし、やめとき」「綾部さえ連れてってもろたら、旦那はんがお遊びやしても……じっと待っとりますえ。そやさかい、どうぞ……」 安子の懸命さに負けて、常次郎はしぶしぶ言った。「しゃない奴ちゃ。金神参りに連れて行く代償に公認の浮気か。ほな連れてったろ」
 明治三十三年七月、梅田常次郎と安子は、土埃の舞い立つ乾ききった街道を、福知山から俥を連ねて綾部に入った。「ようおいでなさりましたなあ。あんたはんを待っとりましたんですで」 真綿でくるみこむような、やさしい老女の声、安子はその前にひざまずき、あふれる涙にすぐには声も出ぬ。現実の教祖出口直は、安子のみた幻の像と寸分違わなかった。何を訴えるまでもなく、直の前に在るだけで、安子の心は和んだ。生まれてこの方、無数の傷を負いながら癒やされることのなかった魂が、温い慈母の懐に抱かれるような快さであった。 常次郎は、顔をしかめて箸を出すのをためらったが、安子には、直の手料理と和知川で獲れたという鮎の塩焼きも、かつて味わったことのないおいしさであった。走り元の釜が、顔の映るほど磨かれていた。 今年結婚したという世継の澄は、安子より二歳年下の十八と言ったが、安子はその初々しい野性の美しさにも目を瞠った。こんな田舎にようこんな美しい女がと、京の芸妓たちの厚化粧の下には見出せぬ素肌の清純さに目を洗われる。 安子を見て、澄は澄で嘆息した。「なしたきれいな女子はんじゃろ。絵からぬけ出たような。うちら田舎者じゃさかい、恥ずかしてかなんわな」 安子は、心を残しつつ帰途についた。「祟り神でも、かましまへん。一生、あの神さまについていきますさかい……旦那はん、許しとくれやすか」「神さんぼけせんほどに、好きにしたらええ」 常次郎はそう言った。 とび立つばかりに、安子は嬉しかった。信心で、夫の心を取り戻せたら……だが、常次郎には、艮の金神よりも、お光という新しく馴染んだ芸者の方がはるかに魅力があった。 梅田夫婦が帰ったあと、大本には京都よりの客人が続いた。雨の宵、加茂茄子を土産に、野崎宗長と実弟の松井元利が初参綾。野崎宗長は千家流茶道の宗匠で、大谷法主に茶を教えたこともある人。松井元利は本願寺の名望高い職員である。 野崎は、島原の金光教会、杉田政次郎の弟子で、広前の役員であったが、「かつての同僚南部孫三郎が破門されてのち綾部で修行して、不思議な霊力を身につけた」との噂に近松家を訪れた。初めて見る霊術のあやしさに魅き込まれて、兄弟で南部の元に通った。まやかしであれば看破してやろうと南部につきまとったが、仕掛けがわからぬ。そのうち、転宗する金光教信者が相ついで、近松家は足の踏み場がないまでになった。 やがて、南部の地金が現われてきて、近松政吉の妻自由とおかしくなった。二人は、人目もかまわず、夫婦きどりで夫政吉を顎で使い出す。「生神さんに取られた嬶を、亭主がありがたがって拝んだはるそうどすで」と、たちまち町中の評判になった。 野崎、松井兄弟は南部に抗議したが、「神の仕組みじゃ」と取り合わぬ。 霊学に傾斜しかけた彼らは、この醜態を見て疑問を感じた。果たして、こんなばかげた神の仕組みがあるのか。綾部の大本では、いったい、南部孫三郎の行状を何と見るか。自分の目で確かめる必要があった。 野崎は実状を訴え、悲憤の口調も激しく喜三郎にせまった。喜三郎は鎮魂の姿勢となり、ややあって言った。「神さまに願って、今日限り南部孫三郎の霊力は止めましたさかい、こらえとくれやす」 野崎は松井と顔見合わせた。喜三郎は、神霊の実在・神と人との関係・人と生まれての使命を説き、艮の金神の出現と金明霊学会の教旨を説明した。 教祖出口直の人柄にも触れ、その筆先を知り、実地の鎮魂帰神を見聞に及んで、兄弟は感激して入信を誓った。滞在は、日一日と延びた。 知識階級である彼らと喜三郎の結びつきは、中村竹吉や四方春蔵を脅かした。「二人も学者が来て、いろは四十八文字の身魂の大本を乱す」と、騒いだものである。 南部の霊力がぴたりと止まり、お神徳が立たなくなると、信者たちはあきれて寄りつかなくなった。騙されたと知った政吉は、「嬶を返せ」と半泣きで訴えるが、強気の南部は居すわって動かぬ。 当時、大工が普請する時には、地元の侠客に挨拶を通す習慣があった。明治三、四十年代の関西の大親分は、東山区川端通り四条の山本覚太郎。その身内の親分には土岡甚平(亀岡南桑田方面)・いろは組の長谷川幸吉(西陣島原方面)・増田伊三郎(伏見方面)・山中某(篠山在)・石田某(北桑田方面)がいた。 いろは組の長谷川幸吉は東山区宮川町に住む。近松家は、いろは組の系列の子分衆とつながりをもっていた。実際には、幸吉の息子のいろはの房ぼん(長谷川房次郎)、その異母弟のいろはの幸太ぼん(長谷川幸太郎)がにらみをきかし、その配下にはそれぞれ子分衆を擁する橋本清・兵隊武・水車政などがいた。 政吉は、水車政に南部追い出しを頼んだ。水車政は「電車の先を走る」と言われ、その早足をもてはやされていた。彼は近松家に乗りこみ、南部をおどして苦もなく追い出した。 噂はおもしろおかしく広まった。この事件を、京極の大寅座の馬鹿八という座主が俄芝居に脚色、近松家の喜劇として、小屋に毒々しげな絵看板まで上げてしまった。 信者からの急報で喜三郎は上京、政吉を励まして、ともかく芝居興行を止めさす工夫に走りまわった。いろは組の幸太郎は、喜三郎の申し出を受けて、幹部の祇園の侠客山田重太郎を仲裁に馬鹿八座主にかけあわせた。結局、看板料五十余円を投げ出してこの事件は治まる。

表題:冠島と沓島 6巻8章冠島と沓島



 日本を劣等国視した安政の五ケ国条約の改正は、明治政府永年の頭痛の種であったが、明治二十七(一八九四)年七月、日英条約改正を機に他国との交渉も成功。続いて八月勃発した日清戦争は、翌二十八(一八九五)年に日本の勝利で終結。結果、台湾、澎湖諸島の植民地を領有、ついに日本も念願の欧米列強諸国の仲間入りを果たした。 しかしこの新参者は、たちまちがつんと頭を叩かれた。独露仏の三国干渉による遼東半島返還問題である。「臥薪嘗胆」「十年一剣を磨く」といった体制側によるスローガンは、一路国家主義へと国民意識を追い込んでいく。力には力、軍事費は増大し、軍国体制に一段と拍車をかける。 明治三十二(一八九九)年七月、条約改正の副産物としての内地雑居(外国人に国内の居住、旅行の自由と営業の自由を認める)が発効、大きな社会問題をかもす。 筆先は厳しく批判する。 ――日本の国、もとは神の分け身魂をこのように曇らして、内地雑居などいたして、この結構な国を外国人に自由にさして神はくやしきぞ。(明治三十三年旧二月二十日) 明治三十三(一九〇〇)年、列強国の利権争いは清国分割の勢いに高まり、まさに筆先のいう「われよし」「つよいものがち」の外国魂をむき出した。ついに扶清滅洋の旗をひるがえして義和団が蜂起、六月四日、北京の各国公使館を包囲した。日本は連合軍に参加、鎮圧に立つ。北清事変である。 ――いまの人民は悪がつよいから、心からの誠ということがなきようになりて、他の国まで弱いとみたら無理にとってしもうて、とられた国の人民は、あるにあられん目にあわされても、なにも言うことがでけず、同じ神の子でありながら、あまりひどいやりかたで、畜生よりもも一つむごいから、神がこんどは出て、世界の苦しむ人民を救けて、世界中を桝かけ引きならすのであるぞよ。(明治三十三年旧五月五日) 明治三十三年六月、北清に向けて日本陸軍が海を渡る頃であった。「こんど二度目の世の立替えについて、おしまに参りてくだされよと神さまが言うてんじゃが、はて、おしまとはどこにあるのか御存知ござりまへんか」と直が喜三郎に問いかけた。「おしま?……どんな字でっしゃろ……」 つぶやいて、喜三郎は言い直した。「島言うたらどっちゃの海やろなあ……日本海側か太平洋か……」 それも直には、無理な問いかけであった。筆先は平仮名ばかり、おしまといえば「おしま」しかない。 北海道南西部の津軽海峡に面した渡島半島、九州の熊本辺の小島という町、宮城県松島湾の群島の一つの雄島。 地図をたよりに喜三郎が指し示すが、直は神に伺い、いずれも否定。「おしまは龍宮島やげな。荒い波立つ海の中に小さな島影が二つ、浮いて見えますで」「龍宮島?……そうか、高熊山で霊視た龍宮島なら、弥仙山の西の海、沖の一点に輝く黄金の島やったけど……」 喜三郎は懐かしさに眼を閉じ、その渚で出会った老神、国常立尊を思い浮かべた。 喜三郎は、広前に居合わせた人たちに舞鶴の沖の海を調べるよう指示する。「先生、ありました。おしまがありましたで」 木下慶太郎(二十一歳)が丸い大きな瞳をくりくりさせ、広前にとび込んできたのはそれから二、三日後。 木下は東八田村(現綾部市高槻)の百姓木下亀次郎の長男。十九歳の頃、慢性の肝臓炎に悩まされ、若い体を働きもならず、ぶらぶらしていた。付近に茶摘みに来ていた位田の四方与平夫婦から熱心な導きを受け、初めて裏町の定七の木屋に参拝したのが明治三十年三月二十日。お神徳で病気が根治して以来、直に対する純真な信仰を持ち続けていた。 木下の大声に、直まで奥の間から立ってきた。「舞鶴の沖合にある無人島が冠島いうげな。すぐ傍には沓島もあります」「無人島か。誰か渡った者があるかい」と喜三郎が訊く。「へえ、わしの知っとる綾部の建部という爺さんが、ずっと昔に行ったんですわな。冠島には鳥の糞がえっとあるという噂を聞いて、『鳥の糞なら只や、運んで肥料にして売ったら儲るやろ』と思いついた。小舟を傭って冠島に渡ったら、何と島じゅう鳥ばかり、噂の通り鳥糞の山や。これなら十分商売になるとふんで、まず傍の太い朽木に腰かけ煙草にした。そのうち、坐った朽木がぐらぐらする。よう見ると、木の皮やと思とったんは、一面苔の生えた鱗ですわな。どこが頭で、どこが尻やら見当とれん長さで、そこら一面動き出した。『大蛇やあ――』ぶったまげたの何の、這いずったり、転げたり、ようよう水際に出て、船頭せきたてせきたて、やっとこせ逃げ戻ったげな。建部はんはぼやいとっちゃった。『それきりですわな。何ぼ天から銭降るような儲けでも、こんなきょうとい(恐ろしい)ことはご免や、こりごりや』ちゅうて。そうそう、あの二つの冠島と沓島の間の海を龍宮海と言うそうなでよ」 直は即座に言った。「その冠島です。八日立ちしましょ」 なんのために参るのか、直にとってそれはどうでも良いようであった。神が「行け」と言うから行く、それで十分。皇軍勝利の祈願であろうと、役員らが噂した。 七月四日(旧六月八日)、出口直・澄・上田喜三郎、供は四方平蔵・木下慶太郎の一行五人、茣蓙蓑笠・木綿の着物に脚絆がけ、紙巻き草履で綾部を旅立った。二人しか供のなり手がないほど、役員信者は離散していた。梅雨上がりの肌寒さも峠を幾つか越えるうち、むし暑さに変わっていく。 一行は東八田の木下家で昼食をとり小憩、五里半の山道を辿って舞鶴のお多福屋で早い夕食、舞鶴一の繁華街の竹屋町新橋詰めにある舟問屋大丹生屋に着いたのは、夕刻五時頃。 大丹生屋は竹屋町通りに面した他の家同様、間口二間・奥行き十余間、うなぎの寝床風の二階屋。舟による客運搬、荷運搬のかたわら、荒物と塩の販売をしていた。大丹生出身の主人西川茂七が一昨年四十九歳で死亡してから、しっかり者の後家はつの采配下、商売は順調に発展していた。「小舟を一艘お願い申しますで。急いで」 直は、逸り立つ心を抑えつつ、大丹生屋の番頭に言った。 澄は、初めて見る海、そして港町が珍しかった。鯖の豊漁期である。魚臭が、港町に立ちこめていた。店先には、雑貨の横に海藻類が並び、塩叺が積み上げられ、忙しげに人が出入りしている。 蒼い海を眺めて「なんと海っぽいなあ」と澄が叫んで、喜三郎に「海っぽいんやのうて、これがほんまの海なんや」と笑われた。 舟問屋の二階で休憩していると、番頭が舟の準備のできたことを告げる。狭い土間を通り抜け裏の石段を下りた所が桟橋、高野川の舟着き場である。正面に愛宕山、右手に三ケ岳、槙山が望め、槙山の裾は金ケ岬に連なる。 日没には少し間があるのに、にわかに空が暗くなった。うす墨を流したような雲がみるみる天をおおっていく。「これはあかん。お客さん、時化やで。船出は止めや」 船頭たちは当然のように帰り仕度を始めた。しかし直は高まる波浪を睨んで動かぬ。「神さまは八日立ちを命じなさった。船頭さん、どうでも今すぐ舟を出しておくなはれ」「お前さん、なんぼ神さまかて……」 沛然と雨。砂浜に無数の穴をうがっていく。吹きつける風と雨に逆らって、塩辛声の船頭がわめき返す。「わしらの見る目に狂いはござへん。今夜は大時化やで。ほれ、海にいる舟は、必死に帰りを急いでまっしゃろ」「どうでも島へ渡ります」 直は顔色も変えぬ。 大丹生屋の番頭もあきれ顔で言った。「海のことは海の男に任しなはれ。海上十里の沖中の一つ島やで。大時化が来るという夜にわざわざこんな釣舟で船出するなど、命が幾つあっても足らんわいな。途中でなんぼ後悔したかて遅いのや。悪いことは言いまへん。明日の夜明けを待って天候を見きわめ、これで大丈夫やと分かってからお参りしなはれ」 桟橋は騒然となった。颶風襲来に次々帰る船人たちが、声を嗄らして叫び合っている。ともかく一同は、強まりゆく風雨を大丹生屋の裏口の庇に避けた。無気味な海鳴りが轟いている。「龍神さまが喜び勇んで迎えていなさるさかい、荒い波風は当り前です。心配することはござりませんで。神さまがお命じなさる。一時もぐずぐずしとれません。死ぬも生きるも神さまのおぼしめし。神さまが死なそまいと思いなさったら、どんなに死にとうても死ねるものではありません。どうぞ、舟に石でも乗せたと思うて、やりてくだされ」「わしらまで気違い沙汰につき合うて、命を捨てる義理はないわい」 船頭の一人が忌ま忌ましげに言い捨てて出ていった。直はひるまず、残る船頭にかけ合っている。「博奕ケ崎というところがありますやろ。そこまで行けば風も凪ぎ、雨もやむと神さまが言うてです。お金はいくらでも出しますさかい……」「金も欲しいが、命はもっと欲しい。こんな無茶な人たちの相手になどなれんわいな」 一行の顔をじろじろ眺めて、船頭は闇夜の嵐の中を去っていった。「この浜で一番舟漕ぎの達者な船頭は誰やいな」と、木下慶太郎が匙を投げた顔の番頭をつかまえる。「そうやなあ、この辺では岩吉と六やんが横綱格やが、この時化では河童も尻ごみするやろ」「わしはその二人をだましてでも連れてくる。後は平蔵はん、あんたがあんばいよう説き伏せてくれよ」 番頭から居所を聞き出し、木下は背を丸めて走り出した。 喜三郎は内心うんざりしていた。船出が半日や一日延びたとして天下の情勢が変わるとは思えぬ。晴れた日にのんびりと青海原を楽しみながらの船旅にこしたことはない。どうでも今夜と艮の金神が命ずるなら、波風ぐらい鎮めてからにしてほしいもの。第一、可愛い妻を危険にさらしたくはない。 言い出したら聞かぬ直を説き伏せるのは娘に限ると、喜三郎は澄を顧みた。澄はむしろこころよげに、巨大な生き物のようにのたうつ海の荒々しさを、目を細めて見入っている。喜三郎は黙った。 やがて木下が、田中岩吉(三十五歳)・橋本六蔵(二十七歳)を引っぱって来た。銅色に潮焼けした筋骨たくましい男たちだ。 待ち受ける四方平蔵と二人、熱誠をこめて出船を懇願する。「お客さん、なんぼ神さまの命令でもそれは無理や。わしも舟を家にして海上暮らしを永年して来たさかい、大抵の荒れなら漕ぎ出して見せるが……なあ、六やん」「あんたらはどこの人やい。おまけに女が二人までおるわな。あんた、冠島は雄島、男の島じゃ。板子一枚命がけの船出や。『男は一生に一度参れ、二度とは参るな』言うて、ここらの男衆は、冠島参りが済んで初めて一人前じゃ。女子はあかん。昔から女人禁制の島やでな。明治に入って厳しうは言わんようになったが、わざわざ男島へ渡る物好きな女もないわな。まあ悪いことは言わんさけ、やめときなはれ」 平蔵があきらめ顔になった。「教祖さん、名の聞こえた船頭はんらが尻ごみするんやさかい、風が凪ぐまで待つよりしようがござへんなあ」「わたしは一人でも行きますわな。早う出しとくれなはれ。神さまが待ってござる」 木下がひたむきに食い下がった。「海上一里でも半里でもよいさかい、漕ぎ出してもらえんか。どうでも駄目なら、途中で引き返してもろても冠島までの賃金を払うわな」 船頭はちょっと考えるふうになった。すかさず平蔵も説きつける。「神さまは、博奕ケ崎までゆけば時化はやむと言うとってんや。けど舟に慣れぬわしら、ものの半町も行かぬ先に『引き返してくれ』と音を上げるかも知れへんが、とにかく……」 平蔵が手を合わせた。ようやく船頭も折れた。御神籤を引いて吉と出れば船出と決まった。藁しべを二本持ってきて、短いのが出れば中止、長いのが出れば決行。 六蔵が藁しべを持ち、岩吉が引く。「どうやった」 一同が岩吉の手元をのぞきこむ。岩吉は蒼い顔で言った。「あのよう、神さまが参れとあるわやあ」 喜三郎は妻に囁いた。「お澄、お前は宿に残って待っとってくれんか」「あれ、うち行きますで」「嵐の中の屋根無小舟や。命がけやぞ」「神さまは大丈夫やというとってやで」「お前は女やろ」「母さんかて……」「母さんは女やない」「へえ、女でなければ何です」「肉体は女子でも、ほんまは男の身魂やとお筆先に出とる」「わたしかて、女やござへん」「こいつ、わしの嫁はんやんか」「それでも……新宮の男八兵衛じゃもん」 思わず声高で争った。直は待ちかねて、もう揺れる小舟の中に坐っている。 喜三郎は急いで宥めにかかった。「わしは……その……お前が心配なんや。もしもの時……」「年寄った母さんの方がよほど心配ですわな。それに時化の海を渡るなどめったにないことじゃさかい、いま渡らなんだら、うちばかり大損するわいな……」 神命だからとか、母や夫と死なば諸ともなど、殊勝な言い草ではなかった。突き出した下唇は、面白い遊戯から除け者にされかけて憤然とするやんちゃ娘のそれだ。「阿呆!」 喜三郎は、澄の体を抱き上げて、ぽんと小舟に放り込んだ。 岩吉が舵、六蔵が艪だ。舳先に端然と直。続いて四方平蔵・木下慶太郎・澄。艫には喜三郎がどっしりとあぐらをかく。総勢七名、小舟は定員一杯である。横なぐりの雨風、波しぶきが早くも容赦なく衣服を貫く。 夜の十時、ともづなを解くや、小舟は狂い立って、逆巻く怒涛に放たれた。岩吉も、六蔵も、欲得忘れて舵をにぎり、艪にしがみつく。前へ前へと、あるのはただ舟乗り魂だけである。 天に投げ上げられんとすれば、高波の上。艪は水面を離れて空をかく。果てなく落下するかとみれば、小舟は波の底。舷から、舳先から、艫から、海水が泡をかんで流れ入る。 平蔵と木下が、淦汲みと小桶で必死に海水を汲み出す。 何度か岩吉は絶望を思った。 ――内海でさえこの荒れようや。博奕ケ崎にくればいやでも外海、とても生きては帰れんじゃろ。というて、舳先を戻せば、横波をかぶってたちまちひっくり返る。婆さんの口車に乗せられて、えらい悪運を引いたでよ。 六蔵ならまだ女房、子もない独身だが、岩吉には四人の子がある。しかも末子はこの六月に生まれたばかり。死にたくなかった。 風波にちぎれちぎれて、美しい祝詞の声がとんでくる。舳先に生死を越えて祈り続ける直の姿。悠然と天をみつめる喜三郎。岩吉は、はっと気をとり直して舵をとる。 六蔵の目はときに澄に走る。波間に没して頭上から潮水を浴びる時、キャーと派手に叫んで喜三郎にしがみつく。そのくせ、また次の機会を待ち受ける顔になって手をはなす。夫婦で波乗りでも楽しんでいるとしか思えない。 そのうち六蔵はぎょっとした。澄が舟底に倒れ伏したまま、起き上がらぬ。さすが女や、気を失うたなとよく見れば、頭は夫の膝枕、濡れた丸髷を喜三郎の手が静かに撫でている。背が規則正しく波打っているのは、確かに夢路を辿っているのだ。「畜生、太え胆や」 六蔵は艫をきしませながら、にやっとした。 海上三里ばかり進んだ頃、直の手にしていた蝙蝠傘が、はずみで海中にころげ落ちた。とっさに岩吉が拾い上げ、舷側にぐったり伏している平蔵のそばに置く。 澄がむくむくと起き出して平蔵を見つめていたが、やがてまた横になり夢路の続きを追う。「博奕ケ崎や」 小舟が舞い上がった時、岩吉が岬の灯を認めて叫んだ。恐怖が舵とる手をこわばらせる。「ああ、とうとう、教祖さま、博奕ケ崎です」 木下慶太郎が直の膝元ににじり寄った。それを合図に雨はふっと切れ、風まで凪いだ。しだいに波もうねりを押えている。空には八日の月が浮かび出し、天の川が南北に流れ、金砂銀砂の星がまたたく。満天の星の光は海底深く宿り、夜空と海と鏡を合わす。月と月、星と星との中空を、舟は滑った。直の予言通りであった。 海の遥かに黒い影が月光をさえぎった。「あ、冠島さんが見える。その後ろのが沓島さんや」 六蔵が叫ぶ。歓声が湧いた。涙あふれる目をこすりこすり、木下と平蔵が笑っている。期せずして神言の合唱。船頭の岩吉も六蔵も胸が一杯になり、思わず頭を垂れていた。 近づくにつれ、冠島は美しい不等辺三角形をして、龍のように波間にうずくまっている。神言に続いて、船頭たちの船唄が朗らかに響く。   小島(沓島)大島(冠島)は八里が沖よ波の吹雪にほととぎす    田辺(舞鶴の旧名)見たさに松原越せば田辺がくしの霧が込む 喜三郎も、銀の波紋を広げてゆく海原に興をそそられ、口ずさむ。   棹はうがつ波の上の月を波はおそう海の中の舟を 直は端坐したまま寝入ったらしい。澄も喜三郎の膝枕のままだ。男たちは興奮冷めやらず、恐怖の思い出を語り合う。 月が沈み星が消え、やがて若狭の山から黄金の玉をかかげたような太陽が昇る。濃緑の冠島はしだいにふくれ上がり、数知れぬ鳥の声が耳をろうする。まさに昔噺に聞く龍宮島を見る思いである。群れ飛ぶ鯖鳥(おおみずなぎどり、京都府日本海沿岸地方の方言でアホウドリ)は、時として中空を無数の翼で暗くおおう。 澄が鳥の声に目をさまして、起き上がった。「へえ、もう着きましたかいな」 喜三郎は澄のおでこを小突いた。「気楽なこと、ぬかしおるわい。神輿にでも乗って揺すられとる夢でも見たんやろ」 澄は海の底のような瞳をみひらいた。「何言うとってん。うち、起きてましたで。ほら、平蔵さんが波にさらわれて舳先からころげ落ちちゃった時……」「え?……」「知ってますわな。母さんの後ろのとこから立派な神さんが出てこられて、平蔵さんを救い上げちゃったやないの。神さんが息を口から吹きこんで、平蔵さんを生き返らしなさる時、うち、傍についてちゃんと見とったで。なあ」 しばらく誰も何も言わなかった。直が平蔵の足元にある蝙蝠傘を指さした。「あ、蝙蝠傘が落ちた時……」と岩吉。「この傘はわしのや」と思わず平蔵。 凍りついた顔で、平蔵がつぶやく。「お澄さんの夢やない。途中で苦しくなって、わしは海の中に吐いた。波をもろにかぶって、気が遠うなった。息がつまって、息がつまって……ああ、死ぬんやな、業の深いわしだけが教祖さんについていけんのや。そう思うた時は、ほんまに舟の上やら海の底やら分らなんだ。深い深いとこへ沈んだ気でしたわな。やっと気がついたのは、博奕ケ崎に出てからや」「そうか。教祖さんが落とさはった傘は、平蔵さんの身代わりや。また命拾いしなはったな」 喜三郎が平蔵の肩を叩く。「わしは、よくせき助からんところを、神さまのお情けにすがって生きとる身なんや」 平蔵は合掌し、感謝の言葉を捧げる。一同もひっそりと手を合わせた。「生きるも死ぬるも神さまの思し召し」と割り切った直の前言が、誰の胸にも、しみ通っていた。 ついに冠島の岸辺に舟は接した。 冠島は舞鶴沖約二十海里、若狭湾口部付近に位置し、東西四一三メートル、南北一三一六メートル、標高一六九・七メートルの無人の孤島である。灰色の複輝石安山岩を母岩として柔らかい粘土質の土におおわれている。海岸は絶壁が多く、海の静かな四月から八月以外には舟を近づけることができぬという。 数万羽の鯖鳥たちは今は産卵期、やがて波荒び人跡も絶える秋頃には雛を育て終り、冬の始まるまでに南洋上をめざして離島するのだろう。 船べりを越して、まず直が降り立つ。渚辺の荒石をいくつか飛び越えて島の東側に上陸、さっそく一同波打ち際に禊をする。 空に飛び交い、波間に漂い、また岩上に一面押し並び見おろす鯖鳥たち。鴎よりは少し大きいぐらい。白地に褐色の斑文様のある頭を上げ、淡桃色のかぎ付きのくちばしを開けて、声をそろえて鳴きたてる。嗄がれた声で呼びかけるもの、金切声を上げるもの、嘆くようにくうくう鳴くもの、近寄ってきて不思議そうに眺めるもの。一行の他には人気もないのに、ひどく賑々しい奉迎を受ける感じだ。 老人島明神を祀るという、老人島神社の鳥居をくぐった。大前の左右には数百の旗が立てかざしてある。旧五月五日の例祭には、丹後の漁人たちが姓名を記した旗やのぼりを押し立て詣でる。社前には饌米を入れた俵が吊るしてある。 岩吉の説明によると、漁師が出漁のおり、にわかに時化にあえばこの島へ避難して饌米をいただき、後日、米を持ってお礼参拝するという。 大きな蛇が社前に横たわっていた。「龍宮の眷属、出迎え御苦労」 凛と直が言った。蛇はゆったりと動いて、雑草を伏しなびかせ姿をかくす。 綾部より持参の山川種々のうましものを献じて天津祝詞奏上。「冠島の神……」と呼びかけて、直は何事か長い祈念に入っていた。神示によってこの島に招じられ、無事に冠島の神との対面を果たす喜びが、うしろ姿にあふれている。 とどこおりなく御用を終え、絵馬堂に入り昼の弁当を食べた。千年の老樹が神さび、苔むして涼しい蔭をつくっている。山頂には直径三米余の桑の大樹。全山には諸々の草木が強風に枝をよじりつつ茂り合っている。古くは稲・麦・豆・粟・きびの五穀すべてが野生していたという。 大海亀の背に乗って龍宮に渡り乙姫さまに玉手箱を授かって帰ったと伝うる浦島太郎の昔語りも、安部の童子丸が種々神宝や妙術を授かったという龍宮島も、また彦火々出見命が塩土の翁に教えられて海に落ちた釣針を捜しに渡った海神の宮もみなこの冠島であると、岩吉が強調した。 六蔵はまた、文禄年間(一五九二~五年)海賊三草四郎左衛門がここに立て篭って沖の船を襲い軍資金を貯えた話、岩見重太郎が奇計をもってその海賊を退治した伝説などを語った。 岩の割れ目や土中に穴を穿って枯葉を敷いた鳥たちの産室がそちこちにあって、うっかりあたりの景観に魅せられていると、足を踏み込む。巣の中には白い大きな卵が一つ。「あ、堪忍、こらえておくれ……」 そそっかしい澄が、巣篭りの鳥を蹴とばしかけて謝っている。 鯖鳥の繁殖地冠島は天然記念物指定。昭和四十五年(一九七〇)六月上旬、舞鶴市教育委員会で調査を行った。それによると、鯖鳥は冠島に三月下旬に集まり、六月現在約七万羽。陸地では簡単に人につかまり、産卵は一年に一個と繁殖力も低い。柔らかな地面に直径二、三〇センチの穴を掘り、六月下旬アヒルの卵大のまっ白な卵を産む。このため小さい島は穴だらけ、前年までの穴を合わせると、十八万ケ所もあるという。 磯部に出ると、朝の凪に代わって、艮の風が波頭を白く打ちつけていた。「追い風や、帰りは早いぞ」と嬉しげに岩吉が叫ぶ。 小舟は躍っているし、濡れたとび岩伝いに乗り込むのはむずかしかった。六蔵の背をかりて、直がまず舟に入る。喜三郎が従ってとび移る。岩吉がいやがる澄を背負って、得意然と跳ねてくる。六蔵が磯に戻って平蔵の手を引き、木下と共に冷汗をしたたらせつつ無事に入舟。「うち、一人でとび乗ってみたかったんや……」と澄がふくれる。「今頃、アホウ鳥とぷかぷか浮いとりたかったんじゃろ」と喜三郎。 小舟につけた麻の帆は、順風をはらんでふくらむ。遊泳する鳥の群れをかき分けて舟足は快足。遠ざかる龍宮島に名残りを惜しむ。 内海に入って風は止まり、単調な艫櫂の音を響かせた。
 冠島開きの成功は、遠のいていた信者たちの足を、再び金明会広前に引き寄せた。四方春蔵に惑わされ上谷詣りをしていた中村竹吉・村上房之助・竹原房太郎ら役員も久しぶりに広前に戻った。春蔵すら、そらとぼけて参拝する。 北清事変はわれに有利。「いよいよ立替え立直しの神機切迫ですなあ」と彼らは判断し、身魂みがきに熱中する。 誰もが立替えられる側に入りたくない。自分だけは救われたい。防衛本能である。純真な信仰とは言い難かった。しかしそこからもまた、純真な信仰に達する一つの道はあるのだろう。彼らの意識の中では、冠島は憧れの龍宮島、神秘な宝の島だ。龍宮島の様子を知りたがり、随行の木下や平蔵にまといついて離れぬ。 紫陽花の花が咲き匂う井戸端では、またしても水行が激しくなる。隣家の白波瀬弥兵衛が嘆く。「やっとこさ静かになったと思うたら、また気違いどもが来さらした。じゃかまして、夜も眠れんでよ」 直は、冠島から帰ったその日から、もう一間にこもったきり筆先を書き続けていた。喜三郎にはそんな殊勝な真似はできぬ。澄を連れ出して、西町の寺の広場へ夜ごと盆踊りに出かけた。 澄も、遊ぶことなら人後に落ちず好きだ。澄の姉龍は綾部踊りの名手である。町内から頼まれて、北西町の奉公先の特別の許しを得、毎夜踊りの指導に出ていた。 龍や澄について踊っていると、喜三郎はこの世はこのまま天国に思えた。「立替え立直しの時期の切迫しているこの時に、大本のお世継がなしたことだっしゃいな」 役員信者の批判は喜三郎夫婦に集中するが、そんなことにはおかまいなしの二人である。
 八月一日(旧七月七日)、直は書き上げたばかりの筆先を中村竹吉に示した。竹吉は胸ときめかして広前で読み上げる。 ――今度沓島へ参るのは、まだ昔からなきことざぞよ。綾部本宮出口直、出口おに三郎、出口澄、沓島開きにやるぞよ。万劫末代名の残ることであるぞよ。 竹吉は二度三度くり返して読み上げる。その度、《出口おに三郎》でひっかかる。「これ、会長はんのことでっしゃろか」 竹吉が疑い深い白目をむく。上田喜三郎は婿入りしながら上田家の長男であるため籍をぬけず、未だに上田姓である。筆先の方が先に「上田どの」から「出口」へ。しかも「喜三郎」を「おにさぶろう」とあるのはどういうわけか。筆先は平仮名ばかりであるから、おに三郎の「おに」がどの漢字をあてるのか不明である。 四方春蔵が中村竹吉に囁いた。「やっぱり会長の身魂は鬼であったわえ」「あ、それそれ、ほんまや」 鬼の首でも取ったように、竹吉は躍り上がって手を叩いた。「艮の金神さんも坤の金神さんも共に鬼門の金神じゃわい。それに連なるからには、わしは鬼でも蛇でも一向さしつかえんで」 そうは言うものの、正直言って喜三郎、あまりよい気はせぬ。しかし、かって穴太を出る時、斎藤仲市に預けた書付の末尾に無意識に《鬼三郎》と署名したことを想えば、おに三郎の命名がすでに神界で決まっていたことと知るのだった。
 この作品でも、以後当分は喜三郎を「鬼三郎」と記す。
 竹吉は甘えるように直の前にすり寄った。「教祖はん、今度はわし、お供させてもらいますで。冠島はんの時みたいに置いてけぼりは殺生ですで……」「お供は決まっております。私らの他には六人」 直は涼しい顔でその名を呼んだ。四方平蔵・木下慶太郎・福島寅之助・中村竹吉・四方祐助・福林安之助。 居合わせた六人は感激に沸き立って手をとり合った。選にもれた春蔵だけが、白々しく横を向いている。 出立は翌八月二日(旧七月八日)、冠島開きよりちょうど一月目であった。真夏の太陽が青い稲田道を渡る一行九人の笠に焼きつける。上杉・黒谷・真倉を越え、余内村の茶屋で休む頃には夕日も落ちて、半月が空にかかる。潮の香を含む涼風が流れてきて、一行の足は勇んだ。 大丹生屋の女主人は直たちを覚えていて、愛想よく迎えてくれた。前回と同じ岩吉・六蔵の船頭の手配もする。夕餉を済ませて二隻の小舟に分乗、出船は午後八時半。 梨子地の蒔絵を見るように星が輝き、銀河が流れ、半弦の月が冴える。海面もまた、星を映してゆったりとうねる。 沖合い遠く幾百の漁火が燃える。「ここ何年も見たことのない穏やかな海やないかい」「おう、この前ん時はまたひどかったが……」 岩吉と六蔵が大声で話し合っている。 これだけ海上が静かだと、櫓のきしる音さえねむ気を誘う。舷側に肘をもたせて、澄は居眠っている。途中、行き違う釣舟から、一尺二、三寸の鯖を二十尾買う。冠島・沓島への供物である。 午前八時半、鯖鳥群の出迎えに感動も新しく冠島の磯際に上陸。老人島神社で天津祝詞を奏上。木下慶太郎・福林安之助・四方祐助・中村竹吉の四人に神社境内の掃除を命じておき、直・鬼三郎・澄・福島寅之助・四方平蔵の五人は一隻の舟で沓島に出発する。 冠島と沓島の間、龍宮海は礁が多く、熟知しないと乗り上げる危険がある。両島の距離は約一里、中間に畳二枚ほどのひろさの中津神岩(別名、とどろ礁)が、海面より一米ほど頭を出して、まっ白く泡を噛んでいるのがよく見える。しかし時にその礁も潮をかぶって見えなくなるほど、ここらの大波は凄い。 とどろ礁から冠島を振り返れば、名の如く冠を伏せたよう。沓島を見ればまさに沓形。 沓島に近づくにつれ、波のうねりが高まってくる。まわりの海の色も変わって青黒い。ぐっと水深を増したのだろう。 断崖絶壁、沓島は漕ぎ寄せる舟を拒む。老練な岩吉すら、上陸地点を求めてうろうろまわる。 福島寅之助が顔を土色にして歯を食いしばり、野太い声でうなり出す。発動寸前。鬼三郎が鎮魂の構えとなる。この小舟の中で神がかりになり、どすんどすんとやられたのではたまらない。 岩上には、海猫が胡麻をふりかけたように止まり、珍しげに見下ろしている。波の上でも悠々と浮きつ沈みつ、遠まきにして舟をのぞく。全島岩ばかりの沓島は、巣穴が掘れぬから、鯖鳥は棲みつかぬらしい。「あの岩です。あの岩につけとくれなはれ」 直は指さした。「あ、あれは釣鐘岩や。あれがどんな岩か……」 岩吉は身震いしながら由来を語る。 文禄年間、海賊三草四郎左衛門が冠島を策源地として陣屋をかまえた時、この沓島には斥候を置いた。斥候はこの岩上に半鐘を吊り、船舶を見つけると打ち鳴らして冠島との連絡をとった。以後、沓島は釣鐘島・鬼門島と恐れられ、誰一人上陸する者はない。まして高齢の直が……。「冠島へ引き返した方がよろしいで。何せい、鬼門は祟り神や。下手すると命が危ない。それとも、もうちっと安全な舟着場を捜すまで待ちなはれ」 それがおどかしでないことは、六蔵の怯えた表情でも分る。 直は頑強に主張した。「どうしてもあの岩に着けいと神さまが言うてです。どうぞお願いしますで」「何と無茶な神さんや」「無茶なはずや。鬼門の金神さんじゃい」と鬼三郎はどなる。 ふんぎりもつかぬうちに、波にゆられて舟は釣鐘岩に吸われていく。北はロシアのウラジオストックまでつっ放しの島である。日本海の激浪怒涛はもろに釣鐘岩にぶつかるしかけ。 土の一塊もなく洗い去られた峻厳な岩肌が、沖から打ち寄せる大波を砕いて、ごんごん、どどーん、どどーん。耳をつんざく響きを立てる。まるで岩全体が巨大な釣鐘と化して鳴っているよう。 瞬時の躊躇も許されなかった。岩吉・六蔵は吸い寄せる岩から逃れんと、必死で櫓櫂をあやつる。岩に激突すればすべては吹っとぶのだ。直は舳先から平然と近寄る岩肌を見つめている。平蔵と寅之助は目をつぶって声もない。 鬼三郎は澄を振り返った。ぎらぎら光る目と目がからみ合った。澄は手にした縄をつき出した。受け取らねば、澄は自分でやるだろう。鬼三郎の心はすわった。手早く腰に八尋縄(約十四米)を結びつけ、舳先に立つ。 岩吉が心得て、「頼んまっせ。命綱やあ」と耳もとでどなる。 波に押されて舟が岩に寄る。鬼三郎の足はだっと舷側を蹴る。地獄の一足飛び。守宮のように岩壁に食いついた。沓島開きの成否は実にこの瞬間にあった。 ――七月の八日にまいりたのは、まだこの世になき御用でありたぞよ。沓島の釣鐘岩にてのことは、二度目の世の立て替えのことでありたぞよ。因縁ある身魂でないと、この御用はでけんぞよ。それで身魂のあらためと申すのざぞよ。(明治三十三年旧七月十八日・新八月十二日) さいわい粗質な岩で、貼りついた手足がすべらぬ。頭上一丈四、五尺ほどある凹みまで、そろそろと這い登った。立ち上がって、舟を見下ろす。澄が大きく手を振っていた。 縄の端を舟めがけて投げこむ。六蔵がしっかりつかみ、手早く舟にくくりつけた。鬼三郎が両足を踏みしめ、満身の力をこめて舟をたぐり寄せる。「もそろ、もそろ……」「おう……よーし」 舟はついに岸壁に吸い着く。 直が真先に縄につかまりながらよじ登ってきた。六十五歳の老躯と思えぬ身軽さ。澄・寅之助・しんがりに平蔵が上がる。船頭が舟に残って、綾部から解体して持参した神祠を一つ一つ縄でくくる。それを平蔵と寅之助がしずしずと引き上げた。 海面十丈(約三十米)の高所、二畳敷ほどの平たい岩上に、一時間余かかって神祠を組み立てる。 艮の金神・龍宮の乙姫はじめ世に落ちておられた神々を奉斎、海河山野の珍物を供える。鬼三郎の遷座式祝詞、直が世の立替え立直しの祈願祝詞、終って一同で大祓祝詞を奏上。 その言霊を波がさらい、風が運ぶ。ちょこなんと海猫たちが列席して、聞き入っている。 祭典が終って一行六人、かろうじて舟に乗り込む。沓島を一周して、奇岩絶壁を嘆賞する。大鯛の群れが海水を薄紅色に染めて過ぎる。翠紅大小の魚は縦に泳ぎ、横にひそみ、海底の龍宮城にいざなうかのよう。 帰途再び冠島へ寄る。残った人たちの手で、境内にうず高く積もった鳥糞の山は片づけられていた。一同揃って社前に額く。 お下がりの鯖を数尾、塩水にひたして煮た。意外の珍味であった。 舞鶴に帰着したのが三日夕。綾部からは、四方春蔵ら四、五人の信徒が様子はいかにと出迎えていた。失敗を予期していた春蔵は、案に相違の面持ちである。 舞鶴の宿で一泊、京口町の森写真館で一行九人の記念写真を撮る。
 ――明治三十三年の六月八日に、冠島へ綾部からはじめてまいりたのざぞよ。これは身魂あらための初発の御用でありたぞよ。 ――沓島・冠島へ参拝してくださりたのは、まことに結構でありたぞよ。もとのあら神は沓島・冠島にすまいしておりたのざ。 ――沓島は正真の神がむかしの神代から住まいいたしておるところ、沓島・冠島へつれまいりたのは、この世はじまりのこの世開く結構な御用でありたぞよ。世界を一つにいたす御用のおともでありたぞよ。 ――龍宮の乙姫の守護であるぞよ。金勝要の大神・岩の神・雨の神・風の神・荒の神・地震の神、このあらたかなおん神、みなこの艮の金神が指図いたして世界を守護いたすから、ちと激しくなるぞよ。 鬼三郎は行燈に向って筆先の断片をあちこち拾い読みしながら、考えていた。 ――そうか、いよいよはじまるのか。 高熊山で見せられた太古の昔の神話がいよいよ甦えり、動き出すのや。皆があんな危険をおかしてあの孤島まで渡らされたんは皇軍大勝利祈願、それもあるかも知らんが、そんなちっぽけなもんやなかったのや。世の元の荒神、正真の神が艮の孤島に落とされ、押し込められて、神世の昔からかくれ住んでいたという冠島・沓島が動き出す……。 日本海の激浪にうたれ、うたれて、間断なく轟き続けるあの釣鐘岩の岩肌に抱きついた実感は、今も胸に残っていて、鬼三郎を揺さぶる。 息苦しい思いに堪えかねて、鬼三郎は妻に呼びかけた。「お澄、えらいことやで。艮の金神さまは、いよいよ冠島沓島から世にお出ましになるのや。……いやわしらがその御用に使われて、知らんうちに冠島沓島を開いてきたんや……お澄、聞いとるか」「ふーん、おもしろかったなあ」「……鬼門島から現われた元の金神は、かげの守護から表面に変わる。それが立替えの初発の御用……」「いややでよ。今度はうちが、あの岩にとびつく番や……」 鬼三郎がふりむいた。しおらしく縫いものをしていると思っていた妻は、いつの間にやら肘枕だ。「おい、澄……お澄……」 小さく唇を開いてすうすう寝息。 ……気楽な奴ちゃ。 お株をとられたようで、鬼三郎は苦笑した。
 冠島に続いて沓島開きの成功談が伝わると、このところそっぽを向いていた連中まで色めき立ってくる。「女らが龍宮海を犯して無事に戻れるもんか」と冷笑していた者たちが、今度は「女らが行けるとこへわしらが行けんわけはない」と負けん気になる。彼らはそれぞれの思惑を胸にひそかに協議、鬼三郎に沓島参拝の案内役を強請した。 澄をめぐる出口家入婿争奪戦に新参の鬼三郎が勝利を占めた上、開祖の厳しい日常を見習うどころか傍若無人のふるまい、彼らの眼には大本破壊の元凶としか映らぬ。 彼らの憎しみが痛いほど分かる鬼三郎、今まで幾度か奸計に乗せられ苦汁を飲んだ記憶も生々しいのに、彼らを恐れて拒むのは本意ならずと、出船参加を承諾した。 八月十四日(旧七月二十日)朝、心の合わない敵味方二十一名、東四辻の広前を出発する。 上田鬼三郎・木下慶太郎・中村竹吉・四方藤太郎・竹原房太郎・福林安之助・四方祐助・松井元利・森津歌吉・森津由松・後野市太郎・菊谷定吉・鈴木助吉・嵯峨根伝吉・時田金太郎・杉浦万吉・村上清次郎・四方熊蔵・四方安三・四方甚之丞・加藤万次郎の面々。 四方春蔵・上仲儀太郎・野崎篤三郎らは沓島を恐れて不参加。 稲葉吹く風のかんばしい青畳の何鹿の野を、神歌を唄い十曜の旗をかざして進み、黄昏時、舞鶴の大丹生屋に安着する。 一休みして真夜中、一行二十一名は四隻の漁船に分乗し、舞鶴港を漕ぎ出た。海上七里、冠島はすみれ色の姿を波上に現わし、刻々色濃く迫ってくる。と、船頭田中岩吉の頓狂な声に、一同東の空に頭をめぐらす。「あれ見や、あの東の空の色が変やでよ。みんな覚悟するのやでよう。おーい、大変じゃーい、大颶風がくるでよーう」 他の船にも警告する。船頭たちは顔色を変え、冠島へ逃げこもうと慌てて櫓櫂をあやつる。 ほどなく真黒な妖雲が東北の空に湧き上がり、見る見る広がり始めた。船頭の慌てぶりが今になって納得できた一行は、それでも目前の冠島に向っていっせいに祝詞を奏上し始める。まさに冠島は命の島だ。どうと突風がぶちあたって船は横に揺れ、人々が悲鳴を上げて船底に伏す。その頭上に潮が散って降りかかった。 颶風襲来――潮を蹴りとばし、波涛怒り狂い、海鳴り轟々として凄愴をきわめ、山とふくれ上がる波浪は小舟を中天にまき上げるかと見れば、千仭の波の谷底に突き落とす。頼みの冠島はどこか、他の船らはどうなったか、波風にもまれてその影さえ見えぬ。 誰も彼もが青息吐息、船ばたにかじりついて縮かんでいる。鬼三郎と同乗の京都の松井元利は因果を定めてか、超然と天の一方を眺めつつ頭から潮を浴びている。嘔吐する者、続出。 出船以来十時間余、時田金太郎は「小便袋が破裂する」とわめいて中腰になり、激浪に向けこわごわ放尿。「立つな。阿呆。船が覆るぞ」と船頭がどら声で叱りつける。 中村竹吉が鬼三郎の元ににじり寄り、震え声で、「会長はーん、どないなりまっしゃろ。ぎゃっ、それそこに、今あんたの頭の上に、大きな海坊主がいやらしい顔でのぞいたでよ」「落ちつけ中村、あれは海坊主やない。大波じゃ。ほれまた……」 どどっと飛沫が飛ぶ。「いやいや、長い舌出したでよう。妙な手つきで招きよるでよう。ああ、どないしょ」「中村、何するんや、おい……」 前をはだけた中村は、泣きもだえつつ、自分の飯椀の中に放尿しだした。 ――烈風十里を走り龍吟じ虎嘯くかと呟きつつ、鬼三郎は手桶にかいこんだ潮水を船外に捨てる。こうなると命惜しさ、地獄行から逃れたいばかりに、ふだんは倒けた箒もろくに起こさぬような不精男どもまで桶・茶碗・杓などで死物狂いに潮水をかい出す。 が、一波また一波、舳先をかんで逆立つ激浪は、頭といわず背中といわず遠慮会釈なく落ちかかる。 手桶を捨てた鬼三郎は、天津祝詞を奏上する。天の助けか、地の救いか、少しばかり風がやわらぎ、波がうねりをひかえる。他の船が、やれ嬉しや、姿を見せる。「おーい、無事かーい」と船頭たちの呼びかわす声。「今のうちや、船をつなげ」「綱を投げーい」 船頭たちは手早く二ケ所に漕ぎ寄せ、二隻ずつ船を組み合わせくくりつける。それを待っていたように一段と激烈な颶風再襲、沛然と雨まで加わってきた。 垂れこめる黒雲にあたりは闇、白い鬣を振って立ち上がる浪は真一文字に襲いかかる。雨足は横なぐりに叩きつけ蹴りつけ、揉みつ揉まれつ二隻の船は互いに曳き合い、危く転覆をまぬがれるのみ。 こうなると人間は実に弱いもの、平素の野望も嫉視も放り出し叶わぬ時の神頼み、蛭に塩、猫に出会った鼠の体たらくで震えおののきつつ神文を唱え、詫び言を吐く。 森津歌吉は呆然と波浪を眺め、ときどき、濡れて骨ばかりになった扇子を上げ、波を片方へ押しのけるしぐさで拝む。福林安之助は船酔いに蒼ざめ、吐き続けに苦しんでいる。その中で村上清次郎だけは別、嬉しげに天を仰ぎ、「ありがたや、ああ神さま、わしには拝めます。天から四十三本の御幣が降って、この船を守ってくれとってじゃ」と合掌。「非常の中で、村上の天通眼が開けたぞ」と鬼三郎は一同を励まし、肌守りの筆先を取り出して、風に逆らい大声で叫んだ。「よう聞けよ、これは出立の時、万一危急の場合、命に関する時は開けちゅうていただいてきた筆先じゃ」 激しく雨に打たれ忽ちに溶けにじむ墨の色。かまわず鬼三郎は読み続け、一枚また一枚、読み終るごとに乱れる風浪に手放す。「……誠の元の生神は、この冠島・沓島に集まりてござるぞよ。それ故に、よほど身魂の磨けた者でないと、この島には寄せつけぬぞよ。……まことに人の身の上ほど、危いはかないものはない。もしこの船に一人の舟人と櫓櫂がなかりたならば、すぐに行きも戻りもならぬようになり、船を砕くかひっくり返るか、人も船も海の藻屑とならねばならぬぞよ。この世は人を渡す船……神の教えは櫓櫂、出口直はこの船をあやつる舟人のような者……誠の生神よりほかに頼りとなり、力となる者はないぞよ。……」 鬼三郎の声音と共に、筆先は空に舞い、船に落ち、波にたゆたう。人々はいっせいに手を合わせた。 筆先末尾の指示により、肌身離さぬ巻物を鬼三郎は取り出す。亡き本田親徳師より鬼三郎へと、長沢豊子の手を通じて授けられた一巻だ。押しいただいて広げるだけで、鬼三郎の魂が躍った。 折から雨が途切れ、風がはためき、巻物を鳴らす。一瞥して巻き納め、勇み立つ胸を張って言霊を天に、「狂瀾怒涛、何者ぞ。天の御柱の神・国の御柱の神・天の水分神・国の水分神・大和田津見神、静まり給え……」 鬼三郎の右手にかざす十曜の神官扇、それを合図にか、はたと風やみ、雨やみ、したがって波もゆるくうねりを押さえる。 暗雲去って、思いがけぬ近さに冠島があった。「先生は神さまか」 船頭岩吉らも涙鼻をすすり上げ、手を合わせている。 四隻の船は、ようやく前後して冠島へ避難した。老人島神社に供物を献じ、鬼三郎は救命謝恩の祝詞を奏上、次いで綾部に向って遥拝する。罪深き一行の沓島参拝は神慮に叶わずとの鬼三郎の神占に従い、黙々と帰路についた。 日暮れて舞鶴の大丹生屋に帰着する。潮くさい身を洗い流し二階の一間に横たわった鬼三郎の枕元に、男が一人平伏した。「何や、杉浦やないけ。何泣いとるのや」 元刑事の杉浦万吉が蒼ざめた顔を上げ、「先生、お詫びせんならんことがおます。ちょっと起き上がっとくれやす」 仕方なく起き直った鬼三郎の前に両手をつき、杉浦は涙を流して懺悔した。「今日命からがらの目におうたのは、まったくわてらへの神さまのお戒めどした。何もかも白状しますけど、沓島参拝の先達を会長はんに無理にお願いしたんは……途中で先生の懐の巻物を預かった上、先生を海中に沈めて殺し……大本の雲霧を払い清めて、四方春蔵はんを会長に仰ぐ……それがお道のためやと信じて、計画しとったからどす。あの恐ろしい嵐で、神さまはわてらの船を沈めはるかと思いました。そしたらわてらは、もう二度と地獄から救われへん。必死でお詫びして、やっとこ助けられたんどすわ。先生、どうぞわてらの罪を赦したっとくれやす。赦す、言うたっとくれやす」 震える手で鬼三郎にすがりつき、杉浦万吉は声を上げて泣く。いつのまにか数人の男たちが、その後に並び伏し泣いている。「今さら驚きはせんわい。承知の上で同じ船に運命を託したんや。それよか、省みる今の直霊の心を忘れるなよ。こうして揃うて冥土への旅から帰れたんは、神さまが赦さはったさけや。わしが赦さんわけあるけい、ははは……」 杉浦の肩を叩き抱きしめて、鬼三郎も泣き笑い。 そのうち、直の命によって、綾部から四方平蔵が四方春蔵をともない、迎えにきた。全員無事と知って平蔵は雀踊りして喜び、「教祖さまはどーらい御心配しちゃってなあ、一晩中ご祈願しとっちゃった御様子でしたわな」と、沓島・冠島を遥拝している。 杉浦たちの改悟を聞いた春蔵は、包むに包みきれず、観念した態度で鬼三郎の前に出た。「春蔵、一度邪神どもの居心地よい台になるとのう、ちっとやそっとでどきくさらん。取り返しのつかんことが起る前に、自分で自分の魂を守るのや、直霊をのう」 穏やかな鬼三郎の言霊が、かたくなに鎖そうとする春蔵の魂にもしみいったのか、素直に両手をつく。「……すんまへん、これからはきっと改心しますさかい……わしの心に喰いついとる曲津めを追い出しますさかい、どうぞ赦しとくれなはれ」「おう、よいとも。雨降って地固まるや。めでたいやんけ」 しおらしい春蔵の態度が可哀そうになってきて、鬼三郎は明るく笑った。