表題:芸術は宗教の母  10巻1章芸術は宗教の母



 若草色の蕗の薹が三つ、薄の刈株の根元にかたまり合って萌え出していた。ふとそれに触れてみて、梅田常次郎は妻を思った。親子三人、春の陽だまりを吸い、こんな風にして生きたいと、あいつは願っているのであろう。 ――お前の思い通りに行くかい。 ぽーんと小石を蹴った。その子供っぽいしぐさが我ながら腹立たしい。 さすがに愛想をつかしたのか、その妻の安子は伊都雄と乳母を連れて参綾したまま、いっこうに帰って来ないのだ。 垣外の小道を回ると、甘い香気が流れる。門の紅梅が、濃い紅色のつぼみをほころばせ初めていた。形のよい一枝を手折ると、枝の裂け目が芯まで赤い。思いがけぬ発見であった。 ――わしの芸者道楽も、魂の芯まで染まっているか知れん。 撫然として常次郎はたたずんだ。 長い散策には肌寒すぎた。朝風呂のほっこりと立てこもる湯気が恋しかった。 湯殿の焚き口をのぞくと、冷え切った外窓がよそよそしく、火吹き竹まで冷たくころがっていた。 震えが止まらなくなった。仕方なしに縁側から上がって、次の間へ声をかけた。「小力、熱いお茶でも入れてんか」 返事はない。安子がいないので、昼夜は隣の仕出し屋からとるとして、朝飯はほとんど抜きとなった。朝寝の小力を起こすのはしんどかったし、水が冷たいので手が荒れると言って、小力の機嫌はこの頃よくない。「おい、紅梅が見頃やで」 もう一度遠慮っぽい声をかけると、のそっと動く気配がして、あくびをかみ殺す音とともに襖が開いた。 常次郎は、声を上げそうになって、危うく押し殺した。ふとんの中からこちらを向いた小力の口が耳まで赤く裂けている。「どうおしやしたん……旦那はん」 ちろり、見えた舌まで真っ赤だ。寒気が背筋を這いのぼって凍りついた。「ちょっと出てくるわ」 しゃがれた声で言い、紅梅の小枝を放り出して、妾宅をとび出した。烏丸通りを下り、四条烏丸から東に折れ、祇園に向かって小走りに急ぐ。 四条大橋の「いろは」という牛肉屋から出てきた男とぶつかりそうになった。驚いて顔を上げると、男の頭に二本の大きな角が生えている。何か悲鳴を上げ、男を突きのけて走り出した。 馴染みの祇園の茶屋の格子戸をあけ、肩で息をはずませる。「慌ててどうおしやしたん。あれ、どないしはったんどす。この寒いのに、汗かいて……」「あ、あの牛肉屋の男、見たか。あれは人やない、鬼や、鬼や」「へえ、そうどすか」 愛想笑いする仲居の顔をひょっと見ると、表つらの裏がわに、二重にへばりついたもう一つの顔。とがった口つきと丸い眼は尋常ではない。強烈な獣の匂いが鼻をつく。「風邪ひいたらしい。熱い酒くれ」 座敷に上がって炬燵に入り、仲居の持参した燗酒を目をつぶって受け取り、一気にあおった。飲めぬ酒が体内を駆けめぐる。顔も耳も火照って息苦しいのに、体の芯から悪寒の震えがきた。「おおきに……」 三つ指ついた芸者は、いつもの通りの挨拶をして、すり寄ってくる。その体を反射的に押しのけていた。けーんと狐がなきたてたような声音に、鼓膜がびりびりした。 常次郎は、ものも言わず、茶屋を出た。すれちがう通行人の顔を目を据えて見る。世の中が激変したのか、自分がどうかしたのか、酔いのまわってきた目で確かめる。十人のうち五、六人までいやらしい動物の姿に見える。ふいに「獣ばかりの世」という筆先の字句が頭につき刺さってきた。 東洞院通りを上がって妾宅の玄関に戻った。厚化粧した小力が戸を開けて笑った。耳がぴくりと風もないのに動いた。常次郎は玄関の三和土からとび出して叫んだ。「金も道具もあるだけお前にやる。わしと別れてくれ、わしを一人にしてくれ」 恐怖が全身を襲い、絶望が頭を混乱させた。そのまま一町と離れていない無人の本宅に走り、内側から厳重に鍵をかけた。本宅に帰ってきたのは何ヵ月ぶりであろうか。 人気もない我が家は、主人を迎えてそらぞらしく冷えきっていた。それでも得体の知れん獣と暮らすよりは一人がましだった。 常次郎は蒲団を引きずり出してもぐった。輾転として寝返った。自分の神経ばかりがうごめいて、勝手な感覚や映像を脳に送り込んできそうである。防ぎようもなく悶えるうち、ふいにがくんと地底が開いて、無限の奈落に吸い込まれていった。 昼となく夜となく、常次郎の魂は、濃い血膿の匂いが逆流する根の国底の国をさまよい歩いた。何者かの手で突きおとされ、引きずり回され、幽冥界の現象やら邪神邪霊界の有様を否応なく見せつけられた。 その間、外界から途絶した家の中に一人あって、常次郎の肉体は死んだように横たわっていた。時たま水をすする他は食もとらず、現界の数え方で十九日間が過ぎていった。 二十日目、常次郎の魂は疲れはてて、肉体に戻った。小力がその後どうしたかなど、思いめぐらすゆとりもなかった。 衰えた体を起こして、常次郎はともかくも綾部行きの汽車に乗り込んだ。髭はのび放題、着物も着たきりで、洒落者の常次郎の面影はなかった。 霊眼の見える王仁三郎をかつて常次郎が羨んだ時、王仁三郎は言ったことがある。「あんたは霊覚の鋭い人やさけ、ちょっと道をつければすぐ霊眼も開けるし、霊耳も聞こえるようになる。けれどそうなってみい、気色わるうて娑婆には住めんぞ」 その王仁三郎の述懐が身にしみた。人の上面の皮が、内面の魂の実体を、いかに巧みにおおいかくしているか。一皮むいた裸の魂の貧しさをいやというほど知った。車中のそちこちにも、不快な邪霊つきがすまして乗っている。もうたくさんであった。 常次郎は瞼を閉じ続けた。 大本に安子や伊都雄のいることなど今は念頭になく、しきりに王仁三郎に会いたかった。 大日本修斎会は王仁三郎の指導で活発な宣教を展開しているらしい。常次郎は顧問とは名ばかり、綾部にもすっかり御無沙汰で、芸者遊びにうつつを抜かしていたのだ。 そんな常次郎でも、どういうわけか王仁三郎は京都へ来るたび寄ってくれた。馬鹿話ばかりで、教団の問題についてはほとんどふれない。そのくせ、いざという時、真っ先に王仁三郎を思い出し、そのふところを求めずにはいられない。 綾部駅から人力車で本宮へ。黒門前で下車した。地におり立った時、上から押えつけていた物がとれたように体が軽くなり、息苦しさから解放された気がした。 受付けの戸をあけると、机に向かって仕事をしていた王仁三郎が、「やあ」と隔意のない笑顔になった。「来たか。ひどいこと痩せはったなあ」 常次郎は説明ぬき、血走った眼つきで訴えた。「管長はん、わしの霊眼を何とかしとくれやす。気色わるうて、気が狂う寸前や」「ははは……あんた、その黒門をくぐったやろ。あんたの霊眼はそこまでや。安心しなはれ。女房子供に会いたかろうが、その前にちょっと花見に出よか」 霊眼・霊耳・神憑りくらい、いやというほど扱いつけた大本だ。びっくりする王仁三郎ではなかった。紙巻き草履をひっかけておりたち、呆と立っている常次郎の背を押した。 梅は過ぎ、桜の頃に移っていた。王仁三郎と常次郎は黒門を出て肩を並べ、すぐその先の本宮山への道を登る。「この本宮山は山そのものが御神体といえる。大本とは深い因縁のある山やさけ、いずれ買収せんならんが、改森六左衛門というこの山持ちの爺さんが昔から大本に売りつけたがっとるのや。足もとを見よって、馬鹿高い値につり上げくさった。爺さん、もう七十に近いさけ、焦りは出てきとるが、こうなれば根比べや」 楽しげに王仁三郎は笑った。 山頂から俯瞰する綾部の野は春らんまん。桜と菜の花とれんげ畑と青草の色でやわらかく染め分けられ、由良川の豊かな水の青が涼やかに山裾をめぐっている。 常次郎の魂がおちこんだ幽冥界の情景と比べると、まさに天国の美であった。「のう、梅田はん、こうやって綾部の山野を眺めていると、神さんは大芸術家やと、わしはつくづく感に打たれる」「なるほど、神さんは大芸術家か。そんなふうに神さんを見たことはおへん」「梅田はんは芸術が好きやのう」「大好きどす。人間は信じられんが、芸術なら信じられる。美は永遠どすさかい……」「結構なことや。芸術と宗教とは、兄弟姉妹・親子・夫婦みたいなもんで、いわば車の両輪や。ともに人心の至情に根底を固め、霊魂が最も切実に要求するものを満たしながら、神の温かい懐にいざなう人生の大導師や。 左手を芸術に曳かせ、右手を宗教に委ねて、人生の逆旅を楽しく幸多く辿り行きたい――これがわしの夢や。矛盾多く憂患繁き人生の旅路を、さながら鳥謳い花笑う楽園に変えるのは、まさしく芸術と宗教の好伴侶があるからやと思わんか」「そんな芸術好きの管長はんが芸術の一つにもいそしむ機会がなく、宣教宣教で人生をすり減らしたはるのを見ると、お気の毒な気がしますわ」「そううまくはいかんわい。けどあんたなら、芸術と宗教を友にして人生を歩むひまも金もある」「どうも宗教とは気が合いそうもおへん」と常次郎は苦笑し、「芸術と宗教が人生の大導師やちゅうお説に異論はおへんが、その根本的な違いとは何どっしゃろ」「そうやのう……芸術は形・色・音・香・味などという人の五感を媒介として美の世界を創造し、その内に遊ばせてくれる。だが宗教は必ずしも感覚に頼ろうとはせん。むしろ五感を越えた人間の霊性の内にある神智・霊覚・交感などの一種神秘的な洞察力、いわば第六感によって、眼いまだ見ず、耳いまだ聞かず、人の心いまだ思わざる霊界の真相をとらえさせ、神の生命に触れさせようとするのが、宗教本来の面目や。芸術は形ある美の門から、宗教は形なき信と愛の門から、人間を天国に導こうとする」「そのへんのところを、もう少しかみくだいて言うとくれやす」「芸術の対象は美そのものやが、美は神の姿であって、心ではない。その衣であって身体ではない。だから芸術によって神の姿を眺めることができても、神の心を知り、神の霊と交わり、神とともに在り、神とともに動き、神とともに活きる妙境に達するのはむつかしい。たとえばわずかに神の裳裾にさわることはできても、その温かい胸に抱かれその生命の動悸に触れることは望むべくもない。 芸術の極致は、想像美の賞翫悦楽によって現実界の制縛を抜け、恍惚として我を忘れる境地に達することや。ただしその悠遊の世界は現実の活動世界ではなく心象世界にとどまり、その審美的状態は一時的で、永久的なものやない」「それは言えますなあ。わしは芸者のあでやかな舞姿に芸術を見るのどすが、陶然と酔いしれて夢幻的な世界にひたれるのは束の間どすさかいなあ」「ところが宗教の極致は遥かにこれを超越する。宗教的生活において仰ぎ慕い憧れてやまぬものは、自然美の悦楽やない。精神美の実現や。その憧憬の対象は形体美やなく、人格美や。神の内に存する信と愛とをわが身に活現して、永遠無窮に神とともに活き、神とともに動こうと欲する霊的活動の向上発展こそ、宗教本来の目指すものや。いやしくも宗教家と称する以上、芸術家が美を賞翫し創造して人生の憂苦を忘れるような一時的なものであってはならん。あくまでも現実世界を浄化せんため、自我の霊能を発揮して他に及ぼし、清く崇高い霊魂を宇宙大に……」「そんな宗教家が現実に存在しまっしゃろか。いや、管長はんを除いての話やが……」「ははは……無理せんでもよい。宗教家の歓びというのは、単に神の美しいみ姿を拝するだけではなく、その聖善の美と合体し、契合し、融化しようと求める向上的努力にあると言いたいのや」「管長はんは前に『芸術は宗教の母なり』とお安に教えなはったそうどすな」「ああ、確かに言うたで」「それ以来、お安は鬼の首をとったようにして、わしに気がねなく八雲琴の稽古に熱中しくさる。わしもその言葉を伝え聞いて、その断案に手を叩いて感心したもんどす。けど、さっきからのお話を聞いとると、やっぱり宗教の方が芸術より格段上のようどすな」「お安はんには、『芸術は宗教の母なり』という言葉の真意が伝わらなんだようやのう。けどそれでお安はんの稽古に励みができたんなら、結構なことやないか」 常次郎はにやっと笑った。「管長はんはずるいお人や。伝わらなんだんやのうて、伝えようとせなんだんどっしゃろ。あんたは人を見て法を説きなはる。わしには、『芸術は宗教の母なり』という断案の真意を聞かしとくれやすな」 王仁三郎は明るい空を見上げ高声で笑うとまじめな顔に戻り、綾部の山々を指差した。「あの美しい山々を見ても、単に鉱物の集積としか思わん人もいるやろ。けど、心ひそめて眺めてみい。四季おりおりによそおいを変えるその美しさはたとえようもない。人間は自然の美しさに見慣れてしまい、さまで美しいとも絶妙だとも思わぬが、一木一草の片にいたるまで心を留めて眺めた時、思わず溜息が出るほど精妙巧緻にできとる」「造化の妙どすなあ」「そうや、わしがいうとる芸術とは、造化の妙をさすのや。神の分からぬものには一本の花を見せてやればよい。誰がこの形を考え、妙なる色香を持たせたか。同じ土地に蒔き同じ肥料をほどこした草花でも、種が異なれば色も形も違い、千紫万紅色とりどりに咲き出て、その美を競う。 花造りの名人などは、この花を造ったのは自分やと思っとるやろう。ほんまにその人の力で花を造り出したのか。花の種を、いや、種の中の絶妙な遺伝子を……無論、遺伝子を操作して珍種を造ることは可能やが、遺伝子そのもの、生命そのものはどうか。花を育くむ土の一塊、水の一雫をどうやって造り出す。つまりはただ人は、花が育つのを世話しただけ……」「うーん、お言いやす通り、人は命までは造れへん。花は勝手に……自然に……有史以前から咲いとったもんどすでなあ」「人やなければ誰が……鳥? 獣? 土? それとも雨か? 風か? 太陽の光か?いや違う。これらのものは種を育てるのに必要やが、種の創造主ではあるまい。もし地中に埋めたのが種やなくて石ころやったらどうや。どんなに肥えた土も、太陽の光も、恵みの雨も、石ころから芽を出すことはできん。種の創造主、それが神やのうて誰や」「大自然の総合の力やおへんか」「そうや、その大自然の力の本体、それをわしは神と呼んどる。活気凛々たる大自然を凝視する時、ただ一本の草にも花にも、微妙な神のお力、その魂が悟られるはずや。それでも分からぬというなら、よほど頭の悪い奴や」「大自然を神という言葉に置き変えるには、ちょっと抵抗を感じますなあ。自然にも、はたして意志・人格ちゅうようなもんがありますやろか」「あるとも。天地間の森羅万象、形あるすべてはいずれも神の芸術的産物や。同時に形あるすべてに宿る魂、生きとし生けるものはみな神の魂の断片や。神こそすべての根元であり、大宇宙を統べる大芸術者や。神の造化の美に心動かされ、深く感ずることができる人なら、それを造った存在に対して、思わず手を合わす気になる。そこに宗教心が芽ばえてくる。日月を師とする造化の芸術ならば、まさに『芸術は宗教の母なり』や。しかし、現代人のいう人造芸術ならば、やっぱり『宗教は芸術の母なり』がふさわしいやろ」「お安め、それも知らんと」と、常次郎は笑い出した。「キリストの言葉に『ソロモンの栄華も野の百合の粧いには及ばない』というのがある」「何です、その……ソロモンちゅうのは」「紀元前十世紀ごろのイスラエルの王さまや。聖書ではダビデの子ということになっとる。理財に長け、通商によって莫大な利益を得て盛んに建築工事を起こしたが、そのため、人民は重税に苦しんだ。その奢侈・贅沢を『ソロモンの栄華』とうたわれた。人工の限りを尽くした美の極致すら、キリストの眼から見れば一輪の野の百合の美しさには勝てぬ。キリストは神の芸術作品を心底から理解できた人や。だからキリストは真の芸術家であり、真の宗教家といえる」「ふーむ。お茶やお花の作法がいくら上手になっても、造化の美を真に理解できん人は芸術家とはいえんのどすなあ」「そうや。わしは天地万有を最高の経文とし、無上の教えとしてきた。たとえ百姓していても、土から生まれ出る生命の美しさに感動できる人なら、立派な芸術家や。死せるカンヴァスや冷たい大理石を材料とせずとも、活ける温かき霊性を材料として、その内にある神のみ姿を認めようとする。それでこそ真の芸術家、同時に真の宗教者といえるやろ。 だから宗教者の悦楽は時々刻々、神の栄光に近づきつつ進み行く永久の活動そのものやし、その生命のあらん限り常住不変や」「そう聞くと、宗教も捨てたもんではおへんなあ」「ところで神と人とでは、その作品の造り方に違いがあるようや。神の造られたものは曲線美が主体になってできている。山の稜線、河のうねり、生き物の形・その動き、風に散る花びら一つ見ても、みな曲線や。なのに人間の造ったものは造化を真似たもの以外はだいたい直線が主体になっておる。いわば神の造化は曲線の芸術や。 梅田はん、人によって評価も違うやろが、神の芸術作品の順位をつけてみると、あんたなら何を選ぶ」と、王仁三郎はいたずらっぽい眼で梅田を見た。「さあ、むつかしおすなあ」「イギリスの芸術批評家とかいうラスキンが『煤煙と溷濁した空気と労働者の流れと灰色の霧の中にもロンドンの美は認められる』と言うたが、美は観る人の主観によって大部分決定する。だから他人に強いるわけにもいかんが、わしが選ぶなら……」「一番は何どす」「宇宙万有を造られた造物主のうちで、もっとも繊細・緻密・霊妙をきわめた最上乗のものは何といっても人間や。人間においても脳髄と肉体の曲線美はその代表で、脳髄は男の方が優れており、曲線美は女の方が勝っとる。そやさけ、形体の上から順位をつければ一位が女の肉体、二位が男の肉体、そして三位は馬かのう」「ふう、同感です」「すると審美眼はあんたと一致したわけじゃ。画家は好んで人体、なかんずく若い裸婦を描く。これは神の造られたもののうちでもっとも美なるもの。色といい、艶といい、完成された婦人の曲線は自然美の極致や。女体の中に山あり丘あり谷あり、ゆるやかなうねり具合は実に妙を尽くす。そこにまた極楽も地獄もひそむ落とし穴。草むらもあれば時には噴水も曲線を描いて放出する……」「そこがまたたまらなく楽しおすわ」 二人は思わずふき出した。来た時と違って、常次郎の表情がすっかり和んでいる。「さて梅田はん、今度はあんたや。わしに何を打ち明けたいのや」 王仁三郎の眸は、常次郎の魂の内奥まで見透かすように光った。

表題:霊界問答  10巻2章霊界問答



 王仁三郎と常次郎は切株に腰掛け、改めて顔を見合わせる。「管長はん、聞いとくれやす。えらい目に会いました」と、常次郎は十九日間の体験を偽らず洗いざらい語り、すがるような眼で王仁三郎を見詰めた。「このままやったら不安で不安で、どないして生きて行ったらええんか分からしまへん。管長はんのお話聞いててどうやら落ち着いたけど、もう二度とあんな思いしとうない。教えとくれやす、死後の世界ちゅうやつを」「わしはのう、高熊山の三度にわたる修行で、顕・幽・神三界を探検させられた。あんたもこの世にいながら地獄界の一部を垣間見たんやさけ、今ならわしの話すことを素直に理解してもらえるやろ」「こんなに切実に霊界を知りたい思うたことは、初めてどすわ」と、鳥肌立った頬を撫でまわす常次郎。 王仁三郎は静かに語り出した。「宇宙はのう、われわれの住むこの自然界、つまり肉眼に見える現界と見えない霊界とに区分されとる。霊界とは肉体を捨てた意志想念の世界であり、無限に広大な精霊世界や。だから時間・空間がない。あるのは情態の変化だけや」「よう分かりまへん」「たとえば、霊界に時間的な午前・午後・昼・夜などの区別はない。ただ情動の変化によって、朝とか夕とかの感覚がおこる。また意志想念の霊界では肉体や物質にとらわれることがないさけ、思念の集中度合いによっては瞬時にして遠い空間をとび越え、ニューヨークの摩天楼にもパリの凱旋門にも行ける。現界で肉体ごとその地に運ぼうとしてみい、船で海を越えて何十日もかかるやろ」「惚れて通えば千里も一里ちゅうわけどすな」「ははは……ちょっと意味合いは違うが……まあ、そんなとこか。まず『いろは』の『い』から言うとこう。霊界には神界・中有界・幽界の三大境域がある。神界は至美、至尊、至厳の世界で、神道家のいう高天原、仏者のいう極楽浄土、耶蘇のいう天国にあたる。幽界はいわば神界の変態的幽境で、虚偽と悪欲の暗黒界や。神道家は根底の国または根の国・底の国、仏者は八万地獄、耶蘇はヘルと言うとる。中有界は、高天原にあらず根底の国にもあらず、両者の間に介在する中間的世界や。神道家は天の八衢、仏者は六道の辻、耶蘇は精霊界とそれぞれ呼び名は違うがのう」「すると、人が死んだら、その霊魂は生前の善悪に応じた境域へ行かされるわけどすな」「行かされるというより、自ら行く。人をも含めた動物の霊を精霊という。つまり生魂のことや。善霊も悪霊も一括して精霊や。霊と精霊を混同せんようにな。霊は万物に普遍してある。火鉢にも鉄瓶にも草花にもある。霊が脱けたら、その形を保つことがでけんさけ、崩れてしまう。非常に長い年月を経た土器が何もせんのにぐしゃぐしゃに潰れることがあるが、あれは霊が脱けたんや」「霊魂と精神は同じもんどすか」「同じやない。現代人のいう精神は、体欲の欲求から出る心象や。肉体は空腹を感じたり、渇きを覚えたり、その他いろいろの感覚を起こすやろ。胃腑が空虚を訴えると、食物を要求する心が起こる。のどが乾くと、湯や水を要求する心が起こる。目に美しいものを見ると、それを愛する心が起こる。これらはみな、肉体の欲求によって起こる精神で、ある意味では体主霊従ということになる」「へえ、ややこしおすなあ。肉体から脱け出た人の精霊は、何も知らん霊界に押し出されて、さぞとまどうこっちゃろ。道案内はなし、みずから行くいうても、ふわふわーっと火の玉みたいに尾を曳いて、どこぞへ飛んで行かんならんわけどすな」「ははは……幽体、つまり霊身で行くのや。精霊が肉体から脱け出す時、善霊の場合は頭からはじめて胴体・手足と順に脱け出し、全部出た時にすっくと立ち上がる。その時、自分の脱け殻を見守りつつ、少しも怪しまん。他人を見るような態度になっとる。悪霊の場合は足から脱け出し、胴・手、最後に頭が分離すると、するするとすべって奈落へ落ちて行く。 精霊は肉体を捨ててきたものの、外側にはまだ一種の薄衣である霊身がまつわりついていて、生前と少しも変わらぬ容貌・姿態を保っている。音声・動作・背の高低なども同じや。リンゴの皮をむいても、いぜんとしてリンゴの形をしているようなもんや。霊身は霊覚の鋭い者には時として見ることができる。また見せることもできる。怨霊とか幽霊などはこの類や。ところが精霊自体は現界にいた時の感覚をすべて持っとるから、たいていは自分の死すら自覚できん」「そら難儀なこっちゃなあ」「霊肉脱離後、それぞれの道を辿ってまず八衢へ行く。途中、三途の川とか一途の川とかに出会うが、霊魂相応に変化するから、人によってはちろちろ流れるひとまたぎの小川であったり、深い濁流であったりする。 高天原なり根底の国へ行く前に、その中継地である八衢において、どうしても踏まねばならん三段階がある。まず生前の肉体と同じ霊身を保っている第一段階を『外分の状態』というのや」「外分?……」「人の霊魂は内分と外分でできとる。内分ちゅうのは本来の心、本心や。しかし娑婆では誰しも内分のままで生きることはむつかしい。そこで年とともにたくみに外分という皮をかぶせる。外分というのは表面の心とでもいうか、現界で得た知識とか体験とか、感覚・言語・動作などで本心をおおい隠す心や」「そない言われたら、わては内分の欲するままに女を追い求めてきたんやなあ」「そうや、あまり正直に生き過ぎた。だから魂も傷つく。さて、人が死んで八衢へ行く時、物質的な形骸は腐朽するから現界に残すが、霊魂に属することごとく、すなわち外分の全てを持って行くのや。八衢では、物質的法則の世界から霊的法則の世界への切り替えが行われるから早くも霊的活動を始め、次第に変化が起こる。『内外両面の一致』という霊的法則によって外分がはがれ、じわじわと内面の情態が表面ににじみ出て、精霊は次第に外貌を変えはじめ、やがて内分そのままの姿になる。これを第二段階の『内分の状態』というのや」「……」「人の霊魂は内分の上を外分の皮でくるみ、さらに肉体という殻をかぶっとるさけ、内分の真の姿は容易に把握できん。たとえば憎い人が死んだとしよけい。内分は『ええ気味や』とその死を喜んでいるくせに、外分は『世間の義理から葬式ぐらい顔を出せ』とすすめる。そこで肉体を喪服に包み、葬式に出れば空涙の一つも流して見せる。『思い内にあれば色外にあらわる』の諺のようにある程度は内分が露出することもあるが、たいていは殊勝に涙を流す肉体に騙されて、その影でにたりとほくそ笑む内分の顔はうかがい知れん。 霊魂も外分を捨て『内分の状態』になると、内分そのままの姿がさらけ出される。せつない時に嬉しそうな顔してみせたり、憎いのに愛しているそぶりなど、現界のようなごまかしはもう通用せんのや。善を想えば善の顔、悪を想えば悪の顔、どんな美貌の女性かて、『外面如菩薩内心如夜叉』、妬みや憎しみが強く内分が醜ければ醜くなり、またその反対に醜女とさげすまれていた女が、透きとおった内面の美しさそのままに、輝く変身をとげていたりする」「それそれ、それですねん。わては女たちの醜い内分の姿を見てしもたんや」「ははは……蒔絵のきれいな重箱を開けてみたら、中に馬糞が詰まっていたようなもんやのう。この『内分の状態』が終わると第三段階の『準備の状態』になる。これは高天原へ上る精霊だけが神界の知識を与えられる期間で、根底の国に落ちる精霊にはこの状態はないのや」「八衢にはどれぐらいおるのどす」「別に一定しておらん。極善の精霊や極悪の精霊は八衢を経ずして高天原なり根底の国へ行くが、これはほんの例外や。多くの精霊が八衢にいる期間は、現界の時間で五十日前後が多い。この間、残された家族の者は特に追善供養を心がけて新霊を慰めてやることが必要やし、親子兄弟の勤めでもある。だから仏教では『なななぬか』というて四十九日の法要をいとなみ、わしらは五十日祭を大事にする。一日、二日、数日で内外一致に至る者もあれば、数少ないが十年、二十年、三十年近くも八衢をさ迷っている精霊もおる。むろん霊界に時間はないさけ、本人は年月を経たつもりはないやろ。あくまで現界の感覚でみた数え方や」「そんなに長う迷うとるわけは何どっしゃろ」「偽善者など内分の醜悪さの暴露を恐れ、善の仮面をつけることに固執して、なかなか外分を脱しきれんからや。しかしいずれは虚偽の鍍金がはげる時が来る。その時の彼らの内分の姿は醜怪をきわめ、実にみじめじゃ」「偽善者だけやおへんやろ。八衢に長居する奴は、他にも……」「神や霊界の実在を信じぬ者も長い、長い。人が死んだら土になる、無に帰るなどと知識人ぶっとる唯物論者にとって、八衢にいる己れを認めることはできん。だからまだ生の延長やと思い込み、外分にしがみついとる。悪い奴は悪事を重ねながらも時とともに進歩も退歩もあるやろが、無心・無霊魂論者たちは、有能な奴にかぎって自分の強い意志で自分を固く縛りつけてしまう。 わしは八衢で目撃したがのう、こういう頑固者はほんまに石も同然、霊の成長もなくお望み通り己れを無にして目も耳も鎖し、暗闇に折り重なってころがっとるだけ。呼べど叫べど答えず、他からは手がつけられん。いつの日か本人の眼覚めを待つ以外にはのう。現界にあるうちに奴らを説得し、心の眼を開かせてやることができなんだのは、わしら現界の宗教者・教育者らの責任ではあるがのう」「しかし現実には、正しく霊界を説く宗教者も教育者もめったにおへん。神や霊界の実在を否定する者は増える一方どっしゃろ。そして刻々と彼らも死んで行くのどす。そういう連中は、この地上に生まれたのが初めで、死ぬのが最後。現界に残る血を分けた子孫はあっても、死んだ後はすべて無やと単純に決め込んでますさかいなあ」「精霊の容器である肉体に限っては、確かにこの世限りのものや。物質界の法則に従って、年月が経れば肉体は痛むし、機能は衰え、やがて朽ちて土に帰する。生命や霊魂は肉体のどこを解剖しても見当たらん。肉体で見当たらんからというて、存在せんのやないのや」「それで管長はんは、霊魂の存在を実証しようとして、鎮魂帰神術に取っ組まはったんどすな」「鎮魂帰神術はたしかに神や霊魂の存在を実証して見せるのに一番手っとり早いが、そこからくる弊害もいやというほど思い知った」「……」「幽斎修行してみてぶつかったのやが、八衢の変態的境域として、兇党界がある」「兇党界?……へえ、聞きはじめどすなあ」「八衢と現界の間にある境域で、妖魅界ともいう。兇党霊つまり肉体的精霊が集まっとるとこや」「肉体的精霊?……ますます分からん」「半物質体とでも言うかのう、人にたとえれば度しがたい不良の徒や。その形は人に似て人にあらず、天狗あり、河童あり、狐狸あり、大蛇あり、一種の妖魅ありで、山の入り口・川の堤・池の畔・墓場などに群居しとる。世にいう魑魅魍魎の類や」「なるほど、天狗や河童は兇党霊どすか」「そうや。天狗にも階級があってのう」「大天狗・小天狗・烏天狗・木っ葉天狗などどすな。その正体は何者どす」「人間界で責任を果たさず行の成功しなかった精霊が、肉体的精霊界に住んで行を続けている。龍神と同じように三寒三熱の苦しみに耐え、行が終わったら再び人間界に生まれ変わってくる。人間界で完全に行をしとげたら、神界に入って天人の列に加わることもできる。現に松岡はんや河原林はんみたいな、神界に属して御用しとる高級天狗もおるわい」「すると兇党霊は人に悪さしまへんのやな」「いや、暗黒の現界に跋扈跳梁して、人を邪道に連れ込もうとする悪どい奴らもたくさんいる。暗冥で頑固な妄想家の欲望につけ入り、虚をうかがって体内に入り込み、諸器官を占有し、人に口舌を用いて語り、手足をもって動作する。というより、その兇党霊は憑依した肉体をすべて我が物と思い込んどる」「何とあつかましい」「そいつらはある時は人の記憶と想念に潜入して大神と自称したり、みずから真の予言者と信じたりする。だが少しの先見の明もなく、心性は無明暗黒の領域にいて一寸先のことも察知できんから、その予言たるや、てれんこてれんこや。ただし半物質的存在やさけ、いろいろ不思議なことをする。誰もおらんのに机が持ち上がったり、怪音を立てて戸が開く。椅子が歩いたりするような物理的なものは、みな兇党霊の仕業や。わしも若気の至りで、鎮魂帰神術を覚えたての頃、兇党霊を使って物品寄せなどをして人を驚かせたもんじゃ。 丹波の大江山も兇党霊の棲処やから気をつけなあかんが、日本の兇党界の頭は筑波山を本拠とする山本五郎右衛門、世界の総大将は大黒主……」「……」「わしはのう梅田はん、神や霊界の実在を信じずに平気で生きてる奴を見ると、その無神経さが不思議でならんことがある。死刑を宣告された囚人は自分で殺人を犯していながら、迫りくる死への恐怖に震えおののくそうやんか。ところが生きとし生ける者は、生まれながらに大自然から死刑を宣告されていると同然や。人は必ず死ぬ。おぎゃあと生まれるなり、矢が弓弦を離れるように、墓場へ向かって一直線に突き進んで行く。それが人生というもんや。一日、一日、死ぬために生きとる。一年生きたら絞首台を一段上ったことになる」「正月が来れば『おめでとはん』、誕生日が来れば『おめでとはん』……晴れ着つけてのどかな顔で挨拶しとりますわ。『正月は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし』と誰やらの坊さんが歌わはったが、まさに然りどすなあ」「自分に限って死はまだまだ遠い先じゃという確固たる迷信を、誰しも持っとる。死ぬ死ぬという奴に限って、内心では、わしだけはめったなことで死んでたまるけいと……」「ほんまや」と、常次郎はにんまりとうなずく。「人は明日への期待を作る名人や。明日は恋人と逢い曳きしようと期待する。待ちに待ったその一時をつかんだと思たら、過去という名でするすると消え去る。背後からは恋人と別れねばならん悲しい時が迫ってくる」「ほんまや、ほんまや」「曲線美の女性に惚れ、この女のためなら命はいらんと、親の反対押し切っていっしょになったとしてみい。憧憬の曲線美は時々刻々と微妙に変化する。だからこそ絶世の美女とうたわれた小野小町も、『花の色は移りにけりな徒に吾身世にふる眺めせしまに』と歌に托して老いを嘆いたんや。どんな曲線美の持主かて、やがては皺くちゃで乾からびた複雑な曲線の梅干し何とかに化ける。小さい現実の欲求を遂げるのに汲々として、人は外分を飾り立て、死の行程を進んでいるのや。有限の時をむだに費やしつつ、無明の闇に踏み迷っとるんや」「思いあたることばっかしや。この女と生きてこそ天国やと思うて芸者を身請けしては、わてはいつも期待を裏切られてました」「日々幻滅の悲哀を感じながら生きとるのが人生や。初めて娑婆の空気を吸うてから心臓が停止するまで、これだけが人生やとしたら、こんなはかないものはない。人の霊魂は主神の分霊であり、主神は万劫末代生き通しやから、その分霊である人の霊魂も同様や。それを信じられたら、人生に対する考え方はまるで変わってくる。『世の中に死後の世界を知らぬほど淋しきものはあらじと思う』、『人はただこの世の命のみならばいかに淋しきものとこそ知れ』や」「生母が早う死んだせいどっしゃろ、死については子供の頃から無意識に考え続けとったようどすねん。三つの時どしたが、死んだ生母の霊が紫の雲の中からわしを呼びよった。その感覚は今でもはっきり残っとります。わしは母を慕うて夜ごとに泣き通し、家の者をひどくてこずらせたそうどっせ。思えばあの頃から、わしに霊感みたいなもんがあったんどっしゃろなあ。人の心でも、ふっとこっちに映ってくる。おためごかしの嘘がまる見えや。それが無性に癇にさわってかないまへん。放蕩息子の弁解がましゅうて、あまり他人には言えまへんが……」 王仁三郎は、暖かいまなざしでうなずいた。「世間の奴らは人間の外面の形しか見ることをせん。幸か不幸か、あんたはなまじ霊感が鋭いばかりに人の魂の内面までのぞいてしまいよる」 常次郎は絶句した。 茶屋に流連ける時、常次郎の心はまさに天国に遊ぶ。けれどあの姿形の美しい芸妓たちは真実、天女であろうか。否、霊眼で透かし見るまでもなく、彼女らの心の嘘はいやというほど知り尽くしている。知ってなお飲めぬ酒に酔い、大金をまき散らし、天国に遊ぶふりを買う。あのばかげたさんざめきに冷えていく心を無理に浮き立たせて。茶屋の天国は、裏返せば、常次郎にとって地獄でもあった。 継母への意地・反抗からの茶屋遊びが、今は妻安子の深奥に巣食う地獄への面あてに変わっていた。妻を苦しめて何で楽しいわけがあろうか。我ひとり天国に遊ぶふりして妻をも自分をも地獄に蹴り落としたのは誰だ。己れ自身ではないのか。 激しく己れを鬩ぎ省みる苦悩で、常次郎の秀でた額には油汗が浮き上がっていた。「梅田はん、あんたはなあ……」 言いかけた王仁三郎の口辺には、まだ微笑が残っている。「あんたはどうも女に夢を描いて、無理な注文をつけ過ぎるようやのう。わしの見るところ、あんたの心に住んどる理想の女は、三つの時に死に別れたというおふくろの幻や。紫の雲に乗って、泣きわめく坊を抱きくるみにくる母親の無我の愛――生みの母に育てられなんだあんたは、無性にそれが欲しい。無茶苦茶やらかして、母親にお尻をぶたれる。けど、打つ母の掌には、利害をこえた愛の温みがある。打たれる子より幾層倍ものきつい痛みを受けているのが親の心や。あんたが神さんにも女にもぼんぼんのわがままはってがむしゃらに求めるのは、そんな愛と違うか」 足元から上ってきて膝のあたりでとまどっている蟻を掌に移しながら、王仁三郎は目を細める。「するとわしなんかは、日向ばかり求めて愛に温もりたがるくせに、光のまぶしさを嫌うて目をふさいどるような存在どすなあ」と、常次郎は撫然として呟いた。「同時にお安さんは熱の届かん暗闇にいて、光ばかり求めとる」「弁解するわけやおへんが、お安を抱いとると、こっちまで凍えそうに冷こうなる。まるであいつは、日陰に育って愛に燃えたことのない身魂みたいどっせ」 嘆きをこめた常次郎の言い方である。「お安さんに愛がないわけやない。愛のぐるりをいつも頑なに理智が覆うのや。愛を至上とする梅田はんには不満じゃろ。けどのう、夫婦は一体、あんたにはあんたの欠けとるところを補うお安さんが必要なんや」「そうどっしゃろ。わしは自分の仕打ちを酷やと知ってます。耐え忍べば忍ぶだけあいつは傷を深うしてしまう。わしの欲しいものを奥へ奥へと引っ込めて……そやさけわしは愛に溺れる女を次々に追うていきますのや。その代わり、わしの女道楽にはけじめがおます。お安、お光、おまき、小力……手をつけた女はみんな芸者どした。しろうと女にはなんでや知らん、さっぱり魅力を感じまへんのや。女房以外の女たちとはさっぱり別れてしもたけど、これで終わったとは思いまへん。けっきょく、無いものねだりどっしゃろなあ」「角ぐらい生えるやろ、お安さんやのうても。どう満たされようもない愛憎の業がからみついて、それでも一生離れられんのがあんたら夫婦や。せめて信仰の光がのうては耐えられん行やのう」「管長はん……」 やりきれぬ表情で、常次郎が言う。「しょうもない愚痴をこぼしてしもた。それより今、わてのほしいのは霊界の話。続けとくれやす」 蟻を陽だまりの巣へ返してやった王仁三郎は、棒切れを拾って地に二つの円を描く。「高天原には霊国と天国の二大境域があり、その主権は霊国にある。主神の神格は愛善信真で、霊国は信の真に充ちたる者、天国は愛の善に充ちたる者の国土や。仏教でいえば天国が極楽、霊国が浄土ということになる。霊国は智性の国、天国は意志の国と呼んでもよい。いわば人における肺臓と心臓の関係に相応しとる。 また霊国・天国ともに段階がある。人の霊魂は荒魂・和魂・奇魂・幸魂の四魂を直霊という一霊が主宰しとる。四魂が愛善と信真とに全く活用するのを全徳といい、全徳の霊身は最高神界に上る。最高神界を紫微圏界ともいう。三魂が善に活用する三徳者は第一神界、二徳者は第二神界、一徳者は第三神界へ上る。これに反して四魂がそれぞれ省みることを忘れて争・逆・悪・狂に化し曲霊となった者は、悪欲と虚偽の罪劫の軽重に応じた根底の国へ堕ちて行く」「間違うて、罪もないのに根底の国に追われることはおへんのどすか」「人間界の裁判には常に誤審があるから、何度も慎重に審議せねばならんが、霊界は罪の大小軽重によっておのずから選ばされるのやさけ、その心配はない。さっきも言ったように、八衢で否応なく精霊の意志想念がむき出しの相を作る。似たり寄ったりの外貌を持つ精霊たちは、『同気相もとむる』の霊的法則通り、八衢を抜け出し同じ想念のもとに自然に寄り合い、一つの境域を作っていく。明るく美しく円満なる純な魂が相求め合って集まるところ、花咲き鳥うたい、光輝き水清らかに、自然に天国を作っていくわけや。 天界の団体の大きいのは十万人も集まっており、少ないのは五、六十人。これは愛と信からくる想念の情動いかんによって、相似相応の理により団体を形成するからや。キリスト者たちは信ずる者のみ合い寄って嬉々として彼らの理想とする天国を、仏教者たちは仏陀の説く蓮の台に群がり坐って極楽浄土を築くやろ。無数の集団は、主神を礼拝する方法もさまざまなら暮らしの状態にも相違があり、大小高低の差も霊魂相応に分かれとる。たとえ他人に笑われる低俗な迷信ではあっても、信じて惑わぬ者たちはひたむきに一団となって、それなりの愛する小境域を築いていく」「ほんなら正しい宗教やったら何を信じてもよろしおすのか」「そうとばかりは言えん。生命が現実だけのことなら何教を信じようが大した影響はなかろう。しかし霊界は意志想念の世界やし、それに最も強い影響を与えるのは何ちゅうても宗教や。つまり宗教の選択は未来永劫に続く霊界の選択でもある。戒律などに縛られた悲観的な宗教にもそれなりの天国が用意されとるが、なろうことなら現界のうちに底抜けに明るく清い天国的想念を作ってくれる宗教を選ぶべきやと思わんか」「なるほどなあ。それで天国には異人さんもおりまっしゃろか」「もちろんおる。『唐人も入り込みにせん地獄の絵』ちゅう川柳があるが、霊界は日本人だけのものやない。ただ国も違えば環境も言語も習慣も違い、それが意志想念に強う影響するさけ、どうしても住む場所が違うに過ぎん。天国は自らだけで占めとると思いがちなのは、広大な外の集団にまで想念が届かんからや。それぞれの天国の団体は、豊かに円満に主神に向かって調和し、統一されとる」「高天原に段階があるいうても、どこが違うのどす」「一番大きな違いは主神の神格を受けとめる眼かのう。天人は額の眼で見る。もちろん天人にも眼・鼻・口と形はあるけど、天人の五感はみな額にある。仏像の白光がそれにあたる。その額の眼でみる主神の神格の受け方が違う。主神は天国では太陽、霊国では月となって現われ給う。太陽は主神の愛善をあらわし、月は主神の信真をあらわす。主神の身に変異があるのやなくて、天人の徳と情動に相違のあるせいや。最高神界においては、霊国の月は現実で見る太陽のように、天国の太陽は現界の太陽の七倍くらいに光り輝く。第二天国では五倍、第三天国では二倍の光をもって輝く。 高天原では、主神の顕現される所が東や。ただ現界と大いに違う点は、現界では東に太陽や月がのぼっているとき、西を向けば太陽を背に負うことになる。しかし霊界はすべて想念の世界やから、向いた方角に常に太陽や月がある」「なるほど、天人たちの想念はいつも主神に向いとるからどすな」「そういうわけや。高い天国ほど想念的に主神に近く、低い天国ほど主神から去ること遠いから、下降するに従って、一種の帯状をなして輝きの熱烈の度合がやわらぐ。もろもろの天人たちはその輝きの強さから身を守るために、薄い雲のような霊衣で身を覆っている。もっとも不善なるもの、地獄界の底におるものは主神から去ることきわめて遠く、太陽の光に背くから、それだけ光はおぼろになる。 暗黒界における神との隔離の度合いは、善の道に背く度合いに比例する。だから極悪の者は光を見ることなく、一路無明暗黒の地獄に堕ちるというわけや。現界の季節に例えれば、高天原は陽気な春と夏、八衢は淋しい秋、根底の国は荒寥たる冬景色や」「主神が天人たちの前にお姿を見せられることがあるんどすか」「そのままのお姿を見せられると、光が強過ぎて目が眩む。そこで主神は一箇の天人のみ姿に身を変じ、親しくみ教えを垂れて下さる。だがそのみ姿は、その団体の愛善・信真・智恵証覚の段階に応じてそれぞれ違う。というよりも、主神の神格を仰ぎ見る眼に高下勝劣の区別ができるからや。最高天国に現われ給う時は、御神格がその神身により全徳に由って輝かれるさけ、そのみ姿も至真至美至善に映じる。他方、地獄界にいる者がそのみ姿を見れば苦悶に耐えず、閻魔のような悪相にさえ見える」「……」「高天原に住む精霊をおしなべて天人というが、厳密には天国に住むものを天国天人、霊国に住むものを霊国天使と呼ぶのや。仙人には四階級あって、神仙というのが霊国天使、天仙というのが天国天人のことや。地仙・風仙は肉体を持っている神使やが、純粋な地仙ははなはだ稀や。教祖はんは明らかに地仙や」「なんと、教祖はんは仙人どすか」「風仙というのは比較的ようけおる。どちらかといえば堕落した者が多く、神業のために活動しとるというより、独りよがりで隠遁的な生活を好む。 話が横道へそれてしもたが、天国天人の重要な任務は主神への祭祀や。天人は愛の善に満たされとるさけ、主神を愛し、同僚を愛し、天地惟神の法則に従って宇宙の創造主である主神を厳粛に祀り、くさぐさの珍しい供物を献じ、神の愛に浴するのを最大の歓喜とし、神業にしている。 霊国天使は信の真に充ち、おのずから説法の才があるから、天人たちに主神の教えを説くのが天職や。霊国天使は一名媒介天人といい、あちらの団体からこちらの団体へと往来して団体相互の連絡を図ったり、指導霊となって救霊のために力相応の地獄にまで出掛けて行く」「へえ、御苦労はんどすなあ」「ついでに天人の服装について語っておこう。天人はその智恵にそれぞれ相当した衣類をつけている。いっさいの智恵は信真からくるから、その信真の度合いによるといってもよい。智恵の非常に優れた者の衣類は際立って美しく、愛の善に相応して火焔のように輝き、また信の真に相応して光明のように照り渡っている。智恵がやや劣った者の衣類は輝きはあってもどことなし朧げに見え、赫々たる光がない。つまり、天人の智恵証覚に応じて色も輝きもさまざまで、これらの衣服はすべて主神より賜る。ただし最高霊国・最高天国の天人たちは衣類を着けとらん。なぜなら霊身そのものがどんな衣服よりも美しく輝き、清浄無垢やから……」 紫磨黄金のエロスの女神の肌の輝きを思って、一瞬、王仁三郎の頬が染まった。「よろしおすなあ、光の裸身いうのんは……けど根底の国にいる者には、着物はおますのか」「あることはある。ただ彼らは真理の外にあるから、その癲狂と虚偽の度によって、破れたりほころびたり、悪臭を放って面をそむけたいほどむさくるしい。奴らにはそういう衣服しか着られんのや。なまじ美しい光沢の衣類を着ると相応の理に反するから、頭が痛み体がしめつけられて苦しさに耐えられん」「ええ着物きれんのは一番かなんなあ」「ははは……梅田はんにはこたえるやろ。それぞれ美しい衣服をつけた天人たちの祭典は見事なものやで」「そうどっしゃろなあ」「現界の祭典みたいに四角ばらず、小笠原流もなにもなく、円滑に、自由自在に、愛善からきた想念のままに情動する。そして祭典は午前中に行なわれる」「何でどす」「朝は太陽の愛善に相応し、夕は月の信真に相応する。だから現界でも、できれば祭典は午前中にした方がよい。一日の仕事が終わった日の余りでするより、一日の前半の貴重な時を、神の讃美に捧げさしていただくのや。そして祭典がすむと、午後からは霊国から出張してきた天使が愛善を説き、信真をさとし、円満な天人の智恵証覚をますます円満にしようとつとめる。天人はその説教を聞いて自分の人格を磨き、処世上の福利を図ろうとする。 高天原における天人と天使の職掌は明確に区分されていて、天国天人は神の教えを説くことは許されず、霊国天使は祭司となることを許されん」「高天原の天人は空を飛びながら年中歌舞音曲にふけり、歓楽に酔うとるのかと思うたら、そうばかりでもないみたいな」「そらそうや。天人やからいうて、のらくらと放蕩遊惰に日を送ってるのと違う。天空なるものは沖虚やさけ、天人もまた一種の気体的存在で、天の羽衣をつけて空中をふわふわ飛翔するぐらいに思うとったらどえらいあてはずれやぞ。現界はすべて神霊界の移写であり縮図で、霊界の写真を写したのが現界や。だから現界を『現世』というやろ。たとえば三万三千尺の富士山をわずか二寸四方ぐらいの写真に写したようなもんで、富士山が霊界、写真が現界やと思うたらよい。 霊界と現界には『相応の理』という法則がある。富士山の写真を見たら富士山の姿が想像できるように、現界人から天人を想像したらよいのや。天人もまた、現界人同様、思索し、省み、感動し、愛し、意識し、読書もすれば、著述にもはげむ」「そしたら天人も働きますか」「もちろん働く。わしが言霊別神に案内されて第二天国を探検した時のことや。大きな太陽はあまり高からず頭上に輝くが、自然界のような焦げつく暑さもなく、心地よい温泉に入ったような陽気かのう。天国には冬がなく、永久に草木繁茂し、落葉樹は見当たらん。金砂銀砂を敷きつめた平坦な道の両側には、狭田・長田・高田・窪田が広がる。田は金銀色の水に満ち、青い稲葉がさやさやと風にひるがえるごとに金銀の波を打たせる。そして美しい容貌の男女の天人たちが瑪瑙のような脛をあらわし、水田に入って草取りしながら陽気に草取り歌をうたっとった」「へえ、いっぺんでよいさかい、そんな風景を眺めとおすわ」「それは梅田はんの心がけ次第じゃ。神が宇宙を創られたのは、大きな目的があるからや。その目的とはすなわち『用』――だから天人にしても人間にしても、用のない者は存在を許されん。彼ら天人はめんめに天職を楽しみ、えいえいとして神業に参加し、士農工商の業にいそしんどる」「士?……高天原にも武士はあるのどすか」「士というのは武士のことやない。愛善信真を天人に説く霊国の宣伝使のことや」「士農工商があるとすると、当然、貧富の差がおますな」「貧富の差はあるが、職業によるものやない。現界には体主霊従が法則になっとるさけ、能力や働きに応じて報酬を受ける。ただ高天原ではすべて神の物やから、土地も全部、団体の公有や。現界みたいに大地主だの小作だのという、いまわしい制度はない。事業もまた神にさしていただくという考えだから、報酬はなくても、いっさい平等に御神業と喜んで額に汗し、神の御神格によって生かしていただくのやと、日々感謝の生活を送っている。だから貧富の差別など、天人は念頭においとらん」「働いても報酬がないとすると、天国の富はどないして築くんどっしゃろ」「天国の富者は、現界において善徳という宝を天国の蔵に積んでおいた人たちや。天国の貧富は一厘一毛の錯誤もなく、不公平もない。貧者は富者を見て模範とし、善徳を積むことのみ考えている。富者はその財産を神界の御用にあてたり、天人の団体を家に招いて自費を投じて馳走をこしらえ、大勢とともに楽しむ。ただ財産はすべて神から賜ったものやから、現界人のように他に与えることは許されん。 月三回の公休日には、天人たちは『神の家』に集まって天使の説教を聞く」「神の家?……」「高天原における至聖場や。殿堂とも説教所とも言わず、単に『神の家』というとる。その建物は、天国では木造のように見え、霊国では石造りのように映じる。建物自体はそれほど崇大なもんやないけど、霊国の『神の家』には多少崇大なものもある。天人たちは『神の家』に集まって力いっぱい歓楽を尽くし、神をほめたたえ、神の恵みを十二分に浴する。高天原の説教は、天人各自の処世上の事項について教訓を垂れるにとどまる。天人たちは、愛と信と仁を完全に体現した生き方をするために聞く。彼らには、現界みたいな労働問題・政治問題・経済問題など存在せん」「すると、天人は欲望は持たんのどすか」「欲望はある。一口に天人といっても生活状態はさまざまや。愛善と信真の充たされるに従ってますます荘厳美麗な天国に至り、立派な家に住み、光輝ある衣服も着られる。誰しも高い所に進みたいという欲望がある。名位寿富を望むのは正欲やし、だからこそ進歩向上はあるわけや」「天人に五衰ありという説を聞いたことがおすけど、ほんまどっしゃろか」「ああ、それは八衢を彷徨しとる精霊のことや。現界人の肉体は物質界の法則によって老衰する。しかし高天原の天人は、人の霊魂や情動が不老不死で変わらぬように、いつまでたっても老いはせんし、死にもせん。男ならば三十歳、女ならば二十歳ぐらいの若い姿を保っておる。たとえ現界で肉体的に不具であっても、霊界では円満具足な霊身を与えられる。ただしその心に欠陥があれば、痴呆者になったり不具者になったりする」「そいつは羨ましおすなあ。現界にいて天人たちと交通できまっしゃろか。たとえばわての生母と……」「いったん天国へ上って天上の群れに入ったものとの交通は、どんな親しい間柄でもむつかしい。ただ一種の霊力を具えて精霊の発達した霊媒者があれば、その仲介をへて交通することはある。その霊媒者は概して女子が適しとる。女子は男子に比して感覚が強く神経鋭敏で、知覚や感情が繊細やでのう。また霊媒力の優れた人の居る審神場では霊身が時に現界人の目に入るような形体をあらわす。その霊身に対して現界人が接触すれば、感覚もあり談話を交わすこともできる。けど、使命を帯びた天使以外の天国天人が望んで現界人と交通したいと思わん。 八衢にある精霊の中には、時によって現界に生存する者と交通を希望したりする。自分の苦痛を訴えたり、霊祭を請求するためや。執着心の強い精霊になると、現界に住む父母・兄弟などに対して、自分の思惑を述べようとする。こういう霊身は現界に執着心を残しとるさけ、いつまでも天国に上れず、たいへんな苦労をさせられる」「わてに惚れた女たちは、きまって『死んだら天国でともに暮らしたい』と言うんどすわ。のろけやおへんで、ほんまに……」「ほう、お安はんもか」「あいつがそんな可愛いこと言いますかいな。お安だけは別どすわ。そこでわしが死んだら、生前に惚れ合った女たちとまた霊界でいっしょに暮らすことになりまっしゃろか」「いや、どんなに親しい間柄でも、いったん八衢で別れたら、二度と再び会うことはないのや。つまり霊界は『同気相もとむるの理』で同じ意志想念の集い寄る境域や。夾雑物は許されん。だから死んでもそれぞれ住む境域が違うから、会うことはでけん。ただし現界において同一の信仰・同一の愛・同一の性情の者は同じ霊界に住むことになるが、むしろこの世では自分にないものを相手に求めるから、めったにそんな組合わせはできんやろ。どうや、残念か」「ははは……ほっとしましたわ。死んだ先までつきあいたい女には今までめぐり合ってまへん。すると霊界では新しい女といっしょになれますのやな」「そういうわけになる。けど現界みたいな浮気はでけんで。また浮気したい欲望も起きん」「へえ、そない聞くと、天界への魅力も色褪せますなあ」「そいつは現界的想念で考えるからや。天国の結婚は男の智性と女の意志が和合して一心になることをいう」「一心?……」「信真とは智性に属し、愛善とは意志に属する。つまり一心というのは、男女の智性と意志、また信真と愛善といってもよいが、それが合一して働きを持つことを指す」「ちょっと待っとくれやす。男は智性、女は意志といちがいに決めつけられますか。女かて智性の勝った者はいてまっしゃろ」「確かに男女の区別なく智性も意志もある。ただ男は智性、女は意志を主とする。人の性格はその主とするものに因る。 さて、天界で男女が会った時、まず内分が相互に魅かれ合う。現界なら、たとえ一目惚れでもうわべは関心がないように装ったりする。ところが霊界ではその人の内分がそのまま霊身に映るさけ、その思いは隠しようがない。会ったとたん互いにぽーっと頬を染め、呪縛されたように見つめ合って『眼は口ほどに物を言い』なんてことになろうかい。そこで相手を知覚し、感覚し、両者の智性と意志が和合し一心になるところから、『婚姻の愛』なるものが発生する。高天原の愛は自分の持ついっさいを相手に与えんとする心や。その愛の働きにより、夫の智性は妻の意志に入り、妻の意志は夫の智性に入り、夫の智性は妻の智性、妻の意志は夫の意志となる。こうして夫婦は一体となり、幸福と歓喜にひたる。だから天界では、夫婦は一体として数える」「天人夫婦も情交しますか」「情交はする。といっても、頬と頬をすり寄せるだけや。その結果、ついに霊子を地上へ蒔き落とす。すると天人夫婦と因縁深い地上の男女はたちまち霊に感じて情交し、胎児を宿すことになる」「天人の霊子からできて育った子は、死んだら天国が約束されとるんやろか」「そうは限らん。その蒔かれた田畑、つまり両親の良否によって胎児にある程度の影響のあるのは当然や。石の上に蒔かれた種は育たぬし、痩せ土に蒔かれた種と肥沃な土に蒔かれた種とは、その成長に大きな相違ができる。だから人は常に意志想念を天国に向け、正しい行動を心がけねばならん。せっかくの天よりの種を発育不良にさせたり発生させずに終わらせたんでは、人生の神業を完全に遂行できんことになる」「えらいこっちゃ。わては女房のお安の目を盗んで、おまきにやや子、生ませてしもた」「ははは……心配せんかてええ。たとえ痩せ土に蒔かれた種でも、日光や水や追肥や手入れ次第で立派に育つ」「そやろなあ……それで安心した。天人にも親はいますか」「天人には兄弟姉妹はあっても、親はおらん。いや、親神さま、つまり主神だけが絶対愛の親や」「うーん。確かに天国は結構なとこや。けど、神さまにはもう一つ信用でけんとこがおす。誰かて、どんな悪い奴かて、死んだら天国へ行きとおっしゃろ。生きとるうちに地獄界の惨めな暮らしをした者ほど、天国への憧れは強いかも知れまへん。自分から進んで地獄へ堕ちたがる者はないはずや。それやのに、神さんが亡者どもの現界で犯した罪を秤にかけて厳正な審判のあげく、高天原と根底の国へ行く霊魂を立て分けるんどっしゃろ。 人間の世界には、まだしも執行猶予とか恩赦ちゅうもんがおす。それがあんた、神さんときたら愛と慈悲の権化や言うとるくせにあっさりと『梅田常次郎、汝は生前悪所通いにうつつを抜かし放蕩の限りを尽くした報いによって、汝の霊魂にふさわしい地獄に行け』と、こうでっしゃろ」 王仁三郎は笑った。「ふふふ……そうひがみなはんな。なあに、神さんが梅田はんを地獄へ堕としたいなど、微塵も思たはるけい。例えばここに養魚家があって、大きな池に鯉の稚魚を一万尾も放したとしてみいや。彼は一尾も残らず育ってほしいと願うとるやろ。ところが鯉の発育状態が悪うて三分の一も死滅したり泥棒に奪られたりしたら、その失望落胆が思いやられる。ただ鯉の飼い主は収益に対する欲望の満たされなんだことを悲しむだけやが、神さまの愛の欲望は物質の欲望の比やない。筆先にも『早うよい世にいたして人民を助けるのが神のおん役であるぞよ。畜類・虫けら・餓鬼までも助ける神であるぞよ』とあるやろ。神の眼から見れば、聖人君子も小人も智者も愚者も区別なくいっさい平等であり、これが仁愛の心や。 神は人を地獄へ堕とさはらへん。なぜならば、神が罪人に対し怒り退けられたとしたら、神の神格である愛善信真に背反する。人は自分の肉体の一部に、たとえそれがどんなむさくるしい所であっても、痛みを生じ、腫物でもできれば、手を尽くして治そうと願うやろ。神は宇宙を一個の人格者とみなしこれを統制なさるから、たとえ悪人といえども御自分の肉体の一部や。根底の国に堕ちて行く霊魂を何とか救おうと苦慮なさるのは当然や」「けど、現実には地獄へ堕ちる者はたんとおりまっしゃろ」「それは神が堕とすのやない。霊界は意志想念の世界やさけ、自分で自分の霊魂の好む所へ行くだけや。根底の国は虚偽と悪欲の世界や。根の国は虚偽の領域で魔王が支配し、そこに住む精霊を兇鬼という。底の国は悪欲の世界でサタンが支配し、そこに住む精霊を兇霊と呼ぶ。『悪と虚偽好む霊魂はたちまちに地獄造りて独り堕ち行く』、『ことさらに神は地獄を造らねどおのが造りておのが堕ち行く』じゃ。 地獄を造ったのもおのが想念、堕ちて行くのもおのが勝手や。生きてるうちに心に天国を持てなんだら死んでも天国を持てんように、心に地獄を造って生きた者が死んだら地獄の棲家へ行くほかはあらへん」「なんぼ自分の心の中に造った地獄にしても、堕ちたらさぞみじめどっしゃろなあ」「確かに天国へ行く霊魂が間違うて地獄へ堕ちたとしたら、寸秒として居たたまれんやろ。ところがようしたもんで、霊界は想念の世界やから、天国想念の者が間違うても地獄へ堕ちることはない。『蓼食う虫も好きずき』というように、実際には自分で陥った場所の醜悪さすら自覚せん者が多い。 わしが地獄を探検した時、光も熱も届かぬ根底の国に、一見偉そうな宗教家・教育家・思想家・新聞雑誌記者・医者・薬種商などの多いのに驚いた」「へえ、なんでどっしゃろ」 王仁三郎は重く吐息して、「人を指導する立場の人が、多くの人々を誤った方向へ導く、この罪が一番重い。人殺しは重罪やが、それの及ぼす不幸は、命を奪られた者やその周辺に限られる。だが、間違った宗教や思想が人々に及ぼす影響は図り知れん。無智で善良な人々の生き方をあやまらせ、社会を毒し、国の方向すら破滅に導く。それが自己の利益に根ざして犯した者ほど、その恐ろしい罪は救いようもない」 気をとり直して、王仁三郎は続ける。「根底の国というても同じ程度の魂が『類は友を呼ぶ』で自然に引き合うのやさけ、はた目に見るよりは耐えられるのや。高天原といえども苦労はあり、根底の国にも楽しみはある。ただ高天原での苦労はそれなりの実りがあるけど、根底の国では苦労はおのれの業をつぐなうのみで、なんの善果ももたらさん。 地獄界は邪悪と虚偽の二大境界の下に、高天原の賑々しさ同様、大小無数の領域に別れて栄えとる。死後といえども五感の感覚はすっかり捨て切れん。何を見ても性欲と直結する色餓鬼ばかりの男女が集まれば、即ち色道地獄や。彼らは性欲を満たすことが是人生ちゅうことになろう。しかし、精神的愛のかけらもないから、抱き合うても幽体同士の頼りなさ、とうてい肉感的満足など得られん。空しさにのたうちながら次々と相手を求めて挑んでいく。もはや純潔なんて観念すらないやろ」「ふーん」と、常次郎は頭を抱えこむ。「餓鬼道地獄ならば、どんなに貪り食うても、現界ほどの満腹感はない。のどを通る感覚が過ぎると、忘れたように消える。食うたという想念は長続きしないから、すぐ飢餓感にとって変わるのや。食うことによって養わねばならん肉体はもうないのに、ただ満腹感を求めてすさまじい食欲の鬼と化している。 闘争好きの霊魂は修羅の巷に魅きこまれるやろ。腕に覚えのある連中にとって、血なまぐさい喧嘩は血湧き肉踊る楽しみということや。たちまちわっとたかってきて、ちょっとのことから殴り合いを始める。邪気は邪気を呼んで、暗く血なまぐさい渦になる。逃げる・追う・打つ・蹴る……勝利の快感に酔う者にとっては、こたえられんおもろい天国ちゅうことにならんか」「けど霊身があるにしても、腕が立つというほどの骨っぷしはおへんやろ。殴るも殴られるのも幽霊同士や。手応えなんておすかいな」と常次郎は、考え深げに疑問を投げる。 王仁三郎は、にやりとした。「だが、現実には飽きずに奴らが繰り返しとるこっちゃ。けったいやなあと思いながらも、現界で味わい慣れたその肉体的感覚はなかなか忘れられん。憎しみをこめて殴る時、相手はその想念に打たれて痛いと感じ悲鳴を上げる。身が破れれば血さえ流れる。魂も吹き飛びそうな恐怖に失神すらしよる。現界での肉体的な強弱など関係なく、憎悪・怨恨・復讐・傲慢などの意志想念を激しく集中できる者ほど相手を打ち倒す地獄での強者といえる。彼らは徒党を組んで、弱い者いじめに快感を抱く。愛や同情や哀れみの一片すらない形相は、その想念をそのままむき出し、醜悪・残酷を絵に描いたような邪鬼、まさに赤鬼・青鬼たちに違いない」「恐なったら、なんで逃げへんのどす。もう戦う意志さえ失ったんなら……」「現界での奴らに相応するやくざの集団や悪徳軍隊や力を売物にした武道家の一部を見とったら、その状態の見当はつくやろ。根底の国は感情を隠す肉体がないだけ、一層陰惨で、露悪的なだけや。逃げようとする意志と逃がそまいとする想念がからみ合って、どっちか強い方が相手を引きずって行く」「どないしたら、そこから抜け出せますか」「この現界ではやればやっただけのことはある。百歩あるけば確実に百歩進む。だからより高い境遇を目指して必死で努力する。また雑多な想念の人間が一堂に集まることができるから、他と比べて己れを省みることもできる。だが霊界では同じ意志想念の者しか集まれん。闘争の境域は喧嘩好きの者ばかりの集まりで平和主義者は一人も入り込めんから、平和の概念すら知るまい。だから想念の変えようもない。 彼らがその世界で真剣に生きることは、喧嘩に励むこと。そして励めば励むほど親分、兄貴とおだてられ、ちょうど牢名主みたいにどっぷりとこの世界につかりこむ。ところがこの弱肉強食の世界では、弱い者は常に殴られっぱなし。喧嘩は勝ってこそおもろいのに、いつも殴られっぱなしやとしきりに無情を覚え、悲哀に泣き、次第に地獄的想念が薄れて悔悟の心が湧き起こってくる。その心の隙に天使が入り込むのや。 今まで見向きもしなかった精霊が、救いを求めて光の方向に想念をさしのべる。もうここはいやや、ここは醜い恐ろしい地獄や、そう気づいた霊魂が追手の意志にも増して一途に救いを求める時、天使はその霊身を抱いて抜け出るのや。いわば根底の国では、霊界人生の敗残者が逆に向上する機会を与えられることになる」「そして天国に住めるのどすか」「なかなか……一飛びに天国へは連れて行けん。何ほど改心したというても、地獄の垢に汚れ切ったぼろ布みたいな奴を高天原の花園にいきなり置いてみても、幸せにはなれん。たとえば蛆虫は雪隠の壷の中で群れ棲んどる。雪隠の壷は陽のさしこまぬ不快な場所やが、蛆虫には天国や。蛆虫にとって、人間こそ神や。日に何回か頭上に現われ、餌を投げ落とし、恵みの雨を降らせてくれる。彼らの太陽は人間の尻の穴ちゅうことにならんか。そやのに人間心で蛆虫の境遇を哀れみ、洗面器にきれいな水を張って移し変えてやってみい。蛆虫はその清浄さに苦しみ、のたうつやろ。 地獄的想念の霊魂にとって、天国の強烈に過ぎる熱と光にまず堪えきれん。水に棲む魚は陸に上げれば命がなくなるようなもんや。霊魂にそぐわぬ境遇は苦痛でしかないのやさけ、想念のままに自分にふさわしい新しい住み処を捜して薄闇の中をさすらうやろ」「すると地獄にいったん堕ちると、這い上がるのは容易やおへんなあ」「自力ではむつかしいのう。けど他力で向上する手がないことはない」「それは何どす」「子孫は先祖霊の冥福を心から祈ってやることや。その子孫の発する誠心が祖霊に届き、慰め励まして想念に良い感化を与え、より高い境域へ向上させる。祖霊はまた子孫の身を守ることになるやろ。地獄に堕ちている祖霊が、苦しみのあまり無意識的に子孫に救いを求めることがある。けど、子孫には通じない。何とか知らせようと焦る。その結果が家庭内の不幸の原因になったり、わけの分からぬ病気のもとになることもままある。その場合は、祖霊を正しく祀ってやることで禍根が断たれ、すべて好転するじゃろう。祖霊のお祀りはおろそかにできぬ」「……」「主神に対する祀りは熱心でも祖霊に対し冷淡な態度の宗教もあり、祖霊の祀りだけが信仰内容のすべてで宇宙の本源である主神の御心など考えようともせん宗教もある。確かに主神と祖霊とは、その尊さにおいて天地の隔たりがある。だがその本来の順序を心得た上で、主神に対する主一無適の祈りを捧げるとともに、祖霊に対する敬愛を尽くすことは、人情の発露として当然のことや」「死んだ人が再びこの世に生まれ代わることがおすやろか」「もちろん、ある。人から生まれ代わる者もあれば、動物から生まれ代わる者もある。八衢から再び生まれ代わるのは、いわばできの悪い子が再試験を受けるようなもので、天人の資格を取るためにもう一度人生をやり直すことや。 ついでに言うと、主神が地上に体を持って現われる場合を降誕、さっきも言ったように天人の霊子が下って生まれる場合を生誕、八衢から再び人間に生まれるお出直しを再生、動物から輪廻して人間に、または人間から動物に生まれ代わるのを転生と区別する。 動物は向上して人に生れ代わろうと願っている。犬や猫のように愛護されている動物あり、牛や馬のように虐使されている動物あり、一見不公平に見えるけど、虐使される動物はその修行をすまさんと向上できんようにできとる。だからこそさらに愛護すると修行が完成せんから、もう一度動物に生れ代わって修行のやり直しとなる。形から見れば愛護でも、霊性から考えたら一種の虐待や」「犬や猫を人の子以上に可愛がる者もいますなあ」「罪つくりな話や。犬や猫には迷惑でも、自分の見栄や欲を押し付けて喜んどる。動物愛護よりも、今日の世の中、畜生道に堕ちようとする危険な人間がようけあるさけ、そっちを救うことの方が急務じゃ」「動物愛護協会の連中が聞いたら怒りまっしゃろなあ」「あれも形に因われた偽善やでのう。神が高天原を無限に開くためには、天人によって満たさねばならん。ところが天人を作るには、ぜひとも一度は精霊を人の肉体の中でヽから発達させ、善悪美醜あいまじわる現界での修行によって善徳を積ませるという所定の手続きを踏まなならん。だから現界人の肉体は天人養成の苗代ともいえるし、天人の胞衣ともいえる。ただしまかり間違えば、邪鬼・悪鬼や狐狸の巣窟ともなる。 主神は人が天国へ復活し霊的神業に参加することを非常に喜ばはる。また、愛を生命とする天人たちは、種々の音楽などを奏して、仲間のできたことを大歓迎する」「もし現界で善徳を積むひまなく、稚児のうちに死んだ霊魂はどうなりまっしゃろ」「赤ん坊や幼児のうちに死んだ精霊は、両親の善悪正邪の有無にかかわらず、天界に復活する。人が死んで八衢に行く時、生前の姿を保ってると言うたやろ。赤ん坊は赤ん坊、老人は老人の状態や。やがて変化が訪れる。赤ん坊や幼児は生前悪念を持ったことがないさけ、霊界に悪業の種を蒔いとらん。無智と無識ではあっても清浄無垢、万事に対して可愛いことは生前と同様で、高天原の天人となるべき萌芽を自然に持っておる。だから神界の知識や神界からくる愛善信真を素直に心に受け止める。 現界の赤ん坊は『這い這い・あんよ』の動作やしゃべることから学ばなならん。けど赤ん坊の精霊は動作がことごとく内分から発するさけ、実習を待たずに歩み、かつ語る。そして順次に教育され、善と美の情動に染まり、真智をつちかい、知識を持ち、ついに高天原へ導かれる」「小さい時に死んだ者は天国へ上がれるから良いとして、さあこれからという若さで死んだ者はどうなります」「家族のたまらぬ悲しみは別として、その者に高天原へ上る心の準備があれば、霊魂の親である主神のもとへ帰るのやから、決して惜しいことやない。米寿まで生きようが白寿まで生きようが、高天原へ救われる道を知らず、信仰の力が備わっていなければ、その者のために『ああ、お気の毒に。もう少し生かしておいてあげたかった』というほかはない。死んでからでは、取り返しがつかん。死んでから善をしようにも、できんからのう」「人は何のために生きるのどす」「全人類の目的は、神の手足となってこの地上に末代続く神国の世を築くこと。そして個々人の目的は、己れの霊魂を高天原へ導くことにある」「なんや、人は死ぬために生きとるみたいな……」「死んで高天原へ上がるためにな……だが神界が何ほど結構じゃというても、歪んだ刀は元の鞘に納まらんように、現界で悪事を積み重ねて悪い想念に凝り固まると、決して元の結構な所へ戻ることはでけん。根底の国で無限の責苦に遭うことになる。 そこで多くの人たちは老い先短くなると、あわてて算盤をはじく。『良いこと八十、悪いこと百。このままでは地獄行きや。死ぬまでに勘定合わしとこう』ちゅうわけで、慌てて神社仏閣や慈善事業に寄附してみたりする。そうは問屋が卸すかい。どんなに行為の上で善事を積み重ねてみても、人を怨む想念の持ち主はみずから選んだ怨みの世界へ堕ち、人を憎む想念の持主は憎しみの世界へ行く。反対に、どんな悪人であっても、翻然と悟って悔い改め、心に天国を築けば天国へ行く」「悪人がそんなことで天国へ行けるなら、悪いこともようせず汲々とつましく暮らしてきた善人達にとっては、なんや不公平なようやなあ」「霊界は意志想念の世界やさけ、それも仕方ない。だが普通は善事を積めば天国的想念になり、悪事を重ねれば地獄的想念になる。ただ例外もあるということや。どんな悪人にでも、神さまは最後まで救いの綱を垂れて下さっているのやから、『もう取り返しがつかん』とあきらめることはない」「ほんまに神さんて結構どすなあ。すると何ですな、さんざん好き勝手に遊んどいて、死ぬ寸前にぱっと改心して手を合わせ、思いっきり楽しい天国的想念になったらよいわけや」「ははは……あんたは死ぬまで浮気を続ける気か。確かに梅田はんの言うようにできたら、一番要領よい生き方やろ。けどのう、『最後の一念は死後の生を引く』という諺があるが、あれは間違いや。臨終にあたってその瞬間に抱いた最後の想念は死後しばらくは持っとるけど、付け焼刃はやがてはがれる。時の経過とともに、平素抱いとるもろもろの想念の内に復帰する」「やっぱり地が出てあきまへんか」と常次郎。「年寄ったら後生でも考えようなどと他人ごとに思とったら、『足元から鳥が立つぞよ』や。この鳥は国盗り、命奪り、陥穽みたいにふいにさらいくさる。死の一秒前さえ分からんのが人や。今日一日生き延びれる保証はどこにもあらへん。老少不定、嵐の大海で船が沈めば、老いも若きも一蓮托生、だから常に自分の霊魂は、生きとるうちに高天原に籍を置いとかなあかん」「生きとるうちに?……」「そうや。霊界は死んでから行く所やと思うとるか知らんが、それは違うで。人というものは、霊と体との複合体から成り立っておる。精霊と肉体とが結合してこそ生存でき、霊を守るのは肉体、肉体を守るのが霊や」「え、肉体が霊を守るのどすか」「たとえば、土瓶の中に茶を入れておくとする。土瓶がこわれたら茶は流れ出すやろ。土瓶を肉体、茶は霊魂やと思たらよい。もし肉体に大きな穴をあけて血を出せば、霊は肉体から去ってしまう。だから霊に対しては肉体、肉体に対しては霊が守護神ちゅうことになる。霊と肉体との両者を結ぶ玉(魂)の緒がふっつり切れた時が死や。 主神が宇宙を創造し形成されるにあたって、初めに霊界を作り、その用を発揮して自然界(現界)を作られた。だから自然界のすべての形体は主神の用をなかに収めており、霊界の一切の事物と自然界の一切の事物に『相応』がある。主神の神的内流は決して中途に止まらず、高天原を通過して、その終局が人の外分や。その連結の外に何物も存在することはできん。そこで人は万物の霊長・神の生宮・天地経綸の司宰者と言われる。神界を離れた人は鍵のない鎖、人を離れた神界は基礎のない家のようなもので、双方あい和合せねばならん」「へえ、人間とはどえらいもんどすなあ」「そうや、どえらいもんや。いわば人は一小宇宙で、人体の中に霊界も自然界も存在する。内分は霊界に相応し、外分は自然界に相応する。つまり人は霊的動物であり、体的動物でもあるわけや。そして人の内分が高天原の真善美愛に和合すればその精霊は向上して天人となり、根底の国の悪欲と虚偽に和合すれば堕落して邪鬼・悪鬼となる。現界の人間の大部分はいわゆる八衢人間じゃがのう。 だから人は善悪正邪の分水嶺に立っており、生きている時の精霊が高天原と根底の国のいずれに属するかで死後の世界が決まる。外見的にどんなに不遇に見える人かて、霊魂が高天原に籍を置いていれば天国の喜びを甘受できる。どんなに恵まれた境遇に見えても、霊魂が地獄界に相応する以上は地獄の苦しみにのたうつことになる。綾部へ来るまでのあんたがそうや」「ほんまにあれは生き地獄どした。けど肉体が現界にありながら、どうして霊魂が霊界にあることができるのどす」「霊界は現界に即して、一体的同時的にあるからや。霊界は時空を超えた意志想念の世界やからのう」「何どすて?……高天原は天に、根底の国は地底にあるのと違うんどすか」「現界は霊界の中にあり、霊界は現界の中にある。だが、現界人の眼は自然界の光明を受けるようにできており、霊界の事物を視ることはできん。精霊の眼は神霊界の光明を受けるようにできており、自然界の事物を視ることができん。人が死んで精霊だけになって初めて、霊界を見聞できる。その代わり、再び自然界の事物を見ることはできん。ただ鎮魂帰神の妙法によって他人の体に憑り仮の肉体を得た時だけ、現界の一部を見聞し人と語ることができる。 だから人が霊界の存在を信じ難いように、霊界に住む精霊も現界の存在を知らんのや。霊界と現界が同じ空間にあっても、相互にあい見、あい触れることもでけず、見せい言うてもなかなかむずかしいわい」「ふーん」「霊界と現界は波長の違う存在やから、肉体の五感に触れないのは当然や。だいたい人の肉体的五感というのは、この宇宙のほんの限られた部分しか見えず、聞こえんようにできとる。顕微鏡やら望遠鏡の助けを借りて見得る範囲も、まだまだ無限に広がるやろ。眼に見、耳に聞き、鼻に嗅ぎ、舌に味わい、手足に触れる物質以外の実在を信じぬ石頭らのために、西洋では心霊科学という実証的な学問がでけとるそうや」「心霊科学?……えらいこっとすなあ」「いずれ近いうち日本にも入ってきて、研究し出す学者らもできるやろ。けどわしらは、幾十年か先の心霊科学者らの証明を待って初めて信じるような、そんなとろい真似はしとれん。人が証明しようがしまいが、神も霊界も実在しとる。わしは理屈抜きに神と直結する。恋い慕わずにはおれんのや。赤ん坊が母親を実の生母かどうか確かめるより先に、乳房にすがりつくようにのう」「けど、人に前世があるものなら、霊界についての記憶がいささかでも残っとりそうなもんやが、ちっとも覚えてまへん。何でどっしゃろ」「そこが神さまの有難いとこじゃ。神さまはこの地の上に無窮の天国を立てる明確な目的意志を持ち、その働き手として人をお造りになった。ところが前世での記憶が残っとると、ちょっと苦しいことでもあれば『ああ、元の霊界へ帰りたい』という気になって自殺しかねん。そうなると人生の本分を尽くすことはできん。そればかりか、神さまは万人に死の恐怖を与えて下さっとる。死ぬのが惜しいという心があるのは、一日でもこの世に長くいて一つでも多く主神の御用をつとめさせるためや。 人は記憶・知識・金力・言語・動作・地位などの外分で精霊の内分を押し包み、道徳的文明的によそおうことに長けている。けれどその肉体という隠れ蓑も飾り物もいずれ脱がされ、赤裸の霊魂がむき出しになる時がやってくる。死への恐怖は肉体的痛苦ばかりやなく、貧弱で醜いわが霊魂の露出を極度に恐れ、いつまでも隠れ蓑にしがみついていたいという人の本能かも知れん。だから死への恐怖は人が神から与えられた正常な本能やさけ、ちっとも恥ずべきことやない。むしろ『死などへっちゃらや』と言う者こそ、感覚のどこかが狂っているのや」「それで安心しました。わしも死ぬのは怖おす。もし今、自分の内分の姿を鏡で見ることになったら、醜さに卒倒するやろ」「さてなあ……意外にもっと男前が上がるかも知れんぞ。人が生まれてくる時に前世での記憶を完全に遮断されると同様に、人の精霊も八衢を抜ければ、ふつう現界での記憶を失う。これもまた神の慈悲や。現界での記憶があれば執着が残り、気がもめておちおち天国生活を楽しめんさけ」「なるほど、そんなもんどすか。けど、再生した人はかつて現界に生きてたんどすさかい、赤ん坊の頃から少しは現界の知識をもっとりそうなもんやが……」「子供の肉体は虚弱やさけ、それに応じた程度の霊魂が宿る。肉体の成長に応じて少しずつ霊魂が入ってきて、完全に宿るのは一人前の体になってからや」「どうやらわての人生や死についての考え方も、変えざるを得んようどすなあ」「胎児は母体の胞衣の中で平和な生活を続ける。十ヵ月の体内生活が過ぎたら母体を離れて現界に生まれ、喜怒哀楽の人生があるなど夢にも思わん。だがもし胎児が考える力を持っていたと仮定せい。そしてある時、いつか現界という世界に押し出されると予知した時、その不安はどれほどやろう。けれど生まれるべき時がくれば、狭い産道をくぐり抜けるという多少の苦痛に耐え、やはり生まれなくてはならん。その時には、胞衣という古い着物を脱ぎ捨て、肉体という着物をつけて生まれ出る。着替えを持たん着たきり雀じゃ。だからたとえその着物が不満であっても、破れれば縫い、ほころびればつづくろいながら、一日でも長く持たせようとする。 肉体が物質である限り、やがては使い物にならなくなる。その時がくれば霊界を否定していようがいまいが、死という関門を越えねばならん。いやでも死体という胞衣を地上に脱ぎ捨て、霊身という薄着一つで霊界に復活する。胎児が生まれる時に苦しみがあるように、死にも多少の苦しみはあるが、きわめて短い。しかし地獄に堕ちる人の死は、ちょうど難産の時みたいな非常な苦しみを受ける。西欧のメーテルリンクという詩人は『墓場は揺りかごより恐ろしくない』と言ったが、一面の真理や」「そう聞くと、色街で汚く染まった肉体など、もうこれ以上汚れんうちに早う投げ捨てたくなりますわ」「それやさけ困る。顕幽一致、生死不二や。軽生重死も道ならず、重生軽死もまた悪。刹那せつなに身魂を研き潔め、主神の大経綸に参加することが人生の本分やないか。つまり神の目から見れば人の霊魂は生き通しで、ただ自己の霊魂が肉体と分離した時の状態を死というに過ぎん」「……」「真暗な地中で長年暮らしたガット虫が、ある朝、突然地上に這い出て殻を脱ぐ。梅田はん、あの脱皮の神秘的な様子を見たことがあるけ。青白い頼りない中身は、この世の風に吹かれてしわしわの羽をのばす。やがて眩いばかりの空を飛び、鳴きしきる蝉に変わるのや。地の中から空へとどえらい変身を遂げても、蝉は蝉やろ。誰の霊魂かて死の関門を抜けた後、その本質や性質が変わるもんやない。死後の世界は現界での生涯の継続やから、生前の心の状態に応じてそれぞれ霊魂相応のところへ行くだけや」「……」「霊界は霊魂の故郷であり、恋しい親神のいます家や。この世に生まれ来たというのは、故郷を離れての旅立ちや。たどりたどって黄昏に宿を求め重荷を下ろして休む時を、人は死という。ほんまの親神のいます故郷に錦を飾って永遠に生き続ける。肉体は霊魂を止める容器、からたまに過ぎん。だから霊止というのや」「さよか、肉体は着物どすか。うかつなことにちっとも気がつかなんださけ、その外分の姿のとりこになってここまで来てもた」「多くの人が肉体を人そのものやと錯覚し、肉体の快楽だけ追い求めて一生を終わる。ところが肉体の快楽など知れたもんで、どんなに食っても腹一杯以上食われせん」「そらそうどすなあ、腹二杯食ったちゅう人を見たことおへん」「そしてその結果、意志想念を地獄的にし、おのが作った地獄に堕ちて行く。それではせっかくこの世に生を与えられたのに、あまりにももったいないと思わんか。人はこの世を不公平だという。確かにこの世だけが人の生命なら、貧乏に生まれるより金持ちに生まれてきた方が良いにきまっとる。だが金持ちに生まれたばかりに人を人と思わぬ増上傲慢な心を持ち金銭の通用せぬ根底の国へ堕ちる者もあれば、貧乏に生まれたばかりに天地の恵みを知り、人情の機微を知り尽くして高天原へ駆け昇る者もあるやろ。永遠の生命の尺度で図れば、さほどの不公平はない。この世に生まれてきたことは、どんな天国の特等席でも予約できる特権を与えられてきたことになる」「おおきに、どうやら目の前が明るうなってきた」「そいつはよかった。話は短い方が良いが、あんたの聞き上手ですっかり長話になってしもた」「霊眼でいやというほど見せられた上、これだけ懇切丁寧に教えてもろて、それで分からなんだらわしはよほどのド阿呆や」「この大宇宙の本源である真神からほとばしる御神格――わしはよくそれを思う。万物は至上の親心、すなわち無限の愛善によって生みなされ、生かされる。神の愛は無数に分かれて宇宙にちりばめられた不滅の生命やないか。神は愛善であるとともに、絶対の信真でもある。それは経につらぬく真理であり、絶対の権威とも言える。神格の顕現の一つはこの世では太陽。この地上の一切が太陽の熱と光によってはぐくまれているように、神よりの愛善と信真はそれぞれの精霊の人格の中に汲み上げられ、つちかわれ、育てられて行くのや。のう、梅田はん、お互いにこの世に生まれた千載一遇の好機を大事にしよやないか」 常次郎の眼が光った。「わしの道楽がある連中の反感を買った。こんなわしが管長はんの傍にいては大本の迷惑になる。そう思うてわしは大本から遠のいた。正直なところ、わしは芸者も好きやが、神さんからも離れとうない。こんな両天秤かけた男が、大本に出入りしても大事おへんか」「よし、よし、なんなら本妻と妾と同道で参拝に来なはれ。そんな人間も生かすのが大本の道や。その代わり、それだけの覚悟がいるで。もうすぐあんたには、大事な御用をしてもらわんなん」「……」「お安さんと伊都雄を綾部に引き止めたのはわしや。すぐ連れて帰んなはれ。お安さんがおらんと、せっかくの芸者遊びも励みがつかんやろ」 常次郎がにっと笑った。にっと王仁三郎も笑い返して腰を上げた。 伊都雄に、いや、安子に会いたいと、常次郎は無性に思った。

表題:大の字逆さま 10巻3章大の字逆さま



 梅田信之……常次郎が王仁三郎からもらった新しい名前である。 名と共に、確かに信之は変わった。茶屋遊びを忘れたわけではなかったが、一誕生を過ぎたばかりの伊都雄に土産を買って帰るようになった。伊都雄を中にして、その愛らしい片言に笑い声を立てる日もあった。「とーたん、かーたん」と安子は口うつしに伊都雄に教えこんでいた。危うい足運びで寄ってきて、そのぷっくりした指で信之をつかまえ、「とーたん」と笑みかければ、どんな鬼心の親でも蕩けずにはいられない。思わず笑んで、あわてて信之は頬を引き締める。 無心な幼な児の呼び声の陰にこめられる安子の作意を感じとって、信之は抵抗してみる。それでもなお、伊都雄の笑顔を買いたいために、外出先からはかなり遠回りの道を歩いて土産を捜した。「この子がしゃべり出したら、ちっとは楽になります」 伊都雄が生まれた当座、直は安子にそう言ってくれた。小力を落籍せてからの地獄のような日々、その言葉は一筋の光となって安子を耐えしのばせた。時には口をこじあけてでも伊都雄に人語をしゃべらせたかった。今、安子の心はやわらぎ、母としてすがりつく伊都雄の小さな手にあたためられる。 身も心もささくれ立ち凍てついた冬をつき抜けて、雛鳥を抱く安子の巣にも春が来たのだ。安子は伊都雄を授けてくれたまきに感謝する。 王仁三郎はこの頃、月のうち二十日ぐらい梅田家に逗留して、宣教に歩いていた。信之も信仰を取り戻していて、王仁三郎と肩を並べ、大阪あたりまで嬉しそうについていく。大本式に髪すら伸ばし始めていた。 梅雨上がりのある日、東洞院二条上ルの梅田家の門前に人力車が止まった。「ああ、やっと見つかった。ここや、ここや、お安さん、せんど捜したでよ」 やれやれといった風に下りて来たのは、赤ん坊の一二三をねんねこに背負った澄である。「二条駅に下りることは知っとったんやが、あとは番地も何も聞いて来なんださかい……」と澄が言う。 俥夫が梶棒を上げながら、あきれたように安子に訴えた。「生まれて初めて京へ出て来たお人やそうやが、所番地も知らんと『門に松のある家捜してくれ』と言われたんは、わしも生まれて初めてどすわ。せんど捜しましたで」 俥夫が走り去ったあと、二人は吹き出して笑った。「でもまあ、よう分かりましたなあ」「なんと京というとこは家が仰山つまっとるなあ。先生、おってかい」 王仁三郎も信之も前日出て行ったきり帰らなかった。それを伝えても、澄はさして失望の色を見せなかった。 安子は澄を案内して烏丸通りから電車に乗せ、市内見物に出掛けた。澄は流行の二百三高地というハイカラな髪に結い上げ、思い切ったお洒落が得意げであった。 澄と安子と並んで坐ると、電車の客たちの視線は自然美しい二人に寄ってくる。と、澄は背に負うた一二三を膝におろしておむつをはずし、車内のまん中の通路に悠々とさし出した。「さあ、シッー、シッー」「あっ、ここではあきまへん」 赤くなって、安子が引きとめる。「そうかい……」と澄はうなずいて、今度は運転台の方へ行き、運転手の横に並んで、ぷりんと白いお尻を出した一二三を抱き、中腰になる。 あわてて追って行き、安子は囁いた。「おシッコは下りてからおさせやす。電車の中ではあきまへん」「あ、そうかい。都はなした不便なこっちゃろ」 二人は元の座席に戻ったが、安子はあたりの人に恥ずかしいやら、おかしいやら、そっと横を見ると二百三高地の澄はなんの屈託もなげにすましていた。 新京極へ出て、華やいだ店々をのぞき歩いた。珍しそうに眺めながら、澄は言う。「お安さん、うちはもうこういうとこへは来とうないで」「なんでどす」「欲しい欲しいの霊ばかりでいっぱいや。都はこわいとこやなあ」 帰り道、うどん屋に入って、しっぽくを注文した。澄はふたをとって、ため息をついた。綾部での暮らしには縁遠い、きれいなかまぼこ・麩・しいたけ・菜っぱなどが、彩り美しくうどんの上にのっている。一二三も手足をばたつかせて欲しがった。うどんやかまぼこを口に運んでやりながら、澄も食べる。 しいたけを箸につまんだところ、一二三が小さな口を開けて待った。「これか、これはオーカミやでよ。わしが食べちゃるで」 ぱくっと、澄が自分の口に入れた。狼は怖いものと、一二三は仕込まれているらしい。何とも言えぬ奇妙な目つきで、一二三は母の口元を見つめた。 その夜もふたりの夫は帰らない。宣教に夢中で飛び回っているのだろう。「のんきにもしておれんさかい、またくるでなあ」 名残惜しそうに、澄は帰っていった。 梅田家の二階神前の間に京都大本本部が設立され、梅田信之がその教統となったのは、それから間なしの明治四十五年(一九一二)七月十二日である。
「聖上御不例」の官報号外が公表され、世上を悲痛と恐慌に陥れたのは明治四十五年七月二十一日である。日露戦争の頃から急に年を取られ健康を害された明治天皇は、大逆事件に至るふり積もる御心労に倒れられたのか。「十九日午後ヨリ御精神少シク恍惚ノ御状態ニテ御脳症アラセラレ、同日夕刻ヨリ突然御発熱、御体温四十度五分ニ昇騰……」 尿毒症である旨が続いて明らかにされた。 綾部の大本本部でも、直ちに出口王仁三郎以下詰めかけた信徒たちが神前に御病気平癒を祈願する。 正確には七月二十九日午後十時四十分天皇崩御、御年六十一歳。 崩御の正式発表は七月三十日午前零時四十三分であった。号外が津々浦々まで流るや、明治の終焉を惜しみ、慟哭する声は朝野に満ちた。 皇室典範第十条「天皇崩ずる時は、皇嗣即ち践祚し、祖宗の神器を承く」により、皇太子嘉仁親王が即日践祚し、その日、明治は「大正」と改元された。 ――昔のみろくさまの世になるのは、大の字逆さまになりて居りたのが、上を向いて大の字まっすぐになりたから、世の立替えが伸びただけは、後の立直しも何も一度になりてきて、たいへんに大本の中がせわしうなるぞよ。(大正元年旧十一月六日)「大の字逆さまて何でっしゃろ」「さあなあ……大の字いうたら大本の大、大将の大……」「大将が逆さま……妙やなあ」 筆先に傾倒している信者たちの間で、こんな囁きが交わされ始めたのは、もうずいぶん前からであった。教祖の直も、王仁三郎も、その確とした説明は避けているようであった。明治三十二年旧四月の筆先にも、「大の字逆さま、丸に十をかいて、八分まで黒くして見せてあろうがな。世が変わるしるしぞよ」とあった。上谷の修行時代、雪の降り積もる夜の庭で「 」の字に逆立ちした福島寅之助がよく神がかり口調で叫んでいたが。 まさに世が変わり、そのしるしの年号は「大正」と改まった。大の字が上を向いて、まっすぐに姿勢を正した世が来たというのか。艮の金神は、ずっと前から大正の年号を予言しているのか。 そういえば改元の半月程前、本宮町新宮坪の内の出口家元屋敷が二十年ぶりで大本の手に帰していた。直の夫政五郎が新婚の居と定めたのはここであった。貧窮のために転々として、明治九(一八七六)年、売れ残った四十八坪のこの地に舞い戻り、紅殻染めの小さな家を建てた。澄が生まれ、政五郎が病みついてこの家で死んだ。艮の金神国常立命が初めて直に神がかられ、あげくに座敷牢に押し込められたのもここである。 大槻鹿蔵に家屋敷を売り払われて、天涯に身を置くところもなくちりぢりに散った親子にとって、どんなに恋しい地であったことか。直・澄はじめ信者たちの喜びは深かった。 またこの年(明治四十五年)の四月二十四日(旧三月八日)直・王仁三郎・澄・直日他百二十四名の一行が綾部を立ち、二十五日、伊勢の内宮、外宮に参拝。翌二十六日には香良洲神社に参拝している。 香良洲神社の所在地は三重県一志郡香良洲町小字山添、伊勢湾岸に面した片田舎の一隅にあり、ひときわ高くそびえ立つ神木と緑の森に囲まれた神域は、岸打つ波の音を近くに聞きながら、千古の面影を今に残す。通称「おからすさん」として親しまれるこの社の祭神は稚姫君命。国常立命の直系分霊であり、出口直の霊魂とされるから、直にとっては因縁の宮である。 ――三月八日立ちで、お伊勢の大神宮殿に参拝をいたしたのは、まだ昔からないことでありたぞよ。おからすの宮に同じ身魂の出口直と引きそうて、お迎えに参りたお供は結構でありたぞよ、世の変わり目の金輪際のおりでありた……。(明治四十五年旧三月十五日) 神苑となるべき土地は次々に買収され、さらに交渉中の土地も多い。大正になれば、大本の中は忙しくなるだろう。はたして吉か凶か。
 小西松元は、京都市中京区神泉苑町三条下ルの山中惣吉宅の一室を借りて勝手に大本の支部を作り、得意の病気治しと鎮魂帰神で信者を集めていた。反王仁三郎運動に失敗して綾部におられなくなり、明治四十三(一九一〇)年二月には郷里の宇津へ帰って祈祷をしていたが、宇津では満足できず、間もなく御嶽教教導職の資格をとって単身京都へ出てきたのである。 どこへ行っても食いはぐれのない男だ。すぐに小西松元の評判は高まり、間もなくつめかける参拝者で山中惣吉の一間だけでは収容しきれなくなる。 支部新築の話が信者間に持ち上がる。山中惣吉が、積極的に自宅横の空地の貸与を申し出た。支部役員の一人である佐藤政治郎(二十四歳)は、山中家に近い大宮通り三条上ルで大きな材木商を営んでいた関係で、新築に必要な木材その他一切を請負い、その資金の立替えを約束した。とんとん拍子に話は進み、支部役員たちからは献金が集まり、一般信者へは奉加帳がまわされて、予算を越えんばかりであった。 すぐに普請にかかり、十畳・六畳二間の平家はもう九分通り完成し、後は新春の吉日を選んで落成祝賀会をひらくばかりである。小西松元は、得意の絶頂であった。 大正元年を締めくくる大晦日である。小西松元にとって、やりきれぬ汚辱にまみれたこの日は、すこぶる出だしよく始まった。 家主の山中惣吉は、衣服・布帛の染色、染返しなどの請負い(大阪では悉皆屋と呼ばれる)を業としていたので、常々留守がちであった。特に今日は本年最後の集金で、いつもより早く家を出た。 ――おそらく今夜は除夜の鐘を出先で聞くまで帰らんやろ。こんな日に祈祷の依頼に来る馬鹿もなかろうから、めったにない機会やと、松元はほくそ笑んだ。 惣吉が出掛けると、その妻いねが玄関に鍵をかけ、松元の枕元に朝酒を運んできた。くたびれ、古ぼけ、しかも意地ばかりいっそう磨きのかかった松元の女房すえは、宇津に置き放したままであった。それで、松元の身の回りいっさいは、惣吉の妻いねがこまごまと世話してくれる。 この夏、初めての子を産んだばかりのいねは、美人とはいえぬまでも小粋なところがあって、老妻すえとは比べようもないほどぴちぴちしていた。酒と女に目がない松元が、鈍重な物言い、決断の鈍い醜男の夫にあきたらないこの妻女の隙を見逃すはずはなかった。一度あやまちを犯すと、いねは覚悟が出来たかのように情をこめてきた。信者たちの手前すら、松元に対するしぐさは夫にもみせぬような情愛を匂わせる。 一夜明ければもう五十九歳、還暦に手が届く年齢というのに、松元は老いてはいない。朝酒にあからんだ胸をはだけ、寝乱れた床に無造作にいねの体を抱き込む。
 次兄政治郎が神泉苑町の大本支部新築現場に出ていったあと、佐藤忠三郎は、仕事をさぼって二十二歳の最後の日を女郎買いに抜け出す計画であった。 材木商の父捨次郎は大きな製材工場を持っていて、かなり裕福であった。けれど兄弟姉妹がぞろっと十三人、そのうちの三男だから、忠三郎は蝶よ花よと格別大事に育てられた覚えはない。真面目な兄たちに比べて遊び好き、早いうちから店の金をごまかして廓遊びを覚えた。端正な顔立ちで、女にはよくもてたから、親の説教などくそくらえだ。 製材工場から戻って、洗面所で鼻下にのばし始めた八字髭の手入れにかかっていると、政治郎が勢い込んで帰ってきた。「お前、今日はどこへも行かんと留守番しといてや。ちょっと厄介なことができよった。あと頼んだぞ」 政治郎は、父捨次郎を連れ出して、またあたふたととび出して行った。何のことやら分からぬまま、忠三郎は大晦日の一日をしぶしぶ家でごろ寝していた。 父や次兄が帰ってきたのは暮れ方であった。小西松元がいっしょだ。おやと、忠三郎は見直した。 松元は別人のようにしおたれていて、日頃の傲岸さはない。両耳のあたりから一尺あまりものびている黒白まじりの顎髭が……素盞嗚尊の八束の髭じゃとうそぶいていた貫録もどこへやら、震えてみえる。「どないしたんや」 忠三郎がそっと訊くと、政治郎が苦り切って答えた。「小西先生が年甲斐もなく困ったことをしでかしてくれた。山中惣吉はんが集金の途中に用事を思い出して帰ったそうや。玄関がしまっとったさかい裏口から入ったら、朝っぱらから小西先生とおいねはんが……」 忠三郎は、ははあと思った。その後を言いしぶっているまじめ人間の兄に代わって、口を出した。「ぬれ場に踏み込まれたわけどっしゃろ。昔からよくあるこっちゃ。『不義者見つけたり』ちゅうんで……それからあの親父、どうしたんどす」「すぐ警察を呼んだんや。えらい勢いでわめかはる。庭の仕事場にいたあてもびっくりしてとび出す。近所中が集まってくる。動かぬ証拠があるさかい、さすがの小西先生も弁解できへん。警察は姦夫姦婦をすぐしょっぴいて行く。あてらは、山中はんの親戚やら支部の役員さんたちと善後策を講じとった。というより、惣吉はんをなだめるのにてこずっとったんや」「にぶいなあ。あてでさえ、あの二人妙やないかと、初め見た時からピンときとったのに……」 忠三郎が生意気な口調で言った。「今更いうな。知らぬは亭主ばかりなりや」「それでこれからどうするんどす」 政治郎も、途方にくれた風に舌打ちする。「『二人を引き取りに来い』いうて連絡があったさかい、あてと二人の役員さんが身受け保証人になって、ともかく身柄をもらい受けてきた。今後の監督は警察から任されたんや。まさかこの正月を、このまま山中家に三人睨み合わせてもおいとけんさかい、しばらく先生は家で預かることにした」「おいねはんの方は……」「惣吉はんに監禁されとる。今頃は大変やろ、新派大悲劇や。惣吉はんにねちねち油をしぼられとるこっちゃろ」 姦通罪は親告罪の一、旧刑法第一八三条で「有夫の婦姦通したるときは二年以下の懲役に処す。その相姦したる者また同じ」と規定していた。妻が夫以外の男と通じた時は本人も罰せられるが、夫が妻以外の女と通じても相手が人妻でないかぎり罰せられない。昭和二十二年の刑法改正でこの規定が削除されるまで、女性に不利なこの条目は生きていた。 惣吉夫婦と小西松元の顔を思い出して、忠三郎は思わず笑いがこみ上げた。政治郎に連れられて、ひやかし半分に忠三郎も何度か松元の支部へ参拝したことがあった。いつ行っても十名から二十名近い人がぎっしり詰まっていて、鎮魂や託宣を受けている。中には発動気味の男女がいたりして、その異様な雰囲気に幾度か固唾をのんだ。 松元自身が霊を受け、発動する時もあった。憑霊がかきくどくたび、松元の目から涙が流れ、鼻汁といっしょになって髭まで濡れる。つき添っているいねが、ぬれ手拭で丹念にふいてやっていた。 まだ独身の忠三郎でさえ、目をそむけたいほど情の通いあった姿であった。 松元は日頃から、「わしは小松林命、瑞の霊魂の本山であるぞよ」と宣言し、信者たちに生神扱いされていた。小松林命や瑞の霊魂のなんたるかを知らぬ忠三郎は別にありがたいとも思わなかったし、疑いもしなかった。その生神さんが、間の抜けた親父に間男の現場を押えられるとは。 忠三郎はにやにやしながら言った。「兄さん、そんなけったいな先生のいる大本教やとすると、やっぱりあては入信を見合わせた方がよさそうどすなあ」「勝手にせい」 政治郎は泣き出しそうに顔をゆがめた。 次兄政治郎が大本へ入信したのは、もう一年以上も前である。政治郎は徴兵で陸軍に入隊、二ヶ年の満期後、続いて軍人生活をしたが、現役中に瘰癧(頸腺結核)をわずらい、兵庫県淡路島の軍の療養所で手術して療養生活を送っていた。除隊後は自宅で養生していたが体は衰える一方で、再発の兆候さえあった。 たまたま知人から小西松元を紹介され、山中家で鎮魂を受けた。三、四回通ううち体が軽くなり、快方に向かっていくのが自覚できた。 小西松元を通じて霊験あらたかな艮の金神への信仰を深めていった政治郎は、「自宅に大本の神を奉斎し祖霊さまも復祭したい」と言い出した。これには両親も長兄市治郎・弟忠三郎も反対で、政治郎と家族全員の間に大論争が始まった。「お前一人の信仰なら自由やが、家の中に特別の床を作り、仏壇におさまっとる先祖さままで引き出して神として祀り直すなど大問題や」 これが反対する側の共通の意見である。しかし政治郎の熱意には勝てず、まず父捨治郎が動かされて支部に出入りし始める。次第に反対派の結束が乱れ、ついに自宅に大本神を奉斎し、祖霊を復祭してしまった。奉斎はしても、さわらぬ神に祟りなし、朝夕のお給仕・礼拝に家族は関せず、政治郎一人でしていた。遊びの面白さに夢中になっている忠三郎には、兄の信仰心が年寄りじみていて滑稽であった。 今度の小西松元の姦通事件は、こんな家族の手前もあって、政治郎にとって実に迷惑な出来事であったに違いない。 ――若いくせに神さんに惚けるさかいや、これでちっとは目が覚めるやろと、忠三郎は次兄のために喜んだ。
 大正二(一九一三)年正月の三ヵ日は事態収拾のため、山中家では親戚縁者の会合、佐藤家では支部役員の会合、そして両者の会合と、屠蘇を祝う暇もなく重苦しい慌ただしさのうちに過ぎた。 まだ松飾りの取れぬある夜、山中家では深更までいねの処分についての論議が続けられた。同じ文句が繰り返され、くどくどと愚痴が続くだけで、いつ果てるともなかった。集まっては刺激的な情事を種に酒を飲みたい奴らばかりなのだ。 惣吉本人は、今さら騒ぎすぎて少々後悔していた。告訴する、裁判にかけてふたりとも牢にぶち込む、だれが何といってきても許さんとわめいていた威勢も萎えてきて、物を言う元気もなかった。 考えてみれば、いねにはたっぷり未練のある惣吉だった。妻を牢に縛られれば困るのは自分なのだ。まして赤ん坊を置かれて離縁など……かたくなに黙しているばかりで、飯も食わぬいねが面憎い。しかし、何を考えているか分からぬだけに不安だった。親戚の中にやくざ者がいて、一層事態を紛糾させようとする気配があった。 決断もつかぬままに夜が更け、散会となった。気がつくと、隣室に閉じ込めていたはずのいねの姿がない。赤ん坊だけが安らかな顔で眠っている。「しまった。いねを逃がしたわい」 惣吉は慌てた。一同は手分けしてさして広くない家の中・庭・近所中を探し回った。小西松元のいる佐藤家にも使いは飛んだ。 提灯を持って庭に出た一人が、古井戸の隅に脱いである下駄を見つけた。隣家の一文字屋の倉が月光を遮って、そこだけ取り残されたように暗かったのだ。いつもは蓋のしてある井戸が、闇の中になお黒々と無気味に口をあけている。「ぎゃあー」 惣吉を呼ぶつもりで上げた声が悲鳴となった。井戸の回りに集まった人々も、すぐには提灯を上げて覗く勇気がなかった。ようやくかざした灯が水面に届く。その淡い光の輪の中で、髪が藻のように広がっていた。 佐藤家から捨治郎・政治郎・忠三郎が駆けつけた時、いねの遺体は井戸から引き上げられ、ぐしょぬれのまま床に寝かせてあった。放心して一層間の抜けた顔の惣吉が、時折しゃくり上げて泣いた。 いねの死は小西松元の故郷宇津へも知らされ、小西家の身内二人が出てきた。綾部の本部からは湯浅仁斎・竹原房太郎の役員が出張してくる。 忠三郎は、この事件の推移を終始、興味深く眺めていた。 山中家親戚代表・小西家親戚代表・大本役員の三者で話し合いが行なわれたが、問題は一層こんがらがっていった。山中家代表のやくざ者が、「今度のことはただではすまさんぞ。お前ら、馬鹿にすんなよ。どうしてくれる」といきまくばかり。小西家・本部役員が繰り返し謝ると、「謝って済むことか、ただで済ます気か、返事はどうや、え。済むか済まぬか、性根を据えた返事をせい」と凄む。いつ解決つくとも知れない。 本部役員でもやくざ者は扱いにくいのか、いねの葬式を見送ると、「一度綾部で相談してきます」といって引き揚げた。 ――本部の役員いうても頼りないもんや。何にもでけんやないか。 忠三郎は、紋付きのはげた羽織に木綿の袴、風采の上がらぬ役員のしょんぼり帰る姿を見て思った。 佐藤家で謹慎中の小西松元は、その夜、捨治郎にぽつんといった。「佐藤はん、今度はあんたんとこにほんまに迷惑かけました。わしはこれからどうなりまっしゃろ」 何とも心細い問いかけだった。「あんたは瑞の霊魂の本山じゃと言うとってどっしゃろ。人はんのこれから先のことならぴったり当てなはるあんたが、自分のことは分かりまへんか」 捨治郎が皮肉混じりに問い返すと、松元はうなだれた。「それが、自分のこととなると、さっぱり分かりまへんのや」 忠三郎はかたわらにいて、この言葉を印象に刻んだ。瑞の霊魂か何か知らんが、この男の超能力も去ったのだと思えば哀れだった。 湯浅らが帰綾して二日後、今度は綾部から松井元利が一人でやって来た。仙台平の袴に五つ紋の羽織を着こなし、颯爽とした登場であった。目に凄味があり、貫禄もあった。松井が乗り出してきて、どういう政治的手腕を発揮したのか、やくざ者は縮こまっておとなしくなった。 問題は一挙に解決した。小西松元も親戚に連れられて、影さえ薄げに宇津へ去った。 この事件によって次兄政治郎の信仰熱が冷却することを忠三郎は願ったが、朝夕神前に仕える政治郎の態度に変わりはなかった。政治郎の信仰は、すでに小西松元という媒介なしに神と直結するまで高まっていたのだ。
 事件の噂もようやく下火になった頃、忠三郎は、赤ん坊を背負った山中惣吉に町で出会った。「山中はん、大変やなあ」 あまりにみじめったらしいその風体に、忠三郎は胸が痛んだ。「乳を貰いに行ってきたんどすわ……ほんまに仕事も何もできしまへん。一番損したのはあてどすがな……」 惣吉は泣き笑いした。「けど、可哀そうなんは、何というてもこの嬰児やなあ。何も知らんと……」「それでもあんたはん、おいねが夜中に乳呑ましに出て来てくれるさかい、まだ助かってますわ」「へえ、それはまあ……あの……おいねはんって誰どす」 忠三郎はきょとんとした。「はあ、おいねどす。この子の母親の……」「そんな阿呆な……冗談言わんときなはれ」 言いながら、冗談など言いそうな男でないのに気がついた。「ほんまどっか山中はん。出てくるってあの……こう、井戸の中から……」 忠三郎は芝居で見るように両手を胸前に垂れてみて、慌ててその手を懐へ隠した。「さあ、どこから出てくるんやろ、それは聞いとらんで。あてがもの言いかけると、すぐ消えてしまうんどっせ」 惣吉は、うそ寒げに鳥肌たった頬を撫でる。「……ちょっと聞きますけど、足ありまっか」「そやなあ、足、あったやろか……」 惣吉自身、幽霊のように頼りない目でぼうとしている。 賑やかな三条通りを折れて、神泉苑通りまで忠三郎はついて来た。「そいで山中はん、おいねはんの幽霊は恨んではりまっしゃろなあ。どんなあんばいどす」「あんた、恨んどるのはこのあてどっせ。夜半に赤ん坊が泣いてかなんさかい、『おいね、何とかしてくれえ』言うて蒲団かぶってもぐってましたんや。すると赤ん坊が泣き止んで、チューチューと乳吸う音が聞こえまっしゃろ。首出してみると、おいねが襟をはだけて赤ん坊に乳呑ましてるやおへんか。まるで何事もなかったように……ちょっとも前と変わってえへん……」 惣吉は垂れかかる涙と鼻を手で拭いた。「おいね……あてが呼んで手ぇ伸ばしたが、かき消えて手ごたえあらへん。確かにいつもの茶縞の袂を握ったのやが……」「顔見たんどすか。どんな眼ぇしてなはった?……」「それがなあ、見たようでもあるし、見なんだようでも……」 忠三郎はいらいらして来た。姦婦として夫や親戚中から手ひどく責め立てられ、追い詰められて自殺したのだ。恨みの一言も述べずに化けて出るなど、信じ難い。「それっきりどすかい、おいねはんは……」「いいや……」 鈍い物言いで、惣吉が続けた。「そんなことが二晩続いたんどす。けど、乳を呑み切らんうちに振り向くと、おいねが消えて、赤ん坊が乳欲しがって夜泣きしてどもならへん。それからはなんぼ乳吸う音がしても、絶対に目を開けんことにしてますのや」 一間幅の路地を入って、山中家の前庭の井戸が見えるところで、忠三郎は足を止めた。長々とつきあっている暇はなかった。しかし、この話を聞き捨てにするのは惜しまれた。何によらず、好奇心の強いことではひけを取らない。「お願いどす。嘘やなかったら、あてにおいねはんの幽霊、見せとくれやす」「無茶言わんといて。あてに見られるのさえ、おいねはいやがっとるのや。そんな事して、赤ん坊が夜中に乳呑まんと泣きよったらどんなにしんどいか……」 惣吉は急いで忠三郎から離れ、家の中に引っ込んでしまった。 家に帰って家族にその話をすると、だれも笑って取り合わない。政治郎だけが、神前に灯をともして、山中いねのために長々と祈願していた。 忠三郎はどう疑って考えてみても、あの山中の親父がでたらめをしゃべっているとは思えなかった。もし幽霊を実地にこの目で見れば、作り話としか思えない霊魂の実在も信じられるかもしれない。 その晩遅く、一人では気味悪いので、友人の友禅の型彫り職人伊佐とふたりで山中家へ押しかけた。惣吉に「幽霊を見せてくれ」と一升酒を差し出して再度依頼する。惣吉も、深夜一人で自分に背いた女房の幽霊と同室する気づまりに耐え切れなかったのだろう、二人を上げて滅入るような陰気な顔で、ともかく酒を汲み交わした。 隣室から乳を吸う音だけ聞かせてもらう約束で、ふたりが蒲団に入ったのは十二時も回った頃だった。更けて行く家内の気配に、ふたりは鋭く耳を澄ませていた。 とろりと眠ったらしい。忠三郎がはっと目覚めた時、隣室から弱々しい赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。酔いのせいか、だらしなく鼾をかいて眠っている伊佐をつつき起こした。 泣き声はやがて止み、変わって確かに乳を吸うような音がする。ふたりは目を見合わせ、身じろぎもせず聞き入った。 ――いや、親父が、乳に代わる何かをしゃぶらせとるかしれん。 疑いが起こってきて、忠三郎が身を起こす。それより先に伊佐がいち早く体をずらせ、障子に穴を開けて覗いた。たまりかねた忠三郎が伊佐の体を押しのけ、急いで片目を穴にあてた時、赤ん坊が手足をばたつかせて泣き出した。 泣きわめく赤ん坊とその向こうで布団をかぶっている惣吉が見えるだけである、忠三郎は不服そうに言った。「なんにも見えんやんか」 伊佐が震えながら、忠三郎の耳元に熱い息を吹きかけた。「見たで、ほんまや。おいねはんは、ほんまに幽霊になって乳呑ましに来よった」 嘘を言っている顔ではない。惣吉がぶつくさ言って起きる気配がした。
 小西松元の姦通事件で、完成間近の支部建設も一頓挫した。責任者がなくなり、奉加帳に記入した金額がほとんど集まらなくなった。政治郎は連日信者宅を説いて駆けずり回った。綾部の本部からの指令で、四条大宮の原嘉明が新支部長に任命されると、ようやく信者たちは立ち直った。原を中心に再び建設に取り組み、どうにか完成までこぎ着けた。 陽春の一日、その竣工式が執行され、王仁三郎の命名で、新しく京都日の出支部として発足することになる。 この朝、佐藤忠三郎は、例の友人伊佐と二人で神泉苑通りを曲がって支部への路地で待機していた。発会式に出席するという出口王仁三郎管長に興味があったからだ。信者らの話を総合すると、生神と言われた小西松元をまだ二まわりも三まわりも大きくしたような怪人物で、まさに瑞の霊魂の本家らしい。そのせいか、新築の支部に入り切れない参拝者たちは、管長の到着を迎えようと忠三郎らの両脇に居流れていた。 十時、四台の人力車が次々と神泉苑通りに止まった。先頭から降り立ったのは、長髪・質素な木綿の着物を着た男。出迎え人の列にひょろりと頭を下げ、すたすたと歩いて路地に入ってきた。王仁三郎らしいと、すぐに分かった。 二台目は京都大本本部長の梅田信之と妻の安子の相乗り。役者のような信之の容姿はすらりと伸びた美しい安子と似合っていて、人目を引かずに居れぬ。梅田夫妻は忠三郎も見知っていた。三台目の俥から降りた若い女の姿を見て、忠三郎は驚いた。安子と丸髷の結い方も一緒なら、着物から持ち物、履物まで寸分違わぬ。四台目から信之の長男伊都雄を抱いた乳母が降りてきたが、前の俥の女性に気を取られて誰も見向きもしなかった。 安子の心持ち固い冷たい美しさに比して、若い女はおっとりと暖かい春の風が通り過ぎる感じである。 たちまち好奇の目を光らせて、忠三郎はそばの政治郎に聞いた。「兄さん、あの若い女はだれどす」 政治郎は口ごもった。「本部長はんの家族やろ。今日は家中で参拝する言う話やったさかい」「へえ、奥さんの妹やろか」 事情を知っている信者の一人が、物々しく忠三郎に教えた。「そやない。あれはあんた、今度来た新しいお妾はんどすで。おあいさんいうそうな」 その信之は、本妻と二号を従え、恬然と王仁三郎の後につく。京都本部長という信者の手本になるべき立場にいながら、神をも恐れぬ傍若無人の振る舞い。 信者たちのどよめきをよそに、忠三郎は伊佐に言った。「羨ましいのう。あっぱれやんか」 忠三郎が信仰に踏み切れない心の底には、好きな女遊びを神はとがめはせぬかという、おじけ心がなかったとは言えぬ。しかし、本妻と妾を同道させる梅田信之を出口管長が認めているとなると、大本の神さんは割に話が分かるのかもしれん。 祭典が始まって、粛と空気が引き締まった。忠三郎は伊佐と後ろの席から会場の模様をもの珍しく眺め回した。祭典の進行係は、政治郎である。 玉串奉奠後、王仁三郎は神前の正中の円座に出座し、よくとおる声で、やや口早に天津祝詞を奏上した。信者たちは平伏していたが、祝詞も知らない忠三郎と伊佐は頭を上げたまま、何をやるのかとばかり凝視していた。 祝詞が終わるや、突然、うーむとうなり声が洩れた。おやっと忠三郎が目を見張った瞬時、王仁三郎の肉体は坐ったまま風を切って舞い上がった。九尺ばかりの高さの天井近くで髪がなびき、袂を翻して落下する。ドスンという響きがあたりを揺るがした。 いつそうなったのか、落ちた王仁三郎はこちら向きに坐っている。神前を背にもとの円座の上、羽織袴の折目も整然とした姿で、呼吸一つ乱れていない。「うーむ、神わざや」 伊佐が感に耐えぬ声を上げた。忠三郎も同感だった。坐したまま飛び上がることは、一尺ぐらいなら修練によって不可能でないかも知れぬ。しかしいきなり頭が天井につくほど飛び上がるなど……。 王仁三郎の白い頬に赤味がさし、体全体が一種の光輝の輪郭をにじませていた。そのせいか二倍も三倍も人より大きく見える。「小松林命であるぞよ。このたび、京都市内に初めての支部の新築が完成し、まことにめでたい。なお一層心をあわせて神業発展のため邁進せよ」 凛とした声は確かに王仁三郎の唇から出た。しかし目は閉じたなりであった。 すっと横を向いて、政治郎に言った。「筆を持て」 政治郎が用意してある筆記用具を持参する。王仁三郎はゆるやかに三首の歌を読み上げ、さらさらと書き残した。「では引き取る」 そう宣るやいなや、王仁三郎の体は再び舞い上がり正確に円座に着席、肉体は元の神前に向かっていた。 この時の光景は参列者全員がはっきり見ていたので、潮騒のような感動の波が部屋に満ちた。 祭典が終了する。王仁三郎は定めの席につき、「小松林命さんが来られたなあ」と、けろっとしている。 忠三郎は、伊佐に言った。「やっぱり、神さんはあるらしいなあ」「うん、幽霊もあれば神さんもある」と、伊佐は真剣に考え込んだ。 忠三郎は冷笑する。「あることはあるやろ。けど、わしは別段信仰しようとは思わん」 咎めるように、伊佐が訊いた。「なんでやい」「お前、赤ん坊がどこから生まれるか、わしに教えてくれたやろ。そんな阿呆なと、わしは信じんかった。子供の頃、それでよう喧嘩したなあ。けどやなあ、子供が腹割って生まれてこようと、そうでなかろうと、分かってみれば大して変わらん。神さんや霊魂があったとしても、ないと思とった時と世の中は違とらんやないか。別に拝まんならん必要はないわ」
 妻妾同居と信仰が、梅田信之の心の中で、どう折り合ったのだろう。安子には理解しえぬ男心である。季節が冬から春、春から夏へと移り変わるように、信之の心境もまた変化しているようであった。 坪川あいは十八歳。祇園の芸者に出てまだ間もないせいか、遊芸が身につかぬまま、落籍されてきた。「奥さん、お世話になります。どうぞよろしゅう」 初めて信之に連れられ梅田家の敷居をまたいだ時、あいは両手をつき、片頬にえくぼをつくって安子を見上げた。 予告なしのこの仕打ちに、安子は立ちすくんだ。「わしのやっと見つけた理想の女や。ここに一緒に住ませるさかい、お安、仲良うしいや」 信之は、優しい声音で安子にそう告げた。惑乱する心を落ち着けようと安子は台所に立った。乳母が眼を吊り上げて、あいをにらみつける。「あの、あて、何さしてもろたらよろしおすやろ。鈍どすさかい、何もでけまへんけど、どうぞ用事を言いつけとくれやすな」 安子は、振り向いてあいを見た。言葉通り、それ以外には何もないことが嫌でも分かるほど、あいの眼はあどけなかった。素人娘のおぼこさである。「おあいさん、気いつかわんといとくれやす。あんたは旦那はんのお相手するために来ておくれやしたんどっしゃろ」「はい、そうどす……」「きれいな着物着て、旦那はんのお傍にいてもろたらよいのんえ。あてと違うて、それがあんたの仕事どっしゃろ」 安子は構わず茶碗を洗い出す。 手持ちぶさたに立っていたあいは、やがて納得したふうに言った。「そうどすなあ。何や気づつないようどすけど、ほんな奥さん、そうさしてもらいます。おおきに……」 語尾に、正直に喜びがにじみ出ていた。あいはまっすぐ信之の膝元に行き、安心したように寄り添っていた。 言い難い怒りと絶望が安子を襲った。こちらの陰湿な瞋恚が相手にはうつらない。 小力の時よりも、まだ衝撃は底深く安子を打った。 信仰の徳というものか、坪川あいと小力の人柄の差か、あいを得てから、信之は安子にかつてのような残酷な仕打ちはしなかった。否、この十五年の結婚生活の中ですら、今ほど優しく機嫌の良い夫を安子は知らない。茶屋への足もほとんど絶えた。 あいにやさしくする分、きまって安子を大事にした。まるで妻妾へだてなく公平に愛を分配しようとつとめているかのごとくである。 心配りばかりでなく、形にも同じく現わした。高価な品々を買ってくる。同じ物を必ず二つ、着物も帯も、かんざしも、煙管も、何もかもお揃いになった。 お揃いの姿で綾部に連れてゆかれ、京都支部の祭典にも出た。信者たちの呆れた眼に安子は面をかぶって素顔を覆いたかったが、あいの表情にはどこにも痛みはない。 外出の時は、信之の好みのままに装うほかなかった。けれど家の中では、安子はかたくなに自分で買い求めた木綿の縞ものしか着ない。化粧も止めて、台所と伊都雄の部屋のほかへは行かぬ。 だれが十八の小娘とお揃いなど――三十二になって、美貌の中にも争われぬ年輪の見えだした安子にとって、平等がどれほどの屈辱であるか。むしろ、小力の時のように生の心をむき出して、女中以下に、いや、便利な道具として扱われたほうがましだと、安子は思った「旦那はん、旦那はん……」 あいは信之と片時も離れたがらぬ。天地の間で頼りになるのは信之ただ一人とでも言うように、慕い寄っていた。 信之のいない時のあいは哀れであった。自分の居場所が分からない子供のように、心細げに安子につきまとう。気もきかぬかわりに、悪意というものの持ちようすら知らぬのか。 夜は、夫とあいとの寝室の隣に、安子は伊都雄を抱いて寝た。夜ばかりは、信之の平等思想も眠ってしまうらしい。 どんな些細な物音でも聞き漏らすまいと、安子の全神経は耳になる。技巧も何もない、あいの無邪気な睦言やひそやかな笑いにも、安子の血は逆しまに流れた。思えば台所にいても茶の間にいても、安子の耳は常にあいを追ってとぎすまされる。その異常さを恐れながら、聞くまいとしながら、耳は勝手な生き物のように休まない。 ある夜半、境の襖をからりと開け、信之が安子を呼ぶ。眠ったふりをしていた安子を強引に起こして、布団を部屋に引き入れた。信之を中にして右は安子、左はあい。 安子は固い背を夫にむけて、伊都雄を抱きしめた。「おあい、今何考えとる」 信之は暗い天井を見詰めて声を掛ける。「旦那はんのことどっせ」 甘い声で、あいは答える。「お安、おまえは今何考えとる」「考えてえしまへん、何も……眠たいだけどす」「阿呆やなあ、お安は何も考えてへんのか……わしがいま何考えとるか言うたろか。この世で何が一番うまいかいなあと、思案しとるとこや」 くっくっとあいが笑った。 まもなくあいの安らかな寝息が聞こえてくる。すると天井を向いたままの信之の手が伸びてきて安子の手を探り当て、ぐっと握りしめた。そして顔も動かさずに呟やく。「わし、ほんまはなあ、ほんまはお前が一番好きなんやで……」 安子の凝りしこった魂がしびれ、おかしいほど立ち騒いだ。我にもなくその手を握り返した時、あいの寝息が止まって、「おおきに……旦那はん……」 またすうすう寝入る。安子は信之のからくりに気づいた。右手で安子の手を、左手であいの手を、信之は同時に握りしめているのだ。 ――馬鹿にしている。 火花の散る恥辱に、安子は夫の手を振りもいだ。憎いと思いつつ、闇の中に涙がこぼれ散った。
 鋭い羽音が空を切って舞い下りる。蝙蝠のような羽が目前いっぱい、真っ黒に広がった。 ――また来た、魔王めが……。 一はもがいた。起きようと身もだえたが、手も足もこわばって一寸も動けない。 ――坊、おいで、こっちへおいで。 いつものあの声が、いやらしく、めった息を吐きかけてくる。 ――嫌だ、ぼく行くもんか。 ――おいで、こっちだよ、ほら……。 骨ばかりの腕が伸びて、冷たい指が一の足に絡む。つかんで引きずる。 ――嫌だ。行かない。お母さん、お母さーん……。 深い淵から浮き上がるように、はっと目覚めた。激しい動悸に喉が焼けついていた。 ――ここはどこやろ。もしかして矢代の家やないか。矢代の僕の勉強部屋……。 とっさにそう思った。急いで眼だけを動かし、あたりを見た。明け方の薄明かりに浮き出た白々とした壁、ばか高い天井、いつもの病舎の固い寝台……絶望的に声を上げた。 ――同じや、やっぱしあいつ、放しはせんのや。 骨ばかりの指が、しっかり一の足首を握った感触が、まだ生々しく残っていた。ずきん、ずきん、この半年、絶え間ない激しいうずきが両足によみがえってくる。 ――僕ばかり、なぜぼくばかりが……。 理不尽な、どうにも納得できない運命の悪意に押しひしがれ、身も魂も疲れ切っていた。既にさからう気力も失せた。未来は十五歳の一の前になかった。 年寄りのように、一は過去を恋うる。思うがままに振る舞った、あのまぶしいまでの過ぎし日々を……。 吉田一は、北桑田郡周山村矢代の富豪吉田龍治郎の次男坊に生まれた。その年の秋、長男稔が三歳で夭折したので、一は幼児から長男の立場にあった。 五町歩余りの田畑と歩き切れぬばかりの広い山林を持つ父、優しく強い母、京都府立第一高女を出た美しい二人の姉、やんちゃでかわいい弟、ほかに三人の男衆と二人の女中を加えた広々とした邸に、一は何不自由なく育った。 体は丈夫だったし、学業は群を抜いていた。京都の名門同志社中学に進んだのも、やがては高校、大学を出て北桑田の山国には稀な学識を身に着けたいからだ。 一の小さな胸には、はちきれんばかりの夢があった。半年前のあの日までは――。
 楽しい冬休みに名残りを惜しんで、一は矢代の家から同志社の寄宿舎に帰って来た。 三学期が始まって間もない雪の日のこと。二年生全員は、先生に引率されて比叡山へ兎狩りにでかけた。降り積もる雪の中を、一は歓声を上げて走り回った。思いがけなく多い獲物に、我を忘れて友らと手柄を競った。少年期最後の痛快極まる一日であった。 黄昏近くまで奮闘し、かなり重量のある獲物を担いで下山した。この時になって、一は右足の踵に鈍い痛みを感じた。靴ずれだった。 さして気にもとめずに帰り着いて、寄宿舎の風呂に飛び込む。まだ覚めやらぬ興奮と、快い疲労を布団にくるんで眠りについた。 明け方、刺すような痛みが、少年を貪欲な眠りから引きずり起こした。踵の靴ずれに昨夜の風呂の湯が入って、ぷっくりふくれている。一は木綿針を持ち出して水腫れを刺し、簡単に水を出した。 丹念に消毒することを怠った素人療法が悪かったのであろう、右足の痛みは一層激しくなった。熱も出てきたらしく、便所へ行く気力もない。二、三日学校を休んで、寮で寝ていた。診察に来た校医は、全治までにかなりかかると宣言した。 寺町一条に外国製玩具の店を持つ叔父吉田英吉家に運ばれた時は、高熱のために半ば意識を失っていた。矢代から母つるが来て数日看病に手を尽くしたが、苦痛は増すばかりである。容易ならぬことを知って、父龍治郎も駆けつけてきた。 慌ただしい相談の結果、京都帝国大学外科五病舎に入院した。紀元節の二月十一日である。すぐには病室がなかった。どちらを見ても寒中火の気なしの大部屋の板敷の上に、包帯鉢巻の患者たちが横たわっていた。苦悶の声すら隠さない。 今後の運命の予測に、一の心は怯えた。 院長の診断は化膿性骨髄炎という難病で、すぐに手術室に運ばれた。申し訳程度の局部麻酔で切開手術が行なわれたが、痛みは言語に絶した。一は切り裂く声で母の名を呼び、助けを求めた。四、五人の看護婦に押えられたまま、人の知覚しうる痛苦の極限をさまよった。 手術室の西側の干割れ――あれは僕の叫び声でできたのだと、虚脱した心で一は思った。 手術は成功しなかった。以来、何人かの医者の執刀で四回の手術が繰り返され、その度に死ぬほどの苦しみをなめた。病菌は、急速に左足まで転移していた。 痛みを少しでも和らげようと、つるは按摩を呼んで身動きもならぬ一のマッサージをさせた。指が痛い部分に触れた時、反射的に一は体をずらした。ただそれだけなのに、激痛が貫き走った。 右足の骨が折れたのはその時である。病菌による骨破壊と度重なる手術に痛められ、骨はそれほど脆弱になっていたのであろう。 骨髄炎と骨折が重なって、両足ともギプスに固定された。足が曲がるのを防ぐためといって、片方のギプスの足首から寝台の下へ重たい鉄の分銅がぶら下げられた。 ――あんまりや、なんで僕ばかりが……。 弱々しく一はうめいた。病舎の窓外に初夏の風は薫り、若葉の蔭にはニイニイ蝉が生命の喜びを歌いあげているのだ。ただ一度、消毒を忘れた針のひとつきがこうも人の運命を狂わすなど。靴ずれくらい大半の友らにもあったのだ。あの夜、一緒に風呂に入った奴もいるのに、僕ばかり……。不運と諦めよというのか。この過酷な責苦に耐えよというのか。嫌だ、この僕がどんな罪を犯したというのか。 今日もまた果てしなく繰り返す愚痴であった。 これ以上生きるのは苦しく、といって死の安楽を信ずることは出来なかった。眠るときっとやって来る悪夢からさえ、一は身を守る術を知らない。 母がそっと入って来て、目覚めている一の額にぬれ手拭を当て、目尻の涙を黙ってぬぐった。 父龍治郎がふたりの男を連れて来たのはその朝である。二人が連れ立って見舞いに来たのはこれで三度目だから、一は名前を覚えていた。 出口王仁三郎と梅田信之。父母が信仰している綾部の大本の先生だ。一には信仰心などなかったから、特に有難いとも思えぬ。 王仁三郎は一を見る前に病室を見渡し、机に落ちた煙草の灰でも払うようにフッフッフッとそこらに息を吹きかけ、手を横に振った。「わー、ようけの邪神や。こんな邪神がうようよしとるとこにおったら、この子の病気は治らへんわい」 一はビクリとして首を縮めた。王仁三郎は寝台に近寄り、ギプスにぶら下がっている分銅を見て笑いだした。「やあ、あんまりや。がっちり死神に片足つかまれとる図やないか」 今度は父も母も顔色変えて一を見た。まっ蒼に血の気の引いた一はしんとした目で王仁三郎を睨んだ。怒りの代わりに悲しみが、悲しみの代わりに不思議な感動が、入れかわって湧き上る。 王仁三郎は一の手を握りしめ、明るく言った。「よし、助けたるわい。死神を突き放しちゃるで。安心して綾部へおいで。神さんに任せて綾部へ来る気になれば、なに、道中の痛みなどすぐ止まる。綾部の空気はうまいぞ」 一の答えを待つ間もなく、王仁三郎はさっさと別れを告げ、信之とともに出ていった。 一は耳を澄ました。消え残る王仁三郎の笑いの尾が四方の壁から壁へと響きあい、長年にわたって浸み入った病舎の血と膿と涙の汚点を洗い澄ますかのように思えた。不快な笑いではない証拠に、一の心から朝の根強いイライラが去っていた。 定刻通りに主治医が回診に来た。 龍治郎が廊下に追って出て、思い詰めた声音で食い下がった。「先生、この子の足はほんまにこのままで治りまっしゃろか。半年お世話になって、手術もようけして、それでも今は何ともなかった左足の関節まで曲がらなくなってしもうた。どこまで進めば化膿菌を抑えられるのどす。先生、どうか本当のことを教えとくれやす」 主治医は龍治郎の目を避けて、窓外の木の梢を眺めた。「化膿性骨髄炎が慢性化すれば、全治させることは甚だ困難です。ご相談しなければならんと思っていたところですが……敗血症の心配があります。お気の毒ですが、実は右足は切断しないと命が危ない」「……」「それも急を要します。二、三日のうちに……」 夫の背で聞いていたつるが、蒼白になって叫んだ。「あんまりどす。あんた、すぐ退院させとくれやす」 龍治郎が妻をさえぎった。「いや、お前……ことは命の問題や。足一本と命のどっちが大切や」「先生には切らさしまへん。足を、あての子の足を切るんどしたら、あてが鉈で切り落としてやります」 つるが言い切った。看護婦が驚きの声を上げた。龍治郎も妻の見幕に立ちすくんだ。つるは身を返して病室に駆け入る。 黴菌は寸秒の休みなく息子の細胞を破壊し続けているのだ。右足切断の次は左足、両足切っても生きていけるかどうか、死は時間の問題であった。 医学が頼りにならぬのなら、すがるのは神しかない。閃くように、綾部ヘ行こうとつるは思った。「一、ここにはもういられんのやで。すぐ退院しましょう」 母の言葉に、一の頬が輝いた。「うん、僕、綾部へ行く」 綾部へ行けば、治る見込みのない手術の責苦から逃れることができる。途中で死んだとしても、この生き地獄から逃れることができる。綾部へ行こうと決意したと同時に全身に勇気が満ち、痛みが薄れていくのを感じた。「おつる、退院の許可はもろてきた。綾部ヘ行こう」 龍治郎もまた思いは同じなのだろう。見合わす三人の顔に希望と不安が入り乱れて交錯した。
 翌日、ゴム輪の寝台に寝たきりで、長い長い廊下を玄関へ運ばれた。近くの手術室へ運ばれるさえ、なめくじほどにのろのろしながら、苦悶のうめきを抑えかねた一であった。帝大の博士に反抗して重体のまま退院する以上、見苦しいざまは見せまい。一は覚悟して歯を食いしばった。耐え切れぬほどの痛みではなかった。しかし、綾部への道中はこれからである。 病院の玄関には、大時代な駕篭が待っていた。両足のギプスもろとも、父母に抱きかかえられて駕篭に乗った。駕篭かきは吉田家の男衆がつとめた。一行はゆっくりと二条駅に向かう。 一両貸し切りの貨物車に駕篭ごと乗った。両親も駕篭かきも一緒であった。 列車に乗り込むまで、一は不安でならなかった。何かの弾みで、廃物化しかかっている足が、またいつ骨折しないとも限らない。人形のように硬直させていた体が列車の軽い振動でほぐれてくる。一はふと痛みが去っているのに気づいた。「あれ、ちっとも痛うない。へんやなあ」 一の頭を抱くようにしていたつるが、涙にぬれた頬を擦り寄せた。「神さまが守ってくれとってんどす。綾部へ行く決心さえついたら痛みは止まる。管長さんのお言いやした通りどっしゃろ」 苦痛からの開放は半年ぶりであった。花園・嵯峨とまだ見ぬ綾部へ近づくにつれ、ひもじくてたまらなくなった。園部で駅弁を買ってもらって、蓋についた飯粒まできれいに食べた。「かあさん、もう一つ買うとくれ」 貪欲な育ち盛りの中学生に返って言った。病院では粥一杯食べるのさえ疎ましげだったのに。「調子に乗ったら後が怖い、我慢せい」 たしなめる父龍治郎も、髭を震わせてうれし涙をこらえている。無事に運ぶことだけに全神経を使っていたのに、旺盛な息子の食欲を懸念することになろうとは。 駕篭で大本へついたのはその夜、忘れもせぬ大正二年六月二十八日の八時頃であった。以来、神苑内に建てられた湯浅仁斎宅の一室を与えられて療養生活に入る。 母つるがつき切りで看病した。ご神水で練った「お土」を二つ折りにした和紙に挟み、患部にあてがう。ただそれだけの原始的な治療法である。 冷たい土がぐんぐん病熱を吸い取るのが感じられて、小気味よかった。神に念じつつ一日十数回お土を取り替える作業の連続である。乾燥度が早いのはそれだけお土が病熱を吸収している証拠と思えば、つるは苦にならなかった。 やがてお土は血膿を吸い出し始める。乾いた土を取り替えるたび、こわいほど流れ出る。肉を切り刻むばかりのかつての疼痛は、もう実感としては思い浮かばなかった。 横町の吉川五六医師が週一度診察に来たが、「ほう、大本はんのお土はたいしたもんやなあ」と、率直な感慨を漏らしながら、ギプスを覆っているガーゼの包帯を巻き替えてくれた。 戸外では、朝から初々しい少女たちの声がはじけとんでいた。寝たきりの一は、大発見したような声を上げた。「そうや、かあさん、学校は今日から夏休みなんや」 開け放った縁先で固いお土を砕いていたつるは、横槌を置いてふっと胸を詰まらせた。 ――あの兎狩りの日さえなかったら、今ごろ私は女中たちを指揮して、寄宿舎から帰ってくるはずの一の好物のごちそう作りに大わらわ。弟の兌三は、子鹿みたいに跳びはねて駅まで出迎えに行くに違いない。 母の感傷が無言のうちに伝染したように、一は五つ違いの弟兌三を思い浮べた。 ――あいつ、五年生の夏休みや。かあさんは居らんし、さぞ如衣姉さんの手を焼かしとるやろ。 襖がそっと開いて、抜き足さし足、誰かが忍び込んできた。頭の中で歌を歌っていると、関係のない人が不意に同じ歌を口ずさみ始めることがある。それと同じ驚きに、一は声を上げた。「あ、なんや、兌三……」「まあ、誰と来たんどす」と、つるは腰を浮かした。「父さんとや、神さん拝んだり、挨拶しとるさかい、僕、先に来たんや。あ、それ、僕にやらして」 母の手から横槌を取り上げた。面白そうにてんてん槌を打つ。やがて龍治郎が入ってきた。一の明るい顔色を見て安心したのか、龍治郎は妻に笑いかける。「兌三はおかしな奴や。大本の黒門についとる十曜の御神紋が気に入って動きよらん。『この紋、欲しい。僕の紋にする』言うてきかんのや」 龍治郎とつるが連れ立って湯浅家へ挨拶に出てゆくと、さっきから垣の外で遊んでいた数人の女の子たちが、庭先へ駆け込んできた。 縁側の戸が開いていたので、彼女たちは寝たきりの一を見つけてのぞきこんだ。真夏の暑さに投げ出していた一のギプスの両足が異様であったのだろう。「こら、あっちへ行け」 兌三が縁側に立ちはだかった。同い年ぐらいの女の子がアカンベエした。兌三もここぞとして返すと、女の子は端正な顔の造作をしかめて長い舌を出し、かわいい顎をしゃくる。兌三が横槌を大きく振りかぶって脅すと、女の子たちは黄色い声を上げ面白そうに逃げ散った。「ちぇ、生意気な奴、あいつだれやろ」「管長はんの次女の梅野はんや。ごんたやけど、かわいいで」 一が天井を眺めながら、つぶやくように言った。 まだ一つ、立木の陰に残っている視線に兌三は気がついた。男の子かと思った。黒帯に男下駄、しかし、荒々しい感じに似合わず、ぶざまなギプスに向かう眼には、いたわるような光があった。その子はゆっくり立木を離れた。「あの子、誰やろ」 一は首だけ上げて直日の後ろ姿を見た。「あれは三代さん、直日はんや」 兌三には、このとき、三代さんの意味がのみこめなかった。

表題:霊主体従  10巻4章霊主体従

 ――肺癆を病んで摂州舞子の別邸で静養中の有栖川宮威仁親王殿下は、大正二(一九一三)年七月五日、ついに薨去。 王仁三郎は、広げた新聞「大毎」の上に声を呑んだ。七月七日の朝である。「伏見桃山の御陵土未だ乾かず、国を挙げて猶諒闇の裡にあり、哀愁の雲容易に吹去らず、時夏にして然も陰雨冷風常なきの日、誰か思わん、忽ち皇室の懿親にして各宮家の首位を占めさせらるる有栖川宮威仁親王殿下薨去の悲報に接せんとは、嗚呼七月は是れ何の月ぞ。無情の皇天何ぞ此月を以て我が国土に殃ひせんとするの頻りなるや。謹んで案ずるに有栖川宮家は後陽成天皇に出て、殿下は実にその第十世に渡らせられ、明治二十八年御兄君にして維新の鴻業に御偉功あらせられたる熾仁親王薨去あそばされてより、爾来御当主とはならせられたるなり。 ……御賢明のきこえ高き妃殿下にも亦同じ病の為にこの程まで相州の海岸にありて久しき間御同棲あらせられず、はた唯一の王子、栽仁王には先年江田島兵学校御在学中に御夭逝あらせられ、今は唯、徳川家へ御降嫁ありたる実枝子女王殿下を余すのみなる。御家庭の落莫たるを想ふの時、誰か一掬の涙に咽ばざるものあらんや。……嗚呼十世連綿たりし有栖川宮家はここに絶えんとするなり。我輩真に断腸の思ひにたへず。謹んで哀悼の辞を草す」 ――有栖川宮家廃絶、とうとう……。 暗涙は王仁三郎の眼に湧きあふれた。口惜し涙に似ていた。人知れぬ野に生まれたとはいえ、自分こそ皇族の筆頭有栖川宮家の血統を伝える唯一の男子である。宮家の形はいかに絶えようとも、熾仁親王の血はここに生きているぞ。 流れる涙に任せつつ、王仁三郎の心は絶叫した。 この七月七日、時の内務大臣原敬は、日記に書き残している。「……宮相(渡辺千秋)の内話に、有栖川宮薨去、男子の御継承すべき方なきに付、今回陛下の第三の皇子宣仁親王を高松宮と称号を賜はりたるは、即ち先帝の思召に出たる事にて、先帝の思召については有栖川宮は先代と共に皇室にも尽くしたるものに付其継嗣なきは如何にも気の毒に付、第三皇子に高松宮の称号を賜はり、事実に於て有栖川宮を相続せしむる様にとの御仰せあり。 去りながら此事を生前に威仁親王に知らしむるは却って彼の神経を高むるの虞あるに因り死後に伝へよとの御沙汰なりしも、もはや危篤に陥られたれば、此事を御承知なくて薨去あること如何にも遺憾なれば生前にお話することに決し、先達西下し其事を言上せしに、殿下は非常の御満足なりき。其後、青山胤通拝診の折に珍しき御機嫌にて、此度宮相より聞きたる事もあり又話たる事もありて大に安心せりとの御話ありたりとて青山物語れりと云へり」 さらに新聞は報じる。「海軍大将大勲位功三級威仁親王殿下に対し、七日元帥の称号を賜ひ、同時に菊花章頸飾を授けられたり……」「第三皇子光宮宣仁親王殿下は高松宮の称号を賜はるべき旨、六日御沙汰あらせられたり……」(大阪朝日新聞七月八日) 高松宮は、有栖川宮家初代の称号を復興されたものであった。宣仁親王はこの時九歳。 七月十七日午前六時、故有栖川元帥宮の霊車が発引、細雨の降りしきる中を豊島岡御葬場に向かい、午後二時、国葬の儀、滞りなく終わる。 この日、綾部では快晴であった。弔意を表すべしとの発表があり、国葬当日は全国の各学校は休業。学校から解放された王仁三郎の子供らは嬉々として遊び戯れていた。 威仁親王の薨去以来、王仁三郎は、ひそかに喪に服していた。 ――わしはわしの女の子に大本の系統、男の子に有栖川宮家の血統を残してみせる。国津神と天津神の系統を一腹に産み分けさせて、天地和合の型をこの大本に打ち立てるのや。 機の音がのどかに聞こえる。機場では湯浅仁斎の妻小久と共に澄が機を織っている。 王仁三郎は妻に囁いた。「お澄、これで五度目やでなあ、今度こそ間違いなく男の子が生まれるぞ」 その澄の腹はもう産み月。織る手を止め、澄は呆れて夫の顔を見た。「男の子を産めよ」という言葉はずっと遠い昔から、馬鹿の一つ覚えみたいに夫に囁かれてきた。どうしたことか、それを口にする夫の目は燃えている。 ――阿呆かいな、この人。今ごろ何を言うとるのやいな。大本に男の子は育たんと、初めから教祖さまは言うとってじゃ。どうせ産まれても育たんものを。 子供っぽい夫の執心を、澄は軽くいなした。 八月二十九日、かなりきつい陣痛の末、澄は男の子を産んだ。信じられぬ思いで、澄は自分の産んだ赤子を眺めた。 王仁三郎の喜びは文字通り有頂天である。気負って六合大と命名し、クニヒロと読ませた。六合は天地と四方(東西南北)を指す。つまり意味するところは宇宙一杯大の字に手足を伸ばせよということか。大の字逆さまの世を、この子によって真直ぐ立直す夢を託したのか。 直日・梅野・八重野の三人は、赤子を抱いて神前に座した直が神示を受けて命名している。今度の男子の命名は、直に譲らなかった。王仁三郎一人で気張って生んだ気でいる。王仁三郎は、近所の鼻たれ小僧の誰かれを集めてきてお祝いまでした。 この頃、出口家元屋敷を取り壊した後に石の宮を建設中であった。石垣に使用される大石は、由良川に沿って半道ほど上の西原に三つあった岩屋を買収したもの。 田中善臣・近松政吉・竹原房太郎らが中心になり、連日数人が出てこつこつ石割り奉仕をした。壊した石は台車に載せて大本まで運ぶ。何しろ何百貫もあるので、割るのも運ぶのも容易でない。凍える手指に槌を握った初春、烈日に汗したたらせた盛夏も過ぎ、枯葉の舞い散る秋を迎えた。 ある日、石を山積みした台車が途中の味方で動かなくなった。押せども引けどもびくともしない。投げ出して小休止していると、王仁三郎が六合大を抱いて迎えに来た。 一人でも手を貸してほしいこの時に、子供を抱いてでは綱も引けない。「よっしゃ、わしが動かしたるわい」 王仁三郎はひょいと六合大と共に台車に飛び乗った。そうでなくても重いのに、大石に片足かけ、「それ曳けい」と大見栄きって号令する。 ――何や、管長はんは……。 奉仕者はいまいましげに立ち上がった。王仁三郎を載せたまま、台車はぐらりと動きだした。さっきまで動かなかったのが不思議なくらい楽に曳ける。大石の上からとんでくる王仁三郎の掛け声に台車は勢いを増していた。 二月三日から工事を始めて、十一月十九日、竣成鎮座祭にこぎつけた。石工は信者の西垣孫八(兵庫県山南町出身)が奉仕、石垣の台上に三つの石の宮が置かれた。宮の高さは約一メートル、神示によって中央の石の宮には天照大神、その北側の宮に日の大神、南側の宮に月の大神を祀り、天の御三体の大神の昇降されるという、もっとも神聖な場所となった。 教祖直は、ここでの個人の利益的祈願一切を厳しく禁じた。ミロクの世成就のための御用のみに、ひたすら祈りが捧げられた。
 たゆみなく大本は進展し続けた。大正二年から三年にかけて大本近隣の土地を数回に分けて十六筆(本宮山西麓二千百余坪を含む)買収、建物四件も新たに購入した。 大正三(一九一四)年一月一日には上野に植樹園三千五百坪の地ならし工事が開始され、金龍殿(瓦葺平家建坪五十五坪、四十八畳の広間を含む)と統務閣(建坪四十坪、八畳四室)の新築が決定された。 神苑拡張のすさまじい意欲ばかりではなかった。大日本修斎会の地方機関は、同年三月現在京都本部をはじめ分所・支部・事務所・会合所など総計三十六が京都・大阪・兵庫などに設置されて居り、全国的に広がる機運が熟している。 王仁三郎が大本に腰を据えてからの成長ぶりは、「一に大本、二に郡是」と歌われるほどの地位に大本をのしあげていった。
 大正三年二月二十三日、佐藤忠三郎は次兄政治郎危篤の報を受け、父捨治郎と共に綾部に向かった。 政治郎が突然「綾部に行きたい」と言い出したのは一月あまり前のこと。瘰癧が再発して床につき、既に医者も手放すほどになってからである。 政治郎は言いだしたら聞かなかった。しかも一人で行きたいと頑張った。家族に言い含められて、忠三郎がこっそり綾部まで尾行することにした。 政治郎は知っていたらしく、二条駅まで来ると、苦しそうに足をふんばって振り向いた。「おおきに、後はあて一人で良い。忠三郎、お前はもう帰んでくれ」「その体では無理や。ついていく」「いらん。ひとりで聖地の土を踏みたい。どうせお前はついて来られはせんのや」「それでも、父さんや母さんが……」「父さんや母さんが言うたことなら、霊界までもついて来てくれるか」「……そうか、勝手にせい」 忠三郎は本気で腹を立て、二条駅に次兄をおいたまま、ぷりぷりして帰って来た。 人の肉体がそう容易に死んでたまるものかと、若い健康な忠三郎は思っていた。山中いねはあっけなく死んだが、あれは自殺だ。病気をした覚えがないだけに、他人の病気にいたわりはなかった。 今、危篤の電報に接してみると、あの時の自分の短気な仕打ちが悔やまれた。病人の一人旅が命を縮めたかもしれぬ。隠れて汽車に乗り込み、ついていくことぐらい出来たのに。今思えば、綾部へついてまもなく発信した兄の葉書の書き出しも気になる。「ながながお世話になりました。無事に綾の高天原へつきましたから、ご安心下さい……」 まるで霊界通信ではないか。 夕方綾部につき、生まれて初めて大本の黒門をくぐった。神苑内は清々しく掃き清められており、東を巡る土塀の上に植樹された小松の緑が印象的だった。 大広間に続く北側の四畳半についたてを立てて、政治郎は臥せっていた。痩せて色が白くなったせいか、俗界を抜け出た人のように、その面には澄んだ静けさが漂っている。役員の女房がふたり付添ってこまめに看病している。 忠三郎は戸惑った。危篤というからには意識不明か、あるいは苦しみ悶えているか、もっと切羽詰まった対面ばかり描いていたのだ。「苦しいんか、兄さん」「いいや、いい気持ちどす……」 逆に慰める眼で、政治郎は父と弟を見詰めた。「管長さんが心配して知らせなはったらしおすなあ、まだ二、三日は大丈夫やのに……」「何を言うのや。死ぬような顔色やないわい。神様にお縋りして、早う元気にならんかい」 政治郎は父に微笑み返した。「綾部にこさしてもろて最後の御用がでけた。しばらくの間どしたが、管長はんのお傍で書き物のお手伝いもさせてもろたし、教祖さまにはほんまに可愛がってもろてなあ。起きられんようになったのは三日前からどす。日に二、三度は教祖さまが見舞いに来てくれはる。みんなに暖こう看取られて……あてみたいな幸福者はおへん。こんな気持ちのまま天国へ復活でけたら……」 忠三郎は、居たたまれず外へ出た。丁度金龍殿建築の工事中で、数人の大工たちを監督している王仁三郎の姿があった。そばに行って、声を掛ける。「管長はん、兄貴の病気、治らんもんどっしゃろか」「佐藤さんか、気の毒やがあかんのう。臨終に間に合うただけでも良いとせな……」「そんな冷たい言い方おすか。あんたも管長はんといわれるお人や。これまでに数えきれんだけ人の病気を治したはるそうどすなあ。兄貴はまだ二十六どっせ。あてと違うて、信仰はほんまもんどす。心かてとびきりきれいなもんや。何にも悪いことなどしてまへん。それが何で神さんに見捨てられんなんのどす。いけず言わんと、すぐ治しとくれやす」「そうはいかん。人の寿命だけはどうにもならん。お前の言うみたいに悪いやつは皆若死にして善人だけが長生きする世の中なら世話ないが、善悪美醜合い混じって生きるのがこの現界のおもろいところや。肉体を持つ精霊たちが善悪ぶつかりあう修行場としてふさわしいわけや。肉体がのうなれば、いやでも善は善、悪は悪で霊魂相応によらねばならんさけのう」「わけのわからん理屈でごまかさんと、兄貴を助けることができんならできんと、はっきり言うたらどうどす」 突っかかってくる忠三郎の苛立ちをかわして、王仁三郎は言った。「おう、冷えてきたのう。焚き火をする。木切れを拾うて来い」 反撥しながらも、忠三郎の肉体は王仁三郎の意のままに動いた。木切れを拾い、鉋屑を集めて火をつける。夕闇に炎が赤く輝いた。仕事をしまった大工や奉仕者たちも火に寄ってくる。「管長はん、木切れを無駄に焚いて、教祖さまや平蔵はんに叱られまへんか」と、奉仕者のひとりが聞いた。 王仁三郎は、炎に尻をあぶりながら答えた。「教祖はんはのう、焚き火をする木切れがあったら、それで米を炊こうと考えなはる。肉体を暖めるための焚き火など、身を切られるほどもったいない……」「教祖さまは、水一滴さえ無駄にはされん。天地の冥加を身をもって教えてくれなさる」と、別の奉仕者がありがたそうに口に出した。「確かに教祖はんの節約は、節約したその分、財産を蓄えようなどという卑しい根性から発したものやない。今は文明が体的に偏ってきて、霊という主人の存在を忘れとる。この傾向は今後も強まる一方やろ。人知の働く方向は、この世をいかに楽しく便利にするか、つまり体を太らす工夫に凝らされる。 それは結構なことやが、欲には限りがないもの。美衣美食ついには自分の欲を満たすためには他人のことなどどうでもよくなる。貧弱な霊が贅肉にぶよついた体にぶらさがっとる。 そうした世の中に警告を発する意味で、教祖はんは人間本来のあり方を型として、この世にしめされる」「まったくや。霊がおざなりにされとるさかい、こうも世の中が乱れる……」と、一人が憤慨に耐えぬ口調で吐き出した。「けどのう、お前たちみたいに霊に偏るあまり体を軽う扱うのも感心せんわい」と、王仁三郎は木切れを火中に投じ、棒で焚き火をかきたてながら言った。「何でどす。わしらは教祖さまを見習うて、腹一杯食いたいのも我慢し、朝も暗いうちから毎日精進しとりますんやで。寒いやの冷たいやの言うとられますかいな」「そうや、ようやっとるのう。お前らの体内には生まれながらに霊能(霊的性能)と体能(体的性能)が同居してあい拮抗し、鎬を削っとるんや。霊能というのは、人に正義・博愛・純潔・犠牲などの心を起こさせ、魂の糧……喜びを得ようとする倫理的感情・審美的感情の源や。それに反して体能はもっと呑みたい・食いたい・寝たい・着たい・好みの女と見れば犯して肉の歓びをえたいと思う……どうや、違うか」「そんな……わしらは梅田はんと違いますで」「ははは……お前らというたが、これはわしをも含めて人間一般の話。けど気の毒にのう、お前らその年で、きれいな女を見て心が昂ぶらへんのけ」「……」「まあ、ふくれるな。つまり体能ちゅうのは、人をして堕落・放縦・排他・利己など非道徳的な方向へ導こうとする誘惑魔や」「つまり霊能が善で体能が悪ちゅうわけですな」 年配の男が、顔をしかめて煙を避けながらうなずいた。「そう割り切れば簡単やが、そんなもんやない。もし人に霊能がなかったら野獣と変わらんことになる。けど体能がなくては、人はこの世で肉体を維持でけん。人が人として生きていくために神から与えられた尊い性やで、どちらも不可欠や。隠滅すれば陽滅す。両性能の間に優劣の区別もなければ軽重の差もない」「……」「しかし宇宙の内面で意義ある活動をしようとすれば、一方を主・他方を従とする必要がある。左足と右足とどちらも大事やが、互いに他を牽制して己れが先に進むことを主張しあったら、歩くという行動は出来ん。同じ力の相撲取りが土俵上でがっぷり四つに組み、ただ押し合うだけでは勝負はつかず、水入り引き分けに終わるやろ。どちらかが技をかけ、一方が受けることで勝負が成り立つ。 また男と女に本質的に尊卑の差はないが、夫婦になって家庭を作ったとすると、一家に主人が二人あっては秩序が立たん。またいったん主と従の原則が決まると、その関係が半永久的・永久的やないと活動が乱雑不統一になる。そこで家庭にあっては夫主妻従……」「そらそうどすなあ。夫が妻より偉いに決まったる。良いこと教えてもろた。うちのつれあいによう言い聞かしてやりますわ」と、女房に頭の上がらぬ男が喜ぶ。「待て待て、夫主妻従が絶対の原則やとは言うとらん。お前んとこみたいに女房に食わしてもろて亭主が酒ばかり呑んでるようなところは、妻主夫従の方がうまく行くやろ。要するに主と従の関係が自然に滑らかにいっとればよいということや」「うわー、こいつは薮蛇やった」 男が頓狂な声を上げ、王仁三郎を中心に明るい笑い声がまき起こる。「霊能と体能のどちらに偏するのも良くない。霊五体五が理想的や。例えば霊が人、体が馬とせんかい。人が馬の習性を無視しても、馬が勝手に突っ走っても困る。人馬が一体になってこそ、『鞍上人なく鞍下馬なし』の妙境に入る。つまり霊主体従が神律や。体主霊従というのは、神の目から見れば暴走する馬のたてがみに必死にしがみついとる人の姿かのう。 霊主体従の者の内分は天国に開け、体主霊従の者の内分は地獄に向かって開いている。天国からは愛善信真、地獄からは邪悪と虚偽の気が放射されている。ところがこの地上は物質界やさけ、体的欲望の牽引力が強い。霊五体五の主従の関係を少し緩めて体五霊五に置くと、体六霊四、体七霊三になるのはたちどころで、いずれは地獄道へ堕ちねばならん。つまり善悪は相対的なものやが、神の目より見れば、霊主体従が善、体主霊従が悪になる。お前たちには教祖はんという結構な手本がある」「ほんまにありがとおすわ。けど霊五体五と体五霊五の違いは、どこから生まれるのどす」「甲は乙の大事にしているものをどうしても欲しい。くれと頼んでも断わられた。それならばというので、相手を殺して奪ったとする。そのときの甲の心性情動は何から発したと思う?」「体的欲望やろか」と、だれかが自信なくつぶやく。「そういう欲望を起こさせた情動こそ『愛』、純粋で激しい愛や」「まさか……人を殺すのが純粋な愛やなんて」「人を殺してまでも欲するものを自分に与えたいと、純粋に自己を愛しているからや。人はすべて神の属性を授けられとる。神は愛やから、人もまた愛や。だがその愛が無限か有限かの違いだけや。甲の場合、その愛の対象が余りにも己れ自身に縛られとる。有限の愛、すなわち自己愛や。人が肉体を持つ限り、自己愛もまた必要欠くべからざるものや。 神の愛は人間だけやない、全人群万類――鳥でも獣でも虫けらでも路傍の石ころでも、あまねく注がれる無限の愛・神愛や。神愛は普遍愛であり、人が愛の対象を、家族へ、村へ、国家へ、全人類へと広げれば広げるほど、神の大愛に近づく。 愛には愛善と愛悪の二通りがあり、愛の対象が外へ向かうほど愛善、内へ向かうほど愛悪になる。愛善は神愛、愛悪は地獄愛につながる。大本で言う愛善とは愛と善やなく、神愛のことを指す。現代の人間の大部分の霊魂は、狭い自己愛にとらわれて、生きながら中有界か地獄界に籍を置いてけつかる」「そうか、さっきの質問の答えが分かったみたいや。霊と体が同じ五対五あっても、その心性情動の愛の向きが内か外かによって、霊主体従か体主霊従かが定まってくる」「そうや。教祖はんの御日常を見てみい、一身を犠牲にして、日夜、『みろくの世よ、早く来たらせたまえかし』と人類の幸福をひたすら祈ったはるやろ」 沈黙が支配し、焚き火のはぜる音だけが聞こえる。 ややあって一人が真剣な声で質問する。「管長はん、どないしたら霊能が高められまっしゃろ」「霊主体従が何ほど神律やというても、霊六体四、霊七体三もまた悪になる。日本の山伏や修行僧だけやない。インドのバラモン僧なども、我が肉体をいじめるのを人に誇示して俗物どもの尊崇を集めとる。けれど苦行の果てに悟りを開くことができたものは、古今東西通じて数える程しかない。ほとんどは衰弱した肉体の隙につけ入る、正神の名を騙った邪神どもの憑依や。お前たちも噂には聞いとるやろうが、開教期の大本にはのう、行を取り違えて邪神どもの虜となり身を滅していった先輩たちがいる。痛ましいことやが、わしの力ではどうにもならなんだ」 死んだ四方春蔵や中村竹吉を思い浮かべ、一瞬王仁三郎の面は翳った。が、気を取り直し、明るい声を出す。「すべて業は行やから、顕幽一致・霊体一致の心理によって、この人間社会で大活躍し天地の経綸に奉仕するのが第一の行や。例え十日でも一か月でも山林に隠遁し怪行異行に熱中するのは、神業の怠業者・罷業者ちゅうことになる」「管長はんかて、高熊山で特別の修行しちゃったやござへんかい」と、誰かが不審げに訊く。 王仁三郎は苦笑し、「そこをつかれると痛い。『自分では山中で修行しときながら苦行を否定するのは自家撞着も甚だしい』と責めるのは当然やろ。しかしのう、あの修行はわしが求めてしたのやなく、神さまに引っ張っていかれたんや。さんざん試しにもあった。いわば二十七年間の俗界での悲痛な人生修行の卒業式みたいなもんやさけ、まあ大目に見てくれ」 王仁三郎はけろんと答える。「霊主体従の意味がやっとのみこめましたけど、天地の冥加を示す型を出しとってん教祖さまに逆ろうて、管長はんは何で焚き火をしてんですいな」 さっきから焚き火にこだわっている男が訊いた。「ははは……わしはその反対の型を出して見せとる。教祖はんが経ならわしは緯、厳の霊魂が父性的顕現なら瑞の霊魂は母性的、つまりは父に罰せられた子をかばうあのやり方や。救いの型や。きびしいだけではいかん。たまには甘やかしてやることも必要や。無駄に見える焚き火も肉体をくつろがせ、ついでに心もほのかに暖める、こわばった神経も緩んでくるやろ。 現にわしのやり方を批判しているお前たちも、気持ちよさそうにあたっとる。体的感覚から発して霊に移っていくのも、現界ではやむをえん。 そうや、この火で藷を焼こ。それなら火が無駄にならん。誰かお澄から藷もろて来い」 一番若い奉仕者が走った。かつての四方春蔵や中村竹吉らの旧役員たちのように、悪の型小松林命をどうでも押し込めねば立替えは出来ぬという激しい抵抗の段階は過ぎていた。しかしもう一つ納得できぬのだろう。彼らは押し黙って炎を見詰めている。 忠三郎には、そんな説教など無縁であった。さっきははぐらかされたが、今度はそうはいかんぞというふうに、王仁三郎の袖をつかんだ。「管長はん、あんたが救いの型をしなはるなら、なんであての兄貴を見殺しにするのどす。兄貴を助けたっとくれやす」「兄さんの肉体は既に現界での勤めを終えて居る。けれど精霊には御苦労やがもう一働きしてもらわんならん。いたずらに肉体の死を嘆くより、新しい飛躍をする兄さんの霊魂のために祈ってやってくれ」「いやどす」「阿呆、いいかげんにわかってやれ。兄さんは覚悟しとるのや、おまえがその心をかき乱すことはならん」 王仁三郎の瞳が底光って、忠三郎に向かった。「兄さんはのう、あんたが素直になるのを待っとる。あんたこそ自分の肉体に気をつけなあかんぞ。肉体の壮健さに心奢って、自分ばかりは神さんに無縁やと思とったら……」「ははは……わてはまだ二十四どっせ。今から兄貴みたいに神さんに呆ける気はおへん」「良いか、三つ子も老人も生命の上から言えば年は同じや。老少不定、どちらが先に逝くか誰にも分からん。だからこの刹那刹那が大事やで」 ――畜生、あてを信仰に引っ張り込もうと思うて、こけおどしや。 藷が焚き火にくべられたのをしおに、忠三郎は工事現場の焚き火からひとり離れ、神殿脇を抜けて龍門館の西側から石の宮にまわってみた。その間にぽつんと灯が洩れている。「お庭の間」と呼ばれる小さな藁葺小屋の六畳間である。 初春の寒さもいとわず障子を開け放ち、十五、六歳の少年が蒲団に寄りかかって筆先を音読していた。互いに目礼したが、少年とも思えぬ落ち着いた深い眼の色が印象に残った。後でこの少年が周山村矢代の吉田龍治郎の次男一少年で、京大病院から大本へ来て足の治療をしていると知った。この頃、一は湯浅仁斎宅から通称「お庭の間」へ移っていたのである。
 それから二日目の二月二十五日の夕方、王仁三郎夫妻が佐藤政治郎を見舞った。苦痛を訴えるでもなく深く眠っている病人の顔色を見るなり、王仁三郎が命じた。「お澄、教祖はんをお呼びしてこい」 右手に梅の杖、左手に三方を持った直が現われ、静かに枕頭に座した。三方の上には、教祖の居間の神床に常時備えられていた白鞘の短刀があった。 直は短刀を手に押しいただき、すうっと二、三寸抜く。忠三郎は息を詰めた。刃は政治郎の額の上にかざされただけで、すぐ納められた。 澄が命ぜられて、三方の短刀を直の居間の床に返しに行く。 急ぎ足で帰って来た澄が元の席に着くのを待っていたように、政治郎は最期の息を引いていった。それと気づかぬほど安らかな絶息であった。父捨治郎が嗚咽した。悲嘆のあまりというよりは、清らかな息子の昇天への喜びと、若くしていったものへの愛惜の涙であろう。 忠三郎は、次兄の死をまだ現実と受け取れなかった。さっきから足のしびれの方が気になっていた。 その時、直の眼がまともに向けられて、忠三郎は崩しかけていた足を慌てて直した。「これ、よく聞くのやで。兄さんの霊魂は今度の二度目の世の立替の御用にどうしてもたってもらわねばならん因縁の霊魂やが、肉体が弱いので仕方なくいったん引き上げます。今日からはあなたに懸って神さまの御用をされることになりましたさかい、あなたもそのつもりでいて下されや」 忠三郎は仰天した。 ――そんな勝手な話ってあるもんやない。きっと教祖はんは、あてを信者やと誤解してはるのや。 答えも出来ず、呆然と直を眺めていた。その白い頬に、直は柔和な微笑を浮かべる。「今すぐにというのではございまへん。兄さんの霊魂もあなたの肉体に慣れるまでは間がありますやろ。その心組みでいてもろたらよいのです」 急に、何か叫ばねばならぬと忠三郎は焦った。それでなければ、どえらいことになりそうや。 ――体が弱くて使えんのなら、兄貴の体を強くして使えば良いやないか。それぐらいできん神さんか。おまけにわしに無断で、兄貴の霊がわしに憑るなんて、そんな都合勝手な馬鹿なことがあるかい。 忠三郎は、昂然と言った。「やめとくれやす。あては信者やおへん。綾部へ来てまでよう御用など出来まへん。そんな義理もおへんさかい、お断わりします」 王仁三郎が横から声をかける。「神さまのおっしゃることやないか、だまって聞いとれ」「黙って聞いとると、言わはったことを請け負うことになりまっしゃろ。そら聞けまへん」と、忠三郎は語調を強めた。捨治郎まで、息子をたしなめる方に回る。「お前に政治郎の霊が懸ったのや。兄さんの心も察して、おまえが信仰のお道に入って御用してくれたら、政治郎もわしらもどんなに嬉しいやら知れん」「阿呆やなあ、この人は……口先だけでもハイハイ言うといたらよいのに……」 澄が言い、直と共に立ち上がった。どんな馬鹿げた強情だろうとここは張り抜かねばと、忠三郎は王仁三郎に重ねて告げた。「御用する気もないのにだまって引き受けたのでは、それこそ神さんにも兄さんにもすみまへんやろ。あてはいやや、はっきりお断わりしときますで」 むすっとふくれて口を引き結ぶ。「ははは……鼻っ柱の強いやつやのう。よいかげん改心せんと、その強情我慢の鼻っ柱をへし折られるぞ」 王仁三郎は笑いとばすと、後は忘れたように父を相手に葬儀の手はずをてきぱきと決め始めた。
 政治郎が昇天して早くも三十日目の忌明けの日が来た。京都の習慣として、この日は相乗りの人力車に乗って香典返しに行くことになっている。父捨治郎は香典返しの供を忠三郎に命じた。一度は承知しながら、いざ行く段になって忠三郎の気が変わった。古い袴がどうにも気に入らなかったのだ。「こんなみっともない袴などようはかん。新品の袴、買うておくれ。そしたら行きますわ」「死んだ兄さんのためを少しは思うたらどうや。今日一日のことにごてついて……」「ほんなら誰ぞにお頼みやす。あてはこんな袴、絶対にごめんどす」 死んだ次兄と一緒で、忠三郎もいったん我を張ったら、とことん通す癖がある。次兄はそれを良い方に高めて行ったが、忠三郎の場合はどうも逆に作用する。「勝手にせい。おまえには頼まんわい」 結局、弟敬通が父の供となり、代わりに忠三郎は自宅の製材工場で働くことになった。 この日、職長は仕事を休んでいた。長兄市治郎も別の用件があって出て来ていない。 ――よし、職長の仕事もわしがやってこましたるわい。 意地を張って、製材の円形鋸に向かった。いつもなら忠三郎が押し手、市治郎が引き手に組んで材木を挽くのだが、今日は古い職人を押し手に、忠三郎が引き手に回った。製材板に材木が乗り、回転する鋸に触れると、木の破片が飛ぶことがある。それを上手にかわさねばならぬので、油断は許されない。 仕事にかかってそうそうである。黄色い蝶がしきりに舞っていた。きーんと鋭い音が真っ向から忠三郎を襲った。瞬時、黄色い蝶が、真っ赤に見えた。 薄暗い間道を緩やかに落下して行き、地底に転がった。忠三郎は起き上がり、底に開けた幅の広い道を歩き始めた。重いうっとうしい粘つくような曇天である。 かなり歩いたと思う頃から息苦しい空気も次第に爽やかになり、空も明るさを増した。忠三郎は深呼吸した。やがて道は行止りになる。見渡しても誰一人いない。困ってしゃがんで考えていると、忽然と現われた見知らぬ老人が声をかけてくれた。「お前が来るのを待っておった。お前はまだ現界に御用がある。すぐに帰らんと肉体がもたんぞ。近道を教えよう。これから左へ向かって走れ。二度と再び我を出してはならんぞ」 老人の指した左手にはいつの間にやら道がついていた。驚いて、この時ばかりは素直に教えられた道を走り出した。 ――早く、早く、間にあわん……と、懸命に走り続けた。
 ひどい出血であった。昏倒し、人事不省の忠三郎の顔面から血が吹きこぼれるのを見ただけで、近くの内科医は手をつけかねた。父捨治郎は、この時になって初めて神頼みに気がつき、立ち騒いでいる兄弟たちに叫んだ。「ご神前のお神酒や。誰かお下げして来い」 自宅から届いた神酒を口に含み、血だらけの忠三郎の顔に吹きつけ、歯をこじあけて喉に流し込む。初めて忠三郎は身もだえて苦しげに息をつき、瞼を持ち上げた。 新町姉小路の元府立医大の外科医長が呼ばれ、止血のための緊急措置をし、担架に乗せて病院へ運び込んだ。 一時間後、忠三郎は、もうろうたる意識のもとに手術台にいた。鋸から跳ねとんだ木切れは鼻骨をへし折っていた。骨片は右の頬へ食い入り、鼻の肉がそげて皮一枚でぶら下がっている。 大手術になった。左側の切れ口からは砕けた骨が取れないので、右側を二寸以上も切ってようやく取り出す。ぶら下がった肉は縫いあわされた。 忠三郎は再び意識を失って、昏々と眠り続けている。眠りは幾昼夜果て無く続いた。「どうでっしゃろ。助かりまっしゃろか」 次男政治郎の葬式を出して、また三男のこの騒ぎである。捨治郎は上眼づかいに医者の顔色をうかがった。 外科医はなまじ希望を持たさぬがむしろ慈悲というように、冷静に宣告する。「出血多量のために脳を冒されてしまっとる。まず命は保証できん。それに鼻孔がふさがって呼吸できんから、口だけのわずかな息や。万一助かったとしても白痴になるやろ。眼もことによると一つは助かるかも知らんが、両眼とも失明する可能性が強い。覚悟だけはしときなさい」 捨治郎は唇を開き、乾いた声を絞りだした。「阿呆になって生きるのは可哀想すぎる……そんなことなら、何とか楽に死なせたっとくれやす」 三日目、田中善臣(旧名善吉)が教祖直の命を受け、綾部から佐藤家を訪問した。忠三郎のけがを、綾部に知らせていなかった。善臣は、自分では腑に落ちかねる伝言を心細げに告げた。「教祖さまがこう言いなさるでなあ。『京都の佐藤はんの弟息子さんはなかなか我が強うて大神さまのお言葉を素直に聞かん。聞かな聞くようにいたすぞよというお気づけを頂いて、いま病院に入ってござる。お前、見舞いに行ってきておくれ。そしてな、医者がなんというても気にせぬようにな。神さまはお気づけしなはっても、阿呆やかたわ者にはなさらぬから、しっかりおかげをいただきなさるように。それから退院したらすぐ大本へ来て神さまの御用をするように言ってやっておくれ』、なんのことやらわからんさかい、見当とれず、ともかく来て見たんどす。『行ったら分かりますで』としか言うてくださらん……それでも、あの息子はん、どうしとってどす」 捨治郎は、言葉を忘れたように善臣の戸惑う顔を眺めていた。 佐藤忠三郎が病室で意識を回復したのは十二日目である。医者が試す幼稚な質問に、苦笑しながら答えることができた。
 医者が驚くほど、忠三郎の回復は早かった。脳の働きは前と変わった兆候もなく、両眼の失明も奇跡的に免れていた。それでも退院できるまでに、三ヵ月が経過した。 家へ帰って自室に入り初めてこわごわ鏡を見、これが自分の顔かと愕然となる。 形の良い鼻はどこにもなかった。町の飾り窓に映る我が姿に満足していた、あの自慢の器量はどこへ行った。信じられなかった。首から上が化け物と入れ替わったのではないか。 眼も鼻もどす黒くむくんでいた。伊達な八字髭は剃り落とされて、いかにも間が抜けていた。鼻の両側に、箸の太さぐらいの溝が、五センチぐらいの長さにわたってえぐられている。おまけに両端の傷口の上部には、小指の先程の穴がぽっかり開いている。医師はそこにガーゼを埋め込んでいた。 他人の顔なら遠慮なく吹き出して笑うところだったが、忠三郎は、笑えも泣けもしなかった。退院して三日間、暗い一室に閉じこもって悶々とした。 一日の、一瞬の不注意で、あたら満二十二歳の我が花の青春は散ったのである。 ――残酷や、無茶苦茶や、神さんもあんまりじゃ。 自分が哀れで、かわいそうでならなかった。この顔は、もう人中に出せる顔ではない。誰にも知られん山の中ででも暮らしたい。けれど、どこへ行けば良いのか。 ふと、田中善臣が見舞いに来て父に伝えたという、直の言葉を思い出した。さらにまた兄の葬儀の日、王仁三郎の「鼻っ柱の強い奴やのう。よいかげん改心せんと、その強情我慢の鼻っ柱をへし折られるぞ」といった言葉も鮮明によみがえった。 ――どこへ行っても笑われるのが落ちや。ままよ、しゃくやが都落ちして丹波に引っ込むか。 思い立ったその日のうちに、荷物をまとめて京を出た。その決心を喜んだ父から、甘い言質も得ていた。「お前は家のためにこんなになったのやさかい、お前の心のままに綾部に行って、ゆっくり静養させてもらえ。わしの達者な間は、金のことなど心配させんからな」 人目を避けて汽車に乗った。丹波路は降り止まぬ梅雨にけむっていた。「ああ、佐藤はんかい。よう来なさったなあ。まあ、良い顔になって。それでこそ神さまの御用に使うてもらえますわいな」 それが、重たい心で挨拶に出た忠三郎に対する直の第一声であった。 澄が無遠慮に笑いだした。「ほんまに佐藤はん、見直す程よい顔になっちゃったなあ」 忠三郎はむっとした。神さまがありがたくて来たのでもなく、兄の亡霊や父のすすめに従ったのでもなく、自分の相貌のあまりの変わりように悲観して世捨て人の心境で来たというのに……。 聞かな聞くようにして見せるぞよと艮の金神さんは言うたそうやが、なんちゅう強引な神さんや。腹立ちを越えて情けなくなった。 取り成すように王仁三郎が言った。「良い顔になったというのは佐藤はん、ほんまのことやぞ。あんた、元の顔のままやと女難の相でのう、良い道を歩めんようになっとった。その顔になってこそ初めて御用ができるように、神さまがちゃんとうまいことしてくれはったんやで。その代わり、あんたの霊衣が厚う、丸うなってきたわい」 忠三郎は、まだ回復しきれぬ体を東四辻の田中善臣の家に休めて、横町の吉川五六医師にかかっていた。傷口のガーゼの詰め替えに通ったが、小指の先程の二つの穴は、いっこうにふさがらない。 ある日、直が言った。「佐藤はん、お医者に通いなさるのは良いことです。それでもそれと一緒にお土さんを肉のへこんだところに貼りなされ。肉が盛り上がって、穴をふさぐさかいなあ。お土は大地、大地はものを生み、育むのやで」 忠三郎は心で笑った。 ――ふん、これだから田舎者はかなわん。薬いうもんがある世の中に、泥なんか傷口に入れてみい、黴菌でも入ったら元も子もない。 それでも例の『聞くようにして見せるぞよ』の手が怖かったから、「ハイハイ」と返事だけはしておいた。 十日ほどたって直に呼ばれ、常になく荒々しい言葉で叱りつけられた。「なんと佐藤はんは我の強い、ほんに我の強いお人や。お土をつけるとすぐ治るのに、早う塗りなさらんか」 不貞腐れた態度で直の面前を下がり、お庭の間を通った。のぞいてみると、吉田一が机に向かって筆先を拝読していた。この前見た時は布団に身をもたせて読んでいたが、今は足を投げ出して坐れるまでになっている。「お土なんか塗りつけて大丈夫どすか。ほんまに効きますか」と質問しかけ、忠三郎は急に止めた。静かに目礼する一の穏やかな眼の色が、忠三郎のかたくなな疑いをふっ切ったのだ。「畜生、お土をつけてみるか」 最初、柔らかく御神水で練ってみて、遠まきにお土を塗った。ひんやりして思ったほど不快ではなかった。思い切って傷口に近寄せた。傷穴から土の汁がずくずく通って、鼻孔から滴り落ちた。その次から固めに練った。 やりかけたら面白いように肉が盛り上がってくるので、忠三郎は熱心につけてつけてつけまくった。 一ヵ月目、忠三郎は王仁三郎を捕まえてこういった。「管長はん、お土はよう効きますなあ……」「阿呆……」 王仁三郎は笑いだした。「鼻の佐藤」とひそかに綽名された忠三郎は、鼻じゅう泥まみれにして、声をあわせて笑っていた。
 明後日は金龍殿上棟式という大正三(一九一四)年四月九日であった。ひっきりなしに出入りする人の群れの中で王仁三郎も澄も上棟式の準備に忙殺されていた。龍門館から走り出てきた娘が、悲鳴を上げて澄にしがみつく。「……六合大さんが……六合大さんが……」 澄は聞き終わらぬ先に宙を飛んでいた。六合大は小さな手足を痙攣させ、顔色を変じていた。澄は抱きかかえるなり、教祖室に走る。吉川医師にも使いはとんだ。 王仁三郎が急を聞いて駆けつけた時、六合大は直の膝の上で息絶えていた。日頃は澄が背負うか王仁三郎が抱いていた六合大を多忙にかまけて人の手に委ねたのが悪かった。可愛さのあまり、誰かがおいしいものでも与えたのであろう、ぽっちり上下に歯が生え始めていて、なんでも口にしたがる頃であった。医師は急性の食中毒といった。死亡時刻午後二時――。 あれだけ王仁三郎が待ち望み、執念を燃やして得た男子である。この世にあったのはわずかに二百二十日。あまりにも、あまりにもはかない命であった。 王仁三郎は、大きな体を転がせて呻き泣いた。その泣き声が、神苑内に響き渡った。 見かねて、直は慰めた。「先生、大本で男の子は育ちまへんで。これも神さまのお仕組みですさかい、余り嘆き悲しまずに六合大の神界での御幸を祈ってあげなされ」 止まらぬ嗚咽にむせびながら、王仁三郎は涙まみれの顔を振り向ける。「そんなこと知っとるわい。霊界に生まれた霊子は一度は現実に生まれてこんなん。これが神定めの手続きじゃ。神命によって現界に生まれ、神命によって霊界に入る。霊体不二、生死一如や。わしはただ、この世で六合大を預かっただけじゃい。手続きが済んださかい、あいつはもう行ってしもた。よう知っとるのや。それでもあんまりやないか。あんまり早すぎる。まだ父ちゃんとも言わんうち、さらわれてしもたんや」 わめきつつ、耐え切れぬように転げ回る。信者たちはしんとなって、あまりに派手な管長の取り乱しように気をのまれていた。「なした大袈裟な男やいな」 澄が呆れて呟いた。王仁三郎に悲しみを全部独占されたようで、時々胸がうずくことを除けば、比較的冷静でいられた。 亭主がこれなら私がしっかりせねばならんという思いが強かった。 四月十一日、それでも王仁三郎は、金龍殿上棟式の斎主を勤めていた。 翌十二日、天使のようにあどけない幼さのまま、白無垢にくるまれて、六合大は小さな棺に納められた。気丈にも澄は涙一つ見せず、王仁三郎に代わって葬儀の弔問客の相手を勤めたが、王仁三郎ははた目もなく遺骸に向かってかき口説いていた。「誰が決めくさったか知らんが、大本はのう、男の子は育たんところやそうな。わしは現界でせんならん仕事がたんとあるさけのう、霊界にまでお前に会いに行くことはでけん。お前が生まれ変わって来い。もう無理は言わんさけ、今度は女の子に生まれ変わってくれよ、ええか、今度は女の子にやぞ……」
 四月十九日朝、吉田如衣(二十三歳)は教祖室の直から御神水を頂いて、渡り廊下を下ってきた。片側の雨戸を締め切った薄暗い王仁三郎の部屋から、今日も啜り泣きが洩れてくる。如衣は廊下に跪き、障子の間からそっと手を合わせた。 六合大が死んで十日目であった。小さな白木の霊璽が燈明にほのかに揺れている。片隅に、大きな体を寝転ばしているのは王仁三郎、幼い一人息子の死のいたみに耐えかねてであろう。が、突然愛児を取り上げた神のやり方が気に食わなくて、不貞腐れていつまでもぐずり泣いている……というふうにも見えた。 日頃、生死を越えた顕幽神三界の救世主をもって自認する大層な勢いの管長さんが、我が児の死ともなるとこうも諦め悪く、理性の一かけらさえ失くするのか。信者たちの眼もあるのに、あまりにも女々しく頼りなさ過ぎるのではないか。 六合大の霊は二百二十日の現界での生を終え、弥仙山に旅立った。明二十日は「その六合大の霊を迎えに行き、世にある神々と落された神々との和合を願って大本に鎮めよ」とのお筆先も出ているのだ。その神示を奉じて、明日の弥仙山参りの準備のために、母である澄をはじめ信者たちが悲しみを越えて立ち働いていると言うのに。 お庭の間に戻って、如衣は縁先の障子をいっぱいに開けた。陰鬱な病床にある弟のために、少しでも春の陽光を差し入れてやりたい。 一は起き上がり、自分で両足のギプスを解き始めた。ギプスの内側の水気をなくしたお土が白く固まって、お面のようにこっぽりはがれてくる。砕いたお土の粉を御神水で滑らかに練りあげながら、如衣が言った。言外に思わず批判がこもっていた。「……管長さんたら子供みたい……まだ泣いてはる……」「そうか……、十日にもなるのに」 そう呟く弟の眸に同情の涙を見て、如衣ははっとした。王仁三郎の人間臭さ、人目も構わぬ嘆きぶりを、弟は少しも咎めようとはしていない。長く激しい痛苦に痛めつけられた闘病生活が、人の不幸やいたみへの洞察をそれほど深めているのか。六つも年下の弟でありながら、この頃の一の内面の変化成長ぶりに如衣は驚かされる。 同志社中学での、あの兎狩りの発端の日から数えて一年半、大本へ駕篭に担がれて移ってきてから十カ月が過ぎていた。骨髄炎は両足ばかりか一の進学の望みを無残に打ち砕き、夢多き未来を奪った。肉体的苦痛とともに、否それ以上激しく焦慮と苦悶は十五歳の少年の心を引き裂き、荒廃させて行った。 思うがままに振る舞えたこの世の春から一転して、悪意にみちみちた血膿の沼に落ち込んだのだ。最高の医術が見放した地獄の淵に手をのべて、ともかく激痛の日々から引き上げてくれたのは思いも掛けぬ艮の金神であり、大本のお土であった。お土は体内の毒素を吸い上げ、こわいばかりに血膿を汲み出してくれた。 ある時、爛れた膝上の傷口から、マッチの軸より太めの白いものが頭をのぞかせた。如衣はこわごわピンセットで引き抜いてやった。二寸ぐらいの羽の形をした腐骨であった。そんなことが二度もあって、一の硬直していた左足が自由に曲がるようになった。 度重なる手術に痛めつけられ、あげくに切断を告げられた足が自分のものにかえったのを、一は知った。「帝国大学の医学博士でも人間を物体としてより扱っとらん。生きものは霊肉一致で救うてやらなあかんのや」 王仁三郎の言葉が、素直に一の心を開いて行ったようだ。 母に代わって看護をする如衣には、弟の心の微妙な変化が手に取るように分かる気がする。毎日のように見舞いに来てくれる教祖出口直の暖かい微笑も慕わしげだ。 父母が入信していた大本など、これまでの一には無縁であった。一がどうにか理解できる神は、哲学的概念としての神か、同志社で学んだキリスト教的造物主まで。艮の金神など迷信もいいところ、巫女や稲荷下げの類の俗悪さをしか感じていなかったのではないか。 両足の回復と共に、一は大本の神を知りたいと切実に願い出していた。先ず、艮の金神の意志であるという筆先の拝読を始めた。立身出世の道を捨て去り、清貧に甘んじながら神への献身に生きる湯浅仁斎一家や、まわりに見る大本人種の誇りを、読み進むにつれて理解しだしたようだ。 誰にも強いられず、朝夕、布団の中から神に手を合わす。幾度となくつけ替えるお土にも、軒端に見える月影にも、ふっと合掌している一――。 たとえこのまま立てずに終わろうとも、自分の前に開かれてきた未来を信じ、あるがままに受け止めて、明るく生きよう――。 苦悩を乗り越えて一つの安らぎに達した少年の魂を、無言のうちに如衣は感ずる。
 ――もういっぺん一兄さんのいる綾部へ行きたい。 思い立つと抑えようもなかった。吉田兌三は、母につきまとってきかなくなった。母は六合大の葬儀に参列できなかった代わりに、一の見舞いもかねて、明日は弥仙山参拝のお供をする予定である。「お父さんが許さはるはずおへんやろ。五年生の新学期が始まったとこやないの」「学校は休む。二日や三日休んだってかまへん」 もてあまして、つるが龍治郎に訴えた。「兌三、お前は学校が大事か綾部が大事か、よう考えてみい」 居丈高に叱りつける父に、けろっと兌三が言った。「綾部の神さんの方が大事や」「ば、ばか……」 しかし、父の怒声からは力が抜けている。不用意に神と学とを並べてしまったのはまずかった。つるのまなざしにさえ、「神と学との力比べであるぞよ。神には勝てんぞよ」の筆先の文句が浮かんでいる。「あんなに言いますさかい、二晩泊まりですぐ帰りますから……」 龍治郎はぼやき始めた。兄の一がもう学校に復帰できぬとなれば、吉田家の望みは一筋にこのやんちゃで優秀な弟の肩にかかっているのだ。その大事な息子を三日も学校を休ませてまで……。 押し問答がしばらく続いた。兌三は粘り抜き、とうとう父の許しを勝ち取った。 兌三はつるをせかして朝まだきに矢代を出発、番頭に荷物と提灯を持たせ、三里の道を歩いて殿田に着いた。殿田から下り列車に乗って一路綾部へ。 夏休みに見た時と、兄の感じはすっかり違っていた。病悩に打ちのめされていた可哀想な兄は、どこにもなかった。「そうか、学校休んで、よう来れたな」 そう言って笑った兄の表情も、声も、いつか大人のものに変わっている。十五から十六へ少年期を乗り越え、青年期へと身も心も脱皮していく兄、まぶしい思いで兌三は仰いだ。 四月二十日、弥仙山の山は晴れ渡っていた。出口家より出口直・王仁三郎・直日・梅野の四人、参列者は二百余名。澄は幼い八重野と一二三の守りとして留守居役であった。綾部駅から乗車し、十数分後には梅迫駅に到着、ここから一行は駅前の街道を右へとり、約一里の道を於与岐の八幡宮へ向かう。 梅迫駅には一台の新品の人力車が待っていた。この人力車は、澄がよく利用した上町の質屋吉田鹿次郎が直のために献納したもの。その価値は現今の自動車にも匹敵した。 少し前に、直は中庭へ下りようとして、切株のくつぬぎにつまずき、足をくじいた。結婚前叔母ゆりの亡霊に悩まされて生死の境をさまよった時以外、病気やけがなどする暇もなく過ぎた直であったのに。 七十九歳になっても、毎朝の畑仕事を欠かさぬ直に、神は言った。 ――直よ、畑はもう良い、筆先の御用だけにせい。 直は口を返した。 ――それでは畏れ多うございます。私はまだまだ働けますさかいに……。 足をくじいたのは翌朝であった。 直は畑仕事をあきらめ、神意のままに筆先に専念することとなった。元気が衰えたつもりではなかったが、くじいた後を心配する信者たちの誠心に乗って、直は人力車に身を委ねた。出口慶太郎・竹原房太郎が、車夫となって梶をとった。 吉田兌三も母と共に嬉々として一行に加わっていた。去年の夏、アカンベーをやりあった仲の王仁三郎の次女梅野とは、すぐ仲良くなった。人力車の後となり先となってふざけあいもしたが、胸を張って常に先頭に立つ姉娘直日には近寄りにくかった。髪をきりりと後ろで束ね、黒っぽい縦縞の着物の肩いからしてもも立ちを取った姿はどう見ても男の子である。直日は女学校一年生、兌三は小学校五年生、一つ年上に過ぎないのだが、早生まれと遅生まれで学年が二つ違うせいか、ずっと年長に思える。「三代さま」と信者たちに尊称されて他の姉妹とは別格らしいが、兌三も敬遠することにした。 八幡社に参拝して境内で昼食、山頂まであと一里の行進である。耳を澄ますと、山桜の残る谷川のせせらぎに混じって河鹿のまだ幼い声が聞こえた。中の宮の社前で一同待ちあわせ、頂上の宮を目指す。山道にかかると、直の乗る人力車には何人もの男たちが取りついて、担ぎ上げて運んだ。 頂上の宮の六合大の霊を向かえる祭典が終わって、一同思い思いにくつろぐ。 お山の大将の気分を味わいながら、兌三は下界を見渡した。於与岐・梅迫の村々がうねうねと曲がって山合いに点在し、その背にうす青くとけかかっているのが舞鶴湾の一部らしい。春霞がたなびいていて、湯気に曇った鏡を見るようにぼやけていた。「坊、坊……」 誰かが呼びかけた。振り向くと、老樹の根方に坐ってお神酒に顔を火照らせた森津由松が手招いている。「ほれ、吉田の坊、呼んどってやで。あんたのことやでよ」 森津が社前の方を指した。「ぼく? 何やろ」 あたりに母つるの姿が見えなかったが、出口家の人たちや役員が談笑している社前のかたわらに元気よく進み出た。 梅田信之が、立ってきて兌三の肩を抱くようにし、囁いた。「教祖はんが坊にお盃を下さるそうな。さあ、三代さんと一緒にお上がり……」 見あげると教祖直がひとり、神殿の奥に坐っている。言われるまま、兌三は直日と共に階段を上がり、神前に並んで坐る。信之が湯飲みを手渡し、直がそれに神酒すずを傾けた。兌三は飲み干して、「なんだ、水か」とがっかりした。 飲み終わった湯飲みは、田中善臣が自宅から自分用に持参したものであった。飲み終わって、きょとんとしている少年少女を見比べて、直はさもいとしげに微笑した。この不意の盃ごとはすべて無言でさりげなく行なわれたが、直以外、この意味を知るものはなかった。 やがて教祖に従い神殿を下りてくる少年吉田兌三に、広場にいた信者たちの目が集まった。兌三の母つるにしても、思いがけない出来事をただ大勢の人の肩越しに眺めるばかりであった。 帰途、直は中の宮まで竹原房太郎の広い肩に背負われ、後は人力車、一同も六合大の霊璽の供をして、神詣りの清々しさを胸に弥仙の尾根を下って言った。 梅迫から綾部までの短い車中であった。王仁三郎がわざわざ立ってきてつると兌三に話しかけた。「坊、今日来て良かったのう」 それからつるに真顔で言った。「この子をつれて弥仙山にお詣りせなんだら、今ごろこの子は死んどったで」 びっくりして見あげるつるに、王仁三郎はひとり合点した。「ともかく、矢代へ帰んでみい、わかるわい」 大本へ帰ってから、つるは気がかりな二つの出来事を如衣と一に伝えた。思いがけない神殿での盃ごと、不気味な王仁三郎の言葉は、二つながら解けぬ謎であった。 翌朝、つるが辞そうとすると、澄が弾んだ声で言った。「昨日、弥仙山で盃ごとがあったげななあ。その意味を考えてみたんじゃがええ、あれはきっとこの坊と直日と結婚させいという御神示じゃと思いますで」 あまりに唐突な話で、つるはあいまいに微笑し、別れを告げた。 昼下り、つると兌三は周山村矢代の村道を戻ってきた。桧皮葺の大屋根といかめしい吉田家の門が見えてきた時、つるはほっとして足元を緩めた。王仁三郎の不穏な言葉に、もしや留守中に火事でもと、胸が震えていたのだ。 男衆が庭から、女中が家内から走り出て迎えた。玄関の板戸と磨きぬかれた式台に数カ所、生々しい穴が開いているのを目ざとく見つけ、つるは眉をひそめた。「まあ、ひどいこと。これは誰がいたずらしたのえ」 女中たちが口ごもるうち、羽織袴の外出姿で龍治郎が出てきた。妻の挨拶もそこそこに受け、留守中の異変を語る。 昨日、つまり弥仙山参拝当日の四月二十一日午後おそく、籾種を巻き終わった苗代に数羽の烏が集まり、籾をついばんだ。龍治郎の次弟祐定(三十八歳)が烏退治を思い立ち、倉から村田連発銃を引っ張りだしてきた。玄関前で薬莢を詰めて操作しているうちに弾倉が破裂し、一瞬の間に右の親指を吹き飛ばされた。板戸や式台の破損は、食い入った弾の破片の名残であったのだ。「ちょうどよかった。わしは今から病院へ祐定の見舞いに行くところどす。お前もこのまま一緒にお行き……」 つるは、血の引いていく顔を兌三と見合わせた。震えが止まらなかった。もしあの時、兌三に無理矢理留守をさせていたら……。「見とれよ、兌三。叔父さんが悪い烏を退治しちゃるさかい……」 子供好きの祐定は、学校から帰った兌三を呼んで得意げにそう言おう。勇ましいことが何より好きな兌三である。叔父にまとわりついて離れまい。暴発した村田銃が奪うのは、叔父の親指ひとつであったろうか。否、否、ちょうど同じ時刻の車中で、「今ごろこの子は死んどった」と真顔で告げた王仁三郎の霊眼は見抜いていたのだ。板戸や式台ではなく、傍らの少年の肉を貫く弾痕を――。 血まみれの兌三が血を吹く祐定の右腕に倒れかかる姿が、つるの脳裡に浮かぶ。つるは兌三の手を握りしめ、綾部からの足を返して夫に従った。 追いかけるようにして、出口澄から吉田家に巻紙の手紙が届き、その内容が一家を驚かせた。 ――手紙にてお願い申しそろ。先日おこしの時お話をしてゆきました坊さまは、神さまの三代であります。そなた、どうど(ぞ)下されませ。結構なことになりますゆへ、ご返事下され。待ております。(原文平仮名のみ、句読点なし) 筆を持ちつけぬ澄が、これだけのことを書くのでも、容易でなかったであろう。文面は至極簡単だが、その含まれている意味は重大だ。兌三を出口家の養子に貰い、将来、三代直日の婿にしたいという希望である。 龍治郎は、この問題で頭を抱え込んだ。他家へやるなど、夢にも思ったことのない大事な息子を……。 それが癖の長思案のぶとくりを発揮し始める夫を、つるは辛抱強く眺めた。 夜も更けてから、夫妻は向き合った。「弥仙山の盃ごとは御神意どす。神さまにはさからえまへん」 つるはおだやかな語調の中に熱を込めて夫を説きつけた。あの時に兌三を連れていくつもりなどなかったのだ。前日、本人の意志に押し切られてのことであり、直の人間心で予測し計画できるわけはなかった。もし大本を知らなかったなら、あの日、あの時、兌三は猟銃の弾に当たって死んでいた身に違いない。神さまはその兌三を呼び寄せて、新しい命の盃を下さった。出口家の子としてのだ。一にしても、京大病院にあのままいれば、片足もう片足と切り落とされて、ついには落命したか知れぬのに――。失うべき息子ふたりを艮の金神に助けられたのだ。神さまのお望みを、人間心で左右できない。 つるには迷いはなかった。しかし龍治郎の決断はなかなかつかず、ついに親族会議で決めることになった。 駆けつけてきた京都の弟吉田英吉と葛野郡小野郷村に嫁いだ上の妹和田のぶが、強硬に反対した。「子供が四人いるいうても八重野は嫁入った身、如衣も女や。一の足では家を継がしてもおぼつかないし、頼りになるのは兌三だけやないか。それをなぜすき好んで他家へ養子にやらんならん。おまけに直日さんは兌三より一つ年上やし、男の子のような娘やそうやないか。そんな娘の婿はんでは、兌三がかわいそうや。信仰に呆けるのもほどほどにせい。教祖はんいうても元は大工の後家、屑買いの婆さんや。吉田家とは格式からして釣り合わんやないか」 それが反対理由である。この山国地方では林業や農業が生活基盤であり、労働のためには健全な五体を要求される。一が足を悪くしてから、吉田家を継ぐ比重は弟の兌三に傾き始めていた頃だ。周山村字西へ分家した下の妹ナヲと夫鶴之助、四年前北桑田郡弓削村の牧寛次郎(二十七歳)に嫁した長女八重野夫妻は財産とか格式だけでは割り切れぬものを感じてか、つるの意見に耳を傾けていた。 龍治郎は断を下せぬまま、兌三の気持ちを尊重する事とし、結論を翌日に持ち越した。 昼間の暴れん坊兌三が、夜は無類の甘えん坊に豹変する。つるは十二になる兌三の寝巻を着せ変えてやりながら、さりげなく切りだした。「大本の教祖さまがなあ、お前を出口家の子供に欲しいというてなはるんどすえ。ほれ、頂上のお宮で三代さまと二人にお盃下さったこと、あれが神さまとのお約束やったんどす。ちゃんと神界では決められとることかしれんなあ。兌三、お前の気持ちの通りにしたいと、お父さんも叔父さんたちも言うてます。どうしなはる」「ぼく、いやや、母さんと離れるのん、いややで」 兌三は甘えた声で叫んで、母の首に抱きついた。いつものように添い寝してくれる母の懐に頬を押し当てて、もう一度兌三はぐずった。「ぼく、どっこも行かへん、よいやろ、母さん」 深い考えなど、めぐらす気もなかった。そう言えば母が喜ぶと思っただけ。しかし期待したほど母は反応を示さなかった。それが不満で、いっそうぐずりつつ、いつか眠った。「起きなさい、兌三や」 厳しい母の声に目覚めた。母はきちんと着物を着たまま、枕元に坐っていた。眠い眼をあけて、いつもの習慣通り、夜中のおしっこに行った。長い廊下を伝って便所から帰ってくると、廊下の途中に母が待っていた。「兌三、あっちを見とおみ」 母の指差す先には、鬱蒼たる木々が生暖かい夜風にざわめき立ち、押し並んでいる共同墓地を囲んでいた。「あの裏のお墓に古い杉の木がありまっしゃろ。大本の子になれと言う神さまの言いつけ聞かんとなあ、天狗さんがさらって行って八つ裂きにして、ほれ、あの杉の木の枝に掛けはるか知らんえ」 震え上がって、兌三は母にしがみついた。「母さん、ぼく、大本の子になる」 母に抱かれても、今度はなかなか寝つけなかった。 綾部に行けば一兄さんがいるし、如衣姉さんもいる。母さんも父さんも、みんな代わりあってお参りに行くから淋しいはずはないと、母は繰り返し慰めた。 兌三は別のことを考えていた。綾部は決して嫌いではない。二度行ったきりではあったが、あの神々しい教祖さまがおばあちゃんになると思うだけで胸がときめいた。 出口王仁三郎という小父さんも悪くない。ずっと以前から、王仁三郎は矢代へやって来たが、父母は特別の客として客間に通し、もてなしている。 吉田家のような豪家でも、実生活は驚くほどに約しやかであった。傾いた家運を一代で起こし直したほどの父龍治郎である。一粒の飯も拾うて子供に食べさす厳しい方針であった。元旦に貰う一つの蜜柑で、兌三は三日ほど遊びつくす。一粒一粒さんざんなぶってやっと味わう。一度に食べるのは惜しかった。それぐらいつましかった。だから兌三にとって、王仁三郎の前に出される餅菓子やカステラの類は垂涎の的なのだ。 それを狙って、客間にちろちろ出入りする。客が一人なのを見すまして庭から入り、さっと卓上の菓子をかすめる。「おいおい……」 呼び止める王仁三郎の顔がはにかんでいた。「何ぼでもやりたいけどのう、わしがそれを食ったと思われたら恰好わるてかなんわい。頼むさけ、半分残しといてくれや」 無作法で行儀の悪い人かと思うと、妙なところに羞恥心や遠慮深さをひそめていた。それが面白いので、なおのこと隙を狙って鳶のように襲撃し、王仁三郎を慌てさせてやった。風呂へもいつも一緒に入った。おもろい話をせがみながら、全身を洗ってもらうのが楽しかった。ぶつぶつ小言の多いやかましやの父よりは、ずっとうまくやれそうだ。 二代さまといわれる人にはあまり馴染みはなかったが、母に負けずきれいだと思った。子供たちが女ばかりなのは喧嘩相手に不足だが、けどお祭りはしょっちゅうあるというし、人もたくさん出入りする。山の中の周山村よりはずっと賑やかで、変化もあろう。にぎやかなこと、変化の多いことが兌三には何よりも魅力だった。 もう一つ、大本の子になれば素晴らしいことがあった。あれだ。えーと、あれは何だっけ……。兌三は考え込む。すぐそこまで分かっていてどうしても出て来ないもどかしさに、兌三はひとりじれた。
 大正三年五月十七日、梅田信之が人力車に乗って、矢代まで迎えに来た。吉田家は大騒ぎだった。 その渦の中心にいながら、兌三は新調の絣の着物と袴を着せられて、客人のように信之と客間に坐っていた。信之の秀でた鼻の日焼けしているのばかり、妙に気になった。 信之は、しんみりと兌三に言った。「あんたには、大本のことをしっかり勉強してもらわんとあかんでなあ。水晶のようにきれいな魂のままでおらんとなあ。世の中に出たんでは、すぐに世間の悪に染まって、大切なお役に立たんようになる」 その日の午後、信之の膝に抱かれ、人力車の相乗りで吉田家を後にした。信之の肩越しに手を振って、門外にまであふれる大勢の見送り人と別れを告げた。泣いている母を見た時、胸がこみあげてきた。その高揚した気分で、大本に行ったら立派な人になろうと決意もした。 殿田駅に近くなって、ひらめくように十曜の神紋が目に浮かんだ。 ――そうや、あれやった。大本の黒門のところについていたあの紋がぼくのものになるのや。 思い出せなかった大本の子になるもう一つの喜びを、つかんだと思った。兌三の心は遠ざかる矢代を離れて、綾部へとんでいた。 兌三の出口家入りを機に、兄の一はお庭の間から別荘と呼ばれる龍門館の離れに移っており、兌三はその部屋で兄と一緒に暮らす手はずが整えられていた。この縁組を、一は重大な出来事と受け取ったらしく、兌三に示す兄の表情は厳しかった。 出迎えた出口直や澄の顔には喜びがあふれていた。王仁三郎は別荘までついてきて、兌三に言い聞かした。「六合大の神霊迎えの時に、お前は弥仙山の頂上で教祖さんからお盃を頂いた。お澄のやつ、それを聞いてこういうのや。『大本では男は育たんさけ、今日まで矢代で育ててもろうた子供に違いござへん』と……吉田家へも澄が勝手に交渉しよった。それを知って、わしは梅田はんに仲人になってもろた。そんな勝手な事されても怒れんのが、養子の辛さや。けどお前は、生まれた時から出口家の子やと思え。だから六合大を継ぐという意味で、大二と名乗ってくれ。大二と書いてひろつぐと読む。今日からお前はわしの息子や。新しい名前は大二やぞ」 その言葉には、六合大を失った悲しみを新しい男の子でいやそうという願いがこめられているようであった。 その日のうちに転校の手続きがとられて、翌日から兌三は、綾部尋常小学校に通学する。

表題:金神の篭池  10巻5章金神の篭池



 ――龍宮の乙姫殿には、お住いなさる、お遊びなさるところをこしらえて上げますのざ。出口直に初発に型がさしてあるぞよ。この近くの屋敷のうちに、ざいぶ(大分)大きな堤も掘らなならんぞよ。(明治三十七年旧十二月十八日) ――今度の二度目の世の立替えについて、もとの陸の龍宮館へ立ち返りて、お宮が立ちて龍宮の乙姫どののお池ができたら、物事は神のほうは成就いたすから、今の世話がご苦労なれど、後のお宮になりたら相住まいではおれんから……。(明治四十二年旧七月十八日) 龍宮の乙姫の鎮座する池を神苑内に掘らねばならぬことは、明治三十七年からすでに筆先に示されていた。それから十年を経た大正三(一九一四)年夏、王仁三郎は「いよいよ龍宮の乙姫さんの池を掘る」と宣言する。 構想は雄大であった。金龍殿西北に大きな池を掘り、池の中央に冠島・沓島の二つの小島を作り、小さな宮を祀って小舟で渡る。池の西側に大和島を作り、北と南からみろく橋をかける。池の東南隅から突き出た小島を蛙声園と称し、小さな茶室を設ける。南の池畔には、蝸牛亭を建てる。池の東側にも島を作り、大八洲神社を造営する。将来は池をさらに西に広げ、東西の池を幅広い水路でつなぎ、そのうえに本宮橋をかける。全部完成すれば三千余坪の人工池が神苑内に満々と水を張り、お宮のある小島や橋の影を映す。あたりは総称して金龍池と呼ばれるはずであった。 王仁三郎は、その構想をひそかに直に語った。 神意の実現として非常に喜んだ直は、最後に池という名称にだけこだわった。「この人間界での型は確かに池じゃろうが、神界に映る姿はそんな小さなものではございません。八百万の御龍体の神々さまが皆お集まりなさる大きな海やさかい……」 王仁三郎は、即座に金龍海と改名した。 金龍海の第一期工事予定地は野菜畑であった。この畑地は王仁三郎が入手して以来、雑草はびこる野に戻しておいた。潔めるためにだ。 それを知らぬ澄が、「なんちゅうもったいないことを。大本の手に入れながらこんな荒れ地にしてほかしておいては、神さまの罰が当たりますわな」と嘆き、奉仕者を励ましてぼうぼうたる野草を抜かせ、耕して人糞を入れた。王仁三郎が黙って芽を出した野菜を抜いておく。澄がまた植える。そんな争いを繰り返していた土地である。 後年、ある人が不満に思って聞いた。「お池を掘る土地を潔めるために野に戻すと一言おっしゃって下されば、二代さまだって畑にはされないでしょうに……」 王仁三郎は敷島をくゆらしながら、遠くを見る目つきをした。「悪魔のさやる世の中、おしゃべりの多い世の中や。もしここに金龍海を掘ると明かせば、神のお経綸にどんな邪魔が入るや知らん。おまけにまだ次々と土地を買収して神苑を拡張せねばならん時代やった。もし神苑になると分かれば、地価は一度に暴騰するやろ。不如意の大本の経済の中でのやりくりや、たとえ女房子供にも洩らすわけにはいかん」 金龍海の構想を発表した時、すでに王仁三郎の手でその周辺の土地は買い占められていた。 上野に三千五百坪の植物園を作り、小松の苗を植樹した時もそうであった。王仁三郎は胸に暖める神苑ができ上がった頃に移植して、松の緑で覆う心算だった。しかしその計画を知らぬ澄は、「今に食料の不自由な時が来る。猫の額ほどのところにも食物を植えいと筆先にあるのに、小松林命がしょうもない、こんな小松苗ばかり植えさせて……これではどもならん」と、怒って引き抜く。また植える、また抜く。 筆先を盾とする時、澄は誰の命も聞かぬほど頑固であった。 たまりかねて、澄が直に告げ口すると、直は穏やかにたしなめる。「先生にお考えがあるのじゃろ。好きなようにさせたげなされ」「それでも筆先にこう出とります」と、澄が抗議する。 直も合点し、王仁三郎を呼んで引き抜くことを命じる。「わしは神さまの言いつけ通りにしとるのや。教祖はんは知らんでも、教祖はんの神さまは知ったはる。うかごうてみなはれ」 王仁三郎は負けていない。 直は神前に額づいて伺いを立て、やがてほっとしたように笑いだす。「澄や、神さまは、あの者の思う通りさしておいてくれいと言いなさるわいなあ」 普段は仲の良い夫婦だが、こういう食い違いの暗闘は始終続いた。 七月二十五日に金龍海各島とお宮と蛙声園の起工式。 八月八日、早くも金龍海開掘の地鎮祭が行なわれた。このお池掘りにかける王仁三郎の情熱はすさまじい。自ら陣頭指揮にあたり、夜ごとの二時三時、ひとり寝静まる工事現場をこつこつと見回る姿が見られた。一番早く蛙声園の茶室が仕上がると、王仁三郎は居をそこへ移して執筆しながら督励した。 八月十五日には、『直霊軍』以来中絶していた機関紙が『敷島新報』と題して発行された。王仁三郎は大正二年四月に本宮町十七番地に印刷所を設け印刷事業を起こしていたが、その具象化が成ったわけである。活字拾い・印刷・製本・帯封書き・発送まですべて王仁三郎ひとりがやった。記事の多くは原稿に書かず、思い浮かぶままを活字に拾っていったという。 七月二十八日、第一次世界大戦が勃発、日本も日英同盟の情誼を理由に参戦を決意し、八月二十三日、対独宣戦を布告する。この日、直・王仁三郎も世界平和を真剣に祈願している。 九月二十二日には完成した統務閣に大神の遷座を願った。統務閣(建坪三十坪)は八畳四室に仕切り、南北の廊下を隔てた西側二室を直が使い、東側二室を王仁三郎と澄が使った。 直は一室に神床を設け、晩年までこの部屋(教祖室)で筆先を書き、次の間で起居した。 翌二十三日には金龍海第一期工事完成、二十五日には統務閣から廊下でつなぐ金龍殿(建坪五十坪)が竣成した。同時に金龍海の第二期工事も各地からの奉仕者を集めて続けられ、まさに日に日に変わる大本であった。 この時期、王仁三郎は金龍海掘りに教団の全精力を傾けたようである。「神さまがお急ぎじゃ、皆出て来い」 号令一下、老若男女・小学生に至るまで出てきて、作業を手伝った。奉仕者全員が池掘りにかかるので、教団の事務といえば、黒門前の大広間受付けにひとり坐っているだけである。老人や子供は小さなざるに土を盛って運んだ。王仁三郎の娘たちも、養子の大二も参加したし、澄もまた草鞋をはいて畚を担いだ。 掘った土は池の中の島を盛り上げるのに使い、残った深部の粘土は一カ所にまとめられて山をなした。これは病気治しの「お土」として威力を発揮し、信者たちは喜んで自宅へ持ち帰った。吉田一の足や、佐藤忠三郎の鼻も、この金龍海の豊かなお土の恩恵をこうむった。 福知山の信者たちは荷車に米を積んで大本まで運び、献労奉仕した後、空になった荷車にお土を乗せて持って帰った。「出口直一代は木綿の着物に晒のねまき・つむぎたび・紙まき草履に蓑笠と定めるぞよ」と筆先にあるので、作業着は毛織物はもちろんズボンも許されず、法被に股引き草鞋ばき姿である。絹物を持っている者は売り払い、木綿の着物に買い替えた。 雨の日、野外作業に変わって一同草鞋作りや縄ないに精を出した。奉仕者は京・大阪から馳せ参じていたから、慣れぬ藁仕事に戸惑った。王仁三郎は自ら草鞋をつくって指導したが、思わず見惚れるほどその手際は鮮やかであった。 作業は瞬時の油断を許さぬ張り詰めた空気の中で続行された。佐藤忠三郎は、三つ四つ年下の相棒中倉伝四郎(愛媛出身)とともに土砂を積んだ畚を担い、統務閣の前を通った。「やっこらしょ」 思わず声を掛けて、忠三郎は肩に食い込む重みをずらした。と、教祖の居室の障子が少し開いて、直が声をかけた。「佐藤さん、ちょっと……」 畚を降ろして忠三郎が縁に近づくと、直が静かに諭した。「日々ご苦労さんですが、佐藤さん、あんたは掛け声かけんと仕事出来まへんか。『大本の御用は抜身の中にいるような気持ちでちっとも気許しはでけんぞよ』とお筆先にありますじゃろ。抜身の中であんな声が出ますか」 それはそうかも知れない。忠三郎の鼻の怪我も、元はといえば気許しからだ。 ――けど、大体遊び好きのわしが、これだけ真面目に神さんに尽くしとんのに、これ以上まだ抜身の中で息つめているような気持ちをせいというても続くもんやない、第一、大将である管長みずから、工事を指揮しながら藷もかじれば屁もたれとるわ。 頭を下げて教祖の前を辞したが、そんな不満が頬をふくらしていた。 一汁一菜の粗末な食事で重労働するため、奉仕者はいつも腹を減らしていた。その上、昼飯など管長初め立ったなりでかきこむのだ。だから彼らの一番の楽しみといったら、休憩時の茶菓子で、たいてい梅田信之が私費をさいて差入れた。作業の激しい時は、特別の差入れ、つまり駄菓子の代わりに嵩のあるパン類を配って励ましてくれた。 私生活に批判はあっても、信之の人柄には皆敬愛の情を寄せていた。 池掘りは連日強行されたが、作業が進むにつれて、誰の胸にも水への不安が高まっていた。掘っている場所は高台の屋敷地で、四、五尺も掘り下げれば綾部特有の一枚岩根に突き当たる。水など出るはずもない。綾部の町の人たちも、それはよく知っている。「金神さんの先生、あんな高いところに空池掘って何する気やいな。夢でも見とるんと違うか」と嘲笑し、「金神さんの篭池」と綽名した。たまりかねて澄が忠告した。「先生、もし全部掘ってみても水が出なんだら、わたしらはよいにしても、神さまが笑われますで」「そんなこと知るけい。神さまが掘れ言わはるさかい、掘るんじゃ」「なんぼ神さまの命令でも、これ以上の恥の上塗りせんうちに止めたらどうですい」「とにかく掘ったらええんじゃ」 冠島・沓島・大和島の形が整う。簡素な宮を囲んでこんもりと小松の植樹もされたのに、一滴の水すら出ない。 そんなことにかまわず、王仁三郎は遮二無二第二期工事の采配を振った。 澄は呆れて、ついには聞こえよがしにぼやきだす。「ほんまに阿呆なことして、よい笑われもんや。なした男やいな、この男は……」「まあ見ておれ、お澄、もし水が出なんだら、神さまの言うことが嘘になる」 王仁三郎の目には満々と水をたたえた金龍海が見えるのか、その表情に微塵のゆるぎもない。 王仁三郎が京大阪方面にしばらく宣教に出かけてゆくことになった。後が気がかりらしく、帰綾までの作業予定をこまごまと澄に指示し、「しっかり掘らせとけよ」と念入りに申し渡した。王仁三郎が出て行った後、澄は皆に命令だけは伝えたが、作業を督励するだけの情熱はなかった。 宣教を終わったその夜の終列車で帰綾した王仁三郎は、その足でまっすぐ工事現場に行き、予定通り作業が進捗していないのを知った。 統務閣にかけ込むなり、王仁三郎は凄じい見幕で怒鳴る。「こらっ、お澄、わしが帰るまでにやっとけ言うたこと、まだ半分もでけとらん。おのれ、何さらしとったんじゃ」 顔は朱をそそぎ、目は煌めき、髪は逆立って、明らかに帰神状態である。さすがの澄も、その勢いにのまれて縮み上がった。 王仁三郎はつむじ風のように深夜の町へ走り出し、本宮・上野・東四辻などの役員や信者の家々を叫び回った。「神さんの経綸がわからん奴は、どいつもこいつも出て失せい」 驚いた役員たちが、寝ぼけ眼でぞろぞろと工事現場に集まる。肌寒い中秋の真夜中、現場にかがり火を焚き、そのあかりを頼りに強行作業が始まった。澄も作業に加わったが、なんぼ神さまのお仕事か知らんがこんな夜中に叩き起こしてまでと、夫が小面憎くてならぬ。けれど、かがり火を背にしてまさに仁王立ちとなった王仁三郎の燃えるような眸を見ると、下手に逆らえばばっさり首でも切られそうな気がして、手を休めるどころではない。深夜の工事現場には、殺気にも似た緊張感がみなぎった。 徹夜の作業は何度か繰り返された。よほど完成が急がれているかと思えば、必ずしもそうとは取れぬ節もある。 若い者は王仁三郎に連れられて山へ行き、砕いた岩をロープで引っ張って工事現場へ運ぶ。金龍海の周囲の石垣にするためである。「これこれを土台に、この石をこう向けにこう上げて、これはこう……」と、王仁三郎の石積みの指示は細かい。ジャッキなどなくすべて人力だから、五つ六つただ積み上げるさえ重労働である。 積み上がった頃を見計らって、王仁三郎が検分に現われる。「こら、こんな阿呆な積み方があるか、やり直しじゃ」 せっかく積んだ石を挺子で無残に崩してしまい、さっさと蛙声園に引きあげる。皆はぽかんとしている。「あれではあんまりどす。若い者が可哀想やおへんか。やり直し、やり直しでは工事も進ましまへん」 湯浅仁斎や田中善臣が代表して苦情を持ち込むと、王仁三郎はとぼけたように答える。「お前らの霊魂の立替え立直しの型やわい」 はて、そう言われても、どう積み直したものか分からない。やがて役員たちは要領よくなり、苦情の代わりに誰かが代表して謝りに行く。「どうも不都合なことで申し訳ございまへん。おっしゃる通りに立替えますさかい、もういっぺん現場でお指図願います」「みんな改心しとるか、本気で立直したいと思っとるか」「へい、本気で心から立直さしてもらいます」「よし、ほんなら行ったろ」 にやっとして、嬉しそうに王仁三郎は現場に出ていく。茜色の夕陽を浴びつつ、また土台からやり直しだ。 来る日も来る日もこんな無駄とも思える苦労が続くと、佐藤忠三郎はほとほと愛想が尽きてきた。鼻の傷がふさがって、顔面の格好がとれてきだせば、娑婆が無性に恋しかった。「えーい、くそ、抜身も立替えもあるもんか」 現場から抜け出て、本宮山近くの薮に隠れて寝転んだ。煙草を吸いながら、何とか大本を逃げ出す算段はないかと頭を働かす。「おい、佐藤、煙草の火を貸せ」 ぎょっとして起き直ると、王仁三郎が傍らの薮かげから片手をつきだしている。うす気味悪くなって、もっそり立ち上がった。「まだ逃げ出すのは早い早い……」と、王仁三郎が言い、うまそうに敷島を吸いつけると、どっかりあぐらをかく。 ――くそう。 忠三郎もやけくそに坐り直した。王仁三郎の眼は、黒雲の行方を追っていた。「賽の河原の石積みや。積んでも積んでも崩される。積まん方がましやないか。わしもそう思う時はある。お前と一緒や。築いても叩きこわされるんじゃ。いずれはなあ……」 まるでこわされるのが王仁三郎自身でもあるかのような、深い淋しい声であった。「それでお前はやっぱり逃げ出して京都へ帰るか。もうこりごりか」「その通りどすわ。それだけ分かってもろたら面倒が省ける。明日にでも帰らしてもらいますわ」「放してやりたいのは山々じゃが、そうはいかんわい。お前は死んだ兄貴とふたり分の御用をせんならん。お前の生きるところはこの大本の中にしかない」「そんな勝手な……」「勝手でもおどかしでもない。そう決まっとる。おまえもわしもや。もがいているのはお前だけやない。なぜわしがこんなことをするか考えて見たか」「……」「龍神さんの池を掘るだけやないで。掘ることによって誠の信仰がどんなものかを教えとる。叩かれても、倒されても起き上がる、つぶされてもこわされても立直す。神の道は服従や。理屈を越えた神への絶対服従が人の道や。わしはその精神を植えつけとる」「だって、みな服従しとりまっしゃろ。あんな無法なやり方にでも、管長さんの無茶を承知で、神さんの命令と受け取ればこそ文句も言わず……」「形の上ではのう。しかし心の中では、文句たらたらや。わしにはその心の文句が筒抜けに聞こえてくるわい。 服従でも二通りある。軍隊で上官が兵卒に強いるような権力による服従なら、先ず形式を絶対とする。立替え立直しを実現する大本の神の道は、形ばかりではあかんのや。心から任せ切った精神的服従でないと、これからの使い物にはならん」「けれどなんぼなんでも、管長はんの言うた通り積んだ石を……」「馬鹿げていると思っても、そこに我意以上の神意を感じて積み直す。それぐらい我を捨てんと、今度の大神業のお役には立たん」「……」「わしも我意で考えれば、あんなところに池を掘って水が出るとは思わん。けれど神さんが掘れと命じなさるから掘るのや。篭池と笑われようが掘る。金龍海に水が満ちるのは神意やさけ、わしらは気楽に掘れば良い……」 王仁三郎が立ち去ってからも、忠三郎はしばらく動けなかった。家族持ちの役員たちは、朝家を出る時、いつどこへやられてもよい覚悟で家族と別れてくると言う。命令さえ下れば、即座にそのまま任地へ向かうのだ。 そういった根性を、不断に王仁三郎は役員信者たちへ叩き込んでいるのだろう。 忠三郎はうめいた。 ――よーし、金龍海に水がたまるかどうかこの目で見届けてやる。わしの進退はそれからや。
「大本に御殿が立ったら大臣や華族さんも参拝なさる」 誰からともなく流布されていた風説が現実となった。 十一月十九日、石の宮鎮座一周年記念祭典、翌二十日、弥仙山神霊迎え五周年祭と二日続きの祭りに賑う金龍殿に出雲大社大宮司千家尊福男爵が乗駕。随員ふたりを従えた白く長いあご髭の六十九翁が祭典後の金龍殿広間で国民道徳鼓吹の演説をなし、参拝者を感激させた。 千家尊福は明治十一(一八七八)年、先代尊澄の後を受け第八十代出雲国造を継ぎ、翌々年には公認された神道大社教初代管長となった。明治二十一(一八八八)年、元老院議官に任ぜられ、のち貴族院議員四回、埼玉・静岡・東京の各府県知事を経て、明治四十一年には西園寺内閣の司法大臣をつとめている。 これまでの大本と出雲大社とのつながりは十三年前にさかのぼる。筆先の神示のままに出口直・王仁三郎・澄ら十五名がはるばる出雲の火の御用に出修した時である。 そして十年後の明治四十四(一九一一)年一月一日、王仁三郎が竹原房太郎ひとりをつれて再び出雲大社を訪問、大本祖霊社を大社祖霊社の分社として組み入れ、合法化する交渉を成功させた。 それからわずか三年。いつ、どういう政治的手腕を発揮したものか、王仁三郎がいかにも親しげに宗教界・政官界の重鎮千家尊福をこの丹波の一隅に迎えたのだから、誰しも驚いた。それも通りいっぺんの、ことのついでに立ち寄ったわけでもなさそうだ。 一行は王仁三郎の案内で、まだ水の入らぬ金龍海を見、未完成の神苑内を歩き回る。どこもかしこも広く深く精力的に掘り返してはあったが、雨水が底に溜った巨大な穴ぼこに泥をこねた土まんじゅうが二つ三つ、その上に小さな祠があるにすぎぬ殺伐たる情景であった。それでも王仁三郎の意気はあたるベくもない。「日本は豊秋津根別の国、すなわち世界の核であり小縮図どっしゃろ。わしはこの霊域に金龍の海を造り、その中に日本の核として大八洲の雛型を生む。見といておくれやす。ここに根別の国の神霊を奉斎して神示のままに鴛鴦の遊びたわむれる天国浄土を移写しますさかい」 尊福は夜はくつろいで、王仁三郎や役員たちと歓談した。 福本源之助は奉仕辞退後、京都市中京区の『福ずし』で板前をしていたが、大本が忘れられず戻ってきていた。その世間で磨きをかけた料理の腕が役立って、当夜の賄い方をつとめている。源之助の傍でいそいそと手伝う姐さんかぶりの若妻は、梅田安子の妹まき、梅田信之との愛に破れてから一途に信仰生活に浸っていたが、やがて従兄弟結婚した。源之助の母はまきの母自由の姉である。 台所では、張り切る源之助夫妻・澄や女たちのほかに、鼻の佐藤忠三郎が使い走りをつとめている。 ひょっこり台所に顔を出した王仁三郎が、出来上がりかけの精進料理を見渡してうなずき、「何分お年寄りやさけ、よう吟味して、飯はふっくらとやわ加減に炊いてくれよ」と細かい気遣いを見せていた。 その夜、一行は統務閣に宿泊した。翌日は「久し振りで休みをとり、大本でゆっくりしたい」という申し出で、尊福は朝から王仁三郎相手に談笑し続けた。 昼食を終わって間もなく、澄が王仁三郎を呼んだ。「先生、えらいこっちゃ」「どうした」「町の偉い人が男爵さまに御面会したい言うて大勢来ちゃったで」「とうとう来たか。通ってもろてくれ」 王仁三郎はすましていった。町の偉い連中は、大本を気違い集団とこきおろすことをもって文化人・名士たらんとする風であった。信者たちもずいぶん肩身の狭い思いに耐えてきた。別に何の連絡も宣伝もしたわけではなかったが、元司法大臣・東京府知事などの肩書きを持つ尊福の来綾は、昨日のうちに町の噂になったに違いない。周章狼狽、雁首並べて挨拶に来ることぐらい予測済みである。 羽織袴・燕尾服などに身を固めて、初めて噂の大本内部に足を入れた町人たちは、本宮村のこの一郭の変わりように驚き、苑内あふれる活気に瞠目した。廊下で平伏したのは、何鹿郡長藤正路、綾部町長由良源太郎、助役、収入役、学校長、その他お歴々の十数人。 おそるおそる広間へ入って来た時は、王仁三郎を見る目つきまで変わっていた。 尊福は穏やかな調子で綾部町のことなど問いかけたが、こちこちに角張って答える彼らとの会見よりも、王仁三郎との対話を続けたいらしい。武士道の廃れはてた現今の浮薄な風潮に話が至った時、突然、王仁三郎は思いついた。「そうや、男爵や町の皆さんに武術大会をお目にかけよう。いかがです」「ほう、大本では武術もお盛んですか」 尊福は、細縁眼鏡の奥に柔和な眼を輝かせる。「いや、ほんの座興ですが……」 町の名士たちも調子をあわせて口々に言った。「それはぜひとも私どもにも拝見させていただきたいものです」 王仁三郎はいそいそ立っていって、澄をつかまえ勢いよく言った。「おい、客人たちに武術大会を披露する。腕におぼえのある奴らをぜーんぶ集めて来い」「へえ?」 眼を丸くする澄を残して、さっさと客間へ引っ込む。 いかに御大将の一声とはいっても、日頃池掘りに明け暮れる若者たちに武術のわきまえなどあろうはずもなかった。力自慢の草相撲くらいなら辞せぬところだが、何しろお偉いさまの御前試合である。集まった信者一同は顔を見合わせてしょんぼりした。「あんまりや、この急場に間に合いはせんが……」 四方平蔵や田中善臣たち役員は蒼くなった。今さら「できません」など言って管長の面目玉をつぶせるものか。そうでなくともいったん放った言霊は元に戻らぬと、日々厳しい教えを実践している大本人であった。 梅田信之が思案にあまって呟く。「腕に覚えのある奴を全部集めろ、というても武道の作法ぐらいは心得とらなんだら話にならん。とすると……」 信之は、にっと笑って澄を見た。「ははあ。管長はんの心積もりが読めましたわ。二代さん、あれでいきましょ」 外を指さす信之に、役員一同が立ち上がった。土塀の前、粘土の山をめぐって、今や子供たちが剣撃ごっこに夢中である。大二・直日・梅野・近松ムメノ・木下はじめらが棒を振りかぶって追いつ追われつしている。「直日さんや梅野はんは町道場へ行っとってんでっしゃろ」と信之が言う。「あほらしい。道場いうほどのところやありまへんで。直日があんまりせがむさかい、近くの元士族のお爺さんにちょこっと手ほどきしてもろただけで……」「それでもこうなったら、ないよりはましでっしゃろ」 湯浅仁斎が走っていって、子供らを呼んで来た。信之が重々しく口を切る。「今から華族はんやら町長はん、校長先生らの御前で武術大会を行なう。腕に覚えのある奴は集まれ言う管長はんの御命令やが……」「はい、うち、腕に覚えがあります」 梅野が真っ先に進み出た。続いて直日も黙然と前へ。近松政吉の四女で六年生になるムメノも胸を張った。三少女はともかく薙刀を習ったことがあるのだ。さすがに男の子たちは照れて尻込みする。「ここは大本やさかい、型がでればそれでよろしい。お国のために立派な働きをする型どすで」 信之の言葉に、直日がきっと眼を上げてうなずいた。「よし、それでは相手方を探さんならん。そうや、田中はん、その近所の先生とかいう方に頼んできてくれへんか。仲間を集めてもろてくれ。後はみんなで試合の準備や」と、きびきびと信之が言った。役員たちは気負い立って準備に散った。 小一時間の後、王仁三郎を先頭に客人たちは金龍殿前の広場へ出た。幔幕が張り巡らされ、筵を敷いた見物席には参拝者が行儀よく坐っている。尊福や町の名士たちの席は正面の粗末な長椅子である。さて、いかなる剣豪が控えているかと眺めれば、選手席はざっと八人。そのうち三人は女の子である。 王仁三郎は満足そうに席に着いた。 五十年配の男が審判に立つ。第一試合は梅原代助の太刃と出口梅野の薙刀である。代助は信者ではないが三人の少女の師、福相な顔に白い髭をたくわえていた。 老人と少女――。白鉢巻、赤だすきも凛々しく薙刀を小脇にかい込んだ十一歳の美少女梅野に、観衆の声なき声援が湧き立った。ふたりは礼法正しく向き合う。「あの娘はわしの次女です。あんな愛らしい顔をしとって鬼娘と綽名されとるやんちゃ娘ですわ。女の子ながら、武士道は叩きこんどります」 王仁三郎は、親馬鹿むき出しで中腰となった。「えっ、やあっ」 長い薙刀に振り回されるような格好で、梅野はくり出した。代助は落ち着いて作法通り受ける。しかし初試合の梅野の頬はかっかと燃えてくる。作法も型も念頭からはふっとんで、ただ無二無三飛び込んでいく。師匠であろうが何であろうが、どうでも勝たねば済まぬ勢いとなった。「よし、梅野、恩返しや、恩返ししちゃれい」 王仁三郎が大声でけしかけた。「恩返し」とはどうやら「師匠をへこませ」ぐらいの意味らしい。適当にあしらっていた代助も、持て余したか、ころあいを見計らってポンポンと軽く二本とる。 勝負あって代助が正面に向き直り一礼した時であった。くやしげにうつむいていた梅野が不意に薙刀の柄でこつん、後ろから代助の頭を殴りつけると、薙刀を投げ出して、あっというまに幔幕の外へ。一同ぽかんとなった。「いや、これはどうも……全く無茶しくさる」 さすがの王仁三郎も、きまり悪げにてれ笑う。「なるほど、なるほど……これは楽しい」 梅野の鬼娘ぶりが納得できたのだろう、尊福は笑い出した。 続いて前田完美と近松ムメノ。前田はこの中では一番剣豪らしい壮年の男である。これも太刀と薙刀。もちろん勝負にならぬ。 ムメノが敗退すると、変わってのっそりと肩幅の広い少女が立ち、薙刀を構えて前田に対した。「直日です。わしの長女です」 王仁三郎は眼を直日に注いだまま、早口になって囁いた。「女学校の一年生やが、荒っぽいことの好きな娘で、女っぽいことが大嫌い、何しろ変わった娘です」 まだまだ言い足りないが、前の梅野に懲りたのか、そこではしょった。薩摩絣に義経袴、ふっくらした頬を除けば少年といいたい身のこなしだ。運身運歩も自然で、薙刀の刃に気魄がこもる。どうやら試合らしくなったところで所詮は技量の差、二本とられて悪びれず静かに正面に一礼。 少女の出番が終わると、後は五人の大人たちで鉄砲・弓術・槍・太刀・二刀流の五試合と変化に富むが、いかにも田舎剣士のにわか試合といった感じで、稚気満々。町の名士連は武術大会などと称して華族さまの高覧に供する王仁三郎の強心臓ぶりに呆れている。試合後、一同で祝い酒を汲み交わし、散会は午後四時となった。話題は尽きなかった。 二泊三日の後、千家尊福一行は王仁三郎らに別れを惜しんで綾部の地を去っている。
 大正四(一九一五)年の正月気分も抜け出た頃、綾部の町は白一色に深々と包まれていた。西本町の「金龍餅」もさすがに客が途絶え、店ではもう明日のまわしにかかっている。 出口龍は夕食の支度も終わって一息つくと、座敷に上がって鏡台に向かった。夫慶太郎の帰ってくる足音を気にしながら、急いで化粧の手直しをする。五人姉妹の中で一番不器量だと自覚している龍は、日頃の身だしなみを忘れない。結婚して十年、幸せであった。いま餅屋の女主人として、龍の毎日はその幸せすらかみしめる暇がないくらい目まぐるしい。しかし、二人の人生にも起伏はあった。 明治三十八(一九〇五)年九月、結婚の翌年、夫妻は龍門館を離れ、舞鶴の海軍工廠に勤めて共稼ぎする。三年ほど働いて小銭をため、綾部に帰って、裏町の伊助の倉近くに小さな餅屋を開いた。一升の米を二臼でつくような細々とした商いで食いつなぐのがやっと、それでも長い奉公暮らしの娘時代を過ごした龍にとって、何の気兼ねもないわが店で愛する夫と共に働ける幸せをありがたく思っていた。 やがて亀甲屋に近い西本町の表通りに店を移転、義弟王仁三郎の命名で「金龍餅」の看板を上げてから面白いほど客がつきだした。儲けた銭の隠し場所に困るほどの繁盛ぶりである。 夫婦では手が足らず、手伝いを雇った。森津由松の長男助右衛門(二十歳)と宇津村の福井小房(十八歳)・すみえの姉妹、それに森本ふくえ(兵庫県氷上町出身)を加えての四人である。夫婦ふたりきりの所帯に若い衆たちが同居して、家の中は活気づいていた。 丁稚の助さんは力持ちで働き者、おなごしの小房とどうやら好意を寄せ合っている。心変わりせず長く勤めてくれるなら、いずれ夫婦にさせたいと龍は思う。 ふくえは器量よしで、ふくえを目当てに餅を買いに来る男客もあった。夫が美しく若いふくえに親切にしたり優しく言葉をかける時、龍の心はあやしく波立った。夫はまだ若く、惚れぼれするほど男前なのだ。二人が好きあったらどうしよう。そう思うだけでかっとする。 仲の良い夫婦だが、この頃から痴話喧嘩を覚えた。言いがかりは決まって龍がつける。つまりは慶太郎が森本ふくえの顔を熱っぽい目つきで見たの、きれいな女客と必要以上に喋り過ぎるのというようなたぐいだ。それでも発展すると、おとなしい龍の顔色が変わって、いきなり箒をつかむ。頭を抱えて逃げ回る夫を、家中追いかけるのも珍しくなかった。 それほど惚れた夫だからこそ、ふと見せる夫の淋しさ、表情の翳りに、鋭く龍は胸を痛めるのだ。 子供が欲しいと龍は願った。若さと美しさを失っても、世の妻たちは母の座に安らげる。自分にはそれすらない。夫の生き甲斐をつなぎ止める子供が生めぬ。どんなに金があっても空しいのだ。 龍は澄にその悩みを打ち明けた。「そんなら梅野でも子にもろたらどうや」と澄はあっさり言った。 龍は澄のどの娘もかわいかった。三代を継ぐ直日は別として、梅野・八重野・一二三、どの子でも欲しい。それに澄はまた身ごもっていた。 子供たちは金龍餅の店で遊んでいても、夕方になるとさっさと帰ってしまう。家が近いのだから、龍がどんなに機嫌をとってみても、完全に龍の子になり切るのは難しかった。 昨年の夏、店をしまってからふさぎ込んでいる夫にたまりかねて、龍が問い詰めた。 慶太郎は遠慮がちに言った。「神さまのおかげで、わしらは申し分なく幸せやな。けれど幸せ過ぎるだけに、食うものもよう食わずに立替え立直しの御用に打ち込んでござる人たちのことを考えるとなあ……」 選ばれて果たした元伊勢水の御用、出雲火の御用、公認手続きのため王仁三郎に随行して大本の運命を決める印鑑をとりに帰った時の板挟みの苦しさ、それらの思い出が日のたつにつれ、激しく夫の心を捉えているのであろう。 ――そうか、夫の淋しさは、きれいな女より、子供より、自分のことのためにだけ働く生き方への空しさだったのか。 龍はさばさばと言ってのけた。「やっぱりあんたが餅屋の亭主で終わるのは似合いまへんわな。大本に御奉仕させてもろちゃったら……一日夫婦で顔をつきあわせとるより、その方が気分が変わってよろしいわな」「それでも店は……」 本当なら、一時も傍を離れたくはない龍だった。けれど大本に奉仕することで夫の生き甲斐が買えるなら、こんな結構なことはない。龍だって、奉公先の不自由な中から竹の皮を拾いためて売ったわずかの金で筆先の紙を買った喜びは忘れられぬのだ。「店のことは、私に任しときなはれ」 龍は胸を張った。 それ以来、慶太郎から翳りは去った。大本では荷の重い財務を担当させられたが、苦しい中を切り盛りして次々と神苑の土地を買い拡めていた。この頃では財務の仕事もそっちのけで池掘りばかりだ。寒風吹き荒ぶ夜半に泥まみれで帰ってくる。それでも工事の進み具合など語る夫の顔は、楽しげにほころんでいた。 役員信者たちが一身一家をなげうって奉仕している時、龍は、夫にそれよりも生活の確立を選ばせた。教祖の娘夫婦としては批判もされようが、自分たちが食うこともろくにできずに何が立替え立直しだと龍は言いたい。まず生活の基礎を築いたからこそ、夫は家庭のことを心配せずに御神業に専念できるのだ。 そんなことを言った時、夫は悲しい目になった。「それは違うでよ、お龍。三千世界の立替え立直しが、生活の片手間みたいなそんなちょろこいことでできるもんではないわいな。明治の御維新でさえ、多くの志士が命を賭けて働いたからこそできたんや。まして三千世界の立替えやもの……多くの犠牲がいるのや。わしらはそこから逃げ出したんや」 龍は黙った。男と女の考え方の本質的な違いだろうか。龍にしても、夫がもの足らぬげな素振りを見せるほど、立替え立直しよりはその日の売上げの方が気にかかった。 生活が安定すれば、現実の変革などなければいい。夫と二人、いつまでも添うていかれさえすればそれでいい。でも、とにかく、夫に奉仕させることができたのだから、龍は満足であった。 自分の幸せにひきかえて、一代で財を積みながら実子もなく、後半生のほとんどを牢につながれる姉米の身の上を龍は思う。八人兄妹のうち苦労のないものとてなかったが、中では凡庸な自分が一番幸せで、不幸せはお米姉さんであろう。 米姉のことを思うと、今の龍の幸福までぺしゃんとしぼんでしまいそうに思える。大槻鹿蔵は、人に憎まれ恐れられながら悪どく貯めこんで、綾部一の金持ちじゃろと噂されるまでにのし上がった。出口家がどん底にあった時、幼かった龍や澄の目からは贅沢の極みのような生活に奢っていた。米姉は鹿蔵に連れ添いながら、ことごとに母に逆らい、狂ってまでも母を恐れた。「大本は善悪二つの世界の型を出すところ、他人の子には傷はつけられんから、直の血筋に悪のお役をさせるぞよ」と神さまは宣言する。 確かに鹿蔵・米夫妻の過去なら悪の型にふさわしかろう。けれど年頃になるまでは、米は優しい気の良い姉であった。恐ろしい大槻鹿蔵に魅入られて、恋人宮絹との仲を裂かれ、婚家から攫われて陥ったあげくと思えば憎めない。鹿蔵を恨むあまりに姉まで嫌悪していた龍であったが……。 明治四十年に米が再度の発動をすると、鹿蔵は北西町の座敷牢に閉じ込めて守りをしていたが、老齢でそれもできなくなる。養子の伝吉が東四辻で機を始めたので、その脇に座敷牢を造り、米を移した。 明治四十四年暮には、鹿蔵自身東四辻に転げ込み、寝ついてしまった。あれほどの悪名をはせてかき集めた銭もなく、あるのは借金ばかり。龍が見舞いに行くと、鹿蔵が炬燵に寝たきりで動けぬまま、哀れっぽい声で伝吉を呼んでいたものである。「伝や、早う早う来てくれ、睾丸が焼けるでよ」 明治四十五年三月五日、大槻鹿蔵は老衰のため七十四歳で没した。葬儀は大本祖霊社で執行。 鹿蔵が死ぬとすぐ、北西町の家は三十円の借金の抵当に羽室家にとられた。 翌月、伝吉は経済的理由のために十二歳の伝三郎を連れて徳島県立工業学校の機職の先生として赴任する。米の食事は伝吉の妻みつ代が作った。ほかの人だとおとなしいのに、直や澄が見舞いに近づくと、米の霊が恐れて暴れる。かげから心を配るより仕方なかった。 昨年秋、和知の丸上材木店で筏組み人夫として働いていた出口竹蔵が、一家をつれて綾部に帰って来た。長男松太郎(九歳)の学校が和知では不便であり、次男松次郎(六歳)ももうすぐ学齢期なので、ようやく綾部へ落ち着く決意をしたのだ。 王仁三郎は本宮山の麓に小さな家を建ててやり、竹蔵一家を住まわせた。 この家には因縁がある。五年前、京都の山中家で日の出支部を新築したが、発会式後まもなく地主の山中惣吉が「やかましいから家を持って立ち退いてくれ」と強硬にごねだした。妻いねの自殺に関連しての腹いせであろう。 支部役員は協議し、新築まもない家をこわすことにした。こわした材木は材木商の佐藤家に保管され、別に三条猪熊下ルに家を借りて日の出支部を移転した。 ふとした時、佐藤忠三郎がこわした支部の材木が使われずに置いてあることを告げると、王仁三郎はそれを綾部に運ばせて竹蔵の家にしたのである。同時にその傍に別棟の頑丈な座敷牢が作られ、東四辻から米が移された。並みの造りでは、すぐ破牢するのだ。死ぬまでに二十七へん破牢したという。 隙間洩る雪が、戸締まりした店の端に積もっている。龍は座敷牢に呻吟する姉の寒さを思う。 ――そうや、あの人を迎えに行きがてら、見舞いに行ってあげよう。 手早く売れ残った金龍餅を包み、提灯をつけ傘をさして雪の街へ出た。大本の黒門を入って受付けをのぞくと、慶太郎がランプの傍で算盤片手に帳面をつけていた。この雪で工事も中止になったのであろう。「なにしろ仕事がたまって、どうにもならんのや。もうちょっとしてから帰るさかい、先に飯を食っとってくれんかい」「そんならお米姉さんとこに寄ってきますわ」 そう言い置いて、龍は金龍殿の傍を通り、雪の積もった金龍海の池畔を東へ回って、本宮山麓の座敷牢の前へ出る。雪明りのせいか、牢内は一層暗くよどんでいた。片隅に火縄の火がくすぶっている。その傍の一点の赤は、米の吸う煙管煙草の火であろう。米は片時もさつき(刻み煙草)の五匁袋を離さないのだ。「姉さん……」「お龍かい……」 身じろぎして、米が落ち着いた声を返した。提灯の灯が、米の白い裸の上半身を浮き上がらせる。予期していたが、龍は身震いした。「この雪に……姉さん、裸では凍え死んでしまいますで」「風邪一つひかぬわ。体が熱うておれんのや」 裸でいるくせに糠で顔を洗い、花いかだ(白粉)をはたくおしゃれは怠らない。子供を産んだことのない乳房もたるまず、六十歳という年輪が信じられぬほど若い。時々盥で行水させると、どういう現象か、湯が乳のようにたちまち白濁するという。「お互いやが御無沙汰やったなあ。慶太郎はん、元気に勤めとって、結構やなあ」 米は機嫌よく笑い、「お龍、いっぺんここから出してくれやい」と格子にすり寄った。常人と変わらぬ米の声音に同情して外へ出してやった人は、えらい目にあう。錠を開けたが最後逃げ出して、その素早さといったら、二、三人で追いかけたぐらいでつかまるものではない。 子供に言い聞かすように、龍は言った。「そらわたしかって姉さんに外へ出てもらいたいで。それでも、着物を全部裂いてしまうようでは、出してあげとうても出してあげられしませんわな。外を裸で歩いたら、お巡りさんに捕まって、ここよりもっと暗いこわい牢屋へ入れられんなんさかいなあ」 米は素直にうなずく。 どういうものか、狂った米は腰巻き以外の一切をずたずたに引き裂く癖があった。どんなに着物を入れてもすぐに細かく裂いて三つ編みにし、天井から下げて火縄にしてしまう。 初めの頃、近所の白波瀬弥吉爺さんが、憤然としてみつ代に抗議した。「この寒いのに、なんぼ気違いやかて裸にむいとくのはけしからん」 みつ代が事情を説明しても信じてはくれず、白波瀬は大本に交渉して一組の布団を借り出し、座敷牢にさし入れた。翌朝、布団にくるまっている米を期待して爺さんがのぞくと、どこにもそれがない。米はにっこりし、きれいに解いて編んだ幾つもの糸玉を見せる。中身の綿は細かく引きちぎられて窓の格子から一面に外へ散っていた。 こんな話をしながら、みつ代はこぼしていたものだ。「ほんまにうちらが着せんみたいで、外聞が悪うてかなわんわいな」 それは妹の龍にしても同じこと、けれど外聞は二の次にして、何といっても年なのだから、体が心配である。 その龍の心配を見越したように、米が言った。「それでもお龍、うちに憑っとってん神さんがなあ、うちの体は年やでもう役に立たんさかい、そろそろ宿替えしたい言うとってんじゃわな。うちもちっとは楽になるやろ」「宿替え……姉さん」 龍はぞっとした。 次々に元気な体を選んで憑られたのでは、たまったものではない。それも出口家の血筋に……。 米は気楽そうに煙管を吸いつけ、「うちはもう死んでもかまへんのやで。へんな神さんの容器になっとるのも、もうしんどいしなあ……」 龍は鳥肌立つ頬を押えた。裾から凍えついてくる雪道の冷たさだけではない戦慄が、声まで震わせる。「さあ、金龍餅を持ってきてあげましたで。はよ、食べとくなはれ」 素早く格子の間から滑り込ませる。うっかり手を入れて、つかまれるのが怖かった。「おおきに、金龍餅はあんこが多うて餅の腰が強いさかい評判や。よう繁盛しとってやなあ。どれ、神さまにさしあげて……」 竹の皮包みを開いて、黙念と祈りを捧げる。 龍は一刻も早く帰りたかった。まごまごしていて、米の神さんにとり憑かれたらどうしよう。「さあ、あんた先に食べておくれ」 米は竹の皮包みを格子まで持って来る。誰かが食べないと絶対に食べないのだ。 龍は一つをとって口に入れる。寒さに、餅の上皮はもうこわばりかけていた。「姉さん、また来るさかい、それではお元気でなあ……」「もうちょっと待っとっちゃったらどうや、もうすぐ八木のお久はんがここへ来てやでよ」「へえ、お久姉さんが……そんな知らせでもあったんですかい」「別にないでえ。それでも見えるんじゃな。今ちょうど教祖はんの部屋を下がって、こっちへ来よってじゃわいな」 龍は振り向いて、雪の神苑のあたりをすかし見た。人影はまだなかったが、米の言葉を疑わなかった。牢にいながら、世間の出来事は何でも知っている米であった。 役員信者たちも、悪の型をさせられる気の毒なお役目と思いながら、米の神秘な力は認めていた。まだ独身の青年が見舞いに行くと、「あんたも早う嫁さんもらわなあかんなあ。どこの誰それはどうや」と、優しくすすめる。 若い女にはこう言う。「妊娠したらなあ、どこからでも何十里離れてもかまへんさかい、『お米さん、頼むで』と言うてくれちゃったらうちが必ず守って安産させるでよ」 事実、「確かに霊験がある」と熱心に体験を語る者もあり、一部からは安産の守り神のように崇拝されていた。 提灯の灯が近づいてくる。やがて久が荒い息づかいで歩いてきた。「久姉さん、いつ来ちゃったんです」「一時間ほど前ですわいな。管長はんはなんぼ瑞の霊魂か知らんけど、あれではあまり行儀が悪すぎます。股火鉢してなあ、股の間から焼き芋つきだして、わたしに『これ食いまへんか』言うてや。あんまりやさかい『ちょこっとここに坐りなはれ』と怒ったら、お尻叩いて逃げ出すやないか……金龍海にしてもまだ水は一滴も出んげなし、ほんまに、ほんまによい恥さらしや」 龍は久姉が苦手であった。いささかでも曲がったことの嫌いな久は、こうと思い込んだらそこから抜けられぬ一徹さを持っていた。うっかり相槌打とうものなら、姉の悲憤慷慨をいつまで聞かされるか知れぬ。「そうや、うちの人の帰ってくる時間や。久姉さんも一度遊びに来とくれなはれ」 龍は久姉の足跡を踏んで歩きだそうとした。 久が呼び止めなかったのは、提灯の灯に照らし出された米の裸身に叫び声を上げていたからだ。「姉さん、なしたあさましい姿じゃいな。なぜ金毛九尾に宿を貸しなさる。さあ、どんと下腹に力を入れて、出て行けと追い出しなはれ、さあ、姉さん」 久の悲痛な涙声に米は辟易したのか、牢の片隅に坐っておとなしく煙管をくわえた。龍は振り返った。逃げ帰りたいと願う足を、二人の姉を案ずる心が釘づけにしたのだ。 久は身を立て直し、今度は米の憑霊に向かって攻撃し出す。「これ、お米姉さんに憑る悪神殿、そなたの正体は既に見破られておる。教祖さまがおっしゃってござる。そなたは牛ほどもある白面の悪狐、口が耳まで裂けた金毛九尾であろう。さあ、もう良い加減改心して姉さんの体から出て行きなはれ、さあ、さあ……」 提灯がとんで、雪道にぼうと燃え上がった。それでも久は一心不乱に格子にしがみつき、叫び続ける。はたから見ていると、どちらが精神異常者か分からぬ。 雪の上に泣き伏した久姉の背に向かって、必死に龍は呼びかけた。「久姉さん、帰ろう。頼むさかいまた明日にして……久姉さん、久姉さん……」 しかし久は面を上げ、激情の余り、決して言ってはならない恐ろしい言葉を天に向かって吐いていた。「米姉さんを助けとくなはれ、神さま……どうぞ、どうぞ、姉さんの苦しみの半分なりと、わたしの肉体が引き受けますさかい……」


表題:親指と小指  10巻6章親指と小指



 綾部から帰って間もない二月三日の夜半、ふと久は目覚めた。始めは、歯の裏に海苔のひっついたようなもどかしさが、久を苛立たせた。起き直ってあたりを見回す。手の届かぬところに、自分以外の何かが張りついた違和感である。悪阻かと、一瞬久は疑った。事実、吐き気もあった。と、凝塊が腹中でぐるぐる動き出した。 ――神憑りやと、久は悟った。 神憑りの経験は明治二十三年からあった。大本で鎮魂帰神を始めてからも、いやというほど見聞した。夫寅之助の神憑りにも、久はどれほど苦しめられたか知らぬ。神憑りと聞くだけで、寒気がするほどであった。 何とか抑えようとするが、凝塊は胸元へこみ上げ、喉をつきあげる。狼狽した久は、寝ている夫の枕元ヘいざった。 石油の乏しくなったランプの灯が、ぼんやり眠っている大小の頭をうつし出している。端から順に夫寅之助(五十一歳)、長男国太郎(十四歳)、六女とらの(十一歳)、七女すえの(七歳)である。一男七女を生みながら、四人を子供のうちに死なせ、昨年四女こうを嫁にやり、家に残っている子は幼い三人だけであった。 夫の神憑りばかりか自分までが神憑りになってしまったら、この子供たちはどうなろう。一家の暮らしは……それに、かかってきた霊が、もしや邪神であれば……。 慄然と思いを巡らす間もあらず、久の魂は激しく邪霊にはねのけられて我を失った。しびれた感覚がようやく元に戻ってくるように、久の性根はやがて足を踏まえて立ち直る。我が体に押し入り占領し自由に操るものが何奴であるか、目を据えて、しっかとその正体を見定めねばならない。 わずかの間に、久の肉体は完全に別物に支配され、乱れ狂っていた。とび起きて寅之助や子供たちにつかみかかり、何かを絶叫している。何をわめいているか、久自身分からなかった。 荒い神憑りが夜中続いて、次第に静かに穏やかになり、四日の朝には久は平静を取り戻していた。けれど、体の様子はどことなく変わった。立ち居振るまい、足さばきまで、自分とは思えぬほどおっとりと優美なのだ。 ――これは天上界のよほど高貴な御神霊がお降りか知れぬ。 久はほっとして、昨夜からまる一日の騒動につかれてまどろんでいる夫を無理に揺り起した。「旦那さま、御心配をおかけ致しまして、おそれいります。もう落ち着きましたから大丈夫でございます。教祖さまのような間違いのない神懸りであれば結構でございますけれど、私にお憑りの神さまがどんなお方やら、もしや邪神では……と、わたしも自分で審神いたしましたが、もう一つのところがわかりにくうございます。おそれ入りますが支部の役員さんにもお集まり願うて、どうぞそなたさんがたで調べていただきとうございます」 寅之助は、妻のあまりの変わりようにド肝を抜かれて、思わず坐り直した。確かに久に違いないが、言葉つきまで改まり、別人の観がある。 思わずよそゆき言葉になって、寅之助も言った。「なるほど、お前の……いや、お久はんのおっしゃる通りです。並の人間はよほど精神が堅固やないと、しまいに邪神界の悪霊に身魂をとりこにされて、とんだ神業の妨害をしでかすことになる。それに、邪神界の奴らは、えてして尊い神さまの御名をかたって現われるから、よほど審神を厳重にせねばなりませんわい。早速、役員さんに集まってもらいましょう」 折しも節分の夕であった。招集を受けた役員たちは、節分祭に先立って次々と集まってきた。八木駒次郎(川関)、八木金次郎、八木はる(以上八木)、山田卯吉、西川友次郎、西川長三郎、西川格太郎、西垣猶次郎、福島太郎(以上新庄)、中畑太一郎、奥畑某(以上岡山)、田中矢三郎(畑野)らが当時の八木支部の役員である。 彼らは寅之助の説明を聞き終わって、しとやかに控えている久に注目した。神前に進み出る久の足取りは、十二単衣の裾を引く姫君でもあるような気品に満ちていた。「どちらの姫神さまどっしゃろ」「宮中の女官さんの霊魂と違うやろか」「はて、女官さんいうても、わしら見たこともないさけのう」 口々に囁きかわす信者たちに、寅之助も嬉しげに応じている。 久は満足そうに微笑んだ。「でも、念には念ということもございます。私はやはり綾部の大本へ行きとうぞんじます。教祖さまや管長さまに、きちんと私の身上を判けていただきに……」「それは結構やが、今夜は節分祭で信者はんもたんと集まるし、御本部でも節分大祭でそれどころやあるまい。明日にしなはれ」 寅之助の提案に、心はやりつつも久は従った。 この夜の節分祭の祝詞は、斎主の寅之助の先達に一同ぴたっと唱和して、すがすがしく感動的であった。久の憑霊の醸す雰囲気に魅せられて、誰しもが興奮していた。 深更になって、参拝者たちが別れを惜しみつつ散っていった。いつの間にやら、霏々として新雪が降りしきり、天地は節分の夜にふさわしい聖らかさであった。八木嶋の斎藤粂太郎に嫁いだ四女こう(二十歳)も、今夜は久し振りで泊まっている。はしゃいでいた子供たちもとっくに寝静まり、寅之助も深い眠りについていた。 体の芯が熱していて、久は眠れなかった。明日の綾部行きを思えば心が踊ってならぬ。いよいよわが魂も選ばれてみろく神業に参加し、天下国家のために一騎当千の働きを見せることになろう。私が乗り込めば、もうあの恥さらしの管長などに好き放題振る舞わせておくものか。大本は私の力で立直して見せる。教祖さまもどんなに、どんなにお喜びになることか。ああ、ありがたいこと……。 枕元の行燈を吹き消した時であった。久の腹の中で何かがかすかに痙攣した。嗤い……腹中の何者かが、思わず不用意に洩らしてしまった不快な嗤いが……。 寒気が久の背を走り抜けた。やにわに蒲団を蹴り飛ばし、寝巻を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になると、素足で凍柱を踏み庭へ飛び出した。 四十八歳の裸身に、雪は戯れるように舞いかかる。が、この正直一途、誠実一筋の女は、足を踏んばって、内なる憑霊に必死に詰問しかける。「怪しい何神が、わたしの肉体にことわりもなく入りくさった。名のれい。お前は何奴じゃ。素直に白状いたさな許さんぞ」「……」「ええい、わたしの目が晦ませると思うか。どうしても白状せぬなら、お筆先にある通り、末代上がることのでけん根底の国へ蹴りおとしちゃる。くそっ」 とたんに、ガラスを石でこすったような叫び声が、久の口から飛び出した。「ちっー、残念な……露見したかいやあ」「ええい、やっぱり……いよいよ堪忍ならぬ」 久は自分の腹を拳で叩き、それでも足らずに、両の手で揉んで揉んで揉みあげた。「さあ、出て行け、出て行け、この肉体を邪神の住処にさせておくかい」 やがてあの奇声が叫ぶ。「苦しい、苦しい……やめてくれい」「これでもか、まだ居りさらすか……」 急に久の喉が鳴り、あくびでもするように大きく開くと、すーっと何かが飛び出し、地に落ちて転げ回った。「待てい、こいつ」 久の素足が、素早くその影を踏まえる。形は定かではないが、確かにかすかな塊の感触が足の下でもがいた。幽体は、明らかに地声で喋った。「どうぞ聞いて下され……今までこの世を好き放題、自由にいたしてきたこのわしが、もうこれから先の世では一寸も行くことはでけんから、どうぞしてお血筋の肉体に忍び込み、元の名を語らず善の道を働こうと思うたのに……こう天地から責め立てられてはかなわぬ。いっそうこれまでのこと残らず……」「おう、言え、残らず早く白状せい」「いやいや、やっぱり早く本国へ帰ろうかのう」 独り言を呟くなり幽体はするりと抜けて、瞬きする間に宙に浮き上がる。久の凝視の前で長く長く伸びた胴は、巨大な蛇とも見え、いくつかの光の尾とも見え、たちまちそれは流星のように速度を増して、暗い北天の一角に吸い込まれて行く。 ――やれ恐ろしや、油断がならぬ。それにしても、あんな大きな得体の知れんものが人間の肉体に巣食うのか。 我を取り戻して久は傍の井戸に走り寄り、釣瓶を繰って頭から水を浴びた。何杯も、何杯も、井戸の水が空になるまで浴び続けた。「母さん、母さん……どうしはったん……」 こうが激しい水音に目覚めたのか、寝巻のまま立っていた。 裸身から立ち上る湯気に包まれ、久は昂ぶった声を上げた。「わたしの神憑りはどてらい邪霊やったで。尻尾つかんださかい、審神して追い出してやった。こうや、わたしの汚れた体を塩で潔めとくれ」 久は鼻を鳴らした。いつごろからか蓄膿症の気味があり、ものに熱中するほど、鼻を鳴らす癖が昂じている。こうは鳥肌立って来た母の全身に塩を振りかけ、母に手伝って痛くなるまですり込んだ。 ――大神さま、わたしの精神が汚れておりましたので、知らぬ間にどえらい悪魔につかれておりました。これというのも全く私の信仰が至らぬからでございます。どうぞお許し下されませ。 いつまでもいつまでも、久は神前に伏して頭を上げない。着衣とはいえ、火の気一つない厳寒の夜半である。起き出していた寅之助もこうもしびれを切らせ、つきあい切れずに先に寝てしまった。 綾部では今ごろ夜を徹して一年の罪汚れを祓い清める節分の祭が行なわれていよう。久の耳に母である教祖の涼しい太祝詞の声音が絶え間なく流れ入ってくる思いがする。 つい先日、米の牢格子にしがみついて「姉さんの苦しみの半分なりと、わたしの肉体が引き受けますさかい……」と叫んだのを思いだしていた。 ――米姉の肉体は憑霊に支配されたが、わたしはそうはさせぬ。 夜が白みかけた頃、久はようやく頭を上げた。 手水にたって暗い縁を戻ってくる時、久ははっと北天を見上げた。音もなく形もなく射放たれた矢が、久を貫いたかであった。「おのれ、また戻ったな」 奮然として久は神前に開き直り、片膝立てて激しくまくし立てる。「よーし、それほどこのわたしの体が欲しいのなら、今度こそ大神さまの御前でお前の正体を暴いてやるぞ」 すると、久の口を借りて、憑霊は神妙な声を発した。「やっぱり……やっぱり真実のことを申し上げたくて戻ってまいりました。どうぞわたしの告白を一通りお聞きあそばしませ」「よし、言え、聞いてやろう」「わたしは、世の末の親指と小指でございます」 久の右手が動いて親指が立ち、小指が立った。「親指と小指?……それは何をさす」「これは……」「はっきりと言えぬか」「日本の宮中の……」「えっ、宮中……」「はい……宮中の親指と小指……」 親指と小指がどなたをさすか、久は直感し、顔色を変えた。「わたしは宮中に住み着いて長らく世を持ち荒らしていた悪神でございます。どうぞ親神さまにお取次ぎ下さいませ」「取次いで何とする」「改心いたします」「本当に改心するなら取次いでやるわいな。けど、その前に聞こう。天皇さまに何をしたのじゃ」「まずお小さい頃から御不例さんに……」 久は疑わしい声を上げた。「そんなはずはない。御病気など……」「お上はお身も心もわずろうておられます」「馬鹿な……御即位式はこの秋、お前ぐらいの邪神に傷つかれなさるはずはない。さあ、お前の姿を現わせ」「大本さまへ参らせて頂いたら、正体を表わします。発根から改心して、今までの罪のあがないにこれからは善一筋の働きをいたします」 考えるまでもなく、その内容は容易ならぬことであった。信ずると信じぬにかかわらず、ことは皇室の尊貴に関する。ふれようによっては、どんな大事を引き起こさぬとも限らない。人に聞かれては大変である。 大内山の奥深くに何事が起こり、また起こりつつあるかなど、何一つ知らぬ久であった。三種の神器を奉ずる一天万乗の天皇霊には、光輝に満ちた天津神が御守護なされていよう。邪神の足の踏み入れようなど、あるべくもないではないか。 しかし久の脳裡に筆先の言葉がひらめいた。 ――艮の金神の三千年の経綸は、根本の世の立替え立直しであるから、悪の身魂を往生さして、万劫末代善一筋の世にいたす。神の国にただ一りん咲いたまことの梅の花の仕組みであるぞよ。(明治三十二年旧七月一日) ――この世を守護しておれる神にはちっとも神力ということがなくなりて、こんどの艮の金神が世をかまわなんだら、どちらの国もつぶれてしまうのざぞよ。国をつぶしてはならんから、日本の国には昔から深い仕組みがしてありて、明治二十五年から出口直にうつりて、今の世が来るのを知らせたのである……。 ――いずれの教会も先走り、とどめに艮の金神が現われて、世の立替えをいたすぞよ。世の立替えがあるということは、どの神柱にもわかりておれど、どうしたらでけるということは、わかりておらんぞよ。九分九厘までは知らしてあるが、もう一りん肝心なことはわかりておらんぞよ。 ――一りん……肝心かなめの一厘の仕組がわからぬとは……一りんとは何。 久の目前を『親指と小指』がちらつき躍る。古い忘れ去ることのできぬ恐ろしい記憶が、たちまち久の血の中からよみがえった。 二十五年前、初産の久を狂わせた嬰児おふじの六本目の鬼指――俎板にのせ、刃先に力を込めて押し切ったその指が今ここに……。もしや、もう一つは、四本しかなかったおふじの左手にあるべきはずの、幻の親指ではなかったか。 久は惑乱し、古傷の痛みに耐えかねてのたうち回った。邪神は、久の心底深く秘めておいた潜在意識を暴き上げ、巧みにその形にのりうつってきたのか。それとも神はこの久に何をせよと……。 苦悩は次第に一点に凝り固まってきて、くっきりと暗闇に開く一輪の梅の花と化した。久にだけ見え、久にだけ通じる花の言葉が、霊耳に響き渡った。 ――そうか、一輪の梅の花の仕組みの謎、艮の金神以外に何神も知ることのできぬ一厘の仕組みの秘密が分かった。解けた……一厘の仕組みの謎を握ったぞ。 九重の雲居はるかに侵入して、日本の親指と小指にとり憑き、この世を乱らかした悪魔の元凶が、今ここにいる。この久の腹中に宿る魔神『親指と小指』を国祖大神さまの広前に連れ出して、厳重に審神し、発根から改心させお詫びさせて玉体から切り離す。身も心も痛み給う天子さまをお救いし、御即位式を事なく挙げて、逆さまの大の字を今こそ正しく立直せるのは、神の国にただ一輪開いた誠の梅の花、この血統の福島久に艮の金神が投げかけられた尊い御用ではないか。 この久ならできる。我が子おふじの鬼指を切りとって型を示したこの福島久ならばこそ、日本の悪の根の『親指と小指』をも見事に切りはなってみせよう。 久の身魂は異様に昂ぶり、灼熱していく。 節分の夜は一睡もせぬ間に明けていった。 早朝、支部役員の山口卯吉と信者の谷口つまが、約束通りに福島夫妻を迎えに来た。こうが父母の留守中、子供たちの世話を引き受けてくれる。四人は連れ立って八木駅に向かった。八木駅のホームには、大勢の人が汽車を待っていた。その時、久は嘲笑うような囁きを聞いた。 ――ここは戦場じゃ、そなたに体を投げ出す度胸はあるまい……あるまい……。 嘲りは叱咤に変わり、強く急きこむ。「開け、戦場で開け……」 それが何を意味するか、久は本能的に知った。たとえ死んでも、女の身でそんなことはできはしない。久は柱にしがみつき叫んだ。「度胸はあってもそんなことはできまへん。いやや、いやや」 衆人の驚いた目が、一斉に久に向かう。強い力が久を柱からひっぺがし、ホームの真ん中に仁王立ちにさせる。叫ぶまいと思っても、凝塊が久の喉をつき上げ、大音声。「われこそは元を正せば、何鹿郡綾部町本宮村の出口政五郎の娘、八人兄妹四人目の女子、小さい時から男女といわれたやんちゃ娘の久、今は八木の福島良成(寅之助が王仁三郎からもらった名)の妻となり、あの下山の山の辺のあばらや住まい、先を見ていて下されよ。肉体は女子でも性は男でござるぞ」 言うなり足を開いてぱっと裾をはね上げ、前をさらけ出した。「世の中の乱れは色の道から。みなみなよく見ておくがよい」 福島寅之助も、同行の二人も、あまりの出来事にただ呆然と見ているばかり。一度羞恥を投げ出してしまうや、久は意気軒昂、あたりの視線も罵詈もはね返すように睥睨する。「さあ、えらい気違いや、ここらにもない気違いや」 ホームに居合わせた八木町字山科の米屋人見源之助が、大きな手で久の肩をつかんだ。「こら、ド気違い。おとなしくせんけい」 人見は稲荷下げをしている婆さんの息子で、あごで使う何人かの子分を持ち、ちょっとした親分気取り。「無礼者。その方のごとき穢ない者に手を触れさせるこの方ではないぞよ」 言うより早く、久は人見の手の下をかい潜り、背に飛び上がって、黒地絹の着物を激しく引き裂いた。「おのれ、何さらす」 つかみかかる人見の手に食いついて、久は離さない。絶叫が起こり、血が久の口から滴った。この時になって、寅之助は悪夢から覚めたように妻にとびついた。人見はようやく久の口から逃れ、血まみれの小指を抱えてホームを走る、久の悪罵がその背を追った。「一点罪なきこの方が、この先あることを一通り皆のものに言い聞かそうとしている正念場に、何持ってその方に指をさされることがある。待て、親指も食いちぎってやる」 向こうから、八木町本町三丁目の大きな油問屋福島長三郎がその長身を現わした。長三郎は福島家の本家で元村長。血走った目で、久は問いかける。「人見はどっちへ逃げました」「さあ、わし知りまへんで」 異様な気配に、長三郎は尻込みした。久は長三郎の胸元に手をかけ、「これ、長三はん、よう聞きなはれ。あんたのようにお金をたくさん貯めこんで我ばかり喜んでおりなさっても、一つも光は出えへん。福島株の頭なら頭だけの行ないや束ねを致さぬと、利己主義では万物の長三はんとは申さんぞ。どれ……」 はだけた胸に口をとがらせて息を吹きかける。 とにかく衆人の目を逃れようと、長三郎は真っ赤になって頭を下げる。「へいへい、言いなはる通り、これからはきっと心得て、株の束ねをしますさけ……」 黒煙を吐きつつ、下り列車がホームに入ってきた。山田卯吉がほっとして言う。「お久はん、早う乗りなはれ。汽車が出てしまいますで」 駅長がやっと職責を自覚したように走り寄ってきた。「そんな気違いをのせたらどもならん。あんたら家へ連れて帰んでくれ」 久はきっとして駅長に向かった。「わたしは気違い女でも何でもござへんさかい、乗せてもらいます。狂っとるのは、あんたらじゃ」 トイと久がデッキに飛び乗る。寅之助と二人の同行者が慌てて飛び乗った時、つんざくような汽笛を残して汽車は滑り出した。 満員の客席の中央に、久は突っ立った。救世の神業に参加していると言う自覚が、久を興奮させている。「人が識ってからなら十人並み、物を識るなら早く知れ。神は気もないうちから知らせるぞよと言うてござる。同じ箱に乗り合わせた皆さまに、今こそ一りんの仕組みの秘密を握った福島久が説いて聞かせるから、下帯締めてよっく聞きなされ……」 大本出現の由来から説き起こして、一時間半、久の雄弁はとどまることを知らない。「あんな気違い、どんなことするやら知れん、いやぞいやぞ」「金神さんを信仰すると、みんなあんなになるのじゃろうか。あれでは家内の始末もつかんやろ」 乗客たちはこそこそ囁きあっている。寅之助はじろりと睨みつける。寅之助は訥弁で、神憑りでもなければ心に思うことをうまく口には出せぬ。 妻の狂態を邪神ときめつけていた寅之助も、この説教には動かされていた。 列車が綾部駅へ近づくと、久はさらに声を張り上げる。「さあ、皆さん、大揃いで綾の聖地のお土を踏ませていただき、大本さまへお参り致しましょう」 万一参らぬと言えばつるし柿のようにひっくくっても連れて行き、もろもろの罪のおわびをさせ、世界の柱に仕立ててやろう。一念込めて、久は乗客の一人一人を睨みつける。誰一人席を立つ者はなかった。 久に手を引かれた男が、目を白黒させながら夢中で弁解する。「わし、どうしても福知山に行かんなんさかい、いずれ遠からぬうちに参拝させてもらいます。今日のところは勘弁しとくれやす」 久は歯ぎしりしながらあきらめた。 黒門をくぐると、廊下伝いにひとりで統務閣へ入った。教祖の実の娘の気安さで、案内も乞わずに上がる。廊下の右側は教祖室、左側は管長室。久は管長室の襖を開け、後ろ手で締めて、立ちはだかった。執筆中の王仁三郎が顔を上げる。 久は右手を高々とかざして、親指と小指に痰唾を吐きかけた。「管長はん、これを見なされ。この謎が解けますかい」「お久はん、何をする……こいつは様子が違うておるのう」「はい、わたしは違うておるから、管長はんに見判けてもらいに来ました」 久は膝と膝がすり合うほど王仁三郎に近寄って、耳元に押し殺した息をかける。「管長はんに折入って秘密のお話があります」 にがにがしげに、王仁三郎は身を避けた。「この明らかな神さまのお道に秘密はいらん。秘密にろくなものがあるかい。わしは大嫌いじゃ」「この大本のお道は九分九厘、一つだけ秘密がありますわな。それが一りんのかなめの秘密……」「そんなもの、知りとうもない」「いーえ、そなたはんにはぜひぜひ申し上げねばならぬこと。危機一髪のこの時聞いてもらわねば国が潰れる」「馬鹿な……」 親指と小指を突き出し、久は思わず声高に叫んだ。「世の乱れはこれが……この悪魔が……」「黙れ黙れ」「御即位の式が上がらねば、日本はどうなります。この久が悪魔をねじ伏せば、天皇さまと皇后さまは……」「やめんか」 久は王仁三郎の胸倉に食らいついた。王仁三郎の大喝一声、久の体は隅へ転がる。だが、猫のように久は起き直っていた。 目をらんらんと輝かせて再び詰め寄り、声を震わせる。「言うてはならず、言わんではならず、言うに言われぬこの仕組み……管長はんだけは、久の胸のうち知っとくれなはれ」 襖が開いて、直が入ってきた。「お久、先生に向かってなぜ途方もない無礼をいたす。何者が憑いておるのじゃ」「教祖さま、一りんの仕組みが分かりました」 叫びを上げる久の先に、すうと梅の杖が伸びる。「一厘の仕組みを知って何とする。馬鹿者」 その刹那、久の体が跳ね上がった。低い叱責であったが、恐怖に震え上がって壁にぶつかり、襖を蹴り倒して廊下に転げ出た。「久姉さん……」 驚いてかけつけた澄が、久を抱きとめた。王仁三郎は困惑した顔で言う。「お澄、お久はんはだいぶ興奮しとる。あちらで茶でもあげてくれ」 澄は、縮み上がっている久を優しく隣室まで連れ去った。
 その夜、池掘りに疲れた体にむち打って、若者たちは火の気もない金龍殿に集まった。しばらく前から、夜ごと、王仁三郎はここで言霊学の講座を開いていた。神殿の左側に黒板を背にして王仁三郎、その前の二つの長机には、十数人の受講生が坐っている。人数が少ないので、四十八畳の広間の一隅を占めるだけである。 久が入って来て彼らの脇を通り、一段高い祭員座に上がりかけて、ぎくりと足を止めた。神殿の左側の太柱に斜かいになって、不快な汚点が染み出している。 久は甲高い叫び声を上げ、はったと睨み上げた。汚点は急速に膨れ上がり、やもりの形かと思えば大むかでに見る見る変わって、獅子とも虎とも鬼とも判別し難いいやらしい相貌をむき出し、高窓に飛びついた。「それそこに悪魔が、ほれ誰か、取り押えい」 逆上した久が指差す間に、わずかな窓の隙間を抜けて悪霊は消え去った。 久は血相変えて祭員座を駆け降りると、思うさま王仁三郎を罵った。「この神殿の奥深くまでドえらい悪魔が忍び込んで大神さまのお経綸を盗んどるのに、平気の平左でなに阿呆面下げてござる。霊眼が聞いてあきれる。役立たずのド管長、役員めらがっ」 あいにく、王仁三郎の書いた久には読めぬ白い漢字が、背の黒板に並んでいた。 久は歯ぎしりした。「ええい、お前たち、『学は悪である』とのお筆先もまだ分からんのか。神さまの御前で四つ足文字など教える奴も奴、聞く者も聞く者じゃ」 あっけにとられている受講者の一人に久は躍りかかり、馬乗りとなった。それは船井郡から来ていた河合という青年であった。折悪しくも二つしかない長机からはみ出し、畳に帳面を置いて聴講していたのだ。 河合は逆らいもせず四つん這いになったまま、蒼白と化した顔を歪める。その首筋から背へ、尻へ、生温かい液体が流れ落ち、水たまりが広がった。「見たか、ド盲の蛆虫めには首根っ子押さえ、尿をかけてみせしめいたすぞよ」 勝ち誇ったように久がわめいた。 王仁三郎がとんで来て、久を河合の背から引き離す。「久、神殿を汚しくさって」 王仁三郎の怒りの拳が宙で震えた。 騒然となった。急を聞いて、福島寅之助も役員たちも駆けつける。「この方の言うことを聞け、聞け、蛆虫ども」 暴れる久をようやく取り押さえ龍門館の一室に閉じ込めて、寅之助は暗然となった。 山田卯吉と谷口つまは久の身を案じつつ夕方八木へ帰って行ったが、隣室には寅之助や役員がかわり合って寝ずの番をしている。久は唇を噛み、首を垂れていた。 二月三日の夜半から始まった一連の出来事を、久は明瞭に記憶している。舌を噛んで死にたいほど恥ずかしいことの連続であった。何ほどすまいと思っても、自分の意志を無視して肉体が動き出すのだから、どうしようもない。 けれど、後悔しているわけではなかった。火のように身内が燃えていて、居ても立ってもいられない。どうぞして衆目を集め、言い聞かさねばならぬ。そのためには、一身の恥などどうでもよかった。すべてが天下国家を憂うる至誠からの発露であれば、久は自分を哀れとこそ思え、やましさなどないのだ。 三日から穀物は一粒も食べていないのに、体力も気分も衰えを自覚せぬ。睡眠すらとっていない。眠りによって心身を休める時間など惜しかった。心は冴えに冴え渡る。 大の字逆さまに画き八分まで黒く塗った判じ物のような絵が、筆先に出ていた。誰もその謎を解明しなかったが、久には痛いほど分かる。 大の字は一と人を重ねたもの、つまり上御一人がお痛ましくも八分まで悪魔に操られ、心身を病まれて大の字の御姿に正しく立つことすらおぼつかない。その御身魂を正しく支え、大内山に渦巻く黒雲を薙ぎ払って、年号通りの大正の御代を顕現するのは天から与えられた一りんの梅の花福島久の使命ではないか。折しも第一次大戦の最中であった。 宮中の乱れは日本の危機、世界の波乱につながる。もし『親指と小指』が改心し切らねば、思い切って東へ走ろう。今上陛下に直訴諌言し、それでもお聞き入れなくば、大内山を取り巻く黒雲を切って切って切りまくり、ためらいなくこの命を投げ出して見せる。 夜半の三時頃、久は敏感にその気配を感じた。「誰や」 問いかけるまでもなく、半透明の幽体が、枕元にせぐくまっている。「『親指と小指』でございます。世の末の末の世の世を持ち荒らしたわたくしでございます。どうぞお許しなされて下さいませ。久さまから大神さまにお取次ぎ願います」「この方の申すことを素直に聞くなら許してあげます。実際お前は何者なのか」 久の見つめる先で、幽体は起き上がった。たちまち色彩はあふれ出し、まばゆいばかり豪華絢爛たる裳裾が八畳の間も狭いばかりに広がった。「すっかり白状致します。わたくしは天竺で生まれた金毛九尾でございます。摩羯陀国斑足太子の妃華陽夫人となり、唐土に移って殷の紂王の妃姐妃となり、また玄宗皇帝の妃楊貴妃ともなって、貴妃亡き後は吉備真備の帰朝に従って奈良時代の日本に渡ってきたものでございます」 久はちょっと考えて、「なるほど、悪女ばかりのようや。けれど日本は神国、そなたのような悪霊の住むところではござらん」 ほっほっほっと優美な笑い声を立てて、『親指と小指』が言った。「変幻自在、星の数ほどの眷属を持つわたくし、天地の律法が地に堕ちた世に何の恐れるものなぞあるものですか。ただ二度ばかり……まだ皇子であられた村上天皇に憑って御脳を昂じまいらせた時、十一歳の安倍晴明に祓われて思わぬ恥をかきました。それから鳥羽院の寵愛を一身に受けた玉藻前に化身して、口惜しや、安倍泰親に見破られ、石に封じ込められましたが……」「そうか、殺生石の芝居にある金毛九尾の狐はお前……」「恐れ入ります……ようよう玄翁和尚の杖の一打で助かりましたが……」「その時に改心したんじゃなかったか」「いいえ、なかなか……それからも一族は皇室の奥深くに巣食うて今まで随分と活躍し、禍いをまき散らしてきました。けれど天運めぐり来て、国祖大神が艮よりおでましになれば、もうもうわたしどもなどの思うようにはなりませぬ。お血筋のお米さまの肉体にも憑って何とか思惑を立てようとしましたが、お年を召されてもう役には立ちません。どうぞ発根悔い改めますゆえ、お母上さまにお取次ぎを……」『親指と小指』は頭を下げた。そのしおらしい様子に久は吐息して、「お前のような劫を経た名代の悪狐が……またわたしまで騙すのやないやろなあ」「決して……そなたさまのご命令通りにいたしますゆえ……」 必死に哀願する美しい姫姿を見ては、久も心を動かされる。「まず改心の証拠に、便所の掃除をしはなれ」「はい……」 素直に立ち上がる『親指と小指』を、久は呼び止める。「待ちなはれ。そんな立派な装束をつけては便所の掃除などできぬ。脱いでゆくのや」 その言葉の言い終わらぬうちに衣裳はかき消えて、白い裸身だけが恥ずかしげに部屋を出ていった。隣室では寝ずの番の夫がまだ眠気に耐えて起きているらしい。咳払いの音が襖越しに聞こえる。他の一人は遠慮のない鼾をかいていた。久と『親指と小指』の問答は夫の耳には入らなかったのか。 久はこの重大な秘密をすぐにでも夫に打ち明けたい衝動に耐えていた。 ふと気がつくと、久の前に手をついたまま震えている白い女身がある。「どうしたのや」「はい、確かにこの家のおしもの掃除は済ませました。それから教祖さまの上のよそよそ(廁)のお掃除をと思い、ふと居間をのぞいてしまって……」「教祖さまはどうなされた……」「こちらをちらとごらんになったそのお眼の怖いこと。金色のお光に弾き飛ばされて、もう一散に逃げて帰りました」「そなた、さては昼間も私に憑いて教祖さまのお部屋に行ったな」 久は、母の威光に恐れて心にもなく部屋を逃げ回った時のことを思いだしていた。『親指と小指』はしょんぼりと肩を落とした。「はい、あまりに心が急きますゆえ、一日も早う大神さまにお詫びを……どうぞして、今までの罪をお許しいただきとうて……」 白い面を伏せ、身も世もなげに泣きもだえる。「まだ改心が足らぬから、教祖さまのお光を怖がるのどっしゃろ。門の井戸で銀明水をいただいてきなはれ。身魂の清まるまで何杯も浴びるのやで」 久が命じると、『親指と小指』は出ていった。銀明水の井戸の方角から、激しい水音が久の霊耳に聞こえた。それは世の明けるまで続いた。 ――わたしの誠の一念できっと悪魔を改心させ、立派な御皇室にお立替え申し上げる。わたしが、わたしが……。 その想像は、久を歓喜に酔わせていた。

表題:天地剖判  10巻7章天地剖判



「お忙しいとこすんまへん。ちょっとお久はんのことどすが……」 湯浅仁斎と梅田信之が、池掘り作業を監督中の王仁三郎のそばへ来た。「おう、お久はんのことか、だいぶ手を焼いとるらしいのう」 雪泥水を頭まで跳ねかけたまま、王仁三郎は土手に上がってくる。「御存じでしたか。お久はんがあっちこっちで一りんの仕組みについて喋りまくっとってです。『金毛九尾もいよいよ改心の時節が来て、この大本へお詫びに来た。奥の奥は言えんが、その一りんの秘密は福島久が握っている。立替え立直しは目前に迫っているさかい、篭池掘ったり悠長に言霊学の講義など聞いとる時やない』……あまり真剣な様子やさかい、中には信じかけて浮足立っとる者もでけてます。わしらも奉仕者から質問を受けて、どう返答したらよいか」 湯浅は本当に困った顔であった。 梅田は苦笑する。「何しろ教祖はんのお血筋のお言いやすことどすさかい、頭から無視するわけにはいかしまへん。信者への影響力が大きおす。おまけに時々どうかと思うことかて口走ってますねん。お筆先の文句と思い合わせたら、わてらかてあるいはと……」「そうか、金毛九尾の奴、とうとうそこまで大本の中を本格的に撹乱にきやがったか。そんならわしも、奴らの悪の仕組みについて話しておかんならんかのう」「悪の仕組み……ほう、金毛九尾とか一りんの秘密とか、どこでどうつながっとるんです」と、湯浅は丸い目を光らせる。 王仁三郎が先に立ち、池畔の蝸牛亭に入った。 まず敷島に火をつけ口にくわえ、二人にもすすめる。「これから話すことは十七年前、わしが高熊山で実際に神さんから見せられたことや。生半可な学者に聞かせたら噴飯物やと嗤うじゃろ。嗤われようと嘲られようと、いずれは詳しく発表せんならんが、まだその時期が来とらん。しかしあらましあんたたちに呑みこんどいてもらわんことには、今後の仕組みがやりにくい。素直に聞いといてくれ」 二人は煙草に火をつけるのを忘れて、紫煙ただよう王仁三郎の口元を見つめる。「さてと、宇宙剖判に先立ち、無形無声無色の純霊があったと思てくれ。この大元霊を、古事記は天之御中主神、キリスト教ではゴット、ギリシャ神話ではゼウス、ユダヤ教ではエホバ、イスラム教ではアラーと言う。仏教では阿弥陀如来がこれにあたるかのう。漢土では天または天主・天帝、易では太極……それが大本でいう大国常立大神さまじゃ」「そしたら耶蘇教でも大本でも同じ神さまを拝んどることになりますが……」と、梅田はけげんな顔をする。「そういうことになるのう。ただ宗教によって御神格の理解の度合いが違うだけじゃ。筆先では天のご先祖さまと親しくお呼びかけしとるし、みろくの大神さまとも言う。主神・独一真神・造物主、それぞれ呼称は違え、みな同じ大元霊をさしとる」「……となると、古今東西の宗教間の争い……どっちの神さまが尊いかで血を流すなんぞ、全く無意味であほらしおすなあ」と、梅田。「そのとおり、大きな目で見たら、万教は同根やと悟らんなん時がいずれくるわい」「……」「さて、この絶対一元の純霊がほとんど十億年を費やして静的状態を脱し、漸次発達して霊の用を生じた。この霊的状態を、霊系の祖・高皇産霊神とたたえる。次にその霊の発動力である霊体(幽体)が出現する。これを体系の祖・神皇産霊神と言う。言霊学上、霊は『ヒ』または『チ』であり、体は『カラ』であり『カラタマ』じゃ。もともと霊を宿すべき容器やさけ、殻・空魂と言えよう。この殻に霊を満たすことによって二元を結び、初めて『チカラ』を生んだ。高皇産霊神・神皇産霊神と言う神名にある産霊の意味が解るか」「……」「産霊とは単なる連結やのうて、陰陽二元の結合から霊(ヒ)すなわち命を蒸す。文字通り霊を生みいだすのやで。古事記冒頭の一節、『天地の初発の時、高天原に成りませる神の御名は天之御中主神、次に高皇産霊神、次に神皇産霊神、この三柱の神はみな独身成りまして隠身なり』……これがいま言うた造化の三神にあたる。高皇産霊神も神皇産霊神も天之御中主神の不断の活動につれて生ずる霊体二元の働きを表現した神名で、三神にして一神、一神にして三神という三位一体の関係にある。つまり三神即一神にして他に比類するもののない独一真神や。その霊力体の大元霊としてのお働きは、幽の幽、神秘の最奥において行なわれているさけ、隠身といえる」 王仁三郎は、二人の目の色を覗き込むようにして、一息ついた。「今の若い者には、かびくさい古事記よりももう少し科学的な表現が好まれるかのう。 こう言い替えてみよう。 太古、大虚空には、ただ一点の神霊元子と言うものが芽吹いた。霊は火、火素と言っても良い。次に体素、または水素と言うものが派生して二元と成り、虚空にみなぎった。やがて発達した火素・水素は相抱擁帰一して精気を生じ、いわゆる電子を発生する。これが万物活動の原動力となり、動・静・解・凝・引・弛・合・分の八力が完成して、ついに幽の顕である大宇宙・小宇宙が形成される。まあ、一口で言うてしまえばやが……」「……」「不思議なもんやのう、酸素と水素の結合(産霊)が水になり、陽極と陰極の結びによって電気が働き、男女の愛の結びによって新しい生命が生まれる」「なるほど、高皇産霊・神皇産霊の御神名にはそんな深い意味がおしたんどすなあ」と梅田が嘆息する。「わしは神さまからこう教わった。『宇宙の本源は活動力にして、すなわち神なり。万物は活動力の発現にして、すなわち神の断片なり』とのう……」 王仁三郎の書き物なら空で覚えている湯浅にしても、幽の幽の段階から新しく説き起こそうとする師の熱意に引き込まれて、全身が耳になった。「……とまあ、これまでは説明に過ぎんのやが、理屈抜きに見たままを語ると言うのも、むずかしいもんじゃのう。言葉が足らいで、その万分の一が伝えられるかどうか。 ……これは高熊山修行の時のことやが、いつしかわしは何物かに引き上げられる心地がして、どこまでも昇って行った。そこは仏者のいわゆる須弥仙山の頂上……というても、現身は高熊山の山腹にありながら、霊界の山へ霊身で導かれたわけやが……そこで思いもよらず天地剖判の姿を神さまから見せられた」「何とまた……」と、思わず梅田は声に出した。「八方を見回すと、天もなく、地もなく、時間も空間もない茫々たる大虚空の中に一点のヽが現われ、それが次第に拡大して一種の円形を作る。その円形は湯気よりも煙よりも霧よりもかすかな神明の気を放射して円形の圏を描き、ヽを包んでの形になった。つまりこれが幽の幽の段階の主神のありようじゃ。 この時、寂然たる無言の虚空に、初めてあるかなしかのス声を発した。かすかな声音のようだが、遠く、深く、強く、どこまでもしみ込んでゆく。スースースウーと極みなく延び拡がり、どんどん膨れ上がり、鳴り鳴りて鳴りやまず、宇宙全体がスの音声で満たされ、極まった時にウ声の言霊が生まれる。 ウの言霊も宇宙大に展開し、ウアーと上へ昇りつめ、その極みにアの言霊が生まれる。 ウオーと下りに下って拡がっていったウの言霊は、オの言霊を生む。 こうして、ウの言霊のなり極まるところで物質の大元素が発生した。だからウ声は万有の体を生み出す根源と言うことや」 余りにも意表外の話に、聞き手は王仁三郎の吐く紫煙にまかれて口元を見つめるのみ。「ア・オの言霊は互いに催合つつタ・カの言霊神を生み、ターターター、カーカーカーと東に西に北に南に、内に外にと言霊の光は輝き渡り響鳴し合う。大虚空に活気がみなぎり始め、充実しつつ拡大し続ける。やがて生ずるタカアマハラの六声の生言霊は大きな拡がりを持つ宇宙を形作っていった。 その宇宙に紫微圏なるものがあらわれ、火水を発して虚空に光り、その光がひとところに凝結して無数の霊線を放射し始めた。大虚空は紫色に輝いて紫微圏層が生まれ、次に蒼明圏層、照明圏層、水明圏層、成生圏層と、大宇宙は延び拡がり、形作られていった。 吐く火水、吸う火水の活用は霊波となって一種の水気を発射し、雲霧を創る。また火気を放って、清明無比なる宇宙が創られていった。最奥至高の天極紫微宮からは、タカタカと言霊輝き、四方八方へと鳴り渡る。言霊の原子は、ついに七十五声の精霊を生み、それらの霊波は一瞬のうちに千万里を照走し、大宇宙に荘重なる和声となってみなぎる。清軽なるものは霊子の根源となって空を浸し、重濁なるものは次第に下がって物質の根源をなし、幽の顕界建設の力となった。大虚空に鳴り鳴りやまぬ霊力体の三元・スの言霊の玄機妙用は紫微天界に大太陽を現出する。その太陽の輝きは、現今の太陽の七倍以上の強さだ。 神々は天界の完成を祈って繰り返し天の数歌を歌う。ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり、もも、ち、よろず……」「……」「紫微圏層の中にも五つの天界が漸次形成されていった。天極にある至厳至美、至粋至純の透明国なる紫天界。続いて蒼天界、紅天界、白天界、黄天界。光彩の渦は巡り巡る。天空には万の星座がきらめいて、その数を増す……」 王仁三郎は紫天界の様を思いうかべて、しばし目を虚空にとどめていた。「それ、先程の天の数歌の詳しい意味を教えとくれやす」 湯浅の頼みに、我に返ったように王仁三郎は語りつぐ。「天の数歌は単に数の順序と考えたらいかん。幽の幽たる大言霊が百千万の運化を経て幽の顕と現われ給う宇宙創造からの生成化育を示し、その順序をうたい上げて、主神の力徳をたたえまつる言霊や」「もっと具体的に言うとくれやす」と、湯浅は追及する。「かいつまんで言うたらこういうことになる。ひと(一霊四魂)とは、大宇宙の根源において独一真神がましまし、一霊のもとに勇親愛智の四魂を統べていられることを表わす。ふた(八力)で、真神のいとなみである陰陽二元の組み合わせにより八力が生じ、み(三元)で、八力の微妙複雑な結合により剛・柔・流の三元ができ、ここで霊・力・体の三大要素が揃ったことを表わす。よ(世)で泥海のような世界ができ、いつ(出)で日月星辰や大地が現われ、むゆ(燃)で草木をはじめ諸生物が萌え出で、なな(地成)で人類が生まれ地上の世界が成就する。や(弥)でそれがますます充実し、ここの(凝)で充実安定を表わす。たり(足)で完成の域に達し、もも(諸)でさらにもろもろのものが生まれ、ち(血)で大造化の血が宇宙をくまなく巡り生命力が満ち、よろず(夜出)で生成発展の光明世界が永遠に開けていく……」「……」「この言霊によって、大太陽は百雷の一時に轟くごとき大音響を発し、左旋し始めた。紫の光は四辺を包み光輝燦然、光と熱は千万里を照らしてまさに炎熱熾烈や。 時にア声の神霊が西南の空に活き給うて高地秀の嶺に顕れ、生言霊を発生する。それは凝ってついに大太陰と顕現し、右旋を始める。たちまち水の霊能が現われて、霧となり雲となり雨となって四辺を潤す。宇宙は清涼の気が満ち、火水和合して炎熱を鎮めた……。 これがわしの見た『幽の幽』、『幽の顕』、宇宙天界の剖判や。大太陽界に鎮まり給う神霊を厳の御霊・天道立神、大太陰界に鎮まって守護し給う神霊を瑞の御霊・大元顕津男神とたたえまつるのや。 ごくごく縮めて言ってしまえばこんなものやが、宇宙創造の年代の遠さ、その時の流れの悠久さは数十億年、今にして続いていると思えば呆然たるほどや」「今にして……ほな、宇宙はまだ未完成と言うことでっしゃろか」と、湯浅が鼻をこすり上げる。「そうじゃ。未来永劫、宇宙は完成に向こうて歩み続ける……みろくの世を願うてのう」 梅田信之が考え深げに口をはさんだ。「霊と物質の創まりが言霊やちゅうのはけったいに聞こえるけど、キリストの聖書の中にもそんな文句がおましたなあ」「ある。ヨハネ伝首章に『太初に道あり、道は神とともにあり、道は即ち神なり。この道は太初に神とともに在りき。万物これによりて造らる。造られたるものに一として此れによらで造られしはなし』とあるが、まさにその通り。西欧人は言霊を知らんさけ、道の真義がわからんが、道とは天地に満ち満つる言霊のことじゃ」「……」「仏教でも、阿吽という言葉があるやろ」「阿吽の呼吸などと言いますなあ」と、梅田が相づちを打つ。「それそれ、阿は呼気、吽は吸気を表わす。寺院山門の仁王や狛犬が一方は口を開け、一方は口を閉じているのはそれや。 弘法大師は阿字本義を提唱した。阿・吽で全宇宙万有を摂し、阿は一切が発生する理体、吽で一切を集結する智徳を表わす。つまり菩提心と涅槃のことや。 だから真言密教でも、万有が真言、すなわち言霊から発したことはある程度わかっているのやが、ア・ウンの根源にスの言霊の働きのあることを悟らんさけ、彼らには主神はつかめん」「なるほど、それでうちの親父の奴、なんぼ言うてもその奥の主神がわからんはずや」と、梅田がうなずく。「さっきも言った古事記冒頭の『高天原に成りませる神の御名は云々』の『成る』とは『鳴る』の意で、タアー、カアー、アー、マアー、ハアー、ラアーと阿声の生言霊が鳴り鳴りて鳴り余りつつあるところを、地上の鳴り鳴りて鳴り足らざる部分におぎない合い、結ばれる。こうしてまず神霊世界が蒸しわかされて生まれていった過程を示しとる」「なるほど……」と、湯浅が感に堪えぬ声を出す。「だから言霊は神のご意志や。御神名の尊称に使う尊とは、本来、『御言』、つまり神言をさす。『声』は心の柄、進む寸前に進めの思いが生ずる。われわれの一挙一動はすべて意志、つまりは言霊の力で動かされていると思え」「言霊の大事な意味がやっと納得でけましたわ」と、梅田が微笑む。「けどさっきのお話はみな幽の世界、つまりは肉眼で見えん天界のことでっしゃろ。この現界はどうなってます」と、湯浅が聞く。「そいつをくわしゅう語れば三晩四晩ではきかんやろ。けど天界と現界は次元こそ違え、合わせ鏡や。『幽の顕』界が完成するにつれ、『顕の幽』界にそれはうつってくる」「顕の幽界……はて、わかるようで、もう一つはっきりのみこめんなあ」 梅田の呟きに、湯浅も同意を見せる。「隠身から現身へと生成発展する過程を、仮に四段階に区切ってみた言葉や。幽の幽・幽の顕・顕の幽・顕の顕と……万有一切の現象には、必ず幽の境域がある。 ここに梅田はんが存在するやろ。ということはやな、その昔、潜在的・無意識的にあんたの生まれるべき素因、いわば霊子があったからや。どうや、なかったとは言えんやろ。それが幽の幽の世界。 現界での因縁の身魂の父と母が出会い愛を求める時、その想念の中であんたはすでに幽の顕になった。そして夫婦の愛の結びによって母体の中にヽを発生、人類の進化を十ヵ月かけて胎内で体験しつつ成育するのが、顕の幽といえるやろ。 四十数年前、体内に胞衣を投げ捨ててこの世に生まれた時から、あんたにとって顕の顕界。けどのう、やがていつかは古び破れた肉体という衣を投げ捨て、顕の幽界に戻る時が来る。それも一連の生成化育のうちやが……」「ほなわてかて、いっかどそうに惟神の法則に従うて生まれてきたことになりまんなあ」と、梅田が照れくさそうに頬を撫でた。「あたりまえじゃ」と王仁三郎は笑い、「今、この蝸牛亭の外では、金龍海が掘られとる。わしが高熊山で霊界を見聞して以来、金龍海への想いはあったはずやが、まだはっきりと意識になかった。その段階が幽の幽。そしていよいよ掘ることを決意した時が幽の顕。さて、どの場所に、大きさは、形は、労働力は……日増しに設計は具象化するが、まだ顕の幽の段階や。 その頃、わしの構想は金龍池やったが、教祖はんに『神界にうつる姿は金龍海』と示されて、顕の幽はわしの胸の中でさらに発展した。工事にかかってやっと顕の顕に入ったが、まだ完成されてはおらん。篭池と嘲笑される金龍海に満々と水が張った時……」 彼らは一様に、その時の光景を夢見る。 王仁三郎は二本目の煙草を深々と吸い込む。「顕の幽界、言いかえれば大地の霊界の片端ぐらいなら、梅田はんや湯浅はんかて霊眼で見えるやろ。わしには大きな使命があるさけ、宇宙の成り立ちをおそろしく超高速度に縮めて見せられたわけやが……ほい、話がそれてしもた。 つまり、天界での天地剖判が顕の幽界にうつってくる有様やったのう」 王仁三郎は淡々と語る。「スの大言霊から顕の幽界に現われて来られた厳の御霊国常立尊は、混沌たる宇宙の球形の中に降り立たれた。初めそれは無辺の濁水の中に立つ金色の円柱かと、わしは見た。 漂う濁水はゆるく柱の周りを巡る。それが次第に渦となり、速度をはやめてゆく。気がつけば、金の円柱と見たのは、視角に触れぬ高速度で左旋する巨大な回転体じゃ。渦は外周へと輪を広げながら奔騰する。 回転体は、やがて金色の炎を上げて、少しずつ傾斜し始めた。と、見る間に、振り放たれた小塊体が遠く近く宇宙に散乱し、無数の星辰となって旋回し出した。まだ光のない黒い星たちじゃが……。 さて、金の円柱はと、視点を宇宙の中心へ戻して見ると、円柱が自ら転げたところにあるのは、金色に光り輝く巨大な龍体やないか。 あっと瞳を凝らすうちにも、龍体は逆巻く濁流を割って東西南北に駆け巡り始めた。天翔けり水潜り、その意志の発するところ、自在に魂を分かち身を分かち、たちまち大小無数の龍体を生む。それらの巻き起す波動によって、濁れる物は凝り固まって泥土となり、大龍体の通った後には大山脈を、小龍体の通った後には小山脈をなしてゆく。 希薄な物は低い地へと流れ落ち、集い寄って海を生ずる。やわらかい泥土からも、生まれたばかりの海からも立ちこめる水蒸気に視界はおぼろになった」「……」「おりしも海原の中程から、濁水を破って中天高く銀の光が噴き上がった。光は渦を巻いて右旋回し始めた。加速度が増すにつれて、動かぬ銀色の円柱かとも見えてくる。その銀の柱は傾き始め、無数の動植物を遠近に振り撒いて行く。やがて柱は横ざまに倒れ、銀色に輝く龍体と化した。 東の地上からは金龍が地響きをあげて西へ駆けり、海上の銀龍は波頭を蹴り立て、海鳴りを轟かせて東へと駆ける。その合する所、金銀二つの光の旋回が再び大地を震わして巻き起こった。次第に天地は光輝を発してきよる」「なんと雄大な物語じゃろ」と、梅田はうっとりという。「やがてつんざくばかりの轟音とともに、金龍の口から昇騰していく玉がある。それはまばゆく白金の光茫を放って天空にのぼり、嚇々たる太陽となった。 一方、銀色の龍の口からは清水が噴き上がり、白色の玉が虹の尾を引いて昇り始めた。 金の龍体が天に向かって息吹を吐く。その火水は虹のように太陽にかかってにわかに光を強め、熱線を放出する。 時うつり、太陽が西に没すると、暗星たちはいっせいに輝き始める。白色の玉は太陰となって慈光を増し、地上の水を吸い続けた。夏となり秋と巡るにつれ、地上の水は減じて山野が現われ、やわらかい大地はいつか芽を吹いていた」「長い長い年月を経ての出来事でっしゃろなあ。けど、龍体やら金銀の柱の話など、この現実の話とは違いまっしゃろ」と、吐息とともに湯浅が言った。「無論や。これがそのまま現実界の現象そのものと思うことはできん。何度もいうように、わしが目撃したんは霊界のことや。現界には現界の神定め給うた法則があり、その法則に従って自然界は整然と動いて行く。けど人は、その法則の奥に必然的に存在する幽の世界を知らん。 すべて宇宙は霊が元で体が末、霊界にあったことはいずれ顕の顕、現界である地上に移写してくる。これは太古から今の世まで変わらぬ真理やで」「その天地剖判にたずさわった、世の元の御龍体たちは?」 信之の言葉に促されて、王仁三郎は先を急いだ。「大きな剣膚のいかめしい金の大龍体は、泥海をかき分ける時に必要やった龍身を変じ、その御精霊体は天に昇られ撞の大神として、天界の主宰神となり給うた。 銀の御龍体はその妻神・豊雲野尊と顕現された。 白色の龍体から発生された一番力のある龍神は、神々しい男神・素盞嗚尊と化した。長い黒髪、腹まで伸びた髭、大英雄神のみ姿に打たれて思わず見とれとると、そのお体から発した白光が天に冲し、月界に昇られて月夜見尊となられた。 太陽の現界は日の大神・伊邪那岐の貴子天照大神が司となり、太陰の現界は月夜見尊が司られる。天界・現界ともに日・月の主宰神が決まったので、撞の大神はその分霊を降し給い、自ら国祖・国常立尊として地上霊界を主宰される。そして地上物質界である大海原は日の大神の命によって、素盞嗚尊に任じられた」「……」「さて、数十億年を要して生まれた地上霊界は日月星辰なり、山川草木は発生したとはいえ、大空は赤褐色に濁り、海原の水も黄ずんで、樹草の類は葱のようにか弱い。海や岸辺に生まれた動物も、海月や海鼠のように柔軟でしかなかった。 大地の修理固成に立ち向かわれた国祖国常立尊は地の世界最高の山に登られ、大きく息吹きを放たれた。この息吹きより十二の風の神が吹き荒れ、松・竹・梅をはじめ一切の種物は葦のように吹き倒されてしもうたのや。 国祖は御自身の胸の骨を一本抜き取り、かみ砕いて遥か四方に吹き出され、これを岩の神、またの名を玉留魂ととなえられた、この神の働きによって、初めて樹草は大地に根を張って立ち、動物は骨が備わり、それぞれ固有の形態を保つようになった。玉留魂を多量に含み、凝り固まった所には、鉱物や岩石が生じた」 息を凝らして聞き入る二人に紫煙を吹きかけた王仁三郎は、目を細める。「このままでは日照り続きで、大地は干鰈のようにくすぶりよるわい。おまけに月はまだ水を吸引し続けとる。そこで国祖は、海原に残っておった大小もろもろの龍体を集めて龍神と化し、雨の神と名づけて、海水を狭霧のように吹き放たれた。たちまち雲が湧き満ちて天を覆い、沛然と雨は干からびた地上を潤していく。 次に雨との調和をはかられて、太陽の熱を御身いっぱいに吸い込まれ、これを放射して火龍神と名付けられた。風の神・雨の神・火龍神・岩の神の調和ある活躍によって、藍色に澄みわたった天空には鳥が舞い、海原には鱗群を養いつつ蒼くうねり、山野は花咲き実り、生き物たちは木陰や草の褥に安らいで眠る」「……」「天界そのままの楽土を移して、地界は成った。国祖は太陽・太陰に向かって陰陽の火水を吸い込まれ、息吹きの狭霧より御子を産まれた。この日月の精から現われ給うた御子・稚姫君命は地上霊界の神政の司となられ、大八洲彦命を天使長兼宰相にして、聖地エルサレムの『地の高天原』にある龍宮城で、神務と神政を開かれた」「地の高天原ちゅうと……綾部のはずやが……」と、湯浅が口をはさむ。「慌てるな。日本はまだ形もできとらんわい」 二人が黙り込むのを横目で見て、王仁三郎は続ける。「一方、伊邪那岐尊の御油断により、手の股をくぐり出て太陽界から今の支那の北方に降誕した神があった。これが盤古大神や」「どこやらで聞いたことのある名前どすなあ」と、梅田が湯浅の顔を見る。「ああ、確か上谷の四方春蔵はんに憑いたちゅう……」と、湯浅が呟く。「盤古大神は支那の祖先神で、日本の国常立尊に相当する神や。元来は温厚無比の正神やが、偽盤古が出て悪をはたらいたさけ、悪神と思われるようになった。四方春蔵に憑ったのは、偽盤古のほうや」と、王仁三郎は昔をしのぶ目になる。「もう一方、天王星より常世の国、今の北米大陸に降った豪勇の神に、大自在天神・大国彦命がある。地上霊界には、国祖・国常立尊の統治の下、稚姫君命の神政とあわせてこの三神系がそれぞれ一族を擁し、平和に治めていた。ここまでは顕の幽、地上霊界の姿と思え」「へえ、まだ自然界はでけてしまへんのどすか」と、梅田は慨嘆する。「そこで国祖は、いよいよ顕の顕界である地上物質界の修理固成に着手される。この自然界は、これまで五十六億万年の時の力によって因蘊化醇、地上霊界の姿をようやく移し出していた」「……」「わかるか。無ともいうべき一点のヽに始まって、大元霊たるの大神はその火水を結んで力を生み、千変万化、ついに大宇宙となって顕現されたのや。いや、その造化の働きは巡り移りを繰り返しつつ、久遠に進化していく。しかも天地森羅万象の一切はそれぞれが神の断片であり、生き物なんや。主神の体であるとともに、その霊を受けとる。動物は無論のこと、剛・柔・流の質的差異こそあれ、植物も鉱物もやぞ」「人類はどないなってまっしゃろ」と、待ち切れずに湯浅が問う。「待て待て、今から生まれる所じゃわい」 王仁三郎は湯浅を制し、三本目の敷島をくわえた。念頭から消えていた金龍海掘りの活気が、一服の紫煙を揺るがし侵入してくる。「ところでこの自然界は、時間・空間に支配された有限の世界や。力あるものははびこり、弱きものはいつか形を滅するしかない。自然界を統一し、調和ある善美の世界を地上に来たらすためには、同じ三次元界の物質の法則によって成る肉体を持ち、神の心を心として自然を支配する、力ある生き物が必要になる。 そこで国祖は神の子・神の宮として、神に代わって天地経綸の主宰となり地上を修理固成すべき人間の祖を造られた。有限の肉体の器に無限の火水の霊魂を満たして霊止となし、その陰陽二人を人類の祖としてエデンの園に下された。男を天足彦、女を胞場姫というのや」「つまりアダムとイブ……」 湯浅と梅田はうなずきあった。「そうや。けどのう、わしが神界で見聞したんと聖書とでは、大きく違う所がある」「それはどこどす」と、湯浅が身を乗り出す。「まあ、先を聞いてくれ。この長い生成化育の道中は、全智全能である造化の神の全き御意志のままに進んで、善美そのものと思えるやろ。ところがそうはいかん。天界の果て、紫微圏層の外辺においてすら、この時すでに妖邪の気が発生していた」「なんでどす、なんで天界に悪が……」「燃える聖火の炎からも、微かに立ちのぼる煤があるやろ。湧き出る清水も一つところに止まれば次第に濁り、虫がわく。スの言霊から成り成りて澄み切った天界の極みにも、時を経て混濁の気が生ずるのは、自然の結果といえる。 もともと霊力体の三大元をもって創造された宇宙や。霊を清であり善とするなら、相対的には体は濁であり悪ということになる。霊体二元の配合の度合いの差から発する神力は、必然的に善悪混淆、美醜明暗あいまって千変万化し、一切を成り立たせているのや。 紫微宮では、天界での清明さを保とうと、天の数歌を不断に発声して曇りを拭い、濁りを澄ます太祓の道を開き給うた。ましてや重く濁れる分子のみ凝り固まった地の世界じゃ。時とともにエデンの楽園にも邪気が凝って、霊主体従の神木に体主霊従の果実を結んだ。『この実を食うべからず』と神は二人に向かって厳命され、その性質を試された。二人は体的欲望にそそのかされてその実を食い、神命を犯して神の怒りに触れた。これより地上世界は体主霊従に傾いて、神界も人界もともに混濁していくのや」 梅田は逆らうように目をあげた。「どうも腑に落ちまへん。神さんが全智全能で絶対愛の存在なら、人類の始祖である大切な二人の前に、食わしともない果実なんかなんで、実らせはったんか。エデンの園に侵入する邪気を何で防いでやってやなかったか」「武士に二言はないというやろ。ましてや宇宙の本体であり真理たる神が一度下した神業は、絶対に途中で変えることはできん。それが厳然たる神威というものや。 一度、神が人間に一霊四魂を分け与え、神に代わって地上の主宰者たる権限を授けられた以上、人は自律して霊と体を統べ、自分の意志のままに生きねばならん。 毒あるものを『食うな』ちゅうのは親の愛や。けど成人した息子は、親に隠れて甘い実をむさぼる。それでも親は、かわいい息子に食わしたくない毒の実をこの世から根絶することはできん。なぜなら、それも必要やからや。体的成長のためには、体的欲望がなくてはならん。それを悪とはいえん。絶対悪など、この世に存在せん。 ただその甘さに魅入られて、霊五体五の神の理想とする調和を崩せば、ずるずると体六体七に傾いていくやろ」「そうや、わてかて神さんなど忘れて、いや、神さんなどいっそなかったらよいと思うてなあ、本能の虜になったもんどす。本能のままに引きずり回されてなあ……」と、梅田が言う。「神性をとるも、獣性をとるも、人の自由やでのう。青い大空だけでは、一切を生み出すことはでけんし、大地だけでも育てることはでけん。エデンの園の神木たちのように、大地にしっかりと根を張って天に向かって枝葉を伸ばし、日月の恵みを受ける。そして霊五体五の正しい実を結ぶべきじゃ」「霊五体五というと……」と、梅田が訊く。「霊・体の比が合わせ鏡のように和合した理想の状態や。霊を重んじるあまりに、霊六霊七と霊を振り回し体を軽んじても、悪となるのじゃ。 厭離穢土などとぬかして、神の体の顕現たるこの世を卑しめるのが、この輩や。煩わしい現世を逃れて、我ひとり清しとばかりに深山幽谷に入り霞を食って生きようなどという輩も、悪の最たるもの。 人の人たる使命は、あくまでこの世にある。体と霊との調和に悩み迷いながら日々の勤めを果たし、心を練り鍛えて神を指向する所に、人生の本分がある。 霊・体ともに大切ながら、活動が起こるためには、どちらかを主として統一せねばならん。そういう意味で、同じ五と言いながらも『わずかでも霊を優位に立たせい』と神は望まれる。それを霊主体従と言うのや」「つまりは善と言い悪と言うのも、霊と体とのかね合いから生まれるのですなあ」 湯浅の言葉に、嬉しそうに王仁三郎は笑った。「かね合い……その通りや。釣り合いと言うてもよい。政治のことを『まつりごと』というやろ。それは相対するものを『真釣り合わせる』、つまり調和させることや。『真釣り』とは計衡の両端に重量をかけて平衡させる意義がある。天上の儀と地上の儀を相一致させる作法が『まつり』(祭祀)やし、『まつりごと』(政道)や。だから神と人との真釣り合わせ、霊と体との真釣り合わせを祈るのが、祭の本来のあり方や。 人は親と子、夫と妻、あるいは資本家と労働者といったような相対する関係の中で複雑に生きんならん。宇宙大自然の実相である日月星辰、森羅万象の統一と大調和の中に帰一して神の御心のままに生きようと祈るのが、惟神の大道や。 ところで、話はどこでそれてしもたかいなあ」「天足彦と、胞場姫が知識の果実を食ったところ……。人は罪の子というのは、ほんまでっしゃろか」と、梅田が目を光らせる。「いやいや、やっぱり人は神の子やで。地上物質界はもともと体主霊従に造られたところ、人が神に代わって人智を得、それに奢っていくのも無理はないのや。むしろ宇宙完成のためには、必然的な経過かもしれん。 初発に聞き分けのない息子の犯した罪を全人類の末裔にまでかぶせて自らを卑しめるのは決して神の御心やない。けどのう、人が神慮に背いて神のみもとを去ったということは、やがて恐ろしい災禍を生むことになった」 二人は息をのんで、王仁三郎の口元を見つめる。「荒野に去った天足彦と、胞場姫から生まれた子孫は、やがて各地に散って、人類の子孫を生み増やしていった。神の御意志を代行する生宮として造られた人間も、年移り変わるにつれて人智に長け、情はねじけ、私利私欲のために争うことをはばからぬ存在になっていった。 言霊は次第に濁って神通力を失い、怒号・悪罵・嘲笑・怨嗟の声は悪意と絡み合って、毒ある邪気を発生し続けた。邪気は邪気を呼んで、天地間に立ち塞がった。清明なる神界よりの火水は、その邪気を含む密雲に妨げられて届かぬ。もはや神と人、天と地の真釣りは断絶した。 地上は流水の清さを失って腐敗しはじめ、海は混濁して悪臭を放ち、大気は汚染されて息苦しく暗い。人類は、得体の知れぬ流行病に冒され、苦しんだ」「……」「地上霊界からこの様を見られた国祖大神は、憂悶やるかたなく、深い吐息をつかれた。その吐息から八種の雷神と荒れの神が生まれた。稲妻は閃きわたってわだかまる邪気を焼き裂き、疾風起こって暗雲を薙ぎ払い、地上は吹き荒ぶ嵐に包まれ、不気味な地鳴りとともに揺れ動いた。 荒れの後の天地は火水に洗われて蘇ったが、根強く残った邪気は三方に分かれて凝り固まる羽目となった」「……」「そいつは、地上人類のもろもろの害毒から溢れ出たばかりやない。天界の端々に残る滓が沈んで澱をなすみたいに、類をもって集まり、力を生んで、ここに邪神界が現出する。 まず、今でいう露国のあたりに発生した邪神群を、仮に八頭八尾の大蛇と名づける。インドのあたりに極陰性の邪気ばかり凝り固まったのが金毛九尾と思え。八頭八尾の大蛇はその霊を分けて力ある国々の権力者に、金毛九尾の白面の悪狐はその分霊を相手方の女の霊に憑依したがる。 真っ先に八頭八尾の霊が襲ったのは、盤古大神の子の八王大神・常世彦命。金毛九尾が憑いたんは、その妻神の常世姫命やった」「ほう……」と、梅田は嘆息する。「常世姫命は地上霊界の神政の司稚姫君命の第三女や。このために常世国には妖気がみなぎり、政治は乱れて、上も下も体主霊従の行動を好むようになっていく。 一方、ユダヤのあたりに凝固した邪霊は、六面八臂の邪鬼と化した。彼らは神界・霊界の組織を打ち壊し、力を持って全世界を従えようと、ひそかに企む。この邪気は大自在天神・大国彦命に憑依し、力主体霊的行動をしたがる。 三種の悪霊は三つ巴となって大神の経綸を妨害し、罪悪は平然と横行、弱肉強食の巷と化していくのや。顕幽神三界の混乱紛糾は、収拾ならぬまでに至った」「その……大蛇とか邪鬼などといわれると、どうもわしの理性が承知しまへん。他に言いようはありまへんかい」と、湯浅が渋い顔になる。 梅田が湯浅に真剣な顔を向けた。「けどほんまにおりますで。現にわては、何ともいえんいやらしい動物霊が人間についとるのを見とる。それは霊眼が開けた時に限るけど、他に何とも言い表わしようがおへんで」「あんたが現に見た言うてんじゃから黙るよりしようおへん。けどなあ、万物の霊長たる人間や、まして神さんが狐や大蛇の霊に支配されるなんて、そんなけったいなことが……」 好もしげに二人の論争を聞きながら、王仁三郎は紫煙の行方を目で追った。「湯浅はんの言うことはもっともや。あいつらが現実の狐や大蛇の霊やと考えたら、信じられんやろのう。さっきから言うとるように、邪神とは、天地間の万物の吐き出す不純な気の凝ったもんや。 邪神は厳然として存在し、邪神界は今や正神界と対立する勢いにある。いや、この時代にはもう、正神界の威令は、ほとんど人間どもの耳には届かんようになった。 彼らを表現するのはやっかいや。サタン・魔王・白魔・赤魔・妖魅……なんぞ気に入った名前があったらそれでもかまわん。けどその正体ははっきり三系統に分かれとる」「……」「正神界の神々がスの言霊の火水から生まれたように、奴らもまた邪悪な想念、言霊から発生して力を得たのや。つまり肉体を持って生まれた霊やのうて、本来は放出気塊の複合体やさけ、その性格を言い分けるとなると、単純な名では言い得んのや。 彼らが目的と意志を持って動く時、必ず何らかの形を作る。実際は相手方の意に添うように、威容厳然たる正神か美しい女神となって現われたがる。 しかし見破られた時や包み切れなくなった時など、いわゆる正体を現わすのや。古くからその姿が日本や支那やインドなどで記録されとるが、金毛九尾白面の悪狐、六面八臂の邪鬼、八岐の大蛇というのも、そういう形につけられた名称に過ぎん。 入道の形をした雲に入道雲と名づけるのは、人間に入道と言う記憶があるからで、鬼や狐の連想からそういうふうに見えるのや。また逆に人間のそういった観念、あるいは相手の潜在意識をついて現われるともいえる。そうした恐ろしい力を崇め、信心してその魔力を自分の力としたがる人間どもがあるのも事実や。古今東西、邪法を行じてその邪悪な思いを達する者は後を絶たん」「ほんまですなあ。鎮魂帰神を求めてくる連中も、たいていそうですわな」と、湯浅が嘆く。「そういう邪悪な力にのめり込むと、生きながら邪神界に籍を置くことになる。だから審神者たるもの、よほど心を引き締めてかからんなん」 湯浅が思わずうなずく。「ついでに言っておこう。六面八臂の悪鬼と言うのは、何も六つの体に六つの顔や臂がついとる訳やない。六面とは、ある時は若者に変じ、また美神となり、醜神と化し、正神を装うかと思えば鬼面に変わるといった神変不可思議な変化力を指し、八臂というのは、今日の人間に例えたら、精巧な器械を作るのが上手とか、書画に堪能やとか、琴の名手とか、ひとりで一切百種の技能に熟達しとることをいうのや」「金毛九尾は?……」と、梅田が訊く。「金毛九尾白面の悪狐と言うのは、化現する時には好んで美しい女神の姿になり、優美で高貴な衣を身にまとい、人に崇拝されたがる。その正体は、黄金色の美しい針毛の狐といわれる。金色は色の中でもっとも尊く、また金属として最上位を占めるからやろ。九尾というのは、一つの体に九本の尾があると言う意味だけやない。九は数の終局であり、『尽くす』の意があり、完全無欠の力を表わす。三軍の将が采配を振るって軍卒を指揮するわなあ。また祓戸主が祭典に大幣を左右左に振って悪魔を祓うやろ。 つまり正しい神が使用したら金幣を左右左に振るちゅうことになる。邪神が使用すれば、九尾を振るという表現になるのや。金毛八尾とか銀毛八尾とかいうのは、それよりやや力の劣った邪神のことを指す」「八岐の大蛇は?……」「八岐の大蛇というのも、一つの蛇体に八つの頭や尾がある訳やない。仏典の九頭龍かて、同じく象徴的な言葉や。八とか九の字がつくのは、自在な分身力に対して昔の人々の持った驚嘆の気持ちや思たらよい。奴らは時空を越えた存在やさけ、三次元界に住む人間が太刀打ちするためには、ただ正神界の加護を得た誠の信仰があるだけや」 湯浅は二、三度うなずいた。「お蔭さまで何となくわかりかけた気がします。先を教えとくなはれ」

表題:国祖御隠退  10巻8章国祖御隠退



「さてと……乱れに乱れた三界をどうかして持ち直そうと、国祖大神は肝胆を砕かれた末、妻神・豊雲野尊と天道別命に相談され、『天地の律法』を制定しやはった。律法は、内面的には『省みよ』・『恥じよ』・『悔いよ』・『畏れよ』・『覚れよ』の五戒律や。 けどこれだけでは、人の良心を呼びさますことはでけなんだ。そこでさらに、細密に具体化され厳格化された外面的律法が制定された。それは、当時の混沌たる情勢上やむをえなんだのや。 つまり、第一に夫婦の道を厳守し、一夫一婦たるべきこと、第二に神を敬い、長上を尊み、広く万物を愛すること、第三に互いに妬み、誹り、偽り、盗み、殺しなどの悪行を厳禁すること……この三つや」「それにしても、今日の法律に比べて簡単なもんですなあ」と、湯浅が言えば、梅田は、「なんぼ簡単かて、わてにはとうてい守れそうにはおへんわ」と苦笑する。「この律法をまず地の高天原から型として実行し、天下万神に伝示し、固く遵奉させることになってのう。龍宮城に入って暴威をほしいままにしていた常世姫一派もさすがにこの律法の前には歯が立たず、エルサレムを去っていった。金毛九尾・八頭八尾ら邪神一派は鳴りをひそめ、ようやく地の高天原は規律を取り戻すに至った。 国祖の息吹によって生まれた神聖の司の稚姫君命は愁眉を開いて荘重なる神楽を奏上、天地の祭りごとを盛んにして、諸神は太平の夢に酔った」「……」「稚姫君命には、夫神・天稚彦との間に三男五女の御子があった。おりしも、天稚彦は常世姫一派の奸策に欺かれて、ある女神の色香に迷い、城を出たまま長く戻られなんだ。その留守中、稚姫君命は、舞曲にあわせて美しく舞い踊る若い男神に、はしなくも魂を奪われなさる。まさに魔風恋風じゃ」「わてかて芸者の舞いに魂を奪われたもんどすが、まさか稚姫君命さまが……」と、梅田は撫然として呟く。「そやから遊芸は恐ろしい。貞淑高潔、地上の神政のみか天上の司ともなろう方、やがては天より高く咲く花と謳われた稚姫君命はここに夫婦の道を誤られ、自ら厳正なる天地の律法の犠牲になられ、ご夫婦の二神ともども幽界に落ちて行かれたのや。 これより稚姫君命は三千年の長きにわたって地獄の釜の焦げ起こし、生き代わり死に代わりして律法を犯した罪を償わんと、あらゆる苦しみをなめられることになる」「それがお筆先にある教祖さまの御因縁……」 問い詰める二人の目に、王仁三郎は深くうなずいた。「天の御三体の大神さまのお許しをいただいて、国祖は律法を天上地上に公布された。それを伝える管掌の神として、十六神将を天使に任ぜられた。邪神たちは、手を変え品を変え、あらゆる策を講じて正神たちを挑発した。けど正神たちは愛の心を持って忍耐に忍耐を重ね、抵抗を続ける。 図に乗った常世彦命らの魔軍は天をおおって攻め寄せ、龍宮城を目がけて火弾毒弾を投下した。国祖は厳として武力の使用を許し給わず、『忍耐を胸に、至誠一貫敵を言向けやわせ』と命じられるのみや。進退極まった天使・神将はついに破邪顕正の剣を抜き放った。 戦い終わり魔軍は壊滅したが、邪神たちは己の悪行は省みず、『殺すなかれ』の律法を大八洲彦命が無視したと、国祖に命の処罰を強要したのや。国祖は涙をのまれて、律法を破った天使長・大八洲彦命らの追放を命じられた」「そらなんぼなんでも大八洲彦命がお気の毒でっせ」と、梅田が慨嘆する。「けど、処分しなはった国祖のお気持ちの方がもっとお辛かったやろ。そうまでしても、国祖は律法を守ろうとされたんや。 邪神系の暴動は続いて、ついに天使長及び天使を更迭すること数回に及んだ。 神々は会議を開いて、律法の精神にのっとり、言霊の力によって身にまとうすべての武器を撤廃した……わかるか」「神々の身にまとうた武器いうたら……剣や矛どっしゃろ」と梅田が言う。「そんなもん捨てたらよいだけじゃ。神代における武装撤廃いうたら、凄じいもんやった。生まれながらに付着しとる武装を、ばりばりとはがしていったんやからのう。龍神は自らの鋭い牙を抜き取り、角を折り、太刀膚の鱗をはがして、今の蛇に近い姿になった。眷属神といえども、翼を除り、鋭い爪・針毛を抜き、無防備のからだとなってまで暴力を否定したんやぞ。 さすがの常世彦命も、一時は国祖の至仁至愛の御心に打たれて悔悟し、地上霊界は平和に治まったのや。しかし神々人々の体主霊従・力主体霊の邪気は時とともにひろがり、またしても悪狐・悪龍・悪鬼どものほしいままに荒れていった。彼らには律法の厳しさが我慢ならん。その律法を守って毫も屈せぬ国祖が邪魔でならんのや。 彼らは一致して天上の大神に国祖の非を鳴らし、直訴した。確かに国祖はあまりに厳格剛直に過ぎたため、混沌時代の主宰神としては少しばかり不適任であったかもしれんのう」「……」「悪霊の容器となった八百万の神々の激しい不平不満は、天の御三体の大神といえども、制止しきれなくなった。ついに御三体の大神は、地上神界の情勢やむをえずとして、万神の請願を聴許され、国祖に向かって、少しく緩和的神政を行なうよう説得された。妻神・豊雲野尊も『時代の趨勢に順応する神政を』と、涙ながらに諌言し尽くされた。 それでも至誠・至直・至厳・至高なる国祖は、律法は重大だから軽々に改変すべきやないとして、お聞き入れにならなんだ。万神はこぞって国祖御隠退を唱え、温和な盤古大神を奉ぜんことを直訴し続けた」「……」「天の大神はついに神策尽き給い、国祖に『聖地を退去して根の国に下れ』と以心伝心的に伝えられた。 国祖・国常立大神は、元はといえば天地未分陰陽未剖の太初より、数十億年の愛と耐苦を経て一切を生成化育され、この宇宙を顕現された親神さまじゃ。今は大地霊界の総守護神として地に下られたとはいえ、日月の天の大神を生まれたのも、このお方をおいて他にはないのや。 国祖は御三体の大神の御心情を深く察せられ、千座の置戸を負うて根底の国へ落ちて行く決意をなされた。そこで、妻神の身に類を及ぼさぬよう、きっぱりと夫婦の道を絶たれる。『われは元来頑冥不霊にして時勢を解さず、ために地上の神界をしてこのように常闇の世と化せしめたのは、全く我が罪』と天界に詫びごとを奏上なさる。天の大神は、千万無量の悲嘆を隠してそれを聞き入れられ、『一陽来復の時を待って、元の地上神界の主権神に任ずる時が来よう。その時は我もまた天より下って、貴神の神業を補佐しよう』と、暗黙のうちに約束しなはった」「……」「悪盛んにして天に勝つとは、このことじゃ。ここに国祖は神議りに議られ、暴悪なる邪神どもに髪を抜かれ、手足を切られ、骨を断たれ、筋を千切られ、よってたかって残酷なる処刑も甘んじて受けられた。 しかしいかに悪逆なる邪念を凝らしてみても、国祖の威霊まで滅ぼし去ることはできん。元の霊身に立ち返られた国祖は、ひとりエルサレムを立ち去って行かれる。その背に、神々は煎豆をぶつけて叫んだ。『煎豆に花が咲くまで、この世に入るべからず』とのう……」「煎豆に花が咲くまで……」 梅田は絶句した。王仁三郎は思わずしゃくりあげ、「そうや。『煎豆にも花が咲く時節が参りて……』と筆先にもあるやろ。分かるか、分かるか」 梅田は大きくうなずき、見張った目からぽろりと涙をこぼした。 気をとり直して、王仁三郎は続ける。「国祖御隠退が節分の日や。天の大神は、大地の火球の世界へ落ちて行かれる国祖の精霊の一部を聖地エルサレムの東北・七五三垣の秀妻国(日本列島)に止めさせ給うた。神々は、国祖の威霊の再び出現されることを恐れて、七五三縄を張り巡らした。 豊雲野尊は、離縁されし身とはいえ、夫神の悲惨なる境遇を座視するに忍びず、自ら聖地の西南なる島に隠れて夫神に殉じなはった。 天地の律法を国祖とともに守った正しい天使たちは、神々に弾劾されてそれぞれ世に落ち、長い星霜を放浪う身となられる。 邪神たちは艮の金神・坤の金神、つまりは鬼門・裏鬼門の悪神、祟り神と広く喧伝して、今の世に至るまでこの世の親神さまを忌み嫌わせたんや」「わしらは……ついこないだまで節分になると豆を……何も知らんとはいえ、子供らと一緒にぶっつけとった。鬼は外、福は内いうてなあ」と、湯浅が悔しげに唇を噛む。「それだけやないぞ、日本人民のしてきたことは……今日までの日本の神事・仏事・五節の祭礼と言うのは、すべて艮の金神の調伏の儀式や。古伝には、『午頭天王が巨旦大王を滅ぼす』とあるじゃろ。巨旦大王とは艮の金神のことじゃ。つまり金毛九尾系の邪神どもが国祖を陥れたいわれや」「……」「いま言うたのは午の頭の午頭天王やが、牛の頭の牛頭天王は、素盞嗚尊のことや。つまり牛と馬との違いじゃ。 素盞嗚尊が天下られたという朝鮮の山の名をソシモリというが、朝鮮語でソシは牛、モリは頭のことや。午の頭の午頭天王は邪神系の方で、素盞嗚尊の名を僣称して、わざとまぎらわしい名をつけた。だから、その午頭天王を素盞嗚尊とするのは、平田篤胤もいうとるように、吉備真備の大きな誤りじゃ」「邪神の企みは、あくまで巧妙ですなあ」と湯浅が感嘆する。「そうや。その結果、わしらがやってきたことはどうじゃ。 正月元旦の紅白の鏡餅は巨旦が骨肉、竹を削いだ門松は巨旦の墓標、三月三日の蓬莱の草餅は巨旦の皮膚、五月五日の菖蒲のちまきは巨旦の鬢髪、七月七日の小麦の素麺は巨旦の筋、九月九日の黄菊の酒は巨旦の血潮や。また鞠は巨旦の頭、弓の的は巨旦の目や。 節分の儀式にも、『巨旦の鬼の目つき』というて柊の針を戸や壁に差しかざし、巨旦の頭を梟すべく鰯の頭を串刺しにして門戸に刺し、『鬼の目つき』といって煎豆を年男に撒かせ、『鬼は外、煎豆に花が咲くまで入るべからず』と叫ばせたのや。 知らずとはいえ、こうして日本の人民は上下こぞって国祖を調伏させられてきた。どうあっても国祖の身魂を滅亡させ、地上に再現させたくない……何と根強くも徹底した奴らの仕組みやろ」「恐ろしい相手どすなあ」 湯浅の実感こもる呟きに、しばらく三人は押し黙った。 急に梅田は筆先の一説を暗唱する。「……『煎り豆が生えたら出してあげると申して、三千年余りて押し込められておりたなれど、この神を世に出すことはせんつもりで、叩き潰して、はらわたは正月の雑煮にいたし、骨は二十日正月に焼いて食われ、体の筋は盆に素麺に例えて茹でて食われたぞよ。そうしられてもこたえんこの方、化けて世界を守護しておりたぞよ』……それからこんなお筆先もおましたなあ。『正月の三箇日の雑煮の名をかえさすぞよ。この艮の金神を鬼神といたして、鬼は内へ入れんと申して、十四日のどんどにも、鬼の目はじきと申して、竹を割りて家のぐるりに立ててあろうがな』……」「そして神さんはこう言いなはる。『艮の金神は悪神でありたか善の神でありたか、明白にわかりて来るぞよ。今のうちは世間から力一杯悪くいわしておくぞよ。艮の金神の道は、今の悪のやり方いたす人民からは悪く申すが、もうしばらくの間であるぞよ。悪く言われな、この大もうはとうてい成就いたさんから、悪く言われるほど、この大本はよくなりて来るぞよ』……」と王仁三郎は言い、ほっと吐息をつく。「思わず喋りすぎてしもた。いや、喋りついでに、もう少し後を語っとくかのう」 王仁三郎は数十年胸に抱き続けてきた思いを、今は二人の弟子の前に吐きだしてしまいたかった。「多年の宿願成就して、常世彦命は天の大神をいただき、盤古大神を奉じて地上霊界の神政を握った。国祖をはじめ堅苦しい律法をかざす天使など、もう一人も居らん。ただ少々煙たいのは、エルサレムの奥殿にまします盤古大神お一人や。 常世彦命一世は国祖御隠退前に没していたさけ、この時は二世や。八王大神の称号を勝ちとって奢りきっていた。彼は盤古大神の温厚な神格が苦手で、エデンの園に宮殿を造り、そこに転居を乞うた。盤古大神は何ごとも見ざる聞かざる言わざるの三猿主義をとられ、そこに移っていかれた。 地の高天原の御神霊は同殿同床をさけ、申し訳に小さな宮をカンラン山の頂きに建ててお移し申し、年に一度お祭りするにとどめた。神殿は風雨にさらされて荒廃するに任せ、屋根は雨が漏り、くもの巣ははびこって、ついに野鼠の住処と化した。 聖地がこれやさけ、各国の八王八頭も神習って宮殿から国魂を分離し、形ばかりの宮を造って祭祀の道を怠った」「なんと畏れ多い」と、梅田が嘆く。「時とともに地上霊界の乱れは現界に移って、天地の神を信じ己れを省みる心は失せはて、律法は遠く忘れ去られてしもた。国祖大神の威霊の抜け出た天地六合は、大変調を来した。春の花は秋に咲き、夏は雪降り、冬蒸し暑く、妖気は天を鎖して、次第に日月の光は曇っていく。 エルサレムの龍宮城は八王大神夫妻が住んで遊楽場と化し、おぼろ月夜みたいな大地の有様も苦にせず遊び狂った。 ついにエルサレム・エデンの城はともに鳴動爆発し、大火災になった。盤古大神や八王大神夫妻らは、アーメニヤの野に向かって逃げた。彼らは大蛇・悪狐の邪神の容器となりはてて、ここにアーメニヤの神都を開くのや」「……」「ところが、国祖御隠退に際して協力しあった仲の大自在天一派は、この機を逃さなんだ。天下の神政統一を旗印にまず常世城を占領、盤古大神一派に無名の戦端を切った。この反逆を激怒したアーメニヤ側は、常世城討伐を期して、各山各地の八王八頭を招集した。大自在天神も同じ力を持って招集令を発したので、天下は二分し、おのおのその去就に迷わされた。 内乱衝突は各地に拡がって深刻になった。もはや頼むに足る権威すらない。混乱に乗じて、大蛇・悪狐・邪鬼の邪神たちは、時こそ至れりと暴威をふるった」「……」「かなわぬ時の神頼み、今更のように国祖大神の威霊を慕って神殿に伏し祈願を捧げる人々さえ現われた。地上神界・現界のこの有様は、隠身となられた国常立大神の御神霊に響かぬわけはない。国祖の数十億年の忍苦の結果に成った地界は汚濁し、邪悪な気魂は宇宙の霊気を汚し、毒素は刻々と増してくるのや」「……」「このままでは天足彦・胞場姫の体主霊従の気を受け継いだ地上人類は殺し合いによらずとも、自ら滅亡する他はない。大神は耐えに耐えた吐息を内にこらえ、涙を体内にのまれた。泣くに泣かれぬと言うのは、このことやで。 大神の御煩慮の息は大彗星を生み、ガス体を放ち、吐息は嵐を起こし、落涙は強雨にも相当して地上を洗わずにはすまんのや。今にして堪忍の緒を切ったら、体内に積みふさがった悲憤の思いがどれだけの力を爆発させるか、御自身にはわかる。 恋し恋しと松世は来いで、末法の世が来て門に立つ……」 艮の金神のお筆先の一説が、今さらに二人の胸に沁みわたった。「地に落ちて蔭ながらこの世を守ってはった艮・坤二柱の大神は、地上を立替え立直す時が来たのを悟られ、ひそかに救いの道を開かれたんや。 根底の国へ落ちていた天使たちは、国祖の神命を受けて予言者となり、神の教えと警告を予言にことよせて世界各地に広めて行った。けれど利己一辺に傾き荒みきった人々は、流浪神の予言警告などに耳をかすもんかい。ごくわずかの者だけが……。 その中でもさすがに盤古大神は、言触神の一言で世の終わりを悟りなはった。礼を尽くしてその教えを聞き、改心して新しく神殿を造り、日月地の神を鎮祭した。 それに反して、八王大神は言触神を牢に投じ、『飲めよ、騒げよ、一寸先は闇よ』と自棄的に踊り狂い、予言警告を無視した。その上、相容れざる盤古大神を、暗夜に乗じて攻め滅ぼそうとするのや。 盤古大神は無抵抗主義をとり、言触神とともに辛うじて聖地エルサレムに逃れた。かつての神政の都エルサレムは崩壊し、すすき野に帰していた」「……」「天変地妖は各地に続発し、予言を信じた神々たちは、エルサレムに集まってくる。八王大神の野望はとどまる所を知らず、盤古大神を偽証して、ついに魔軍を率い、海を渡って大自在天神を攻めた。偽盤古大神と見破った大自在天神一派は、迎え撃って猛烈な戦端を開いた。地上は真二つに割れて惨憺たる修羅場と化した。 国常立大神は再び地上の修理固成を期せられて、耐えに耐えられた大声を発し、地団太を踏まれた」「とうとう……」 湯浅がこぶしを握りしめ、ぐいと鼻柱をこすり上げれば、梅田も涙ぐむ。「そうや。絶望と怒りと悲しみと……大地は揺れ、一度に地震の神、荒れの神が発動した。酷熱の太陽が数カ所一度に現われて氷山を溶かし、海水は刻々と増加する。太陽の光が没したと思うと闇夜が続いて、五百六十七日に渡る長雨となった。 天は鳴動し、地は裂け、山は崩れ、津波は常世城を没せんばかりに襲いかかる。引き返そうとした魔軍の磐樟船は狂乱の海底にもまれて沈み、天の鳥舟も大気の激震に耐えかねて、次々と墜落して行った。天地神明の怒りの前には、さしも猛威をふるった大蛇・悪狐・邪鬼の魔力も萎えて、ただただいもり・みみずに変化れて逃げまどうばかりや」「……」「大洪水は、地上を泥海に返した。水中よりわずかにのぞく高い山の頂きには、いちはやく天災を知った鳥類・獣類が、あるいは数日前からこのことを予知していた蟻の大群が真っ黒に積もっていた。 泥海の上にはいくつかの神示の方舟が、暴風雨にもまれつつ漂っている。これは一名目無堅間の船というて、銀杏の実を浮かべたように、上下がしっかり樟の板で円く覆われている。わずかに空気穴が開いとるだけや。予言者の神示に従って、心正しい人々が長い日数かけ、牛・馬・羊・鳥など一つがいづつ入れ、草木の種を積み、食物とともに準備していたんや」「つまりはノアの方舟どすなあ」と、梅田が嘆息した。「そうや。彼らは第二の人類の祖とも言える」「それで後は……みんな死に絶えてしもたんどすか」「地上の蒼生のほとんどは、死に絶えた。形あるものは滅びるのや。けど神さまの見てはるのは、器の肉体の生死よりも本体の霊魂やろ。 艮・坤二神は世の終末を見るに耐えず、宇宙の本源たる大国常立大神に訴え、天の日月の精霊にすがってこう口説かれた。『地上のかくまで混濁してかかる大難の出来したるは我ら二神の責任なれば、われらを地上神人はじめ一切万有の贖いとなさしめ給え。願わくば地上人類の罪を許されて、その霊魂を救わせたまえ』……祈り終わられるや、地獄の口を開く天教山の噴火口に身を躍らせて、二神ともども根底の国へ神避られ給うたのや」「……その慈愛の権化を、悪神やの祟り神やの鬼門の金神やのというとる人間はどうなるんどす。長い間、艮へ押し込めて煎豆をぶつけてきたわてらは?……」 梅田の激しい嗚咽に、王仁三郎まで巻き込まれて号泣した。 二人の男の人目も構わぬ泣きように、湯浅は立ったり坐ったり、忙しく鼻をこすり、目をこすり、それをたっつけにまたこすり直している。「それで、死んだ人間はどうなったんどす」 まだ呻き泣きいる王仁三郎を揺すって、梅田が焦れる。「おう、見事に救われたぞ。本当なら根底の国に落ちるべき人類の霊魂が、地上蒼生のすべてとともに、そのまま顕の幽界へ救われたのや。龍宮城から延びて来た金の浮橋から金・銀・銅の霊線が下りて来てのう、東西南北に巡りながら波間に漂う無数の神人を救いあげるのを、現にわしがこの目で見たんや」「救われたんは肉体ですか、それとも霊魂のことどすか」と、湯浅が念を入れる。「地上霊界の神々の体は、三次元の物質とは違う希薄な霊身や。いったんは死の世界へ落ちても、救いの御綱によって蘇ることができる。盤古大神や大自在天神は金橋に救われ、極悪非道の八王大神夫婦でさえ見捨てられずに、国祖の慈愛の綱にかけられとった。それでも、蟻の山に降ろされて、全身蟻だらけになっとったぞ。甘い汁を吸うて肥え太った御霊やさけ、蟻もたかるわい」「国祖の御霊は死なはらしまへんやろなあ」「死なはるもんけい。どんな地獄の烈火といえども至仁至愛、まこと一つ善一筋の御霊を滅ぼす力はないのや。けど神意に背いて積み重ねた神と人の罪の重さ、それをすべて御一身に背負いなさるのやさけのう」「……」 気を取り直して、王仁三郎は早口になった。「天地の大変動によって、大地の位置はやや西南に傾いた。そのために北極星・北斗星は、地上より見てその位置を変じた。現今のアフリカの一部と南北アメリカの大陸が現出し、太平洋及び日本海が陥没した。 その時、地球のもっとも強固な部分が龍の形をして取り残されたんや。ここは天地剖判の初めに泥海の中に黄金の円柱が立っていて、おのずからころげたところ。その形は龍体に変じられた大国常立尊のお姿そのままであり、同じ大きさといえる。この島を自転倒島と名づけ、世界の胞衣として立て分けておかれたんじゃ」「それがこの日本どすか」と、梅田が驚いた声を出す。「そうや。それまでは今の日本海はなくて、支那も朝鮮も日本と陸続きやった。大国常立尊は『このくらげなす漂える国を修理固成なせ』と宣りて、日月界から伊邪那岐尊・伊邪那美尊を下し給い、天の瓊矛を給う。これが今の北斗星の意味や。この星が月の呼吸を助け、月は地上の水をさかんに吸引した。数年を経て洪水は引き、陸地が現われた。地上の蒼生はいったんは朽ち果てながら、国祖の贖いの力に蘇り、生命が芽吹いてくる。 自転倒島に天下った那岐那美二神は月の御柱を中に行き巡り合い、美斗能麻具波比……つまりは火と水の息を調節して陰陽合致、万有に活生命を与え給う、国生み・御子生みの神業を始められる」「ああ、やっとこれから……」 湯浅が目玉をぐりっとむく。 王仁三郎は笑い出し、「そうや、日本の神話というのは、やっとここから始まっとる。だから今までの話は言い置きにも書き置きにもない話と思え。やれやれ、思わぬ長話になってしもた。続きはまたいずれ……」 梅田が王仁三郎の前に立ち塞がった。「管長さん、なんでこんな大事な話を今まで隠してはったんどす。十七年間も人に言わんと……早う言うとってくれはったら、艮の金神のご因縁もはっきりして、教祖さまをわかる人かて、お筆先を信じる人かて、もっとあったかもしれまへん」 王仁三郎は、抗議を込めた梅田の目を静かに見返した。「それには時期が早い。今言うてしもたんさえ、実は少々後悔しとるぐらいや。口に出したんは初めてやが、むかし書き綴ったことはある」「それはどこにおます」「夜寝んと一年がかりで書きためたんを、役員らに寄ってたかって焼き捨てられてもたわい。その前に拾い読んだ者も二、三はあったやろ。今は帰幽したり大本を離れてしもたがのう。もう一度筆を執ろうと思ても、神さまが許して下さらんのや」「焼いた……」 呆然とする梅田に、湯浅が言った。「その話はわしも聞いたで。無茶したもんや。あんまりや」「教祖さんもわしも、お互いに審神がでけとらなんだのや。役員だけが悪いんやない。その奥には教祖さんの強い意志があった。今と違って、本を読むことも書くこともできず、ずいぶん必死の思いやったぞ」 苦笑とともに、王仁三郎は腰を上げた。「待っとくれやす。まだ肝心の話が……悪の仕組みが……」 梅田が真剣な目を向ければ、湯浅も大きくうなずいた。「そうやがな、それを聞きに来たんやった。管長はん、金毛九尾らは、大洪水の世の終末にも滅びなんだんでっしゃろか」 二人の質問に王仁三郎は腰を据え直し、きびしい表情に変わった。「奴らも残った。滓のようにしがみついて、ともかくも国祖の慈愛のもとに残してもろたんや。さすがの八王大神常世彦命さえ神性を取り戻し、大峠を越えてしばらくは、改心の誠を見せとった。 けど、神でも人間でもない奴らはそうはいかん。いわば神と人との邪悪の火水の寄せ集めから生まれた奴らには、もともと省みる力、直霊などの持ち合わせがないさけのう。神怒を恐れて縮み上がっていたうちは天下も平安に治まっていたが、われよし、強い者勝ちの心が人間どもからなくならん限りは、いずれ勢いを盛り返してくる。 しかも奴らは下々の貧しい、力のない者には絶対憑かん。困ったことには、力あるもの、目的を持つものを選んで憑きくさる」「目的って、何の目的どす」「野心じゃ。身欲から出た野心……お筆先にも、『目的者は神は使わん』とあるやろ」 考え考え、梅田が言った。「金毛九尾が今この時代に日本におったら、何を考えまっしゃろ」「きまっとるわい。やつらは利口や。型の仕組みを見抜いて、とっくに日本に渡って来とるぞ。 奴らの目的はただ一つ、世界を握って自由にしたいのや。今は世界は九分まで奴らの思いのまま、だから四つ足獣の世や。けど安心せい。九分九厘で奴らの悪の仕組みはくつがえる。いや、くつがえさなならんのや」「そのことどすわ。その一厘の仕組み……」 王仁三郎が遮った。「お久はんの説なら、ようく審神せいよ。奴らの思惑を見透かす眼力がのうて、どうして三千世界の立替え立直しがでけるかい。 よいか、悪霊どもが世界を自由にするには、その胞衣であり型代である日本を占領せなならんのや。世界の艮には、奴らの一番恐ろしい国祖の威霊が封じ込めてある。 ところが天運巡り来て明治二十五年旧正月、艮の金神は稚姫君命の因縁の身魂・出口直に下られ、大本を創られた。ついに煎豆にも花の咲く時節が来たんや。奴らが必死の妨害に来んはずがなかろう。 金毛九尾だけやない。すでに邪鬼も大蛇も、三邪神系それぞれが眷属を率いて大本に侵入してきとる。奴らはまず血統の身魂に潜り込み、力を得て、何としてでも大本の艮坤二神のお働きを殺したいのや。一度目の立替えの恐怖を体験しとる奴らやさけ、『立替えは二度目が最後、三度目はないぞよ』のお筆先を知って、さぞ慌てるこっちゃろ」 梅田が不思議そうな顔をした。「金毛九尾は『艮の金神さんの世になったら今までのように悪ではいかんから改心したい』とお久はんを通して詫びに来とるそうどすで。お筆先を知って、国祖の御威光を恐れてきたんなら、結構なことやおへんか」「馬鹿な、そんなことで改心する金毛九尾かい。真正直で誠一筋のお久はんやから、そういう甘い言葉でころっとだまされる。よう考えてみい。奴らの本性そのものが、天地剖判以来と言っていい悪のかたまりなんや。もし真実改心して善に立ち返りたいと言うなら、奴らの存在そのものが消え失せねばならんのや。そんななまやさしい期待はでけるけい」 湯浅が声を低めて言った。「金毛九尾は『宮中にまで入って悪さしとる』と白状したそうですなあ。もしほんまなら、お久はんの言葉も嘘とばかりは言えまへん」 まだ半信半疑の二人に王仁三郎はしばし黙したが、ややあって言った。「お久はんの言葉がすべて嘘やとは言わん。いや、信じさせるためには、金毛九尾の奴、あえて正直な告白もする。下々の人民では知ることのできん真実もさらけ出して、奴らの手のうちを見せる。 ここだけの話やが、奴らが宮中深く入り込んどるのは確かや。天皇(大正天皇)は、御幼少の頃に脳病を煩われた。その後も御病弱で、いろんな重い病気に冒されておられる」 うすうすは聞いていたのか、二人は黙ってうなずいた。「知っての通り、明治天皇の第三皇子、明宮嘉仁親王(後の大正天皇)は明治十二年八月の御誕生、御生母は二位局柳原愛子や。青山御所に入って右側の質素なお局屋敷で生まれられた。そしてその年の暮れ、麹町有楽町(当時の町名)の中山忠能邸へ移られた。ここに明治天皇の御生母であられる一位局中山慶子が居られる。 公式記録では、明治天皇には愛子の他に葉室光子・橋本夏子・千種任子・園祥子と五人の権典侍……いわばお妃がおられた。皇后からは一人の御子も生まれず、五人の妃からは親王五人、内親王十人が誕生された。そのうち十人までが三才までになくなられとる」「十五人のうち十人まで……普通やないなあ」と、湯浅が呟く。「お育ちになったんは、明宮と園祥子の腹から生まれられた内親王四人に過ぎん。園祥子は、毎年のように八人の御子を生んだことになっとる。他にも御子を生んだ女官があって、それを祥子の子にされたとも勘ぐれる」「天地の律法どこやないなあ」と、湯浅が嘆息する。「天皇家ばかりやない。上に立つものが世継ぎを得るためには、それが当然とされて来た。明治の宮中に、徳川将軍の大奥制度をそのまま取り入れたと言うから、腹違いの十五人の御子たちにまつわる空気がどんなものであったか。が、それにしても、異常な死亡率と言わねばならん。 明宮かて普通やなかった。中山慶子は雑司が谷の鬼子母神へ祈願したり、昭憲皇太后の思し召しを受けて、明宮の守護神として、出雲大社の分霊を中山屋敷へ迎え入れたりしておられる」 人一倍勤王家の梅田が、たまりかねて抗議した。「そんな阿呆な。明宮は天皇にならはるお方どすで。皇室の守護神であられる伊勢の大神宮が立派にありますやないか。他人の子を食ったちゅう前歴のある鬼子母神や国津神系の出雲神社から守護を受けられるちゅうのは、どうも納得でけまへん」「これは今に始まったことやない。遠く崇神天皇の時代までさかのぼるのや。崇神天皇の御世に疫病が流行し、人民が多く死んだ。 天皇が神床におられる夜、大物主神(大国主神の和魂)がお夢に現われ、『是は我が御心ぞ。故、意富多多泥古を以って我が御前を祭らしめ給はば、神の気(疫病)起こらず、国安らかに平ぎなむ』と宣られた。そこで人を派して探らせられ、河内の美奴村に住んでいた意富多多泥古を見出された。素姓を問われると、大物主神の末裔やいうことが知れた。そこで彼を神主として、奈良県桜井の御諸山に大物主神を祭られた。これがわが国最古の大神神社や。それ以後、疫病が流行ると、宮中では祇園の神を祭るしきたりができた」「……祇園の神いうたら牛頭天王?……」 聞き返したまま、二人は息を凝らした。「牛頭か午頭か、正体はもうわかっとるやろ。巨旦大王を滅ぼしてもなお飽きたらずに調伏せしめた神、末代に疫病を流行らせ、わが子孫だけは疫病から守ると誓った利己一辺の午頭……」「……」「すでに天皇には神力がなかったんじゃろう。特に御所の女官たちの多くは死霊・悪神・いきすだま・狐などの物の怪に怯え、占いに頼り、呪符を身に着けたり、加持祈祷に凝ったり、源氏物語の世界さながらの陰湿さやそうな。金毛九尾が跳梁する素地は十分や」 どこで調べたのか王仁三郎の皇室に対する関心の深さに圧倒されて、梅田も反発できなかった。 気を取り直したように、王仁三郎は続ける。「お久はんが盛んに親指と小指を出し、四本の指を示す。わしはそこに奇妙な暗合を感じずにはおれん。 これはお澄から聞いたのやが、明治二十三年にお久はんが初めての子を産んだ。その子の片手が六本指やったそうな。夢中で余分の指を切り落とし、別の手を調べてみたら、親指のない四本指。それが最初のお久はんの神憑りの原因や。続いてお米はんの神憑り、教祖さんの神憑りとなって、大本の開教につながる。 お久はんが親指と小指や四本指に固執するのは、過去の衝撃的な事件が暗示となっとるのかも知れん。あるいは……これは恐ろしい想像やが、大本の開教二年前にしてすでに金毛九尾が恐ろしい罠を仕掛けとった。血統の御霊のお久はんを落とし、お米はんを手中に落として……」 王仁三郎は、重く口を閉ざした。長い沈黙があった。「霊界と現界とは合わせ鏡や。霊界で起こったことは、いずれ必ず現界で起こる。先に見せられるというのも、ほんまに辛いもんやぞ」 王仁三郎が外へ出ると、湯浅も梅田もむっつり後へ続いた。 梅田は王仁三郎と肩を並べ、心配げに聞いた。「お久はんに憑っとる金毛九尾の奴を改心させることは、でけんのどすか。たとえば鎮魂帰神で……」「そう簡単にいくかい」 王仁三郎は空を見あげた。凍ったような空に雲が動いていた。「見い、あの雲はどこから来てどこに行く。宇宙間一物といえども原因なく因縁なくして現われる物はない。けれどその真の原因さえ、容易につかめぬ。ましてあの雲がどのように変化するか、誰一人はっきり言い切ることはでけんやろ。 お久はんに憑った金毛九尾がどんな手を打ちくさるか……ただわしらは大神にひたすら祈り、誠を持って言向けやわす以外にはないのや」
表題:十万道 10巻9章十万道



 二月七日の朝、久は寅之助と青年二人に同行されて八木へと向かった。龍門館を出て上町に来かかると、後ろから優しい声が呼びかける。「良成さま……もし、良成さま……」 大本名の「良成」と呼ばれた寅之助は、聞こえぬのか知らん顔で先を行く。 久だけが振り返った。あっと目を疑った。きらきら光り輝く金色の毛並の夫婦の狐がついてくるではないか。他に人目も多い白昼の街道である。「お前は金毛九尾……」と、久は口走った。「はい、お約束通り、わたくしの正体をお目にかけます。『親指と小指』の守護神として、世をほしいままにしてきました。九つの尾が抱く玉の通力で自由自在に、日本ばかりか世界の裏、も一つ裏のからくりを握ってきました。今では私の力の及ばぬ国はありませぬ。この世の人間の九分までは、わたくしの眷属がついております。 末の末の世の世までのたくらみはちゃんとわたくしどもの胸に――。この世の宝、富も名誉も……」「四つ足の分際で、何の名誉じゃ」 久の無知を嘲嗤うように答えが返る。「御存じじゃありませんか、お久さま。衣食住の守護、つまりは立身出世・商売繁盛・病気治し、はては恨み呪い……人間どもの願いごとなら決まっています。ずいぶんとそれもかなえてやりましたから、わたくしの眷属たちに与えられた位や称号だけでも人臣をきわめていますでしょう。 ところがお久さまに連れられてここへ来ましてから……御覧あそばせ。九つの尾が八つになって……ここでは神通力も衰えてしまいました。あと一つ玉が奪れたら十全の働きができましたのに……九分九厘であと一つの玉が……」 口惜しげに全身をふるわせる。「玉が欲しい……」 呟きとも溜息とも知れなかった。 金色の毛が波打ち、炎のように燃え立って、八つの見事な金の尾の先に抱かれた玉がふれあい、霊妙な響きを上げた。 久は酔ったように言った。「あと一つの玉とは何のこと」「玉とは魂……生魂……国魂……あの大本の御神紋をよく御覧下さい。一つの玉の回りに、小さな九つの玉がついているではありませんか。もともとは九曜のはずだったのが、いつのまにやら十曜になっている。十の玉に……十の玉に……」 そんなことまで知っているのかと、久は唖然とした。 明治三十二年七月十日、金明会が裏町の土蔵の二階から中村竹吉の家に移転した時、祭典用に高張提灯を注文した。指定の神紋は九曜の紋であったが、提灯屋がどう間違えたものか、でき上がって来たのは十曜の神紋であった。役員たちが当惑していると、さっそく筆先が出た。 ――上田喜三郎どの、大もうなお世話ようできたぞよ。そなたが綾部へ参りたのは、神の仕組みがいたしてあること。九曜の紋を一つふやしたのは、都合のあることざぞよ。今は言われぬ。このこと成就いたしたら、お礼に結構いたさすぞよ。この人が誠の世話をして下さるのざぞよ。 この時から大本の神紋は十曜の紋と定まり、後に裏門はと定められた。 金毛九尾は吊り上がった目に凄い光をたたえて、久にとりすがった。「お願いでございます。お久さま。これだけなにもかも打ちまけて懺悔をいたしました。毒を転じて薬となすという諺も御存じでございましょう。私に手柄をさせて下さいませ。立派に善一筋に立ち返って、力いっぱい大神さまのために働きます。そなたさまについていきます……」 久はうっとりと言った。「改心が見えたなら使うてやる。わたしについてきなはれ」 佐藤忠三郎は久の後を歩いていた。八木への同行の二人の他に、綾部駅まで久を見送るよう王仁三郎に命じられていたのだ。 道々、久は幾度か振り返り、立ち止まり、何かわからぬ声を上げていた。変事に備えて忠三郎は久から目を離さなかったが、どうやら汽車の時間に間にあって、おとなしくホームに入って行った。 汽車が出る寸前であった。ホームに大声が響いて、人が走り寄って行く。佐藤が改札口から向こうのホームをのぞくと、誰かが大の字に寝てわめいている。それを引き起こし、乱れた前を直してやっているのは確かに寅之助だ。 ――お久さんや、と佐藤は固唾をのんだ。 久は夫にとびつき、暴れる。たまりかねたように、寅之助は腕を振るって妻を殴った。肉を打つ音が、ホームのこちらの佐藤の耳にまで届くようだった。 夢中で無札のまま改札口にとび入ろうとして、佐藤は駅員と争った。その時、轟音を響かせて上り列車が入って来た。どうにか乗ったのであろう、列車が去った後のホームに人影は残らなかった。 衆目の前で妻を殴らねばならなかった寅之助の心情を察して、佐藤の胸は痛んでいた。
 その日の午後、寅之助夫妻が帰ったのを知って、次兄福島小三郎の後妻ぬいが勢い込んでやって来た。留守をしていた斉藤こうと一緒になって、寅之助に久の行状に対する世間の反響をまくし立てる。「本家の長三郎はんも、人中で恥かかされたとかんかんに怒っとってやけど、まず源之助はんやで……」 人見源之助が八木駅で久に小指を食いちぎられ、絹の外出着を引き裂かれたのは町内誰知らぬものもない事実であって、本人はものすごく立腹している。久が帰って来たことが知れると、怒鳴り込んで来ようから、その前に陳謝にでかけるべきではないかというのである。 相談の結果、気のおかしい久には内密に、なけなしの金をはたいてお詫びの品を求め、寅之助は川向こうの山科まで謝りに行くことになった。実直誠実、曲がったことなど死んでもできぬ寅之助だから、人に頭をぺこつかせた覚えなどなかった。その頭を文字通り平身低頭、人見家に苦しい謝罪を終えて帰った。吹きっさらしの玄関前に唇まで紫色に変えた三人の子供たちが、しょんぼり坐っている。それぞれ教科書を入れた風呂敷包みを傍においているのは、学校から帰ったまま、まだ家へ入っていないからであろう。長男国太郎は六年生、六女とらのは三年生、七女すえのは一年生、娘二人は父を見るなり、抱きすがって泣きじゃくった。「どうしたんや、おまえら……」 驚いて訳を聞いても、激しく泣くばかり。国太郎は嗚咽をこらえて訴えた。「母さんが恐うて、誰も家の中によう入らんのや。すえのは一年生やさけ、早う早うに帰って来たのに、表で泣いとった。とらのかて、わしかって……父さん、母さんはどうなってしもたんや……」「心配せいでもよい。お前らには父さんがおるやないか」 日頃恐ろしく厳格一方な父親の濃い眉毛が寄って来て、その目にうっすら涙が光った。国太郎は始めて見る父の涙に、ぐっとせきあげていた。今ほど父を身近に感じたことはなかった。 ――父さんも辛い。おれらといっしょや……。 その発見に勇をこして、国太郎はもう一歩父の心に踏み入った。「父さん、おれ、学校行くのんいやや」「ん……なんでやい。いやなら行かんでもよい。家で百姓せいや。お筆先にも『学は悪』と書いたるさけのう……けど、もう一月もしたら卒業やんか」「卒業なんかしとうない」「ん……」 父親譲りの濃い眉毛を上げて、国太郎は心の底のどろどろを一挙に吐きだしていた。「母さんは八木駅で何したんや。父さんは恥かしないのんか。友だちが学校で大声で言いまわっとる。『国やんのお母は駅で前をまくって皆に見せびらかしたやて。女子やけど男になったそうやで』……」 とらのが、悲鳴に似た叫びとともに言った。「もっと言わはる……うちの友だちいうたら、もっとひどいことも言わはる……」 寅之助は娘を引き寄せ、あわてて口をおさえて、袖で涙と鼻を拭いてやった。それ以上どうして聞くに耐えよう。「よし、泣くな。あれはほんまの母さんがしたことやない。母さんにかかった悪霊のせいや。悪いのは悪霊やさけのう、わしが今追い出してやる」 奮然として、寅之助は玄関の戸を引き開けた。 奥の神床の前に、何ごとか呟きながら、久は手を合わしている。「久、こっちを向け、こっちを向いて、わしの目を見てみい」 指を組みあわせ、両の人差し指を妻に向けて、寅之助は構えた。鎮魂の力には自信があった。 と、久はくるりと振り向くや、両手を広げていきなり襲いかかった。妻と思う心に油断があったのだろう、寅之助が久をもぎ離し、夢中で投げ倒した時は、顔面の無残なひっかき傷から幾条もの血がしたたり落ちていた。 寅之助はわめいた。「おまえらの百人や千人束になってかかってきても、驚くこの福島寅之助かい。退けい、久の体から今すぐ退かぬなら、このわしが退治してくれるぞ」「殺してやる。殺してやるぞ」 恐ろしいしゃがれ声が、久の喉から押し出される。どちらからとびかかったとも知れず、二人はがっちり組みあったまま転がる。獣のようなうめき声と叫びが、子供たちの肺腑をつんざいた。棚から物は転げてくだけ、障子は倒れ、家鳴り振動。裸足で外へ飛び出した子供らは、狂ったように泣き叫ぶ。下山の裾の一軒家であった。騒ぎを聞きつけて救いに駆けつけるものとてない。 やがて喘ぎつつ、寅之助の叫ぶ声が聞こえた。「国太郎、おい、誰か縄を持って来い」 はじかれたように、国太郎は納屋に走った。父は生きていた。早く母を縛ろう。母を縛れば、どっちも殺されずにすむのやと、本能的に悟っていた。 国太郎が探してきた荒縄で、寅之助は久をぐるぐる巻きに縛り上げた。縛った久が転げぬように、四畳半と四畳半の間の柱にくくりつけた。久は後ろ手にくくられて、坐ったまま投げだした足でそばへ寄る者を蹴りつけるので、改めて引き立たせ、手も足も柱にからめて縛り直した。 荒縄は血のりに濡れて真っ赤、二人の顔も赤鬼さながらである。気づいて見れば、寅之助の親指の先から食いちぎられた肉が下がっている。国太郎が布きれを裂いてまきつけ、吹き出す血潮を止めようと必死に指の根本を縛った。 ――子供らを家にはおけないと、寅之助は思わねばならなかった。久を柱にあずけたまま、三人の子を連れて、こうの婚家先の八木嶋の斉藤家へ行った。 事情を話して小さい妹二人を預かってもらい、国太郎を連れて引き返す。「父さんと一緒に帰る」と言って、国太郎が聞かなかったからだ。 ――自分がいなければ、母さんを誰が守るだろう、子供ながらに国太郎はそう思いつめていた。 帰り着いた時はもう日が落ちていた。手探りでランプをつけ、それから遅い食事を作った。久の縛ってある四畳半に食卓をおき、親子で向き合って箸をとる。四畳半二間の他は、神床と霊魂舎のある奥の六畳間しかない。 久は宙に向かって、嬉しげに喋り続けていた。箸を持ったままいつまでも食おうとせぬ国太郎に、寅之助はいらいらした声を投げた。「どうした。早う食ってしまえ」「父さん……母さんにも食わしてやって」 そういう国太郎の目から、ぽろりと新しい涙がこぼれた。 二月三日からの五日間、久が何一つ食っていないことを思い出して、寅之助は狼狽した。悪霊は久の魂を奪い、さらに肉体まで日乾しにする企みに違いない。それでもいっこうに体力も気力も衰えた気配がないのは不思議だが、無理にでも飯を口に押し込んでやらねばならぬ。 熱い麦飯に味噌汁をぶちかけ、久の傍へ寄って、寅之助は猫撫で声を出した。「ほれ、お久、しばらく喋るのを止めて飯を食えや。さっきは手荒なことしてすまなんだ。一杯でもちゃんと食うてくれたら、お前の話もゆっくり聞いてやるさけのう」 久は口を大きく開ける。寅之助は子供に食わすようにあやしあやし飯を入れる。いとしさがこみ上げていた。 咀嚼を待って久の口元を見守った時であった。口一杯に頬張った飯粒が、不意に寅之助の顔めがけて吹き出されたのだからたまらない。あまりの思いがけなさに避ける間などなかった。頭から飯と汁と唾液まみれになった寅之助から、完全に思慮は吹き飛んでいた。「うぬっ!……」 やにわに壁にかかった塵払いを手にすると、思うさま久の顔面に叩きつけていた。悪魔と久の肉体のけじめなど、逆上した寅之助にはもはやつかない。縛られて逃げもできぬ妻に向かって、何度も何度も憤怒を叩きつけていた。泣いて取りすがる国太郎をはねとばしたことすらも気づかない。
 二日ほど休んだが、国太郎はまた学校へ行き出した。家にいる方が一層苦しくやりきれなかったからである。家にいるかぎり、母のののしりも呻きも耳に突き刺さる。母がわめくたびに、父は塵払いで母を笞打った。竹の根節の高い柄の塵払いが、しまいには簓になった。おれた簓は髪に絡みつき、腫れ上がった瞼や頬は裂けて膿をもった。荒縄の食い入る手も足も青くむくんで、血膿が流れている。ランプの灯明りに浮き出る久の立姿は、芝居で見る四谷怪談のお岩よりずっと鬼気迫っていた。 ――母さんやろか、ほんまにこれが母さんやろか。 崩れた顔にも、しゃがれた声にも母の面影はない。 ――もしかしたらこれは鬼や。母に化けたほんまもんの鬼や。 眠れぬ夜ごと、国太郎は別のどこかに生きていてくれる母を思い描いた。 いつものように忍び足で学校から帰って来ると、角口で国太郎は聞き耳を立てた。すぐには入れなかった。どうしたのだろう。いつもの恐ろしいわめき声も、悲鳴も聞こえては来ない。もしや死んでしまったのでは……。 一層手足がすくんで、国太郎は家へ入れなかった。納屋の陰にしゃがんで木枯しを避けている。「国太郎……国太郎、来てえさ」 呻くような母の呼び声がする。 ――死んどってやない。 悲しみとも喜びともつかぬ思いで玄関を開けた。「国太郎、眼が見えんのや、眼脂をとってんか」「よっしゃ、母さん」 国太郎は、自分より背の高い母のために踏み台を持ってきた。豆粒ほどの塊の眼脂が両目びっしりこびりついていて、瞼が開かないのだ。濡れ手ぬぐいでそっと拭こうとすると、久は痛がって首を振る。 どうしてよいかわからず立っていると、久は媚びた声を出した。「お前の舌で舐めてとれ。なあ国太郎、お前は母さんの子やろ」 母さんの子と言われたことが胸にこたえて、国太郎はすすり上げた。鬼でも蛇でもこの人以外に母さんはいないではないか。母の眼脂を舐めながら、国太郎はむせび泣いた。 目脂を舐めてとるのは、国太郎の日課になった。どんなに足音を忍ばせて帰っても、待ちかねたように母は呼んだ。 母が平静な時、国太郎は祈る思いでかき口説く。「母さん、父さんに詫びて、ほどいてもろていな。元の母さんになっていな」 母は死肉の塊と化した顔を頑強に横に振った。「そうはいかんのや、国太郎。お前には言うてもわからんやろが、これはわが身のためやない。世界人民のためやでなあ。打つもんも打たれるもんも苦しい行や。神さまの命じなさるわたしら夫婦の度胸定め、耐りきらねばならんのやで」 ――神さんはむごい。こんなことを父さんや母さんにさせる神さんなんぞ嫌いや、大嫌いや。 やり場のない怒りを、国太郎は涙とともにのみ込んだ。
 十日たち二十日たった。肉体は横にも休めず、食うこともせぬまま、久は柱を負うて幽鬼のごとく立ち続ける。しかし、肉体の責苦のむごさはまだしも忍びやすかった。『十万道』――それは久の魂の知った根の国のもう一つ下の底の国、筆舌に尽くし難い地獄の果てであるという。 耳のはたを切り裂く風音、逆立ちなびく髪の毛、爪を立てもがきもだえても手の触れる一切は空、ただ暗黒の闇を逆落としに落ちていく。夢で落ちる時のあの感じを何倍も拡大したような、落下の恐怖と言うべきか。 そのうち声も嗄がれ果てて、上も下も右も左も知覚できなくなった。空気は淀んで凍りつき、煤色の霧氷となって鼻も喉もふさいで来る。 息苦しさに大きくもがいた指が何物かに触れ、久は必死に掴んだ。それは横に渡した人差し指ほどの細長い鉄の棒であった。 重い体を夢中で引き揚げて、久はその棒に全身を託し安定を図ろうとする。つるつるに凍った棒の上に腹這いに乗って、しばしの安息を得ようとする。 混濁の闇をすかし見ると、久と同じく鉄棒に腹這うたくさんの餓鬼が見えた。なんとも言えぬ悲痛な泣き声が湧き上っていた。 眼下は一面に赤黒い池であって、血膿の匂いが漂って来る。ところどころ白い塊が浮きつ沈みつ、そのまわりを無数の蝿が取り囲んでいる。 無限の落下から免れ得たものの、久の体は新たな苦痛に呻いていた。凍え切った体に細い棒が食い入って来る。皮膚が裂け、爛れ、はらわたがちぎれそうになる。それでも身じろぎ一つしようものなら、安定を失った体は眼下の血の池地獄にまっ逆さまであろう。 ――ああ、苦しやな、苦しやな、水が欲しい、辛い、辛い……わたしはいつだったかの世に、夫もあり、子というものもあり、きれいな所に住んで林檎というものも食うた。水晶のお水もどんどん使い、なんぼでも飲めたのに……。 いつの間に伝い寄ったのか、久の爛れた皮膚や傷口から蛆が侵入しはじめていた。せわしく、せわしく、血をすすり膿を食い、筋を噛み切って奥へ奥へ突き進んで来る。ザワザワバリバリ……蛆の食いあさる傷口のあちこちから滴々と血がしたたり落ちる。 ぐらりと鉄棒が揺れ、男の悲鳴が上がった。危うく投げだされそうになって、久は鉄棒にかじりつく。見れば、目前の鉄棒に乗っていた男が、足を踏み滑らしたのだ。 片足が池の面を打って血しぶきが舞い上がった。その片足に池の中から延びたいくつもの手が取りつく。振り放そうと男はもだえつつ、鉄棒に根かぎりくらいつく。 この機を待ちこがれていたのであろう、白い塊が次々と男の片足からよじ上って来る。それは半ば蛆と化した腐肉であった。既に形も定かではない指が、足が、恐ろしい執念となって絡みつき、じりじりと上って来る。喉元まで達した時、身の毛もよだつ絶叫とともに男は落下していった。 こんな場面をいつか、どこかで見た……と久は思った。しかし今は血の池に沈んだ男を哀れんでいるゆとりなどなかった。久とて、遅かれ早かれ運命を等しくせねばならぬ。とりつくものも、つかれるものもともに腐肉となり、膿となり、果ては蛆虫と化して未来永劫ここに住むのだ。 あまりの光景に、久は泣いて叫んだ。「大神さま、万々一お許しをいただきまして、いま一度現世へ上げて下さいましたならば、この久はたとえわが身がどうなろうとも、夫や子が何と申しましょうが、国の多くの人には代えられませんさかい、人間は申すに及ばず、草木の中に這うております虫けらまでも言い聞かせて悪を改心させ、神国の誠の道を守らせます。どうぞ現世へ上げておくれなはれ」 すると声が返ってきた。「そのことに気がつけば、現世へ上げてやろう。久、ここをよっく見ておくがよい。人間はみな神の子でありながら神のことを忘れ、天地の律法を破って鬼と蛇の精神となったものたちの住処を――。国を奪い、果てしなく人民を殺し、殺させ、血をすすって自分ばかり肥え太りながら省みることすらできぬ極悪霊魂は、己れの流したおびただしい血の池に帰る他ないのじゃ」 一本の梯子が下りてきた。久がしがみつくと、再び声が命ずる。「そなたはこれから『現界と幽界の救い主』と叫びながら、この梯子をよじ上れ」 久はいわれた通り叫んだ。途中、痰の池にボウフラのように浮き沈みするたくさんの男女を見た。剃り毛の山に埋まって、息を吸う度むせ返っているものもいた。久の一声でたくさんの幽体が争って手をさしのべ、久の梯子に取りすがってきた。 根の国は十万道よりよほど成敗の緩やかな所ではあったが、それでも辛抱できる場所ではない。ここにも何億何十億の幽体がうじゃうじゃ群がって苦しんでいた。 久は声張り上げて叫ぶ。「現界と幽界の救い主……」 すると腐肉に蝿が群がるように、無数の幽体が、わーっと久にすがりついて来る。腕をのばして、親指が、小指が……その重みで手も足ももげそうになりながら、久は十万道からの長い長い道中を歯を食いしばって這い上がる。 梯子の尽きた所からまばゆい地上に這い出ていた。そこはわが家の台所ではないか。今しも夫寅之助は竈に火を焚きつけながら粥を煮ている。その肩あたりに、孤独の淋しさが濃くしみついていた。ずいぶん久しく夫と会わなかった気がした。 我が家に戻れた懐かしさにこみ上げる胸を抑え、久は疲れ果てた声をしぼっていた。「あなた、わたしはえらい所へいってきました。長々すみませんでした。話は後でゆっくりしますけど、その前に水晶のお水さまを少しいただかせておくれなはれ」 自分の声で、久はわが霊が肉体に返ったことに気づいた。手も足も胸も胴も、柱と一つにくくられた感覚が戻っていた。 寅之助は、台所から首を出し、「水ぐらいのことで、何で遠慮するのや」「……あなた、十万道という所は、血と膿と痰の池ばかり……他には一滴のお水さまもない所へ長らく行ってきましたさかい、清らかなお水のもったいなさがつくづく骨身に応えまして……」 久が自分から水を求めたのははじめてである。食物と同じく、水すら久は吐きだして受けつけなかった。 寅之助は喜んで冷たい井戸水を汲み上げ、干割れた妻の唇に注ぎ入れてやる。感に堪えぬように、久は飲み干していた。「どうや、お水が飲めたんやさかい、今度は粥を食うてみんか。なんぼ頑張ってみても、肉体には限度というもんがあるぞ。一口でも素直に粥を食うてくれたら、柱から解いてやるけどのう」 久はうなずきかけ、急に体を硬ばらせて宙を睨んだ。「どうした、お久、おい……」 久の目が半ば潰れて塞がった瞼の奥で不気味に光った。 七台もの車が連なって並松河畔を走っていく。先駆車は既に本宮山の裾を回って神苑の方に向きを変える。 ――お微行や。いよいよ『親指と小指』が改心して天皇さまと皇后さまを大本へお連れし、世の立替え立直しの忍び伺い……。 久の目はあわてて転じて神苑内をのぞく。うわずった叫びが久の口からとんだ。「やれ、何してござる。管長のくせにあれが見えんのか。篭池なんぞ掘っとる場合か。それ来た、やれ来た、早く教祖さまへ御注進じゃ。ええい、じれったい、こら良成殿、早うお迎え申せ、御無礼があってはならぬ。ほれ、黒門の所に……」「お久、お久、落ち着け……」 久は目を剥き、「ああ、誠の国思いはおらんのか。この危急存亡の時、一厘の仕組みを握る『現界と幽界の救い主』福島久が肝心の大本さまにおらいでどうする。良成、縄を解け、解かぬか」 じれてじれて、地団駄踏んで久は歯を噛み鳴らす。何ほど人民に仕組みがわからぬというてもあんまりじゃないか。煮えくりかえる怒りのあまり、「この役たたずめがっ」 かっと喉から汲み上げた痰を、夫の面上に吐きつけた。既に簓になった塵払いが、忿怒をこめ唸りを上げてとんだ。「しつこい悪魔め、まだ懲りぬか。退散さらさぬか」 激しい打撃に久の頭は右に揺れ、左に傾いた。 ――ああ、ああ、口惜しい、時期至らずと思し召したか、出迎えるもの一人もおらぬ黒門の前から天皇さまは踵を返して東へ戻られる。その鹵簿の前を『親指と小指』が先導し、数多の眷属が前後を固めてぴょんぴょん跳ねる。 塵払いの痛みは感じぬが、好機の遠のく失望に久の目前は真っ暗となった。
 八木の役員たちは久の身を案じて見舞ったが、手のつけられぬ有様、穴太からは西田元教が審神にやってきた。 戸口を開けるや否や、「西田、来たかっ」と恐ろしい声。その姿を一目見て、西田はあまりのことに仰天した。神憑りくらい、珍しくも何とも思わぬ大本人が、である。とうとう憑霊の見分けもつかずに、西田は引き揚げた。 綾部の大本からは妹龍の婿出口慶太郎が見舞いに来た。久の変貌ぶりを見た途端、慶太郎は蒼白となりふるえ上がった。まさに生地獄さながらではないか。ついたのが遅かったので仕方なく奥の六畳で泊まったが、翌朝は一番列車で綾部へとんで帰った。 その後すぐに末の妹澄が、母である教祖出口直の言葉を持って来た。「久の神憑りは三十日、早ければ、二十八日でいったんは治る」というのだ。 澄は姉久の姿を見て悟った。明治二十四年、神憑りとなった長姉米が夫大槻鹿蔵に柱にぐるぐる巻きに縛られて耳がつぶれるだけ叩かれた、あの姿と同じことを。 叫ぶ声音も、その内容も、九つの時、北西町で目撃し、耳目の中に残っている記憶とそっくりであった。 教祖の伝言はあったが、八木の役員たちは、ひそかに葬儀の手はずを進めていた。仮に三十日で神憑りが治っても、これだけ長く食事も摂らず柱にくくりつけられたままだから、ほどなく衰弱で死ぬだろうと判断したのだ。それでも久の口から一度なりと弱音を聞いた者はなかった。久の気力はますます軒昂で、それがいっそう化物じみて見える。 正気に戻った時、久とて、大本を狙う『親指と小指』に騙されているのではないかと、反省せぬではなかった。けれど『親指と小指』が悪ければ悪いほど、それに立ち向かい、捩じ伏せても改心させねばならぬ。大本を守り、日本を、世界を救う道はそれしかない。それが、現界と幽界の救い主たる自分にこそ与えられた使命ではないか。 その思いに火と燃えながらも、久は自分を審神けてくれる……否、認めてくれ、味方となって励まし助けてくれるべきただ一人の神人を恋うていた。この世界中に誰やら、どこやらも知らぬまま身上を審神けてくれる一つの魂――。 その魂への激しい慕情につき動かされて、久の霊魂は体を抜け出る。思うさま天を馳せ巡った。久の意志の向くところ千里もひととび、日本ばかりか海を渡った外国、現界をかいくぐって地の底までも四方八方駆けずり歩いた。 いつか久の胸は思いに弾けて、我にもあらぬ絶叫となった。 ――大広木正宗さまーっ。 久はその名を根かぎり叫び続ける。と、やわらかい霞の奥から一つの影が浮き上がり、形をととのえて優しい男神となった。久はその裾にまろび伏し、わけもなく流れる涙にせき上げていた。 この日、気分は落ち着いて実に爽快であった。「あなた、すみませんが、ちょっと来とくれなはれ」 皸のできた手を拭き、寒さに鼻の頭を赤くした寅之助が台所から現われた。久は穏やかな語調で夫に話しかける。「やれ嬉しや、とうとう思うた霊魂に巡りあうことができました。もう暴れませんさかい、どうぞほどいとくれなはれ」 二月二十八日、柱にくくられてから二十二日目、食を断ってから二十六日目であった。 警戒しつつ縄を解く夫の肩から手を放し、開放の喜びを確かめようと一足踏んで、どうと久は畳にくずおれた。心は張りつめていても、肉体の足の感覚はなかった。助け起こそうとする夫の手を払いのけ、這っていって乱れ汚れた衣類を着替える。深傷は洗い清めて自分で手当てし、蓬けた髪を梳き、神前に感謝の祈願を捧げる。それから改めて夫に言った。「役員さんに申し上げたいことがございますさかい、どうぞ集まってもろとくれやす」 夜になっておずおずと役員たちが集い寄った。万一の時を案じてどの顔も暗い。 久は相好こそ二目と見られぬ凄さであったが、役員たちを出迎え挨拶する態度には疲れもゆるみも見えぬ。思いつめたように久は膝を進めた。「大本の一りんの仕組みの秘密は、この福島久が握っております。さあこの指を見て、よっくこの意味を悟るのやで。日本のこれとこれが今やこのもののために大変なことになっておる……」 親指を出し、次に小指を出し、さらに四本の指を揃えて出した。禅問答のようなこの判じものに、集まった役員たちはきょとんとした。「この謎を解けさえすれば、すべての世の乱れの元がわかる。わたしはその元の首根っ子をおさえているのやで。言うに言われぬ隠れ蓑、この久の胸中を見わけてくれたお方は、どうぞわたしに力を貸しておくれなはれ」 一同は、それぞれの指を出したり引いたりさんざ首をひねったあげく、気の毒そうに帰って行った。 どんなに告げてやりたくても、それを口には出せぬ国家の制度なのだ。久はじれにじれた。 その夜も、久は食卓につこうとはしなかった。荒縄に深くえぐられた両足の傷のために正座はできなかったが、ひたすら神前に祈り続けていた。 その頃からしきりに袖のあたりが重たかった。何もせぬのに羽織が滑って、肩からずり落ちる。元に戻すと、またずり落ちる。 無意識に繰り返していたが、十一時になって、ようやく「これは妙やなあ」と気がついた。気が滅入って来て、幾度も目の前が暗くなる。大勢の甲冑のふれ合うような音や馬の嘶きが波のように寄せて来て、泣き叫ぶ声が一つになった。「わたしたちは徳川家康一門の落人でございます。迷い迷うて行くところがござりませぬ。根底の国から、あなたさまについてここまで上がっております。救い主さま、どうぞ助けて下さいませ」 それが何万人とも知れぬ人々のすすり泣きの合唱となった。 ――そうか、あんなに着物が脱げたのは、幽冥界から上がってすがりついている幽体たちのためだったのや。 はっと気がつき、久は大声で言った。「よし、そなたたちの迷いも苦しみも現界と幽界の救い主、福島久が大神さまのお許しをいただいて鎮めてつかわす。今からは福島の家のこの霊魂舎を仮住居として、世のため人のために誠の力を尽くすよう改心いたせ」 久は霊魂舎に赤々と灯をともした。不自由な足で土間に下り、丼鉢一杯の水を汲んで供える。彼らがどんなに渇しているか、どんなに明りを、温みを求めているか、久は身にしみてわかる。だからあるだけの食物も誠こめて供え、彼らのために太祝詞を唱えてやった。 本当に久し振りに布団に横たわり、久は手足を伸ばした。こんな風にして眠るなど許されていいのだろうかとふと不安になるほど、それは快い。 とろりまどろんだと思うと、ぞっとする寒気に目覚めた。枕元に異様な気配がうごめいている。「何者っ」 久は飛び起きた。闇の中には、ただ荒い息づかいがある。「……わしのこの苦患を救うて高天原の道を開けて下され、救い主どの。現界で犯した罪の贖いに、今度の二度目の立替え立直しの御用を与えて下さりませい。どうぞ大神さまにおとりなしを……」 次第に浮き出て来るその姿は、根底の国でも見かけなかったえたいの知れぬ化け物ではないか。馬面を二つはり合わせたような顔に腕のような二本の太い角、その下にはどえらい蛇体がくねっている。「そのいやらしい姿はなんじゃ、何者じゃ」 重苦しい吐息をつき、長い沈黙の後に化け物は言った。「わしは徳川家康と申すもの、現界では名高き者なれど、幽界に落ちてはこのような見苦しい姿となって苦しんでおりまする。わが一族郎党の苦しみをお救い下されたため、わしもようやく底の国からここまで抜けて来られたのでござる」「妙やないか。家康いうお人なら江戸の将軍さま。東の国のどこやらにたいそう立派に祀られておるはずと聞いたが……」 化け物はうつむき恥ずかしげに、「形ばかりでござる。それがかえって負い目となって、我が身を苦しめ申す」「よし、その方の正体がはっきりするまで、そこの霊魂舎へドシ込んでやろう」 久が祖霊社を指し示すと、化け物はたちまち縮んで小さなとかげほどになり、扉の中へ吸い込まれてしまった。 三月四日、久は再び支部の役員を招待して挨拶した。「私ども夫婦は三十日の度胸定めのおかげをいただきました。修行の花の開きかけでありますから、わたしにはほんにうれしいお日柄でございます。今日はそのお祝いにお神酒をたんと召し上がって下さいませ」 出された馳走は、久の心こもる手作りであった。その支度も物腰も常人と少しも変わらぬ。「あんなどえらい神憑りでも、治まったらまるで嘘ついとったような。やはり気違いとはちごとりましたなあ」 それは信者ばかりでなく、久の狂乱ぶりを知る町の人々の驚異でもあった。その上、久の言葉には何かしら重みができ、説得力が備わっていた。 久はこの祝いの席で三十日ぶりに食物を口にした。
 大正四年三月五日、澄は、五女尚江を産んだ。 ――またも女子。 しかし王仁三郎はむしろ嬉しげに、産褥中の澄に言った。「どうや、『女の子に生まれ変わって来い』と言うてやったら、六合大の奴、ちゃんとわしの言うこと聞いたやないか。見てみい、どこから見ても瓜二つやろうが……」
 町会議員や町の有力者が大本を訪ねて来た。千家尊福の来遊が影響したのか、彼らの態度は慇懃である。 応対していた王仁三郎は、客を送って出て、そのまま空を仰いでいる。「先生、また何か……」 澄が寄って来た。春霞の空を見上げる王仁三郎の目に、こぼれそうな涙があった。「お澄、水が……水があちらさんからやって来る」「くる、いうても……どこにです」「金龍海に決まっとる」「金龍海に水が……先生」 王仁三郎は澄の手をつかんだ。 綾部町の排水溝は、管理も不完全のまま荒れるに任され、悪水は停滞して悪臭を放っている。町当局でもほってはおけなくなり、御即位記念事業の一つとして新しく排水溝を作り、たまり水の流水を容易にし、さらには防火用と耕地灌漑用にも利用しようと計画した。水源地の質山から引いた水は寺村を通り、すでに本宮山麓の高台に用水池として貯えてあった。 そこから水を町へ落とすための勾配を調査すると、水路として必要な土地は、いつの間にやらすべて大本の所有に移っていたのだ。 町では寄合が開かれ、どうしても大本の敷地内に水を通させてもらいたいと申し出ることになったという。「『人の手を借り口を借り、でけんことさして見せる』と神さんは言いなはるが、ほんまやのう、お澄……」 澄は夫の手を熱く握り返す。「先生、やっぱり神さんはおってじゃなあ」 その澄の手の甲で、ぐいと王仁三郎は涙を拭った。 質山の水が金龍海に漲り、そこから町へ注がれるという情報はたちまち奉仕者全員に伝わり、気勢は上がった。役員信者総出で昼夜兼行の工事が続けられ、同時に町でも金龍海につながる水路を掘り進めた。 ついに幅二尺深さ一尺ほどの板樋を伝い、清冽な水がほとばしってきた。王仁三郎・澄はじめ泥んこの奉仕者たちは水口に走り寄り、篭池と嘲られた金龍海にいま確かに泡立ち満つる水を見つめた。「この龍神さんの池水がまず綾部の町の汚濁を洗い清め、やがては火と水で世界の泥をすすぐという型の一つとなるのやで」 王仁三郎の声を聞きながら、佐藤忠三郎もせき上げる嗚咽をこらえていた。他の信者たちのように、全くの神業とばかり単純に信じ切ることはできない。綾部町に用水路が必要なことを察知し、そうなれば必ずここを通ることを予測して事前に土地を買い占め、大芝居を打つ。いや、町の有力者の誰かと秘かに通じていて、王仁三郎との間に内々の約束ができていたかも知れぬではないか。 しかしそんな疑いは、忠三郎の頭を掠めただけであった。人為か、天為か、たとえどうであれ、あれだけの莫大な工費と労力をぶつけて、ここまでやり抜いたのだ。小手先の策謀だけでできる仕事ではなかった。「神さんが掘れと言わはるから掘るんや」 今はただその言葉だけが、奔流のように忠三郎の胸を洗い続けていた。
   お姫さんにあげよか 天神さんにあげよか やっぱり天神さんにあげて そ    の残りお姫さんにあげよ その残り犬にやって その残り猫にやって その    残り……だーれにあげよ 大槻米はこのところ機嫌が良かった。若葉を渡る風は座敷牢の中にも吹き過ぎて行く。格子につかまって、童謡など子供のように歌っていた。 五月七日の午後、大槻伝吉の次男伝二郎(十二歳)は、学校から帰り、母みつ代に中身の入った弁当箱を渡した。今朝、登校の途中、いつものように米に届けさした弁当箱である。「どうしたのや、これ。お婆ちゃん、食べてなかったん?」とみつ代が聞いた。 伝二郎はきょろんと答える。「お婆ちゃん、よう寝とっちゃったさかい、竹蔵伯父さんに預けといたんじゃな。帰りに牢をのぞいて見たら、まだ寝とってや。竹蔵伯父さんに聞いたら『朝九時ごろまで大きな声で祝詞上げとっちゃったが、それから音が聞こえんようになったさかい、朝飯食わんと寝ちゃったんやろ。あれからずっと寝っぱなしやさかい、昼も抜くつもりやろ。これは持ってかえりな』言うちゃったんやわいな」「そらおかしいで。ちょっと留守番しとりなはれ」 みつ代はあわてて座敷牢へ走った。米は裸のままうつ伏せていた。声をかけても返事がなく、高鼾が聞こえるばかり。白髪のほつれ毛が微風になぶられている。 みつ代にいわれて、竹蔵が立って来た。昼間から酒くさい息をしていた。錠前を外して中へ入り、米を抱き上げた。 米の手から、誰に貰ったのか、しおれた躑躅の小枝が落ちた。 竹蔵はうろたえた。竹蔵の家に担ぎ込み、冷たい裸に着物を着せる。それでも鼾は止まらぬ。みつ代は本部に走った。役員たちが集まる。午後二時、横町の吉川五六医師が死を宣告した。 徳島から電報で呼ばれて大槻伝吉が帰って来た。久も八木から駆けつける。 米のためには、長い業から解放されたことを喜んでやるべきかも知れない。久し振りで枕辺に集まった六人の弟妹たち――琴・竹蔵・久・伝吉・龍・澄は複雑な悲しみをこめて、優しく美しかった姉の昔を偲んだ。 お洒落だった米のために晴れ着をまとわせ、死化粧した。前後十八年にもわたる狂気の痕跡を全くとどめぬ静かな安らぎが、その表情にあった。哀惜のあまり、坐らせて写真を撮った。伝吉が米の背に隠れて、冷たくなった義母を支えた。
 米が死んだ時、直日は名古屋にいた。「強い人間」になりたいとのひたむきな願いは、武者修行への憧れとなって日ごとに募っていた。単純な気持ちで物を考えていた直日の、好ましい強い人間像とは、武勇伝の中の英雄豪傑なのであった。たまたま直日は、名古屋で柳生流の剣術を教えているということを聞いた。柳生流と言えば、武勇伝の中でも直日の血を沸き立たせた剣法である。「名古屋へ行きたい」 直日は真剣に父に願った。王仁三郎は娘の請いを入れ、女学校を退学させるや、むしろ欣然として名古屋の柳生道場へ直日を連れて行ったのである。憧れの武者修行が叶えられ、どうにも肌の合わぬ女学校から解放されて、直日は勇んだ。 道場は、名古屋市中区東橘町二十一、道場主は朝倉尚絅(四十歳)である。色白の美丈夫型の朝倉は、黒いあご髭の温厚そうな人物であった。道場のほかに、妻けいと共に皇風幼稚園を経営していた。 十四歳にして初めて祖母の膝下を離れ、父母とも別れた直日は、ただ一人他人の飯の味を知ることになった。表の玄関と部屋を兼ねた一室をあてがわれ、未明四時に起きて、打ち込みの稽古を受けた。名古屋の柳生流の型は面も小手もつけず、短い皮の竹刀を使った。若い弟子が十人ほどいて、毎朝交替で直日の代稽古をしてくれた。 一時間の稽古が済むと、あとはただ、渡された古事記とのにらめっこであった。朝倉先生の直接の指南もなく、古事記の講義一つなかったから、長い一日を直日はもてあます。 朝倉家には六人の子供がいた。他にも保母がふたり同居している。 幼稚園経営については敏腕家であったらしい朝倉夫人は家庭内でも力があって、ひどく細かく口やかましかった。祖母直は無論のこと、母澄からもがみがみ言われたことはなく、父に叱られた覚えもない直日は、ただ驚いて眺めるばかり。他家に入って初めて、おおらかな明るい、どこか超俗的な安らかさの漂うわが父母の性格を見直す思いであった。 どうやら直日は、朝倉家では全くの客分であったようだ。綾部からどれだけの仕送りがあったのか、直日は知る由もなかったが、内弟子としての厳しい家庭労働や、躾から受ける薫陶といったものは感じられない。 二十日ほど過ぎた時、伯母米が亡くなった知らせがあって、直日は迎えの人とともに綾部へ帰った。「もう直日をよそへ置くのはかなわんが……」と直が言い出したので、名古屋での剣術修行は打ち切りとなってしまった。それでも剣術修行への激しい情熱は、直日の胸底で衰えることなく燻り続けていた。
 家事もし、畑にも出たけれど、久は落ち着けなかった。十万道の血の池で、草の根に這う虫けらまでも改心させると神に誓った言葉は夢寐にも忘れられない。あれから三月余りも無駄に過ごした。こんなふうに家庭の中に安住していて良いものか。鍬を投げ出し、苦しい胸を抱えて、久はしゃがみこむ。「現界と幽界の救い主!」と叫んだあれは夢だったろうか。『親指と小指』はその後どうしたのか現われなかった。あれほど改心を誓っておきながら、ド管長王仁三郎らの頑迷きわまる態度に愛想を尽かして、決意を翻したのではないか。そうなれば宮中が危ない。万一天皇さまの御悩が深まりでもしたら、ご即位のお式はどうなる。日本はどうなる……。 しかし叫んでみたとて誰が耳を貸してくれよう、焦れに焦れて、久は神前に伏し、祈り続けた。 六月二十五日の夜半であった。引き入れられるように、久は夢幻界をさまよっていた。「佐田子姫さま、佐田子姫さま……」 やさしい呼び声が追ってくる。見回しても、自分以外に人影はない。聞き慣れぬ佐田子姫の名だが、どうやらわが神名らしいと気づいて、久は答える。「はい……そなたさまはどなた?……」 すると嬉しげな声が返ってきた。「黄龍姫でございます。おなつかしゅう……。佐田子姫さま、私の立場はよく御存じでございましょう。どうぞわたくしの心をご推量下さいませ」 ――黄龍姫さま? はてどこで聞いたか……。 薄紫の霞が久を包んで、なにもかもあたりは朧だ。「顕幽異にすればお忘れになるのも無理はございません。今から申し上げますから、どうぞわたくしを思い出して下さいませ。地の御先祖国常立尊さまが艮へご退隠になる前の因縁でございます」「何じゃと、そんな昔の……」「地の御先祖さまの一の番頭が佐田彦命さま、二の番頭が八王大陣さま、三の番頭が王能大陣さま、四の番頭が同情吉則さま、そして五の番頭が大広木正宗さま……」 思いもかけぬ「大広木正宗」の名が出た。三十日の夫婦の度胸定めの最後の日、久は我にもあらず、その名を絶叫していた。 黄龍姫は続ける。「六の番頭が桃上彦命さま……佐田子姫さまは一の番頭の妻神さま……まだ思い出しにはなりませぬか」「そういえば、何やら懐かしげな名前ばかりや。あなたは黄龍姫と言いなさったが……」「はい、わたくしは元を正せばこの秋津島根(日本のこと)の胤でございますが、時世時節で地の御先祖さまに立て分けられ、外国で育った霊魂でございます。どんなに外国が結構であっても、故国は忘れられぬもの、どうぞして日本へ帰りたい願いはつのるばかりでした。 日本の様子はどういう按配であろうかと、幾度も空高く舞い上がりまして、東のかなたを拝みました。日本には生粋の大和魂の二の番頭八王大陣さまがござります。『どうぞわたくしを日本へ連れ帰り、神界の御用にお使い下さいませ』とはるかに八王大陣さまに思いをお送りいたしましたが、お聞き入れ下さりませぬ。 じゃと申して日本へ帰りたい思いは消えるどころか弥増すばかり、あつかましいと知りつつ、五の番頭大広木正宗さまにお縋りしました」「何、大広木正宗さま、大広木正宗さま……」と久は情感こめてつぶやく。「正宗さまはお情け深い誠の神さまでございます。わたくしのために三の番頭・二の番頭・一の番頭とお取次ぎ下され、とうとう地の御先祖さま、天の御先祖さまのみ心を動かして下されました。『さようならば今からよく気をつけて上下口舌のなきように世界を守れ』との地の御先祖さまのご命令で、嬉しや二の番頭八王大陣さまの妻神となったのでございます」「……」「でも何と申しましても外国育ちの悲しさ、力一杯地の御先祖さま、旦那さまにお仕えし、下々の神の機嫌とりもいたしましたが、肝心の地の御先祖さまのお気に入りは致しませぬ。どうしたものじゃやらと心を砕くうち、ふとうまいことを思いつきました。そうじゃ、わたくしの好きな舞でも舞うて地の御先祖さまの御苦労をお慰め申そう、そうじゃ、そうじゃ。『日本は変わらぬ色の夫婦揃うて松の国、貴神百万伝私九十九万伝、頭毛に白髪の生える万伝』と歌い舞いましたら、地の御先祖さまは非常なお喜びでございました。 嬉しさのあまり、調子に乗ってそれからそれへと遊芸を編み出したのが身の破滅、あまり上ばかり大事に思い過しましたのが世の乱れる原因となったのでございます。 面白い遊芸はたちまち広がり、誰もかも遊びに心を奪われた末、なまくらになった下々の番頭や八百万の神々が『勤務が辛い』と言い出しました」「すると、あなたさまの編出した遊芸が原因で、高天原が乱れたと……そういえば、お筆先に『まえの天照皇大神宮どののおり、岩戸へお入りになりたおり、岩戸開くのが嘘を申して、だまして無理に引っ張り出して、この世は勇みたらよいものと、それからは天宇受女命どのの嘘が手柄となりて、この世が嘘でつくねた世であるから、神にまことがないゆえに、人民が悪くなるばかり……』と、宇受女命の舞いを諌めてあったなあ」「はい、そのようで……さて、六の番頭の桃上彦命さまのかげに隠れて後押しするのが、外国より入りこんだ重億道神。表面は虫も殺さぬ優しい顔をしておりますが、実は野心に満ちた腹黒い神でございます。この黄龍姫の所へ参りましては『国常立尊さまの厳しい政治では下の者が勤まらん、御退隠願うようにお勧めして下され』と申すのでございます。どうしてわたくしの口から地の御先祖さまにそのようなことが申せましょう。力の限り宥めておりましたけれど、それがかえって仇となり、重億道神は八百万の神々をそそのかし始めて世は乱れるばかり。 とてもわたしども夫婦の手には合わなくなり、佐田子姫さま、つまりあなたさまに『この由をどうぞ夫神さまにお伝え下さいませ』とお願いに上がりました。そうでございましょう。あなたさまはすぐに夫神・一の番頭佐田彦命さまにお伝え下さいましたなれど、『地の御先祖さまを排斥するようなことは口が裂けてもできん。そうじゃと申してほうっておくわけにもいかず……』と、佐田彦命さまは下々の不平不満をなだめるのに長い間御苦労なされました。 でもこれだけ下がこぞって地の御先祖さまのご隠退を迫ったのでは、いかな佐田彦命さまでもどうすることができましょう。上を立てれば下が立たず、下を立てれば上が立たず、口舌は増すばかり。このうえは一の番頭のお役を退くより道がないと、ご決心なさいました。佐田子姫さま、思い出されましたか」「なんやら霧の奥からぼんやりと姿が浮き出たように……」「そのうち、思い出されます。なにしろ神代のことですから……。 あなたさまは、夫神にこう申されましたね。『あなたが今のお役をお退きなさったら、後の政治をどうなされます。かかる一大事の場合こそ勇をふるうて下万民を善導し、大神さまの御神慮を安んじねばなりませぬ。どうぞお考え直して下されませ』 でもこんな時、殿方が女の差し出口など聞くものですか。妻より子より自分が可愛いわが身よしなんですものね。『女神に意見されるようなこの方ではない』と言い放たれるや、無情にもあなたさまを地に捨て置いて、三柱のお子さまを引き連れ、天へ昇ってしまわれるなんて……」 なぜとも知らず、悲しさが込み上げ、久はすすり泣いていた。 黄龍姫は声音にいたわりをこめた。「こうして一の番頭さまが退職なされました後、二の番頭、三の番頭、四の番頭、それに五の番頭の大広木正宗さまがあるにあられぬご苦心なされ、地の御先祖さまをおかばいなされました。それを重億道神が『上の神さまがたとえどうなりなさろうとも、下の大勢の者が大事じゃ、大勢に一人は代えられぬ』とがんばりなされ、八百万の神々の機嫌を取られたので、地の御先祖さまはあってないが同様、いいえ、とうとう追い落とされ、押し込められて一たんは神代がむちゃくちゃになってしまいました。 おいたわしいのは佐田子姫さま、夫神佐田彦命さまともお可愛い三人の姫御子さまとも生き別れ、まるで生木を裂いたようなお苦しみ、それを見るに見かねられたのがお情け深い大広木正宗さま、かげになり日向になりあなたさまをお助けになられましたね。あの時にはこの黄龍姫も板挟みになり、悪い名を出されて苦しみました。ほんに悪夢のような思い出……。 ところで悪い奴は重億道神、素知らぬ顔でひとりよい子になってござる。くやし残念でたまりませなんだなれど、長い間の辛抱が叶うて有難や、松の世が巡り来ました。まことに嬉し嬉しの宮住居、これからは悪と善とのけじめがはっきりしますから、喜ぶ霊魂と悲しむ霊魂とで世界は一時に騒がしゅうなりましょうとも。とちめんぼう振る者も足元に出て参ります。よそのことと思うたらあて違い、だれも油断はなりませぬ。人の事と思うていると、みな我が身の上……。 ああ、これだけお話ができましたら、長い長い間の胸のつかえも少しはおりました。ではまたご機嫌よろしゅう……」 久は呆然として身動きもしなかった。黄龍姫の物語は、幼い頃に見た悲しい夢のように、久の胸を締めつけていた。
 翌六月二十六日の夜半、再び黄龍姫が久の体に憑って来た。「佐田子姫さま、わたくしは前生の因縁のもの、黄龍姫でございます。昔の世の元の折、わたくしども夫婦は、あまり下の口舌がやかましくて防ぎきれませず、わたくしがあなたさまに御相談申し上げたのが仇となってのあなたの御艱難、それも元はといえばこの乱れはあさはかな女の知恵から起こった事で、天の大神さまにも地の御先祖さまにも私はこの上なき御不孝を致しました。わたくしは居ても立ってもおられませず、変化れに変化れてこの世を元に直そうと幾度も現われてみましたが、世が暮れてゆくほど邪悪が強くなり、どんなに善一筋でやり抜きたくても善の道はいつも悪におされっぱなし、ここまで悪のはびこる世の中とはあいた口がふさがりませぬ。 佐田子姫さま、どうぞあなたの因縁の肉宮・福島久殿を私にお貸し下されませ。わたくしのこれからの働きは、ほかの肉体では出来ませぬ。この肉宮さえお貸し下されば、わたくしは一騎当千の働きをし、あっぱれ二度目の世の立替えの御用に参じます。 神政成就の暁には、決して私の手柄にはいたしません。みなあなたさまの賜物でございます。どうぞ久殿の肉宮をこの私に……」 久は胸が震え、唇が開くのを感じた。もう一人の別の声、黄龍姫よりは意識的に自分に近い声が、喉をついて上がってくる。「黄龍姫さま、佐田子に向かって恐れ入ったる御挨拶、言葉の返しようもございません。昔の昔のあの出来事は、決して黄龍姫さまばかりの落ち度ではございません。わたくしの不行き届きのせいでもございます。そう御自分ばかりお責め遊ばすな。それでもそこまで発根から省みられましたら、ほんに結構でございますなあ。どうぞ世の中のためにこの肉宮を自在にお使い下されて、一日も早くご活動下さいませ」「佐田子姫さま、そのお言葉嬉しゅうございます。これからは命の限り働きまして、この泥水世界を水晶に捻じ直してお目にかけます。どうぞこの先を見ていて下されませ……それでは……」 神憑りは日と共に重ねられて、久の体内には黄龍姫の精霊が充実し、一体化して行く。しかしこの不思議な守護神交代の物語は、夫も役員も誰一人信じてはくれなかった。 久は誰と相談して良いか分からなかった。昔の昔のさる昔、まだも昔のその昔の神代に久は……否、黄龍姫は心を凝らす。すると深い男らしい声が天の一角で響き渡った。「黄龍姫さま、女神の身でこのような大望な神業を一人でくよくよなさっても仕方ありません。わたくしもそのためにこそ、ここを先途と働いているのです。どうぞわたくしに任せて、あなたさまはお心を楽にお持ちなさいませ」「そのお言葉は大広木正宗さま、ほんに嬉しゅうございますが、この乱れた泥水ばかりの世を見ていて、どうしてのんびりしておれましょう。元はといえばすべてこの黄龍の罪、水晶の新つの神代に返すまではたとえ死んでも死なれぬわたくし……正宗さま、この上は手をつなぎ合って御神業に尽くさせて下さいませ。どうぞこの黄龍の力となって下さいませ」 ――ああ、霊界ではめでたく黄龍姫さまが大広木正宗さまとお手を組まれた。霊界と現界は合わせ鏡、きっと大広木正宗さまも現界のどこかで肉宮を持ってお働きであろう。一刻も早くお会いしたい。 久は、黄龍姫とも分かちがたい心で、誰ともわからぬ大広木正宗の肉宮を恋い慕った。
表題:直霊軍  10巻10章直霊軍



 百姓や商人たちが大部分を占めていた大本だが、海軍の中にも一粒の種が落ち、それがみるみる広がってゆくことになる。最初の入信者は、海軍予備機関中佐福中鉄三郎(四十三歳)であった。 福中鉄三郎は明治四十五年春、神奈川県横須賀から京都市上京区上立売通烏丸東入ルに転居した。当時六歳になる次男卓二が心臓が悪く医師にも見放されていたのが、夫婦の悩みの種であった。 京都の家を建てた時の石屋のすすめで天理教に入信、病児を連れて毎月大和の丹波市へ参拝し、少しは霊験の兆しが見えた。しかし天理教の教義面や神名と仏名の混交などに割り切れぬものを感じていた矢先、大本の噂を聞いた。 初めて卓二を連れて参綾し、教祖直に魅かれて信者となった。ただちに綾部上野の若宮神社近くに家を借りて卓二を住まわせ、妻のことと交替で京都から看病に通った。横向きに海老のように縮こまってしか息づけなかった卓二が、仰向けに大の字になって安眠できるまでに回復し、半年ほどで京都へ引き揚げた。 大正三年六月十日に福中は卓二を連れて参拝したが、翌日卓二は発熱して大広間の二階で寝込んでしまった。同月二十一日朝から、卓二は危篤状態となった。教祖も王仁三郎夫妻も枕頭に坐して、いたいけな少年の死へのあがきを見詰めた。 突然、卓二の口が動き、荘重な声を発した。「福中鉄三郎、座が高い、下がれい」 福中は夢中で子供の枕元、直の上座に坐っていたのである。はっとなって卓二の裾のほうに下がると、息づかいも苦しい卓二の口から、厳しい声が迫った。「マタタビノマサゾウであるぞ。福中、御利益信心は神は嫌うぞ」 驚きあきれて福中が答えもできぬ間に、卓二はあどけない子供の表情に戻り、すやすやと寝息を立てた。「マタタビノマサゾウ……珍しい名前が出てきますなあ」 澄が言うと、直が懐かしそうにうなずいた。明治二十五年の帰神の初め頃、直に懸った神の名の一つであった。変わった名前なので、当時十歳の澄もまだ記憶していたのだ。 午後十二時、卓二は昇天した。享年八歳。 信仰のめあてであった病児の死は、福中を落胆させた。けれど思いも寄らぬ臨終の有様が福中を大本に引き止めた。肉体の生死を越えて改めて大本を見直し、真剣に取り組み始めたのだ。まず大本教義と他宗教や哲学書などとの比較研究に興味を覚えたのである。生来の学問好きのため、これが天賦の使命のように感じ、研究に打ち込む日々が続いた。それから一年近くが過ぎている。 友人の海軍予備機関中佐飯森正芳が京都の自宅へ遊びに来た。飯森も酒好き、さっそくふたりで飲み出した。普段は無口であったが、飯森は酒が入ると人が変わったように雄弁になった。飯森は十六歳で海軍機関学校に入り、大尉ぐらいの頃から神霊問題の研究に凝り出した。一時は宮崎虎之助という予言者と組んで不確かな予言を連発し、海軍部内では有名になった。その頃脳充血で倒れ、若い身を故郷能登に静養、三月ほどで復帰。「長い間、噂を聞かなかったが、その後元気でいたのか」 白い歯でするめの足を噛むことに熱中している飯森に、福中は聞いた。「元気かって……体は病んだ、でも一時のこと。けれど、精神的にはかなり重症患者だったよ。二男一女に次々死なれた。まだ幼いうちに……。育てきれなかった。煩悶したんだ。実はキリスト教を知って、洗礼を受けた。 それから、自分の過半生を省みる気になった。どこの国に生まれようと人は人じゃないか。その大切な人の命を大量に殺す技術を学び、他国を奪う職業を何の気もなく選んだ。その上、お上からたくさんに俸給を頂戴し、世間さまには肩で風を切った。女中まで使って何不自由のない生活をする……疑問を感じてね」「わしもさ……分かるよ」「そうなるとどうしても情熱込めて勤める気になれん。横須賀の知り合いに成川浅子という婦人がいて、三浦屋という旅館をやっている。その三階の座敷で三日三晩考えた。わしは長男だし、能登の輪島には年老いた両親が健在で、わしの出世だけを楽しみに生きている。それを思うと、胸が張り裂けるようだった。しかし自分の気持ちを偽ることはできん。思い切って退官し、あえて茨の道を選んだわけだ」「それでこれからどうするつもりかね」「ロシアの婦人ヘレナ・ペトロフナ・ブラバッキーの創始した霊智学同胞協会がアメリカにあってね、その運動に参加するつもりだ。ところでわしがここへ来たわけは、渡米前に友だち甲斐にブラバッキーの福音を伝えてやろうと思ってね。もっとも、わしが間違ってると思うなら、気のすむまで突っ込んでくれ。何日かかってもわしは一向にかまわんから、君が信仰する気になるまで話し合おうじゃないか」 親切の押し売りである。向こうがその気なら、福中もまた大本を一身に背負った気概で応じた。議論は、大本とキリスト教の優劣に集中した。大本を知らぬ飯森、比較宗教学に熱中しバイブルにも詳しい福中、このふたりでは、向こう意気の強い飯森もさすがに受け太刀になる。 福中に論破された飯森は、一夜を明かして、そのまま福中と連れ立ち、綾部を訪れた。議論では負けたが、さらばこの目で大本の邪教性を看破してやろうというのである。 金龍海に水を得て清々しさを増した神苑内では、奉仕者たちが嬉々として献労にいそしんでいた。すれ違う彼らは、顔なじみの福中に目礼をかわす。 石の宮の前で福中は脱帽、敬虔な祈りを捧げた。その横で、飯森は腕を組んで傲然と立つ。負けるものかという虚勢である。 金龍海の池畔をめぐりながら、ふたりはまだ論じ合う。軍靴は統務閣の前で止まり、恰幅のよい福中が長身の飯森を見上げ、議論の終止符を打つように宣した。「まあ、ともかく教祖さまにお目にかかれ。君の痩せ我慢も一目で吹っ飛ぶよ」「そうありたいものだ。どうせ田舎狸か狐憑きだろうが……」 教祖直・王仁三郎夫妻に会い、一日、もう一日と大本に滞在するうち、飯森の腰は据わってしまった。彼は泥んこになって、金龍海第二期工事の畚かつぎを始めた。まもなく石川県穴水の郷里から妻久子を呼び寄せる。捨て切れなかったバイブルも手放し、二、三カ月もすると別人のような熱狂的大本信者に変貌を遂げていた。 飯森よりはずっと遅れて大正十三年になるが、福中も本格的に綾部に移住する。綾部町上野の自宅の玄関の上がり框には四斗樽の菰かぶりを据え、朝昼晩の三食、酒を飲んだ。 豪放な反面、几帳面な性格で、特に時間は正確であった。早朝起床、散歩、礼拝、朝食、神書研究、大欠伸、昼食、午後の勉学、和知川に魚釣り、釣った雑魚を肴に夕方酒を飲み、就寝――それが福中の日課であり、彼が欠伸すれば今何時だとわかったと伝えられている。 大本を知り、艮の金神の出現の意味を悟ると、飯森の血は湧き立って押えようもなかった。真夏のさなかの東京へとび出して、知人宅を説いて回った。 八月二十三日、飯森はいったん帰綾して王仁三郎の指示を仰ぎ、八月二十八日には、湯浅仁斎を同道、新舞鶴港に碇泊中の戦艦「香取」に乗り込んだ。艦長は堀輝房大佐、副艦長は飯森の友人山口伝一中佐である。 山口中佐から飯森中佐へ講演の依頼があって……と記録にあるが、実際は飯森から友人山口への便りの中へ「機会があったら俺に話をさせろ」とでも書いたのが実現したのであろう。 軍艦「香取」の乗務員二百五十余人を甲板上に集め、湯浅仁斎は真っ先にその前に進み出た。真っ白な海軍士官服が粛として押し並んでいる。仁斎は下腹にどっかり熱い塊がすわるのを感じた。何恐れることがあろう。わしを使うて神さんが彼らの魂をよびさまそうとなされているのや。第一声を放ちさえすれば、あとは神さんまかせや。 小柄な体に、ひょうひょうたる味わいを持たせ、熱中すれば例の手鼻拭いを遠慮なく連発しながら、神の実在、大本の出現の意義などを説きあかした。 次を受けた飯森中佐は重厚なる熱弁をふるって立替え立直しに迫る。ふたりの熱気に艦上の全員は身じろぎもせず聞き入った。「香取」(一万五千九百五十トン)は「鹿島」(一万六千四百トン)と共に、明治時代における日本海軍のスターであった。明治三十六年の第十八議会で両艦の製造が決まり、英国に製造を委託、日露戦争には間に合わなかったが、明治三十九年八月に英国より回航されて以来数年間、常に脚光を浴びてきた。 ついでにいえば「香取」・「鹿島」の名は、香取神宮(祭神経津主命)、鹿島神宮(祭神武御雷命)からとったもので、明治天皇の命名である。香取・鹿島の二神は天孫降臨のときに先駆けした武神と伝えられ、古来軍神として仰ぎ尊ばれていたからだ。大正十年、「香取」はヨーロッパ巡遊の皇太子殿下の御召艦にもなっている。 この香取艦上で堂々と大本の講演が行なわれたという快挙に、大本の役員信者たちは喝采した。大本が海軍の中にはなった嚆矢であった。 この出来事が刺戟になったのかもしれない。まもなく布教の実践部隊である直霊軍本営が大本に組織された。直霊軍を組織する男女を軍霊とし、軍霊の位階を十階級に分ける。また軍職も将軍・副将軍・軍監・軍曹など十種に分けられた。その軍規や位階名などが軍隊の呼称に類似するのは、飯森や副中の影響と考えられる。 九月二十五日の午後、大広間で直霊軍本営の旗上式が行なわれ、晩飯を食べてからいよいよ綾部町内の第一回街頭演説を行なうことになった。参加した軍霊二十余人、各人が十曜の紋章を付けた鉢巻をしめ、直霊軍と大書した襷をかけ、羽織袴・草鞋に脚絆という風変わりないでたちである。直霊軍の幟をかざし、雅楽の太鼓をドドンドドンと叩きつつ、進軍歌を高唱して練り歩いた。ヒラアヒラアと神軍旗 ヒラアヒラアと革正旗 先頭に押し立て大本の 直霊軍は進むなり 敵は幾万ありとても 恐れずたゆまず堂々とヒラアヒラアと神軍旗 ヒラアヒラアと革正旗 先頭に押し立て立ち向かう悪魔の軍勢と戦いて 勝ちどきもろともあぐるまで 命を惜しまず進みゆくヒラアヒラアと神軍旗 ヒラアヒラアと十曜の旗 寄せ来る数万の悪霊は 雲霞のごとく見ゆるとも わがてに直霊の剣あり いざ立て進め神軍霊よヒラアヒラアと神軍旗 ヒラアヒラアと十曜の旗 高天原の大本の 神の教にすめらぎの 御稜威も高く四方の国 輝き渡す直霊軍……。 作詞作曲は飯森正芳である。間のびしたテンポで行進にはちょっと不向きであった。青年たちがその旨を申し出ると、飯森は重たい口で悠然と言った。「君、今さら曲を変えるより、歩調の方を合わしたまえ」 大本を出て本町を通り、北西町(現在の三つ丸百貨店前)で初めて街頭演説をした。静かな綾部の町としては前代未聞の出来事、たちまち黒山の人だかりである。その群衆の中に手拭いで頬かむりした王仁三郎の姿があり、無言で宣伝隊を勇気づける。三、四人の青年が、一人十分ぐらいずつ激越な調子で演説をした。 綾部警察署から巡査部長と三人の巡査がとんで来て、叱責した。「通行ができんじゃないか、おいこら、即刻中止せい」 海軍の軍服をつけ、いかめしい勲章で飾った長身の飯森が出て来て、頭ごなしに言う。「三千世界の立替え立直しを叫ぶのに、通行妨害などと蚤の金玉のようなことを言うな。こちらは礼儀を重んじて、昨日署長に会って演説することを申し出ておいた。君たちももっと人を集めて来て、後ろのほうへ下がって神の声を聞け」 その勢いに辟易したか、勲章に敬意を表したか、巡査たちはしぶしぶ引き下がる。やがて最後の飯森の番である。水筒から一口、二口酒をラッパ飲みすると、壮士芝居の二枚目のような端正な顔に血の色が浮かぶ。平常とうって変わった雄弁で聴衆を魅了した。 次に北上して郡是製糸の前で演説会を開き、大いに歌って里町の手前から意気揚々と引き返した。帰って神前に勢揃いして礼拝、解散。「おまえら、ひどいこと言うのう。あんなこと言うて大丈夫か」と王仁三郎は心配そうな口振りだったが、内心の喜びはあふれていた。 翌朝、郡是製糸から代表者二、三人が「悪魔の郡是とは何事や。そんなことを言われる覚えはない」と抗議してきた。大本側では郡是製糸の悪口を言った覚えはなく、話は食い違ったが、そのうち進軍歌の「悪魔の軍勢」の聞き違えと判明し、両者で大笑いした一幕もあった。以後はその紛らわしい表現を変更することで解決したが、どう改められたかは不明である。 続いて九月二十八日には、王仁三郎が直霊軍を率いて丹後の大江山に登り、筆先を大声で拝読して地上霊界の諸神霊に聞かせた。 これらが契機となって一班四、五名編成、数班にわかれて各地へ徒歩で宣教にでかけた。たとえば、班長西田元教・班員佐藤忠三郎・田中豊頴・又村伍一の四人は福知山・兎原・兵庫県を通り、道々宣教しながら大阪市を目指し、十一月五日の直霊軍大阪分営の旗上式に合流している。 大阪より早い十月二十四日、京都市では直霊軍京都分営の旗上式が行なわれ、梅田信之副将軍の指揮下、盛んな布教が行なわれていた。 梅田信之は立替えの危機意識でじっとしておれず、四十余名の軍霊を引き連れ、毎日のように異様の風体で大道演説にでかけ、世人を驚かせた。 大正四年十二月十五日発行の『敷島新報』によれば「東は祇園神社付近より西は千本三条辺まで、北は船岡山西陣方面より南は西九条方面までとうとうたる懸河の弁をふるうて大道演説をなし……」と。 三条大橋の角の銀行の石段が演説に都合良いので、よく使用した。のちには大阪・神戸へも足をのばした。神戸では湊川神社の社内で勢揃いし、進軍歌をうたって大いに気勢を上げた。信之は、まさに大正維新の志士の気概と風格を見せていた。
 大本の宣教活動が火のように燃え上がったのを八木にいて聞きながら、久は焦燥感に狂いそうであった。十一月十日の大正天皇即位式も迫っていた。その三十日前から教祖出口直は寝ずの祈願に入ったと噂は聞こえる。 皇太子嘉仁親王即位の大礼は、皇室典範および登極令第四条に従って、昨年の大正三年十一月十日に京都で行なわれる予定であった。しかし、四月十一日昭憲皇太后が崩御せられたことにより、思わぬ延期となった。「諒闇中ハ即位ノ礼、大嘗祭ハ行ハズ」の登極令第十八条、さらには「天皇ハ皇太后ノタメニ一年ノ喪ニ服スベシ」の大喪礼第二十条による。 今年の二月一日になって、大典の日取りは改めて今秋十一月十日と発表されていた。 親王の御病弱はすでに十代の時からで、しかも肉体的ばかりでなく、精神的なものも加わっていた。明治三十五年、第二皇子雍仁親王(秩父宮)御誕生直後からさらに奇矯な性格を示し出され、それらの事情の一端は、民間でもひそかに囁かれていた。 皇室典範の第九条によると、「皇嗣精神若ハ身体ノ不治ノ重患アリ又ハ重大ノ事故アル時ハ皇族会議及ビ枢密顧問ニ諮詢シ前数条ニヨリ継承ト順序ヲ換フルコトヲ得」とある。それらの条文などは知らぬながら、皇室のはらむ危機感は直や久をかり立てる。 水の滲むように、巷の噂もまた不安と共に囁き交わされていた。 会う人ごとに熱弁をふるって、久は一りんの仕組みを説き、改心を迫る。聞く人はその異常な熱意にあきれて、やはりおかしいのではないかと敬遠する。夫寅之助も久の情熱にはついてゆけず、「よいかげんにしておけ」と怒り出す。黄龍姫に肉体をお貸しして泥水世界を水晶に捻じ直す決意をした以上、よいかげんにできる久の性分ではなかった。 十月二十七日、八木の福島家へ婦人の来客があった。大阪の南久宝寺町丼池の角の大きな煙管問屋藤森源七の妻キウ子である。一度大阪に来て信者たちに神さまのお話をしてほしいという、久への依頼である。 遠方からわざわざ話を欲して迎えに来るなど、この願ってもない幸せを逃したくない。久は夫寅之助を口説いた。稲刈りが迫っていた。「二泊だけやぞ」と念を入れて、寅之助は許した。 久はキウ子に連れられて、勇躍、初めての大阪の土を踏んだ。 大阪は明治三十四、五年頃、王仁三郎の宣教によって一時大きく広まりかけた。しかし無理解な本部役員によって王仁三郎が呼び戻されて以来、信仰の火が消えた状態であった。大正に入って、再び種がまかれた。九条茨住吉の線香製造問屋岡崎捨吉(六十一歳)の長女とく子が幼少の時に麻疹に罹り、氷枕で頭を冷やしすぎて鼓膜が悪くなった。娘の難聴が一家の頭痛の元である。 線香職人の紹介で、大本信者の難波の表具師村上米三郎が岡崎家に招かれ、とく子の鎮魂をした。三日続けて鎮魂するが、とく子は平気な顔である。 村上は母親直子の方に原因があるのではないかと気づき、今度は嫌がる直子のお取次をした。すると一回で直子が発動して叫び出した。「その方ごときにわかる神ではない。師匠を呼べ、その方の師匠を呼んで参れ」 村上はあわてた。「そんなこと言うても、わしの先生は丹波ですさかい……直子さんの肉体を京都まで運んでもらえまへんか。そしたら先生にも京都まで来てもらいます」「よし、その時は知らせよ。この肉体を連れて参ろう」 この問答は、村上から王仁三郎に伝えられた。 明治から大正へと年号が変わって早々の夏のこと、王仁三郎は岡崎直子と京都大本本部の梅田宅で面会した。 普段着で挨拶した王仁三郎は、すぐ奥へ入って白衣に着替え、改まって上座に坐る。「二度目の天の岩戸開きに参加してもらいたい」 その一言で直子は平伏した。発動もなく何の神秘もなかったが、直子の心は入信を強く誓っていた。 大阪に帰るとすぐ、直子は夫の許可も得ず、床の間に大神を奉斎した。娘とく子の耳は、それでも変わりなかった。 直子は朝夕礼拝し、知人友人などの病気治しのお取次を祈ると、不思議なほどよく治癒した。夫の捨吉は、直子の大本信仰に猛反対であった。「おまえはうちの商売を何と思うねん。うちは線香屋やぞ。仏はんに縁あっても、神さんに縁はないのや。信仰やめんなら出て行け」 岡崎捨吉が怒るのも道理であった。夫婦とも不遇な育ちで、苦労のあげくようやく「市川堂」という大阪で有数の線香製造問屋にまでのし上げたのだから。 捨吉は三河・岡崎の藩士市川某の伜、嘉永五(一八五二)年に生まれた。両親には早く死別する。逆境の身を何とか切り拓こうと十五、六歳の頃脱藩して神戸に出、線香屋に奉公する。奉公は苦しかった。絶望のあまり自殺しかけたことすらあった。 忍苦の果てに独立、一時人入れ稼業をしていたが、やがて大阪へ出て習い覚えた線香屋を始めた。香木を見るのは関西随一といわれ、四国四県の山々を香木を求めて歩き回ったこともある。細巻の線香で、関東一円を主として卸売した。 直子と会ったのは、西区松島の遊廓である。直子は明治五年生まれ、能登の大きな船問屋丸屋五兵衛の子孫である。没落した生家を出て単身、大阪へ来た。茶屋の引子になったが、直子につかまった客は逃げられないと言うほど、引子の名手になった。その腕で、苦味走った男振りの捨吉をつかんだのであろう。年は二十も違う。 直子は働き者で、線香職人としての腕も秀れていた。細巻きの線香を束にする作業をさせても、目分量でつかんだ線香が間違いなく百本あった。その早さ正確さでも直子の真似のできる職工はいなかった。 この重宝な女房が仕事を放棄し、家業にはいかにも相性の悪い神さんにうつつを抜かし始めたのだから、捨吉は愕然とした。なだめすかして信仰をやめさせようとしたが、頑としてきかない。こうなれば、実力で女房に憑いている神さんを叩き出してやろうと、捨吉は決意した。 鉢巻を締め、尻からげし、箒を逆手に握って礼拝中の女房の背後に忍び寄った。と、直子はくるりと向きかわり、右手の人差し指を夫に向ける。「こいつ、女房の分際で亭主に手向うか」 かっとなって箒を打ち込んだ。「ヤアーッ」としびれるような気合いが、直子の口からとんだ。箒が捨吉の手をはね上げて転げ落ち、捨吉は部屋の隅にしたたか尻を打ちつけていた。女房はと見ると、依然として人差し指を向けたまま坐っている。「畜生、よくも亭主を……」 再び箒をつかんでとびかかったが同じこと、素手で取っ組もうにも、女房の体にさえ触れぬうちにはねとばされる。四回目についに音を上げた。若い時に柔道に熱中したから、めったにひけはとらぬつもりだったが、気合い一つでひっくり返す技など習ったことはなかった。捨吉はかぶとをぬいで神霊に降参した。 これ以後、岡崎夫妻は揃って大本信仰に入り、まもなく線香屋の自宅に大本朝日会合所をつくる。正確なこの日の記録はないが、大正年間の朝日支部宮祭信徒名簿によると、岡崎夫妻の導きによる大神奉斎第一号は、大正元年十月三日西区梅本町の森田年太郎、他に六世帯がこの年大本神を奉斎している。 岡崎夫妻の導きは熱心で、当時、大阪で彼らの息のかからぬ信者はないと言われたくらいであった。家が松島に近いこと、直子がそこにいた関係などで、教線は主に花柳界に伸びてゆく。直子と一緒に引子をしていた佐々木もん、松島の茶屋吉野楼の女将吉野時子、北堀江の茶屋の女将星田悦子など、有力信者に花柳界関係が多かった。 大正二年二十六世帯、大正三年三十三世帯が新しく朝日会合所に所属し、大正七年には支部に昇格する。 一方、岡崎直子を信仰に導いた村上米三郎は、梅田京都本部長のすすめで、大正二年に元町会合所を開いた。王仁三郎は元町会合所の集会に招かれて、綾部から出て来る。 王仁三郎は、参集者を見回して訊いた。「この近くの愛染坂に、のっぽの禿がいるはずや。内藤正照ちゅう男や。誰かすぐ呼んで来てくれ」 参拝者が話し合ううち、「それはあの人や」と思い当たり、使いが飛び出して行く。待つ間もなく内藤正照、妻いちが息をはずませて駆けつけて来た。 明治三十五、六年当時、王仁三郎は内藤家に居候し、正照と一緒になって市内の稲荷下げ調べに歩いたもの。「ハハキトク」の偽電報で王仁三郎が綾部に呼び戻されてから、実に十二年ぶりの再会である。 一層艶の増した正照の上品な禿頭をながめながら、その年月などなかったように王仁三郎は言った。「あんたんとこに神さまを祀ることにした。愛染坂の家は狭すぎるさけ、もうちょっと大きな家を探してんか」 正照は唯々として従い、南区難波新川一丁目の十軒ほど新築の家が並んだ角の家を借りて来た。この辺は土橋といい、大阪相撲の相撲場が真向こうにある。その待合茶屋として建てられたものであろう。移転費用は例によって妻いちが静岡の実家から引き出した。 二階の間仕切りを取った十八畳の座敷に大神を祀り、難波出張所とした。鎮座祭は大正三年二月十九日に執行、内藤正照を所長とし、森速雄、坂本文蔵が幹部となって、教勢はここにも火を噴いていた。
 やがて大阪の信者たちは岡崎系と内藤系の二派にわかれ、その間に微妙な派閥争いもあったらしい。大阪に入った久は、それを敏感に察して、激しく憤慨した。「三千世界の立替え立直しを目指す大本が、見苦しい信者の奪り合いとは何事や」 しかも大阪の市中には「天皇陛下の御即位式が上がらんらしい」という噂が流れている。大本信者の中にすら「大正の世は紫陽花の七変わり」という筆先の言葉をとらえ、一波乱あるのが当然と考えるものがいたのだ。「教祖さまが大典の無事を祈って、誠こめて寝ずの行をしておられるというのに、教祖さまの御心を知らぬというてもあんまりじゃ」と久は激してくる。 藤森キウ子の案内で朝日支部に逗留した久は、その夜から神前に灯明を上げ通し、岡崎夫婦を相手に夜昼、また昼夜とのべつ幕なしに喋り続けた。たまりかねて難波出張所に連れてゆくと、ここでも内藤夫婦をつかまえて夜っぴて喋り続ける。次々に大阪の信者の家を喋り回り、一睡もしなかった。久に言わせれば、教祖さまが寝ずの行をしていなさるこの時に安閑と眠れる方がおかしいとなる。「八木の福島久はんという人は、今までどこにも出たことのない井の中の蛙じゃから、にわかに広い大阪に出て来て守護神がびっくりしたらしい。夜になっても一眠りもせず人の家を騒がせるさかい、たまらんわい」 誰もが久を持て余し出す。が、そんなことでひるむような久ではなかった。夫から二日間だけ暇をもらったことも、子供たちのことも、稲刈りの忙しさも、すっかり念頭から去っていた。 十一月五日朝九時、難波出張所で直霊軍大阪分営の旗上式があった。本部からは王仁三郎や飯森正芳も参列、前日に到着した西田元教を班長とする宣教班も幟を押し立てていた。勢揃いした軍霊六十余人と、ヒラアヒラアの進軍歌を歌って気勢を上げる。 旗上式が終わると、女子供一同打ち揃って鉢巻きを締め、『直霊軍』と書いた襷をつけ、住吉区の別格官幣社阿倍野神社(祭神北畠親房・顕家)に参拝した。この神社で、参拝者に向かって第一声を放つことになる。指名された数名が前に並び、一人五分ぐらいずつ聴衆に向かった。「上手下手など問題にするな。気合いをこめてやれい」と飯森にハッパをかけられて、みんな夢中だった。 すすめられて、久も一歩前に出た。好奇の目が痛いほど一身に集中する。公衆の前で演説するなど生まれて初めてだが、臆する気持ちは微塵もなかった。「大阪のみなさん、神と学との力比べの時節が参りました。今まではちっとのことは学の理屈でごまかしてきたなれど、もう理屈では通らん一寸先は闇の中、ところが不思議、谷の底に踏み潰されて紙屑買いしておりたお婆さんやら、学校もすうすうぐらいな貧しい家に生まれて牛車曳きの牛の尻を追うていた喜楽安閑坊やら、山の辺のあばらや住居のいろはのいの字も知らぬ阿呆が天地の根本の始めから説いて聞かせる。 今の世は悪の世界だから、実が嘘に見え、嘘がほんまに見える。日本の大和魂の生粋でありたら、われにわれの因縁の判らぬはずはないのに、この中で我のことのわかりておる者はあるまい。神が何か、人が何か、なぜに我は生きねばならぬか、それも知らずに食うては寝、食うては寝とるそのわけは、あんたらの肉体に悪がひそんでおるからでございますぞ。 あんたらは神の子になりたいか、蛆虫になりたいか、こういうと鼻で嗤っておる鼻高さん、くやしくば丹波の綾部に来てござれ、その高い鼻をへし折って、天晴れ神の子に立替えて進ぜましょう……」 腕を振り上げ、口から唾を飛ばして喋りまくる。女の弁士は珍しいというので、たかり寄った聴衆は、その激越な調子に気を呑まれて去る者もない。ともかく大うけである。帰途も三、四カ所、賑やかな場所で大道演説して引き上げる。 途中、飯森正芳が久に話しかけた。「憂国の気概、まさに男も及ばぬことで、ほとほと感心しました。明日は肝川で直霊軍の旗上式がありますが、よろしかったらご一緒しませんか」「行きます、行きますとも、御神業のためなら、たとえ根底の国までも……」 すらりと高い軍服姿の飯森を見上げて、久は頬を紅潮させた。 出張所へ帰り、その夜の宿舎に割り当てられていた松島一丁目の谷前貞義方へ行くと、王仁三郎が先に戻っていて笑いかけた。「お久はん、今日の演説では、どえらい肝玉放り出したのう」 久は意気込んで答えた。「なんのこれしき。今日の演説ぐらいのことで肝玉やなど……地の御先祖さまの二の番頭八王大陣殿の妻神黄龍姫さまのお憑りなさるこの肉宮じゃもの、神政成就のおんためならどんなところへでも行きますわな。まさかになれば天皇陛下とでも談判いたしますで」「そうか、そこまで腹帯しめておれば大丈夫やろ。しかしもう幾日も寝とらんそうなが、肉体あっての御用やでのう。今夜はゆっくり休むことや」「なんの、天皇の御即位式を悪魔が狙うておるというこの時、うかうか眠って金毛九尾につけ込まれでもしたらどうもならん」と、久はきっと唇を結んだ。   信仰の火は、思いがけぬ所へ飛び火するものだ。 ここ兵庫県川辺郡猪名川がそうである。火をつけたのは小沢惣祐、かつて梅田信之の命を狙ったことさえある激情家だが、宣教の腕は秀れていた。 福知山は稲次要蔵を中心に開けていたが、その稲次を入信に導いたのも小沢である。福知山の病院の前に立ち、因縁のある病人と見ると話しかけ、大本の鎮魂によって信仰に導いた。稲次要蔵も病院に行く途中に小沢と邂逅し、医者に不治と宣告された病気を治されて入信した一人だった。今は大本の福知山出張所長として宣教の第一線に立っている。小沢に導かれて入信したものは多かった。 岡崎直子が入信した直後、小沢が大阪まで宣教に着て直子の鎮魂をした。直子は発動して託宣した。「ここから篠山街道を十里行けば、その方を待つ神がおる」 その言葉を信じ、小沢は早朝、岡崎家を出発した。夕方、猪名川町字差組村落にさしかかって、小沢は非常に心魅かれる山を見つけた。橋袂の酒屋に入って、山の名を問う。酒屋の主人前田亀三郎(七十歳)が教えた。「あの山は岩根山と言って、尾が三つあるんや。雨を降らす神さまが祀ってあって、御神体は大きな割れ岩や。岩やいうて嗤たらあきまへんで。村の人たちはみんな尊敬しとってなあ、昔から女人禁制になっとるわい。そら厳しいもんだっせ」「それで……ここから大阪までは何里ぐらいありまっしゃろ」「昔から大阪まで十里としたもんですわ」「おおきに……ここの区長はんの家を教えとくれやす」 小沢は神示の地はここだと直感した。前田の案内で田中区長の家を訪ね、一週間の幽斎修行の了解をとりつけた。区長は山の割れ岩の上に建てられた古びた神殿の扉の鍵を小沢に預けた。田中区長は差組村落長であり、岩根山の管理もしていたのだ。 その日から小沢の幽斎修行が始まった。一週間の断水断食である。一週間目に田中区長が上ってきた。「まだ修行は終らんと神さまがいうてや。あと一週間、行を続けさせてもらえまへんか」「村落の方は一週間が百日でもかまわんが、飲まず食わずでは、あんたの体がもちまへんやろ」「そうやなあ、神さまからお水だけは許してもろとるさかい、一週間分の飲水だけ運んどくれやす。手数かけてすんまへん」 区長は快く応じてくれた。 都合二週間の幽斎修行を終え、田中区長宅へ鍵を返しに行く。その晩は田中家で風呂をもらい、しばらく滞在することになった。「病気治しの神さんじゃないというとるそうなが、どえらいおかげが立つらしで」 そんな噂が流れ、願いごとを持って田中区長宅を訪れる村人が多くなった。酒屋の主人前田亀三郎も自分のことのように宣伝した。 差組から一里近く離れた中谷村肝川の分限者車末吉の母はなも、前田亀三郎からその噂を聞いた。はなは病弱なため、あちこちの拝み屋を呼び入れていたが、効果はなかった。これが最後と家族に頼み、ある日、小沢を自宅に招いた。 小沢は車宅に滞在し、はなに鎮魂しつつ、幽斎修行を続けた。はなが快方に向くにつれ、村人たちは小沢のもとへ集まって次々幽斎修行に加わった。発動する者が続出し、小沢の審神によって不思議な霊的現象が展開して行く。初めて見る珍奇な現象にとらわれて、彼らは熱中した。 希望者が多すぎて、車家では収容し切れなくなる。彼らは語り合って、幽斎道場を新築することになった。八畳・六畳一間に三畳の神饌室をつけた。完成するとすぐ大本肝川支部とした。大正二年の初め頃であったろう。綾部にも盛んに団体参拝した。 役員もでき、支部の機構も整ってくると、次第に小沢の存在が浮き上がってくる。小沢の狷介な性質が支部役員としばしば衝突したのである。小沢はすぐれた開拓者であり得ても、建設者としての素質に欠けていた。 やがて肝川を追われるように去るにあたって、小沢は綾部に出向き、王仁三郎にその後の指示を仰いだ。当時、肝川支部に祀られていた神は天之御中主大神・国常立尊・坤の金神・八大龍王・龍宮の乙姫の五社であった。「お前がおらぬと、他の人だけで守りをするのは無理やろう。龍宮の乙姫だけ残して、他の四社の神霊はそっと抜いておこう」と、王仁三郎は言った。 小沢は肝川を離れて新しい開拓地を求め、大阪・茨木方面へ宣教に発った。
 大正三年三月には、王仁三郎も肝川を訪れる。 車末吉を支部長にその後も肝川は発展し、大正四年秋、大阪に続いて肝川直霊軍を結成した。 直霊軍肝川分営旗上式は十一月六日午前九時、産土の戸隠神社境内で行なわれた。大阪からは内藤正照・星田悦子・飯森正芳・福島久が駆けつけ、農繁期にもかかわらず地元肝川からは約四十名の参加があった。 秋晴れの空の下、刈り入れ前の稲穂は重く波打ち、稲掛けには新藁の熟れた匂いが立ちこめている。けれど久の目には、はためく二旒の神軍旗・革正旗しかなかった。 旗上式が高揚した空気の中に終わりを告げ、一同肝川分営に向かって行進し始めても、久はまだ神前に伏して動かぬ。久が頭を上げた時、もう境内のざわめきは去っていた。 気がつくと、久のかたわらに土下座して、文字通りぴたりと額づいているのは飯森だった。今朝、大阪の谷前家を発って梅田から阪急で池田へ、池田から徒歩で肝川へと来たが、その道中、久は飯森に見聞した霊界の話を一部始終喋り続けて来たのである。 飯森は最初から真剣に耳を傾けていた。『親指と小指』の出現から一りんの仕組みに触れると、感嘆の声さえ漏らした。「うーむ、わしが綾部へ来てから半年、じっと大本の様子を観て来たが、向こうに煙幕を張ったようでもう一つすっきり分からなんだ。今、あなたのお話で釈然としました。神国成就の太綱をつかみましたぞ。ああ、ありがたい、ありがたい」 母直にも妹夫婦にも、いや二十六年間暮して来た夫寅之助にさえ理解してもらえなかった久の体験を一度で呑み込んでくれたこの男……その端正な横顔に、久は霊界でめぐり会った大広木正宗の面影を見ずにはいられない。 飯森はやがて面を上げ、四拍手一礼して立ち上がった。その軍服の膝から裾に着いた泥を、久が丹念に払ってやった。「あなたは黄龍姫さまとお手をとり合うた大広木正宗さまの身魂に違いござへん。黄龍姫さまに、この肉宮を差し上げたわたしです。あなたが神さまのお経綸をしっかりとつかみ、神国成就のためにお尽くし下さるならば、わたしは家や子供のことなど打ち捨てて、あなたについて働きます。わたしと二人で力を合わせて働けば、神国の太柱はきっとこの世に移りますで」 飯森は水筒から酒を喉に注ぎ込み、胃に落ち着くのを待って口を開いた。「そうです、やりましょう。わたしは血気盛りの若い年齢を過ぎてしもうた。けれど自分の過去を省みて、もうこれでよい、いつ死んでも悔いがないとはいえない。いやそれどころか、お国のために尽くしたいという気持ちが、逆に神界のお邪魔にばかりなっとったに違いない。 それに気づいて、きっぱりと退官した。けれどどうやって悔いのない死に場所を得ようか、そればかりあせって考えてきました。このわしを存分に使って下さる神さまがおられて、わしにこうせいと命じて下さるなら、身体を投げ出す覚悟はとうからできとります。あなたの霊魂とは、そんな深い因縁があったのですね」「そうですとも。昔の昔のさる昔、神代の頃からの深い深い因縁ですわな」「妙なことには、私の家内の名もあなたと同じ久子です。そればかりか、わたしはいつも家内に言い聞かせてあるのですよ。『わたしと主義の合う婦人がこの世に一人だけあるように思えてならぬ。その女性にめぐり会うたら、何もかも捨てて生活を共にするかも知らん。よく承知していなさいよ』と。家内もそれは分かっていてくれます。わしが何をすべきかつかんだら、さぞ喜んでくれるでしょう。 あなたは女性だから……夫も子供もありなさるから、二人で一つになって働いたら、どんなあらぬ噂を立てられることか。しかし、わしらのことは神のみが御存じです。神国成就の大正維新のためなら、地上での悪評ぐらい恐れることはない」「よう言うて下さいました。神さまがまずわたしらに望んでおられるのは、今は一つ。天皇さまが東京から京都へ即位式にお移りになる途中、邪魔しようと狙っておる金毛九尾の仕組みを打ち破ること。それは教祖さまが三十日前から昼夜の御祈願をしておられます。わたしも及ばずながらもう十夜も眠らずの行をしとりますさかい、あいつらの思惑は通させはしまへん。 天皇が京都へお着きになりさえすれば、即位式は無事にすみまっしゃろ。それでも、即位さえ出来ればそれで良いわけではござへん。宮廷は今や金毛九尾の巣やそうな。それを神力で追い払って皇室のお立替えをせぬ限り、天皇さまの御安泰も下万民の苦しみも救うことはできんのです」「命を惜しむわけやないが、大内山の中ばかりは、わたしらでは手が届かぬ」「では誰が革正できまっしゃろ。金毛九尾は並の人の力ぐらいで退治できるもんやない。死ぬ気で神の御守護をいただいてとびこまねば……。『現界と幽界の救い主』と言われたこの久でなければ……」 飯森は右手を額のところまで上げてちょっと祈るようにし、昂ぶる久をさえぎった。「分かっとります。しかし、時期と言うもんがある。今それは抑えましょう。わしらの出来る足元から一歩一歩固めていかねば、みんなはついてこれなくなる」 分別ある大人に返って、飯森が言った。久は素直に受けて、「それではまず教祖さまのお膝元や。大本の中を立替えれば、それが型となって穢れた世も清まる道理……」「なんですって?……」「これはまだ誰にも言うたことはござへんが、あの三十日の夫婦の度胸試しで確かに見せられました。深い深い谷の際に大きな計量器があって、それに管長がかけられてござる。ああ、恐ろしや、あの深い谷底へ落ちてはもう二度とこの天国さまへ上がることはできぬと思うて傍へ行こうとしたら、計量器の重りがふうっと空に向いて、王仁殿の肉体は深い谷底へまっ逆さま……。そこへ三代の大二殿が金の御幣をしっかり抱いて下りてこられた。さあ、飯森さま、この謎をどう解きなさる」「うーん、あの管長殿が……」「わたしには管長の霊魂の性来が分かっています。悪の御用をつとめて、大神さまを押し込め、天の岩戸を閉めた小松林ですわな。教祖さまが敵の神を敵となさらず、その変性女子の肉体をお使いあそばして和光同塵策をとられなされたのをいいことに、この世を持ち荒して来た霊魂です。 この世では万人の罪を贖わせてその昔の罪を清め、良い名を残させてやろうとの思し召し、その深いことも分からず、吾が来たからこそ大本が盛んになったと慢心をいたせば、王仁殿は神の恵みと罪の計量器にかけられて、自分から十万道へ落ちて行かねばなりまへん。 その後は三代の大二殿で大本はあっぱれ勤王の志士の国柱が立つお仕組みであるが、どうぞして王仁殿をそんな目にあわせとうござへん。と言うて、汚れ切ったる霊魂の管長殿は私の言葉に耳を貸しては下さらん。もうぐずぐずは言うとれません。この上は二代のお澄さんと京都の梅田本部長、大阪の熱心な役員さんらを肝川へ呼んで、黄龍姫さまと大広木さまとで神界の経綸をようよう説き聞かせてやらねばなりますまい。この肝川は神界の第二霊場として、大変な因縁があります。この霊地でなら、お澄さんも我を折りまっしゃろ。その上で、旗上式のお喜びやら御礼を兼ねて皆打ち揃って綾部に参り、教祖さまに何かのことをお伺いいたし、王仁殿にも発根の改心を迫りたい」「あなたの言う通りにしましょう」 飯森の差し出した手を、久は熱っぽく握りしめた。
 天皇は、十一月七日午後一時五十五分京都御安着。京都全市は、軒ごとに国旗、高張提灯はもちろん各町それぞれに装飾をこらして待ちもうけていた。七条停車場から烏丸通を堺町御門に至る道筋にならぶ拝観者約十五万。前夜から荒菰の上に一夜を明かした人はどれほどいたことか。 行幸道路をかっかっと鹵簿は進む。鹵簿に加わる馬車は全部で十三台。六頭立ての特別洋装車の第一台目は式部官、第二台目は式部長官と式部次長、第三台目は宮内次官、第四台目は宮内大臣、その次が正装の天皇の乗られる鳳輦、続いて大礼使総裁伏見宮殿下の馬車、大隈総理大臣の馬車、三十二人の八瀬童子のかつぐお羽車、これを護衛する近衛将校……。 沿道を埋める民衆の中には、感極まって泣き出す者さえある。「孝明さま、明治さま、今上(大正天皇)さまと御三代の御即位式を見せてもろて、こんなありがたい死土産はおへん……」 嬉し涙をこぼす老夫婦の脇で、飯森はじっと複雑なまなざしを鹵簿の後尾に投げていた。「お久さん、喜びなさい。一天万乗の大君さまは途中おさわりもなくお着きになられた。これでまず一安心です。御即位式も上がるでしょう。あなたも今晩はゆっくりおやすみなさい」 帰って来た飯森の報告で、久は自分の手柄を誉められたように微笑んだ。「ああ、これで御用がつとまりました。ありがたいことでございましたなあ」 その日暮がたであった。久は十数日ぶりに心が和んで飯森と談笑していたが、急に大きく身震いし、目が宙に据わった。「どうしたんです、お久さん」 驚いて飯森が久の腕をつかむ。久は飯森の手を振りもぎ、目に見えぬ何物かに襲われたのか、恐ろしいうなりを上げた。みるみる顔から血の気が引き、悶絶しそうに苦しみ出す。が、やがて渾身の気力を振りしぼってはねのけた。「おのれ、くそっ……」 床の間にとび、そこに立てかけてあった剣をつかむ。居合せた人たちは廊下まで逃げた。飯森が携帯していた双刃の剣であった。 久はすらりと引き抜くや、宙空に向かって、太股もあらわに斬って斬って斬りまくる。障子が切り裂かれ、柱が削ぎとんだ。さすがの飯森も危なくて傍へは寄れぬ。「気違いに刃物や。早う何とか」 車末吉やその家族が恐がって飯森に訴える。久が発狂したと信じ込むのも、無理はなかった。 暴れ狂うだけ暴れて体力も尽き果てたのか、やがて久は座敷にへたり込み、大きく肩を喘がせた。飯森はその手から抜き身をもぎ取って言った。「どうしました、何かまた悪魔が……」 もの言う力も失せたように、久はただ喘ぎ、大きくうなずく。 剣を鞘におさめると、いたわしそうに飯森は久を助け起こした。女の久だけが奮戦して、軍人たる自分が何の力にもなれぬことがさも無念そうである。 久はやや血色を取り戻し、早口で説明した。「いやらしい大きな顔したどえらい女の悪魔でした。ものすごい力で首を絞められて……『わたしは露国のブラバッキーじゃ。よくも長い間の私の仕組みを邪魔しおったな。このまま生かしてはおれぬ』言うて。殺されてたまるかいとわたしは根限りはねとばし、斬りつけてやりました。斬っても斬ってもまたつながる、きりがありまへん。でも、もう大丈夫、わたしが見事追い払いましたさかい……お騒がせしました。どれ、寝かせてもらいましょう」 神前の間の隣の部屋に床を敷き、久はもぐり込んだ。「よし、わしも一緒に寝て、その悪魔からあなたの身を守ってあげよう」 飯森も、久の蒲団に並べて自分の蒲団を敷いた。十二日ぶりの睡眠である。久は多量に睡眠薬を飲んだような異様な高鼾をかき出した。 寝床の中で腕を組み、飯森は、悪魔の危害から久を守ろうとして天井を睨みつけながら、久の言葉にこだわっていた。久を襲った女の悪魔の名は、露国のブラバッキー。霊智学の創始者の名もブラバッキー。自分はその霊智学に傾倒して渡米を決意し、大本を知って急に中止した。久が霊智学を、ましてその創始者を知っているはずがない。その名前の一致は、単なる偶然であろうか。
 八日早朝、久が目を覚ますと、飯森はもう床を上げて神前に端座していた。 水行し身仕舞いを正して挨拶する久に、飯森は言った。「二代さんは、いつ頃来られますかなあ」 六日夜、大阪へ帰る星田悦子に、久は岡崎直子あての手紙を託していた。すぐ綾部に行って出口澄の供をして肝川へ来るようにというのである。「さあ、すぐと言ってやりましたが、支度もあることじゃし、まだ二、三日はかかりましょうな」「その間、光陰を無駄にするのは惜しい。神戸へ行って大道演説でもやりますか。お体の調子はいかがです」「おおきに。わたしも昨夜の眠りですっきりしました。じっとしとる方が苦痛ですわ、すぐ発ちましょう」 二人は朝食をすます時間も惜しげに、とび出して行った。 神戸港の波止場に立って、夢中で大本演説を始めた。飯森海軍中佐の堂々とした論旨となりふりかまわぬ久の八方破れの雄弁は対称的で面白く、黒山のような聴衆の喝采を博した。後ろの人たちは一目、声の主を見ようと押し合っている。 巡査が出てきて、丁寧に言った。「ここは海端や。聴衆が夢中になってうっかり海へでもとびこむと危険やから、あっちの方でやったらどうやね」 巡査はわざわざ久の手を引いて、広い場所へ案内してくれたりした。一わたり波止場が済むと、碇泊中の一等巡洋艦「吾妻」(九千三百二十六トン)を訪問、士官室で乗組みの士官連を集めて演説した。
 七日の午前中、大阪の岡崎直子から連絡があって、澄は母や夫の許可を得て肝川へ出向く準備を整えた。翌八日朝、出立間際に直が出てきて止めた。「お澄、お待ち。肝川へ行ってはなりまへんで」「なんでですいな、せっかく楽しみにしとるのに……」「今、お礼しておるとなあ、肝川にお久が立っておって、その背に四方春蔵はんの霊が憑いておるのが見えた。澄を呼んどるのは、お久やのうて春蔵はんや。今度はやめときなはれ。お久には、どうにもこうにもならぬ霊が守護しておる。あの方の系統の霊には、こちらの神さまは大変な御苦労しておられるのじゃ」 四方春蔵が死んで十五年にもなるというのに、何という執念やろう。澄は目を丸くし、母の言いなりに出立を取り止めた。澄が行けぬことは、すぐ電報で肝川へ知らされた。 入れ違いに肝川の役員が参綾して、王仁三郎に訴えた。久が刃物を振り回して暴れたこと、飯森正芳とは人目もはばからず同室で寝ていることなどを告げ、「肝川支部としてはとても責任がもてんから、すぐに連れ戻してほしい」との申し入れだ。 王仁三郎は直と相談し、田中善吉を迎えにやることにした。 田中は八木へ回って福島寅之助を連れ、肝川に向かう。着いたのは夜であった。その夜も更けて、久と飯森が神戸から帰って来た。 久は夫寅之助を見るなり、昂ぶった調子で訊いた。「お澄さんは……お澄さんは何しとるのやろ。まだ来はらへんのですか」「二代さんは来られん。それより管長はんの命令やぞ。すぐお前を連れて帰れということや。わしと田中はんはお前を迎えに来たのや。明日の朝早く帰のう」「いやです。帰るわけにいかしません。わたしの仕事がまだここに仰山残っとるもん……」「お久がどのい言うても、ひきずってでも帰れという管長はんの命令や」「なんで帰らななりまへん。何一つ、わたしは大神さまのお道の邪魔をした覚えはござへん。くそ管長の命令などなに聞くもんか。どうしても帰れというなら、理屈の通るよう言うとくれなはれ」「お久、主人の言うことでも聞けんのか」と、寅之助が気色ばむ。 久は胸を張った。「はい、主人より神さまが大切。ことは神さまの問題や」「それなら言うてやる。おまえはここで何をした。刃物三昧をせんかったかい。明日は天皇陛下さまの御即位式で、ちっとでも精神に異常があると見られたら、片端から警察に調べられ豚箱に入れられる。それを心配して、管長はんが連れて帰れと言わはるのや」 寅之助は、あえて飯森との仲の噂は伝えなかった。久の心がさらにこじれて荒れることを恐れていた。それなのに、久は身を震わして怒った。「あれは気が狂うたのでも何でもござへん。ブラバッキーという女悪魔が襲いかかってきたさかい……」「さあ、たとえ事実がそうであっても、刃物を振り回したとあっては警察は捨ておかん、そこを心配して、管長はんが……」「ふん、くそ管長め……そんなら帰ぬことは帰んでやる。けどその前に約束があるさかい、大阪を廻って帰にます。あの役員たちに性根を入れてやらねばなりまへん」「あかん。まっすぐ阪鶴線の福知山廻りで帰るのや」「いやや。大阪へ廻ります」 田中善吉が横から口を入れた。「まっすぐ綾部へ帰れというのは、教祖はんの御命令どすさかい……」「教祖はんの……」 久がたじろぐところへ、寅之助は眼をむいた。「そうや、教祖はんのや。お久、大阪の役員との約束が大事か、教祖はんの命令が大事か」 腕をこまねいて聞いていた飯森が、ぼそっと口を開いた。「お久さん、教祖さまの御命令なら、やはりまっすぐ綾部へ参りましょう。そこで管長や本部役員に了解してもらってから、改めて宣教へ行こうじゃありませんか」 久はいまいましげに承知した。「しょうがござへん。そんなら帰ぬことは帰にますわいな。そのかわりド管長に思いっきり不足言うてやります」
 一行が綾部に帰着したのは、九日の午後であった。久は寅之助と飯森を連れて統務閣の教祖室へ入った。直と王仁三郎が談笑しているところであった。 直に挨拶をするや、久は王仁三郎に向き直った。「管長はん、わたしをひきずってでも帰れと言うちゃったげなが、なんでどす。まずその訳から聞かしとくれなはれ」 王仁三郎は、微笑を浮かべた。「お久はんの熱意はわかる。けどもう少しおだやかにしてくれんと、訳の分からぬ人から気違いと見られる。御即位式の大事な時やから、ともかく帰ってもろた。あまり熱度も高すぎると、ひょっとした時に悪魔にやられることがあるもんや」「管長はん、まるでわたしに悪魔がついとるような言い方ですなあ。神国のため、大神さまのために家も子供も擲って活動しているこの久に、なんで悪魔がつけますかい。福島久の胴身には、お筆先の精神が沁み込んどります。悪魔を退治て教祖はんに安心してもらいたいばかりの一心、誠心に悪魔が憑きますか。 さあ王仁殿、この肉体に悪魔が憑いておるか善神が憑いておるか、とっくり調べてもらいまひょ。そのかわり調べ損ないどもしたら、どんなもんじゃ、そんなくそ管長のおる大本へども来てやるものか。大本へ来いでも、わたしはわたしで教祖さまの実地の教えを立てて見せる。 去んぬる明治三十一年夏のこと、寅天堰のわたしの茶店に管長はんが来て何と言うちゃった。世に落ちておれる神を審神し、引き上げて世界を一つにいたす役目じゃと言うた。わたしに憑いておる神の見判けすらつかんようなら、ド管長のくそ管長、大本は久に渡して出て行ってもらおう。さあ、腹帯しっかとしめて見判けてみい」 眦つり上げて、久は逆上する。王仁三郎は、吐き出すように言った。「審神するまでもない。善神ならば善言美詞をお用いになる。あんたが悪口雑言をつく以上、あんたに憑いているのは大悪魔じゃ。しっかりせぬか」 忿怒にふくれ上がって久は、形相を変えて立ち上がった。夫や飯森の制止も耳に入らず、歯をむいて王仁三郎にとびかかる。その瞬間、久ははねとばされ、襖ごと廊下に転げ落ちた。が、猫のように立ち直り、再びくらいつきに行く。 王仁三郎も手加減ばかりはしていられない。義姉と思って力を抜けば、喉笛ぐらい食い破りかねぬすさまじさなのだ。激しい音を立ててぶつかりあったと思う間に、久は王仁三郎の膝の下に組み敷かれていた。「えい、お前のような悪魔憑きに、これは職が過ぎる」 久の鉢巻をとり、直霊軍の襷をむしり取ると、王仁三郎はずたずたに引き裂く。寅之助も飯森も手の出しようもなく、呆然と見つめるばかり。 直は悲しげに眼をそらした。 醜く足をばたつかせて泣きわめく久を持てあまし、王仁三郎が離すや否や、久は教祖室からとび出した。 金龍殿の御神前まで走って行って、久は泣き伏す。黄龍姫の生宮であり、ひたむきな誠心の塊である久をとらえ、ようも悪魔憑き呼ばわりしてくれた。しかも母、夫、敬慕する飯森中佐の目前で……。 死ぬほど悔しかった。いっそこの御神前で腹をたち割って見せてやりたい。 澄がとんで来て、身をもんで号泣する久の背を撫でてやり、やさしく言う。「姉さん、先生かて姉さんの一心はようわかっておってですわな。それでも姉さんは教祖さんの娘じゃし、先生の義姉という特別難しい立場じゃさかい、それだけに一つ間違えばどえらいことになりますやろ。慎重に行動してもらわななりまへん。それを帰ってくるなり喧嘩腰でかかって行きなさるさかい、つい先生も手荒なまねをしなさったんじゃろ。でも、姉さんが泣いちゃったら、教祖さんがどんなに心配してんことか……先生も姉さんが憎いわけやなし、心配のあまりのことやもの。さ、機嫌直して教祖さんに姉さんの気持ちをゆっくり打ち明けて話してきなはれ」 教祖が心配するという澄の一語が、狂乱の久の耳にも届いた。母親思いの久はぴたりと泣き止み、急いで涙を拭いた。「ほんまやなあ、教祖はんを心配させて、わたしは阿呆な女や。すぐお詫びに行くわいな。どうや、お澄、これで朗らかそうに見えるかい」 久は四十八歳の年よりは若い丸顔に微笑をつくって見せる。十六も年上の姉が、ふと澄にはいじらしかった。 久は教祖室へとって返した。飯森も夫もまだ気まずく部屋に残っていた。 久は直と王仁三郎に騒がせたことを詫び、今後の自分の決心を縷々として述べた。その結論を一言で言うなら「飯森正芳と二人で全国へ宣教の旅に出たい」となる。誰もすぐには答えられなかった。妻ある男、夫ある女がそれぞれ妻・夫・子供たちを置いて二人旅に出るというのだ。 しかし久の神を思い国を思う一念はその表情にあふれ、それを非常識の一言で片づけることは酷すぎた。飯森も久に深く同意している。 王仁三郎は、意見を求めるように、寅之助を見た。寅之助はぐっと口を引き結び、飯森と久を交互に見たが、その顔を王仁三郎に返した。「管長はん、お久の言うとおりにしたっとくれやす。人からは誤解されるか知れんが、こんな正直で一途な女はないと、長年一緒に暮してわしが一番よう知っとる。こいつなら、女の一心できっと神さまのお役に立つ働きをしてくれるやろと思います。その間、逆さまのようなが、子供や田畑のことはわしがみる覚悟です。 飯森さん、あんたの霊魂は大広木正宗というて、大昔、久の霊魂を助けてくれはった因縁やそうなが、今度も一つ、助けたっとくれやす」 直が静かに言った。「皆の心が揃わぬと、後から口説が出て来て、御神業の妨げとなる。役員さんたちに集まってもろうて、賛成の多い方に決めたらどうや」 その夜、役員会議を開いた。久がまず口を開く。「皆さんが知っての通り、わたしは今年の二月三日からどえらい神憑りになりまして、この世の成り立ちから根底の国のことまで神さまにすっかり見せてもらいました。今わたしに憑ってなはる黄龍姫さまは、昔の昔のその昔、またも昔のその昔、地の御先祖の五の番頭大広木正宗さまに大変御世話になられました。そもそもそのことを語れば……」 久はその因縁を述べ、さらに肝川の事件について報告した。「……そういうわけで、誰に話しても真剣には聞いてくれませず、神界からは激しく責められますし、居ても立ってもおられぬ苦しき思いにもだえております時に、飯森さまが私を審神けてくだされた。まさしく大広木正宗さまに間違いないと知ったわけですわいな。 飯森さまこそわたしの救い主であり、神政復古の大活動をなさる因縁の立役者に違いござへんさかい、わたしはどこまでもお供して神国成就のために大活動する決心です。どうぞ二人で全国に宣教にまわることを賛成しとくれなはれ」 久の言うような途方もない話は世間では物笑いの種になるだけだが、大本にはわりに素直に受け取る下地がある。四方平蔵が、慎重な口ぶりで発言した。「それは大変御苦労さまでございます。しかしこういう泥の世界ですさかい、男と女と二人だけで出るちゅうことは、色眼鏡で見られやせんかと心配するんですわな。そうなるとかえって大神さまに畏れがあるし、誰なりと供ひとりつけるのが良いと思うんじゃがなあ」 湯浅仁斎が反駁した。「四方はんの言いなさることももっともじゃが、そもそもそういう色眼鏡を外させるのが大本のお役目どっしゃろ。まして一人一人が世界の柱を立てるために大車輪の活躍をせねばならぬ時期やのに、供つけるなんてそんな悠長なことはしとれまへん。世間の常識を破って、軍艦の中でも東京のド真ん中へでも堂々と乗り込んでもろたらよろしい」 役員たちの意見も小分裂はしたが、結局、湯浅の意見が体制を占めておさまった。
 大隈首相は反身になり、拳固を振り回し、取材記者に弁じ立てた。「わが輩は、十日午後三時三十分を期して、四隣に轟き渡る一代の大声で万歳を三唱するから聞きたまえ。そもそも万歳は、雄略天皇の御宇、天皇の剛勇と皇后の仁慈に感激のあまり高唱したのがその濫觴じゃよ。わが輩のこの便々たる腹にうんと力を込めて叫ぶのだから、その声たるや君、絶天絶地釣鐘をつくような響きがするはずだ。この時、君が建礼門外に起って耳を傾ければ、必ずやわが輩の万腔の熱誠こめて発する万歳の声を聞けるだろう」 十一月十日午後一時三十分、天皇は京都御所紫宸殿において即位の大礼を行なわせられ、高御位につかせられる。午後三時三十分、大隈首相が紫宸殿南廷で万歳三唱するのを合図に、建礼門の石畳に立つ一警手の右の手がさっと上がり、同事に御所の内と外と堵列兵が一斉に万歳、遠くの民衆もほとんど半秒の差もなく万歳を三唱、京洛中の町々に響き渡る。市役所からは特に各町に通達を発し、組合長より各戸に触れまわさせた。「この盛典に祝賀の意を表すべく、同時刻において家族打ち揃い、恭しく御所の方に向かって万歳を三唱し、それより五分の間は何物によらず、すべて音を発するものはこれを打ち鳴らし歓呼の叫びをあぐべし」 京洛八百八十一カ寺も梵鐘をつき、二百を越える工場も祝賀の汽笛を吹き鳴らす。つまり大隈首相の発する言霊一声によって帝国領土内一度に万歳をどよめかせるはずであったが、一世一代の大隈首相の万歳は、いささかタイミングを失ったらしい。 天皇の勅語の後、隻脚の大隈は二人の人杖、一人の介添えの助けにより急ぎ南廷の階段を上がったが、気はあせっても体がいうことをきかぬ。その歩行に予定以上の時間を費やすうち、外では定刻通り万歳の声と梵鐘や汽笛の音が遠来のように湧き立ちはじめてしまった。 下々の言霊発射におくれをとること二分あまりにして、ようやく大隈が万歳幡にいたる。この即位第一番に、はからずも大内山が民草万群の尻について言霊のリードを奪われるという奇現象を起こしてしまった。
 同じ日、金龍殿大広間の夕拝の時であった。参拝していた湯浅仁斎の妻小久が頭を上げると、神前の横に手綱をつけた見事な白馬が立っていた。今、神さまが下馬されて宮の中へ入られたという格好であった。白馬は開いていた襖から外へ出て、金龍海に沿った道を歩き、池中の小島の沓島の前あたりで膝を折ったかと思うと、姿が消えた。 あまりはっきり見えたので、小久は振りかえり他の参拝者をうかがったが、他の誰も気づかぬ様子である。 小久は教祖室の掃除に行った時、直に尋ねた。 直は、安らいだ顔で語った。「悪魔がえっとよって今日の御即位式の邪魔をしようと企んどるでなあ、今朝、お宮のお扉を開けて、神さまに御願いいたしましたんですわな。ちょうど帰って来なさったところを、小久さんが拝ましていただいたんじゃろうなあ」