いろは歌出口王仁三郎

いろは歌
   明治三十六年九月十日       小松林命 作 い まは|斯世《このよ》の、落ぶれものよ。人に笑われ、|罵《そ》しられて、誠の道を|辿《たど》りつつ、末にゃ|夜光《やこう》の、玉を|得《と》る。ろ こく|斗《ばか》りか|亜米利加《あめりか》|迄《まで》が、末に日本を|奪《と》る|企画《たくみ》。金と便利に|任《まか》しつつ。は やく勝負を|極《き》めん事にゃ、枕を高く休めない、|神政成就《しんせいじょうじゅ》|遂《と》ぐるまで。に しに|亜米利加《あめりか》、北には|露西亜《ろしあ》、前と後に敵ひかえ、|四方《しほう》|海《うみ》なる日本国。ほ くそ笑いを、|為《な》しつつ聞きし、神の教えの現われて、今じゃ頭が上らない。べ んべんだらりと、|談判《だんぱん》|延《の》ばし、深い|巧《たく》みをする|夷国《いこく》、太平洋のまん中に。と くを|貰《もら》うも|又《ま》た落すのも、心|次第《しだい》の|大本《おおもと》ぞ。|天《あま》の|岩戸《いわと》の|御戸《みと》開らき。ぢ しん|雷鳴《かみなり》、火の雨|降《ふ》らし、人の心を|戒《いま》しめる、天地の神の|御経綸《おんしぐみ》。り くつ|斗《ばか》りを、エラソウに言うて、腹に誠の無いものは、今の世界の|流行物《はやりもの》。ぬ くいふところ八|髭《ひげ》|生《は》やし、神も仏も|要《い》るものか、金が神じゃと|鰌鯰《どじょうなまず》、|一寸《いっすん》|先《さ》きは|泥《どろ》の|暗《や》み。る すじゃ|留守《るす》じゃと、|何時《いつ》来て見ても、奥に主人は|居《い》る|癖《くせ》に。|不思議《ふしぎ》と|門《かど》に|立留《たちどま》り、|能《よ》く能く思案をして見れば、|何時《いつ》も|嘘《うそ》つくこの家に、神が|御不在《おるす》という事か。を にも十八|番茶《ばんちゃ》も|出花《でばな》、時が過ぎたら間に合わぬ。世界の|立替《たてかえ》あるまでに、|身魂《みたま》|研《みが》いて置くが良い。|後《あと》の|改心《かいしん》間に合わぬ。わ しは備前の岡山育ち、米の|生《な》る木は|未《ま》だ知らぬ。|綾部《あやべ》に|生《うま》れた人でさえ、世の|大本《おおもと》を|未《ま》だ知らぬ。|灯台下《とうだいもと》は真の|暗《やみ》。か えせ戻せと|扇《おうぎ》を|揚《あ》げて、招くは|熊谷《くまがい》|須磨《すま》の|浦《うら》、モ|一度《いちど》|斯世《このよ》を持たんとて、呼べど招けど|白波《しらなみ》の、おきの毒でも|此度《このたび》の、二度目の世界は|返《か》やしゃせぬ。|鬼門《きもん》の|金神《こんじん》|在《あ》る限り、世に出て|居《お》れた|守護神《しゅごうじん》。早く心を入れ|直《なお》し、|変性男子《へんじょうなんし》に従いて、今度の|御役《おやく》に立つが|宜《よ》い。よ |言《げん》どころか確言ばかり、一|分《ぶ》一|厘《りん》|違《ち》がやせぬ。|誠《まこと》の心で聞くなれば、ヒヤリヒヤリと汗が出る。|何程《なにほど》邪見な|身魂《みたま》でも、改心せずには|居《お》られない。|皇大神《すめおおかみ》の|御神諭《おんさとし》。た すけ|玉《たま》われ世界の人に、|如何《いか》なる罪の|在《あ》りとても、|暗夜《やみよ》の|如《ごと》き人民の、代りと天地へ|御詫《おわび》して、朝な夕なに|変《かわ》りなく、|出口《でぐち》の|守《かみ》の|御祈念《ごきねん》は、世界の|為《ため》と国の為。れ ん|花《げ》|経《きょう》でも|南無阿弥陀《なむあみだ》でも、今度の事には間に合わぬ。|木魚《もくぎょ》をどれだけたたいても、|太鼓《たいこ》をドンドンなぐっても、|妙見坊主《みょうけんぼうず》や|日蓮《にちれん》の、|一寸《ちょっと》|挺《てこ》には合い|兼《かね》る。二度目の|斯世《このよ》の|立替《たてかえ》は、|勝手気儘《かってきまま》の神々や、|生臭《なまぐさ》|坊主《ぼうず》の|年《ねん》の|明《あ》き。そ んじゃ徳じゃと|計算《そろばん》|斗《ばか》り。損の中にも得がある。得と思えば損となる。|兎角《とかく》この世は人民の、思案斗りで|行《ゆ》きはせぬ。万事万端|神界《しんかい》の、|教《おしえ》を守り行くなれば、見えぬ|所《とこ》から神々が、|守護《しゅごう》なされて何事も、キチリキチリと遂げらるる。思案も工夫も|要《い》りはせぬ。心|研《みが》いて|御教《みおしえ》に、なびけよなびけよ神の子|等《ら》。つ るぎの山に登るとも、|千尋《ちひろ》の荒海打ち渡り、底の|藻屑《もくず》と|成《なる》とても、ナドヤ|厭《いと》わん|敷島《しきしま》の、|日本男子《にっぽんだんし》を|引連《ひきつれ》て、|丹後《たんご》の国の無人島、|沓島《めしま》|冠島《おしま》を開かんと、神の|御言《みこと》を|畏《かし》こみて、勇み進んで|出《いで》て行く、|出口《でぐち》の|守《かみ》の|雄々《おお》しさよ。明治三十三年の、七月八日の|未明《あさまだき》、一つの|神祠《ほこら》を|建初《たてそ》めて、|唱《とな》うる|祝詞《のりと》の|声《こえ》|清《きよ》く、沖に聞ゆる|浪《なみ》の音も、神の|御声《みこえ》と|偲《しの》ばるる。|東《あずま》の空は|茜刺《あかねさ》す、日の出の|景色《けしき》拝しつつ、神の教の|神務《わざ》|終《お》えて、|大本《おおもと》さして帰らるる、出口の|御親《みおや》の勇ましさ。ね らう要所は|対馬《つしま》に|津軽《つがる》、|馬関《ばかん》海峡|其次《そのつ》ぎに、舞鶴軍港|岸和田《きしわだ》の、|間《あいだ》の軍備に眼を付けて、|地勢《ちせい》|要害《ようがい》|取《と》り|調《しら》べ、|又《また》も|越前《えちぜん》|敦賀《つるが》より、尾張の|半田《はんだ》に至るまで、|国探《いぬ》を放ちて探索し、一挙に|御国《みくに》へ攻め寄せて、総ての活動中断し、日本を占領する|企《たく》み。夢でも見てるか|夷国人《いこくじん》、|日本神国《やまとみくに》の|敷島《しきしま》の、神の|身魂《みたま》を知らないか。|鰐《わに》の|如《よ》うなる口|開《あ》けて、|只《ただ》一|呑《の》みと思うても、日本男子の魂は、胸に|約《つま》りて呑めないぞ。行きも戻りも|成《な》らないぞ。|綾部《あやべ》の|錦《にしき》の|大本《おおもと》の、十里四方は|宮《みや》の|内《うち》、見事覚えが|在《あ》るなれば、|沓島《めしま》の沖まで来て見よれ。|鋼鉄艦《こうてつかん》も|潜艇《せんてい》も、丹後の海の埋め草に、一|隻《そう》も残さず|揺《ゆ》り沈め、日本兵士の忠勇と、|出口《でぐち》の|守《かみ》の|御威徳《みいとく》で、|艮大神《うしとらおおかみ》|現《あら》われて、三千世界を|立直《たてなお》す、|首途《かどで》の血祭り覚悟せよ。な り|鳴《な》りて|鳴余《なりあま》りたる|駿河《するが》なる、富士の|高峰《たかね》の神霊が、まさかの時に現われて、三千世界に鳴り渡り、登る|竜巻《たつまき》すさまじく、|清水《しみず》の港に攻め寄せし、|外国船《とつくにぶね》を残りなく、沈め|絶《た》やして|葦原《あしはら》の、|中津御国《なかつみくに》を|鎮《しず》めます、神は|木花咲耶姫《このはなさくやひめ》。神の|勲《いさお》の|尊《とう》とけれ。ら ん|暴《ぼう》|極《きわ》まる|畜生国《けものくに》、|欲《よく》に|眼光《まなこ》を曇らせて、|我《わが》|神国《かみくに》を|屠《ほふ》らんと、|日頃《ひごろ》|巧《たく》みし軍略は、|旅順《りょじゅん》、|大連《たいれん》、|韓国《かんこく》に、|計画《しぐみ》|外《は》ずれて|馬鹿《ばか》を見む。石炭|兵糧《ひょうろう》軍資まで、用意して置け|旅順港《りょじゅんこ》に。今に日本が|貰《もろ》てやる。|其《その》返礼に|日本刀《にほんとう》、一度は|切味《きれあじ》見せてやろ。覚悟|召《め》されよスラブども。む かしの神の|仕組《しぐ》まれし、|最《いと》も便利な世が|参《まい》り、|蒸気《じょうき》、電気の働きで、三千世界を近よせる、交通機関も完備して、千里万里も夢の|間《ま》に。|是《これ》も|昔《むかし》の|神代《かみよ》から、神の|御裔《みすえ》の|奇魂《くしみたま》、|奇《く》しき力の|賜《たまもの》ぞ。|艮《うしとら》|金神《こんじん》現われて、世界一つに|統《す》べ玉う。天の時節の来たものを、訳の|分《わか》らぬ人民が、人智や科学の|活《はたら》きと、誤解して|居《お》る|憐《あわ》れさよ。う そで固めて|得心《とくしん》させて、あとでペロリと舌を出す。今の世界の人々は、上から|下《し》たまで|其通《そのとお》り、一|分《ぶ》も誠のものは無い。|是《これ》が|畜類《けもの》の世の中ぞ。ゐ つも|鳴《な》いてる|烏《からす》と思い、神の|教《おしえ》もウワの空。|欲《よく》と慢心強くして、心の空もかけくもり、|暗夜《やみよ》に|烏《からす》の|飛《た》つ|如《ごと》く、何が何やら|白雲《しらくも》の、|曙《あけ》の烏に近よりて、日の出の|守護《しゅごう》と成るなれば、悪の|審判《さばき》は|眼《ま》のあたり。|罪穢《めぐり》の深き人々よ、早く|身魂《みたま》を|研《みが》き上げ、改心するが日本一、|不二《ふじ》の山ほど|在《あ》る|罪《つみ》も、|直霊《なおひ》の|御魂《みたま》に|清《きよ》くなる。|弥々《いよいよ》|日出《ひので》と成るなれば、|元《もと》の|生神《いきがみ》あらわれて、激しき守護ある|故《ゆえ》に、心に曇りあるものは、余り|眩《まば》ゆて寄り付けぬ、|竜宮館《りゅうぐうやかた》の庭までも。の |山《やま》の奥も|都路《みやこじ》も、天にも地にも|押竝《おしな》べて、神の|坐《い》まさぬ|所《とこ》は無い。|日輪《にちりん》お|照《てら》し|在《あ》る限り、|変性男子《へんじょうなんし》が現われて、|常磐《ときわ》の松の世となれば、神の|守護《しゅごう》はあり|明《あけ》の、|月《つき》の形ちの|御簾《みす》の|内《うち》。お もい違いの|斯世《このよ》の政治、|是《これ》から凡てを|立替《たてかえ》て、|随意《ずいい》|競争《きょうそう》の|弊《へい》を去り、|天下《てんか》|公共《こうきょう》の|其為《そのため》に、世界|桝掛《ますかけ》引き|均《な》らし、神も仏事も人民も、勇みて暮す|神代《かみよ》とし、|綾部《あやべ》を世界の|中心《まんなか》と、定めて|国々《くにぐに》|統《す》べ守る、|天津日継《あまつひつぎ》の御威徳と、|変性男子《へんじょうなんし》の|御守護《ごしゅごう》で。く にの|為《ため》とは|口先《くちさき》ばかり、今の|高座《たかみ》の番頭は、|我身《わがみ》|好《よ》かれのしがくして、|下《し》タの難儀は|露《つゆ》|知《し》らず、|人車《くるま》や馬車に打ち乗りて、|手掛《てかけ》|足懸《あしかけ》|色々《いろいろ》に、|而《しか》も|大道《おおじ》の|中心《まんなか》を、|従来《ゆきき》の|妨害《さまたげ》|気《き》にもせず、|鼻《はな》|高々《たかだか》と|澄《すま》し込み、口に葉巻を|啖《くわ》えつつ、|横《おう》|柄面《へいづら》する見苦しさ。や がて三十七年の、明治の春の四月には、|斯世《このよ》の滅亡と|基督《きりすと》の、神の信徒がヒマラヤの、高地を|尋《たず》ねて寄り|集《つど》い、寺を|建《たて》たり|祈禱《きとう》して、凡ての事を|打棄《うちす》てて、救いを祈る|最中《さいちゅう》に、神の|御国《みくに》に|生《うま》れたる、日本の人が知らぬとは、|灯台下《とうだいもと》は真の|暗《やみ》。さわ|去《さ》り|乍《なが》ら世の人よ、|周章《あわ》てず騒がず|一筋《ひとすじ》に、神の教に従いて、|誠《まこと》を|尽《つく》せば|此度《このたび》は、|一先《ひとま》ず|延《の》ばす神の|旨《むね》。斯世の滅亡|来《く》る|事《こと》は、|何《いず》れの神も知りつれど、|此儘《このまま》|続《つづ》かす|経綸《しぐみ》をば、知らざる故に|色々《いろいろ》と、騒ぐは無理も無けれ|共《ども》、世界に鬼は無いとやら、鬼と言われし|艮《うしとら》の、隅に|坐《い》ませし|生神《いきがみ》が、斯世この儘|預《あずか》りて、善と悪とを|立別《たてわ》けて、世界の洗濯|為《な》し|玉《たま》い、清きは|赦《ゆる》し玉うなり。早く|改心《かいしん》|一等《いっとう》ぞ。|心《こころ》|次第《しだい》で|此度《このたび》は、どんな|御徳《みとく》も授けられ、心の悪るい人民は、|厳《き》つき|懲戒《いましめ》ある故に、|何《な》んにも知らぬ神の子|等《ら》、|凡《すべ》てを|捨《すて》て|神界《しんかい》に、|心《こころ》|捧《ささ》げて祈れかし。ま いにち新聞|披《ひら》いて見れば、|魔法《まっぽ》の|斯世《このよ》は|眼《ま》のあたり、殺人、強盗、|窃盗《せっとう》に、|詐偽《さぎ》に|間男《まおとこ》、|大喧嘩《おおげんか》、一つも|碌《ろく》な記事は無い。|熟々《つらつら》思案をして見れば、|実《げ》にもこの世は|暗黒《くらがり》よ。|畜生《ちくしょう》ばかりの|住《す》み|処《どころ》。思えよ思え|秋津人《あきつびと》。日本は神の住み処、|大和御魂《やまとみたま》の持主ぞ。世界に|先立《さきだ》ち|善行《よきこと》の、鏡を出して|敷島《しきしま》の、|水晶魂《すいしょうだま》を輝かし、|出口《でぐち》の|守《かみ》に従いて、二度目の|岩戸《いわと》の|大前《おおまえ》に、世界の人を助くるは、日本の民の天職ぞ。|日本御魂《やまとみたま》の|持《もち》まえぞ。け ん利義務じゃと|小理窟《こりくつ》|斗《ばか》り、|潜《もぐ》りて|飯《めし》を喰うものは、|我《わが》|神国《しんこく》の土の|上《へ》に、いく十万の|穀《ごく》|潰《つ》ぶし。法律ばかりを|楯《たて》と|為《な》し、|情誼《なさけ》も義理も知らばこそ、鬼の|上前《うわまえ》|越《こ》す|悪魔《あくま》、|日本御国《やまとみくに》に|蔓《はび》こりて、今や|斯世《このよ》は真の|暗《やみ》、仁義、道徳、|敗頽《はいたい》し、|誠《まこと》の人はなき暮し、|獣畜《けもの》ばかりの住む世界、清めて|元《もと》え|立《た》て|復《かえ》す、|変性男子《へんじょうなんし》の|斯《こ》の|教《おしえ》。ふ じの|高峰《たかね》に|村雲《むらくも》|懸《かか》り、清き姿を包めども、雲立ち|退《の》けば|元《もと》の|不二《ふじ》、|神代《かみよ》ながらの神の|山《やま》、|気高《けだか》き姿は世界一。|日本魂《やまとだましい》も|其通《そのとお》り、心に懸れる|村雲《むらくも》を、除けば直ぐに光り出す、|元《もと》は天地の|分身魂《わけみたま》。|魂《たま》を磨けよ人々よ。神の|誠《まこと》の|御教《みおしえ》を、|畏《かし》こし|謹《つつ》しみ|赤心《まごころ》に、|誓《ちか》いて固く守る|可《べ》し。こ ん|輪《りん》|奈落《ならく》の底まで|落《おち》た、|腐敗《ふはい》|堕落《だらく》の世の中に、|水晶御魂《すいしょうみたま》が|只《ただ》|一《ひ》トつ。一つの御魂を|種《たね》として、|日本御魂《やまとみたま》を|培養《ばいよう》し、二度目の世界の|御柱《みはしら》と、したつ|岩根《いわね》の|大本《おおもと》の、神の|御役《おやく》に立てんとて、心を|千千《ちぢ》に|砕《くだ》きつつ、血を吐く思いの辛労を、|世人《よびと》の|為《ため》に|舐《な》[※底本では通用字の舐+一]め|玉《たま》う、|変性男子《へんじょうなんし》の|雄々《おお》しさよ。   明治三十六年九月八日え ん|慮《りょ》|会《え》|釈《しゃく》も|梨地《なしぢ》の|硯《すずり》、|齢《よわい》も長き|命毛《いのちげ》の、筆を振いて|皇神《すめかみ》は、三千世界の|出来事《できごと》を、示して|斯世《このよ》を救わんと、明治の廿五年より、|出口《でぐち》の|守《かみ》は一筋に、知らせ|給《たま》えど|濁《にご》る世の、人の心は真の|暗《やみ》、悪魔の|住家《すみか》と|成果《なりは》てて、|誠《まこと》の言葉は聞入れず、|何時《いつ》も|恐喝《おどす》と思いつめ、|悪胴《わるどう》|据《す》えて動かない、|訳《わけ》の|分《わか》らぬ|人草《ひとくさ》は、地球の上に充満し、|益々《ますます》この世は|汚《けが》れ行く。て んの|神勅《みのり》を|畏《かし》こみて、|泥海《どろうみ》世界を清めんと、三千年の其の間、|堪《こ》らえ|玉《たま》いし御難苦は、|種々《いろいろ》|雑多《ざった》に身をやつし、|神政《しんせい》|成就《じょうじゅ》の|其為《そのため》に、守り給いし霊徳が、|天運《じせつ》|循環《まい》りて|歴然《ありあり》と、花咲き|初《そ》めぬ|煎豆《いりまめ》に。あ |細亜《じあ》、|亜弗利加《あふりか》、エフロッパ、南北|亜米利加《あめりか》、大洋洲、一つに丸めて|日本《ひのもと》の、|天津日嗣《あまつひつぎ》の神徳で、|万古《まんご》|末代《まつだい》続かせる、|神《かみ》の|出口《でぐち》の|道開《みちびら》き。|竜宮《りゅうぐう》やかたに|表現《あらわ》れて、三千世界の|主《ぬし》と|成《な》り、|普天《ふてん》|率土《そつど》を統一し、|元《もと》の|神世《かみよ》と改めて、神も仏も人民も、勇んで|暮《くら》す松の|世《よ》の、七福神の|楽遊《らくあそ》び。さ ん千世界の梅の花、一度に開く|今《いま》や|時《とき》、|鬼門《きもん》の|金神《こんじん》|現《あら》われて、鬼も|大蛇《おろち》も帰順して、松の|神代《かみよ》と成る上は、二度目の世界は天国ぞ。|曲《まが》も|醜女《しこめ》も消え|失《う》せて、上から|下《し》たまで|神心《かみごころ》、勇みて暮す楽しさよ。き もんの神は|元《もと》の神、|国常立《くにとこたち》の|大神《おおかみ》よ。|斯世《このよ》を造り固め成し、世の根の本に|隠身《すみきり》て、善悪正邪の|審判《あらため》を、|最《い》と|厳重《おごそか》に立て玉い、この|世《よ》一|切《さい》守ります、|尊《とう》とき神にましませり。|鬼門《きもん》の神は|男神《おとこがみ》、|経《たて》の|守護《しゅごう》と定まりて、|緯《よこ》の|守護《しゅごう》が|裏鬼門《うらきもん》、|女神《めがみ》に|坐《ま》して|坤《ひつじさる》、|変性女子《へんじょうにょし》の|神霊《しんれい》ぞ。世界の悪魔や|病《やま》い|神《がみ》、|悪《あ》しき心の鬼どもを、払い清めて|経緯《たてよこ》の、夫婦の神は|人民《ひとたみ》を、導びき|給《たも》うぞ|尊《とう》とけれ。ゆ めになり|共《とも》セメテは|一度《いちど》、|綾部《あやべ》|高天《たかま》の|大本《おおもと》の、|竜宮館《りゅうぐうやかた》へ|往《い》て見たい。ト|言《い》うて|霊魂《みたま》は|泥《どろ》まぶれ、|何《ど》うしたら|垢《あか》が落ちるやら。|近所《ちかく》に居ながら気が|揉《も》める、教祖を一度拝したさ。め くら|聾《つんぼ》よ世界の九|分《ぶ》は。|昔《むかし》の|神代《かみよ》が|巡《めぐ》り来て、|変性男子《へんじょうなんし》が|現《あら》われて、世界の事を知らせども、実地見せても気が付かぬ。一度に|驚愕《びっくり》する事が、|出来《でき》ては成らぬと|朝夕《あさゆう》に、声を限りに|叫《さけ》べ|共《ども》、|何処《いずこ》を風が吹くらんと、言わぬ|斗《ばか》りに|鼻《はな》の|先《さき》、フフンと笑って|空《そら》|向《む》いて、|自《おの》が乗り行く火の車、実に|憐《あわ》れな人ばかり。み |仙《せん》の|神山《みやま》に|立籠《たてこも》り、この世の|泥《どろ》を清めんと、三十四年は菊の月、|八日《ようか》に|館《やかた》を|立出《たちいで》て、|神徳《みいつ》も高きこの山に、祈り玉いし|我《わが》|教主《きょうしゅ》。至誠は天地に通じけん、十五の月の|有明《ありあけ》に、|尊《とう》とや神霊現われて、世の|行先《ゆくさ》きの事どもを、いと|懇《ねんご》ろに|説《と》き給い、|教御祖《おしえみおや》の|御心《みこころ》は、|春野《はるの》の雪と|解《と》け|初《そ》めぬ。され|共《ども》高き神の山、|木立《こだち》は繁く|渓《たに》深く、|雲霧《くもきり》|四方《よも》を|閉籠《とじこ》めて、|月日《つきひ》も|為《ため》に|光《ひか》り|浅《あ》せ、|常世《とこよ》の|暗《やみ》の|如《ごと》くなり。し ん|徳《とく》高き神の山、開けて|茲《ここ》に千四百、四十余年と成りぬれど、|女人禁制《にょにんきんせい》の神の山、今に|汚《けが》れし事も無く、神祇の|集《つど》いの|神園《にわ》として、清き|霊地《れいち》と|鳴《なり》|響《ひび》く、|浪音《なみおと》たかき|八塩路《やしおじ》の、|女島《めしま》|男島《おしま》と|諸共《もろとも》に、|神代《かみよ》の|姿《すがた》|変《か》えぬなり。神代の|儘《まま》の神の国、|瑞穂《みずほ》の国を守らんと、|冠島《おしま》|沓島《めしま》の神々は、|弥山《みせん》の|神山《みやま》に|神集《かみつど》い、清けき|和知《わち》の|河水《かわみず》に、世界を清め人々を、安きに救い助けんと、|天《あま》の|岩戸《いわと》を|押開《おしひら》き、|村雲《むらくも》|四方《よも》に|掻別《かきわ》けて、|教御祖《おしえみおや》の手を通し、口を通して|詳細《こまやか》に、|諭《さと》させ玉うぞ|尊《とう》とけれ。え い|耀《よう》|栄花《えいが》に|暮《くら》して来たが、|報《むく》いは|忽《たちま》ち|丸裸体《まるはだか》、|楽《らく》した|後《あと》の|糠《ぬか》苦労、難儀ばかりの|珠《じゅ》|数《ず》つなぎ。|誠《まこと》の|為《ため》の苦労なら、神の|助《たすけ》で何事も、|末《すえ》に|萎《しお》れぬ花が|咲《さき》、|万古《まんご》|末代《まつだい》名を残し、|斯世《このよ》の神と|仰《あお》がれん。|勤《つと》めよつとめ人々よ。誠の道に乗り|替《かえ》て、松の心で|励《はげ》む|可《べ》し。ひ ろい世界に|只《ただ》|一柱《ひとはしら》、|是《これ》を|誠《まこと》の|神《かみ》という。|斯世《このよ》つくりて|万類《ばんるい》を、育てん|為《ため》に|日月《じつげつ》を、守りの神と|神定《かんさだ》め、神の|御子《みこ》なる|民草《たみくさ》を、養い|賜《たも》う|難有《ありがた》さ。も もち|万《よろず》の|神々《かみがみ》が、鬼門の神に|従《した》がいて、三千世界を|夫《そ》れ夫れに、|持場《もちば》々々を守ります。山には山の神|坐《い》まし、河には河の神|居《い》まし、草木は草木の神居まし、海には海の神います。|大地《おおち》は|禁闕金《きんかつかね》の神、二度目の世界の|守護神《まもりがみ》。|陸《あげ》と|海《うみ》との|竜宮《りゅうぐう》の、|乙姫《おとひめ》どのはこの|砌《みぎ》り、|綾《あや》の|高天《たかま》に現われて、日の出の神とひっそうて、|斯世《このよ》の|守護《しゅご》と|代《かわ》りたり。天地|覆《かえ》りて|上《う》え|下《し》タに、|成《な》るとの|教《おしえ》は|此事《このこと》ぞ。|実《げ》にも|尊《とうと》き|神代《かみよ》かな。せ まい心で|鼻高《はなたか》さんが、|高天原《たかあまはら》へ出て|参《まい》り、|出口《でぐち》の|守《かみ》の「|筆先《ふでさき》」を、聞いたら|嘸《さぞ》や困るべし。心に|合《あわ》ぬ|事《こと》|斗《ばか》り、三日や十日や百日に、神の|経綸《しぐみ》は解りゃせぬ。|誰《だれ》しも覚え|在《あ》る|故《ゆえ》に、|一寸《ちょっと》様子を書くなれば、|浅智慧《あさぢえ》学者の胸の|内《うち》、一から百まで知れ渡る。|変性男子《へんじょうなんし》の|御身魂《おんみたま》、出口の|守《かみ》の|書《かか》れたる、世界の宝の|神教《みおしえ》が、心に|当《あた》りて耳痛く、|聞《きけ》ば|聞《き》く|程《ほど》腹が立ち、|身体《からだ》がビリビリ|震《ふる》い出し、気分|悪《あ》しくてモジモジと、|終《しまい》にゃ|遁《に》げて|去《い》にとなる。|眼《まなこ》と口の|間《あい》に|在《あ》る、|鼻《はな》が知らずに高く|成《な》り、|夫《そ》れが|邪魔《じゃま》して|脚下《あしもと》が、見えない|故《ゆえ》に|丼壺《どぶつぼ》へ、落ちて難渋する|迄《まで》は、ここの|教《おしえ》は聞かれない。少しの学が邪魔になり、|理窟《りくつ》|斗《ばか》りに固まりて、|何時《いつ》も疑念の|晴間《はれま》なく、心に取越苦労|而巳《のみ》。|生《うま》れ|赤子《あかご》に成るまでに、高い鼻めが|邪魔《じゃま》をして、|誠《まこと》の|教《おしえ》の|垣《かき》をする、なさけないのは|人心《ひとごころ》。す でに悪魔に取ひしがれて、危うい|処《ところ》を|差添《さしぞえ》の、|誠《まこと》こころに染められて、|捨《すて》た思案の|後戻《あともど》り、洋服脱いで|沓《くつ》|捨《す》てて、皮のカバンも|投《なげ》捨てて、|昔《むかし》の|神代《かみよ》の人となり、|熟々《つらつら》思い|回《めぐ》らせば、出口の|守《かみ》の|御知《おし》らせの、通りに|汚《けが》れた世界じゃと、固く心を取り直し、|只《ただ》一筋の神の道、心も勇み気も開き、花咲く春に|遇《あ》う思い。|斯《こ》んな結構が又と世に、三千世界に|在《あ》ろうかと、|初《はじ》めて|覚《さと》り|大本《おおもと》に、大きな尻を末長く、|綾《あや》の|高天《たかま》で|猫《ねこ》と成る。オットどっこい神様の、激しき威徳に照らされて、心の底の|塵芥《ごもくた》を、白状したが|情《なさ》け無い。|是《これ》が出口の|王仁《おに》|三郎《さぶろう》。(「神霊界」大正六年十一月号)


-------------------------------------------------------底本 『出口王仁三郎著作集 第一巻 神と人間』読売新聞社、1972年2012年8月1日作成王仁三郎ドット・ジェイピー(飯塚弘明)http://onido.onisavulo.jp/oni_do@ybb.ne.jp-------------------------------------------------------