第二章 吉崎仙人〔一〇三九〕
 丹波何鹿郡東八田村字淤与岐といふ、大本に因縁深き木花咲耶姫命を斎られたる弥仙山のある小さき村に、吉崎兼吉といふ不思議な人があつて、自ら九十九仙人と称してゐる。 彼は七才の時、白髪異様の老人に山中に出会ひ種々の神秘を伝へられてから、その言行は俄然一変し、日夜木片や竹の端等にて、金釘流の筆先を書きあらはし、天のお宮の一の馬場の大神様の命令を受けて、天地の神々に大神の神勅を宣伝するのを以て一生の天職となし、親族、兄弟、村人よりは発狂者と見做され、一人も相手にする者がない、それにも屈せず、仙人は自分の書く筆先は、現代の訳の分らぬ人間に宣教するのではない、宇宙の神々様に大神の御心を取次ぐのであるから、到底人間の分際として、自分の書いたことが紙一枚だつて、分るべき道理がないのだと云つてゐる。二十五六才の頃から郷里の淤与岐を立出で、口上林村の山奥に忍び入り、平素は樵夫を職業となし、自分一人の食ふだけのものを働いて拵へ、チツとでも米塩の貯へが出来ると、それが大方なくなるまで、山中の小屋に立こもつて、板の引わつたのに竹の先を叩き潰して拵へた筆で神勅を書きあらはし、日当りのよい場所を選んで、大空を向けて斜に立てて日にさらしておくのである。その仙人の書いた筆先は、大本の教祖のお筆先と対照して見ると、余程面白い連絡がある。その筆先の大要は先づザツと左の通りである。『今日までの世界は、吾々邪神等の自由自在、跳梁する世界であつたが、愈天運循環して、吾々大自在天派の世界はモウ済んでしまつたから、これからは綾部の大本へ世を流して、神界の一切の権利を、艮の金神に手渡しせなくてはならぬ』といふ意味の事が沢山に書いてある。また出口教祖の古き神代からの因縁などもあらまし書き現はしてある。 この九十九仙人の精霊が、上谷の幽斎修行場へ現はれて来て、当年十八才の四方春三に神懸し筆を取らして、『この世一切の神界の事を、綾部の大本へ引つがねばならぬから、今度みえた霊学の先生と、足立先生、四方春三と三人至急に来てくれ』とスラスラと四方の手を通じて依頼文を書いた。そこで喜楽は霊学上の参考のため、一つ研究して見ようと思ひ、その翌日直様、口上林の山奥の仙人の許へ出張する筈であつたのが、折ふし綾部に急用が出来たので、帰らねばならなくなつた。さうしてゐると三日目の正午過に、上谷の修行場から四方祐助といふ老爺サンが慌だしく大本へ飛んで来て、祐助『上田先生、大変なことが出来ました。今の先足立サンと春三サンが諜し合せ、上田先生にかくれて、九十九仙人に会見に行き、一切の神界の秘術を授けて貰ひ、帰つて来て、上田をアフンとさせてやらう、ともかく十分の神力を受けて居らねば、上田を放り出すことが出来ぬ。これは大秘密だから、決して上田には知らしてはならぬぞ……と云つて、二人があわてて出て行かはりました。あの人達二人が、先生に隠れて勝手に行くといふのは、何れ碌な事ぢやありますまい。また一つ何かよからぬことを企むのでせう。先生、グヅグヅして居つては大変ですから、サアこれから私が口上林の山の口まで御案内致しますから、今から二人の後を追つかけて行つて下さい、サア早よ早よ!』と急き立てて居る。そこで喜楽は早速教祖に面会して、その報告通りの事を申上げると、教祖は、『そんなら一時も早う、御苦労ながら仙人に会うて来て下さい』と云はれた。祐助爺サンの案内で、口上林の仙人の居るといふ杉山の一里ほど手前まで送られ、そこから祐助爺サンに地理を詳しく教へられ、袂を分ち、雑草の生ひ茂る羊腸の小路をただ一人登つていつた。 案内も知らぬ草深い峻坂を、一枚の紙に書いた、そそかしい地図を力に辿り辿りつつ、心を先に進んで行つた。半里ばかり登つたと思ふ時に路の傍の林の中に矮小な小屋があつて、その中には何か二三人の話声が聞えて居る。喜楽は聞くともなしに、小屋の傍に佇立して息を休めてゐると、六十余りの年よりの声で、『一体お前達は神様の御用を致す者であるならば、なぜに世間の義務や人情を知らぬのか、そんなことでどうして衆生済度が出来る、口先ばかりの誠で、心と行ひが正反対だ。衆生済度所か、自分一人の済度も出来まいぞ。僅かに一銭や二銭の金が惜しいか、口先で甘いことをいうて、信者から金を取ることばかり毎日日日考へてゐる神商売人だらう。この老人の労苦に酬ゆることを知らぬか。俺も一旦それほど惜しい金なら要らぬと云うた以上は、仮令この山奥でかつえて死んでもお前達の金は汚らはしい!』とだんだん声高になつて罵つてゐる。一方の小さい声はよく聞いて見れば、聞覚えのある足立正信氏の声であつた。足立『オイ爺サン、余り劫託をつくものでない。山路の修繕料をくれと云つたつて、どうしてそれがやれるものか。どこに修繕が出来て居る。道草一本刈つた形跡もなし、土一所動かした気配もないぢやないか。今先も道端の芒で足をこの通り切り、高い石に躓いて生爪を起したり、これだけ難儀をして居る旅人に、山路の修繕費をよこせもないものだ。金の有余つた気違ひならいざ知らず、こんな山子のイカサマ爺イの山賊みたいな奴には、淵川へすてる金があつても、勿体なうてやれぬワイ。世間の人間をバカにするにもほどがあるぞ。お前もよい年しとつて、よい加減に改心をしたらどうだ。乞食のやうな真似をして、何の事だ』と鼻先でからかつて居る。喜楽はつとその矮屋の入口を見ると、『私は妻子眷族も親類もない憐な孤独者であります。年は六十七才、この奥山へ通ふ人々のために、一年中ここに住居して山路を直し、往来のお方の便利をはかつて居る者であります。どうぞ御同情のあるお方は、乞食にやると思うて、一銭でも半銭でもよろしいから、お心持を投げてやつて下さい……世界の慈善者さま……年月日……矮屋主人』と記してある。右の張札を見て、先程からの小屋の中の争論の理由も略推定することが出来た。喜楽はよい所で足立、四方の両人に出会うたと打喜び、直にその小屋へ、喜楽『御免下さい』と声をかけて這入り、爺イサンに、喜楽『御苦労さまでございます』と云つて十銭銀貨一枚を与へた。老人は別に喜んだ顔もせず、喜楽を見て、老人『ウンよし、大きな顔して通れ』とただ一言を放つたきり、穴のあくほど喜楽の顔を見つめて居たが、やがて吾膝をうつて、『ウンウン』と何度となく諾いて居た。この老人こそ実に不思議なものである。虚構も修飾もない実際話であるから、此処に読者は注意して貰ひたい。要するに九十九仙人の守護神が、この老人に臨時憑依して、三人の心を試したのであつたと云ふことが後に分つて来たのである。 足立、四方の両人は、ヨモヤ後追つかけて来まいと思うて居た喜楽の姿が、眼前に現はれたのに一寸面くらつて、足立『オヽ上田サンですか、ただ一人でこの山路をどこへお越しですか。私は一寸急用で上林の某の宅へ行つて来ますから、マア御ゆるりとここで休まして貰うて結構な御話でも爺イサンから聞かして貰ひなさい。老人の云ふことは身のためになりますぞ』と捨科白を残し、あわただしく矮屋を立つて、四方と共に山路を登つて行く。 喜楽はすぐ様後追つかけて行かうとしてゐる時、その老人は袖を引いて、老人『一寸お待ちなさい、愚老が近路を案内して上げませう』ときせる煙草を一二服グツと喫み、老人『サアサアこうお出で』と先に立ち、老人にも似ず、足も軽々しく仙人の隠れてゐる、杉山の麓の谷川の傍まで送り、『サアこの川を向うへ渡り、右に取つて一二丁進めば、そこが仙人の隠れ場所だ。左様なら……』と云つたきり、早々帰つて行く。 喜楽はよく辷る谷川の急流を渡り、樵夫小屋をさして急いだ。五六丁も登つたと思ふ頃、九十九仙人は坂路の中央に立つて待つてゐる。そして喜楽に向ひ、顔色を和げ、さも愉快げに、仙人『アヽ先生、この山路をはるばるとよく訪ねて来てくれましたなア。マアマアこちらへ来て一服なさい』と自分の小さい小屋へ案内し、白湯を黒い土瓶から汲んですすめ、いろいろと神界の秘事を一夜間かかつて、諄々と説き諭した。喜楽は高熊山の第一次の修行や、第二回目の修行の時に、神界から見せられてゐた事実を思ひ出し、符節を合すが如きに益々感じ、自分の信念はいよいよ強くなつて来た。 喜楽は矮屋の老人の親切なる案内によつて、恙なく九十九仙人の小屋に到着し、いろいろと有益な神界の経綸を聞かされ、非常に満足したが、足立、四方両人の、一日たつてもここへ出て来ぬのに心配し始め、仙人に向つて、喜楽『両人はキツとここへ訪ねて来る筈だのに、まだ姿を見せぬのはどうなつたのでせう、山奥へでも迷ひ込んで居るのではありますまいか』と尋ねてみた。仙人は笑つて答へて云ふ。仙人『アハヽヽヽ、大変な野心を起し、お前さまを出しぬいて、大切なる神秘の鍵を握らうとした、腹の黒い人物だから、今日も到底ここへは来ることが出来ぬやうに、神界から垣をされてゐるのだから、明日の朝になつたら、ヤツとの事で来るであらう。憂慮するには及ばぬ。天のお宮の一の馬場のお父様も、天のお宮の二の馬場のお父様も、天のお宮の三の馬場の国族武蔵吉崎兼吉も、皆お前の体を守り、この神秘を伝へむために、彼等両人が居ると邪魔になるから、ワザとに遅れさして居るのだ』といつて微笑して居る。喜楽は仙人の言を一伍一什聞き終り、余り教祖の筆先に符合せるに驚き、益々神界に対して一大責任の身にかかれることを覚悟し信念はますます堅くなつた。 一方の二人は喜楽の先を越さうとして、却て山路にふみ迷ひ、濃霧のために方向を誤り、深い谷底へ転落し、身体の各所にすり傷さへも負ひ、迷ひ迷うて漸くまた元の老人の小屋の前に到着し、今度は老人に目が剥けるほど呶鳴りつけられ、ブルブル震ひながら、先の無礼を陳謝し、漸く老人の怒りも解け、老人の好意的案内によつて、夜の十一時頃漸く杉山の麓の一軒の宿屋に着いた。その夜はそこで一泊し、翌日早朝登山して来たのである。二人は、『余り心得違を致したから、神界から、お気付をされたと喜楽サンは思はれるか知らぬが、これも何か神様のお仕組でせう』と負惜みの強い性質とて、表面平気を装うてゐたが、その顔には隠し切れぬやうな不安な血相が見えてゐた。仙人は足立に向ひ厳然として、仙人『お前の面部には殺気が現はれてゐる。何となく心中不穏だ。一時も早く惟神の道に立帰つて、及ばぬ企図を止めなさい。今改心せなくては身の破滅を招きますぞよ』と言強く言ひ放ち、またもや四方春三に向ひ、仙人『お前は盤古の霊が守護して居る。甚面白くない、お前の大望は、丁度猿猴が水の月を捉へむとするやうなものだ。今に改めなくてはキツと身を亡ぼすことが出て来るぞ。今日只今限り良心に立ち復り、一心に真心を以て神界に仕へなさい。さうすれば昔からの霊の深い罪科を赦された上、天晴れ神界の御用に使つて貰へるであらう。しかしながら今の心では駄目だ。早く改めないと、災忽ちその身に至る凶徴が、お前の顔に現はれて居る。この仙人の云ふことをゆめゆめ疑ふこと勿れ』ときめつけるやうに言つた。二人は真青な顔をして一言もよう答へず、体をビリビリと震はせて居た。仙人は更めて言ふ。仙人『いよいよ時節到来して、自分の役目は今日を以て終りをつげた。明日からは人界へ下つて、人場の勤めに従ひ、余生を送りませう。神場の用は今日で終結だから、再び訪ねて来て貰つても最早駄目だ。左様なら……』と云ひすて、大鋸を肩にひつかけ、山奥深くその姿を没した限り、出て来ないので、やむを得ず、三人は帰途に就いた。 これから以後の四方春三は盤古の悪霊に憑依され、邪心日に日に募りて喜楽を排斥し、その後の御用を勤めむと数多の役員信者を籠絡し、いろいろ雑多の計画を立てて居たが、一年たつた後に、仙人の云ふた如く、大変な神罰を蒙りて悶死するに至つた。実に慎むべきは慢心と取違とである。 惟神霊幸倍坐世。