第五章 三人組〔一〇四二〕
 喜楽、幸吉の二人は、道々神話に耽りながら、虎口を逃れたやうな心持で北へ北へと進み行く。
 穴を出て穴に入るまで穴の世話  穴恐ろしい穴の世の中
 一休禅師の歌や、
 故郷は穴太の少し上小口  ただ茫々と生えし叢
等と観音の化身が詠んだと云ふ狂歌を謡ひながら、足に任せて十余里の道程を、漸くにして上谷の修行場へ安着した。帰つて修行場を調べて見ると、第一懸念して居た黒田きよ、四方春三、塩見せいの三人の姿が見えぬので、留守中を依頼したる四方氏に尋ねて見ると、四方『一昨日の夕方教祖が態々御出でになつて……神様の御命令だ……とおつしやつて、私の留めるのを諾かずに、三人を連れて帰られました』との答である。 『あゝ頼み甲斐のない人ぢやなア…』と思ひながら、四方甚之丞と云ふ修行者を綾部へ遣はして、三人の修行者を今夜の中に是非とも上谷へ帰つて来るやうにと厳しく申付たら、側に居た四方平蔵氏が口を出し、四方『上田先生が何と云はれても、教祖様の御言葉ですから、御三体の大神様のお憑り遊ばしたお三人様を今夜の中に呼び寄するなんて、そんな途方もない事は出来ませぬ』と首を振つてゐる。自分は重ねて、喜楽『三人の者を明日の朝まで綾部へおく事は出来ぬ。邪神が憑つて又々狂態を演じ、その筋のお手数に預らねばならぬやうな事が出来するから、是非とも今夜の中に、三人を此処へ連れて帰つて貰ひたい』と厳しく云ひ張つても、四方平蔵氏始め一同腹を合して聞き入れぬのみか、四方『先生に今帰つて貰ふと、神さまの肝賢のお仕組の邪魔になるから、お迎へに来るまで綾部へは決して帰つて下さるな。貴方は緯役で、大神様のお仕組の反対をなさるお役ぢやさうなから……』と妖魅の言葉を信じきつて居る。 四方平蔵氏は自分に隠れて、ソツと綾部の金明会へ馳せ帰り、幸吉と云ふ弟と共に上谷まで帰つた事を急告した。 サアさうすると、福島寅之助を始め三人が慌出し、『何、上田が上谷まで帰つて来たか。そりや大変ぢや、早う上田の帰らぬ中に、仕組をせねばならぬぞ』と四人は襖を閉めきつて、奇妙奇天烈の神憑を続行してゐた。 自分は仕方なしに幸吉と共に、上谷に残つてる修行者を鎮魂して居た。その翌日の十時頃になると、四方祐助爺サンが顔色を変へて出て来て、震うてゐるので自分は、喜楽『祐助サン、碌な事で来たのぢやなからうな』と問ひかくれば、爺サンは直に大地へ手をついて、祐助『ハイハイ恐れ入りました。外の事ではござりませぬが、綾部は大変でございます。お三体の大神様がお三人サンへお憑り遊ばして、口々に……三人世の元、結構々々……と百遍ほどもおつしやつて、終ひには新宮の安藤金助サン処の庭に、大地の金神金勝要の神さまが埋もつて居るから、これを掘り出して鄭重にお祀りせんならんと云つて、三人がおいでになり金助サンとこの大黒柱の根元を三四尺ばかり、一生懸命になつて掘り出しなさつたけれども、石一つ碌に出て来ぬので未だ掘りやうが足らぬのだ。もつともつとと云つて、三人サンは水をかぶり白衣を着け、緋の袴を穿いて掘つて居られた処へ、警察の署長サンが前を通つて、この有様を見つけ、……一体お前等はそんな風をして何をしてゐるのか、尋ねたい事があるから一寸来い……と云つて、三人共警察へ連れて去なはりましたので、私も吃驚して早速その由を教祖様に申ましたら、教祖さまは平然として……何事も皆神様の御都合ぢや、チツとも心配は要りませぬ、また土の中から形のある御神体の出るのではない、大地の金神様の霊気が、地の上へおでましになる事ぢや……とおつしやつて居られますが、この爺には根つから合点が参りませぬ。四方春三サンや外二人は、警察へひかれたきりで未だ帰つて来られず、どうしやうと思案に暮れて、皆サンに隠れて爺の心で先生にお伺ひに出ました』とオドオドしながら、半泣きになつて居る。しかしこの事件は何ともなしに治まり、自分は依然として幸吉と共に上谷で審神をつとめて居た。 二三日経つと、今度は足立正信氏の代理として、新宮の四方源之助、西原の西村文右衛門の両氏が、上谷へ態々やつて来てニコニコしながら、『上田先生、喜んで下さいませ。今日から教祖様は、出口お直さまと申さずに、信者一同から出口の神と崇敬致すやうになりました。神さまと申す訳は、二三日以前に綾部の警察から、署長サンが二人も巡査をつれて来て、何か怪しいものを祀つて沢山の人を騙し金儲けをして居るのぢやないかと疑ふて、大広前を隅から隅まで調べて見ましたが、別に胡乱の事がないので、何とも云はれずに帰られましたが、その時教祖さまが署長サンに向ひ、大きな声で……明治廿五年から出口直は神の因縁ありて、表向き狂人のやうに致して、警察の側において、世界の事を言はして気を付けてありたぞよ。それにこの神の誠が分らぬか……と呶鳴られましたが、相手にもならず帰られましたが、これ全く神の御神徳でございます。万一私等が警察の署長サンに向つて、そんな事でも云はうものなら、官史侮辱だとか云つてやられてしまひます。何と教祖様の御神徳といふものは偉いものでございます。も一つ恐れ入つた御神徳は外でもありませぬが、出口の神の総領娘のお米サンが、西町の大槻鹿造の嫁になつて居られまして、明治廿五年から今年まで足掛け九年振り、神様の罰が当つて丸狂人になつて居られた所、一昨日そのお米サンが、金明会の大広前へおいでになると、出口の神の仰せには……大槻鹿造は大江山の酒天童子の霊魂であるぞよ。その女房となつて居るお米は出口直の子であれど、大蛇の霊魂でこの世を乱して、世界の人間を苦しめた極悪神であるから、世界の見せしめのために、今日まで狂人に致して懺悔を曝さして、九年振り懲戒致したなれど、今日限り改心したらば許してやらう……とおつしやつたら、あら有難や、あら不思議や、その場でお米サンが打倒れ、サツパリ正念がないやうになつてしまひ、体がダンダンと冷たくなつて来ました。死人同様に息一つ出ませぬので、私達役員は……サア水ぢや、お神酒ぢや、おひねりさまぢや……と云つて騒ぎ出しましたら、出口の神さまは平気な者で……何も皆サン、御心配には及びませぬ。神様の御都合ぢやから後で分ります……とおつしやつて、奥の間へ這入つて、知らぬ顔でお筆先をお書きになつて居られましたが、教祖様の仰せの通り、一時間ばかり経つとお米サンが息を吹き返し、元の体となり、それきりさしも猛烈な狂乱も俄に平癒しまして、その言行が普通の人間とチツとも変はらぬやうになつたので、皆の信者が感心して、思はず知らず出口の神様と口で一斉に唱へたのでござります。九分九厘まで死んで生きかへると云ふやうな事は到底普通の神力では出来ませぬ。人間業では無い。正しく神様のお力である、誠の艮の金神様に間違ひはないと合点して、今迄疑ふて居た無礼を一同がお詫致しました。それだから先生も一時も早う我を折つて、出口の神さまにお詫をして下さるやうにお知らせに来ました』と熱心面に現はしての永い物語であつた。自分は、『はあはあ』と云ひながら二人の話を聞了り、茶等を進めて一寸一服して居ると、二人はまたソロソロ綾部の話をし出し始めた。
(大正一一・一〇・一四 旧八・二四 北村隆光録)